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2004.10.14

「音楽コンテンツ産業のジレンマ」 (UFJ 総合研究所) ──音楽業界の構造不況、その原因は 20 年前から存在していた

 何気なくググっていると、こんな論文に出くわした。

http://www.ufji.co.jp/publication/sricreport/904/32.html
「音楽コンテンツ産業のジレンマ」
概要の部分を引用する。


日本の音楽コンテンツ産業は、1990年代後半以降、生産数量・金額が落ち込み、その影響で新譜数が抑制され、そのことが更なる生産の減少を招いているが、実は20年ほど前の昭和50年代にも同様に、新譜数が減少し、生産数量・金額が伸び悩んだ時期があった。

この20年前に起こったことの検証を通じて、需要が増大する中で産業が縮減するという、音楽コンテンツ産業が陥ったジレンマを浮き彫りとし、その需給関係を解き明かす鍵として、音楽ユーザーにとっての「オプション価値」という仮説を提示した。

さらに、「オプション価値」の視点から現在の音楽コンテンツ産業を俯瞰するとともに、「アーカイヴ機能」及び「仲介機能」を切り口に「オプション価値」を実現し、音楽ユーザーとの新しい関係を構築することによる、音楽コンテンツ産業再生の可能性を検討した。

 UFJ 総合研究所が 2004年第4号 として出したレポートの一部らしい。
 これの内容が実に興味深かった。
 ここ 10 年の音楽業界の没落ぶりは言わずもがなだろう。この論文は、これと似たような状況が 20 年前にもあったと指摘しているのだ。




 以下、論文の要旨(なお「筆者」とは論文を書かれた太下義之氏を指します)。

 日本では 1970年代に 「初めて巨大な音楽の消費マーケットが誕生した」という。専業レコード店の増加・音楽雑誌の創刊・輸入盤の増加・中古/輸入レコード店の増加・ウォークマンの登場など、「音楽に対する需要は飛躍的に増大したと考えられる傍証」が論文で挙げられている。

 ウォークマンをして音楽を聴くことが普及したことにより、“個聴”とも呼べる減少が、物理的・技術的にも人類史上初めて誕生したのである。
 (中略)ウォークマンによって、“いつでも/どこでも”音楽を楽しむことができるようになった結果、音楽が完全に生活の一部となるとともに、音楽が他の嗜好品と同様に消費される時代になった

 しかし需要が高まったにも関わらず、 昭和50年代 (1970年代後半 〜 1980年代前半) にアナログレコードが売れなくなった。何故か。筆者はレコード業界から目の敵にされた要因──レンタルレコード・個人複製・ウォークマン(いずれもこの時期に普及し始めたもの)に着目し、こう論じている。

アナログ・レコードがマーケットから退場していった背景としては、“個人録音”の普及によって、レコードの販売量が減少、業界の採算が悪化して、新譜や売れ行きの悪い旧譜の販売も抑制された。結果として“廃盤”が急増する、そのため音楽ユーザーはレコード小売店以外のチャネルで音楽コンテンツを入手する、そのことが業界の採算をさらに悪化させる、という悪循環が生じていたものと推測される。

 すなわち、音楽業界によって指摘された要因の他に、産業化されたために売れ筋ばかりを追うようになった業界自身の問題にまで言及している。レコード制作会社による“廃盤”の問題、レコード小売店での在庫の問題だ。増大する需要に応えるだけの態勢が音楽業界には無かったのではないかという指摘でもある。
 なお、この時期はCDの普及と前後しているから、これがアナログレコード衰退の原因かと思えなくもない。しかしながら、CD生産量が増えてくる前からアナログレコードの売上は下降し始めていた。CDとの世代交代は、落ち込んだアナログレコードの下降線と交差する形で起っているのだ。──だから筆者は「CDは犯人ではなく救世主」と表現している。この時は、CDの急進があったから音楽業界が救われたのだという。

 ここで筆者は、音楽業界に対して「オプション価値」からの視点を提示している。「現在までは利用されていない(利用するか否かは不確定な状態にある)ものの将来的には利用される可能性がある環境において、潜在的利用者の将来の利用可能性を確保しておくことに対して見出す価値」のことだという。
 そうすると、“廃盤”の問題も、小売店での在庫の問題も、ユーザーの「オプション価値」を下げてしまう要因だと言える。この視点から個人録音を論じると、このようになる。

レコード小売店にわざわざ出かけてレコードを購入できるかどうか確認するよりも、友人が所有するレコードまたはレンタル・レコードを借りて“個人録音”する方が、音楽ユーザーにとってはより合理的な行動であったわけである。

 翻って現状を考えると、この「オプション価値」を高める努力をしている事業が好評を博していることが判る。超大型店・専門分野に特化した中古/輸入レコード店・インターネット通販・レコード会社による廃盤復刻などが筆者によって挙げられた例だ。

 「オプション価値」の観点から、将来への音楽業界再生への鍵も語られている。まずは音楽配信。「オプション価値」を高めながら産業構造を変えていくことが技術的に可能になっているということ。そして、「オプション価値」の高い音楽サービスをより多く使ってもらうために必要なのが「音楽仲介機能」だという。
 「中小規模のレコード店にてレコードを販売するというビジネス・モデルが、 1979年 当時において既に臨界点に達していた」との前提のもとに、筆者はこうまとめている。

高い需要に対して、「オプション価値」を提供し、音楽ユーザーとの新しい関係を構築できれば、音楽コンテンツ産業は「失われた十年」を挽回することができるであろう。その時、音楽コンテンツ産業は、CDに代表されるモノづくり産業から、高度な情報サービス産業へと変革していくことになるものと考えられる。




 以下、私の感想。

 音楽ユーザーの立場を考慮した論文だと思う。
 特に、「オプション価値」の視点を導入したあたりは、実際に音楽を聴き、レコード店に足を運んで、無駄足に怒る体験がある人なら、自然に理解できることだろう。

 私が音楽(特にレコード)を聴き始めたのは、CDが登場する直前の頃だった。つまり、この論文で採り上げられている 「昭和50年代」 まっただ中である。
 欲しいレコード(私は餓鬼だったからシングルがせいぜい)を探しにレコード店をハシゴし、何度無駄足を踏まされたことか。それに、アルバムともなれば自分で買うことはかなわない。いきおいレンタルレコードとカセットテープにはお世話になったものだ。そうやって音楽を繰り返し聴くという習慣が身に付いたのである(音楽中毒になったとも言う)。
 ビートルズもテープで聴いた。安全地帯もテープで聴いた‥‥。

 レコード業界が目の敵にするものはいつも同じなのだな、と思う。レンタルレコード・個人複製・ウォークマン──今だってレンタルCDやファイル共有・ CD-R ・ iPod に代表される MP3 プレーヤーが目の敵にされている。この 20年間、 技術だけが進歩していて、奴らは全く進歩していないのか?

 レコード業界の再生は可能なのだろうか?
 ネット配信においては、日本で 「CCCD」 なんぞにかまけている間に、海外から遅れをとってしまった。そればかりか、ユーザーに提供されている配信サービスそのものも愚劣きわまりない仕様でしかない。
 レコード業界が本腰を入れてネット配信に取り組み、「オプション価値」を高める努力をし、ユーザーと真摯に向かい合うことをしなければ、ただ“音楽配信”をやるだけで何の成果も得られないまま業界沈没の憂き目に遭うことになる。
 ──むしろ、そっちの可能性が強くないだろうかと危惧しているのだ、私は。今までレコード業界がサービスに徹したことなど無かったのだから。

投稿:by 谷分 章優 09:44 午後 [音楽業界の愚行] | 固定リンク

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