2009年5月12日 (火)

衆議院・文部科学委員会で著作権法改定案が可決

 「違法配信からの録音・録画を禁止する」との名目で私的複製(著作権法第30条)の範囲を縮小する、いわゆる「ダウンロード違法化」の条項を含んだ著作権法の改訂案が8日、衆議院の文部科学委員会を通過した(審議経過参照のこと)。4月24日に法案の説明が行なわれ、今月8日が初めての審議だったわけだが、その日のうちに採決された。後日、おそらく無風で衆議院本会議を通過し、参議院での審議へと移ることになるだろう。
 この日の委員会で質問をした議員は、民主党から高井美穂・松野頼久・川内博史・和田隆志の4委員、共産党が石井郁子委員、社民党が日盛文尋委員。この日の委員会の流れが、事務局作成の「衆議院文部科学委員会ニュース」で速報として公表されている。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_rchome.nsf/html/rchome/News/monka17120090508009_f.htm
「文部科学委員会ニュース(5月9日)」
(衆議院)



1 著作権法の一部を改正する法律案(内閣提出第 54 号)
・塩谷文部科学大臣、宮﨑内閣法制局長官、竹島公正取引委員会委員長、政府参考人及び長尾国立国会図書館長に対し質疑を行い、質疑を終局しました。
・採決を行った結果、全会一致をもって原案のとおり可決すべきものと決しました。
(賛成-自民、民主、公明、共産、社民)
・馳浩君外4名(自民、民主、公明、共産、社民)から提出された附帯決議案について、和田隆志君(民主)から趣旨説明を聴取しました。
・採決を行った結果、全会一致をもってこれを付することに決しました。
(賛成-自民、民主、公明、共産、社民)

 このニュース(本体はPDF)では、上記の審議概要のほか、各議員の質問内容の要旨が書かれている。それに対する参考人らの発言は、今のところ『衆議院TV』のビデオライブラリーで参照可能。議事録が公表されるまでしばらくかかりそうだが、『無名の一知財政策ウォッチャーの独言』さんが書き起こしをされているのでご参考まで(書き起こしおつかれさまです)。

http://www.shugiintv.go.jp/jp/video_lib2.php?u_day=20090508
「開会日:2009年5月8日」
(衆議院TV)
※ここから「文部科学委員会」をクリック

http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-11c0.html
「第171回:衆議院文部科学委員会での著作権法改正法案の馴れ合い出来レース審議」
(無名の一知財政策ウォッチャーの独言)

 いわゆる「ダウンロード違法化」は、配信されているコンテンツが違法に提供されたものだとの「事実を知りながら」ダウンロードする行為を禁じるものとは言え、ユーザーがダウンロードしたものを事後的に「適法」か「違法」か判断することが困難という問題があった。いざ訴訟になったとして、権利者側が「事実を知りながら」のダウンロードだと証明しづらい一方、疑いをかけられたユーザーの側でも潔白を証明できない(コピー元のCDを持っていたり、支払いなどの記録が残っていないかぎりは)。この規定を根拠にどれだけの訴訟が起こされるか——によってはユーザーの脅威となる(見せしめの訴訟が数件起こるにとどまる可能性もあるが)。
 「ダウンロード違法化」条項にはもう一つ問題となる部分がある。海外で配信されているものでも、日本の著作権法で判断して「違法」なものならダウンロードが「違法」とされてしまう点だ。たとえば米国のフェアユースのような権利制限など、日本法とは異なる事情で適法に配信されているものが、日本でダウンロードすると「違法」呼ばわりされるようになる。そうしたダウンロードでもする人はするのだろうが、気持ちのいいものではない。
 海外での適法配信と日本法との関係をどう考えるのか、本来は慎重に審議すべきところだった。しかし衆議院の文部科学委員会ではこの観点からの質問は無かった。インターネットの世界でも日本人には日本法だけ当てはめておけばOK——と考える議員ばかりだということか。

 委員会での法案可決のあと、付帯決議も提案されて可決されている。これは、可決された法律が運用される際に“国会の意向も汲んでくれ”と要望する程度のものでしかない。過去の例を見ても、政府へ速効性のプレッシャーを与えるようなものではない(法改定の根拠に使われることはままあるが)。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Futai/monka7C67B3E98A3FA93B492575B00030142E.htm
「著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」
(衆議院)



著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議

政府及び関係者は、本法の施行に当たり、次の事項について特段の配慮をすべきである。

一 違法なインターネット配信等による音楽・映像を違法と知りながら録音又は録画することを私的使用目的でも権利侵害とする第三十条第一項第三号の運用に当たっては、違法なインターネット配信等による音楽・映像と知らずに録音又は録画した著作物の利用者に不利益が生じないよう留意すること。
  また、本改正に便乗した不正な料金請求等による被害を防止するため、改正内容の趣旨の周知徹底に努めるとともに、レコード会社等との契約により配信される場合に表示される「識別マーク」の普及を促進すること。

二 インターネット配信等による音楽・映像については、今後見込まれる違法配信からの私的録音録画の減少の状況を踏まえ、適正な価格形成に反映させるよう努めること。

三 障害者のための著作物利用の円滑化に当たっては、教科用拡大図書や授業で使われる副教材の拡大写本等の作成を行うボランティア活動がこれまでに果たしてきた役割にかんがみ、その活動が支障なく一層促進されるよう努めること。

四 著作権者不明等の場合の裁定制度及び著作権等の登録制度については、著作物等の適切な保護と円滑な流通を促進する観点から、手続の簡素化等制度の改善について検討すること。

五 近年のデジタル化・ネットワーク化の進展に伴う著作物等の利用形態の多様化及び著作権制度に係る動向等にかんがみ、著作権の保護を適切に行うため、著作権法の適切な見直しを進めること。
特に、私的録音録画補償金制度及び著作権保護期間の見直しなど、著作権に係る重要課題については、国際的動向や関係団体等の意見も十分に考慮し、早期に適切な結論を得ること。

六 国立国会図書館において電子化された資料については、図書館の果たす役割にかんがみ、その有効な活用を図ること。

七 文化の発展に寄与する著作権保護の重要性にかんがみ、学校等における著作権教育の充実や国民に対する普及啓発活動に努めること。

 国会議員が結局はどういった方向を向いているのかを知る参考になるかもしれない。この附帯決議案、民主党だけでなく自民党を含む全会派で出されていることに注意が必要だが。

Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月22日 (水)

4/20 基本問題小委員会#1

傍聴時の記録と記憶を頼りに委員の発言を書き起こしています。
正確さは保証できませんが。


文化審議会著作権分科会
基本問題小委員会(第1回)

日時 平成21年4月20日(月)
   14:00~16:00
場所 三田共用会議所 3F大会議室


(出席)
いではく・河村真紀子・佐々木正峰・瀬尾太一・玉川寿夫・中村伊知哉・野原佐和子・野村豊弘・三田誠広・宮川美津子

(欠席)
石坂敬一・大林丈史・後藤雅実・迫本淳一・里中満智子・苗村憲司・松田政行

主査の選任:野村委員





(関文化庁審議官)
 前期の著作権分科会では1月に報告書をとりまとめたが、私的録音録画補償金・保護期間など結論が得られなかった大きな課題も残されている。なぜ結論が得られなかったのか、著作権制度のあり方をめぐる意見の相違も背景では。本小委員会は、こうした状況や経緯をふまえ、著作権施策の基本的問題に関し文化政策の見地から大所高所のご議論をいただく。

(いで委員)
 議論が活発にされながら結論が出ない問題というのは、基本的なところで議論がされていない。「ひとのものを取ってはいけない」「黙って使ってはいけない」という人間の基本が尊重されるべきなら、無から有を生む能力・労力も当然尊重されるべき。その基本から議論しなければ、使う側の利便性などで議論しても、100年たっても結論は出ない。
 たとえば隣りの河村委員の意見。自家用車で使うのに消費者はもう1枚CDを買わなきゃいけないのかとの問いかけ。答えが無いから制度の考え方に納得できないという。私は、消費者はもう1枚CDを買うのが当然だと思う。なぜなら家庭で飲むコーラやコーヒーは、車で飲むのに外へ持ち出すか買う。CDも持っていけばいい。車に積み込みたくないなら同じCDを買えばいい。
 コピーして持っていくこと――家庭内録音は認められているが、基本的には全部OKというわけでない。自分の家庭内で使うなら仕方ないから良いんじゃないか、程度の認めかた。基本が理解されず、既得権のようなものになり、それが当たり前になってしまうのは危険。
 保護期間延長もそう。何年にするのか誰が決めるのか。使う側の利便性とかで決めるのではない。作った側の人が「私は30年でいい」とか「10年でいい」あるいは「50年」「70年」と言うのはわかる。しかし利用する側が決める権利なんてどこにあるんだ、と普通は考える。
 そうした議論をせず、権利者側・利用者側の意見対立で、自分側の意見ばかり言っても100年たっても解決しない。まず「一番尊重されなければならないのが何か」からスタートしてほしい。


(河村委員)
 ここで誤解を解いておかないと、100年経っても結論は出ないと私も思う。
 「車の中で聞くためにもう1枚買わなければいけないのか」の論旨。私的録音録画補償金は、家の中でのプライベートな録音の話。違法なものは含まれない。どうして補償金を払わなければならないのかと聞けば、「権利者に損害を与えているから補償金なのだ」というから、「どう損害を与えているのか説明してほしい」と言った。
 私的録音・録画がまったくできない世界があれば、損害は無い。私的録音・録画の損害の「補償」がいるのなら、私的録音・録画できないと今よりも権利者には利益があるはず。つまり私的録音できないCDを買ったとき、同じCDを自家用車で聞くため私たちがもう1枚買うと「お考えなのですね?」と聞いた。買うという前提なら利益は上がる。
 私が言いたかったのは、「同じCDをもう1枚は買わない」ということ。いで委員の言うとおり、持っていって聴く。もう1枚買わないからこそ、私的録音・録画を禁止しても利益は上がらない、だから私的録音・録画で損失は生じていないという意見。
 タダが当然とは言わない。「損害」の補償なら、その「損害」とは何か。私が認めたのは、持っているCDをお友達のためにコピーしてあげるのは「損害」だということ。
 「タダで使えるのが当たり前」、「権利者は霞を食って生きていけということか」と言われると悲しくなる。私たちはお金を払いCDやDVDを買っている。それなのに、プライベートで聴くものに「お金を払わないから、リスペクトしていない」と言われる。消費者の理解を得るには、そこをロジカルに説明しないとならない。
 (この問題には)少し精神的なところというのがあるのでは。お金の問題もあるが、「リスペクト」のない態度が許せないと言う権利者がいる。しかしそれは少しおかしい。消費者のほとんどは、補償金を払っているのを知らない。気持ちが大事なら、それを皆に知らせるのが正しい。その一方で、皆知らない方が黙ってお金が入ってくる。
 本当に「リスペクト」が補償金にこめられているなら、もっと広報して「これが文化を支えているんだよ」となるはず。文化庁もそういう考えなのかなと。
 消費者が税金のように薄く広く払わされる根拠、それが「リスペクト」なのはおかしい。補償金が文化を支えるとの言い方にも疑問。自分が買った、愛する権利者へ確実にいく方法で支払いたいのが消費者の気持ち。
 私的録音録画補償金の配分が、録画・コピーをする回数にリンクするか。インディーズの人とか、補償金制度の枠の外にいる人たちの作品をコピーする人にとってはとてもアンフェア。クリエイターを育てることも言われるが、「補償金があるからクリエイターになりたい」とのインセンティブがあるとは思えない。文化はそういうものではない。
 文化を大切にする気持ちは、消費者もサイレントマジョリティーが思っていること。文化をないがしろにする気持ちなどない。消費者にとっては「フェア」であることが大切。文化を大切にする一方、商取引や売買契約では「フェア」であるのが正しい。「文化」の名で、消費者の知らないところで広く薄くお金を取れる制度を続けていくことこそ、「文化のために補償金」から離れもっと大きな見地から議論したい。


(佐々木委員)
 今までの法律改正や制度運用では、「社会的に必要性が高いから権利を制限するのが妥当」と権利制限が広げられた。課題が生じるたび、具体のケースについて「公正な利用」との観点から議論をする。しかし著作物の利用が多様化・国際化そして広範になった中、個別ケースの積み重ねが権利の保護と公正な利用とのバランスを失することにならないか。検証する必要がある。
 具体的には、権利制限の拡大に対する権利保護が必要だ。権利の内容、権利行使のあり方、あるいは保護期間でも、権利保護と権利制限との関係が具体的にどうなのか。
 今の著作権法は、「公正な利用」に留意しながら権利を保護することを十分考えてスタートした。長い年月が経ち、その関係がどうなったのかを見直す必要がある。権利者・利用者の立場からの議論を離れ、次元を変えた議論をするのが必要。


(瀬尾委員)
 この小委員会の設置を喜ばしく思う。いままで審議会で話をしたが、著作権分科会自体は単に法律改正のための検討の場だった。そういうものだと何度も言われたが、私はそういう理解をしておらず、もう一歩進んだものが必要。著作権は日本の文化に直結する。流通も大事だが、著作物を財として語るだけでなく、日本の文化として考えるのが重要。そのために著作権分科会がある。
 今までうまくいかない問題や意見対立がたくさんあった。これらは解決すべき。しかし現場の得失のみで語っていてはダメ。ここ3年ほどの議論を見て思う。
 いわゆる「コンテンツ流通促進」や「育成」では、作る側のことを言われる。しかし量だけ増やせば良いのなら、アマチュアのを流せばコンテンツは飛躍的に増える。日本の文化には、それだけで本当にいいのか。専門に文化を作る人がどう暮らし、どう関わっていったらいいのか大きく考えることで全体のバランスが取れていくのでは。
 今まで「コンテンツ流通」を「文化」の側面からの議論することは少なかった。そういう議論をこの場でできればいい。量と質で日本の文化力を高め、文化のブランドをつくり、流通させる。文化の質と量の両方をいかに振興させるか。そして日本の国民がいかに豊かな精神生活を送れるか。
 この小委員会ですべきは結論を出すことでなく、著作権行政に対する提言。文化審議会は「こういう風にあるべきじゃないか」という提言をしても良いのではないかと思う。その骨子をこの場で話せたらと。

 私的録音録画の話で思うのは、家庭内利用が変わっていること。(今の)著作権法ができた時代は、末端の利用が家庭だとの前提で「ここまでは手を入れられない」と許した。今はインターネットや複製機器が進歩して、家庭と公共の場がものすごく近い。境界線が曖昧でもある。「私的領域」がどこまで広がっているのか、意味と範囲を議論すべきでは。
 たとえば画像。昔はカメラで絵を撮った。カメラでは光学的に甘くなったりしたが、今はスキャナーで高精細なものができあがる。これは想定していたか。
 レコードも、あんな小さなiPodに何万曲。私も音楽好きだから聴くが、CDのラックがほとんど入る。それが持ち歩ける。そんなことは(現行法の制定当時)考えてなかったろう。技術の進歩と社会の中で、どうあるべきかの議論をここでして、「私的な利用」について何か見えてくるのではないか。

 それともうひとつ。最近言われる権利制限の一般条項。あえて「フェアユース」と言わない、何が「フェア」かは分からないから。「権利制限の一般条項」を流通のために考えているのなら、それは危険ではないか。日本は裁判が一般的ではない。隣の人がうるさかったら「ちょっと静かにして」と言うより前に弁護士へ電話する社会、普通の人が普通に弁護士に頼んで訴訟を起こせる社会、しかも懲罰的に賠償金をとれる社会なら成り立つだろう。しかし日本人で、たとえば権利者が侵害されたからといって大手を相手に訴訟を起こしたら、(その権利者は)胃に穴をあける。心労で。
 懲罰的な賠償・罰金を含め、日本をそういう裁判社会へ持っていく強い覚悟があった上で、その条項を入れるのか。日本の権利者には個人が多い。一方で利用者は会社で法務部を持ち、顧問弁護士もいるかもしれない。勝ったとしても小額、裁判費用すら出ない。そういうことに取り組むなら、非親告罪と同じように根本的問題として問われるべき。


(玉川委員)
 最近著作権の問題に関する基本的な認識を。
 ひとつは、コンテンツ流通促進。最近まで「放送番組のネット流通が進まない」と各所で議論され、原因は「放送事業者がコンテンツを抱え込んでいるから」と誤解されていた。しかし放送事業者は番組の二次利用に消極的ではなく、単にビジネスとして成立する利益が見込めなかったのが理由。最近では「NHKオンデマンド」や、民放のネットでの番組配信事業が積極的に拡大している。「囲い込み」との言葉はあまり聞かれなくなってきたのでは。
 権利処理の煩雑さもクローズアップされる。ネット利用で著作権者・実演家などの許諾権を制限しようとの特別法「ネット法」制定の議論がある。放送事業者はこれまで、番組販売やパッケージ化など、番組の二次利用のため関係権利者と時間をかけ協議し、ルール作りをしてきた自負がある。権利処理のルールは、権利者と利用者が話し合って作るのが原則。法律が介入するとしても、著作権法で調整されるべきでは。
 コンテンツ流通はネット以外にもある。ネット利用だけを特別扱いしては公平性を欠く。著作権法で認められた権利を剥奪するのは財産権の不当な侵害にもつながる。ネット法のような取組には極めて慎重な姿勢で臨むべき。
 著作権法に関する最近の議論は、著作物を利用することに片寄っている。著作権法は権利の保護を作品の利用とバランスさせて文化の発展に寄与するのが目的。保護と利用のバランスが崩れれば文化の発展を阻害し、先細りにさせる。
 そのバランスの崩れを象徴するのが私的録音録画補償金。この制度の見直しは、HDD内蔵録画機器や、パソコンなどの汎用機器をどう扱うかという議論から始まった。そもそも利用者は録音・録画の手段の多様化と利便性向上でメリットが増大。これをどう権利者に還元するかを考える、つまりデジタル技術発展のメリットを還元するのが課題。昨年「ダビング10」が実施され利用者のメリットは格段に増えたが、その一方でブルーレイの政令指定がいまだに実施されていない。これは明らかにバランスを失している。
 私的複製が認められている以上、利用者・権利者双方の利益のバランスをとる唯一の方法が補償金。ここ数年の議論は進展せず、権利者側の利益が損なわれる方向の議論のみが提示されている。今回ここで議論するにあたり、補償金の廃止ありきでなく、その本質から議論すべき。
 議論の具体的な進め方はまだ明らかにされていない。ここと別に懇談会で検討されるとも聞く。それなら中立的な立場で議論が行なわれるよう、利害関係者中心ではなく有識者を主体とした構成を考えてはどうか。

 もうひとつ。文化庁の主体的な取組への期待。デジタル放送の制度的エンフォースメントや、番組の違法流通対策など、技術革新で新たな課題が生じている。本来文化庁が取り扱うべき事項だが、実際は他省庁が検討している。真に文化立国を標榜するなら、著作権制度に直結する問題は、文化庁がイニシアチブを取るべき。省庁間の関係に問題が落とし込められると、必然的に動きが鈍くなる。
 コンテンツの利用にともない適正な利益が権利者に還元されることこそ「真のコンテンツ産業の振興策」。これを実現するのは著作権法だけ。
 本小委員会では、著作権・著作隣接権の意味を再確認し、新たな作品の創造・拡大再生産につなげ、国民が広く豊かな文化を享受できる社会環境の実現に向けた建設的議論がおこなわれることを期待する。そして著作権に関する文化庁の主体をもった取組も。


(中村委員)
 優先順位、政策の中心、そしてアプローチ。視野を広げるのが大切。
 まず優先順位。アナログからデジタル、パッケージからネット流通、国内市場からグローバル、100年に1度くらいの構造変化が起こっている。デジタル技術はコピーで、流通が広がるのが前提。今の優先課題は私的録音録画補償金とIPマルチキャスト。優先度をひとつひとつ明確にすることが大事。
 二点目、政策の重心や方向性。知財本部や総務省などの議論の中心は業界の利害調整。つまり産業政策。文化審議会でも同じテーマなのはどうか。アナログからデジタルへの構造変化で、文化政策に立ち戻る重要性が問われる。デジタル化の恩恵を還元するメカニズムをどうするのかがテーマ。
 三点目。これが一番大事だが、多くの問題に対し法制度論で対応する話が出る。しかし法制度での対応は数多いプランのひとつでしかない。法律を変えるのは時間がかかり、コンセンサスを前提にして何も動かない。仮にコンセンサスを得られても、著作権法は細密に書くことになる。法制度のアプローチだけでなく、マーケットや文化を具体的にどう作るか。税制・財政面のサポートを考える手もある。
 先日、映像コンテンツの許諾窓口を一本化するとの報道を見た。総務省でも「市場取引」のトライアルを実施。これらがうまくいけば、法制度を変える必要がなくなるかも。民民による努力の支援を考えた方が生産的。
 著作権の制度論議は、データに基づくものが少ない。制度の必要性、導入したあとの効果――他の省庁なら当然にする調査・シミュレーションがなく、定性的・情緒的な議論。少なくともここでは、定量的に踏まえるべき。


(野原委員)
 現代のデジタル化・ネット化・グローバル化、環境の激変をどう踏まえているか、その把握は個々の立場で違うのでは。
 今回の委員会は「基本問題」を掲げる。これはチャンスだ。個々の利害を超えて客観的な視点で議論しようとの話に賛成。
 いろんな立場でそれぞれ絵を描き、それぞれの立場で語っても議論が噛み合わないのは当然。著作権とは何かという基本に戻ってほしい。具体的な現場から知ることからやって、共通認識のもと全体を俯瞰してはどうか。
 具体的には、「過去の著作物~小委員会」でやっていたヒアリング。印象的だったのは、著作権者の方々もネットビジネスをやっている方の意見に共鳴していたこと。
 ネットで音楽や映像を販売・提供している事業者の方に来てもらえたら。そして著作権者の方々、スタンスの違う人たちからも聞きたい。課題が起こっている現場の方の話も。全体を俯瞰して議論する方にも来ていただく。それをもとに基本的概念を共通の認識とすることに力を割いてはどうか。
 個々の利害を超え客観的な視点で議論、あるていど皆で共有できる提言を出せたらいい。

 もう1点。補償金や保護期間の問題は大事かもしれないが、社会変化の中で本当にナンバー1・2なのか疑問。列挙した問題だけを潰していくスタンスでなく、もうすこし幅広い視点で全体を見ることに力を入れたい。


(三田委員)
 新聞報道もあるが、米Googleが提携図書館の書籍をデジタルコピーしてデータベース化した。いま出版業界は大混乱。図書館間で送信する分には、さほど大きな問題ではない。しかしGoogleの行為は、一般ユーザーへの書籍のネット配信を前提とする。ヤクザが海賊版DVDを作り、マンションに置いていて売る前に摘発されたようなもの。利益を求めて複製物を大量に作った事例。
 ところが米国の法律では「フェアユース」。営利目的でも、その利用が公共性のある特別な場合で、その著作物の流通をさまたげず、著作者に損害を与えないなら無許諾・無償で複製を作れる。
 しかし作家たちが裁判を起こし、「補償金」を含む和解になった。実質的には損害をGoogleは認めたはずだが、いまだに一ぺんの謝罪もない。Googleは今でもフェアユースだと言う。判決で出たわけでなく、シロクロ決着してはいない。ただ和解に応じて一定の処理をするという理解。
 ハーバード大学には日本の書籍も大量にある。全部コピーされ、文藝家協会の会員・登録者4800人のうち、4300人が関わる。90%近い著作者が、勝手にコピーが作られてしまった。ヨーロッパでも大問題になっており、米著作権法の「フェアユース」がアンフェアだとの認識が世界的に広がっている。
 この時期に「日本版フェアユース」導入を議論しようということ自体危険。世界的に見てもトンチンカンなこと。日本で言えば、ヤクザが海賊版を作ったような事例なのに、アメリカでは複製した時点ではすぐには違法にならない。「フェアユース」のおそろしさ。
 実は日本の国会図書館でも全く同じものを作ろうとしている。全ての本があり、それを全部デジタル化する。私も協議会に参加しているが、デジタル化は有意義だからOKということで法律改正が進んでいる。しかしチラシを見ると、国会図書館のデジタル化で「インターネット等を活用した著作物利用の円滑化を図るための措置」というタイトルが付いている。Googleがやってることと同じ。国会図書館内に海賊版みたいなのが大量に作られ、まだネット配信はしていない状態。将来的にはネット送信もありなのか。
 「フェアユース」という概念は著作権法そのものを骨抜きにする。その認識を皆に持ってほしい。

 一方では、「日本版フェアユース」を求める声が利用者にはあるのも事実。多くの利用者が、著作権が具体的に壁になり円滑な利用の促進が阻害されていると考えている。権利者の方だって、実はできるだけ利用してもらいたい。利害は対立しない。タダで使わせて欲しいという要望には応じられないが、一定の手続を経て使ってもらいたい。
 隣接権の窓口の一本化が実現、著作権者の17団体はポータルサイトを作り、そこから各団体のホームページへ行けるシステムがある。利用者がどこに問い合わせればいいか分かる。

 しかしまだ問題がある。「一億総クリエーター」時代。全員がそれぞれの著作権団体に登録するわけではない。そういう人たちの多くは、作品を作ること・情報を発信することに喜びを感じ、必ずしもプロフェッショナルではない。経済的利益を考えているわけではない。
 過去の著作物にも、経済的利益がなく遺族からそういうものを求めていないものもたくさんある。それらを円滑に利用できるシステムは必要。たとえば地方の文学館が昔の同人誌を復刊したいとき――宮沢賢治が寄稿した同人誌を復刊するが、宮沢賢治の著作権は切れていても、他の同人がいつ無くなったのかわからない。こういうときは、遺族も利益を求めていない。今の裁定制度を簡略化し、円滑利用のシステムを広げるべき。
 裁定制度の簡略化は著作権法の根本に関わるので、こういう場で大いに議論をしていくべき。もし円滑な利用が実現すれば、保護期間延長問題も解決する。2年以上かけて利用者の意見を聞いたが、「お金を払うのはイヤだ」という話ではなく、著作者不明で利用しづらいとの話が大半。

 我々が英知を傾ければ必ず前に進む。しかし今日、「やっぱりうまくいかない」と感じた。いでさんと河村さんの議論、やはり利害が対立すると非常にかたくな。ひとりの有識者として個別の利害を離れた議論が必要。
 フェアユース導入で儲かるのは弁護士。法律が書いてないところは裁判で、裁判が増えると裁判費用は結局消費者に回る。それを考慮して、ひとりの有識者として議論をすべき。


宮川委員
 (三田委員の話にあった)弁護士の宮川です。私が初めて小委員会に参加するにあたり、あまりにも重い場に入ってしまったと心が重かった。
 委員は、これまでは名前・立場でどういう話をするのかわかる。もっと違った視点で話ができるのではないかとの言葉を伺って、私もそのように議論に臨みたい。
 これまで有識者・プロの方が話して解決しなかった議論をするわけで、常套句・決まり文句・決まり切った対立関係、決まったような言葉を使うのはやめて、ステレオタイプから離れた視点で議論したい。


(野村主査)
 従来は、著作権の定義から考え結論を導く発想。たとえば中古ゲームソフトで、ストーリーがあって画面が動くから「映画の著作物」――と議論するのが典型。視点を変えて、具体的な状況である人の利益が保護されるべきか、対価を払うべきか、逆に利益が失われたりしたときに法的に保護されるべきか――といった裸の価値判断も考え、著作権の定義を見直すことも必要ではないか。基本問題という新しい視点から検討して、既存の問題でも新しい展望が見えてくるといい。
 私的録音録画・保護期間・フェアユースが、皆の念頭にあるようだ。他の課題でも具体的な政策につながる、委員会としての議論ができればいい。ただ、審議会の限界もいずれは考えなければ。一つの議論に集約されない場合、それをどう文化庁として意思決定に組み込むのか。審議会を置く意味をもう一度考え直す必要があるのかなと。

 本日は欠席の方が多く、欠席委員からの意見がある。事務局から紹介。


(事務局)
 石坂委員。いままで長年議論されてきたが結論の得られなかった補償金問題・保護期間について、ここで文化政策的な見地から検討、本年度中に結論を出せるよう進めてほしい。
 また「日本版フェアユース」は、著作権法の根幹にかかわり極めて重要。本委員会の検討課題とし、多面的かつ十分な議論――具体的には米国等の事例を精査、権利を制限しなければ不都合を生じる具体的・個別的な事例について、権利保護と利用のバランスを十分に吟味するなど。拙速にならないよう。

 大林委員。
 ひとつは私的録音録画補償金。デジタル録音・録画機器の文明論的位置づけ、文化論的に見た創造への影響、そもそもなぜ補償金が創設されたのか、大元に立ち返ってもう一度議論したほうがいい。そうすれば、制度の必要性や、制度がどう変わっていくべきか明白になっていく。
 次は保護期間。著作物がネットで流通する時代、保護期間を延長し多数国の保護期間の調和をはからず、この時代を乗り越えることは不可能。実演か固定から起算される実演家の権利について、長寿社会では実演家の存命中に権利が無くなってしまうとの課題がある。戦時加算も、撤廃に向け積極的取組が必要。
 三点目は日本版フェアユース。当小委員会で取り組むべき課題。文化論的視点からの議論が必要。モデルのアメリカとは、社会の仕組みや国民意識の違いが大きい。拙速にことを運ぶべきではない。ましてクリエイターの成果を安易に利用することが経済発展につながる、コンテンツ大国になる早道――などというのは本末転倒。保護期間とは違い、世界標準でない規定の導入には慎重であるべき。その前に、ネット時代にコンテンツ流通促進が文化的影響をもたらすのか、プラス面マイナス面を、文化発展とよりよいコンテンツ創造のサイクルという視点から議論されるべき。
 本小委員会に、事前に通知することを条件に、代理人の出席を認めてほしい。

 苗村委員。
 技術の発展、国境を越えた情報流通、日本作品の国際的評価――などの背景を考え、これまで結論の得られていない課題を含む基本問題について文化政策的な高い立場から検討すべき。
 加えて三点ほど。著作者・利用者の利害対立でなく、双方にとって望ましい解決の方法をさぐるべき。例えば私的録音録画補償金・保護期間。著作者と利用者の対立前提ではなく、どの選択肢を選んでも双方にプラス・マイナスがあるものを確認、選択肢を比較する。
 二点目は、技術振興と国際環境の変化。著作権制度の国際的変化を直視し、制度改革の必要性を確認。たとえば、米国企業のビジネス戦略の影響を受けるごとに著作権法改正をするのでなく、著作物の創作・流通・利用の態様が変化する本質を見極め、将来の改革の方向を明確にし、今後の対処を検討する。対処法も、法制度改定だけでなく、契約を含むビジネス慣行の改善、国際会議等での意見調整の可能性も検討すべき。
 三点目として、法学に加えて、文化情報学・社会学・経済学・政策学など横断する学際的学術研究の成果を活用。著作権制度の研究者から聴取し、小委員会での検討に役立てる。

 松田委員。
 コンテンツのネットワーク流通促進。民間からいくつかの提言が公表。「ネットワーク流通と著作権制度協議会」でも、4月24日に提言を出す予定。この委員会でネット流通促進法制の議論があれば、協議会提言も説明機会を得たい。
 Googleブック検索のクラスアクション和解の日本への影響。この和解は米国での民事訴訟、基本的には著作者・出版社の判断に委ねられるべき。委員会が審議する必要はない。ただし和解の内容は全世界の著作権者が関わる。Google1社のデータベースに世界中の書籍コンテンツが集中し、日本におけるコンテンツ利用に影響が出る。著作物を国民の自由に利用できる環境を確保することは国の責任。日本は日本の著作権法によってその秩序を確立すべき。Googleの和解の影響について調査・審議を。


(主査)
 あと20分ほど。検討課題について自由討議を。


(いで委員)
 この委員会がいったい何を求めているのか、明確にした方がいい。私と河村委員のやりとり、それとは違うことを考えた方がいいとの意見も。この委員会では欠席の委員の意見を見ても、みな私的録音録画補償金・保護期間延長・フェアユースを問題視しているが。
 文化庁もこの委員会で求めているのは何か。問題があったからこの委員会が必要ということか、日本の著作権社会がどうあるべきかの総論だけをやるのか。それなら我々を呼ぶより評論家でも呼んだ方がいい。


(野村主査)
 事務局が、今後のスケジュールや具体的議論の課題など、次回・次々回どう示すのか説明すれば質問に対する答えになるかと。


(事務局・著作権課長)
 小委員会の進め方は、委員から意見をいただきながら考えたい。今年中に特定の課題で結論を出すものとお願いしたつもりは現時点ではない。第26回・第27回の分科会の意見を踏まえて設置の提案をし、設置された。
 我々としては、補償金・保護期間延長・フェアユースのいずれも重要な課題。できるだけ早期に結論を得たい。特に日本版フェアユースは分科会でも大きな検討課題。まずは法制問題小委員会で議論。ただ日本版フェアユースについて意見があれば、分科会に(この小委員会の)意思をどう反映するか別途考えなければならない。
 今後の進め方は、今日の提案を整理した上で示したい。


(瀬尾委員)
 「テクノロジーの急激な変化」「ネットワーク社会の急激な進展」とよく言われるが、それらが本当に著作権に関係あるのか? 音楽の聴き方、たとえばiPod。ウォークマンがあった、CDを持ち歩いて聞くこともできた。利用の便利さは上がったが、基本的な利用の方法は変わってない。
 「インターネットで社会が変わった」、テクノロジーがすべて著作権に影響を及ぼすとのイメージがある。本質的に影響を与えないものと、本質的に与える物とをごちゃまぜにして「社会が急激に変化しているから、それに対応しなければいけない」との論でまとめられるのは違うのでは。

 「放送で流通しないのは放送事業者が番組を囲い込むから」との論理、でも儲かったらやるんじゃないのか。それだけなのに、頭の中でネットワーク社会・テクノロジー社会が夢と希望に満ちている宝の山のような、すべてが新しいところへ変わっていかないといけないような「バラ色の夢」を見ちゃってるのかなと。
 ネットオークション、ニコニコ動画、YouTube。話題になるが、実際にそれを使って生活に馴染んでいる方が発言しているとは思えない。そういう議論でいいのか。前にドワンゴの社長がいらして、話をした。現場の声が出てきたから良かった。妄想のネットワーク社会とかバーチャル社会ではなくて、現時点が分かった。
 現時点のネット社会、著作権との関わりで何が必要なのか。どこかで整理しなければならない。テクノロジーと社会、利用の関係。専門家を呼んだ上で、話を聞いて、関係のあるもの無いものについて議論すれば、多くの方に有効な小委員会になるのではないか。


(三田委員)
 法制問題小委員会には弁護士が多いのではと警戒。
 それと、経団連・経産省・ネット関係の利用促進を図ろうという圧力は文化庁にひしひしと波及しているのではないかと危機感。この小委委員会では、著作権が守るべきものは何かをしっかり議論して、フェアユース問題についても考えていくべき。
 利用者の声もきかなければならない。守るべきものを守りつつ利用を促進することを議論していくべき。

 それから、根本的な問題。いままであまり議論されることがなかった様々な課題もどんどん提案して皆で考えていくべき。一例をあげると、美術のネットオークションで写真を出すことが法律改正でOKになる。美術家は(作品の)現物を売ってしまっても、画像は著作権によって書いた人のものだったが、ネットに著作物の画像を出して良いとなると美術家の著作権が根本から無くなってしまう。ネットに画像を置いて利益を得た人から対価を得るような、「著作権」に該当するような部分を考える時代ではないか。
 ある美術家の名前をYahoo!などで画像検索すると、その人の作品がずらっと出てくる。クリックするとかなり拡大した画像が出てくる。これがさらにネットオークションの画像が増えると、美術の画集を買う必要が全く無くなる。何らかの形で保護することも必要。

 もうひとつは、隣接権者が50年で切れてしまうこと。たとえば美空ひばりがもし生きていたら、もう子どもの頃に歌った権利が切れてしまっている。生きていたら今70歳くらい。10代の作品はすべて切れてしまっている。隣接権の50年はいかにも短い。
 これをアメリカのように95年に延ばしたところで、利用者に大きな負担を強いるものではない。著作隣接権が切れても、CDの値段が安くなるわけではない。隣接権の保護期間にも一定の考慮を払う必要があるのではないか。

 あるいは写真家の権利。旧著作権法で切れているものもある。私のような門外漢が言うのも変だが、「この作品は切れていて、この作品は切れてない」を検証するのが面倒で、えらい写真家のすべての写真にお金を払うケースがある。すでに失われた権利だが、その写真家が生きているなら著作権の復活が考慮されてもいいのではないか。それで消費者に損害はない。著作権を守ることを、この場で考えていけばいい。

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2009年3月30日 (月)

著作権分科会 #28 ――フェアユース戦線はいつもの風景

 3月25日に、文化審議会著作権分科会の第28回会合が開かれた。この分科会では1月に前期・2008年度までの報告書が出され、それを受けて3月10日に今国会へ著作権法の改定案が提出されたところだ。法案の方は衆議院で先に審議される予定らしいが、30日現在でまだ審議は始まっていない。ともあれ、法案提出を前期の区切りとして、25日は今期・2009年度の分科会運営について話し合われる最初の会合となる。

文化審議会著作権分科会(第28回)
  日時:平成21年3月25日(水)
     10:00~12:00 ※実際には30分ほど早く終了
  場所:三田共用会議所 3F大会議室

【議事】
1 開会
2 委員及び文化庁関係者紹介
3 議事
(1)文化審議会著作権分科会長の選出について
(2)小委員会の設置について
(3)その他
4 閉会

【配付資料】
資料1 文化審議会著作権分科会委員名簿
資料2 「著作権法に関する今後の検討課題」
    (平成17年1月24日・著作権分科会決定)
    の概要とそれ以降のこれまでの審議状況
資料3 小委員会の設置について(案)

参考資料1 文化審議会関係法令等
参考資料2 文化審議会著作権分科会(第27回)議事録
参考資料3 著作権法の一部を改正する法律案の概要
      ※配付資料には法律案そのものも含まれていた。
参考資料4 デジタル・ネット時代における知財制度の在り方について(報告)
      (平成20年11月27日 知的財産戦略本部デジタル・ネット
      時代における知財制度専門調査会)
参考資料5 広崎委員意見書
      (第9期文化審議会著作権分科会の運営に対する意見)

 分科会の運営の話——と言っても、実際に議論をする場は、分科会の下に設けられる「小委員会」の方である。だからこの小委員会をどう設置するのかが話の中心になる。
 昨年まで設けられていた、iPod全盛の今の時代に適合した私的録音録画補償金制度を話し合う「私的録音録画小委員会」と、保護期間の延長の是非を議論する「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」は、前期最終回にあった予定のとおり解散となった。今期設置されるのは3つ、「基本問題小委員会」「法制問題小委員会」「国際小委員会」だ。

 基本問題小委員会は、「著作権関連施策に係る基本的問題に関すること」を議論するとされる。この表現自体は配付資料にあった文言を引いているだけだが、あまりにも漠然としすぎてはいる。事務局が説明する中で例示した議題は、私的録音録画補償金と保護期間延長の問題だ。つまり解散された2つの小委員会を吸収したような形のようだ。それぞれの小委員会でも持て余してしまった議題なだけに、他の「基本的問題」を扱いつつこれら二つの議論も進められるのかは疑問。議題設定に文化庁の恣意が反映しやすいだけに、注視したい。
 「基本問題」と銘打っているだけに、事務局は方針として「文化政策的な見地から大所高所の議論をしていただける場として設置してはどうか」と提示している。この文化庁の言う「文化政策的な見地」が果たして好ましいものになるのか、私見だが微妙に思えてならない。「保護」だけが文化政策ではなく、しかもコンテンツ産業だけが「文化」ではない——そこからこぼれるものを無視したり、あるいは一緒くたにしすぎた結果が、〈時代の流れに対応できていない著作権法〉という今の状況なのではないか。
 長いこと著作権分科会の動きを見てきたためか、かなりうがった見方をする私ではあるが、心配の種が尽きないというのが正直なところである。

 法制問題小委員会は「著作権法制度のあり方に関すること」を話し合うということで、著作権法学者中心の構成で例年通りの設置。ここでは、前期まで議論しながら課題として残されているものに加え、「放送・通信の一元化への対応」「権利制限の一般規定」などが新たに挙げられている(事務局説明より)。議題てんこ盛りになるいつもの展開なのは間違いないが、その中でも最も注目が集まるのは「日本版フェアユース」だろう。

 国際小委員会も前期に引き続いて設置される。国際条約などで国内法制に対応すべき点が出てきた場合、その議論をここで行うのが主な役割なのだが、近年はこの種の動きが少なく会合が開かれるのも年に数回程度だった。もっとも前期最後の会合で「国際的な議論に先行して検討課題を設定しよう」との方針が出ており、また「模倣品・海賊版拡散防止条約」ACTAの展開も注目されるところなだけに、今期に大きな議題が持ち上がることが予想されないわけでもない(ただしACTAの中身が明らかにならないことには、今後の影響をはかることができないが‥‥)。

 今年度の小委員会はおそらく4月に入ってから本格始動する。まだ委員構成などは明らかにされていないが(たぶん事務局から本人への打診は始まってるだろう)、大ネタの未消化が目立つ著作権分科会である。バタバタと“審議したつもり”“結論が出たつもり”で片付けられることがないよう、注視していきたい。

委員発言から――

 以上が、分科会で本来話し合われるべき議題だった。しかし結果としては、いくつかの論点で委員発言が相次いだ会合となった。その論点とは、「日本版フェアユース」「美術品等のオークションでの商品画像」「不明権利者に関する裁定」の3つだ。このうちフェアユースは今後の議論に対する委員からの牽制という位置づけになるが、オークションと不明権利者については既に出された法案への質問という形。
 それぞれ、私の傍聴メモから書き起こした発言内容を引いておく。なるべく発言趣旨は変えないようにしているが、なにしろ私のやることなので必ずしも正確ではないかと思われる。正確なところは後日 公式の議事録に当たっていただくことを推奨する。各論点ごとにまとめてもいるので、発言順も前後していることにご注意を。

石坂委員(日本レコード協会会長)
 「日本版フェアユース規定」導入の今後の検討について。
 権利を制限しなければ不都合が生じるという具体的事例について、権利保護と利用のバランスを十分に吟味ないまま拙速に検討が進められるのを懸念している。公正な利用といっても、そこで想定される要件は様々だ。「日本版フェアユース規定」の検討は著作権法の根幹にかかわる内容なので、法制問題小委員会だけでなく基本問題小委員会でも検討し、多面的な議論をお願いしたい。

三田委員(作家・日本文藝家協会副理事長)
 新聞などで報道されているが、アメリカのGoogleが、いくつかの図書館の蔵書をすべてデジタル画像でデータベースを作った。これは日本の著作権法で言えば明らかに複製権の侵害。これについてアメリカの作家たちが裁判を起こし、一定の和解案が出て、補償金を払うという結論が出た。それが日本の作家や出版社にも関係してくるということで、日本でも大変な混乱が起きている。何がどうなっているのかを調べるのに、出版社や文藝家協会などで人を雇って調査をしなければならない実害が出ている。
 Googleは告知広告で、こういった和解があったとは知らせているが、謝罪の言葉が無い。明らかに法律に抵触することをしながら‥‥。アメリカの法律に「フェアユース」という概念があって、和解が成立して補償金を払う結果になっても、これは和解であって自分たちは「フェア」だと考えている。
 同じようなデータベースの作成が日本では国会図書館で行われている(註:現在国会で提出された法案に、より簡便にデジタル化できる条項が盛り込まれている)。これについては関係者を集めて、慎重な協議がなされている。複製を作ることはOKだが、それを国会図書館以外に提供するのは今後も慎重に検討するということ。日本ではそういう制度。
 ところがアメリカでは勝手に複製を作り、図書館間でも流通させてしまっている。こういったことが可能なのは「フェアユース」という概念があるから。
 「フェアユース」という概念を導入してしまうと、こうした明らかな実害がさまざまな分野で起こる可能性がある。慎重な議論をしてほしい。

(発言者不明)
 フェアユース導入の議論を拙速にバタバタとやるのは何故なのか。納得できないままに議論を進んで行くようだ。砂の上に高層ビルを建てようとするのではなくて、「砂」の基礎工事をどうやるのか、まずその土台作りの議論をちゃんとやって、先へ進む展開を考えて皆で知恵を出してやっていければいいのでは。



松田委員(弁護士・中央大学法科大学院客員教授)
 資料に「インターネットを利用した事業が諸外国に比較して遅れている」とある。一般的権利制限規定を導入すべきとの考えを持っている人々は、こういう考え方を表明している。著作権法がその障害になっているという前提。個別的制限規定であるから、著作権が障害になるかもしれないビジネスに投資をできない、新規事業への萎縮効果があるのだと。
 しかし三田委員の指摘は、一般制限規定が導入されれば極めて危険な状態が想定されるという一例。Googleは、日本の作家に対しても、オプトアウトしないと全部和解の中に含まれるから、との前提でGoogleのアナウンスに従って対処しなさいと言っているわけ。向こうの法制だからやむを得ない、圧倒的な力の差がある。そこも前提としては「フェアユース」だと言っている。そのような事業を拡大していくのが良いのか――多分ここにおられるごく普通の、著作権法の知識を持たれた方々は、いくらなんでもそれが「フェアユース」とは行き過ぎだと思われるだろう。
 日本がアメリカから遅れているとの前提で「著作権法を改正しなければならない」という発想が間違いだと私は思うが、少なくとも関係文書を作るときにはその点に注意してほしい。審議した後の記載ならやむを得ない。総意がそうであるなら仕方ないと思うが、私は今のところ総意がそうだとは考えていない。まず「遅れている」とやって、フェアユースを導入してもいいかのような、環境整備が必要だという印象を与える表現には慎重になるべき。
 事務局が作ったものでも、文化庁が作った資料、文化庁も同じことを考えている――と必ず引用される。ぜひよろしくお願いしたい。

 権利者側主催のシンポジウムなどに限らず、著作権分科会でも何かと風当たりの強い「日本版フェアユース」だが、実は分科会でこの種の発言をする委員はいつも同じである。確かに、これまで“自由に著作物を使える範囲”を個別具体的な規定で定めてきたのを、抽象的な規定を導入して後は裁判で決めようという制度へ転換させようという話だから、それに対する権利者側の反発が大きいことは当然予想される。とは言え、旧来の著作権のあり方が社会の支持を受けているのかが大きな問題。
 いつもと変わらぬ風景の中で、今回初めて出てきたネタはGoogleブック検索の件だ。もともとはGoogleが図書館と組んで、蔵書のデジタル化を始めたのに対し米国の著作者団体と出版社団体が訴えたのが最初。これが代表訴訟という形を取られて和解に至ったため、米国内での和解内容に(米国でも著作権が認められる)米国外の著作権者が拘束されるという興味深い事態になった。日本文藝家協会でも、和解に応じる協会員に対して代理手続をする方針だと報道されているところで、それについて三田委員がどうコメントするのかが見ものだったわけだが‥‥かなりグチってますな。
 しかしこれを「フェアユース」のせいにするのはどうかと。日本の権利者が巻き込まれたのは、米国の代表訴訟(クラスアクション)の問題なのではないか。海外で訴訟が起きて、その影響を受ける。そして何が起こってるのかを調査する必要に迫られる——ということを「実害」と呼ぶのも如何なものか。海外で権利行使しようとしたら、むしろ積極的に情報を収集すべきかと思われる。

 次の、法案に盛り込まれた「ネットオークション等」での商品画像掲示の件。美術品や写真などを売るのに、これまでは商品写真の撮影が著作権に触れかねなかったのが、権利制限して一定の範囲内で撮影OKということにしようとの話。

福王子委員(日本画家・日本美術家連盟常任理事)
 インターネット販売業者の美術品等の画像掲載について、権利制限を受けることになるとのこと。報告書では「ネットオークション等における画像利用」とあるのだが、この中にオークション会社が作るオークションカタログも入るというのを後で聞かされた。(持参したオークションカタログを示す)こんな立派な本が出来ていて、オークション会社が販売するもの。こういうのも権利制限の対象となるのは如何なものかと、(連盟の)美術作家らからも要件等を慎重に審議して欲しいと言われている。
 よく分からないまま審議が進行して、あるいは決定されているという感じを受ける。美術作家・絵描きは言葉や文章で語るのがよくないという風潮もあるが、そうするとどうしても事業者側に(結果が)片寄ってしまう。
 オークション会社から実際に立派な図録を発行しているわけで、そこをよく見ていただいて、あるいは調査するのも大事。慎重に審議していただきたい。

事務局
 今年1月の報告書では「ネットオークション等における画像利用の円滑化」ということで審議。報告書ではまとめとして、売り主が取引を行なう際の情報提供の必要性を根拠にしている。画像を見せなければ売買が出来ない、との点についてはインターネットに限らず、オークションカタログを除外する議論ではなかったと理解している。
 なおオークションカタログを販売する場合、それが美術品売買のためか、単に図録として販売するか、それによって違いが出る。図録が目的なら、今回の権利制限の要件の対象外。どのような基準で判断するか、運用上の工夫はしていきたい。

福王子委員
 オークションカタログの中にも、許諾を取っている作家と、全く取っていない作家がある。実際うるさいところには許諾を取るということだと思うが、こういう状況が続いてきて、係争に至る案件もある。実態の調査をよくやってほしい。オークション会社や作家の代表が集まって話し合う場も考えてやっていこうと思う。その辺でできることがあると思うので。



河村委員(主婦連合会常任委員)
 審議の過程でも「ネットオークション等」となっていて、オークションで画像がなければ円滑にいかないという説明だった。私もそうなのかと。法案では、ネットだけでなく、審議したつもりじゃなかった印刷物にまでかかる書き方。ちょっとこれは、私が聞いてても福王子委員の憤りが理解できる。審議の過程と、報告書から法案にいたる透明性が気になる。

福王子委員
 前回の審議会のあとで、文化庁からオークション会社のカタログも入ると聞いた。
 美術家連盟には5300人の会員がいて、毎月理事会があってそこで著作権の問題について――70年延長問題や、いろいろなところで勝手に使われる問題、そしてオークションカタログについても毎回出ている。それと「インターネットオークション等」とは別物だと僕は思っていたもので、後から気がついて驚いたのが本音。
 ついでに言うと、報告書の53ページに参考で「諸外国における立法例」があるが、ドイツでは許されると書いてあるのは「追求権」あるからではないか。公開オークションで作品が売買されると約2.5%から4%の間で作家に還元する。そうしたものがあって、(オークションでの商品写真に)著作権者の許諾をとらなくていいということになっていると思う。追求権はこの審議会で話題になっていても審議の対象になっていない。これは美術家連盟や関係団体で、立法化に向けて勉強しているところ。

事務局
 法制問題小委員会で議論したときは、議論のきっかけはインターネット上の公売だったが、権利制限する必要性の根拠は対面で美術品を見せられないことが言われていた。譲渡することには権利が及ばないのに、画像が見せられないとそもそも売買ができないという矛盾を解消しようというのが議論の主眼。ネットに限ったものではなかったかと思う。

福王子委員
 私はこの委員会だけに出席していたので、そうした内容がわからなかったということはあると思う。しかし美術の世界はたいへん狭いから、そんなに多数の人から許諾を取らなければならないわけではない。オークションカタログに載るのも少数の人、そう大変なことではないと思うので、印刷物については作家の許諾をとっていただきたいのが大前提。



福王子委員
 作品を(オークションカタログなどに)載せる以上、色や作品が切れてないとか、どういう状態で載るのかが心配。そういうことを気にしない作家もいるかとは思う。ただ、気にする作家がいる以上、(美術家連盟の)会議で必ず問題になる。突然自分の作品が載っててびっくりすることがよくある。海外の作家については以前、係争になってカタログとしても著作権に触れるという判例があったかと。
 (オークション側で選んで)許諾を取る作家と、全く取らない作家がある。作家や遺族に許諾を取るのが大前提だと思う。それぞれの立場で意見は違うと思うが、作家にとってはそういうことも大事。

松田委員
 今度の新法の規定は、複製物をさらに複製できないよう措置を講じた「政令が定める」ものが権利制限の対象になる。印刷物が入るとの話だが、これが政令で定められないと私は思うが。従来からの47条(で権利制限される)、展覧会のカタログには有料で販売するものは入らないはず。それとパラレルに考えれば、有料販売されて独自鑑賞性のある冊子が売られて、この47条の2にある措置が講じられる「政令で定める」ものに入るはずがない。

事務局
 有料化どうかは特に要件にしていない。有料ならば全てダメということではない。オークション参加費を取るようなものもあるだろう。カタログそのものを販売する目的なら、美術品を販売する目的というのとは変わってくるかと。有料でカタログを販売する行為自体はここで(権利制限から)外れる。
 「政令で定めるもの」は、「独立して鑑賞に堪えるようなものとはならないように」という付帯条件をするつもり。何を定めるかは、意見をいただきながら検討したい。

 福王子委員からの指摘は、なかなか興味深い。一方で事務局の返答にどう感じるか人によるかと思うが、私などはどうしても事務局へ批判的な目を向けてしまう。ネットオークションにとどまらず、現実に開催されているオークションでも権利制限の対象になるというのが事務局の説明である。しかし対外的に説明をする時は「ネットオークション等」とされていた。この「等」にリアルオークションも含まれるというわけか。
 既に提出された法案の話だけに、委員が違和感を表明するにとどまらざるを得ない。この指摘自体は、法案をチェックしていた私でも「あっ」と思ったのだが。
 
 こうした行き違いが起こってしまう背景には、分科会での議論の仕方がある。実際の審議は小委員会で行なわれ、その結果だけが報告として分科会に上げられる手法だ。オークション関連の権利制限規定は法制問題小委員会で議論されたものだが、分科会で報告された際には他の議論とひとまとめで「概要」資料によって分科会委員へ伝えられた。もちろん報告本文や議事録を分科会委員が参照するのは可能だろうが、分科会そのもので使われた資料や事務局からの説明は強い印象を委員に残す筈である。「ネットオークション等」と言われて、現実のオークションカタログが含まれるとはなかなか思い至らないのではないか。
 起こるべくして起こった事態。というか、事務局(文化庁)のふるまい自体、決定プロセスが不透明ということは確かに多いと私も思う。私が著作権界隈へ首を突っ込む契機となった「商業用レコードの還流防止措置」(いわゆる「レコード輸入権」)の時も、著作権分科会での漠然とした「何らかの措置が必要」との報告を受けて、文化庁が法案を作成した経緯があった。どういう方向で措置をとるかの実際の議論をせず、文化庁で勝手にまとめた例。また私的録音録画小委員会の迷走も、事務局側で作った資料が原因となっている。
 3月提出の法案にしても、私が気付いてないだけで、何か問題が含まれているのではないかとの見方は今でも捨て切れていない。

 さて、ピックアップしておきたい委員発言の3つ目。論点は、不明権利者に関する裁定制度だ。著作物を二次利用したいが権利者の居所が不明(あるいは権利者が誰か自体が不明)の場合、権利者の許諾の代わりに文化庁が「裁定」を出すことで、供託金を支払って利用できる制度である。裁定の申請をした時点から供託金を払えば利用可能になるなど、この制度をより使いやすくしようというのが法案の趣旨。

(発言者不明)
 権利者不明の利用の円滑化のところ、連絡できない場合で「政令で定める場合」とある。政令の内容については書かれていない。資料(パワーポイント)では実演家の権利、過去のテレビ放送に重点が置かれた説明だが。そういったあたりを伺いたい。

事務局
 権利者が不明の場合、「相当な努力があっても」連絡が取れない「政令で定める場合」ということ。どうすればいいのかが政令で定められるが、考えているのは、通常の著作権者の許諾を得る場合の努力は最低限必要だろうと。また現行制度でも文化庁の運用として、「手引き」などでどういう努力が必要かある程度明らかになっている。
 政令を定めるにあたっては、運用と関係者の意見を踏まえていこうと考えている。現時点では明確に「こういう案」というのがあるわけではない。
 実演家を中心にという質問だったが、権利者と連絡をとるために必要な努力は、分野によってさまざまあるかも知れないので、そうした実態を踏まえながら考えたい。

三田委員
 権利者不明のものを利用できるようにするとの法律改正、これは裁定制度で利用できるようにするだけでは利用は難しいだろう。裁定手続にかかる費用がかなり高いと、円滑には利用できないと思う。だから裁定の費用をできるだけ軽減し、手続も簡素化する具体的なものが必要になる。
 地方の図書館や文学館がさまざまな文書の復刻版を出したり、ネット上にアーカーブするという場合、権利者不明のものを使いたいという要望がある。こうした利用は営利目的ではないので、利用して幾らお金を得られるというものではない。だからそういう場合の裁定で、事前に納める供託金の算出も大変難しい。得られる金額がゼロだと供託金もゼロか、ということにもなる。
 どういうシステムを作っていくのか、利用状況を詳細に検討した上で、できるだけ利用を促進できるシステムを作っていただきたい。

 正直な話、著作隣接権と裁定制度の関係が私にはまだ理解できていない。法案を読んでも今ひとつピンとこないのだ(誰か解説してくれると嬉しい)。

 さて、上記のやりとり気になるのが「政令」(著作権法施行令)についてである。これは3月に出された法案全般に言えるのだが、政令で定めるべきとされる要件がかなり盛り込まれている。著作権法上「違法」とされる範囲を決める重要なラインを「政令」に委ねるような使われ方をしているので、国会での審議でもその「政令」内容がどうなのかを含めて法案の妥当性を判断することになる筈だ。しかし事務局の受け答えによると、政令の内容はまだ決まっていないようなのである(公表しないだけで、さすがに案は用意してあるのだろうが)。
 国会ではきっちり詰めて、それこそ法案の修正も辞さないような態度で審議してもらいたいものではあるが‥‥。

 この話題での三田委員の発言は良かった。特に、保護期間延長と絡めたいと思っていたに違いないのに、あえて触れなかったところを評価する。もっとも後からメモを読み返してみたら、決定的な発言ってのはしてないようだなぁ。

 ――以上が、この日の委員発言の主なところである。
 年度初めの分科会というのはいつもこんな感じだ。実質的な議論というのは小委員会で行われるから、権利者側委員としても従来からの主張を繰り返す場にしかならないことが多い。ただ今回は法案というネタがあったので、少し面白い話が聞けたという感じか。

 本番は以後の小委員会である。繰り返しになるが、大ネタが目白押しだ。議論の行方をしっかり見届ける必要がある。

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2009年3月26日 (木)

著作権法改定案2009:待望された条項と抱き合わせで盛り込まれたもの

 「著作権法の一部を改正する法律案」が3月10日に閣議決定され、その日のうちに国会へ提出された。文化審議会の著作権分科会が1月に出した報告書(PDF)で法改定すべき課題が挙げられたのを受け、文化庁が法案の原案を作り、内閣での調整を経て、「内閣提出法案」として国会の審議を受ける運びである(内閣から出される法案が法律になる過程はここの説明がわかりやすい)。
 衆参両議院のサイトにはそれぞれ議案審議情報が掲載されている。ただし今のところは法案提出の事実のみが書かれる。なお法案本文は衆議院サイトに、また衆議院で先に審議される旨が参議院のサイトに載っていた。
 合わせて、法案審議で使われる関連資料も文部科学省のサイトで公表された。国会議員でなくても、「概要」「新旧対照表」などで法案の中身を確認できる。

http://www.mext.go.jp/b_menu/houan/an/171/1251917.htm
「著作権法の一部を改正する法律案」
(文部科学省)

http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g17105054.htm
「閣法 第171回国会 54 著作権法の一部を改正する法律案」
(衆議院)

http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/keika/1DA5E0A.htm
「議案審議経過情報 閣法 第171回国会 54 著作権法の一部を改正する法律案」
(衆議院)

http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/gian/17103171054.htm
「議案審議情報 著作権法の一部を改正する法律案」
(参議院)

 衆議院の解散時期をにらみつつ与野党が対立する「ねじれ国会」の中で、この法案がどう審議されていくのかは不透明だ。もっとも、この18日には民主党・川内博史議員が質問趣意書を提出したという。現時点ではまだ内容が明らかになっていないものの、じきに公表されるだろう。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/171221.htm
「著作権法の一部を改正する法律案に関する質問主意書」
(衆議院)

 と、これまでの法案提出の状況に触れてきたところで、気になるのは法案の中身である。
 先に書いたとおり、衆議院サイトにも法案が掲載されているが、これは現行の著作権法から改定・追加すべき箇所を指定し、改定後の文を添える形で書いてある。読んだだけでとても理解できる代物ではない(まるで設計図を読めというようなもの)。むしろ、文部科学省サイトの方の「概要」「要綱」「新旧対照表」(リンク先参照)を読んだ方が、比較的理解しやすい。あくまで比較だが‥‥。

 法案の中身を1枚ものにまとめた「概要」での説明によれば、本法案の趣旨は「電子化された著作物等(デジタルコンテンツ)の流通促進のため、インターネット等を活用して著作物等を利用する際の著作権法上の課題の解決を図る」ことにあるという。
 また、法案の三本柱として「インターネット等を活用した著作物利用の円滑化を図るための措置」「違法な著作物の流通抑止」「障害者の情報利用の機会の確保」が挙げられている。具体的には、以下のような項目が主なものだ。

・検索エンジンサービス(適法化)
・所在不明権利者を対象とした裁定制度の改善(適法化)
・国会図書館での所蔵資料のデジタル化(適法化)
・ネット販売での美術品等の画像掲載(適法化)
・情報解析研究のための複製(適法化)
・通信障害の防止、データ消失の防止、
 送信の効率化等のための複製(適法化)
・電子機器利用時に必要な複製(適法化)
・海賊版と承知の上での販売の申出(違法化)
・違法配信から、違法と知りながらの複製(違法化)
・視覚障碍者向け録音図書の作成を公共図書館でも(適法化)
・聴覚障碍者向け映画・放送番組に字幕・手話を付与(適法化)
・発達障碍等で利用困難な者に応じた複製(適法化)

 ※カッコ内「適法化」は、これまで違法だったが権利制限に加わるもの。
  「違法化」は、新法で著作権等が及ぶものとするもの。

 著作権法の改定は、「~権」のような新しい権利の付与や罰則強化など「権利者」側に有利な面だけを考えているように見えがちだが、もう一方で権利の限界――つまり利用する側から見て、無断での著作物利用が「違法」になるか「適法」になるかの境界を変更する働きもある(文化庁が「権利者」側に立っているか否か、論者によって様々な見解もあるだろうが)。今回の法案は、まさしくこの「境界」を決める話である。
 上記の改定項目をざっと眺めるだけでも、検索エンジンサービスの実施、ネットオークションなどでの商品画像の掲載、通信過程での一時的キャッシュ、障碍者福祉の拡大など、何年も前から待望されてきた法的対応が多く盛り込まれており、“めでたい法改正”という雰囲気を演出したいのだなと見えるところではある。現に著作権法改定(法案の閣議決定)を伝える各種報道はそういう方向で出されている。
 しかし「概要」だけでなく実際の法案を読んだときに、本当にその“趣旨”どおりの中身なのかという疑問が出てくる。

 「適法化」される項目がどう法案に書かれているか。
 たとえば検索エンジン(47条の6)の場合、確かにウェブサイトなどの収集や蓄積・インデックス化などはできるようになる一方で、実は「情報の収集、整理及び提供を政令で定める基準に従って行う者に限る」との限定がつけられている。またオークションなどでの商品画像について(47条の2)も、「複製を防止し、又は抑止するための措置」が必要だとされ、そこで要求される「措置」の内容は政令で決められるという。
 この「政令」というのは、国会を通さなくても政府が出せる命令(ここでは「著作権法施行令」を指す)のことだ。つまり、これらの規定で適法となる範囲が行政府の一存で決められるようになるのである。自由利用の範囲を決めるのに何らかの条件が必要だとしたら、国会で審議して決めるのが筋で、それこそ著作権法に書き込めばいい話だ。今回の法案がやろうとしているのは、「適法」の範囲の決定権を国会から政府へ委任させることに等しい。
 想定される政令の内容については、国会で質問が出たり言質を取ったりすることも考えられる。しかし今後は「日本版フェアユース」のように国会で作るルールを抽象化して、司法での違法・適法の判断を重ねることで柔軟なルール作りを模索しようとの機運がある時に、いたずらに政令へ委任する項目のを増やすのは如何か。司法へシフトしようとするルール作りの主導権を政府が横取りするようなものだ。ここは慎重に審議すべき。

 現行法では権利が及ばなかった範囲だったのを、及ぶように変える項目もある。違法に配信された著作物を「その事実を知りながら」録音・録画する行為を、私的利用目的であっても違法だとする条文がそれだ(30条1項3号)。また、この基準に合わせるためか、先の検索エンジンを実現するための複製(47条の6)や、通信や機器利用時のキャッシュ(47条の5第1項1号)でも、違法に配信されたものは複製できない(新設される権利制限から除外)という限定が設けられている。しかも海外で配信されたものでも、日本で同じことをしたとして「違法」ならばアウトだとわざわざただし書きを付けている。
 違法配信にまつわるこのような「違法」複製の判断は、一応は受信側が「違法と知っている」かどうかが基準となっている。しかし「知っている」のかという主観的な要件なのに他人(司法)に判断されるということで、一介のユーザーである我々には不安の残るところである。実際問題として、我々が本当に「知って」いたのかよりも、判断する者がどう考えるかが重要になってしまう。

 受信した情報が「違法配信」だと「知って」いた――そう誤解されないようインターネットで振る舞おうとするなら、ユーザーはかなり萎縮的に行動せざるを得ない。国内外のあらゆる場所から情報が発信されている時代である、そのうちのどれだけが「適法」に配信されたものだとユーザー側で確信できるだろうか。“怪しいものには近づかない”としただけでも、とりわけ海外で発信された情報にはアクセスできなくなる。
 まして海外(現地)では適法に配信されていながら、日本法で違法とされるような場合も出てくるのなら尚更だ。それとも、ネットワークの利便性を享受したい人は、あえてそうしたルールを踏み越えていくことを立法者は想定するというのだろうか。守りようもない縛りばかりのルールなら、そうなってしまう可能性も(萎縮効果とは裏腹だが)ある。
 「適法」と「違法」の線引きを明確にし、ユーザーや事業者が萎縮的にふるまわくても済むようにするのでなければ、「日本版フェアユース」に先行して法律を変える意味がない。法案を今のままで成立させては、混乱かルール軽視につながるだけだ。

 違法配信の扱いについてもっと詰めていくべきだし、最悪でも、海外で配信された場合の「国内で行われたとしたならば~」とのただし書きを削除すべきだと思う。

主な改定箇所(メモ)

【30条1項3号】
●いわゆる「ダウンロード違法化」条項の追加。
●「デジタル方式」の録音・録画に限定されてはいるが、ネットワーク内での受信に伴う行為が対象となるため、殆どの場合は「デジタル方式」に当てはまるだろう。わざわざアナログ機器で録音・録画をする人もそうはいまい。意味不明な限定。
●一応は録音・録画の行為だけを今回は30条除外の対象としているが、ソフトウェアの違法ネット流通についても30条除外が求められている経緯からしても(特に著作権分科会では委員から「ソフトウェアも法案に盛り込むべき」との意見が出ている)、今後 音楽や映像以外の著作物も30条除外が叫ばれることになろう。
●「国外で行なわれる自動公衆送信であって、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものを含む」とわざわざ書かれている点に問題。国内外の著作権法の違いによって生まれる「海外では適法に配信されているが、日本法では違法とされてしまう著作物の録音・録画」の扱いが難しくなる(参照:benli)。
●いわゆる「ダウンロード違法化」の問題点は、ユーザーから見て、配信されている著作物の適法性が保証されない点にある。特に日本レコード協会が策定した「エルマーク」は、日本国内での適法配信の一部を知る目印にすぎない。海外での配信は同種のマークが用意されているわけでなく、かつCCLに代表される権利者自らの意思で無償流通させる著作物も多く存在する(それですら必ずマークが付けられているわけではない)。区別が困難な場合、ユーザーの選択肢は「法を犯すリスクを負って利用する」か「萎縮して利用をあきらめる」かに限られるが、後者の場合「エルマーク」を使う一部の事業者へ利益誘導されてしまうといういびつな構造を生んでしまうことすら考えられる(現にレコード協会のキャンペーンは、エルマークのあるサイトから購入するよう勧めている)。
●実効性の観点からすれば、コピーガード回避規制と同程度にも思われる。コピーガード回避で民事訴訟になった例がどれだけあるのか。
●余談だが、違法配信からの複製と並行して著作権分科会で扱われていた「違法複製物からの複製」については今回の法案に盛り込まれていない。これも盛り込まれていたら相当に影響が大きかったところだろうが。かといって、「ダウンロード違法化だけで良かったね」とはならない。

【31条2項】
●国立国会図書館で所蔵資料のデジタル化が行なえるようになる条項の追加。資料の保存に関しては、これまでは資料保存のために「必要な場合」に限定して図書館での複製が許されていた(その他、利用者への複写サービスと、絶版本を他館の求めで複製することは可能だった)。今後は、国会図書館に限るが、納本を受けた時点で資料のデジタル化が可能になる。
●「当該原本に代えて公衆の利用に供するため」複製できる一方、「必要と認められる限度において」との限定は付けられている。どういった範囲で認められるようになるだろうか。
●「公衆の利用に供するため」とはどの範囲を想定しているのか。インターネット等を通じて閲覧させたり、複写サービスとしてデジタル化資料をデータのまま提供できるようになり得るのか、等の期待はある。従来のような、国会図書館内での閲覧や、デジタル化資料の複写を紙で提供することは可能にしてもらいたいが‥‥著作権分科会での説明では、利用のさせかたについて関係者間で協議中だという。まずはデジタル化だけを先行してできるようにしたというニュアンスのようだ。

【37条3項】
●視覚障碍者を対象としていた権利制限で、その対象が「視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者」に拡張された。知的障碍や発達障碍の者も、録音図書などの作成や公衆送信の恩恵に浴することができるようになる。
●この権利制限で作成される録音図書などは「専ら」上記対象者に提供されるものとされ、「必要と認められる限度において」との限定も付けられている。つまり健常者が利用できるような形で提供されることは許されない。なお、録音図書などの作成主体も政令で指定される(この種の政令指定は現行法でも同じ。「法案概要」では公共図書館もこの主体に含むようにするとあるが、おそらく政令指定で対処することになるのではないか)。
●権利者によって既に障碍者向けの内容で提供されている著作物は、ただし書きでこの条項から除外されている。たとえば朗読テープが出ている著作物だと、勝手には録音図書が作れない。

【37条の2】
●聴覚障碍者を対象としていた権利制限で、その対象が「聴覚障害者その他聴覚による表現の認識に障害のある者」へと広げられた。既存の映画や映像に字幕・手話等の挿入が可能になり、また公衆送信もできるようになる。貸し出しのために複製することも可。
●「専ら」上記対象に提供されるもので、「必要と認められる限度において」の限定つき。提供主体も政令で指定される。
●権利者によって既に障碍者向けの内容で提供されている著作物は、この条項により字幕・手話等の挿入はできない。日本語字幕入りのDVDが発売されていたりすると無理ということになるのではないか。

【38条5項】
●映画フィルムや映像ソフトを無償貸与できる主体に、これまで政令で指定されてきた「視聴覚教育施設その他の施設」に加え、「聴覚障害者等の福祉に関する事業を行う」者も追加された。「~事業を行う」者もやはり政令で指定される。補償金の支払いも必要である。

【47条の2】
●美術・写真著作物の原本や複製物を譲渡・貸与しようとする際、ネット上で画像を表示することが可能となる条項の追加。ネットオークションに美術品・写真などの商品を画像で掲載するのは著作権に触れるのではと話題になった件に対処したもの。
●ただし、画像の表示には「複製を防止し、又は抑止するための」措置が必要だとしている。その措置の具体的な内容は政令で書き込まれるのだろう、国会提出の段階では明らかになっているとは言い難い。——著作権分科会の事務局の説明でも「未定」とのことだった。ただし鑑賞に耐えうる品質で画像化しないように、との限定は考えている模様。
●文化庁の見解では、この規定の対象になるのはネットオークションに限らず、リアルのオークションでカタログの作成も含まれるという。ただし、政令での「複製を防止し、又は抑止する」措置をどう想定するのか。印刷物ではこの種の措置は難しい筈だが‥‥さて。
●将来的にフェアユース規定が導入されるとしたら、この商品写真の件は、フェアユースかどうかを争って司法判断を問うべき典型的事例ではないだろうか。しかし「日本版フェアユース」として想定されている、個別規定を判断基準として残してそこから外れる場面で「フェアユース」を判断する方向では、今回追加される個別規定によって問題が生じるのではないか。本来は司法が判断すべきところ、政令が指定する方式でしかネットオークションに商品写真を掲載できないとする条項があることで、実質的にネットオークションの運営のあり方を行政がコントロールし続けることにもなりかねない(政令で指定された方式以外の場合は、改めてフェアユースかどうか司法判断を求めることが保障されるのなら別だが‥‥)。規範を作るべきは立法・司法・行政のいずれか、という話にも映る。

【47条の5】
●書きぶりが複雑で、理解するのが(他の条項にも増して)困難。私自身、いまだに理解できているかがわからない。
●アクセス集中や送信遅滞・機器故障などによる通信障害を防止するためのサーバ内複製(1項1号)や、サーバにある著作物(複製)が消失した場合に備えサーバ外にバックアップを取る行為が可能となる(1項2号)条項を追加。それぞれ「必要と認められる限度において」との限定が付けられ、またサーバ内複製では特に「著作権を侵害するもの‥‥を知ったとき」は従来通り著作権が及ぶとされる(海外で配信されたものでも、日本法の基準で著作権を侵害すると判断されればアウト)。
●プロバイダが通信を中継する際に「送信を効率的に行うために」する著作物の複製(キャッシュ)明示的に適法とする規定を追加(2項)。ただし「必要と認められる限度において」の限定がある。
●47条の5では、送信側と中継側の複製(キャッシュやバックアップ)について規定。受信側の複製(キャッシュ)については別の項目で扱っている。

【47条の6】
●検索エンジンに必要な、著作物の収集と蓄積・インデックス化・検索結果表示などを適法化する条項の追加。
●検索エンジンでの複製と自動公衆送信が可能となる著作物は、送信可能化されている著作物に限定されており、会員制サイトのように受信者の制限が施されていたり、クローラーによる情報の収集を拒否したりするサイトは、従来どおり権利者の許諾が必要。また、検索エンジン側も「情報の収集、整理及び提供を政令で定める基準に従って行う者に限る」とされる。
●「著作権を侵害するものであること‥‥を知ったときは、その後は」当該著作物を検索結果に表示することができなくなる。今回の法案にある同種の条件と同様に、またしても海外で配信されているものでも国内法の基準で「違法」ならば「著作権を侵害するもの」とみなされてしまう。
●検索エンジン関係の規定は、Googleなどのような米国の検索エンジンの発達と、国内での状況を見比べながら「権利制限を設けるべき」と待望されていたものではあった。しかし実際の条文を読んでみると、この条項の恩恵が受けられる事業者は政令の基準に合致する必要があり(その内容は現時点で不明)、しかも将来的な「フェアユース」規定の適用から外されかねない(司法判断ではなく行政の判断で適用範囲が決定されかねない)ものではないかと危惧される。

【47条の7】
●多数の著作物(ネットで配信されているものに限らない)から情報解析をするような研究が目的の複製を可能とする条項の追加。
●ただし「情報解析を行う者の用に供するために作成されたデータベースの著作物」は従来通り権利者からの許諾を必要とする。

【47条の8】
●コンピュータ上で、ネットワーク受信の際に「情報処理を円滑かつ効率的に行うために必要と認められる限度で」著作物の複製がおこなえる条項を追加。いわゆる「キャッシュ」の問題。通信側(配信・中継)は47条の5で扱っているが、こちらは受信側。
●ただし「著作権を侵害しない場合にかぎる」とのこと。ユーザーが家庭内でする場合は私的複製との関係が出てくるので、ここで著作権を侵害するかどうかは30条(本法案で追加される1項3号も含む)を加味して判断されると思われる。
●いわゆる「ダウンロード違法化」との絡みで想定されるのが、YouTubeやニコニコ動画で「著作権を侵害」して掲載されている動画を閲覧した場合。侵害との事実を知りながら閲覧したとしたら、PC内にキャッシュが作られることはどう解釈されるか‥‥。結局はキャッシュを複製と解釈するかの論点に戻り、私的録音録画小委員会で「YouTubeやニコニコ動画での閲覧まで禁止するものではない」とする文化庁の説明とは食い違うのではないか。
●これ、ユーザーが私的領域でする場合以外だとどうなるのか? たとえば企業内で「キャッシュ」が発生する場合とか(企業内では私的複製とされず、キャッシュが複製だとしたら著作権侵害と判断されかねないか?)。「著作権を侵害しない場合にかぎる」との書きぶりはこういう場面にも脅威なのではないか。

【67条】
●不明権利者のために利用許諾が得られない場合、その許諾に代えて文化庁長官が「裁定」し利用可能にする制度があるが、その際の手続が著作権法に記載されることとなった。ただし詳細は政令で定められるとされ、法案の附則によれば改定著作権法の施行後2年のうちに整備されるという。

【67条の2】
●ここも裁定に関する条項の追加。本法案の中で、裁定制度改善のミソはここにある。裁定の申請ができれば、正式な文化庁長官の裁定を待たなくても「担保金」を供託して著作物利用が可能となる。ただし、最終的に裁定されなかった場合は、ただちに利用をやめないとならない。
●なお、裁定を受けようとしている著作物を権利者が「廃絶」したいのが明らかなら、裁定を受けることはできない。
●供託金や、裁定後に補償金が権利者へ支払われる仕組みも著作権法に書き込まれる。

【78条】
●著作権の登録制度で、原簿を電子化できる旨が書き込まれる。
●登録によって「第三者に対抗」できる場面に、「信託による変更」が追加された。

【113条】
●著作権侵害とみなす行為に、海賊版を「情を知って」「頒布する旨の申し出」をすることも追加された。いわゆる海賊版の広告規制で、ネットオークションで海賊版を売る旨が掲載された場合もここに含まれると考えられる。
●書きぶりからすると、特にネット上での広告行為に限るのではなく、実社会でも適用され得るのではないか(チラシとか雑誌誌面とか)。
●個人的には、ブートレグの広告を掲載しているサイトや雑誌とかはどうなるのかと思ったり。規制されるのは「頒布する旨の申し出」ということで、ブートレグの話題を採りあげる多くの個人サイトは問題ないだろうが。

Posted by 谷分 章優 映画・映像, 著作権, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月 1日 (日)

JASRACへの、公取の排除措置命令は落ち着いて聞きたいね。

 日本音楽著作権協会、略称がJASRAC。著作権に詳しいわけでない人でも、その名前だけなら知っているのではないか。CDや本などに、JASRACから「使用許諾」を受けた旨が書かれていることが多い。著作権侵害をしたとされる人物を提訴してニュースにも出る。何かと名前が目に付く団体である。
 JASRACの仕事はというと、作詞家や作曲家の音楽著作権を預かり、演奏会・カラオケ・CDやDVDの製作などで音楽(JASRACが権利を預かった曲)が使われるたびに、「使用許諾」を出して対価を徴収することだ。使用料は1曲いくらで計算するのが基本だが、膨大な数の曲を商売で扱う事業者にとっては「これだけ払えば使い放題」の仕組みの方が便利なこともあり、JASRACは「包括許諾」の選択肢も用意している。
 この「包括許諾」の“お得意様”の代表が放送局。テレビやラジオの番組では、ひっきりなしに音楽が使われている。当然JASRACとの契約が必要だ。現状としては、1曲いくらの個別の許諾よりも、放送事業収入の1.5%を支払って使い放題にしてもらう包括許諾が選ばれている。

 その、テレビ局とJASRACとの契約にクレームがついた。市場競争を阻害するものが無いか監視する公正取引委員会が、2月27日にJASRACへ契約の改善を求める「排除処置命令」を出したのだ。その理由は、JASRACが前述の条件で包括許諾をテレビ局に与えていることが、他の著作権管理事業者がテレビ局と使用許諾を結ぶのを妨げているから——だという。現に公取委の発表(PDF)では、後発の競合事業者であるイーライセンスが2006年10月から参入を試みたが、テレビ局にしてみればイーライセンスが管理する楽曲(例として大塚愛「恋愛写真」など、エイベックスが権利を持つ曲が示されている)の使用料はJASRACへの支払いと別に発生する「追加負担」となるため、殆ど使われなかったとのこと。エイベックスとイーライセンスは期間限定で使用料無料とするなどの試みを行なったが、以後の使用料を得られる見込みが立たなかったため、イーライセンスは管理委託契約を解約されてしまった。
 公取委は今回、JASRACがテレビ局相手の著作権管理事業で「私的独占」を行なったと判断した。実はこれまでにも公取委はJASRACに対し目を光らせており、2006年9月8日から音楽著作権管理事業が「独占的状態」にある分野だとして監視対象に加えていた。監視対象となる基準は

国内総供給価額が950億円超(法律上の基準は1,000億円超)である事業分野であって,上位1事業者の事業分野占拠率が45%超(同50%超)又は上位2事業者の事業分野占拠率の合計が70%超(同75%超)のものである

——とされ、JASRACがこれに当たると考えてきたわけだ。その「独占的状態」に加え、2005年に民放連からイーライセンスが参入した分 使用料を減額するかと問われ「減額する意向は無い」と協議の場でJASRACは回答、現実にイーライセンスが参入に失敗してしまった。今回の命令に先がけて昨年4月にはJASRACへの立入検査を公取委は実施している。その際に報道で明らかにされた内容から、今回の命令まで公取委の見解で特に変更された部分は無いようだ。
 では、今回の「排除措置命令」はJASRACの存在そのものを「私的独占」と判断したものと言えるのか。そして「包括許諾」が否定されたものなのか。

 そのいずれでもない。今回の公取委の「排除措置命令」が求めていることは、あくまでも(1)放送を相手にした包括許諾契約で(2)放送に使用される楽曲のうちJASRAC管理楽曲のしめる割合が使用料算出に反映されず(3)放送局から見てJASRAC以外の事業者への使用料が「追加負担」となってしまう——現状の改善である。JASRACのシェアを下げるために団体を分割しろとか、放送分野以外でも包括許諾をやめろとか、そうした広い命令ではない。排除措置命令書を見たかぎりでは(2)さえクリアできれば済む話にも思える。テレビ局からの全曲報告をこのところ進めてきたJASRACにとっては、時間はかかるにしても不可能ではあるまい。
 それ以上のことが求められるとしたら。JASRACの規模を小さくする何らかの手段をとるか? JASRACはもともと国内で唯一の音楽著作権管理団体だった。70年の歴史の大部分を独占事業者として築いてきた。その実績と組織規模に手がつけられないまま、2001年から「著作権等管理事業法」によって他の事業者の新規参入が可能になった(この経緯は朝日新聞のコラムが解りやすくまとめている)。JASRACが「独占的状態」にとどまるのは当然の結果だが、それにもかかわらず今回の公取委の命令は対象範囲がかなり限定されている。穿った見方をすれば、JASRACには(現時点では)放送局相手の包括許諾でしか突っ込み所が見つけられなかったようにも映る。
 包括許諾そのものを禁止するか? 包括許諾は放送以外の分野でも使われている。最近話題になったところでは、YouTubeやニコニコ動画といった動画共有サービスと結んだのも包括許諾契約だ。しかしこの分野では放送と対照的に、イーライセンスやJRC(ジャパン・ライツ・クリアランス)といった後発事業者との契約も進んでいる。インターネットユーザーの反応を見ると今回の命令がこちらへも影響するのか心配する声があるようだが、命令書の書きぶりでは特に影響は無いように思われる(JASRACも、記者会見でそうした見解を示している)。
 もしJASRACを分割したり包括許諾を禁止するなどという話になれば、テレビ局だけでなく、ほかの利用者にとってもかなりキツイことになるだろう。1曲ごとに権利が委託される業者を探し(こちらはシステムを用意すれば解決できるが)、1曲の使用ごとに対価が積み重なり、利用が進むたびに使用料が青天井となってのしかかる。
 そこまでの大変革を強いるような「排除措置命令」なら、今回の命令とは全く違う書きぶりになっていたはず。JASRACの「独占的状態」をどうにかしてほしいと思う向きにとっては、やや拍子抜けなところもあるかも知れない。興味深いことだが、今回のJASRACへの命令についてイーライセンスもコメントを出している(PDF)。「放送権とともに、業務用通信カラオケ、貸レコードなど他の利用形態においても同様の『包括利用許諾契約』が締結され、競争阻害要因となっているおそれがあります」として、他の分野についても公取委の監視を求めているのだ。

 今後、この問題はどうなっていくだろうか。公取委の「排除措置命令」は即日効力が発するというが、JASRACは命令が出された当日にプレスリリースを発表、また記者会見も開いて、「審判」を請求し全面的に争う姿勢をみせている。
 確かに、放送でどんな曲を使うかは放送局自身が決めることで、今回の命令ではJASRACの方が結果責任を負わされているような形になっている。とは言え、独占事業だった頃と同様の契約を維持し、新規参入が現実に失敗してしまっていることにJASRACの責任は無いのか、との点が気になるところでもある。審判から訴訟へと発展する可能性もある中で、そうした論点に答えが出てくることを期待したい。
 その行方次第では、放送分野以外でもJASRACへ競争上の規制がかけられ得るのか、見えてくることもあるかも知れない。落ち着いて動向を見ていこう。





関連リンク

【プレスリリース】

http://www.jftc.go.jp/pressrelease/09.february/090227.pdf
「社団法人日本音楽著作権協会に対する排除措置命令について」
(公正取引委員会・PDF) 2009.2.27

http://www.jasrac.or.jp/release/09/02_6.html
「公正取引委員会に対する審判請求について」
(JASRAC) 2009.2.27

http://tinyurl.com/c5d87f
「(報道発表)日本音楽著作権協会に対する公正取引委員会の『排除措置命令』
 に関する民放連会長コメントについて」
(日本民間放送連盟) 2009.2.27

http://www.elicense.co.jp/u/20090227.pdf
「公正取引委員会『独占禁止法(私的独占)違反による排除措置命令』について」
(イーライセンス) 2009.2.27


【報道】

●公取の排除命令

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20090227/325677/
「公正取引委員会がJASRACに排除措置命令,
 テレビ局との包括的利用許諾契約の見直し迫る」
(日経 ITpro) 2009.2.27

http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20389026,00.htm
「公正取引委員会、JASRACに独禁法の排除措置命令」
(CNET Japan) 2009.2.27

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2009/02/27/22612.html
「『JASRACの包括契約は独禁法違反』公取委が排除措置命令」
(INTERNET Watch) 2009.2.27

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0902/27/news071.html
「JASRACに排除命令 公取委、『包括利用許諾』改善求める」
(ITmedia) 2009.2.27

●JASRAC記者会見

http://mainichi.jp/enta/music/news/20090228k0000m040095000c.html
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090228ddm041040062000c.html
「JASRAC:排除命令に争う姿勢 作曲家は競争歓迎」
(毎日jp) 2009.2.27
▲ 小林亜星氏、文化庁のコメントあり。

http://www.phileweb.com/news/d-av/200902/27/23136.html
「JASRAC、公取委からの排除措置命令を受け緊急会見を実施」
(Phile-web) 2009.2.27
▲ 質疑応答の模様を詳しく記載。

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2009/02/27/22618.html
「JASRAC、公取委の排除命令に『承服できない』~審判請求へ」
(INTERNET Watch) 2009.2.27

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0902/27/news120.html
「『徹底的に争う』とJASRAC加藤理事長
 排除命令、YouTubeやニコ動に影響は」
(ITmedia) 2009.2.27

http://journal.mycom.co.jp/news/2009/02/27/070/
「JASRACが緊急会見、『楽曲使用料』巡る公取委の排除措置命令に怒りあらわ」
(マイコミジャーナル) 2009.2.27

http://pc.nikkeibp.co.jp/article/news/20090227/1012744/
「公取委、テレビ局への包括許諾でJASRACに排除命令――JASRACは拒否」
(日経PC online) 2009.2.27

http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20389076,00.htm
「JASRAC、公取委排除命令に徹底抗戦の構え--『事実認識が誤っている』」
(CNET Japan) 2009.2.27


●総合

http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/090227/fnc0902271959011-n1.htm
「放送局にも影響 JASRAC排除措置命令 見直し迫られる楽曲使用」
(MSN産経ニュース) 2009.2.27

http://www.asahi.com/showbiz/music/TKY200902270316.html
「公取委、JASRACに排除措置命令 放送使用契約問題」
(asahi.com) 2009.2.27

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090227-OYT1T00750.htm
「公取委、JASRACに排除命令…著作権管理『独占』認定」
(YOMIURI ONLINE) 2009.2.28

http://www.asahi.com/showbiz/music/TKY200902280076.html
「JASRAC、市場独占の歴史 使い勝手考えた市場開放を」
(asahi.com) 2008.2.28
▲ プラーゲ旋風からJASRAC設立への流れが解りやすく書かれている。JASRACはもともと国公認の独占事業だったことが、今回の問題をややこしくしている。

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2009年2月21日 (土)

「デジタル・コンテンツ利用促進協議会」のシンポジウムに存在価値はあるか?

 コンテンツのネット配信を促進できる法制度をまとめる「デジタル・コンテンツ利用促進協議会」(会長・中山信弘東京大学名誉教授)が、 3月12日の16時から如水会館でシンポジウムを開催する。同協議会の公式サイトで情報が掲載され、参加申込みの受付も始まっている。

 同協議会では、今年1月9日に制度案として「会長・副会長試案」を公表、1か月ほどパブリックコメントを募集していた。この結果を踏まえる形で、おそらくはシンポジウムの中で結果が示されながら、意見交換をおこなう趣旨なのだろう。

 「コンテンツ配信の促進を法制度で」という手法が議論される背景には、海外と比べ日本でネット配信が進まなかった原因として、コンテンツに複雑に絡む著作権・著作隣接権が挙げられがちだったことがある。現行の著作権法では、音楽や映像の著作者はもちろん出演者・レコード製作者・放送事業者など多数の権利者から許諾を得ないとネット配信ができない。同協議会の「会長・副会長試案」の主旨は、この多数の権利者と配信事業者との交渉コスト(そこには許諾を拒否されるリスクも含む)を下げる目的で、あるコンテンツにつき1名に権利を集約し許諾処理をさせるというところにある。
 しかしこの発想は、関係権利者の許諾権を制限するのと裏腹で、権利者団体から批判されている。実は「会長・副会長案」では、コンテンツの関係権利者の多数(割合はまだ決まっていない)が権利集約に反対すれば従来のままとされているが、かつて強制的な権利集約を主張していた「ネット法」構想(デジタル・コンテンツ法有識者フォーラム——協議会副会長のひとり角川歴彦氏や、事務局長の岩倉正和弁護士もメンバー)に案の出自があるため、権利者側の警戒感が強いままだ。

 デジタル・コンテンツ利用促進協議会だけでなく他の団体でも、コンテンツ流通を促進するのに何らかの方策をとる案が考えられている。たとえばコンテンツ学会の「ネット利用調整制度に関する民間審議会」では、今後制作される番組でネット配信が決まっていないものに配信事業者を決めるオークションを義務付ける制度(ただし時限的な制度を想定)が模索されている。また、「ネットワーク流通と著作権制度協議会」では契約モデルと使用料分配モデルを放送番組のジャンルごとに設定することで、ネット配信の際の話し合いの手間を減らす方向性が議論されているらしい(今のところ協議会としてのまとまった案が公表されていないが、会長職務代行の松田政行弁護士によるいわゆる「松田私見」の形で発表された資料は存在する)。

 こうさまざまな組織で議論される“デジタル・コンテンツ流通促進策”が出始めた頃には、確かに日本国内のネット配信状況は海外に見劣りしていた。ところが、最近になってNHKTBSフジテレビなどで「見逃し視聴サービス」などが少しずつ開始される環境になってきた。ゆっくりした歩みではあるが、こうしてネット配信の試行錯誤が始まったことで、はたして法制度などに頼った「促進策」が必要なのか、との観点からの議論が今後出てくるのは間違いない。
 状況の変化を横目に、以前は強く「ネット配信を促進しろ!」と考えていた私にも実は変化が起きてきている。と言っても、コンテンツホルダーに任せておけば十分と考えているのではない。むしろ逆で、動画配信サイトを使って日本製コンテンツを知らしめる試みが始まっていても、日本のユーザーからは見えないようにしていることが多いのに呆れているのだ。米国でDRMフリーの配信が広がっていても、日本のユーザーは相変わらず不便を強いられ続ける実態もある(iTunes Storeが代表例ですな)。そうまでして日本人の視聴機会を制限したいのなら、日本のコンテンツ産業がジリ貧になっていくのを黙って見ててやろうかって気にすらなってしまう。
 かなり後ろ向きな態度だと自分でも思うが。

 いやいや。たとえば日本で作られているコンテンツが、より利便性の高い形でいつまでも享受できるようになっていてほしい——そこまでの強い愛着がある視聴者なら、おそらく現在の試行の延長だけでは満足できない筈だ。何らかの強制力を働かせるか、あるいはコンテンツの送り手側が目覚めてユーザーへ不便を強いるのを放棄しないかぎり、状況は改善しないだろう。“廃盤”“絶版”だったり、ユーザーが「欲しい」時・場所では入手困難な作品が存在して、海賊版のニーズを高め続ける。
 触れたい作品が海賊版でしか入手できないなんてことほど悲しい状況はない。しかしそんな事例はいくらでもあるわけで、そういう思いがある以上はこの「流通促進」の問題で黙っているわけにはいかないだろう。私も。

 心の持ち方ひとつではあるが、今の「流通」に不満があるのなら、やはり3月12日のシンポジウムに期待できるものはある。

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2009年1月23日 (金)

権利者の「努力」をどう評価するかで、「流通促進法制」の評価も変わる

 21日に、総務省の情報通信審議会 情報通信政策部会「デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」(通称・デジコン委員会)第48回会合が開かれた。

 デジコン委員会では、地上デジタル放送の著作権保護ルールをどう強制するかの検討を「技術検討ワーキング」で行っている。また、インターネットでのコンテンツ流通の効果と課題を実際の番組制作からさぐる試みを「市場取引ワーキング」で行っている。本委員会の下に2つのワーキンググループを設け、専門的で小回りのきいた議論をするという趣旨だ。本委員会では、そのワーキングでの検討経過を受けて議論を深める。ちなみに前の2回は、「技術検討ワーキング」の報告をもとに、B-CAS関連で議題が設定されていた。

 今回の議題は、もう一方の「市場取引ワーキング」に関するものだ。デジタル・コンテンツ利用促進協議会が1月9日に公表した、コンテンツの権利関係を整理する特別法を設けて流通促進をはかる「会長・副会長試案」(PDF)について、ヒアリングが行なわれた。また、同協議会とは対照的な立場をとる「ネットワーク流通と著作権制度協議会」で検討中の「流通促進方策」についてもヒアリングがあり、いわゆる「流通促進」の考え方に対する権利者側委員の疑義が相次いだ。

 特に、利用促進協議会の「会長・副会長試案」は、デジタル・コンテンツ法有識者フォーラムが提案した「ネット法」構想が叩き台になっているため、反発する声が目立った。

デジタル・コンテンツ利用促進協議会「会長・副会長試案」

 デジタル・コンテンツ利用促進協議会の「会長・副会長試案」に関するヒアリングは、同協議会事務局から弁護士の櫻井由章氏が出席して行なわれた。

 この協議会は、「コンテンツ大国」のスローガンを掲げる政府方針の一助にと、デジタル・コンテンツの利用促進策を議論する場として昨年9月に設立された。東京大学名誉教授で弁護士の中山信弘氏が会長、株式会社角川グループホールディングス代表取締役会長の角川歴彦氏と、参議院議員の世耕弘成氏、株式会社スクウェア・エニックス代表取締役社長の和田洋一氏ら3氏が副会長に就いている。デジコン委員会でヒアリングされる「会長・副会長案」というのは、この4氏が連名で発表したものだ。

 試案は、

●対象コンテンツの利用に関する権利の法定事業者への集中化
●権利情報の明確化(対象コンテンツの登録)
●適正な利用を過重な困難なく行い、原権利者に適正な還元がなされる仕組み
●デジタル・コンテンツの特性に対応したフェア・ユース規定の導入

――の4つが骨子となる。

 この試案の目的は、映画・音楽・放送番組をインターネットで配信するときに必要な権利処理を容易にすることにある(ただし音楽を対象から外すこともあり得るそうだ)。従来ならば、この配信にあたって、作詞家・作曲家・映画会社・レコード会社・放送局・出演者などの関係権利者(著作権者と著作隣接権者)すべてから許諾をもらう必要がある。そこで、新しい特別法を作り、1つのコンテンツにつき一人が“代表”して許諾をできるようにする。コンテンツを配信した事業者はその一人と交渉すれば良くなる仕組みだ。

 試案の中で、関係権利者を代表する「一人」を「法定事業者」と呼んでいる。「権利情報の収集等を行い原権利者に適切な還元を行う当事者としての協力を有すると認められる者」としている。「原権利者」というのはそのコンテンツに関係する著作権者・著作隣接権者のことで、彼らが「法定事業者」に権限を集めたくない場合には「別段の意思表示」をする。一人への権限の集約が原則で、ある程度の権利者が「意思表示」をしたときに集約をまぬがれる趣旨のようだ。

 「法定事業者」が配信の許諾を出せるコンテンツは、「コンテンツID登録事業者」へ権利情報を登録する。情報は公開され、登録から一定期間、原権利者からの異議を受け付けることで権利情報の正確さを保つ。「法定事業者」にはコンテンツ配信で得た利益を原権利者へ分配する義務が課されており、ここでの権利情報にもとづいて実行する。

 試案では、「公正」と言える利用行為が著作権・著作隣接権の侵害とならないとする「フェア・ユース」の規定を特別法に盛り込むことも提案している。この特別法がインターネット上でのコンテンツ利用を対象にしていることから、特にインターネット関連のサービスなどで導入が望まれている「フェア・ユース」を改めて定めるということらしい(著作権法にフェア・ユースを入れる場合、映画・音楽・放送番組以外のコンテンツや、インターネット以外の利用行為にも影響されるためだろう)。

 なお現在、試案に関してパブリックコメントが募集されている。2月10日締切りだ。


ネットワーク流通と著作権制度協議会 松田氏私見

 昨年11月21日に設立された「ネットワーク流通と著作権制度協議会」からは、会長職務代行で弁護士の松田政行氏がヒアリングに臨んだ。この協議会は法学者・弁護士ら118名が参加、新潟大学名誉教授で弁護士の斉藤博氏が会長に就いている。「コンテンツの流通促進方策」と「権利制限の一般規定」を検討するための分科会を設け、議論を続ける。ただし設立に関する報道を見たかぎり、「権利制限の一般規定」つまりフェア・ユースの導入には慎重な姿勢が目立つようだ。

 利用促進協議会のような「案」が、まだ制度協議会としてまとまっている段階ではないとのことで、今回のヒアリングにあたっては松田政行氏の「私見」として「コンテンツの流通促進方策」が語られた。

 この松田氏の「私見」においても、コンテンツのネット流通を「促進」させる方向性は利用促進協議会の「会長・副会長試案」と共通する。また、「デジタル・コンテンツネット流通を促進する要素」として(1)諸権利者間の配分ルールの合意(2)諸権利の一元化(3)メタデータ化(4)ビジネスモデル――といったキーワードを挙げた。ここも基本的には「会長・副会長試案」に近い方向性を持っている。

 しかし決定的に違うのは、「会長・副会長試案」が特別法を作ることを前提にしている点に対し、松田氏「私見」では「ガイドライン」と「契約モデル」を用意して流通促進を図る点だ。つまり現行法の枠内で「契約」をさせるということで、新たな立法を考えていない。対象とするコンテンツについても、音楽は実際にネット配信されていること、映画はすでに権利が映画製作者へ集約されていることから、放送番組に限定して提案されているという。

 松田氏「私見」によれば、放送番組をニュース・クイズ・バラエティーなどジャンルを分けて、関係する権利者の典型例を整理した「権利関係モデル」を作る。ジャンル分けはなるべく細かく設定する。そして、この権利関係モデルから必要な配分先を整理することで、各ジャンルごとの「契約モデル」を作成する。配信契約の際には、「権利契約モデル」の中から利用予定の番組に近いジャンルを探し出して、それと関連付けされた契約書の雛形(契約モデル)を使うことになる。この一連の手続きは「ガイドライン」として示されるわけだ。

 「権利関係モデル」から配分先、「契約モデル」を作るのは放送局や関係権利者の団体だ。基本的には当事者間の協議によって「契約モデル」まで持っていく。配信のための契約モデルが一度出来上がれば、あとは配信までスムーズに行く(ビジネスモデルは現場で考えられる)という趣旨だ。利用促進協議会の「会長・副会長案」では、契約に委ねていては時間がかかりすぎるとの前提で立法を提案していたが、その手法でもやはり当事者間の協議がなければ分配ルールは決まらない――と松田氏は指摘している。

 なお権利情報については、各権利者団体のデータベースと連動する形で、各テレビ局あるいは「権利処理機関」にデータベースが用意される。そしてガイドラインに基づいて利用があると、「権利処理データベース」へ登録される。このデータには権利者や関係者がアクセスできるようにして、透明性を確保する。利用から使用料の配分までに一定期間を設け、配分ルールに異議のある権利者が登場した場合はADR(裁判外紛争解決機関)の裁定に委ねるという(ただしADRで決着しない場合に裁判になることも想定)。


「流通促進」に疑義を出す権利者側委員

 櫻井氏・松田氏からのヒアリングを受け、「相変わらず、安価に効率よくコンテンツを配信したいという虫の良い話だ」と椎名和夫委員が批判した。また、利用促進協議会の「会長・副会長試案」の中で、「権利情報の収集等を行い原権利者に適切な還元を行う当事者としての協力を有すると認められる者」を「法定事業者」としていることを指し、「いったい誰がどのような基準で判断するのか」と疑義を出した。

 同協議会の「会長・副会長試案」については、コンテンツに関係する権利を映画会社・放送局・レコード会社らに集約するという「ネット法」構想から出発しており、これに対する権利者側の反発が強かった。そういった事情もあって「最大のネックはインターネットの収益性の悪さで、そこを改善することなく、なぜ法律で解決できるのか。前に(デジコン委員会で「ネット法」をプレゼンした)岩倉弁護士にも質問したが、答えが聞けていない」と椎名委員が指摘。他人の財産で商売をする以上は権利者との話し合いで時間と費用が必要なのはあたりまえで、ネット関連のような「特定の事業者や産業を優位に立たせるために立法をすることは許されない」(椎名委員)と反対した。

 これまでのコンテンツ流通は交渉と契約で決めてきた――と堀義貴委員も、日本音楽事業者協会と実演家著作隣接権センター(CPRA)が権利情報の集約で合意したこと、NHKオンデマンド開始前に短期間で許諾に至ったこと、5カ国に向けたドラマの配信が始まっていることなど、権利者側で努力を続けていることを強調した。

 佐藤信彦委員(フジテレビ)からも「なぜ性急にことを運ぶことを目指すのか。コンテンツ大国、コンテンツ立国という言葉の裏に、本当はコンテンツは何かの肥やしにすぎない。国が目指すべきは『コンテンツはいつでも安価で利用できることを前提とした』産業政策ということなのではないか」との、「流通促進」の前提に対する疑問が出された。


私見

 一言だけ。

 この「流通促進」策の必要性、そして新たな立法をすべきかという点について、以下の問いをどう考えるかで結論が変わるのではないかと思う。

●現状として、インターネットでのコンテンツの流通は不充分ではないか。
●一度世の中に発表されたコンテンツは、常に流通させるべきか。
●「権利者」と配信事業者との契約を待てるか。

 「流通促進」を望む側からすれば、権利者側からの反論に対しては、かなり身も蓋もない再反論をせざるを得ないような気がする。

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2009年1月 1日 (木)

「対象期限経過」がずらりと並んだ様子をお楽しみください

 昨年末に、「商業用レコードの還流防止措置」(いわゆる「レコード輸入権」)の話を書いた。アジアで売られた邦楽CDを日本に持ち込んで安く売る「還流盤」が増え、価格がずっと高止まりしている国内盤が買われなくなると慌てたレコード業界の要望を受けて、「還流盤」の輸入を禁じてしまえとなった乱暴な制度である。この「還流防止措置」は4年前に始まったのだが、2009年1月1日になると、これまで輸入が禁じられ得たCDの多くが「輸入解禁」となる——というのが前回の話だ。

 年が明けてから日本レコード協会のサイトをチェックしてみると、変化があったのでお知らせしておく(たぶん自動更新だったんだろう)。「還流防止措置」にもとづきレコード会社が輸入を差止めるつもりでいるCDのリストが「輸入差止申立てに係る対象レコードリスト」なのだが、ここで対象期限が2008年12月31日だったものが片っ端から「対象期限経過」との表示に変更されていた。リンク先で「還流防止対象期限」のボタンをクリックしてリストを並び替えるとより判りやすい。

 ちなみに、今回「対象期限経過」となったCDすべてが税関で「輸入差止申立て」が受理されていたわけではない。レコード会社が「申立て予定」としていたまま期限を迎えてしまったものも多いのだ。これは対象レコードリストの「更新履歴」で12月31日付を調べてみると判る。

 「還流防止措置」は、アジアで邦楽CDを売るために「必要」という触れ込みで、レコード協会が音楽ユーザーの反対の声を無視した形で実現した制度だったわけだが、いざ4年もの運用の実態を見ると、正しく活用されていたのかとの疑問は残る。実際に税関に申立てられていた以外のCDでも、その巻き添えを食う形で実質的に輸入禁止となってしまっていたのではないか。「申立て予定」のまま対象期限を迎えたCDは、そういう“不正”な形で還流防止措置の恩恵にあずかっていたように思えてならない。

 この1月1日を迎えたところで、還流防止措置は一区切りついたと言える。しかし今後も引き続いて動向を見ていきたい。「解禁」された還流盤が実際に輸入されるようになるのかが判るのも、もう少し先のことだろうし(4年前のCDを逆輸入して商売になるかという問題もある‥‥)。

 ともあれ、これを念頭のご挨拶に代えていただくとして、皆さま今年もよろしくお願いいたします。

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2008年12月30日 (火)

1月1日はアレが解禁される

 2008年が終わろうとしている。来年の1月1日になると、横山大観をはじめとする1958年没のクリエイターの作品が著作権の保護期間を満了する。著作権の保護が切れた彼らの作品は、複製や配布をしたり、新たな創作の下敷きにしたりと、誰でも自由に利用できるようになる。どんなクリエイターでも文化に育まれ、作品を生み出すに至り、その作品が作者の死後50年の後に文化へ還される――こうした「文化のサイクル」が来年もまた一回りする。保護期間延長の議論の行方次第では、このサイクルが途切れてしまうところだった。

 実は同じ日に、著作権法の縛りから「自由」になるものがもう一つある。アジアからの「還流盤」CDの輸入だ。大多数の旧譜について、輸入が解禁されるのである。「文化のサイクル」のダイナミズムと比べれば、みみっちい話ではあるが。

 「還流盤」とは、アジア各国で売られている邦楽CDを日本国内へ「逆輸入」したものを指す。国内レコード会社がアジアで邦楽を売り込む際、現地の物価に合わせてCDを安く売るため、これを日本へ持ち込み差額で利益を得る輸入業者が現れた。国内盤がおおむね3000円前後のところ、還流盤は2000円前後で売られた。かつては、スーパーやディスカウントストアでもよく見かけたのである。著作権を侵害している海賊盤と異なり、還流盤はレコード会社自身がアジアで売った正規盤のため、この商売をやめさせる手段が無かった。

 還流盤を放置しては国内盤が売れなくなる、と危機感を持ったレコード業界は還流盤の輸入を禁止できるよう文化庁に要求した。この輸入禁止が実現すれば、アジアへの進出も積極的にすすめ、そこで得た利益は国内盤の価格を下げるなどして還元するとレコード業界は宣言した。その結果、2004年の著作権法改定で「商業用レコードの還流防止措置」が盛り込まれることとなる。その内容は、国内で初めて発売されてから4年間だけ、国内盤と価格差が大きく「日本国内販売禁止」と表示のあるCDならば、レコード会社が税関で輸入を差止められるといったものだ。著作権法での条文の内容はもう少し違ったものだが、文化庁のガイドラインによって以上のように運用されている。

 この運用のうち、「発売から4年間」の部分で特例が設けられた。還流防止措置が始まる前に発売されたCDについても、運用後4年は制度の対象となることとされたのである。たとえば、1998年にデビューした宇多田ヒカルのCDであっても、2005年から4年間は「還流盤」を税関で差止められることとなっていた。この特例が切れるのが2009年1月1日、つまり2004年以前に発売されたCDならば「還流盤」の輸入が解禁となるわけだ。

 還流防止措置で輸入が止められているCDは、税関のサイトでの検索の結果で知ることができる(日本レコード協会のサイトにもリストが掲載されているが、こちらは差止申立てが受理されたものだけではなく、申し立てる「予定」のものも含まれている)。12月29日の時点の税関サイトによれば、差止申立が受理されているのが424タイトルで、そのうち56タイトルが2004年までに発売されたものだ(シングル盤も含む)。アジアの市場に、これらのCDのうち何枚が残っているのかは判らない。しかし、4年前までに発売されたものかに気をつければ、かつてのような「還流盤」ビジネスがまた可能になるのは確かである。

 これまでは還流盤ビジネス空白の4年ということになるが、還流防止措置が運用されてきた中で何か変わっただろうか。レコード業界は、オーディオレコードの生産を数量金額とも前年比95%前後で“順調に”落としており、アジア進出についても、2005年に641タイトル、2006年に551タイトル、2007年に668タイトルと低調である(この数字は内閣府の『知的財産推進計画』から)。毎年1万タイトル強のCDが国内で発売されるとのことで、これに比較するとお寒いかぎりだ。実はこれまでの間に、税関での差止めの実績は2007年0件、2006年と2005年も1件ずつだったりもする。

 還流防止措置は無意味だったのではないか。むしろ、音楽ファンとレコード業界との溝を決定的なものにしてしまっただけだった。「レコード輸入権」という言葉に聞き覚えのある方もいるだろう‥‥著作権法に書き込まれた還流防止措置の規定は、邦楽CDをアジアから「還流」させるのを止めるだけでなく、洋楽CDの欧米からの輸入も止められる内容だった。そのため、輸入盤を止めることで消費者の選択肢が狭められるとして、音楽関係者や音楽ファンが当時の法改定に反対した。還流防止措置はそれを押し切って導入されたのである。

 あれ以来、私は、国内レコード会社が生産したCDを買わないよう努めるようになった。もともと「コピーコントロールCD」を忌避して買わなくなっていたところに、さらに感情的に避ける気持ちが強くなったのだ。内容を吟味して手を出した国内盤もあるにはあったが、選ぶ目はかつてよりも厳しくなっている。幸い、輸入盤の方は目に見えて洋盤の輸入が止まることは無かったようだが、それでも国内盤と比較して不自然な値段が付くことが目立つようになった。その場合には、発売直後で買うことにこだわらず、納得できる価格に落ち着くまで待つ。

 音楽離れしたという訳ではない。むしろ、自分の持っているCDを聴く機会はiPodなどで増えている。国内のレコード会社から心が離れていっただけの話だ。その一方で、私はある方面に大きく興味を惹かれるようになってしまった。「レコード輸入権」の前後で起こった大きな変化は、むしろこちらの方だったのかも知れない。

 おかげさまで、「レコード輸入権」で「著作権」を強く意識させられるようになり、その後も「iPod税」「ダウンロード違法化」「フェアユース」など、ことごとくレコード協会の意向とは反対の立場で発言をさせてもらっているのである。ありがたい話ですな。




■おまけ:これまで差止められていたが解禁される還流盤リスト

※カッコ内は発売日
 なお、リスト内に無い旧譜ももちろん還流防止措置の対象から外れる。

●GLAY 『White Road』 (2005.1.19)
●w-inds. 『w-inds. - 1st message -』 (2001.12.19)
●w-inds. 『w-inds. - THE SYSTEM OF ALIVE -』 (2002.12.18)
●w-inds. 『w-inds. - PRIME OF LIFE -』 (2003.12.17)
●w-inds. 『w-inds. - bestracks -』 (2004.7.14)
●中島美嘉 『火の鳥』 (2004.6.2)
●SOUL'd OUT 『To All Tha Dreamers』 (2005.2.2)
●The Gospellers 『G10』 (2004.11.17)
●CAGNET 『Love Generation (Original Soundtrack)』 (1997.11.7)
●押尾コータロー 『Be HAPPY』 (2004.6.23)
●小野リサ 『ESSENCIA』 (1997.11.19)
●ORIGINAL LOVE 『EARLY COMPLETE』 (2003.6.25)
●菅野よう子 『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX O.S.T.2』 (2004.5.26)
●五輪真弓 『MAYUMI CLASSICS』 (2002.2.20)
●上戸彩 『Re.』 (2004.12.8)
●V.A. 『FURTURE SHOCK MUSEUM』 (2004.3.17)
●L'Arc~en~Ciel 『The Best of L'Arc~en~Ciel 1994-1998』 (2003.3.19)
●L'Arc~en~Ciel 『The Best of L'Arc~en~Ciel 1998-2000』 (2003.3.19)
●L'Arc~en~Ciel 『The Best of L'Arc~en~Ciel c/w』 (2003.3.19)
●ASIAN KUNG-FU GENERATION 『ソルファ』 (2004.10.20)
●ROUND TABLE featuring Nino 『APRIL』 (2003.4.23)
●THE BACK HORN 『イキルサイノウ』 (2003.10.22)
●溝口肇 『tokyo tower o.s.t.』 (2004.12.22)
●タテタカコ 『大空(そら)』 (2004.7.22)
●鳥山雄司 with ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ 『「世界遺産」組曲』 (2003.12.3)
●織田裕二 with Butch Walker 『Last Christmas / Wake Me Up GO! GO!』 (2004.11.3)
●KREVA 『新人クレバ』 (2004.11.3)
●藤木直人 『COLORMAN』 (2004.12.8)
●松任谷由実 『VIVA!6x7』 (2004.11.10)
●鷺巣詩郎 『CASSHERN ORIGINAL SOUNDTRACK [Complete Edition]』 (2004.10.20)
●SINSKE 『INFINITY』 (2003.8.20)
●小沼ようすけ 『Summer Madness』 (2002.11.20)
●THE GREAT JAZZ TRIO 『'S WONDERFUL』 (2004.12.1)
●川井郁子 『オーロラ』 (2004.2.21)
●藤田恵美 『camomile』 (2001.11.20)
●藤田恵美 『camomile blend』 (2003.10.1)
●宇多田ヒカル 『Automatic』 (1998.12.9)
●宇多田ヒカル 『Movin'on without you』 (1999.2.17)
●宇多田ヒカル 『First Love』 (1999.4.28)
●宇多田ヒカル 『Addicted to you』 (1999.11.10)
●宇多田ヒカル 『Wait & See ~リスク~』 (2000.4.19)
●宇多田ヒカル 『For You』 (2000.6.30)
●宇多田ヒカル 『Can You Keep A Secret?』 (2001.2.16)
●宇多田ヒカル 『FINAL DISTANCE』 (2001.7.25)
●宇多田ヒカル 『traveling』 (2001.11.28)
●宇多田ヒカル 『光』 (2002.3.20)
●宇多田ヒカル 『SAKURAドロップス』 (2002.5.9)
●宇多田ヒカル 『COLORS』 (2003.1.29)
●nobodyknows+ 『Do You Know?』 (2004.6.30)
●orange pekoe 『Poetic Ore; Invisible Beautiful Realism』 (2004.7.7)
●w-inds. 『夢の場所へ』 (2005.1.1)
●L'Arc~en~Ciel 『REAL』 (2000.8.30)
●SMAP 『世界に一つだけの花』 (2003.3.5)
●嵐 『Single Collection 1999-2001』 (2002.5.16)
●嵐 『5x5 THE BEST SELECTION OF 2002←2004』 (2004.11.10)
●The Don Friendman VIP Trio 『Timeless』 (2004.5.19)

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2008年12月18日 (木)

メーカーが文化庁案を拒否できたのは文化庁のおかげです

 16日の私的録音録画小委員会(第5回)での、中山信弘主査の締めの言葉が印象に残るものだった。議事を進めて報告をまとめる役割を中山主査が担っていたわけだが、いわゆる「ダウンロード違法化」を実施する方向を維持しつつも、本題の私的録音録画補償金について方向性が打ち出せなかった。これを指しての発言だ。
 発言を以下に引用する。私の傍聴メモと記憶から再構成したものなので、正確なところは1か月後くらいに公表される議事録を待っていただきたい。

 この私的録音録画補償金の問題は、知財戦略本部から、制度の廃止も含めて根本的な検討をおこなうというミッションを頂戴していたわけですが、合意できずに主査として大きな責任を感じるところです。

 私事になりますけれども、去年、著作権法の体系書を出しまして、その本の最初のタイトルが「著作権法の憂鬱」ということでして、まさにその「憂鬱」が現実のものになってしまいました。補償金の問題は、著作権法の全体からすれば僅か(一部分)というものかも知れませんが、現在 著作権法が抱えているデジタル問題を象徴するものだろうと思っています。著作権法がデジタルにどう対応していくかという非常に大きな課題を与えられているのだと。

 ‥‥というわけで、申し訳ございませんというお詫びの言葉でこの会議を締めくくりたいと思います。

 知財法研究の第一人者で、ユーザー側からの信頼も厚い人格者の中山先生が詫びて閉会するという、傍聴していたこちらが申し訳ない気持ちになる場面だった。ただその一方で、私は、中山先生が「責任」を感じる必要はないだろうとも感じていた。私的録音録画補償金をめぐる議論というのは、権利者とメーカーとの思想の対立が大元にあり、その間をとりもつ人はいつもハズレくじを引かされる運命にあるからだ。
 今ある補償金制度が1993年に開始するまでの議論の経緯をみても、そうしたハズレの連続だったことがわかる。家庭内でユーザーが録音・録画することの「補償」を権利者(音楽の著作者・レコード会社・放送局・実演家など)が求め、当時の著作権審議会に「第5小委員会」が設置されたのが1977年のことだ。その「第5小委員会」で話がまとまらず、審議会の外に設けられた「著作権問題に関する懇談会」でも結論が出ず、また著作権審議会(第10小委員会)に議論が戻された。ハズレ、ハズレ、またハズレの連続である。最終的に補償金制度を作ることでまとまった第10小委員会ですら、1987年8月の第1回から1991年12月の報告書完成まで4年以上かかっている。
 なぜそうした議論の空転ばかりが続くのかを考えると、無理もない事情もあったりする。補償金の問題とは結局、金を払いたくないメーカーと、金を貰いたい権利者との攻防なのだ。ひとことで言えば、ユーザーの録音・録画行為をダシにして権利者がメーカーから“著作権料”を取ろうという話である(その“著作権料”を実質的に負担するのがユーザーだというのが何ともタチが悪い)。

 そうしたわけでメーカーと権利者との間で見解が交わらないことは判りきっていた私的録音録画小委員会だったが、実は、議論の中で一瞬だけ共通見解が見出せそうな場面はあった。ユーザーが私的録音・録画する場面を具体的に想像しようという話になった時だ。
 たとえば、ユーザーが自身で買ったCDからiPodなどへコピーする場合、補償が不要そうだというのは権利者側も認めざるを得なかった。また、他人が買ったものを借りてきてコピーすることについては、補償不要とまでユーザー側もメーカー側も強弁できなかった。インターネットで配信されているものについては、同小委員会で議論が始まる以前から補償金は「二重取り」に当たるのではないかと指摘されてきたとおり、iPodやPCへのユーザーのコピー行為を前提にして価格を決めているのだろうということになった。
 これら3つを素直に拾い上げて補償金制度に組み込めば議論がスムーズにまとまりそうなものだが、事務局として小委員会の議事を仕切っていた文化庁はそうしなかった。その後、いわゆる文化庁案ということで、事務局が次のようなまとめを試みた(以下の文章自体は私自身が要約したものである)。

 1.20xx年、私的録音・録画を著作権法30条から外し、補償金を廃止する

 2.「権利者の要請による」DRMがコンテンツすべてに
   かけられているのが廃止の条件

 3.仮にDRMフリーのものがあっても、
   それは「権利者の要請」によるものとみなせる

 4.当面、音楽CDと無料デジタル放送があるので補償金を残す

 5.iPodやHDDレコーダー・ブルーレイディスクは補償金対象に追加指定する

 6.適法に配信されたものは著作権法30条から外す
   (契約で複製が許諾されている)

 ※ 違法複製されたり違法配信されたものからの録音・録画は30条から外す
  (これは事務局案とは別に実施される予定らしい)

 これらひとまとめで「文化庁案」である。パッと見ただけでも、補償金を廃止するのか拡大するのか何が何やらといった具合だ。文化庁案の詳細は、既に公表されている小委員会議事録の中で参照できる(加えて、小委員会の報告書にも丸ごと転載される予定)が、それに目を通しても目眩がひどくなるだけである。論理が一貫していない。
 結果、メーカー側が「補償金廃止への道筋が見えない」として受け入れを拒否し、文化庁案は小委員会もろとも吹き飛んだ。30条をいじくりまわし、今ある補償金制度へ多少手を加えるだけで済まそうという文化庁の姿勢がこの結果を生んだのだ。例の案にしても、“将来的な廃止”はちらつかせただけで実現不可能、実際の補償金制度は課金対象を拡大するという二枚舌だったのだから、メーカーが拒否するのは当然だろう。

 「著作権法がデジタルにどう対応していくか」という大きな課題を意識していた中山先生の思いと裏腹に、小委員会での議論は窮屈なものに押し込まれていった感がある。あくまでも今ある補償金制度を前提として、30条のもとでの私的録音・録画を権利者の「不利益」と考え続けた。しかしユーザー側から疑義が突きつけられていたのはそうした前提自体だったわけで、小委員会がメーカー・権利者・ユーザーという三者の合意を目指していたのなら、もっと根本のところに戻っての説得は必須だったと私は思う。
 職業クリエイターが著作物を作って売り、新しい作品を求めるユーザーがなにがしかの対価を払って鑑賞する。クリエイターが食べていくためこの対価の流れを維持する必要があること自体は、誰もが理解するところではなかったか。その著作物を売る相手が「複製機器を所有するユーザー」なのだと織り込む必要があることも同様だ。
 そうしたときに、著作権法で保障されるべきクリエイターの「利益」の範囲はどれほどのものなのか。たとえば一人のユーザーから、同じ著作物で何度も対価を取ることまで保障されなければならないのか。ユーザーが家庭内でするコピーの中で、権利者に対価を払うべき範囲がどれくらいのものなのか。——そうした論点について、議論に参加していた者たちが自身の主張をあらいざらい出した上で、共通項を積み上げていく努力が必要だったのだ。
 観念的な議論でウロウロせずに、そこまでシンプルな話に戻れば、少なくとも権利者側とユーザー側とで納得できる落としどころが見えてきたのではないだろうか。議事録の中で、ユーザー側委員が発言したことを読み返してほしい。彼らは金を払うのがイヤだと言っていたわけではない、何故それを払うのかという点にこだわっていたのだ。

 最後に、底意地の悪いことを書いておこう。
 私があの小委員会で本当に見たかったのは、権利者とユーザーとでは納得できる落としどころがまとまり、メーカーが対応に苦慮する姿だった。ユーザーの代弁者然として「iPod課金」反対を言い続けてきたメーカーが、当のユーザーが補償金支払いを認めた時に何と言うか楽しみにしていたのだ。その落としどころに素直に乗ってきていたのかどうか。
 残念ながらそれは、メーカーがまとめ案を拒否する根拠を与え続けてきた文化庁の仕切によって実現はしなかったのだけれども。

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2008年12月17日 (水)

積み上がったものって何かあったんだろうか? 今後の議論で使えるものって何かあったんだろうか?

 12月16日、私的録音録画小委員会の第5回会合が開かれた。今回了承された報告書にも書かれていたのだが、「今期で終了」する同小委員会の最終回ということになる。権利者・メーカー・ユーザーの立場から委員が意見をまくしたてていた、小委員会のこれまでの様子とは対照的に、静かに淡々と終わった。わずか30分の会合だった。
 私的録音録画補償金の「根本見直し」をするのが目的だった筈が、結局その制度には手をつけられないまま幕を閉じる。また、注目されていた「iPod課金」の行方についても結論が出なかった。事務局は論点整理ができたと強調していたが、今後の議論でそれが役立つかは、今回現に失敗しただけに疑わしい(個人的には、そのまま議論を続けたら話がこじれるだけだと思う)。2006年以降、この小委員会で議論されて生み出されたものと言えば、例外・例外で虫食いだらけになった著作権法30条だけになりそうだ。

 私的録音録画小委員会がスタートした直接のきっかけは、iPodなどの新しいデジタル機器に「補償金」をかけるべきかという議論が、2005年の文化庁で起こったことだ。文化庁がiPodへの課金を文化審議会著作権分科会(法制問題小委員会)に諮問したところ、社会的な注目をあつめ、インターネットを中心に反対運動まで起こってしまった。文化庁としてはすぐにお墨付きをもらって課金しようと考えていたようだが、意外なことに法制問題小委員会でも賛否がまっぷたつに割れてしまい、結論が出せなかった。
 その上、補償金制度の「根本見直し」もすべきだという意見も出て、その方向で報告書もまとめられた(著作権分科会報告書PDF)。これを受けて設置されたのが私的録音録画小委員会だ。

 私的録音録画小委員会では2006年から議論が始められた。
 ユーザーがデジタル機器で録音・録画すると、それが家庭内であっても権利者の「経済的不利益」を発生する。だからその不利益の金銭的補償として機器や記録メディアに「補償金」を課金して権利者に還元する——というのが補償金制度の概要だが、この「根本見直し」を目的として設置された割には、こうした制度創設時の前提を踏襲して議論が進められた。実は、ユーザーの間にはこの前提そのものに疑義を持つ人が多いにもかかわらずだ(私もそうした一人である)。
 制度の「根本見直し」というよりは、むしろ権利者・メーカー・ユーザーといった関係者が一同に介することで、再度コンセンサスを構築していくことの方が重視されていたようではある。ただ、それにしても議論の前提の設定が性急に行なわれ、その後の議論のきしみを生んでいたように思えてならない。端的に言えば、メーカーやユーザー側の委員から示されていた疑問は置いてけぼりにされた。
 小委員会での議題を大きく分けると、「そもそも私的複製の範囲はどうあるべきか」「補償金制度を今後どうすべきか」「新しい機器への課金をどう考えるか」という内容だった。文化庁としては一定の方向でまとめようと、早い段階から議論を仕切っていた。これが先のメーカー・ユーザーの置いてけぼりに繋がってもいたわけだが、2007年10月12日付で出された「中間整理」(PDF)までは、文化庁の提示したまとめへの賛否両論を書き込むことでなんとか漕ぎ着けた。

 さて、今回了承された報告書を見ていく。この報告書の内容は、「中間整理」以後の小委員会の展開をまとめたものに過ぎない。しかし報告書を形にするのに苦労する事務局のさまを象徴しているようにも見えるし、文化庁案の提示の仕方や内容を丹念に負っていくと、それが受け入れられなかった理由も透けて見える気がする。興味深い中身ではある。
 下に目次を抜き出してみた。

はじめに
第1章 私的録音録画補償金制度の見直し
 第1節 私的録音録画補償金制度の見直しに関する事務局提案
 第2節 私的録音録画補償金制度の見直しに関する事務局提案に対する意見
第2章 著作権法第30条の範囲の見直し
 第1節 違法録音録画物、違法配信からの私的録音録画
 第2節 適法配信事業者から入手した著作物等の録音録画物からの私的録音録画
第3章 今後の進め方

 冒頭の「はじめに」から、私的録音録画小委員会での議論が総括されている。「著作権保護技術と補償の必要性の関係を巡る議論を中心に、関係者間の意見の隔たりが依然として大きいことが明らかとなり、これまでの議論においては補償金制度の見直しについて一定の方向性を得ることはできなかった」という。単に議論が進まなかったことを確認するだけなら、最初の数ページだけを読んだだけで用事が済むだろう。
 総括にあるような「関係者間の意見の隔たり」が大きいのは、議論する前から判りきっていたことだ。補償金を増額したい権利者と、補償金を払いたくないメーカーと、そして補償金の存在を知らないか、知っていても納得できる根拠が示されていないと考えるユーザーが「関係者」である。それらの意見の隔たりをどう埋めるのかが議事進行の見せどころだった筈。そしてその結果は‥‥。
 第1章の「私的録音録画補償金制度の見直し」こそが、本当は報告書のメインに据えられなければならない項目だった。しかしこの報告書ではそうならなかった。話の順番からすれば、第2章の「著作権法第30条の範囲の見直し」で前提を示して、その後で補償金の検討という流れの方が自然な筈だ。“成果”の演出とは言っても、第1章と第2章とを倒置させたのは苦しい。


■第1章第1節

 第1章をもう少し細かく見てみよう。第1章第1節は、ここをまるまんま使い、事務局がまとめようとしていた方向性(いわゆる文化庁案)が掲載されている。これまでの小委員会で小出しにされてきたものを一気に転載した形だ。報告書自体が公表されるのはまだ先になりそうなので、リンクを示しつつ文化庁案の流れを以下で紹介したい。
 ただし文化庁案を読む際に注意したいのは、この案では小委員会がまとまらなかったという事実と、事務局がこの方向でまとめようと議事を進めていた際に委員から出された指摘が、文化庁案からも報告書からもかなり抜け落ちていることだ。

 文化庁は、中間整理・パブリックコメント募集をへた前期第15回会合(2007年12月18日)に、「私的録音録画と補償の必要性に関する考え方の変遷」という資料を作成した(PDF。本報告書では第1章第1節2に転載)。「20xx年」の補償金廃止を謳ったものとして当時も話題になったが、これはあくまでも「著作権保護技術の発達・普及を前提に、私的録音に関しては、30条の適用除外とする」上でのものだ。
 この文化庁のまとめに対し、著作権保護技術(なおこれは著作権法の「技術的保護手段」よりも広い概念で、いわゆるDRMをイメージしてもらえると良い)の発達・普及を前提にすることに妥当性があるのかという委員の疑義が出されている。また「娯楽目的」という、鑑賞を目的とした私的録音・録画を30条から除外すること自体にも問題がある。ユーザーの批判をかわすためか、資料の中で「購入したパッケージのプレイスシフトについて権利制限(無許諾・無償)を認めることは要検討」との文言も入っているが、こちらは全くの空手形に終わっている。

 次に事務局が提示したのは前期第16回(2008年1月17日)会合での資料「著作権保護技術と補償金制度について」だ(本報告書では第1章第1節3に転載)。著作権保護技術が「著作権者の要請」によって施された場合には、そこからコピーしても補償金は必要ないだろうという前提を出した。その一方で、当面補償金で対応する必要のある分野として音楽CDと無料デジタル放送を指定してもいる。
 この文化庁案では、そもそも権利者がコピーフリーを選択した場合はどう解釈されるかという問題がある。事務局は「権利者の要請」である場合と、「権利者の要請」とみなせる場合などを(この回以降)たびたび解説するようになる。他にDRMのかかった媒体があるにもかかわらずCDをレコード会社が選択していること、デジタル放送のDRM(ダビング10)の策定の際にも権利者が関わっていることなどを考えると、音楽CDと無料デジタル放送だけ補償金を残す必要があるとの結論にも疑問のあるところだ(事務局が説明していたところの「権利者の要請」とみなす場面との違いを説明しきれていない)。
 補償金を廃止するとの方向性と、残すとの例外の作り方にすでに齟齬をきたしていて、メーカーが反対する火種はすでにこの時点から存在していたと考えられる。

 前期の審議経過報告をまとめた第17回(1月23日)、「エルマーク」の報告と海外での補償金制度の調査報告があった今期第1回(4月3日)を経て、今期第2回(5月8日)に文化庁がいよいよ制度設計案を出してきた(本報告書では第1章第1節4)。この日には、これまでの文化庁案に解説を加えた資料も合わせて用意されている(こちらは本報告書に掲載されていない)。
 制度案を要約すると、先の会合で「補償金で対応する必要性がある」とした音楽CDと無料デジタル放送の存在を根拠とし、当面補償金を現状維持する。PCなどの汎用機などへ課金しないのはそのまま、支払い義務者もそのまま。ただし唯一、iPodなどのハードディスク内蔵型(フラッシュメモリ内蔵型も含む)機器とブルーレイには補償金をかけることにするという方向だった。
 ここまでの文化庁案は“将来的な補償金廃止”をちらつかせて話をまとめようとしてきたため、この回でようやくメーカーが文化庁案に疑問を示すこととなった。メーカーの疑問への文化庁の対応は次回に持ち越され、以後の混乱へと続いていく。ともあれ報告書の中での、文化庁案の内容紹介はここまでだ。


■第1章第2節

 第1章第2節では、第1節で転載された文化庁案に対する委員の意見がまとめられている。といっても小委員会全体としてのまとめではなく、「権利者」「メーカー」「消費者」「学識経験者」それぞれの立場ごとにまとめたものだ。こうした書き方をせざるを得ないほど、7月30日の今期第3回会合では委員の間に亀裂が走った。
 それまでに出されていた文化庁案に対し「補償金廃止への道筋が見えない」としてメーカーが疑問をぶつけ(これは前の回)、事務局が文書で説明するとしたのがこの日の配付資料「回答」だ。ところがその内容は、これまでの事務局案に書かれていたものを繰り返していたにすぎなかった。
 それを受けてメーカーはついに文化庁案の拒否をはっきりと宣言した。それまでダビング10をめぐって総務省の審議会でも確執のあった権利者側も反発し、中山主査いわく「パンドラの箱を開けたよう」な事態へと陥った。つまり小委員会自体が回らなくなってしまった。結果、第1章で報告されるべき検討結果も出ずに小委員会の最終回を迎えてしまったのだ。


■第2章第1節

 ここまでの第1章の議論の前提として本来は扱われる筈だったのが第2章だ。著作権法第30条のいわゆる「私的複製」の範囲を明らかにする目的で、ここから「除外すべき」とする内容を小委員会では検討してきた。そして、中間整理の時点ですでに「第30条の適用を除外することが適当であるとする意見が大勢であった」とまとめられてしまった「ダウンロード違法化」問題というのがこれだ。
 第2章第1節では「違法録音録画物、違法配信からの私的録音録画」について書かれている。しかし内容は中間整理とほぼ同じもので、「違法録音録画物、違法配信からの私的録音録画については、その実態から通常の流通を妨げているものと考えられ、ベルヌ条約等のスリーステップテストの趣旨、先進諸国の法改正や判例の動向等を勘案すれば、中間整理で示された条件を前提として、第30条の適用を除外する方向で対応することが必要であるとの意見が大勢であった」としている。この第30条からの除外をするにあたっては、「利用者保護」をするとのことだったが、その内容についても中間整理から進展は無い。

ア 政府、権利者による法改正内容等の周知徹底
イ 権利者による、許諾された正規コンテンツを扱うサイト等に関する情報の提供、警告・執行方法の手順に関する周知、相談窓口の設置など
ウ 権利者による「識別マーク」の推進

なお、イの措置に関連して、意見募集では利用者が法的に不安定な立場におかれるのではないかとの疑念が多く寄せられたが、仮に現実に民事訴訟を提起する場合においても、利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられるため、利用者が著しく不安定な立場に置かれて保護に欠けることになることはないと考えられる。

 この点については、立法化の検討時にはよく留意して消費者保護を図るべきとの意見があった。

 これまでの私的録音録画補償金に関するユーザーの認知度を考えると、アやイにどれだけの期待が持てるだろうか。むしろ“違法着うた”に対するコンテンツホルダー側の行動や、「Culture First」のような補償金要求運動の方が広告効果が高かったように思うが、それはとどのつまりダウンロードユーザーを権利者側が訴えるところまで行かないと無意味ということでもある。
 ウなどは、国内のレコード会社が国内の音楽配信事業者に音源を提供した時にのみ表示されるもので、それ以外の適法配信には表示が期待できない。これが「ダウンロード違法化」の「利用者保護」に数えられてしまうところに、この法改定(現時点では予定)のおかしさがある。議論の中で、海外の配信についてはとうとうノータッチのまま議論が終了してしまった。
 「利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられる」との説明も何の慰めにもならない。このハードルで権利者が提訴できないとすれば法改定は無意味であるし、逆に訴訟の乱発や証拠保全命令などが組み合わされればユーザーにとって脅威となる(ユーザーが適法性を証明できないコピーなどいくらでもある)。私は社会状況としてどちらにも行き得ると考えるし、どちらに行っても適正な状態ではないと考えている。誰も得をしない。

 このいわゆる「ダウンロード違法化」の問題については、ダウンロードがダメでストリーミングはOK、という奇妙な論点も存在していた。キャッシュが複製と判断されかねないのではとの指摘もあった。しかしこれに対して報告書は、「平成18年1月の著作権分科会報告書においても対処の方向性が記されており、今期の文化審議会著作権分科会においても、改めてその方向性に沿う制度的対応について検討されているところである」としている。この「制度的対応」がいつになるのかまだ判らないではあるが‥‥。
 また、私的録音録画小委員会がこうも安易に30条縮小を決めたことで心配されるのが、録音(音楽)録画(映像)分野以外の私的複製でも同様の法改定が行なわれ得ることだ。しかし、これについて報告書では、法制問題小委員会での議論に委ねる旨の書かれ方をしている。現段階での法制問題小委員会でも、録音・録画以外の分野での30条縮小には慎重ではある。


■第2章第2節

 第2章第1節が「違法」なものからのコピーについての検討だった。次の第2節では、「適法」なものからのコピーの話になる。「適法配信事業者から入手した著作物等の録音録画物からの私的録音録画」というタイトルだ。
 ここでは「第30条の適用を除外するとする中間整理の考え方を否定する意見はなかった」としながら、「補償金制度のあり方に関わる関係者の合意を前提に、補償金制度の縮小と他の方法による解決への移行、すなわち契約モデルへの移行という流れの中で捉えられるべきものであり、私的録音録画の将来像や補償金制度の見直しに関する合意がないまま本件のみを先行するのは問題があるとの意見があった」とまとめている。
 違法ソースからのコピーの話とは対象的に、こちらは慎重な書きぶりになっている。「適法配信」の方はしばらく法改定されることはないと見てよさそうだ。逆に言えば、補償金の課金対象にiPodやPCなどが視野に入ってくる時に、「二重課金」の火種が再び‥‥ということになるわけだが。


■第3章

 ここまで見てきた報告書の第1章・第2章は、その内容となる基礎がこれまで既に公表されてきたものにあった。事務局が作成してきた資料や、中間整理や、委員の発言(過去の会合の議事録も公開されている)の引き写しだ。それを受けて、初めてオリジナルの中身で書かれるのが第3章の「今後の進め方」だということになる。しかし第3章は1ページしか無い。もはや私的録音録画小委員会には「今後」が無いということを分かりやすすぎるくらいに示している格好だ。
 事務局提案に関しては、「事務局が関係者の互譲の精神を尊重しつつ提案したものであり、検討の過程で事務局提案に賛成する意見があったとしても、それは最終的に関係者が合意するということを前提とした意見であると考えられるので、関係者の合意が得られなかった以上、今後の議論については、中間整理の段階に戻って進めざるを得ないと考える」とまとめた。ただし議論の成果として「新たな解決策を模索するための論点がある程度整理された」という書き方もしている。私的録音録画補償金の議論を追い続けてきた私としては、どうも疑問に感じるところばかりではあるが。
 私的録音録画小委員会そのものについては、「小委員会としての議論は今期で終了することが適当であると考える」としている。文化審議会著作権分科会の中での検討課題から私的録音録画補償金が外れることは無いだろうし、(どの小委員会が受け持つのかは別として)今後も著作権分科会としての議論は続けられるようである。それとは並行する形で、「同分科会の枠組みを離れて、例えば権利者、メーカー、消費者などの関係者が忌憚のない意見交換ができる場を文化庁が設けるなど、関係者の合意形成を目指すことも必要と考える」との構想が報告書にある。オープンなものになるのか、非公開になるのかも含めて、事務局の説明によれば「未定」とのこと。

 以上が、最後の私的録音録画小委員会で了承された報告書だ。この報告書を小委員会にかけるにあたり、事務局は前もって各委員と文言の調整を済ませていたという(これが審議会の普通の進行なのだろうけれど)。そのためか委員からの発言はほとんどなく会合が終了した。
 ただひとり、発言を求めたのがJEITAの長谷川委員だった。その内容は、今後の議論についてだ。「新しい議論の場を設けるということだが、消費者全体にかかわりのある問題でもあるし、オープンな場で議論したいと思っているのでよろしくお願いしたい。契約と技術の組み合わせでできるのではないかという論点を含めて議論できればと思う」。
 その「新しい議論の場」が、ユーザーの目や手が届く場所に作られるのかはまだ明らかにされていない。かつて文化庁案に「権利者、製造業者、消費者、学識経験者等で構成され、文化庁の要請に基づき、透明性及び迅速性が確保された決定プロセスにより検討を行う」評価機関とやらが盛り込まれていたことを思うと、皮肉ものだとつくづく思う。今の文化庁に、その評価機関並みの「透明性」を確保した「新しい議論の場」を作るつもりがあるのかどうか‥‥。

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2008年12月10日 (水)

“お馴染み”JASRACのシンポ、話題は「ネット法」と「日本版フェアユース」

 12月9日、JASRAC(日本音楽著作権協会)がシンポジウム『コンテンツの流通促進に本当に必要なものは何か』を開催した。このタイトルは、前のシンポジウム(3月25日)でのパネルディスカッションで動画共有サイトを取り上げた際に、放送番組がネット配信されない現状を制度で変えようという、いわゆる「デジタルコンテンツの流通促進」の議論に話が及んだことを受けたものだ。
 シンポジウムは二部構成になっていた。第1部は、12月1日からスタートした番組ネット配信サービス『NHKオンデマンド』について、日本放送協会 放送総局特別主幹の関本好則氏の講演があった。NHKオンデマンドでは、番組の放送直後に期間限定で配信し、放送時に「見逃し」た人のニーズに応える「見逃し番組サービス」と、過去のNHK番組をユーザーの好きな時間に視聴できる「特選ライブラリーサービス」が用意されている。これまでの日本の放送局では珍しい、大がかりなネット配信サービスとして、ビジネスモデルがどう確立されるか注目されているところだ。ここでの結果が、今後の「流通促進」の議論の行方を左右するかもしれない。
 第2部は中央大学法科大学院教授・弁護士の安念潤司氏がコーディネーターをつとめ、株式会社ドワンゴ 代表取締役会長の川上量生氏、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の岸博幸氏、株式会社ホリプロ 代表取締役兼社長 CEOの堀義貴氏、立教大学社会学部 メディア社会学科准教授の砂川浩慶氏、日本音楽著作権協会常務理事の菅原瑞夫氏らがパネリストとして登壇した。実は、パネリストの顔ぶれは前回と同じだ。
 このシンポジウムは、ニコニコ動画でも配信された。パネルディスカッションでの話では堀氏がニコニコ動画での配信を提案したという。パネルディスカッションの最初の自己紹介の際、川上氏が話している時だけ背景にニコニコ生放送のコメントが映写された。「はやく本題に入れ」「あのー」などとツッコミが入る光景が繰り広げられた。シンポジウムの雰囲気とは馴染まないという判断か、ほんの僅かな間だけの映写だったが。

 スタートから1週間ちょっとしか経っていないNHKオンデマンドの報告がされた第1部は非常に興味深い内容だった。関本氏は7日までの速報値として、会員登録8,000人、番組の単品購入が72,000回、PCからのアクセスだけなら20万人にのぼったとの数字を挙げた。NHKはオンデマンドサービスを有料で提供し、そこから運営費・職員の給料まですべてまかなわないとならないという。現在、用意されている過去の番組が1,266本。これを毎月200本ずつ増やしていき、常時3,000本を見られるように権利処理を進める。
 ネットで配信するためには出演者や使用楽曲の権利者などに許諾を得なければならないわけで、この権利処理をどう進められてきたのか気になるところだ。しかし関本氏は、NHKオンデマンドではプロの出演者らは「団体交渉でほぼ合意できた」と述べた。団体に入っていない人とは個別に交渉しなければならないが、最近では新たに番組を作る時に「見逃し視聴」の分も込みで交渉するため、プロ相手の場合にはさほど障害になっていないようだ。ただし、映画会社や新聞社・雑誌社などが提供してくれた「調達映像」については一部交渉が難航しているという。自社で配信をするつもりの会社が増えているので、競合を避けて断るところがあるそうだ。ニュース映像ならばその部分だけ画像を外すなどすることができるが、ドラマなどの番組ではそういうわけもいかず、交渉し続けるか諦めるかするしかないという。
 むしろ苦労するのは、アマチュア一般の出演者だとのことだ。たとえばドキュメンタリー制作で微妙な内容を扱った場合に、「番組を見てから(配信の許諾について)返事する」と言われる場合があるという。一般の人は交渉の窓口になるような団体が無いから、すべて個々人を相手にして交渉しなければならない。過去の番組については特に、年間に日本で300万人が移動する中で、出演者を捜し出し交渉する。交渉しても、昔のことが掘り返されることを嫌がる人もいるという。
 関本氏の話で興味深かったのは、海外ではBBCの立場が強く、ネットの配信について権利処理していない映像素材は、BBCが国際交流も国際共同制作もしたがらない状況にあるという話だ。2006年にBBCとNHKが『プラネットアース』を制作した際、BBCから、ネット配信の許諾を処理していないためにNHKの素材を使うわけにいかないと言われたという。関本氏は、ネット配信に関する権利もつけておかないと「世界で売れない」と述べた。

 第2部のパネルディスカッションは、前回のシンポジウムでの「共通了解」をコーディネーター・安念氏がおさらいするところから始まった。「死蔵されているテレビ番組がネットで流せるようになればコンテンツ業界はバラ色というのは幻想である」「ユーザーが求めているのは、ネット環境に適した新たなコンテンツである(既存コンテンツを流しただけでは喜んでもらえない)」「ネットでコンテンツが流れないのをテレビ局や著作権制度のせいにするとか、悪者探しをしても全く生産的ではない」「最大の問題はビジネスモデルがまだ確立されていないことにある」。
 そこでビジネスモデルの話をしたい、という仕切でディスカッションが始まった。川上氏は、コンテンツが物に載せられて売られていたパッケージコンテンツが限界に来ていることを指摘した。コンテンツがデータとして売り買いされるようになった以上、違法に入手されたものも適法に入手されたものも変わらなくなっており、むしろDRMがかけられた分、適法に入手したユーザーがバカを見るようになってしまっている。しかしコンテンツを、サーバーでの使用権を売る形にすることで、今後のコンテンツビジネスが見えると持論を展開した。「パッケージが売れないゲームで、唯一ユーザーが払ってるのはMMORPGのようなサーバー型コンテンツだ」という。
 ただ、この「サーバー型コンテンツ」構想についてはあまり議論が深められず、パネルディスカッションの流れは「ネット法」と「日本版フェアユース」に向いてしまった。「コンテンツの流通促進というのが民間の一部や政府機関まで騒いでしまっている。冷静に考えると、流通の促進が本当に国益なのか」と岸氏が疑問を呈した。「金融危機の中で、英米はITなどで成長産業を作ろうと、経済をどう変えるか動き出している。日本はどこを伸ばそうとしているのかが判らない」(岸氏)。
 砂川氏も、「流通促進」という言葉の違和感を述べた。「本来は制作促進を言うべきではないか。制作がなければ流通もない」(砂川氏)。コーディネーターの安念氏も、この砂川氏の発言に前後して、「なぜコンテンツだけ流通促進と言われなければならないのか。流通促進を言われる産業というのはあまりないし、権利処理が大変なのは他でも同じだ。所有権や賃借権の制度が悪いという人はいない」と発言した。
 「日本版フェアユース」についても、菅原氏が「フェアユースは不明瞭。最終的にはとことん訴訟にまで、と考えているのだろうか。社会的な混乱を招くのでは」と指摘。堀氏も「日本版というのがミソ。もとは検索エンジンのサムネールから始まったと思うが、いつのまにかコンテンツでやろうという話になっている」との認識を述べた。
 岸氏も「日本版フェアユース」を「最低最悪」と切って捨てた。しかしその一方で、「一般規定は必要かもしれない」と前置きしてもいた。砂川氏も「目的別のフェアユースをお願いしたい。新聞の縮刷の放送版ができないか。番組ごとのアーカイブではなく、コマーシャルも含めて録画する」と発言した。現行法では、個人としてアーカイブするのは適法だが、大学としてアーカイブすれば違法になってしまう。もしこのアーカイブが可能なら、何十年も経ったのちに大きな資料的価値を持ちえるだろうという。

 さて。ここまでまとめてきた今回のシンポジウムの中で、いろいろと自分の考えを言いたいところがあるのだが、私が最も強い違和感を覚えたところだけここでは指摘しておく。それは、「ネット法」の構想が国の政策だとの前提で話されていたことだ。しかも「日本版フェアユース」がコンテンツ流通促進の議論の延長で批判されている。
 「ネット法」の構想は、元は民間団体から提案されたものだ。今年3月に、デジタル・コンテンツ法有識者フォーラムが打ち出して以来、大きな論議を巻き起こした。コンテンツをネットで流通させるかどうか決める権利を映画会社・レコード会社・放送局にひとまとめにして、出演者や作曲者ら個々の権利者は権利行使をできなくするという内容だ。そのため、権利者サイドから強い反発を受けたものだ。
 この構想は確かに自民党でのコンテンツ関連部会で取り上げられたり、内閣の知的財産戦略本部(デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会)でヒアリング対象にされたりしたが、現時点では、国の政策としてやると決まったものではない。専門調査会が先日まとめた報告(報告案PDF)でも、ヒアリングで発言されただけの提案としての扱いである。
 実は政府の側でも、コンテンツ流通促進の話は消極的な面すらある。堀氏もパネルディスカッションで発言していたが、議論の前提で部分で放送番組に限っているのだ。これなどは私から見ても不満のあるところだ。その不満の理由は私と堀氏では全く異なるところだろうと思うが‥‥。

 「日本版フェアユース」についても、パネルディスカッションでの批判が当たっているようには思われない。「ネット法」の構想は、確かに、上記“権利制限”的な「ネット権」と「フェアユース」の導入が二本柱になっている。しかし「フェアユース」の議論というのは、もともと権利侵害とまでは言えない範囲の利用について、現行法の規定では違法と判断されかねないために著作権を及ばないようにするという趣旨である。多少は流通に関する部分があるとしても、本質的には流通促進云々の話ではない。
 パネルディスカッションでは、「フェアユース」の導入を「ベンチャーがビジネスを続けていけるようにするため」との理由で説明されていることがことさらに批判されていたが、その一方で「一般権利制限規定」の必要性への言及もあった。検索エンジンのサムネイル(ただし実際に権利制限が必要なのはサムネイルについてだけではなく、サーバへの著作物のコピーそのものもだ)を適法化するために個別に規定を用意するようなことでは、社会の変化に対応しきれない。そうした点はパネルディスカッションでも言及されていた。となれば、もはや「日本版フェアユース」に対する批判は単に“理由が気にくわない”と言ってるように見えてしまう。
 私の目から見て、先の専門調査会報告案でまだ「日本版フェアユース」の姿が、現行の30条以下の規定を残すということ以外には見えてきていないのが気になるところではある。むしろ、権利制限できる範囲を狭められかねないのではと不安になっているくらいだ。そうした自分の感覚は置いておくにせよ、「公正な使用ならば著作権の侵害とはならない」という、範囲がしっかり決められるわけではない(しかもその特徴こそが導入の理由である)規定について「不明確」だと批判してみたり、訴訟によって適法かどうか判断するという趣旨なのに「訴訟でシロクロつけるのでは社会が混乱する」と批判することが当たってるのかは疑問だ。
 どうも、「日本版フェアユース」を批判しようにも、攻めあぐねている印象を拭えなかった。

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2008年12月 8日 (月)

次回の私的録音録画小委で報告書が了承される予定、しかし‥‥

 12月16日に、最後の「私的録音録画小委員会」が開かれる。私的録音録画補償金の「見直し」と、その課金対象にiPodを加えるかどうかを検討するため文化庁が設置した会だったが、とうとう見直しにも課金対象にも結論を出せずに終わる見込みだ。今後の制度案を事務局が示していたが、このいわゆる「文化庁案」をメーカーが拒否したことで、前回(10月20日の第4回)の会合において一定の方向性でまとめるのを小委員会は断念した。そしてこれまでの議論を、文化庁案に賛成する意見も反対する意見も併記する形で事務局がまとめ、最後の1回で報告書案を了承するというスケジュールが決められた。

 今年度の小委員会を振り返ると、4月からの会合は次の回を入れてもたった5回。例年は月に1~2回のペースで開かれており、この少なさは異常だ。なぜここまで議論が進められなかったのかというと、文化庁による議論の仕切にメーカーが乗ってこなかったことに原因がある。
 2007年度までの話に少し戻るが、「私的複製」となる録音・録画の範囲を検討し(なお、ここで出された方向性にも問題がある)、続いて さまざまな私的録音・録画の場面を想定しながら「補償」の必要性を小委員会では議論してきた。自分で買ったCDの音楽を録音したり、テレビ番組を録画したり、そういった行為それぞれについて権利者の“経済的不利益”があるかを検討したわけだ。この結果は「中間整理」(PDF)という形でまとめられ、それを受けて文化庁が2007年12月に今後の補償金制度案をまとめた。
 この文化庁案でまとめようと議事が進行されたのが今年度の小委員会ということになる。その内容は、「20xx年」の補償金廃止を打ち出した一方、CDからの録音と無料放送からの録画とでは補償の必要性が残るとして、iPodなどの新しい録音・録画機器にも補償金の課金をするというものだ。しかし、補償金を廃止する「未来」が本当に来るのか、そもそもiPodへの課金が必要とする説明が妥当か、といった観点からメーカー側が文化庁案の詳細を問いただした。文化庁からもメーカーを納得させる回答を用意できず、最終的にはメーカーが文化庁案を拒否するという事態に至った(7月10日の第3回)。

 議論をまとめることが至上命題の審議会でその見込みが立たないとなれば、もはや会合を開くのは難しい。開いたとしても紛糾するだけである。今期の私的録音録画小委員会はそれが決定的になったため、会合が少なくなってしまったのだ。しかし会期の終わりが迫ってくれば、報告書をまとめないとならない。そこで先の「中間整理」を基礎にして、文化庁案と、それをめぐる意見をまとめたものを付け加えて報告書を作るとする「骨子案」が前回 事務局から出された。
 骨子案は大まかに3部に分かれ、「私的録音録画補償金制度の見直し」「著作権法第30条の範囲の見直し」「今後の進め方」との章が用意される。補償金制度については、前述のとおり、文化庁案の内容とそれに対する意見が書かれる。
 一定の方向性でまとまらなかった補償金制度の章とは対照的に、今回の報告書のメインになってしまったのが「30条の範囲の見直し」だ。「中間整理」に記載されパブリックコメントでの猛反対にあった、いわゆる「ダウンロード違法化」を含む部分である。パブリックコメント後、小委員会では方向性を変えることなく「おおむね了解を得られた」ものとまとめられた。骨子案では、「違法録音録画物、違法配信からの私的録音録画」と「適法配信事業者から入手した著作物等の録音録画物からの私的録音録画」について、著作権法第30条で適法とされる「私的複製」の範囲から除外することを提言する項目がある。複製をともなう著作物の鑑賞法が激増している現在、ユーザーが家庭内でする録音・録画について、権利者と訴訟で争う可能性が生じるわけだ。
 実際の文言については「骨子案」から窺うことはことはできず、次回の報告書案を見るしかないが、第4回会合で報告書に対するパブリックコメント募集を改めて行なわないとの事務局の発言があることから、新たな要素は少なく「中間整理」とそう遠くない論旨でまとめられると考えられる。

 メーカーが文化庁案を拒否し、中間整理を引き写す形で事務局が報告書案を作成するという混乱した状態なわけだが、そもそもの私的録音録画小委員会が設けられた目的から考えても、「こんな筈ではなかった」という感じだろう。今後の補償金制度に関するコンセンサスを、当事者である権利者・メーカー・ユーザーらの間で作り上げていくというのが本来の趣旨だったのだから。当事者が納得ずくで補償金制度の行く末を決められるのならベストだったが、結果として起こったのは、権利者とメーカーとの決裂と、権利者とユーザーとの間に新たな溝を生みかねない法改定の構想だった。ここでの議論はいったい何だったのかと、私個人としても思わざるを得ない。
 小委員会が本来の目的を果たせなかったのは、地上デジタル放送のコピー制御を緩和する「ダビング10」の開始が権利者・メーカー間の対立のあおりを食って延期されていた時に、小委員会の頭越しに文科省と経産省とがブルーレイディスク課金で合意してしまったことにも象徴的に表れている。なお、このブルーレイについては文化庁が課金の方向で準備を進めているようだ。
 今後、補償金をめぐる議論はどう行なわれていくだろうか。仮に小委員会を続けるとしても、文化庁案を掲載した報告書(案)を前提にしてすぐ議論を始めるのは難しいだろう。次回が今期最後の会合となるのは間違いないが、私的録音録画小委員会としての最後の会合となる可能性もある。

 目的を果たせなかった小委員会が失ったものは大きい。ユーザーをいかにして納得させ補償金を支払わせるかという“仕掛け”を整える絶好の機会だったにもかかわらず、ユーザーから疑義を突きつけられていた「私的録音・録画すると権利者に不利益が生じる」という“前提”を逆に維持することにこだわってしまい、ユーザーの納得を得る機会を潰してしまった。課金をどういう形で行なっても、補償金が続くかぎりそれを負担するのはユーザーだ。ユーザーが補償金を忌避するようになれば、制度は回らなくなる。
 私的録音録画補償金は、その古くさい前提を権利者とメーカーが共有し、双方が妥協できる範囲――アナログの機器やメディアには課金しなかったり、課金額を定額でなく定率で決定したりするといった範囲で、金のやりとりをすることにしたものだ。実は当初からユーザーの納得性など考えられてこなかった。それゆえに認知率が低く、iPodへ課金が拡大する際の反対の声へとつながった。
 ユーザーにとっての根源的な疑問である「なぜ補償が必要なのか」については、この誰もが複製をあたりまえにできる時代を前提とした回答が真剣に議論されていない。補償の必要が無い複製の範囲が私的録音録画小委員会でも見えてきていたにもかかわらず、そこにいかにして補償金をかけるかという理屈をひねりだすことに文化庁案は腐心してしまったのだ。たとえば何千枚もCDを持っているユーザーが使うiPodに補償金をかけようとするセンスが私には信じられない。自分が所有するCDからのコピーに補償金をかけるまでもないことは小委員会の中でもコンセンサスがある(無いか少ないかとの違いはあるが)。単純に、そこには補償金をかけない(補償金返還の対象にする)、と結論すれば済むことだった。

 ここまで来たのだから、私的録音録画小委員会と私的録音録画補償金の行く末を見届けたいと、私個人としては考えている。しかし今後の展開に希望など全く持てはしない。権利者とユーザーとの間の争いで疲弊するコンテンツビジネスに、納得性が無く誰も払いたがらない補償金と、実効性が無く誰も守らない“著作権ルール”が残るだけではないか。
 そうした惨状を見届けつつ、わずかずつでも回復させていくことを考えたい。

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2008年12月 3日 (水)

ビートルズのiTunes Store進出はまだかいな

 定期的に出てくるニュースだったりはするんですが、iTunes Storeでまだ音楽が配信されていない“最後の大物”、ビートルズの話です。ポール・マッカートニーが、ビートルズ楽曲の配信がまだまだ先になりそうだとの見解を話したということで、こういうのに一喜一憂させられるファン心理には我ながら泣けてきます。
 ポール御大の発言にしても、私はこれまでいろいろ裏切られてきたわけで、iTSへの進出もそうですし、前には映画『Let It Be』のDVD化なんて話もあったんですよ(確かリミックスアルバム『Let It Be... Naked』が発売された当時だったような)。いまだに実現していないのが悲しい。もう御大の言うことは話半分ってことに。
 ビートルズ関連のリリースを管理する英アップルと、iTSを運営する米アップルとが商標権を巡る訴訟を経て、和解に至った2007年にもiTSへの提供を噂されたことがありました。タイミングとしてはこの時だったら最高だと思うんですけどね、噂で終わりました。

 ビートルズの曲がまだ配信されない、いつになるんだ、とここで書いていても、熱心なファンでなければ今更感が強いのではないでしょうか。私にしても、自分が病的なのは自覚してますし。ただ、ビートルズのレコードについては、CD化以降に公式リリースが絶たれたものがかなり多くて、そろそろそのあたりを整理する感じで正規CD化して貰えないかなと願っているのです。
 しかも今のCDが発売されてから20年もの月日が流れていて、そろそろリマスターし直したCDが欲しいとファンから言われ続けていたりもします(その逆に、現行CDの音質で十分という話もありますが)。
 私が「整理」を求める理由というのが、ビートルズのアルバムの大半がモノラル版とステレオ版の両方が発売されていたことにあります。ステレオもモノラルも別個にミックスを施していたため、音源に微妙な差異を生じてもいます。特に『The Beatles』(ホワイトアルバム)や『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』あたりは、両版を比較するとほとんど別物みたいな曲があったりもします。しかしCD化されたアルバムはどれも、モノラルかステレオか片方しか収録されませんでした。収録されなかった方を聞くためには中古レコードを漁るか、海賊版に手を出すかするしかなかったのです。
 そうした、モノラル・ステレオの差異を欲するマニア層に向けて、まるで間隙を縫うように出されたのが『The Capitol Albums』シリーズでした(Vol.1が2004年発売、Vol.2が2006年発売)。内容は米国編集盤を収録したもので、一般に発売されている英国オリジナル盤の曲目とは異なっていましたが、ビートルズ初期の楽曲のステレオ版とモノラル版の両方を収録し、しかも最新リマスターを施したという内容で、現行CDで満足できないファン層に強くアピールするものでした。同じ頃、英アップルもリマスターCDを準備してるみたいなニュースが出てたように思うのですが、私がこれを書いている時点でソースを掘り返すにまでは至りませんでした。あの時、本当にリマスター盤が出ればまたマニアたちの物欲を刺激したのでしょうが、残念ながら現行のカタログは当時と変わっていません。

 ここでちょっと違う話をします。ビートルズの楽曲に関する権利について、楽曲の作詞・作曲に関する著作権と、レコード音源に関する著作隣接権、そしてビートルズらの演奏に関する著作隣接権が存在します。著作権については、日本では死後50年までの保護が原則なので切れるのは当分先の話です(亡くなったのが最も早かったジョン・レノンでも2031年元旦に切れる)。ところが著作隣接権の方は発表後50年で切れますから、保護期間が日本で延長されないかぎり、ビートルズのアルバムの著作隣接権が2014年元旦から順次切れていくことになります。
 レコードの権利が切れるとどうなるかというと、著作権の方の使用料さえ払えば、誰もが権利切れしたアルバムを販売できるようになります。これまでEMIやアップルが得られていた利益はおそらく目減りするでしょうから、切れる直前に総決算的なリリースを打っていくのではないかと思われます(イメージ的には、2004年に著作権が切れた『ローマの休日』が2003年にリマスターされたような感じ)。
 EUでは著作隣接権を延長しかねない流れがあるので、それがどうなるのかにもよりますが‥‥。最悪、著作隣接権が切れる年が近づくまで、ずるずると旧マスターのまま売られ続けたりして。

 ビートルズの曲が配信されるまでしばらくかかりそう、リマスターの方もヘタをすると権利切れまで引っ張るかも知れない。そうなるとファンとしては気長に待つしかないわけですが、ビートルズ関連で待たれている公式リリースというのは、ライヴ音源でもかなりあります。その多くは放送用に録音されたものですが、現在でも殆どがCD化されていません。特に、かつて『Live At The Hollywood Bowl』のように公式にLPで発売されたにもかかわらず、未CD化というものまであります。
 あまり大声で言える話ではありませんが、それらの多くは海賊版で入手できます。しかし正規版としてそうした音源を流通させないかぎり、海賊版の業者にネタだけを与え続けて、本来利益を得るべき人へは何の還元も無いという事態が続くわけです。ファンからすれば、不本意な状態だと言わざるを得ません。

 iTSへの進出が話題になっているうちに、一気に攻めてもらえないものかなぁと思います。
 だいぶ前にリマスターされた『Help!』のDVDをまだ買ってない私がこういうこと言うのも何なんですけれども。ごめんなさいね。

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YouTube事業説明会に潜り込んできました。

 12月1日発売のマガジンハウスの『Brutus』誌(12月15日号)で、「世界初」と銘打ったYouTubeの特集が組まれています。関連トピックを集めた前半と、オススメ動画を集めた後半、それに茂木健一郎・山形浩生・津田大介・ドミニク チェンの四氏のインタビューを織り込んだ内容です。
 その特集号の発売に先立つタイミングで、11月25日には大手町の経団連ホールにおいて「YouTube日本版 08-09年事業説明会」が開かれました。ネットでもかなりの数の報道が上がっていましたね。主として、ユーザーの投稿が著作権を侵害していないかチェックする「コンテンツIDシステム」と、提携企業の現時点での成果、そしてYouTubeの今後の収益に関する課題をとりあげたものでした。

http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMITbe002025112008
「『YouTubeは攻めの段階に』 グーグルのコンテンツ担当副社長、広告事業を強化」
(IT-PLUS) 2008.11.25

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20081125/319888/ 「『著作権問題が解決し、YouTubeは守りから攻めにシフト』
 ――米グーグルのユン副社長」
(ITpro / 日経WinPC)

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2008/11/25/21640.html
「『YouTubeは著作権対策から収益化の段階へ』Google副社長」
(INTERNET Watch) 2008.11.25

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0811/25/news115.html
「『著作権は守りから攻めにシフト』──違法動画も収益化目指すYouTube」
(ITmedia News) 2008.11.25

 この日の事業説明会に潜り込んできた私の目から、面白いと思ったことについてメモ代わりに書き留めておきます。

 説明会では、YouTubeの用意した新しい試みが幾つか紹介されていまして、その中でおそらく1番の重要度なのが「コンテンツIDシステム」だと感じました。著作権対策としてYouTubeが開発したもので、提携した「コンテンツパートナー」からサンプル映像を提供してもらってデータベース化し、ユーザーが動画を投稿した時に比較する仕組みです。
 そこでマッチすれば著作権侵害の疑いありということで、権利者である提携パートナーに連絡が行きます。その後の処置は、(1)動画が公開される前に視聴不能とする「ブロック」、(2)動画をブロックしない代わりにアクセス解析情報を詳細に取得できる「トラック」、(3)動画に広告などを表示して広告収入を受け取れる「マネタイズ」――から提携パートナーが選ぶことになります。ちなみに動画は20秒もあれば照合可能だとか。
 実はこの「コンテンツIDシステム」は、既に海外ニュースや先行するイベントなどで既に発表されています(リンク1リンク2リンク3)。その時は“コンテンツホルダーの90%は違法動画をそのままにして広告収入を取る選択をしている”といった報じられ方をしていました。しかし私個人としては、この「90%」がどう計算されたものか、よく判らなかったのですね。
 そのあたりが今回の事業説明会でようやく理解できたのですが、まず母集団が、サンプルを提供したコンテンツパートナーの映像に限られていたようです。それも、壇上に立ったGoogle コンテンツ担当副社長のデービッド・ユン氏によれば、このシステムを使っているパートナーの数は「300」とのこと。ちなみにYouTubeが世界中で提携している「コンテンツパートナー」は3000以上という話でして、かなり狭い範囲でしかこのIDシステムが使われていないように思われます。そしてその中で「90%のマッチングについて、パートナーはマネタイズを選択している」との説明でしたから、YouTubeに理解のある提携社が僅かでも利益になる方策を多く選択しているという結果でしょう。
 まだ現時点では参考程度に捉えるのが良さそうです。

 YouTubeの他の試みはちょっと置いておきまして、説明会に参加したゲストについても書いておきます。ここでのハイライトのひとつは、JASRACの参加まで取り付けていたということです。YouTubeがコンテンツホルダーと歩み寄っていることをアピールするのに絶好のゲストでしょうし、また今年10月にようやく包括許諾契約にこぎ着けたことを考えても、JASRAC常務理事の菅原瑞夫氏が登壇したことは感慨深い光景ではありました。
 菅原氏のスピーチはJASRACの考え方を述べたものでしたが、面白かったのは「『動画投稿(共有)サイト』に対して違法利用の対策を求めるだけでなく、『動画投稿(共有)サイト』を新たなメディアとして存在を肯定し許諾の途を開く」としていた点でした。「存在を肯定し」とは随分と踏み込んだ言い方です。リップサービスにしても、こうした発言を繰り返していけばJASRACのイメージが変わるかも知れないと思いました。
 ただ、菅原氏は甘い言葉だけでは終わらせませんでした。「後ろにあるもやもやした部分は忘れてはいけない」。YouTubeの取組が十分なものではないと匂わせたのでしょう。

 YouTubeが当然のごとく呼ぶであろう重要ゲスト――日本企業でYouTubeとの連携を活発に行なっていることで有名なのは角川グループでしょう。スピーチは角川デジックス社長の福田正氏が、パネルディスカッションでは角川グループ会長の角川歴彦氏が登壇しました。
 提携後に角川グループが最初に手がけたのが「MAD動画」などの「公認」でした。自社コンテンツを勝手にアップロードしたり、他の映像や音楽と組み合わせたりした動画(こちらが「MAD動画」)を、一定の判断基準で「公認」しYouTubeに残すという試みでした。広告効果を期待したもので、福田氏のスピーチによれば、10月末の時点で「公認」動画の再生数は自社掲載の動画の62倍に上るといい、11月時点ならば「100倍を超えているかもしれない」とのことでした。
 また、角川グループが開設したYouTube上の公式チャンネルが12あります。先の「公認」動画と関連するアニメ・チャンネルから、角川エンタメチャンネル、ウォーカー・チャンネルなど、グループで抱えているメディアとの連携が図られています。その例として、タカラトミーから発売された「フラワーロック2.0」のキャンペーンが紹介されました。
 フラワーロックは、音楽を流した部屋に置くとその音楽に合わせて踊る花のおもちゃで、20年前に発売されたのを今年リニューアル再発売したものです。そのプロモーション活動に角川グループが自社の雑誌やYouTubeのチャンネルを活用しました。10月30日には昔の映像が9本(再生総数20,435)しかなかったのが、11月11日に新版のプロモーションを開始、11月14日にはYouTubeが用意した動画内広告「InVideo」にも掲載しました。するとこの日の関連動画の再生数が88,466回、前日から57,000回増えました。動画数の方は、スピーチ当日で101本とのことです。
 福田氏のスピーチは、相当の手応えを感じているといった趣旨で話が進みました。

 ゲストはこの他に、エイベックス・マーケティングの前田治昌氏、パナソニックの和田浩史氏らが登壇しました。その中でも角川グループの発表データに顕著だったのですが、 提携の成果は今のところ動画再生数を基準に測られています。そこで、大量の閲覧をいかにYouTubeの収益へ繋げ、コンテンツホルダーに還元するかが今後の課題ということになります。
 そこを意識したYouTube(とGoogle)が用意したのが、パートナー関係を結んだ企業の動画のそれぞれについて誰がいつどう見ているのかを詳細に記録したアクセス解析「YouTubeインサイト」、動画の中に広告を掲載しパートナーの別サイトへ誘導を図る「InVideo」、動画ページにパートナーの関連通販サイトへリンクを用意する「Click To Buy」です。先の「コンテンツIDシステム」でパートナーに「トラック」や「マネタイズ」の選択肢を実現するのも、こうしたサービスを並行して提供したからこそということになります。
 しかし今回の事業説明会は、金額ベースでの効果は発表されていないという、「マネタイズ」が途上だと判る内容でした。来年にはこの効果がどのように発表されるのか。コンテンツを合法に提供することに関しては、大きな前進を見せているYouTubeですが、それを活かすも殺すもこれからの話なのかも知れません。

 YouTubeが商業的に回り出したら、これまで派手さが無いながらも続けられてきた個人ユーザーの動画投稿はどういう扱いになるのか。商業コンテンツと個人動画とが両輪になっていくのか、それとも素人が入り込む余地が少なくなってしまうのか‥‥少し不安に思うところが無いわけでもありません。
 ただ、そういうことを漠然と気にしつつも、YouTubeでの私の最近のお気に入りは、公式チャンネルを開設したばかりのモンティ・パイソンだったりするんですけど。ついつい目が行ってしまうのが商業コンテンツ。おそらく、私がYouTubeを捉える角度というのは、そういう商業寄りだったりするのではないかと思われますね。

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2008年11月24日 (月)

私的複製が文化を残す例

 NHKが、1978年から1987年まで放送したFM番組『サウンドストリート』のアーカイブをインターネットで配信し始めた。配信サービスの名前が『NHK青春ラジカセ』。ちょっと恥ずかしい‥‥。
 残念ながら、放送時にかけられた曲は途中を抜かれている。DJの語りを中心にした編集だ。おそらくは著作権の都合で、曲を丸ごとかけたときの使用料まではさすがのNHKも負担できなかったのだろう。仕方ない話ではある。
 ここで聴ける音源は、実はNHK自身の手で保存されたものではない。ウェブサイトで用意された説明書きに「放送当時、NHKにはFMの放送テープを保存する制度がなく、残念ながらほとんどのテープが残っていません」とある。この企画にあたっては、当時のリスナーが録音していたテープを提供してもらって音源にしたという。

 こんな話をどこかで読んだ覚えがあるな、と思った。テレビ番組の保存の問題とまったく同じだ。日本でのテレビ放送は1953年に開始されているが、この頃は生放送しかないので番組が保存されなかった。5年ほどすると制作現場にVTRが導入されるが、当時はまだテープが高価で、放送が終わると消去して新たな番組を録るのに使い回されていたという。放送番組が保存されるようになるのは1980年代からだ(出典:PDF注意。しかも、80年代においても二次利用目的の保存に限られ、保存できるものは保存するという方針に変わったとのは90年代後半に入ってからだという)。
 VTR導入から番組保存が本格化するまで、テレビ局で公式に残してある番組は特別な記念番組などに限られているとのことで、僅かしか無い。それでも今 我々が見ることのできる番組の記録で無視できないのが、一般の人がVTRを回して保存してくれたおかげで残されたものだ。日本で家庭用VTRが発売されたのは1965年、まだオープンリールだった。
 NHKに残された膨大なアーカイブの中に、個人による録画テープが寄贈されたものがある。NHKの『紅白歌合戦』の司会も務めていた故・宮田輝氏が残したVTRには、1965年から1971年の『紅白~』の映像が残されている。また「白壁コレクション」と呼ばれる、個人によるビデオアーカイブには、NHKに残っていなかった連続テレビ小説『鳩子の海』『水色の時』『おはようさん』などが含まれる(出典)。個人の記録がなければ永遠に失われていたかもしれない貴重なものである。

 音楽の場合でも、コンサートの模様などは商品化のためにわざわざ録音しないかぎりは、その場だけで消えてしまう。しかし、これを観客が個人的に録音することがしばしばある。著作権的には「私的複製」なので違法ではないものの、実演するアーティストや興業の側からすれば好ましくないと思うようで、たいていのコンサートでは録音禁止とされている。目を盗んで録音したものが、後になって思わぬ価値を持つ場合もある。
 ビートルズの日本公演が1966年の6月30日から7月2日に行なわれ、全5公演のうち際ションお2回分が公式には残されている。いずれもテレビ局が放送用に収録したものだ。ところが、3回目の公演を観客だった個人が録音していたと判った(2006年10月15日付 スポーツ報知記事「ビートルズ 幻のテープ発見」:当時のブックマーク)。
 コンサートの古い音源を商品化する際に、放送用に収録されたものを使うことも多い。しかし、録音時の事故や長い年月を経るなどしたための欠落を補うため、個人の録音テープの提供を呼びかけることがある。場合によっては、個人の録音からのリマスターでまるごと商品化することもある。これでもファンにとっては重要な記録だ。私自身の嗜好だと、先のビートルズや四人囃子・KING CRIMSONなどを例に挙げていきたいところだが省略する。
 歴史的記録としての価値を持つようになった映像や音声は、その存在自体に意味がある。それがどう記録されたかはあまり問題にされなくなる。

 文化庁の審議会で、世の中に発表された著作物をどう保存するかが検討された。著作権の保護期間が延ばされた場合に、どういう影響が考えられるか、その影響を最小限にするにはどうすれば良いかという観点での議論である(「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」の中間整理を参照)。コンテンツを制作する事業者本人や公共図書館がアーカイブを構築することを前提に検討が加えられた。
 しかしこの議論の中では、民間の第三者が著作物を保存する可能性を考慮されていなかった。著作権があるために複製が認められないという想定だ。今後はインターネットで発表された著作物を保存する必要性もあるとしながら、それを公共図書館に担わせるという。海外ではInternet Archiveに代表されるように、ウェブサイトを記録していく民間団体の存在感が大きい。ネット上の情報をある程度保存しておくには、民間団体や個人の協力も得なければ手が回らないのではないか。

 いま世の中に発表される著作物の多くはインターネットの上にある。これらを保存するには、どこかのサーバーに複製しておく必要があるが、複製を禁じることで著作権を保護してきた今の法律とは真っ向からぶつかってしまう。
 そこを変えて、社会全体で補い合いながらアーカイブとしての機能を果す世界を私は夢見ている。何か突発的な事情でオリジナルが失われたとしても、社会のどこかに保存されたコピーがその作品を残していくという世界だ。
 ネット上のコンテンツは比較的早く消える。書籍も酸性紙のため劣化するという問題がある。映画フィルムも録音テープも、保存状態にはよるが、長い年月の中で劣化していくことが知られている。記録されなかったものは勿論残らないし、記録されたものでもあえて保存や複製をしなければ、いつかは消えてしまうかも知れない。
 世の中に向けた発表された作品が、すべて、いつも、そしてどこかで提供されている世界になってほしい。アーカイブの維持に携わる人を文化庁の議論のように制限してしまって、作品がこの世の中から失われてしまうデメリットを甘受しなければならないとしたら、あまりにも悲しい。

 ――『NHK青春ラジカセ』を聴きながら、そんなことを考えた。当時番組を聴いていた人だけではなく、いま始めて聴く若い世代にとっても、追体験の機会は貴重だ。瞬間瞬間を捉えた記録の価値というものは、後世の人間ほど重く感じられるものではないか。
 私から見ても「ありがとう、残していてくれて!」という思いになる記録は多いのだ。

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2008年11月 3日 (月)

法制小委「中間まとめ」・保護利用小委「中間整理」パブコメ締切りまであと1週間

 御無沙汰してしまいました。“やるやる詐欺”みたいになってしまってますが。

 保護利用小委と法制小委のパブコメは結局10月9日に開始され、これの締切りが11月10日に設定されております。あと1週間ですな。

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000345&OBJCD=&GROUP=
「文化審議会著作権分科会
 『法制問題小委員会平成20年度・中間まとめ』
 に関する意見募集の実施について」
(e-Gov)

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000344&OBJCD=&GROUP=
「文化審議会著作権分科会」
 『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
 中間整理』に関する意見募集の実施について」
(e-Gov)

 法制小委では、「中間まとめ」は次のような内容になっております。

「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会
 平成20年度・中間まとめ」

第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について
第2節 私的使用目的の複製の見直しについて
第3節 リバース・エンジニアリングに係る法的課題について
第4節 研究開発における情報利用の円滑化について
第5節 機器利用時・通信過程における蓄積等の取扱いについて
    (デジタル対応ワーキングチーム関係)
第6節 その他の検討課題

 このうち、注目したいのがやはり第2節。いわゆる「ダウンロード違法化」の問題。正確に言えば〈違法複製物および違法配信物からの私的コピーの30条除外〉ということになりますが、その副作用から適法行為の萎縮を招きかねないとの意味を込めて「ダウンロード違法化」と(私は)呼んでおります。
 録音・録画分野、つまり音楽や映像については私的録音録画小委員会で議論されてきたことになっており、今回の法制問題小委員会ではこの30条(私的複製規定)除外にソフトウェアも含めるかということだけを検討しました。私的録音録画小委での議論の妥当性については全く触れておらず、その法的・社会的な効果について法制小委で精査した様子は全く見られません。
 法制小委の本パブリックコメントが始まった後で、私的録音録画小委(10月20日の第4回)では「ダウンロード違法化」の方向性を維持することが確認され、しかも新たにパブリックコメントを募集することはしないとの決定を下しております。事務局が報告書をしたためて、たった1回の小委員会で了承される予定。
 そんなありさまですので、「ダウンロード違法化」の問題について著作権分科会に何か言おうと思えば、この法制小委のパブコメを使うしか無いのですね。

 法制小委では他にも、権利制限関係で重要な検討課題に一定の結論を出しています。リバース・エンジニアリング関連ではかなり踏み込んで法改正の方向を打ち出しています。その一方で、研究開発関連でやや腰が引け気味‥‥。
 権利制限をしよう、という結論については大部分賛成したいところではあります。賛成したいところに意見を述べたって良いんですよ。ただ、議論の経過を見てみると、思うように検討が進んでいないようにも思えるのです。
 世の中で実際に登場してきている新しい著作物利用、あるいはこれまでにもあったのだけどまだ法的課題が残されてきた“古くて新しい問題”などを権利制限規定(著作権法30条以降)で対処しようとすることは、そうした個別事例にのっとって権利制限をするかどうかを考え、するとすればどうした範囲を定めるか(さすがに無制限というわけにいかないですから)との流れで検討が加えられます。だから鳴り物入りで検討課題に加えられても、出てきた結論が何だかみすぼらしいものになったりするんですね。手間暇がかかった割には、かなり制限的な内容になるという。地上デジタル放送のIPマルチキャストを、本放送と同一地域内での同時再送信に限って「有線放送」と同じ扱いにした法改定の事例みたいな感じで。
 知的財産戦略本部でいま「日本版フェアユース」の導入に向けて報告をまとめております(パブコメに付している最中)。法制小委での議論を見ていますと、確かに「日本版フェアユース」の導入が急務であると思わざるを得ません。確かに法制小委でもフェアユース導入を十分意識していて、だからこそ“フェアユースとの関連がありそうなところは後回し”的な姿勢にもなっているのですけど、かえってそれが現在起きている状況に対してスムーズに対処できない(対処しても限定的にならざるを得ない)傾向を強めている感じがあります。ただでさえ個別権利制限規定での対処は時間がかかりすぎるんですがね(だって検索エンジン関係の権利制限って決まったのいつでしたっけねぇ)。
 ともあれ、我々として出すべき意見の方向性は、やると決めた権利制限は迅速にやることとして、法制小委で素早く結論が出せないことが明らかになった権利制限課題のためにも、「日本版フェアユース」規定の導入を急ぐべきだ――ということになりますか。

 お次。
 法制小委と並行してパブコメが募集されているのは、「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」の中間整理。この小委員会、私は「保護利用小委」との呼び名をいつも使っているのですが、文化庁自身も「過去著作物等小委」とか「過去小委」とか呼び方が一定しておりません。もっとも、今回のパブコメは「過去小委員会中間整理に関する意見」とのタイトルで送信することが求められているので、そのあたりは注意して下さい。まぁ、多少間違えて送っても、文化庁側で柔軟に対応してくれるとは思いますが‥‥。
 保護利用小委(ここではこの呼び名で統一させてもらいます)の中間整理は次のような内容でまとめられています。

文化審議会著作権分科会
『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
 中間整理』

第1章  はじめに
第2章  過去の著作物等の利用の円滑化
 第1節  検討の経緯等
 第2節  多数権利者が関わる場合の利用の円滑化について
 第3節  権利者不明の場合の利用の円滑化について
 第4節  次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
 第5節  その他の課題
第3章  保護期間の在り方について
 第1節  はじめに
 第5節  制度の現状
 第6節  各論点についての意見の整理
 第7節  関連する課題
第4章  議論の整理と今後の方向性

 やはりここでメインになるのは第3章「保護期間の在り方について」です。いや、もう、ここについては「保護期間延長反対!」の一言でも良いから、意見を送って下さい。まだ出されていない方で、わざわざここを読んで下さってる方には是非とも。
 なぜ意見を出す必要があるかと言いますと、募集要項にこの一文があるのですね。

今回意見募集と同時に,過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第5回)で発表されました著作権保護期間に関する意識調査を参考に,著作権に関する国民意識調査を実施いたします。メールにてご意見をいただいた方(個人に限ります。)については,ご記入いただいたメールアドレスに,アンケートへの回答をお願いするメールを送付いたします。(11月上旬になる予定です。)

 文化庁が国民意識調査を計画していて、その対象が今回のパブコメを送った「個人」という設定なのです。この「個人」というのが重要で、パブコメでは以前から団体・個人の別を付記して提出するよう求められていたんですが、団体名義で送った場合には今回の意識調査に参加できないというわけですね。だから、団体名義で出された方は、ぜひ個人としても送るのがよろしいかと。国民意識調査への参加権を得るのがパブコメ提出なのだと心に留めてくださいませ。

 ところで、ここ数回のパブコメでは、文化庁は『e-Gov』サイトにしか募集要項を掲載していませんでした。でも今回は早い段階で文化庁サイトにも掲載されていました(内容は『e-Gov』と同じ)。
 良い傾向ですね。審議会の進め方は好きになれませんが、情報公開をしてくれることで多少見直す機会があるのは幸いです。



http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakuken_hosei_ikenboshu.html

「文化審議会著作権分科会

 『法制問題小委員会平成20年度・中間まとめ』

 に関する意見募集の実施について」

(文化庁)



http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakubutsu_hogo_ikenboshu.html

「文化審議会著作権分科会

 『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会中間整理』

 に関する意見募集の実施について」

(文化庁)




■保護利用小委「中間整理」・法制小委「中間まとめ」に対する私見

 さて。
 偉そうなことを書きつつですね、私もまだ意見をまとめてる最中だったりするのですよ。しかも概要を読んでメモを書いた程度でしかないという。そのメモを以下に掲載します。例によってCCLの対象なので、好きに使ってもらって構いません。
 ただ中間まとめ・中間整理本文との突き合わせをまだやってなくて、対象の項目名やページ数は入れてありません。ひょっとしたら本文を読んだら違うことが書いてある‥‥なんて点もあるかもしれませんが、まぁその時は罠に引っかかったものだと思うことにしまして(笑)。

 ――基本的には私が今までブログで書いてきたことの繰り返しではありますけどね。


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文化審議会著作権分科会
過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
「中間整理」概要より

●保護期間を死後70年に延ばす際に生じる多くのデメリットが延長慎重論の論拠であるが(ただしそれらが論拠の全てではない)、こうしたデメリットを減じる施策を考案し延長への議論を進めるという手法は論理的にはあり得るところである。しかし保護期間延長のデメリットを減じるという触れ込みで“利用促進策”が本「中間整理」で提言されている割には、その範囲は不当なまでに狭い。
●「過去の著作物等の利用の円滑化方策」については、もっぱら放送番組の二次利用を前提とした著作隣接権の集中管理や、権利者不明の場合の裁定制度の活用など、範囲が限定されすぎていると言わざるを得ない。しかし延長の際に必ず問題となることが予想され、かつ現に(保護期間内であっても)流通を阻害する要因として考えられるものはこの検討範囲の外にある。たとえば多数権利者が関わり、そのうちの僅かな反対によって利用が妨げられるケースについてどれだけの方向性が打ち出せているか。
 集中管理は確かに著作権分野や放送番組での著作隣接権においては権利者側の努力が始まっているが、他のジャンル――たとえば音楽配信や動画配信(とりわけDVDと競合するようなダウンロード販売によるもの)についての集中管理は手つかずであり、日本のユーザーが海外と同等の配信サービスを国内で受けられない現状の原因となっている(場合によっては海外のサービスを使うという方法もあるが、それでは国内産業振興の観点から解決策と呼ぶことはできまい)。
●「アーカイブへの著作物等の収拾・保存と利用の円滑化方策」については、そのアーカイヴを作成する主体を著しく狭めて考えているのが問題である。図書館(とりわけ国立国会図書館)・博物館、あるいは自らが番組の権利者でもある放送事業者が作成するとの前提で議論が進められている。しかしながらインターネットによるアーカイヴサービスが一般化しつつある現在において、むしろアーカイヴの主体として考えるべきはネット上でのサービス事業者や個人ユーザーである。
 特に、ネット上に浮かんでは消えるコンテンツの保存において、そのアーカイヴィングを国立国会図書館に委ねるのは、予算の面で言っても手間の面で言っても酷に過ぎると言え、また実際問題として網羅性を確保するのは不可能であろう。そこで重要になってくるのが米国でのInternet Archiveのような民間事業者であったり、個人ユーザーの手によるアーカイヴ(要は転載)である。
 「中間まとめ」で想定されていた主体以外についても(一定の要件を設けるにせよ)検討を加え、言ってみればインターネット全体がアーカイヴであり続ける施策を打ち出す必要がある。

●「多数の権利者が関わる場合の利用の円滑化」において想定されているのは放送番組だけである。実演家の権利が実質的に“買い上げ”られていたり「ワンチャンス主義」で既に消えてしまっていたりするような音楽・映像分野においては、「多数の権利者が関わる」ゆえの流通阻害が起きていないとの前提で検討がなされているようである。
 しかし現実に海外との比較で「流通阻害」が目に見えて起こっているのは寧ろそうした音楽・映像分野である。法律や契約により著作隣接権の行使は出来ないことが多かろうが、原権利者(著作隣接権者)だった実演家が流通を望みながら、現在の権利者によってそれが止められているという「多数の権利者が関わる場合」の流通阻害を解消すべきである。
●また、放送番組に限定して検討された筈の「利用の円滑化」方策においても、結局は「必ずしも不当な理由による許諾拒否とは言い切れず、むしろ、実務上は、インターネットの番組配信がビジネスモデルとして未成熟であることや、引退等の理由で不明者の許諾が得られないことの方が問題」とし、「明確に効果がある制度的な対応策を見出すことは困難だが、引き続き権利の集中管理の促進、適正な利益再分配ができるビジネスモデルの構築等の関係者の取組が必要」との結論に至っている。これでは検討する前と変わっていない。何も言っていないのに等しい。
●海外において新たな試みが次々と登場する中、日本ではネット配信ビジネスにおいて閉塞感に包まれている。せめて海外で一定の成果が見られるビジネスモデルについては、同等の条件で許諾を出せるよう方策を考えるべきではないのか(そして如何にして権利者への対価の還元を実現するかを考える方がよほど建設的というものであろう)。

●裁定制度については、その手続きが(合理的な範囲で)簡便になる必要がある。また、「著作隣接権には裁定制度自体がない」との指摘を重く受け止めるべきである。たとえば一定数の関係権利者(原権利者も一定条件で含めて考える)の許諾を得られれば利用可能となるような裁定制度なども考慮すると良いのではないか。たとえばレコード会社が配信許諾を拒否していても、アーティスト側で配信を望んでいる場合には裁定制度の利用で配信可能とできるような。
●中間整理では、制度的対応策としてA案(権利制限規定+事後承諾的使用料)とB案(第三者機関への供託)が提案されているが、これらは相反するものではなく、両方を組み合わせて実現するということも可能であろう。そうした柔軟な姿勢で制度の実現を目指すことを望む。

●アーカイヴ活動の円滑化に関する整理の中で「インターネット技術を活用して情報を共有する習慣が広まってきている中で、インターネット等を通じて多くの者が情報を共有できる環境を整備することが重要ではないか」としておりながら、そのアーカイヴの主体を「コンテンツ事業者自ら」と「図書館等を代表例として」しか考えないのは何故か。
 インターネット技術の活用という点においては、コンテンツ事業者も図書館も他のネットサービス事業者も個人ユーザーも変わりなく、ある者が可能なアーカイヴ手段は殆どの場合 他者にも可能である。多くの者が関わるなか僅かなリソースでも持ち寄り、世界規模でそれを集積することで巨大な情報アーカイヴを実現するというのがインターネットである。
 情報をほんの何カ所かに集中するのではなく、もっと分散的に蓄積する手段を想定し、制度を考えるべきであろう。

●国立国会図書館において「納本された書籍等を将来の保存のために直ちにデジタル化(複製)することが認められる」よう著作権法上明確にするとの方向性は支持する。
●国立国会図書館でデジタル化された資料について「館内閲覧やコピーサービスのルールについて関係者間で協議が必要」「図書館間の相互貸借を円滑に行うための方策について関係者間で協議が必要」とあるが、これらの資料活用法に制限を加えてしまってはデジタル化した意味が減じられてしまうのではないか?
 最低限、現に絶版などの理由で入手不可能となっている資料のデジタル化されたものについては、館内閲覧・コピー提供・相互貸借を可能とするよう制度的に担保すべきである。
●「記録技術や再生手段の変化に対応するための複製について、著作権法第31条第2号の解釈により可能であることを明確にする」とのことであるが、これが規定で明確にすることではなく解釈によることとした理由をもう少し明らかにすべきではないか。
 これまで図書館が著作権法の権利制限規定を厳格に解釈しそれを遵守してきた過去を踏まえて改正要望が出されていた項目であり、図書館側として規定を加えた方がより対処しやすいものとも考えられるが、規定を加えることで何か副作用を生じるのだろうか?

●保護期間を現在以上に延長することは(死後70年より短かったとしても)反対である。根本的に、こうした保護期間延長によって“利益”を得たり、「権利が切れて困る」と主張しているのはその著作物を作った原著作者ではなく、その承継者である。それはもはや著作者のための保護期間の設定ではない。
 これまでの保護の水準を前提にビジネスが組み立てられていたところ、手持ちの権利の期間を延長してしまっては、新たな創作によって利益を得るインセンティブを減じることになりかねない。
●また、保護期間延長によって生じる問題――権利者の所在が不明になり著作物利用許諾が困難になる、多くの権利者が関わることで利用許諾が出されにくくなる、ボランティアベースで進められているアーカイヴのプロジェクトが進められなくなる、すでに文化に溶け込んだ表現を過度に保護し次世代の創作を縛るなどの指摘をもっと重く見るべきである。
 これらは無論、保護期間が満了していない時期からすでに問題となっているものであり、保護期間延長の議論とは別に対処されるべきものでもある。しかし保護期間が延長されれば、これらのデメリットが増幅されるのは間違いない。
 仮にこうしたデメリットの解消を約束して保護期間延長の合意を取り付けようとしたとしても、その延長の前に対処する有効策を実現しなければ説得力は生まれない。延長の議論は、その解消の後に為されるべきである。

●「プロのクリエーター育成のためには、保護期間延長ではなく、ネットの違法コピー対策など、別の対応策を考えていくべきではないか」とまとめられているが、これはおかしい。保護期間延長がプロのクリエーター育成に役立たないのは言うまでもないが、ここで重要なのはクリエーターへの利益還元や支援をどう行なうかということであって、「ネットの違法コピー対策」は直接には関係ない。
 「ネットの違法コピー対策」が直接的に権利者に利益をもたらすという前提なのかも知れないが、ネット上での有効な著作物流通が不充分な今これをやっても権利者へ利益をもたらすことはあるまい。「ネットの違法コピー」が“地下”に潜るか、そもそも特定の著作物を鑑賞するという習慣が国民の中の少なくない人々から失われるだけであろう。
●また、折衷案として「死後50年から70年の間は許諾権ではなく報酬請求権にすること」「延長希望者が更新料を支払って登録する制度」「延長の20年で得られた使用料を文化振興基金に充てること」「翻案権等の一部の支分権については延長しないこと等」と書かれているが、これらはいずれも先に指摘したデメリットを解消した後でなければならない。想定される懸念の多くは解決しないからである。
●なお、戦時加算については全くいじる必要はない。戦時加算によって著作権保護期間が存続しているものでも、近年のうちに順次切れてきているからである。10年ほど前であればまだしも多少は意味があっただろうが、もはや2008年においては保護期間延長の根拠とはなり得ない。時間が解決する問題である。
 まして戦時加算の解消を条件に保護期間を延長するという主張は一方にしか利することのない身勝手なものであり、検討の余地も無い。

●保護期間延長の「メリット」については、延長を要望する側が説得的に材料を提示すべきところ、それができなかったということが言える。
 「二者択一の形で議論するだけでなく、両方のメリットを受けられる方法なども含めて検討を進めるべき」とまとめているが、これは「メリットを受けられる、少数であるが価値の高い著作物」に限って延長するという方策でも実現しない限り無理である。しかし延長要望側の意見としては、これから何十年経った後に急に「価値の高い著作物」と認められることも想定しており、こうした選択的な保護期間延長を受け入れられるかは疑問である。
 このまとめはもはやレトリックに過ぎないものであって、実質的な意味は無いのではないか。
●保護期間が延長されても問題があまり生じない著作権制度という観点での提案は果たしてあったのだろうか? そうした著作権制度を論じ、その実現に目処が立たない限り、この議論が延長容認でまとまることは無いだろう。


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文化審議会著作権分科会
法制問題小委員会
「中間まとめ」概要より

●「デジタルコンテンツ流通促進法制」の必要性はテレビ番組に限ったものではない。「過去のコンテンツ」でありネットでの二次利用を望まれる(そして現在なかなか流通が進まない)ものの代表としては確かにテレビ番組が想定されるところだが、実際問題として音楽・映像分野でも海外に遅れを取っているのが現状である。
 単純に、海外での配信サービスが日本に上陸しても、本国と同様のカタログを維持できないのは(国による権利関係の違いが原因とは言え)ユーザーから理不尽に映る。

●「デジタルコンテンツ流通促進法制」を放送番組に限って議論すること自体、妥当性を欠き議論を不当に矮小化するものと考えられるが、さらに「権利者不明等により契約交渉が用意でない場合の問題が中心課題」とするのは問題を矮小化してはいないか。多数の権利者が存在する際に一人でも許諾を拒否する者がいる場合こそが問題の本質であり、全員一致で権利行使するのでなく誰かが許諾をすれば流通できるような制度が望まれている。また、これは放送番組に限らず、音楽配信や映画配信ですらも同様の問題を抱えている。
●「権利者不明の場合に十分な調査をした上でも権利者が不明である場合に、一定の条件で利用を認める制度的措置について、早期に実施に移すべき」というまとめ自体には賛成である。しかもこれは保護期間の延長や「デジタルコンテンツ流通促進法制」に関係なく、単独の課題としても解決すべきものである。
 また、これだけでもまだ「流通促進」には不足である。海外で既に新しいビジネスモデルとして進み出しているサービスの内容を、日本で試せない(あるいはその権利を持っている者が試そうともしない)のが実情であり、だからこそ“権利制限すべき”との論が説得力を持ってしまうのである。
●権利を持つ者が自ら集中管理を実効性あるものにする努力を怠らねば、デジタルコンテンツの流通促進は見込めるだろう。しかし現状がまだ不足していることは関係者の一致した見方だ。権利制限をも視野に入れた議論は権利者(特に著作隣接権者)に選択を迫る働きがあるのではないか。その意味でも、放送番組に限った議論をすべきではない。

●「インターネット等を活用した新たな創作・利用形態に関する課題について、委託調査により、関連事業者等が問題を感じている点を調査」した結果、多くは著作権分科会の検討課題に含まれているが「ストレージサービス等についての法的評価の問題」が指摘されたとある。これはまさに司法で「カラオケ法理」が拡大しすぎていることによる。これに歯止めをかけ、インターネット上で提供されユーザーの利便を高めるサービスを「著作権侵害」から救う制度的方策を早く取るべきである。
●「現在の権利制限の切り口(私的領域かどうか、非営利無料かどうか等)と、実際に権利者の利益を不当に害するか否かの実態とが、乖離してきているのではないか」とあるが、むしろこうした問題設定は複製を権利者の不利益とみなす考え方から来ているのであって、ここから脱却して素直に私的領域内あるいは非営利無料の複製をそのまま認めるべきである。
 社会通念上は、私的領域内・外あるいは営利・非営利のラインこそが合致しており、むしろ先の「乖離してきているのではないか」とする考えの方が乖離しているとすら思える。
●「不特定多数の者のマッシュアップによって制作が行われる場合について、今後生じてくる可能性のある問題点について、精査と研究を行うことが必要」とある部分については、賛成である。すぐにでも精査・研究を行なうべきであるし、そうした表現の妨げになるような障害はなるべく取り除く(あるいは適切なルールが出来るよう促す)ことが必要である。

●私的使用目的の複製の見直しについては、私的録音録画小委員会の議論を受けて法制問題小委員会でも検討されたことになっているが、極めて不足した内容と言わざるを得ない。著作権法30条によって私的複製される範囲の縮小(あるいはこれまで曖昧だった部分の明確化)にどれだけの実効性があるのか、また私的録音録画小委員会での議論の前提が妥当だったのかとの精査は手つかずのままである。
 特に私的録音録画小委員会では、30条縮小を示唆した中間整理に対して多数のパブリックコメントが反対意見として集まったにもかかわらず、その多数意見を無視して30条縮小を押し通したという経緯がある。法制問題小委員会での検討の前提とするには、あまりにも不当な形で出されたものである。
●私的録音録画小委員会が打ち出したのは、違法複製物や違法配信物からの私的複製と、適法配信からの私的複製とについて著作権法30条の対象から外すとの方向性である。
 しかし前者は、ユーザーから見て私的複製元の録音・録画物が適法に提供されたものかは知ることができず、またいざ裁判になった場合でも自らが所有する複製物の適法性を証明することは困難である(その複製ソースが手元に無い場合はレンタルCDの例を持ち出すまでもなく少なからず存在する)。さらには日本レコード協会から提案されている「適法マーク」(いわゆるエルマーク)は音楽配信のみに使われ(しかもiTunes Storeには採用されていない)、かつ海外での配信には当然のことながら「適法マーク」は付されていない。このことは著作権分科会でも指摘されていながら私的録音録画小委員会では検討を加えていないし、更に同小委員会では映画製作者代表の委員から「適法マーク」の使用がまだ準備段階でしかないことが明らかにされている。仮に「情を知って」との要件が加えられるとしても、その証明が(権利者側にもユーザー側にも)困難である以上、違法であるかそうでないか判らない不安定な状態が今後より一層強まるだけである。
 後者については、配信時の契約によってその後のユーザーの複製の許諾範囲を定めるという考え方であるが、現状でも配信時の契約では明らかにされていない私的複製態様は想定される。特に変換・バックアップに伴うような所謂「孫コピー」については契約で定めることは考えられず、また敢えてそれを契約で禁止することでユーザーの利便性を大きく損ねるおそれも生じるところである。私的領域内で行われる複製であるにもかかわらず、社会通念上は認められ得るのに「違法」とされる行為が多く発生し放置されることになりかねない。
 30条へ安易に手を加えることで、著作権法が規範としての役割を果たせなくなることを危惧する。
●私的録音録画小委員会では「録音」「録画」についてのみ30条縮小の対象とされていたが、著作権分科会での委員の指摘を受けて法制問題小委員会でもプログラム著作物を対象とするか検討が加えられ、結論としてはプログラム著作物について30条縮小を行なうことは見送られた感がある。
 このこと自体は歓迎するが、その理由が「現時点で必ずしも明確といえる状況ではない」というのは問題である。つまりプログラム著作物での被害状況が「明確」になれば30条縮小があり得たということだ。しかし前述の通り、30条縮小自体のもたらす法的効果について(本来は専門的な検討が加えられるべき)法制問題小委員会で議論されなかったことは遺憾である。
 他の著作物をこの30条縮小に加えるべきかどうかだけを議論してれば済むような小委員会では無かった筈だ。

●リバース・エンジニアリングについて、相互運用性の確保を目的としたものは「一定の要件の下で」権利制限を早期に措置するとした方向性に賛成である。ただし「一定の要件」というのがくせものであり、これによって権利制限の対象となるリバース・エンジニアリングが過度に狭められないよう要望する。
 著作権法においては複製を行なった時点を捉えて権利が及ぶか否かを考えるところであるが、リバース・エンジニアリングについては複製段階ではなくその結果の公表段階を捉えて権利行使を考えるべきではないだろうか。複製元のソフトウェアとの「競合性」を判断材料にする案も出されているが、相互運用性の持ったソフトウェアは運命的に元のソフトウェアと「競合性」を持っているものである。「競合性」そのものよりも、不正競争的な判断でもって適法性を考えるべきではないか。
●障害の発見等の目的で行なうリバース・エンジニアリングについても「権利制限を早期に措置することが適当」との方向性を出したことを歓迎する。こうした場面では、分析を必要としながら一刻を争うようなことも想像される。コンピュータが社会の大部分を占める世の中になっている以上、これを安全に運用するための分析行為がはっきりと適法であるとされる意味は大きい。
 逆に「ウィルス作成等の悪意ある目的の場合との区別」も指摘されているところであるが、こうした区別が可能なのかは微妙な問題と言えよう。ここでの「区別」を厳密にしようとするあまり、先の障害発見目的のリバース・エンジニアリングを妨げることになってしまっては元も子もない。権利制限を先行しつつ、「悪意ある目的の場合との区別」を慎重に見極めていただきたい。
●その他プログラム開発の目的で行なわれるリバース・エンジニアリングについては、「範囲が無制限に広がり、不適当」とある。
 しかしながら今回の法制問題小委員会での検討にリバース・エンジニアリングが盛り込まれたのは、表現を模倣するのでなくアイディアを抽出する作業が著作権法で禁じられてしまっていることへの対処である。その原則を貫徹させるならば、「その他プログラム開発の目的」でもリバース・エンジニアリングを権利制限の対象とすべきではないか。
 むしろリバース・エンジニアリングを複製と解釈するのではなく、そのリバース・エンジニアリングからソフトウェアが作られ公表された時点をもって侵害を判断する形にすべきではないだろうか。

●研究開発における著作物複製に関する権利制限も法制問題小委員会で検討されたが、「早急に結論を得るべき範囲と、それ以外に分けて検討」するとした結論が出てしまうところに「日本版フェアユース規定」の必要性を感じざるを得ない。時間をかけて個別の制限規定を定めていくのでは世の中の動きに対応できないというのがフェアユース導入論の根拠の一つであるが、法制問題小委員会において(日本版フェアユース規定の導入を見据えながら議論されているのも興味深いが)こうした消極的な議論になってしまうのは図らずもそれを証明してしまったように思えてならない。
●「情報解析分野の研究開発」において権利制限を行なうとの方向性には賛成する。「権利者の利益を不当に害しないこと等の条件の下で」としていることも妥当であろう。
●「その他の研究開発分野」について「大学の研究者の行う複製」に限定してしまっているのは問題がある。この「研究」の範囲に個人研究者まで含められれば、権利制限がもたらした研究の社会への貢献が期待できるのではないか。
●研究開発目的の権利制限においても、複製の時点で権利が及んでいるとは考えずに、その結果を公表する場面に応じて権利を及ぶようにしてはどうだろうか(私的複製物が公衆の前に出された時点で権利制限から外れるのと同じようなイメージ)。この際に営利目的か否かの枠をはめ、補償金を用意するなりして対処すると良いのではないか。

●「機器利用時における蓄積」および「通信を巡る蓄積」に関し複製とみなさないことを法律上明確にすることには賛成である。

●「通信・放送の在り方の変化への対応」に関し、著作権法において放送/通信の区分について実態を見た上で放送関連法と定義を一致させるべきである。要するに、公衆が視聴する映像であって同時性を重視した番組構成のある一方的放映を「放送」とすべきである。
●知的財産戦略本部の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」において「日本版フェアユース」導入への方向性で報告がまとめられるところであるが、その後 法制問題小委員会において詳細な検討が加えられるものと目されている。この規定の導入は是非とも必要であり、今期法制問題小委員会の報告書でも導入の必要性を書き込んでも良いほどである。
●本「中間整理」が著作権分科会において了承される際、三田委員からフェアユース規定導入への慎重意見が出たものと記憶しているが、「日本という国は裁判で決着するということでなく、話し合いで決めるというのが国民性」とする委員の見解はフェアユース導入を否定する根拠にはなり得ない。なぜなら、既に裁判によって多くのネットサービスが差止められてきたからである。日本版フェアユースの導入が叫ばれるようになってきたのも、こうした実態があってのことである。三田委員は同じ会合で、知財本部の「議論の動向を見守りつつ」と言わずぜひ法制問題小委員会としても積極的に議論すべきと発言していたが、私もこの意見に(委員とは反対の意味で)賛成である。繰り返しになるが、法制小委でもフェアユース規定の導入の必要性を、早いうちから積極的に打ち出すべきなのである。




■参考になる意見

 最後に、ここを紹介させていただきますです。
 この角度で切り込むというが「目から鱗」で、この種のパラダイムシフトというのは私にしてみれば凄くカッコいい。というか、私には出来ない。つい議論の前提を共有してしまおうとしますから(その意味では私は硬直的な意見しか出てこないきらいがある)。

http://www.alz.jp/221b/archives/000677.html
「文化審議会著作権分科会
 『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
 中間整理』に関する意見」
(The Baker Street Bakery)

 保護と利用の観点で考えるのではなく共有と保障で考えろ、と。座標軸を変えるという、議論の根本を問う意見であります。

Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権保護期間延長問題, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 3日 (金)

パブリックコメント募集間近の法制小委「中間まとめ」と保護利用小委「中間整理」

 ――御無沙汰しておりました。

 まぁ、挨拶抜きで要件のみを。
 10月1日の文化審議会著作権分科会で、法制問題小委員会の「中間まとめ」と保護利用小委(正確には「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」)の「中間整理」が了承された。これは数日中にはパブリックコメントにかけられる予定だ。
 ただ、10月3日金曜日午後7時現在、まだ募集開始のアナウンスは無い。

 せっかくの週末、大部になってしまった中間まとめと中間整理を読むにはまとまった時間が欲しいところなのだが、パブリックコメント募集要領が出ないことには その対象となる文書も読みようがない(もっとも「案」の段階の文書については既に法制小委での配付資料としてネットに上がってはいる。その後、若干の文言修正があるように思われるが、俺自身もまだ付き合わせていないので確かなことは判らない)。
 そこで、中間まとめと中間整理をまだかまだかとお待ちの方のために、非公式版とはなってしまうが、ここにPDFとして掲載することにする。

1.法制小委「中間整理」・概要版
2.法制小委「中間整理」
3.保護利用小委「中間まとめ」・概要版
4.保護利用小委「中間まとめ」

 上記データ量はMacOS XのFinder上で見た数字なので正確じゃないと思う。
 しかも何の工夫も無く取り込んでたらベラボーに大きくなってしまった。まずは概要版だけ読んで、意見を準備するのが楽かもしれない。

※(ここだけ追記)あまりにファイルサイズが大きかったのと、プリントアウトする時に不便だったのとで、取り込みしなおした。その代わり文字が読みづらくなってる点もあるようだけど、ご容赦のほどを。こういうのに不慣れだな俺。

※(この段落、さらに追記)公式資料がパブコメ募集ページに掲載されたのでリンクを切りました。

 いずれも著作権分科会で配布された資料で、公になっているものでは最新版の筈である。ただその後 文言修正が無いとも限らないので、あくまでパブリックコメントの対象は、募集要領が上がった際に用意された公式版であることに留意されたい。
 パブリックコメントへの準備に役立てていただけたら幸い。

 パブリックコメント募集が始まったら、上記リンクは公式版の方へ差し替えるつもり。

 俺としては、資料の読み込みと論点整理に入らないと意見が書けないタチなので、できれば“中間生成物”も出していけないかと目論んではいる。しかし何分 仕事の合間にやらにゃならない作業なので、いつものパターンだと“やるやる詐欺”で終わってしまう。
 その辺はあまり期待しないでおいてください。

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2008年6月19日 (木)

省庁間合意の興奮さめやらぬ‥‥

 俺が遅筆なのと、次々と新しい情報がウェブに上がるのとでちょっとした悲劇(というか行き違い)があったりする。すみませんね、俺も記事を上げたあとであの大臣会見録を読んだのですよ。で、これからブログに書こうとしている次第。
 最新情報──というか俺自身が見ているものについては、はてなブックマークを見てもらった方が早く情報を掴めます。俺が何か知ったときには必ずここに登録するようにしてるから。あとは『Copy & Copyright Diary』さんがまめにエントリーを上げてらして参考になるのと、同じ方のブックマークも捕捉が早いのでオススメ。とりあえず情報収集についてはそんな感じで。

※俺自身は上記に加え、はてなアンテナとGoogleアラートと『パテントサロン』とTwitter(主としてフォロー先の人たちってことになるが)を駆使して情報収集している。更には まめにググるってこともやるけどね。いつ仕事してんだ俺。

 この記事は以下のエントリーの続きであります──

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2008/06/post_139e.html
「朝日記事には驚かされた。」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2008/06/post_b2af.html
「俺たちの“糠喜び”になるか、文化庁の“足枷”になるか」
(エンドユーザーの見た著作権)




 まずは冒頭で話題にした甘利経済産業大臣の会見から。

http://www.meti.go.jp/speeches/data_ed/ed080617j.html
「経済産業省 会見・スピーチ 大臣記者会見」

 ブルーレイディスクへの課金が「私的録音補償金」だとの言い間違い(だろう多分)があるのだがそれはさておく(実際は「録画」の方ね)。この会見での大臣発言ってのが、私的録音・録画問題に関してかなり突っ込んだ内容になっている。アンタそこまで聞いてないよ──ってほど。
 『Copy & Copyright Diary』さん(ここ経由で当該会見録が上がったのを知った)の記事でも発言がピックアップされていたのだが、こことダブるのを承知で引用しておきたい。

Q: ダビング10の問題ですが、これは著作権団体がHDDに対しても課金すべしという主張をしていたわけですけれども、著作権料の課金の範囲については、どういった形になるのでしょうか。

A: 暫定措置としてブルーレイに課金するということにしました。これは、既に確立されているはずですが、デジタル化しますとコンテンツの持ち主、つまり送るほうで、これは何回まで、それが幾らと全部設定ができるのです。アナログだとできないのですけれども、デジタルだとできるのですから、送り手の自由自在なのです。自由自在になる環境が整うまで、実際に行為としてダビングが行われ、それを利用する対象について、当面、いわば従来のDVD以外の部分を埋めたということでありまして、これはこれで適切な措置だと思います。

Q: おっしゃった暫定的な期間というのは、今回は明示されてないのですか。

A: 特にされていませんが、私が考えるに、デジタル化でコンテンツ送信をするほうの体制が技術的にはとれるのですから、それが整ったということで新たな体制をどうするかということに入れるのではないでしょうか。

 「送り手の自由自在なのです」前後のくだりは、私的録音録画小委員会での文化庁案における「権利者側の要請に基づき著作権保護技術が採用されているもの」(DRM)を先取りするかのような発言だ(文化庁案ではこれを前提に補償金を廃止するとしている)。また、JEITAが出した補償金問題への見解の中の「補償金制度とは、本来、私的複製が際限なく行われることで権利者に重大な経済的損失が生じる場合に、それを補償しようとするものである」「デジタル技術の進展に伴い、技術的にコンテンツの利用をコントロールすることが容易になっていく中で、補償金制度の必要性は反比例的に減少する」と通底するものを感じる。
 一見はトンデモ発言をしてるようなのだが、思想としては結構 打ち合わせ済みっぽい。大臣本人の考えなのか、官僚あるいはJEITAの“入れ知恵”なのか、そのあたりは判らないが。

Q: 先ほどの幹事さんの質問の中にも、著作権団体はHDDのほうをしっかり課金すべきではないかという意見が強いのですけれども、今回の経済産業省、文部科学省の合意によって、ダビング10の早期実施にめどがついたというふうにお考えでしょうか。

A: 環境整備には資するものと思います。よく考えていただければ、ハードそのものに、例えばハードディスクに何回入れようと取り出せないわけですから、取り出した対象に対して課金されれば、それは権利者の権利が移転するという理屈になりますけれども、中に入っているものに何回できたから何回分寄こせとか、あるいはこれによって複数の人たちが恩恵に浴するからといって、取り出せないものは一人でそこでしか見ることができないわけですから、取り出して物理的に分散できるものに対して課金されるという理屈はわかりますけれども、そうでないというのは理屈の上から理解が難しいでしょう。

 注目すべき発言。「ハードディスクに何回入れようと取り出せないわけですから」云々の理屈というのはかなり踏み込んだものと言えるだろう。基本、補償金制度というのは私的複製=不利益として組立てられている。そこに“補償の必要がない態様の複製”という概念が導入されてきたのが ここ数年来の議論ということになるのだが、ハードディスク内蔵型機器からは複製が流出しない(建前上は)ことを前提にした“補償の必要性”という観点は問題提起として鋭いものがある。感覚的にはメーカーというよりもユーザーのものに近い。
 実は、テレビ放送からの録画についての補償を議論されていた時分に(当時想定されていたのはハードディスクではなく、ビデオテープのような外部物理メディアを必要とした録画)、補償必要とされていた根拠は「ライブラリー」化目的の録画であった。タイムシフトについては精査されていたとは言えないが一応視野には入れられており、“録画して取っておく人がたくさんいるもんね”ということでタイムシフト用途のものは実質無視された(もっとも外部メディアに記録する以上はアーカイヴ目的を推定されるのは致し方ないのではないかと俺個人としては思う)。
 ところがハードディスク内蔵型機器というのが出てきたために、このタイムシフト用途の録画が再びクローズアップされるようになってきた。その録画の本質というのが、まさしく大臣が上記発言で指摘された部分と言えるだろう(加えて、ハードディスクという比較的壊れやすく容量も限りあるものに記録するため、保存目的に記録するには心許ないという特徴もある)。

 大臣発言については、トラックバックをいただいた『下級役人のつぶやき』さんもツッコミを入れていらっしゃる。これはこれで一理あるな、とは思った。
 ただ上記の「取り出せない」場合の話については、たった1度しかコピーできない場合(ハードディスク)と家族の分をそれぞれコピーし得る場合(外部メディア)とで補償すべき度合いを調整して判断することはあり得るのではないか(もっとも家族の分のコピーをすることが補償するべきものなのかは別論)。少なくとも何枚もコピーを作る場合よりは“損失”は少ないと考えることはできる。

 ついでに軽くレスめいたものも書いておくと、まずタイムシフトによる「損失」について考える際に〈そもそもDVD化される放送番組が多いとは言えない(しかも放送時にあらかじめ判るものではない)〉〈仮にDVD化されても放送時と同じものとは限らない〉〈再放送がいつされるのか判るわけではない〉〈無料放送のビジネスモデルは視聴者がCMを見ることを期待して既に(スポンサーから)対価が支払われている〉等の観点も加味していただきたいところ。
 DRMを導入(DRMフリーも含む)したときの権利者の意思の推定や「契約法」上の話については私的録音録画小委の中間整理にあったはずなのでそちらも当たられたい(もう既にお読みでしたらすんません)。

 経産大臣がJEITA寄りとも見えるスタンスで発言しているのは、おそらく補償金問題への介入の経緯が影響しているのだろうと思われる。補償金問題では文化庁はとても中立的とは見えなかった。




■さて省庁間合意後の動きとしては──

 JEITAの声明が正式に上がった。

http://www.jeita.or.jp/japanese/detail.asp?pr_id=1367
「経済産業省と文部科学省による『ダビング10の早期実施に向けた環境整備』に係る
 JEITAの見解について」
(JEITA / Hot Issues)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/18/news085.html
「JEITA、権利者からの質問状に直接回答拒否 『小委員会で議論』」
(ITmedia News)

 次にいつ私的録音録画小委員会が開かれるか不透明な時に、公開質問状を送られて回答しないというJEITAの姿勢には疑問を禁じ得ない。
 特に、例の文化庁案が「補償金廃止の道筋が見えない」とするJEITAの考えに俺も同感なだけに、こういう逃げ回るような対応には憤りを感じるところだ(もっともガチでやりあう気がなくて、手のひら返しの伏線ということも考えられる)。

 権利者団体側の動きとしては、さきの声明文がJASRACサイトにも上がった。内容はCPRAでのものと同じ。
 面白いのは日本映像ソフト協会が独自に声明を上げたところ。「私的録画問題に関する当協会の基本的考え方について」とのタイトル。

http://www.jva-net.or.jp/news/news_080617.pdf
「私的録画問題に関する当協会の基本的考え方について」
(日本映像ソフト協会・PDF)

 あと椎名和夫氏がTech-On!(日経エレクトロニクス)のインタビューに答えている。6月11日のものということで、経産省・文科省の暫定合意が明らかになる前だ。個人的には、椎名氏の口調を再現しようと苦心されてる様子がなかなか興味深い(氏については小寺信良・津田大介共著『CONTENT'S FUTURE』やITmediaでの椎名氏vs小寺氏の対談を参照されたし)。
 映像ソフト協会と椎名氏の言い分には突っ込みたいところが幾つかある。この文章を書いてるだけで時間切れになりそうなのでそれは改めてということで。

http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080618/153434/
「『権利者から見ると文化庁案が最大限の妥協』
 ——CPRA 椎名和夫氏に聞くダビング10問題の真因」
(産業動向オブザーバ - Tech-On!)

 6月24日には権利者団体側の記者会見があるという話なのだが、何とかして潜り込みたいと思っているところ。ITmediaの記事だと「権利者側は何の説明も受けておらず、先週末に『合意しました』と報告を受けただけ」というコメントが出ていて、これがその通りなら省庁合意→JEITAへの公開書簡→合意発表→権利者の声明発表→JEITAの声明発表→デジコン→権利者記者会見という不自然なほどスムーズすぎる流れについての説明があるのか(はたまた記者からのツッコミが入るのか)楽しみなところではある。

 すみません。力尽きました。

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2008年6月18日 (水)

俺たちの“糠喜び”になるか、文化庁の“足枷”になるか

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2008/06/post_139e.html
「朝日記事には驚かされた。」
(エンドユーザーの見た著作権)

 情報が出揃ったてきたということで、エントリーを改めて行きますです。
 上のやつの続き、ね。

 俺がこの話を知ったのは朝日の記事を(確か はてブ経由で)読んだのが最初だった筈。そのあと産経の記事を知って、日経の記事を知って‥‥という順番で書いていったのが上の記事。
 そのあとこの話がバンバン出てくるようになってきて(ちょうど経産大臣と文科大臣が会見で発表したあたりから‥‥の筈)、俺も追うのがウンザリしてくるほど。だから続きの今回は主要なやつしかピックアップしない。

 あと権利者団体がJEITAに出した公開質問書の件は後回しにします。すんませんです。




■報道

 どこからやるかね。
 まず経産大臣と文科大臣が会見したのを受けて報じた読売の記事。

http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20080617-OYT1T00440.htm
「著作補償金のブルーレイ課金、経産・文科省が合意」
(YOMIURI ONLINE(読売新聞))

 権利者側のコメントは日経の記事でも取っていたのだが、読売は「日本芸能実演家団体協議会の椎名和夫常任理事」ということで実名で掲載している。「権利者の意見は反映されておらず、勝手に決められたという印象を受ける。これではコピー制限緩和は受け入れられない」、とまぁ予想通りの内容。

http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080617/153362/
「Blu-ray Discレコーダーを録画補償金の対象に,
 ダビング10問題の打開に向け経産省と文化庁が合意」
(産業動向オブザーバ - Tech-On!)

 日経エレクトロニクス(サイトは『Tech-On!』)の記事でも椎名氏のコメントが取られている。「今回の措置がデジタル放送に着目したものか明らかでなく,今後,補償金制度の枠組みがどうなるか明確でない。本来,Blu-ray Discレコーダーはとうの昔に録画補償金の対象になってしかるべき機器」──あと記事の地の文として「今回の決定がダビング10実施に直接つながる可能性を否定する見解」とされている。
 この記事ではさらにJEITA(広報)からもコメントを取っている。「関係省庁間の調整に感謝する。引き続きダビング10の早期実施に向け努力したい」。えらく憎らしく思えるのは俺だけか。
 あと、これが重要なのだが、文化庁の著作権課からもコメントが取ってある。「ダビング10実施のための環境作りの一環として現行法の枠内で行った。私的録音録画補償金制度の抜本的な改正については,(文化審議会傘下の)『私的録音録画小委員会(録録小委)』で引き続き議論する」とのこと。

 報道が最初に出た時にはハードディスク内蔵型への課金が見送られたとの方向性で報じられた。そのためネット界隈が色めき立ったのであるが、いくらなんでも文化庁がiPodへの補償金を諦めるところまで譲歩するとは考えにくかった。

 「ダビング10」と補償金の議論を切り離すために、まずブルーレイへの課金を決定して情報通信審議会がゴーサインを出す。HDD内蔵型については私的録音録画小委で検討を続ける──なんてシナリオもありそうだな。「現時点では見送る」との書きぶりではそう読むことも可能なようだ(「当面見送る」じゃないもんな‥‥)。

 ──なんてことを朝日の記事の段階で書いた俺なんだけど、この慎重姿勢で間違ってなかったみたい。結局、私的録音録画小委員会での話し合いは続き、あのクソみたいな文化庁案を叩き続けないとならないわけだ(まぁお下品な私)。




■権利者団体のカウンター

 「デジタル私的録画問題に関する権利者会議」──要するに補償金問題に首を突っ込んでいる著作権者・著作隣接権者の団体だが、今回の省庁間合意に対して声明を発表した。

http://www.cpra.jp/web/news/news_080617_3.html
「『ブルーレイディスクを現行補償金制度の対象と
  することについて』への声明文発表」
(CPRA 実演家著作隣接権センター)

http://www.cpra.jp/web/news/080617_3/bluelay.pdf
「ブルーレイディスクを現行補償金制度の対象とすることについて」
(デジタル私的録画問題に関する権利者会議28団体
 社団法人日本芸能実演家団体協議会加盟61団体(賛同団体))

 まったくの余談になるが、前のJEITAへの公開質問状がJASRACのサイトで、今回の声明文がCPRAサイトというのは何とかならんのだろうか。確かこの権利者会議は『Culture First』サイトも持ってた筈だが、この種のアピールは一箇所にまとめないと正直 見逃すおそれがある。まぁ俺が文句を付ける筋合いのものではないけれど‥‥せめて相互にリンクするとかそういうのはしてほしいよなぁ。

 さて。肝心の声明文の方なのであるが、恨み辛みが書かれていてなかなか面白い。主張の方向性としては、当然あの暫定合意を拒否することになるのは予想済みだ。いや俺から見てもあの暫定合意は無い。決定の場から権利者を外して一方的に決めたようなものだ。あの暫定合意で妥協したのは誰か。少なくとも、総務省でも経産省でもない。

 その一方で、首をひねりたくなる部分もある。

・ ブルーレイレイディスクの指定がデジタル放送に
  着目したものであるか明確でないこと。
・ 既に文化庁が提案している補償金制度の枠組みに関する
  今後の取り扱いが明確でないこと。
との2点から、どれだけの意味を持つものかについて現時点では判断ができません。

 かつ、両大臣は、情報通信審議会で議論されているダビング10の問題にも触れておられますが、以上を考えた場合、現行法でのブルーレイディスクの指定が「権利者への適正な対価の還元」に当たるかどうかについては、はなはだ疑問であり、今回の両大臣のコメントには、戸惑いと失望を感じざるを得ないというのが正直なところです。

 たとえば、ダビング10の開始を前提にブルーレイへ課金するという話をしているのだから、「ブルーレイレイディスクの指定がデジタル放送に着目したものであるか明確でない」というのはおかしい。しかも地上アナログの放送をわざわざブルーレイへ記録する人がどれだけいるのかを考えれば、「ためにする議論」ではないかと思わざるを得ない。
 「既に文化庁が提案している補償金制度の枠組みに関する今後の取り扱いが明確でない」というのは確かにそう。しかしそれは権利者側にむしろ有利なことなのではないか? ここでもし私的録音録画小委員会での議論とリンクされてハードディスク内蔵型には課金しないよ!──などという合意をされてしまっては却って困るではないか。これもまた、拒否をアピールするための論立てのように見えてしまう。

 また、これが致命的なんじゃないかと思ったりする部分が、「現行法でのブルーレイディスクの指定が『権利者への適正な対価の還元』に当たるかどうかについては、はなはだ疑問であり」とするところ。いやいや、現状において「権利者への適正な対価の還元」を行ない得るのは私的録音録画補償金の他には無いって言ってなかったけ、権利者の面々は!? ブルーレイディスクへの課金が「権利者への適正な対価の還元」に当たらない(「はなはだ疑問」)だとするのなら、ブルーレイには課金しなくても良いということなのか。

 いや。あの暫定合意に対して権利者側が言いたいことは解る(解ってるつもりになってるだけ。笑)。
 要するに、ハードディスク内蔵型が合意から外されているのが許せないのだ。ブルーレイへの課金だけでは足りないと言っているのだ。その程度では「権利者への適正な対価の還元」には当たらないのだと。
 ならば、何故そう言わない。どうもこの声明文では主張が遠回しに過ぎる。

 確かに政治決着という形で経産大臣・文科大臣をも巻き込んだものとなってしまった以上、そう簡単に腐すわけにもいくまい。声明冒頭の「省庁間の垣根を越えてこのような努力が行われたことについて、まず権利者として関係各位に心よりの謝意を表したいと考えています」という一文のなんと痛々しいことか。こう言うしかなかったのだ。
 声明の終盤ではきっちり締めてはいる。「権利者としてはこの合意を以って、ダビング10の実施期日の確定ができるものとは考えておりません」「この合意がダビング10の議論を前進させるものでもないと考えております」。これが本音だろう。

 俺自身は、今回の流れについてはかなり権利者に同情的である。いやハードディスク内蔵型に課金するってのは今でも反対だけどね! しかしこのような不透明なプロセスで“トップダウン”(実態は知るべくもないが)に結論が出されたこと、それにおいて極めて政治的な線の引き方をされていることなどを見ると、決して歓迎すべき事態ではない。
 たまたま今回は、ユーザーにとって“最悪の決着”はまぬがれている(権利者にとっては最悪だろうけどね)。しかしそれはたまたまであって、どこがどう転んでいたら「ハードディスク内蔵型も課金!」なんてことになっていたか判らない。それは決して論理的な議論の末の結果ではない、妥協的に線が引かれた上での話でしかないのだ。
 そうやって考えると、俺自身もこんな暫定合意を歓迎する気にはならない。




■今後はどうなるのか?

 ──俺にはまだ見えない。
 とにかく、ITmediaの記事によれば6月24日に権利者団体側で記者会見を開くそうだ(もし中の人がこれを読んでたら案内頂戴。絶対に行くから)。ちなみに6月23日には情報通信審議会の情報通信政策部会#30が、6月27日には情報通信審議会総会#19が予定されている。ということは、おそらく今週中にはデジコン検討委が開かれるだろう。ダビング10関連ではそうした流れのなかで権利者団体の記者会見がセッティングされていることになる。
 情報通信政策部会でほぼ先が見える状態になるのだろうし、これを受けた形で権利者の主張がアピールされるのだろうと思う。その内容がどうなるのか‥‥それはデジコンと部会の流れによるだろうから何も言えない。

 また、今月の下旬に文化審議会著作権分科会の私的録音録画小委員会が予定されている筈だが、いまだに開催案内が一般に出ておらず傍聴受付も始まっていない。前回もギリギリまで開催案内・傍聴案内が出ず、結局そのまま流れてしまったという経緯がある。それを考えると、傍聴受付にも一定期間必要なだけに案内が遅れているのは不吉に思えなくもない。

 俺自身は文化庁案には全力で反対する考えである。「補償金縮小の道筋が見えない」とするJEITAの主張を、この部分についてのみ支持する。俺もそう考えている。
 その一方で、今回 経産省という存在が露骨に入り込んできた(今までもその介入は示唆されてきたところではあるが──たとえば権利者団体の記者会見等々)ことで、権利者とメーカーとの間の対立がより激化するおそれを抱いている。
 “俺史観”からすれば、状況をここまで悪化させたのは文化庁以外の何者でもないと考えているのであるが(そのきっかけ──文化庁の「叩き台」については俺がまだブログを更新していた時期のことだけあって相当書き込んである筈だ)、いま出ている「20xx年」の補償金廃止やらDRM前提やらCD・無料デジタル放送への補償金存置やら、議論のネタとして出されている案すら悪い方向にしか作用していないと考えている。
 そのうえ議論になりようもない要素がさらに増えたとしたら?

 今後 私的録音録画小委でも継続して議論は続けられるらしいが、はたしてそれは経産省の影響から離れたところで行なえるだろうか? あるいはJEITAが暫定合意を前面に押し出して膠着状態を引き起こしたりしないのか。
 よっぽど「ちゃぶ台」をひっくり返した方がすんなり議論できるんじゃないの?と思わなくもない。




■ここで決定版

 俺が文章書いてる間にこんな記事が出てたよ。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/17/news117.html
「Blu-rayに補償金の『なぜ』 『ダビング10』『iPod課金』はどうなる」
(ITmedia News)

 一体型だから著作権法を改正しないとならないってのは文化庁が勝手に持ってきた解釈で、最初の法制小委での議論で委員の側から指摘されたものではないんだよねぇ。どちらかと言うと、iPodへの課金を見送るための方便という風にも見えた。その気になれば政令指定だけで課金は可能だと思うよ(むしろ著作権法施行令の中でどう文章を書いて規定するかの方が問題)。
 たとえば音楽を録音するのに使われているからといって政令指定しなければならないわけではない(iPodがこれまで指定されてこなかったように)。つまり理論上は、一体型でも機器だけに課金して記録媒体に課金しないことも可能ではないのかという(あるいは逆)。
 この話は文化庁の自縄自縛といった感じがしてならない。

 記事の中で権利者側にコメントを取ってあるのと、今後のスケジュールをまとめてある丁寧さに拍手。読む価値あります。
 でも一番いいのは、権利者のうちの誰かがブログか何かやって頻繁に生の声をネットに載せることだと思うけどね!(以前は「著作権課長がブログやれ!」って言ってたけど、そっちはもうどうでもいいや。)

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2008年6月17日 (火)

朝日記事には驚かされた。

 裏事情に通じてるわけではない俺にとっては判断に困るんだが。

http://www.asahi.com/digital/av/TKY200806160327.html
「ブルーレイにも著作権料を課金へ 文科省と経産省が合意
  - デジタル機器 - デジタル」
(asahi.com(朝日新聞社))

 正直言って、この種の“新聞辞令”には辟易してしまうところもある。しかしよく情報を掴んだもんだなぁ(さすがプロの記者だ)と感心すると同時に、この内容が本当なのかと疑いの目で見てしまうのも事実。
 実は驚愕の内容よ、これ。さらりと書かれているけれども。

 「文部科学省と経済産業省は16日、テレビ番組を録画するブルーレイ録画機とブルーレイディスクに、著作権料の一種である補償金を課すことで大筋合意した。ハードディスク駆動装置(HDD)への課金は現時点では見送る。17日にも発表される」とあるけれども、ここだけでも目を剥きたくなる。ブルーレイの機器とメディアに課金されるのは解る。文化庁案でもその線だった。
 問題はここ。「ハードディスク駆動装置(HDD)への課金は現時点では見送る」? 本当なのかこれ。権利者にとってはここが本丸だろう。そこを妥協する形で文化庁が合意に至るなんてことはあり得るのか。ましてどういう理屈で?
 そして「17日にも発表される」と。今日はずっとPCの前にいないとダメか。

 「最近の録画機やiPodなどの携帯音楽プレーヤーの多くはHDD内蔵型。‥‥事態打開のため、著作権団体を所管する文科省と、メーカー側のまとめ役の経産省は水面下で協議を重ね、ブルーレイ課金で折り合った。‥‥デジタル放送を所管する総務省の情報通信審議会は、こうした情勢をにらみつつ、ダビング10の解禁を検討する」。
 「ダビング10」と補償金の議論を切り離すために、まずブルーレイへの課金を決定して情報通信審議会がゴーサインを出す。HDD内蔵型については私的録音録画小委で検討を続ける──なんてシナリオもありそうだな。「現時点では見送る」との書きぶりではそう読むことも可能なようだ(「当面見送る」じゃないもんな‥‥)。

 いずれにせよ、続報ないし正式発表が無いことには判断できん。
 権利者団体の質問状に対するツッコミを用意してる間にこんなことになって、俺も戸惑ってるよ。とりあえずは速報的に記事を上げた。続報があれば追記する形をとりたい。




■産経でも記事が載った

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/080617/biz0806171054003-n1.htm
「ブルーレイに著作権者への補償金 文科省と経産省が合意」
(MSN産経ニュース)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/17/news050.html
「Blu-rayに録画補償金 文科省と経産省が「暫定的」合意 iPod課金は見送り」
(ITmedia News)
※産経の記事と同内容

 閣議決定のあとで、文科大臣が会見で明らかにしたらしい。
 産経でも「iPodなどハードディスク内蔵型の機器への課金は見送った」としているな。ただ気になるのは、「渡海文科相によると、今回の合意は8月に行われる北京オリンピックに向けた暫定的なものだとしている」という点。
 言ってみれば「ダビング10」を人質に取られた権利者側(このニュアンスを楽しんでください)が「暫定的」にとはいえ妥協を強いられた図。ここで益々意固地になったりしないのかと心配になる。JEITAの“籠城戦”が奏功したのか否か。

 大臣会見の内容をもう少し知りたいね。
 これがどうなっていくのか今後も見守りたい。
 ──私的録音録画小委までは日数が結構あった筈なんだよなぁ。

 ところで省令を改定するのにパブコメに付さないのかな?




■荒れる予感

 日経でも記事が出ていたらしい。

http://www.nikkei.co.jp/news/main/20080617AT1G1700M17062008.html
「ブルーレイも著作権の課金対象に 文科・経産が折衷案」
(NIKKEI NET(日経ネット))

 これも大臣の会見を受けてのもの。
 権利者側のコメントを取ってあるところに注目。「権利者団体の一部は『問題解決にはならない』(実演家著作隣接権センター)と今回の案も拒否する姿勢を示しており、先行きは不透明だ」。おそらく椎名和夫氏のコメントだろうな‥‥。

 いや、俺、この省庁間合意については まんまでは受け取ってない。権利者がかなりコケにされてるように感じるからね。裏で“密約”でも無いかぎり、権利者側は呑めないだろう‥‥こんな不透明なやりかたで決められるのでは。

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ユーザー不在の応酬、どっちもどっち、手前に都合の良いところばかりの主張

 正直な話、JEITAと権利者側の双方に思ったりはする。ましてここにユーザーが入ってきたりすると益々入り乱れるというか。いや俺が掻き乱してるのか(笑)。

 久々(半年以上の御無沙汰!)の更新で、完全に文体を変えて書く羽目に陥っておりますが、このまま行きますよ。

 ──今回のネタ。

http://www.jasrac.or.jp/release/08/06_3.html
「JEITA(電子情報技術産業協会)に公開質問状を再度送付」
(JASRAC)

http://www.jasrac.or.jp/release/08/pdf/06_01.pdf
「2008年6月16日付公開質問状」(PDF)

 6月16日付で権利者側からJEITAヘ送られたという公開質問状について、俺が感じたことを正直に書いていこう。つまりツッコミを入れていく。

 まずは軽くジャブから。
 冒頭で「2007年11月9日付で貴協会宛に公開質問状をお送りしましたが、いまだにご回答を頂戴しておりません」とある。これに疑問を感じた。仮にJEITAからの回答が無かったとしてだ、この半年間、権利者側としては何も督促してこなかったのか、と。何をやってたんだろう‥‥記者会見とか記者会見とか記者会見とか?
 その一方で、直近の記者会見(5月29日にあった──たまたま俺がそれに行ってただけなんだけど)で配布された資料にはこんな箇所があったんだな。

2007年
 11月9日 権利者87団体からJEITA会長宛に公開質問状を送付(記者会見第2弾)
 11月28日 文化庁 平成19年第14回私的録音録画小委員会 開催。
       JEITA委員より関連する発言なし。
 12月7日 JEITA担当者がニュース・サイトのインタビューに
      答えて、公開質問状には回答する気がないことを言明。
 12月12日 権利者87団体は、JEITA会長より公開質問状に関する書簡を受領。

 一応、当該資料の画像も上げておく(画像1画像2)。
 確かに資料の中で「回答書を受け取った」とは書いていない。しかし「公開質問状に関する書簡を受領」したとはある。記者会見の中でも、そうしたJEITA会長の対応について謝意を表明する場面があった‥‥権利者側がね。
 となると、今ここに至って「いまだにご回答を頂戴しておりません」というのはフェアなやりかたなのだろうか。この半年間 回答を求めてきていたのか(ダビング10をめぐるJEITAの見解を問うことは続けてきていたけれど)、それは「書簡」で一応の対応が済んだものとみなされて仕方なかったりはしないのだろうか。
 あるいは、JEITAの会長が替わったから改めて見解を問うとか? それなら「いまだにご回答を頂戴しておりません」だなんて嫌味を書く必要は無いよね。

 ──久々のエントリーはこんな感じで以下、続きます。




■また「誤解」か

 公開質問状の1ページ目から。

 そうした中で貴協会は、これまでの長年に亘る文化審議会私的録音録画小委員会における議論の経緯を無視するような見解を2008年5月30日付で公表されました。このことについ て、私どもは大きな驚きとともに非常に強い憤りを感じております。貴協会の見解は、著作権法の趣旨を曲解した独善的な意見であり、国民に誤解を与えるものと言わざるを得ません。

 まず5月30日のJEITA見解にいたる流れを見ると、昨年12月18日の私的録音録画小委#15で「20xx年」の補償金廃止(ただしDRM前提)が打ち出され、それに沿った文化庁案今年1月17日の私的録音録画小委#16に提示された。補償金廃止を目の前にチラつかされた手前、ここまではJEITA側もおとなしくしていた印象がある。しかし5月8日の私的録音録画小委#2文化庁案の解説と「具体的制度設計」案が出てきたことから様子が一変、JEITAが「補償金廃止への道筋が見えない」として態度を硬化させた(この背景には私的録音録画小委のJEITA委員が交代したことも関係するとの話もある‥‥確かに強い反対意見を述べたのは新しく加わった委員のよう)。
 JEITA内部でもいろいろ事情があるらしいけど、いずれにせよ5月に入ってからJEITAが態度を硬化させる理由になるものは存在する。5月8日の文化庁案ってのが酷い内容で、「これまでの長年に亘る‥‥議論の経緯を無視する」なんてことを権利者側は書いているが、この長年の議論で無視され続けてきたユーザー(委員発言ですら!)の声やメーカー側の提示した疑問点に正面から取り組まず、さも議論を積み重ねてきたかのように述べるのは一方的に過ぎる。そりゃ権利者にとっては有利な文化庁案なんだから、呑みやすいだろうさ(権利者の意図しだいで補償金制度を延命させられる内容)。
 結果的に、汎用機器・記録媒体への課金や支払義務者の変更など、権利者の要望が通らなかった部分もあるのだが これらは“相手にされなかっただけ”と見ることもできる。もともと要望が通る可能性の少なかった部分だ(文化庁の側で前例を重んじるような態度があるのなら尚更)。

 公開質問状の中で「貴協会の見解は、著作権法の趣旨を曲解した独善的な意見であり、国民に誤解を与えるもの」と権利者はJEITAを非難しているが、はたしてそれは正しい認識か。
 たとえば権利者側の見解は「著作権法の趣旨を曲解」してはいないか、「独善的な意見」を主張してはいないか。いやそもそも国民はJEITAの見解に「誤解」させられているのか? 権利者の公開質問状の中を見ていくと、どうも怪しくなってくる。
 そもそも。俺は「誤解」との言葉が軽々しく使われている時点で眉にツバ付けて聞く体勢をとる。これは官僚とか権利者団体とかがよく使う言葉だからだ。それも、ある事柄に疑問が呈された時に必ずと言ってもいいほど出てくる。




■ユーザーのことを考えちゃいない

 公開質問状の前置きとして、質問文(これ自体は昨年11月9日にJEITAへ送られたもの)の前に権利者側の見解が書かれている。この内容をひとことで言えば、権利者は〈いかにして私的複製のすべてから補償金を取ろう〉としているかの“論理付け”に腐心している。その後のページにも、そうした姿勢がありありと出てきている。
 著作権法30条の立法趣旨として加戸・逐条講義を引きながら「閉鎖的な範囲内の零細な利用を認めること」を説明するのは良いけれど、「個人の零細な利用も、国民の総体としてみれば、相当の量及び質となる実態があったことから、1991年12月、著作権審議会第10小委員会は補償金制度を導入することを決定しました」と簡単に繋いでしまっている。いや立法時の考え方を示す事実としては確かにそれで正しいのだけど、この「国民の総体としてみれば」云々がその後の補償金をめぐる議論をこじらせる結果になってしまってるのだから、JEITAを批判する根拠にはなるまい? そもそもJEITAはそれがおかしい、って言ってるのだ。

 「総体としてみれば」などというロジックが許されるのなら、何だって言える。下手をすると補償が必要とされる私的録音・録画に使わない機器・記録媒体にまで課金することを正当化できかねない(さすがに現行制度はそこまで露骨な真似をしてはいないけれど、一応は)。
 また、こうした禍根を残すロジックを捻り出した第10小委員会での議論ってのは、タイムシフトやプレイスシフトについての補償との関係性を議論するのを避けてしまった上でのものだった。時間のある方は第10小委員会の報告書を読んでみることをオススメする。どれだけ脆弱なロジックの上で現行の補償金制度が成立してしまっているのか判る。
 タイムシフト・プレイスシフトについて言えば、「国民の総体」を考えたってゼロに延々と数字を掛けるようなものでゼロだろう。ようやくタイムシフト・プレイスシフトを考えようとしていた私的録音録画小委員会ですら、これを「ゼロ」と言わないように苦労してたのだけれども(リンク先は中間整理の当該部分)。
 しかしこうした態度こそ、今の補償金制度が国民に理解されない一因ではないのかと俺は考えている。ユーザーの感覚との乖離が激しすぎるだろと。

 しかも公開質問状では──

 さらに、昨今の私的録音録画の実態は、コピー技術の高度化、記録媒体の大容量化により、補償金制度導入時の状況から比べれば、はるかに拡大していることに疑問の余地はありません。

 とまで言い切ってしまっている。権利者側の主張(ポジショントーク)だからこれもアリだろうけれども。

 タイムシフト・プレイスシフトのことが少しでも頭に残っているなら、こうした主張には抵抗感が生じるところだろう。普通は。コピー技術が高度化しようが、記録媒体が大容量化しようが、タイムシフト・プレイスシフトの権利者への影響としては全く関係ない(余談だけど、記録媒体が大容量化しても、コピーが無圧縮で行なわれるようになるだけでコピーされる著作物の数が激増するわけじゃないのではないかと思ったりする。たとえば音楽では現状MP3とかAACが多く使われてるだろうけど、既に無圧縮とかロスレスで聞いてる人もいるんじゃないのかという‥‥まして一人の人間が楽しめる著作物の数なんてのはたかが知れていて、大容量の記録媒体を持っていても全部が埋まるという話にはなかなかならなくなると考えられる)。
 ここで権利者とJEITA(あるいはユーザー)との議論が噛み合わない最大の理由って、互いが自分に都合の良いところしか言わないところにあると思う。前者はたとえば他人から借りたものとかレンタルとか、そういうものからのコピーを前提にして「経済的損失」を説明する。一方JEITAやユーザーってのはタイムシフト・プレイスシフトを前面に出して経済的損失が無いことを説明する(俺も、ここまでの文章を見てもらうと判るとおり こちら側の人間)。しかし私的録音・録画の実態というのはそれらのどちらかではなくて、両方存在するものだったりする。
 俺としては、双方の言い分というのが(互いの前提においては)ある程度の妥当性をもっていると考えていて、そこを切り分けることで議論を決着させる余地があるんじゃないのとずっと考えてきていた。だれも相手にしないがね(笑)。

 要は、権利者が「タイムシフト・プレイスシフトに使われる蓋然性が高いのなら補償金を返しますよ」と言えば済むことじゃないの、と。もちろんそれだけで納得性が得られるとは思わないけど(たとえば分配についての情報公開とかも必要)、かなりマシになるんじゃないか。




■補償金が私的複製の自由を保障し、著作権保護技術が私的複製を制限してこなかったかのような大嘘

 たぶん今回の公開質問状でユーザーからの反発が強いのは2ページの「著作権保護技術」のくだりなんじゃないかと思う。明らかにユーザーの経験に反した内容だからだ。このあたりでは何度も酷い目に遭ってきたからね、俺たち。

 ちなみに「著作権保護技術」というのは、私的録音録画小委員会(つまり補償金問題を議論している場)においては「何らかの方法により複製が実質的に制限される技術」と定義されている。いわゆる「DRM」と同義だと考えて良いのかな、電子透かしを「著作権保護技術」に入れる(「複製が実質的に制限される」)と考えるのが妥当なのかとか考えてしまうけれど。
 一方で、著作権法では「技術的保護手段」というのが定められていて、これを(意図的に)回避して行なう複製は私的複製とはならないということになっている。しかし「技術的保護手段」というのは著作権法第二条二十号に規定された(比較的狭い)範囲についてしか言えない。



技術的保護手段 電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法(次号において「電磁的方法」という。)により、第十七条第一項に規定する著作者人格権若しくは著作権又は第八十九条第一項に規定する実演家人格権若しくは同条第六項に規定する著作隣接権(以下この号において「著作権等」という。)を侵害する行為の防止又は抑止(著作権等を侵害する行為の結果に著しい障害を生じさせることによる当該行為の抑止をいう。第三十条第一項第二号において同じ。)をする手段(著作権等を有する者の意思に基づくことなく用いられているものを除く。)であつて、著作物、実演、レコード、放送又は有線放送(次号において「著作物等」という。)の利用(著作者又は実演家の同意を得ないで行つたとしたならば著作者人格権又は実演家人格権の侵害となるべき行為を含む。)に際しこれに用いられる機器が特定の反応をする信号を著作物、実演、レコード又は放送若しくは有線放送に係る音若しくは影像とともに記録媒体に記録し、又は送信する方式によるものをいう。

 ──解りにくいっすね!
 これは当時のコピーコントロール技術、たとえばビデオテープにおけるマクロビジョンなどが念頭に置かれて規定されたものらしい。上記の規定のポイントは「電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法」であること、著作者人格権・著作権・著作隣接権を「侵害する行為の防止又は抑止‥‥をする手段」であること、「機器が特定の反応をする信号を‥‥音若しくは映像とともに記録媒体に記録し、又は送信する方式によるもの」であること。これらを満たさなければ「技術的保護手段」とは著作権法上 認識されないため、意外とこれに相当しない著作権保護技術は存在する(有名なところではDVDビデオのCSSとか)。
 具体的には、2005年での法制問題小委員会での議論を見るといい(文化審議会著作権分科会法制問題小委員会審議の経過)。たとえば「現行著作権法では,著作物の複製を技術的に防ぐ手段(コピーコントロール)は,『技術的保護手段』として保護の対象としているが,暗号化等により著作物の視聴等を制限する手段(アクセスコントロール)は,視聴行為そのものが著作権法における権利の対象ではないため,『技術的保護手段』の対象外であると解されている」。私的録音録画小委員会での議論も同様の前提に基づいて行なわれている。
 補償金問題での「著作権保護技術」の話は、著作権法上の「技術的保護手段」よりは広い概念と捉えられていることに注意が必要だ。つまるところ、「技術的保護手段」を回避した家庭内複製は30条の外なのだけど、「著作権保護技術」の場合は私的複製になる場面もあるわけだ。

 さて、長い前置きだったが本題に戻る。
 公開質問状では「著作権保護技術」を「ユーザーの複製行為が私的録音録画の範囲を超えないよう、ふたをかぶせるだけ」としている。しかし これは明らかに事実と違う。「コピーコントロールCD」やコピーワンスなどの例を出すまでもなく、私的複製を妨害する形でしばしば「著作権保護技術」が導入されてきたからだ。
 しかも忘れてはいけないのが、この「著作権保護技術」の導入が私的録音録画補償金制度のもとで行なわれてきたという事実。つまるところ私的録音録画補償金は「ユーザーの私的録音録画の自由を維持」することには全く役立っていなかったのだ(権利者側はそうした信義にもとることをやり続けてきた)。

 CDと無料放送については、権利者の側からも反論が出せそうではある。たとえばCDの場合は実質コピーフリーだし、パソコンには補償金が掛かってないじゃないか。無料放送にしても、「コピーワンス」は放送局とメーカーが勝手に決めただけで権利者が頼んだわけではない。
 ──しかし、CDのコピーについては権利者自身が「違法コピー」と喧伝したこと(これ自体30条をないがしろにしてはいないか)、そして実際に「コピーコントロールCD」を導入してそれを妨害しようとしたことが反論の説得力を弱めることになるだろう。おとなしく、「せめてCDをコピーする時は音楽用CD-Rを使ってね(にこにこ)」とか言ってれば多少は理解してもらえたかも知れないってのに(しかも多少の補償金は入ってくる)。 無料放送についても、ユーザーの側に立った意見を言ってくれていたわけでもなく、堂々と補償金を受け取っていたわけだから今さら「自分たちの意思じゃない」と言ってもねぇというところがある。

 ともあれ、権利者側が公開質問状の1ページから2ページで主張してる内容が「客観的事実」なのか否かについては甚だ疑問があるとしか言いようがない。

(つづきます)

Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月26日 (月)

ダウンロード違法化・ iPod 税パブコメ:提出意見

 11月15日 〆切だった私的録音録画小委員会中間整理に関するパブリックコメント募集ですが、私も時間ギリギリまで かかりながら意見を提出しました。今回は募集期間が比較的長かったのと、 MIAU がパブコメ提出の呼びかけを行なったことから、〆切前から様々なブログさんで提出報告が相次ぎました。
 周辺状況については正直 追い切れていません。幾つか目に付いたブログさんについてはピックアップしてみたいとの欲はありますが、ここでは後回しにしておきます。何せ、私自身の意見も相当の分量だったりするわけでして。

 そんなわけで、ここでは私の提出意見をそのまま載せます。誤字・脱字もそのままです(苦笑)。そのうち別稿で解説というかフォローをしておきたいと思いますが、とにかくここでは“生”のまま並べておきます。




【P.97〜98】

第7章第1節「私的録音録画問題の検討にあたっての基本的視点について」

 私的録音録画補償金制度を検討するにあたり、過去の議論をどう踏まえていくかという中間整理でのまとめかたには問題があると言わざるを得ない。ここでは補償金制度創設時の議論を無批判に踏襲する様が見受けられるが、現在 補償金制度にまつわる混乱が見られるのは まさしく創設時の議論が不足していたが故であり、この議論をも積極的に見直し是々非々で評価しなおしていく必要がある。
 すなわち、この項目については再度 検討を要するものと考える。

 現行補償金制度が創設される前の著作権審議会における議論をどう評価するかという問題は非常に大きなものとして挙げられる。
 まず、時間だけは掛かっていたものの、その論理的成果は極めて乏しく充分な議論を尽くしていたとは言い難いところがある。今も踏襲すべき内容かは慎重にかつ冷静に判断すべきところであり、たとえば創設前からMDへのプレイシフト(CDに収録された音楽をMDウォークマンで聴くために私的録音する)が大部分存在していたにもかかわらず、議論に反映された形跡が全くない。加えて、補償金問題で特にレンタルCDからの私的録音がその根拠とされていたところであるが、貸与権使用料との関係について国会審議にまで遡った議論はなされていなかった(これは未だに為されていない)。
 私的録画ではタイムシフトの扱いが重要となる(米国においては私的録画がタイムシフティング用途であるとして補償金課金の対象外とされている)にもかかわらず、報告書で軽く触れられたのみである。私的録画補償金を課すべきとの根拠に乏しい。
 この議論においてメーカー側から、なぜ補償金制度が必要なのかという「そもそも論」を検討するよう幾度となく提示されていたいもかかわらず、結局そこを手つかずのままで妥協の産物として補償金制度が創設されている(そして「そもそも論」は現在の私的録音録画小委員会ですら検討されていなかった)。このような有様で無批判に踏襲すべき内容の議論であったかは甚だ疑問と言わざるを得ない。
 私的録音録画補償金が妥協の産物以外の何物でもない最大の特徴として、アナログコピーには課金せずにデジタルコピーのみを対象としている点がある。音質云々が一応の理由として挙げられているが、複製の前後で質の劣化が伴うのはデジタルコピーにおいても同様である(とくに圧縮技術の採用等)。これがアナログコピーを不問とする理由として認められるのなら、大きく劣化したデジタルコピーについても私的録音録画補償金の対象外とするような制度改正も認められるべきであろう。

 補償金制度創設時の議論に加え、 2005年度の 著作権分科会(法制問題小委員会)での検討結果をどう踏まえるのかという視点も必要である。補償金創設時の議論を踏襲するのなら、こちらも同様に踏襲されるべきであるからだ。
 たとえば、 2005年度 当時から状況に変化が無いとするのなら、この時の結論を踏襲すべきと考える。また、 2005年度とは 異なる結論を今回の私的録音録画小委員会が出すというのなら、その根拠として充分なものが示されることが必要である。しかしながら本中間整理の内容では充分だとは全く言えない。
 「二重取り」の解消を目的として適法配信からの私的複製を30条対象から除外する旨の提案が為されているが、これは「二重取り」の解消とは全く繋がらない。むしろ適法配信で入手したものからの私的複製の法的位置づけを著しく不安定にするものである(配信事業者の契約によって定められる私的複製はPC・ CD-R ・携帯音楽プレーヤー等への一次的な複製のみであり、 CD-R を介した複製──いわゆる孫コピーにまで明示的に許諾を与えるものではない)。音源のファイル形式等の問題があって(著作物のデータ形式の)変換を余儀なくされる一般的ユーザー環境を考えれば、こうした複製の法的位置付けが配信契約の内容に左右されることはユーザーの立場を不安定にすることと同じである。容認できるものではない。
 違法複製物や違法配信からの私的複製を30条の外に設定することについても、その実効性や「違法」かどうかの判断が結局 司法に委ねられるという性質から、安易な法改定を肯定する根拠には欠けるものと考える。 2005年 の審議で出された結論は私的録音録画補償金自体の「根本的」見直しであって私的複製条項の縮小ではない(敢えて言うのなら私的複製の範囲の確定であって変更ではない)。複製が著作物使用そのものと同義であるデジタル時代(の複製機器やインターネット)の特性を把握しないまま30条縮小を行なうことは、その実効性や副作用の面から行っても危険極まりないものと言わざるを得ない。
 さらには、ここで指摘された補償金制度の周知不足の件をきちんと検討されていたようには窺えない。単に補償金管理団体へ周知義務を課すだけとしており、具体的提案が示されていないばかりか、権利者団体側の委員からは経費の問題をもって周知に消極的な発言すら飛び出す有様である。実際問題として、公式サイトでの説明文掲載や共通目的事業以外には継続した周知広報が実施されておらず、時折思い出したかのように広告を打つだけ(それも首都圏のみを対象とするような)なのが現状である。もっと具体的に何をしていくべきか議論する必要があろう。
 ハードディスク内蔵型録音機器等や汎用機器等への課金についても、それを決めるにたる根拠が示されないまま課金相当との結論を出すことには反対である。結論を出すためには、上記著作権分科会(法制問題小委員会)での指摘をきちんとクリアする必要があり、かつ私的録音録画補償金を課すことが相当であると認めるに足る私的録音・録画態様に限定して課金する方策を提案していくべきである。
 すなわち、私的録音録画小委員会の中間整理は、まだ結論を出すべき時期には至っていないことが示されているものと考えられる。このような状態で結論を出すことは今まで以上の禍根を残すこととなり、ひいては著作権制度自体の崩壊をも招くことになりかねない。
【P.99】

第7章第1節3「私的録音録画問題を巡る時代の変化等にあわせて、次のような基本的視点を踏まえる」


 「利用者のニーズを尊重し、円滑な利用が妨げられることのないよう配慮」することを示していること自体(この文自体)には意義があるものと考えられるが、しかし中間整理全体のトーンを考えると、不当な30条縮小と私的録音録画補償金の存続(そして改悪)を提案する中での“エクスキューズ”としてこの甘言が用いられているに過ぎないとの疑念を抱かざるを得ない。
 もしこの理想を本当に私的録音録画小委員会が打ち出すのであれば、「利用者のニーズ」そして「円滑な利用」を現実のものとするために具体的な提案をしていくべきである。その際には、ユーザーの意見を実際に取り入れることも考えねばならない。

 論点として考えられるのは、まず「利用者のニーズ」「円滑な利用」と「著作権保護技術」が両立するかということである。音楽配信における DRM、 地上デジタル放送における「コピーワンス」あるいは「ダビング10」、CDにおける 「コピーコントロールCD」、 DVD における「CSS」 等、ユーザーが本当に受け入れているのか定かでない仕様の「著作権保護技術」が市場に多く存在しているところである。
 この問題意識を裏打ちするのが、充分な対価を支払って入手した著作物がユーザーが「公正」に扱うことについて(つまりプレイスシフト・メディアシフト・タイムシフト等)「補償金」なるものを支払わせる正当性がきちんと説明されているのかという観点である。現行の補償金制度がこうした利用をも一緒くたに扱っているため、ユーザーの理解を一向に得られないでいる(補償金を廃止すべしとのユーザー意見は少なくない)とも考えられる。
 本来、私的録音録画小委員会に期待された役割というのは こうした疑問に対して説明していくことであったが、結局「そもそも論」の回避と30条縮小のゴリ押しに終始したことは誠に遺憾である。

 「私的録音録画に関する具体的な制度設計を考える場合には、著作権保護技術や配信事業等の音楽・映像ビジネスの新たな展開などとの関係を十分考慮すべきこと」とする一文についても、現状を考えれば非常に虚しく響くと言わざるを得ない。実際に、音楽配信や映像配信が充分なレベルで実現しているかという観点で疑問がある。
 海外で圧倒的な支持を受けている iTunes Store ひとつ取っても、海外版と日本版とで比較すればそのカタログの貧弱さは明らかである。日本では映画の配信は始まっておらず、しかも海外では配信していながら日本で入手できない楽曲が非常に多い。とりわけソニーミュージックのように、日本国内で音源を不当に提供していない例も見られる(ソニーは海外では積極的に配信している)。
 配信事業がまったく発達していない世界では私的録音・録画が果たす役割が決して小さくない(つまり著作物を入手する有力な手段である)のだが、これを縮小したり「補償金」なる不当な負担を上乗せすることは、ただいたずらに配信拒否を助長させ、旧来のパッケージコンテンツ流通に止まろうとするような流通阻害をやりやすくするだけの結果を生むことに繋がってしまうのである。

 こうしたことから、中間整理の内容はそもそも「利用者のニーズを尊重し、円滑な利用が妨げられることのないよう配慮」しているものとは認められない。むしろこの方針を強く打ち出し、再度 中間整理を刷新すべきものと考える。
 補償金の課金は権利者に明白な経済的不利益を与えている私的複製態様に限定して行なうものとし、ユーザーが「公正」な範囲で行なう私的複製には DRM (コピーコントロール)の導入を認めず(仮にコントロールされているものはその回避を認める)、いちど公表された著作物については権利者に流通の義務を課す(この義務を怠った者については許諾権の一部を制限する)等の具体的提案を行なうべきである。
【P.100】

第7章第2節1「利用態様ごとの私的録音録画や契約の実態」

 DVD からの私的録画が不可能であるかのように書かれているが、これが実態を反映しているのか疑問である。 DVD に用いられている「著作権保護技術」は著作権法の「技術的保護手段」には当たらないため、中間整理でも「技術的保護手段」の語は注意深く回避されているところである。
 映画業界側の見解としては DVD のコピーを私的複製外(「技術的保護手段」の回避にあたる)としているが、実際問題として著作権法によって規制されているものでも技術的に不可能なものでもなく、むしろユーザーは私的複製(具体的には DVD からのハードディスクへの記録、および iPod 等用の変換)することも想定して上で DVD を購入しているというのが実態である。
 このような現状がある以上、たとえばこうした私的録画を改めて違法化するとかするのではなく、素直に DVD の私的複製を認め、私的録画補償金の対象として含めることが必要である。

 現在、 DVD に替わる新世代のディスクが提案されているところであり、これには複製を不可能とする技術が使われているところである。ユーザーが従来の DVD (複製可能)を採るか、新世代のディスク(複製不可能)を採るかは微妙な情勢であるが、著作権法によって保護されていない「著作権保護技術」にまで その保護が及んでいるかのような認識でいつまでもいるのは おかしいのではないか。
 むしろユーザーには、自らが対価を支払って入手したコンテンツの私的複製(とりわけプレイスシフト・メディアシフト・タイムシフト)の権利を保障すべきなのであって、こうした私的複製態様については「技術的保護手段」の回避であっても違法ではないとするような法規定を設けることが強く望まれる。その立場を採って、 DVD の複製についても従来の著作物複製と同じ扱いを適用し、私的録画補償金を課金する対象として含めるべきと考える。

 「技術的保護手段」については、現状の規定を維持することとし、次世代ディスク等がこの規定に沿った複製防止技術を採用して初めて私的複製から除外するものと考えるべきであろう。著作権法ではあくまでも複製利用に権利を認め、視聴については権利を及ぼさないとの原理原則を維持すべきである。
第7章第2節2「第30条の適用範囲から除外することが適当と考えられる利用形態」

【P.104】

 中間整理でのこのページでは、違法複製物からの私的複製や 違法配信物のダウンロードを30条対象から除外することを肯定する根拠がかかれている。しかしこれらは著作権法を改定するだけの根拠として認めるに足る内容とは言えず、当該改定を提案する中間整理の方向性には私は反対である。

 根拠アとして、中間整理は当該私的複製が「通常の流通を妨げる利用形態」であると位置付けている。しかしながら この種の私的複製について各著作物に着目するなら、海外の劇場公開から日本公開までの理不尽な時間差が生じている映画著作物であったり、 DVD 発売が全く予定されていないテレビ番組(映画著作物の日本語吹替版放送も含む)であったり、廃盤や未配信等の事情で正規には入手不可能な音楽であったりと、実際に「通常の流通を妨げる」どころか流通そのものが用意されていない事例が大半である。本来であればそうした流通を確保する努力を著作権者が為すべきところであり、そうした努力が為されていない現状では当該複製の違法化を法律の上で行なったとしても当該複製行為自体を根絶することは絶対に不可能であると断言できる。
 「通常の流通を妨げる」行為に対する法規制は複製権・公衆送信権(送信可能化権も含む)の付与で充分為されており、権利者は流通の確保と権利の行使をもって、権利を保持する著作物を自分以外の者が流通させるという好ましくない状態から脱することが既に可能である。この上 ユーザーの私的領域に踏み込み、私的複製行為まで違法化することは、権利者自らの怠慢から市場流通が叶わない著作物を入手しようと希望することまで〈悪〉と断じかねない在り方へと法を変質させてしまうものと危惧する。

※ 国際条約を始めとした伝統的な考え方では未来における「通常の流通を妨げる」こともスリーステップテストの条件に含めて考えているようであるが、このような考え方は著作物を独占し経済財としての価値のみを追求して(例えば保護期間の延長を強く主張するなど)国民の「知る権利」「言論・表現の自由」に脅威を与えるインセンティブになり得ても、創作や流通を促進し文化発展に資するというインセンティブになり得ない。これは歴史が証明している。こうした反文化的・反競争的思想からの脱却を、日本発の著作権制度として世界へ示すべきである。
 また、仮に違法性のある複製物からの私的複製が存在するとすれば、その行為の時点において同一内容・同一フォーマットで現に流通している著作物を違法性のある提供手段から入手し「情を知」りながら私的複製する場面に限定すべきであろう。私的複製への権利行使の要件として現実の流通を設定して初めて、著作権者に正規流通を促進するインセンティブを生じさせることとなる(ただしこの提案は、「その行為の時点において」「同一内容・同一フォーマットで現に流通している著作物」「違法性のある提供手段から入手し」「情を知りながら」という要件のどれが欠けてもいけない。ここまで限定しなければ、実効性も納得性も得られないし副作用が大きい)。

 根拠イにおいては「違法サイトからの録音録画が違法であるという秩序は利用者にも受け入れられやすい」としているが、実はその根本的な根拠が書かれていない。そしてこの命題は、「違法サイト」なるものがユーザーにとって判断不可能であるということ(仮に「適法マーク」なるものを設定したとしても海外の配信事業者にまで普及し得ない)、適法性が曖昧なサイトから入手しなければ得られない著作物が殆どである(つまり かつては公表されたものでありながら現在 正規流通が確保されていない)こと、そもそも適法に提供された著作物の私的複製ですらその適法性が証明できない(すなわちまかり間違って訴訟になった際にユーザー自身が身の潔白を証明できない)ことなどから、ユーザーとして到底受け入れられるものではない。

 根拠ウにおいて「個々の利用者に対する権利行使は困難な場合が多い」と書かれていること自体が この問題の難しさを的確に表している。すなわち当該複製を30条から除外したところで、その実効性はとても確保できないということを私的録音録画小委員会(および著作権分科会)が認めているのである。
 ウの後段で「録音録画を違法とすることにより、違法サイトの利用が抑制されるなど、違法サイト等の対策により効果があると思われる」としているが、これは前段とは全く繋がっていない。この部分を意味の通る文章にするためには、前段で示された実効性の無さ(そのおそれ)をカバーできるほど後段の効果が期待できるかどうかを示す必要があるが、それは書かれていない。そしてこの後段の効果が果たして期待できるのかといえば否である。むしろ“見つかりさえしなければ構わない”といったモラルハザードが引き起こされる温床になりかねず、こうした安易な(法による)行為規制は著作権制度の崩壊の引き金となりかねない。
 希望的観測に基づいた安易な結論を出すのではなく、実効性についての検討をさらに具体的に行なった上で議論を進めるべきである。すなわち今年度中に結論を出すという方針を凍結し、さらに数年の期間を設けた上で文化庁のみならず経済産業省・総務省をも交えた「私的録音録画小委員会」を継続して開催すべきである(この際には、権利者側委員・メーカー側委員・ユーザー側委員・有識者委員の数をそれぞれ同数に設定しなければならない)。

 根拠エについても単なる希望的観測に過ぎない。
 「効果的な違法対策が行われ違法サイトが減少すれば、録音録画実態も減少することから、違法状態が放置されることにはならない」といった命題において、「効果的な違法対策が行われ違法サイトが減少すれば」との前提が本当に成立するのかというのが大きな問題である。現実問題として「違法サイト」なるものを減少させる方策が今までに採られてきたのか否か。これまでに効果的な違法対策が行なわれてきたのであれば現行法を変える必要が無いということであるし、効果的な違法対策が望めないから30条を変えるというのであれば今後も対策など出来ないということになる。すなわち前提条件が真であっても偽であっても、この30条縮小の理由とはなり得ないのである。
 「効果的な違法対策」の内容が不明確なのも気になる。これまでの「違法対策」が30条縮小を要求するほどに成功していないのだとすれば、今後の新たな「効果的な違法対策」として想定されるのは私的複製を行なったユーザー個人を提訴するということである。これはダウンロード違法化に反対するユーザーの危惧そのものであるが、中間整理はそうした危惧をストレートに抱かせる内容となっている(なお私的録音録画小委においては日本レコード協会から提訴の可能性を示唆する見解が披露されてもいる)。
 家庭内の「録音録画実態」について「減少」するとの把握はどのように行なうつもりなのか。家庭内の行為をどう捉えるか、その中から「違法」性のあるものを切り分けて対処するかというところに大きな課題があるところ、その上「録音録画実態」の「減少」を想定するというのは如何なものか。各家庭というのは社会の中に存在するのであって、文化庁担当者や審議会委員の脳内に存在するのではない(それとも私的領域のプライバシーを侵してまで私的録音・録画の実態を把握しようと今後していくのであろうか?)。
 このウの項目については特に、仮定に仮定を重ねる文章であるがゆえ結論の妥当性が極めて低いと言わざるを得ない。しかも誤った前提に基づいて書かれているため、結局は「違法状態が放置される」との結論しか導かれない。このような文章を検討結果として公表してしまった私的録音録画小委員会(とりわけ事務局)と著作権分科会は恥を知るべきである。

 なお当該私的録音・録画を規制する海外の立法例が脚注に書かれているところであるが、よく考えてみると、これらの国はかような法規制が存在していながらファイル交換ソフトの開発・利用の本場である。むしろ法規制によって この種の行為が抑制できないことを示す証左と言える。

 以上のように、中間整理で示された“根拠”では正当性が薄く、当該複製を30条から外すことが適切であるとの結論は導き出せないことが判る。この問題は30条の範囲縮小という形で解決しようとするのではなく、むしろ補償金によって解決した方が(正統的な手段ではないにせよ)理想的な社会秩序を保つことができる。まず「違法」行為を蔓延させる恐れが回避でき、かつ かような私的録音録画から実質的な使用料を得る手段が用意されるからである。流通促進のインセンティブを生じさせるほどの効果は無いにせよ、それまでゼロであったところから僅かばかりでも支払いが発生するのであるから、何も無いよりは遙かにマシである。30条から外してしまえば補償金はおろか、放置された「違法」行為からの使用料が一切得られない。
 加えて、補償金と同様の考え方を用いて(ここでは「包括許諾」あるいは「強制許諾」という意味合いが強いように思われるが)合法のファイル交換を実現することこそ、当該「違法」行為の抑制を期待できる方策と言える。つまるところ、必要なのは当該行為の違法化ではなく、こうした需要を満たす手段を適法なものとして如何に整備するかということなのである。そうした正規の流通が確保された後から当該行為の違法化を検討しても遅くはない(私個人は、こうした違法化を検討する必要の無いほど「違法」行為が抑制されるものと考えるが)。


【P.105】

 「仮に補償金制度で対応するとすれば、莫大な補償金が必要となることも理由の一つではないか、とする意見があった」とあるが、仮にかような私的録音・録画も含めて補償金で処理するとなれば、多少高い補償金額でも支払う理由が出来るというもの結構な話である(もちろん当該録音・録画行為を行なわない者については減額するなどの措置も用意しておく必要があるが)。
 それよりも、機器へ一律に課金するという考え方を改める必要があろう。ユーザーそれぞれによって利用の態様は変わるのである。「違法」性の疑われる私的録音・録画行為も含め、それぞれの態様について補償金を課していく(それを擬制する形で機器や記録媒体に課金、余剰分は返還制度を利用させる)方針へ転換すべきだと考える。

 私自身は補償金制度を改善した上で維持、その代わり30条も現状維持すべきと考えている。その意味では「違法対策としては、海賊版の作成や著作物等の送信可能化又は自動公衆送信の違法性を追求すれば充分であり、適法・違法の区別も難しい多様な情報が流通しているインターネットの状況を考えれば、ダウンロードまで違法とするのは行き過ぎであり、インターネット利用を萎縮させる懸念もあるなど、利用者保護の観点から反対だという意見」にそのまま同意するものである。
 また、現状使われているファイル交換ソフトにおいては、その多くがダウンロードと並行してアップロードも行なう仕様のものばかりであり、これもまた現行法で既に規制対象として扱えることも考慮すべきである。
第7章第2節2「第30条の適用範囲から除外することが適当と考えられる利用形態」

【P. 105】

 違法複製物からの私的複製や 違法配信物のダウンロードを30条対象から除外する場合の「条件」とやらが中間整理に示されているところである。しかし「違法」行為が放置され実効性が期待できないこと、ユーザーが目の前の著作物が「違法」に提供されたものかを知る手がかりが実質ないこと、「違法」行為と無関係のユーザーが訴訟に巻き込まれるおそれがある上に潔白証明が難しいことから、 105ページの 「条件」を示しながら30条縮小を前提に論じていくことには問題がある。
 当該「条件」はいずれも根拠に欠けていると言わざるを得ず、予想される弊害を解消できる方策とはなり得ない。このまま30条に手を加えることともなれば社会秩序に混乱を来たすものと考えられる。
 加えて、「他人から借りた音楽CDからの私的録音」について現状維持とされているところ、これの根拠とされるものと違法化すべきという私的複製態様との論理整合性が全く図られていないのも問題である。
 このような、まともな根拠も示されない状態での30条改定には明確に反対である。

※なお「他人から借りた音楽CDからの私的録音」を現状維持としたことについては賛成である。そしてここで示された根拠をもって30条縮小全般について反対するという趣旨であることに注意されたい。

 条件アについて。違法複製物・違法配信物であるかどうかを知らずに私的録音・録画した者を30条除外から外すことは当然の措置である。しかしながらこれを「情を知って」などという曖昧な法学的言葉遊びで実現しようとすることには反対である(こうした限定は何の意味もない)。
 そもそも「情を知って」などという主観的要素をどう判断するのかという問題がある。デジタルコンテンツの取り扱い(私的複製や再生など)やインターネット配信においては、目の前に提供されたコンテンツが適法なものかユーザーが知る手がかりなど殆ど存在しない。そのような中で訴訟に至れば判断は司法に委ねられることになり、つまるところユーザー側が「情を知って」行なったのではないと示せなければならないということになる。
 現実問題として、自らが所有しているパッケージコンテンツからの複製や、購入ログが保存されている(あるいは購入者情報が埋め込まれている)配信物からの複製であればある程度の証明は可能であろう。しかし実際に家庭内で行なわれている私的録音・録画の大部分はレンタルCD、友人や図書館から借りたCD、放送・配信から入手した音声・映像である。オリジナルが手元に無いものが圧倒的であり、こうした曖昧な事実関係を裁判所の心証ひとつで判断されてしまうおそれが常に発生する。
 また、「情を知って」の条件が必ずしも厳格に捉えられるのではなく、実務的には“相当程度 違法らしいと考えるに足る根拠が示されている”とのラインが違法とされることも想定され、ユーザーに対し実質的な適法性確認義務という過重な負担を課すことになりかねない。たとえばいったんは適法であるかのように市場へ提供されながら、その後 裁判等で権利侵害の上で提供されたものとして認定されたような著作物(服部克久作曲「記念樹」のような)について、これを入手したときには確かに「情を知って」はいなかっただろうが、その後 裁判が有名になった後で私的録音する場合にはユーザーの行為がどのように判断されるのか。これが「違法」であるかどうかを確認すること(ただ有名裁判例を知らないというだけで違法性が問われ得るのか)をユーザーに押しつける結果になることは間違いない。
 別角度からも問題点が指摘できる。インターネットに期待されているカジュアルな情報発信においては、その発信者がプロの創作者であったとしても受け渡しのログや適法入手確認の保証を行なえるものではない。インターネットの普及が著作物流通のコストダウンをもたらし、既存のメディア企業の支配から脱して自由な活動をしようとしてる著作者らの活動を、ユーザーが曖昧なダウンロード違法化により萎縮してしまう事態によって妨げてしまうおそれが非常に強い。既存メディア企業による著作者支配の構造へ逆戻りしかねないのである。
 ユーザーから見て、その著作物提供が適法であるのか違法であるのか判断しにくい状況は、今以上に進んでいく。個人による著作物発表・著作物流通が望ましい方向で進んでいけばいくほど、そうなっていくのである。著作権制度はこうした(確実に見えている)先のことまで考慮して設計していくべきであり、ただ既存のメディア企業の一次的な利益を保護するために権利制限規定を変更していくことは厳に慎むべきである。

※「趣旨の周知」程度で何とかなると思っているのも安易に過ぎる。そもそもこれまで私的録音録画補償金の管理協会や権利者団体や文化庁はきちんと「趣旨の周知」が出来てきた試しなどない。私的録音録画補償金をめぐる混乱はまさしく周知不足によって引き起こされたものであり、かつ商業用レコードの還流防止措置にかかる文化庁の対応、意見募集手続きにおける文化庁の周知の程度などを考えても、今後の30条縮小に関して適切な周知が行なわれるとは到底期待できず、具体的な周知内容をしっかり定めた上で提案するのが筋であろうと考える。

※「利用者が明確に違法サイトと適法サイトを識別できるよう、適法サイトに関する情報の提供方法について運用上の工夫が必要」としているが、これについての詳しい内容は示されていない。それもその筈で、日本レコード協会で策定中の“適法マーク”はまだ全く内容が定められていない状態。このような未確定のものを前提にして法改定を考えるのは尚早である。
 私的録音録画小委員会において日本レコード協会から示された構想によれば、レコード協会会員社が国内の携帯電話向け音楽配信に対して表示を付すことについては方針が決まっているようである。しかしながらまだPC向け配信が未確定なのと、海外の権利者が国内配信事業者から音楽配信を行なう場合、あるいは国内の権利者が海外の配信事業者から音楽配信を行なう場合については全く触れられていない。また海外において海外の権利者が配信する場合については、“適法マーク”の提示など到底考えられない。つまりインターネット上で流通するコンテンツの大部分に“適法マーク”を付すことなど期待できないということである。
 インディーズの配信についてはどうなのかと津田委員から指摘があったように、インターネット上での著作物発信がローコストで可能になった現在、レコード協会のような業界メジャー団体では捕捉しきれないほどの権利者が世の中に存在している。これらをカバーした“適法マーク”の設定など到底不可能であり、逆にこうしたマークの設定を強行しダウンロード違法化によって裏付けするともなれば、業界メジャー団体に属さない権利者(特に個人)が独立して活動していく機会を不当に奪うことになりかねない(“適法マーク”の付いていないサイトがあたかも違法サイトであるかのように誤解される副作用が強く心配されるところである)。
 さらに言えば映画関連においては全くマークの話は決まっていない。このような有様で30条縮小を云々するのは時期尚早に過ぎる。

 条件イでは、30条対象から除外する複製態様を「録音録画」に「限定」するとしている。しかし、こうした「限定」にどれだけの合理性が存在するのかは示されていない。私的複製全般について当該複製を30条対象から外すこと(たとえば文芸著作物の「違法」複製・「違法」配信からの私的複製を違法化する)は社会的混乱を生じさせる結果が目に見えているが、こうした法改定を「録音録画」に「限定」すれば法改定が正当化されるとの合理性はこのページの説明からは見出せない。
 たとえば「権利者の不利益が顕在化している」のは本当に「録音録画」のみなのか。録音・録画される音楽・映像等の分野においてどれだけ「不利益が顕在化している」のかが明らかでないのに加え、他の著作物においては「不利益が顕在化」していないと結論できるのか否かについても全く検討された形跡がない。このことは私的録音録画小委員会での結論がそのまま維持されるのかが不安定になる要因となり得、たとえば私的録音・録画以外の私的複製について検討するとされる法制問題小委員会において他の著作物へも広げた形で30条改定が提案される可能性を残していることをも示している。
 条件イが維持されるか不安定である要因としてはもう一つ、著作権分科会において ACCS からの代表として出席している委員会から全著作物を対象にすべきとの意見が出されたことが挙げられる。この委員意見はゲーム業界からのものであると考えられるが、これを受けて法制問題小委員会で再検討されるとすれば、私的録音録画小委員会で提案された条件イが破棄される可能性が高い。
 このような状況下でもって条件イを前提として30条縮小を肯定するのは適切ではなく、またそもそも論として私的録音録画小委員会で30条縮小という大きな問題を決めることは極めて僭越であると言える。これは私的複製の問題を大きくとらえて検討することをせずに、私的録音録画小委に“丸投げ”してしまった法制問題小委員会の方針にも明確な誤りがあったと言わざるを得ないし、そうした初手からの歪みがここへ来て更に大きな禍根を残す結果となっているものである。

 なおインターネットからの著作物の私的録音・録画について、ダウンロードとストリーミングの区別を明確に付けるべきであると考える。視聴行為には権利を及ぼさない従来の著作権制度との整合性を保つために、ストリーミングについては不問としダウンロードを30条除外の対象とするものとされてはいるが、現時点ではダウンロードとストリーミングとでは同じ技術を使っているため いずれも「複製」ととらえることが可能であり、区別が法解釈に委ねられる曖昧さを残したままである。
 複製権が私的領域の視聴へ浸食していくことを防ぐためには、ダウンロードの定義を明確にする必要がある。たとえば「明確に保存するとの目的をもって、ファイルの形として内蔵ハードディスク又は外部記録媒体に相当期間 保存する行為」のような規定を設ける必要がある。


【P.106】

 条件ウにおいては「罰則の適用を除外」するとあるが、これは確かに必須の条件と言えるだろう。私的領域で行なわれている複製行為について刑事罰を与えることは、他の規定との整合性を考えても社会通念から考えても不適切であると言わざるを得ない。その一方で、民事訴訟に巻き込まれる可能性が(罰則なしで違法化されたとしても)生じてくるということはユーザーにとって過重な負担となるものと考えられる。
 ユーザーが自身の私的複製行為の適法性を証明することは極めて難しい。テレビ・ラジオからの録音・録画や、借りたCD・ビデオ等からの録音・録画については、複製元のオリジナルが手元に残らず何の情報も付加されていないコピーのみが存在し続けるからである。さらには、30条縮小が施行される前に作られた私的複製物が大量に存在しており、それと施行後の複製物とで判別できないこと、たとえ判別できたとしても若干の操作でもって当該情報を書き換えられること、加えて30条外の複製によって得た複製物を再度 私的領域内複製することで(その気になれば)適法な私的複製物へ見せかけることが可能である。こうした状況は、ますます違法複製と適法複製の区別を困難にするのみならず、確信犯的に「違法」複製を行なっている者には更なる「違法」複製を重ねさせるインセンティブを生じさせるところから、30条縮小による対処が適切なものであるとは到底考えられないところである。
 要するに、「違法」複製への対処が30条縮小によって為されることは、その実効性が殆ど期待できないことに加え、あまりにも甚大な副作用(ユーザーへの負担)をもたらすという下策であると言わざるを得ない。

 「権利者が利用者に対し本当に権利行使できるかという疑念が残るが、今の状況を放置しておくわけにはいかないので、例えば『著作物の通常の利用を妨げるものであってはならず、かつ著作者の正当な利益を不当に害するものであってはならない』との但書を加え、個別の事案に即して違法性を判断するのも一案ではないかという意見があった」とされているが、これが採用し得る対処の本筋と言えるのではないか。
 また、「他人から借りた音楽CDからの私的録音」について30条除外に慎重であるとする根拠 (106ページ) を「私的領域で行なわれる録音行為について利用者との契約により管理をすることは事実上不可能であり、仮に第30条の適用範囲から除外しても違法状態が放置されるだけであること」としているところであり、これはまさしく先の私的録音・録画やダウンロードにも言えることである。
 これまで中間整理において当該複製行為の30条除外の根拠・条件について何ら合理的な説明が為されていない以上、「他人から借りた音楽CDからの私的録音」同様に著作権法改定を見送るべきものと考える。

 よって、30条対象となる私的複製の範囲を狭めるような私的録音録画小委員会の提案には反対である。
【P.107】

第7章第2節2「第30条の適用範囲から除外することが適当と考えられる利用形態」

 私的録音録画小委員会の中間整理では、適法に配信された著作物の私的複製についても30条対象から除外する旨のまとめが為されているところである。「音楽・映像等のビジネスモデルの現状から契約により私的録音録画の対価が既に徴収されている又はその可能性がある利用形態」について「著作物等の提供者が利用者の録音録画行為も想定し、著作権保護技術と契約の組み合わせ等により一定の管理下においてこれを許容しているような実態であれば、著作物等の提供者との契約により録音録画の対価を確保することは可能であり、このような利用形態について仮に30条の適用範囲から除外したとしても、利用秩序に混乱は生じない」としており、まずこの認識で問題が無いのかが疑問として出てくる。
 たとえば配信契約に不備がある場合についてはどうなるのか。現在の配信契約が想定される状況を満遍なくカバーする形で用意されているのかという検討が不足している。あるいは配信事業者がユーザーに対し一方的な禁止を宣言しいた場合(技術的には複製可能であるにもかかわらず、契約でそれ以下の複製のみを許諾する場合)にどのような扱いになるのか示されていない。契約外であれば「違法」行為であると考えるのが自然であろう。
 現状の配信契約について考えても、“許諾”が明示されているのは配信されたものからの子コピーのみであって、孫コピーについては法的位置付けが曖昧であると言わざるを得ない。適法配信からの私的複製で想定される孫コピーはいくらでもある──ある配信事業者から購入した音楽等について、これに対応していない携帯メディアプレーヤーで視聴するため、いったん外部ディスクへ複製したのちに、当該携帯メディアプレーヤーで使えるファイル形式へ変換しなおす場合。あるいは、配信で購入したファイルのバックアップも孫コピーの一種である。そしてこれらの孫コピーは現状の配信契約では触れられていない上、触れられていたとしても(ソフトウェアにおける使用許諾契約のように)技術的に可能な私的複製よりも狭い範囲で契約を結ばされる可能性が高い(その一方で、かような厳しい使用許諾契約が果たして正確に守られているのかという点については甚だ疑問が残る)。
 こうしたことから、適法配信された著作物についても30条対象から除外してしまうことには反対である。むしろ私的複製として築かれたこれまでの法的秩序を混乱せしめる結果となるのは間違いない。


【P.108】

 このページでは、適法配信された著作物の私的複製を30条対象から除外する際の「条件」について示されているが、先のように30条除外が不適切である上に ここで示された「条件」が適切なものとは到底考えられないところであり、この「条件」をもって法改定が妥当と結論づけることはできない。

 まず「現状では権利者は配信事業者との契約により、録音録画に対する対価を確保する必要があることになるが、配信事業者が利用者の録音録画行為について配信事業者に一定の管理責任を負っているような事業形態に限定して第30条の適用を除外すべきである」としているが、ここでの「配信事業者に一定の管理責任を負っている」とはどういう意味なのか不明である。
 それに加え、ここで「一定の管理責任を負って」いないような配信を利用する場合には、私的録音録画補償金との「二重取り」の負担をユーザーが甘んじて受けろという意味にも捉えられる。ということは配信契約の内容を吟味し、ここからの私的複製が30条の対象となるのか否かをユーザー自ら判断する必要があるということでもあり、外形的には同じような配信サービスを受けていながら その契約内容によってユーザー自身も対応を変えなければならないという過重な負担を強いられる結果となってしまう。
 しかも、このような条件を付したところで、やはり孫コピーの法的位置付けが問題となってしまう。対価を支払って購入したものを利用しやすい形式へ変換するだけのことなのに、配信契約次第で違法になったり適法になったりするような利用秩序がユーザーに受け入れられるとは全く考えられない。

 配信契約による30条対象の切り分けを提案する根拠として「利用者の録音録画について配信事業者に一定の管理責任がないような形態まで第30条の適用を除外した場合、利用者が直接権利者と契約できない現状では、違法状態が放置されるだけになり問題がある」との説明が書かれているが、上に示したように配信契約でカバーしきれず「違法」化されてしまう私的複製態様が想定される以上、どうあっても「違法状態が放置されるだけになり問題がある」のである。よって30条除外をそもそも行なうべきでない。
 適法配信された著作物について30条適用除外が提案された理由は、これの私的複製について私的録音録画補償金が課せられることが「二重取り」であるとの指摘があったためである。それを解消するために30条除外を考えるのは下の下の策であると言え、上に指摘したように弊害を招くだけのものである。むしろ私的録音録画補償金の課金対象から外すこととし、適法配信された著作物を私的録音・録画するための機器・記録媒体については補償金返還制度の理由として認めるという形にすれば足りることである。
 なおこの際、補償金の返還を受けるにあたって要する諸費用については補償金管理協会が負担するものとするのが望ましい。そうすれば適法配信の複製に使われる(返還請求が為される可能性がある)機器・記録媒体への課金もそれなりに慎重に行なわれるものと考えられ、課金対象の指定を行なう上での調整も期待できる。
第7章第3節1「権利者が被る経済的不利益」

【P.110】

 権利者が私的録音・録画から受けるとされる「経済的不利益」について、「総体として」というレトリックを用いることを いい加減にやめるべきである。こうした考え方は“塵も積もれば山となる”との結論を導き出したいがために導入されたものに過ぎず、現行著作権法30条が設けられた当時から「零細」であると判断された私的使用目的の複製について、これを有償・自由とすべき理由とは直接結びつかないものである。
 むしろ私的録音・録画の個々の態様に着目し、その複製が著作物(複製物)購入の代替となっているか否か(同一著作物の初めての入手に対価が支払われているか)によって補償の必要性を判断していくべきである。
 私的録音録画小委員会の中間整理においては複数の考え方が併記されているものの、実際の小委員会での審議では私的録音・録画イコール経済的不利益として強引に進められているのが実態であった。これも結局は「総体として」云々のレトリックによるものであり、ユーザーの理解を得るに充分なものとは到底言えないものである。

 もっと根本的なことを言えば、著作権制度によって著作権者(著作隣接権者)のどのような利益を保護すべきなのかというところまで考えるべきなのであって、すなわち同一の著作物について何度もユーザーから対価を得ることを法によって保護する必要があるのか否かをしっかり見定める必要があるのである。
 同一の著作物で何度も対価を得ることを肯定するとするなら、具体的な例で判りやすいのは複製物の中古流通の度に権利者へ対価を還流させるべきか否かであるが、そうした制度が社会通念からかけ離れたものであることは明らかである。同じ著作物を何度も買うかと言えばそれは普通考えられず、仮に買うことがあったとしても、メディアが新しくなっているか何らかの付加価値(リマスターやボーナストラック等)がある場合に限られるのである。文化的に豊かな状態を目指すのであれば、こうした付加価値を模索するインセンティブを確保することが合理的であり、補償金制度のような同一著作物が金を生む制度(改良や二次的著作を抑制した方が儲かる仕組み)は抑制的に考えるのが妥当と言える。

※なお著作物の商業利用についてまで「同一著作物が金を生む」ことを否定するのではない。ここはやはり、どこまでの著作物利用から対価を得られるようにするのが公正なのかという判断によるべきものであるが、商用利用については利用者に少なくない経済的利益が発生しているのであって、そうした利益の一部を権利者に渡すのは当然のことと考えられる(非商用利用の場合には慎重な議論を要する)。しかし私的領域においては、その私的領域に初めて入ってきた瞬間のみに対価を支払うものと考えるのが経済的に合理性があるのであり、同一の私的領域内で同一著作物を複数購入することを前提に制度設計することは社会通念からかけ離れた結論を導いてしまうおそれを強くする。
 現実問題として、私的録音録画補償金制度を含めた私的録音・録画問題の議論の多くはこうした「社会通念からかけ離れた結論」を量産しているものと言わざるを得ない。


【P.112】

 私的録音録画小委員会の中間整理では、私的録音・録画にかかる権利者の経済的不利益についての考え方をアとイとで2つ挙げているのだが、このうち伝統的な考え方であるアについてはユーザーとして納得できないというのが正直なところである。
 私はイの「権利制限することによって、権利者の許諾を得て行なわれる事業(販売、配信、放送等)に与えた経済的損失が経済的不利益であるとする考え方」の立場を取る。「私的録音録画は本来無償で自由にできるものであり、補償金制度は権利者に新たな権利を付与するのと同じであるから、権利付与の前提となる経済的損失が具体的に発生していることを立証することが必要である」と考える。

 ここで明確にしておきたいのは、著作権の伝統的な考え方における「複製権」とは、まだ社会全般に複製機器が普及していなかった時代に商業利用のみを前提として打ち立てられたものだということである。すなわち、この理論では誰もが複製機器を持ち複製することが可能だという世界は想定されていない。
 演奏権や上映権については、非商用・無償の利用行為には権利が及ばないよう制度設計されているが、これは例えば曲を口ずさんだり鼻歌を歌ったり何人もでテレビを見たりすることが広く行なわれるために、こうした著作物利用に いちいち権利行使できるようにすることは社会生活を混乱させかねないという意味で妥当な設計と言える。
 こうした場合と同様に、複製についても、誰もが複製利用が出来るのだという前提の下で私的使用目的ないし非商用・無償の複製について権利を及ぼすべきか考え直すべきである(逆の言い方をすれば、権利者の権利をどこまで及ぼすべきかを考えるということ)。

※もちろん私的領域内での無償複製を無制限に認めよという話ではない。中には「通常の使用」を脅かしかねない複製態様も現実に存在するのであり、これの中で権利を及ぼすべき態様と、補償金で処理すべき態様と、無償・自由で認めるべき態様を切り分ける必要がある。
 具体的には、同一家庭内において同一の著作物に何度も対価を支払うことは通常考えられないことを基本として、正当な対価を支払って入手した著作物については私的複製を「公正」な利用として認め、無償・自由とする(補償金の課金対象から外す)べきものと考える。すなわち購入したり有償レンタル・有料放送を受けたりした場合に、その複製を無償で認めるということであり、かつそれ以後の(私的複製の範囲内の)孫コピーも無償で認めるとすべきである。
 誰もが複製を可能とする世界においては、ユーザーは私的複製できる利便性を込みで著作物(複製物)を購入するのであって、この時に支払われている対価には私的複製分も加味した上で購入の可否を判断しているというのが妥当な認識である。著作権制度が現実に即したものとなるためには、この改善は避けて通れない。
第7章第3節2「著作権保護技術と権利者が被る経済的不利益の関係」

【P.114】

 中間整理では、「技術的保護手段」の付されたコンテンツがユーザーの私的複製を前提として市場に提供されているのかという観点について、「一般にある録音録画制限手段を施したシステムに権利者が著作物等を提供するということは、当該要件(引用者註:権利者の意思に基づき技術的保護手段が施されること)を満たす限りにおいて、著作権法上の技術的保護手段に該当し、権利者は、当該技術的保護手段の下でどのような録音録画が可能化について一定の予見は可能である」としている。
 しかしながら、この論点は「技術的保護手段」を「権利者の意思」に基づいて施した場面のみに限定するのは妥当でない。著作権法上の技術的保護手段には当たらないが権利者自身がそうした制限技術を標榜するもの(中間整理における「著作権保護技術」)や、すでにコピーフリーであることが充分知られていながら なおも市場で利用し続けているもの(CDのようなパッケージメディア)についても、ある程度の私的複製が行なわれている実態を権利者が把握しながら市場で活用しているという現実がある。いわば“ザル”の状態であるメディアを自らの意思で選択しておきながら、私的複製されるとは知らなかったなどと主張するのは現実を反映していない。
 とりわけCD・ SACD ・ DVD-Audio ・ DVD-Video ・ HD-DVD ・ Blueray Disc ・各種音楽配信等々、さまざまな選択肢がある上で権利者自らが選んだコンテンツ仕様である。一部サービスについて選択的にコンテンツ提供を拒否するようなことをしている実態を考えれば、CDのような比較的 制限の緩い仕様での市場提供についても権利者の意思というものを認めることは可能だ。つまり購入ユーザーの私的複製を明確に意識した上で流通しているのである。

 なお同ページにおいて、音楽CDと映画 DVD との扱いをわざわざ変えるような記述「現状でも、著作物の性質上繰り返し視聴する必要性が少ない、ごく少数の複製であっても権利者に大きな被害が生じる可能性があるなどの特別な理由があるもの(例えば劇映画のDVD)」が掲載されているところであるが、実際問題として音楽だから繰り返し聴かれ、映画だから繰り返し鑑賞されないとの考え方は実態を反映しているとは言えない。なぜなら、映画もまた繰り返し鑑賞され得る著作物のひとつであり、またユーザーは同じ映画に何度も金を払うとは考えられない(すなわち一度買えば充分であって私的録画する必然性が高い)からである。これは私的録画が「権利者に大きな被害が生じる」というのではなく、もともと期待できない利益まで著作権によって保護しようとしているのに過ぎない。
 今では iPod を始めとした携帯プレーヤーで映画等の動画も視聴できるようになってきている。“先進的”なユーザーとなると、自己で所有する DVD から映画を私的録画(変換)することで持ち歩きを可能にするという視聴方法を選択する者も少なくない。こうしたことを考えると、もはや DVD を複製禁止されたものとして扱うのは実態と乖離しており、ここで採用されている著作権保護技術が技術的保護手段に当たらないことも踏まえ プレイスシフト目的の私的録画という観点から検討し直す必要がある。
 よって自らが正当な対価を支払って入手した映画著作物 (DVD 等)についてもプレイスシフト用途の私的複製を認めるべきであり、これを無償・自由とすべきである。
第7章第3節3「補償の必要性の有無」

【P.117】

 他人から借りた音楽CDからの私的録音について、権利者への不利益が認められるとの趣旨でまとめられている。しかしこれを受けて「レンタル料金には私的録音の対価は含まれていないという認識に立てば、レンタル業者から借りた音楽CDの場合も同様である。また図書館等から借りた場合も同様である」としており、この論理飛躍は看過できないものである。
 「レンタル料金には私的録音の対価は含まれていないという認識」については確かにレンタル業界からヒヤリングにおいて当事者が認めている旨が確認されているが、実際問題として著作権法で貸与権が創設された際にはレンタルレコード(レンタルCD)からの私的録音が大前提となって国会審議が行なわれている事実がある(著作権法改定による貸与権付与の前段階として、貸レコード暫定法の存在も忘れてはならない)。こうした経緯を考えれば、レンタル料金に私的複製分の対価が含まれているとの解釈も充分に可能であり、当該複製による権利者への不利益を単純に認めることは出来ない。
 また、図書館から貸し出されたCDについても、国民の知る権利を保障する最低限のサービスとしての性質を考えるのなら、既に入手不可能となった著作物を入手できる機会である場合も含め、貸与(および利用者の私的複製)によって権利者へ不利益を与えているとは考えるべきではない。限られた予算内で購入された僅かなCDが貸し出されているに過ぎず、比較的長い貸出し期間が設定されているなど著作物利用として極めて軽微である点をむしろ考慮すべきである。

※図書館からの貸出しについて安易に結論を出すことは慎まなければならない。なぜなら、こうした図書館サービスによる「不利益」(あればの話だが)は公貸権の議論とも密接に関わってくるからである。現実問題として公貸権は私的複製とも密接に結びついており、私的複製だけ独立で議論することは妥当でない(状況変化如何によっては公貸権にかかる報酬と補償金とが二重で課金される可能性すらある)。
 著作権法において貸与権は無償貸与に及ばないこと、レンタル事業者への使用料請求に正当性があるのは この事業が商行為であって僅か数日単位で頻繁に貸し出されるためだということ、そうした違いを無視してあっさりと「同様である」などとしてしまう杜撰さには呆れる他ない。

 タイムシフティング用途の私的録画についても、杜撰極まる まとめである。
 「放送時点で投資回収は完了していること、放送番組の二次利用は進んでおらず、録画によって正規品の購入や再放送の視聴が妨げられるとはいえないこと等から、権利者が経済的不利益を被っていることに疑義を示す意見もあった」と妥当な意見を紹介しておきながら、後段で「タイムシフト録画以外の録画実態も多いと思われ、両者は区別し難いこと、映像作品はごく少数の録音録画でも権利者に与える不利益が大きいといわれていること、映画や放送番組の録画は前述の意見にかかわらず二次利用に影響があると考えられること」などという根拠にならない根拠を持ち出して否定している。
 しかしながら、映像の方が(音楽よりも)不利益が大きいとする主張などは業界関係者の勝手な論理であって、同一家庭内で同一著作物を購入することは一度だけ考え得ること、そして同一著作物を何度も購入させるためには常に付加価値を付ける努力が求められていること(そしてそれは著作物流通を豊かにするために資すること)を考えると、映像についても音楽同様の保護にとどめておくのが妥当なのである。
 また、放送番組においては、それが DVD 化される保証が一切なく、かつ吹替版洋画のように制作のたびに差異が生じてきて録画保存が望まれる(パッケージとして流通する見込みが全く立たない)ものが多く存在することも考慮すべきである。端的に言えば、放送で流れている番組がそのまま DVD 化されることなど(追加映像が用意されることも含めて)ごく稀なのである。


【P.118】

 対価を支払って入手した(CM視聴と引き替えに受信する放送番組も含む)コンテンツをプレイスシフト・メディアシフト・タイムシフトすることについては権利者の経済的不利益を認めることができない。また、私的録音録画小委員会の中間整理ではこれを否定するだけの有力な根拠を示すには至っていない。
 しかしながら中間整理では「仮にプレイスシフトやタイムシフトの録音録画が与えている経済的不利益が充分立証されていないとしても、利用者が行う私的録音録画は、一般的に特定の利用形態に限定されるわけではなく、例えば他人から借りた音楽CDからの録音などの形態や録画物の保存、更には他人(特定者)への録音物・録画物の譲渡が存在することは否定できないことから、一人の利用者の行う私的録音録画の全体に着目すれば、経済的不利益を生じさせていることについてはおおむね共通理解があると考えられている」としている。これは噴飯ものであり、認めることはできない。

 なぜなら、たとえば多くCDを所有する者はわざわざCDを借りてきて私的録音する必要は無いからである。年に何十枚から数百枚のCDを購入していくようなユーザーは、自分で所有するCDをプレイスシフトして聴くだけで可処分時間を費やしてしまう。レンタルCDや他人から借りたCDを聴くようなユーザーであれば、購入するCDもそれなりの数であって、おのずと借りたCDの視聴割合が(多く購入するユーザーに比して)大きくなるのである。
 中間整理でのまとめは、多くCDを購入するユーザーにも補償金を課したいがための言い訳を捻り出したものに過ぎない。

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2007年11月15日 (木)

著作権分科会パブコメ募集中 ──ホットトピックは非親告罪化と「ダウンロード違法化」

 採りあげるのが実に遅れまくっているわけですが。
 当初から予定されていた通り、 10月16日より 文化審議会著作権分科会の中間報告に対するパブリックコメント募集が実施されています。2つの募集が並行して行なわれており、ひとつは法制問題小委員会の「中間まとめ」を対象とするもの、もうひとつが私的録音録画小委員会の「中間整理」を対象とするものです。

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000283&OBJCD=&GROUP=
「『文化審議会著作権分科会法制問題小委員会中間まとめ』に関する
 意見募集の実施について」
(e-Gov. :意見募集中案件詳細)

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000284&OBJCD=&GROUP=
「『文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会中間整理』に関する
 意見募集の実施について」
(e-Gov. :意見募集中案件詳細)

 それぞれに募集要領が用意されており、送付先も異なっていますので御注意あれ。意見募集の対象となる文書もそれぞれありますので上記リンク先より入手してくださいね。
 〆切はいずれも 11月15日、 「必着」とのことです。木曜日の〆切ですから、ひょっとすると日付が変わるギリギリでの提出も想定しているかも判りませんね(極端な話、翌日に担当者がメールチェックする時点までの余裕ありと見て送る裏技も‥‥すみません、私過去にやったことがあります)。もっともメールってやつは若干の遅れもあり得るので、早め早めに送っておいた方が安全であると思われますけれども。
 意見には「個人/団体の別」「氏名/団体名」「住所」「連絡先」「該当ページおよび項目名」を付すよう指定されています。詳しいことは募集要領を参照のこと。また、メールの件名を対象資料に応じて「法制問題小委員会中間まとめに関する意見」「私的録音録画小委員会中間整理に関する意見」とするようにとの指示もあります(前述の通り、送付先メールアドレスが異なっていますよ)。
 送付した意見は、ここのところの意見募集を見たかぎりでは「氏名、住所、連絡先を除いて公表され」るのが通例です。このあたりを想定して意見を書かれるのがよろしいでしょう。ヘタに過激さに走ったりすると、某パブリックコメントの結果発表で晒されてしまって後で撤回するハメになった某AJのようなオチになりかねません。御用心、御用心。

 この記事は、〆切日付けとして上げておきます。当分は当ブログのトップに表示される筈です。何か追記すべきことがあれば更新していこうかと考えています。
 私自身、意見をまとめる過程をここで公開しながらやれたらと思っています。最近はブログの更新も滞りがちではありますが、パブコメにできるだけ注力し、その成果をブログに反映するつもりです。

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2007年10月23日 (火)

「みゃう」っと、公式サイト探検。

http://miau.jp/
「MIAU : 公式サイト」

 話が前後してしまいますけど、 MIAU の公式サイトについて。
 開設以来、次々とコンテンツが増えていっています。中には内容がほぼ同じものが別形式で掲載されていたりするなど、正直 現場の慌ただしさを感じさせるところもあったりして(っていうか、読んでる私が混乱してるだけなんですが)。ともあれ、私自身のメモとしての意味合いもあり ここで現時点での内容をピックアップしておきます (2007年10月22日現在)。

※余談ですが、 MIAU の表記って結構悩み所だったりしません? ロゴを見ると 「MiAU」 ってあるんですよね。しかし公式サイトの文章内では 「MIAU」。 ロゴの方はデザイン上の判断でこうしたと割り切って、プレスリリースや公式サイトで使われている 「MIAU」 の方で私は表記したいと思いますが。

http://miau.jp/1193041200.phtml
「MIAU設立発表会アーカイブ (2007年10月18日)」
(MIAU)

 MIAU についての説明としては、設立発表会に関する上記ページが究極のものと言えるでしょう。講演資料・発表会映像・その他資料へのリンクが用意されています。
 講演資料の方は、「組織概要及び活動方針説明」PDF・ 「インターネット時代の政治参加について」 HTML・ 「ネットユーザーとデジタルコンテンツ、未来への課題」 PDF ──の3つ。最初の「組織概要〜」は記者発表で津田大介さんがスクリーンに映して説明していた資料(なお組織概要自体は公式サイトにもまとめられいますのでそちらも参照のこと)、「インターネット時代の〜」は白田秀彰先生が講演した内容(これは「アーカイブ」掲載の前から公式サイトに上げられていました──リンク先自体がそのページです)、「ネットユーザーと〜」は小寺信良さんが講演した内容かと思われます(最後の小寺さんのだけはまだ読めないんですね‥‥どういうわけかパスワードを要求されてしまいまして)。

※この記事を上げた後に、上記小寺さんの PDF がダウンロード可能になりました。講演の際にスクリーンに映されていた資料でした。(この段落のみ追記 2007.10.23。)

 記者会見の模様が YouTube に掲載されていて、そこへのリンクも張られています。これがオフィシャルの映像、ということになりますね。わざわざ「オフィシャルの」と私が呼称してるのは、実は発表会へ出席された方で映像をアップされた方もいらっしゃるからなんですね(最初の映像がこれ。あとは順番に辿ってください)。私は今のところ公式版だけを見ていて、非公式版は未見。公式版に映っていないものがあるか楽しみに見るつもりではありますけれども。

 次に「その他資料」。
 まず「設立主意書」 PDFHTML 版もあります)。公式サイトでは先に「設立趣旨」が掲載されていましたが、これは「設立主意書」から抜粋したもののようですね。まだお読みになっていない方は「設立主意書」の方だけを読めばOK。
 「発起人一覧」も公表されました。実は後で述べるプレスリリースにも発起人 11名 の名前が書かれているのですが、とりあえず HTML で読む場合にはこちらで。
 「講演者プロフィール」 PDF は、発表会に登壇された方のうち津田さん・白田先生・小寺さんの御三方のプロフィールがまとめられています。
 「プレスリリース」 PDF では、設立発表会の案内として「組織の目的」「組織概要」「設立発表会概要」「発起人」そして問い合わせ先が掲載されています(余談ですが、 MIAU の事務局は津田さんの会社・ネオローグの中に設けられているようですね。なるほど)。なお発表会に先立ち、公式サイトでも発表会の案内が掲載されていました。

 「アーカイブ」とは少し離れるのですが、設立発表会に関連して「設立発表会の報道・報告リンク」も紹介しておきます。各ネットメディアでの報道、また発表会に参加されたブロガーさんの記事がリンクされています。




■その他のページ

 上記「アーカイブ」の他のコンテンツについても紹介しておきます。新しいのから順番に遡る形で──

 「賛同人・賛同組織一覧」。読んで字のごとくです。池田信夫氏・竹熊健太郎氏・田中辰雄氏・山形浩生氏そしてロージナ茶会の名が今のところ列記されています。今後も増えていく形なんでしょうね。

 「メールマガジン登録開始のお知らせ」。明日23日からメールマガジンが発行される予定とのことです。購読登録フォームが用意されています。なお MIAU のプライバシーポリシーについてはこちらを参照のこと。

 「翻訳プロジェクト協力のお願い」。 MIAU の活動を国内だけでなく海外とも連携させていくために、英語での情報発信も予定されているとのことです。そのために協力者を募集しています。さらなる詳細については、発起人・八田真行さんのこちらのブログ記事を参照のこと。

 現時点ではこんな感じですね。

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「ユーザー団体」設立 ──『CONTENT'S FUTURE』 ×ロージナ茶会=猫!?

 発起人の方々のブログやソーシャルブックマークや各種ネットメディアで採りあげられているので御存知の方も多かろうとは思いますが、 「Movements for the Internet Active Users」 通称 MIAU (ミャウ)というユーザー団体が発足したそうでして。発起人として 11人 が名前を連ねていて、そのうちの津田大介・小寺信良・白田秀彰の三氏が記者会見に臨まれたとのこと。
 このタイミングで、というのは文化審議会著作権分科会が行なっているパブリックコメント募集に合わせたというのが大きいようです。現に、当面の活動内容としてパブリックコメント対策も挙げられています。

 津田大介さんと小寺信良さんは、著書 『CONTENT'S FUTURE』 関連イベントを始めとして随所でユーザー団体の必要性を訴えてきました。それが、同じように「インターネットの法と慣習」を標榜しユーザーの政治参加を提言してきた白田秀彰さんの主催するロージナ茶会と合流することで、電撃的に団体設立へと至ったようです。
 公式サイトも既に稼働しており、設立に関したさまざまな情報が発信されています。まぁ各種報道を読む前に、こうした一時資料に当たることをまずはオススメします。そして、公式サイトでは参照できない部分を報道で補足するつもりでいるのが丁度いいのではないかと思います(まぁ既に設立発表会の模様は動画配信されていますので隙が少ないとも考えられますが)。

http://miau.jp/
「公式サイト」
(MIAU)

http://miau.jp/1192544100.phtml
「組織概要」
(MIAU)

http://miau.jp/1192633202.phtml
「設立趣意書」
(MIAU)

http://miau.jp/1192676340.phtml
「発起人一覧」
(MIAU)

http://miau.jp/1192708800.phtml
「MIAU 設立発表会講演録(1)」
(MIAU)

 なお「講演録(1)」は白田秀彰さん(と言うか、法政大学准教授ですから「白田先生」の方が私にはしっくり来るのでそう表記することにします)が設立発表会で講演したものの原稿です(だと思います)。これを読みながら映像もチェックするとより理解が深まるでしょう。
 「設立主意書」は白田先生の手によるもので、「講演録」と合わせてぜひお読み頂きたい内容。実は余力のある方には、 Think C サイトにある「ほんとうの知的財産戦略について」 (PDF 版もあります──っていうか、これがオリジナル)もお読みいただきたいんです。知的財産法からどうしてこうした団体設立へと至るのかがよく理解できる筈です(この理解を得る究極の助けは白田先生の著書『インターネットの法と慣習 かなり奇妙な法学入門』だとも思うのですが‥‥さすがにそこまでは深追いせず先に進みます)。
 上記の文書で基本事項を押さえれば、報道記事に当たっても誤解する余地なくスムーズに理解できると思います。どうしても記事ってやつは舌足らずになっちまいますからね。

http://ascii.jp/elem/000/000/076/76432/
「『みゃっうみゃうに盛り上げたい』──インターネット先進ユーザーの会が発足」
(ASCII.jp)

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/10/18/17236.html
「ダウンロード違法化に反対」新団体MIAU設立で協力呼びかけ
(INTERNET Watch)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0710/18/news093.html
「ネットユーザー団体 『MIAU』 設立 まず『ダウンロード違法化』反対へ」
(ITmedia News)




■ネットでの一部の反応を見て

 はてなブックマークや個人ブログの反応をチラチラ見た感じでは、若干ネガティブなものも散見されたりします。曰く、この団体が本当にネットユーザーの代表たり得るのか、団体の日本語名が「インターネット先進ユーザーの会」とされているけれども「先進」ってどーよ、「みゃう」って何で猫やねん、とかとか。
 まぁ私的には〈今の MIAU で良いじゃん〉ってのが基本スタンスなんですけど。

 まず団体というものについては、これがネットユーザー団体として唯一のものである必要性など無いわけですし、あくまでも団体の結成は手段でしかないわけですよ(唯一の団体を作ることが目的ではない)。ユーザーが声を挙げていくための触媒になりさえすれば当初の目的を果たしていると言ってもいい。その先も勿論 目指しているとは思いますがね。
 ネットユーザーを代表し得るのか、また意見を集約することが可能なのかについては白田先生が発表会見でズバリ発言されています(下記引用は ITmedia 記事から。リンク既掲)。

「ネット全体を代表するような統一的な組織にするつもりはない。異なる意見を持つ人や、著作権法以外の分野が得意な人がいれば、別の組織を作って主張してほしい。こういった組織がたくさんできるといい」(白田准教授)

 次に「インターネット先進ユーザーの会」の解釈。まぁ正式な名称は 「Movements for the Internet Active Users」 の方ですから、あんまり「先進」にこだわってチクチクやるのもどうかと自分では思うのですが。
 「Active Users」 をどう訳すかというのがまず先に立ちますか。私は英語が苦手なので間違い等あったら指摘いただきたいのですが、 「Active Users」 の語感からすると「実動ユーザー」が比較的近い気がします。また 「Active」 の語に活動的なイメージを託したいのであれば「行動するユーザー」という語の充て方もできます。
 「先進」の語に対する違和感というのは、おそらく「進歩的」とされるもの(言論とか)を連想させることによるものではないかと思われます。変に「選民意識」がどうのとかいう反応もあったりしますしね。しかしそれは考えすぎってもので、先の「進歩的」とされる思想や言論はその時代の流れの中でむしろ保守性が顕在化していたり、あるいは「プログレッシブ」と呼ばれるロック音楽の「先進」性などもはや誰も信じていなかったりしている(その時代その時代で「先進」だとされるものは存在し得ますが、時代を超えて「先進」であるものを想定するのはちと難しいですよね)現在、そこまで過剰に反応すべき言葉なのか疑問だったりします。
 まぁ「前進するユーザー」的な意味合いにも取れないかなぁと思ったり。津田さんは「前衛」って選択肢も後出ししていますね。あ、はてブでは「先進」についてもコメントも
 英語名と日本語名で意味に食い違いがあるのはどうだという指摘もできなくはありませんが、むしろ私などは名称の意味づけに幅を持たせている点で評価しています。

 なお団体名に込めた理想を、発起人の一人である崎山伸夫さんがブログで解説されています。これも合わせてお読みいただければ。



http://blog.sakichan.org/ja/2007/10/18/miau_startup_and_rfc3271

「MIAU設立: インターネットを(未来の)みんなのものにするために」

(崎山伸夫のBlog)

 残る疑問は、〈な、何故に猫!?〉ってことなんですが──




■ミャウ、と月を背に駈ける

 公式サイトにはロゴとともにイラストも掲げられていまして、まぁこれが猫なんですわね。だから私もサイトを見ての第一印象が〈な、何故に猫!?〉だったりするんですけど。いや猫の写真を“肖像”に使ってる私が指摘する筋合いのことでもありませんわ(笑)。
 MIAU (ミャウ)の略称ありきで そこから団体名やイメージを発展させていったっぽいのですが(発起人のひとりである id:inflorescencia さんの話)、最終的には猫のロゴマークを使っているわけですから いずれはその説明なんかもしてもらえると面白いかも知れませんね。もっともな説明ができるのか腕の見せ所。なぁに、ドラえもんの耳がどうして無いのかとか、有名だけど実は後付でできた設定なんていくらでも存在するんですから。

 ちなみに私は、 MIAU が猫のイメージを使っていることを支持しています。自分なりの解釈が見つかっているからなんです。団体の志からすれば猫ってぴったりじゃん、と。
 こんな感じ──

「ネコは自由の象徴。
 ネコは確固たる自我の象徴。
 ネコは柔軟性の象徴。

 物腰は柔らかだが
 相手に一線を越えさせない。
 猫撫で声を出していても
 鋭い爪を隠し持っている。
 共生を志向するが
 従属を選択しない。」

 では、 MIAU の発展を祈り、また自分の最大限の協力を誓って。

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2007年10月14日 (日)

パブリックコメント開始間際の準備として

 明後日 16日から、 文化審議会著作権分科会が出した中間整理(私的録音録画小委員会)および中間まとめ(法制問題小委員会)に対するパブリックコメント募集が行なわれる予定です。これへの準備として、私的録音録画小委での議論の方をまとめてくださった方がいらっしゃいましたので、とりあえず御紹介をば。

http://d.hatena.ne.jp/picas/20071013/1192266949
「私的録音録画小委員会での著作権法第30条の議論の流れを整理してみた」
(picasの日記)

 私自身が思うように動けない有様なので、こうした方が出てきてくださると非常に助かります。
 ぜひこの問題に興味のある方はご一読ください。

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2007年9月10日 (月)

津田大介さんは闘い続けている。

 文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会では「中間整理」に向けて議論が大詰めになっているところなんですが、 ITmedia での報道がきっかけでちょっと物議をかもしてしまった事柄があったりして。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0709/05/news073.html
「補償金はDRM強化よりまし?——私的録音録画小委員会で議論」
(ITmedia News)

http://xtc.bz/index.php?ID=472
「『ダウンロード違法化/iPodの補償金対象化』がほぼ決定した件と、
 ITmediaの記事で抜粋されている発言についての補足」
(音楽配信メモ)

 要は、 ITmedia の宮本記者が、「DRMが強化されるか、補償金を支払うかの2択なら、補償金を支払う方を選ぶ」と津田大介委員が小委員会で発言したと報じたことで起こった混乱なのですね。その前提となる考えをすっとばして報じてしまったがために。
 ちなみに今では当該部分は次のように訂正されています(その前の文章は私の前の記事で引用していますのでそこを参照のこと)。もし未読の方がいらっしゃいましたら御確認ください。

 IT・音楽ジャーナリストの津田大介さんは「録音・録画に使わない機器からも補償金を徴収されるのは、消費者として納得できない」とし、もし徴収するのなら実効性のある返還制度が必要と主張する。さらに「補償金制度の維持・拡大が避けられないなら、機器1台当たり十円など消費者に負担感がないほど安価に設定した上で、家庭内の私的複製が現在と同様、自由に行えることが必須」と主張。「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある。DRMが強化されるか、安価な補償金を支払う代わりに自由に私的複製できる状況を取るかの2択なら、補償金を支払う方を選ぶ」とも語った。

 最初からこれだったら、まだしもマシだったのかも判りませんがね(私が宮本記者に対して書いた批判を撤回するほどのものではありませんが)。

 なお津田さんの真意は『音楽配信メモ』の記事で書かれていますので、それも引用しておきますか。

さて、問題となっている記事中の「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある。DRMが強化されるか、補償金を支払うかの2択なら、補償金を支払う方を選ぶ」という発言だが、これは確かに俺は言った。

(中略)

えーと、細かい発言はあとで文化庁のサイト上で議事録公開されるので、それを追ってもらえばと思うけど、「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある」という発言の前に俺が言ったのは「この2年間のなかなか進まない膠着した議論を見てきて僕が思うのは、そもそも論的なものが有効に機能してもし補償金がなくなったら、権利者の人たちは確実にDRMを強化してくるだろうなということ。良い悪いではなく、そういう厳しいDRMが普及する状況になって消費者が自由にコンテンツを楽しめなくなるのなら、返還制度がきちんと実効的に機能する枠組みがある上で1台あたり数十円とか上限を非常に安く設定して補償金を払い、その上で家庭内の私的複製を阻むようなことを権利者がしない……つまり補償金がなくてDRMが厳しい世界と、広く薄い(十分に安い)補償金払って家庭内ではコンテンツを自由にコピーできる世界の二択しかないなら、僕は後者を選ぶ」というような趣旨のこと。細かい発言とは多分違うかもしれないけど、少なくともそういう意図があってかなり細かい条件を付けて、この話をした。

あともう1個重要なのは、この話が椎名委員から「賛成だ」と言われたので、それに対して釘を刺す意味で「ただし、補償金払って良いとさっき僕が言ったのは、返還制度が機能して、十分に安い補償金で、さらには家庭内では自由にコンテンツのコピーができるような環境を権利者がきちんとユーザーに対して保証するという前提があれば、という話。少なくとも今議論の俎上にのぼってる「著作権法30条を改正して、ネット上に上がっている違法著作物のダウンロードを私的複製の外に置いて、ダウンロードする行為を犯罪化させるような状況だったら、補償金払うことは飲めませんよ」という趣旨の返答をしている。

つまりこれは、現実的には文化庁の思惑や権利者の主張とこの審議会の審議の動き方を見るに、「補償金なくしてDRMバリバリの世界にいくか、補償金払う代わりに今までの私的複製の自由な範囲はいじらない」という二択しか(この審議会においては)現実解として存在しえないだろう」と俺が判断して、そんな状況に対してある種皮肉混じりで発言した部分もあるわけです。

 では、なぜこのような発言をせざるを得ない状況になってしまったのか。




■私的録音録画小委員会のこれまでの流れ

 詳しい話は議事録を参照していただきたいのですけれども。
 基本的に、私的録音録画補償金をめぐる議論の主要課題としては「著作権法第30条の対象となる私的録音・録画の範囲の確定」と「私的録音・録画が本当に補償の必要な行為なのか」という二点が挙げられます。で、前者の議論から出てきたのが「違法複製物・違法配信からの私的録音・録画を第30条対象から除外する」「適法配信からの私的録音・録画を第30条対象から除外する」という話でした。こうした、著作権第30条(私的使用目的の複製)の対象を狭めるという考えに対しては津田さんを始めとした委員から疑問の声も挙がっているのですが、(そうした声が少ないこともあって)これを無視し進めてしまう流れが出来てしまっています。
 後者についても、(補償の必要性を示せという)そもそも論の要求がメーカー・ユーザー側から挙がっていたにもかかわらず、結局「仮に権利者の不利益があるとした場合の制度設計」という詭弁が持ち出され、補償金制度存続・拡大を前提に議事が強行されてきたということが言えます。

 そして私的録音録画小委員会の現在、なんですが。
 10月の著作権分科会での報告に向け、「中間整理」をまとめる議論に入ってしまっています。それまで残された会合は2回、補償金制度についての議論にあらかた充てられてしまうでしょうから、津田さんが仰るように第30条縮小問題の方向性が「中間整理」までに転換されることは無いでしょう。
 著作権分科会での報告で「中間整理」が了承されたら、これについて意見募集が実施されます。国民が直接意見を述べる唯一の機会と言っても良いです。おそらく10月中旬です。

 第30条関連については、もはや小委員会の外で議論を巻き起こすしか無くなってしまいました。今そうしたフェーズにあるのが正直なところなのです。津田さんもこの法改定の動きに対して警鐘を鳴らし、パブリックコメントの提出を呼びかけ始めていらっしゃいます。

http://ascii.jp/elem/000/000/065/65719/
違法コンテンツのダウンロードが“罪”になる
(ASCII.jp)

 第30条縮小について注意すべき問題点が上の記事で述べられています。これを読んで、法改定に納得できない方はパブリックコメントの提出を御検討ください。もし本気で止めようとするなら、審議会で議論されている段階で食い止めるしかありません。

 ちなみに、第30条縮小に関する私の見解はここに書いてあります。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/04/post_2bb1.html
「私は、国民が文化に触れ、文化を語り、
 文化を受け継いでいくことを妨げる法改定には反対します。」
(エンドユーザーの見た著作権)

 ただし私の上の記事は、書いた当時(今年4月)時点の知識で書いていますので、今の知識で考えているのと若干の違いがあります。上記リンクの津田さんの話にもあるのですが──

●今回30条から除外されたとしても、その行為について刑事罰は科せられない。
●今回の除外は「録音・録画」に限定される。

 ということを念頭において読んでいただければ幸いです。
 それでも私が危惧している「国民が文化に触れ、文化を語り、文化を受け継いでいくことを妨げる」事態に陥りかねないという見解に変更はありませんけれども(上記2点の“限定”をもってしても、ユーザーが民事訴訟を提起される可能性が残ること、他の著作物に対象が拡大しかねないこと等の問題がなおも残っているというのは津田さんの発言にあった通りです)。




■「二者択一」と「死に至る病」

 最初の、私的録音録画補償金と DRM との関係の話に戻ります。
 これを考えるにあたり、まず前提とすべきことがあります。
 ──補償金制度と DRM というのは並存してしまっているのですね、現状。

 本来は「ユーザーが私的録音録画補償金を支払うことで私的録音・録画の自由を維持する」との名目で導入された制度ではありました。しかしコピーワンスであったり「コピーコントロールCD」であったり、補償金制度の下で私的録音・録画の自由を脅かすような実態