« 「通信・放送の在り方に関する懇談会」#6は動画配信されてるぞ!(追記あり) | トップページ | 津田大介さんの「デジタル音楽勉強会」 »

2006年3月18日 (土)

芸団協(実演家著作権隣接権センター)って何やってんだろ? (追記あり)

 著作権関連とか「通信・放送の在り方に関する懇談会」とかでその名を見る「日本芸能実演家団体協議会」──通称「芸団協」ですけど、わたしはこの団体にどうも良い印象がありません。
 とかく権利者がどうのという話の場合は JASRAC や日本レコード協会が表に立つことが多いのですね。で、芸団協はそれに話を合わせて後ろからついてくる感じ(あくまで「感じ」です)。しかもたまに意見を述べると思ったら、だいたいは前から言ってることの繰り返しで、根拠も示さずひたすら突っ走る。さすが表現者の集団、話し出したら止まらないというか。ま、暴走ってやつですが。
 いかんせん、伝わってくるものが無いってのが玉に瑕ですかね。表現者だってのに。

 私はあくまでエンドユーザーでしかないので部外からの“見え方”でしかないのですが、実演家をめぐる問題というのはかなり存在するように思うのですよ。
 たとえばレコードの廃盤の問題とか。これのせいで、CDを売ることで実演家が得るべき収入がゼロになってしまう。特にここ数年で音楽配信が(技術的には)可能になっていて、いろいろ流通コストのかかるCDでは廃盤のままでも仕方ないとしても、それよりは遙かにローコストで収入を得る方法が出てきたわけです。しかし現実には廃盤+配信拒否ということで、結局 得るべき収入を不当に断っていることになる(さらに言えば、作品が流通していくこと自体には次作プロモーションの効果も少なからずあるわけで、廃盤+配信拒否によって二重の意味で収入の機会を奪われているということです)。こうした実態に異を唱える実演家も少なくないこの問題で芸団協は動いてるんでしょうか?
 そもそもレコード会社と実演家との間の契約慣行にだって問題がありそうです。充分な報酬が支払われているのか、特にCDから音楽配信へと媒体がシフトする際にきちんと算定基準を変えているのか(変えてないなんて話も小耳に挟んだりしますよねぇ?)。この問題で芸団協は動いているんでしょうか?
 そして今 最重要トピック。電気用品安全法の話です。これなどは完全に実演家(まぁミュージシャンということですが)の活動そのものに関わるものです。中古売買が禁じられては芸術活動が脅かされるというのに、芸団協は動いているんでしょうか?  (CPRA でお馴染みの椎名和夫氏は JSPA の方で反対活動をされているようですけど、それと並行して芸団協としても動くべきなのではないかという思いを私は禁じ得ません。)
 こういう肝心要のところで働きが見えてこなくて、既得権を守れ みたいな場面ではよく名前を見るというのでは、「芸団協」なる組織が何のために存在するのか判らなくなってしまいます。

http://www.geidankyo.or.jp/
「芸団協|GEIDANKYO」

http://www.cpra.jp/
「CPRA 実演家著作隣接権センター」

 私が興味あるのは権利処理のあたりですから「実演家著作隣接権センター」に話を絞りましょうか。通称 CPRA です。
 公式サイトにある 「CPRA の主な事業について」というページによると、次のような事業が挙げられています。

 ・実演家に係る商業用レコード二次使用料の徴収と分配
 ・実演家に係る商業用レコードの貸与に関する報酬等の徴収と分配
 ・私的録音・録画に係る補償金に関する業務
 ・著作権等管理事業法に基づく放送用録音使用料の徴収と分配
 ・放送番組の二次利用等に係る使用料の徴収と分配

 他にも広報活動とか「共通目的基金事業」とかあるのですが、省略します。
 上に挙げた事業を見ていくと、実演の利用態様をほぼ網羅できているように何となく見えますよね。そのあたりは一応きちんとしてるというか。
 ただ、大事なやつが抜けています。いま最も注目されてるやつ。

http://www.cpra.jp/web/news/060208/index.html
「CPRA NEWS online:
 実演家の送信可能化権に関するワーキングチーム設置」
(CPRA 実演家著作隣接権センター)

 そう、送信可能化権の集中管理です。上記のページ(これ、 CPRA 的には最も新しい話題だそうです)にも書かれているのですが、「送信可能化権が実演家に付与されて 10年 近くがたつが、 CPRA においてはまだこの送信可能化権を処理したビジネススキームが確立されていない」のです。
 この 10年間、 彼らは何をやってきたんでしょうか? しかも今年2月に入ってようやく「ワーキングチーム設置」ですって。確かに送信可能化権については放送番組の二次利用に関して関係団体間(もちろん芸団協も入ってます)で協議されてきたところではありますが、それにしても今ごろ「ワーキングチーム設置」というのは遅すぎませんか? 日本で音楽配信が始まってどれくらい経ってると思ってるんでしょうか。海外で iTMS が席巻しだしてから何年経ってると思ってるんでしょうか(まぁ今年6月に報告書が上がるようなので、読んでみたいなとは思いますけどね)。
 こんな調子だから「コンテンツ流通を阻害する」なんて言われるんです。自分たちで流通促進の努力をしてこなかったのだから。ついでに言えば、レコード会社に対して配信促進を働きかけるのも本来 芸団協の役割と言えるものでしょう(力関係で実演家が働きかけられないとしたら、それこそ実演家団体が働きかけないで誰がやるんですか)。

 知財戦略本部で送信可能化権を制限するような話になってきているのを見て、あわててワーキングチームを立ち上げたような感じがするのは私だけでしょうかね。まぁ問題になっているのはIPマルチキャストを「有線放送」とするかどうかであって、音楽配信の方は手つかずなんですが‥‥(これについては、私のようなエンドユーザーが知財戦略本部に意見をぶつけている段階です。でも著作権・著作隣接権がコンテンツ流通を阻害しているという見解について知財戦略本部も共有しだしているので、我々にとっては幾らか望みがある感じです)。
 いずれにせよ、 CPRA が送信可能化権の集中管理ができるようになるまで どれくらい待たされることになるのでしょうか。別の言い方をすれば、彼らにそれが可能なのでしょうか。この 「10年」 の不作為を見れば、これから知財戦略としてどうすべきなのかは明らかなように思いますが。

 ──「ドッグイヤー」で 10年 ってのは長いですよ! その間、日本の音楽配信が海外から大きく遅れてしまったことを考えれば尚更です。




■私的録音録画補償金と芸団協

http://www.cpra.jp/web/news/051227/index.html
「CPRA NEWS online:
 2007年度 までの継続審議を決定」
(CPRA 実演家著作隣接権センター)

 文化審議会著作権分科会における「私的録音録画補償金の見直し」の審議では、芸団協はレコ協や JASRAC とともに 「iPod 等への課金」などを主張しました。その意味では、 CPRA のサイトを確認しても さほど新しい発見は無いのですが、上記の記事において椎名和夫氏のコメントが面白いので引用し、吟味してみます。

 私たち実演家を含む権利者サイドが主張してきたのは、いわゆるiPodのようなハードディスク内蔵型録音機器に課金するか否かということよりも、この制度の最大の課題がむしろパソコンにあるという点です。
 下のグラフでもわかるように、パソコンでCDを焼くという行為が一般化し始める99年あたりから、CD-R/RWメディアの売上増に反比例して、新譜CDの生産が減少してきています。それに伴ってレコーディングセッション数も減少していますが、これを演奏家の立場から見れば、就業機会喪失以外の何ものでもありません。コピー文化が、コピーする中身を食いつぶし始めているわけです。
 コンテンツを取り扱って収益を上げている産業からみれば、手を変え品を変えでどうということもないのでしょうが、コンテンツそのものを生み出す立場の人間にとっては、これは死活問題です。  このような現実を踏まえれば、私的録音に関与するアイテム全体をもう一度見なおそう、制度も見なおそう、あるいは、制度をやめてDRMと契約で補償金に代替する課金の仕組みを考えよう、という今回の結論は、けっして受け入れがたい話ということではないわけです。
 みなさん、『私的録音』という事象によって最も大きな利益を上げているのがいったい誰なのか、ということをよく考えてみたことがありますか。ユーザーですか? 権利者ですか? いやいや違うでしょう。もっともっと莫大な利益を上げているのは、そういう機材やメディアを造っているメーカーじゃないですか。この点が、この問題を解き明かしてゆく上での、もっとも大きなカギです。

 仮にDRMと契約という形でレコード製作者が補償金を徴収するとなった場合には、それを実演家にどう分配していくかなどの課題が残ります。私自身、私的録音補償金制度の中にいて、それを実演家に効率よく分配してゆくための様々な努力を行ってきたという自負がありますが、いまよりさらに複雑な利害が介在するようななかで、はたしていまと同じクオリティをもつ仕組みができるのかどうか、とても疑問に思います。
 さらにいえば、現行では“自由”とされている私的複製もすべて有料とされてしまうようなDRMが家庭の中にまで入りこんでくることが、はたして“文化の発展”という角度から見てどうなのか。一般のユーザーの方たちは、ほんとうにそういうあり方を良しとしているのか。それらも含めて、いろいろなことを一度もとにばらして、議論をしていこうということなのだと思います。
このことによって、現行法の不十分さから権利者がこうむってきた経済的な不利益というものが、2年間さらに進行するという問題はあります。しかし、パソコンまで視野に入れた制度の根源的な見なおしには、けっして異議を唱えるものではありません。

「私たち実演家を含む権利者サイドが主張してきた」のが「この制度の最大の課題がむしろパソコンにあるという点」だなんて、歴史を修正しようとしちゃいけません。 CPRA 自身が記事にしてる 2005年9月 の言い分ではパソコンのこと言い忘れてますよ。パブコメ前の大事な時期だってのに。
 確かに椎名氏は、「パソコンで録音できなくなれば問題は解決する」(大意。正確な発言については議事録参照のこと)の迷言で知られているとおり、法制問題小委員会でもパソコン(汎用機器)の問題を強調し続けていらっしゃいましたけどね。ただ汎用機器への課金はあっさりと退けられていたわけで、途中からは iPod 等に限った話になっていたではありませんか。

「パソコンでCDを焼くという行為が一般化し始める 99年 あたりから、CD-R/RWメディアの売上増に反比例して、新譜CDの生産が減少してきてい」るなどとは「下のグラフ」(リンク先を参照ください)からは判りません。この程度のデータで私的録音と「新譜CDの生産」との相関関係というのは正確には導き出せないのですよ。それに「新譜CDの生産」を左右する要因を洗い出して相関関係にあるのは私的録音だけだということを示さねば、椎名氏の仰るような単純解釈はできません。
 データを分析する上で致命的なのは、件のグラフがどういう訳か 2002年 までのデータしか使われていないことです。この記事が書かれているのは 2005年末 なのに不思議ですね。 2005年 と言えば久しぶりにCD生産実績が上昇して、その代わり(笑)売上げが激減した年でした。これ、ツッコミどころですよ。
 2002年は 「CCCD」 が発売されるようになった年でした。発売されるディスクの大部分をこの規格外不良品が占めるなんてことも一時ありましたね。CD売上げを減少させている私的複製を妨害するとの触れ込みで 「CCCD」 が売られていたにもかかわらず、CD売上げはやはり順調に減少していきます。まぁ、誰も好きこのんで不良品を買おうとはしませんから、私的複製以外にも売上げを減少させる要因が(少なくとも)ひとつ存在するわけです。
 この売上げは、必ずしもCDの生産実績と相関関係にある訳ではありません。だってレコード会社の判断が関わってくるのですから。その証拠に、前述したとおり 2005年 では生産実績が上がっています。私的複製は減っていないし、CD売上げも激減しているのに、不思議ですねぇ →椎名様?
 件のグラフの枠外のデータを見れば、私的複製とCD売上げの相関は怪しい、CD売上げと生産実績との相関も怪しいとなると、私的複製と生産実績の相関ってどこにあるんでしょうか? (くどいようですけど、椎名氏の仰るような関係があるのなら、生産実績が増えた年には私的複製が減っていないとおかしいのですよ。)

 CD売上げの増減に応じて生産実績も調整されるのは、そりゃレコード会社も商売ですから仕方のないところではあるかと思われます。しかしながら「それに伴ってレコーディングセッション数も減少していますが、これを演奏家の立場から見れば、就業機会喪失以外の何ものでもありません」などと言うのがあまりにも情けない。自分たちの力で打開しようという発想が無いのでしょうか? 今では、実演家が自らレコーディングを行なうのも珍しくありません。そりゃ多少のコストはかかるでしょうが。ライヴをやるってのも実演家としての本道かと思われますし。結局、他人の金でなきゃ活動したくないってことなんでしょうか?
 芸団協がレコード会社に対して働きかけるということも考えられます。(1)生産実績を上向かせること(2)CDが売れるよう努力すること(3)CDが作れないのなら低コストの流通法を考えること──を要求すべきです。本当に芸団協が実演家の「就業機会」の確保を旨とするのなら この程度はやらなきゃ話にならないでしょう。
 はっきり言いますよ。CDが売れないのはレコード会社の責任です(もっと解りやすい言い方をすれば「自業自得」です)。再生保証もできないような規格外不良品を売る、エンドユーザーを犯罪者よばわりする、価格を吊り上げて平気な顔をしている、そういう理由が諸々あってのことなのですよ。こういう商売上あるまじき愚行を放置しているという意味では、芸団協にも責任があります。
 ともあれ、データ解析を適切にしないまま「パソコンでCDを焼く」ということと「就業機会喪失」を「反比例」などと主張するのは短絡的に過ぎます。以上のように相関が全く示されていませんから、「コピー文化が、コピーする中身を食いつぶし始めている」と言うことはできません(私に言わせれば、レコード会社がレコードの中身を食い潰しています。いや腐らせています)。

「みなさん、『私的録音』という事象によって最も大きな利益を上げているのがいったい誰なのか、ということをよく考えてみたことがありますか」ですって。録音機器や記録媒体を売ることでメーカーが儲けるのは正当な行為ですよ。優れた商品を生み出し、それを適切な価格で売っているということなのですから。では、そこに音楽関係者へと利益誘導する合理性はあるのか。
 私は否と断言します。なぜなら、録音源の音楽は それへの対価が支払われた時点で、私的領域内で自由に聴くのに充分な利益を音楽関係者へもたらしているのですから。一度 正当な対価を支払ったものを、それを聴くという行為に対して何度も対価を要求する権利など音楽関係者にはありません。そして、メーカーが提供しているのは「聴く」ための機器です(特に iPod の場合は)。
 この「聴く」という行為の中には、さすがにミュージシャンの商売あがったりだろう──みたいな状況が一部には出てくるでしょう。「対価が支払われた」ものでない音楽を、今後いつでも聴ける状態にした場合などはそれが言えると思います。この場合には「補償」のことを考えるべきかと思われますが、そういう話をクソもミソも一緒に「補償」だのとやるから問題になるのです。
 自分の家で山積みになっているCDの音楽を iPod で聴くことで「補償」だの何だのと言われて怒らない方がおかしいのですよ。ただでさえ、一定の年齢以上の音楽ファンはCDに大金を注ぎ込んできたという自負があります(程度の差こそあれ、私もそんな一人です)。しかも最近は CD-DA のマークを確認しないと安心してCDを買えない、ヘタすると不当に高い国内盤を買わされる羽目になる、既得権益闘争に巻き込まれる──などというストレスの下で音楽に接しなければならなくなっているのです。自分のエリアでくらい自由に音楽を聴かせろってのが本音ですよ。
 この点こそが、この問題を解き明かしていく上での最も大きなカギです。

「仮にDRMと契約という形でレコード製作者が補償金を徴収するとなった場合には、それを実演家にどう分配していくかなどの課題が残ります。私自身、私的録音補償金制度の中にいて、それを実演家に効率よく分配してゆくための様々な努力を行ってきたという自負がありますが、いまよりさらに複雑な利害が介在するようななかで、はたしていまと同じクオリティをもつ仕組みができるのかどうか、とても疑問に思います」──などという発言を CPRA の方がしてしまっても大丈夫なのでしょうか? しかも CPRA の公式サイト(公式文書)において晒してしまっている。
 まず、現行の CPRA の分配方法がユルユルなのを窺わせます。そして、 DRM から課金するとなると1曲1曲のデータを受けて正確に分配していくことが予想されるわけですが、それを「いまと同じクオリティ」で出来ないらしい。正確な分配こそが究極的に求められているというのに、そのようなレベルの分配しかできないような団体が著作権等管理事業者であっても許されるのでしょうか。それこそ著作権法の理念に反しているのではないですか?
 あたりまえですが、この“分配ができない”というのは DRM 導入を拒む理由にはなりません。これで分配ができないような団体は管理事業から降りるべきですし、本道からすれば時代の要請として データに沿った正確な分配をやれるよう準備すべきでしょう。遅かれ早かれ、流れはこちらに向かうのですから。

「現行では“自由”とされている私的複製もすべて有料とされてしまうようなDRMが家庭の中にまで入りこんでくることが、はたして“文化の発展”という角度から見てどうなのか。一般のユーザーの方たちは、ほんとうにそういうあり方を良しとしているのか」などというくだりは三重の意味で間違っています。
 間違いその1。「現行では“自由”とされている私的複製」。芸団協側はそもそも私的複製の自由を認めていないのですかね。わざわざチョンチョンカッコで括るという。しかし紛れもなく私的複製は自由なのです。私的録音録画補償金によって政令指定のデジタル録音・録画は有償とはなりましたが、それ以前もそれ以後も「自由」であることには代わりありません。その「自由」を残すことを条件に「補償金」が制定されたのですから(国会における審議を参照なさい)。すなわち「自由」であることを権利者側が否定すれば、補償金の存在意義を失うということでもあります。その意味で権利者側が、私的録音を「違法コピー」と称し、エンドユーザーが犯罪者であるかのように喧伝し、私的複製を技術的に妨害するといった行動は信義則に反するものであると私は考えます(そしてそれを既にやってしまっている以上、権利者側が黙るか補償金制度を廃止するかすべきと考えます)。
 間違いその2。メーカー側が提案している DRM は必ずしも「現行では“自由”とされている私的複製もすべて有料とされてしまう」とは限らないということ。さまざま DRM が提案され、それを市場(勿論エンドユーザーも含まれます)が選択するという話なのです。仮に権利者側が身勝手な重 DRM だけを提供しようとすれば、 iTMS 上陸前の音楽配信みたいな状態になることでしょう。要は、 DRM 化後に業界がエンドユーザーの方を向いて提案できるかが業界存亡の分かれ目となります。椎名氏の考えていることは楽観的すぎるんですね(むしろ芸団協がすべき反論は 「DRM の仕様を市場に委ねたら、軽いものしか受け入れられない──権利者にとって不利である」でしょう)。
 間違いその3。さも「消費者」のことを考えているような振りはおやめなさい。前述の通り、私的録音録画補償金制度のもとで私的録音・録画は不当に妨害され、不当に貶められててきたのです。まして重 DRM の導入や私的複製規定の撤廃まで持ち出して恫喝するなどというのは言語道断です。そのような物言いをするような人間に「一般のユーザーの方たちは、ほんとうにそういうあり方を良しとしているのか」などと言われたところで、甘言ですらない無駄な言葉です。誰の耳にも届きませんよ。

 私的録音録画補償金制度については、私は廃止・縮小すべきとの立場です。そもそも現行制度自体が、手持ちCDなどの複製に「補償金」を課すなどという理不尽きわまりないものであるからです。この立場を取る人が私的録音録画小委員会にいらっしゃるのかが微妙ですがね。
 私的録音録画小委員会では、そもそも論から入っていくべきと考えます。すなわち複製権によって保護されるべき権利者の「経済的利益」の特定からです。同一の私的領域の中の、同一の著作物から二重に「利益」を得るべき合理性は無いのです。

 別の言い方をすれば、こういうことです。
 ──いちど対価を支払った作品(アーティスト)にではなく、次に買うべき新作(アーティスト)に金を払わせろ、と。


※読者の皆様には注意していただきたいのですが、私的録音録画補償金の問題は金額の多い・少ないではないのです。その支払うべき「補償金」にきちんとした根拠があるのかということです。本当に「補償」すべき使用態様であるのなら、むしろ金額が増えても問題はないとすら思います(私的には「友人から借りたCDの複製」などがそれに当たると考えていますが)。




■芸団協が目覚めるのは いつなんだろう?

 最後に。「芸団協」でググると、こんな記事が上位に来てます(もちろんトップが元祖・芸団協サイトなんですけど)。

http://ascii24.com/news/i/topi/article/1999/07/19/603482-000.html
「著作権思想をどうやって守って行くのか?
 −−芸団協“「音楽」Day ネット創世記 −デジタル時代の光と影−”」
(ASCII 24)

 1999年 の記事です。後半にパネルディスカッションの様子が描写されていまして、「実演家が望む権利コントロールのあり方とは?」との問題設定に対して為された笹山登生氏(当時・衆議院議員)の発言が実に印象的でした。

「あまり厳しくしてしまっては、ブーメランのごとく自滅してしまうのでは?」。

 ──この言葉の妥当性は、今だからこそ よく判るというものでしょう。気づいてない人たちもひょっとしたら一部いるのかも知れませんけれど。


【私信】
 件の文書に対するツッコミは 当記事の後でやります →Tonton 様。







■(追記)電気用品安全法対策での芸団協の動きについて

 今までの記事において、電安法への動きが鈍かった芸団協に対して私はいつも「ミュージシャンの死活問題だってのに なぜ何も言わない」てなことを書いてきたのですが、これについて状況の変化が出てきました。芸団協内の CPRA (実演家著作隣接権センター) の顔としてお馴染みの椎名和夫氏は別口で動いていたんですが、ついに芸団協本体も動いたようなんですね(椎名氏が働きかけたんでしょうか?)。

http://www.mpn.gr.jp/cgi-bin/relation/relation.cgi
「電気用品安全法に関するあらたな要望について」
(Music People's Nest - RELATION)

 最初は JSPA が中心として動いていた反対運動が 「Music People's Nest」 を中心に行なわれることとなったそうです。残念ながら4月に入ってしまい、今は“嵐の前の静けさ”(決して混乱が回避されたものとは考えていません、私)の状態で推移しており、いつ何かの切っ掛けで混乱が始まるか判りません(いや中古品店からすれば既に混乱し、死に追いやられているのかも)。
 そのような中で、芸団協も名前を連ねて声を挙げていくことには意義があると思います。ちょっと見直しましたよ(いきなり「権利」がどうとか言わず、こういう活動のひとつひとつを通して信頼を勝ち取っていくのが一番なんでしょうけどねぇ →芸団協。協会員だけの信頼を得たってダメなんですから)。法改正まで何とか持って行きたいものです。

(追記: 2006.4.8)

Posted by 谷分 章優 音楽と著作権 |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/42184/9149293

この記事へのトラックバック一覧です: 芸団協(実演家著作権隣接権センター)って何やってんだろ? (追記あり):

» 通信・放送の在り方に関する懇談会 第6回会合(2006/03/13) トラックバック Where is a limit?
通信・放送の在り方に関する懇談会経由通信・放送の在り方に関する懇談会(第6回)配付資料(pdfファイル)と会合映像配信がWindowsMedia形式で見れます・・・う~~ん、Real Playerでも配信をして欲しいんですけどね~~~。 日本放送協会 NHK提出資料(pdfファイル) 「クエ..... 続きを読む

受信: 2006/03/19 11:36:17

コメント

うわあ。笹山さんGJ!

投稿: 長作 | 2006/03/18 22:50:21

コメントを書く