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2005.11.22
「iPod 税」パブコメのツッコミどころ(その2)
「iPod 税」問題にまつわる文化庁の意見募集結果へのツッコミ第2弾である。
私も折にふれて課金賛成意見のコピペを指摘しているところであるが、 『Where is a limit?』 Tonton 氏が絶妙なレポートを掲載されている。コピペパターンの分析結果である。
http://tontonsblog.seesaa.net/article/9640096.html
「iPod課金パブコメの賛成側コピペの定例パターン」
(Where is a limit?)
我々・反対運動側もパブコメ提出を呼びかけたりテンプレートを発表したりしていたのだが、やはり賛成側もやっていたようだ。しかも今回のパブコメは中間発表で反対意見が圧倒的多数であるとの情報も流された。よほど慌てたのか、丸まんまのコピー&ペーストで意見を出した人間が多かったようである(まぁそれ自体の是非を問う気はない)。ちなみに 2003年末に 行われた意見募集(「レコード輸入権」「書籍・雑誌貸与権」の問題が焦点になってたやつ)でも圧倒的多数のコピペ意見が提出されていたという前例があったりする。いつもやることが変わらないということなのだね →権利者側。「誤解」とか「理解していない」とかの常套句も一緒でステキ。
さて、私のツッコミに話を戻そう。テキストと、前回の記事はこちら──
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/
013/05111401/002.pdf
「『文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 審議の経過』
に対する国民からの意見募集の結果について」
(文部科学省・ PDF)
http://himagine9.cocolog-nifty.com/kitaguni/
2005/11/pubcomm_ipod__086e.html
「『iPod 税』パブコメのツッコミどころ(その1)」
(試される。(ココログ mix))
ハードディスク内蔵型録音機器等の追加指定に関して、実態を踏まえて検討する。今まで、 iPod やPCに課金されていないことに、いつも「何かおかしい」と思いつつも支払う側に立つと、支払いたくないのが本心でした。しかし、私的録音補償金等は、最大で 1000円 というのを人から聞きました。それに対して、 DRM で1曲ずつ課金される場合、金額はどうなるのでしょう? 1曲コピーするごとに課金するシステム搭載の機器は、現行の機器よりいくら高くなるのでしょう?
そして、それを使用しなければコピーは出来なくなると、買ったばかりの機器をまた購入させられるのでしょうか? その上さらに、1曲ごとに徴収されるのでしょうか? ずいぶんな商売に思えます。もしくは、そのシステムが使用できる機器を無料で配布するのでしょうか? ならばとても良いかと思いますが、そこで、今度は徴収はどのように行うのかが心配になってきます。クレジットカードの番号を入れるのでしょうか? 今の時代、どんな被害に合うかと思うととんでもありません。何かカードのようなものを購入して使用するのでしょうか? それを購入しに行かなくてはコピーが出来ないのでしょうか? ネットで購入するのでしょうか? また、クレジットカードでしょうか? 音楽等芸術的心の潤いには、ほど遠い作業に思えます。私の疑問を解決するページがあったのかもしれませんが、探し出すことが出来ませんでした。どっちがよいのか? 意見を決めるとするならば、姿も料金も見えていないシステムに賛成することはありえず、1消費者としても、音楽業界に勤め、音楽を制作している方々の身内としても、始めにいくらか支払って、ある程度自由に出来るものを望んでいます。
※PDF ノンブル 121 ページより。
「ハードディスク内蔵型録音機器等の追加指定に関して、実態を踏まえて検討する」。‥‥? 謎だなぁ、この一文。次につながらない‥‥が、もしかしてテンプレートの小見出しを書いたりしている? もしかすると文化庁側で整形した結果なのかも知れぬ(ならば書き手に責任はない)。
「支払う側に立つと、支払いたくないのが本心でした」。ほぉ。さもユーザー側に立った意見を書いているように見せているが、その実は“ユーザーはこの程度のことしか考えてないんだろ”的な書き方だな。しっかし、この意見を書いた方には悪いが、当方、支払わないことを「『何かおかしい』と思」ったことなどない。「おかしい」のは補償金制度の方だ。それが消費者共通の思いである。
「私的録音補償金等は、最大で 1000円 というのを人から聞きました」。ほぉ、偉いねぇ、物知りだねぇ。確かにその通りだ。「人から聞」くまでもなく、 sarah と SARVH の解説ページを読むと、私的録音補償金・私的録画補償金の課金額(算出方法)が掲載されている。検索すれば判ることなんだが。物知りのシャイロック‥‥じゃない JASRAC が教えてくれたのかい?
おおっと、お次は連続質問だッ。
「それに対して、 DRM で1曲ずつ課金される場合、金額はどうなるのでしょう?」
「1曲コピーするごとに課金するシステム搭載の機器は、現行の機器よりいくら高くなるのでしょう?」
「そして、それを使用しなければコピーは出来なくなると、買ったばかりの機器をまた購入させられるのでしょうか?」
「その上さらに、1曲ごとに徴収されるのでしょうか?」
そもそも DRM 付きの音源を買う時は1曲ずつ対価を支払っているのですが、音楽配信を使ったことがありませんか?
対価は曲にかかるのですから「システム搭載の機器」に追加料金がかかる訳ないのが解りませんか?
DRM が導入されると、CDとCDプレーヤーは逝っちまいますか?
「1曲ごとに徴収」って、どうですか?
これ、さだまさしの「防人の詩」ですか?
「ずいぶんな商売に思えます」。まったくです。「それを使用しなければコピーは出来なくなると、買ったばかりの機器をまた購入させられる」というのは「ずいぶんな商売」ですね。地上デジタル放送しかり、携帯電話しかり、レーベルゲートCDしかり、国産音楽配信しかり‥‥。みんな どこかの国の どこかの業界の人たちが先導した「ずいぶんな商売」ですよね。まるでお花畑です。
「もしくは、そのシステムが使用できる機器を無料で配布するのでしょうか?」 それは嬉しいですね、地上デジタルチューナーを無料配布しては如何でしょう。ウォークマンを無料配布しては如何でしょう。 Windows XP 搭載パソコンを無料配布してくれたら、私も小躍りするかも知れません(でも Mac mini の方がいいな)。
──真面目口調に戻そう。
このあと上の意見では徴収について疑問を並べ立てているのだが、いくらワザと狙って書いてるにしても、これは明らかにやりすぎだろう。頭の悪い質問を繰り返しているようにしか見えない。相手の意見の急所を連続攻撃できるような鋭さだったらカッコ良かったのだろうにね。以下、一問一答に応じてあげよう。
「クレジットカードの番号を入れるのでしょうか?」
──いま一般的な音楽配信ではすべてカードで支払うことになりますが、それが何か?
「今の時代、どんな被害に合うかと思うととんでもありません」
──じゃあ、カードを使わず、音楽配信も使わないでください。
「何かカードのようなものを購入して使用するのでしょうか?」
──iTMS や Mora だとプリペイドカードを購入して利用することも可能です。
「ネットで購入するのでしょうか?」
──それも選択肢のひとつです。お好きなように。
「また、クレジットカードでしょうか?」
──それは取扱業者によるでしょう。でもクレカお嫌いなんでしょ?
「音楽等芸術的心の潤いには、ほど遠い作業に思えます」
──音楽を買うという行為について語っているのですから、「音楽等芸術的心の潤い」に近づく訳がないじゃありませんか。それとも何ですか、街のレコード屋(笑)へ出かけていってレコードを買ってくるのは「音楽等芸術的心の潤い」に近いのでしょうか。宅配便がCDを届けてくれるというのはダメですかそうですか。
「私の疑問を解決するページがあったのかもしれませんが、探し出すことが出来ませんでした」
──Google の使い方、御存知ですか? アップル社のサイトや Mora のサイトを見れば全部載ってますよ。もしくはお友達に訊けば、誰かは知ってるでしょうに。
‥‥こういう無意味な質問を並べ立てて、どんな意味があったのか? いや私は楽しませてもらったけれど‥‥こんな文章で、何が言いたかったのだろう?
こともあろうに、意見の終盤はこんな展開である。「意見を決めるとするならば、姿も料金も見えていないシステムに賛成することはありえず」‥‥確かに音楽配信は相手の姿が見ない(見えたら怖い)。が、料金は書いてあるぞ普通。
「1消費者としても、音楽業界に勤め、音楽を制作している方々の身内としても」って、おい! 「音楽を制作している方々の身内」だったんかい! それなのに、音楽配信のことを知ってるお友達がいないなんて可哀相。ひょっとしたらネットで買物するときにはクレジットカードを使うのも御存知ないのかしら。
「始めにいくらか支払って、ある程度自由に出来るものを望んでいます」。
──結局これが言いたかったわけね。無意味な装飾を付けないで、そのままストレートに意見を出せばここまでイジられずに済んだものを。
私も悪ノリしすぎかね。
技術者としての視点からコメントさせていただきます。
「技術的な保護手段」、 「DRM」 という言葉に振り回されるのは、全くのナンセンスです。強固なプロテクトが施されている 「Windows XP」 などのソフトウェアや、 CCCD 技術を施したコンテンツが、 Web 上に不正に流通している現状を鑑みると、どのようなプロテクト技術を施したコンテンツであっても、ひとたびその保護手段が回避されてしまった場合、流通のコントロールは何人たりとも不可能でしょう。たとえ今回の DRM のプロテクトが技術的に優れていたとしても、世界中のハッカーからの好機の挑戦に対して長期的に耐えられ得ると考える事は、非常に危険であり盲信です。考えてみて下さい。現在は、世界中のわずか一人でも、 DRM を解除するハードウェア(あるいはソフトウェア)を手にした瞬間、不正コピーがインターネットに乗って、瞬く間に世界中に広まる状況であるということを。
プロテクトが破られた DRM を維持していくためには、その都度ファームウェアやハードウェアの更新が必要となり、メーカーさらにはユーザーにこれらのコストが関わってくることは自明です。現在のハードディスク型音楽機器の過剰な競争の中で、目先の利益に躍起になっているメーカーが、権利者の利益を守るために、そこまで時間とコストを掛けた方策が本当に取れるのでしょうか? 例えメーカーによるアップデートがきちんと行われたとしても、過去にダウンロードしたコンテンツとのファイルフォーマットの互換性が崩れてしまったり、複数の DRM のバージョンの派生による混乱など、ソフトウェアの世界ではよく見受けられる問題が、今回の DRM の件についても多発するのではないかと危惧しています。孫、ひ孫の代の階上的な不正コピーが爆発的に氾濫したとしても、その受け皿であるハードディスク型音楽機器が保証金(ママ)を課するというやり方であれば、権利者にとって最も不正コピーの影響を受けにくく、また、メーカーやユーザーにとっても不要なアップデートによるコスト負担が少ない、シンプルで良い仕組みであると考えます。
※PDF ノンブル 121 ページより。
各種ソフトウェア・ 「CCCD」 コンテンツ等がネットで「不正に流通」していたところで、 DRM があてにならないなどと鬼の首を取ったかのように喜ぶのは尚早。前者はシリアルナンバーやユーザー認証程度の仕組みでしかなく、後者に至っては最初から完全なコピーガードを目的としてはいない。まして今後 発展が期待される DRM にしても、それが消費者の支持を得て普及する頃には“軽く”なっているのは間違いない。物理的に〈聴く〉ことが可能である以上、「不正に流通」することを防ぐことなど出来ないし(アナログ接続して録音することだって可能)、 DRM に対してそのような完全性は最初から期待する方がおかしい。
しかも、 DRM がそうした「不正コピー」を防げないことと、私的録音補償金の存在とは全く関係がない。私的録音補償金があるからと言って「不正コピー」が防げるのだろうか? ちなみにこの補償金は「不正コピー」に対する補償ではなく、私的複製(すなわち適法のコピー)に対する補償である。
「技術者」さんの意見にしては、あまりに論理破綻しているようだが。
「プロテクトが破られた DRM を維持していくためには、その都度ファームウェアやハードウェアの更新が必要となり、メーカーさらにはユーザーにこれらのコストが関わってくることは自明です」。私は遠い目をして“あの頃”を思い出す‥‥ソニーは、ユーザーが頼みもしないのに「レーベルゲートCD」を出してたな。その後「レーベルゲートCD2」というのも出してたな。そして一気に撤退したが、その「コスト」は誰に負わせていたのだろう。
──私的録音補償金があっても無くても、 DRM に依存する著作権制度になっていても なっていなくても、 DRM は開発され続けているし、そのコストは(間接的に)ユーザーに「関わって」きているのである。さも補償金制度を廃止して DRM へ完全移行すれば、ユーザーに新たな負担がかかるかのような物言いは失当であると言わざるを得ない。またしても、この論理破綻‥‥あなたは本当に「技術者」なのか?
「現在のハードディスク型音楽機器の過剰な競争の中で、目先の利益に躍起になっているメーカーが、権利者の利益を守るために、そこまで時間とコストを掛けた方策が本当に取れるのでしょうか?」──現在使われている DRM のアップデート状況を御覧になっては如何か。もちろんピンからキリまであるだろうが。
少なくとも、さも DRM が実現していないかのように意見を述べるのは失当であると言えるだろう。
「例えメーカーによるアップデートがきちんと行われたとしても、過去にダウンロードしたコンテンツとのファイルフォーマットの互換性が崩れてしまったり、複数の DRM のバージョンの派生による混乱など、ソフトウェアの世界ではよく見受けられる問題が、今回の DRM の件についても多発するのではないかと危惧しています」。
この危惧はもっともだろう。しかしながらそれはビジネスモデルないし音楽配信サービス運営側の(購入音源が聴けるか否かの)問題であって、私的録音補償金とは関わりないことである。私的録音補償金があっても無くても、 DRM は存在し、使われ、「ソフトウェアの世界ではよく見受けられる問題」が発生するのである。
このような話を持ち出したところで、補償金制度を続けるべきとの根拠には全くならない(むしろ害悪の方が大きいのは多くの指摘にあるとおり)。
「孫、ひ孫の代の階上的な不正コピーが爆発的に氾濫したとしても、その受け皿であるハードディスク型音楽機器が保証金(ママ)を課するというやり方であれば、権利者にとって最も不正コピーの影響を受けにくく、また、メーカーやユーザーにとっても不要なアップデートによるコスト負担が少ない、シンプルで良い仕組みであると考えます」。結局言いたかったのはそれか。
まずハードディスク型音楽機器に蓄積される音楽ファイルが「不正コピー」と表現されていること自体に強い違和感を覚えるが、それはさて置こう。前述のように私的録音補償金は「不正コピー」を補償するものではない。従って、補償金が iPod 等に課せられたところで「不正コピーの影響を受けにくく」なりはしない。ここで第一の論理破綻。
また、補償金制度下でも DRM 導入は進行し(しかもそれはレコード会社自身が率先して採用したものである)、「メーカーやユーザーにとっても不要なアップデートによるコスト負担」は現に生じている。むしろ補償金制度が続くことで、 DRM による負担との二重負担の状態になる。ここで第二の論理破綻。
「シンプルで良い仕組み」かどうかはユーザーの声を聞けば解ること。殆どのユーザーが補償金制度の存在を知らず、誰にどの程度 補償金が分配されているのかも知らされず、まして私的録音による権利者の「不利益」の根拠を全く説明されず、私的録音補償金制度下であっても私的録音は「不正コピー」「カジュアルコピー」呼ばわりされ、「コピーコントロールCD」なる再生無保証の似非CDを押しつけられる状態。こうした補償金制度と矛盾する状況の進行は、すべて権利者団体側によって引き起こされているのである。
──かように、「技術者」殿の意見は論理的妥当性も説得力も持たない。
ここでいっそのこと DRM 不要論をぶち上げてくれれば、私も一転して賛美していたんだがなぁ。 DRM のことをスッカラカンに忘れてしまって補償金制度賛美に走ってしまっているのが致命的である。というか、文章書いてる間に目的を見失うなよ。
ハードディスク内蔵型録音機器等を追加指定すべきか否かは、本来、これをデジタル方式の録音又は録画の機能を有する機器として保証金の支払の対象機種に該当するかという問題であり、一方において、機種としての技術的な内容に対する科学技術的判断にかかるとともに、他方において、機種としての機能や利用状況に対する(私的録音録画補償金制度の趣旨に照らした)法的評価ないし解釈に委ねられるべき事柄である。
そもそも、私的録音録画については、私的な領域内において使用される場合についてまで著作権を及ぼして著作物の自由な利用を制約することは妥当ではなく、他方、そのような場合に著作権を制限したとしても著作権者の経済的利益を不当に害するとまでは認められないことから、原則として著作権が制限されている。しかし、デジタル技術の発達普及は、質的にも市販のCDやビデオと同等の品質の複製物が容易に作成され得る状況を作り出し、そのような状況の下においては、私的な領域内といえでも、もはや閉鎖的な範囲内における零細な利用と見ることができず、また、著作権者ないし著作隣接権者の経済的利益に与える影響も深刻であることから、著作物の円滑な利用と著作権者等の権利保護との適正な調整を図る見地から、デジタル方式の機器を用いた録音ないし録画については、著作権者等に相当な額の保証金の支払いを受ける権利を認める制度が創設されたものである。
したがって、ハードディスク録音機器等の技術的性質、機能及び利用状況並びに私的録音録画補償金制度の制度趣旨に照らすならば、ハードディスク内蔵型録音機器等を追加すべきことは、むしろ当然のことであるというべきである。
ところで、追加指定に反対する意見は、「個別課金」が可能であることや「二重課金」となることを論拠として、追加指定することが「不適当である」との見解を示しているようであるが、かかる見解は、現行の私的録音録画保証金制度自体に対する否定的見解であって、ハードディスク内蔵型録音機器の追加指定に反対する論拠としては説得力を持つものではないというべきである。すなわち、はたして「個別課金」が(単に科学技術的な意味にとどまらず)社会的インフラに照らした現実的な意味において可能であると言えるか、また、「二重課金」になるとの評価が妥当なものといえるか、それ自体議論のあるところだが、いずれにしろ「個別課金」の議論や「二重課金」の議論は、現行の私的録音録画補償金制度自体を見直すべきか否かを論ずるものであって、現行制度自体を存続させたまま、あるいは、既に指定されている機器について指定を維持したまま、ハードディスク内蔵型録音機器等についてのみ政令指定を否定する根拠とはなり得ないはずである。
※PDF ノンブル 122ページより。
──ずばり! 私的録音録画補償金制度は即刻廃止すべきなのである。
それにしても、上の文章は、ここまで長く書いておきながら、論理的展開が見られないという ある意味 奇跡的な内容である。だいたいは私的録音録画補償金制度の概要として一般に言われている論旨ではあるが、それを切り貼りしただけで何かを説明した気になっているのだろうか? そのあたりがよく解らない。
端的に言えば、一文一文はもっともらしいことが書いてあるのだが、それら全体としての繋がりは希薄であり、意見としての論理的構造を持ち得ていないのだ。
「一方において、機種としての技術的な内容に対する科学技術的判断にかかるとともに、他方において、機種としての機能や利用状況に対する(私的録音録画補償金制度の趣旨に照らした)法的評価ないし解釈に委ねられるべき事柄である」としながら、それらに対する具体的検討が書かれていない。
「デジタル技術の発達普及は、質的にも市販のCDやビデオと同等の品質の複製物が容易に作成され得る状況を作り出し、そのような状況の下においては、私的な領域内といえでも、もはや閉鎖的な範囲内における零細な利用と見ることができず、また、著作権者ないし著作隣接権者の経済的利益に与える影響も深刻である」との部分についても具体的検討が書かれていない(しかもこの表現自体は、私的録音録画補償金制度の概要を文化庁が述べる時に使う文言によく似ている)。
そして、直後に「したがって、ハードディスク録音機器等の技術的性質、機能及び利用状況並びに私的録音録画補償金制度の制度趣旨に照らすならば、ハードディスク内蔵型録音機器等を追加すべきことは、むしろ当然のことであるというべきである」とくる。──何が「したがって」だ? その前後には因果関係が全く成立していない。
この「したがって」が意味をなすためには、先の二箇所について具体的検討(すなわちその命題の証明)を要し、またこれこそが私的録音録画補償金制度自体の是非を左右する重要な論点なのである。
さて上の意見では、「追加指定に反対する意見」についても触れられている。曰く、「かかる見解は、現行の私的録音録画保証金制度自体に対する否定的見解であって、ハードディスク内蔵型録音機器の追加指定に反対する論拠としては説得力を持つものではない」とのことである。
しかしながら、現行制度自体の廃止・縮小を予期させるような重大な指摘がなされている時点において、課金対象の拡大を図るべきとの意見は「説得力を持つものではないというべきである」。仮に課金対象を拡大したとして、直後に廃止・縮小ともなれば混乱は必至。あらかじめ実施することが適当でないらしいと予測されているものを、当初の「趣旨」に合致しているからといって自動的に課金対象とするのは間違いだ。
──そもそも当初の「趣旨」に合致しているのかすら判断できない段階でもある。
上の意見では後回しにされている命題──「『個別課金』が(単に科学技術的な意味にとどまらず)社会的インフラに照らした現実的な意味において可能であると言えるか」、「『二重課金』になるとの評価が妥当なものといえるか」をまず問うことが必要である。そして当然、その後ろに控えるのは「現行の私的録音録画補償金制度自体を見直すべきか否か」である。
その後に例えば〈存続〉との結論を得た時にはじめて、新たな制令指定の検討に入るべきなのである。
私は 70年代から 音楽産業界に事業として身を投じ、若かりしころはミュージシャンとしても活動を行ってきた音楽を愛する者の一人です。
このデジタル時代に入り今までのパラダイムが芸能界から音楽産業にとか音楽産業界がストリートミュージック(インディーズ)とかでなくエンタテインメント産業全体がITの波に大きく飲まれていることが感じます。デジタル録音可能なプレイヤーが私的録音補償金対象ということに対しての(著作権の法律があるのだからすぐ課金すべきとの意見もありますが)反対者の大半は直接被害をこうむってしまうと考えているメーカー・ソフトウェア事業者と〈消費者〉のそれぞれの意見を拝見しました。しかしインターネットを通じ拝見した〈消費者〉側の意見があまりにも稚拙で我々〈音楽愛好家〉としての意見を反映していないような感じを受けてメイルさせていただきました。 ここ最近のデジタルプレイヤーや音楽配信事業の急発展においてそもそも音楽家たちは音楽を楽しまれるのであればその部分収入が拡大すべきなのに逆にCD販売や実演家の補償金部分などは下落しているようですが、アナログでしか楽しめないコンサート収益や放送2次使用料などは微増といったところでしょう。収入上位以外の8割を超えた音楽家は収入を減らし微減ではなく激減であると思います。音楽家が音楽を創造しているわけでありそんな状況に追い込まれてしまった彼らがどんどんと転職をしたり活動を行わなくなってしまっている状況をなぜ考えないのでしょうか?
〈音楽愛好家〉の私の立場では、品質の高い音楽家が音楽を創出しなくなる事がもっとも怖いことです。
〈消費者〉にとっては音楽は単なるデジタルファイルなのかもしれませんがコンサートに出向きアーティストのライフスタイルに憧れた多くの〈音楽愛好家〉はそんなことは決して望んでいません。
そもそも欧米のような音楽家を含めた〈パトロン〉の思想が無いまま自由経済に音楽を入れてしまうことで〈良い曲〉ではなく全て〈売れる曲〉しか求められなくなる怖い状況を感じてしまいます。そうなると結果アマチュアと売れる曲だけの両極ないびつな状況を生んでしまい選択肢の無いマーケットで結果その他〈音楽愛好家〉続いて、デジタルプレイヤーマーケットなども縮小してしまうのではないでしょうか。
※PDF ノンブル 124ページより。
本当に「音楽産業界に事業として身を投じ」ているのか怪しい‥‥というか、日本の音楽業界についての惨憺たる現状を認識できていないあたりがどうも。それにしても読みにくい文章だったなぁ(私も他人のことを言えた筋合いではないが)。
「インターネットを通じ拝見した〈消費者〉側の意見があまりにも稚拙で我々〈音楽愛好家〉としての意見を反映していないような感じを受け」たそうだが、そのインターネットで意見を表明している「消費者」の一人として、私も何が具体的に「稚拙」なのか逐一御教授ねがいたいところである。それこそ「稚拙」な理屈を抜きにして。
「音楽家たちは音楽を楽しまれるのであればその部分収入が拡大すべきなのに逆にCD販売や実演家の補償金部分などは下落している」と認識されているようだが、「音楽産業界に事業として身を投じ」ていながら、「CD販売」や「実演家の補償金部分」が「下落」している理由を御存知ないのか。はっきり言えば、 iPod 等の利用拡大は「CD販売」へ正の影響こそあれ負の影響などもたらさず、むしろ音楽業界の自滅(いや自殺と言った方が的確か)によって「CD販売」の「下落」を招いているのである。そして「補償金部分」については、本来 協力関係にあるメーカーを敵に回すような言動ばかり繰り返して補償金額の適正化を全く図れないでいるための「下落」である。
また、「アナログでしか楽しめないコンサート収益や放送2次使用料などは微増といったところ」らしいが、これらと私的録音に何の関係が?
「収入上位以外の8割を超えた音楽家は収入を減らし微減ではなく激減である」というのは今に始まったことではあるまい。もともと、ほんの一握りしか食っていけない世界である。誰でも彼でもプロとして食えるような甘い業界じゃなかろう。まして、CDを売ることすら満足にできないようなレコード会社ばかりでは尚更である。
「音楽家が音楽を創造しているわけでありそんな状況に追い込まれてしまった彼らがどんどんと転職をしたり活動を行わなくなってしまっている状況」? 甘えるんじゃない。売れなければ「転職」したり「活動を行わなくな」るのも当たり前の話ではないか。それよりも、そうした現状を改善しようと自身で何か努力はしているのか。
たとえば 『benli』 の小倉秀夫弁護士がかつて、「ミュージシャンはライブ活動では生活できないとの声を聞く」「ライブ活動でアーティストの生活費等を稼ぎ出せるようにすることが必要」と指摘されていたのだが、こうした道を開くよう努力しているのか? 本来権利者団体としての政治力はこうした部分で使うべきだ(ミュージシャンの活動環境の改善につながるのだ、国民の支持も多く得られるだろう。よもや権利ころがしを可能とするためにミュージシャンを飼い殺しているわけではあるまい)。CDは売ることができない、ライヴで食うこともできない──そんな音楽業界ならば、補償金のあるなしにかかわらず「品質の高い音楽家が音楽を創出」できる環境とは とても呼べないだろう。
音楽活動をさせていながらアーティストを食わせられないとすれば、それはビジネスモデルがおかしいのだ。あるいはアーティストではなく、他の人間が余計な金を掴んでいるのではないのか。主な収入元として目されてるCDですら、アーティストが受取る額の小ささは(実態を小耳に挟むにつけ)消費者の想像を絶するものがある。
端的に言えば、アーティストが食っていけないのは本当に「私的録音」の所為なのか、ということである。私的録音補償金は業界の失策の尻ぬぐいのためにあるのではないのだ。
私的録音補償金の有無は、「品質の高い音楽家が音楽を創出」することとは無関係である。それは、私的録音補償金が存在する今、日本の音楽業界でどれくらい「品質の高い音楽家」がいて、「品質の高い」「音楽を創出」しているのかを考えればよろしかろ。
同じ意見募集にこのような意見を書かれた方がいる──
最近の歌には、自分の宝となる歌がありません。
これは、音楽がたれ流しになっているため、作家は質より量の作曲をして、歌の品質が下がっているからです。
補償金制度が役に立っていない証拠である。
「〈消費者〉にとっては音楽は単なるデジタルファイルなのかもしれませんがコンサートに出向きアーティストのライフスタイルに憧れた多くの〈音楽愛好家〉はそんなことは決して望んでいません」。なんと麗しき暴言。
まず「音楽は単なるデジタルファイル」という部分が意味不明。CDパッケージにしても DVD にしても音楽配信にしてもリッピングデータにしても、現在我々が耳にする音楽の多くはデジタルデータである。それと同時に、そのデジタルデータは再生可能でなければ意味がない。我々は音楽を聴くのだから。デジタルデータの、0/1の流れを読む訳ではないのだから(てか、そこまで言わないと理解できないのだろうか)。
「多くの〈音楽愛好家〉はそんなことは決して望んでいません」も意味不明。何か? アナログテープでレコーディングして、アナログでマスタリングしたアナログレコードしか認めないってことか? それはそれでマニアな世界としては羨ましいところではあるが(半分皮肉)。
くだらない感傷だ。音楽で重要なのはアナログだのデジタルだのではない。それが音楽としてどう鳴るのか、そして自分の心に響いてくるのかだ。さらに言えば、対価を払うに値する音楽なのかどうかだ(それらの条件を満たさないものは私にとって音楽ですらない。そもそもそういうものは聴きもしない)。
iPod などという安くもないようなブツをわざわざ買って、世界一高いCDや iTMS の曲をわざわざ買って、マメに曲を転送し入れ替えながら繰り返し聴いているのは紛れもなく〈音楽〉なのである。正当な対価を払うに値する〈音楽〉なのである(注: iPod へのコピーに補償金を払うべきか否かは別の議論)。それを「デジタルデータ」などと呼び貶めるような人間が「音楽愛好家」を自称するとしたら、俺たちは「音楽愛好家」などと呼ばれることを断固拒否する。そういう人物と同類にはなりたくない。
「そもそも欧米のような音楽家を含めた〈パトロン〉の思想が無いまま」? タニマチはどこへ消えた?
「自由経済に音楽を入れてしまうことで〈良い曲〉ではなく全て〈売れる曲〉しか求められなくなる怖い状況を感じてしまいます」。それは私的録音の問題ではなく、音楽配信の問題でも勿論なく、音楽業界の体質の問題であろう。「音楽産業界に事業として身を投じ」ている者の責任である。
さて。「音楽愛好家」の意見というのはどこに書かれていたのか。事実誤認を重ねた挙句、結局やりたかったのは誹謗中傷か。「音楽愛好家」としての音楽へのこだわりはどこに書かれていたのか。音楽を語る言葉をその程度しか持たないのか。日夜 音楽について考えたりしないものなのか。己が身を置いているという音楽業界の現状についての憂慮は何も持たないのか。
──本当に、音楽を愛しているのか?
ハードディスク内蔵型録音機器等をMD同様に私的録音補償金の対象に是非追加して頂くようお願い申し上げます。各メーカーは音楽録音の優れた機能を競い合い、購入するほとんどの人が音楽録音を目的に購入し、音楽を楽しむために購入利用しています。
録音するために販売され、録音するために利用購入しています。
MDが指定されているにもかかわらず、同様機能の機種が指定されていないのはおかしいのではないでしょうか。
次々と新しい機種も作り出され、少しでもよい音でと購入もあり、法制化が追いついていない現状もあります。
同じ録音目的のものであれば商品化の時点で是非私的録音補償金指定をお願い致します。
消費者は少しでも安価をのぞむのは当然ですが、こうしたよりよい音を求めて購入する人は、私的録音補償金制度が導入された時、多くの人から支払うのは当然という意見、解答が多かったはずです。
こうした点からもこれまでの機種同様メーカーが支払うのが当然と考えます。
何卒素早いご対応をお願い申し上げます。
※PDF ノンブル 124ページより。
「各メーカーは音楽録音の優れた機能を競い合い、購入するほとんどの人が音楽録音を目的に購入し、音楽を楽しむために購入利用しています」。その後で、聴く音楽を買いに走っているところまで想像できないのが致命的である。ここまでビジネスチャンスを嗅ぐ力が衰えていては、同情する他ない。
「MDが指定されているにもかかわらず、同様機能の機種が指定されていないのはおかしいのではないでしょうか」。もう飽きた。定型句。利用態様が異なるだろという私の反論も定型句。
「同じ録音目的のものであれば商品化の時点で是非私的録音補償金指定をお願い致します」というのも定型句だな。
「消費者は少しでも安価をのぞむのは当然ですが、こうしたよりよい音を求めて購入する人は、私的録音補償金制度が導入された時、多くの人から支払うのは当然という意見、解答が多かったはずです」との部分にはツッコミどころ満載。
まず、音楽業界は「消費者は少しでも安価をのぞむ」ことを本気で理解していない。そりゃそうだ、理解しているなら世界一高いCDを売って(売れないんだが)事たれりとはしていられない。音楽配信ですら iTMS が日本に入ってくるまで値下げできなかったんだから、「消費者は少しでも安価をのぞむのは当然ですが」などと理解あるフリをするのは止めては如何か。
「よい音を求めて購入する人」は、そもそも iPod 等を選ばないと思うのだが。圧縮音源だぜ。CDの方が高音質なのは明らかじゃないか。それとは違う価値観により iPod 等を選んでいるのだ。こうした部分から観察力の無さが窺える。
極めつけが「私的録音補償金制度が導入された時、多くの人から支払うのは当然という意見、解答が多かった」の部分。嘘は言ってはいけない。この文章の根拠になっているのは平成3年に行われた権利者団体・メーカー合同による「私的録音・録画に関する実態調査」(著作権審議会第10小委員会の報告書で引用されている)かと思われるが、ここでも引用してやろうか。
ちと長くなるので段落を変えた。
単刀直入に行こう。「あなたは家庭内録音・録画について、作曲家や歌手、演奏家などの利益のために、録音・録画用機器や生テープの購入者が、商品代、消費税に加えて一定の報酬を負担する制度を日本でも採った方がよいとお考えですか」という質問に対し、「そう思う」が 8.0%、 「どちらかといえばそう思う」が 12.6%、 「そうは思わない」が 31.3%、 「どちらかといえばそうは思わない」が 14.4% である。なお「わからない」が 29.4% もいるあたりが泣ける。
数字を見れば明らかだが、「多くの人から支払うのは当然という意見、解答が多かった」との認識は事実に反している。付け加えれば、賛成者のうちの 53.9% は「本当に作曲家等の利益が確保されていないのであれば、一定の報酬を支払うことが望ましい」とあくまで条件付きの賛成であって、しかも今なおこの「本当に作曲家等の利益が確保されていない」かどうかの説明は権利者側から無い。逆に、反対者の 64.6% は「放送や自分で購入した音楽ソフトやビデオソフトから録音・録画したものを営利を目的としないで個人的に楽しむのであれば、一定の報酬を支払わなくてもよい」と答えている。
なお、補償金制度導入後の調査に、平成9年に sarah が行った「私的録音に関する実態調査」(私が参照したのは『コピライト』 1998年8月号に 掲載された「概要」)があるのだが、ここで「私的録音補償金制度の認知度」の項目を見ると「認知している」と答えたのが 13.8% という惨憺たる結果が出ている。この制度がどれだけ消費者の理解を得ずに導入されたのかが窺えるというものだ。
よって、「こうした点からもこれまでの機種同様メーカーが支払うのが当然と考えます」との一文も無意味なものとなる。
あと細かいツッコミだが、補償金を支払っているのは「メーカー」ではなく、消費者である。お間違えなきよう。
i-Pod 等の追加指定に賛成します。
劣化しないデジタルコピーが蔓延することにより、創造サイクルが崩壊するのではないかと強い懸念を抱きます。将来のことを考えると、しっかりとした補償制度がないと、次世代の創造の目(ママ)を摘んでしまうことになります。
このままデジタルコピーが広まり、対応が遅れてしまうと、後々取り返しのつかないことになるのではないでしょうか。
小学生・中学生への著作権教育も機能しているとは言い難く、著作物は「買うもの」ではなく「コピーする」ものという誤った認識が広まるのではないでしょうか。
知的財産立国の名に恥じない、しっかりとした補償制度の確立を望みます。
※PDF ノンブル 125ページより。
見事なまでに簡潔、見事なまでに意味不明。ここまで具体性に欠ける意見というのも非常に珍しい。
「劣化しないデジタルコピーが蔓延する」と何故「創造サイクルが崩壊する」んだか。アナログコピーなら創造サイクルは保たれるのか。謎だ(真面目なことを書けば、デジタルコピーによって創造サイクルに悪影響を及ぼしかねないのは、一定の条件下でしかないと私は考える。すなわち著作物の「通常の利用」を妨げる場面である)。
むしろ、創造のサイクルを保つには著作物をいかに売るかということを考えるべきであろう。既に売ったもののことを いつまでも思っていたところで、新たな市場は開けてこない。それとも何か? 新しい創作はもうしたくないのか?
補償金制度によって過去の資産への執着を生み、次世代の創造の芽を摘んでいるようにしか見えない(とすれば、新たな創作にインセンティブを与える著作権制度の趣旨に反することになるな)。
「著作物は『買うもの』ではなく『コピーする』ものという誤った認識」とやらはどこに存在するのか。脳内市民か? 正しくは「著作物は『買うもの』ではなく『売ってないもの』」であろう。さらに言えば「コピーでもしなけりゃ聴けない」のである。
音楽をどうにかして聴けないようにしたいという御仁が多いようで、そうなるのも無理はない。
悔しかったら iTMS で全カタログ提供してみろ。
ハードディスク内蔵型録音機器についても補償金の対象とするべきと考えます。
最近の歌には、自分の宝となる歌がありません。
これは、音楽がたれ流しになっているため、作家は質より量の作曲をして、歌の品質が下がっているからです。
ひと昔前までは、一枚のレコードを買い、大事に聞きました。
それが今は、レンタルや、友達同士の貸し借りで簡単にデジタルコピーができてしまい、1曲の音楽が使い捨てのようになっています。
これは、まさしく音楽文化の衰退ではないでしょうか?
質の悪い音楽では、外国にも売れる音楽など夢のまた夢です。
知的財産を国家財産と考える内閣の方針にも反します。
そもそも、現行制度にあるものなのですから、まずは課金し、他の作家保護の方法があるなら、それから制度を変えるべきです。
今の「制度がおかしい」といった議論は、メーカーの我侭としか思えません。
音楽を愛するものとして、数百円で済むものにはなんの抵抗もありません。
それよりも、メーカーは文化を食い物にしてばかりいないで、補償金分をコストダウンするくらいの努力をしてもらいたいと思います。
※PDF ノンブル 126ページより。
変わったお人だ。
昔の歌をコピーして、それを「大事に聞」けば問題は解決するんじゃなかろうか。
音楽市場の拡大を望まないとは、今どき殊勝なお考えの持ち主であることよ。
補償金とは全く関係ない話にも思えてくるが(最初の1行とその次以降では論旨が繋がっていない)。
「音楽がたれ流しになっているため、作家は質より量の作曲をして、歌の品質が下がっている」のは私的録音の問題ではなく、音楽業界の体質の問題だ。音楽を「たれ流しに」売って、その結果「作家は質より量の作曲をして」「歌の品質が下がっている」と。何を今さら、である。
「ひと昔前までは、一枚のレコードを買い、大事に聞きました」? いつの話だ。CDが登場してから既に 20年以上 経っているのだぞ。──ふた昔だ。ましてCDであっても、 iPod であっても、「大事に聞」いていないとは限らないではないか。これは何か? ひとり辺りの購入曲数を減らせという主張なのか? (それはそれで、大胆でステキな発想である。)
「それが今は、レンタルや、友達同士の貸し借りで簡単にデジタルコピーができてしまい、1曲の音楽が使い捨てのようになっています」? 「簡単にデジタルコピーができ」るとどうして「1曲の音楽が使い捨てのようにな」るのだ。全く支離滅裂。 iPod について言えば、音源となるのは自分で買ったCDか iTMS 購入音源である(もちろんレンタルもあるが、これとて正当な対価が支払われた後である)。ということは、「レンタル」や「友達同士の貸し借り」という前提が崩れており、ますます「1曲の音楽が使い捨てのようになってい」るという認識の根拠が判らない。やはり、聴く曲の数を減らせということだけが言いたいのだろうか?
今までの文章と、「これは、まさしく音楽文化の衰退ではないでしょうか?」とのくだりが繋がらない。こんな展開では誰もあなたに同意しない。
──そもそも、こういった「質の悪い音楽」というのは、業界の問題ではないか。私的録音との因果関係が全く見えてこない(そんなに「レコード」に回帰したいのなら止めはしないが‥‥国の制度をいじろうとするのは遠慮してくれ。デジタルで音楽を聴くのは 20年来の 一般的利用態様なのだから)。
「知的財産を国家財産と考える内閣の方針にも反します」との御意見だが、知財制度はもともと保護のみを想定されているのではない。利用や流通とのバランスを常に意識しなければならないものであって、バランスを失していると判断されれば保護を緩めることだってあるのである。知的財産戦略の文言が徐々に(外形的にではあるが)変わってきているのを知らないのか。
「そもそも、現行制度にあるものなのですから、まずは課金し、他の作家保護の方法があるなら、それから制度を変えるべきです」という意見に至っては、なぜ補償金制度見直しを理由に課金反対と言われているのか、委員の意図を全く理解していない証拠だ。補償金制度の廃止を視野に入れた見直しをするとなれば、課金対象の拡大は許されるものではない。廃止(もしくは縮小)する際に、 iPod 等への課金が“既得権”化するからである。一度課金したものを簡単に取下げられるものなら、補償金制度自体を今すぐに停止することも可能となる(しかし混乱必至、可能なわけがない)。
「今の『制度がおかしい』といった議論は、メーカーの我侭としか思えません」ともくれば、驚くより他はない。今ごろメーカー悪者説か。この前提を捨てることで補償金制度創設へ前進してから十余年経っているのだがね。メーカー側は明確に私的録音の対価を認めており(この点で消費者と立場が異なる)、彼らの主張は新しいデジタル技術によって正確な課金を目指すべきということなのである。それが理解できないか。何でもかんでも“昔がよかった”などと繰り返すのは、それこそあなたの「我侭」である。
音楽を愛する者として、優れた音楽に正当な対価を支払うことには何の抵抗もない。それよりも、レコード会社には文化を食い物にしてばかりいないで、制作費・広告費・流通費をコストダウンするくらいの努力をしてもらいたいものだ。
iPod 等のハードディスク内蔵型機器を務めて速やかに政令指定するべきじゃないでしょうか。 iPod ・ネットワークこれまで私たちが家庭で録音する際に主として使用していたMDそれに替わる新しい機器が誕生している。小さな箱の中にCD 1,000 枚分が収録できますがその中、MDが補償金の対象になりながら、片や大量の録音が可能な機器が未だに補償金の対象になっていないとは、大きな違和感抱かざるを得ません。この道に色々難しい問題もあっても、作家の生活の保証が無ければ音楽に人生を賭けて、生きてゆく希望が萎えて生きてゆけなくなります。
我々の音楽仲間の身上に理解を頂き、音楽からの幸せを満喫できるように働かせて下さい。思考に窮屈差(ママ)を与えないで欲しい。消費者にとってもアーティスト達にとっても、補償金制度はなくてはならない、リーズナブルな制度です。ご理解を広くお願いとして失礼いたします。
※PDF ノンブル 126ページより。
単純に、「CD 1,000 枚分が収録でき」れば権利者の利益を損ねるという考え方の妥当なのかに疑問があるのは いつも私が主張している通り。公正使用としての私的録音をまず検討すべきであろう。補償金というものは、あくまでも権利者の不利益に対して算出されねばならない。
まして「MDが補償金の対象になりながら、片や大量の録音が可能な機器が未だに補償金の対象になっていないとは、大きな違和感抱かざるを得ません」などというのは、MDと iPod 等との違いを見ようともしない思考停止の果ての発言としか言いようがない。 iPod 等が使われる極めて限定された環境を考えれば、権利者の得るべき利益を損なう可能性は極めて低い。
噴飯ものなのは、「作家の生活の保証が無ければ音楽に人生を賭けて、生きてゆく希望が萎えて生きてゆけなくなります」の部分。何か勘違いしているのではないか? 著作権というものは、通常の利用における権利者の利益機会を保証するものであって、「生活」を保証するものではない。現実を見たって、音楽業界で活動している「作家」すべての「生活」の保証などできやしないだろうに、音楽業界自身が。
ことは単純で、支持の得られる作品(あえて「売れる作品」とは呼ばない)を作れぬ「作家」はその創作では「生活」を出来ないのである。生み出した作品に対する正当な対価は当然 得られるべきであるが、それは“権利ころがし”で他人の財産を不当に収奪できることを意味するのではない。
敢えて言えば、「作家」の「生活」を「保証」するのは音楽業界のビジネスモデルのあり方である。著作権の範疇ではない(著作権制度は売れるか否かまでは保証しない)。
「消費者にとってもアーティスト達にとっても、補償金制度はなくてはならない、リーズナブルな制度です」? これを「リーズナブル」と考えているのは権利者団体だけではないのか。毎年毎年、たいした努力もしないで一定額(減ってるらしいが。笑)の収入が約束されているのだから。これぞ「濡れ手で粟」。「なくてはならない」と評するのも肯ける。
消費者から見れば、包括的に先払いすることは「リーズナブル」となる側面も確かにあるだろう。しかしその支払いが正当な利益への補償である限りにおいてだ。私はここを疑問視しているし、多くの消費者もそうだ(パブコメの課金反対意見が、異口同音にそれを指摘している)。
また、アーティストにとってはどうか。利用された曲を正確に反映し、それに応じた分配金を得られる訳ではない。結局は、今売れている一部の「アーティスト」がガッポリ受取る大雑把なものでしかない。そういった制度のどこが「リーズナブル」なのか。
私的録音録画補償金の拡大を狙っている権利者団体はよく考えるべきだろう、なぜ当事者であるアーティストが、この話題について発言することが無いのかを(そしてそれを発言することがどれだけリスキーなのかを)。そういった歪さを消費者は見ている。だからこそ理解も支持も得られないのである。
投稿:by 谷分 章優 06:10 午前 [著作権行政 watch, 音楽業界の愚行] | 固定リンク
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