2005.11.25
未来へと開かれた扉 ──『インターネット図書館 青空文庫』
著作権系ブログの界隈ではちょっと話題になってる本『インターネット図書館 青空文庫』を手に入れたので、パブコメへのツッコミをちょっと休止して読んでみた。
インターネット図書館 青空文庫 野口 英司
はる書房 2005-11
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いきなりこんな感想で恐縮だが、妙な読後感だった。
──なんだか物足りないのである。
正直な話、あの値段の割にページ数が少ないのではないかと(購入前に)気になったものだ。書店でこれを手にして、思わず「薄ッ」と声を挙げたくらいだから。
いや、青空文庫の使い方が図解されていたり、青空文庫のこれまでの歩みが簡潔にまとめられていたり、青空文庫の「工作員」さんの素顔が紹介されていたり、青空文庫所蔵作品のいくつかを冒頭の見開き分だけ掲載されていたり、今後の青空文庫の活動を間違いなく左右する著作権保護期間延長問題について論じられていたりと、“これが載っていると面白いだろうなぁ”と考えつくようなものは既に用意されている。内容が薄い訳では決してなかった。
それでいながら、読み終わったあとに物足りなさが残るのである。
理由はなんだろうか?
私にとってのこの本の価値を考えてみる。
私は普段 azur で所蔵作品を読むだけであって、青空文庫の隅々まで知り尽くしているわけではない。だから、この本が丁度いいガイドになってくれる気がする。これを片手に青空文庫サイトを散策するのも悪くない。
「工作員」さんの仕事が本で紹介されているお陰で、彼らの仕事に対して親しみが持てるようになる。今まであまり注視しているところではなかったけれど、時間があれば「工作員マニュアル」なども読んでみようかなんて思ったりもする。
見開きしか掲載されていない幾つかの作品。読みやすい紙の本で出だしを読むことで、これに興味が惹かれれば青空文庫に移動して読むことができる。読む気力も勢いもそのままで作品に向き合える。
著作権保護期間延長問題については、これからの展開が非常に気になるところである。これには、著作権に少なからず興味を持っているブロガーたる私自身も関わっていかねばならない問題だと感じている。
そこまで考えていて、ふと思いついたのが次の仮説だった。
──『インターネット図書館 青空文庫』は その本自体で内容が完結していないのではないか。だから読み終わっても「終わった」という実感が持てない(勿論これは私個人の印象でしかない)。
青空文庫の視線の向こうには いつも「未来」がある。
扱っている作品は確かに「過去」のものではある。
しかしそれを引き継ぎ次世代に渡すのは「現在」の住人たちである。
そしてその文化が託され、新しい文化が花開くのが「未来」である。
なお、著作権保護期間が延長されることで失われるのもまた「未来」だ。
よりよい「未来」を創造していくために「過去」や「現在」と向き合う。
青空文庫の試みとはそういったことなのである。
『インターネット図書館 青空文庫』で描かれているのは「未来」だ。だから本の中だけでは決して完結しない。本としての完結性を高めるのなら、「過去」だけで本を構成するという方法もあっただろう。しかし、青空文庫という現在進行形の試みを表現するためにサイトへの誘導を行わなければ意味がないし、また彼らの試みをより正確に伝えようとするのなら「未来」をも語らねばならない。本の完結性は多少なりとも犠牲となってしまったけれど、その方針には間違いはなかったと思う。
もし「過去」のことがもっと濃密に書かれていたなら、とも想像してみる。そのときは、「現在」や「未来」に対しての視線を弱めてしまうのではないだろうか。だからあのページ数は多すぎず少なすぎず、絶妙なものだったのではないか、と
何ごとも腹八分目が消化しやすいのである。
──うわっ、この例えで全部台無しだッ。
真面目な話。
もし青空文庫を(名前だけでも)御存知の方だったら、富田倫生氏による第3章「『天に積む宝』のふやし方、へらし方」だけでもお読みいただきたい。そしてこれに強く共感されたなら、この本を支援していってほしい。例えば買うのでもいい、図書館に納入を促すのでもいい、知合いに薦めるのでもいい。
この本は、「未来」へと開かれた扉であるのだから。
青空文庫を知らないという人に届くところまで浸透できれば、この本が作られた意義というものは充分達せられると思う。その後にひかえている著作権保護期間の問題は、本を手にした一人ひとりに委ねよう。きっと一緒に闘ってくれる人だって出てきてくれるに違いない。
最後に、関連するページの紹介もしておこう。
第3章の富田倫生氏の文章には原形になったものがある。青空文庫にて、今年の元旦付で発表されたものである。
また、付録 DVD に収録された富田倫生氏の講演(東京国際ブックフェア 2004 で行われたもので1時間弱のフル収録)は、その採録がボイジャー社のサイトで読める。映像も一部アップされている。
http://www.aozora.gr.jp/soramoyou/soramoyouindex.html#000144
「著作権保護期間の70年延長に反対する」
(青空文庫・そらもよう)
http://www.voyager.co.jp/salon/TIBF2004/Tomita_web/index.html
「新しい本をどうつくり、どう読むか」
(ボイジャー)
本を買うのも立ち読みするのも面倒という方(たしかにこれって面倒ですよね)は、上の記事を読むだけでも是非お願いしたい。前者は、今後本格化するであろう保護期間延長の問題について解りやすく説明されている。後者は、そうした保護期間延長によって潰されかねない青空文庫の活動が紹介されている。
まずは知ることから。何をすべきかは、その後で考えよう。
──以下に、なにか行動する気になった時のための参考サイトも紹介しておく(最後のは mixi のコミュニティなので、会員の人のみ閲覧可能)。徐々にではありますが延長反対の動きは始まっています。
http://noextend.ring.hatena.ne.jp/
「はてなリング - Stop! Copyright-Extend」
http://d.hatena.ne.jp/nazokou/
「著作権延長反対Ring」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=436143
「著作権延長反対」
(ソーシャル・ネットワーキングサイト [mixi(ミクシィ)])
投稿:by 暇人#9 02:11 午前 [感想, 本] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
2005.04.16
『問題な日本語』 北原保雄・編
(★★★)
『明鏡国語辞典』の執筆陣による日本語本である。「まえがき」によれば、『明鏡国語辞典』発売を記念して、全国の高校の国語科教師から「気になる日本語」を集め解説する試みをしたことが この本のもとになっているらしい。
| 問題な日本語―どこがおかしい?何がおかしい? | |
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この本に限らず、日本語本は近年わんさかと発売されている。
この流行は、日本語への興味を喚起させるという意味で言えば 喜ばしいことではある。英語偏重の考え方が幅を利かし、日本語とも英語ともつかぬカタカナ語ばかりが巷に溢れる(「IT革命」って何じゃらホイ)‥‥こうした現象は「活字離れ」が原因だとは言いたくはないが、日本語に対する自覚に欠けるためということは言えるのではないか。この流行が、そうした現象へ歯止めをかける切っかけになるかも知れない(解決策にはならないだろうが)。
ただし この「日本語ブーム」は、何かにつけ一部の言葉遣いを「乱れ」「揺れ」などとして“断罪”する輩に発言の機会を与えるものでもある。これなどは副作用と言ってよいだろう。己の垂れ流す“壊れた文章”を棚に上げて、多くのテレビ・新聞において こうした“断罪”が多く見られるのは笑い話にしかならない(何せ彼らは、不用意な略語、カタカナ語濫用、単純な誤用等々、人のことなど全く言えない状態である)。
こうした「乱れ」「揺れ」を指摘する声の多くが、常用漢字表や現代仮名遣いなどの内閣告示(いわゆる「国語」表記の基準)や、学校で習うような「国語」文法を基準にしている。いや それならまだマシかも知れない。自分使っている言葉が即“正しい”と考えていると思しき人だっている。そして日本語という自然言語の多様性を全く考慮していない様子が見え隠れする。さも“正しい”日本語がどこかにあるかのような錯覚を抱きつつ、現実に使われている言葉をただ非難する方向にしか考えが進まない。実に嘆かわしい限りだ。
確かに、論理的に説明のつく誤用というものもある。また、そのままでは意味を取り違える蓋然性があり、言い換えた方が望ましい言葉もある。これらは避けるべきだし、「間違い」として指摘する必要がむしろあるものだろう。要は、「間違い」と決めつける前に そう判断するのに何をもってするのか意識すべきということである。
で、この本だ。すこぶる売れているらしい。
普段の私は「ベストセラー」なるものには見向きもしないのだが(日本語本は割と気になる方だが、「ベストセラー」だからと言って買うものは極めて少ない)、この本に関しては、日本語の誤用を指摘する他の類似本とは異なる部分に目が惹かれた。
「まえがき」に示された、著者のこの姿勢だ。
日本語ブームといわれ、日本語に関する本が数多く出版されているが、本書は、単に「使ってはいけない」「この用法は間違っている」と指摘するだけの本ではない。どうしてそういう表現が生まれてくるのか、誤用であったとしても、その誤用が生まれてくるいわば「誤用の論理」は何なのかを究明している。
ここを読んで気に入り、買うことにした。
もっとも価格が安いというのも理由の一つだったけれど。
ちと意地の悪いことを書くと、実はこの本、こうした姿勢以外に売りは見あたらない。採り上げた言葉の多くは既発の類似本と重なるネタである。また、他では見られないネタについても、採り上げる必然性の無いものも散見される(新味を出そうとしてるのは解るんだけどね‥‥)。
しかし これらの言葉を採り上げたページでも、上記の姿勢を貫き論じることで新たなる価値を生み出している。一連の論を通して、ただ「気になる日本語」を「誤用」と断罪することを戒め、冷静になって考えることで「誤用とは言えない」もの・本当の「誤用」・「まだ一般化していない」ものなどを見極めていくべきだと身をもって示しているかのようである。
そして、そうした論考の一つ一つを集めると『明鏡国語辞典』になるのだ、と(笑)。
こうした宣伝効果が どこまで意識されているのかは判らない。帯や最終ページに広告が載っているから、全く意識していない訳ではないだろう。結果的には、この本は『明鏡国語辞典』への導入編としての位置付けにピタリとはまっている感じだ(ただ導入編としての価値だけではなく、単独の本としても楽しめるところが この本の質を決めている。そうでなければ売れはすまい)。
日本語への ある姿勢をしっかりと見せる。新しい言葉をただ拒絶せず、それまでの言葉との兼ね合いを論じているから、ここで採り上げられていない言葉についての興味をも喚起する。そこで示した姿勢の成果とも言える『明鏡国語辞典』へも自然と目が行くという具合だ。こいつは辞典と言っても『広辞苑』ほど高いやつじゃないから、CD1枚を我慢すれば買える。あからさまではあるけど 悪い印象は持たない戦略に乗せられてみるのも面白いかも知れないな。そのうち本屋へ行くことにしよう。
結論。この『問題な日本語』は日本語の「誤用」を考えるものの中では好感を持てる珍しい一冊。
投稿:by 暇人#9 02:49 午前 [感想, 本] | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック
2005.02.17
玉置浩二ニューアルバム収録曲を並べ替えてみた ──他にやることあるんじゃないのか、俺ぁ
玉置浩二のニューアルバム『今日というこの日を生きていこう』を聴いていて首を傾げている安玉ファンの方。あなたがたは正しいと思いますよ(いや、あのアルバムが「良い」と感じる人が間違ってるとは決して思いませんが)。少なくとも、私はそういう違和感の表明に同感なのです。
まず、玉置浩二に対する強い期待に共感いたします。そして玉置浩二自身の傑作アルバムや、他のアーティストの傑作アルバムと比較して遜色のない作品を求める真摯さに対しても共感いたします。だから。もっと発言していきましょうよ。 BBS などで意見を否定されたからと言ってメゲちゃいけません。
むしろ、あのアルバムをどうすれば楽しめるようになるのか、あれの存在そのものを分析してみましょうよ。さまざまな角度から光を当てれば、第三者(まぁ多くは玉置浩二ファンでしょうが)が読んでも面白いアルバム評が出てくる筈ですから。サウンドプロデュース・作詞・ゲストミュージシャン等々 話のネタには事欠かないですよ、今回のアルバムは。さらに言えば『安全地帯X』松井五郎降板の謎など、今考えると面白いネタもあったりしてねぇ。
うちのエントリーのコメント欄を使ってもらっても構いませんし、一番理想的なのは自分のブログを用意することです(無料のブログサービスはざらに有ります)。玉置浩二アルバム感想ブログでもOK。どんどん思いを出していきましょうよ。
さて、毎回恒例の並べ替えを。今回は「中だるみ」と評した私ではあるが、結局すべての曲に愛着を持てそうな予感。いろいろ曲順をいじっている間に、やはり今回の「中だるみ」は“盛りつけ”が原因であると確信するに至った。
1.明かりの灯るところへ
2.僕のすべてを
3.風の指環
4.ひかり
5.グライダー
6.=(イコール)
7.7:30am
8.愛されたいだけさ
9.夜行船
10. 春の陽ざしのように
11. 蕗の傘
12. Unison
13. 祝福
まぁこれがベストの曲順とは限らないけど、少なくとも私はこの順番なら及第点をやれる。すべての曲を使いつつ、楽しめるようになった(最初は2曲ほどカットすべきとも考えていたが、なんとかなるようだ)。ただ曲傾向が似たものが複数存在するのは確かで、かつ“飛び道具”の少なさからあまり面白い曲順を作ることは叶わなかった。
首を傾げた方々、これでちょっと試してみそ。これでダメだったら玉置浩二限界説でも何でもどうぞ。
ところで上の曲順を見ると、頭から5曲、尻から2曲は本アルバムと同じだ。この並びはパーフェクトだと思う。これを崩すのが勿体ないくらい。現に、リアルタイムで頭5曲を初聴してたとき私は興奮してた。「これは『ニセモノ』以降の玉置浩二にとってマイルストーン(道標)になる!」とか「こいつは『安全地帯X』の雪辱戦だ!」とか色々煽り文句を考えてたほどでね。しかし6・7曲目でコケたんだけど。
この並べ替えを確定させた後で、ちと「愛されたいだけさ」だけを中盤に移動するのもやってみたんだけど、中盤以降の曲の並びはやはりそのままではキツかった。似た曲が隣同士になる傾向が強いのだなぁ。だからぐちゃぐちゃに並べ替えて刺激を出さなきゃ聴けなかった。
再度言うけど、玉置浩二は外部プロデューサーを雇うべきだ。
投稿:by 暇人#9 09:59 午後 [安全地帯・玉置浩二, 感想] | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック
『The Capitol Albums Vol. 1』 購入
| The Capitol Albums, Vol. 1 | |
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ついに購入した。発売から結構たってるのだがねぇ。
年が明けてから、アマゾンで、輸入盤を──だ。購入に際し このような選択をしたことについては、私個人としての感慨がある。
「輸入権」を“創設”した改悪著作権法が施行されてから(ただし今のところ、この 『The Capitol Albums』 のような海外原盤の「音楽レコード」が差し止められてはいない。日本レコード協会による対象リスト参照のこと)、日本盤の値段が高い上に 「CCCD」 で、しかも追加要素と言えばヌルい解説しかない──とくれば、私が日本盤に手を出すわけが無い(東芝 EMI はこんなに気合いの入ったウェブページを用意して販促を試みているというのに。この努力自体は讃えられるべきだと思うが、 「CCCD」 が全てをぶち壊している)。輸入盤以外の選択肢などあるものか。
ちなみに、日本語解説の代わりに『レコードコレクターズ』(通称“レココレ”) 2005年1月号 を手元に置いて聴いている次第。
『レコード・コレクターズ』
2005年1月号
THE BEATLES
ビートルズ米国進出とブリティッシュインヴェイジョン
MC5
KING CRIMSON
THE ZONBIES
SKYE/GRYPHON
DECCA
当該号の“レココレ”は本ボックスセットのお供に最適です(と、お薦めしておく)。
さて、今回のCDボックスセットは、ビートルズの初期作品を収録した米編集盤音源そのままのCD化(ビートルズ関連CDではCD化の際に音源が差し替えられる場合が少なくない)なので別ミックス蒐集家には資料価値が高い。何せステレオ版・モノラル版両方の収録だし。米国視点でのビートルズ史を追体験したい人にも最適。米国人から見たビートルズの姿に思いを馳せることができる(あと『エド=サリヴァン=ショー』出演時の映像なんか持ってると理想的?)。
まぁ既発の英オリジナル盤CDを持ってる人や これから集めようって人で、オリジナル盤にこだわってたり そいつで充分って人には手を出す必要が無いという、米編集盤ってのはビミョーな位置づけの商品である。
『The Capitol Albums Vol. 1』
別ミックス収録状況
既発かどうかの基準は、
オリジナルアルバム公式CDとする。
(初CD化音源には★印を付している。)
S :ステレオ
M :モノラル
(初) :初CD化
擬 似 :擬似ステレオ
モノラル音源を処理して製作された音源
偽モノ :モノラル変換音源
ステレオ版から単純にモノラル化された音源
キャピトル:キャピトルによる“変造ミックス”
英国で作られたものをさらに加工した音源
オリジナル:本来オリジナルアルバムにも収録されていたが
公式CDでは差し替えられている音源
別ミックス:英国でミックスされた音源だが、
公式CDと異なる音源
『Meet The Beatles!』
I Want To Hold Your Hand ★
S−擬似(初) M−
I Saw Her Standing There ★
S−(初) M−
This Boy ★
S−擬似(初) M−
It Won't Be Long ★
S−(初) M−
All I've Got To Do ★
S−(初) M−
All My Loving ★
S−オリジナル(初) M−
Don'r Bother Me ★
S−(初) M−
Little Child ★★
S−(初) M−偽モノ(初)
Till There Was You ★
S−(初) M−
Hold Me Tight ★★
S−(初) M−偽モノ(初)
I Wanna Be Your Man ★★
S−(初) M−偽モノ(初)
Not A Second Time ★★
S−(初) M−偽モノ(初)
『The Beatles' Second Album』
Roll Over Beethoven ★
S−キャピトル(初) M−
Thank You Girl ★★
S−(初) M−偽モノ(初)
You Really Got A Hold On Me ★
S−キャピトル(初) M−
Devil In Her Heart ★
S−キャピトル(初) M−
Money ★★
S−(初) M−偽モノ(初)
You Can't Do That ★
S−擬似(初) M−
Long Tall Sally ★
S−別ミックス(初) M−
I Call Your Name ★★
S−別ミックス(初) M−別ミックス(初)
Please Mister Postman ★
S−キャピトル(初) M−
I'll Get You ★
S−擬似(初) M−
She Loves You ★
S−擬似(初) M−
『Something New』
I'll Cry Instead ★
S−(初) M−別ミックス(初)
Things We Said Today ★
S−(初) M−
Any Time At All ★★
S−(初) M−別ミックス(初)
When I Get Home ★★
S−(初) M−別ミックス(初)
Slow Down
S− M−
Matchbox
S− M−
Tell Me Why ★
S−(初) M−
And I Love Her ★★
S−オリジナル(初) M−別ミックス(初)
I'm Happy Just To Dance With You ★
S−(初) M−
If I Fell ★
S−(初) M−
Komm, Gib Mir Deine Hand ★
S−(初) M−
『Beatles '65』
No Reply ★
S−(初) M−
I'm A Loser ★
S−(初) M−
Baby's In Black ★
S−(初) M−
Rock And Roll Music ★
S−(初) M−
I'll Follow The Sun ★
S−(初) M−
Mr. Moonlight ★
S−(初) M−
Honey Don't ★
S−(初) M−
I'll Be Back ★
S−(初) M−
She's A Woman ★★
S−擬似(初) M−別ミックス(初)
I Feel Fine ★★
S−擬似(初) M−別ミックス(初)
Everybody's Trying To Be My Baby ★
S−(初) M−
※ 参考資料:『レコードコレクターズ』 2005年1月号
『ザ=ビートルズ コンプリートワークス1』
詳細はこれらの本をご購読ください。
このボックスセット、私自身にとってはどんな「商品」だったか。
いや聴きましたよ、大層よろこんで。私はミックス違いが好きな人間だから。この米編集盤のCD化自体が「待ってました!」って。
実際の音を聴いてみて感じたのは、こんなことだ。
——ああ、いかにもレコードみたいな音だなぁ。
これには少し説明が要るか(笑)。
ビートルズ初期作品LPのステレオ音源には(後の作品のステレオ音源と比較しても)顕著な特徴があって、録音時の制約(トラック数など)から、片チャンネルに演奏が入り、もう片チャンネルに歌が入るという、いま一般に発売されている新譜CDでは考えられない“左右生き別れミックス”で収録されているのだ(古いたとえだと、音声多重カラオケテープみたいな感じ‥‥て、解るかしらねぇ?)。それゆえに、かつてのCD化では自然な(録音時に前提とされた)モノラル版が使われた。
オリジナルアルバムCD化の際にステレオ版が選択された場合でも(つまり初期よりも後の作品)、その過渡期にあたる 『Help!』 『Rubber Soul』 ではオリジナルLPの“生き別れ”を補正する方向でリミックスされたし、その後の 『Revolver』 以降だと録音過程が複雑化して“生き別れ”の違和感が少ない。そんな訳で、この“左右生き別れミックス”はCD時代には継承されなかったLP時代ならではの音と呼ぶべきものとなった(注:この音が良いとか悪いとか、どうと言っている訳ではない)。
ここで先の話に繋がる。今まではLPか、この音源を収録した(と称した)海賊版CDを買わなければ聴けなかったものが、いま公式CDで聴けるようになった! ──と喜んだ上での感想なのである。
もっとも、「良くなった」と多くの購入者(アマゾンでの購入者コメントや、“レココレ”の記事など)から言われているようである音質については、私個人の感覚では「へぇさよけ」てな具合である。もともと音の違いが判るような立派なオーディオ環境で聴いているのでもなく、今までのビートルズ音源(海賊版も含め)を聴くスタンスだって純粋にミックス違いに注目していたのであって、あまり音質そのものに こだわることは無かった。だから、まぁ確かに音は良くなっているのだろうけど、商品としての価値を考える際には 我ながら少々割り引いている節がある。
──私が英オリジナル盤CD音源に惚れ抜いているという理由もあるかも知れない。実は、オリジナル音源をリマスターした 『The Beatles 1』 のミキシングが苦手だったり、音質面で絶賛された 『Let It Be... Naked』 のミキシングに何の感慨も無かった(上に、内容面で酷評すらした)りもしたのだ。
私は、英オリジナル盤CD以外には、公式発売されたものは日本発売LP(英オリジナル音源についても同様)しか聴いていない。同じ音源を収録していても英盤・米盤で音質が変わると言われるビートルズ作品の世界において、私がさほど音質に気を使ってないことが判る証左かと思う。
しかしながら かつて店頭に並んでいたビートルズLPの音が、安定した音質で公式盤として堂々と聴けるようになったことへの感慨は強いのだ。なんだかチャリチャリしてるなーとか、擬似ステレオが妙な空間を作り上げてるなーとか、“左右生き別れミックス”(ヘッドフォンで聴くべからず!)だなーとか。音質にこだわらなくとも楽しめるポイントはある。
ここまで書いてきて、じゃあ このボックスセットは「買い」か?
ここのところ続いてきたビートルズ関連のマニア向け商品と同様に、一概には言えない。例えば、英オリジナル盤を聴いたことの無い人にはお奨めできない。各アルバムの完成度もどうかと思うような水準だし、ある程度オリジナルを聞き込んだ上に、かつミックス違いを聴きたくなるような人だけにお奨めできるものだ。そういった人でないと、4枚組ボックスを買って聴くのはキツいのではないか。
その一方で、今回の米編集盤CD化はマニア(もちろん私もそんな1人)たちを騒がせているのも事実である。詳しいことは後述するが、これまでのビートルズCD発売方針を覆す上に、今後の続編が期待されるからだ。仮に今ビートルズを聴き始めた人でも、その作品にハマっていって公式音源を全て集めたくなるような人(そんな属性を持ってる人)だったら、いずれは避けて通れなくなるボックスセットと言うことは出来ると思う。——初期曲のステレオ音源が公式CD化されていない現状では尚更。
結論。ミックス違いマニアやコレクター属性のあるファンには「買い」。
——余談。
「お奨めできない」と書いておいて何だけど、この米編集盤CDから入っていくビートルズファンが今後 生まれていっても、それはそれで面白いとは思う。
過去には 『The Beatles 1』 や 『The Beatles Anthology』 から入っていくファンを憂う声があったりもした(私もそんな1人)。しかし今回の米編集盤については、入り方として間違っていない。当時の米国在住ファンの聴き方がそうだったのだから(米編集盤をオリジナルと思って聴いていた筈)。そうやってビートルズ好きになった人たちが やがて自分で発言していくような段になった時、例えば英オリジナル盤と出会ったときの思いをどう表現するのか。そんな興味がある。
ファンの書く文章の醍醐味って、そうした個人体験の発露にあると思うのだ。ビートルズ活動当時に日本編集盤から入っていった人たちの証言を読むのは楽しい(余談だけど、日本編集のファーストアルバムの完成度は相当なものだと思う。まぁ発売時期等の制約があるから米盤と比較するのもフェアじゃないけど)。これから米編集盤CDから入る人なら、英盤CDに深い愛着を持ち その後LP音源へと進んでいった私とは異なる見方になることだろう。
今回、米編集盤のうち4枚がCD化された。そう言えば、英オリジナル盤がCD化されたときも、最初は4枚同時発売だった。なんとなく既視感を覚えてしまう。
第1回発売(1987.2.27)
Please Please Me
With The Beatles
A Hard Day's Night
Beatles For Sale
第2回発売(1987.4.30)
Help!
Rubber Soul
Revolver
第3回発売(1987.6.1) Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band
第4回発売(1987.8.24)
The Beatles
Yellow Submarine
第5回発売(1987.9.22)
Magical Mystery Tour
第6回発売(1987.10.19)
Abbey Road
Let It Be
※ 参考資料: 『Beatles CD LP』
『goo 音楽』
いま改めて調べてみると、結構バラバラにCD化されて行ったのだな。私がビートルズのアルバムを聴いていったのは必ずしもこの発売順ではなかったのだが、「ついに この名盤がCD化!」「ついに全オリジナルアルバムがCD化!」「ついに全曲CD化!」というニュースを聞きながら、その都度 発売CDが記憶に刷り込まれていた。そんな私にとって、あの頃の空気は忘れ得ないものとなっている。CD発売の過程は、私がビートルズに興味を持っていった流れそのものだった。
そんな思い出と重ねて考えるに、今回のような米編集盤CDの発売過程が もしかしたら新世代ファンにとっての“ペースメーカー”になっていくのではないか、そんな気がする。米編集盤の場合はボックスセットだから、これよりはまとまってCD化されていくだろうし。
どうだろう。 『The Capitol Albums Vol, 1』 はそこまで支持を得られるだろうか。次へと繋がっていくだろうか。その結果が判らないうちに、早々と廃盤にしちまうなんてことは やめてくれよな > 米 Capitol。
以下蛇足——
ビートルズアルバムのCD化によるミックス違いの動向(誰がまとめても同じものにならざるを得ないのだが、“レココレ”での森山直明氏の記事を参照した。文章表現は私独自のもの。また挙げたアルバムは、必ずしも発売順には並んでいない。そのミックスの扱いに“揺れ”を生じさせつつ、今に至ったということだ)。
【レコード(LP)時代】
各国編集盤・ステレオ/モノラル音源の混在。
(英米では基本的にステレオ・モノラル両方が発売された。
日本でも独自編集盤が何枚か作られている。
これらには現行CDと異なるミックスの音源が多く収録されている。
あと仏独蘭豪あたりで別ミックスが一部使われたりも。)
【オリジナルアルバムCD化時代】
1987年 のCD化に伴い、ビートルズ作品は世界統一音源とされる。
CD化される作品も英オリジナル盤に統一され、
アルバム未収録曲は編集盤で対応することに。
(『Magical Mystery Tour』 と 『Past Masters』 2枚。)
米編集盤でCD化されたのは 『Magical Mystery Tour』 だけ。
ただし、これの音源自体は英オリジナルミックスに差し替えられた。
他の編集盤はすべて廃盤。
(米編集盤の代表的なものとして、次のようなものがある。
『The Capitol Albums Vol. 1』 収録の4枚
『The Early Beatles』
『Beatles XI』
『Yesterday And Today』
『Rubber Soul (米盤)』
『Revolver (米盤)』
『The Beatles Again (Hey Jude)』)
英オリジナル盤においても、
『Please Please Me』 から 『Beatles For Sale』 までがモノラル、
『Help!』 以降がステレオ——と明確に分けられた。
その後、シングル盤とEP盤がCD化(ボックスセット)。
ステレオでCD化されたアルバムに収録されたシングル曲など、
いくつかのモノラル版が初CD化された。
【“逆ミックス”音源が少しずつCD化、
別テイク音源も一気に公開】
“逆ミックス”とは「公式CDとは逆に当たるミックス」のこと。
(公式CDでステレオならモノラルのこと、
公式CDでモノラルならステレオのこと。)
1993年 “赤盤”“青盤”
アルバムではモノラルで収録されていた4曲のステレオ版がCD化。
1994年 『Live At The BBC』
1995年 『The Beatles Anthology』
いわゆる別テイク集。
前者はラジオ用スタジオライヴ。
後者はスタジオアウトテイクとリミックス。
【別ミックスが極端な形で発売された例】
1999年 『Yellow Submarine Songtrack』
2003年 『Let It Be... Naked』
大幅なリミックスではあるが、一時的な“企画色”が強い。
【そして従来のLPミックスが復活】
2000年 『The Beatles 1』
基本線としては、レコードでのミックスをリマスタリングしたもの。
リミックス・差し替えを多く行なっている現行オリジナルアルバムCDとは
異なる扱いと言える。
2004年 『The Capitol Albums Vol. 1』
米編集盤のステレオ・モノラル音源をそのまま収録するという画期的内容。
件の米編集盤については、森山氏の当該記事での文章が解りやすい。
スタッフのデイヴ・デクスター・ジュニアらにより、モノラルを当時の技術で加工したデュオフォニック(擬似)ステレオが作られたり、低音を強調したり強烈なエコーをかけたりといった処理も勝手に行なわれた。
ただ、これも森山氏の当該記事で述べられているのだが、今回の米編集盤のCD化は実に意味のある企画である。LPが流通していた頃は、英盤も米盤も等しく店に並んでいた(東芝 EMI は英米日の編集盤をすべて扱っていた)し、私のようにCDからビートルズを聴き始めた世代にとっても、ビートルズ史を紐解くたびに米編集盤の存在が大きくクローズアップされていたりしたものだ。まして、別ミックスを探求していこうと思えば、この存在は無視できない(まぁ英盤のステレオ・モノラル音源が全て公式CD化されるようになれば、また別の状況になっていくのではあるが)。
蛇足その2——
私と米編集盤との接点。
これが極めて薄い。殆ど持ってないと言っても良い。今回CD化された4枚のうち、私が音源として持っていたのは1枚だけだった。しかも海賊版CD。
私がビートルズを聴くようになったのは、オリジナルアルバムのCD化中の話だ。その頃はまだLPが流通していた。当時のLP(日本盤の中でも最終形態ではないだろうか)の帯は編集盤製作国の国旗が描かれているヤツで、その裏には英米日のアルバムカタログが掲載されていた。だから今回の4枚も当時から(題名だけは)知っていたことになる。ほぼ 20年越しで 入手して聴いたということ。
ただ、CDを中心とした音楽体験だから当然のごとく、私が聴いていったのは英オリジナル盤の方だった。順次CD化されていったオリジナル 12枚に、作品補完のために発売された 『Magical Mystery Tour』 と 『Past Masters』 2枚を得て、とりあえず全曲制覇をする。で、次にどうしたかと言うと、私の場合はコレクターズCD(いわゆる海賊盤)に手を出したのだ。別ミックスに興味を持ち、しかしその頃には別ミックス収録のLPが入手しづらくなっていたが故の選択である。このあたり“お手軽志向”と言われても仕方ない。
海賊盤の中でも、最初は別ミックス集を聴いていた。英米などの別ミックスだけを集めたものだ(例えば 『The World's Best』 のような感じ)。各国編集盤それぞれの文脈とは離れたところで掻き集められた(海賊盤業者による)編集盤である。しかしやがて“オリジナル”の形態を求め、LPの音をCD化したものを買い集めるようになる(いわゆる「パイレート盤」)。それも英オリジナル盤の“逆ミックス”が中心。やはり米編集盤との縁の薄さは相変わらずだった。
英オリジナル盤の“別ミックス”を入手できず、米編集盤(海賊版CD)で我慢したことはあった。そうした流れで買ったのが 『Beatles '65』 (これは今回めでたく公式CD化!) 『The Early Beatles』 『Magical Mystery Tour』。 いずれもステレオ版。前二者は初期作品のステレオミックスを聴くのに最適で、後者はCD化の際に音源が差し替えられる前の米盤オリジナルミックスが聴ける。
私は、米編集盤がオリジナル音源のままでCD化されるってんで大騒ぎしてた割には、それまでのCD蒐集の中で米盤にあまり頓着してなかった訳である。しかし英オリジナル音源については公式CD+公式CDボックス+海賊版CDで殆どを入手している。気合を入れた場面なぞでは さらにLPで買ったものすらある(ただし本当の意味で「レア」な音源には手が出ないが‥‥)。ここまで英盤に“偏った”聴き方をしてきたからこそ、今回の米編集盤CD化に素直に喜べるし(だって未知の世界だもんね)、今後の発売にも期待を持てるのかしらと思っている。結果オーライ。
‥‥海賊盤で集めすぎなくて良かった。いや、仮に海賊盤で入手していても、公式化されたら買いなおすのがマニアとしての仁義な訳だが(笑)。
最後に、今後のビートルズ関連リリースへの期待を表明しておきたい。
米編集盤は、今回同様の仕様で続編を出して欲しい。別ミックスが収録されたアルバムは全てCD化しておくれ! もちろんステレオ・モノラルの両方ね。特に 『Magical Mystery Tour』 米オリジナル音源が欲しい。
あと、 『A Hard Day's Night』 や 『Help!』 のような(ユナイテッド=アーティスツから発売された)サントラアルバムもCD化して欲しいぞ!
もちろん英盤だってステレオ・モノラルの両方でCD化して欲しい。今の技術でリマスターして欲しい。 『Help!』 と 『Rubber Soul』 については、LPオリジナルステレオとCDリミックスステレオの両方をリマスターしてくれ! 買うよ! 絶対買う!
‥‥『Live At The Holywood Bowl』 もCD化してほしいな(ボソッ)。
PS. 主演映画の DVD も再発してほしいよなぁ。
投稿:by 暇人#9 08:53 午前 [The Beatles, また買っちゃった, 感想] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
2004.12.24
2004年末の Best **
まぁ年末ともなると、皆「今年の 10大 ニュース」とか「今年のアルバム ベスト10」 とか始めるものだ。うちも御多分に漏れず、本サイト(日記ページ)の方で毎年やってた(ただし掲載は翌年の2月頃だったりするのだが)。
で、今年だ。ちと考えてみるか‥‥と思ったのだが、恐ろしいことに今年の私はあまりCDを買っていない。と言うか、買う気が失せてしまったのだ。あの糞忌々しい出来事のせいで。
とは言え、いろいろと調べてはみた。自分のCD棚とか、ハードディスクの音楽溜めフォルダとか、一応つけている音盤購入記録とか。すると、小倉弁護士がやってたような「今年CD等が新発売された楽曲のうち、お気に入りの5曲」というやりかたなら何とかなりそうだと思えてきた。
で、行きます。今年買った楽曲、お気に入りの5曲。ただし私は ひねくれているから、額面通りに受け取らないように。
『2004年、暇人#9購入楽曲』
1.Imagine / Perfect Circle
2.Rockin' In The Free World (Fahrenheit 9/11 Mix)
/ Neil Young
3,Vertigo / U2
4.Easy Breezy / Utada
5.Thank God It's Christmas / Queen
ほらね。クイーンの曲を入れてる。これは勿論、今年発売された曲などではない。発表は 1984年、 本国ではシングルのみの発売だった。現在もアルバムCDには未収録で、編集盤 『Greatest Hits III』 海外盤にのみ収録されている(筈)。少なくとも、日本盤では聴けない曲だ。クリスマスイヴってことでランク入りを許して。
このリスト、実は(既にネタにしてるから「実は」でも何でもないのだが) iTunes Music Store から買った曲である。1・3・4が今年発売の新曲。2は『華氏 911』 のためにリミックスして発売されたヴァージョン。
「Imagine」 は名カヴァー。というか、このアレンジを知った今となってはオリジナルが聴けなくなってしまった。 『what's my scene?』 で紹介されていて即買い、その後ハマって”殿堂入り”。
「Rockin' In The Free World」 はニール=ヤングの 1989年作品。
「Easy Breezy」 は宇多田ヒカルの米国進出シングル第2弾。ニンテンドウDSのCMで使われてたのも記憶に新しいところ。
順位が前後してるけど、「Vertigo」。 iPod のCMに使われているU2の曲。実はアルバムを買わずにこの曲だけ買っている私。アルバムはそのうち‥‥CDで?
ああ、なんかノって来ちゃった。
もともと喋り好きだからね。好きなものの話となると止まらない。
「Vertigo」 を使ったCMはイメージがぴったりの上、映像+音楽の合わせ技自体に魅力があった。いやアップルってのは以前から既存曲を使いつつCMを作ったりしてたものだ。そんな訳で、『私が気に入ってるアップルCM』。
1.iMac (5 Flavor) "She's A Rainbow"
2.Apple Optical Mouse "Born To Be Wild"
3.PowerMac G4 Cube "Purple Haze"
4.iPod "Vertigo"
5.1984
私は iMac 以降に Mac を使い始めたから、好きなCMというのは どうしてもそれ以降に偏ってしまう。いや(私は後づけの知識として知ってるだけだけど) iMac より以前のCMにも良いのはある。でも敢えて自分の生理に正直にランキングしてみた。
まぁ1位は当然 iMac。 それも5色のがクルクル回るあれ。今でもストーンズの 「She's A Rainbow」 を聴くと胸ときめいて(笑)しまうのだった。まるで初恋を思い出したかのような気分。これのクイックタイム動画(当時のアップルで配信してたやつ)を今でも手元に保存してあって、時々再生しては和んでおります。
ちなみに iMac のCMは他にも沢山ある。ボンダイブルーの頃のだって、いかにウィンドウズPCと違うのか、いかに簡単にインターネット接続できるのかを強調する面白いCMが多かった。ただ、デザインが若干変わってからはマンネリ化したかな。
アップルの光学マウスCMはステッペン=ウルフの 「Born To Be Wild」 に乗せてマウスが走り回るという内容。これもスピード感があって面白かった。しかもサビに入る前にCMが終わるってのがもどかしくて良い(笑)。
パワーマック G4 Cube のCMは格好よかった。なにせ 「Purple Haze」 のリフが鳴り響くんだもの。しかも画面はあの Cube。 Mac のデザインの中でも屈指の美しさ。アップルのクレーム対策の不備によって製品寿命が短かったけれどね。
5位には、やっぱこれを入れとかなきゃバチが当たるってことで 「1984」。 マッキントッシュ発売を告知する伝説のCM。“アップル信者”には特別扱いされている。もちろん私だって例外ではない。
iTMS に戻ろう。こいつは週替わりぐらいで1、2曲ほど無料で配信している(期間限定:期間がすぎると元の値段に戻る)。「まず聴いてみて」的なプロモーションの一環だと思うのだが、結構 良い曲にめぐり逢えたりする。私の場合、今のところアルバム購入にまでは結びついてないが。でも、ここでの出逢いが何時どのように転ぶのか判らないのだ。現に、あるアーティストのアルバムを店頭で発見して衝動買いしそうになった。危ない危ない。
『iTMS 無料配信曲お気に入り ベスト10』
1.In The Shadows (Radio Edit) / The Rasmus
2.Come Around / Marc Broussard
3.Homesick / Kings Of Convenience
4.Trouble / Bonnie McKee
5.Freedom Fighters / The Music
6.German Test Drive / Spymob
7.Used To Love U (14) / John Legend
8.Al Verte Partir / Alih Jey
9.Mandara / Vas
10. High Lonesome / Jedd Hughes
11. The Closest Thing To Crazy / Katie Melua
ベスト10 とか言って 11曲 選んでるし。
私は、ここに入ってるアーティストを誰ひとり知らない。それでも、曲が気に入ったという。歌詞の方は、英語サッパリなもので全く考慮していない。サウンドとメロディ、声での判断である。
見る人が見れば、一定の傾向があったりするのかなぁ‥‥。
ちなみに、購入楽曲とこれを合わせると丁度コンピアルバムの長さになる。これで 「iTMS 2004 Best」 と名づけてCDに焼くことにする。こんな記事を書こうと思ってからの、ちょっとした余録。飽くなき自己満足追求の世界(もう少し良い曲順があるかも知れないけどね)。
私の場合、パソコンで音楽をかけるときは iTunes を使っている(もちろんCDプレーヤーを使ったりもするのだが、家にいるときは大体半々くらいなのだ)。こいつには再生回数を記録する機能があって、上位 25位 を動的に表示することができる。ふと思いついたので、 2004年12月24日現在の うちの iTunes 再生トップ25 も挙げておこう。
1.「アンクルオニオンのテーマ」
2,「甘んじて受け入れよう」
3.「凡人」
4.「一本の鉛筆」
5,「ブナ」
6.「君だけを」
7.「?」
8.「スペード」
9.「aibo」
10. 「スタートライン」
11. 「二人称」
12. 「古今東西 / ターンテーブル」
13. 「このリズムで」
14. 「なにもない海へ」
15. 「ストーリー」
16. 「常夜灯」
17. 「あの頃へ」
18. 「夢のようだね」
19. 「三角の月」
20. 「どうなってもいい」
21. 「野蛮人でいい」
22. 「To Me」
23. 「Imagine」
24. 「たいせつなひと」
25. 「Devil Inside」
上位から 22曲は ことごとく安全地帯・玉置浩二。 23位 でようやく別アーティスト (「Imagine」 はパーフェクトサークルのやつね)。 25位は Utada。
いやぁ、俺ってつくづく玉置好きだったんだなぁ。
もっともこれは今年だけのデータではなくて、今使ってるハードディスクでずっと入っている曲ほど多くかかってる計算になる。でも聞かなくなったり、場所が定まっていないもの(バックアップしたりハード間で移動したり)はその度に再生回数がリセットされているから、ここでの 25曲 は比較的コンスタントに聴いているはずである。
ちなみに「アンクルオニオン〜」がトップなのは、私家版コンピ(プレイリストとして登録)にダブって使ったりしているから。この辺りも私の性格が出ている。
『2004年 頻繁に聴いたアーティスト』
1.Frank Zappa
1.King Crimson
3.Whitesnake
3.玉置浩二(安全地帯)
5.四人囃子
(次点) Miles Davis
iTunes では玉置浩二がダントツだったけど、他の再生機器(CDプレーヤーとかレコードプレーヤーとか)を入れると、こんな感じになる筈。正確に数えている訳ではないから、概算というか、私の印象で並べているだけなのだけど。
ザッパは今年に入って聴き始めた。図書館から借りまくって聴きまくり。今まで聴いていなかったのが不思議なくらいに気に入っている。でも、今の私だから楽しめるのかなって気もする。ビートルズの前衛曲(「レヴォリューション9」とか)、クリムゾンの即興、イエスの構築美、モンティパイソンの笑い‥‥などの洗礼を受けてきたから すんなりと気に入ったのかな、と。ちょっと前だと「何じゃこりゃ」で終わってたかも。
クリムゾンは相変わらず。ザッパの方を高密度で聴いていたつもりだが、気を抜くといつのまにかクリムゾンを聴いている。ここのところCDや DVD の発売が相次いでいるけれど、それをフォローできている訳ではなく、手持ちを繰返し聴く感じ。やっぱ気に入ってるのよ、 『Red』 が。
ホワイトスネイク(デビカバのソロ含む)は まぁお気に入りだからかな。
玉置浩二は言わずもがな。デビカバと玉置浩二は声だけ聴いてさえいれば幸せ。
四人囃子は、今年ついにボックスセットまで買ってしまった(発売は 2001年)。前から『一触即発』が気に入っていたのだけど、今年になってから徐々にアルバムを買い揃えていった‥‥と言っても今のところサードアルバムまで。少しずつでも良いから、そのうち全部揃えたいところではある。
マイルス=デイヴィスはその‥‥某評論家の「聴け!」の言葉につられてその‥‥。
今年買ったCDもランキングにしてみよう。ただ、私はもともと旧譜買いである。新譜を買うのは“信用買い”できるアーティストに限られている(例えば玉置浩二とか)。従って、あまり目を惹いた新譜が無かっただけに(まぁレノンとかビートルズとかはあったけれど‥‥まだ買ってない)、旧譜だけが並ぶこととなるだろう。
『2004年に 入手したCDベスト5』
1.Cloud 9 / George Harrison
2.George Harrison / George Harrison
3.Live In Japan / George Harrison
4.Gone Troppo / George Harrison
5.Somewhere In England / George Harrison
──冗談です。
そう言えば、ジョージ=ハリスンのボックスを買ったのも今年だったんだなぁ(出たのはもうちょっと前だったと思うが)。
さて気を取り直して。
『2004年に 入手したアルバム ベスト10』
1.ゴールデンピクニックス / 四人囃子
2.One Size Fits All / Frank Zappa
3.Printed Jelly / 四人囃子
4.Absent Lovers (日本盤) / King Crimson
5.Restless Heart (輸入盤) / Whitesnake
6.Blue Murder / Blue Murder
7.Exposure / Robert Fripp
8.Welcome Back, My Friends / EL&P
9.Live From Under The Brooklyn Bridge / U2
10. Exodus / Utada
このうち新譜は U2 と Utada のみ。いずれも iTMS から。
買ったCDでのお気に入り度からすれば、四人囃子がダントツ。実は、今年の早いうちから聴きまくってたものなぁ。今でこそ少し落ち着いてるけど。
ザッパの 『One Size Fits All』 は今のところ私が持ってる唯一のザッパCD。徐々に買い集めたいとは思ってるけど、全部は無理だろうな。まずは気に入ってるアルバムや、参考にしてるサイトでの推奨盤から手を出すと思う。
『Absent Lovers』 は以前 輸入盤で購入していた。同じ内容なのに日本盤で買い直したという‥‥しかも新品。店頭で見つけられたのは幸運だった。さすが北海道、さすが帯広。
『Restless Heart』 はホワイトスネイク最後の作品(今のところ)。実質はデビカバのソロ作品。それだけにヴォーカルが心ゆくまで堪能できる。それはともかく、これの発売当時には私は日本盤で入手している。今回は輸入盤。ボーナストラックが入ってなくて、きちんとアルバムの体を為しているのだ。完成度は間違いなくこちらの方が高い。
『Blue Murder』 はジョン=サイクス率いたトリオのファーストアルバム。 iTMS で購入したが、よく考えたらアマゾンで買った方が安い。まぁ利便性を採った次第。名盤と呼ばれるだけあって、気に入った曲多数。
『Exposure』 の日本盤って今は無いんでしょ? 輸入盤で購入したロバート=フリップのファーストソロ。色々言われてはいるが、私は結構気に入っている。
『Welcome Back, My Friends』 はエマーソン・レイク&パーマーのライヴ盤。全盛期のベスト的な選曲、充実の2枚組CD。安く入手できてアマゾン様々。
あとの2つは iTMS で購入したアルバム。かたやU2のライヴ。かたや Utada の米国進出アルバム。
それにしても、私の聴く音楽の偏りがよく判るでしょ?
『2004年に 入手したレコード』
1.Red / King Crimson
2.Larks' Tongues In Aspic / King Crimson
3.Presence / Led Zeppelin
(次点)Please Please Me (stereo) / The Beatles
レコードは大体 聴いたことのあるものを買っている。気に入っているからこそ、レコードの音が知りたくなったり、大きなジャケットが欲しかったりする訳だ。まぁ中古で購入せざるを得ないのだが仕方ない。
ようやく 『Red』 のレコードを手頃な値段で買えた。嬉しい。もちろんCDでも持ってるのだが、純粋にレコードの音に興味があった。
他のアルバムも同様。特にビートルズのファーストアルバム・“プリプリ”は現行CDがモノラルのみということで、ステレオ版が聴きたければレコードを探すしかない。私が買ったのは日本盤(ユニオンジャック帯)。まぁこだわる人なら英国盤を探すのだろうけど、私はむしろガキの頃の再現を望んでいるので日本盤・ユニオンジャック帯を狙っているのである(マスター自体はオリジナルのものなのだが、どうも音に癖があるという話ではある。ちなみにデジタルリマスターされた再発アルバムもあり、これはCDとの別ミックスを楽しめるものではない。いやマニアックな話をすると、CDとレコードとの音の違いを確かめるのに最適だったりするのだが‥‥)。
私の世代はレコードにも愛着があるのだ。だからモノとしての音盤と音楽配信の使い分けを常に考えたりする訳。こういうの含めて音楽だから。
何だかんだで音楽三昧な1年だったのかな? ブログでも「レコード輸入権」の話ばかりだったし。新譜を買わない傾向が益々強くなったのは心苦しいが。
投稿:by 暇人#9 12:29 午前 [感想] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
2004.07.15
今月頭の映画鑑賞 ──『パッション』、遅ればせながら見た

──ネタにするのが今頃になって恐縮したりして。
7月になって、久しぶりに街へ出かけた。毎月1日の「映画サービスデー」だ。考えてみれば、映画を劇場で見ること自体、久しぶりの話である。
映画の話をするたびに繰り返すのだけど、この料金が高い。 1800円で1回きりだ(もっとも2回連続で見る元気は今の私に無い)。最近だったら これくらい払えば DVD が1枚買えるぞ!
映画館へ行く人が減っているのは周知の通り。そもそも今の日本人には観劇に行く人が少ないようではあるのだが‥‥確か「文化に関する世論調査」とやらでそんな話が出ていたように思う。ただ映画に限って言えば、「映画サービスデー」の時にはそれなりに人が集まっていないだろうか。いっそのこと料金を 1000円に下げてしまえば、観客動員数を今以上に増やせるだろうになぁ。
ともあれ 数々の候補の中から、今回は『パッション』を見に行くことにしたのだ。遅ればせながら、ではある。
『パッション』。原題だと 『The Passion Of The Christ』、すなわち「キリストの受難」である。その「受難」を克明に見せることで、キリスト教への共感を呼ぼうという意図らしい。
で、どうだったか。──これが本当に痛そう!
執拗に傷つけられるイエスの身体。皮膚は裂け、肉が割れる‥‥あそこまで血まみれになったイエスは今まで描かれたことが無かったのでは。
同じメル=ギブソン監督作の『ブレイブハート』でもそれなりに痛そうなシーンがあったのだが(というか あの作品でも主人公は拷問で死を迎えている)、今回は痛そうなのが売りだっただけに、それ以上の描写の連続だった。
もっとも、残酷なシーンを見せさえすれば説得力が出るかというと そうではない。そのあたり、メル=ギブソンのバランス感覚が光っていた。
実のところ、いちばん酷い部分は直接描写していない。フレームの外に出したり、それを見ている人物の表情で表現したり。想像に訴えかけ、共感させる方法を採っている。これがハリウッド流と言えば身も蓋もないが、そういった制約の中でギリギリの衝撃を狙っていることが描写から伝わってくる。
あっという間の2時間だった。
「キリストの受難」という主題は、それだけでも充分に注目を惹くものであろう。そしてそれが今までに無かったようなリアリズムをもって描かれる。画としての求心力が強く、逆に言えばそれだけで2時間引っ張られたようなものだった。
それはそれで凄いことだとは思う。しかし同時に疑問も感じてしまった。これは映画と呼んでも良いものなのだろうか?
奇しくも私は上で「画としての求心力が強く」と書いた。──これなのだ。映画というよりは、絵画・映像の部類。そう解釈した方が私には納得いくのである。
映画には、興業形態から来る制限がある。短期間での連続上映はできず、何部作かを作っても それぞれが1本の映画として独立していなければならない(これらを一挙に上映するのは、特別な企画でも無いかぎり不可能)。
また、単独作でも長時間上映に限界がある(せいぜい長くて3時間半ほど)。かと言って非論理を貫けるほど短くもできない(短編ならばイメージだけの、話のない作品も可能であろうが‥‥)。
娯楽でもあり芸術でもある映画ならではの、要求される点というものがある訳だ。
では、『パッション』はどうだったのか。──自己完結性に欠けていた。
例えば人物描写が極端に少ない。聖書を知っていることが前提になっているためか、それぞれのエピソードが唐突に登場する。私は なまじ知っていたがために、不覚にも感情移入してしまった部分があるのだが、それにしても不親切な作りであることは確かだ。
理解させるのに必要な描写を頭に1時間ほど足していたら‥‥とも思うのだが、それをやって更に面白くできるかは判らない。あの作品には、「受難」に描写を絞ったからこその良さもあるだろうから(イエスやその周辺の人物描写は、それこそ多くの映画で既に描かれており、ここでの描写にも斬新さがない限り『パッション』の衝撃を薄める結果になってしまいかねない)。こうした思い切った切り方は、映画的というより絵画的だと私は敢えて言いたい。
ひとりの「魅力的」な男が嬲り殺される様を黙って見ているしかない話。『パッション』をひとことで表すなら、こうなるだろうか。
ここで「魅力的」と括弧でくくらざるを得ないのは、イエスの人物描写すらも省略されていたからである。おそらくは制作者のイエス像は反映されているのだろう、しかし観客は観客の方で、過去に見聞きしたイエスの肖像と重ねて見てしまう。それゆえに、イエスの痛みへ共感してしまうという少し狡い仕組みである。
イエスの描写で唯一“変化球”だったのは、大工としての描写が ひとつ用意されたこと。これは彼に人間性を与える描写として面白かった。
物語の背景となる人物描写は思い切り省略されていたが、その反面「受難」に関わる人物の描写は克明に為されていた。
あくまでイエス抹殺に突き進むユダヤ人(ただしその動きを非難するユダヤ聖職者が描かれているのも重要な点と言えるだろう‥‥すなわち主流派が暴走してイエスを死に追いやるという但し書きをつけている訳だ)、そのユダヤ人の様に言葉を失うローマ総督、日常的暴力に狂ったかのように残虐なローマ人刑吏、都市の中で石を投げつけるユダヤ人が多かったのが、都市から離れるにつれ嘆き悲しむユダヤ人と入れ替わっていく様(たぶん都市周辺の主流派と都市から離れたイエス“シンパ”との描き分けなのだろう)‥‥。こういった「受難」にまつわるシーンでは伝わって来るものが多いということは、ここに関する限り、私の「人物描写が極端に少ない」という評は当たらない。
本来的な映画の表現としては、この「受難」シーンをより効果的に見せるために人物描写を重ねていく筈である。しかし前述したように、この作品はその方法を採らなかった。それでいて過剰なほどの「受難」シーンを描き込む姿勢を見るにつけ、私は映画的というより絵画的なアプローチに思えてくるのである。
何故イエスは十字架にかけられねばならなかったのか。それをどう理解すればいいのか、考え続けてきたのがキリスト教徒なのかも知れない。だからキリスト教徒にしてみれば、あの映画の「明確」なメッセージが読み取れているのかも。
しかしキリスト教を信仰する訳でない私にとっては、あそこで描かれているのは理不尽な暴力以外の何物でもない。なぜ十字架にかけられたのかという問いの答えは、不信心者の私には一生わからないものかも知れない。
ところで、この作品の制作手法で凄いところは他にもある。
まず言語。日本では あまり映画の売りとはされていないようだが、イエスが生きていた時代に近い言語を採用しているという。ユダヤ人は紀元一世紀のアラム語、ローマ人はラテン語とのことだ(パンフレットより)。こだわってるね。
そしてリアリティ。──というよりは、リアリティと伝統的イメージとの兼ね合いである。この映画では「受難」をリアルに見せることが主眼であるが、これは最新研究により推定されている史実とは必ずしも一致しない。むしろ伝統的に描かれてきた宗教画のイメージを継承する形で造形されているという。たとえばイエスが十字架にかけられる際に釘を打たれたのは手首だったというのが定説だが、ここでは従来の宗教画のように手のひらに釘を打たれている(この他にもパンフレットでは「ゴルゴダの丘」が史実では広場の刑場であったことが紹介されているし、また画づくりに宗教画を参考にした旨も述べられている)。
リアリティを追求している筈なのに、なぜ史実を元にしないのか。それについてとやかく言う気は私にはない。なぜなら「映画」として作られたのであり、(私の感覚では)絵画と呼ぶに相応しい作品だからである。ニュース映像やドキュメンタリーではない。作者の美学が表現された芸術作品なのである。すなわち、メル=ギブソンによる現代の宗教画と言えるだろう。
私はこの作品でイエスの「受難」を目の当たりにした。これでキリスト教へ傾倒していくのだろうか──って、するわけないじゃん。
あの作品で描かれているのは、まさしく宗教の理不尽である。イエスという人物には確かに惹かれる(そりゃ多くの人によって作り上げられた理想像だからね)。しかしその弟子とされる連中・キリスト教徒はどうよ? 今のキリスト教徒と言えば、無辜のイスラム教徒を虐殺し続ける猿顔の「大統領」が真っ先に思い浮かぶ訳よ(もちろん「無辜」でないイスラム教徒もいる訳だが、それはキリスト教徒も同じ。犯した罪によって裁かれるべきは罪人本人であって、その周辺住民ではない)。奴らはイエスの痛みをすっかり忘れているって証拠じゃないのか?
まぁ久しぶりに聖書を出して読む気にはなったな。最も古いマルコ伝から順番に。
最後に、関連書籍を紹介しておきたい。『パッション』のパンフにも何冊か紹介されているが、これらは全てキリスト教系の出版物であろう。それは自ずと『パッション』の制作意図(キリスト教への帰依)と重なってくる所とは思う。
しかし私のような不信心者(ちなみに実家では浄土真宗と関わりがある)にとっては、聖書に耳を傾ければそれで充分ではないかと思ってしまうのだ。イエスの言行、弟子たちの思いは全てあそこにある。
──もっとも、ここで紹介したいのは それとも立場を異とする本だ。
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「Amazon.co.jp: 本: イエス」
──安彦良和による『イエス』。聖書での記述を基礎とし、現代的視点を加味した上でイエスを描き直している。伝統的宗教観で描かれた『パッション』とは正反対で、その描写を補完し合う位置にある(安彦版『イエス』では人物描写に力を入れている点も含めて)。キリスト教に格別の思い入れの無い私には、むしろ安彦版『イエス』での描写の方が共感できるところなのだな。
特に、冷静なユダの立ち位置が見もの。
投稿:by 暇人#9 06:49 午後 [感想, 映画(ビデオ含む)] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック







