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2005.11.21

「iPod 税」パブコメのツッコミどころ(その1)

 『試される。』でこの種の記事を上げるのは久しぶりな気が。
 ──それはともかく。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/
013/05111401.htm

「文化審議会 著作権分科会 法制問題小委員会(第9回)議事録」
(文部科学省)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/
013/05111401/002.pdf

「『文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 審議の経過』
 に対する国民からの意見募集の結果について」
(文部科学省・ PDF)

 文化庁が行っていた、「審議の経過」に対する意見募集の結果が公表された。これについては既に別ブログ『エンドユーザーから見た著作権』で私の感想を書いている。今までにも私自身が反対意見テンプレートを掲載してきたという流れもあるから、反対意見そのものについては敢えて繰り返さないでおく。『エンドユーザー〜』で書いた思いがすべてってことでよろしく(特記しておきたいことについては、別記事でなんとかまとめたいと思ってはいるが)。
 ここでやりたいと思っているのは、賛成意見に対するツッコミである。──というよりは、賛成意見に「インスパイヤ」されつつ音楽業界にツッコむという感じか。なにせ提出者の素性が一切うかがえないように編集されているので、もう賛成意見は全部業界側の意見として解釈するしかない(コピペ賛成票は業界側と見て間違いないだろうけどね)。
 採り上げたいのがかなりの数にのぼるので、いつ終わるか分からない(笑)。とにかく、やれるところまでやろう。小出しにしていくけれども、御容赦のほどを。




私的録音補償金制度がベストだとは全く思いませんが、今はとりあえずこの制度で ipod をはじめとするネットワーク上の私的流通に一定の姿勢を示しておく必要があると思います。
自動車や家電の世界では、リサイクルコストを消費者が負担するシステムが、ここ数年でようやく軌道に乗っています。
こういうシステムは、個人のサイフは痛むけど、先々考えると、子供らの世代に、“いいもの”を残せるのは確かです。これからの音楽流通は、
「あの曲持ってる?」
「うん、持ってる。あげようか?」
「サンキュー」
「200円で買ったし、20円出してよ。」
「コスいよなー。わかったよ。出すよ。」
という風にでもなるんでしょうか。安上がりで便利、楽しいんですけど、こういう状態が、子供らの世代に、なにか“いいもの”を残せるんでしょうか。その場限りの刹那的な利便性と廉価性が、人間に大事な根元的な“いいもの”を駆逐しているように思えてならないんです。
私的録音補償金がベストだとは全く思いませんが、今はとりあえずこの制度で一定のモラルハザードを出しつつ(引用者注:原文ママ。「脱しつつ」と書くつもりだった?)、子供らのためになるようなベストな状態に近づけていく地道な作業が大事と、僕は思います。

※PDF ノンブル 114 ページより。

 まず、私的録音録画補償金について 「ipod をはじめとするネットワーク上の私的流通に一定の姿勢を示」すとする辺りが誤解の始まり。ネットワーク上は「私的流通」ではない(家庭内の LAN を指しているのなら別だが)。したがって私的録音録画補償金自体は「ネットワーク上の私的流通」に何ら関わりない。 iPod も同様。
 「個人のサイフは痛むけど、先々考えると、子供らの世代に、“いいもの”を残せるのは確かです」とあるが、これの根拠が不明。さらに言えば、私的録音録画補償金にサイフを痛めるのと「いいもの」を残せるということに因果関係はない。「いいもの」を残そうと思えば、作品をきちんと流通させて、作者にきちんと報酬を与えて、作者を育てていくことを考えるべきであろう。その意味では、世界一高いCD(しかもCDモドキも混ざっている)のままで出してみたり、廃盤にしてユーザーの手の届かないところに置いてみたり、ひたすら暴言を吐いてユーザー離れを引き起こすなど、「いいもの」を作るための要件をことごとく潰している業界側の姿勢の方こそ問われるべきであろう。
 なお私的複製に関しては、補償金を課すべきでない場面が多々存在するというのが私の主張するところ。詳細は繰り返さないけれど。

 中盤からの括弧書き(会話?)については、「これからの音楽流通は‥‥という風にでもなるんでしょうか」との因果関係が不明。問題にされているのは音楽配信で入手した音源を iPod で聞くことであって、他人に渡すことではない(これは、厳密には私的複製ではないのだから)。
 「その場限りの刹那的な利便性と廉価性」という表現に悪意が感じられる。端的に言えば、音楽に対する「適正価格」という発想が無いままに「廉価」への要求を不当に貶めている。再販制下で販売されるために市場による「適正価格」の判断を経ることができないが故の勘違いと言わざるを得まい。「利便性」に至っては、非難されるに足る根拠が全く示されていないし‥‥。
 一般に、「利便性」と「廉価性」が約束されれば売れやすくなってくる(必ずしも売れるとは限らないが)。これを否定するということは、この意見を書かれた方は音楽が売れるための努力をすべきでないとでも仰っているのだろうか? 商業音楽なのに? いや著作権に保護されるのは商業音楽に限りはしないがね。
 また、日本の音楽業界は十分に「刹那的」であるようにも思える。CDの初動期間が3ヶ月程度しか無いとか、1年程度でおおむね廃盤になってしまうとか、廃盤になっても権利握られたままだからアーティストが売りたいのに市場に出ないとか、レコード会社だけの思惑で(アーティストの意向に反しても) iTMS に曲を提供しないとか‥‥。これに「利便性」と「廉価性」という武器すら使うなというのだから、もはや「人間に大事な根元的な“いいもの”を駆逐している」どころか、死へ直行してるのでは。
 音楽配信はこの「刹那的」商売から脱却できる絶好の機会なのだが。

 ──私的録音をチマチマ気にしてる暇があったら、売れ! 私的録音も売ることにつなげろ!

 ちなみに、私的複製の範囲に親しい友人が含まれているかという判断は難しい(諸説ある)が、こうした場合に私的録音録画補償金を課すべきだという主張はあり得る(一定の合理性はあると思う)。しかしながら、それは iPod に私的録音補償金を課すべきという話とはつながらない。
 これは私がことあるごとに問題提起していることなのだが、自分で買った音源の複製に対し補償金を課すことが妥当か否かという きちんとした議論が済んでいないのである。これに明確な解答を出せずに、いちから検討するとなると(下手すれば)著作権制度の根幹を問うことにもなりかねない重要なものである。すなわち著作権とは権利者のどういった「利益」を保護すべきものなのか、そうした観点から いかなる社会的認知・社会的合意のもとで維持されるべきかを問うところに来ているのである(余談だが、この視点は今後の保護期間延長問題をめぐる議論でも必要となる)。




i-pod などのハードディスクまたはフラッシュメモリー内蔵型録音機器に、私的録音補償金を導入することに賛成します。理由は以下の通りです。
・MDが対象となっているのに、当該機機が対象となっていないことは、自分の当該機機の日常的な使用方法が音楽を録音、再生することのみに使用しており、しかも録音曲数がMDとは比較にならないほど多数であることから、矛盾を感じること。
・個別に課金をするというメーカー側の意見に関しては、当該機器の性質、すなわち楽曲を相当数収録できる、いわばライブラリとしての機能を有することや、使い捨てではなく、繰り返し楽曲を消去、録音することが可能であるため、こういう方法で長期間使用すればするほど1機器に占める補償金の割合が大きくなり、ユーザーへの経済的負担が増加する恐れがあるという観点から反対である。
・補償金を導入するのであれば、当該機器の性質、または制度そのものの分かりやすさという観点からも機器に定率で課金すべきである。

※PDF ノンブル 116 ページより。

 MDが対象となっているのに、 iPod 等が対象とならないのを「矛盾」とするのはおかしい。なぜなら使用態様が異なるから。さらに言えば、MDへの課金が決まる過程においても、その是非に対する検討が充分に為されているとは思われない(きちんとここでの議論を踏まえて説明が可能であれば、寄せられた意見の中にそうした説明が混じっていても良さそうなものだが、 iPod 課金を支持する人たちは長い文章を書いて消費者を説得するのはお好みではないらしい)。もはや iPod 等に補償金を課す根拠は薄い。

 DRM での複製管理について「繰り返し楽曲を消去、録音することが可能であるため、こういう方法で長期間使用すればするほど1機器に占める補償金の割合が大きくなり、ユーザーへの経済的負担が増加する恐れがある」との意見は、他の課金賛成意見(コピペ大量発生)でも頻繁に見られる論旨であるが、これは多分にミスリードを含む。
 仮に私的複製に補償金を課すとすれば、私的複製を行う都度に 複製された著作物を特定し 課金していくのが権利行使のあり方として本道である。これは明らかだ。そして DRM での課金が技術的に可能であれば、今の現行制度からすぐにでも こちらへ以降させるべきである(そうでなくても現行制度は問題が多すぎる)。もっとも、この方式でいけば「1機器に占める補償金の割合が大きくなり、ユーザーへの経済的負担が増加する」のも確実。
 ──ん? これでは DRM 課金に反対する上の意見に賛同した方が得か?
 いやいや、メーカー側の主張の肝は、そうした DRM の仕様決定を市場に委ねるとした部分にある。おそらく先に想定したような正確かつ“理想的”な DRM は実際に登場することは無いだろう。「包括許諾」や補償金込みの音源販売などが市場に受け入れられる、つまり「ユーザーへの経済的負担が増加する恐れがある」ものは市場で生き残れないことが想定されているのだ(メーカーの意見はこれを見越したものであって容認できないとする課金賛成意見があったが、むしろ こちらの方が DRM 推進論への反論として妥当である)。
 こうした、仕様の決定を市場に委ねることによる利点は、現行制度のように強制的にひとつの徴収方法を採らされることとならないところである。権利者の側でも(消費者の支持を受けるために一定の制限はあるにせよ)自身の選択で DRM 仕様(徴収方法)を固められるし、消費者の側でも自身が支持する DRM 仕様(支払い方法)を選択できるのだ。もともと著作権制度は市場原理の存在を前提に設計されているところであるし、こうした DRM による課金を志向することは本来の著作権の思想になじむものであるとも言える(著作権は著作物の出来・不出来によって保護範囲が加減されたりはせず、収入の過多を保証するものではない。売れる・売れないは市場の選択如何なのである。この選択基準に DRM も追加されるという訳だ)。
 まぁ、どんなに DRM のすばらしさを説いたところで、今すぐ DRM のみの流通を実現することは不可能だが(笑。だからこそ私は購入音源の私的複製に補償金を課すべきか否かにこだわるのである。 DRM がどんなに発達しても、現在流通・使用されているCD等の扱いにケリがつかなければ、いつまでも補償金問題はくすぶり続けるのだ)。

 意見の最後に「補償金を導入するのであれば、当該機器の性質、または制度そのものの分かりやすさという観点からも機器に定率で課金すべきである」とあるが、具体的な考えは不明である。何を基準に「定率」の課金額を算出するのだろう? 要は、小売価格だけでなく、容量なども基準にしたいという考えの現われであろう。
 音源の入手方法の如何にかかわらず私的複製に補償金を課すべきとする考えのもとではそれも良かろう(複製される曲が多ければ多いほど補償金も多くすべしということになるから)。しかし多くの消費者がそれを容認していないことを事実として受け入れるべきである。当該 PDF に、「自分で買ったCDをコピーするのに補償金がかかるのはおかしい」との主張が多く掲載されているのを見よ。消費者の支持のもとで補償金制度を存続させようとするのなら、こうした者たち一人ひとりに理解を求めねばならないのである(しかも反対意見をわざわざ文化庁に送るという、思慮と実行力のある者たちだ。きちんと理詰めで説得しないと理解は得られないぞ。少なくとも、当該 PDF にあったようなコピペや一方的中傷では不十分)。
 ──説得できるかね? →権利者団体。




iPod 等のハードディスク内蔵型録音機器等の政令による追加指定を速やかに行うべきであると思います。
いわゆる携帯型オーディオプレーヤーの主流は既にMDから iPod などの新しい商品に代わっています。これまでは、気に入ったCDを友達から借りてMDに録音して聞くということがよくありましたが、購入価格の中に含まれている私的録音補償金を支払っているので、何の後ろめたさも無く安心して録音し、聞いて楽しむことができていました。 iPod は小さくておしゃれて、なおかつとても遣い勝手がよさそうなので近いうちに買いたいと思っていますが、まだ補償金の対象になっていないことに驚いています。今ごろになって補償金の対象にするかどうかを議論しているということそのものが不思議です。個人的に音楽を楽しむ手段が、かつてのカセットテープからMDに、そして今は iPod やその他の MP3 プレーヤーに変わってきただけです。新しく出てきた商品を当たり前に政令指定していけばいいだけのことであると思います。そうすれば、私たちも安心して新しい商品を使って音楽を楽しむことができます。文化庁のHPで賛成意見、反対意見を読ませていただきました。政令指定に反対する意見の中には、補償金制度そのものについていろいろな問題の指摘がありますが、それじゃ、今この時点でアーティストやクリエーターの権利をいかに守っていくか、という具体的な提案がありません。科学技術がどんどん進展する中でいかにしてきちんと著作権を守るかが大切であると思います。いくら個人的なコピーであろうと、素晴らしい音楽を創作した人達を補償するシステムがあってはじめて、私たち音楽愛好家も心から音楽を楽しむことができるのだと思います。そういう意味で私的録音録画補償金制度は大切な制度であると思います。

※PDF ノンブル 117 ページより。

 いかにも権利者側がユーザーの声を捏造した風の意見なのだが──
 まず、「これまでは、気に入ったCDを友達から借りてMDに録音して聞くということがよくありましたが、購入価格の中に含まれている私的録音補償金を支払っているので、何の後ろめたさも無く安心して録音し、聞いて楽しむことができていました」との部分からして事実に反した記述である。こんな認識を示している時点で本当にユーザーなのか疑わしい。今まで「何の後ろめたさも無く安心して録音し、聞いて楽しむことができてい」たのか、本当に?
 思い出していただきたい。私的録音録画補償金はMDに掛けられているだけではない。 CD-R (音楽用)にも掛けられているのである。しかしながら、ユーザーは「何の後ろめたさも無く安心して録音し、聞いて楽しむことができ」たか? 答えは否である。ことあるごとに音楽業界は私的録音を敵視し、それを撲滅すべくキャンペーンを続けてきたのである。
 数年前からの 「コピーコントロールCD」 をめぐる一連の騒動が記憶に新しい。この時に音楽業界は私的録音を「カジュアルコピー」呼ばわりし、その行為の適法性は私的録音補償金によって解決済みであったにもかかわらず、「違法コピー」として糾弾したのである(彼らが想定していた音源の中で「違法コピー」と呼ぶのが相応しかったのは、ファイル交換によるダウンロード MP3 だけだったろう)。さも私的録音が「音楽文化」が滅ぼすかのように。その挙句、市場にバラ撒かれたのが「コピーコントロールCD」だった。こいつはパソコンを介した私的複製を防止するとの触れ込みだった上に、CD規格から逸脱し再生保証すらできないような代物だった。すなわち、録音することはおろか聴くことすら可能かわからない商品以下のものを売ったのである。果たして、この似非CDは市場から拒否され、採用レコード会社の多くは撤退を余儀なくされた。「コピーコントロールCD」の導入を協会あげて推進したのがレコ協、撤退時に続行を希望する旨を公言したのが JASRAC、 そしてアーティストの意向に反した「コピーコントロールCD」化が続いていたにも関わらず押し黙っていたのが芸団協である。その口で次は私的録音録画補償金の拡大を主張するのだから破廉恥きわまりない。
 このような消費者に対する背信行為をやっておいて、「何の後ろめたさも無く安心して録音し、聞いて楽しむことができてい」るなどという世迷い言を信じさせようというのか。オメデタイ考えではないか。私的録音をユーザーが「安心して」やれるのは、「コピーコントロールCD」などという紛い物が無かった頃の話でしかない。あるいは CD-R への焼き込みを許さない DRM も同罪である。こうした音楽業界側の背信行為が、権利者と利用者の利益のバランスを著しく崩し、私的録音補償金の存在価値をゴミ同然に貶めたのである。
 権利者側が要望するような“あの頃”はもはや帰ってこない。彼ら自身が葬ったのである。

 「iPod は小さくておしゃれて、なおかつとても遣い勝手がよさそうなので近いうちに買いたいと思っていますが、まだ補償金の対象になっていないことに驚いています。今ごろになって補償金の対象にするかどうかを議論しているということそのものが不思議です」との文は、他の意見にも多く見られるものである。おそらく権利者側が用意したテンプレートからコピペしたものなのだろう。「まだ補償金の対象になっていないことに驚いています」のわざとらしさが微笑ましいが、笑ってる場合ではない。
 さも補償金が課せられれば安心して使えるかのような物言いだが、これの論理的矛盾は前述した通りである。額面通りに信じるものなど消費者側にはいまい。

 「個人的に音楽を楽しむ手段が、かつてのカセットテープからMDに、そして今は iPod やその他の MP3 プレーヤーに変わってきただけです」。仕様態様は著しく異なる上に、そもそもMDへの補償金課金自体の根拠が疑わしい。カセットテープには補償金が課せられていないし。

 「政令指定に反対する意見の中には、補償金制度そのものについていろいろな問題の指摘がありますが、それじゃ、今この時点でアーティストやクリエーターの権利をいかに守っていくか、という具体的な提案がありません」── iTunes Music Store が多くの音楽ファンに受け入れられているというのがその一つの答えである。それを直視できないのが意見者であるというだけの話だ。まぁ、ガチガチの DRM だがそれなりに顧客が付いている「着うた」も一つの答えかも知れない。こちらは携帯の買い換え時期になると(データ移行ができないだけに)問題になりそうな気もするが‥‥。
 いずれにせよ、かように新時代に対応した著作権のあり方が模索され、一定の成果が出ているのである。

 私の立場で(もちろん私見を)言わせてもらえば、そもそも「アーティスト」や「クリエーター」の保護されるべき利益というものの範囲が不適当だったのである(レコード製作者についても同様)。家庭内での利用──もちろん家庭内で完結する態様に限定されるが──に対し、同一の著作物から何度も(強制的に)対価を徴収することまで保護されるべきではなく、あくまでも家庭に届くまでの過程(あるいは「家庭の外」と呼ぶべきか)において利益を保護すべきだったのである。著作権制度というのはそれを保護するための社会的合意だと言ってもいい。
 「アーティスト」や「クリエーター」が利益を得るための本道は著作物(の複製物)を売ることだ(他の商業利用に係るライセンスを徴収することも「売る」ことの一種と考えられる)。一度 家庭に売り渡した著作物(の複製物)から、税のごとく金を吸い取ることが本道ではないのだ。それに引き替え、今の音楽業界は著作物を家庭にどれだけ届けようとしているのか? この根本を見据えることなしに、ことさらに私的録音を敵視するのは滑稽なだけでなく醜悪である。顧客を一方的に中傷する“商売人”が、果たしてものを売り続けることができるのか。その結果が、今の体たらくではないのか。

 いくら「素晴らしい音楽を創作した人達」であろうと、著作者が音楽を聴くことを保証できるシステムがなければ商売として成立できないのである。
 ──商売を続けることが許されないのである。




追加指定に賛成です。
従来、例えば4人家族で「いいアルバムだからCD買って来い」ということになり、息子が1枚買います。家族それぞれがMDウォークマンで聞くため、プラス車で聞くために、都合5回コピーします。それは補償金の対象です。登場した iTMS も数回コピー可能ということが売りのようですが、MDにコピーするのと同じことをして対象にならないのは、やはり不公平ですし、説得力はないと思います。一部の消費者が、「数回のコピーまで含めて購入している」と言っているようですが、それは、できるだけお金を払いたくない、という自分勝手な考え方です。だいたいアップルは、この主張を認めるのでしょうか?どこまでを許諾範囲として著作権の手続きをしているのか、アップルの考えを聞いてみたいところです。
もともと、私はアルバム収録曲の一曲売りが好きではありません。目的はその一曲でも、アルバムとして購入すれば他の好きな曲にめぐり合え、楽しくなったり、慰められたりして、世界が広がるのに、知っている一曲だけを購入しているだけでは、広がりはありません。アーティストにアルバムとして購入したくなる作品を多く創ってもらうためにも、補償金制度は存続してほしいと考えています。コピーするたびにすべて課金される制度は一見わかりやすいですが、そんな世界はガチガチで融通がきかず、常に監視されているようで私は望みません。

※PDF ノンブル 118 ページより。

 まず、4人家族でCDをコピーする例え話が出てくる。そもそも「5回コピー」することが私的複製の範囲内なのか、実は議論を要することなのだが それはともかくとして。ここでもしコピーを介さずに4人家族で聴くのならば問題は発生しないわけだ。家族共通で1枚のCDを購入し全員で聴く。あるいはそれぞれの部屋へ代わるがわる持っていって聴く。これらは正当な私的利用の態様である。
 こうした利用が物理的に可能である環境において、コピー作成してそれぞれが聴いたらどうだろう? 使い方自体は同じ。皆それぞれの部屋で聴く。どうやら上の意見ではこの利用態様を「補償金の対象」とし、権利者に対価を支払えということらしい。要は、本来であればコピーを作った分だけ新たにCDを買うべきだという思想である。
 これが権利者の本音だとしたら、非常に由々しきことではある。と言うか、そう考えているとしか思えない暴言が多いだけに、むしろそう言ってもらった方が一貫しスッキリする。
 しかしながら──と物申すのが私のスタンスである。何度も書いているように、ひとつの家庭内で同一の著作物を複数買うことが強制されても良いのか? 著作権制度というのはそこまでの「利益」を保護すべき制度なのか? 疑問である。
 CDを買うことにより、購入者が得たとみなされるべき利用許諾の範囲を考える必要があるのだ。それも、米国の著作権法でいう「フェアユース」と同様の概念を考慮する必要がある。かつては私的複製の権利制限規定がその役割を果たしていた訳だが、私的録音録画補償金が安易に導入された結果、その権利と公正使用のバランスが崩されてしまった。ただ単純に「デジタル複製に課金する」などとやってしまったものだから、いまリッピングなどの問題が勃発しているのである。
 購入者の権利を意識し、私的録音録画補償金制度を再構築しなければならないのだ。そのような検討がかの制度創設にあたって考慮された形跡はない(あれば提示していただきたい →権利者関係団体)。補償金制度を創設した際には権利者・メーカーの合意があれば実行可能だったのだろうが、今はそういう訳にいかない。補償金支払いの当事者である消費者の目が向いてきたのである。制度の根本を問うことを避けられない。

 「一部の消費者が、『数回のコピーまで含めて購入している』と言っているようですが、それは、できるだけお金を払いたくない、という自分勝手な考え方です。だいたいアップルは、この主張を認めるのでしょうか?どこまでを許諾範囲として著作権の手続きをしているのか、アップルの考えを聞いてみたいところです」‥‥だと。
 はっきり言わせてもらうが、「できるだけお金を払いたくない」のではなく、「払う根拠のないものに金を払いたくない」のである。そうした考え方でなければ、そもそもCDを購入するということ自体 行わないではないか。端的に言えば、 iPod を利用し補償金制度に反対する消費者の多くが大量のCDを所有している音楽ファンばかりである。 iPod と結びついて大きな動きになっている iTMS を利用している人も含めれば、むしろ iPod 等を利用している音楽ファンは音楽業界の上顧客なのである。そうした自負があればこそ、顧客を中傷する業界の暴言に怒り、倫理を忘れる業界の商法に抗議するのである。
 なお、「許諾範囲」に関するアップルの言い分については、傍証として次の文章を引用しておこう。

言うまでもなく、アップルは著作物の違法コピーに対し、ソフトウェアメーカーなどと一丸となって戦っています。同様に音楽著作者・音楽産業の方々の違法コピーに対する取組みを強く支持します。しかし、違法コピーという挑戦は、法的手段だけでは解決しません。技術的な保護、そしてできるだけ多くの消費者の方々が満足できる価格と権利管理レベルで楽曲をご提供してニーズに応えることが同じ程度に重要です。この関連で、 iTunes Music Store は、アップルのデジタル権利管理(DRM)技術により、音楽著作権者の希望される権利管理と消費者の方々のご希望とのバランスを図り、当事者に満足いただける楽曲のマーケットを成立させています。実際に iTunes Music Store の成功で、アメリカでは楽曲の違法コピーが減少したという指摘もあります。

※PDF ノンブル 238 ページより。
iTunesでは、カーステレオやホームステレオで再生できる、自分だけの音楽CDをとても簡単に作ることができます。書き込めるCDの数に上限のある一部の音楽管理アプリケーションとは異なり、iTunesでは好きなだけ多くのオリジナルCDが作れます。さらに最新バージョンでは、あなたの選曲やミックスに添える本格的なCDジャケットも印刷できるようになりました。(中略)

手元にあるMP3コレクションから選曲して、ベストコンピレーションを作りましょう。iTunes Music Storeで購入した曲は、何枚でも好きな数だけCDに書き込むことができます。

※アップル公式サイト 「iTunes - CDの作成」より。

 前者は同意見募集でアップルが提出した意見の一部。後者はアップルの公式サイトに掲載されたCD書き込みの解説である。
 現在の iTMS への配信許諾は、パソコンと iPod に私的録音補償金がかかっていない状態で契約されていることを忘れてはならない。そうしたことを加味してもなお、レコード会社は曲提供を決めたのである。すなわち私的録音の「不利益」(権利者側の主張による)よりも商売として音楽を売ることを選んだのである(個人的には、賢明な判断であったと思う)。
 その上で、以上のようなアップルの売り文句である。当然のごとく消費者は「数回のコピーまで含めて購入」するものとして金を払う。それにもかかわらず、 iPod の利用を「違法コピー」よばわりされるのでは心外である。

 後段の「私はアルバム収録曲の一曲売りが好きではありません」のあたりは、ああそうですか、勝手に言っててください、とでも言いたくなる内容。現実問題として1曲買いの需要がある以上、そこへ対応していくのは商売の基本であろう。また、アルバム買いよりも1曲買いの方が、新たな曲との出逢いの可能性を広げると思うのだが如何か。そうした出逢いは1曲買いかアルバム買いかの問題なのではなく、あくまでも買い手の姿勢による──というだけの話である。
 むしろ、アルバムCDが思うように売れない(世界一高価なのだから当たり前)現状では、アルバム売りに固執するよりも1曲売りの方がアーティストらに利益をもたらすものである。まぁ私的録音補償金とは関係ない話ではあるが(従って「アーティストにアルバムとして購入したくなる作品を多く創ってもらうため」などというのも無意味で、むしろアルバムCDを売る努力をした方が効果的だろう)。

 最後は「コピーするたびにすべて課金される制度は一見わかりやすいですが、そんな世界はガチガチで融通がきかず、常に監視されているようで私は望みません」という決まり文句。「コピーするたびにすべて課金される制度」が市場に受け入れられるかは疑問だが、仮にそれが受け入れられれば問題なし。
 それよりも、現行補償金制度下で「ガチガチで融通がきか」ない状態になっているのに気づいてない様子が哀れである(もし権利者側からの意見だとすれば、触れたくない部分なのかも知れないが)。さらに言えば、ある「コピーコントロールCD」に至っては、勝手に通信を始めて「監視」を実現するものも出てきている。補償金制度はこうした「ガチガチで融通かきか」ない世界を防止するものでは全くないのである。
 ──音楽業界が「ガチガチで融通がきかず」「監視」するような世界を目論んでいるのだから。

(たぶん、つづく)

投稿:by 谷分 章優 03:15 午前 [著作権行政 watch, 音楽業界の愚行] | 固定リンク

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…… んもう口の中にモノ入ってる状態では読めないくらい大ウケで吹き出しまくりの私的録音補償金パブコメにおける「課金賛成意見」は面白すぎで読まない方がもったいないよ!って事態なのだが、暇人#9さんが雪が降りしきる中(?)ツッコミ開始である(次回はP125の「若かりしころはミュージシャン」あたりにツッコミよろしく(笑))。 ……... 続きを読む

受信 2005/11/21 5:02:57

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iPod課金の是非のパブコメの結果がpdfファイルで11/18に公開されました。全部で361ページあります。コメントでも突っ込んでいます。 続きを読む

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試される。(ココログ mix)さん経由「iPod 税」パブコメのツッコミどころ(その1)でも書かれていますが、賛成側のコピペのパターンは殆ど一緒です。 参照リンク「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 審議の経過」に対する国民からの意見募集の結果について(pdfファ..... 続きを読む

受信 2005/11/21 23:07:50

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