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2006年11月28日 (火)

「著作権保護期間延長議論について一言」──を受けて

http://ohbentoh.blog16.fc2.com/blog-entry-53.html
「著作権保護期間延長議論について一言」
(著作権マニア)

「まだわからない」とする立ち位置もアリだと思います(「わかりません」としておきながら いきなり「賛成」とぶち上げるどこかの誰かさんより遙かに誠実な態度です)。また、白熱する議論に対し素朴な疑問をぶつける人というのも必要ですから。
 案外 議論の中にいる人間には見えないんですよ、そういうところは。

 さて。
 著作者が存命中の話であれば『著作権マニア』さんの指摘も一理あります。ただ、現状で既に「死後50年」まで著作権は保護されてるんですね(記事の中で指摘されている、著作者と著作権者が異なる状態については制度是正の余地ありと私も考えます)。ここから延長する必要があるのだろうか、というのが今の議論です。

 著作者の「死後50年」とはどんな世界か、想像してみましょうか。
 著作者本人と会ったことのある人は大部分が亡くなっています。少なくとも50歳より下の人は会えないわけですからね。これが代表作が発表された当時のことを知る人となると、社会全体から見て更に低い割合となることでしょう。
 これがどういうことかというと、社会の大部分の人は残された著作物を通してでしか(著作権が切れる)著作者を知り得ないということです。勿論、そうは言っても当該著作者への敬意が無いという意味ではありません。しかし生まれる前から当該著作物が存在していて、社会の大部分の人にとっては空気のようにここにある。そうやって文化の中に溶け込んでいるものを利用することがガチガチに制限されているとしたら、それは社会にとってどのような評価を受けるでしょうか。そうした制度が共感を得ることができるでしょうか?
 まして、この時点で当該著作物の利用許諾を判断するのは「一番偉い」著作者ではありません。亡くなっていますから、権利はいわゆる「著作権者」に移っていますよね。ネチズンの大嫌いな JASRAC もこれに含まれます。
 この時、使う方からすれば幾ばくかの金を払うことは厭わないけれども、新作と同じくらいの金を払わないといけないとしたら納得できるでしょうか? いやそもそも「著作権者」が判らなかったり、無碍に許諾を拒否されたり、全く入手できないような状態で長年放置されたり、そういう状況に「50年」以上も堪えていかねばならない理由が社会にあるでしょうか。 

 今の段階で著作権切れ作品を有効に考えられるのは言語著作物です(海外作品であれば著作権切れ映画著作物も利用が進んできてますが、置いておきます)。ここでは『青空文庫』から引いてみましょうか。著作権切れしている著作者が以下のようにリストアップされています。

http://www.aozora.gr.jp/siryo1.html
「著作権の消滅した作家名一覧」
(青空文庫)

http://www.jca.apc.org/~earthian/aozora/dead.html
「Dead Writers Society 死せる作家の会」

 まだ著作権の切れていない作家については『死せる作家の会』というサイトでリストアップされていますので、そちらもリンクに加えておきました。
 ここで疑問に思うのは、これだけの著作者を今の日本社会ではどれだけ知られているのかということなのですね。既に歴史の中に埋もれてしまってはいないか、と。彼らの作品がどれだけ正規流通しているのかということについては、朝日新聞が 2005 年に調査した結果があります(これは掲載当時、話題になったものです)。

http://www.be.asahi.com/20050716/W13/0040.html
「保護期間延長で、埋もれる作品激増? 著作権は何を守るのか」
(asahi.com :朝日新聞 be-business)

 著作者の生活がありますから実現不可能ですが、仮に著作物が自由利用できるとした場合、ここまで酷いことにはならなかったでしょう(全ての著作物が残るとは断言できませんが)。利用に金がかかるという面はともかくとしても、著作権が禁止権として構成されているために こうならざるを得ないという一側面です。
 まぁ、この自由利用の例え話は忘れて下さい(笑)。

 著作権制度というのは、著作者の権利を守りつつ利用の促進を図るという側面も持っています。本来上記のような著作物を継続して享受できて然るべきなところ、それが出来ないというのでは社会(とりわけ文化)にとって大きな損失なのではないかと私は考えます。また、次世代の著作者もまた こうした文化を享受しそこから創作をしていくわけですから(既存著作物の影響から全く隔絶したものを作れる人など殆どいない)、彼らにとっても大きな損失だと私は主張しているわけです。

 逆に、権利を保護される著作者の立場からではどうでしょうか。「一番偉い」人です。
 この人が自分の死後50年を経過した後でも、自分の作品の流通をコントロールしたいと思っていたとします。しかしそれが実現しているかどうかをどうやって知るのでしょう? 遺言で書き残す? そんなことをしても、相続者が従うとは限りません。
 著作者のコントロールが及びようもないという点においては、相続した「著作権者」も、社会の大部分を占める利用者も同じなのではないかと思われます。あとはその期限として社会がどこに線を引くかということでしょう。

『著作権マニア』さんのトラックバックに対して、思いつくまま書いてみましたが如何でしょう。まぁ私が普段書いてることを繰り返しているに過ぎませんが(どうも的確に返す言葉が見つかりませんで、すまないことです)。
 oh_ben_toh さんの忌憚のない御指摘をまた頂戴したいところです。




■自分用メモ

『青空文庫』のページを引いたついでに、自分用のメモとしてリンクを。
 私は『青空文庫』での主張を諳んじられるほど共鳴しているという訳ではありません。が、こうして改めて読んでみると かなり影響されてるのかも知れないと思ったりしました。まぁ私がもともと持っていた問題意識も(このブログの)文章で織り込んではいると思いますがね。

※そうでなかったら、私の文章が著作物じゃなくなっちまうもの!(創作性が無い文章を書くなんて)そんなのイヤイヤ。

http://www.aozora.gr.jp/soramoyou/soramoyouindex.html#000177
「そらもよう:2006年02月01日-著作権保護期間延長の対象となるりうる作品への取り組み方針」
(青空文庫)

http://www.aozora.gr.jp/soramoyou/soramoyouindex#000174
「そらもよう:2006年01月01日-全書籍電子化計画と著作権保護期間の行方」
(青空文庫)

http://www.aozora.gr.jp/soramoyou/soramoyou2005.html#000144
「そらもよう:2005年01月01日-著作権保護期間の70年延長に反対する」
(青空文庫)

http://www.siesta.co.jp/aozora/archives/001717.html
「青空の行方/なにゆえの著作権保護期間70年延長か」
(aozora blog)

Posted by 暇人#9 著作権保護期間延長反対 |

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 わざわざ、暇人#9が私の発言に対するリアクションをご自身のblogでエントリーしていただきました。ありがとうございます。  さて、それを踏まえての発言をしたいと思います。 続きを読む

受信: 2006/11/29 9:11:13

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