「フェアユース」導入への賛成・反対というのは、今の制度をどう評価するのかで分かれるのかな
11月21日に「ネットワーク流通と著作権制度協議会」という団体が発足した。報道によれば、会長には法学者としても著名な新潟大学名誉教授・弁護士の斉藤博氏、会長代行に著作権の審議会の委員でもある弁護士の松田政行氏、理事には慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の岸博幸氏ら7人が就任したとのこと。同協議会は、弁護士・クリエイター・権利者団体など約100人の個人会員がいるらしい。
当初、日経から発足前の速報が出たときには、「デジタルコンテンツの種類や利用方法ごとの金額など利用条件を検討する」のが目的だと報じられていた。しかし設立総会を伝える記事を読むと、フェアユースのことも大きく取り上げられていたようだ(日経系の記事だからというのもあるかも知れない)。協議会の中で、「デジタルコンテンツの流通促進」と「日本版フェアユース」とそれぞれに分科会を置いて検討する。
●「フェアユース」とは
(※ここのセクションはどう説明するかの試みなので、フェアユースをご存知の方は飛ばして結構ですよ。)
「フェアユース」というのは、「公正な利用」との大まかな枠を設けて、その範囲内で著作物を使っても著作権を侵害したとはみなさない制度のことだ。これはさすがに著作権でやめさせるのは酷だろうという事例や、当然に著作権の及ばない自由な領域にすべきだという事例など、裁判所に判断させる仕組みだ。
そうした漠然な「公正な利用」の範囲がどうなるかが問題だが、法律の中では判断基準を挙げておくにとどめる。そしてケースバイケースで裁判所が判断したものが今後積み上がり、適法と違法の境目が浮かび上がってくる。権利者が利用者を訴え、利用者の側が「フェアユース」を主張し、それが裁判所に認められれば適法行為のお墨付きを貰える。
これまでの日本の著作権法では「フェアユース」の規定は無かった。著作権は、複製や演奏やネット配信といった行為を権利者以外には「禁止」する形で保護されている。権利者は他人が禁止された行為を「許諾」することで対価を得る仕組みだ。しかしそれだけでは、家庭内や図書館・教育現場・報道などで、メモやコピー・論述ができなくなるから、社会的に困った事態になる。そこで、そうした個別の事例を並べる形で著作権法30条以下に「権利制限規定」が置かれている。限られた範囲で権利者の著作権を制限して、他の人がその中でなら自由に使えるようになるという意味だ。
個別に書かれた事例に当てはまらないと禁止されてしまう。この融通の利かない制度設計のために、社会が変化していくとさまざまな問題が起こる。たとえばネットに掲載された文章をサーバー内にコピーして検索エンジンを作るとか、一般の人が本を朗読して録音図書を作るとか、図書館に頼んで資料のコピーをFAXで送ってもらうとか、そういったことは厳密には「違法」だ。
先の例は、これくらいなら許しても良いのではないかと考える人がおそらく多いのではないか。法律を変えて、個別の事例に加えていくことも可能だ。しかしそれが実現するまでおそろしく時間がかかる。そこで「フェアユース」で大枠を定めておいて、利用者が自分の責任で適法性を考えて著作物の利用を行ない、問題が起これば裁判で白黒つけてもらうのが早いというわけだ。
アメリカのフェアユース規定(1976年の改正で追加)は、数ある裁判での判断が積み上がった結果を法律に反映させたものだ。日本でアメリカ著作権法を参考に「フェアユース」規定を真似するとすれば、先に条文を入れてから裁判例を積み上げていく逆の流れになる。規定が無い現状では日本の裁判所は「フェアユース」の考えを認めていないから、規定を先にしないことには、「フェアユース」の範囲を示せる裁判所の判断そのものが出なかった。
日本の知財行政の方向性を決める知的財産戦略本部(知財本部と略す)では、専門調査会による報告案は既にパブリックコメントにかけられ、11月27日にその意見をふまえて同専門調査会で検討される予定だ。たぶんそこで報告の最終的な形が見えるだろう。
そして今後は著作権行政を担当する文化庁へ、「フェアユース」の規定ぶりを検討するよう引き継がれる。
●日本は訴訟社会ではない?
さて、「ネットワーク流通と著作権制度協議会」の設立総会で、フェアユースの慎重な検討を求める意見が出たらしい。報道の数が少なく、確かな内容を把握しづらいところではある。ただ以下のような意見は、著作権分科会での日本文藝家協会・三田誠広委員の意見や、知財本部の専門調査会で意見聴取を受けた実演家著作隣接権センター・椎名和夫氏の意見(PDF)とも通じるところがあるので、慎重論を一般化したものとして捉えることにする。
まず、報道にあった発言の要旨を箇条書きにする。
・最小限のものでなく、比較的オープンな一般条項を作ろうとしている
・例外という権利制限の位置づけをひっくり返す可能性がある
・フェアユース規定をめぐる裁判を日本でできるのか
・補償金のような中間的解決策を採りにくくなるのではないか
・裁判をしない限り、「フェアユース」と強弁する人を止められない
・一般条項の根本的考え方を議論しておかないと、国民が一致した考えをもっていない現状、後で困ることになる。
事実関係と照らし合わせるにとどめ、特に上の意見に感想は述べない。
「フェアユース」の趣旨からすれば、ある程度の範囲を持たせた「オープン」な規定にするのは当たり前。それが狭すぎれば個別事例を列挙するこれまでのやりかたと変わらない。それでは足りないと考えるからこその議論だ。
知財本部の専門調査会で検討していた際の話では、個別列挙の規定を残した上で、その他の「公正な利用」を法律に書き込むことを想定している。一緒に判断基準も書き込んでおき、それに基づいて個別事例からこぼれたものを判断して「例外」扱いに加える。
日本では、「フェアユース」についての司法判断はまだ積み重ねられていないが、著作権をめぐる裁判はすでに数多く起こされている。根拠となる規定さえ作られれば、「フェアユース」を争点とする訴訟は今後いくらでも登場するだろう。
フェアユースだと認められそうなら権利者も裁判をためらうだろうし、逆に認められなさそうなら「補償金」での解決を利用者が望む結果になるかも知れない。それを受けて法改正されることだってあるだろう。むしろ裁判を受けての補償金の設定の方が、一から話し合いで作り上げていくより早く済む可能性すらある。
「フェアユース」規定のあるなしにかかわらず、法律の解釈が正しいか間違ってるかは裁判を経ないと判らない。まったく同じ前提の裁判例があるのなら別だが、裁判所の判断すらケースバイケースである。
社会の複雑な状況を日本語の文章で示しながらルール付けする法律について、専門家である法学者の間ですら解釈が分かれることが珍しくないのに、国民が「一致した認識」を持つなんて無理だ。そこで考えに食い違いが生じるからこそ訴訟が絶えない。
「フェアユース」導入論へのこうした反応を見ると、彼らがどう現状認識しているのか興味が湧く。訴訟社会でないと考えているのか、訴訟に持ち込まなくていいほど著作権が守られていると考えているのか、「フェアユース」以外に今後の裁判が増える要因が無いのか、など‥‥。
権利を守るために裁判を起こすような状況がいけないと言うのなら、そう主張する同じ口で、録画ネットのような、日本のテレビ番組を海外で見たいから業者に頼んで録画機を実質的に預けていただけのサービスを訴訟で停止させた放送局を批判してほしい。まねきTVも同様に差止めようと訴訟を続ける放送局を批判してほしい。
それに、家庭内での様々なコピーを許している著作権法の30条から、「違法」に複製されたものや「違法に」配信されたもの、そして適法に配信されたものまで除外しようとしている文化庁やレコード業界・映画業界を批判してほしい。これだって、結局は裁判に訴えなければ実効性は無いのだから(本筋ではないので長くは書かないが、ユーザーが訴訟の当事者になった場合、適法に入手したものですら証明できないからこそ私はこの種の法改定に反対している)。
すでに、日本の著作権の世界は、何か新しいことが起これば訴訟に起こされるようになってしまっている。先の録画ネットやまねきTV、あるいは選撮見録、ブレイクTVのような例もある。いずれも「フェアユース」規定があればそれが争点になり得る事例ばかりだろう。適法だと認められるとは限らないにしても、だ。
三田誠広氏は審議会で、「日本という国はこれまで,裁判で決着をつけるのではなく,なるべく話合いで解決するということが,国民性にも合致しておりますし,長い慣習でもあろうかと思います」と発言しているが、訴訟は現に起こっている。
だから「フェアユース」導入の是非を考える際にも、誰もが訴訟の当事者になり得るのだと想定する必要がある。かつて法律の条項が書かれた時には想定されていなかった新しい試みを思いつき、実行したために訴えられた挑戦者が裁判で「フェア」な判断を受けられるようにだ。
これまでは、新しい提案をしても、裁判で「法律に書いてないからアウトね」と判断されるだけだった。試みが無駄になるような不毛な状態を何とかしたい、裁判所の判断基準にも「フェア」かどうかをもっと取り入れて欲しい――という思いが、「フェアユース」導入の動きにはこめられている。
「フェアユース」という主張のよりどころが与えられても、裁判で敗けてしまう人はいるだろう。しかし武器が無いために潰され放題だったこれまでよりは、僅かでもマシになれってくれればいい。あれもダメこれもダメと禁止事項でがんじがらめにされてきた挑戦者が、「フェアユース」規定で後押しされて、もっと世に出てこられるのならば‥‥。
Posted by 谷分 章優 知財戦略, 著作権, 著作権行政 | Permalink
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