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2006.03.16

知的財産推進計画 2006 パブコメへの提出意見をでっちあげる方法

 採り上げるのがかなり遅くなってしまった。しかも『試される。』じゃ2ヶ月以上も間をあけての更新じゃないか。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/pc/060308comment.html
「『知的財産推進計画2006』の策定に向けた意見募集」
(首相官邸:知的財産戦略本部)

 締切りは 3月29日 午後5時。
 お題は、「知的財産推進計画 2006 に盛り込むべき政策事項」だそうな。参照されたいサイトとして次の2つが示されている。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/050610.html
「知的財産推進計画2005」
(首相官邸:知的財産戦略本部)

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/060224housin.html
「知的財産基本法の施行の状況及び今後の方針について」
(首相官邸:知的財産戦略本部)

 まぁ、上のサイトを参照しながら いちから意見を組立てていくのが本道とは言えるだろう。しかし時間がない(私がモタモタしてるうちに1週間も費やしてしまった!)。
 そこで私が提案したいのは、既に指摘されている問題点について自分の意見を付加していくという方法だ。幸い、「知的財産推進計画 2006」 と深く関わる意見募集が先日 行なわれたばかりである。今年の1月6日までやっていた「知的財産基本法の施行状況に対する意見募集」だ。



http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/dai13/13siryou2_2.pdf

「知的財産基本法の施行状況に対する意見募集の結果について」

(首相官邸:知的財産戦略本部・ PDF)



http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/contents/dai7/7siryou4_betu.pdf

「知的財産基本法の施行の状況に対する意見募集の結果について

 (コンテンツ分野)──寄せられた御意見(全体)」

(首相官邸:知的財産戦略本部:

 コンテンツ専門調査会(第7回)議事次第・ PDF)



http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/cycle/dai4/4siryou3.pdf

「知的財産基本法の施行状況に対する意見募集の結果について」

(首相官邸:知的財産戦略本部:

 知的創造サイクル専門調査会(第4回)議事次第・ PDF)

 上に挙げた3つの文書のうち、知財戦略本部会合で配布されたもの(一番上)が件の意見募集の結果(概要)である。残念ながら意見そのものを載せたものではなく、そのひとつひとつを事務局で要約してある。全体像を掴むのには結構使える。
 しかし概要だけでは、参照しやすい反面、本来の意見にあった大事なエッセンスを削り落とされている可能性はある。そこで生のままの意見を読みたいところ、2つに分かれてはいるのだが それらしい文書が公表されている。知財戦略本部下にあるコンテンツ専門調査会と知的創造サイクル専門調査会において それぞれ配布された文書だ。双方 自分に関連している意見を抜粋したようで、それぞれ「コンテンツ分野」「知的創造サイクル専門調査会関連分」との但し書きが入っている(もっとも両方にまたがる意見はダブって掲載されているようだ)。この2つを両方読むことで、意見募集で寄せられた全ての意見が参照できるのではないかと思われる。

 ──さて、今回の意見募集である。締切りまで2週間を切っておるのだな(ひぃ)。
 私としては、いちから意見を組立てていくよりも、先に紹介した既存意見にインスパイヤされる形で提出意見を作成する方を推奨したい。各資料をざっと読んだ感じでは、指摘されるべき問題点はだいたい網羅されているように思うからだ(あくまでもエンドユーザー視点で、だが)。あとは現在の状況に合わせて表現をアップデートさせれば良い。いま話題のトピックを混ぜるのも手だろう(電安法とか)。

 私自身の意見提出の予定としては、まず知的財産戦略本部で配布された意見概要を使って作成する。これの意見を引きながら、自分の言葉で補足していく形だ(実はこれを書くのに今まで時間がかかっていた)。
 次に、同意見募集で私が出した意見をアップデートして出す。知財戦略本部での意見概要を使ったやつと大部分がダブることになろうかとは思うが、なぁに自分の意見だ、多少手直しするくらいで完成するだろうと高をくくっている。
 あとは新たな視点をもたらすようなことをしたいが‥‥ここまで時間が残されているか判らない。もっとも今まで書いた分をアップデートする際にも新たに思いついたことを書き込んでいたりするから、わざわざ別立てにしてまで出す必要はないかも知れない。

 本記事が、これから意見を書こうという方々の参考になれば幸いである。
 いつものように私の意見の草稿を以下に掲載する(たぶん今回はあまり手直ししないで提出するかと思うが)。そのままコピペして送るもよし、共感できるところを抜粋するもよし、反感を覚えるところにインスパイヤされるもよし(笑)。私としては、私が至らなかった部分(思いつかなかった部分や書き損じた部分)を補足して提出されると嬉しいのだけれど。
 所詮パブリックコメントである。これから新たに著作物を創作しようというのではないのだ。だいたいの人は考えることが似たり寄ったりなのであって、ある問題を指摘する文章の表現が似るのは当然なのである(だからこんなので著作権を主張する人は少ないわな)。表現の仕方に悩んで書けなかったという事態に陥るよりも、使える文章はどんどん使って、考えを表明することを最優先すべきであろう(まぁこういう私の考えとは相容れない方もいらっしゃるかも知れないが)。

 残り時間は僅か。無理しない程度に行きましょうや。


【追記: 2006.3.22】
 誤字等を若干修正しました。
 実際に提出したるものには更に加筆修正等を加えてあります。
【追記ここまで】




「知的財産推進計画 2006」 の策定に向け意見を提出するにあたり、先に知的財産戦略本部にてまとめられた「意見募集の結果」(知的財産戦略本部会合 第13回 で配布された資料2−2)から私が共感した意見を引き、これを提出意見とさせていただきます。
 なお、私の見解として「▲」以下の段落で補足してありますので、そちらも御参照ください。


《知的創造サイクル専門調査会関連分》

A.施行状況への全般的な意見
(1)成果について
・全体的に、現在「知的財産推進計画 2005」 などで挙げられている政策は各関係団体の要望を列挙しているに過ぎず、政策全体としてのまとまりや戦略性・計画性の点で弱点がある。特定の業種・職種・階層の「我田引水」的な政策が散見される。
▲これは以前からも指摘されていたところであるが、「知的財産推進計画 2005」 においても改善されることはなかった。知的創造サイクル専門調査会・コンテンツ専門調査会が先だって打ち出した方向性を「知的財産推進計画 2006」 へ的確に反映させることを期待するところである。その反映こそが知的財産戦略本部による戦略性・計画性を明らかにする第一歩と考える。
▲これまでは管轄省の見込みを(関係団体の要望も含めて)「推進計画」としていたに過ぎない場合が多く、そこに戦略性・計画性が見られなかったのは上記指摘の通りである。例えば著作権関連(文部科学省)においては、私的録音録画補償金・著作権保護期間・権利制限等の項目が文化庁(文化審議会著作権分科会)策定の「検討課題」の内容をそのまま引き写しているだけだったという実態があった。これらの項目に対してどのような方向性で臨むのか、知的創造サイクル専門調査会・コンテンツ専門調査会が打ち出した戦略性・計画性のもとに明らかにされることを期待している。
▲「CD再販の廃止」「放送・通信の融合」等、コンテンツ流通(および市場拡大)を促すために必要な措置を知的財産推進計画の中でぜひ提言していただきたい。また著作権保護期間の延長など、コンテンツ流通の阻害要因となるようなものについては断固たる姿勢で拒否するよう望むところである。

(2)課題・方向性について
・知的財産推進計画の基本的な方向性として、強大な権利者がわずかに発生するような知的財産制度体系よりも、国民ひとりひとりが利益を享受できるような制度にすべき。
・知的財産を商業利用し経済的利益を生ずる企業体の意向に沿った方向への進展は見られる。一方、知的財産を生み出す源泉である創作者本人の実質的な利益の増大のための施策は不充分。利用を促進するための権利調整の視点が欠如している。
・知的創造サイクルを早く大きく回すために、今後は、「保護」から「活用」に軸足を移した大胆な施策が必要な時期に来ている。
・ユーザー主体に立った次世代の知財制度の検討を開始するべき。
▲何事も、重要なのはバランス感覚である。現行の著作権制度や、それに対して実施されていた「知的財産推進計画」はコンテンツを既に所有している法人の利益のみに資する内容であった。それはクリエイター自身への利益還元やエンドユーザーの利便性への配慮を著しく欠いたものであり、現コンテンツホルダーが手持ちのコンテンツで利益を最大化する行為を助長させるだけのものでしかない。本来 著作権制度によって確保されるべき未来の創作へのインセンティブを減少させかねない。
▲必要なのは、まずクリエイターに対する正常な利益還元の確保である。クリエイターの労働環境の改善と、利益分配の透明性を高めること。例えば JASRAC のような権利管理団体による使用料分配の透明性を高めて、一部の幹部だけが高給を得るような実態にメスをいれなければならない(参照:週刊ダイヤモンド 2005年9月17日号)。
▲エンドユーザー視点で言えば、まずコンテンツの流通を阻害する要因を取り除き、コンテンツの価格を市場競争に委ねることを徹底させる必要がある。現状、「商業用レコードの還流防止措置」を例示するまでもなく、コンテンツホルダーが「権利行使」と称してコンテンツ流通を拒むという事例が頻発している(音楽配信等で不当に禁止権を行使し、流通を妨害することもその一例である)。特に音楽レコードの分野においては、市場流通の決定権を(アーティスト=実演家ではなく)レコード製作者が握っているため、アーティストの希望に反して流通を止めている例が多い(いわゆる「廃盤」問題である)。
▲日本レコード協会の発表によれば、 平成16年 までのレコードカタログ数はほぼ横這いの状態である。これは、毎年発売される新譜の数と同じだけ廃盤が生じていたことを示している。 平成17年は 前年比 122% とカタログ数が増加しているが、これは新譜分と旧譜の廉価再発が影響しているものと思われる。しかしながら これまで発売されてきたレコードの数 (1980年代から 1990年代では 毎年2万枚を下らず、 2000年以降でも 1万5000 タイトル前後で推移している)を考えれば廃盤問題が解消されるに充分なカタログ数では到底ない。

※平成17年  新譜: 17,885 タイトル
    カタログ: 140,222 タイトル
 平成16年  カタログ: 114,982 タイトル
 日本レコード協会サイト「各種統計」参照。
 http://www.riaj.or.jp/data/index.html

▲エンドユーザーがコンテンツを購入するという行為こそがコンテンツ流通の推進力である。その買うべきコンテンツが一部コンテンツホルダーの怠慢で死蔵されているという実態は、知的財産戦略という観点から言っても好ましいものではない。現状、コンテンツホルダー自身による改善の兆しは薄く、国がメスを入れなければコンテンツ流通の活性化は達成されない。いつまでも“自浄作用”を期待しているようでは知的財産推進計画の実効も覚束ないだろう。
▲コンテンツ流通阻害要因としては次のようなものが考えられる。再販制。レコード還流防止措置。公衆送信権(禁止権とされる規定)。エンドユーザーの利便性を損なうだけのコピーコントロール。著作権等管理事業者による一方的な使用料規程(規定に無いとの理由で許諾を拒む例も含む)。いずれも当事者だけに任せていたのでは一向に改善されない問題ばかりである。

・点検を行なうためには、実施の段階での効果測定が必須であるが、評価の基礎となる資料がそもそも不足している。
▲これから実行に移す知財推進計画、そして既に実施された推進計画のいずれについても、実態調査を行なうことが必要である。そのためには「評価の基礎となる資料」も用意すべきであるし、このデータは広く国民に示さねばならない。一部の調査会社による恣意的な分析を回避するためにも、より多くの目に触れる形をとり、データの妥当な解釈を明らかにすべきである。その結果、実行される予定の推進計画や実施済みのものが不適当と判断されるのなら、これの撤回も断行しなければならない。
▲上記のような調査による判断の前提として、知的財産戦略本部下の各専門調査会が打ち出した基本姿勢を貫くべきであろう。コンテンツの流通を拡大させること、そのためにはエンドユーザーの支持を得られるものであるという方向性だ(コンテンツホルダーの利益を損なうものでないという条件は言わずもがな)。

C.第14条(権利の付与の迅速化等)関連
(1)特許等の審査の迅速化
・全ての特許出願を一律に審査促進することは適切でない。
・権利活用の面から考えると、不安定な権利付与は後日の紛争を招くのみであり、審査の質の維持・向上が必要。
▲「特許等の審査の迅速化」で心配されるのは上記の点に尽きる。瑕疵ある特許等が権利を取得してしまえば、後々無用の紛争を招き、ひいては国民全体に裁判コストの負担を強いることとなる。特許等の制度に対する信頼性を損ないかねないだけに、その審査が極力 正確性を担保される必要を充分に意識されたいところである。
▲平成17年の 文化審議会著作権分科会において、特許審査等における権利制限について審議がなされた。特許等が制度の趣旨どおりに審査されるためには文献複写にかかる著作権を制限することが妥当である──との結論が出されたのだが、本年の通常国会では著作権法改正案が提出されていないようである。この権利制限については、知的財産戦略の観点から言っても早急に実現すべき課題ではないのか。実施の優先順位を高く設定して然るべきである。

E.第16条(権利侵害への措置等)
(1)模倣品・海賊版対策
・個人輸入について、悪質な事案の撲滅は重要な課題であるが、取締手法の不明確さが残れば、国民に難きを強いることになりかねない。
▲現状、国民への「模倣品・海賊版対策」の呼びかけはイメージ広告の範疇を出るものではない。すなわち「模倣品・海賊版は悪いもの」的な表現である。しかしここでの「模倣品」「海賊版」がいかなるものなのか、それを購入すること(これ自体は違法ではない)がどのような事態を引き起こすのか等、正確かつ具体的な説明を要するところであろう。そもそも「模倣品」「海賊版」とする呼び方自体が曖昧に過ぎる。なぜ「知的財産権侵害物品」のような正確な呼び方をしないのか。知的財産権を侵害しているとは言えないものにまで取締りを及ぼそうという意図でもあるのだろうか。
▲「模倣品・海賊版」が個人的な領域においてどのように扱われるべきかについては慎重な検討を要する。例えば個人所有の「模倣品・海賊版」まで取り締まろうとすれば、著作権法上 認められている私的複製物のような個人制作品(知的財産権は私的領域にまで及ばないため適法である)との区別をどうつけるのかなどの問題が発生する。個人輸入についても、個人制作品を個人間のやりとりとして譲渡する場合をどう考えるのかという問題が生じるところである。
▲個人輸入で「悪質な事案」の取締りを行なうとしても、この「悪質な事案」の明確化が必要なところであろう。ここで明確なガイドラインが示せないようであれば、捜査当局の恣意的な取締りを許すことにもなり、適法品の個人輸入すら萎縮させかねない。今のコンテンツ流通では個人輸入も珍しいことではなく、これの阻害要因となってしまうおそれが生じる。知的財産権を侵害した物品と非侵害物品では扱いを全く区別すべきところ、一緒くたに“禁止”してしまう(のと同じ効果を市場にもたらす)のでは、その影響が不当に大きすぎると言わざるを得ない。

・輸入差止申立て制度について、申立てから申立て受理・輸入差止めという流れが不透明。判断を行政の運用に委ねすぎては「疑わしきは差止める」となりかねない。
▲現状、税関による輸入差止申立制度においては、申立てが為された時点で当該輸入品が差止められるとの報道があるところである。しかしながら一目で侵害物品が判断できるものであればともかく、商業用レコードの還流防止措置における みなし侵害レコードのような、侵害品としてみなされるには数々の要件を満たす必要があり 税関での申立て受理以外にその充足の事実を確認し得ないような場合では、申立ての時点で差止められるような実務では問題が大きい。現に日本レコード協会会員社によって本来 要件を充足しないものが申立てられ、後に取下げられたという事例も発生しているところである。

http://www.riaj.or.jp/all_info/return/pdf/ris_kanryu060130.pdf

 上の文書では触れられていないが、当該盤が輸入差止申立にかかる対象レコードリストにも掲載されていた事実がある。
▲本措置において申立て時点で輸入が差止められていたのかどうか事実確認をしていただきたい。また、この確認を含め、税関での実務に透明性を求めたい。
▲具体的には、ウェブサイト上での公開情報の詳細化が望ましい。申立て年月日、受理年月日、差止め開始年月日は必須であろう(現行では当該物品の名称と差止めの期間、当該権利者の連絡先が公表されるのみである)。また相手国ごとに申立てが必須とされるレコード還流防止措置においては、当該相手国ごとの情報公開が必要かと思われる(現行では申立てタイトルごとの情報しか公開されていない)。なお情報公開のタイミングについても、現行では受理された後の公開であるが、申立ての事実をもって違法輸入を抑止するという考え方からすれば、申立て時点でサイトに掲載し状況の変化(税関での審査が進むなど)に応じて更新していく方が合理的である。申立て時点で公表すれば、権利者を名乗る者がその権利が無い(要件を充足しない)にもかかわらず いたずらに申立てを行なうことを抑止する効果も期待できる。

・個人による模倣品・海賊版の所持まで禁止しようとしていることに危惧。取締りは、あくまでも売るという行為について為すべき。
▲これは先に書いたことと重複するが、たとえば著作権法における私的複製物のような、知的財産権が私的領域にまで及ばないため適法とされる個人制作品との区別をどうつけるのかという問題が発生する。その区別は決して容易でない上に、私的領域への捜査当局の介入を許すということにもなりかねず、国民の人権を損なう事態が予想される。
▲「模倣品・海賊版」によって損なわれる知的財産権者の利益については、これを売るという行為を取り締まれば充分 保護される。要はその実効性が問われることになるが、インターネット関連の技術的課題も含め、まずそこの検討から始めるべきなのではないか(例:侵害品データベースを作成・公開し、インターネットオークションの運営者に参照させるなど)。
▲なおブランド品などを初めから求めておらず、安価な商品を求め「模倣品・海賊版」を買い求めるという個人の存在も想定される。これは知的財産権を侵害する物品でなくても その需要に応えることが可能だが、「模倣品」と蔑まれながらも正確には知的財産権を侵害していない商品がその役割を担っているのではないか。ある商品が知的財産権を侵害しているかどうかは司法が判断すべきことだが、その前段階として知的財産侵害物品と「模倣品・海賊版」との混同を避け、具体的な侵害の事実をもって販売を禁じていくような動きが必要である。
▲「模倣品・海賊版」という表現を以上のように便宜上用いてはきたが、その言葉の曖昧性を鑑みて、今後は使うべきでないと考える。

・過去数年で知的財産法の刑事罰規定はかなり重罰化されてきているが、その効果の検証は十分に行われているとは言えない。
▲近年の厳罰化は安易に過ぎやしないか。また、その厳罰化によって侵害の抑止効果が働いているのだろうか。知的財産推進計画の評価とも関わるところであるが、これについての実態を詳しく調査し公表する必要があろう(なお逮捕件数が上がっていれば良いというものではない。実際にあると思われる侵害件数や、法規制の実効性などもふまえて判断すべきところである)。例えば著作権法では権利制限などで“グレーゾーン”の発生が避けられないが、この範囲内での行為を抑制し過ぎることとならないか心配である(もし侵害であった場合に課せられる刑罰を考えると行為を抑制するに足りる)。

H.第19条(事業者が知的財産を有効かつ適正に活用することができる環境の整備)関連
(1)知財の評価・活用
・知的財産は固定資産として課税すべき。
▲これもひとつの考え方ではあるだろう。ただし、無方式主義である著作権のような場合では課税が難しいと思われる。私的領域での著作物制作においても権利が発生し課税の必要が出てきてしまう反面、一般に著作物ではないとされる範囲の情報(題名・キャッチコピー・新聞見出しなど)については課税の事実をもって著作物だと認定されたものと主張する根拠となりかねない。安易に課税するのは問題が多いのではないか。
▲しかしながら、著作権者に対し 一定の義務を課すことを検討していただきたいところである。著作権者は著作物の独占使用権を得ているのであるから、コンテンツ流通を義務化すべきではないだろうか。独占権を持ちながら流通させないとなれば、そのコンテンツが日の目を見ることが限りなく困難となる。それを防止しコンテンツ流通を大きくするためには、死蔵コンテンツに対し課税なり強制許諾の可能性を課すことが有効だと思われる。
▲著作権保護期間とも関係してくるが、一般に、公表されてから数年を経た著作物は市場に流通しづらくなる。当初の公表における当事者が資金面その他の理由により流通維持を困難としていたとして、その場合には第三者が流通に携われるよう道を開くべきである。現状は、当事者以外の者には流通を委ねようとしない慣行があり(つまり頑なに禁止権を行使する。例:音楽配信)、制度として強制許諾ないし簡便な許諾の仕組みを用意することが必要かと思われる。


《コンテンツ専門調査会関連分》

A.施行状況への全般的な意見
【課題】
・法律を作って、改正してそれっきりではいけない。著作権法などを改正したあとに、その後どうなったのかをきちんと検証すべき。例えば映画の著作物の保護期間の延長によって映画の著作物の商業利用がどれだけ進んでいるのかを調査し、当初の目的を果たしたかなど、しっかりと検証する必要がある。
・書籍に関する貸与権、著作権等の保護期間、音楽レコードの還流防止、損害賠償制度の強化、知的財産権侵害に係る刑罰の見直しなど著作権法改正の効果に係る調査を行い、実際に効果が上がっていないようであれば、その制度の見直しを含めて考えるべきであろう。
▲こういった検証は是非お願いしたい。 平成16年 における著作権法改定(施行は 平成17年) では、その審議の過程で様々な調査データが(予測も含めて)公表されたところである。そのデータが妥当なものであったのかを今 精査するとともに、施行から1年の間にどれほどの効果を得られたのか評価しなければならない。この実態が当初の目的に反するようであれば、当該改定を撤回する必要にも迫られるだろう。
▲当該著作権法改定の結果について現状を特記しておく。書籍・雑誌への貸与権付与については、権利の集中管理機構が未だに稼働していない。利用者との合意が得られず、使用料規程を定めることが出来ていないのである。これは貸与権の行使を実質不可能にしているばかりか、使用料の支払いが遅れれば遅れるほど 一度に支払わねばならない額が大きくなり、コミックレンタル業者の存続を危ぶませる要因となりかねない(コミックレンタル業者は将来のコンテンツ流通を支える存在でありながら、決して得られる利益に余裕がある訳ではない)。貸与権の管理機構が稼働しないのであれば、当該貸与権を停止(著作権法改定を撤回)すべきだ。
▲著作権等の保護期間については、現在 映画著作物のみがベルヌ条約での要請を越える期間 保護する形となっている。これについて、著作物流通を促進しているのか否か調査が必要であろう。すなわち、海外への日本映画の進出が促進されているのか、特に公開から 50年以上 経過した作品がどれほど流通しているのか調査すべきである(流通した点数ではなく、同年に公開された作品の何%を占めるのかを見るべきであろう)。流通作品の裏でどれほどの作品が死蔵されているのかこそ注目されるべき点だ。保護期間延長を他の著作物に広げた場合、同種の問題が発生することは明らかであり、このことは文化審議会著作権分科会 (第18回: 平成18年3月1日) における三田誠広氏の発言(文芸著作物の保護期間が延長されれば「青空文庫」のような著作物アーカイブ・流通の試みに影響を与えてしまう)のように強く意識されるべき弊害である。
▲音楽レコードの還流防止措置については、アジア諸国への邦楽の進出を目的としているにもかかわらず効果が出ていないということが明らかになっている。日本レコード協会の調査によれば、 平成17年上半期の 提供ライセンス数(そのままアジアでの発売タイトル数となる)は前年同期割れとなった。 平成18年2月22日 (音楽議員連盟 第30回 定時総会)の時点で、レコード協会は 平成17年の 実績に触れようせず朝日新聞の報道のみを引き合いに出していることから、 平成17年全体 でも前年割れは免れないところと考えられる(あと一月ほどでデータが明らかにされるだろう)。さらには日本レコード協会で公表されている、輸入差止申立てされるレコードのリストには発売国や発売日のデータに不備が多く見られること(特に品番の変更と発売日の引き延ばしが目立つ)、国内で洋楽として販売されているものまで数点混じっていること、本来要件を充足していないものが申立てられ後に撤回される(下記 URL 参照)など、混乱を極めている。

http://www.riaj.or.jp/all_info/return/pdf/ris_kanryu060130.pdf
※本来要件を充足していないにもかかわらず
 当該レコードリストに記載されていた例。

▲還流防止措置と同時に、再販制度との二重保護で危惧された通り、国内盤の価格が高止まり傾向が続いている。いや DVD との抱き合わせ販売が一般化していることで むしろ価格が上昇してすらいる。本還流防止措置の創設を国会で審議していた当時、日本レコード協会は価格を下げることを約束していた。にもかかわらず、市場では逆の状態に進んでいるのである(市場で価格を調査する場合は、邦楽の新譜に注目して行なうべきである。レコード協会がCD価格の低廉化を主張する根拠となるCDについては、旧譜であり殆どが洋楽──すなわちレコード会社が制作費を負担する必要のない──である)。
▲平成17年の レコード売上げが記録的減少を見せているとの報道があり、一連のレコード業界の為してきたことによって顧客離れを加速させたことは間違いない。再生保証なきコピーコントロールの撤廃、商慣行改善(とりわけ再販制の廃止、禁止権をたてにした著作物死蔵の解消)と還流防止措置の撤廃(輸入盤を含めた価格競争の確保)が必須である。

・還流防止措置の一件に象徴されるように、業界権益の拡大を最優先に一般国民の負担を増加させる施策を推進することは一般国民の知的財産制度に対する不信を増大させるばかりで「知財立国」の実現を遠退かせる。
▲還流防止措置の創設や私的録音録画補償金の課金対象拡大など、レコード業界が主張する“著作権法改正”の多くは日本レコード協会や JASRAC などの業界団体が大声で叫ぶものばかりである(上記だけで飽きたらず、著作権・著作隣接権の保護期間延長まで求めている)。その実、音楽制作を実際に行なっているアーティスト自身の声は全く聞こえてこない。いや、たまに聞こえてくるかと思えば、その殆どは業界団体の主張に疑問を呈する声である。端的に言えば、業界団体の主張はコンテンツホルダーたる自分らの利益を拡大させるものばかりであり、それが未来の創作に繋がる因果関係が薄いものばかりである。現にエンドユーザー離れを引き起こしたり、死蔵コンテンツの増加などが予想される内容だ(例:私的録音録画補償金の拡大によってパッケージコンテンツを買うインセンティブを失わせる→経済的合理性の末に音楽配信やレンタルに流れる。還流防止措置で邦楽逆輸入盤が消えてしまったが国内盤は全く売れない。再販制のせいで価格高止まりが続きCDが売れない)。
▲平成16年の 著作権法改定(施行 平成17年) は多くの音楽ユーザーに対し禍根を残したと言ってもいい。すなわち知的財産推進計画と著作権制度は音楽業界の利益保護のために悪用されたとの評価が一般的なのであり、これらに対する不信感は強くなる一方である。正直、知的財産戦略本部下の各専門調査会が打ち出したエンドユーザー重視の方針も、その実効が目に見えるまで信用されないと心された方がよかろう。逆に言えば、知的財産戦略本部の一挙手一投足を注目されているということだ。
▲エンドユーザーは極めて自覚的に選択する。自分たちの権利が脅かされると感じたならば、そのコンテンツの利用を止めることで意思表示するのである。市場の成立していないコンテンツ流通や、市場縮小が叫ばれる流通形態においては、その市場が適切に運営されているのか検討が必要である。エンドユーザーの支持なくしてコンテンツ流通の拡大(すなわち市場の拡大)はあり得ない。そうした緊張感をコンテンツ業界・知的財産戦略本部の両者が意識すべきである。エンドユーザーを蔑ろにし市場縮小を常態化させたレコード業界を反面教師としなければならない。

・アーティストが創作した作品を保護しつつ、アーティストが自由に作品を頒布できるような、つまり作品を作ったアーティストの意思が最も尊重される、そういう知的財産基本法を作って頂きたい。
▲音楽業界の現状としては、アーティスト(実演家)主導で楽曲の無償配布を行なう際の障害が多く存在する(特にインターネット経由の場合)。作詞作曲者(アーティスト自身が兼ねているのなら問題は少ない)とレコード製作者の許諾を得なければならないのが主な原因だが、それ以上に権利者側が簡便な許諾システムを用意していないことが大きい。
▲また有償配布の場合でも、権利者に利益を分配されさえすれば著作権制度の目的は充分果たされるにもかかわらず、レコード製作者側が何かしら文句をつけて流通を妨害する例が見られる(特に音楽配信において顕著である。海外で配信されているのと同じ音源を、日本において同じ仕様で配信できない合理的理由は無い。また、同様の仕様の配信サービスであるにもかかわらず、 Mora だけで配信し iTMS では配信しない合理的理由も無い)。この場合、アーティストが流通の希望を持っていても、その意向が無視されることが一般的である。
▲エンドユーザーが音楽コンテンツを選択する際に、最も重視するのはアーティスト(実演家)が誰かということである。すなわち意識としては支払う対価もアーティストに対してのものであり、また発売されるコンテンツもアーティストの作品としての認識である。従って作詞作曲者(これがアーティストと同一人物ならば問題は少ない)やレコード製作者の意向だけが尊重されるような知的財産戦略では、エンドユーザーの支持を得るのは困難であろう。コンテンツ流通の促進、そして市場の拡大を是とするなら、アーティストの意向による流通の促進(無償のものも含む)もまた必要とされるところだろう。
▲もっとも、アーティストの権利を何か新たに付与するとか、強化していくべきとかいう話ではないことに注意。保護強化では流通阻害要因を更に増やすだけの話である。そうではなく、作詞作曲者やレコード製作者の権利を制限すること(禁止権を制限するなど)で相対的にアーティストの意向が反映しやすくすることが最適かと思われる。

・「業界慣行」の洗い出しから検討まで、ぜひ公開された場で扱っていただきたい。
▲実態調査の多くは当該業界団体や市場調査会社による報告書に頼っているのが現状である。しかもその殆どは調査方針が恣意的である上に、調査結果の一部しか公開されていない。国の政策を決める根拠となる調査については、調査方法の詳細やデータを公開することなど、国民が自分でも分析できるだけの配慮が必要である。
▲また、その調査結果を検討する場においても、傍聴者などのもとで開かれた会を催すことが必要である。議論の前提となる配付資料の公開は勿論、議事録の公開、国民からの意見募集など国民的議論に資するよう留意すべきである。
▲忘れてならないのは、検討当時だけでなく、それ以後も同じ情報が参照できなければ意味がないということである。後に同種の問題が発生した場合、あるいは当該検討の見直しを必要となった場合(前提条件を左右する新たな要因の発生など)の議論に資するためである。

・知的財産の政策を考える際には、保護と利用のバランスに重点を置いて欲しい。いくら保護を強化しても、利用されなければ何の意味もない。保護一辺倒にならないようにすべき。
・著作権法が著作隣接権者の権利強化に偏りすぎている。コンテンツビジネス繁栄のためには、クリエーター、流通システム、そして鑑賞者のすべてにおけるバランスが最適化されなければならない。
・これまでの著作権法改定においては、権利強化ばかり進められてきたというのが国民共通の理解としてある。その間 軽視された「ユーザーの視点を考えた政策」および「競争政策の重要性と表現の自由の重視」との方針を今こそ取り戻し、著作権制度の再評価を行なうべき。
▲近年の法改定が権利強化に偏っていた以上、バランスをとるために今後の“揺り戻し”が必要である。このところの著作権法改正議論に対して権利者側は「利用者の利便性に偏りつつある」と中傷するところであるが、そのバランスを得るためには数々の権利制限や公正使用の明確化を断行しなければならない。現権利者への過保護はコンテンツ流通を阻害するところまで深刻化しており、いま抱えているコンテンツの中だけで利益を最大化させるような最小限の“努力”で良しとするようなインセンティブを生じさせてしまっている。現に“売れる見込みのない”コンテンツは死蔵される傾向が続き、未来の創作を維持するのに充分な流通があるとは言えない(未来の創作者はエンドユーザーから生まれる。新たな文化はコンテンツを浴びて吸収した者から生まれる)。
▲コンテンツ流通で生じた利益を適切に分配するという著作権制度の本旨に立ち返り、流通を現に阻害している禁止権については見直しを図るべきである(注:必ずしも禁止権を著作権法から削除する必要がある訳ではない。簡便で実効性ある許諾システムを稼働させることで同様の効果を得ることも可能だ。そうした利用促進・流通促進の方向へインセンティブを生じさせる必要があるという意味で上記のように表現している。もちろん利用促進・流通促進が進まなければ最終的に禁止権を制限する必要も出てくるだろうが)。
▲また、エンドユーザー視点においてもエンドユーザーの権利を明確に意識すべきである。権利者はことあるごとにエンドユーザーの「公正な利用」の範囲を狭めようと圧力をかけてくるが、このまま国が要求を呑むようでは、権利と公正使用のバランスを旨とする著作権制度への国民の信頼を失わせることとなりかねない。特に私的領域内での著作物使用について著作権者・著作隣接権者がどれほどの利益還元を得る根拠(法の規定のことではなく、経済的合理性における根拠である)があるのか検討されなければならない。例えば、複製権を一義に私的複製の分析を行なう是非について──今では私的複製は私的使用に欠かせない手段であり、その本質は私的領域内での演奏行為でしかない。ここに「補償金」なる新たな負担を課すことに如何なる合理性があるのか、など。

B.施行状況への具体的な意見
〈コンテンツ流通の促進〉
・現在の日本のコンテンツ業界において、有力コンテンツホルダーの多くが「権利行使」と称して配信事業等の新しい流通を阻害している。元来、著作権や著作隣接権は制作・流通へのインセンティブを生じさせることを目的に付与されているのであって、この権利を口実に流通阻害することは制度の趣旨に反する行為である。
・デジタルコンテンツの流通の拡大のため、強制許諾制度など第三者でもコンテンツ流通に関われる道を開くべき。
・コンテンツホルダーのみが流通の決定権を握る構造に問題がある。アーティスト・監督らとレコード製作者・映画製作者との間で以降の衝突があった場合に、コンテンツ流通の意思を尊重できる方策を国が提供すべきと考える(強制許諾制度の検討をお願いしたい)。
▲音楽配信の世界において この問題が極大化している。 iTunes Music Store へソニーミュージックが一切楽曲提供しないことが代表例であるが、国外における同サービスには提供しておきながら、国内においては(同じ仕様であるにもかかわらず)提供できないとする正当な理由は何も無い。コンテンツホルダーが自らの利益を極大化するために独占的な地位を利用しているに過ぎない(なおソニーミュージックが楽曲提供する Mora においては、仕様について iTMS との差はあまりない。差別的許諾と言わざるを得ない)。そうした許諾拒否の弊害として価格吊り上げも横行している (iTMS では洋楽が1曲 150円で 売られているにもかかわらず、国内楽曲の多くは1曲 200円である)。もっとも価格に関しては市場の判断に委ねられるところではあるが。
▲配信の許諾を拒否するということでは、音楽配信市場拡大も流通促進も全く望めない。そこに市場の判断が入り込む隙などない。なお前段でソニーミュージックを例に出したが、ここだけが問題を起こしているのではない。他のレコード製作者についても似たり寄ったりである。音楽配信への“出し渋り”をする所が多く、当事者の努力に任せていたのでは事態を打開できないところまで来ている。国が配信促進への方策を打つべき時期に来ているのではないか。
▲なお、世界で大きなシェアを持ち 実質的な標準となっている iTMS の国内版サービスについては、アーティストが配信を強く希望していながらレコード製作者の意向で未配信となっている(さらにはCDでも廃盤となっている)著作物が数多く存在していることを付記しておく。これが現行著作権制度が引き起こしている流通阻害であることは間違いない。嘆かわしいかぎりだ。
▲需要のある音源について音楽配信が提供されないような事態が続くようであれば、音楽配信にかかる強制許諾制度もしくは公衆送信権の報酬請求権化が必要となろう。インターネットの利用が一般に浸透し、 P2P のような「違法配信」が深刻化していたにもかかわらず、音楽配信で提供される著作物はごく僅かである。それこそ廃盤だらけのCD流通の方がまだマシな程である。この 10年 の動きを見てきた限り、今後の権利者にも流通の努力を全く期待できないところである。権利者が自らの意思でコンテンツ流通を実現できないのであれば、第三者(すなわち配信事業者)が流通を担っていけるような道筋をつける必要がある。
▲コンテンツホルダーによる流通阻害(音楽配信の妨害に限らず、廃盤・絶版問題も含まれる)で特に問題なのは、本来コンテンツ制作を担っているアーティスト・映画監督・著者らの意思に反して流通が止められている実態である。確かに著作権法上の権利構成として可能とされる流通停止ではあるが、流通を渇望するエンドユーザーのみならず、実制作を行なった者(しかも必ずしも著作権・著作隣接権が付与されているとは限らない──著作権法上の規定や業界慣行によって権利そのものを奪われている人たちでもある)の意思に反しているともなれば、著作権法の中での想定自体が妥当なものか疑わしい。権利構成の根本見直しが必要に思われるし、また実制作者が流通の意思を持っている場合はそれが尊重されるよう手当てすることが喫緊の課題と言える(実制作者に新たな権利を付与すべきという意味ではないことに注意)。

・インターネットでのコンテンツ配信を促進すべき。少なくとも、著作権法上で放送・有線放送に認められた優遇措置が、ネット配信でも同様に受けられるよう認めるべきである。例えば、インターネット放送については、放送・有線放送と同様に、正規に収録された音源を用いる分には許諾をとる必要がないこととする(報酬請求権化する)ことが望まれる。
・ブロードバンドサービスを利用した電気通信役務利用放送の著作権法上の位置づけについては、「知的財産推進計画2004」に引き続き「知的財産推進計画2005」においても検討課題とされているが、未だ検討されていない。明確な時間軸を設定し、早急に結論を出して頂きたい。
▲いわゆる「放送・通信の融合」については、地上波放送の同時再送信とビデオ・オン・デマンド (VOD) が想定されるところである。前者についてはデジタル地上波放送の普及と大きく関わることから急務と言える。同時再送信を放送とみなし、著作権法上の規定に反映させることで問題なく処理できるのではないか。電波で放送されるものと同じ番組でありながら、インターネットを経由しただけで新たな許諾の必要性が出てくるということに何か合理的根拠があるとは思えない。
▲では後者・ VOD の方はどうか。こちらは出来合いのコンテンツを“再放送”する形に近いものがある。それで考えれば、放送・有線放送においても地上波・ケーブル・CSなどと各チャンネルで放映権に関する交渉が権利者と為されており、仮に VOD を放送とみなしても当事者が交渉をする余地が残されているように思う。ビデオ・ DVD への二次利用とも性質が似ているところであるから、過去の契約が VOD 分の許諾を含むのかを別に論じる必要もありそうだ(個人的には、 VOD 分は新たに契約すべきと考える)。
▲とかく放送における著作権法上の優遇措置は、放送の「公共性」を理由とするところである(権利者の側からそういう説明がある)。しかしインターネット配信が「公共性」を要する「放送」とみなされるためには、放送法上の規制を受けなければならないのではないか。もしそうなら、権利者がインターネット「放送」を拒む理由はない。ただ既存の放送局に対するのと同じように対応すれば良いだけの話である。
▲逆に、放送法上の規制を受けないネット配信であれば、個別の利用許諾を受ける必要があるとすれば(すなわち現行著作権法上の公衆送信とすれば)問題は発生しないように思う。放送・有線放送としての優遇措置を受けたいのであれば、その代わりに放送法上の規制を受ける──という判りやすい形になるのではないか。
▲個人的には、エンドユーザー自身が配信に関われるようなシステム作りが欲しい。具体的には、エンドユーザーが許諾システムを通して使用料を支払い、ウェブサイト等で配信できるような形だ。あるいは合法 P2P のようなものも考えられる。今後の、インターネットにおけるコンテンツ二次利用は事業者によるものだけでなく、こうした場面も想定して検討されたいところである(もっともここまで「放送」範疇に入れるのは難しい気はする。放送法上の規制を個人が全うできるとは思えないし、むしろ言論・表現の自由に抵触しかねない。意図して“放送局”を開設するのでない限り、通信として扱うのが相応しかろう)。

・音楽のインターネット配信は、依然として海外に比べると出遅れている状態にある。利用者としては、他国と比較して配信価格が高い、積極的に配信に参加しないレード会社がある、といった問題があるように思う。
▲もし日本のコンテンツ市場を世界のトップレベルに底上げする気でいるのなら、海外のサービスを研究し、少なくともそれと同等のレベルの仕様 (DRM の利便性・品揃え・価格)を確保することが必要だろう。そのために必要な措置を当事者の努力に期待するだけでなく、流通阻害要因を戦略的に取り除いていくことが国に求められる。旗を振るだけでは市場は拡大しない(ましてエンドユーザーから忌み嫌われつつある業界では尚更だ)。
▲また、日本製コンテンツの海外発信を真剣に考えるべきだ。すなわちこれを阻害しているのは何か。ただ言語・習慣の壁があるだけではないし、進出のための費用の問題でもない。国内ですら日本製コンテンツがネット配信されづらいということは、海外でも同様なのである (iTMS 海外版で配信されている日本人アーティストの作品は如何ばかりか‥‥)。海外に向けて発信しても さほどコストのかからないインターネット配信でこそ、日本製コンテンツ発信の鍵がある。この配信にかかる障害を取り除かずして従来のような映画・アニメ・ゲームといったコストのかかるメディアにのみ頼るのでは、費用多くして効果の少ない“進出事例”しか出てこない体たらくが続くだけではないか。せっかくインターネットというインフラ(この整備は日本が自慢できるものの一つだろう)が活用できる状況にあるのだから、コンテンツ発信においても充分活用できるよう法整備すべきである(もっとも‥‥権利者側の意識改革の方が先か?)。
▲インターネットにおいては、国内向けの流通拡大措置がそのまま海外向けへも作用する可能性が高い(ただし市場分割に対処することも必要となるだろうが)。ここに着目し、インターネットでの配信の強化へ集中的に取組むことが望ましい。

〈バランスのとれたプロテクションシステムの採用〉
・コピーコントロールCDなどは、再生保証がされておらず、著作権保護の名のもとにエンドユーザーの財産を侵している。こうした音楽業界の風潮に釘を刺すことも国には求められる。
▲音楽パッケージ商品に対するコピーコントロールは SACD や DVD Audio において実現されている。しかしながら国内レコード業界は(自らの意思によって)これを積極的には使わず、「コピーコントロールCD」と称した規格非準拠ディスク(要するに不良品)を市場に投入した。本来CDと呼ばれるべきディスクの規格を逸脱しているため再生保証ができず、その上 再生不良による返品をも拒否した形で販売、消費者保護の観点から触法しかねない旨を指摘されたのが記憶に新しいところである。その後「コピーコントロールCD」は数こそ減らしたものの、東芝 EMI の「セキュアCD」(または「フェアフリーダムCD」)やソニー BMG の 「XCP」 「MediaMax」 などが流通し続けている。これらの「コピーコントロールCD」は、購入した音楽を好きな態様で聴くというユーザーの権利を侵し、再生に使用するパソコンを損壊しかねない(ユーザーの許諾なくシステムを改変する“ウィルス”まがいのプログラムが混入されている。すなわちユーザーの財産を損なう行為である)など、問題点があまりにも多い。このような異常な“商品”をエンドユーザーが受け入れる筈もなく、レコード市場は落ち込む一方である(間違いなく「コピーコントロールCD」が一因)。業界による自浄作用が望めない今、国がこうした行為に規制をかける必要があるのではないか。
▲もっとも、音楽パッケージ市場を棄てて、音楽配信への移行を早めるという考えであれば、このままパッケージ市場の縮小を放置するのも方法の一つではある。レコード業界の自業自得ゆえ、その弱体化も免れぬところではあるかと思うが。いずれにせよ、今後の対応には戦略性が問われるところである。

・DVD のリージョンコードや音楽配信の国別サービスのように、あるコンテンツの販売地域を国別に限定する市場分割は、日本国内のコンテンツ価格の高騰や国際的なコンテンツ流通阻害を招く要因であり、是正が必要である。
▲国内のコンテンツ流通の多くは、コンテンツホルダー傘下の一社のみが担うこととなる。これでは小売りレベルでしか競争原理が働かない。海外からの同一コンテンツ並行輸入は、この競争原理を働かせる重要なプレイヤーなのだが、 DVD のリージョンコードや音楽配信のサービス提供国限定などはこれを阻害する要因となる。ただでさえ日本ではコンテンツ価格が不当に吊り上げられる傾向にある(その主たる原因は再販制にある)のだが、そうした弊害を市場分割が助長してしまっている一面もある。
▲市場分割の弊害を解消するためには、たとえば DVD プレーヤーのリージョンコード回避を合法化する、音楽配信の海外サービス利用を合法化する(もしくは海外で配信されているコンテンツは日本でも自動的に同条件で配信許諾されたものとみなすよう法改正する)などの手法が考えられる。国内の市場を活性化させるためには有効な方策であろうかと思う。
▲再販制を初めとした価格競争阻害要因を排除し、コンテンツ市場においても競争原理を持ち込むのは必須である。再販制下でコンテンツ市場の硬直化(死後硬直?)、とりわけ流通を阻害された死蔵コンテンツの発生を見れば、もはや再販制を維持する根拠は薄れたと考えるのが妥当である。

・デジタル地上波放送におけるコピーワンスは廃止すべきである。これはデジタル地上波放送を普及させることを阻害する大きな要因の一つである。
▲エンドユーザーの利便性確保を考えるのであれば、このコピーワンス廃止は避けて通れない。あくまでもデジタル地上波放送の普及を市場原理に委ねるのであれば現状のままでも構わないだろうが(おそらく普及に失敗するだろう)、デジタルへの完全移行を国の方針としてやる以上は阻害要因の排除を断行すべきである。
▲エンドユーザー視点で言うならば、負担する対価と得るべき利便性との兼ね合いも考えたい。たとえば放送番組の録画については私的録画補償金が課せられている。著作物使用と私的複製が密接に重なっている昨今の傾向を見れば、その私的複製が DVD への録画1回のみ可能として充分であろう筈がない。著作権法の私的複製(権利制限)規定の範囲を明確化することが今期の文化審議会著作権分科会の検討課題とされているが、これと同時に当該範囲の縮小が権利者側の恣意によって行なわれないような方策を考えていただきたい。すなわちエンドユーザーの公正使用の権利を明確化するということだ。

・安全なコンテンツを認証し、それだけを閲覧できるようにするシステムを構築すること自体は賛成できる。しかし そのシステムの使用を義務化したり、システム認証外のコンテンツへのアクセスを禁止したりすることには断固反対である。当該システムの扱いについては慎重さが必要であり、使う・使わないの最終的な判断は個々の利用者自身に委ねるべきだ。
▲「安全なコンテンツ」を国(もしくはそれに準じた組織──仮に第三者機関であっても、その性質に変わりはない)が決めるということに対する国民の抵抗感が大きいことに留意すべきである。すなわち、検閲となりかねないことを危惧しているのである。このような「安全なコンテンツ」の認定を受けること自体が強制力のあるものでなかったとしても、たとえばそうした認定に基づいた閲覧を法令で義務づけてしまったり(「東京都青少年の健全な育成に関する条例」にある保護者の「努力義務」のような)、この認定に限定する閲覧が実質的な標準となってしまうような場合(例:国の情報公開が上記「安全なコンテンツ」閲覧専用ブラウザでしか読めなくなるなど)でも問題は大きい。あくまでも国民ひとりひとりが持つ選択肢のひとつとして こうしたシステムを考えるべきである。このシステムを使いたくない人間が、インターネットでの情報収集において不利益を被ることがあってはならない。

〈アーカイブの積極的利用〉
・「コンテンツのアーカイブ化」は積極的に進めていただきたい。特にフィルムセンター所蔵の映画作品については(著作権が切れていたり、権利者の許諾が得られたものなら)インターネットでの配信も可能とするのが望ましい。
・NHK 制作番組についても、番組のアーカイブをネット配信できるよう整備することが望ましい。イギリス BBC が既に開始していることであり、参考になるところが非常に多いと思われる。
▲公共機関によるコンテンツのアーカイブ化とネット配信が実現すれば、日本国内における VOD を本格化させる契機となるかも知れない。そこで採用されるであろう配信規格の発達を促せることもさることながら、ネットで映像配信サービスを受けるということを習慣づけられるのが何よりも大きい(そのユーザーが有償サービスに流れていくことも期待できる)。また、フィルムセンター等のアーカイブ施設の近所に住んでいない国民でも利用機会に恵まれるということで、アーカイヴ施設がその役割を充分に果たすことをも可能とする絶好の機会でもある。
▲著作権切れした著作物の利用例として「青空文庫」などのネット配信が知られているが、残念ながら日本の映像作品ではそうした著作権切れの恩恵にあずかることが難しい(海外の著作権切れ作品は廉価 DVD として販売されているところなのだが)。著作権制度に対する理解を深めるという意味でも、著作権切れした映像の提供は意義あることと考えられる。
▲流通する多くの情報を収集し閲覧に供する施設として図書館がある。かつては出版物のみを扱えばその要請に応えられていたが、今ではCDやビデオ・インターネットなども情報提供の一環として扱っている館が多い。もはや図書館で扱うべき情報は広がっているのであり、インターネット上の情報をプリントアウトして提供したり、アーカイブ化していくことも図書館の役割として求められるところであろう(特にインターネット上の消え行く情報を考えれば、国立国会図書館によるウェブアーカイブは喫緊の課題ではないか)。また図書館による、インターネットを介した情報提供も積極的に行なうべきと考える。具体的には、複写資料の送信などである(ファクスを介したものも当然許されるべきだ)。
▲図書館奉仕の範囲が広がることについては難色を示す向きが一部にあるが、情報を収集し国民にそれを提供していくという図書館奉仕の本質を考えれば、通信の領域へと拡大していくことは むしろ当然のことと考えられる。図書館にかかる著作権の制限も、それに応じて広げられていくべきものであろう(ここまで広がっていって初めて公貸権制度の話も現実味が出てくるのではないか)。

〈業界構造の改善〉
・エンドユーザーの利便性を無視し、コンテンツ業界の都合だけで規格・仕様を一方的に決定し押しつける例が多く、その結果、エンドユーザーの支持が得られず市場形成を達成できないケースが続出している。
▲特に、日本独自の動きとしてレコード業界が先導したものに顕著である。日本製音楽配信は(携帯電話用のものを除いて)市場成立せず、「コピーコントロールCD」は市場からの拒否によって撤退を余儀なくされ、再販制による価格高止まりのもとでレコード売上げが減少する一方である(その裏にはレコード還流防止措置があることも忘れてはならない)。
▲顧客を攻撃ばかりする商売がいつまでも続くと思っているのがおかしい。日本のレコード業界は末期状態である。

・元の楽曲を作ったアーティストも、作品の二次利用という形で広まっていくリミックスを歓迎することが多いが、レコード会社や著作権管理団体など経済的な既得権を持っている人たちの思惑で、アーティストの意向が無視される。作品を作ったアーティストの意思が最も尊重される、そういう知的財産基本法を作って頂きたい。
▲曲作りにおいて、必ずしも作詞作曲者だけが貢献しているわけではない。アーティスト(実演家)による演奏も作曲的な機能を持っていることが多いのである(編曲相当から即興演奏=作曲そのものである場合まで様々である)。つまり音楽著作物においてはアーティスト自身が主体として創作しているにもかかわらず、著作権法上 利用許諾の決定権は彼らにない。こうした実態との矛盾を解消することが望まれる。
▲また著作権等管理事業者による集中管理は、許諾を出せる利用態様ならば利用促進に貢献しているが、許諾規定がまだない新しい利用態様の場合は対応できないことが多い。困ったことに、管理事業者が最初から許諾を拒むケースすらある。このままの姿勢で管理事業を続けることが妥当なのか検討が必要であろう(私に言わせれば、規定に無いから許諾できないというのは管理事業者の怠慢でしかない)。

・エンドユーザーの支持がなければデジタルコンテンツ市場は拡大しない。いまCDが売れないのは、エンドユーザーの支持を得られるよう音楽業界が努力しないから。
▲これが大前提である。レコード業界はエンドユーザーに対して不当な攻撃を繰り返してきた。再販制のもとで海外よりも高価なCDを押しつけるのみならず、現行著作権法で認められた私的複製を「違法コピー」などと喧伝、さらにそれをCD売上げ低下の原因であると決めつけ、その私的複製を妨害する目的で再生保証なき「コピーコントロールCD」を市場にバラ撒き、還流防止措置の創設を強行し、日本での音楽配信事業を妨害し、多くのアーティストの意に反して音源を死蔵し続けている。このような有様でレコード市場を拡大しようなどとは虫の良い話である。「努力」というのは、上記の問題点を改めることを言うのであって、レコード協会がシュプレヒコールを挙げることを指すのではない。
▲保護政策から競争政策への転換が急務である。長らく保護下にあったことで陥ったのが今の体たらくなのである。堕落以外の何物でもない。日本のコンテンツ政策において音楽分野(レコード産業)を見限っているのであれば今のままでも構わないだろうが、万一そうでないのならば真っ先にメスを入れるべき業界であることは疑いの余地がない。

・レコード会社と作曲家・作詞家・歌手との間の著作権をめぐる契約内容につき、金額面や、契約有効期間につき、本当に創作活動を支える内容となっているか、調査と再検討が必要な段階である。
・日本のコンテンツ産業を国際化させるため、音楽CDレーベル会社と流通会社の強制分離、アーティストプロダクションの放送制作会社の独占体制の禁止などの制度を明確にすべき。
▲レコード業界における契約慣行には さまざまな指摘があるところである。特に、新人アーティストに対する利益分配が不当に押さえられていたり、テレビでの露出とバーターで楽曲の出版権がテレビ局傘下の音楽出版社の管理となる(こうすればテレビ露出の利益がテレビ局にも回ってくる──言ってみれば自作自演の錬金術である)など、アーティストの権利がきちんと保護されているのか疑問のあるところである。詳細は以下の記事を参照いただきたい(作曲家・穂口雄右氏による「テレビが独占する音楽著作権利益の実態」との連載文)。

http://www.amvox.co.jp/entrance/vision/index.html
http://www.amvox.co.jp/entrance/vision/best_publishers.html
http://www.amvox.co.jp/entrance/vision/best_publishers2.html
http://www.amvox.co.jp/entrance/vision/best_publishers3.html

・現状では個人がインターネットで著作物を利用する規定がなく、著作隣接権の許諾は企業判断であるため、音楽CDの利用が出来ず、個人ネットラジオ局を停滞させる結果となっている。著作権法の個人のインターネットにおける利用規程を設けることが時代の流れ上急務の課題である。
▲需要があるにもかかわらず適切に許諾を出せない状態では、著作権制度がコンテンツ流通を阻害する典型例として国民に認識されるだけであろう。早急な対応を望む。
▲事業者が行なう音楽配信でも同種の問題があり、ここでは公衆送信権(禁止権)の弊害が語られるところである。事業者による音楽配信も、エンドユーザーによるネットラジオや合法 P2P も、それを阻害する要因は同じものである。阻害要因の解消を考える際には視野を広くして検討されたい。
▲事は JASRAC にとどまるものではなく、レコード協会および芸団協にも許諾システムを用意させる必要がある。また1曲ごとの許諾、そして包括的な許諾の両方を想定してシステム整備すべきである(この選択は利用者に委ねるべきであって、現在の JASRAC のように包括契約を強制することがあってはならない)。

・映画興行において、ロードショー館の入場料金(大人料金で 1800円) がどこも同じだが、このように硬直化している料金設定についても是正する必要があるように思う。
▲競争政策上、この実態に問題は無いのか。公正取引委員会としては価格を申し合わせる事実がなければ動きようがないらしいが、現実として殆どのロードショー館で横並びになっているのであり、価格競争が全く生じていないのは明らかである。こうした事態に対処できるようにしなければ、競争政策の実効性が失われるのではないか。

・現状では、権利者団体の“言い値”をそのまま支払わされる形であり、課金システムの透明化が望まれる。
▲現在、著作権等管理事業者(但し文化庁に指定された事業者)と使用料について協議できるのは 一定の要件を満たした「利用者代表」である。利用者がこの要件を満たすためには団体を組んで協議する形となる。個々の利用者について言えば、管理事業者の請求した通りの額を協議の余地なく払わされているのが現状である。管理事業者の定めた使用料に不備が無い場合ならまだしも、その算定根拠に疑問のあるところも少なくなく(その代表例は JASRAC による包括契約強制だろう)、使用料を支払う意思のある利用者であっても契約の締結にためらう者があるのではないか。
▲このような場合には、契約内容の適正化を図るべく、オープンな場での協議が可能となるような制度が欲しい。管理事業者側は使用料算定の根拠を広く示し、利用者側が疑問をぶつけるような形──今ではインターネットを使って「意見募集」のようなものも可能なのであるから、労力さえ厭わなければ そうした協議もできよう(その場から利用者が団体を作り、本格的な協議へと発展することも望める)。
▲上のような個別協議に応じる義務を管理事業者に課すことはできないだろうか。何故なら、一部の管理事業者はこうした個別協議に応じようとしないばかりか、いざ管理事業者側の見解を問われれば それに答えず対話を打ち切る傾向にあるからである。具体的には、歌詞引用について使用料を要求する JASRAC の例がある。著作物の引用は著作権法でも権利制限のひとつとして定められているところだが、 JASRAC はこの行為に難癖をつけて使用料を要求する。かと言って、引用に対する JASRAC の見解を問われたところで(答えず)対話を打ち切るという事例が明らかになっているだけで二例ある。

http://www.tabibun.net/news/2002/topic01.html
http://ameblo.jp/dukkiedukkie/theme-10000373863.html

 これでは例として少ないと思うことなかれ。多くの場合は JASRAC から文句を付けられた時点で歌詞引用を撤回させられているのである。言論・表現の自由を侵す実態があるという意味では、却って深刻なのである。以上のような対話(協議)が成立していないのでは、それに応じることを義務化するなどの措置が必要であると思われる。
▲著作物利用にかかる許諾契約は、著作物が代替性を持たないという特殊性によって、締結への強制力がどうしても働いてしまう。利用者からすれば契約しなければならないのであって、その意味で権利者とは対等の立場で契約できるわけでない。権利者側(殆どの場合は著作権等管理事業者)が自らの立場を利用し、不当とも言える契約を強いている一面もある。これを解消するためには契約内容についての適正化(国による介入あるいは規制の一種)が必要となる。利用者が権利者側と対等に交渉できるよう道筋をつけるべきである。

〈クリエーターが創作に専念できる環境づくり〉
・クリエーターが創作に専念できる環境が整わなければ、コンテンツ創造は続かない。日本のコンテンツ産業では劣悪な労働環境(賃金体系が他業種より圧倒的に悪いことなど)での活動を余儀なくされている。その結果、他業種への人材流出を招き、あるいは海外への人材依存が目立っている(アニメーション業界が特に顕著である)。実は、日本国内での実制作者の空洞化が進んでいるのが現状。
▲コンテンツ制作現場において最低賃金を保証するなど、その制作者の生活を支えることが必要なのではないか。

・現行のコンテンツ制作システム(および著作権制度)では、著作権等を握るコンテンツホルダーだけが莫大な利益を得るように設定されている。クリエーター自身には殆ど還元されない。コンテンツ流通が身勝手な権利行使で阻害され続け、運良く流通したものも高価であり続けるなどという現状は、次世代のクリエーターに対して罪を犯しているのに等しい。クリエーターらがプロモーション等の目的でコンテンツ無償提供(配信など)できるよう、著作権等の管理団体の規定を改善させることはできないだろうか。著作権者自身が無償提供を認めれば、それに応じて著作権料を免除するなどの方策が採られるようにすべきである。「規程に定められていない」とする管理団体の怠慢により、クリエーターの意思に反してコンテンツ流通が阻害されることは許されない。至急、各管理団体の規程を調査し、こうした措置がとれない規程については改善するよう促すべき。
▲上記の文章で、主な問題点は充分指摘されている。また、他の項目でも同様の問題について触れているので参照されたい。

〈著作権制度〉
○還流防止制度等
・還流防止制度をやめて欲しい。または、再販制度と両方やるのはやめて欲しい。
・レコード会社が再販制度を前提にしたビジネスモデルに固執し続けていることが欧米で爆発的な人気を得ている低価格かつ利便性の高い音楽配信サービスの普及が日本において一向に進まない理由の一つになっている。技術革新により可能になった音楽配信サービスを阻害することの方にこそ問題が有るのは自明であり、少なくとも商業用レコードに関しては「世界唯一」の再販制度を維持する理由は完全に失われた。
・輸入CD販売規制に反対する。国内CDの売上げ減少は、そもそも国内レコード会社の経営努力不足が主たる原因であり、消費者は、わざわざ国内レコード会社が販売する 3000円 もするCDは購入に値するものではないということを行動で訴えている。知的財産保護という名目のもとに行なわれる、一部権益団体のための安直な保護政策に思えてならない。
・「知的財産推進計画2005」に記載されている模倣品・海賊版に対する水際での取締り強化のための「侵害判断・差止めを専門的かつ簡便・迅速に行う制度の確立」について、 2004年 散々騒がれた還流盤等の輸入権・輸入差止申立に係る対象レコードに付いて言えば全く遂行されていない。
・商業用レコードの還流防止措置の目的は邦楽CDのアジア展開を促進することにあったのだが、 2005年 上半期ではむしろ前年比減となっており、これでは還流防止措置を創設した意味があったようには思われない。
▲商業用レコード還流防止措置には数々の批判されるべき特徴がある。まず、自由貿易の原則に反しているということ。近年 日本はアジア諸国との経済的連携を強めており貿易自由化なども検討項目に入ってきているが、どういうツラを下げてそのような提案をしているのだろうか。レコード還流防止措置のような「貿易自由化」と逆行した経済障壁を創設したばかりではないか。また、再販制と重なることで国内のレコード販売における価格競争をさらに抑制する働きがある。現在、日本のレコード業界では新作CDの価格が上昇傾向にある (DVD との抱き合わせが一般化し、それに便乗する形で定価を上げているのである)。還流防止措置は邦楽レコードのアジア進出が目的とされていたにもかかわらず、 平成17年の アジア進出は前年割れの勢いである(レコード協会は 平成18年3月現在、 その結果報告をしていない)。還流防止措置創設後、その目的すら果たせていないことが明らかとなっているわけだ。さらには還流防止措置の対象として、国内では洋楽盤として販売されているタイトルが数点紛れ込ませてある(制度創設時にはレコード協会は洋楽盤の輸入差止めをしない旨を喧伝していた)など、その運用面においても問題が多発している。
▲還流防止措置によって日本経済が得るものは何もない。レコード売上げすら 平成17年に 激減した。不当な経済障壁が創設されただけに終わった訳である。このような惨状の中、目的を果たそうと努力すらしないレコード業界は、知的財産戦略本部が提言する「音楽CDの再販制除外」に対して反対の声を挙げ始めているところであるが、これは二重の保護を受けていてもそれを当たり前と錯覚する破廉恥な主張と言わざるを得ない。日本のコンテンツ市場の成長が見込まれるところで足を引っぱっているのは誰か。それを見極めるべき時に来ているのではないか。
▲再販制を後生大事に抱いて市場を痩せさせていくのがレコード業界の望みなら、それもまたよかろう。しかしその場合は還流防止措置を廃止し、競争政策とのバランスを保つべきである。還流防止措置がレコード業界に必要だというのなら、CD再販を撤廃すべきである。再販制も還流防止措置も、そのいずれもがコンテンツ流通を阻害する要因であり、これが二重に働くことで更なる流通阻害を生んでいる。知的財産戦略としてコンテンツ流通の拡大を本気で推進していく気なら、これらの問題にメスを入れることは決して避けられない。

○私的録音録画補償金制度
・「私的録音録画補償金」については、文化審議会著作権分科会の検討内容や、その過程で行われた国民への意見募集の結果を尊重していただきたい。
・制度の廃止、もしくは、根本的な見直しを行うべき。
▲正当な対価を支払ったコンテンツを私的複製する場合、はたして権利者への「利益」還元が必要なのか。エンドユーザーに認められるべき公正使用の権利、本来 著作権制度で保護されるべき権利者の利益など、本問題で根本的に検討されるべき課題は多い。
▲特に、 平成17年での 文化審議会著作権分科会の検討では音楽配信(私的複製を前提に販売されている)と補償金との「二重徴収」が問題とされた。私個人としては正当な対価を支払い入手したコンテンツ(パッケージ商品・中古品・レンタル・音楽配信・放送など)に関してすべて「二重徴収」の疑いがあると考えているが、こうした対価と“補償される不利益”との関係を洗い出すことが今年の審議においては必須である。
▲平成17年の 審議では、私的録音録画補償金制度に対する国民の認知度が極めて低い実態が指摘された。これを受けて各権利者団体が周知活動を行なったが、僅か数ヶ月のうちに終了、現在では全く行なわれていない。このようなことだから周知が進まないのである。また、分配の不透明さなども指摘された。こうした指摘を重く受け止めるべきであり、当面 本補償金制度が存続するとしても、こうした問題の一つひとつを潰していく覚悟が必要である。
▲平成18年は 私的録音録画小委員会で主に審議されるようではあるが、一般からの意見募集を終盤だけでなく複数回用意していただきたい。ただでさえ、エンドユーザーの声が反映されにくい委員構成である。意見募集という形でしかエンドユーザーの声が聞こえてこないことは知的財産戦略本部の方々ならばよくお解りのことと思う。
▲本補償金制度は、その創設時において“補償金創設ありき”で話し合いが進められてきており、その法的根拠等 論理的検討については大雑把な説明しかされていない。この機会に詳細な論理的検討を加え、後の議論にも資するような記録を残しておく必要がある。なあなあで拙速な審議が為されるとすれば、それには断固反対するところである。ここで求められているのは、エンドユーザーが納得して「補償金」を支払う理由であり、そうなるだけの論理的根拠である。

○著作権の保護期間の延長
・コンテンツ産業による文化的所産の寡占化・死蔵を招く著作権保護期間の延長に断固反対する。著作権保護期間を満了し、公有となった著作物に誰でもアクセスすることが可能となれば、現代の感性で新しい作品が生み出されるかも知れないのに著作権がごく少数の長期間にわたり高い商業的価値を有する著作物の為だけに延長され続ける限り、その機会は巡って来なくなってしまう。
・著作権保護期間の延長は、一部の権利者保護に利する一方で、多くの優れた文化的資産を一目に触れない状態に放置することになるという現実を是非考えていただきたい。
・著作権保護期間の延長に反対である。現行の「死後 50 年」より延長したところで、コンテンツ制作へのインセンティブを生じさせることなど全く期待できない。
・単に既存の著作権制度を延長させるだけでは、既得権者の保護強化にはなれども、知財の価値を最大限に発揮されるために必要な環境の整備に至らない。
・これ以上保護期間を延長することは、創作・文化活動の面でむしろ弊害が大きい。保護期間が 50年では 短いので創作したくない、などという状況は考えにくく、これ以上保護期間を長くしても創作活動の動機付けを強化することにはならない。また、将来の創作活動にとって重要な障害になるほか、保護期間が長すぎると期間中に著作権者が不明になったり、著作物そのものが失われたりする場合がある。
・コンピューターとネットワークの普及により、著作物の利用に関して、新しい可能性が開けている。保護をある時点で打ち切ることで、文化的な所産の利用を促進しようとする著作権制度の考え方は、電子的な複製技術の普及によって、これまで以上に大きな効果を発揮し始めている。保護期間を現状のまま維持すれば、創作活動をこれまで通り支援しながら、作品の利用をよりいっそう促進することが可能であることから、保護期間の延長は行わず現状を維持することを求める。
▲著作権は、現行制度のもとで既に充分なほど保護されている。著作権保護期間を今以上に延長することは、新たな文化を生み出す原動力になり得ないばかりか、上記のような弊害を発生させることとなる。明らかに著作権制度の趣旨に反する状態である。さらに言えば、国際条約はそこまでの保護を求めてはいない(一部の国の身勝手な主張でしかない)。
▲知的財産戦略として考えるのなら、輸入超過である日本のコンテンツ市場の状況を直視すべきである。すなわち、欧米の保護期間よりも日本の保護期間が短いことはメリットなのである。むしろ著作権切れした作品の流通促進、あるいは翻訳や翻案の推進など、このメリットを活かせる戦術へと転換すべきなのである。
▲未来の創作は、過去の作品を取り込むことで生まれてくる。パブリックドメインという、今までの豊穣な成果を「著作権保護」の“美名”のもとに痩せさせてはならない。現行のまま(できれば保護期間短縮が望ましいが)次の世代へ継承・利用していくことが望ましいのである。著作権保護期間の延長は、既に 死後50年 経った著作者の遺族や権利を管理する法人に利益を生じさせるだけであり、必ずしも次世代の創作へ繋がるものではない。それよりも著作権切れした作品そのものが自由に使えるようになることこそ、次世代の創作を奨励していく有効な戦略となり得るのである。

○映画の著作物について
・中古ゲーム訴訟では、映画の著作物に付与された「頒布権」がゲームにも認められるかが争点となっていたが、「映画の著作物」と考えられる著作物の範囲は広くなっており、現行著作権法の成立当時に想定されたものとは異なる運用を強いられている。そこで、この「頒布権」を劇場用映画の上映用フィルム(あるいはデータ)に限定することを法に明記すべき。
・「映画著作物」の定義を拡大解釈するのではなく言語・美術・音楽など他の著作物と同等の「動画著作物」の定義を新設すべき。
▲中古流通規制の是非については後述する。
▲頒布権をめぐる問題については、劇場上映を前提とした映画著作物の想定範囲と現実の態様(映画著作物と解釈される著作物の範囲)が食い違っていることから生じているものが殆どである。劇場上映専用のフィルム(もしくは専用データ)以外の著作物においては、頒布権のような強い権利を付与しなくとも権利者の保護を充分に図ることができる。現行では頒布権を認めているために中古ゲーム訴訟のような事例が発生するのであり、ここに法的手当てをしなければ同種の訴訟を繰り返すこととなりかねない(中古ゲーム訴訟を引き起こした側の業界団体は今でも中古流通規制を叫び続けている)。
▲具体的には、上記のような「動画著作物」を新設し、頒布権の代わりに「譲渡権」「貸与権」等を付与することが求められよう。また、劇場上映を前提に制作された映画著作物であっても、ビデオや DVD などのように劇場上映とは異なる態様で頒布されたものについては「動画著作物」の扱いを受けることとする必要がある。

○私的複製
・正当な対価を支払って入手したコンテンツの私的複製については、ユーザーに私的複製の“権利”を明確に規定するか、当該コンテンツには「私的複製の範囲内なら無償・自由」との許諾があったとみなすべきである。
・私的使用目的の複製については、エンドユーザーの公正使用の権利として著作権法に明記する必要がある。
▲私的録音・録画問題は、本来 国民にとって最も身近な著作権問題である。にもかかわらず、私的録音録画補償金制度の認知率は絶望的なほど低い。国民が現に補償金を負担しているにもかかわらずだ。私的録音録画補償金制度創設の際には「エンドユーザーの公正使用の権利」など考慮された形跡はなく、私的録音・録画がそのまま権利者の不利益になるとの前提で議論が進められた。しかも制度設計はメーカーと権利者団体との間で妥協の末 決着したものに過ぎない。そこにエンドユーザーという観点は無視されていたに等しい。
▲コンテンツのデジタル化によってエンドユーザーの著作物使用が限定されていく傾向が近年 見られる。そのような仕様をエンドユーザーが(当然のごとく)拒否するために市場が成立しない例も頻発している。ここで、エンドユーザーが保証されてしかるべき使用の権利を確立しなければ、エンドユーザーの著作物使用が限定され続けコンテンツ市場の縮小をさらに進めることとなりかねない(もちろん現行法のあり方のままで、エンドユーザーの権利を意識しつつバランスをとる方法もある)。

・著作権法においても、従来の伝統的な複製禁止を原則的な構成とする考え方から、ネットワーク時代に対応した利用許諾を前提としたシステムのあり方も視野に入れた検討を、是非ともお願いしたい。
▲複製権を前提とする著作権制度は時代遅れであると思う。これは各家庭に複製技術が無かった時代ならば成立した前提でしかなく、複製権を私的領域に及ぼすことで引き起こされる混乱は私的録音録画補償金の議論を見れば明らかである。対価を支払って入手したコンテンツを私的領域内で使用する限りにおいて、何重にも追加の対価を要求することの妥当性に疑問がある(中古ゲームソフト訴訟における司法判断のように、いったん購入した時点で充分な利益が権利者にもたらされていると考えた方が社会常識に合致しているのではないか。中古品では頒布権・譲渡権が問題となるが、複製権についても私的領域内に複製物が留まる限り“消尽”しているものとみなすべきと考える。実際には権利制限で規定することになるだろうが)。
▲私的領域内における著作物使用から私的複製を排除して考えることは不可能である。テレビ番組のタイムシフト視聴(つまり録画)、購入CDを iPod ・MD等に録音して外出時に聴くなど、例を挙げればキリが無い。私的録音録画補償金制度の考え方は もとからある複製権を制限する「補償」として権利者への「補償金」分配を行なうものだが、そもそも「補償」されるべき「不利益」なるものが存在しているのか、複製権は私的領域に及ぶものとすべきなのか、複製権で保護されるべき権利者の権利とはいかなる範囲のものを指すのか、いまこの時点で検討すべき論点は多い。デジタル時代の著作権制度を構築していく上でも、こうした論点を検討せずして「国際条約ではこうだ」とか「著作権法ではこうだ」的な思考停止に陥ることは許されない(著作権制度に対する国民の信頼を失墜させるだけである)。

○間接侵害
・著作権法に間接侵害規定を設けることには反対である。利用者による著作権侵害が可能であるというだけで、利用ソフトウェアの開発者・サービス事業者のような中立的立場の者たちに責任を負わせるのは過重である。
▲通信技術やパーソナルコンピュータのような汎用性の高い技術・機器は、著作権侵害の可能性を使用法の中に孕んでいる。常に、である。こうした汎用機器が技術の発展を導いてきたのは明らかであり、ほんの僅かな使用法によって開発者の責を問うことは、技術発展を旨とする知的財産戦略に反する考えである。
▲著作権侵害となるような使用法を頭ごなしに禁止していく方向ではなく、むしろ きちんと許諾を取って使用するような方向を採るべきであろう。そのためには、著作権等管理事業者が柔軟な対応をとれるよう規定整備することが必要だが。
▲別の言い方をすれば、コンテンツを使わせないことではなく、正規の対価を支払わせてコンテンツを利用させ、流通拡大を狙っていくのが今後の知的財産戦略に必要な視点であろう(禁止権を制限し、報酬請求権によって権利者の保護をしていく方向性)。

〈著作権処理について〉
・複数の著作権管理団体の管理権利情報を一括して検索できるシステムを構築すべきである。さらには、一括検索から一つの窓口を通して許諾を申し込み、管理団体との交渉に入れるようなシステムも検討すべきである。
▲経団連主導で権利情報を集約するサイトを設ける計画が発表されているところであるが、著作権等管理事業者が管理権利情報をこのサイトに提供するよう促すことも国には求められている。

▲今のところ経団連の計画の詳細が明らかでないのだが、最終的にはそこを通して許諾契約も可能となるよう見守る必要もある。管理事業者の迅速かつ柔軟な対応が求められることも含め、ただ経団連に任せておくだけでなく、知的財産戦略本部としてバックアップできることが無いかよく考えねばならないだろう。
▲課題としては、(1)流通コンテンツにかかる権利者の情報を収集(2)管理事業者が管理する権利情報とのリンキング(3)情報提供できるサイトのインターフェース構築(4)管理事業者の許諾体制・規定の整備──などがある。それぞれのフェーズで国がバックアップすべきことがあるように思う。
▲他項目と重複するが、当該契約で当事者となるのは必ずしも企業とは限らない。エンドユーザーがインターネットでの発信を行なうことにあたり、利用許諾契約が必要となることも充分考えられる(現に、そうした態様が出現し始めている。例:ネットラジオ・ポッドキャスティング・動画配信等)。
▲経団連の動きとは別に、各分野での著作権等管理事業者の管理権利情報を集約する試みを進めておくべきである。例えば、文献複写の分野では複数の管理団体が存在しており、使用許諾手続の煩雑さが指摘されるところである(しかもそれで全文献をカバーできていないことも、文化審議会著作権分科会での議論において明らかになった)。こういう分野でこそ、権利管理情報を一箇所に集約し、そこでの検索結果から各管理団体と許諾契約交渉に入るようなシステムの構築が急務ではないのか。

・書籍・雑誌の貸与に関する権利集中処理機関は未だにできていない。出版者や著作権者団体等に対して、期限を明示して上記権利集中処理機関による包括的な利用許諾サービスが開始されない場合には、貸与については、著作権(禁止権)ではなく、報酬請求権に留めるような法改正を国会に勧告していただきたい。
・書籍・雑誌の貸与権を管理すべき事業者が全く機能していない。
▲平成16年の 著作権法改定(施行は 平成17年) において付与された書籍・雑誌貸与権について、 平成18年 (施行から1年以上経過)の今も当該貸与権の集中管理機構が稼働していない。使用料規程も未だ定められず、市場に混乱をきたす危険が今もなお続いている。もともと書籍・雑誌貸与権の付与については集中管理機構の稼働を前提として為されたものであり、この前提が全うされない以上 当該法改定は撤回されるべきものと考える。
▲一度付与された貸与権を再び制限することは、法の安定性から難しいとの見解も予想されるところではある。しかし、むしろ貸与権行使の実例が無い今の段階だからこそ再制限が可能であるとも言える(また、集中管理機構以外の権利行使があったとしても、それは想定せざる副作用であり、むしろ再制限の理由となり得る)。もともと書籍・雑誌の貸与権は禁止権である必要があるのか(貸与権付与の理由とされたのは経済的利益の還元でしかない)という疑問もあり、早い段階での再検討が必要な部分かと思われる。

・著作権者不明の場合の裁定手続に相当の時間がかかるのは運用の問題。この運用を改善して、「権利が誰に帰属しているかはわからないが優れた作品」が適切に理活用されるようにして頂きたい。
▲利用者の側に使用料を払う意思があることと その金額が供託されることを考えれば、裁定手続に要する期間を短縮しても問題が少ないように思われる。裁定制度が設けられていても その手続の不備で使われないのであれば、コンテンツ流通の助けとならない。権利者の利益を不当に損ねない範囲で手続を簡便化することが望まれる。
▲別角度の考え方であるが、著作権等管理事業者による集中管理は権利者の許諾権を実質制限する性質がある。管理事業者に応諾義務があるためだが、これが現行法下で許容されているのだから、裁定制度の簡便化によって許諾権が実質制限されたとしても問題は少ないのではないか。むしろ許諾権を行使したいのであればそれなりの備えをしておく必要が権利者にはあると思われる。
▲経団連主導でコンテンツ権利情報の集約と提供が計画されているところだが、著作権者不明の時の裁定が簡便化されれば当該権利情報提供システムへの登録を促すことにもなると思われる。

〈技術規格の標準化〉
・規格の標準化について、国が「一本化」を図るべきではなく、複数の規格を併存させながら それらの間に適正な競争を生じさせることを考えねばならない。デジタルコンテンツを流通させる際に使われる DRM は、特定のOSや機器に依存するような使用を採らせないよう国が監視すべき。
・デジタルコンテンツを流通させる際には、著作権等を保護するため DRM と呼ばれる技術が使用されるが、現状として、この規格が乱立している上に互換性がないため、ユーザーの囲い込みにつながっている。
▲まず大前提として、国がいま行なっている情報公開の様子を見るに、「規格の標準化」(特に「一本化」)が適切な形で行なわれるとは全く考えられない。なぜならば、国が主導で行なっている情報公開の多くは、一社の技術に依存する特殊な形式でのみ行なわれているからである。例えばアドビ社の専用ソフトで閲覧する PDF ファイル。これは視覚障碍者が利用しづらいことが指摘され、 HTML ファイルでも並行して公開されることが望ましい。マイクロソフト社の WORD ファイルや EXCEL ファイルでの公開も同様である(世の中の全員が Word や Excel を所有しているとは限らない)。また、映像配信では Windows + Internet Explorer の組合わせでしか見れないような所が多い。インターネットユーザーは一様ではなく、OSでは MacOS や Linux、 ウェブブラウザでは Firefox ・ Safari ・ Opera 等、先の配信仕様が要求するソフトウェアを使用している者だけとは限らないのである。まずは国の姿勢として、これらの利用者のすべてを相手にするのだという意識を強く持つことである。
▲その上で「規格の標準化」である。上記のように、多種多様な環境に向けて配信することを忘れず、特定のOSと特定のソフトウェアを前提とした規格をそのまま「標準」としてはならない。でき得るかぎり多くのOSとソフトウェアに対応することを前提に「標準化」すべきである。例えば、「標準」の候補である規格を開発している会社に全OSの対応を義務づけるか、規格をオープン化して誰でも対応ソフトウェアを開発できる形にするか、そういった配慮が必要である。
▲なお「標準」を「一本化」することには反対である。むしろ複数の「標準」を並行して立てる方が将来性を保証できるだろう。インターネット上での画像取扱いを可能にした「標準」規格の JPEG ・ GIF ・ PNG のように、それぞれの一長一短に応じて利用者が選択できるものとし、それでいて全て「標準」化されている形の方が望ましい(特に GIF をめぐり特許問題が持ち上がったが、他のファイル形式が標準化されていたため致命的な混乱にまでは至らなかった)。

〈「青少年保護」目的等と称する表現規制〉
・「青少年保護」と称する包括的表現規制に反対する。表現の自由に公権力が介入するようなことの無いようお願いしたい。
・コンテンツが有害か無害かということは個人の主観で著しく変化するほか、現時点においては、「有害なコンテンツ」が存在するかどうか分かっていない以上、慎重に科学的調査を行うべき。
・「コンテンツの安全性を事前かつ容易に判断できるようにするためのマーク制度の創設」について、「安全」かどうかという客観的な判断が困難。政府が介入すべきではない。
・推進計画における「コンテンツを安心して利用するためのシステムの開発・普及を行う」中の一部、「青少年の健全育成への自主的な取組を奨励・支援する」の2項目は、インターネットやコンテンツに対し検閲制度を設けることを指向して削除すべきである。
・推進計画における「健全なコンテンツマークの創設」に関しては、憲法上禁止されている検閲の禁止に抵触するとともに、ネット上の活発な発展を阻害する可能性も高く疑問。有害コンテンツからの青少年の保護も、単なる偏見と世代間格差等による一方的な意見に流されることなく、科学的根拠に基づく客観的かつ冷静な施策を強く望む。
・有害とされるメディアが与える影響について、科学的なデータがまだまだ足りない。もし、政府主導で大規模な調査がおこなわれることがあれば、その成果を一般にも広く公開すべき。
・統計資料でも明らかな通り少年の凶悪犯罪、性犯罪は戦後急減を続け、ロリコン漫画文化の隆盛と合わせる様に底を打っている。性表現の規制を行うなら現実世界の性犯罪の増加に対応しなければならないというリスクも考えなければならない。
・日本がゲーム・アニメ等コンテンツの発信側たりえているのは業界の規制に任せ、法的規制が緩やかであるが故の、使用可能な表現の広範さに起因するとも考えられる。「有害であるという指摘」の証明が為されていない以上、これ以上の規制が必要とは考えられない。性表現のある18禁メディアのアダルト漫画雑誌・アダルトアニメ・アダルトゲームを、根拠の無い考えで検閲し、法規制することは断じて許すことが出来ない。自由な表現・自由な言論・自由な思想を奪うような、改悪法案には断固反対する。
▲これらの反対の声を重く受け止めていただきたい。
▲「有害」かどうかの判断は往々にして恣意的に為されるものである。本来なら、子供が目にする情報をコントロールするのは親の役目である。その親の役目を国が代行する必然性は無いし、そのために自由な表現・言論・思想を奪うような副作用がもたらされるともなれば決して許されるものではない。この種の議論は慎重にしなければならない。

〈その他〉
・ゲームソフト等の中古品流通の在り方について、一部ゲーム業界に、最高裁による司法判断を拒絶し続けて「権利の消尽は絶対悪である」という態度があるが、業界側の主張は法廷闘争においてことごとく論破されたものと何一つ変わっておらず、当該項目を絶対に推進計画に復活させるべきでない。
▲中古品流通の規制を推進計画に復活させるべきではないのは勿論だが、むしろ中古品における譲渡権の消尽を著作権法に明記すべきであろう。すなわち映画著作物の頒布権を劇場公開時のフィルム(もしくは専用データ)に限定する、ゲーム・ビデオ・ DVD 等用の映画著作物については(消尽する)譲渡権を設定する、映画著作物の他に「動画著作物」(もちろん譲渡権が付与され最初の譲渡で消尽する)というカテゴリを設けて劇場公開以外のものはそこへ入れる──などが考えられる。
▲ゲームソフトの中古流通規制を叫ぶ ACCS (コンピュータソフトウェア著作権協会)はいまだに同じ主張を続けている(下記 同協会ウェブサイトを参照のこと)。彼らの主張は既に司法判断で退けられており、いつまでもこのような主張を続けさせることは(社会に与える影響を考えても)決して有益なものではない。この主張が間違いであることを明確にする必要があるのではないか。

http://www2.accsjp.or.jp/news/used.html

▲中古流通規制として、著作権法には直接重ならないが、電気用品安全法に定められた PSE マークにかかる流通規制についても手当てが必要である。電気用品は(楽器等ビンテージものに限らず)それ自体が日本の文化を体現するものであり、 PSE マークの有無で流通の可否を峻別することは ある年以前の文化遺産を日本から失わせることとなりかねない(その殆どが廃棄物として処理されるだろう)。特にビデオ等の再生機やテレビゲーム機・電子楽器など著作物の利用・制作に使われる電気用品(今では中古でしか入手できない)の流通が規制されることは、知的財産戦略の文化的側面から言っても無視できるものではない。販売規制から中古品を除外するか、旧電気用品取締法下で適法に製造された電気用品には自動的に PSE マークを付けられるよう法令を改めるべきである(経済産業省による暫定措置が発表されたところであるが、これは中途半端なものでしかなく、全く解決にならない。日本全国にある中古品店を不当に潰さないこと、電気用品という日本文化を失わせないこと、電気用品の下取りによって支えられている企業資産を不当に損なわないこと──をしっかりと意識し、混乱を収拾すべきであろう)。
▲ハードウェアの面でも、ソフトウェアの面でも、中古流通によって現在製造されていない仕様のものでも使い続けられていることを忘れてはならない。こうした文化をかろうじて継承できているのは中古流通があってこそなのである。

・ファイル交換ソフト 「Winny」 開発者の逮捕等は新規の技術開発を不必要に萎縮させるものと評せざるを得ない。技術開発者、或いは提供者が捜査当局の一存だけで刑事責任を問われるリスクを負うことの無いよう、著作権法に中立行為保護規定を創設すべき。
▲そもそも この種の問題でファイル交換ソフトだけが槍玉に挙がることが恣意的である。一部の使用者が違法行為をするからと それに使った道具の製作者まで罪に問うのが合理的だとしたら、インターネットの開発者や Windows の開発者(マイクロソフト社)を逮捕しなければならなくなるだろう。さすがにそこまで主張する人はいないだろうが、 「Winny」 開発者に罪を問うのはそういった奇妙さがあるのである。

・障害者基本計画第7章「情報・コミュニケーション」に対応させると共に一層の拡充を図るべく、推進計画改定に際し、「障碍者の情報アクセス機会確保・拡大」を追加すべき。
▲平成17年の 文化審議会著作権分科会において、録音図書のネット配信にかかる権利制限が審議され、権利制限の法改正が妥当と結論されたところである。しかしながら 平成18年 の通常国会には著作権法改正案が提出されていない。事は障碍者の「知る権利」の保証にかかわることであり、早急な法改正が望まれる。

(以上)

投稿:by 暇人#9 08:00 午前 [著作権行政 watch] | 固定リンク

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