津田大介さんは闘い続けている。
文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会では「中間整理」に向けて議論が大詰めになっているところなんですが、 ITmedia での報道がきっかけでちょっと物議をかもしてしまった事柄があったりして。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0709/05/news073.html
「補償金はDRM強化よりまし?——私的録音録画小委員会で議論」
(ITmedia News)
http://xtc.bz/index.php?ID=472
「『ダウンロード違法化/iPodの補償金対象化』がほぼ決定した件と、
ITmediaの記事で抜粋されている発言についての補足」
(音楽配信メモ)
要は、 ITmedia の宮本記者が、「DRMが強化されるか、補償金を支払うかの2択なら、補償金を支払う方を選ぶ」と津田大介委員が小委員会で発言したと報じたことで起こった混乱なのですね。その前提となる考えをすっとばして報じてしまったがために。
ちなみに今では当該部分は次のように訂正されています(その前の文章は私の前の記事で引用していますのでそこを参照のこと)。もし未読の方がいらっしゃいましたら御確認ください。
IT・音楽ジャーナリストの津田大介さんは「録音・録画に使わない機器からも補償金を徴収されるのは、消費者として納得できない」とし、もし徴収するのなら実効性のある返還制度が必要と主張する。さらに「補償金制度の維持・拡大が避けられないなら、機器1台当たり十円など消費者に負担感がないほど安価に設定した上で、家庭内の私的複製が現在と同様、自由に行えることが必須」と主張。「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある。DRMが強化されるか、安価な補償金を支払う代わりに自由に私的複製できる状況を取るかの2択なら、補償金を支払う方を選ぶ」とも語った。
最初からこれだったら、まだしもマシだったのかも判りませんがね(私が宮本記者に対して書いた批判を撤回するほどのものではありませんが)。
なお津田さんの真意は『音楽配信メモ』の記事で書かれていますので、それも引用しておきますか。
さて、問題となっている記事中の「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある。DRMが強化されるか、補償金を支払うかの2択なら、補償金を支払う方を選ぶ」という発言だが、これは確かに俺は言った。
(中略)
えーと、細かい発言はあとで文化庁のサイト上で議事録公開されるので、それを追ってもらえばと思うけど、「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある」という発言の前に俺が言ったのは「この2年間のなかなか進まない膠着した議論を見てきて僕が思うのは、そもそも論的なものが有効に機能してもし補償金がなくなったら、権利者の人たちは確実にDRMを強化してくるだろうなということ。良い悪いではなく、そういう厳しいDRMが普及する状況になって消費者が自由にコンテンツを楽しめなくなるのなら、返還制度がきちんと実効的に機能する枠組みがある上で1台あたり数十円とか上限を非常に安く設定して補償金を払い、その上で家庭内の私的複製を阻むようなことを権利者がしない……つまり補償金がなくてDRMが厳しい世界と、広く薄い(十分に安い)補償金払って家庭内ではコンテンツを自由にコピーできる世界の二択しかないなら、僕は後者を選ぶ」というような趣旨のこと。細かい発言とは多分違うかもしれないけど、少なくともそういう意図があってかなり細かい条件を付けて、この話をした。
あともう1個重要なのは、この話が椎名委員から「賛成だ」と言われたので、それに対して釘を刺す意味で「ただし、補償金払って良いとさっき僕が言ったのは、返還制度が機能して、十分に安い補償金で、さらには家庭内では自由にコンテンツのコピーができるような環境を権利者がきちんとユーザーに対して保証するという前提があれば、という話。少なくとも今議論の俎上にのぼってる「著作権法30条を改正して、ネット上に上がっている違法著作物のダウンロードを私的複製の外に置いて、ダウンロードする行為を犯罪化させるような状況だったら、補償金払うことは飲めませんよ」という趣旨の返答をしている。
つまりこれは、現実的には文化庁の思惑や権利者の主張とこの審議会の審議の動き方を見るに、「補償金なくしてDRMバリバリの世界にいくか、補償金払う代わりに今までの私的複製の自由な範囲はいじらない」という二択しか(この審議会においては)現実解として存在しえないだろう」と俺が判断して、そんな状況に対してある種皮肉混じりで発言した部分もあるわけです。
では、なぜこのような発言をせざるを得ない状況になってしまったのか。
■私的録音録画小委員会のこれまでの流れ
詳しい話は議事録を参照していただきたいのですけれども。
基本的に、私的録音録画補償金をめぐる議論の主要課題としては「著作権法第30条の対象となる私的録音・録画の範囲の確定」と「私的録音・録画が本当に補償の必要な行為なのか」という二点が挙げられます。で、前者の議論から出てきたのが「違法複製物・違法配信からの私的録音・録画を第30条対象から除外する」「適法配信からの私的録音・録画を第30条対象から除外する」という話でした。こうした、著作権第30条(私的使用目的の複製)の対象を狭めるという考えに対しては津田さんを始めとした委員から疑問の声も挙がっているのですが、(そうした声が少ないこともあって)これを無視し進めてしまう流れが出来てしまっています。
後者についても、(補償の必要性を示せという)そもそも論の要求がメーカー・ユーザー側から挙がっていたにもかかわらず、結局「仮に権利者の不利益があるとした場合の制度設計」という詭弁が持ち出され、補償金制度存続・拡大を前提に議事が強行されてきたということが言えます。
そして私的録音録画小委員会の現在、なんですが。
10月の著作権分科会での報告に向け、「中間整理」をまとめる議論に入ってしまっています。それまで残された会合は2回、補償金制度についての議論にあらかた充てられてしまうでしょうから、津田さんが仰るように第30条縮小問題の方向性が「中間整理」までに転換されることは無いでしょう。
著作権分科会での報告で「中間整理」が了承されたら、これについて意見募集が実施されます。国民が直接意見を述べる唯一の機会と言っても良いです。おそらく10月中旬です。
第30条関連については、もはや小委員会の外で議論を巻き起こすしか無くなってしまいました。今そうしたフェーズにあるのが正直なところなのです。津田さんもこの法改定の動きに対して警鐘を鳴らし、パブリックコメントの提出を呼びかけ始めていらっしゃいます。
http://ascii.jp/elem/000/000/065/65719/
違法コンテンツのダウンロードが“罪”になる
(ASCII.jp)
第30条縮小について注意すべき問題点が上の記事で述べられています。これを読んで、法改定に納得できない方はパブリックコメントの提出を御検討ください。もし本気で止めようとするなら、審議会で議論されている段階で食い止めるしかありません。
ちなみに、第30条縮小に関する私の見解はここに書いてあります。
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/04/post_2bb1.html
「私は、国民が文化に触れ、文化を語り、
文化を受け継いでいくことを妨げる法改定には反対します。」
(エンドユーザーの見た著作権)
ただし私の上の記事は、書いた当時(今年4月)時点の知識で書いていますので、今の知識で考えているのと若干の違いがあります。上記リンクの津田さんの話にもあるのですが──
●今回30条から除外されたとしても、その行為について刑事罰は科せられない。
●今回の除外は「録音・録画」に限定される。
ということを念頭において読んでいただければ幸いです。
それでも私が危惧している「国民が文化に触れ、文化を語り、文化を受け継いでいくことを妨げる」事態に陥りかねないという見解に変更はありませんけれども(上記2点の“限定”をもってしても、ユーザーが民事訴訟を提起される可能性が残ること、他の著作物に対象が拡大しかねないこと等の問題がなおも残っているというのは津田さんの発言にあった通りです)。
■「二者択一」と「死に至る病」
最初の、私的録音録画補償金と DRM との関係の話に戻ります。
これを考えるにあたり、まず前提とすべきことがあります。
──補償金制度と DRM というのは並存してしまっているのですね、現状。
本来は「ユーザーが私的録音録画補償金を支払うことで私的録音・録画の自由を維持する」との名目で導入された制度ではありました。しかしコピーワンスであったり「コピーコントロールCD」であったり、補償金制度の下で私的録音・録画の自由を脅かすような実態が進んでいったのは皆さんも御存知でしょう。私的録音録画補償金の存在自体がユーザーの理解を得られないでいる主な原因のひとつであろうかと思われます。
加えて、今の私的録音録画小委員会(とりわけその事務局)の見解としては、補償金制度と DRM の共存を前提に議論を進めているという実態もあります。つまり補償金制度を維持しようが拡大しようが、 DRM の存在とは関係ないと。コピーワンスが撤回されることも(一応「緩和」が予定されているらしいのですがね──ユーザーにとって不充分なのは言うまでもないでしょう)、私的録音・録画を妨害する仕様の DRM の導入を否定することも拒否していました。
補償金と DRM の組合わせを考えたとき、ユーザーから考えれば有りか無しかということで利便性を判断しますのでそうしますが、「補償金あり DRM あり」「補償金あり DRM なし」「補償金なし DRM あり」「補償金なし DRM なし」の4通りを想定できます。
「補償金あり DRM あり」が現状なのは先に書いた通りです。しかしこの現状を我々が許容できているのかと言えば、私からすりゃフザケンナってところ。そもそも私的録音・録画を妨害するような仕様のコンテンツは買いませんが、私的録音録画補償金制度の存在理由(上記の「私的録音・録画の自由」云々)を聞くたびに欺瞞だと感じずにはいられません。
「補償金なし DRM なし」という選択肢はハッキリ言ってあり得ません。補償金が廃止された後で DRM も市場から駆逐されるという段階的変化の結果でない限りは実現不可能でしょう(市場からの駆逐は「着うた」の例を見れば望み薄といったところでしょうし)。論理的に見ても、私的録音・録画すべてが権利者への経済的不利益を発生させているとは証明できていないのと同様、私的録音・録画すべてが権利者への経済的不利益を発生させていないとも証明できていません。私見ですが、録音・録画の態様によって経済的不利益が発生したりしなかったりするのではないかと思われます(絶対に不利益が発生しないとか考える方はぜひ論証に努めてください。自分に有利な場面だけ想定できるわけではありませんから、かなり骨ですよ)。だからこれも選択肢として使えない。──それ以前の問題として、権利者が受け入れるわけないですけどね。
となると、現実にあり得る未来について選択肢を設定するなら「補償金あり DRM なし」「補償金なし DRM あり」の二者択一ということになります。
このうち、「補償金なし DRM あり」を選択したらどうなるでしょうか。 DRM で私的録音・録画が制限される場面が発生すると考えられますが、その DRM が社会に受け入れられるかどうかは市場が判断する結果に依ります。そこで考えられる未来はふたつ、〈権利者がガチガチの DRM をかけて市場が抵抗する〉〈権利者が軽 DRM または無 DRM を採用して市場と和解する〉です。
しかし著作権者らの抵抗によって日本での著作物利用が阻害されている現状を見れば、こうした DRM への傾斜が市場との大きな摩擦を生むことは間違いありません。そして業界(この場合はアーティスト・レコード会社等の両方)もユーザーも疲弊し市場が縮小していくことが予想されます。中には「もう音楽なんて聴かねーよ!」と離れていく人も多く出てくることでしょう。
私流で言えば〈ゲリラ戦が始まる状態〉で、そこまで消耗しながら音楽のために闘える人間がどれだけいるというのか疑問だったりします。津田さんの話に私が共感するのもこういう認識から。
現実解ということで言えば、おそらく津田さんが仰るように「補償金あり DRM なし」を求めるのがいささかマシということになります。
実は『音楽配信メモ』での記事の前に津田さんがこの問題をズバリ論じている文章があったりしますので、それも紹介しておきます。新著 『CONTENT'S FUTURE』 のプロモーションとして配信されたネットラジオの後で、チャットを使って質疑応答をした時の模様です。
http://blog.shoeisha.com/contentsfuture/2007/09/q2_drm2drm.html
「【補償金】Q.2 補償金とDRMの究極の2者選択ですが、……【DRM】」
(CONTENT'S FUTURE)
あるべき未来を考えたときに、上の二者択一にすることを「詭弁」だとか「ミスリード」だとか呼ぶことが的はずれだということは言うまでもないでしょう。 ITmedia の記事や『音楽配信メモ』での反論を受けて、そういう声が少なからずあったんですが、私の印象はそんな感じでした。
むしろ、あの二者択一は「補償金あり DRM あり」という可能性を拒否する意志の表われであると私は解釈しています。津田さんは闘い続けている。──著作権法第30条の縮小が規定路線で進み、私的録音録画補償金も維持、それどころか拡大されようとしている今。ユーザーにとってギリギリ容認できるラインがどこなのか、それを見極めなければならないところにまで追いつめられているということです。いつも同じことばかり議論していて進展が無いとかいう認識では見誤りますよ。むしろ状況はもっと悪い。
他人を冷笑したり皮肉言ったりするのも勝手ではありますが、自分の考えを具体的にぶつけることを模索しないと取り返しのつかないことになるということは指摘しておきます。
──最後に。パブリックコメントを提出することに対して“やってもムダ”的なことを考えている方も少なからずいらっしゃるようなのですが。
まぁ正直な話、文化庁ってのはパブリックコメントを無視して好き勝手にやる傾向はあります。まして意見募集すらまともに周知しようとしません。何せ募集要項を文部科学省や文化庁のサイトに掲載しなかったりするくらいで。
しかし、だからと言って何をやっても無駄だという訳ではないのですよ。まず反対意見の存在を顕在化して連中に思い知らせなければ始まらないというのもあります。これまでの行政に対するネットユーザーの運動というのはこれの積み重ねでした。 2004年の いわゆる「レコード輸入権」の問題から始まって、 2005年の 私的録音録画補償金問題、 2006年の中古家電 PSE 問題など、パブリックコメントや行政に対する働きかけが事態の展開に影響した例は少なくありません(それから今、総務省でも地デジに関するパブリックコメントを募集していますよ!)。
私的録音録画小委員会に津田さんが出席しているのもその成果の一つです。確かに現状はかなりキツイところに追い込まれてはいますが、あそこで闘い続ける津田さんをどうバックアップできるか。その視点でパブリックコメントを考えていただきたいのですよ。
パブリックコメントは、文化庁に対する示威行動であると同時に、津田さんに“弾薬”を渡せる数少ない機会でもあるということです。
Posted by 暇人#9 映像愛好家の危機, 知財推進の弊害, 踊る文化庁, 音楽と著作権 | Permalink
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補償金はDRM強化よりまし?――私的録音録画小委員会で議論 http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0709/05/news073.html 今日、ニコニコ動画にUPされているものを検索していて、あることに気がついた。 「補償金はDRM強化よりまし、というのは権利者のシナリオ... 続きを読む
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受信: 2007/10/13 18:15:58



コメント
初めまして。興味深く読ませてもらいました。
このままでは非常に危険ですね・・。
今後、CDプレイヤーだけで音楽を聞くというのは考えにくいので
補償金はCD販売価格に加えたら良いと思うのです。
ダウンロード販売においても、DRMの有無で価格を変えて対応可能ですし。
こんなことは既に議論が終わったことなんでしょうか??
補償金や著作権管理の範囲をアーティスト側が自由に選べる用に
JASRAC?のサービスが充実すると良いのですがね!!
投稿 kayu | 2007/09/11 23:45:34