「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」雑感
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/11/post_6591.html
「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」
(エンドユーザーの見た著作権)
上記の記事の続きです。
この「国民会議」に期待したいのは注目を集めることです。現実にメディア各紙にも採りあげられているようで、著作権保護期間延長に反対する人がいるということを知らしめる一定の効果はあったと思われます。
次に、各所での課題設定を担っていくことが望まれます。そのためには社会への浸透力が必要となります。著作者であったり、法学者であったり、実務家であるという「国民会議」発起人の構成はその力を充分に持ったものと言えるでしょうから、ならば如何に効果的に情報を発信するかという話になります。
そして本来の目的の「議論」です。論理的かつ実のあるものが期待されます。果たして権利者側と四つに組めるか(権利者側が逃げたりしないか)が問われるところでしょう。
ただ、ここまで「期待したい」だの「望まれる」だの書いてて何ですが、国民会議の発足を安易に喜ぶとか期待するとかいうのは戒めたい気持ちも私にはあります。この会議はプロの人たちが中心になって結成され発進しようとしているところですが、我々のような素人衆もその先を考えていく必要があるだろうということです。
我々が国民会議での議論にどう関わっていけるのか。思えば「レコード輸入権」の時もプロの力がブレイクスルーをもたらしました(最近の例だと PSE 問題も記憶に新しいですね)。しかしそれと同時に署名運動やメール送信の呼びかけ、 Watchdog 活動があってこそ あれだけの盛り上がりを得たのも事実ではないかと。我々一人ひとりが運動を広げていったのも確かなのです。
著作権の保護期間について国民的な議論へと発展させていくためには、国民会議発起人の方々に依存していては不足だろうと思われます。そういう気持ちになりがちだなぁと自分で思えばこそ、の危惧なのですが。
課題として考えられるもの。国民会議の、ではなく我々自身の問題として。
まず議論の場にどう(具体的に)参加していくのか。特に私のような地方在住の人間はどうするのか。私個人の事情からすれば、基本的にはブログやメールといった文章を通しての参加ということになることでしょう。しかしその他にも何か出来ることがあるでしょうか?
そして私自身の(エンドユーザーとしての)意見をどう表明していくか。著作者があれだけ揃っている国民会議、その議論の中で私の果たせる役割と言えばやはり「いちエンドユーザー」としての思考に尽きますから(もっとも“著作者”すなわちブロガーとしての私のスタンスは既にブログ上で示してあります。クリエイティブコモンズのライセンスによって、です。「財産権」などハナから主張できやしませんがね)。
一番の問題は、この保護期間延長の議論をどう知らしめていくか。うちのような弱小ブログじゃたかが知れてるとも言えますが、かと言って何もしないという訳にはいきません。こつこつとやれることをやっていくとしましょう。
著作権の問題は、決して現役(あるいは過去の)クリエイターだけに関わるものではありません。我々エンドユーザー(その中でも未来のクリエイターとなり得る人たち)がどれだけ自分の問題として引きつけられるかが今問われています。
──と書くつもりで草稿を用意していたら、 『Copy & Copyright Diary』 さんでこんな記事が掲載されていました。
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20061109/p1
「『著作権保護期間の延長問題を考える国民会議』に期待します」
(Copy & Copyright Diary)
これまでにも書いたことがありますが、著作権について議論をする上で、以下の3点を念頭に置いてもらいたいと思います。
1.誰もが著作権者であると同時に、利用者であるということ
2.自分も当時者であるということ
3.自分が他者の著作権を侵害している可能性があるということ
これら3点は根は一緒で、1点目にあげたことに繋がります。
『Copy & Copyright 〜』さんが以前から(折に触れて)くりかえし述べてこられた内容です。いやこれは確かに重要な視点なんですよ。著作権強化論を唱える人たちは大体忘れてるけど(苦笑)。またブログなどで著作物(ブログ記事だって立派な著作物なのです!)を公表している我々にしても、他人事ではありません。
忘れずに意識しておきたいものです。
ところで国民会議には、保護期間延長に対して「条件付き賛成」「今のところ保留」という発起人も参加しています。「議論」を第一義としているためです。
私がこの団体に言及するときは基本的に「延長反対」の立場から意見することになります。が、ここでちょっと変わった角度で論じてみます。延長を是とする議論をするとしたら、その前提として最低限必要なものは何だろうか、と。
著作権法をどこまで改善すれば延長する弊害を極小化できるでしょうか。
1.無償・自由利用できるフェアユースを確立(保障)しておかねばならない
(私的録音・録画問題、試験問題集の件、パロディの件も含む。)
2.実効性のある強制許諾制度を確立しておかねばならない
(権利者が特定できない場合や許諾を得られない場合には、
簡便な手続で裁定を受けられるようにしておく。)
3.不遡及
(すでに存在している著作物については延長の対象としない。)
4.原権利者への延長分財産権の留保
(死後 50 年の時点で譲渡契約を一度白紙に戻すべき。
原権利者の遺族がきちんと延長分の利益を得られるよう手当てする。)
直感的にではありますが、ざっと考えてみました。まだまだ出てくるとは思いますけどねぇ。
■気になる発起人
まず、世話人ということで自己主張の時間が用意されなかった津田大介氏。おなじみ『音楽配信メモ』で私見を披露されています。
http://xtc.bz/index.php?ID=388
「『著作権保護期間の延長問題を考える国民会議』を発足しました&お願い」
(音楽配信メモ)
・著作権保護期間「死後」で計算されるのは、寿命の長さによって不公平が生じるので、「作品」ごとに一律「公表後○年で切れる」というようにした方がいい。個人的には作品の経済性などを考えると、公表後20年程度でパブリックドメインになるのが妥当ではないかと思っている。
・「死後50年」がベルヌ条約との絡みで動かせないというのなら、これ以上のむやみな延長は避けるべき。アメリカは50年から70年にしたあと、さらなる延長を目指している。70年が切れる時期が近づいたらさらに延びる提案がなされるだけだ。つまり、今回の問題は「50年にするか70年にするか」という期間の問題ではなく、「50年にするか永続的著作権にするか」というところに事の本質があると考える。
・健全な「創造のサイクル」を守るには、仏著作権法の「パロディ条項」にみられるように、保護期間内であっても一定の範囲でパロディやオマージュといった手法を使って合法的な創作活動が行える環境を整備すべきだ。
・この問題を考える際にもっとも重要なことは、創作のもっとも上流に位置する「クリエイター」本人たちが、権利を譲渡する著作権者・団体とは無関係な立場で議論に参加しなければならない。
──こういうストレートな物言いを津田氏に期待してるんですよ、私は!
あと記者会見の模様を MP3 でも公開されています。こういう細やかな配慮がネットを最大限に活かす津田氏の真骨頂かも(「レコード輸入権」シンポの時もそうでしたねぇ)。メディアの記事だとどうしても編集されていますから、オリジナルの発言内容に触れられるのは読み手としても助かります。
http://thinkcopyright.org/kaiken1108.mp3
11月8日: 国民会議記者会見
※上記『音楽配信メモ』記事内にリンクあり。
また、 http://thinkcopyright.org/ からも当該ファイルへのリンクがある。
さて、お次。
別役実氏です。記者会見の中では結構“ものわかりの良い”感じの発言に終始していたのですが、入試過去問にまつわる著作権問題を追い続けてる『入試過去問と著作権を考える blog』 さんでこんな指摘がありました。
http://d.hatena.ne.jp/phenotex/20061110
「別役実氏『著作権保護期間の延長、議論を尽くせ』」
(入試過去問と著作権を考えるblog)
興味深い記事を見つけた。あのセンター評論文第1問を各所から「削除」に至らしめた別役実氏が著作権の保護期間の延長に対して「慎重論」の立場から団体(「著作権保護機関の延長問題を考える国民会議」)を結成したということだ。(中略)
この著作権保護期間の問題については、入試問題での文章使用に対して比較的柔軟な日本文芸家協会が「70年」派、入試問題での文章使用に対して厳しい立場を取っている別役氏の方が「50年」派というわけだ。
『入試過去問〜』さんでも想像されているように、著作権が存続する間は最大限行使するということで論理矛盾は無いとの立場なのでしょう、おそらくは。「公共の財産になるという時期は早ければ早いほどいい」との別役氏の発言から受けるイメージとは若干食い違うようにも思われますが。
吊し上げるとかどうとかではなく、純粋に別役氏の見解を聞いてみたい気はします。著作権延長を否定するのと著作権を否定するのは正確には違うのですが、その反面、著作権が本質的に持っている問題点をこの議論があぶり出してしまうのは否めないのですよね。つまり入試問題で使われた著作物が試験勉強に供されないという弊害が保護期間延長でさらに増幅されるという。
なお別役氏の対過去問騒動については以下のリンクを参照ください(『入試過去問〜』さんへのリンクも含んでいますので、うちの記事で代表させています)。
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/05/post_0036.html
「赤本では受験勉強がままならない時代」
(エンドユーザーの見た著作権)
ところで。
発起人で気になると言えば、 『Copy & Copyright 〜』 さんが指摘されていた佐野眞一氏についても。リストの中に名前を見たときは“おお”と思ったのですが、実は著作権が満了した本について不穏当な発言があったりしまして‥‥。
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20040607/p1
「元気のある出版社」
(Copy & Copyright Diary)
「本コロ」検死編では、ダイソー文学シリーズが「青空文庫」のデータを使っていながら裏表紙に「本書の無断複写、複製、転載を禁じます」と書いてあることを、「盗っ人猛々しい」と一刀両断し、さらに
しかし、ダイソー「本」が零細書店の売り上げを奪っているとするなら、無償のわかちあいというその善意こそが、零細書店をじりじりと廃業に追い込んでいるともいえる。と青空文庫までも批判している。
(新潮文庫版 下巻 p.344-345)
青空文庫による著作物の自由利用は著作権保護満了と裏表であって、「零細書店の売上げを奪っている」などという表現はむしろ“保護期間=永遠にすべき!”的な発想に思われるのですが‥‥。
このあたり、佐野氏の中に変化があったのか否か興味があります。
もっとも考えの異なる人たちが国民会議の中にいることは、「議論」を目的とする集団である以上、不都合はありません。議論を活性化する役目を果たしてもらえれば却って大きな利益となることでしょう。
延長反対派の意見がどうしても強調されてしまう中で、それと異なる意見が出づらくなってしまわないことを願っています(でも自己表現のプロの集団なんですから杞憂でしょうね、たぶん)。
■読売新聞の記事から──
「著作権の保護延長/“不平等条約”も課題」
(読売新聞 2006年11月11日付 11面)
※署名記事:解説部・鈴木嘉一氏
8日に発足した「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」は、「延長によるさまざまな影響を危惧する声もある。国民的議論を尽くさずに延長を決めないように」という要望書を文化庁に出した。(中略)
国内では「著作者の死後50年」とされている保護期間については、「著作権問題を考える創作者団体協議会」が9月、欧米並みの「死後70年」に延長するよう文化庁に要望した。こちらは、日本文芸家協会や日本音楽著作権協会など16団体で組織される。
(中略)延長の是非論では、戦時加算も論点の一つだ。
(中略)連合国側には加算の義務はなく、日本と同じ敗戦国の独や伊も事実上課せられていない。戦前、戦中にかけて日本の著作権保護の水準は、欧米に比べて低かった事情などが理由とされる。同協議会は「一方的な不平等条約を解消するためにも、保護期間を欧米並みにして、交渉の出発点に立つべきだ」と主張する。
(中略)著作権の世界では、“戦後”はまだ終わっていない。延長の是非は、国内の著作者と一般の利用者だけの問題ではなく、国際的視野からプラスとマイナス両面の具体的な検討も欠かせない。
国民会議の結成について、 11月11日付 読売新聞の解説面でも採りあげられていました。ただし記事の内容は、前半が国民会議と「著作権問題を考える創作者団体協議会」との主な対立点を示すにとどめ、後半では「戦時加算」を中心に紹介しています。
「延長の是非は、国内の著作者と一般の利用者だけの問題ではなく、国際的視野からプラスとマイナス両面の具体的な検討も欠かせない」だなんて、何だか「戦時加算」が無くなるなら延長にもメリットがあるみたいな含みを持たせているように読めなくもありません。
「戦時加算」に対する協議会側のこういった楽観について、国民会議の記者会見の中でそのものズバリの反論が示されています。 20 年の保護延長を先に提示しておいて 10 年の戦時加算を「諦めて」貰うなどという交渉法は下の下、結局は 70 年+戦時加算になってしまうでしょ、と。
国内並みの権利行使を想定して付与した貸与権が、海外の権利者によって最大限に行使されてしまった例を思い出したりもしますね。楽観もほどほどにしてもらいたいものです。
Posted by 谷分 章優 知財戦略, 著作権保護期間延長問題, 著作権行政 | Permalink
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すでに多くのブログで取り上げられているのでいまさら私が書くこともないのですが、とりあえずメモ代わりに。
ちなみに私は延長反対の立場です。たとえば「今ある新聞や雑誌が戦前・戦中に何を書いていたか」を検証することは、保護期間延長でより困難になるのではないでし....... 続きを読む
受信: 2006/11/26 14:39:23



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