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2005.12.23
デジタルコンテンツWGへの提出意見を再び知財戦略本部に送ってみよう
別ブログ『エンドユーザーの見た著作権』でお伝えしているので詳しいことは省くが、現在 知的財産戦略本部で意見募集が行なわれている。「知的財産基本法の施行状況に対する意見募集」と銘打たれているものの、内実は知財推進計画等に対する意見を集めるものなので、要は知財関連の話題で思うところがあればストレートに表現すればよろしい。この種の問題を追いかけていらっしゃるブロガーであれば、何かしら言いたいことは溜まっているのではないだろうか。
ぜひ、提出に御協力いただければと思う。締切りは 2006年1月6日 (午後5時)。実は時間があまりなかったりする。
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/
2005/12/post_0c6c.html
「知財戦略本部への意見募集:結果と急募」
(エンドユーザーの見た著作権)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/pc/051216comment.html
「知的財産基本法の施行状況に対する意見募集」
(首相官邸:知的財産戦略本部)
さて、私がここでやりたいのは、知財戦略本部コンテンツ専門調査会のデジタルコンテンツWGが先に募集していたパブリックコメントを今回の意見募集に流用するという提案である。幸いなことに、この先の意見募集結果が知財戦略本部のサイトに掲載されたばかりだ。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/contents/
dezitaru2/2siryou2_1.pdf
「デジタルコンテンツ・ワーキンググループにおける
意見募集の結果について:寄せられた御意見(全体)」
(首相官邸・知的財産戦略本部・ PDF)
これにざっと目を通し、自分の意見と一致する(あるいは自分の意見に反する)ものを抜き出して組み合わせれば意見の一丁上がりである。いちから考えずに済むから、期間が無い中でも意見を出していくことが可能となろう。
賛同できる意見というものには、誰の発想なのかというオリジナルの問題は発生しない。みな同時多発的に発言するものなのである。遠慮なくコピー&ペーストで声を挙げることを私はお薦めする(パブリックコメントに対する私の一貫したスタンスがこれなのである)。
とは言え、自分ならではの視点というものを提供しなければ芸がない(せめて文章表現だけでも、ね)。そこで私は先の募集に提出した文章を掲載し、それを使っていただこうと考えた。もちろん、私もその文章を流用し、そこに若干の修正を加えて提出するつもりだ。年末年始はこれで潰れるかねぇ‥‥。
●から始まる段落は私が先の意見募集に提出した部分。ただし後で読んで恥ずかしい部分や 誤解を招きそうな部分を訂正しておきたいと思う(原文の恥ずかしいやつは知財戦略本部サイトで掲載された PDF を参照のこと)。
△から始まる段落は今の私が考えていることである。いま募集中のテーマにどう適合させるかという観点からもコメントしておく(私が流用にあたって考えている方針ということ)。
では──
【基本線】
●「ユーザー大国を目指す」「クリエーター大国を目指す」とするデジタルコンテンツWGの方向性を支持したい。
△これは、『知的財産推進計画 2005』 における「5つの配慮事項」の(1)ユーザーの視点を考えた政策(5)競争政策の重要性と表現の自由の重視──が根拠となって導かれている方針である。従って、これを指摘することで「知的財産基本法の施行状況」と結びつけて論じることが可能となる。
【エンドユーザーの支持がなければ
デジタルコンテンツ市場は拡大しない】
●エンドユーザーの利便性を無視し、コンテンツ業界の都合だけで提供規格・仕様を一方的に決定し押しつける例があまりにも多い。その結果、全くエンドユーザーの支持がえられることなく市場の成立を達成できないケースが続出している。今後の展望が全く見えない分野すらある。
△コンテンツ市場を活性化させるべきという視点で全体を組み直す必要があるかもしれない。市場の活性化は知財戦略として当然に考えねばならないところである。知財戦略において権利強化は手段でしかなく、本来の目的である市場活性化・技術推進・文化発展を見失わないよう心すべきだ。権利強化に傾きすぎる現状は本末転倒なのである。
●例えばCD。いまCDが売れないのは、エンドユーザーの支持を得ようと音楽業界が努力しないからである。そればかりか、正当な対価を支払っているエンドユーザーを泥棒呼ばわりし、「コピーコントロールCD」などという規格外不良品を再生保証なしにバラ撒き続ける等の行為を続けている。その他にも還流防止措置創設の強行や再販制での価格高止まり・私的録音補償金の一方的要求などと併せて、エンドユーザーの要望を踏みにじるような言動に終始するのである。ここまでエンドユーザーの反感を買うようなことを続けていれば、もはや市場停滞も音楽業界の自業自得と言うほかない。
※最近では SONY BMG から発売された 「XCP」 仕様の「コピーコントロールCD」が、エンドユーザー所有のパソコンへ 「rootkit」 と呼ばれる有害ソフトウェアを勝手に組み込み、米国で訴訟を提起されたという事件が起こっている(この仕様の 「CCCD」 は日本では発売されず、輸入盤として販売された分のみが日本のエンドユーザーに直接関係すると思われる)。この例は「著作権保護」の名のもとに、レコード会社がエンドユーザーの財産を侵す行為にまで至ったものである。こうした傾向はソニー1社だけのものではなく、現在のコンテンツホルダー全体を象徴していると言える。
△この年末になって、音楽制作が回復傾向になってきたとのニュースが流れてきている。が、これの理解は難しいところである。実は、音楽を売るのを促進すると期待されていたネット配信が意外と伸び悩んでいるからだ (iTMS 日本版がサービスを初めて4日で 100万 ダウンロードを達成したことを思い出して欲しい。この他の時期にPC用ダウンロードはどれだけ売れたというのだろうか)。かと言ってCDが売れているのか? 音楽を買わせないような行動を業界がとり続けていることもあり、実際に音楽売上げが上がっていくのかは、もう少し先の数字が出てこないと判断できないところである。
△もちろん SONY BMG の 「CCCD」 については、 MediaMax も加えて指摘すべきであろう。 SONY BMG (やその商品を扱った日本法人)の情報公開は充分なものではなく、日本では全くと言っていいほど事の重大性が取沙汰されないという状態である。また東芝 EMI は涼しい顔をしているようだが、彼らもまた「セキュアCD」なる似非CDを発売していることを忘れてはならない。
●インターネット音楽配信についても、国産サービスは海外サービスに完敗を喫した。これもまた、エンドユーザーの利便性を考慮しなかったが故の国内コンテンツホルダーの自業自得である。 iTunes Music Store (アップル社)が日本でサービスを始めるまで、日本のエンドユーザーは CD-R への音楽焼き付けや携帯音楽プレーヤーの使用を制限され、価格も不当に吊り上げられていた状態を強いられていた。国産音楽配信サービスではコンテンツホルダーの意向が価格・仕様の両面で強く反映されていたためである。
また iTMS の日本上陸後も、ソニーミュージックに代表される一部のコンテンツホルダーが ここにのみ曲提供を保留するという不自然な状態が続いている。特にソニーについては自社が関わっている配信サービス(主に Mora) に利する差別的許諾が顕著であり、エンドユーザーの不興を強く買っているところである(ソニーミュージックは海外では iTMS にも曲提供している。日本人だけが iTMS でソニーの曲を購入できないという状態である)。
△年末になり、ついにビクターが iTMS への曲提供を始めた。しかしソニーは相変わらず曲提供を拒み続けている(その方針を発表してすらいない)。 iTMS 以外への曲提供は大々的に発表しているにもかかわらず、である。
●電子書籍についても、机上の空論だけで推進されてきている印象である。果たしてそこにエンドユーザーの求めるものが実現されていたというのか。高価な専用機器をわざわざ購入しなければ利用できず、コンテンツ価格も紙の書籍を購入するのとさほど変わらず、ひどいものになると限られた期間や回数の範囲内でしか読めないよう設定されたコンテンツすらある。紙の書籍ですらなかなか売れない時代に、このような著しく制限された仕様でエンドユーザーの支持が得られるとは到底考えられない。単にコンテンツホルダーの身勝手かつ一方的な都合により電子書籍の未来が閉ざされているのである。
電子書籍が目指すべきは、パソコンでも携帯電話でも専用機器でも使える(利用機器を選ばないような)、バックアップ・メディアシフト・プリントアウト等の私的複製を可能とする、特定のOS・特定のソフトに限定されない汎用性の高いデータ形式のものであろう。価格面でも、安価なものを目指すか サブスクリプションサービスか、そうした選択肢を確保することが必要である。再販制度的な価格横並びの状態だったり、あるコンテンツを配信する方式が僅かしか用意されていない場合のような、選択肢が少ない状態であればあるほど、エンドユーザーから支持されにくいと知るべきであろう。結果、全く売れない危険性をコンテンツホルダー自ら高めているということである(この危険性は電子書籍だけでなくコンテンツ流通全般に言える)。すべてのコンテンツが、適切な価格競争とサービス競争のもとにある全流通方式で入手できるようになっていることが望ましい。
△ここでボイジャー社の試みに触れるか否か? T-Time や Azur といったPC等の画面で読書するためのソフトを開発している会社なのだが、ここのコンテンツに対する考え方がユニークだ。というか、 iTunes + iPod におけるアップル社の考え方に非常に近い。PC内に保存したコンテンツを携帯電話・デジカメ・ iPod 用の画像ファイルに返還して転送する仕組みなのである。本来のデジタルコンテンツの流通促進とは、こういった柔軟性があってこそ意義がある。
●ゲームの場合は、ゲーム機本体の開発競争と、ソフト価格が一向に高価なままというのがネックとなる。特に本体の場合は過去の系列機との互換性をとらない場合が多く、エンドユーザーが所有ソフトを無駄にしないよう新型機の購入を見合わせるという一面がある。これを(国の方針として)解消しようと思えば、新しいゲーム機を発売する時には旧型機との互換性を保つことを義務づけるのも手段のひとつではないか。これはソフトメーカーが旧機種向けのソフト制作を続けられるというメリットもあり、無駄に高騰する開発費も押さえることが可能となる。また、ゲームソフト価格が高止まりするままであれば新たな流通経路を確保し価格競争を促すべきである。具体的には、ゲームソフトレンタルの合法化などが考えられる。
※余談だが、中古ゲームソフトの売買を禁止すべきとのゲーム業界の主張がエンドユーザー離れを引き起こした一面もある。この中古売買が適法であるとの司法判断は既に示されている訳だが、それにもかかわらず この種の発言を続ける者は後を絶たない。そうした人物(あるいは業界団体)に対して釘を刺す必要があるのではないか。コンテンツ流通の一端を(間接的にとはいえ)中古売買は担っている。むしろこの存在を前提として、価格競争の促進等 コンテンツ戦略に組み込むべきではないのか(中古売買ではコンテンツホルダーへの利益還元は望めない。しかし中古売買はコンテンツの適正価格を知る手がかりともなり、これとの競争によって新品で売れる機会を得るきっかけに転じることができる)。
△映画の著作物に付与された頒布権を、劇場用映画の上映用フィルム(またはデータ)に限ることも提案すべきだろう(ネタ元は「知財系 BLOG 運営者会議」による著作権法改正要望。(8)を参照のこと)。その上で貸与権の扱いを決めてレンタル可能とする、と(例:発売後一定期間を過ぎれば貸与権が制限されるような感じ)。
●デジタル放送の未来も決して明るくない。 2011年に 地上アナログ停波が予定されているが、これの実現は非常に難しいと言える。なぜなら地上デジタル放送を受信するためにエンドユーザーは新たな機器を購入しなければならないからである。もともとアナログからデジタルへの買い換えメリットが全く見えない(画質・音質の「向上」や文字情報の付加などはテレビに期待された機能では断じてない)上に、今のテレビ放送の内容に対して不満のある層ならば この機会にテレビを見ないこととする選択肢が出てくる(もちろん NHK を視聴しないということも それに含まれる)。そして「コピーワンス」という、エンドユーザーの利便性を著しく損なう仕様が使われているともなれば、逆に買い換えを控えさせる要因となる。現行のデジタル放送の仕様は、その移行に対するマイナス要因だらけなのである。
国の政策として地上デジタル放送移行を実現する気であるなら、「コピーワンス」の撤廃と受信可能化の方策(デジタルチューナーの無料配布やIP放送の実現など)を採らねばなるまい。
●DVD は、成功したデジタルコンテンツメディアのひとつと考えられる。これは価格競争が激しいということが良い方に作用しているのだろう(もっとも廉価版として多く流通しているのは海外映画作品であって、この点において音楽と一概に比較することはできない)。著作権切れした作品の廉価 DVD も含め、価格の多様性がコンテンツ流通の促進に大きく貢献していることに注目すべきである。エンドユーザーはこれを歓迎しており、 DVD は映像流通の主流として定着している。
【クリエイターが創作に専念できる環境が整わなければ、
コンテンツ創造は続かない】
●現行のコンテンツ制作システム(および著作権制度)では、著作権等を握るコンテンツホルダーだけが莫大な利益を得るようになっている。クリエイター自身には殆ど還元されない。現場のクリエイターの立場で考えるなら、日本のコンテンツ産業では劣悪な労働環境(賃金体系が他業種より圧倒的に悪いことなど)での活動を余儀なくされているのである。その結果、他業界への人材流出を招き、あるいは海外への人材依存が目立っている(アニメーション業界が特に顕著である)。実は、日本国内での実制作者の空洞化が進んでいる。
●さらには、次世代のクリエイターを育てるという観点がどの業界にも無いため、コンテンツの流通を促進し 次世代の創作の土壌を作るという試みも殆ど見られない。これから為される創作は過去の作品の上に成り立つものであり、クリエイター育成では、特に若年層が多くのコンテンツに触れることが必須であると言われる。コンテンツ流通が身勝手な権利行使で阻害され続け、運良く流通したものも高価であり続ける──などという現状は、次世代のクリエイターに対して罪を犯しているのと同じことなのである。
※なお、ここでは「クリエイター」を、エンドユーザーにとってはコンテンツ選択の大きな要素であるのに、その流通について全く決定権を得られない音楽家・俳優・映画監督・アニメーター等のコンテンツ実作者を指している。
△コンテンツホルダーが過剰に力を持つのは、クリエイターがパッケージ制作でしか収入を得られないことも一因である。ライヴ活動で一定の生活が保てるように、公設の施設では使用料を軽減するなどの配慮が欲しい(ネタ元:小倉弁護士の意見)。
【コンテンツの流通が阻害されるようでは
ビジネスの拡大は見込めない】
●現在の日本のコンテンツ業界において、有力コンテンツホルダーの多くが「権利行使」と称して配信事業等の新しい流通を阻害している。これは所有コンテンツの有効利用を怠る態度と言わざるを得ない。そればかりか、当初から利用態様として想定されていた手段(パッケージ販売・放送・出版など)においてすら流通させ続けられずに、廃盤・絶版などの措置をとって死蔵コンテンツを増やしている。デジタルコンテンツの流通を促進しようと国が考えているのであれば、第三者でもコンテンツ流通に関われる道を開くよう強制許諾制度などの検討をすべきである(当事者同士の話し合いに任せるだけでは不足である)。極端な話、今までに発表されたコンテンツ全てが流通状態を保てるような環境を整えられるよう(法整備も含め)努力されたい。
△元来、著作権や著作隣接権は制作・流通へのインセンティブを確保することを目的に付与されているのであって、これを理由に流通を阻害することは制度の趣旨に反する行為である。流通量の増加を戦略的に行なう必要がある。
●第三者がコンテンツ流通に関われるようになれば、それは正規の流通であるのだから正当な対価が発生する。エンドユーザーが流通に関わる場合も今後は考えられるが、これもまた正当な対価(無償の場合もあり得るがこれも含む)を発生させる。こうした流通を活発化させれば市場の拡大も自明である。あとは各流通事業者がサービス競争をすることでユーザーの支持を競うことだ。こうした大きな流れを国が支援していくことを望む。
【音楽配信について】
●配信楽曲のラインナップ: iTMS ・ Mora 等での曲揃えの問題
iTunes Music Store へのソニーミュージックの対応のように、音楽配信競争上の身勝手な論理により音源提供を拒む例が続出する中、正当な価格競争・サービス競争を促進するために対策を打たねばならない。差別的許諾の禁止や、場合によっては強制許諾制度の導入などを検討すべきである(たとえば欧米の音楽配信サービスへ提供された音源ならば、当該音源の配信を同様の仕様で行なうことについて日本でも許諾されたものと みなしても問題は少ないと考えられる。例: iTMS の日本版と欧米版)。
廃盤等の事情があって現在流通していないコンテンツを、配信などの低コスト手段で流通に載せていくことも特に望まれるところだ。強制許諾を認める場合、この「廃盤」等「現在流通していない」ことを要件にするという考え方も可能である。こうすれば、コンテンツホルダーに所有コンテンツの流通を義務化する効果も得られる──強制許諾下で第三者が配信することを好まないコンテンツホルダーなら、自身で流通させることを促進することにもなろう。
※もっとも、強制許諾制度を導入するのであれば全コンテンツが対象となることが望ましい。上記の「要件」の話は一例である。
●配信で使われる規格 (DRM) :オープン化か積極的なライセンス供与を
デジタルコンテンツを流通させる際には、著作権等を保護するため DRM (デジタル著作権管理)と呼ばれる技術が使用されるところである。しかし現状として、この規格が乱立している上に互換性が無いため、サービス間の“乗り換え”が妨害され ユーザーの囲い込みに繋がるという性質が強く出ている。たとえば音楽配信を例にとると、 WMA 規格が Windows での使用に限られたり (Macintosh や Linux では使用できない)、 FairPlay 規格が iTunes および iPod での使用に限られる(他者の携帯音楽プレーヤーでは使用できない)など、ユーザーの使用機器環境によって選択肢が著しく狭められている。これを放置したままで、規格間でのユーザー獲得競争が促進されるようには全く思えない。
デジタルコンテンツWGでも「各企業の規格の囲い込みを防ぎ、国内標準を一本化することで、国際標準の提案につなげる」との方針を打ち出している。このうちの「囲い込みを防ぎ」の部分には共感できる。しかし、「国内標準を一本化」との部分には強い違和感を覚えるところだ。国が考えるべきは、数ある規格の中から「国内標準」を選ぶことではなく、より多くの規格の間での競争を促進し 国際的競争力を持った規格を《複数》生み出すことである(技術というものは進化が速く、ある時点で有力とされた規格が僅かな期間で無力化することも考えられるのである。後々の発展を本気で考えるなら「一本化」という危険は冒すべきではない)。
規格間競争を促進する際にぜひ強く意識していただきたいのは、 Windows 等のOSに依存することなく(すなわち Macintosh や Linux でも使える)、オープン化されているかライセンス供与を積極的に行なうものでなければならない事だ。国が行なう事業(国会中継の配信や政府発信情報の配信など。例:政府インターネットTV)でOSに依存しない規格を採用するなどの配慮が欲しい。
また規格競争を、配信するコンテンツのラインナップで行なうことは避けるよう求める。規格間競争は(前述の利用機器環境に依存するものでないのは勿論)このような配信コンテンツの“囲い込み”によって行なうべきではない。あくまでも規格やサービスそのものの優劣で決すべきなのである。よって、コンテンツのラインナップについては、なるべく同じ条件下に揃えられるように法整備することが望ましい(ある配信サービスに許諾されたコンテンツは、同様の仕様を持つ他のサービスでも許諾されたとみなされるようにするなど)。
△特に国が発信する情報は、血税が使われている以上、すべての国民が享受できることが必須である。一私企業によるOS・ソフトウェアのみに依存するようなシステム構築が適切であろう筈はない。猛省されたし。
●価格:再販制の影響による価格高止まりを解消されたい
音楽や出版においては、再販制という過保護からの脱却が必要である。特に音楽業界は、これがあるためにエンドユーザーへ思いを至らせることを怠っている。おのれが決めた価格で売るという以外 考えられなくなっているのである。その結果 CDが売れなくなるのは必然と言えるのだが、それでもCD価格が世界一高い状態のままで今も推移している。市場原理が全く働いていないのである。今のところ音楽配信は再販制の対象ではないとされているが、この価格はCD再販価格を基準に設定されているため 価格競争を阻害する再販制の負の影響から逃れられていない。
一般に、新しいコンテンツは比較的高く売れる(もっとも この時点での価格が高すぎれば売れないのだろうが)。しかし、発表からある程度 経った後では同じ価格で売れることは期待できない。そこから更に売りたければ価格を下げるなどの手法が考えられるところだが、今の音楽業界では「売れないから」との理由で廃盤としてしまうことが多い(さもなければデッドストックのまま放置するか)。コンテンツ市場の今後の発展を考えれば、これまでの再販制の失敗を維持するのではなく 市場としてあるべき姿に再生することが必要である。
コンテンツ発売からの時間経過に応じた価格戦略を考えさせず、そもそもコンテンツの適正価格を掴む手がかりすら失わせる再販制度の維持は有害以外の何物でもない。再販制を撤廃し、正常な競争下にコンテンツホルダーを晒すことで競争力を増強する必要があろう。現状のままではやせ衰えるのみだし、このような脆弱な競争力で世界に進出していくことなど夢のまた夢であろう。
△映画 DVD よりもサウンドトラックCDの方が高価だという例えがよく為されるところである。
△CDの内外価格差については、海外原盤の作品と国内原盤の作品、旧譜と新譜の別を意識すべきであり、安易に新品CDの平均価格で比較すべきでない。国内のコンテンツ流通の傾向をきちんと分析するのなら、国内原盤の新譜CDの価格を特に調査しなければならない。
●サブスクリプションサービスの実現を
価格の問題とも繋がるが、ある程度 市場が大きくなれば、エンドユーザー個人にとってコンテンツ個別課金よりも一定期間定額制の方が便利になってくる(インターネットが本格的に普及し始めたのは、料金定額制が一般化してからだった)。定額料金で一定期間にコンテンツを利用し放題とするサブスクリプションサービスを実現するためには、権利者による包括的な許諾が必要となる。これを可能にする法整備など、国の後押しが望まれるところだ。
△現在、包括許諾を実現している著作権等管理団体で代表的なのは JASRAC である。 JASRAC が管理しているのは音楽著作物の著作権だが、他の分野(実演家やレコード製作者・映画製作者など)でも同様の包括許諾が可能とならなければ、音楽でも映像でもサブスクリプションサービスでの配信はできない。その反面、 JASRAC による包括許諾には分配方法の不透明さなどの問題があり、これを解決しなければ同様の問題を他管理団体にも生じさせることとなってしまう。利用者から支払われる金額は包括的な料金であっても、利用コンテンツのデータを提出させて 正確な計算による分配を行なわねばならないだろう。
●デジタルコンテンツに再生保証の義務づけを
「コピーコントロールCD」 「Dual Disc」 といった、「著作権保護」を標榜するあまりに規格を逸脱した音楽ディスクが販売されている。これらは、CD規格に従っていれば自ずと保証された再生を、規格外ディスクであるために保証できないとする。コンテンツ商品の販売目的を考えれば、再生保証ができないということは“瑕疵ある商品”と同義であるにもかかわらずだ(なおスーパーオーディオCDや DVD オーディオのように、規格内に著作権保護機能が組み込まれていて再生保証と両立できているものもある。しかし音楽業界は敢えてこれを採用せず、再生に支障あるCD規格外の不良品をバラ撒き続けているのである)。
音楽コンテンツ市場を健全な発展へと導くには、こうした規格外不良品を市場から排除しなければならない。エンドユーザーへの被害を拡大させないためにも対処が必要だし、そもそもこれらの似非CDは「著作権保護」に全く役立たない(結局は「違法コピー」を防止するには足りない稚拙な技術なのである)。エンドユーザーの不買運動を招いたという点で、デジタルコンテンツの流通を阻害する要因となっただけだった。
こうした再生保証なき「コピーコントロールCD」の問題は、 SONY BMG による 「XCP」 仕様のディスクが 「rootkit」 と呼ばれるソフトウェアをユーザーのパソコンに仕込み、その機能を改変・損壊させるという暴挙を世界規模で行なうところまでに至っている(主に海外で販売されたディスクだが、日本での被害も多いとされる)。音楽業界のモラルハザードが行き着くところまで行った感がある。
「著作権保護」の名のもとにエンドユーザーの財産を侵す行為は犯罪以外の何物でもなく、こうしたことを厭わない音楽業界の風潮に釘を刺すことも国には求められるのではないか。
△同様に、 SONY BMG の MediaMax 仕様ディスクについても、ユーザーに断らずパソコンのシステムを改変・損壊させることが明らかになっている。こうした不良品を頒布しておきながら居直る姿勢は企業として相応しいものではない。 SONY BMG を系列会社とする日本のソニーミュージックにも説明責任がある筈だが、未だにそれを全うしていない。また、現在も「セキュアCD」なる規格外不良品を頒布し続けている東芝 EMI もまた非難を免れられるものではなかろう。
●コンテンツホルダーのみが流通の決定権を握る構造に問題
現状、映画製作者・レコード製作者等の著作権者・著作隣接権者の立場が過度に強すぎる。資金面や著作権制度面での優位がその一因であるが、その保護に一定の合理性が認められるとしても、実際のクリエイターたる音楽家・映画監督らが作品流通に全く関与できないことには問題がある。特に、音楽分野ではアーティストの意向に反して流通メディアが限定・強制されたり(例: 「CCCD」 のみの発売、 iTMS での未配信など)、廃盤などで流通すら望めなくなる場合が多々見られる。
かと言って アーティスト・監督らへの保護を強めること(たとえば新たな権利を付与するなど)は、コンテンツ流通の阻害要因を増やすばかりで好ましくない。そこで、アーティスト・監督らとレコード製作者・映画製作者との間で意向の衝突があった場合に、コンテンツ流通の意思を尊重できる方策を国が提供すべきと考える(強制許諾制度の検討をお願いしたい)。
●正当な対価を支払ってコンテンツを入手したエンドユーザーに自由使用の権利を
コンテンツを入手するエンドユーザーは、そのコンテンツがどのような形態で販売されていたとしても、自由な態様で何度も繰り返して楽しむことを前提として対価を支払っている。特に、私的領域における複製はそうした目的で行なわれている場合が多い(複製物を生じさせること自体が目的なのではない)。
タイムシフト・メディアシフト・プレイスシフト・バックアップ等は公正な私的複製の代表例としてよく挙げられるところであるが、コンテンツホルダーからは不当に敵視される使用態様でもある。しかし経済活動の最小単位である ひとつの家庭内において、同一コンテンツを複数購入するということは一般に予想されない(私的複製によって生じた2つめ以降の同一著作物に権利者利益を推定することはできず、著作権法の保護をこの「権利者利益」に与えることは不適当であると私は考える)。よって、私的複製のたびに権利者への利益還元が必要であるとの考え方は不合理である。ことあるごとに対価を要求されるとなれば、エンドユーザーの側にコンテンツ購入を抑制するインセンティブが生じる(支払総額を考えれば、コンテンツを購入することよりもレンタル+私的複製の方が合理的選択となる)。その結果、当該コンテンツからエンドユーザーは離れていくこととなろう。それがコンテンツ戦略の望むところなのか否か。
正当な対価を支払って入手したコンテンツの私的複製については、ユーザーに私的複製の“権利”を明確に規定するか、当該コンテンツには「私的複製の範囲内なら無償・自由」との許諾があったとみなすべきである(また、私的録音録画補償金を縮小もしくは廃止すべきである)。
●無償コンテンツが提供できるように
クリエイターらがプロモーション等の目的でコンテンツ無償提供(配信など)できるよう、著作権等の管理団体の規定を改善させることはできないだろうか。著作権者自身が無償提供を認めれば、それに応じて著作権料を免除するなどの方策が採られるようにすべきである。「規程に定められていない」とする管理団体の怠慢により、クリエイターの意思に反してコンテンツ流通が阻害されることは許されない。
至急、各管理団体の規程を調査し、こうした措置がとれない規程については改善するよう促すべきである。
●インターネットでのコンテンツ配信を促進すべき
各権利者が積極的に許諾を行ない、コンテンツ配信が促進される──というのが理想である。しかし現実には、権利者がさまざまな理由をこじつけてコンテンツ配信を阻害する例があまりにも多すぎる。このままでは、コンテンツ提供が進まないまま配信事業の試みが潰されてしまうおそれがある。コンテンツ配信について強制許諾制度を導入する必要が出てきているように思う(国がデジタルコンテンツ利用の促進を喫緊の課題と考えているのなら、対処必須の課題であろう)。
少なくとも、著作権法上で放送・有線放送に認められた優遇措置が、ネット配信でも同様に受けられるよう認めるべきである。
●エンドユーザーも著作物利用許諾が受けられるように整備すべき
デジタル技術とインターネット利用の普及は、コンテンツ流通に大きな影響を与えている。その中でも、従前はプロだけが携わっていたコンテンツ配信等にはエンドユーザーも関われ得るという状況にまで変化してきている。例えば、個人のウェブサイトで歌詞を掲載する、個人のウェブサイトにおいて楽曲を配信する、ポッドキャスティングの制作・配信時に BMG として楽曲を使う──などである。
今のところ、個人がレコードの音源等をネットで配信することは出来ない。技術的には可能であっても、それを許諾するシステムが用意されていないためである。レコードの音源を配信しようと思えば、音楽著作権を管理する JASRAC だけでなく、著作隣接権者たる実演家・レコード製作者にも許諾を得る必要がある。しかしこれらの著作隣接権者は個人からの利用許諾を受け付けていないという現状にある。
また、海外の楽曲の歌詞については、 JASRAC が許諾を出すことを怠っているという事実もある。こういった場面について調査し、改善していく必要があろう。
今後はエンドユーザーも流通に深く関わっていくことが予想される。その際、正式な許諾を出せない状態が続いていたとしたら、無許諾で流通させる口実をエンドユーザーに与えかねない(勿論これは違法行為であるが)。コンテンツ流通におけるモラルハザードを防ぐ意味でも、許諾を求める声があるうちに JASRAC 等の管理団体が対応できるようにすべきである。国が規程の改定を促すことを望む。
【コンテンツのアーカイブ化を促進すべき】
●基本線として、今までに流通したコンテンツすべてがアーカイブ化され、ネット配信を代表とする再流通の手段を確保されることが望ましい。しかしながら著作権との兼ね合いもあり、あるコンテンツが保護期間内にあるかどうかで対処法を分ける必要があるかも知れない。以下、著作権保護期間内のコンテンツ・その中でも権利者の同意が得られたコンテンツ・そして著作権切れしたコンテンツに分類して考える。
●著作権保護期間内にあるコンテンツについては、強制許諾制度導入などにより流通阻害要因を排除すべきと考える(現状では、「権利行使」と称してコンテンツ流通を妨げる場面が多々見られる)。コンテンツの利用を促進し、それによる経済活動を活発化させることが望まれる。
●保護期間内であっても著作権者の同意が得られたコンテンツ(書籍・雑誌に限らない)については、国立国会図書館のデジタルアーカイブに収蔵しサイトで無償公開できることが望ましい。こうした取組みが次世代の文化発展に資することは間違いない。また国民共有の財産である NHK 制作番組については、英 BBC のようにインターネットで配信できるよう環境整備すべきである(例えば これの一部を有料配信するようにすれば、受信料に代わる NHK の主要収入源となり得るのではないか)。
●著作権切れしたコンテンツの積極利用も促進すべきである。国立国会図書館やフィルムセンターに所蔵する著作権切れ作品をインターネットで配信したり、パッケージ売りのための原版として提供するなどの試みが考えられる。例えば日本では著作権切れした海外映画を 500円程度 で(主として書店で)販売している業者があるが、同様の販売を日本映画でも可能となるよう促してみては如何か。
△残念ながら映画の著作物は保護期間が公開後 50年から 70年に 延長されてしまっているのだが、それでも かろうじて著作権切れ作品には日本映画黄金期に突入していった時期の名作が多く存在する。こうした名画に触れる機会を若者に提供することは、未来のクリエイターを生み出していくことに資するのである。コンテンツ制作を志す若者にとって、この時代の日本映画から学ぶべきことは非常に多い(なおクリエイターではない国民にとっても、文化所産への理解を深める機会を提供することは重要である)。
●民間でも「青空文庫」らのように著作権切れしたコンテンツの再配信を行なっている団体があり、こうした試みに対し国が後押ししていくことも望まれる。法的整備や、底本(複写)の提供などである。
△上の文章では「法的整備」と書いているが、具体的にどのような方法が考えられるかということについては例示できない。書いた当初は、原著が著作権切れした作品の翻訳(著作権存続中の場合に問題が出る)や校訂(こちらも著作権存続中の場合に問題が)について何か手当てが出来ないかということを考えていた。翻訳・校訂の問題があって公開できない例もあるからだ。しかしながら、必ずしも原著発表時に為されるとは限らない新訳や翻案などの場合にも同様の著作権が発生することを考えると、原著が著作権切れしたからと言って翻訳・校訂についての著作権を制限することには合理性が無いようにも思える。何か良い解決法は無いものか。
△既存の翻訳とは別に、国の事業として無償公開用の新訳を作成するという手もある(ネタ元はWG意見募集結果の中の一意見)。原著が著作権切れした作品を新訳で公開するというのは、実は青空文庫でもいくつか見られる。これを翻訳者志望の若者にやらせるようにすれば人材育成の面でも資するし、また ああいったコンテンツが増えてくるのは好ましいことではないだろうか。
△青空文庫などのような言語著作物のアーカイブプロジェクトは、さすがに著作物としての歴史の凄みがあるというか、著作権切れ作品の豊穣さが他の著作物と比べても群を抜いている(確かに音楽著作物も歴史は長いが、残念ながらその記録方法は楽譜という間接的記録法だった)。日本文学に限定しても既に多くの文化遺産が著作権切れしており、公有に帰しているのである。今後のコンテンツ制作者養成を考える上で、こうしたパブリックドメインを活かさない手は無いし、また著作権保護期間の延長などという 目先の利益に惑わされたような愚行で文化遺産の継承を絶えさせてはならない。著作権保護期間が延長されれば、それだけ死蔵コンテンツが多く存続してしまい、本来ならより多くの作品が帰すべきパブリックドメインが痩せ細っていくのだから。
△鑑賞のための対価は、その時代を生きているコンテンツ制作者のために支払えば良いのである。過去の制作者には、敬意をもって文化遺産を継承することはあっても、現代の制作者とのパイの食い合いをさせるべきではない(そうでなくても死後 50年 という厚い保護を受けているのだから)。文化はどこから来て どこへ行くのか、誰のものなのか 誰かが所有すべきものなのか──という問題なのである。
△答えは私ごときが言うべきことではないのかも知れない。が、言っておきたい。過去の文化を背負って創作されたものを、すべて自分のものだと「著作者」が独占することに違和感を覚えるのである(こうして書いている私の意見だって、決して私ひとりで考えついたものではない)。文化は「公有」があるべき姿なのだ。著作権制度はその例外でしかない。
【著作権処理の適正化と促進が望まれる】
●正確な個別徴収と個別分配の実現を目指すべきである。コンピュータ導入などを行ない、包括許諾の際にも権利者の正確な取り分を算出するシステムを構築しなければならない(特に JASRAC の包括許諾の扱いに批判が集中している。改善は急務である)。
●管理事業者間の競争を促すという著作権等管理事業法の理念を尊重し、権利者が委託管理事業者を変更することを阻害するような規程を是正すべきである(特に JASRAC の著作権信託契約約款第6条に そのような文面が見られる──他の事業者にも委託する場合には、 JASRAC とのやりとりをするための窓口を2つ以上用意することが強制される。そのために追加の出費をしなければならないのである)。
●複数の著作権管理団体の管理権利情報を一括して検索できるシステムを構築すべきである。さらには、一括検索から一つの窓口を通して許諾を申込み、管理団体との交渉に入れるようなシステムも検討すべきである(現状では、各管理団体にコンタクトし管理著作物を調査、許諾を得たい著作物の管理団体を見つけてから交渉に入らねばならない)。こうした一括検索システムを構築するためには、各管理団体に管理著作物の情報公開を義務づけねばならず、著作権等管理事業法の改正も必要となろう。このようなシステムは管理事業者らの自主性に任せるのではなく、国が指導力を発揮し一気に実現すべきものと考える。
△著作権等管理事業者であるにもかかわらず 団体側の不備から目的を果たしていない例として、書籍・雑誌の複写権にかかる各団体や 同貸与権にかかる貸与権管理センターが挙げられる。後者については特に、貸与権管理業務すら始まっていない状態であり、雑誌や書籍に対し貸与権を及ぼすという 2005年 (施行)の著作権法改定時の前提条件すら整っていない。かろうじて「暫定措置」により市場の混乱は避けられているが、このままでは書籍・雑誌の貸与権がまともに行使されないまま混乱することは必至である。
△国の主導で一括検索・許諾の窓口を設置する際、団体に権利管理を委託していない権利者の情報(連絡先なども含む)も登録されていることが望ましい。ここまで登録情報を集めるとなると、国が主導しないと実現が不可能ではないだろうか。
●課金システムの透明化が望まれる。現状では、権利者団体の“言い値”をそのまま支払わされる形であり、妥当性の疑われる使用料規程による算出など、その透明性に疑義が多く示されるところである(特に JASRAC に顕著)。権利管理団体側と利用者側との話し合いが決着しない場合には裁定制度を利用させたり、使用料規程に疑義のある個人利用者には権利管理団体との協議を設定したりするなど、使用料の設定が妥当なものになるよう促す必要がある。また使用料の問題は商業利用する企業だけに関わるのではなく、最終的には支払い単価に反映されエンドユーザーにも関わってくるし、今後エンドユーザー個人も許諾を求めるような場面も充分に考えられる。その意味では すべての国民に知る権利があるとも言え、使用料に関する話し合いは公開の場で行なわれることが望ましい。
●エンドユーザー個人も著作物利用の許諾を得る機会が今後増えてくることが予想される。たとえばウェブサイトでの歌詞掲載・音楽配信・記事転載などが今のところ考えられる。インターネットでの著作物利用がエンドユーザー個人によって為される環境が整ったことで、こうした個人向け許諾システムの整備は急務と考えられる(これはまさしく新たなコンテンツ市場と呼ぶことができるだろう)。
△現状、歌詞については外国曲の掲載を JASRAC は許諾していない。レコード音源の配信については、レコード会社・アーティストのいずれにも個人向けの許諾システムを用意する兆しが見えない。新聞・雑誌等の記事については安価で簡便な許諾システムが用意されていない(新聞社・雑誌社や寄稿者から許諾を得るという、ごく一般的な許諾手続を経ることとなる)。
【通信と放送との法的融合】
●放送・有線放送に認められている著作権法上の優遇措置(権利制限)を通信にも適用すべきである(例えば、IP放送や音楽配信について裁定が受けられるよう規程するなど)。
【DRM 規格間競争の促進】
●DRM 規格間の競争は、その仕様およびサービス内容によって行なわれるべきである。間違っても、利用許諾を受けたコンテンツのラインナップで比較されるべきではない(これで競争を行なえば、コンテンツの囲い込みを招いて歪んだ競争が起こる。例:コンテンツホルダーが自社系列の配信サービスのみに許諾を行なったり、ライバル配信会社へ配信しなかったりする差別的許諾の行為など)。こうした事態に陥らないよう、コンテンツ利用企業のための強制許諾制度を導入することが望ましい。
●パソコン上で利用するコンテンツの場合、 Windows だけでなく MacOS や Linux でも使えるシステムを積極的に支援すべきである。使用しているOSによって受けられるサービスが著しく制限される事態は、競争政策上 適当ではない。特に国が行なう情報配信や、国のコンテンツ制作の恩恵に与る事業者に対してはOSに依存しない DRM 仕様を義務づけるべきである(少なくとも、行政が提供するサービスは特定のOSやソフトウェアに依存するような仕様で行なってはならない)。
●国として DRM 規格の一本化は行なうべきではない。あくまでも標準規格の選択は市場に委ねるべきである(技術革新が速いため、ある時点で選択した DRM が翌日には時代遅れになっていることも充分考えられる)。国としてやるべきは、規格間の競争状態を正常に保つことであり、そのための環境整備である。残念ながら、現在の DRM 規格間競争は歪と言わざるを得ない。音楽配信で有力な立場にある WMA 規格(マイクロソフト社)・ FairPlay 規格(アップル社)を例に挙げれば、 WMA 規格は Mac ・ Linux で使用できず、 FairPlay 規格は iTunes ・ iPod でしか使用できない。よってこれらの規格間では競争が発生せず、ただ“ユーザー囲い込み”が続くだけで今ひとつ盛り上がりに欠けるのである(なお、コンテンツホルダーの差別的許諾もまた「盛り上がりに欠ける」理由のひとつである)。
●DRM 規格のライセンス供与を国として推奨すべきである。複数あるOS環境すべてに対応するソフトウェアを開発することは、 DRM 規格を開発する会社にとって大きな負担ではあろう(だからこれまで殆どの DRM が Mac 非対応である)。前述のような不毛な囲い込みを解消するためには、他社に DRM 規格をライセンス供与させることで各OS向けのソフトウェアを市場に送り出せるよう道筋を付けるべきである。仮に複数の配信業者が同じ DRM だったとしても、サービス内容を工夫しさえすれば競争状態に持ち込むことができる。ライセンス供与を推進しても問題はなく、コンテンツ流通促進に資するところである。
△デジタルコンテンツWGは国内標準「一本化」に拘っているようであるが、これは撤回しなければならない。市場競争に委ね、どの時点でも日本からデファクトスタンダードを生み出せる環境を整えるべきである(米国が握るデファクトスタンダードは必ずしも「一本化」の結果でない。同時に複数の有力規格が登場し競争しているのである)。真の競争力は多様性の中から生まれる。
【私的領域での公正使用をユーザーの権利として確立する】
●再生保証が伴わないコピーコントロール・ DRM を禁止すべきである。例えば「コピーコントロールCD」「レーベルゲートCD」「セキュアCD」 「Dual Disc」 などはCD規格から逸脱した技術を使っているため、発売レコード会社がCD再生機すべてに対する再生保証を拒否している(また、再生機メーカーはCD規格外のディスクの再生が保証できない旨を明言している。再生できなかった場合の対処を拒否しているソフトメーカー側とあわせ、その瑕疵ある商品の責任をどこに求めるべきか明確でない)。不利益を一方的に消費者に押しつけるという、このような問題ある事態は一刻も早く解消すべきである。再生保証と DRM を両立させた規格を用いたメディアは既に存在しており、こちらへ移行するのが筋であることを考えれば、再生保証のない規格外不良品を頒布し続けているレコード会社の罪は大きい。
△XCP ・ MeidaMax 等のような、ユーザーの許諾を得ずに所有パソコンを改変するソフトウェアを頒布する行為が横行している。このような犯罪行為は厳罰に処すべきである。
●エンドユーザーが正当な対価を支払い入手したコンテンツについて、メディアシフト・プレイスシフト・タイムシフト(いずれも私的複製の範囲内であり、公正使用と言える)の行為が適法であることを明確化することが必要である。すなわち、こうした仕様態様については私的録音録画補償金制度の対象外とすべきである。
△著作権法の権利制限規定について、「私的複製の権利があるわけではない」「引用の権利があるわけではない」とは権利者がエンドユーザーに対して頻繁に嘯くところではあるのだが、実際は財産権の行使や言論・表現の自由といったエンドユーザー自身の権利と大きく関わってくる部分でもある。しかしながらエンドユーザーの権利を省みられることなく著作権者(および著作隣接権者)の「権利」だけが強化されるというのが今までの著作権法改定の流れであった。デジタル技術の発展により そうしたエンドユーザーの権利が技術的・法的に制限されてくることに対して、著作権法にエンドユーザーの権利を明文規定する必要があると考える。
△エンドユーザーの権利が制限されていくことは、コンテンツ市場に悪影響を及ぼす。市場でのコンテンツ利用の選択権がエンドユーザーの側にある以上、使い勝手の悪いコンテンツは「買わない」という選択肢をとることになるからである。著作権制度の本質がエンドユーザーからの対価の分配にあるのなら、エンドユーザーが「買う」という選択肢を採るよう誘導すべきであろう(勿論エンドユーザーの権利だけでなくコンテンツ制作者の権利も重要ではあるが、それらのバランスをとるのが著作権法の目的である以上、今さら指摘すべきところでもなかろう)。コンテンツホルダー側に傾きすぎた著作権制度を均衡点にまで戻すべきである。
【海外との異常価格差および市場分割を是正する】
●DVD のリージョンコードや音楽配信の国別サービスのように、あるコンテンツの販売地域を国別に限定する市場分割は、日本国内のコンテンツ価格の高騰や国際的なコンテンツ流通阻害を招く要因である。是正が必要である。
●日本のコンテンツ価格について、海外(特に欧米)との異常な価格差が付いているのは、再販制が今も続いていることも原因と考えられる(特にCDの価格差に顕著である)。再販制の過保護によって競争力の低下が著しい音楽業界を立て直すには、正常な競争状態に置くことが必要である。
△DVD についてはリージョンコードを廃止するか、リージョンコードに反応しない機器の発売(あるいはリージョンコードに反応しないよう改造すること)を認めるなどの対応が考えられる(ネタ元:小倉秀夫弁護士の提出意見)。音楽配信についても、海外のサービスもつかえるよう法整備するか(日本の法律がそれを認めれば海外サービス業者も日本向けに配信を始めるのではないか)、海外で流通している楽曲は日本でも流通できるよう強制許諾制度を設けることが望ましい。
デジタルコンテンツ・ワーキンググループ(第1回)の議事録にある、角川本部員の発言に異議がある。
「例えば、CDの場合、iPodが、今、非常に脚光を浴びておりますけれども、それによってアメリカなども非常に本来のレコードが売れなくなってしまって、タワーレコードが倒産の憂き目に遭っていると」。
「今、iPodが非常に話題になっていますけれども、iPodによって実演家たちに幾ら還元されるかということを考えますと、非常に微々たる金額ではないかと。もうiPodを発明した会社は非常に空前の利益を上げていながら、作曲家、作詞家に対して還元されている金額は幾らなのかという調査を一回この会ですべきだと思います」。
こうした発言は事実に反しており、 iPod (および発売元のアップル社)を不当に貶めるものである。
例えば、アメリカでのレコード売上げが落ちていったのは iPod の発売前である。さらに言えば、 iPod と結びつくことで空前のヒットビジネスとなった iTunes Music Store がアメリカで開始されて以来、アメリカのレコード売上げは回復傾向にある。
iPod からの権利者への還元という意味で言えば、先の iTunes Music Store は紛れもなく利益還元のビジネスモデルが確立されている。
日本で言うなら、 iPod で使用されている主な音源は購入したCD・レンタルCD・配信音源である。このうちレンタルCDについてはアメリカに無いので、アメリカでは購入CD・配信音源ということになる。このうち配信音源は先に論じたように権利者への利益還元がある。
購入したCDから iPod へコピーして音楽を楽しむことについては、すでにCDを購入した段階で権利者への正当な対価の支払いは終わっているものであり、これ以上の「利益還元」は必要ないものと考える(私的領域内の利用につき、同一の著作物から強制的に何度も対価徴収することは権利者の保護すべき利益から外れている)。
むしろ、 iPod での利用を前提に購入されるCDが増えるのであるから、レコード会社の方からアップル社へ利益還元するのが筋というものであろう(角川本部員の理屈で行くのなら)。
いずれにせよ、角川本部員の上記発言は失当である。
△これはデジタルコンテンツWG(第1回)の議事録を読んだ上で送った意見だが、知的財産戦略本部に対しては議事の進行に絡めて論じることができるだろう。委員をまともな人間に入れ替えるか、調査の上 議事の前提として事実関係を(関係者から)確認して議論に入るようにすべき──と。
△ちなみに、 iPod から著作権者へ「利益還元」する謂れはない。なぜなら、こうした再生機器がなければ音楽はそもそも売れないからである。レコードプレーヤーやCDプレーヤーから著作権者へ「利益還元」せよという議論がかつてあっただろうか? iPod 等の録音機器の問題に関しては、それによって本来 売れたかもしれない著作物の売上げ減と、録音機器によって需要が喚起され売れた著作物の売上げ増との両方を勘案すべきである。戦略とはそのように立てるものだ。
【JASRAC の適正化が急がれる】
●CD等の市場が縮小傾向にある中で JASRAC の権利料徴収額が増えていく。この傾向が今後も続いていくのは間違いないだろう。コンテンツ流通が促進されればされるほど、発生する使用料も増えていくからだ。しかしながら、問題はそのコンテンツ流通の恩恵に著作者自身が与れるかということだ(与るべきは管理団体では決してない)。『週刊ダイヤモンド』誌 2005年9月17日号で 指摘された幹部報酬・天下りの問題を放置していては、 JASRAC に著作権を信託した著作者らへの権利料分配が目減りしたままということになる。 JASRAC は『週刊ダイヤモンド』誌に対し訴訟を提起したとのことだが、本来は著作者に分配されるべき使用料をこうした不条理な訴訟に費やすべきではなく、同誌の指摘を JASRAC 自身の適正化の参考とすべきであろう(なお、報道のために「信頼が損なわれた」と JASRAC が主張することは失当である。あの記事に書かれていたことは周知の事実であり、むしろ JASRAC は己の行ないによって信頼を失墜させているのだから)。
●JASRAC の管理手数料を下げることが出来れば、そのぶん権利者の分配に充てられる。こうしたことも真剣に検討すべきである(ただし、より正確な徴収・配分を実現するためには予算も必要であろう。その辺りは透明性を確保した検討の末に決定すべきだ)。現状を考えれば、天下りによる高額報酬の問題は解決させ 管理手数料の軽減に反映させることが必須である。
●著作権管理は、デジタル管理によって利用実態を正確に把握し、正確に権利料を分配するのが基本である。しかし現在の JASRAC はこれすら覚束ない。特に包括許諾時の使用料分配の透明性を確保する措置をとっておらず、 JASRAC 会員からの批判も噴出しているところである。 JASRAC が公の信頼を獲得するためには、分配方法をある程度(分配に使っている利用実態データなどを)公開すべきである。
●コンテンツホルダーが死蔵している著作物について、制作・実演したアーティストの意向があれば流通に載せられるよう法整備すべきである(現状では、アーティストの意向にかかわりなく「廃盤」とされれば全く流通しなくなる。これの決定権を握るのは著作隣接権者である)。強制許諾制度の導入を検討するとともに、それ以前でも対応ができるようなシステム作り (JASRAC の規程の改善など)を進めることを求める。
△「それ以前でも対応ができるようなシステム作り (JASRAC の規程の改善など)を進めることを求める」の意図が、自分で書いた文章なのに思い出せない。この流通問題に限って言えば、 JASRAC は特に関係ない筈だからだ。基本的に JASRAC は(規程に基づいて)権利料を払いさえすれば許諾が下りる。むしろここで問題となるのは「原盤権」者の方であろう。流通に載せられていない作品の利用を許諾(「原盤権」の行使)できるシステムが用意されれば、問題の一部は解決できるかも知れない。
△レコード製作者や著作権者によって流通がストップしてしまうような事態はなるべく起こさないように法整備すべきであろう。一度 適法に発表された作品については、アーティスト(実演家)の意思を尊重すべきである。また米国のような、演奏・録音に関する強制許諾制度もぜひ欲しい。既存曲でも新たな視点で演奏されることにより、新たな魅力が提示されることも多々あるからである。それが実現すれば、多種多様のコンテンツが作られ豊穣な音楽市場となろう。
【規格間の競争を適正化する】
●デジタルコンテンツWGの方針にある「各企業の規格の囲い込みを防ぎ、国内標準を一本化する」との部分に疑問がある。国が「一本化」を図るべきではなく、複数の規格を並存させながら それらの間に適正な競争を生じさせることを考えねばならない。国に求められるのはジャッジではないのだ。それは市場に委ねていればいい。国が見据えるべきはその先であり、逆に言えば どの国内規格が事実上の標準となっても柔軟に対応できる戦略を立てていくことが肝要である(例えば規格ひとつ変更されただけで全てが崩壊してしまった、アナログハイビジョン放送・地上デジタル放送などのような脆弱な戦略を繰り返すべきではないのである)。
●デジタルコンテンツを流通させる際に使われる DRM 規格は、特定のOSや機器に依存するような仕様を採らせないよう国が監視すべきである。たとえば音楽分野で大勢を占める WMA (マイクロソフト社)や FairPlay (アップル社)は、前者は Windows 上での使用に限定され、後者は iTuns + iPod に限定された規格である。こういった規格の間では競争が生じないのに等しく、それぞれのユーザーを囲い込んでいるだけの状態である。双方のユーザーにとっては選択肢が全く無い。国が手を入れて、市場活性化を図るべきポイントはここである(複数プラットフォーム対応やライセンス供与の促進が望まれる)。
●もし国の後押しで新たな規格を立てるのであれば(一本化には反対だが)、前述のように、プラットフォームの限定をせず Windows でも MacOS でも Linux でも使えるようなものを策定すべきである。同時に、規格のライセンス供与を積極的に行なうよう促すのが望ましい。
●国から発信される情報についても、前述のような配慮がほしい。現状では Windows + Internet Explorer という環境に限定したものが多く、他の環境下でパソコンを使用している国民から不興を買っているところである(OSでは MacOS や Linux の利用者、ブラウザでは Firefox や Safari の利用者などが少なくない)。なお Windows と Internet Explorer の組合わせを強要することは、インターネット利用環境で最も脆弱な組合わせと評されているだけに、セキュリティの面から言っても好ましくない。
●規格を複数プラットフォームに対応させるためのインセンティブとして、コンテンツ配信の強制許諾制度を設け、これを利用するための要件として複数プラットフォーム対応の義務を課すという方法も考えられる(また、ライセンス供与等で複数プラットフォーム対応を実現させることも考慮に入れるのが望ましい)。
投稿:by 谷分 章優 06:49 午後 [著作権行政 watch] | 固定リンク
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» 知的財産基本法の施行状況に対する意見募集 [Where is a limit? から]
知的財産推進計画2005の第2章 知的財産の保護の2.模倣品・海賊版対策を強化するの2.水際での取締りを強化するの(1)侵害判断・差止めを専門的かつ簡便・迅速に行う制度を確立するは輸入権の問題に相当するかと思いますが、個人的には全く出来ていないと思いますね..... 続きを読む
受信 2005/12/26 15:37:40
» 知的財産基本法の施行状況に対する意見募集 [ふっかつ!れしのお探しモノげっき から]
The Casuarina Treeさんとこより。
またまた首相官邸からパブコメです。
来年1月6日午後5時まで。
知的財産政策に関して思うことを書けばOKみたいです。
著作権70年延長反対とか、輸入権っていったいホントのとこどーよ?とか、私的録音補償金について、きちっ...... 続きを読む
受信 2005/12/27 23:13:44


