「過去小委員会中間整理に関する意見(個人)」
――とりあえず提出しましたよ!
まぁ、基本的には、前に公開したやつをベースに書いたのですが。
概要の方を見ながらメモを取った後で本文と付き合わせたような書き方ですんで、文言の引用は概要の方が中心になっております。
保護利用小委(文化庁としては「過去小委員会」)のパブコメは文化庁の「意識調査」へ連動される予定なんですけど、個人名義で送った人にしか「意識調査」の回答権が与えられないようです。なので物申したい方には是非パブコメの提出をお勧めします。出した人全員に意識調査の声がかかるとは限らないかも知れないですが。
たとえばこんな感じで一言でも良いのではないかと。
タイトル「過去小委員会中間整理に関する意見(個人)」
1.個人/団体の別: 個人
2.氏名: ****
3.住所: ****
4.連絡先: **@**
5.該当ページおよび項目名:
第3章 保護期間の在り方について(全体として)
6.意見:
保護期間の延長には断固反対!
これを kako-syo@bunka.go.jp へ送る、みたいな。
さて、私が送ったパブコメを以下に転載します。
5.該当ページおよび項目名:
第2章 過去の著作物等の利用の円滑化(全体として)
6.意見: 以下のとおり
保護期間を原則死後70年に延ばす際に生じる多くのデメリットが延長慎重論の論拠である(ただしそれらが論拠の全てではない)。これを受けて、そのデメリットを減じる施策を考案し、延長への議論を進めるという手法は論理的にはあり得るところである。
しかし保護期間延長のデメリットを減じるという触れ込みで“利用促進策”が本「中間整理」で提言されている割には、その範囲は不当なまでに狭い。
「過去の著作物等の利用の円滑化方策」(中間整理4ページから)については、もっぱら放送番組の二次利用を前提とした著作隣接権の集中管理や、権利者不明の場合の裁定制度の活用など、範囲が限定されすぎていると言わざるを得ない。
その一方で、延長の際に必ず問題となることが予想され、かつ現に(保護期間内であっても)流通を阻害する要因として考えられるものはこの検討範囲の外にもある。たとえば多数権利者が関わり、そのうちの僅かな反対によって利用が妨げられるケースについて、中間整理はどれだけの方向性が打ち出せているか。
この種の問題を解決する策として有効だと考えられる権利の集中管理は、確かに著作権分野や放送番組での著作隣接権においては権利者側の努力が始まってはいる。しかし放送番組以外のジャンル――たとえば音楽配信や動画配信(とりわけDVDと競合するようなダウンロード販売によるもの)について、関係権利者間の意向の食い違いが見られ「集中管理」と呼べる状態には無い場合が多い。海外ではさまざまな配信の試みが行なわれ、中にはビジネスモデルとして定着したものも出始めている中、それと同じコンテンツを日本のユーザーが享受できない問題が発生している。iTunes Storeでの米国版と日本版のカタログの差異などはその代表と言えるだろう。
場合によっては日本から海外のサービスを使うという方法もあるが、それでは国内産業振興の観点から解決策と呼ぶことはできまい。国内での著作権・著作隣接権の集中管理を進め、少なくとも海外で適法配信されている著作物は、日本でも同様の仕様で配信されることが可能なようにすべきであろう(それは原権利者の意思として流通を考えているということでもあるのだか)。
「アーカイブの円滑化」(中間整理38ページから)については、そのアーカイヴを作成する主体を著しく狭めて検討されているのが問題である。図書館(とりわけ国立国会図書館)・博物館、あるいは自らが番組の権利者でもある放送事業者が作成する場面しか想定されていない。
しかしながら、インターネットによるアーカイヴサービスが一般化しつつある現在において、むしろアーカイヴの主体として考えるべきはネット上でのサービス事業者や個人ユーザーである。
特に、ネット上に浮かんでは消えるコンテンツの保存において、そのアーカイヴィングを国立国会図書館だけに委ねるのは、予算の面で言っても手間の面で言っても酷に過ぎると言え、また実際問題として網羅性を確保するのは不可能であろう。そこで重要になってくるのが米国でのInternet Archiveのような民間事業者であったり、個人ユーザーの手によるアーカイヴ(要は転載)である。民間・個人が主体となって非営利で行なわれるアーカイヴについては、一定の要件を付した上で認めるべきである。
「中間整理」で想定されていた主体以外についても(一定の要件を設けるにせよ)検討を加え、言ってみればインターネット全体がアーカイヴであり続ける施策を打ち出す必要がある。
5.該当ページおよび項目名:
第2章「過去の著作物等の利用の円滑化」
第2節「多数権利者が関わる場合の利用の円滑化について」
6.意見: 以下のとおり
「多数の権利者が関わる場合の利用の円滑化」(中間整理10ページから)において想定されているのは放送番組だけである。実演家の権利が実質的に“買い上げ”られていたり「ワンチャンス主義」で既に消えてしまっていたりするような音楽・映像分野においては、「多数の権利者が関わる」ゆえの流通阻害が起きていないとの前提で検討がなされているようである。
しかし現実に海外との比較で「流通阻害」が目に見えて起こっているのは寧ろそうした音楽・映像分野である。法律や契約により著作隣接権の行使は出来ないことが多かろうが、原権利者(著作隣接権者)だった実演家が流通を望みながら、現在の権利者によってそれが止められているという「多数の権利者が関わる場合」の流通阻害を解消すべきである。
また、放送番組に限定して検討された筈の「利用の円滑化」方策においても、結局は「必ずしも不当な理由による許諾拒否とは言い切れず、むしろ、実務上は、インターネットの番組配信がビジネスモデルとして未成熟であることや、引退等の理由で不明者の許諾が得られないことの方が問題」とし、「明確に効果がある制度的な対応策を見出すことは困難だが、引き続き権利の集中管理の促進、適正な利益再分配ができるビジネスモデルの構築等の関係者の取組が必要」との結論に至っている(以上の文章の抜粋は中間整理概要から)。これでは検討する前と変わっていない。何も言っていないのに等しい。
海外において新たな試みが次々と登場する中、日本ではネット配信ビジネスにおいて閉塞感に包まれている。せめて海外で一定の成果が見られるビジネスモデルについては、同等の条件で許諾を出せるよう方策を考えるべきではないのか。そして如何にして権利者への対価の還元を実現するかを考える方がよほど建設的というものであろう。
著作物というのは、市場を流れなければ利益を生まない。
5.該当ページおよび項目名:
第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
第3節 権利者不明の場合の利用の円滑化について
6.意見: 以下のとおり
現行著作権法にも、権利者不明の場合には一定の要件を求めた上で裁定制度の利用が認められてはいる。しかしこの裁定制度の手続きは、合理的な範囲で簡便になる必要がある。裁定制度のハードルがそのまま著作物利用の妨げとなってしまうのでは本末転倒である。
また、「著作隣接権について、現行裁定制度と同様の制度が設けられていない」(中間整理26ページ)との認識を重く受け止めるべきである。たとえば一定数の関係権利者(原権利者も一定条件で含めて考えている)の許諾を得られれば利用可能となるような裁定制度なども考慮すると良いのではないか。音楽配信においてレコード会社が許諾を拒否していても、アーティスト側で配信を望んでいる場合には裁定制度の利用で配信可能とできるような。
中間整理では制度的対応策として、権利制限規定と事後承諾的な使用料支払いによるA案と、第三者機関への供託を定めるB案とが提案されている(29ページから)。
これらは必ず相反するというものではなかろう。両方を組み合わせて実現することもおそらく可能だ。そうした柔軟な姿勢で、実効性ある制度の実現を目指すことを望む。
5.該当ページおよび項目名:
第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
第4節 次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
6.意見: 以下のとおり
アーカイヴ活動の円滑化に関する整理の中で、「インターネット技術を活用して情報を共有する習慣が広まってきている中で、インターネット等を通じて多くの者が情報を共有できる環境を整備することが重要ではないか」としておりながら、そのアーカイヴの主体を「コンテンツ事業者自ら」と「図書館等を代表例として」しか考えないのは何故か(以上の文章は中間整理概要より抜粋)。
中間整理の中では「インターネット等を通じて各種のコンテンツに国民が容易にアクセスできる環境を整備することが重要との問題意識に照らした場合には、コンテンツ提供者が自ら構築するアーカイブであっても、図書館等のコンテンツ提供者以外の主体が行うアーカイブであっても、国民が容易にアクセスできるようになるとの面で同様の効果があり」(39ページ)とされているが、やはり重要な点が抜け落ちているように思える。
インターネット技術の活用という点においては、コンテンツ事業者も図書館も他のネットサービス事業者も個人ユーザーも変わりなく、ある者が可能なアーカイヴ手段は殆どの場合 他者にも可能である。多くの者が関わるなか僅かなリソースでも持ち寄り、世界規模でそれを集積することで巨大な情報アーカイヴを実現するというのがインターネットである。
情報をほんの何カ所かに集中するのではなく、もっと分散的に蓄積する手段を想定し、制度を考えるべきであろう。
5.該当ページおよび項目名:
第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
第4節 次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
6.意見: 以下のとおり
中間整理42ページから書かれている、国立国会図書館において「納本された書籍等を将来の保存のために直ちにデジタル化(複製)することが認められる」よう著作権法上明確にするとの方向性は支持する。
その一方で、国立国会図書館でデジタル化された資料について「館内閲覧やコピーサービスのルールについて関係者間で協議が必要」「図書館間の相互貸借を円滑に行うための方策について関係者間で協議が必要」とあるが、これらの資料活用法に制限を加えてしまってはデジタル化した意味が減じられてしまうのではないか?
最低限、現に絶版などの理由で入手不可能となっている資料のデジタル化されたものについては、館内閲覧・コピー提供・相互貸借を可能とするよう制度的に担保すべきである。またこの担保の際には、無償原則によって図書館が社会的インフラとしての役割を要求されていることも忘れてはならない。
「記録技術や再生手段の変化に対応するための複製について、著作権法第31条第2号の解釈により可能であることを明確にする」とのことであるが、これが規定で明確にすることではなく解釈によることとした理由をもう少し明らかにすべきではないか。
これまで図書館が著作権法の権利制限規定を厳格に解釈しそれを遵守してきた過去を踏まえて、図書館側から改正要望が出されていた項目である。このことは、図書館側としては規定を加えた方がより対処しやすいものとも考えられるが、規定を加えることで何か副作用を生じるのだろうか?
(以上、文言自体は中間整理概要より抜粋した。)
5.該当ページおよび項目名:
第3章 保護期間の在り方について(全体として)
6.意見: 以下のとおり
保護期間を現在以上に延長することは、その結果が仮に原則死後70年より短かったとしても、反対である。根本的に、こうした保護期間延長によって“利益”を得たり、「権利が切れて困る」と主張しているのはその著作物を作った原著作者ではなく、その承継者である。それが判りきっているのに保護期間を延長するとすれば、もはや著作者のための制度設計とは呼べない。既に亡くなっている著作者への“利益”ではなく、いま生きていて現に創作活動を行なっている者たちへの支援を考えるべきである(そして、その方策は決して保護期間の延長ではない)。
権利承継者にとってみても、これまでの保護の水準を前提にビジネスを組み立てていたところである。手持ちの権利の期間を延長するということは、労せずして収益増の機会を得るということだけでなく、新たな創作を進めることで利益を得ようとするインセンティブを減じることにもなりかねない。
また、保護期間延長によって生じる問題をもっと重く見るべきである。――権利者の所在が不明になり著作物利用許諾が困難になる、多くの権利者が関わることで利用許諾が出されにくくなる、ボランティアベースで進められているアーカイヴのプロジェクトが進められなくなる、すでに文化に溶け込んだ表現を過度に保護し次世代の創作を縛る等。
これらは無論、保護期間が満了していない時期からすでに問題となっているものであり、保護期間延長の議論とは別に対処されるべきものでもある。しかし保護期間が延長されれば、これらのデメリットが増幅されるのは明らかである。著作権(あるいは著作隣接権)が基本的に「禁止権」として設定されている以上、他人の行動への影響を強く与えるものだという意識が制度設計において必要である。
仮にこうしたデメリットの解消を約束して保護期間延長の合意を取り付けようとしたとしても、その延長の前に、対処の有効策を実現しなければ説得力は生まれない。延長の議論は、本来その解消の後に為されるべきであった。
現時点では、保護期間延長の議論を行なうこと自体、時期尚早と言わざるを得ない。
5.該当ページおよび項目名:
第3章 保護期間の在り方について
第3節 各論点についての意見の整理
6.意見: 以下のとおり
著作権分科会において説明資料となった中間整理概要について気になった点がある。この資料の中で「プロのクリエーター育成のためには、保護期間延長ではなく、ネットの違法コピー対策など、別の対応策を考えていくべきではないか」とまとめられているが、これは実際の中間整理では92ページに「次のような意見があった」ものとして書かれているものである。それをあたかも代表的な意見として概要に掲載してしまったのは、印象をミスリードしてしまうおそれがあるのではないか。
また、保護期間延長がプロのクリエイター育成に役立たないのは言うまでもないが、ここで重要なのはクリエイターへの利益還元や支援をどう行なうかということであって、「ネットの違法コピー対策」は直接には関係ない。
ここで関係があるとの判断をしているとすれば、「ネットの違法コピー対策」が直接的に権利者に利益をもたらす(それまで「違法コピー」をしていた者が正規品へと流れていく)との前提がなければならない。
しかし、ネット上での有効な著作物流通が不充分な今これをやっても権利者へ利益をもたらすことはあるまい。「ネットの違法コピー」が“地下”に潜るか、そもそも特定の著作物を鑑賞するという習慣が国民の中の少なくない人々から失われるだけであろう。
折衷案として「死後50年から70年の間は許諾権ではなく報酬請求権にすること」「延長希望者が更新料を支払って登録する制度」「延長の20年で得られた使用料を文化振興基金に充てること」「翻案権等の一部の支分権については延長しないこと等」と書かれている(以上、抜粋は概要から)が、これらはいずれも多く指摘されるデメリットを解消した後でなければならない。想定される懸念の多くは解決しないからである。
加えて、94ページにおいて「映画の著作物の保護期間について」との項目が設けられており、その期間延長も今後検討され得ることが書かれている。そもそも今回の死後50年から70年へ延長せよとの議論は、映画著作物の保護期間を(公表後起算とは言え)延長したことも発端となっているものであり、そこでまた映画著作物でも延長をすれば次は他の著作物でもさらなる延長が要望されるのは目に見えている。延長していくことで、それが呼び水となってさらなる延長を招きかねないというのも、延長慎重論の根拠のひとつであるが、直接的ではないにせよ中間整理においてそれが示唆されてしまっていることは注目に値する。
戦時加算については全くいじる必要はない。戦時加算によって著作権保護期間が存続しているものでも、近年のうちに順次切れてきているからである。10年ほど前であればまだしも多少は意味があっただろうが、もはや2008年においては保護期間延長の根拠とはなり得ない。時間が解決する問題である。
まして戦時加算の解消を条件に保護期間を延長するという主張は一方にしか利することのない身勝手なものであり、検討の余地も無い。
5.該当ページおよび項目名:
第3章 保護期間の在り方について
6.意見: 以下のとおり
保護期間延長の「メリット」については、延長を要望する側が説得的に材料を提示すべきところ、それができなかったということが言える。
「二者択一の形で議論するだけでなく、両方のメリットを受けられる方法なども含めて検討を進めるべき」とまとめているが、これは「メリットを受けられる、少数であるが価値の高い著作物」に限って延長するという方策でも実現しない限り無理である。しかし延長要望側の意見としては、これから何十年経った後に急に「価値の高い著作物」と認められることも想定しており、こうした選択的な保護期間延長を受け入れられるかは疑問である(以上、文言は中間整理概要から抜粋)。
このまとめはもはやレトリックに過ぎないものであって、実質的な意味は無いのではないか。
保護期間が延長されても問題があまり生じない著作権制度という観点での提案は果たしてあったのだろうか? そうした著作権制度を論じ、その実現に目処が立たない限り、この議論が延長容認でまとまることは無いだろう。
Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権保護期間延長問題, 著作権行政 | Permalink
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