2005.04.30
小倉弁護士のブログ群、再構成
なんだか突然な気がするんだが、『小倉秀夫の「IT法の Top Front」』が4月いっぱいで終わりなんだそうだ。──ということは既に終了してる訳かい。
http://blog.goo.ne.jp/hwj-ogura/
「Au Revoir!!」
(小倉秀夫の「IT法のTop Front」)
Hotwiredの特別企画として開設されてきたこのblogですが、Hotwired Japan 側のリニューアルに伴い、今月いっぱいで終了することとなりました。
約半年間ご愛顧頂き、ありがとうございました。
何だか納得いかんなぁ‥‥。
このブログは「ますます急増するネット紛争。さまざまなインターネット事件を手がけた弁護士によるネットと法の現在と行方」とのアオリ文句の下で、「ネット上のコミュニケーションにおける匿名性」やビラ投函逮捕時件・ NHK 朝日事件・人権擁護法案など“旬のネタ”を次々と採り上げてきたのだが、いかんせんコメント欄の荒れ方が酷かった。些末な揚げ足取り、掲載文の曲解等々。もちろん反論として正当なものもあったけれど、どうも“ガキの喧嘩”という雰囲気に我慢できず、私はコメント欄全てを読む気にはならなかった。
そして最近の小倉弁護士自身の口調が(より)挑発的になってきており、“ガキ”化の様相を呈し‥‥最終記事の一つ前が「汚れたどぶ川には、清冽なる鮎は住めない」というタイトル。実に殺伐としたブログと化していたのだった。
私としては、基本線としては小倉氏が展開してきた意見には同調できるものの、その言い回し等には首を傾げしまう部分もあった。〈どうして わざわざ そんな言い方するかねぇ〉という。まぁこの辺りは言っても詮ないことだけど。
小倉氏の口調に関しては個性として受け取れるから(そういう人っているよね)、コメント欄の扱い次第では このまま続けていくという選択肢だってあり得たと思う。コメント欄を停止するなり、無意味な投稿を削除したり。もし削除された方に不服があるのなら、投稿者自身がブログを立ち上げて反論すれば良いだけの話だし(実際、小倉氏に対する反論を載せたブログもある模様。これが正攻法)。
「Hotwired Japan 側のリニューアルに伴い」との説明はあるけれど、現象面だけを見れば コメント欄を放置して→荒れて→ブログ閉じるという形。しかも予告するのではなく いきなりの発表。最悪の流れ、最悪のタイミングではないか。
──正直、納得いかんなぁ。
いや、コメント欄を管理しようと努めても それで問題が解決する訳ではないんだ。小倉氏の言う匿名性の問題とも相まって、全くの無記名な確信犯的書き込みには後手に回った対処しかできない。予防的措置をするとしたら、無記名投稿を許可しないか、コメント欄を停止するか、あるいはブログ自体を閉めるか(逆に、放置したり徹底的にやり合うのもひとつのやり方)。
ただ、コメント欄を廃止するのって、小倉氏が言うようなネガティブな事態なんだろうか? 単なる対処法のひとつでしかないと思うのだけど。コメント削除も(手間はかかるけど)しかり。
ともあれ、上の記事によれば「 知的財産権関係の話題は BENLI BLOG で、それ以外の話題は Annex of BENLI で引き続き議論させて頂く予定です」とある。小倉弁護士はいくつかブログを持っていて、前者は以前からメインで運営されていたものだ。後者は新しいもののようで、既に掲載が始まっている。
なお ここで挙がっている以外のブログには 『BENLI 分室』 と『BENLI for International』 がある。
これらの役割分担を再構成するということなのだろう。
ここまでグダグダ書いてきて結局 何が言いたかったというと、もっと腰を据えてやってほしかったなと。閉鎖は、小倉氏と HOTWIRED のどちらが言い出したんだろう?
投稿:by 暇人#9 11:44 午後 [インターネット] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
2005.04.09
チャンネル北国tv【2周年】なまらありがとねキャンペーン
4月2日のこと。
チャンネル北国tv (佐藤さん)からメールが来た。
登録ユーザー向けのお知らせメールである。
ああ、またメンテか何かかなぁなんて思ってたら「2周年」なんだそうだ。記念の特別企画のお知らせだった。
●2周年記念プレゼント!
みなさんこんばんは!
チャンネル北国tv管理人の佐藤です。
エイプリルフール企画も無事終わり、当サイトもいよいよ3年目に
突入です。
思えば、2003年4月1日、国内初となるウェブログの無料開設サービ
スをひっそりとオープンして以来、気がついてみると、満2周年を
迎えていたのですよね。
そこで、登録ユーザーの皆さんと、脱北(?)したOB・OGの方々、
そしてサイトを利用する全てのブロガーの皆さんに対し、感謝の気
持ちを込めたプレゼント企画を行います。
詳しいことは下記をご参照ください。
自分でMTを動かしていたり、他のブログサービスを利用されている
お友達にもお伝えください。ブロガーなら誰でもご応募できますよ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■賞品内容:
・「JTB旅行券」 5万円分を 2名様に
・「iPod shuffle」 512MBを 20名様に
・特製オリジナル携帯ストラップを 200名様に
■当選者数: 総計222名様
■受付期間: 2005年4月2日(土)〜22日(金)
■応募方法: 応募受付ページにトラックバックを送信
■応募資格: 登録ユーザーと、サイトを利用する全てのブロガー
■応募場所: http://ch.kitaguni.tv/u/8888/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
それでは奮ってご応募くださいね!
お待ちしています!
「iPod shuffle」!? 私は ここで目が輝いた。これは是非 応募せねば!
──てなこと思いながら、1週間も放置してましたわ。
賞品に惹かれる方は是非 応募されたし。北国住民でなくてもブロガー(トラックバック打てる人)なら参加できるということだし、ブロガーじゃなかったら この際 北国に登録して下さいって話。
私もトラックバックしますぜ、この記事で。
それはそうと、新規投稿(一連の著作権記事)をしようとして驚いた。入力ページにも この企画のことが掲載されてるのだな。
【ご連絡】
チャンネル北国tv【2周年】なまらありがとねキャンペーンを実施中!
当サイトの開設2周年を記念したプレゼント企画を行っています!詳しい内容は下記をご覧ください。(中略)
※トラックバックが解らない方は、ここを参照しながら、以下の手順で行ってください。
1)ログイン後、新規エントリー作成から「エントリーの編集」画面を開き、
2)「トラックバックpingURL」→ http://ch.kitaguni.tv/u/8888/0000196168.trackback をコピーして
3)「送信先のアドレスリスト」の枠内に貼り付けし、
4)最後に、保存ボタンを押してください。
※それでは皆さん、奮ってご応募くださいね!
入力ページの頭に、黄色の背景でくっきりと。こりゃ目立つよビビるよ。
問答無用(応募ボタンを押したわけではない)で表示されているところを見ると、全然関係ない記事を書いて(たまたま「ご連絡」を読んで)トラックバックするのもアリってことなんだろうなぁ。確かに、応募要項を見てもエントリー内容の指定は全く無い。
ただ、私は ここで ふと考える。
せっかくトラックバックを打つんだから、ちょっとは北国に関係する内容にしておきたいぞ。いやまぁ、北国の人(スタッフも登録ユーザーも含めて)がわざわざトラックバック辿って こちらへ読みに来るとも思えない(私が送った段階で 250 を超える応募があるのに、トラックバックをひとつひとつ確認するなんて どえらい手間だもんね)が、あくまでも私個人の感覚的な話。なんだかトラックバックスパム打ってるみたいで嫌じゃない、無関係の記事だと。
だから。別に求められている訳じゃないけど、ここのサービスについての感想なぞを書いてみようかと(感想じゃなくて回想‥‥かも)。
私が 「チャンネル北国tv」 でブログを始めたのが 2003年8月 のことだ。ということは、北国がサービスを開始してから4カ月ほどしてからの参加なわけだ。あの当時、すでに後発のサービスも幾つか出ていた頃で、どこか良い所はないかと検索してたら出てきたのだ、「北国」──を紹介するサイトが(笑)。あちらこちらで紹介されていたような覚えがある。
実は(と言っても、北国に参加する頃にも書いている事実なのだが)北国の前にも文章をネットに載せてはいたものの、前に使っていた Lycos Diary は消滅するし、 Blogger.com ではトラックバックやジャンル分けの機能が無かったため、私が初めてブログらしいブログをやれるようになったのが北国だった。どうやったら楽して更新できるかなんて考えながら辿り着いた“故郷”なのである。
故郷。そう、故郷。北国すなわち北海道を冠したブログサービスだったからこそ、私は飛び込んでいった。しかもすぐに馴染める雰囲気があり(対外的な「顔」である佐藤さんの人柄も反映してるのかも知れない)私のホームグラウンドになるまでに そう時間はかからなかった。
サービスの第一印象。解りやすい。
やはり日本語で提供されているサービスだし、その上、例えばトラックバックはリンクを張るだけで送信可能となることに代表される解りやすい仕様にも助けられた。
その後、使っているうちに不満が出てきて、今ではココログを並行運営している(トラックバック等はそちらから打っている)のだが、私が“二股”かけている間の北国の改良も特筆に値する。各ジャンル・各月の表示でページ割を実現したり、トラックバック ping を手動で打てるようにしたり、サイドバーでの「最近のエントリー」等の表示数を倍にしたり、「お気に入り」表示を追加したり、新着エントリーの提供数が 200個 になったり‥‥正直な話、私がココログを手放しても問題ないほど“かゆい所に手が届く”充実ぶりである(ちょっと誇張してます。 URL が呪文みたいになるのがまだ残ってるもので。尤も これの解決は難しいらしいし、私なりに並行運営の利も享受しているところだから もはや気にはしてない)。
北国スタッフの皆さん、本当にありがとう。そしてこれからもよろしく。
私が北国を使い始めてから今まで、かなりの数のチャンネルが残念ながら消えていってしまった。私が愛読していたものも幾つか消えたし、そこまで言えなくてもトラックバックを1、2度打ってたようなチャンネルもだいぶ消えてしまった。寂しい。
せっかく書かれた文章がごっそり消えてしまう。どうせ無料サービスなんだから(こんな言い方は北国さんに失礼だけれど)更新を止めても過去ログだけ残しておくなんて選択肢もあるのに‥‥と思う。
私はやめませんよ、北国。修正くらいはするかもしれないけど、少なくとも消滅させたりはしません。
だから。
チャンネル北国tv が何周年・何十周年と その数字をどんどん増やしていくことを期待している。この暖かい場所が、多くの人にとってのホームグラウンドが、ずっとずっと続いていかんことを。
そして たくさんの住人がそれぞれの思いを刻み込んでいかんことを。
『試される。』もその一つで い続けられれば良いなぁ。
北国とともに歩んでいけたらと思う。
たとえ一歩一歩は小さくても、ね。
投稿:by 暇人#9 11:24 午前 [インターネット] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
2004.11.14
「ソフトバンクBBと日本テレコムに個人情報の取り扱いについて行政指導」 (INTERNET Watch) ──ほれ見ろ、やっぱ怒られた‥‥?
ちと古いネタではあるのだが、パブリックコメントにまつわる ある行為がもとで「行政指導」を受けた会社の話をしたい。
ことの始まりは9月初旬だ。携帯電話で使用する周波数帯域の割当てに対したパブリックコメント手続を総務省が行なった際、 Yahoo! BB と ODN の全利用者に意見提出を呼びかけるスパムメールが送られたという“事件”があった。
このメールの差出人名義は「孫正義」──すなわちソフトバンク・日本テレコムの“頭”である。電子メールのサービスを提供する会社のトップが、その会社にある 顧客個人情報を目的外使用しスパムメールを送信したことになる。
この件に関し、私も批判的に採り上げた。
http://himagine9.cocolog-nifty.com/kitaguni/ 2004/09/_odn__yahoo_bb_.html
「試される。(ココログ mix):
ソフトバンク (ODN / Yahoo! BB) スパムメール
──結果オーライでは済まされない“犯罪”行為」
何の脈絡のないメールを無断で大量配信する行為は、間違いなくスパムメールに該当する。法的に犯罪にならないとは言え、インターネットを利用する者のモラルとして、孫正義社長の道義的責任は問われるべきだと私は考えるのである。
今回の話は、これの後日談ということになる。
まずは記事の方を紹介。
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/
2004/11/02/5237.html
「ソフトバンクBBと日本テレコムに
個人情報の取り扱いについて行政指導」
(INTERNET Watch)
総務省は、ソフトバンクBBと日本テレコムに対して個人情報の取り扱いに関する行政指導を行なった。(中略)
総務省総合通信基盤局によると、パブリックコメントを呼びかけるメールを受け取った一部ユーザーから、総務省へ個人情報の取り扱いに関する問い合わせがあったという。こうした事態に総務省では、両社が「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」に違反し、「個人情報の収集や利用の目的が特定されていない状況である」と判断。行政手続法による行政指導の「助言」を行なった。
「個人情報の取り扱いに関する問い合わせ」‥‥明らかに、スパムメールに対する苦情があったということだ。一度でもスパムメールを受け取ったことのある人ならば、ソフトバンクらによる あの行為に対し好意的な評価をする人は少ないのではないか(それでも東京新聞の記事によれば、最終的には3万通のメールが殺到したということではある‥‥)。
この行政指導についてソフトバンクBBは、「行政指導だったとは考えてない」とか「ほかにも個人情報の収集や利用の目的を特定していない事業者はいる」と宣ってるそうだ。‥‥おめぇらはガキか!? 迷惑以外の何物でも無いんだよ、あれは!
前の記事での私の発言を繰り返すことになるが、あれは個人情報を不適切に扱った典型例である。孫社長の道義的責任は問われるべきだ。
そういえば‥‥。
思い出してほしい。件のスパムメールによって意見が殺到したのも総務省だった。
ってことはだ、この「行政指導」、意趣返しじゃなかろうな?
投稿:by 暇人#9 01:25 午前 [インターネット] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
2004.10.05
Weblog 『造反有理』閉鎖
先日、 ashram 氏の Weblog 『造反有理』が閉鎖された。その理由については多くを語らず、ただ「都合により」とのことであった。その発表から実際の閉鎖まで数日しかないというのは「突然」と呼ぶ以外に言葉の見つからない事態だ。また更新停止ではなく「閉鎖」というところが やり切れない。
正直な話、私は途方に暮れている。
『造反有理』は、(あくまで私の見方でしかないが)著作権関連の詳細な報告と冷静な考察が魅力のサイトだった。それも、圧倒的な情報量をもって掲載されていた。特に最近は、文化審議会著作権分科会における小委員会を漏れなく傍聴され、その詳細な報告を掲載されていた(その他にも公取委の懇談会の報告も記憶に新しい)。 ashram 氏の行動力には驚く他なく、また敬意を払っていた(──私にはそれしかできなかった‥‥)。うちの記事の中でも何度も何度も引用させていただいた。
かえすがえすも残念でならない。
これから ashram 氏の理知的な意見が読めなくなることが。
彼の行動力の賜である最新報告を得られなくなることが。
そして彼が今まで提供してくれた、かけがけのない情報そのものが消えてしまったことが。
ashram 氏の記事には、今まで、決して少なくない示唆を与えていただいた。感謝の意をここで表しておきたい。
ありがとう。
投稿:by 暇人#9 05:37 午前 [「輸入権」問題, インターネット, 著作権行政 watch] | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック
2004.09.27
暇人#9の積ん読 本棚 ──面白くなりそうな新サービス「ブクログ」
『音楽配信メモ』でこんな記事を読んだ。
http://xtc.bz/cgi-bin/a-news/a-news.cgi?date=2004.09.24
「音楽配信メモ」
見出し「『音楽配信書房』作りました」。
自分でオススメの本を本棚として登録して簡単に公開できるブクログを使って、音楽配信や音楽ビジネスにまつわるさまざまな本を登録してみました。
へぇ──と思ったときには既にリンク先へ飛んでいた私。
アマゾンのデータを使って仮想本棚を作るというのが「ブクログ」の中身らしい。それぞれの本(CDや DVD も可能のようで)に評価やレビューを付けたりできる。けっこう面白そう。
本棚のページから始まって、本を選ぶとデータが表示される。本棚の持ち主による評価・レビューが表示されて、さらに他のブクログユーザーのレビューがあればそれも並んで表示される。アマゾンでのレビューも表示される。
同じ商品を棚に入れてるブクログユーザーが判るようになっていたり(必ずしもレビューが付いているとは限らないけど)、予期せぬ“横の繋がり”が出来ていく可能性を秘めている。
今後も色々と機能が追加されているようで、これからが面白そうな感じだ。
で、うちでも作ってみたり。
題して『暇人#9の積ん読 本棚』
http://pi.jugem.jp/tana/tana.php?ac=+himagine_no9
「ブクログ -WEB本棚サービス-」
ココログの方でCDリストやら本リストやら作ってても、最近は更新をサボり気味。やってて楽しいブクログと並行してやっていけば、多少は更新が進むかしらん?
投稿:by 暇人#9 05:47 午前 [インターネット] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
2004.09.17
「自分の中にある『前提』を疑え」 ──コミュニケーションに関する一考察
音楽関係の Weblog を巡回していく中で、少しずつ頻繁に訪問するサイトが増えてきている。トラックバックしたり、リンクだけにとどめたり、はたまた読むだけだったり‥‥そんなサイトのひとつが sandman 氏の 『Unforgettable Days...』 だ(先の分類では「読むだけ」のサイトに当たる)。
この Weblog は、正直 私が不愉快に思う部分もあったりもするのだが、その中にキラリと光る論考があったりもして、結局 読まされてしまう。そのうち、読んでる私の方もマゾヒスティックな気分になってくる(笑)。
さて。そこの記事に、コミュニケーションに関する論文(エッセイ)があった。これが私の普段考えている問題意識にぴったり重なるので、採り上げてみたいと思った。
http://mainasu.egoism.jp/ud/archives/
2004/09/12/0626-125.html
「Unforgettable Days:
ネットリテラシは『前提の否定』から始まる」
この中から該当する部分、その節をまるごと引用する。
【自分の中にある「前提」を疑え】
では、建設的なコミュニケーションを行うためには、どうするべきか?一言で言えば、「建設的に意見を述べ」「建設的に意見を聞く」しかありません。重要なのは、言うのと聞くので、立場の違いはあっても心構えとしては対等であることです。
根拠に納得できないと思っても「納得できる解釈は存在しないのか?」「もう少し質問をしてみよう」などと、聞き手が建設的になれるか?です。
建設的でない意見だと思っても、別の方向には建設的だったりしないのか?自分が相手の建設的な考えを読み取れていないだけではないか?です。
コミュニケーションのことを考えるのに、「情報発信側」だけが採り上げられることが多いように感じます。コミュニケーションが意見のキャッチボールであるなばら、ボールを投げる方同様、受ける方の技量も重要です。
「情報受信側」に求められるリテラシについて、もっと語られても良いのではないでしょうか?
素晴らしい。まさに正論である。
ここで述べられていることを起点としなければ、建設的なコミュニケーションを望めまい(情報送信側・受信側の双方が天才的人物であれば別だが、私のような凡才が関わる場面ではまずあり得ない)。同じ論文内の一文「自分が書いたときには『建設的に読むことが重要だ』と主張し、自分が読み手の時には『もっと建設的な書き方ができるはずだ』となる」状況に陥りやすいのが(残念ながら)現実だと言わざるを得ないだろう。心したいところだ。
それにしても上に引用した文は素晴らしい。簡潔で、しかも私が付け加えることなど何もない。パーフェクトである。
──当該論文がこの節だけだったならば。
非常に残念なのだが、当該節の「前提」とされている論に問題が多いのである。この「前提」をまず疑うべきなのではないか──そう思ってしまうほどに。
特に、そちらの“論理”のために肝心の最終節が否定され得るほど致命的なものがある。
「納得する根拠」を「情報受信側」が求めることを sandman 氏は目の敵にしているようだ(どういう訳か)。この論文では、共同通信ブログでの騒ぎ(私は詳述しない。件の論文からリンクを辿って下さい)に触れた節を契機に この語が登場する(他ブログからの引用の形で初登場)。「反発するコメント」を形容し、否定的な文脈で使用したものである。
共同ブログの件では ひとつだけ指摘しておこう。最終節の論旨を尊重するのなら、〈読み手は本当に、解釈に充分な情報を受信しようとしているのか〉ということと〈書き手は本当に、解釈に充分な情報を発信しているのか〉の両方を論じねばなるまい。しかし sandman 氏の文章は、後者が不充分である(前者も充分であるか微妙なところだが)。「反発するコメント」を腐すために、一番大事な部分を彼が無視したのではないかという疑念を抱かせるほどだ。
その不充分な部分とは、小池氏(共同通信編集長で問題の文章の筆者)の文章が誹謗・中傷に当たるのではないかという視点である。「スノッブ (snob :俗物・えせ紳士)」と「だまくらかす」とを併用する小池氏の「論理飛躍」は sandman 氏も指摘するところだ。にも関わらず sandman 氏は「ちゃんと条件を書」けば済まされる程度の問題だとしている。本当にそうだろうか?
「スノッブ」というのは褒め言葉か。普通は悪口と受け取るだろう(まぁこの語感の問題は議論の余地がある)。「スノッブの定義」を述べたところで、「スノッブ」の語が喚起する印象をも巻き込んで受け取られることを想定し使われるべき言葉だ(そうでなければ軽率の誹りを免れないだろう)。小池氏はここまでの覚悟があって使ったのか否か。
まして「だまくらかす」の語との連続攻撃だ。小池氏のこうした発言の是非は問われて然るべきだし、その発言の真意を問う声が「納得できる解釈は存在しないのか?」との思いから発せられるのも当然だ。あの(素晴らしい)最終節を尊重する立場にあるのならば、「納得できる根拠」を求めることを「望ましくない結論が出る根拠は」云々などと揶揄するべきではない。再度検討してほしいのだ、真意を問う声が妥当なものだったのか、そしてその声に対して小池氏が きちんと応じていたか否か?
その真意がきちんと示され誹謗・中傷の意図が無かったと判明した上で、なおも不適切な「反発のコメント」が続くようであるならば sandman 氏は個別のコメント例について揶揄するなり批判するなりすべきだろう。そういう流れであれば、それこそ私が口を挟む筋合いではなくなる。
なお仮に、 sandman 氏が揶揄するところの、納得するに足る根拠が有り得ない「納得」を求めるような声があるとしよう。その時は こう批判すれば終わる──〈あなた方は納得を求めてなどいない。思い通りの結論に導きたいだけだ〉。このような捻れた意味で「納得」の語を使わせるべきではない。
しかし 氏は、(揶揄を籠めたいばかりに)捻れた意味のまま「納得」の語を使い続け、その後の論の展開も捻れさせてしまっている。
納得できる根拠とは、納得できる結論を導き出すための根拠でしかありません。望ましくない結論が出る根拠は、それが論理的であろうと、事実に根ざしていようと、「納得できる」根拠ではないと言うことです。
非常に嫌らしい文章だ。
ここに引用した ふたつのセンテンスは、論理的に全く関わりを持たない。
まず1センテンス目。「納得できる根拠」を「納得できる結論を導き出すための根拠」とするのは実に辞書的で当たり前の話 (sandman 氏はこの文を否定的に書いているようではあるが‥‥実は論理的に真である)。
そして2センテンス目。ここには氏の恣意的な解釈が潜む。「望ましくない結論が出る根拠」を「『納得できる』根拠ではない」という“論理”は、1センテンス目からは導き出され得ない。「〜と言うことです」とまとめるに相応しい展開ではないと云うことだ。
なぜか。1センテンス目は想定し得る すべての「納得」について成立する。しかし2センテンス目は、(文の内容から判る通り)「望ましくない結論が出る」場合を排除した(「反発するコメント」を揶揄する括弧つきの)「納得」についてしか成立しないからだ。なお私は後者の「納得」を語義矛盾と断ずる(本来 別の言葉で表されるべき状態であろう──批判例で示した通り)。
「望ましくない結論がでる根拠」が「『納得できる』根拠」ではないとしたら、他人に説得されるという状態を氏はどのように想定しているのだろうか。「説得」は必ずしも望ましい結論へと至るとは限らない訳だが、これは無視できるほど滅多に起こらないのか?
この一点をもって上の2センテンス目は論理的に否定される。しかし件の論文は「納得できる根拠」をこの後も否定し続け、次の文へと至る。
そもそも「納得できる」と言うのは、個人の価値観に基づくものが入っています。Aさんは納得できても、Bさんは納得できない。そういうことはざらにあります。ですから、「納得できる根拠を示して欲しい」と言う人は、結局は「俺が納得できるような根拠からスタートすれば、俺が望む結論になる」と言っているのと同じです。
またしても「俺が望む結論」でなければ「納得」ではないという。ここでも説得された状態を全く無視している通り、恣意的な解釈で使われた「納得」のままだ。なんと雑な“論理展開”か。この文での「納得」が本物だったら、「説得」「翻意」「妥協」といった言葉は いつ使えば良いのだろう(これらの状態は「納得」を絶対に伴いませんか?)。
Bさんの「納得できない」理由を検討していないのも恣意的と言わざるを得ない。与えられた情報が不充分だという可能性(「納得」の根拠となる情報が人によって違うことも充分あり得る)を始めから除外し、「俺が望む結論」云々と論を組み立てている。「個人の価値観」に流されて「望む結論」へと急いでいるのは誰か?
そして困ったことに、これらの間違った「納得」にまつわる“論理”では、「納得できる解釈は存在しないのか?」「もう少し質問をしてみよう」との思いから質問をする行為に対してまで、「俺が納得できる根拠からスタートすれば」云々なのだと否定し切り捨てることを正当化できる。それが sandman 氏の“展開”した“論理”だ。
氏は最終節を否定するために「前提」部分を論じていたのか?
さすがにそういう訳じゃなかろう。
最終節だけで充分だったのである、コミュニケーションにおける留意点を論じるのであれば。その「前提」としての例示で筆を滑らせてしまい、誤った“論理展開”の元に最終節へと突入してしまっただけの話であろう。それだけ、「前提」部分と最終節の論理断絶は激しい。別物と言っても良い。
コミュニケーションについて考え直してみようか。
相手の話を「納得」するまでの過程。
まず「根拠」に基づいた「解釈」がある。それから初めて「納得」する。この流れが成立してさえいれば、「納得」からアプローチして「根拠」を見つけ得るし、「根拠」から「納得」へ導かれれば結果的にそれが「納得できる根拠」だと言える。演繹的なアプローチか、帰納的なアプローチかの違いでしかない。ここで重要なのは、「根拠」「解釈」「納得」のラインが論理的に成立するかだ(なお主観としての「納得」は、必ずしも論理的「納得」と同時には起こらない‥‥しかしその間を埋めていくことこそがコミュニケーションではないかと思うのだが。論理的「納得」を認めようとしないで、“俺は納得してないんだ”とする人が少なくないが、これは「納得」を求めるものではなく、この語と切り離し個別に批判されるべきものであろう)。
sandman 氏は「解釈」をポジティブなもの、「納得」をネガティブなものとして使い分けたがる傾向が見受けられるが、実際のところこれらの言葉にネガティブ・ポジティブの使い分けなど無い。たとえば書き手の意図に反した「解釈」だって(誤解でなくとも)起こり得るし、読み手が自分の主張と反する「納得」をすることだってある。
もちろん書き手の意図通りの「解釈」や、わだかまりのない「納得」が理想的なのは言うまでもないが。
また、氏は「個人の価値観」と「論理」を切り離そうともしているようだ。「情報発信側」のリテラシと「情報受信側」のリテラシも切り離して論じようとしている(「情報受信側」について論じることに偏っている──同じ分量で論じろと言っているのではない。「情報発信側」への目配りが充分ではなかったということだ)。ある一定の層を腐すために このような論をとるのでは本末転倒で、その結果 最終節を否定してしまっている。そもそも切り離せないではないか、これらは。
「情報発信側」は言いたいことを言葉に変換する。言いたいことそのものが「個人の価値観」であり、また言葉への変換は論理的に行なわれるのが理想だが実際は「個人の価値観」を反映したものである(文章の妙とは「個人の価値観」の匙加減である)。それを受け取った「情報受信側」は「情報発信側」の意図を読もうとする(これが「解釈」であろう)わけだが、そこで行なわれるのもまた論理と「個人の価値観」を介在する変換作業である。
「情報受信者」にとっての「解釈」とは、主観と論理の両方を満たす落とし所を見つける作業となる。その双方を意識できるかが肝要ということになる(なお「情報発信者」にとって主観・論理を満たすのは、文章表現における技術的問題に尽きる)。
本来「自分の中にある『前提』を疑え」との指摘から導かれるべきは、意図と言葉との変換(発信と解釈いずれも同様)において、論理面・感情面の双方を満たすのか、あるいは片方しか満たさないのかを意識すべきという事である。これを確認せずにコミュニケーションを進めようとすると、「納得」の語を歪めた要求がまかり通るようになる。どのレベルまで共通認識が成立したのかを(個々の場面において)疑わねばならないのだ(実は、私があえて触れなかった「常識」「マナー」の問題も、この共通認識の確認をすれば済む)。
──そういった視点が自分にも向けられていたなら、 sandman 氏のあの文章はああはならなかっただろう。
投稿:by 暇人#9 08:41 午後 [インターネット] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
2004.09.12
ソフトバンク (ODN / Yahoo! BB) スパムメール ──結果オーライでは済まされない“犯罪”行為
9月1日から5日まで家を空けていたので、5日の夜に久々のメールチェックをやった。すると、4日付けで妙なメールが来ていた。件名が『日本テレコムからのお知らせ』。今までの ODN 関連のメールとは明らかに異なる様式である(注:私は ODN の ADSL サービスでインターネットを利用している)。
妙だ妙だと思いながら読み始めると、出だしがこうだ。
日本テレコム株式会社 取締役会議長の孫 正義です。
はぁ?
俺は孫正義社長とは知合いじゃないぞ。
いや、そりゃ日本テレコムがソフトバンクに買収されたのは知ってるから、そのトップに孫氏がいるのは解る。しかし彼名義でメールが送られてきたことは一度もなかったし、 ODN のサービス運営に関しては彼の出る幕などではない。
しかも書かれている内容は非常に不愉快なものだった。これまでの ODN のサービスからは何の脈絡もない、携帯電話で使う電波帯域に関するパブコメへの組織票を呼びかけるもの。
そして返信を受け付けないアドレスから送られてきた(一応、連絡先の記載はある。日本テレコムの一般向けサポートだが。孫正義名義の特殊な内容のメールであれば、専用の連絡先を用意しておくべきではないか?)。
ある Weblog を経由して ITmedia のニュースを読むに至って、ようやく事情が呑み込めた。
http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/0409/04/news015.html
「ITmediaモバイル:
『総務省に意見を』ソフトバンク、ユーザーに異例の呼びかけ」
ソフトバンクBBは9月4日、自社ユーザーに対し総務省へ意見書(パブリックコメント)を送付するよう求めるメールを送信した。Yahoo!BBユーザー、およびODNユーザー全員に一斉配信した。
「全員に一斉配信」してやがったのか。
確かに、 ODN に関わる「お知らせメール」は定期的に来る。しかしそれは、ユーザーの承認を経て配信されているものだ。件のメールは違う。孫社長が“私用”(少なくとも ODN との関連性は薄い)で、 ODN 顧客のメールアドレスを使い、無断で(おそらく同時に大量の)メールを送り付けたのである。
普通こういうのを、我々はスパムメールと呼ぶ。
後日(6日)、新聞で全面広告が載った。そしてテレビニュースでも「説明会」とやらの模様が少し報道されていた。
また、パブコメの締め切り後には ITPro でこんな記事が載った。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NCC/NEWS/20040907/149595/
「孫社長の呼びかけでパブコメ殺到,
『1カ月後の公開に向け努力』と総務省
: IT Pro ニュース」
──「殺到」。あのスパムメールに応じた人間が多かったのか。
孫社長は目的を達した訳だ。少なくとも、総務省を驚かせるほどのパブコメが集まったのだから。
しかし。この件は「結果オーライ」とする訳にはいかない。
私が味わった不愉快は消えないのである。
なぜ不愉快なのか。
ソフトバンクは ODN ユーザーにこうした呼びかけを行なう筋合いなどないからである。それまでの経緯として、〈今度携帯電話に参入したいから、ユーザーの皆さんに協力して欲しい〉という話が以前からあったのならまだ理解できる。しかし件のメールは突然に送りつけられた。
メールアドレスも立派な個人情報である。特に ODN の顧客は、ソフトバンクとは関わりないところで個人情報を預けたのであって、それを買収したからと言ってソフトバンクが勝手に利用できる類のものではない (Yahoo! BB では公然と個人情報の売買が為されているが)。
パブリックコメントの締め切りギリギリにメールを送るのも不愉快だ。充分な準備期間を与えず(パブリックコメントの募集期間は1ヶ月もあったというのに)、ただ期限までにメールを多く出させようという態度。あのような経緯でメールを送るのなら、間違いなくソフトバンクの主張が大きく影響した内容のメールになってしまうことは想像に難くない。内容の充実を問わず、ただ組織票を集めようという姑息さである(まさに去年末の文化庁による「意見募集」での惨状を思い起こさせる)。
孫社長の、携帯電話市場に自由競争を持ち込むべきだという主張は間違っていない。そのために 「800MHz」 の通信帯域を開放すべきとの主張も同様だろう。しかし、その主張を人々に訴えるやりかたが間違っている。
ましてソフトバンクである。彼らの普段のやり口を見ていると、今回のスパムメールが「間違」いではなく、確信犯的な行為であることが疑われるのである。彼らが今まで顧客のことを考えていたことがあっただろうか?
Yahoo! BB 開始初期の混乱を覚えている人は多いだろう。手続きを異常なほど遅らせたり、顧客からのクレームを無視したりする所謂「放置プレイ」の問題があった。そしてウェブサイト上だけで利用規約を変更すれば即「有効」にするという不公正な取り決めが問題視されたこともあった。
町中で Yahoo! BB のモデムを配りまくって通行人に迷惑をかけるのも、いまだに続いている。あれについては、事情の呑み込めない人にも無理やり契約させるという問題が発生したこともあった。まぁそこまでしなくても、あの存在自体がうざったいという人だって少なくないだろう。
ODN が買収された後に、ここのダイヤルアップユーザへ Yahoo! BB への契約変更を勧める電話が来るという話もある。こんなことをさせるためにプロバイダへ電話番号を登録するわけではなかろう、本来は。
今回のスパムメールも、今まで彼らがやってきたことの延長のように思えてくる。
厳密に言えば、今回のスパムメールは犯罪ではない。規制の対象となる「広告又は宣伝」ではないと思われるからだ。また、送信アドレスも、普段の ODN の広告メール(こちらは前述したとおり受信者の承認を得たもの)と同じものである。
しかし、何の脈絡のないメールを無断で大量配信する行為は、間違いなくスパムメールに該当する。法的に犯罪にならないとは言え、インターネットを利用する者のモラルとして、孫正義社長の道義的責任は問われるべきだと私は考えるのである。


