2009年7月 7日 (火)

委員らと事務局との思惑がずれていく一方 ――基本問題小委員会#2

 6月30日に、文化審議会著作権分科会の「基本問題小委員会」(以下、基本小委)の第2回会合が開かれた。文化庁のサイトには、当日配布された資料がアップされている(議事録の方が上がるのはもうしばらく後ですな)。

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/kihon/h21_06/gijiroku.html
「文化審議会著作権分科会基本問題小委員会
 (平成21年第2回)議事録」
(文化庁)

 基本小委の第1回会合が4月20日。第2回まで2ヶ月強の間が開いていたことになる。今後もこのペースで2ヶ月置きにやるのか、他の小委員会のように月1回のペースへ持っていくのかよく判らない。もし次回も2ヶ月後だとしたら、基本小委が今年度中議論に費やせる時間はかなり少なくなる。
 時間が限られるとなると、実のある議論をするには事務局側で課題設定と議事進行をテキパキやらないといけない。しかし第2回の議題として事務局が用意したのは、第1回の委員のフリートークを要約したもの(資料1)と、それを抽出する形でヒアリングを行なう提案にまとめたもの(資料2)だった。特に会合で使われたのは実質的に後者、A4ペラでたった1枚だけだ。そこから一歩進めて何かを始めるのではない、A4ペラ1枚を了承するかしないかで1回の会合が費やされたのである。

文化審議会著作権分科会
基本問題小委員会(第2回)議事次第

日時 平成21年6月30日(火)
   10:00~12:00
場所 虎ノ門パストラル 新館5階 「ローレル」

議事次第
1 開会
2 議事
(1)主な論点に関する議論の状況
(2)今後の議論の進め方について
(3)その他
3 閉会

配付資料一覧
資料1 前回の小委員会における主な意見の概要(PDF
資料2 想定される論点と今後の議論の進め方(PDF

(参考資料)
参考資料1 文化審議会著作権分科会基本問題小委員会 委員名簿
参考資料2-1 第3期知的財産戦略の基本方針
(2009年4月6日 知的財産戦略本部)(著作権関係部分抜粋)
参考資料2-2 知的財産推進計画2009(著作権関係部分抜粋)
参考資料2-3 「第3期知的財産戦略の基本方針」「知的財産推進計画2009」対照表
(著作権関係部分)
参考資料3 著作権法施行令等の一部改正について
参考資料4 法制問題小委員会における主な意見の概要

 資料2「想定される論点と今後の議論の進め方」で事務局が示した今後の方向性として、ヒアリングを中心に進めながら「文化振興に関する施策の体系の中で、著作権制度が担っている意義、役割はどのようなものか」という広めの議題が設定された。この提案そのものを詰める意見は委員から出ず、結果的には原案通り了承された。
 この提案で想定されているヒアリングの趣旨と対象者は必ずしも明らかではない。同資料の中で「まずは、関係分野の有識者や、著作物等に関連する事業を行っている事業者等からヒアリングを実施し、上記の点(引用者註:後述のヒアリング項目)について、事情を聴取してはどうか。(デジタル化、ネットワーク化の進展前後での変化があれば、それも含めて)」とある。対象も、「関係学問分野の有識者(著作権法学・文化政策学等)」「コンテンツ関係事業者、情報技術関連事業者」「文化関係団体、経済団体」とのこと。なお人選は主査・事務局に一任される。
 これらの記述だけで何か判るだろうか? ヒアリング項目も以下のような内容だが、これとてかなり漠然としている。

1 文化振興施策で、著作権制度が担っている意義・役割
2 表現手段・流通手段の変化のもと、著作権制度の果たす役割に変容が生じているのか
(たとえばデジタル化・ネットワーク化の進展)
3 解決の得られていない課題を含め、今後の著作権関連施策でとるべき方向性
(他の文化関連施策・ビジネススキーム・技術的手段との関係も)

 話し合うネタの大枠だけ決めておいて、あとはヒアリングをしながら流れを考えよう——といった仕切りに見える。

 こういう一見悠長にも思える議題設定は、事務局(文化庁)の趣旨が「著作権の基本的問題を大所高所から議論する」という点にあることの反映なのだろうが、こうした議事進行に対して個別具体的な事案を議論させろという委員意見が相次いだ。個別具体的な事案、つまりフェアユースや私的録音録画補償金・保護期間延長などについてだ。
 事務局と委員とで基本小委に臨む姿勢が大きく食い違っている様子は、報道で伝えられている部分からもよく窺える。

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20090630_298560.html
「不満噴出の『基本問題小委員会』、著作権見直しの行く末は」
(INTERNET Watch) 2009.6.30

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20090630/332951/
「複数委員から議論の迅速化を求める声,
 著作権法の基本問題小委員会から」
(ITpro) 2009.6.30

 基本小委の性格を考えるのに、法制問題小委員会や国際小委員会といった同列の委員会と比較するよりも、むしろ親会である著作権分科会に目を向けた方が理解しやすい。基本小委の委員はほとんどが著作権分科会の委員も兼務しているからだ。
 もともと著作権分科会は、その下の小委員会で具体的議論をした結果報告を受けた後で、それに分科会委員がコメントしつつも報告書の内容自体は原案通り認める“承認機関”のようなものとして運営されてきた。したがって分科会委員の意見はなかなか小委員会での議論に反映されない不満などもおそらくあって、〈自分らに議論させろ、決定権をよこせ〉とばかりに意見が出たのを受け文化庁が基本小委を設置した次第である。
 この、基本小委を設置したきっかけになった分科会委員の発言は、基本小委第1回の配付資料からも窺える。実際の委員発言は同会合の議事録(PDF)で参照できるのだが、ここではあえて基本小委で配布された事務局側の要約の方(第1回会合配布の参考資料4・PDF)を引く。この方が事務局の意図も垣間見えるだろうと思えるからだ。

(今後の文化審議会著作権分科会について)
○ 結論の出なかった問題について、そもそも論に帰る、別の枠組でやるとしたら、文化論のようなものを議論するべき。小委員会でいろいろ議論するのはいいが、その小委員会の議論の中に、場外で行われている議論を持ち込んで、それを分科会の方に上げてくるというのは、何か普通とは違う形式に感じた。親会としての分科会は、きちんとした見識を持って議論をしたいので、重要視していただきたい。

○ 全てに関して法改正を基に話が始まって、全体像を考えて、最後法改正に戻るというふうな、法律をどう変えていくかということを中心に、審議会や各小委員会での検討がなされているような感じがした。審議会でそもそも論、全体像を見るところから、その一部分として法改正がある。制度も考えられる。そのあたりの検討をこの審議会で行い、さらに専門的な部分を小委員会に委ねる。そういう議論の在り方自体を、もう少し考える時期に来ているのではないかという気がした。

 この発言をした委員の意図からすれば、「そもそも論」や「文化論」というのは単に自身の主張を補強するものでしかなく、結局のところは自分たちが議論の当事者に加わりたいという要望だったように思える。しかし文化庁はむしろ「そもそも論」「文化論」といった部分に重点を置いている印象を受ける(私に言わせれば、権利者側かそうでないかでも「そもそも論」など異なるものだと考えるが。だからこそ権利者委員が多い分科会の中で「そもそも論」を論じることにさほど価値を感じない)。
 委員、特に権利者側委員は目の前の「問題」を片付けたい。「そもそも論」を拒否した事務局が強引に妥協させようとしたあげくメーカーの強硬な反対を招き議論の場そのものが吹っ飛んだ私的録音録画補償金、弊害を懸念する識者の意見に何ら回答を出せなかった保護期間延長、そして“著作権の縛り”と法改正への腰の重さが原因で導入論が持ち上がったフェアユース——これらの議題を基本小委に引っぱってきて検討したいとの要望は、著作権分科会でも基本小委でも見られたものだ。その意味では、権利者側の発言は一貫している。
 奇妙なのは事務局の仕切りの方で、もともと彼らの思惑が委員らと衝突するのは当たり前なのだ。個別の議論をさせろという意見は第1回会合にもあって、その時には「ここは基本的な問題を大所高所から議論するところだから」と事務局がなだめる展開だった。その後で、何をやるのか明確にしろとも委員からツッコミを受けていた。
 そして第2回の会合でも同じ展開。いや、混迷の度はますます深まってるのかもしれない。

 ある委員(後に掲載する「概要」では発言者も書いてあるが)からは、知的財産推進計画2009が策定されたことを受け、この計画で今年度中に結論を得るとされる項目を基本小委でも「結論を出すべく議論すべき」との意見も出た。
 しかし基本小委のような、権利者委員が大多数を占めるような場で何か決めようにも問題が多いのは明らかだ。他の利害関係者への配慮など期待できるわけがなく、そこでの結論をいざ実行しようとしたときに数々の抵抗が発生するのは避けられない。たとえば私的録音録画補償金ならばメーカーを交えた話し合いと合意がなければ制度自体が成り立たない。保護期間についても、保護利用小委で示された懸念を払拭できるようなロジックを用意しなければならない。そしてフェアユースは法制問題小委員会で議論される。これらの課題を基本小委で扱おうにも、「権利者」側のお手盛り報告書になることは目に見えている。
 となると、基本小委で何が議論できるかは最初から限られている。大枠の話を「文化的見地から」「大所高所から」、しかも漠然と語るしかない(それですらあのメンツは偏ってるだろうと私は思う)。そんな小委員会を、文化庁はなぜわざわざ作ったのか。
 ——権利者側の“ガス抜き”の場として機能してきた著作権分科会と同じような内容の小委員会で報告書をまとめることによって、自分らの基本線(権利強化)を補強するのに使おうとしているのではないか。開かれる会合がどんなに少なくても、報告書は事務局が用意できる。むしろ会合が少ない方が、文化庁には都合がいい。

 基本小委については、その設置目的にしても、議事の進行の具合についても良い印象は持てない。どう転んでも、誰も幸せになれない。
 もっとも第1回会合からあまり代り映えしなかった委員意見の中で、第2回で目立ったのは三田委員と松田委員の発言だった。三田委員は議事進行を批判しながらテンポアップを求め、「日本版フェアユース」が求められる原因は議論の遅さにあると指摘した。また、Googleブック検索に関する米国での和解で生まれることとなった「版権レジストリ」を示し、これの「日本版」を作ってはどうかとアイディアを披露、小委員会の進行についても「各委員がビジョンを出して議論してはどうか」とも提案した。松田委員はフェアユースの議論の中で、導入が必要とされる具体的事例を挙げて検討すべきと発言した。
 ただし、これらの意見が今後の小委員会の進行に反映されるかは疑問だ。

 事務局の言うように「基本的問題を」「大所高所から」やるとしても委員の不満は解消されない。委員の言うように具体的議論をやっても、政策としての実現性に乏しい。となれば、結局はヒアリングでもやってお茶を濁すしかないのか。
 もっとも同じヒアリングをやるのでも、これまで声を聴いてこれなかった人たちを呼べば少しは意義も発生するのかも知れない。そういう形でしか意義が見出せないとしたら、なんと虚しい委員会なんだろうと思わざるを得ないが。




議事概要(メモ)

※例によって記録と記憶から書き起こしているため、正確性は保証できません。
※報道された発言よりも簡略化されている箇所もあります。
※後藤雅実氏(NHK理事)から黒木隆男氏(NHK理事)へ委員が交代


事務局(関審議官)
国会に提出していた著作権法一部改正法案が、衆議院・参議院ともに全会一致で原案通り可決した。11日付の官報で公布されたところ。2年半ぶりの改正で、内容は現行法が全面改正されて以来の大改正となる。
国会審議の状況としては、主に議論になったのが3点、内容的には広範なもの。1つ目は30条のいわゆる「違法ダウンロード」を私的複製の対象から外す。違法な著作物の流出の抑止が目的。インターネット利用を妨げるのではとの質問が多かった。2つ目は31条の2項、国立国会図書館の資料デジタル化について。Googleに関する質疑と、デジタル化資料の利用の可能性について質問があったところ。3つ目が37条の3項と37条の2、障碍者向けの権利制限。但し書きの解釈について、ボランティア団体の活動が阻害されないようとの要望があった。衆議院・参議院でそれぞれ附帯決議もされた。
著作権問題にはまださまざまな課題がある。各方面からの要望もある。この委員会で大所高所からの議論をたまわればと思う。


※知財推進計画2009と著作権法施行令改正(ブルーレイ課金)について事務局から説明。推進計画での著作権関連項目の読み上げに時間を割く。

※「想定される論点と今後の議論の進め方」について議論に入る前に、前回の基本問題小委員会での委員発言をまとめた資料を事務局が読み上げ。これもかなり時間をかける。


野村主査
自由に意見を。


宮川委員(弁護士)
(小委員会の)タイムテーブルを確認したい。


事務局
文化審議会では、委員の任期が1年。それを視野にスケジュールを組んでいくつもり。しかし1年で結論を出すということで必ずしも設定してはいない。


三田委員(作家、日本文藝家協会副理事長)
ざまざまな意見をいってじっくり議論するのも有意義だと考えるが、著作権に関する問題は様々な分野にわたる上、時間の流れが速い。著作権の議論のテンポが遅いことが問題になっているのではないか。「日本版フェアユース規定」という暴力的提案がなされるのも、著作権制度の改革が即時的に対応できないためでは。
議論のテンポを早め、必要なら改革を行っていく――ヒアリングを行なうにしても、ターゲットを絞ってなるべく具体的に議論を展開することが必要だ。議論のテンポを上げるよう努力しては如何か。今日の会合もすでにかなり時間が経っているが、やったことと言えば配付資料を読み上げただけ。1週間前に送付して委員が読んでくるようにすれば、始まってすぐに議論に入れる。関係者を呼ぶにしても、事前に資料を貰っておいて読んでくれば、いきなり質問から入ってテンポを速くできる。
利用者の意見をよく聴き、何を変えて欲しいのか察知した上で、問題点を検討し必要なら法改正を進める。目標を持った議論をすべきではないか。今のままでは1、2年がすぐ経ってしまう。結局、すべてフェアユースにしてしまって裁判所に委ねるようでは、著作権分科会の意義がなくなる。


松田委員(弁護士、中央大学法科大学院客員教授)
フェアユースの議論は具体的ビジネススキームに即座に対応するとの視点で提案されているが、フェアユースについて議論されているものを読んだり会議を傍聴したりしても、具体的にフェアユースを入れるべき問題がどれだけあるか、具体的事象をほとんど示せないできている。将来起こるかもしれないものをフェアユースに求めているというだけでは、委員会でも議論がしにくい。今あるいは近い将来、こういう問題が起こるからフェアユースが必要だという議論をしなければ。導入したい立場の人たちの意見を聴きたい。

※例示ができるならしてみろ、という趣旨に受け取れた。


事務局
今回は資料の送付が遅くなってしまい恐縮する。どういう進め方にするかまとめるのに時間がかかってしまった。


大林委員(日本芸能実演家団体協議会専務理事)
いろいろな問題があるが、どのまとめ方で議論するか。毎回テーマをしぼるのか。また知財推進計画で2009年度中に結論を得るとする項目と、ここの議論とをどう関わらせるのか。それぞれの立場で緊急課題は違うかもしれないが、その都度こちらで申入れて議論したいと言えば、取り上げてもらえるのか。そうしたところを整理してほしい。


事務局
知財計画との関係としては、スケジュールが政府で決定されており、我々もそれに向けて精一杯の努力をしたい。議論の進め方は、論点・課題によって委員会の雰囲気も変わってくるだろう。ここでの意見を見ながら適宜調整したい。


関審議官
捕捉を。資料2「想定される論点と今後の議論の進め方」は前回の議論を踏まえたつもり。基本小委で議論してほしいのは、著作権制度の意義をもういちど確認されたいということ。三田委員から、社会の流れが非常に速くて著作権法をめぐる議論がついていけてるのかとの指摘があった。しかし著作権制度の意義・役割の再確認をした上で、昨今の変化の中で果たすべき役割を考え、ステップを踏んで議論していただきたい。
推進計画2009との関係については、基本的な考えとして政府で決定された事項であること、文化庁もそれを目標に検討しなければいけないということがある。文化庁は著作権法の担当省庁なので、どういった結論を出すにしてもしっかり議論した上でというのが必要。


河村委員(主婦連合会常任委員)
ヒアリングを行なうと書かれている。委員会の名簿を見ると、さまざまな立場・考えの違いがあるが、かなり多数の方の結論が一致しているテーマがあると感じている。フェアユースについて私はここで意見を言わないが、「暴力的な制度」という人、あるいは最先端なところで論じられる立場の人、きちんと意見の言える人を呼んでいただきたい。(法律家のような)中立な立場だけでやるのでは良くない。

※前半のは、権利者委員が多いことへの皮肉に受け取った。


主査
ヒアリング対象も(資料では)かなり抽象的だが、それについて意見があれば。(河村委員の意見は)それぞれ違った立場で明確に話をしてもらえる人を呼ぶようにとのことだが。
(なかなか意見が出ない)ではその意見を踏まえて、今後は資料2に方向で了解いただけたということでよろしいか。

※なかなか委員からの意見が出ず、実はここで終わりそうになった。


三田委員
具体的なことを申し上げたい。現行の著作権法やシステムについてたくさん不満が出ていると感じる。保護期間延長について2年間議論してきたが、利用者から延長されると困るとの意見が多数寄せられている。この問題の大部分は、行方不明になった人が多くて許諾の求めようがないといった意見だ。デジタルコンテンツ流通促進法制なるものも一時言われていたが、これも昔ドラマに出ていて今行方不明の人が多数にのぼるので解決してほしいということ。いずれも具体的に裁定制度を確立して、いなくなった人の分は供託金を積んで利用できるシステムを作れば解決する問題だ。
また、教材をネット配信するという問題があり、教育現場では35条で作られた教材を学校のサーバに蓄積することが行なわれている。これは35条に違反するのではないかと考える。コンピュータができると、35条の限定のままで運用するのが難しくなる。ならば補償金制度を確立して、生徒ひとり10円くらい払って35条(権利制限)を広げれば解決する。
解決のための現実的な方法はいくらでもある。それをのんびりしたペースで議論し続けた結果、日本版フェアユースを導入しろという議論が起こるのではないか。
具体的提案をして解決できるのでは、と考える必要がある。そして最後まで残る問題があるとしたら、それは著作権法の根幹に関わる問題なのでじっくり考え、著作権法を根本的に改革することも必要だろう。当面、利用者の要望に対して具体的検討をすることも並行してやれるのではないか。


宮川委員
著作権の世界は動きが速い。基本問題小委員会が「大所高所から」の議論を期待されているのは重々承知しているが、じっくり検討して結論がでないなんてことにならないよう、スピード感を持って議論したい。
私が仕事で知っているかぎりは、著作権法施行令のブルーレイ課金の件で、関係団体の通知の最後にあるような「関係者の意見の相違」はすでに顕在化していると思ってる。三田委員の言うフェアユースだけでなく、私的録音録画補償金の問題もスピード感を持ってできたらと思う。


いで委員(作詞家、日本音楽著作権協会理事)
前回にも言ったが、小委員会だからここで解決しなければならない、答えを出さなければならないことは早急にやるべきだ。推進計画で年度内に何らかの結論を出したいというのが9項目ある。年度内だとあと10ヶ月もない。資料を事前配布するなり関係者を呼んで意見を聴くなりするとしても、ペースを上げなければならないだろう。総論を言い合うだけでなくてもいいのでは。


野村主査
この小委員会の設置のときから他の小委員会との関係が問題になるわけで。法制小委は具体的問題を扱い、ここでは基本的な問題をという位置づけ。基本問題の議論が具体的問題に繋がるのを期待している。


事務局(関審議官)
事務局としてもそう考えている。ここでは基本的な事項について議論いただきたい。個々具体的な課題で制度的対応が必要なら法制小委で検討する。民間の取組で解決するなら民間でということ。配付資料4として法制小委の委員意見を配布しているように、状況がどうなっているかはこの場でも紹介していく。


佐々木委員(国立科学博物館長)
具体的なケースについて解決を求めるのか、個々のケースを念頭におきつつ文化振興のために著作権制度の役割をさぐるのか。議論のやりかたが変わってくると思う。基本問題小委員会が設置された狙いは、ここのケースを念頭に置きながらも、ひろく文化の視点から議論してくのだと私は思っていた。


三田委員
法制問題小委員会との兼ね合いを考えすぎて、基本問題小委員会での問題提起が抽象すぎるのではないか。法制小委は差し迫った課題を検討するところ。基本小委は、具体的に法律をどう変えなければならないのか分からないが、検討しなければならないものを扱う。たとえば来年法制小委で話し合わないとならない課題とか。権利者からヒアリングすれば、どういうシステムにすべきか見えてくるだろう。法制小委で(将来)とりあげてもらえるテーマも見えてくる。
近未来に問題となるものを具体的に検討する姿勢がないと、あまりに抽象的になって「100年先の議論」になってしまう可能性がある。なるべく具体的な問題の設定が必要。


いで委員
基本小委では、問題提起はしてさしたる結論が出ないとしても、あとの議論を法制小委に任せるということか?


関審議官
そういうつもりではない。


野村主査
こちらはこちらで全体的なところからフェアユースを議論していただいて、法制問題小委員会の議論と融合して、分科会として具体的な方向の結論が出せれば良いのではないか。


里中委員(マンガ家)
「日本版フェアユース」の言葉になじめない。アメリカのフェアユースの概念を元にして、ちょっと変えるものを目指すから「日本版」だとしか感じられない。「フェアユース」の語から日本人が実際に受け止める感覚まで考えて使っているのか。英語のニュアンスを自国語のように受け止める人だけではない。
何もはっきりしないまま進んで行くおそれも感じている。なんとなく警戒心が生じるのはわざわざ米国の言葉に「日本版」をくっつけるため。何か他に日本語として捉えられる概念を付けて話し合ってはどうか。


松田委員
「フェアユース」という言葉はそういった問題も含んでいる。審議会の中でも「フェアユース」ではなく、「権利制限の一般的規定」という言葉を議論で使ってはどうかと言われる権利者の方もいる。アメリカの制度と日本との違いを「日本版」にしようという議論になってしまう。アメリカのフェアユースは、日本人が考えているほど酷いものではない。範囲も狭い。
日本ではもう少しゼロベースで考えて、何か規定がなきゃおかしいだろうという事例を洗い出していくべき。法制小委で出されている、委託研究の資料がある。フェアユースの資料としては一番まとまっているのではないかと思うが、日本で具体的に何か不都合が生じているという、議論の対象として上がった事案はそれほど出ていない。ビジネススキームを作るためのフェアユースでなくて、いまだかつて訴訟が起きていなくて誰が考えても適法、しかし形式的には違法というものだ。アメリカ的な「フェアユース」の言葉を先行させて議論しては結論を誤るのではないか。


大林委員
補償金制度は、一応ブルーレイが指定されてとりあえずのチョンチョン(幕)となった。しかし補償金制度は、なぜそれが作られたかを考えるところに来ている。そして支払っているのが消費者なのは何故か。根本のところを話すのが基本小委だろう。根本のところか具体のところか、話し合うべき内容はたぶんテーマによって変わるのではないか。


三田委員
(いつもの調子でGoogleブックス問題の説明。)米国著作権法のフェアユース規定を読むと、著作者に迷惑がかかるかどうか検討しろと書いてある程度。迷惑をかけるな、とすら書いていない。検索エンジンが合法になるという過程も、タダでホームページを見せてるから迷惑かけないでしょうと、ずるずると来てしまった。日本ではそういう規定がないため、制限規定を広げるために時間をかけることになって、産業の成長を「阻害」するという。しかしこれは目的を決めた一般規定を作ればいいのであって、あらゆるものを包含するものである必要はない。
米国作家協会の事務局長が来日して説明を受けた。これまで我々(日本文藝家協会)は違法複製を糾弾するすることしか考えていなかった。向こうでは作家たちが中心となって版権レジストリを作り、作家たちが管理するんだとして和解に至った。このレジストリはGoogleからの補償金を基金にして作るもの。
我々には、ハーバード大学所蔵の日本語書籍がコピーされた損害がある。そうしたことに対応するには、日本版版権レジストリを作る以外にないだろう。国会図書館でも(デジタル化資料の)データベースが作られているが、今後どう利用していくかが問題となっている。管理組織を作る必要がある。
日本版レジストリを作るとなると、誰が基金を作るんだということになるが、それも検討しなければいけない。ネット関係でも許諾を得るのが難しいと言われる。あらゆる著作権を網羅する管理組織を作ることで多くの問題が解決するのではないか。保護期間を延長するのでも、包括的な管理組織で大部分は解決する。そういったビジョンをここで検討するのも良いのではないかと思う。ビジョンなしに漠然と考えるのでは時間がかかるだけだ。
委員がそれぞれビジョンを提出して検討しては如何か。


中村委員(慶應大学教授)
我々がやらなければいけないことに優先順位をつけないと。フェアユースは、デジタル化やネットの広がりで不具合が起こっているもの。補償金は、権利者の利益の再分配をどうするかということ。メルクマールを実例・実態ベースで考えるべき。制度を変更する実需の強さを定量データで見る。制度変更を加えることで実態がどう動くのか、保護期間延長にしろフェアユースにしろ、制度を変えろという側が立証してやるべきなのではないか。


松田委員
三田委員の、各委員がスキームを提案するという話に賛成だ。そのまま委員が言いっぱなしになってしまうのは勿体ない。たとえば流通促進と正当な対価の分配をどう考えるかといったときに、こういう制度だったらいいという意見を出してもらう。NHKアーカイブはそれを解決した一例だと私は思う。そういったスキームを出していくことが、実は基本的な問題を見ることにもなるのではないか。


野村主査
それは想定される論点の「著作権制度の果たす役割に変容が生じているのか」「どのような方向性をとるべきか」に含まれるのでは? 具体的な論点の検討を排除してはいない。ただ法制小委と同じ議論をしては、基本小委の存在理由がなくなってしまう。


事務局(山下課長)
どういう段階で、またどういう手順で各委員からビジョンを提出してもらうかは、主査と相談する。そのときに具体例を織り込んでもらうのでもいい。


野村主査
今後の進め方としては、資料2のとおりで。関係者からの意見を聴くことも、事務局との間で準備を進める。
大林委員から前回要望のあった、委員欠席時のオブザーバー参加について


事務局
著作権分科会では、委員以外の出席を認めていない。ただ本小委員会では分科会委員を中心に引き受けていただいており、多忙等の事情で出席できないことも多い。やむを得ない事情があり主査の判断で適当と認めた場合、欠席委員の指名するオブザーバの出席を認めて発言できることとしては如何か。ただし定足数としてカウントはせず、議決権も持たない。

※オブザーバ出席については異議なく了承された。
※次回日程は調整中とのこと。

Posted by 谷分 章優 著作権行政 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月18日 (木)

法制小委#2(議事概要メモ)

すでに津田さん末廣さんが傍聴時に主な内容をまとめてくれてるのだが、いちおう私の記録も出しておく。
例によって記録と記憶を頼りにしてるので正確性は保障できません。議事内容への最終判断は公式議事録の公表まで待っていてください。

文化審議会著作権分科会
法制問題小委員会(第2回)議事次第

日時 平成20年6月17日(水)
   17:00~19:00
場所 虎ノ門パストラルホテル
   新館5階 「ミモザ」


議事次第

1 開会
2 議事
 (1)権利制限の一般規定について
   (「著作権制度における権利制限規定に関する調査研究会」委員等よりヒアリング)
 (2)その他
3 閉会

議事概要(メモ)

【高塩次長】
 著作権法改正案は原案通り可決。ご尽力に御礼申し上げる。
 著作権法としては2年半ぶりの改正、分量的にも多い。著作権課長は「平成の大改正」と呼んでいるが、新法(昭和45年)ができてから最大規模。
 改正の柱が3つ。1つ目、インターネットを活用した著作物利用の円滑化。検索エンジン、放送番組二次利用など。残念ながら、国会ではこれらの議論は展開されなかったが。国会図書館の所蔵資料の電子化が中心、長尾館長も招かれ(デジタル化資料の)ネット利用の可能性の議論があったところ。またGoogle(ブックサーチ)問題が話題になっていたこともあり、これに関する質問もあった。
 2つ目はコンテンツ違法流通の抑止。「違法ダウンロード」では当然のように議論があり、ユーザーの利用をさまたげる(萎縮させる)のではないかとの質問。そうした懸念が無くなるよう、(各方面と)相談して運用に務めると答弁したところ。
 3つ目が、障碍者の利用機会の確保。これについては、今まで障碍者向けに行なってきたボランティア団体の活動が阻害されないようにとの質問があった。
 国会質問は基本的に与党からは無く、野党だけ。そして衆参、全会一致で可決された。残された課題として、権利制限の一般規定についても質問をもらった。今年度から分科会で審議を始めるとの答弁をしたところ。大臣からも「さまざまな意見があるので議論をしたい」との答弁。
 著作権については、(必要な法改正は)これで終わりではない。さまざまな課題があるので、引き続きご尽力をお願いしたい。


【土肥主査】
 権利制限の一般規定について、前回会合で「比較法的な議論」と「現状についての把握」の要望があった。そこで今回は、(上野委員が座長を務め、前回の会合で報告書を提出した)調査研究会の委員からヒアリングする。米英仏独の4カ国に加え、(前回の報告書には含まれなかった)韓国・台湾・イスラエルについて。説明があった後で質疑応答も。
 まずは配付資料の確認と(ヒアリング)出席者の紹介を。


【事務局】
(配付資料一覧に沿って説明)
 資料1は今日のヒアリングで使用。調査研究会報告書の冊子。前回配布したものと同じだが、その後のチェックで誤植が見つかり訂正してある。ただし内容面での修正は全くない。
 資料2。村井先生が作成した補足資料。
 資料3。資料1で報告された以外の諸外国の権利制限について。全回は簡単に紹介しただけだったが、報告書では触れていないものを別冊という位置づけで作成した。
 資料4は、今後のヒアリングについての質問事項。
(この後、配布されたヒアリング出席者一覧に沿って紹介。)

配付資料一覧

資料1 「著作権制度における権利制限規定に関する調査研究 報告書」
(平成21年3月 著作権制度における権利制限規定に関する調査研究会、
 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)【訂正版】
 ※参照PDF
資料2 村井氏提出資料
資料3 「その他の諸外国地域における権利制限規定に関する調査研究 ―レポート―」
(平成21年3月 著作権制度における権利制限規定に関する調査研究会、
 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)
資料4 利害関係者からのヒアリング事項(案)

参考資料 ヒアリング出席者一覧


【土肥主査】
 今日の議事の進め方だが、英国法についての説明と質疑応答、次が英連邦諸国法、大陸法、その他の国。質疑応答はそれぞれに行なう。



【参考資料】



ヒアリング出席者一覧(敬称略)



1.米国法(17:05~17:35(質疑応答を含む))

(学説)

 村井 麻衣子(むらい まいこ)

 筑波大学大学院図書館情報メディア研究科 講師



(判例)

 奥邨 弘司(おくむら こうじ)

 神奈川大学経営学部国際経営学科 准教授



(訴訟制度・法文化)

 山本 隆司(やまもと たかし)

 弁護士



2.英連邦諸国法(17:35~17:55(質疑応答を含む))

 山本 隆司(やまもと たかし)

 弁護士



3.大陸法(17:55~18:15(質疑応答を含む))

 駒田 泰土(こまだ やすと)

 上智大学法学部 准教授



4.その他の国(韓国、台湾、イスラエル等)(18:15~18:35(質疑応答を含む))

 渡辺 真砂世(わたなべ まさよ)

 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 公共経営・地域政策部 研究員


【村井麻衣子(筑波大学大学院講師)】
 米国法の学説について。資料2に報告書の内容を簡単にまとめてある。補足しながら説明する。
 フェアユースに関する学説として、アメリカの判例に影響を与えてきたものを紹介。4つの考慮要素の分析、市場の失敗理論に関する議論、理論的構造に関する議論、実証的研究など。なおフェアユースについて否定的見解が無いのかとの点で、問題点として曖昧さや予測可能性が低いこと、実効性に疑問を呈する意見もある。しかし著作権のバランスとの調整機能を果たすとしてフェアユースが不可欠だと認識されている。廃止論などは一般的に見受けられない。
 Levalの「フェアユースの判断基準」についての論文。「文化の促進と学問の発展のため‥‥インセンティヴを付与」する著作権法の目的から、「tranformative use (変形的利用/報告書では変容的利用)」を重視。第1の要素(使用の目的と性質)と第4の要素(市場への影響)の重要性を強調する。追加的要素(誠実さ、芸術的完全性、プライバシー)は(フェアユースの成立の是非においては)考慮すべきでないとする。のちにパロディで問題になったキャンベル事件(プリティ・ウーマン事件)に影響している。
 Gordon。経済的分析により、フェアユースの基本的原則の解明を試みる。「市場の失敗を治癒するための理論」として捉えて、フェアユース適用のための三段階テストを提唱した。(1)市場の失敗が存在すること(2)被告の利用を許すことが社会的に望ましい(3)フェアユースを認めても著作権者のインセンティヴが実質的に害されない——との内容。ソニー事件(ベータマックス事件)で、取引費用の高さからフェアユースを肯定すべきとの意見に影響した。しかしGordonは、実質的損害のテスト(3)については後に訂正している。(3)では、フェアユースを過度に制限しかねないと意見を変えた。
 市場の失敗理論に関連して、Lorenによる再定義もある。教育・研究目的での著作物利用は「市場に委ねられると、望ましいより少なくしか利用が行なわれない」。著作権の範囲や存続期間などが拡大する傾向の中で、知識・学問の発展を抑圧しないようフェアユースが役割を果たす。
 Gordonによる「市場の失敗理論」の修正。先の理論と三段階テストがフェアユース否定の理論と取られてしまったことに対する。市場の失敗を分類し、市場の基準が妥当しない言論の自由の問題などが関わる「本来的な市場の制限」ではフェアユースを認めるもの。
 Barton Beebeの実証的研究。1978年から2005年までの判例を統計的に考察。フェアユースに関する判決は以外に少なく、年間平均が約10.9件。そのうちフェアユースが認められたのが約4.5件。裁判所がフェアユースかどうかを結論してから四要素の結論を導く「誘導」は行なわれておらず、第1要素(使用の目的と性質)と第4要素(市場への影響)が結果に大きく影響している。また原告作品が事実に基づくもの(第2考慮要素:利用された著作物の性質)や、非商業目的(第1考慮要素)のときはフェアユースが認められやすい。
 制度論・政策学的視点からの学説もある。法判断を、ロビイングの攻撃に耐性のある司法にゆだねることで、立法過程において反映されにくい層の利益を汲み取るとの考え。


【奥邨弘司(神奈川大学准教授)】
 フェアユースの判例については、ソニー事件などのリーディングケースを紹介するのが普通なのだが、これらはすでに多くの先行研究もある。一方で、網羅的研究を背景にすると、個々の事件に興味深いものもある。
 ここではキャンベル事件(プリティ・ウーマン事件)以降、フェアユースに関係する判例を対象とした。資料1の46ページから。時間的限界から、判決例の多い第12巡回区と第9巡回区が中心。個々の裁判例が、先例としてどこの判決のどこを引用しているか、特に頻繁に引用される最高裁判決を分析して、フェアユース判例の傾向を知ることを目的とする。
 48ページ、裁判例で頻繁に引用される最高裁判決の部分を「ベースライン」と仮に読んでいる。個々の裁判例の方は報告書の「参考資料編」に掲載している。キャンベル事件最高裁判決の影響の強さがある一方、個々に見ると、ややぶれも少なからず見受けられるところ。フェアユースは積極的抗弁で、著作権侵害が疑われる行為がされているのが前提。一瞬かつ不鮮明な写り込みのような場面は「de minimis」法理(法は些事に関せず)で、フェアユースの判断に入ってこない。
 考慮要素はすべてが検討される。どれかだけを重要視してフェアユースを判断することはできない。また、創作性をまもるためのものという(著作権法の)存在意義に言及するものが多い。商業性とフェアユースの関係で、ソニー事件は「商業的な利用はフェアユースでないと推定される」としたが、その後キャンベル事件の判断をなぞって、被告の利用に変容力(transformative)があるかが考慮されるようになった。しかし商業的で変容力のない場合は、ソニー最高裁判決の推定が生き残っていて、不公正と判断される傾向もある。
 第1要素(使用の目的と性質)の中心は、この変容力があるかどうか(50ページ)。transformativeは、transformする力があるという意味。サイズや解像度のみでなく、何かしらの形で表現に変更が加えられているものがフェアユースと認められている。
 第2要素(使用された著作物の性質)。使用された作品が事実的か創作的か。キャンベル事件判決は、パロディではここの重要度は低いとしている。ハーパー&ロー事件(フォード大統領自伝事件)では未発行だったことを重視した(フェアユースを否定)が、のちに著作権法を改正して、未発行かどうかが決定的な影響を持たないとされている。ただこの第2要素が「発行済みのものなら」と反対解釈され、むしろフェアユースに有利に判断されることもある。
 第3要素は使用された量と実質。第4要素は潜在的市場への影響。キャンベル事件ではすべての要素を考慮するとしている。ただハーパー&ロー事件判決を引用するものもあり、注意がいる。ソニー事件は、商業的だと市場への害が推定されるとし、これはキャンベル事件で部分的に否定された。しかし変容力が無い場合には、かえって強固にフェアユースが否定されてしまっているようにも見える。
 利用形態ごとに注目すべき点もある。ケースバイケース判断ではあるが。パロディの場合は認められやすい。引用は米国著作権法に規定がなく、フェアユースが認められるには変容力が鍵になる。写り込みはde minimisで(フェアユース判断まで行かない)、もし裁判にまで行けば変容力でということになる。


【山本隆司(弁護士)】
 法文化。イギリスについて見ていくと、英米の法文化が違うということが言われている。米法の法文化を思いつくままに採りあげたのが67ページ以下。
 第一点として、アメリカの裁判所の性質。日本では法解釈の役割。アメリカでは法解釈だけでなく法を作るところとの位置づけである。一般規定をどう利用して法を作っていくのか、裁判所への期待が大きい。フェアユースの前提が、アメリカの場合は特殊だと思われる。
 二番目は、訴訟にかかる費用。アメリカはディスカバリー制度をとっており、両当事者が自分たちの証拠を全部出さないといけない。要求があればさらに出さないと行けない。証拠が膨大になる上、すべて弁護士がチェックしなければならず、費用も膨大なものになる。損害賠償額が1000万円でも弁護士費用が1億円を超えるということはよくある。日本では弁護士費用は基本的に訴額に対して何パーセントといった形で、請求額を上回ることはまずあり得ない。アメリカでは弁護士費用が上回る場合もあるし、巨額になる裁判費用でも裁判をよしとする文化がある。
 三番目は、法曹人口。先のような考え方の違いは法曹人口の差にも出ている。人口10万人あたりの法曹の数が、米国356人、日本19人。ちなみに英216人、独178人、仏73人。
 第四点。フェアユース導入に注意すべきこと。米国のフェアユース法理は1841年の判決以来なのだが、重要な機能を果たすようになるのはソニー事件(1986年)、キャンベル事件(1994年)から。フェアユースの法理が成立してから140年は、問題に対処する機能は果たしていなかった。それまでは英国のフェアディーリングの範囲とほぼ同じ。
 非営利目的使用、変容力のある使用などに注目されてフェアユースの重要性が高まった。日本でフェアユース規定を入れるとしても、フェアユースを規定する米著作権法の4要素を単純に並べるアプローチだけでなく、ソニー事件・キャンベル事件の判例法理を組み込まなければ無駄になるのではないか。


【土肥主査】
 質問等があったら。


【村上委員】
 村井先生・山本先生に。フェアユースを争った裁判例が件数としては年平均10.9件、フェアユースが認められたのは4.5件。法律実務を考えると、訴訟が起こり(争っても)フェアユースが認められないかも知れないリスクがあって、和解に終わるケースもあるはず。それがどのくらいの件数ないし比重であるのか? フェアユース規定(の予測不可能性)は両者に和解を促進する機能もあるように思う。
 奥邨先生に。参考資料では、面白い事件がフェアユースの名前で争われている印象がある。アメリカでフェアユースが認められたのと同じ事件が日本の著作権法で争われたとして、日本では使用が認められないケースがあるのか?


【村井講師】
 フェアユースの訴訟件数に関連して、和解の割合との質問。実際どのくらい件数があるのか、私はわかりかねる。ただ確かに、和解でかなり解決されるのではと思う。
 フェアユースに関しても、権利者側が積極的に警告書を活用するケース、訴訟費用が高額で(利用者側)抗弁の主張を断念するケースがある。(判決だけでなく)何らかの形で解決されるケースが多いのではないかと推測できる。


【山本弁護士】
 具体的なデータは持っていない。一般的に、訴訟ではディスカバリーの結果、持っている証拠がすべて出る。その段階で和解に終わるケースが多い。しかしフェアユースは法律論が中心。ディスカバリーで和解になるケースはかえって少ないのではないだろうか。


【奥邨准教授】
 控訴審で多かったのはパロディ・引用関係。アメリカではフェアユースが比較的認められる。日本では負けるのではないか。
 また、冒頭(著作権法改正の話として)紹介のあった検索エンジン関係も。(これまでの)日本法では難しかったのではないか。
 逆に、日本では引用のものは権利制限規定がある。米国では規定がないので、フェアユースかどうかを判断することになり若干複雑になる。


【村上委員】
 山本先生に。Google Book Searchの事件も、フェアユースで争い、あれも一応和解でケリをつけた。しかしあれがフェアユースだったのかどうかは決めなかった。結果的には対価を払い有償でということにして、そのかわり利用を認めるもの。こういう和解は多くあるのか?


【山本弁護士】
 そういう形での和解も多いと思う。自分で関与した事件も、裁判所が強引に和解のテーブルにつけさせようとするので。比率についてはデータはない。


【道垣内委員】
 条約との関係について。著作権法に107条を導入したときには、アメリカは万国著作権条約のみに加盟していた。その後WTO、ベルヌ条約ヘ入るわけだが。万国著作権条約は曖昧な規定で、107条の運用上 条約を考えなくてもよかった。しかし(ベルヌ条約に加盟した)今ではスリーステップテストでしか例外(権利制限規定)が認められない。フェアユースが条約で拘束されるという、それを意識した議論はあるのだろうか? 


【山本弁護士】
 アメリカがベルヌ条約に加盟する段階では、107条が議論になったというより、著作者人格権の方に焦点が当たった。逆に、今になって議論になっているという状況ではないか。


【奥邨准教授】
 アメリカにも(議論は)あるし、ヨーロッパにも「107条はスリーステップにてらしてどうなのか」と一応議論の対象にはなっている。107条容認はやや多数では。
 前回上野先生が紹介されたマックス・プランク研究所の解釈宣言でも、フェアユースのようなオープンエンデッドな権利制限規定でもスリーステップテストに整合するとしている。ヨーロッパでも一応は(フェアユースが)整合的だと考える人がやや多いように思う。


【多賀谷委員】
 フェアユースを認めるのは、「公共の利益」が背景にある。
 変容力のある利用について、フェアユースで利用した側が何らかの権利を認められることになるのか。もともとの著作権者と、フェアユース利用者の(権利の)関係がどうなるのか。アメリカで何らかの見解があるのか?


【山本弁護士】
 「利用権」として認められることはないと思う。ただ変容力がある場合、二次的著作物ということになるので、保護が別途与えられることはある。


【駒田泰土(上智大学准教授)】
 むしろ、ヨーロッパの方で(この種の議論は)やられているのかも。著作物の利用者も基本的人権を持っている。「著作物を利用させてもらう権利だ」ということで。たとえば著作物がコピーガードされているときに、基本的人権に基づいてガードを外し利用する「権利」を求める。フランスやドイツではそういう議論がある。


【小泉委員】
 60ページ、「フェア・ユースというと、我が国の著作権法の権利制限規定には定められていないような利用形態に適用されるものというイメージを持つ部分もあるが、実際には、引用という極めて伝統的な利用形態——しかも我が国であれば個別制限規定で対応されるような利用形態——に関して頻繁に適用されていることは注目に値しよう」とある。
 ただフェアユース規定の方も、限定列挙でないにしろ「批評、論評、ニュース報道、教育、学術、研究」といった目的が列挙されている。この点、日本の引用の規定「公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない」とよく似ている。


【奥邨准教授】
 107条の例示に関しては、争っている利用が例示に当てはまりそうな場合は、判決はそこに触れる。当てはまらないと、例示はスルーして4要素に入る傾向。


【小泉委員】
 例示をスルーしたときに条約との整合性が問題になるのではないか。


【大渕委員】
 フェアユースと個別規定の関係で問題となるものは。その辺が我が国の検討では重要なポイントではないか。示唆になりうる点があれば伺いたい。


【奥邨准教授】
 控訴裁のレベルで、(報告書にある調査では)フェアユースだけを議論に絞っている。他の事例はほとんど無かったかと。地裁レベルだとまだ未整理なので、あるのかもしれない。


【土肥主査】
 この後も報告の時間があるので、そちらを先にうかがってから。残った時間があれば質疑応答を。


【山本弁護士】
 イギリスについて。あらかじめお断りするが、私、英国法については存じ上げない。米国法のみ。米国法で3名いたので、私が英国を担当した次第。
 フェアディーリング規定について、資料1の74ページ以下。イギリスは日本と同じようにこと細かな権利制限規定を置いている。その中で「フェア」を要件にした規定もいくつかある。日本と同じ制限規定に「フェア」という概念を入れた規定と考えれば理解しやすい。
 現在7項目。研究・私的学習、批判・評論、時事報道、授業の4タイプについて。伝統的にフェアディーリングとされてきたもの。この他には一般的な権利制限規定はない。
 米国のような一般規定を採用してはどうかとの議論もイギリスにはある。しかし今のところ、入れようという結論には至っていない。
 1977年にWitford Committee Reportがフェアユースの導入を勧告したが、議会はこれを採用していない。著作権者の権利の保護から言って、保護の範囲が曖昧になること、著作権に対するさらなる浸食を生じるおそれがあるというのが理由。
 フェアユースの採用については賛否両論。 Burrell & Colemanの著書に否定論として3点を挙げる論文がある。まず1点目、アメリカのフェアユース規定の元になったのは1841年のイギリスでのフォルサム判決。イギリスではこれがフェアディーリングへ発展し、1911年に法文化された。それ以降、判例法として広がっていくことが止まってしまっている。イギリスでは裁判官の対応に問題があるのであって、フェアユースを入れても裁判官が替わらないと何も変わらないだろう。2点目、イギリスとアメリカでは法文化が違う。3点目、一般的権利制限規定を入れても将来的にどこへ向かうのか見通しが立たない。導入するかの議論で、ガワーズレポートが「デジタル化・ネットワーク化に対応した著作権制度をどうすればいいのか」を包括的に調査、権利制限規定についても報告をしている。そこではフェアユース規定に積極的な評価をしていたが、だからと言って入れろという提案はしていない。メディアシフティング・パロディの個別規定を提言し、フェアユースに対する評価はしながらも、フェアユースを入れることはためらいがちとの印象を受けた。
 資料78ページからカナダ。現在の規定は、イギリス法を継承したフェアディーリング規定。研究・私的学習、批判・評論、時事報道について。教授については入っていない。カナダでは、商業的研究を否定し非商業のみとするイギリスのような硬直的な運用でなしに、商業的研究でもフェアと解釈する。パロディも、現行法の解釈を柔軟にやって権利制限を認められるとの議論。法改正の提案がされた際にも、フェアユース規定の導入の提案はなかった。メディアシフト・タイムシフトなどの権利制限の提案。その理由は79ページ、アメリカのようなフェアユース規定を入れるとグレーゾーンが広がり裁判で決着つけないといけない。利用者にかえって萎縮効果を与えてしまうのでは?とのこと。
 オーストラリアについて80ページ。個別的フェアディーリングの規定。法改正も、タイムシフト・メディアシフト・パロディに権利制限を設ける形。その他、ベルヌ条約9条2項をベースにした一般的権利制限規定も。ただしこれも、図書館等での利用、教育機関、障碍者に限定する。オーストラリアではフェアユース規定が議論されていたが、最終的には支持を全く得られず、個別権利制限がいいとの結論になった。フェアユース規定の導入について意見をまとめて公表(81ページ)、賛成意見が公衆から出なかった。


【村上委員】
 一点だけ確認。アメリカ法・イギリス法は英米法としてくくられることが多いが、イギリス法に関して、アメリカ特有のディスカバリー・陪審制度・懲罰的損倍・クラスアクションといったものが無いこと、裁判所による法創造を肯定する文化、裁判のコストを厭わない文化——アメリカにはあるけどイギリスには無いとの感覚で受け取っても差し支えはないか。


【山本弁護士】
 きわめて難しい質問。イギリスの裁判制度、民事訴訟法など、一般の理解がないと答えられない。私にはむり。
 ディスカバリーの点では、アメリカで独自に発展してきた制度と言える。アメリカとイギリスでは違うのでは。
 法創造の点では、英米法ではもともと法は自然界に存在するものとしてきた。それを単純に発見するものとの観念は英米法で共通してるのだろう。アメリカでは法創造する機関だと割り切っている、これは特有なのではと想像する。


【大渕委員】
 今のに関連して。フェアユースは、アメリカで判例法が強いからある。イギリスだと若干、受容のハードルは低いのではないか。しかしイギリスでさえも法創造の点で違うから、アメリカ型フェアユース導入にはためらいがある。そこを念のために確認したい。
 ペーパーで、学説の「第3に」がさらっと書いてある——「フェア・ユースの抗弁の提唱者は、一般的権利制限が将来において働いていく方向を形成していきそうな各種の力を考慮に入れていない」。一般的にこういう印象が強いという理解でよろしいのか?


【山本弁護士】
 最初の点について。フェアユース規定に関しては、1841年の判決で生まれ1911年法制定まで、判例法で形成していくという意欲があったようだ。それが1911年の法律が制定されて、1916年以降だと言われているが、裁判官が硬直化し厳格解釈するようになったと言われる。法創造の文化というより、法制定によって縛られる傾向が裁判所に出てしまった。
 第2点。この「第三点の指摘」は著者の意見だと思う。一般的にはわからない。


【土肥主査】
 次は、大陸法について駒田准教授から説明を。


【駒田准教授】
 大陸法における権利制限。EC情報社会指令は、5条1項で一時的蓄積の権利制限を求める。すべての加盟国が実施を義務付けられる規定。2項は複製権の制限だが加盟国の任意。3項では複製権と公衆伝達権、4項では頒布権をそれぞれ制限するものだが、これらも任意の規定。情報社会指令はさまざまな場合に著作権を制限することをオーサライズするもので、加盟国が過剰な権利制限をしないようスリーステップテストを5条5項に規定している。一定のとくべつな場合、通常の利用をさまたげず、不当に利益を害しない。(このテストは)ベルヌ条約9条2項では複製権の制限について定めたが、現在ではどの条約にも複製権に限らず用いられている。
 加盟国は権利制限規定を作るのにスリーステップテストへ抵触しないようにしなければならない他、既に規定されているものでも整合を求められる。フランス法では著作権が122-5条、隣接権が211-3条で制限される。ドイツ法では第1章第6節に権利制限、隣接権にも準用される。フランス・ドイツにおける制限規定のリストは個別具体的で、一般条項を含んではいない。一見、限定列挙と見える。フランス法はスリーステップテストを明示的に規定している。ただし第1ステップ(特別な場合)を省略して2ステップ。
 フランス法・ドイツ法は厳格解釈がオーソドックスで、現在も一応そうであると言える。解釈態度はヨーロッパの著作権中心の著作権法観に由来し、著作者の人格を重視するアプローチ。権利制限規定に種々の拘束を与える。
 以上が主流派の解釈だが、もう少し柔軟な解釈論を展開しようとの流れもある。こちらが主流になったかも知れない。制限規定を例外と見ることは間違っているとの立場、利用者にも基本的人権・憲法的価値で保護されていることを正面から認めるもの。
 ドイツの判例の影響が大きいのではないか。裁判実務をがんじがらめにしていない。両国の裁判所は厳格解釈を尊重しているが、墨守していない。フランスには写り込みに対応した権利制限がないが、明言規定の根拠なく非侵害の解釈をとる。ドイツでも、立法の間隙を埋めて大胆な類推解釈を行なった例がある。
 情報社会指令5条5項は、スリーステップテストを遵守しつつ、権利制限しろとの規定。共同体指令は立法府のみを拘束する。しかしこの規定だけは裁判所も拘束するとの見解が通説だ。国内法にスリーステップテストが書かれていなくても、この趣旨を汲んだ解釈をしないといけないという。しかし我が国では誤解されているが、このテストは権利制限の原則ではなく保護の原則で、保護の限界を示すもの。
 フランスのマルホランド・ドライブ事件では、DVDの家庭内複製が「通常の利用をさまたげる」のかどうか争われた。フランスの学説は、私が見るかぎり、権利制限の縮小解釈に好意的ではない。第2ステップ(通常の利用を妨げない)が曖昧なので、これで権利制限が縮小され、恣意的に侵害が成立しかねないとの考え。結局、フランスは国内法にスリーステップテストを導入した。
 以上が、権利を広げていく方向へのスリーステップテストの議論。しかしスリーステップテストは、権利制限をするための、英国法のようなフェアディーリングの機能を果たしているのではないか。私的複製や引用といった目的が定まった範囲でフェアディーリングとして。
 目的を定めない一般的な規定を入れてはどうかとの議論がドイツでもある。ヘルスターのドイツ版フェアユース提案。ただし報酬の支払いが原則だと言っている。ドイツ基本法の「比例原則」から導かれるとのこと。情報社会指令との整合性に議論がある。


【末吉委員】
 99ページ、フェアユース規定が欧州法上許されないだろうというのが一般的か?


【駒田准教授】
 議論の量は大きくはないが、無理だろうとの見解が多数かと思う。


【道垣内委員】
 84ページ、フランスではスリーステップテストを規定しているとの紹介。資料の122-5条の中には書いてないみたいだが‥‥。


【駒田准教授】
 報告書の中では見出しだけを抽出している。


【道垣内委員】
 個別に書いた上で、一般条項を入れているのだろうか。


【駒田准教授】
 指令を実施して中間に入るように。


【村上委員】
 スリーステップテストというのは、いわゆる著作物を無償で使える権利制限だけのルール? 最後に説明されたように、公正な対価というか、合理的なロイヤリティを支払う場合にどうかという観点とからめて議論がされることはあるのか。それは別の議論なのか。


【駒田准教授】
 スリーステップテストの構造上、第1・第2をクリアしても第3をクリアできないことがあるだろうと一般には言われる。たとえばデジタル私的複製など。そこへ補償金の支払いで3をクリアするとの議論はある。


【村上委員】
 それがどれくらいの重みをもって議論されるのか。


【駒田准教授】
 権利制限を設ける場合はスリーステップテストに抵触しないようにする必要がある。アメリカ法のフェアユースが、そもそも第1ステップに抵触するのかとの議論も、ヨーロッパでは新聞に挙げられていた。国際条約は加盟国の解釈に左右されるので、アメリカでは特に議論されてこなかったが。TRIPSではアメリカがリードしたが、そこでも特に問題視されなかった。国際法の議論としては、今さら問題にするのは厳しいのではないか
 権利制限といった場合には、無償の利用を前提にする先生と、(補償金と引き替えでも)排他権が無くなる時点で制限だという先生がいる。ヨーロッパでは後者の場合が多い。
 補償金で条約との整合性を保つとの議論はある。


【大渕委員】
 個別規定で拾えないものとして何が念頭におかれているか。技術発展で新技術が念頭に置かれているのか。フェアユース的な導入の主たる狙いがどう展開されているのか。
 それと、今まで個別規定がカバーしているところも、フェアユースで拾うとなると(両規定の)関係が問題になるのだが。
 何を念頭に置いているのか、その観点から追加があれば。


【駒田准教授】
 ヘルスターの提案は、アメリカ法をモデルにしたフェアユース。論拠では、特にこれが重要だとはっきりは指摘していなかった。挙げられていたのは、ドイツでは追加的権利制限の立法に時間がかかること。しかし新しい利用形態が表れても、利用の関心事は実は旧来の利用方法と同じである。既存の制限規定を弾力的に解釈して拾い上げていける。こういうものを拾わないといけない、と。立法できないのならあらかじめ一般規定との主張。
 商標権では非侵害とされていながら著作権で侵害となるケースがままある。実務上問題になっているようで、そうした指摘はあるようだ。私は別制度なので問題ないと思うが。


【土肥主査】
 100ページ最後の3行。「わが国においても、著作権は憲法上の財産権(29条)であるということができようから、権利制限の一般規定を導入しようとするさいには、憲法上の比例原則等に照らした一応の検討がなされてしかるべきではないだろうか」。著作権が憲法上の財産権ということで、比例性・均衡性の原則で制限をうけるという風に、細かな規定をしていくと一般規定は不可能だと読めそうなのだが。


【駒田准教授】
 結論はどう書こうか悩んでいたところ。深い意図があってこう書いたわけではないのだが。我が国の憲法の比例原則から不可能かという点については、そうではないのではないか。
 アメリカでは侵害責任を負うか・追わないかでは均衡性を欠くという議論はひょっとしたらあるのかも知れない。補償金請求権の規定が日本にあるが、そうしたところがないところでフェアユースとなる場合。そこでお金を払わないとなると均衡性を欠く場合もあるかも。


【渡辺真砂世(三菱UFJリサーチ&コンサルティング研究員)】
 (資料3の報告書に沿って説明。)
 一般規定を分類した。米国型フェアユース(一般規定+考慮要素)のイスラエル・台湾・フィリピン、これをA類型。米国型とスリーステップテストを組み合わせた、韓国で審議中のものをB類型。英国型フェアディーリングの利用と、その他の利用を米国型フェアユースで規定したシンガポールをC類型。英国型に、米国型の考慮要素を加えた香港・ニュージーランドをD類型。その他、英国型にスリーステップテストを組み合わせたE類型、英国型のF類型(カナダ)。報告書では文言・規定の構造に加えて、立法過程の議論、立法後の議論などをまとめた。
 イスラエル。米国型フェアユース導入の前は、英国型フェアディーリングの規定だった。この時期から、すでに裁判例では米国型の4つ考慮要素が参照されていた。利用目的は厳格解釈、いったん利用目的に合致すると解釈すると4つの考慮要素で広く解釈する傾向。改正した意義は、利用目的について裁判所が柔軟に解釈できるとされる。
 台湾。第65条の規定で、アメリカの第107条と似ている。この特徴はイスラエルと共通する。ただ、イスラエルと違うのは、第44条から第63条の権利制限規定の解釈の考慮要素を明確化する目的だということ。3項・4項には著作権者団体・利用者団体との協議を規定する文言があるが、(報告書の作成にも協力した)章先生によると「3項・4項の試みは失敗に終わっている」と評価されているそう。権利者は刑事訴訟を盾に警告すればいいので協議を進めるメリットが薄いし、利用者も公正な利用が協議を経て狭められるおそれがある。それで協議がまとまらない。
 フィリピンについては省略。
 韓国。P2Pダウンロードが私的複製に当たらないとの判例がある。22ページ、韓米FTAを契機に、権利制限にスリーステップテストを設けた。ただしFTAの要請で米国型フェアユースを設ける話になったわけではない。FTAが呼び水となって権利保護強化の改正がなされたこととバランスを取ったもの。
 シンガポール(25ページ)。英国型と、受け皿の米国型で規定。また考慮要素が1つ多い。「合理的な入手可能性」が加えられている。シンガポールの他、ニュージーランド・オーストラリアでも対米FTAの締結を受けて、権利者・利用者のバランスをとるためにフェアユースを導入した。公聴会資料でそう説明されている。
 香港。英国型に加え、考慮要素として米国のような規定を。4つの考慮要素(32ページ)。シンガポールではいったんこれを規定したあとで、教育目的と行政事務について権利制限規定が追加される法改正があった。


【土肥主査】
 実はもう1件相談することがある。今後利害関係者のヒアリングに関して、前回あらかじめヒアリングをどうすべきか、あらかじめ整理した方がいいのではと意見をもらった。ヒアリング事項の案を事務局が作成したのでその説明を。


【事務局】
 有識者団体・利害関係者からヒアリングを行なう。特に利害関係者からのヒアリングに、質問事項を整理した上で実施した方が良いのではとのことでまとめたペーパー。
 一般規定の導入の基本的スタンスを聞き、その是非に応じた質問項目を用意した。

【資料4】

利害関係者からのヒアリング事項(案)

1.「権利制限の一般規定」導入の是非

[1.で是の場合]
2.具体的にどのような内容の「権利制限の一般規定」の導入を想定しているのか(「権利制限の一般規定」により、具体的にどのような著作物の利用行為が権利制限の対象となることを想定しているのか)
3.2.で想定している「権利制限の一般規定」が現行著作権法に存在しないことにより、これまで生じた不都合があれば、その具体的な内容
4.3.に関し、権利者からの権利行使の有無その他権利者との紛争等の有無・内容
5.「権利制限の一般規定」の検討に関して特に留意を希望する事項

[1.で非の場合]
2’.導入を非とする具体的根拠(どのような内容の「権利制限の一般規定」を想定した上で、どのような懸念から、導入を非と考えるのか)
3’.2’.で想定している「権利制限の一般規定」が存在しない現行著作権法の下で生じた具体的な問題の有無・内容(個別規定に該当しない利用態様に関連した紛争の有無等)
4’.「権利制限の一般規定」の検討に関して特に留意を希望する事項


【土肥主査】
 まだ検討の出だし。通常のヒアリング項目からすれば広めの質問だろう。これでよろしいか。(異議なし。)
 当面ヒアリングし、また考えがまとまったところでピンポイントで(ヒアリング)ということもありえる。


【事務局】
 次回日程調整中。導入の提言を公表している関係団体を呼んで意見を聴く。

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2009年6月10日 (水)

著作権法改定案の国会審議状況

 国会で審議中の著作権法改定案。3月10日に提出され、5月12日に衆議院を通過、同日に参議院へ法案が送られた。それからおよそ1か月が経過したところだが、6月8日になって参議院で動きがあった。この日に参議院・文教科学委員会へ法案審議が付託され、翌9日には法案趣旨説明が行なわれたのだ。
 法案提出から国会審議のこれまでの期間だけを見ると、かなり時間をかけて審議しているように見える。しかし実際のところ審議に使っているのはたった1日だけ(5月8日の衆議院・文部科学委員会)。しかもその日のうちに衆院可決の方向が決定された。著作権法改定案の優先順位をうかがわせるものではあるが、それにしても審議にかける時間の短いこと。
 今国会は会期が7月28日まで延長されている。参議院に限って慎重な審議が期待できるわけでもなく、よほどのことが無い限りは、会期切れで廃案という結末は無さそうである‥‥。

http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/171/meisai/m17103171054.htm
「議案審議情報:著作権法の一部を改正する法律案」
(参議院)

http://www.webtv.sangiin.go.jp/
「参議院インターネット審議中継」
※トップページから「会議検索」→6月9日をクリック→「文教科学委員会」

 なお、衆議院での審議の模様は会議録が公表されている(なお本会議では、委員会での結果報告と採決だけだったので会議録を参照する必要はなし)。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009617120090508009.htm
「第171回国会 文部科学委員会 第9号(平成21年5月8日(金曜日))」
(衆議院)

 とりあえず、現況としてはこんなところ。




著作権法改定案の主な内容

 久しぶりのこの話題なので、箇条書きで示しておく。かなり簡素化しており、一部限定のあるところに触れず正確性には欠けるが、思い出すためのキーワードとして見ていただきたい。

●違法配信されたコンテンツの録音・録画の禁止(罰則なし)
●国会図書館での所蔵資料のデジタル化を可能に
●視覚障碍者・聴覚障碍者らの著作物アクセスのための利用可能範囲を拡大
●美術・写真著作物の譲渡における商品画像の提示が可能に
●通信における効率化・障害対策目的の複製を可能に
●自動収集型の検索エンジンで、著作物を複製・インデックス化するのを可能に
●情報解析目的の著作物複製を可能に
●通信での受信側の「キャッシュ」の適法性を明示
●不明権利者のある著作物利用に関し、裁定制度の手続きを明記
●裁定制度の申請した時点から「担保金」の供託で利用可能に
●著作権登録制度の原簿の電子化を可能に
●海賊版の頒布の申し出行為を禁止(罰則あり)

 うちのブログでも、もう少し詳しく内容をメモしたものがあります。

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2009年5月14日 (木)

法制問題小委員会#1配付資料

 驚いたことに、12日の法制問題小委員会で配布された資料が、もう文化庁のサイトにアップされておりました。

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h21_shiho_01/gijiyoshi.html
「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会(第1回)議事録」
(文化庁)

 とりあえずご報告まで。

(後日、追記するかもしれない。)

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2009年5月12日 (火)

衆議院・文部科学委員会で著作権法改定案が可決

 「違法配信からの録音・録画を禁止する」との名目で私的複製(著作権法第30条)の範囲を縮小する、いわゆる「ダウンロード違法化」の条項を含んだ著作権法の改訂案が8日、衆議院の文部科学委員会を通過した(審議経過参照のこと)。4月24日に法案の説明が行なわれ、今月8日が初めての審議だったわけだが、その日のうちに採決された。後日、おそらく無風で衆議院本会議を通過し、参議院での審議へと移ることになるだろう。
 この日の委員会で質問をした議員は、民主党から高井美穂・松野頼久・川内博史・和田隆志の4委員、共産党が石井郁子委員、社民党が日盛文尋委員。この日の委員会の流れが、事務局作成の「衆議院文部科学委員会ニュース」で速報として公表されている。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_rchome.nsf/html/rchome/News/monka17120090508009_f.htm
「文部科学委員会ニュース(5月9日)」
(衆議院)



1 著作権法の一部を改正する法律案(内閣提出第 54 号)
・塩谷文部科学大臣、宮﨑内閣法制局長官、竹島公正取引委員会委員長、政府参考人及び長尾国立国会図書館長に対し質疑を行い、質疑を終局しました。
・採決を行った結果、全会一致をもって原案のとおり可決すべきものと決しました。
(賛成-自民、民主、公明、共産、社民)
・馳浩君外4名(自民、民主、公明、共産、社民)から提出された附帯決議案について、和田隆志君(民主)から趣旨説明を聴取しました。
・採決を行った結果、全会一致をもってこれを付することに決しました。
(賛成-自民、民主、公明、共産、社民)

 このニュース(本体はPDF)では、上記の審議概要のほか、各議員の質問内容の要旨が書かれている。それに対する参考人らの発言は、今のところ『衆議院TV』のビデオライブラリーで参照可能。議事録が公表されるまでしばらくかかりそうだが、『無名の一知財政策ウォッチャーの独言』さんが書き起こしをされているのでご参考まで(書き起こしおつかれさまです)。

http://www.shugiintv.go.jp/jp/video_lib2.php?u_day=20090508
「開会日:2009年5月8日」
(衆議院TV)
※ここから「文部科学委員会」をクリック

http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-11c0.html
「第171回:衆議院文部科学委員会での著作権法改正法案の馴れ合い出来レース審議」
(無名の一知財政策ウォッチャーの独言)

 いわゆる「ダウンロード違法化」は、配信されているコンテンツが違法に提供されたものだとの「事実を知りながら」ダウンロードする行為を禁じるものとは言え、ユーザーがダウンロードしたものを事後的に「適法」か「違法」か判断することが困難という問題があった。いざ訴訟になったとして、権利者側が「事実を知りながら」のダウンロードだと証明しづらい一方、疑いをかけられたユーザーの側でも潔白を証明できない(コピー元のCDを持っていたり、支払いなどの記録が残っていないかぎりは)。この規定を根拠にどれだけの訴訟が起こされるか——によってはユーザーの脅威となる(見せしめの訴訟が数件起こるにとどまる可能性もあるが)。
 「ダウンロード違法化」条項にはもう一つ問題となる部分がある。海外で配信されているものでも、日本の著作権法で判断して「違法」なものならダウンロードが「違法」とされてしまう点だ。たとえば米国のフェアユースのような権利制限など、日本法とは異なる事情で適法に配信されているものが、日本でダウンロードすると「違法」呼ばわりされるようになる。そうしたダウンロードでもする人はするのだろうが、気持ちのいいものではない。
 海外での適法配信と日本法との関係をどう考えるのか、本来は慎重に審議すべきところだった。しかし衆議院の文部科学委員会ではこの観点からの質問は無かった。インターネットの世界でも日本人には日本法だけ当てはめておけばOK——と考える議員ばかりだということか。

 委員会での法案可決のあと、付帯決議も提案されて可決されている。これは、可決された法律が運用される際に“国会の意向も汲んでくれ”と要望する程度のものでしかない。過去の例を見ても、政府へ速効性のプレッシャーを与えるようなものではない(法改定の根拠に使われることはままあるが)。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Futai/monka7C67B3E98A3FA93B492575B00030142E.htm
「著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」
(衆議院)



著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議

政府及び関係者は、本法の施行に当たり、次の事項について特段の配慮をすべきである。

一 違法なインターネット配信等による音楽・映像を違法と知りながら録音又は録画することを私的使用目的でも権利侵害とする第三十条第一項第三号の運用に当たっては、違法なインターネット配信等による音楽・映像と知らずに録音又は録画した著作物の利用者に不利益が生じないよう留意すること。
  また、本改正に便乗した不正な料金請求等による被害を防止するため、改正内容の趣旨の周知徹底に努めるとともに、レコード会社等との契約により配信される場合に表示される「識別マーク」の普及を促進すること。

二 インターネット配信等による音楽・映像については、今後見込まれる違法配信からの私的録音録画の減少の状況を踏まえ、適正な価格形成に反映させるよう努めること。

三 障害者のための著作物利用の円滑化に当たっては、教科用拡大図書や授業で使われる副教材の拡大写本等の作成を行うボランティア活動がこれまでに果たしてきた役割にかんがみ、その活動が支障なく一層促進されるよう努めること。

四 著作権者不明等の場合の裁定制度及び著作権等の登録制度については、著作物等の適切な保護と円滑な流通を促進する観点から、手続の簡素化等制度の改善について検討すること。

五 近年のデジタル化・ネットワーク化の進展に伴う著作物等の利用形態の多様化及び著作権制度に係る動向等にかんがみ、著作権の保護を適切に行うため、著作権法の適切な見直しを進めること。
特に、私的録音録画補償金制度及び著作権保護期間の見直しなど、著作権に係る重要課題については、国際的動向や関係団体等の意見も十分に考慮し、早期に適切な結論を得ること。

六 国立国会図書館において電子化された資料については、図書館の果たす役割にかんがみ、その有効な活用を図ること。

七 文化の発展に寄与する著作権保護の重要性にかんがみ、学校等における著作権教育の充実や国民に対する普及啓発活動に努めること。

 国会議員が結局はどういった方向を向いているのかを知る参考になるかもしれない。この附帯決議案、民主党だけでなく自民党を含む全会派で出されていることに注意が必要だが。

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2009年4月22日 (水)

4/20 基本問題小委員会#1

傍聴時の記録と記憶を頼りに委員の発言を書き起こしています。
正確さは保証できませんが。


文化審議会著作権分科会
基本問題小委員会(第1回)

日時 平成21年4月20日(月)
   14:00~16:00
場所 三田共用会議所 3F大会議室


(出席)
いではく・河村真紀子・佐々木正峰・瀬尾太一・玉川寿夫・中村伊知哉・野原佐和子・野村豊弘・三田誠広・宮川美津子

(欠席)
石坂敬一・大林丈史・後藤雅実・迫本淳一・里中満智子・苗村憲司・松田政行

主査の選任:野村委員





(関文化庁審議官)
 前期の著作権分科会では1月に報告書をとりまとめたが、私的録音録画補償金・保護期間など結論が得られなかった大きな課題も残されている。なぜ結論が得られなかったのか、著作権制度のあり方をめぐる意見の相違も背景では。本小委員会は、こうした状況や経緯をふまえ、著作権施策の基本的問題に関し文化政策の見地から大所高所のご議論をいただく。

(いで委員)
 議論が活発にされながら結論が出ない問題というのは、基本的なところで議論がされていない。「ひとのものを取ってはいけない」「黙って使ってはいけない」という人間の基本が尊重されるべきなら、無から有を生む能力・労力も当然尊重されるべき。その基本から議論しなければ、使う側の利便性などで議論しても、100年たっても結論は出ない。
 たとえば隣りの河村委員の意見。自家用車で使うのに消費者はもう1枚CDを買わなきゃいけないのかとの問いかけ。答えが無いから制度の考え方に納得できないという。私は、消費者はもう1枚CDを買うのが当然だと思う。なぜなら家庭で飲むコーラやコーヒーは、車で飲むのに外へ持ち出すか買う。CDも持っていけばいい。車に積み込みたくないなら同じCDを買えばいい。
 コピーして持っていくこと――家庭内録音は認められているが、基本的には全部OKというわけでない。自分の家庭内で使うなら仕方ないから良いんじゃないか、程度の認めかた。基本が理解されず、既得権のようなものになり、それが当たり前になってしまうのは危険。
 保護期間延長もそう。何年にするのか誰が決めるのか。使う側の利便性とかで決めるのではない。作った側の人が「私は30年でいい」とか「10年でいい」あるいは「50年」「70年」と言うのはわかる。しかし利用する側が決める権利なんてどこにあるんだ、と普通は考える。
 そうした議論をせず、権利者側・利用者側の意見対立で、自分側の意見ばかり言っても100年たっても解決しない。まず「一番尊重されなければならないのが何か」からスタートしてほしい。


(河村委員)
 ここで誤解を解いておかないと、100年経っても結論は出ないと私も思う。
 「車の中で聞くためにもう1枚買わなければいけないのか」の論旨。私的録音録画補償金は、家の中でのプライベートな録音の話。違法なものは含まれない。どうして補償金を払わなければならないのかと聞けば、「権利者に損害を与えているから補償金なのだ」というから、「どう損害を与えているのか説明してほしい」と言った。
 私的録音・録画がまったくできない世界があれば、損害は無い。私的録音・録画の損害の「補償」がいるのなら、私的録音・録画できないと今よりも権利者には利益があるはず。つまり私的録音できないCDを買ったとき、同じCDを自家用車で聞くため私たちがもう1枚買うと「お考えなのですね?」と聞いた。買うという前提なら利益は上がる。
 私が言いたかったのは、「同じCDをもう1枚は買わない」ということ。いで委員の言うとおり、持っていって聴く。もう1枚買わないからこそ、私的録音・録画を禁止しても利益は上がらない、だから私的録音・録画で損失は生じていないという意見。
 タダが当然とは言わない。「損害」の補償なら、その「損害」とは何か。私が認めたのは、持っているCDをお友達のためにコピーしてあげるのは「損害」だということ。
 「タダで使えるのが当たり前」、「権利者は霞を食って生きていけということか」と言われると悲しくなる。私たちはお金を払いCDやDVDを買っている。それなのに、プライベートで聴くものに「お金を払わないから、リスペクトしていない」と言われる。消費者の理解を得るには、そこをロジカルに説明しないとならない。
 (この問題には)少し精神的なところというのがあるのでは。お金の問題もあるが、「リスペクト」のない態度が許せないと言う権利者がいる。しかしそれは少しおかしい。消費者のほとんどは、補償金を払っているのを知らない。気持ちが大事なら、それを皆に知らせるのが正しい。その一方で、皆知らない方が黙ってお金が入ってくる。
 本当に「リスペクト」が補償金にこめられているなら、もっと広報して「これが文化を支えているんだよ」となるはず。文化庁もそういう考えなのかなと。
 消費者が税金のように薄く広く払わされる根拠、それが「リスペクト」なのはおかしい。補償金が文化を支えるとの言い方にも疑問。自分が買った、愛する権利者へ確実にいく方法で支払いたいのが消費者の気持ち。
 私的録音録画補償金の配分が、録画・コピーをする回数にリンクするか。インディーズの人とか、補償金制度の枠の外にいる人たちの作品をコピーする人にとってはとてもアンフェア。クリエイターを育てることも言われるが、「補償金があるからクリエイターになりたい」とのインセンティブがあるとは思えない。文化はそういうものではない。
 文化を大切にする気持ちは、消費者もサイレントマジョリティーが思っていること。文化をないがしろにする気持ちなどない。消費者にとっては「フェア」であることが大切。文化を大切にする一方、商取引や売買契約では「フェア」であるのが正しい。「文化」の名で、消費者の知らないところで広く薄くお金を取れる制度を続けていくことこそ、「文化のために補償金」から離れもっと大きな見地から議論したい。


(佐々木委員)
 今までの法律改正や制度運用では、「社会的に必要性が高いから権利を制限するのが妥当」と権利制限が広げられた。課題が生じるたび、具体のケースについて「公正な利用」との観点から議論をする。しかし著作物の利用が多様化・国際化そして広範になった中、個別ケースの積み重ねが権利の保護と公正な利用とのバランスを失することにならないか。検証する必要がある。
 具体的には、権利制限の拡大に対する権利保護が必要だ。権利の内容、権利行使のあり方、あるいは保護期間でも、権利保護と権利制限との関係が具体的にどうなのか。
 今の著作権法は、「公正な利用」に留意しながら権利を保護することを十分考えてスタートした。長い年月が経ち、その関係がどうなったのかを見直す必要がある。権利者・利用者の立場からの議論を離れ、次元を変えた議論をするのが必要。


(瀬尾委員)
 この小委員会の設置を喜ばしく思う。いままで審議会で話をしたが、著作権分科会自体は単に法律改正のための検討の場だった。そういうものだと何度も言われたが、私はそういう理解をしておらず、もう一歩進んだものが必要。著作権は日本の文化に直結する。流通も大事だが、著作物を財として語るだけでなく、日本の文化として考えるのが重要。そのために著作権分科会がある。
 今までうまくいかない問題や意見対立がたくさんあった。これらは解決すべき。しかし現場の得失のみで語っていてはダメ。ここ3年ほどの議論を見て思う。
 いわゆる「コンテンツ流通促進」や「育成」では、作る側のことを言われる。しかし量だけ増やせば良いのなら、アマチュアのを流せばコンテンツは飛躍的に増える。日本の文化には、それだけで本当にいいのか。専門に文化を作る人がどう暮らし、どう関わっていったらいいのか大きく考えることで全体のバランスが取れていくのでは。
 今まで「コンテンツ流通」を「文化」の側面からの議論することは少なかった。そういう議論をこの場でできればいい。量と質で日本の文化力を高め、文化のブランドをつくり、流通させる。文化の質と量の両方をいかに振興させるか。そして日本の国民がいかに豊かな精神生活を送れるか。
 この小委員会ですべきは結論を出すことでなく、著作権行政に対する提言。文化審議会は「こういう風にあるべきじゃないか」という提言をしても良いのではないかと思う。その骨子をこの場で話せたらと。

 私的録音録画の話で思うのは、家庭内利用が変わっていること。(今の)著作権法ができた時代は、末端の利用が家庭だとの前提で「ここまでは手を入れられない」と許した。今はインターネットや複製機器が進歩して、家庭と公共の場がものすごく近い。境界線が曖昧でもある。「私的領域」がどこまで広がっているのか、意味と範囲を議論すべきでは。
 たとえば画像。昔はカメラで絵を撮った。カメラでは光学的に甘くなったりしたが、今はスキャナーで高精細なものができあがる。これは想定していたか。
 レコードも、あんな小さなiPodに何万曲。私も音楽好きだから聴くが、CDのラックがほとんど入る。それが持ち歩ける。そんなことは(現行法の制定当時)考えてなかったろう。技術の進歩と社会の中で、どうあるべきかの議論をここでして、「私的な利用」について何か見えてくるのではないか。

 それともうひとつ。最近言われる権利制限の一般条項。あえて「フェアユース」と言わない、何が「フェア」かは分からないから。「権利制限の一般条項」を流通のために考えているのなら、それは危険ではないか。日本は裁判が一般的ではない。隣の人がうるさかったら「ちょっと静かにして」と言うより前に弁護士へ電話する社会、普通の人が普通に弁護士に頼んで訴訟を起こせる社会、しかも懲罰的に賠償金をとれる社会なら成り立つだろう。しかし日本人で、たとえば権利者が侵害されたからといって大手を相手に訴訟を起こしたら、(その権利者は)胃に穴をあける。心労で。
 懲罰的な賠償・罰金を含め、日本をそういう裁判社会へ持っていく強い覚悟があった上で、その条項を入れるのか。日本の権利者には個人が多い。一方で利用者は会社で法務部を持ち、顧問弁護士もいるかもしれない。勝ったとしても小額、裁判費用すら出ない。そういうことに取り組むなら、非親告罪と同じように根本的問題として問われるべき。


(玉川委員)
 最近著作権の問題に関する基本的な認識を。
 ひとつは、コンテンツ流通促進。最近まで「放送番組のネット流通が進まない」と各所で議論され、原因は「放送事業者がコンテンツを抱え込んでいるから」と誤解されていた。しかし放送事業者は番組の二次利用に消極的ではなく、単にビジネスとして成立する利益が見込めなかったのが理由。最近では「NHKオンデマンド」や、民放のネットでの番組配信事業が積極的に拡大している。「囲い込み」との言葉はあまり聞かれなくなってきたのでは。
 権利処理の煩雑さもクローズアップされる。ネット利用で著作権者・実演家などの許諾権を制限しようとの特別法「ネット法」制定の議論がある。放送事業者はこれまで、番組販売やパッケージ化など、番組の二次利用のため関係権利者と時間をかけ協議し、ルール作りをしてきた自負がある。権利処理のルールは、権利者と利用者が話し合って作るのが原則。法律が介入するとしても、著作権法で調整されるべきでは。
 コンテンツ流通はネット以外にもある。ネット利用だけを特別扱いしては公平性を欠く。著作権法で認められた権利を剥奪するのは財産権の不当な侵害にもつながる。ネット法のような取組には極めて慎重な姿勢で臨むべき。
 著作権法に関する最近の議論は、著作物を利用することに片寄っている。著作権法は権利の保護を作品の利用とバランスさせて文化の発展に寄与するのが目的。保護と利用のバランスが崩れれば文化の発展を阻害し、先細りにさせる。
 そのバランスの崩れを象徴するのが私的録音録画補償金。この制度の見直しは、HDD内蔵録画機器や、パソコンなどの汎用機器をどう扱うかという議論から始まった。そもそも利用者は録音・録画の手段の多様化と利便性向上でメリットが増大。これをどう権利者に還元するかを考える、つまりデジタル技術発展のメリットを還元するのが課題。昨年「ダビング10」が実施され利用者のメリットは格段に増えたが、その一方でブルーレイの政令指定がいまだに実施されていない。これは明らかにバランスを失している。
 私的複製が認められている以上、利用者・権利者双方の利益のバランスをとる唯一の方法が補償金。ここ数年の議論は進展せず、権利者側の利益が損なわれる方向の議論のみが提示されている。今回ここで議論するにあたり、補償金の廃止ありきでなく、その本質から議論すべき。
 議論の具体的な進め方はまだ明らかにされていない。ここと別に懇談会で検討されるとも聞く。それなら中立的な立場で議論が行なわれるよう、利害関係者中心ではなく有識者を主体とした構成を考えてはどうか。

 もうひとつ。文化庁の主体的な取組への期待。デジタル放送の制度的エンフォースメントや、番組の違法流通対策など、技術革新で新たな課題が生じている。本来文化庁が取り扱うべき事項だが、実際は他省庁が検討している。真に文化立国を標榜するなら、著作権制度に直結する問題は、文化庁がイニシアチブを取るべき。省庁間の関係に問題が落とし込められると、必然的に動きが鈍くなる。
 コンテンツの利用にともない適正な利益が権利者に還元されることこそ「真のコンテンツ産業の振興策」。これを実現するのは著作権法だけ。
 本小委員会では、著作権・著作隣接権の意味を再確認し、新たな作品の創造・拡大再生産につなげ、国民が広く豊かな文化を享受できる社会環境の実現に向けた建設的議論がおこなわれることを期待する。そして著作権に関する文化庁の主体をもった取組も。


(中村委員)
 優先順位、政策の中心、そしてアプローチ。視野を広げるのが大切。
 まず優先順位。アナログからデジタル、パッケージからネット流通、国内市場からグローバル、100年に1度くらいの構造変化が起こっている。デジタル技術はコピーで、流通が広がるのが前提。今の優先課題は私的録音録画補償金とIPマルチキャスト。優先度をひとつひとつ明確にすることが大事。
 二点目、政策の重心や方向性。知財本部や総務省などの議論の中心は業界の利害調整。つまり産業政策。文化審議会でも同じテーマなのはどうか。アナログからデジタルへの構造変化で、文化政策に立ち戻る重要性が問われる。デジタル化の恩恵を還元するメカニズムをどうするのかがテーマ。
 三点目。これが一番大事だが、多くの問題に対し法制度論で対応する話が出る。しかし法制度での対応は数多いプランのひとつでしかない。法律を変えるのは時間がかかり、コンセンサスを前提にして何も動かない。仮にコンセンサスを得られても、著作権法は細密に書くことになる。法制度のアプローチだけでなく、マーケットや文化を具体的にどう作るか。税制・財政面のサポートを考える手もある。
 先日、映像コンテンツの許諾窓口を一本化するとの報道を見た。総務省でも「市場取引」のトライアルを実施。これらがうまくいけば、法制度を変える必要がなくなるかも。民民による努力の支援を考えた方が生産的。
 著作権の制度論議は、データに基づくものが少ない。制度の必要性、導入したあとの効果――他の省庁なら当然にする調査・シミュレーションがなく、定性的・情緒的な議論。少なくともここでは、定量的に踏まえるべき。


(野原委員)
 現代のデジタル化・ネット化・グローバル化、環境の激変をどう踏まえているか、その把握は個々の立場で違うのでは。
 今回の委員会は「基本問題」を掲げる。これはチャンスだ。個々の利害を超えて客観的な視点で議論しようとの話に賛成。
 いろんな立場でそれぞれ絵を描き、それぞれの立場で語っても議論が噛み合わないのは当然。著作権とは何かという基本に戻ってほしい。具体的な現場から知ることからやって、共通認識のもと全体を俯瞰してはどうか。
 具体的には、「過去の著作物~小委員会」でやっていたヒアリング。印象的だったのは、著作権者の方々もネットビジネスをやっている方の意見に共鳴していたこと。
 ネットで音楽や映像を販売・提供している事業者の方に来てもらえたら。そして著作権者の方々、スタンスの違う人たちからも聞きたい。課題が起こっている現場の方の話も。全体を俯瞰して議論する方にも来ていただく。それをもとに基本的概念を共通の認識とすることに力を割いてはどうか。
 個々の利害を超え客観的な視点で議論、あるていど皆で共有できる提言を出せたらいい。

 もう1点。補償金や保護期間の問題は大事かもしれないが、社会変化の中で本当にナンバー1・2なのか疑問。列挙した問題だけを潰していくスタンスでなく、もうすこし幅広い視点で全体を見ることに力を入れたい。


(三田委員)
 新聞報道もあるが、米Googleが提携図書館の書籍をデジタルコピーしてデータベース化した。いま出版業界は大混乱。図書館間で送信する分には、さほど大きな問題ではない。しかしGoogleの行為は、一般ユーザーへの書籍のネット配信を前提とする。ヤクザが海賊版DVDを作り、マンションに置いていて売る前に摘発されたようなもの。利益を求めて複製物を大量に作った事例。
 ところが米国の法律では「フェアユース」。営利目的でも、その利用が公共性のある特別な場合で、その著作物の流通をさまたげず、著作者に損害を与えないなら無許諾・無償で複製を作れる。
 しかし作家たちが裁判を起こし、「補償金」を含む和解になった。実質的には損害をGoogleは認めたはずだが、いまだに一ぺんの謝罪もない。Googleは今でもフェアユースだと言う。判決で出たわけでなく、シロクロ決着してはいない。ただ和解に応じて一定の処理をするという理解。
 ハーバード大学には日本の書籍も大量にある。全部コピーされ、文藝家協会の会員・登録者4800人のうち、4300人が関わる。90%近い著作者が、勝手にコピーが作られてしまった。ヨーロッパでも大問題になっており、米著作権法の「フェアユース」がアンフェアだとの認識が世界的に広がっている。
 この時期に「日本版フェアユース」導入を議論しようということ自体危険。世界的に見てもトンチンカンなこと。日本で言えば、ヤクザが海賊版を作ったような事例なのに、アメリカでは複製した時点ではすぐには違法にならない。「フェアユース」のおそろしさ。
 実は日本の国会図書館でも全く同じものを作ろうとしている。全ての本があり、それを全部デジタル化する。私も協議会に参加しているが、デジタル化は有意義だからOKということで法律改正が進んでいる。しかしチラシを見ると、国会図書館のデジタル化で「インターネット等を活用した著作物利用の円滑化を図るための措置」というタイトルが付いている。Googleがやってることと同じ。国会図書館内に海賊版みたいなのが大量に作られ、まだネット配信はしていない状態。将来的にはネット送信もありなのか。
 「フェアユース」という概念は著作権法そのものを骨抜きにする。その認識を皆に持ってほしい。

 一方では、「日本版フェアユース」を求める声が利用者にはあるのも事実。多くの利用者が、著作権が具体的に壁になり円滑な利用の促進が阻害されていると考えている。権利者の方だって、実はできるだけ利用してもらいたい。利害は対立しない。タダで使わせて欲しいという要望には応じられないが、一定の手続を経て使ってもらいたい。
 隣接権の窓口の一本化が実現、著作権者の17団体はポータルサイトを作り、そこから各団体のホームページへ行けるシステムがある。利用者がどこに問い合わせればいいか分かる。

 しかしまだ問題がある。「一億総クリエーター」時代。全員がそれぞれの著作権団体に登録するわけではない。そういう人たちの多くは、作品を作ること・情報を発信することに喜びを感じ、必ずしもプロフェッショナルではない。経済的利益を考えているわけではない。
 過去の著作物にも、経済的利益がなく遺族からそういうものを求めていないものもたくさんある。それらを円滑に利用できるシステムは必要。たとえば地方の文学館が昔の同人誌を復刊したいとき――宮沢賢治が寄稿した同人誌を復刊するが、宮沢賢治の著作権は切れていても、他の同人がいつ無くなったのかわからない。こういうときは、遺族も利益を求めていない。今の裁定制度を簡略化し、円滑利用のシステムを広げるべき。
 裁定制度の簡略化は著作権法の根本に関わるので、こういう場で大いに議論をしていくべき。もし円滑な利用が実現すれば、保護期間延長問題も解決する。2年以上かけて利用者の意見を聞いたが、「お金を払うのはイヤだ」という話ではなく、著作者不明で利用しづらいとの話が大半。

 我々が英知を傾ければ必ず前に進む。しかし今日、「やっぱりうまくいかない」と感じた。いでさんと河村さんの議論、やはり利害が対立すると非常にかたくな。ひとりの有識者として個別の利害を離れた議論が必要。
 フェアユース導入で儲かるのは弁護士。法律が書いてないところは裁判で、裁判が増えると裁判費用は結局消費者に回る。それを考慮して、ひとりの有識者として議論をすべき。


宮川委員
 (三田委員の話にあった)弁護士の宮川です。私が初めて小委員会に参加するにあたり、あまりにも重い場に入ってしまったと心が重かった。
 委員は、これまでは名前・立場でどういう話をするのかわかる。もっと違った視点で話ができるのではないかとの言葉を伺って、私もそのように議論に臨みたい。
 これまで有識者・プロの方が話して解決しなかった議論をするわけで、常套句・決まり文句・決まり切った対立関係、決まったような言葉を使うのはやめて、ステレオタイプから離れた視点で議論したい。


(野村主査)
 従来は、著作権の定義から考え結論を導く発想。たとえば中古ゲームソフトで、ストーリーがあって画面が動くから「映画の著作物」――と議論するのが典型。視点を変えて、具体的な状況である人の利益が保護されるべきか、対価を払うべきか、逆に利益が失われたりしたときに法的に保護されるべきか――といった裸の価値判断も考え、著作権の定義を見直すことも必要ではないか。基本問題という新しい視点から検討して、既存の問題でも新しい展望が見えてくるといい。
 私的録音録画・保護期間・フェアユースが、皆の念頭にあるようだ。他の課題でも具体的な政策につながる、委員会としての議論ができればいい。ただ、審議会の限界もいずれは考えなければ。一つの議論に集約されない場合、それをどう文化庁として意思決定に組み込むのか。審議会を置く意味をもう一度考え直す必要があるのかなと。

 本日は欠席の方が多く、欠席委員からの意見がある。事務局から紹介。


(事務局)
 石坂委員。いままで長年議論されてきたが結論の得られなかった補償金問題・保護期間について、ここで文化政策的な見地から検討、本年度中に結論を出せるよう進めてほしい。
 また「日本版フェアユース」は、著作権法の根幹にかかわり極めて重要。本委員会の検討課題とし、多面的かつ十分な議論――具体的には米国等の事例を精査、権利を制限しなければ不都合を生じる具体的・個別的な事例について、権利保護と利用のバランスを十分に吟味するなど。拙速にならないよう。

 大林委員。
 ひとつは私的録音録画補償金。デジタル録音・録画機器の文明論的位置づけ、文化論的に見た創造への影響、そもそもなぜ補償金が創設されたのか、大元に立ち返ってもう一度議論したほうがいい。そうすれば、制度の必要性や、制度がどう変わっていくべきか明白になっていく。
 次は保護期間。著作物がネットで流通する時代、保護期間を延長し多数国の保護期間の調和をはからず、この時代を乗り越えることは不可能。実演か固定から起算される実演家の権利について、長寿社会では実演家の存命中に権利が無くなってしまうとの課題がある。戦時加算も、撤廃に向け積極的取組が必要。
 三点目は日本版フェアユース。当小委員会で取り組むべき課題。文化論的視点からの議論が必要。モデルのアメリカとは、社会の仕組みや国民意識の違いが大きい。拙速にことを運ぶべきではない。ましてクリエイターの成果を安易に利用することが経済発展につながる、コンテンツ大国になる早道――などというのは本末転倒。保護期間とは違い、世界標準でない規定の導入には慎重であるべき。その前に、ネット時代にコンテンツ流通促進が文化的影響をもたらすのか、プラス面マイナス面を、文化発展とよりよいコンテンツ創造のサイクルという視点から議論されるべき。
 本小委員会に、事前に通知することを条件に、代理人の出席を認めてほしい。

 苗村委員。
 技術の発展、国境を越えた情報流通、日本作品の国際的評価――などの背景を考え、これまで結論の得られていない課題を含む基本問題について文化政策的な高い立場から検討すべき。
 加えて三点ほど。著作者・利用者の利害対立でなく、双方にとって望ましい解決の方法をさぐるべき。例えば私的録音録画補償金・保護期間。著作者と利用者の対立前提ではなく、どの選択肢を選んでも双方にプラス・マイナスがあるものを確認、選択肢を比較する。
 二点目は、技術振興と国際環境の変化。著作権制度の国際的変化を直視し、制度改革の必要性を確認。たとえば、米国企業のビジネス戦略の影響を受けるごとに著作権法改正をするのでなく、著作物の創作・流通・利用の態様が変化する本質を見極め、将来の改革の方向を明確にし、今後の対処を検討する。対処法も、法制度改定だけでなく、契約を含むビジネス慣行の改善、国際会議等での意見調整の可能性も検討すべき。
 三点目として、法学に加えて、文化情報学・社会学・経済学・政策学など横断する学際的学術研究の成果を活用。著作権制度の研究者から聴取し、小委員会での検討に役立てる。

 松田委員。
 コンテンツのネットワーク流通促進。民間からいくつかの提言が公表。「ネットワーク流通と著作権制度協議会」でも、4月24日に提言を出す予定。この委員会でネット流通促進法制の議論があれば、協議会提言も説明機会を得たい。
 Googleブック検索のクラスアクション和解の日本への影響。この和解は米国での民事訴訟、基本的には著作者・出版社の判断に委ねられるべき。委員会が審議する必要はない。ただし和解の内容は全世界の著作権者が関わる。Google1社のデータベースに世界中の書籍コンテンツが集中し、日本におけるコンテンツ利用に影響が出る。著作物を国民の自由に利用できる環境を確保することは国の責任。日本は日本の著作権法によってその秩序を確立すべき。Googleの和解の影響について調査・審議を。


(主査)
 あと20分ほど。検討課題について自由討議を。


(いで委員)
 この委員会がいったい何を求めているのか、明確にした方がいい。私と河村委員のやりとり、それとは違うことを考えた方がいいとの意見も。この委員会では欠席の委員の意見を見ても、みな私的録音録画補償金・保護期間延長・フェアユースを問題視しているが。
 文化庁もこの委員会で求めているのは何か。問題があったからこの委員会が必要ということか、日本の著作権社会がどうあるべきかの総論だけをやるのか。それなら我々を呼ぶより評論家でも呼んだ方がいい。


(野村主査)
 事務局が、今後のスケジュールや具体的議論の課題など、次回・次々回どう示すのか説明すれば質問に対する答えになるかと。


(事務局・著作権課長)
 小委員会の進め方は、委員から意見をいただきながら考えたい。今年中に特定の課題で結論を出すものとお願いしたつもりは現時点ではない。第26回・第27回の分科会の意見を踏まえて設置の提案をし、設置された。
 我々としては、補償金・保護期間延長・フェアユースのいずれも重要な課題。できるだけ早期に結論を得たい。特に日本版フェアユースは分科会でも大きな検討課題。まずは法制問題小委員会で議論。ただ日本版フェアユースについて意見があれば、分科会に(この小委員会の)意思をどう反映するか別途考えなければならない。
 今後の進め方は、今日の提案を整理した上で示したい。


(瀬尾委員)
 「テクノロジーの急激な変化」「ネットワーク社会の急激な進展」とよく言われるが、それらが本当に著作権に関係あるのか? 音楽の聴き方、たとえばiPod。ウォークマンがあった、CDを持ち歩いて聞くこともできた。利用の便利さは上がったが、基本的な利用の方法は変わってない。
 「インターネットで社会が変わった」、テクノロジーがすべて著作権に影響を及ぼすとのイメージがある。本質的に影響を与えないものと、本質的に与える物とをごちゃまぜにして「社会が急激に変化しているから、それに対応しなければいけない」との論でまとめられるのは違うのでは。

 「放送で流通しないのは放送事業者が番組を囲い込むから」との論理、でも儲かったらやるんじゃないのか。それだけなのに、頭の中でネットワーク社会・テクノロジー社会が夢と希望に満ちている宝の山のような、すべてが新しいところへ変わっていかないといけないような「バラ色の夢」を見ちゃってるのかなと。
 ネットオークション、ニコニコ動画、YouTube。話題になるが、実際にそれを使って生活に馴染んでいる方が発言しているとは思えない。そういう議論でいいのか。前にドワンゴの社長がいらして、話をした。現場の声が出てきたから良かった。妄想のネットワーク社会とかバーチャル社会ではなくて、現時点が分かった。
 現時点のネット社会、著作権との関わりで何が必要なのか。どこかで整理しなければならない。テクノロジーと社会、利用の関係。専門家を呼んだ上で、話を聞いて、関係のあるもの無いものについて議論すれば、多くの方に有効な小委員会になるのではないか。


(三田委員)
 法制問題小委員会には弁護士が多いのではと警戒。
 それと、経団連・経産省・ネット関係の利用促進を図ろうという圧力は文化庁にひしひしと波及しているのではないかと危機感。この小委委員会では、著作権が守るべきものは何かをしっかり議論して、フェアユース問題についても考えていくべき。
 利用者の声もきかなければならない。守るべきものを守りつつ利用を促進することを議論していくべき。

 それから、根本的な問題。いままであまり議論されることがなかった様々な課題もどんどん提案して皆で考えていくべき。一例をあげると、美術のネットオークションで写真を出すことが法律改正でOKになる。美術家は(作品の)現物を売ってしまっても、画像は著作権によって書いた人のものだったが、ネットに著作物の画像を出して良いとなると美術家の著作権が根本から無くなってしまう。ネットに画像を置いて利益を得た人から対価を得るような、「著作権」に該当するような部分を考える時代ではないか。
 ある美術家の名前をYahoo!などで画像検索すると、その人の作品がずらっと出てくる。クリックするとかなり拡大した画像が出てくる。これがさらにネットオークションの画像が増えると、美術の画集を買う必要が全く無くなる。何らかの形で保護することも必要。

 もうひとつは、隣接権者が50年で切れてしまうこと。たとえば美空ひばりがもし生きていたら、もう子どもの頃に歌った権利が切れてしまっている。生きていたら今70歳くらい。10代の作品はすべて切れてしまっている。隣接権の50年はいかにも短い。
 これをアメリカのように95年に延ばしたところで、利用者に大きな負担を強いるものではない。著作隣接権が切れても、CDの値段が安くなるわけではない。隣接権の保護期間にも一定の考慮を払う必要があるのではないか。

 あるいは写真家の権利。旧著作権法で切れているものもある。私のような門外漢が言うのも変だが、「この作品は切れていて、この作品は切れてない」を検証するのが面倒で、えらい写真家のすべての写真にお金を払うケースがある。すでに失われた権利だが、その写真家が生きているなら著作権の復活が考慮されてもいいのではないか。それで消費者に損害はない。著作権を守ることを、この場で考えていけばいい。

Posted by 谷分 章優 著作権保護期間延長問題, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月30日 (月)

著作権分科会 #28 ――フェアユース戦線はいつもの風景

 3月25日に、文化審議会著作権分科会の第28回会合が開かれた。この分科会では1月に前期・2008年度までの報告書が出され、それを受けて3月10日に今国会へ著作権法の改定案が提出されたところだ。法案の方は衆議院で先に審議される予定らしいが、30日現在でまだ審議は始まっていない。ともあれ、法案提出を前期の区切りとして、25日は今期・2009年度の分科会運営について話し合われる最初の会合となる。

文化審議会著作権分科会(第28回)
  日時:平成21年3月25日(水)
     10:00~12:00 ※実際には30分ほど早く終了
  場所:三田共用会議所 3F大会議室

【議事】
1 開会
2 委員及び文化庁関係者紹介
3 議事
(1)文化審議会著作権分科会長の選出について
(2)小委員会の設置について
(3)その他
4 閉会

【配付資料】
資料1 文化審議会著作権分科会委員名簿
資料2 「著作権法に関する今後の検討課題」
    (平成17年1月24日・著作権分科会決定)
    の概要とそれ以降のこれまでの審議状況
資料3 小委員会の設置について(案)

参考資料1 文化審議会関係法令等
参考資料2 文化審議会著作権分科会(第27回)議事録
参考資料3 著作権法の一部を改正する法律案の概要
      ※配付資料には法律案そのものも含まれていた。
参考資料4 デジタル・ネット時代における知財制度の在り方について(報告)
      (平成20年11月27日 知的財産戦略本部デジタル・ネット
      時代における知財制度専門調査会)
参考資料5 広崎委員意見書
      (第9期文化審議会著作権分科会の運営に対する意見)

 分科会の運営の話——と言っても、実際に議論をする場は、分科会の下に設けられる「小委員会」の方である。だからこの小委員会をどう設置するのかが話の中心になる。
 昨年まで設けられていた、iPod全盛の今の時代に適合した私的録音録画補償金制度を話し合う「私的録音録画小委員会」と、保護期間の延長の是非を議論する「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」は、前期最終回にあった予定のとおり解散となった。今期設置されるのは3つ、「基本問題小委員会」「法制問題小委員会」「国際小委員会」だ。

 基本問題小委員会は、「著作権関連施策に係る基本的問題に関すること」を議論するとされる。この表現自体は配付資料にあった文言を引いているだけだが、あまりにも漠然としすぎてはいる。事務局が説明する中で例示した議題は、私的録音録画補償金と保護期間延長の問題だ。つまり解散された2つの小委員会を吸収したような形のようだ。それぞれの小委員会でも持て余してしまった議題なだけに、他の「基本的問題」を扱いつつこれら二つの議論も進められるのかは疑問。議題設定に文化庁の恣意が反映しやすいだけに、注視したい。
 「基本問題」と銘打っているだけに、事務局は方針として「文化政策的な見地から大所高所の議論をしていただける場として設置してはどうか」と提示している。この文化庁の言う「文化政策的な見地」が果たして好ましいものになるのか、私見だが微妙に思えてならない。「保護」だけが文化政策ではなく、しかもコンテンツ産業だけが「文化」ではない——そこからこぼれるものを無視したり、あるいは一緒くたにしすぎた結果が、〈時代の流れに対応できていない著作権法〉という今の状況なのではないか。
 長いこと著作権分科会の動きを見てきたためか、かなりうがった見方をする私ではあるが、心配の種が尽きないというのが正直なところである。

 法制問題小委員会は「著作権法制度のあり方に関すること」を話し合うということで、著作権法学者中心の構成で例年通りの設置。ここでは、前期まで議論しながら課題として残されているものに加え、「放送・通信の一元化への対応」「権利制限の一般規定」などが新たに挙げられている(事務局説明より)。議題てんこ盛りになるいつもの展開なのは間違いないが、その中でも最も注目が集まるのは「日本版フェアユース」だろう。

 国際小委員会も前期に引き続いて設置される。国際条約などで国内法制に対応すべき点が出てきた場合、その議論をここで行うのが主な役割なのだが、近年はこの種の動きが少なく会合が開かれるのも年に数回程度だった。もっとも前期最後の会合で「国際的な議論に先行して検討課題を設定しよう」との方針が出ており、また「模倣品・海賊版拡散防止条約」ACTAの展開も注目されるところなだけに、今期に大きな議題が持ち上がることが予想されないわけでもない(ただしACTAの中身が明らかにならないことには、今後の影響をはかることができないが‥‥)。

 今年度の小委員会はおそらく4月に入ってから本格始動する。まだ委員構成などは明らかにされていないが(たぶん事務局から本人への打診は始まってるだろう)、大ネタの未消化が目立つ著作権分科会である。バタバタと“審議したつもり”“結論が出たつもり”で片付けられることがないよう、注視していきたい。

委員発言から――

 以上が、分科会で本来話し合われるべき議題だった。しかし結果としては、いくつかの論点で委員発言が相次いだ会合となった。その論点とは、「日本版フェアユース」「美術品等のオークションでの商品画像」「不明権利者に関する裁定」の3つだ。このうちフェアユースは今後の議論に対する委員からの牽制という位置づけになるが、オークションと不明権利者については既に出された法案への質問という形。
 それぞれ、私の傍聴メモから書き起こした発言内容を引いておく。なるべく発言趣旨は変えないようにしているが、なにしろ私のやることなので必ずしも正確ではないかと思われる。正確なところは後日 公式の議事録に当たっていただくことを推奨する。各論点ごとにまとめてもいるので、発言順も前後していることにご注意を。

石坂委員(日本レコード協会会長)
 「日本版フェアユース規定」導入の今後の検討について。
 権利を制限しなければ不都合が生じるという具体的事例について、権利保護と利用のバランスを十分に吟味ないまま拙速に検討が進められるのを懸念している。公正な利用といっても、そこで想定される要件は様々だ。「日本版フェアユース規定」の検討は著作権法の根幹にかかわる内容なので、法制問題小委員会だけでなく基本問題小委員会でも検討し、多面的な議論をお願いしたい。

三田委員(作家・日本文藝家協会副理事長)
 新聞などで報道されているが、アメリカのGoogleが、いくつかの図書館の蔵書をすべてデジタル画像でデータベースを作った。これは日本の著作権法で言えば明らかに複製権の侵害。これについてアメリカの作家たちが裁判を起こし、一定の和解案が出て、補償金を払うという結論が出た。それが日本の作家や出版社にも関係してくるということで、日本でも大変な混乱が起きている。何がどうなっているのかを調べるのに、出版社や文藝家協会などで人を雇って調査をしなければならない実害が出ている。
 Googleは告知広告で、こういった和解があったとは知らせているが、謝罪の言葉が無い。明らかに法律に抵触することをしながら‥‥。アメリカの法律に「フェアユース」という概念があって、和解が成立して補償金を払う結果になっても、これは和解であって自分たちは「フェア」だと考えている。
 同じようなデータベースの作成が日本では国会図書館で行われている(註:現在国会で提出された法案に、より簡便にデジタル化できる条項が盛り込まれている)。これについては関係者を集めて、慎重な協議がなされている。複製を作ることはOKだが、それを国会図書館以外に提供するのは今後も慎重に検討するということ。日本ではそういう制度。
 ところがアメリカでは勝手に複製を作り、図書館間でも流通させてしまっている。こういったことが可能なのは「フェアユース」という概念があるから。
 「フェアユース」という概念を導入してしまうと、こうした明らかな実害がさまざまな分野で起こる可能性がある。慎重な議論をしてほしい。

(発言者不明)
 フェアユース導入の議論を拙速にバタバタとやるのは何故なのか。納得できないままに議論を進んで行くようだ。砂の上に高層ビルを建てようとするのではなくて、「砂」の基礎工事をどうやるのか、まずその土台作りの議論をちゃんとやって、先へ進む展開を考えて皆で知恵を出してやっていければいいのでは。



松田委員(弁護士・中央大学法科大学院客員教授)
 資料に「インターネットを利用した事業が諸外国に比較して遅れている」とある。一般的権利制限規定を導入すべきとの考えを持っている人々は、こういう考え方を表明している。著作権法がその障害になっているという前提。個別的制限規定であるから、著作権が障害になるかもしれないビジネスに投資をできない、新規事業への萎縮効果があるのだと。
 しかし三田委員の指摘は、一般制限規定が導入されれば極めて危険な状態が想定されるという一例。Googleは、日本の作家に対しても、オプトアウトしないと全部和解の中に含まれるから、との前提でGoogleのアナウンスに従って対処しなさいと言っているわけ。向こうの法制だからやむを得ない、圧倒的な力の差がある。そこも前提としては「フェアユース」だと言っている。そのような事業を拡大していくのが良いのか――多分ここにおられるごく普通の、著作権法の知識を持たれた方々は、いくらなんでもそれが「フェアユース」とは行き過ぎだと思われるだろう。
 日本がアメリカから遅れているとの前提で「著作権法を改正しなければならない」という発想が間違いだと私は思うが、少なくとも関係文書を作るときにはその点に注意してほしい。審議した後の記載ならやむを得ない。総意がそうであるなら仕方ないと思うが、私は今のところ総意がそうだとは考えていない。まず「遅れている」とやって、フェアユースを導入してもいいかのような、環境整備が必要だという印象を与える表現には慎重になるべき。
 事務局が作ったものでも、文化庁が作った資料、文化庁も同じことを考えている――と必ず引用される。ぜひよろしくお願いしたい。

 権利者側主催のシンポジウムなどに限らず、著作権分科会でも何かと風当たりの強い「日本版フェアユース」だが、実は分科会でこの種の発言をする委員はいつも同じである。確かに、これまで“自由に著作物を使える範囲”を個別具体的な規定で定めてきたのを、抽象的な規定を導入して後は裁判で決めようという制度へ転換させようという話だから、それに対する権利者側の反発が大きいことは当然予想される。とは言え、旧来の著作権のあり方が社会の支持を受けているのかが大きな問題。
 いつもと変わらぬ風景の中で、今回初めて出てきたネタはGoogleブック検索の件だ。もともとはGoogleが図書館と組んで、蔵書のデジタル化を始めたのに対し米国の著作者団体と出版社団体が訴えたのが最初。これが代表訴訟という形を取られて和解に至ったため、米国内での和解内容に(米国でも著作権が認められる)米国外の著作権者が拘束されるという興味深い事態になった。日本文藝家協会でも、和解に応じる協会員に対して代理手続をする方針だと報道されているところで、それについて三田委員がどうコメントするのかが見ものだったわけだが‥‥かなりグチってますな。
 しかしこれを「フェアユース」のせいにするのはどうかと。日本の権利者が巻き込まれたのは、米国の代表訴訟(クラスアクション)の問題なのではないか。海外で訴訟が起きて、その影響を受ける。そして何が起こってるのかを調査する必要に迫られる——ということを「実害」と呼ぶのも如何なものか。海外で権利行使しようとしたら、むしろ積極的に情報を収集すべきかと思われる。

 次の、法案に盛り込まれた「ネットオークション等」での商品画像掲示の件。美術品や写真などを売るのに、これまでは商品写真の撮影が著作権に触れかねなかったのが、権利制限して一定の範囲内で撮影OKということにしようとの話。

福王子委員(日本画家・日本美術家連盟常任理事)
 インターネット販売業者の美術品等の画像掲載について、権利制限を受けることになるとのこと。報告書では「ネットオークション等における画像利用」とあるのだが、この中にオークション会社が作るオークションカタログも入るというのを後で聞かされた。(持参したオークションカタログを示す)こんな立派な本が出来ていて、オークション会社が販売するもの。こういうのも権利制限の対象となるのは如何なものかと、(連盟の)美術作家らからも要件等を慎重に審議して欲しいと言われている。
 よく分からないまま審議が進行して、あるいは決定されているという感じを受ける。美術作家・絵描きは言葉や文章で語るのがよくないという風潮もあるが、そうするとどうしても事業者側に(結果が)片寄ってしまう。
 オークション会社から実際に立派な図録を発行しているわけで、そこをよく見ていただいて、あるいは調査するのも大事。慎重に審議していただきたい。

事務局
 今年1月の報告書では「ネットオークション等における画像利用の円滑化」ということで審議。報告書ではまとめとして、売り主が取引を行なう際の情報提供の必要性を根拠にしている。画像を見せなければ売買が出来ない、との点についてはインターネットに限らず、オークションカタログを除外する議論ではなかったと理解している。
 なおオークションカタログを販売する場合、それが美術品売買のためか、単に図録として販売するか、それによって違いが出る。図録が目的なら、今回の権利制限の要件の対象外。どのような基準で判断するか、運用上の工夫はしていきたい。

福王子委員
 オークションカタログの中にも、許諾を取っている作家と、全く取っていない作家がある。実際うるさいところには許諾を取るということだと思うが、こういう状況が続いてきて、係争に至る案件もある。実態の調査をよくやってほしい。オークション会社や作家の代表が集まって話し合う場も考えてやっていこうと思う。その辺でできることがあると思うので。



河村委員(主婦連合会常任委員)
 審議の過程でも「ネットオークション等」となっていて、オークションで画像がなければ円滑にいかないという説明だった。私もそうなのかと。法案では、ネットだけでなく、審議したつもりじゃなかった印刷物にまでかかる書き方。ちょっとこれは、私が聞いてても福王子委員の憤りが理解できる。審議の過程と、報告書から法案にいたる透明性が気になる。

福王子委員
 前回の審議会のあとで、文化庁からオークション会社のカタログも入ると聞いた。
 美術家連盟には5300人の会員がいて、毎月理事会があってそこで著作権の問題について――70年延長問題や、いろいろなところで勝手に使われる問題、そしてオークションカタログについても毎回出ている。それと「インターネットオークション等」とは別物だと僕は思っていたもので、後から気がついて驚いたのが本音。
 ついでに言うと、報告書の53ページに参考で「諸外国における立法例」があるが、ドイツでは許されると書いてあるのは「追求権」あるからではないか。公開オークションで作品が売買されると約2.5%から4%の間で作家に還元する。そうしたものがあって、(オークションでの商品写真に)著作権者の許諾をとらなくていいということになっていると思う。追求権はこの審議会で話題になっていても審議の対象になっていない。これは美術家連盟や関係団体で、立法化に向けて勉強しているところ。

事務局
 法制問題小委員会で議論したときは、議論のきっかけはインターネット上の公売だったが、権利制限する必要性の根拠は対面で美術品を見せられないことが言われていた。譲渡することには権利が及ばないのに、画像が見せられないとそもそも売買ができないという矛盾を解消しようというのが議論の主眼。ネットに限ったものではなかったかと思う。

福王子委員
 私はこの委員会だけに出席していたので、そうした内容がわからなかったということはあると思う。しかし美術の世界はたいへん狭いから、そんなに多数の人から許諾を取らなければならないわけではない。オークションカタログに載るのも少数の人、そう大変なことではないと思うので、印刷物については作家の許諾をとっていただきたいのが大前提。



福王子委員
 作品を(オークションカタログなどに)載せる以上、色や作品が切れてないとか、どういう状態で載るのかが心配。そういうことを気にしない作家もいるかとは思う。ただ、気にする作家がいる以上、(美術家連盟の)会議で必ず問題になる。突然自分の作品が載っててびっくりすることがよくある。海外の作家については以前、係争になってカタログとしても著作権に触れるという判例があったかと。
 (オークション側で選んで)許諾を取る作家と、全く取らない作家がある。作家や遺族に許諾を取るのが大前提だと思う。それぞれの立場で意見は違うと思うが、作家にとってはそういうことも大事。

松田委員
 今度の新法の規定は、複製物をさらに複製できないよう措置を講じた「政令が定める」ものが権利制限の対象になる。印刷物が入るとの話だが、これが政令で定められないと私は思うが。従来からの47条(で権利制限される)、展覧会のカタログには有料で販売するものは入らないはず。それとパラレルに考えれば、有料販売されて独自鑑賞性のある冊子が売られて、この47条の2にある措置が講じられる「政令で定める」ものに入るはずがない。

事務局
 有料化どうかは特に要件にしていない。有料ならば全てダメということではない。オークション参加費を取るようなものもあるだろう。カタログそのものを販売する目的なら、美術品を販売する目的というのとは変わってくるかと。有料でカタログを販売する行為自体はここで(権利制限から)外れる。
 「政令で定めるもの」は、「独立して鑑賞に堪えるようなものとはならないように」という付帯条件をするつもり。何を定めるかは、意見をいただきながら検討したい。

 福王子委員からの指摘は、なかなか興味深い。一方で事務局の返答にどう感じるか人によるかと思うが、私などはどうしても事務局へ批判的な目を向けてしまう。ネットオークションにとどまらず、現実に開催されているオークションでも権利制限の対象になるというのが事務局の説明である。しかし対外的に説明をする時は「ネットオークション等」とされていた。この「等」にリアルオークションも含まれるというわけか。
 既に提出された法案の話だけに、委員が違和感を表明するにとどまらざるを得ない。この指摘自体は、法案をチェックしていた私でも「あっ」と思ったのだが。
 
 こうした行き違いが起こってしまう背景には、分科会での議論の仕方がある。実際の審議は小委員会で行なわれ、その結果だけが報告として分科会に上げられる手法だ。オークション関連の権利制限規定は法制問題小委員会で議論されたものだが、分科会で報告された際には他の議論とひとまとめで「概要」資料によって分科会委員へ伝えられた。もちろん報告本文や議事録を分科会委員が参照するのは可能だろうが、分科会そのもので使われた資料や事務局からの説明は強い印象を委員に残す筈である。「ネットオークション等」と言われて、現実のオークションカタログが含まれるとはなかなか思い至らないのではないか。
 起こるべくして起こった事態。というか、事務局(文化庁)のふるまい自体、決定プロセスが不透明ということは確かに多いと私も思う。私が著作権界隈へ首を突っ込む契機となった「商業用レコードの還流防止措置」(いわゆる「レコード輸入権」)の時も、著作権分科会での漠然とした「何らかの措置が必要」との報告を受けて、文化庁が法案を作成した経緯があった。どういう方向で措置をとるかの実際の議論をせず、文化庁で勝手にまとめた例。また私的録音録画小委員会の迷走も、事務局側で作った資料が原因となっている。
 3月提出の法案にしても、私が気付いてないだけで、何か問題が含まれているのではないかとの見方は今でも捨て切れていない。

 さて、ピックアップしておきたい委員発言の3つ目。論点は、不明権利者に関する裁定制度だ。著作物を二次利用したいが権利者の居所が不明(あるいは権利者が誰か自体が不明)の場合、権利者の許諾の代わりに文化庁が「裁定」を出すことで、供託金を支払って利用できる制度である。裁定の申請をした時点から供託金を払えば利用可能になるなど、この制度をより使いやすくしようというのが法案の趣旨。

(発言者不明)
 権利者不明の利用の円滑化のところ、連絡できない場合で「政令で定める場合」とある。政令の内容については書かれていない。資料(パワーポイント)では実演家の権利、過去のテレビ放送に重点が置かれた説明だが。そういったあたりを伺いたい。

事務局
 権利者が不明の場合、「相当な努力があっても」連絡が取れない「政令で定める場合」ということ。どうすればいいのかが政令で定められるが、考えているのは、通常の著作権者の許諾を得る場合の努力は最低限必要だろうと。また現行制度でも文化庁の運用として、「手引き」などでどういう努力が必要かある程度明らかになっている。
 政令を定めるにあたっては、運用と関係者の意見を踏まえていこうと考えている。現時点では明確に「こういう案」というのがあるわけではない。
 実演家を中心にという質問だったが、権利者と連絡をとるために必要な努力は、分野によってさまざまあるかも知れないので、そうした実態を踏まえながら考えたい。

三田委員
 権利者不明のものを利用できるようにするとの法律改正、これは裁定制度で利用できるようにするだけでは利用は難しいだろう。裁定手続にかかる費用がかなり高いと、円滑には利用できないと思う。だから裁定の費用をできるだけ軽減し、手続も簡素化する具体的なものが必要になる。
 地方の図書館や文学館がさまざまな文書の復刻版を出したり、ネット上にアーカーブするという場合、権利者不明のものを使いたいという要望がある。こうした利用は営利目的ではないので、利用して幾らお金を得られるというものではない。だからそういう場合の裁定で、事前に納める供託金の算出も大変難しい。得られる金額がゼロだと供託金もゼロか、ということにもなる。
 どういうシステムを作っていくのか、利用状況を詳細に検討した上で、できるだけ利用を促進できるシステムを作っていただきたい。

 正直な話、著作隣接権と裁定制度の関係が私にはまだ理解できていない。法案を読んでも今ひとつピンとこないのだ(誰か解説してくれると嬉しい)。

 さて、上記のやりとり気になるのが「政令」(著作権法施行令)についてである。これは3月に出された法案全般に言えるのだが、政令で定めるべきとされる要件がかなり盛り込まれている。著作権法上「違法」とされる範囲を決める重要なラインを「政令」に委ねるような使われ方をしているので、国会での審議でもその「政令」内容がどうなのかを含めて法案の妥当性を判断することになる筈だ。しかし事務局の受け答えによると、政令の内容はまだ決まっていないようなのである(公表しないだけで、さすがに案は用意してあるのだろうが)。
 国会ではきっちり詰めて、それこそ法案の修正も辞さないような態度で審議してもらいたいものではあるが‥‥。

 この話題での三田委員の発言は良かった。特に、保護期間延長と絡めたいと思っていたに違いないのに、あえて触れなかったところを評価する。もっとも後からメモを読み返してみたら、決定的な発言ってのはしてないようだなぁ。

 ――以上が、この日の委員発言の主なところである。
 年度初めの分科会というのはいつもこんな感じだ。実質的な議論というのは小委員会で行われるから、権利者側委員としても従来からの主張を繰り返す場にしかならないことが多い。ただ今回は法案というネタがあったので、少し面白い話が聞けたという感じか。

 本番は以後の小委員会である。繰り返しになるが、大ネタが目白押しだ。議論の行方をしっかり見届ける必要がある。

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2009年3月26日 (木)

著作権法改定案2009:待望された条項と抱き合わせで盛り込まれたもの

 「著作権法の一部を改正する法律案」が3月10日に閣議決定され、その日のうちに国会へ提出された。文化審議会の著作権分科会が1月に出した報告書(PDF)で法改定すべき課題が挙げられたのを受け、文化庁が法案の原案を作り、内閣での調整を経て、「内閣提出法案」として国会の審議を受ける運びである(内閣から出される法案が法律になる過程はここの説明がわかりやすい)。
 衆参両議院のサイトにはそれぞれ議案審議情報が掲載されている。ただし今のところは法案提出の事実のみが書かれる。なお法案本文は衆議院サイトに、また衆議院で先に審議される旨が参議院のサイトに載っていた。
 合わせて、法案審議で使われる関連資料も文部科学省のサイトで公表された。国会議員でなくても、「概要」「新旧対照表」などで法案の中身を確認できる。

http://www.mext.go.jp/b_menu/houan/an/171/1251917.htm
「著作権法の一部を改正する法律案」
(文部科学省)

http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g17105054.htm
「閣法 第171回国会 54 著作権法の一部を改正する法律案」
(衆議院)

http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/keika/1DA5E0A.htm
「議案審議経過情報 閣法 第171回国会 54 著作権法の一部を改正する法律案」
(衆議院)

http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/gian/17103171054.htm
「議案審議情報 著作権法の一部を改正する法律案」
(参議院)

 衆議院の解散時期をにらみつつ与野党が対立する「ねじれ国会」の中で、この法案がどう審議されていくのかは不透明だ。もっとも、この18日には民主党・川内博史議員が質問趣意書を提出したという。現時点ではまだ内容が明らかになっていないものの、じきに公表されるだろう。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/171221.htm
「著作権法の一部を改正する法律案に関する質問主意書」
(衆議院)

 と、これまでの法案提出の状況に触れてきたところで、気になるのは法案の中身である。
 先に書いたとおり、衆議院サイトにも法案が掲載されているが、これは現行の著作権法から改定・追加すべき箇所を指定し、改定後の文を添える形で書いてある。読んだだけでとても理解できる代物ではない(まるで設計図を読めというようなもの)。むしろ、文部科学省サイトの方の「概要」「要綱」「新旧対照表」(リンク先参照)を読んだ方が、比較的理解しやすい。あくまで比較だが‥‥。

 法案の中身を1枚ものにまとめた「概要」での説明によれば、本法案の趣旨は「電子化された著作物等(デジタルコンテンツ)の流通促進のため、インターネット等を活用して著作物等を利用する際の著作権法上の課題の解決を図る」ことにあるという。
 また、法案の三本柱として「インターネット等を活用した著作物利用の円滑化を図るための措置」「違法な著作物の流通抑止」「障害者の情報利用の機会の確保」が挙げられている。具体的には、以下のような項目が主なものだ。

・検索エンジンサービス(適法化)
・所在不明権利者を対象とした裁定制度の改善(適法化)
・国会図書館での所蔵資料のデジタル化(適法化)
・ネット販売での美術品等の画像掲載(適法化)
・情報解析研究のための複製(適法化)
・通信障害の防止、データ消失の防止、
 送信の効率化等のための複製(適法化)
・電子機器利用時に必要な複製(適法化)
・海賊版と承知の上での販売の申出(違法化)
・違法配信から、違法と知りながらの複製(違法化)
・視覚障碍者向け録音図書の作成を公共図書館でも(適法化)
・聴覚障碍者向け映画・放送番組に字幕・手話を付与(適法化)
・発達障碍等で利用困難な者に応じた複製(適法化)

 ※カッコ内「適法化」は、これまで違法だったが権利制限に加わるもの。
  「違法化」は、新法で著作権等が及ぶものとするもの。

 著作権法の改定は、「~権」のような新しい権利の付与や罰則強化など「権利者」側に有利な面だけを考えているように見えがちだが、もう一方で権利の限界――つまり利用する側から見て、無断での著作物利用が「違法」になるか「適法」になるかの境界を変更する働きもある(文化庁が「権利者」側に立っているか否か、論者によって様々な見解もあるだろうが)。今回の法案は、まさしくこの「境界」を決める話である。
 上記の改定項目をざっと眺めるだけでも、検索エンジンサービスの実施、ネットオークションなどでの商品画像の掲載、通信過程での一時的キャッシュ、障碍者福祉の拡大など、何年も前から待望されてきた法的対応が多く盛り込まれており、“めでたい法改正”という雰囲気を演出したいのだなと見えるところではある。現に著作権法改定(法案の閣議決定)を伝える各種報道はそういう方向で出されている。
 しかし「概要」だけでなく実際の法案を読んだときに、本当にその“趣旨”どおりの中身なのかという疑問が出てくる。

 「適法化」される項目がどう法案に書かれているか。
 たとえば検索エンジン(47条の6)の場合、確かにウェブサイトなどの収集や蓄積・インデックス化などはできるようになる一方で、実は「情報の収集、整理及び提供を政令で定める基準に従って行う者に限る」との限定がつけられている。またオークションなどでの商品画像について(47条の2)も、「複製を防止し、又は抑止するための措置」が必要だとされ、そこで要求される「措置」の内容は政令で決められるという。
 この「政令」というのは、国会を通さなくても政府が出せる命令(ここでは「著作権法施行令」を指す)のことだ。つまり、これらの規定で適法となる範囲が行政府の一存で決められるようになるのである。自由利用の範囲を決めるのに何らかの条件が必要だとしたら、国会で審議して決めるのが筋で、それこそ著作権法に書き込めばいい話だ。今回の法案がやろうとしているのは、「適法」の範囲の決定権を国会から政府へ委任させることに等しい。
 想定される政令の内容については、国会で質問が出たり言質を取ったりすることも考えられる。しかし今後は「日本版フェアユース」のように国会で作るルールを抽象化して、司法での違法・適法の判断を重ねることで柔軟なルール作りを模索しようとの機運がある時に、いたずらに政令へ委任する項目のを増やすのは如何か。司法へシフトしようとするルール作りの主導権を政府が横取りするようなものだ。ここは慎重に審議すべき。

 現行法では権利が及ばなかった範囲だったのを、及ぶように変える項目もある。違法に配信された著作物を「その事実を知りながら」録音・録画する行為を、私的利用目的であっても違法だとする条文がそれだ(30条1項3号)。また、この基準に合わせるためか、先の検索エンジンを実現するための複製(47条の6)や、通信や機器利用時のキャッシュ(47条の5第1項1号)でも、違法に配信されたものは複製できない(新設される権利制限から除外)という限定が設けられている。しかも海外で配信されたものでも、日本で同じことをしたとして「違法」ならばアウトだとわざわざただし書きを付けている。
 違法配信にまつわるこのような「違法」複製の判断は、一応は受信側が「違法と知っている」かどうかが基準となっている。しかし「知っている」のかという主観的な要件なのに他人(司法)に判断されるということで、一介のユーザーである我々には不安の残るところである。実際問題として、我々が本当に「知って」いたのかよりも、判断する者がどう考えるかが重要になってしまう。

 受信した情報が「違法配信」だと「知って」いた――そう誤解されないようインターネットで振る舞おうとするなら、ユーザーはかなり萎縮的に行動せざるを得ない。国内外のあらゆる場所から情報が発信されている時代である、そのうちのどれだけが「適法」に配信されたものだとユーザー側で確信できるだろうか。“怪しいものには近づかない”としただけでも、とりわけ海外で発信された情報にはアクセスできなくなる。
 まして海外(現地)では適法に配信されていながら、日本法で違法とされるような場合も出てくるのなら尚更だ。それとも、ネットワークの利便性を享受したい人は、あえてそうしたルールを踏み越えていくことを立法者は想定するというのだろうか。守りようもない縛りばかりのルールなら、そうなってしまう可能性も(萎縮効果とは裏腹だが)ある。
 「適法」と「違法」の線引きを明確にし、ユーザーや事業者が萎縮的にふるまわくても済むようにするのでなければ、「日本版フェアユース」に先行して法律を変える意味がない。法案を今のままで成立させては、混乱かルール軽視につながるだけだ。

 違法配信の扱いについてもっと詰めていくべきだし、最悪でも、海外で配信された場合の「国内で行われたとしたならば~」とのただし書きを削除すべきだと思う。

主な改定箇所(メモ)

【30条1項3号】
●いわゆる「ダウンロード違法化」条項の追加。
●「デジタル方式」の録音・録画に限定されてはいるが、ネットワーク内での受信に伴う行為が対象となるため、殆どの場合は「デジタル方式」に当てはまるだろう。わざわざアナログ機器で録音・録画をする人もそうはいまい。意味不明な限定。
●一応は録音・録画の行為だけを今回は30条除外の対象としているが、ソフトウェアの違法ネット流通についても30条除外が求められている経緯からしても(特に著作権分科会では委員から「ソフトウェアも法案に盛り込むべき」との意見が出ている)、今後 音楽や映像以外の著作物も30条除外が叫ばれることになろう。
●「国外で行なわれる自動公衆送信であって、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものを含む」とわざわざ書かれている点に問題。国内外の著作権法の違いによって生まれる「海外では適法に配信されているが、日本法では違法とされてしまう著作物の録音・録画」の扱いが難しくなる(参照:benli)。
●いわゆる「ダウンロード違法化」の問題点は、ユーザーから見て、配信されている著作物の適法性が保証されない点にある。特に日本レコード協会が策定した「エルマーク」は、日本国内での適法配信の一部を知る目印にすぎない。海外での配信は同種のマークが用意されているわけでなく、かつCCLに代表される権利者自らの意思で無償流通させる著作物も多く存在する(それですら必ずマークが付けられているわけではない)。区別が困難な場合、ユーザーの選択肢は「法を犯すリスクを負って利用する」か「萎縮して利用をあきらめる」かに限られるが、後者の場合「エルマーク」を使う一部の事業者へ利益誘導されてしまうといういびつな構造を生んでしまうことすら考えられる(現にレコード協会のキャンペーンは、エルマークのあるサイトから購入するよう勧めている)。
●実効性の観点からすれば、コピーガード回避規制と同程度にも思われる。コピーガード回避で民事訴訟になった例がどれだけあるのか。
●余談だが、違法配信からの複製と並行して著作権分科会で扱われていた「違法複製物からの複製」については今回の法案に盛り込まれていない。これも盛り込まれていたら相当に影響が大きかったところだろうが。かといって、「ダウンロード違法化だけで良かったね」とはならない。

【31条2項】
●国立国会図書館で所蔵資料のデジタル化が行なえるようになる条項の追加。資料の保存に関しては、これまでは資料保存のために「必要な場合」に限定して図書館での複製が許されていた(その他、利用者への複写サービスと、絶版本を他館の求めで複製することは可能だった)。今後は、国会図書館に限るが、納本を受けた時点で資料のデジタル化が可能になる。
●「当該原本に代えて公衆の利用に供するため」複製できる一方、「必要と認められる限度において」との限定は付けられている。どういった範囲で認められるようになるだろうか。
●「公衆の利用に供するため」とはどの範囲を想定しているのか。インターネット等を通じて閲覧させたり、複写サービスとしてデジタル化資料をデータのまま提供できるようになり得るのか、等の期待はある。従来のような、国会図書館内での閲覧や、デジタル化資料の複写を紙で提供することは可能にしてもらいたいが‥‥著作権分科会での説明では、利用のさせかたについて関係者間で協議中だという。まずはデジタル化だけを先行してできるようにしたというニュアンスのようだ。

【37条3項】
●視覚障碍者を対象としていた権利制限で、その対象が「視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者」に拡張された。知的障碍や発達障碍の者も、録音図書などの作成や公衆送信の恩恵に浴することができるようになる。
●この権利制限で作成される録音図書などは「専ら」上記対象者に提供されるものとされ、「必要と認められる限度において」との限定も付けられている。つまり健常者が利用できるような形で提供されることは許されない。なお、録音図書などの作成主体も政令で指定される(この種の政令指定は現行法でも同じ。「法案概要」では公共図書館もこの主体に含むようにするとあるが、おそらく政令指定で対処することになるのではないか)。
●権利者によって既に障碍者向けの内容で提供されている著作物は、ただし書きでこの条項から除外されている。たとえば朗読テープが出ている著作物だと、勝手には録音図書が作れない。

【37条の2】
●聴覚障碍者を対象としていた権利制限で、その対象が「聴覚障害者その他聴覚による表現の認識に障害のある者」へと広げられた。既存の映画や映像に字幕・手話等の挿入が可能になり、また公衆送信もできるようになる。貸し出しのために複製することも可。
●「専ら」上記対象に提供されるもので、「必要と認められる限度において」の限定つき。提供主体も政令で指定される。
●権利者によって既に障碍者向けの内容で提供されている著作物は、この条項により字幕・手話等の挿入はできない。日本語字幕入りのDVDが発売されていたりすると無理ということになるのではないか。

【38条5項】
●映画フィルムや映像ソフトを無償貸与できる主体に、これまで政令で指定されてきた「視聴覚教育施設その他の施設」に加え、「聴覚障害者等の福祉に関する事業を行う」者も追加された。「~事業を行う」者もやはり政令で指定される。補償金の支払いも必要である。

【47条の2】
●美術・写真著作物の原本や複製物を譲渡・貸与しようとする際、ネット上で画像を表示することが可能となる条項の追加。ネットオークションに美術品・写真などの商品を画像で掲載するのは著作権に触れるのではと話題になった件に対処したもの。
●ただし、画像の表示には「複製を防止し、又は抑止するための」措置が必要だとしている。その措置の具体的な内容は政令で書き込まれるのだろう、国会提出の段階では明らかになっているとは言い難い。——著作権分科会の事務局の説明でも「未定」とのことだった。ただし鑑賞に耐えうる品質で画像化しないように、との限定は考えている模様。
●文化庁の見解では、この規定の対象になるのはネットオークションに限らず、リアルのオークションでカタログの作成も含まれるという。ただし、政令での「複製を防止し、又は抑止する」措置をどう想定するのか。印刷物ではこの種の措置は難しい筈だが‥‥さて。
●将来的にフェアユース規定が導入されるとしたら、この商品写真の件は、フェアユースかどうかを争って司法判断を問うべき典型的事例ではないだろうか。しかし「日本版フェアユース」として想定されている、個別規定を判断基準として残してそこから外れる場面で「フェアユース」を判断する方向では、今回追加される個別規定によって問題が生じるのではないか。本来は司法が判断すべきところ、政令が指定する方式でしかネットオークションに商品写真を掲載できないとする条項があることで、実質的にネットオークションの運営のあり方を行政がコントロールし続けることにもなりかねない(政令で指定された方式以外の場合は、改めてフェアユースかどうか司法判断を求めることが保障されるのなら別だが‥‥)。規範を作るべきは立法・司法・行政のいずれか、という話にも映る。

【47条の5】
●書きぶりが複雑で、理解するのが(他の条項にも増して)困難。私自身、いまだに理解できているかがわからない。
●アクセス集中や送信遅滞・機器故障などによる通信障害を防止するためのサーバ内複製(1項1号)や、サーバにある著作物(複製)が消失した場合に備えサーバ外にバックアップを取る行為が可能となる(1項2号)条項を追加。それぞれ「必要と認められる限度において」との限定が付けられ、またサーバ内複製では特に「著作権を侵害するもの‥‥を知ったとき」は従来通り著作権が及ぶとされる(海外で配信されたものでも、日本法の基準で著作権を侵害すると判断されればアウト)。
●プロバイダが通信を中継する際に「送信を効率的に行うために」する著作物の複製(キャッシュ)明示的に適法とする規定を追加(2項)。ただし「必要と認められる限度において」の限定がある。
●47条の5では、送信側と中継側の複製(キャッシュやバックアップ)について規定。受信側の複製(キャッシュ)については別の項目で扱っている。

【47条の6】
●検索エンジンに必要な、著作物の収集と蓄積・インデックス化・検索結果表示などを適法化する条項の追加。
●検索エンジンでの複製と自動公衆送信が可能となる著作物は、送信可能化されている著作物に限定されており、会員制サイトのように受信者の制限が施されていたり、クローラーによる情報の収集を拒否したりするサイトは、従来どおり権利者の許諾が必要。また、検索エンジン側も「情報の収集、整理及び提供を政令で定める基準に従って行う者に限る」とされる。
●「著作権を侵害するものであること‥‥を知ったときは、その後は」当該著作物を検索結果に表示することができなくなる。今回の法案にある同種の条件と同様に、またしても海外で配信されているものでも国内法の基準で「違法」ならば「著作権を侵害するもの」とみなされてしまう。
●検索エンジン関係の規定は、Googleなどのような米国の検索エンジンの発達と、国内での状況を見比べながら「権利制限を設けるべき」と待望されていたものではあった。しかし実際の条文を読んでみると、この条項の恩恵が受けられる事業者は政令の基準に合致する必要があり(その内容は現時点で不明)、しかも将来的な「フェアユース」規定の適用から外されかねない(司法判断ではなく行政の判断で適用範囲が決定されかねない)ものではないかと危惧される。

【47条の7】
●多数の著作物(ネットで配信されているものに限らない)から情報解析をするような研究が目的の複製を可能とする条項の追加。
●ただし「情報解析を行う者の用に供するために作成されたデータベースの著作物」は従来通り権利者からの許諾を必要とする。

【47条の8】
●コンピュータ上で、ネットワーク受信の際に「情報処理を円滑かつ効率的に行うために必要と認められる限度で」著作物の複製がおこなえる条項を追加。いわゆる「キャッシュ」の問題。通信側(配信・中継)は47条の5で扱っているが、こちらは受信側。
●ただし「著作権を侵害しない場合にかぎる」とのこと。ユーザーが家庭内でする場合は私的複製との関係が出てくるので、ここで著作権を侵害するかどうかは30条(本法案で追加される1項3号も含む)を加味して判断されると思われる。
●いわゆる「ダウンロード違法化」との絡みで想定されるのが、YouTubeやニコニコ動画で「著作権を侵害」して掲載されている動画を閲覧した場合。侵害との事実を知りながら閲覧したとしたら、PC内にキャッシュが作られることはどう解釈されるか‥‥。結局はキャッシュを複製と解釈するかの論点に戻り、私的録音録画小委員会で「YouTubeやニコニコ動画での閲覧まで禁止するものではない」とする文化庁の説明とは食い違うのではないか。
●これ、ユーザーが私的領域でする場合以外だとどうなるのか? たとえば企業内で「キャッシュ」が発生する場合とか(企業内では私的複製とされず、キャッシュが複製だとしたら著作権侵害と判断されかねないか?)。「著作権を侵害しない場合にかぎる」との書きぶりはこういう場面にも脅威なのではないか。

【67条】
●不明権利者のために利用許諾が得られない場合、その許諾に代えて文化庁長官が「裁定」し利用可能にする制度があるが、その際の手続が著作権法に記載されることとなった。ただし詳細は政令で定められるとされ、法案の附則によれば改定著作権法の施行後2年のうちに整備されるという。

【67条の2】
●ここも裁定に関する条項の追加。本法案の中で、裁定制度改善のミソはここにある。裁定の申請ができれば、正式な文化庁長官の裁定を待たなくても「担保金」を供託して著作物利用が可能となる。ただし、最終的に裁定されなかった場合は、ただちに利用をやめないとならない。
●なお、裁定を受けようとしている著作物を権利者が「廃絶」したいのが明らかなら、裁定を受けることはできない。
●供託金や、裁定後に補償金が権利者へ支払われる仕組みも著作権法に書き込まれる。

【78条】
●著作権の登録制度で、原簿を電子化できる旨が書き込まれる。
●登録によって「第三者に対抗」できる場面に、「信託による変更」が追加された。

【113条】
●著作権侵害とみなす行為に、海賊版を「情を知って」「頒布する旨の申し出」をすることも追加された。いわゆる海賊版の広告規制で、ネットオークションで海賊版を売る旨が掲載された場合もここに含まれると考えられる。
●書きぶりからすると、特にネット上での広告行為に限るのではなく、実社会でも適用され得るのではないか(チラシとか雑誌誌面とか)。
●個人的には、ブートレグの広告を掲載しているサイトや雑誌とかはどうなるのかと思ったり。規制されるのは「頒布する旨の申し出」ということで、ブートレグの話題を採りあげる多くの個人サイトは問題ないだろうが。

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2009年2月25日 (水)

「Culture First」連合の主張が相変わらずなのは、JEITAの議論に乗せられたくないってことなのか

 権利者団体91団体からなる「Culture First」連合が、文化庁の募集するパブリックコメントへの意見を2月24日付で公表した。ブルーレイディスクへ私的録画補償金を課金する政令(著作権法施行令)の改定に対し、文化庁が示した条文案に賛成する内容だ。ただし「意見を発表しました」とアナウンスされているため、すでに文化庁へ提出されたのかは判らない。

 このパブコメには、メーカー団体のJEITA(電子情報技術産業協会)も既に意見を提出、2月13日付でその全文が公表されてもいるJEITAの意見は、ブルーレイへの課金が決まったのは文部科学省と経済産業省の「二省間合意」が根拠で、両省で合意した範囲にかぎって課金を定めるべきとの内容。具体的には、二省間合意の文面を引用しながら、地上デジタル放送の録画には補償金を課金すべきでないことと、ブルーレイへの課金がアナログ停波(2011年)までの期限付きの措置だと明記すべきことを主張している(加えて、ブルーレイを指定する条文に要件の追加を求めているが、ここでは特に触れない)。なお、文化庁の政令案にはそうした限定はなく、単純にブルーレイを課金対象へ加える趣旨のようだ。

 おそらくJEITAの意見が公表されたことを意識して、Culture First連合もパブコメの締切り前に意見を公表したのだろう。権利者側としては文化庁案がそのまま通れば望み通りなのを、そこに加えてJEITAを名指しし批判する意見をまとめているのだから。反論の内容は、ブルーレイへの補償金課金は当然、地上波放送がアナログでもデジタルでも同様に課金すべき、JEITAの主張は間違っている——というもの。

 このCulture First連合の主張で、「現行の補償金制度においては、ブルーレイディスクが、補償金の対象となることは明らかです」の一文が目立つ。彼らのこれまでの主張(公式サイトにも記者会見の模様として掲載されている)を踏まえれば当然出てくるものだ。彼らの考えは、「家庭内でテレビ番組を録画する行為自体が、権利者の得るべき利益を損ねている」とするところから始まっている。現行の補償金制度もそうした考えに基づく。
 ところがこの補償金制度の考え方に、「タイムシフト」目的の録画や、DRMのかかっている痴以上デジタル放送からの録画に「補償」が必要なのかという疑問がユーザーからぶつけられるようになった。今後の補償金制度ではそこまで含めて設計すべきだとの論は、補償金をめぐる2005年以後のメーカーの主張を後押しすることとなり、権利者側との対立の末に文化審議会著作権分科会での制度「見直し」をストップさせてしまっている。
 こうした論の対立がある中では、論者の立場によってはブルーレイが補償金の対象となるのが「明らか」とは言えないだろう。加えて、JEITAが公表した二省間合意によれば、「文部科学省は、著作権法30条2項が著作権保護技術の有無が支払い義務の発生要件になるかどうかについて明示的に規定していないと認識している」という。これまでの制度の考え方に立つ権利者側と、二省間合意を持ち出すJEITAとでは、前提が違う以上「この点で既にJEITAの意見は正しくありません」との権利者側の指摘は正しくない。

 JEITAが「二省間合意」にこだわる理由は、著作権分科会(私的録音録画小委員会)では補償金の議論が進まず、ブルーレイ課金が決まったのが二省間合意でそうまとまったためとの点にある。確かに、著作権分科会では課金対象にブルーレイを追加する旨を報告書にまとめておらず、わずかに二省間合意を紹介する箇所で追加が決まったものとしているのみだ。
 JEITAに対するCulture First連合の意見は、二省間合意そのものの解釈を示さずに、6月17日の経済産業大臣の会見内容を引いて「一旦延期した地上波デジタル放送の新たなコピールールである『ダビング10の早期実施に向けた関係整備の一助となることを期待』してなされたもの」と解説する。こう自らの解釈を示すだけで、「JEITAの意見はこの点でも、読む者に誤った認識を与え、混乱を招くものです」と結論することに説得力はあるだろうか。
 大臣の会見とJEITAの主張とで矛盾する点があれば面白いが、実のところJEITAが示した二省間合意は大臣会見と矛盾していない。それどころか、Culture First意見書が引用している会見録の別の箇所で、経産大臣は

暫定措置としてブルーレイに課金するということにしました。これは、既に確立されているはずですが、デジタル化しますとコンテンツの持ち主、つまり送るほうで、これは何回まで、それが幾らと全部設定ができるのです。アナログだとできないのですけれども、デジタルだとできるのですから、送り手の自由自在なのです。自由自在になる環境が整うまで、実際に行為としてダビングが行われ、それを利用する対象について、当面、いわば従来のDVD以外の部分を埋めたということでありまして、これはこれで適切な措置だと思います。

——とまで発言している。むしろJEITAの解釈を裏付けるようにも読める。権利者側からすれば、持ち出すには諸刃の剣とも言える会見内容ではないだろうか。

 権利者側が「私的録画=不利益だから補償金」との原則論で押すしかないのは理解できるし、私はやや同情もしている。二省間合意のような形で、文部科学省による半ば裏切りのような解釈が残されているのだから。文化庁のもとで制度「見直し」が全く動かなくなってしまった今、二省間合意をもとにしたブルーレイ課金との前提で議論せざるを得ず、 JEITAの“ゴネ得”が正当化される状況だ。
 とは言え、今回のCulture First連合の意見はJEITAへの反論として十分なものだったか。もしJEITAの主張を正面から覆すのなら、二省間合意を自分で取り寄せるなどして、自分に有利な解釈を作り上げるべきだったのではないか。
 たとえば、JEITAが公表した二省間合意には、「両省は、この政令の施行後3年を目途として、この政令の施行状況等について検討を加え、その結果に基づいて適切な対応を行う」の文がある。その一方で、この「見直し」はブルーレイ課金の廃止を決めたものではない。また、ブルーレイへ課金している間に“デジタルチューナーだけを搭載した録画機には課金しない”との扱いは合意に明記されていない。「3年後の見直し」を盛り込みさえすれば、デジタルチューナーのみの録画機へ課金しても合意内容に反しない——との解釈も可能だ。

 権利者が自分たちの主張を「明らか」だとして、それを“根拠”にJEITAの意見を「間違い」と強弁するより、真正面から反論をすることも可能だろうにとは思うのだが‥‥二省間合意が前提という“相手の土俵”に乗りたくないって話なのかしら。
 JEITAの主張にもほころびがあるだけに勿体ない。


※参考
 これまで『Culture First』サイトに掲載された記者会見の模様。

http://www.culturefirst.jp/news/2009/02/9.html
http://www.culturefirst.jp/news/2008/08/_8.html
http://www.culturefirst.jp/news/2008/07/culture_first_2.html
http://www.culturefirst.jp/news/2008/06/post.html
http://www.culturefirst.jp/news/2008/04/jeita_1.html

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2009年2月17日 (火)

文化庁の政令案パブコメ: おそらくはJEITAの立ち回り方が巧いのと、状況が彼らに有利だというのがあるのだろう

 文化庁が、私的録画補償金をブルーレイディスクへかけるための意見公募手続(パブリックコメント)を始めている。

 私的録音録画補償金というと、2005年からiPodへ課金する・しないで騒ぎになったアレである。ユーザーが家庭内で音楽・映像を録音したり録画したりするとその著作物の送り手に「不利益」を与えるとの(ユーザーからすれば一方的な)考えで、録音・録画機器や記録メディアへ課金して権利者への「補償」に充てられる。機器やメディアの価格に含まれるため実質の負担はユーザーがするのだが、補償金をまとめて権利者団体へ支払うのはメーカーという制度だ(そのため、この制度についてメーカーの発言力が大きくなる)。
 この補償金は主としてMD・CD-R/RW・DVDなどに課金されているが、2000年に指定されたDVD(-RW・+RW・-RAM)以降は、新しい機器への対応がされてこなかった。にわかにハードディスク内蔵の録音・録画機器への課金を権利者が叫びだした理由はそんなところにもある。

 そして、その課金対象にブルーレイディスクを追加しようというのが今回の文化庁の動きだ。なぜブルーレイに課金することになったのか、なぜ今回ブルーレイだけなのか――は後で説明するとして、課金対象を加えるときの手続について少し触れておきたい。
 著作権法の中では、補償金の課金対象は「政令」つまり内閣が出す命令(ここでは「著作権法施行令」)で指定するよう定められている。政令へは、指定機器の仕様を条文の形で書き込む。
 加えて、政令を改めるときには前もって30日間以上の意見公募手続が義務付けられている(行政手続法第39条)。ということで、今回の文化庁の政令案パブコメは2月3日から3月4日までに設定されている(これまで話題になってきた審議会報告に対する「任意の意見募集」よりも厳格な手続が決められている)。

 今回のパブコメの焦点は、政令案の文言の妥当性だ。規定ぶりに過不足が無いか、副作用が存在しないか、といった具合。政令案は『e-Gav』サイトに掲載され、「概要」と「新旧対照条文」が参照できる。


私的録音録画補償金の議論ってどうなってたっけ?

 ブルーレイ課金や政令案の話に入る前に、補償金見直しの話がどうなったのかをおさらいしておく。
 iPod課金の議論をきっかけに、2008年度まで文化審議会著作権分科会で制度の「根本見直し」が話し合われてきた。直近2年分の報告書が(PDF)この1月にまとめられたところだ。しかし周知のとおり、HDD内蔵型のiPodのようなオーディオプレーヤーや、ハードディスクレコーダーへの課金の是非には結論が出なかった。補償金を求める権利者側と、補償金廃止を主張するメーカー側とで対立が激化したのが直接の原因。この対立で、議論の場だった私的録音録画小委員会が運営できなくなるほどだった(もっとも個人的には、文化庁の議事運営がヘタを踏みまくっていたと考えている)。
 結果、補償金制度で変更される唯一の点が、いまパブコメにかけられているブルーレイへの課金となる。では、なぜブルーレイだけが例外となったのか。

 議論を複雑にしたのは、2011年に地上アナログ放送から地上デジタル放送へと完全移行する予定だったこと。アナログ放送ではコピー制限がかかっていない一方、デジタル放送では「コピーワンス」「ダビング10」といったコピー枚数制限がかけられているため、その録画に補償金をかけるのは如何かという議論になったのだ。文化庁でなく総務省の審議会で。
 従来から、機器メーカーの業界団体・JEITA(電子情報技術産業協会)はアナログ停波を機に私的録画補償金を廃止すべきと主張してきた。コピー制限がある以上、権利者のコントロールのもとで録画がされており、ユーザーの録画で「不利益」にはならないとの趣旨だ。一方、JASRAC(日本音楽著作権協会)を始めとする権利者側は録画される事実がある以上「補償」すべきだとする。
 2007年8月(総務省・情報通信審議会第4次中間答申)でダビング10の仕様が決められたが、「コンテンツを適切に保護し、その創造に関与したクリエーターが適正な対価を得られる環境を実現すること」とするダビング10開始の前提条件の解釈をめぐって権利者側とメーカー側とで対立、いったんは開始の見込みが立てられた2008年6月2日までに合意できず開始期日を延期するにまで至った。
 事態の打開のため、権利者団体を所管する文化庁と、メーカー団体を所管する経済産業省との間で「ダビング10の早期実現に向けた環境整備」を目的とした二省間合意がなされた。そして6月17日、経産大臣文科大臣のそれぞれの記者会見でブルーレイディスクへの「暫定的」な補償金課金が発表された。これを受けて、「適正な対価」イコール補償金だとする権利者側が、補償金の対象が追加される前に「ダビング10」を開始するという妥協を強いられた。

 こうして、本来は文化庁の審議会で決定される筈のブルーレイの課金が、二省間合意というイレギュラーな形で決定されてしまった。しかも、この合意の後も地上デジタル放送と「補償金」の関係は曖昧なまま。しかも当の総務省の審議会でも「適正な対価」の中身に結論が出されていない。


文化庁の政令案と、JEITAのパブコメ

 今回の政令改定で追加指定されるのがブルーレイだけなのは以上のような理由による。
 では、実際に文化庁がパブコメにかけた政令案はどんな内容か。これまでの政令で補償金の課金対象を第1条2項で指定してきたところ、その第4号としてブルーレイを特定する技術仕様を追加している。従来のCDやDVDを規定したのと同様、記録するディスクの大きさや、ピックアップから記録面までの距離が数値で書き込まれる(ただしJEITAはここの書きぶりに注文をつけている)。以下のとおりだ。

光学的方法により、特定の標本化周波数でアナログデジタル変換が行われた影像又はいずれの標本化周波数によるものであるかを問わずアナログデジタル変換が行われた影像を、直径が百二十ミリメートルの光ディスク(レーザー光が照射される面から記録層までの距離が〇・一ミリメートルのものに限る。)であつて前号ロに該当するものに連続して固定する機能を有する機器

※引用者註:「前号ロ」とは、著作権法施行令第1条2項3号の「記録層の渦巻状の溝がうねつており、かつ、連続しているもの」を指す。

 今回の政令案で変更されるのはこの部分だけ。単純に新しい規格が書き加えられただけということ。いったん指定された機器は、たとえ生産されなくなっても指定解除されないのがこれまでの運用だっただけに、政令案が妥当なものかは慎重に見る必要がある。条文がきちんとブルーレイを特定できているのか、今回の追加指定の根拠となる二省間合意の内容を正確に反映されているのか——の2点に注目。
 ところがブルーレイの技術仕様や、二省間合意の詳しい内容など、判断するための情報をエンドユーザーが一人ひとり持つのは難しいところではある(技術仕様については、こんなページがあったりもするが)。そこを考えたのか、JEITAがその両方の情報を含んだパブコメを公開した。提出期限を大幅に先行する2月13日のことだ。
 おそらく、私も含めてだが、JEITAのパブコメを参照したユーザーの意見が文化庁へ提出されることになるだろう。JEITAの立ち回り方の巧さを感じてしまう。

 政令案を見る上で問題となる二省間合意の内容だが、JEITAのパブコメによれば、経済産業省と文部科学省の両方から情報公開を受けた結果は次のようなものらしい(下は私が要約している。全文はJEITAのパブコメを参照されたい)。

(1)両省は無料デジタル放送に関する補償金問題について短期間で関係者が合意できる状況でないと認識
(2)文科省はDRMの有無が支払い義務の発生要件になるか明らかでないと認識
(3)経産省はメーカーが地上デジタル放送の録画について補償金の対象とすべきでないと考えていると認識
(4)両省はブルーレイがアナログ放送も録画できることを踏まえて「暫定的な措置として」補償金を課金、政令施行後3年を目途に施行状況等を検討して適切に対応
(5)無料デジタル放送の録画については早期に合意が形成されるよう引き続き努力

 昨年6月の二省間合意以降、上記の状況に変化はない。となれば、この二省間合意の範囲内で課金対象を決めないと、文化庁の筋は通るまい。すなわち、アナログ放送のブルーレイ録画には課金をするものの、無料デジタル放送については合意待ちということ。特に「政令施行後3年」(当時の合意の前提からすれば2011年6月、政令指定に要するパブコメ期間を見ても2011年7月と見るべきではないか?)の見直しが必要となる。
 もっともJEITAのパブコメには、政令指定されたブルーレイでも無料デジタル放送の録画には課金すべきでない(それが合意事項だ)としているが、さすがにそこまでは支持できない。二省間合意の中では、経産省もブルーレイに課金した結果デジタル放送も対象になってしまうことは「政令施行後3年」の間は容認しているように読めるからだ。まぁいわゆる官僚的な曖昧な作文なのだろうが。
 文化庁の著作権分科会では話がまとまらず、今回のブルーレイへの課金の根拠が二省間合意にしか無い以上、課金の範囲に合意内容を反映させろとのJEITAのパブコメの趣旨には肯けるところだ。

 JEITAは、上のような限定的な課金の明言を求めるとともに、ブルーレイの指定の仕方にも注文をつけている――「BDを特定する要素として、光ディスクの保護層の厚さ0.1ミリメートルに加え、レーザー波長405ナノメートル及びレンズ開口数0.85の要素を追加して規定することは必須要件である」。今の政令案に該当しながら、レーザー波長やレンズ開口数が異なる新規格が登場する可能性があるため、とJEITAはパブコメに書いている。
 課金対象となる規格をひとつひとつ文章で指定していくという制度運用を考えれば、ブルーレイの指定の文言をJEITAの言うとおりに規定しても不都合はないだろう。


そしてエンドユーザーはどうする?

 今も募集中のパブコメだが、我々エンドユーザーとしてはどう向き合うべきだろうか。

 まず、ブルーレイへの補償金課金の最終ステップに来ていることを意識すべきだろう。「ブルーレイへの課金反対」と断固たる意見を送るのもひとつの姿勢ではあると思うけれども、文科大臣と経産大臣まで担ぎ上げて「合意」した内容にもとづく課金だ、官僚の立場で今さら覆せるかという問題がある。だから意見する現実的な方向は、二省間合意を正確に反映した内容かどうかで押すことだろう。
 その意味では、JEITAが公表したパブコメの方向も妥当なものと感じる。主張自体はどうかなと思う部分もあるが、まぁ大臣の合意というのはそんなに軽い話なのか?」‥‥、いや、そんな筈はないのである。


一応、権利者の側の主張も

 リンクだけ示しておく。
 これまでの展開で同情すべき点があるにしても、やはりこの主張には乗れないのである。

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2009年1月26日 (月)

著作権分科会の前夜(メモ)

 著作権制度に関する2008年度の議論の締めくくりとして、26日の10時から著作権分科会が開かれる。「法制問題小委員会」「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」「私的録音録画小委員会」「国際小委員会」それぞれで検討されてきた結果の報告が出される予定だ。

http://www.bunka.go.jp/oshirase_kaigi/2009/chosaku_bunkakai_090126.html
「文化審議会著作権分科会(第27回)の開催について」
(文化庁)

 各小委員会の報告書案は、既に文化庁のサイトに掲載されている。実際の報告書で大筋に変更があることは考えられないが、いくつか細かな修正は入っているだろう。
 ともあれ、現時点で判っていることを軽くまとめておく。



http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h20_11/gijiroku.html

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h20_11/pdf/shiryo_1.pdf

 法制問題小委員会では、「平成19年・20年度」ということで、2年分の検討結果が1冊の報告書にまとめられた。平成19年の「中間まとめ」と平成20年の「中間まとめ」がベースになっている。
 2年間で検討された課題は次のとおり。

・デジタルコンテンツ流通促進法制
・海賊版の拡大防止のための措置
・権利制限の見直し
・その他の課題

 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について、「コンテンツの二次利用に関する課題として、権利者不明の場合の利用の円滑化」「インターネット等を活用した創作・利用に関する課題として、関連の権利制限規定の見直し」「権利者が安心してインターネットにコンテンツを提供するための環境整備としての海賊版の拡大防止策」を盛り込むよう提言しているが、流通促進法制を実施するということにまでは踏み込んでいない。

 海賊版については、ネットオークションなどで海賊版を売るとの告知を行う行為(譲渡告知行為)を禁止する方針と、海賊版被害について権利者の告発なく公訴できる「非親告罪化」を見送る方針が書かれている(平成19年度時点の結論から変更なし)。

 権利制限は、この2年間のメインの議題でもあった。しかし項目によって、ただちに権利制限に加えるべきとされるものと、慎重な検討を要す(つまり今後も議論を継続する)べきもので分かれた。
 障碍者に向けた、手話・字幕付きの映像や録音図書について、権利制限が認められる対象を緩める。たとえば視覚障碍者や聴覚障碍者に限っていた項目で「障害等により著作物の利用が困難な者」も含めたり、複製する人物や方式も従来より広げるなど。また、ネットオークションでの商品画像の掲載や、検索エンジンのサーバでの著作物の蓄積についても法改正することが妥当との結論を出している。なおこれらは2007年度に既に結論が出され、これまでの間、文化庁に放置されてきたとも言える。
 また、機器利用時の(機器内での著作物の)蓄積について「著作物等の視聴等に係る技術的過程において生じる」「付随的又は不可避的で」「視聴等に合目的的な蓄積物であって、‥‥合理的な範囲内の視聴等行為に供されるもの」といった条件を付けての立法措置を提案。通信過程での蓄積も「権利が及ばないこととする立法措置を講ずることが望ましい」とする。
 これらの法改正妥当とした項目の他、リバースエンジニアリング、研究開発上の著作物利用については議論を継続する旨でまとめられた。なお、薬事関係や図書館・学校教育などでも継続して議論する予定とされていた項目があったが、これらは実質的に議題に取り上げられず、今後の議論ということにされている。
 権利制限の課題については、報告書案が法制問題小委員会で了承されるさい、法改正すべきと結論された項目をより判りやすくすべきではないかとの委員意見が出されている。著作権分科会で提出される報告書では、そのあたりが修正されているものと考えられる(項目の入れ替えなどがあるか?)。

 違法複製物や違法配信物からの私的複製の30条除外(いわゆる「ダウンロード違法化」)については「その他の課題」の中で触れられるのみ。法制問題小委員会では、私的録音録画小委員会で(映像と音楽については)法改定妥当と結論付けたのをそのまま受け、プログラムの著作物についても30条除外するかが検討された。結果は法改定をただちに提言するものではないが、映像・音楽以外の著作物について検討を続ける旨でまとめられる。
 加えて、「ライセンシーの保護」「間接侵害」「法定損害賠償制度」も今後も検討を続けるとのこと。

 なお、知的財産戦略本部「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」での報告で注目される「日本版フェア・ユース規定の導入」については、法制問題小委員会の報告書において「その他の課題」として「順次検討を行うことが必要」と軽く触れられるのみ。

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/hogo/07/haihu.html
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/hogo/07/pdf/shiryo_02.pdf

 保護利用小委は、「過去の著作物等の利用の円滑化方策」と「保護期間の在り方」の二本柱でまとめられる。保護期間の方については、各報道のとおり、延長要望派と慎重派との両論併記で「検討を続けることが適当である」とまとめざるを得なかった。
 利用円滑化については、権利者が不明の場合の著作物利用と、国立国会図書館が行うアーカイヴについては法的措置が妥当と結論。その一方で、多数権利者が関わる場合(少数の反対者による許諾拒否)、権利者の意思表示システム(自由利用マーク・クリエイティブコモンズなど)の法的バックアップ、二次利用・パロディ、非営利無償のアーカイブなどについては今後の検討とされた。
 


http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/rokuon/h20_5/gijiroku.html

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/rokuon/h20_5/pdf/shiryo_01.pdf

 私的録音録画小委は、いわゆる「ダウンロード違法化」を実施するよう結論するのみで、私的録音録画補償金に関する合意は一切無かった。文化庁は、補償金にまつわる課題の整理が終わったかのように演出しているが、補償金廃止と補償金存続を同居させた「文化庁案」を掲げているかぎり、補償金問題が解決することはないだろう(私見)。

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/kokusai/h20_02/gijishidai.html
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/kokusai/h20_02/pdf/shiryo_03.pdf

 国際小委員会では、世界知的所有権機関(WIPO)などの国際会議の動向をみつつ、日本が先行して何を検討・提案していけるかという「検討課題」がまとめられた。小委員会では「エンフォースメントの実効性確保に向けた取組」に強い関心のある委員が多い。模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)の交渉が進んでいることもあり、検討結果よりも、むしろ今後の状況が大きく動きそうで要注目の小委員会ではある。

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2009年1月 2日 (金)

B-CASをめぐる議論に望んでいたもの

前のデジコン(総務省「デジタル・コンテンツの流通の流通の促進等に関する検討委員会」)で、地上デジタル放送のスクランブル解除の「新方式」が提案された。今後「小型カード」「事前装着カード」「チップ」「ソフトウェア」のいずれかを導入して、ユーザーにストレスを与えず地上デジタル放送へ移行してもらおうという話だ。

しかし注目すべき点が、「新方式」と並存する形で、現行のB-CAS方式も残すとの前提が立てられたところだ。デジコンの議論の中で、B-CASの限界が指摘され、新しい方式を導入するなどの今後のあり方が検討されてきた。そしてB-CAS廃止に世間の注目が集まり、委員の意見でも「B-CASにはこだわらない」旨が繰り返されてきたのである。それが、今回一転して「存続」という話になった。これには私も少なからず失望させられた。

「失望」した以上は、おそらく私の中にも何か望むものがあったのだろう。これまでは漠然とした思いでしかなかったのだが、ここで少し整理して考えてみる。

B-CAS方式は、地上デジタル放送にスクランブル(暗号)をかけ、その解除の「鍵」としてB-CASカードを用いる。受信機に同梱されたB-CASカードを、ユーザー自らが受信機へ差し込まねばならない上、そのカードはあくまでもB-CAS社から貸与される形となる。暗号技術の内容や、B-CASカードの管理を一民間企業であるB-CAS社が行なっているのが大きな特徴だ。ユーザーから見ればかなり煩わしい。

デジコンでは、このB-CAS方式を支持する委員意見は出なかった。逆に、委員からさまざまな課題を突きつけられていた。「基幹放送」として無料で流されている放送にスクランブルをかける正当性への疑問や、受信機メーカーへB-CASカードの使用を強制するため商品の多様性が損なわれている弊害、すでにB-CAS方式の裏をかく海外製の機器が登場している事実などの指摘だ。今後B-CAS方式を続けるとしても、これらをクリアする必要がある。

順番に見ていこう。まず、日本全国にあまねく届けられなければならない「基幹放送」という地上デジタル放送の性格が、B-CAS方式によるスクランブル化になじむのか。B-CASカードを「鍵」としてスクランブルを解除する仕組みなので、そのカードを持っている人に、対応機器でのみ視聴させるということになる。災害時の情報提供など、誰にでも受信できる状態にしておく必要のある「基幹放送」とは正反対の性格である。使用前のB-CASカードのセッティングやその管理、場合によってはカードの入れ替えなどをユーザーに強いることとなるが、そこまでする意味がどうにも見出せない。

また、B-CASカードという物理的な制約と、B-CAS方式の仕様に従わねばならないという強制力のために、メーカーが作る商品の選択肢が限られてしまうとのデメリットがある。小型化が図りにくかったり、コストの問題からか価格面でもアナログテレビの水準までこなれているとは言い難い。先日のデジコンで提案されたのは、受信機の「選択肢」を増やす方策だった筈だが、B-CAS方式が残ることで、その効果も思うように出ないのではないかと私は危惧する(これは後述する)。

こうまでして地上放送のスクランブル化をおこなうのは、著作権保護ルール「ダビング10」をメーカーに厳格に守らせるためである。ルールに従わない機器にはB-CASカードを発行しないという運用でもって、B-CAS方式に準拠した受信機だけが地上デジタル放送を視聴できるという仕組みだ。しかし、この目的すら現行のB-CAS方式は果たせていない。

B-CASカードは、対応機器の間でなら使い回しがきく。だから、フリーオのように海外で作られ、著作権保護ルールを無視した番組コピーし放題の機器にも使えてしまう。別機器用として入手したカードを差し込めば、地上デジタル放送が視聴可能になる。こうしたB-CASカードの使い回しは、B-CAS社とユーザーとの間で結ばれる貸与契約の中で禁じられてはいるが、契約違反のユーザーをB-CAS社が知ることは難しい。それに加えて、今ではB-CASカードを差さなくても視聴できるようフリーオが“改良”されている。

以上のことは、別に私だけが考えているものではない。デジコンでも直接指摘されてきたことだ。意図通りに運用できていないB-CAS方式を残してしまうのでは、デメリットが先に立つのではないかとすら思える。

B-CASの実効性を求めるなら、フリーオへの対処が必要だ。しかし、B-CAS方式は、 Dpa(デジタル放送推進協会)とARIB(電波産業会)が決定した技術資料にメーカーが従うという「民民の決めごと」でしかない。「ダビング10」ルールがこのデジコンで決められたという経緯はあるが、これは単に当事者間の相談の場が総務省の審議会に置かれただけで、法律によるルールの強制があるわけではない。だからこそ現時点で、フリーオに対してルール無視をやめさせる方策が見つかっていないわけだ。

デジコンの検討の大元にあるのは、著作権保護ルールをどう強制させるかという手法だ。「技術・契約」と「制度」の2通りが想定され、現行のB-CASや「新方式」で考えているのは「技術・契約」の強制力だ。一方、「制度」の強制力とは、要するに著作権保護ルールを破る行為を法律で禁止するなどの対応を指す。これまでのデジコンでは「制度」での対応に消極的だった。しかし、「技術・契約」だけで対応するには不充分と言わざるを得ないB-CASをもし存続させるなら、制度的対応を取るとの方向転換を迫られることになる。

「制度」的対応で対処できるのなら、素直に導入すれば良いではないかとお思いの方もいるだろう。ところが、B-CASの場合はそう簡単な話ではない。B-CAS方式やダビング10のような「民民の決めごと」を法律で強制することが問題をもたらさないかを気にしなければいけないのである。この決めごとが受信機メーカーに強い拘束力を持ち、決めごとの枠外にあるメーカーの参入を難しくしたり、枠内のメーカーすら機器の使用を決める上での選択肢を失って、市場競争が損なわれているとの指摘が、今の時点でもある。たとえばB-CAS方式の「鍵」の管理をし、ユーザー情報を握っているのが民間会社のB-CAS社たった1社という歪んだ状況だ。国がこれをさらに固定化することになりかねない。

心配なのは「制度」的な強制の話だけではない。B-CAS方式と並存するとの前提では、いま議論されている「新方式」の選択にも影響するのではないかと考えられる。言うまでもなく、どんな方式を選んでもコストというのはかかるものだ。B-CASが存続すれば、単純に移行させるよりも、B-CASと「新方式」双方のコストで多くかかることになる。となれば、現行方式に近いもの――B-CAS社が関与する、カードの小型化や事前実装などに落ち着く可能性が高くならないだろうか。

B-CAS廃止の選択肢をデジコンが排除したことで、私が危惧しているのはここである。B-CAS存続のために「制度」的な強制力を導入し、あるものを“有効に”使うとしてB-CASに近い「新方式」が選択され、結局B-CAS社の“独占”状態が継続していくという事態だ。

何とも閉塞感に満ちた話ではないか。デジタル移行(アナログ停波)へ向けて、さまざまな対処をしようとするのは判る。しかしB-CASといいダビング10といい、すでに破綻しているものを、現行の仕組みをこねくり回して維持しようとしている。

確かに、デジコンではこれまで長い時間をかけて議論が行なわれてきた。しかしそこで出された結論というのが、地上デジタル放送にスクランブルが必須であることと、著作権保護ルールが「ダビング10」で、ユーザーの録画については権利者への「適切な対価の還元」を考える、といった内容だった。その結果、多大なコストをかけてスクランブルを施し、その技術が及ばないところでコピーされる番組に「制度」的に対応を試み、「適切な対価の還元」の議論が延々と続くことになる。

この議論で幸せになった人はいるのか。いっそのことスクランブルに固執するのをやめた方が、議論がすっきりするようにも思う。B-CAS方式から新方式へ移行した場合、すでにB-CAS方式の受信機を買ったユーザーが視聴できなくなることを心配してB-CASを残すとのことだが、スクランブルを無くせば問題は起こらない。

おそらく早い段階からボタンの掛け違えがあって、ここまでこじれてしまった。地上デジタル放送の著作権保護ルールについて議論するのなら、私的録画補償金の問題も含めてトータルに考えるべきだった。地上デジタル放送は総務省、補償金は文化庁の管轄ではある。しかし、互いの領域を避けたがためにこの現状がある。総務省は「適切な対価の還元」と曖昧な文言を使い、文化庁では補償金問題が暗礁に乗り上げた。ユーザーの私的録画の自由が保障されるとの趣旨が貫徹されるのなら、まだしも私的録画補償金に存在価値があるようにも思えるのだが‥‥。

そういう横断的な議論のできる場が、今までも、これからも、霞が関に用意されない。残念なかぎりである。

Posted by 谷分 章優 映画・映像, 著作権, 著作権行政 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 1日 (木)

「対象期限経過」がずらりと並んだ様子をお楽しみください

 昨年末に、「商業用レコードの還流防止措置」(いわゆる「レコード輸入権」)の話を書いた。アジアで売られた邦楽CDを日本に持ち込んで安く売る「還流盤」が増え、価格がずっと高止まりしている国内盤が買われなくなると慌てたレコード業界の要望を受けて、「還流盤」の輸入を禁じてしまえとなった乱暴な制度である。この「還流防止措置」は4年前に始まったのだが、2009年1月1日になると、これまで輸入が禁じられ得たCDの多くが「輸入解禁」となる——というのが前回の話だ。

 年が明けてから日本レコード協会のサイトをチェックしてみると、変化があったのでお知らせしておく(たぶん自動更新だったんだろう)。「還流防止措置」にもとづきレコード会社が輸入を差止めるつもりでいるCDのリストが「輸入差止申立てに係る対象レコードリスト」なのだが、ここで対象期限が2008年12月31日だったものが片っ端から「対象期限経過」との表示に変更されていた。リンク先で「還流防止対象期限」のボタンをクリックしてリストを並び替えるとより判りやすい。

 ちなみに、今回「対象期限経過」となったCDすべてが税関で「輸入差止申立て」が受理されていたわけではない。レコード会社が「申立て予定」としていたまま期限を迎えてしまったものも多いのだ。これは対象レコードリストの「更新履歴」で12月31日付を調べてみると判る。

 「還流防止措置」は、アジアで邦楽CDを売るために「必要」という触れ込みで、レコード協会が音楽ユーザーの反対の声を無視した形で実現した制度だったわけだが、いざ4年もの運用の実態を見ると、正しく活用されていたのかとの疑問は残る。実際に税関に申立てられていた以外のCDでも、その巻き添えを食う形で実質的に輸入禁止となってしまっていたのではないか。「申立て予定」のまま対象期限を迎えたCDは、そういう“不正”な形で還流防止措置の恩恵にあずかっていたように思えてならない。

 この1月1日を迎えたところで、還流防止措置は一区切りついたと言える。しかし今後も引き続いて動向を見ていきたい。「解禁」された還流盤が実際に輸入されるようになるのかが判るのも、もう少し先のことだろうし(4年前のCDを逆輸入して商売になるかという問題もある‥‥)。

 ともあれ、これを念頭のご挨拶に代えていただくとして、皆さま今年もよろしくお願いいたします。

Posted by 谷分 章優 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月30日 (火)

ACTAの中身が気になるが、肝心の条文はいまだ明らかにならず‥‥

 タイトルでいきなり「ACTA」と書いてしまっているので、何のことかと思われた方がいるかもしれない。「模倣品・海賊版拡散防止条約」という新しい条約の構想のことで、「Anti-Counterfeiting Trade Agreement」の略である。2005年のG8グレンイーグルズ・サミットで当時の小泉首相が提唱し、今では日本・米国・EU・スイス・カナダ・韓国などが集まって「関係国会合」が開催されている。
 日本国内では、内閣府にある知的財産戦略本部が毎年発表する「知的財産推進計画」で、2005年版からこの構想が盛り込まれてきた。それを受けて、文化庁の文化審議会や、経産省の産業構造審議会などで経過が報告されるようにもなっている。
 ただ、そうした資料から条約構想の概要をしることはできても、肝心の条文の内容などが明らかになっていない。今年後半に入ってから関係国会合が頻繁に開かれており、経産省の発表によれば、条文案をもとに議論するところまで来ているということだ。
 ここでは、私が自分用のメモも兼ねて、これまで明らかになっている資料について書き留めてみる。

 まず最近に公開された情報としては、12月18日付で経産省が「12月関係国会合の概要」を発表している。それによれば、12月15日から17日にパリで会合が開かれ、日本・米国・EU(欧州委員会とメンバー国)・スイス・カナダ・韓国・メキシコ・シンガポール・豪州・ニュージーランド・モロッコが参加したという。
 この関係国会議では、今年6月に開かれた会合から条文案をもとに交渉を開始し、7月29日~31日(ワシントン)、10月8日~9日(東京)、そして今回のパリで4回目だという。ただしそれ以前にも、2007年10月に日米欧などから条約締結に向けた動きを加速する旨が発表されてから「非公式な協議を継続的に行なってきた」らしい。
 次回会合は2009年3月にモロッコで開催される予定。「可能な限り早期の妥結を目指す」としている。

http://www.mofa.go.jp/Mofaj/press/release/h20/8/1182255_914.html
「模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)構想 (7月関係国会合の概要)」
(外務省) 2008.8.1

http://www.meti.go.jp/press/20081009002/20081009002.html
「模倣品・海賊版拡散防止条約
 (Anti-Counterfeiting Trade Agreement, ACTA)構想
 (10月関係国会合の概要)」
(METI/経済産業省) 2008.10.9

http://www.meti.go.jp/topic/data/e81218j.html
「『模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)構想』
 12月関係国会合の概要について-注目情報」
(METI/経済産業省) 2008.12.17

http://www.meti.go.jp/press/20081218001/20081218001.html
「模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)構想(12月関係国会合の概要)」
(METI/経済産業省) 2008.12.18

 では、この「模倣品・海賊版拡散防止条約」構想というのはどういう内容なのか。大枠については、外務省・経産省・文化庁などから発表された資料から知ることができる。
 「模倣品」とは、特許権・商標権・意匠権などを侵害して作られたものを指す。作り手を偽って買わせるニセモノのことだ。そして、「海賊版」は著作権を侵害して作られたものを指す。最近は「物」に限らない、データとしての著作物のやりとりも問題視されてきている。
 こういった模倣品・海賊版が売買されることで発生する害悪の例として政府が挙げているのは、「企業が本来得るべき利益を損失させる」「創作者の開発と創作意欲を減退させる」「消費者の安全や健康を脅かす」「犯罪組織・テロ組織等の資金源にもなる」ということ。これらのうち、金にからむ部分は割とよく聞く理由だが、「消費者の安全や健康」というのは比較的最近聞くようになった謳い文句ではある。これはニセの薬や粗悪品が流通することによる影響を指したものらしい。
 模倣品も海賊版も一国の中で完結しているのなら、その国の法律で取り締まれば済むことだ。しかし模倣品・海賊版の場合は、ある国で製造されたものを他国へ輸出したり、数カ国の港を経由し積み替えることで製造国を判りづらくする実態がある。また、模倣品の本体と偽造ラベルとを別々の国で作り、それぞれを持ち込んだ国で最終的に組み合わせるなど、多くの国が複雑に関係する場合もある。そこで、国を超えて模倣品・海賊版対策の一定のルールを決めようというのが「模倣品・海賊版拡散防止条約」構想ということになる。
 この構想の中では、「国際協力の推進」「知的財産権の執行の強化」「法的規律の形成」が三本柱になっている。国際協力では、各国間での情報共有や途上国への制度整備協力をすることを想定する。執行強化では、知財関連法令の情報や手続きを公表するとともに、消費者の意識を「向上」させる取組みも行なう。そして法的規律では水際措置・刑事執行・民事執行についてのルールづくりをする。税関での差止・没収・破壊を確実にする方策や、模倣ラベルの刑罰強化、「非営利目的の著作権侵害への刑事罰の適用」、「権利者が十分な損害賠償を受けるための措置」が挙げられている。
 こうした大枠について述べた資料を示しておく。ネットに掲載されており、日本語でかかれた資料だ。まず文化庁でまとめたものは、2008年1月11日に開催された、文化審議会著作権分科会の国際小委員会での配付資料で読める(資料6「模倣品・海賊版拡散防止条約について」)。経産省によるまとめは、2008年4月24日付の産業構造審議会 通商政策部会(第7回)での配付資料だ。文化庁の方も経産省の方も、趣旨はほぼ同じ中身だが、文化庁の資料で「知的財産権全体としつつも、特に模倣品・海賊版問題の中心となっている商標権及び著作権侵害に焦点を置く」との一文があるのが興味深い。経産省の側も、開催情報を見るとこの12月9日に開催された第8回通商政策部会で追加報告があった模様だ。私はこの会合を傍聴できなかったので内容はまだ分からないが‥‥。
 この他、11月になって外務省がサイトにあげた国民向け広報がある。これなどは読んでいて分かりやすい。



http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/009/08011520/002.pdf

「模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA:Anti-Counterfeiting Trade Agreement)

 (仮称)構想について」

(文化庁:文化審議会著作権分科会

 国際小委員会2007年度第1回・配付資料・PDF)2008.1.11



http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g80424d04j.pdf

「模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)について」

(経産省:産業構造審議会第7回通商政策部会・配付資料・PDF) 2008.4.24



http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol16/index.html

「わかる!国際情勢 Vol.16 模倣品・海賊版を取り締まれ!

 ~現状と模造品・海賊版拡散防止条約(ACTA)構想」

(外務省) 2008.11.26



http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g81209a04j.pdf

「模倣品・海賊版拡散防止条約 (ACTA)(仮称)構想について」

(経済産業省・産業構造審議会第8回通商政策部会資料・PDF) 2008.12.9

 ここまで資料をかき集めてみても、結局わかるのは「大枠」だけだ。最後に挙げた、産業構造審議会の12月9日付の資料が最も新しいが、この時点で開催されていた3回の関係国会合で「水際措置」「民事執行」「刑事執行」が取り上げられた旨が追加されているにとどまる。やはり条文レベルにまで具体化した情報が欲しい。

 大枠の時点でも気になるところはある。国内の「海賊版」問題に対処するため、文化庁の審議会で、違法複製や違法配信からの録音・録画を違法とするいわゆる「ダウンロード違法化」の方針が固められているところだが、これは現行法の枠組みでは権利者側の立証の困難さを前提としてゴーサインが出された側面がある。私的録音録画小委の報告書によれば――

仮に現実に民事訴訟を提起する場合においても、利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられるため、利用者が著しく不安定な立場に置かれて保護に欠けることにはならないと考えられる。

とされる。しかし、条約によってこの立証が簡便化されることになれば、一般ユーザーにとっての脅威が強まることになるだろう(適法に入手した複製ですら、その適法性を示すのが難しい場合も少なくない)。
 現行法の中だからこそ一応のバランスが望めるところに、条約によって現行以上の保護水準が要求されることで、ユーザーにとって害になる法改定へと結びつくおそれが無いわけではない。特に海賊版の取り締まりに伴う、税関での持ち物検査や、インターネットでの発信情報のチェック、刑事手続きでの非親告罪化、民事手続きの簡便化などが課題として挙がるものと考えられる。無論これが実際に条約に入ってくるかどうかは判らないわけだが、日本政府の方針として現行法の範囲内でとどめるつもりだったらまだしも、実は2006年9月15日の時点で「模倣品・海賊版対策関係省庁連絡会議」が条約交渉に向けた方針を決定している。

http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/mohouhin/kettei/060915housin.pdf
「『模倣品・海賊版拡散防止条約(仮称)』構想の実現に向けた基本方針」



 効果的な制度を複数国で整備し、各国間の協力の拡充により執行活動の強化を図るという本条約構想の目的を踏まえ、条約内容の検討に際しては、新規の制度整備の可能性を排除せず、条約の実効性の確保、国内制度との調和、制度の合理性など、総合的な観点から行う。

 国内での政治情勢や審議会の空転などで、著作権法の次の改定がいつになるか見えない状況ではあるが、詳しい内容が明らかにされないままACTAの内容が固まってしまい、いつのまにか次の著作権法改定の中身も審議会・国民の頭越しに決まっていたなんてこともあり得る話ではある。
 それなのに、全然情報が出て来ない気味の悪さ。もう少し情報公開が無いものかと思わずにはいられない。

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2008年12月23日 (火)

いつのまにかB-CAS廃止の話は吹っ飛んでいて、追加する新ルールを考えるという話になっている

 22日に、総務省の「デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」第47回会合が開かれた。この会は「デジコン」の通称で知られ、地上デジタル放送のコピー制限「ダビング10」の仕様を長い年月かけて議論し、6月末の「第五次中間答申」のまとめをきっかけにようやく「ダビング10」開始の運びになったことで注目された。その後は、「技術検討ワーキンググループ」と「取引市場ワーキンググループ」での検討を並行しながら、その報告を受け議論を行なうという形で会合が開かれてきた。
 今回の検討委員会は、2つのワーキンググループのうち「技術検討ワーキング〜」の報告のみを議題にした。このワーキングでは、地上デジタル放送の著作権保護を適正に運用するための強制力(エンフォースメント)をどう保つかの議論を続けている。技術的な録画制限を用いメーカーやユーザーへ「契約」で強制する手法と、法制度などでルール破りを禁止する手法の2つがある中、前者の技術・契約を使う手法を検討した結果が報告された。

 ワーキング報告には「放送コンテンツ保護に係る技術・契約によるエンフォースメントの在り方(案)」というタイトルが付けられた。「利用者にとっての選択肢の拡大」を前提を掲げつつ、現行のB-CASカードを受信機へ差し込む方式からどう改良するかという提案が4通り示された。(1)カードを小型化すること(2)カードを販売時にあらかじめ受信機へ装着しておくこと(3)コンテンツ保護の機能をチップに集約する形をとること(4)コンテンツ保護ルールに基づいたソフトウェアを用いること——といった具合だ。
 カードを使うという点では現行と変わらない(1)と(2)については、暗号を解除する「鍵」の管理者としてB-CAS社の存在を前提としている。現行ではB-CAS社がカードの所有者であってユーザーに貸与される形を取っていること、目的外使用の制限のことなど、ユーザー制度を理解してもらうのが必要なのも同様だ。ただし(2)では、ユーザーが受信機へカードを指す行為が不要になるため、カードの貸与などの情報を提供する機会を確保するのに「クリック契約」などの操作を改めて用意しなければならなくなるとの「課題」が指摘されている。
 B-CASカードとは全く異なるアプローチである(3)と(4)でも、保護ルールを管理するライセンサーと、チップやソフトウェアを作る事業者とで「それぞれの役割や、役割に応じた責任」や「目的やスキームに応じた技術方式」などを改めて検討していく必要があると指摘している。

 これらの(1)から(4)という“新方式”が提案されたことで、B-CASの廃止がいよいよかと思いそうになる。ところが、これらの方式は、実は現行のB-CASシステムと並行して導入されることを前提にして提案されている。「利用者にとっての選択肢の拡大」という前提が掲げられていたのも、B-CASのものと新しい方式のものと両方があることによる「選択肢の拡大」を示したものだという。案を説明した総務省コンテンツ振興課の小笠原課長によれば、すでにB-CASシステムでの受信機を買った人が多くいることでもあるし、新方式へ移行した途端に受信できなくなるというのでは「消費者保護の観点から」問題があると判断した結果のようだ。
 B-CAS廃止論が強まっていた中で始まった検討だったのに、ワーキングの提案が4つ出てきたところでいつのまにかB-CAS廃止が吹っ飛んでしまった感じは否めない。もしB-CASと異なる方式が追加されるとなれば、別方式のものを並行して送信しなければならない、そのコストはどうなるのかと聞いている方としては不思議になってくるのだが‥‥。
 しかも、(1)から(4)の方式を聞いて、ユーザー側委員が相次いで(4)のソフトウェア方式が良いのではないかと意見を述べたが、今回の報告はまだ「どれが良い」「どれにすべき」とは言える段階に無いと村井主査が釘を刺すものだった。主査によれば、まだそれぞれがどれだけのコストを要するかまで検討しきれてはいないという。確かに、コストに関する記述は資料に無かった。
 放送局側の委員からは「B-CAS方式にこだわらない」とする発言が出て、もっとも理解を得るべき視聴者(国民)を重視する意向が示されはした。一方で、費用対効果などの問題もあって、今後議論を深めていく必要性を指摘する意見も相次いだ。まだまだ先は長い。

 デジコンで議論の対象となっているのは、「基幹放送」と呼ばれる無料の地上デジタル放送のみである。その「基幹放送」にスクランブルをかける必要性があるのか、という根本的な疑問が一貫して河村委員から示されてはきた。しかし、今回の報告では「技術・契約によるエンフォースメント」としている通り、それは全く前提に汲み入れられていない。先の(1)から(4)のいずれもが暗号化を想定されたものだ。法制度に頼らないという前提では、保護ルールを守らせるためにスクランブルをかけて、受信機を製造するメーカーにチェックを入れていく手法をとるしかないという考え方なのだろう。
 となれば、スクランブルに違和感を持っているユーザーの場合は、「選択肢」をシビアに判断するしか無いのかも知れない。また地上デジタル放送に違和感を感じ、移行をためらう原因はスクランブルだけではない。ユーザー側委員から、景気悪化とともにデジタルテレビを用意できない家庭が増えていく懸念が表明されてもいた。せっかくワーキングで提案した「選択肢」でも、その中に適切なものが無ければ、ユーザーは地上デジタル放送を選択しない(見ない)という判断を下す可能性もある(逆に、何となく受け入れられる可能性も無いとは言わないが‥‥)。
 小笠原課長が説明するようにB-CASシステムが残され、さらに新方式を加えるとしたら、コストがどうなるのか注目したいところだ。2011年のデジタル完全移行に向けてこの「新方式」が実施できるように、デジコンの議論は検討開始から1年ほどで結論を出すことを目指している。その期限にきっちり合わせて委員会としての結論は出してくるのだろうが、どうも今のうちから「改善が見込めない」という閉塞した感じが漂ってきてしまっているように私には思える(あくまでも私見)。

 「技術検討ワーキング」でも(1)から(4)が検討の途中で、そして法制度を活用した手法はまだ未検討な段階での話ではある。しかしB-CASを存続させることを選択したことで、その運用に実効性を持たせるため、たとえば正規のB-CASカードを流用する無反応機器・フリーオにどう対処するかなどの論点で選択肢が限られてくるように思う。現に、椎名委員から「これらの案では、すでに多くの家庭に鍵が行き渡っているB-CASの問題が解決されるわけでなく、制度的エンフォースメントの導入を求める」発言があった。
 「技術検討ワーキング」が法制度に頼るのには消極的だった印象が私にはあったが、今後の議論次第では雲行きが変わってくるのではないかと思えてきた。ユーザーにとって、結局制限を受ける方向へ行きがちになりそうで、あまり嬉しい話ではない。

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2008年12月21日 (日)

遅々として議論が進まぬ国際会議、悠然としている国際小委員会、でも油断はできない

 12月19日に開かれた、文化審議会著作権分科会の国際小委員会(第2回会合)で「今後の検討課題」がまとめられた。このうち最優先して検討すべきと多くの委員が要望したのが、海賊版対策だった。とくにインターネット上での「個人の海賊行為」に言及する意見が相次いだ——。

 国際小委員会は、世界知的所有権機関(WIPO)などの国際会議や、他国との二国間協議、締結を目指している条約などの動向を見ながら、著作権に関して対外的な日本の方針を検討する会だ。私的録音録画補償金の見直しを任せられていた私的録音録画小委員会や、著作権法の法改正そのものを議論する法制問題小委員会と並び、文部科学省の諮問機関である文化審議会著作権分科会の下に設置されている。今年度の第1回が5月12日に開かれたきりで、12月の第2回までしばし間が取られていた。
 半年以上の間、国際小委員会で何もしていなかったわけではない。同小委員会に「国際検討ルール形成検討ワーキングチーム」が設けられ、「著作権をめぐる国際動向と今後の検討課題について」の検討が行なわれてきたのだ。今回の国際小委員会は、その検討結果が報告される場でもあった。

 ワーキングチームも同小委員会も動向を見ている国際会議というのは、年に1回開かれるWIPOの加盟国総会と、この総会のもとに設置された「著作権等常設委員会(SCCR)」「開発と知的財産に関する委員会」「遺伝資源、伝統的知識及びフォークロアに関する政府間委員会」などのことを指す。その中でも、議論の中心になるのはSCCR(今年は11月3〜7日に開催)の動向についてだ。
 SCCRでは、デジタル・ネットワーク化に対応した放送機関の保護水準を定める「放送新条約」が1998年から、映像に録画された実演(視聴覚実演)の保護水準を定める「AV条約」が2000年から議論されてきており、その動向についてはこれまでの国際小委員会の報告書にも記載されてきた。しかしいずれの条約構想も、欧米間で意見対立が起こり進捗していない。また比較的新しい議論として、発展途上国から「権利の制限と例外」について国際水準を決めるよう求めているが、先進国がそれに反対し、まず各国の権利制限について実態調査と研究をすべきだという話になっている。
 要するに、国際会議を舞台にした話し合いは全くまとまらない状態だ。そこで日本として今後どう対応していくか、何を働きかけていくかを考えるのに、国際小委員会で先のワーキングチームを作り「今後の検討課題」をまとめたわけだ。

 同ワーキングチームでまとめた検討課題は、「1.著作権保護に向けた国際的な取組」「2.エンフォースメント(法律遵守の強制力)の実効性確保に向けた取組」「3.開発と知財問題への対応」といった項目が立てられている。
 1では、「放送新条約」「AV条約」の議論の動向をふまえながら今後の対応を検討するとしている。2については、国をまたいだ著作権侵害でどこの国の法律・裁判所を用い法的判断を得るのかという準拠法・国際裁判管轄の研究を進めるという。また、各国が持つ海賊版対策の制度を情報収集し分析するのも必要だと指摘している。3は、発展途上国が主張する「パブリックドメインの確保や国際規範に関する柔軟性の確保」「フォークロア(ある共同体で代々作られてきた文化遺産としての創造物)の保護」について、前者は現在の保護水準(条約で許容される保護の制限)でも十分対応できると途上国に伝えていくこと、後者は(条約の形でなくても)各国で対応可能なガイドライン・モデル規定を作るよう提案している。
 このワーキングの報告ですでに「検討課題」がまとめられていたが、国際小委員会名義で決定する「今後の検討課題(案)」という資料も会合当日には用意されていた。ただし内容はワーキングチーム報告とほぼ同内容だ。ワーキングの報告は小委員会に対するもので、小委員会の親会である著作権分科会へは「今後の検討課題」を報告する形になる。

 国際小委員会では、検討課題の中身自体は原案どおり了承された。ただ、これらは課題として大きなものばかりなので、どれを優先させるか順位を決めてはどうかとの委員意見が相次いだ。具体的には、2の「エンフォースメントの実効性確保に向けた対応」を優先するよう求める声が多かった。
 口火を切ったのは、久保田裕委員(コンピュータソフトウェア著作権協会)だった。海外で権利侵害があった場合に、その権利の所在を政府が認証して権利行使をしやすくする必要性(そして制度の提案)を述べた。加えて、海外でのファイル交換ソフトの使用や中国での海賊版を挙げていた資料を指し、ファイル交換ソフトの使用が日本国内でも多いことや海賊版がヨーロッパでも多いことなど、現状を正しく把握する必要性も強調した。
 石井亮平委員(日本放送協会ライツ・アーカイブスセンター)は、放送機関保護(放送新条約)についての政府の働きかけを求め、海外での動画共有サイトで放送番組が違法にアップロードされている実態を強調しながら、「簡便な手続きで違法な動画が削除される」仕組みが望まれるとした。池田朋之委員(日本民間放送連盟)も同様に、「放送事業者の立場で言うと、放送条約の成立がないと海外での権利行使は難しい」として、違法な動画をどう削除させるかの調査を求めた。
 こうした権利者側委員からの要望が相次いだことを受けて、先に口火を切った久保田委員が「委員会でお願いするだけではなく、権利者がまず現場に踏み込んで実態調査をする、そして実費程度を国から貰ってというつもりでないと。(お願いするだけでは)変わらないんじゃないか」と、権利者側の受け身の姿勢を正すべきだと釘を刺す場面もあった。

 委員意見が重なった「エンフォースメント」の優先順位が高めに設定されることはおそらく間違いないだろう。優先度についての議論は次回にと道垣内主査の発言があったが、「エンフォースメント」だけを検討課題にすることはないにしても、委員の意向はある程度反映されるものと思われる。優先順位にまで触れるかはともかく、「今後の検討課題」を含めた国際小委員会の方針は、1月26日に予定されている著作権分科会で報告される。
 こうして今期の法制問題小委員会・私的録音録画小委員会・国際小委員会と、著作権分科会へ向けての報告が出揃った(なお「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」第7回会合は年明けの1月6日に開催予定)。いずれも著作権侵害対策の検討結果が盛り込まれるということになる。違法複製や違法配信からのコピーを違法化するという構想を盛り込んだ法制問題小委員会・私的録音録画小委員会と比較して、国際小委員会については、報告書の上ではまだこれから調査を始めるところという違いはある。たとえば、ファイル交換ソフトを利用した著作物のやりとりは国境を越えるものが多い。調査研究や、準拠法・国際裁判管轄の検討、そして関係国同士の情報共有の仕組みづくりなど、まだまだ取組みが始まったばかりだ。
 しかし気になるのは、国際小委員会での検討がこうゆっくりしているように見える裏で、日本・米国・EUなどの一部の国でWIPOより小規模の会議が持たれ、ルールづくりを進めている例もあるところだ。「模倣品・海賊版拡散防止条約」(ACTA)に関する話し合いがそれで、今年6月・7月10月12月概要)と相次いで関係国会合が開かれているとの発表が経産省や外務省からされている。国際小委員会で事務局(文化庁)から報告されたACTAの内容は今ひとつはっきりしないものだったのだが(ただし前期第1回には説明資料PDFが出されている)、日本の現行法より高い保護水準で海賊版対策が盛り込まれる可能性※があるだけに、国際小委員会に話が来る前に規制強化の方向性が決まっているなどということもあり得る。
 そう考えると国際小委員会の悠然さはそのまま真に受けられないかも知れない。


※2006年9月15日に模倣品・海賊版対策関係省庁連絡会議がまとめた「基本方針」(PDF)の中に、「条約内容の検討に際しては、新規の制度整備の可能性を排除せず、条約の実効性の確保、国内制度との調和、制度の合理性など、総合的な観点から行う」との一文がある。

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2008年12月18日 (木)

メーカーが文化庁案を拒否できたのは文化庁のおかげです

 16日の私的録音録画小委員会(第5回)での、中山信弘主査の締めの言葉が印象に残るものだった。議事を進めて報告をまとめる役割を中山主査が担っていたわけだが、いわゆる「ダウンロード違法化」を実施する方向を維持しつつも、本題の私的録音録画補償金について方向性が打ち出せなかった。これを指しての発言だ。
 発言を以下に引用する。私の傍聴メモと記憶から再構成したものなので、正確なところは1か月後くらいに公表される議事録を待っていただきたい。

 この私的録音録画補償金の問題は、知財戦略本部から、制度の廃止も含めて根本的な検討をおこなうというミッションを頂戴していたわけですが、合意できずに主査として大きな責任を感じるところです。

 私事になりますけれども、去年、著作権法の体系書を出しまして、その本の最初のタイトルが「著作権法の憂鬱」ということでして、まさにその「憂鬱」が現実のものになってしまいました。補償金の問題は、著作権法の全体からすれば僅か(一部分)というものかも知れませんが、現在 著作権法が抱えているデジタル問題を象徴するものだろうと思っています。著作権法がデジタルにどう対応していくかという非常に大きな課題を与えられているのだと。

 ‥‥というわけで、申し訳ございませんというお詫びの言葉でこの会議を締めくくりたいと思います。

 知財法研究の第一人者で、ユーザー側からの信頼も厚い人格者の中山先生が詫びて閉会するという、傍聴していたこちらが申し訳ない気持ちになる場面だった。ただその一方で、私は、中山先生が「責任」を感じる必要はないだろうとも感じていた。私的録音録画補償金をめぐる議論というのは、権利者とメーカーとの思想の対立が大元にあり、その間をとりもつ人はいつもハズレくじを引かされる運命にあるからだ。
 今ある補償金制度が1993年に開始するまでの議論の経緯をみても、そうしたハズレの連続だったことがわかる。家庭内でユーザーが録音・録画することの「補償」を権利者(音楽の著作者・レコード会社・放送局・実演家など)が求め、当時の著作権審議会に「第5小委員会」が設置されたのが1977年のことだ。その「第5小委員会」で話がまとまらず、審議会の外に設けられた「著作権問題に関する懇談会」でも結論が出ず、また著作権審議会(第10小委員会)に議論が戻された。ハズレ、ハズレ、またハズレの連続である。最終的に補償金制度を作ることでまとまった第10小委員会ですら、1987年8月の第1回から1991年12月の報告書完成まで4年以上かかっている。
 なぜそうした議論の空転ばかりが続くのかを考えると、無理もない事情もあったりする。補償金の問題とは結局、金を払いたくないメーカーと、金を貰いたい権利者との攻防なのだ。ひとことで言えば、ユーザーの録音・録画行為をダシにして権利者がメーカーから“著作権料”を取ろうという話である(その“著作権料”を実質的に負担するのがユーザーだというのが何ともタチが悪い)。

 そうしたわけでメーカーと権利者との間で見解が交わらないことは判りきっていた私的録音録画小委員会だったが、実は、議論の中で一瞬だけ共通見解が見出せそうな場面はあった。ユーザーが私的録音・録画する場面を具体的に想像しようという話になった時だ。
 たとえば、ユーザーが自身で買ったCDからiPodなどへコピーする場合、補償が不要そうだというのは権利者側も認めざるを得なかった。また、他人が買ったものを借りてきてコピーすることについては、補償不要とまでユーザー側もメーカー側も強弁できなかった。インターネットで配信されているものについては、同小委員会で議論が始まる以前から補償金は「二重取り」に当たるのではないかと指摘されてきたとおり、iPodやPCへのユーザーのコピー行為を前提にして価格を決めているのだろうということになった。
 これら3つを素直に拾い上げて補償金制度に組み込めば議論がスムーズにまとまりそうなものだが、事務局として小委員会の議事を仕切っていた文化庁はそうしなかった。その後、いわゆる文化庁案ということで、事務局が次のようなまとめを試みた(以下の文章自体は私自身が要約したものである)。

 1.20xx年、私的録音・録画を著作権法30条から外し、補償金を廃止する

 2.「権利者の要請による」DRMがコンテンツすべてに
   かけられているのが廃止の条件

 3.仮にDRMフリーのものがあっても、
   それは「権利者の要請」によるものとみなせる

 4.当面、音楽CDと無料デジタル放送があるので補償金を残す

 5.iPodやHDDレコーダー・ブルーレイディスクは補償金対象に追加指定する

 6.適法に配信されたものは著作権法30条から外す
   (契約で複製が許諾されている)

 ※ 違法複製されたり違法配信されたものからの録音・録画は30条から外す
  (これは事務局案とは別に実施される予定らしい)

 これらひとまとめで「文化庁案」である。パッと見ただけでも、補償金を廃止するのか拡大するのか何が何やらといった具合だ。文化庁案の詳細は、既に公表されている小委員会議事録の中で参照できる(加えて、小委員会の報告書にも丸ごと転載される予定)が、それに目を通しても目眩がひどくなるだけである。論理が一貫していない。
 結果、メーカー側が「補償金廃止への道筋が見えない」として受け入れを拒否し、文化庁案は小委員会もろとも吹き飛んだ。30条をいじくりまわし、今ある補償金制度へ多少手を加えるだけで済まそうという文化庁の姿勢がこの結果を生んだのだ。例の案にしても、“将来的な廃止”はちらつかせただけで実現不可能、実際の補償金制度は課金対象を拡大するという二枚舌だったのだから、メーカーが拒否するのは当然だろう。

 「著作権法がデジタルにどう対応していくか」という大きな課題を意識していた中山先生の思いと裏腹に、小委員会での議論は窮屈なものに押し込まれていった感がある。あくまでも今ある補償金制度を前提として、30条のもとでの私的録音・録画を権利者の「不利益」と考え続けた。しかしユーザー側から疑義が突きつけられていたのはそうした前提自体だったわけで、小委員会がメーカー・権利者・ユーザーという三者の合意を目指していたのなら、もっと根本のところに戻っての説得は必須だったと私は思う。
 職業クリエイターが著作物を作って売り、新しい作品を求めるユーザーがなにがしかの対価を払って鑑賞する。クリエイターが食べていくためこの対価の流れを維持する必要があること自体は、誰もが理解するところではなかったか。その著作物を売る相手が「複製機器を所有するユーザー」なのだと織り込む必要があることも同様だ。
 そうしたときに、著作権法で保障されるべきクリエイターの「利益」の範囲はどれほどのものなのか。たとえば一人のユーザーから、同じ著作物で何度も対価を取ることまで保障されなければならないのか。ユーザーが家庭内でするコピーの中で、権利者に対価を払うべき範囲がどれくらいのものなのか。——そうした論点について、議論に参加していた者たちが自身の主張をあらいざらい出した上で、共通項を積み上げていく努力が必要だったのだ。
 観念的な議論でウロウロせずに、そこまでシンプルな話に戻れば、少なくとも権利者側とユーザー側とで納得できる落としどころが見えてきたのではないだろうか。議事録の中で、ユーザー側委員が発言したことを読み返してほしい。彼らは金を払うのがイヤだと言っていたわけではない、何故それを払うのかという点にこだわっていたのだ。

 最後に、底意地の悪いことを書いておこう。
 私があの小委員会で本当に見たかったのは、権利者とユーザーとでは納得できる落としどころがまとまり、メーカーが対応に苦慮する姿だった。ユーザーの代弁者然として「iPod課金」反対を言い続けてきたメーカーが、当のユーザーが補償金支払いを認めた時に何と言うか楽しみにしていたのだ。その落としどころに素直に乗ってきていたのかどうか。
 残念ながらそれは、メーカーがまとめ案を拒否する根拠を与え続けてきた文化庁の仕切によって実現はしなかったのだけれども。

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2008年12月17日 (水)

積み上がったものって何かあったんだろうか? 今後の議論で使えるものって何かあったんだろうか?

 12月16日、私的録音録画小委員会の第5回会合が開かれた。今回了承された報告書にも書かれていたのだが、「今期で終了」する同小委員会の最終回ということになる。権利者・メーカー・ユーザーの立場から委員が意見をまくしたてていた、小委員会のこれまでの様子とは対照的に、静かに淡々と終わった。わずか30分の会合だった。
 私的録音録画補償金の「根本見直し」をするのが目的だった筈が、結局その制度には手をつけられないまま幕を閉じる。また、注目されていた「iPod課金」の行方についても結論が出なかった。事務局は論点整理ができたと強調していたが、今後の議論でそれが役立つかは、今回現に失敗しただけに疑わしい(個人的には、そのまま議論を続けたら話がこじれるだけだと思う)。2006年以降、この小委員会で議論されて生み出されたものと言えば、例外・例外で虫食いだらけになった著作権法30条だけになりそうだ。

 私的録音録画小委員会がスタートした直接のきっかけは、iPodなどの新しいデジタル機器に「補償金」をかけるべきかという議論が、2005年の文化庁で起こったことだ。文化庁がiPodへの課金を文化審議会著作権分科会(法制問題小委員会)に諮問したところ、社会的な注目をあつめ、インターネットを中心に反対運動まで起こってしまった。文化庁としてはすぐにお墨付きをもらって課金しようと考えていたようだが、意外なことに法制問題小委員会でも賛否がまっぷたつに割れてしまい、結論が出せなかった。
 その上、補償金制度の「根本見直し」もすべきだという意見も出て、その方向で報告書もまとめられた(著作権分科会報告書PDF)。これを受けて設置されたのが私的録音録画小委員会だ。

 私的録音録画小委員会では2006年から議論が始められた。
 ユーザーがデジタル機器で録音・録画すると、それが家庭内であっても権利者の「経済的不利益」を発生する。だからその不利益の金銭的補償として機器や記録メディアに「補償金」を課金して権利者に還元する——というのが補償金制度の概要だが、この「根本見直し」を目的として設置された割には、こうした制度創設時の前提を踏襲して議論が進められた。実は、ユーザーの間にはこの前提そのものに疑義を持つ人が多いにもかかわらずだ(私もそうした一人である)。
 制度の「根本見直し」というよりは、むしろ権利者・メーカー・ユーザーといった関係者が一同に介することで、再度コンセンサスを構築していくことの方が重視されていたようではある。ただ、それにしても議論の前提の設定が性急に行なわれ、その後の議論のきしみを生んでいたように思えてならない。端的に言えば、メーカーやユーザー側の委員から示されていた疑問は置いてけぼりにされた。
 小委員会での議題を大きく分けると、「そもそも私的複製の範囲はどうあるべきか」「補償金制度を今後どうすべきか」「新しい機器への課金をどう考えるか」という内容だった。文化庁としては一定の方向でまとめようと、早い段階から議論を仕切っていた。これが先のメーカー・ユーザーの置いてけぼりに繋がってもいたわけだが、2007年10月12日付で出された「中間整理」(PDF)までは、文化庁の提示したまとめへの賛否両論を書き込むことでなんとか漕ぎ着けた。

 さて、今回了承された報告書を見ていく。この報告書の内容は、「中間整理」以後の小委員会の展開をまとめたものに過ぎない。しかし報告書を形にするのに苦労する事務局のさまを象徴しているようにも見えるし、文化庁案の提示の仕方や内容を丹念に負っていくと、それが受け入れられなかった理由も透けて見える気がする。興味深い中身ではある。
 下に目次を抜き出してみた。

はじめに
第1章 私的録音録画補償金制度の見直し
 第1節 私的録音録画補償金制度の見直しに関する事務局提案
 第2節 私的録音録画補償金制度の見直しに関する事務局提案に対する意見
第2章 著作権法第30条の範囲の見直し
 第1節 違法録音録画物、違法配信からの私的録音録画
 第2節 適法配信事業者から入手した著作物等の録音録画物からの私的録音録画
第3章 今後の進め方

 冒頭の「はじめに」から、私的録音録画小委員会での議論が総括されている。「著作権保護技術と補償の必要性の関係を巡る議論を中心に、関係者間の意見の隔たりが依然として大きいことが明らかとなり、これまでの議論においては補償金制度の見直しについて一定の方向性を得ることはできなかった」という。単に議論が進まなかったことを確認するだけなら、最初の数ページだけを読んだだけで用事が済むだろう。
 総括にあるような「関係者間の意見の隔たり」が大きいのは、議論する前から判りきっていたことだ。補償金を増額したい権利者と、補償金を払いたくないメーカーと、そして補償金の存在を知らないか、知っていても納得できる根拠が示されていないと考えるユーザーが「関係者」である。それらの意見の隔たりをどう埋めるのかが議事進行の見せどころだった筈。そしてその結果は‥‥。
 第1章の「私的録音録画補償金制度の見直し」こそが、本当は報告書のメインに据えられなければならない項目だった。しかしこの報告書ではそうならなかった。話の順番からすれば、第2章の「著作権法第30条の範囲の見直し」で前提を示して、その後で補償金の検討という流れの方が自然な筈だ。“成果”の演出とは言っても、第1章と第2章とを倒置させたのは苦しい。


■第1章第1節

 第1章をもう少し細かく見てみよう。第1章第1節は、ここをまるまんま使い、事務局がまとめようとしていた方向性(いわゆる文化庁案)が掲載されている。これまでの小委員会で小出しにされてきたものを一気に転載した形だ。報告書自体が公表されるのはまだ先になりそうなので、リンクを示しつつ文化庁案の流れを以下で紹介したい。
 ただし文化庁案を読む際に注意したいのは、この案では小委員会がまとまらなかったという事実と、事務局がこの方向でまとめようと議事を進めていた際に委員から出された指摘が、文化庁案からも報告書からもかなり抜け落ちていることだ。

 文化庁は、中間整理・パブリックコメント募集をへた前期第15回会合(2007年12月18日)に、「私的録音録画と補償の必要性に関する考え方の変遷」という資料を作成した(PDF。本報告書では第1章第1節2に転載)。「20xx年」の補償金廃止を謳ったものとして当時も話題になったが、これはあくまでも「著作権保護技術の発達・普及を前提に、私的録音に関しては、30条の適用除外とする」上でのものだ。
 この文化庁のまとめに対し、著作権保護技術(なおこれは著作権法の「技術的保護手段」よりも広い概念で、いわゆるDRMをイメージしてもらえると良い)の発達・普及を前提にすることに妥当性があるのかという委員の疑義が出されている。また「娯楽目的」という、鑑賞を目的とした私的録音・録画を30条から除外すること自体にも問題がある。ユーザーの批判をかわすためか、資料の中で「購入したパッケージのプレイスシフトについて権利制限(無許諾・無償)を認めることは要検討」との文言も入っているが、こちらは全くの空手形に終わっている。

 次に事務局が提示したのは前期第16回(2008年1月17日)会合での資料「著作権保護技術と補償金制度について」だ(本報告書では第1章第1節3に転載)。著作権保護技術が「著作権者の要請」によって施された場合には、そこからコピーしても補償金は必要ないだろうという前提を出した。その一方で、当面補償金で対応する必要のある分野として音楽CDと無料デジタル放送を指定してもいる。
 この文化庁案では、そもそも権利者がコピーフリーを選択した場合はどう解釈されるかという問題がある。事務局は「権利者の要請」である場合と、「権利者の要請」とみなせる場合などを(この回以降)たびたび解説するようになる。他にDRMのかかった媒体があるにもかかわらずCDをレコード会社が選択していること、デジタル放送のDRM(ダビング10)の策定の際にも権利者が関わっていることなどを考えると、音楽CDと無料デジタル放送だけ補償金を残す必要があるとの結論にも疑問のあるところだ(事務局が説明していたところの「権利者の要請」とみなす場面との違いを説明しきれていない)。
 補償金を廃止するとの方向性と、残すとの例外の作り方にすでに齟齬をきたしていて、メーカーが反対する火種はすでにこの時点から存在していたと考えられる。

 前期の審議経過報告をまとめた第17回(1月23日)、「エルマーク」の報告と海外での補償金制度の調査報告があった今期第1回(4月3日)を経て、今期第2回(5月8日)に文化庁がいよいよ制度設計案を出してきた(本報告書では第1章第1節4)。この日には、これまでの文化庁案に解説を加えた資料も合わせて用意されている(こちらは本報告書に掲載されていない)。
 制度案を要約すると、先の会合で「補償金で対応する必要性がある」とした音楽CDと無料デジタル放送の存在を根拠とし、当面補償金を現状維持する。PCなどの汎用機などへ課金しないのはそのまま、支払い義務者もそのまま。ただし唯一、iPodなどのハードディスク内蔵型(フラッシュメモリ内蔵型も含む)機器とブルーレイには補償金をかけることにするという方向だった。
 ここまでの文化庁案は“将来的な補償金廃止”をちらつかせて話をまとめようとしてきたため、この回でようやくメーカーが文化庁案に疑問を示すこととなった。メーカーの疑問への文化庁の対応は次回に持ち越され、以後の混乱へと続いていく。ともあれ報告書の中での、文化庁案の内容紹介はここまでだ。


■第1章第2節

 第1章第2節では、第1節で転載された文化庁案に対する委員の意見がまとめられている。といっても小委員会全体としてのまとめではなく、「権利者」「メーカー」「消費者」「学識経験者」それぞれの立場ごとにまとめたものだ。こうした書き方をせざるを得ないほど、7月30日の今期第3回会合では委員の間に亀裂が走った。
 それまでに出されていた文化庁案に対し「補償金廃止への道筋が見えない」としてメーカーが疑問をぶつけ(これは前の回)、事務局が文書で説明するとしたのがこの日の配付資料「回答」だ。ところがその内容は、これまでの事務局案に書かれていたものを繰り返していたにすぎなかった。
 それを受けてメーカーはついに文化庁案の拒否をはっきりと宣言した。それまでダビング10をめぐって総務省の審議会でも確執のあった権利者側も反発し、中山主査いわく「パンドラの箱を開けたよう」な事態へと陥った。つまり小委員会自体が回らなくなってしまった。結果、第1章で報告されるべき検討結果も出ずに小委員会の最終回を迎えてしまったのだ。


■第2章第1節

 ここまでの第1章の議論の前提として本来は扱われる筈だったのが第2章だ。著作権法第30条のいわゆる「私的複製」の範囲を明らかにする目的で、ここから「除外すべき」とする内容を小委員会では検討してきた。そして、中間整理の時点ですでに「第30条の適用を除外することが適当であるとする意見が大勢であった」とまとめられてしまった「ダウンロード違法化」問題というのがこれだ。
 第2章第1節では「違法録音録画物、違法配信からの私的録音録画」について書かれている。しかし内容は中間整理とほぼ同じもので、「違法録音録画物、違法配信からの私的録音録画については、その実態から通常の流通を妨げているものと考えられ、ベルヌ条約等のスリーステップテストの趣旨、先進諸国の法改正や判例の動向等を勘案すれば、中間整理で示された条件を前提として、第30条の適用を除外する方向で対応することが必要であるとの意見が大勢であった」としている。この第30条からの除外をするにあたっては、「利用者保護」をするとのことだったが、その内容についても中間整理から進展は無い。

ア 政府、権利者による法改正内容等の周知徹底
イ 権利者による、許諾された正規コンテンツを扱うサイト等に関する情報の提供、警告・執行方法の手順に関する周知、相談窓口の設置など
ウ 権利者による「識別マーク」の推進

なお、イの措置に関連して、意見募集では利用者が法的に不安定な立場におかれるのではないかとの疑念が多く寄せられたが、仮に現実に民事訴訟を提起する場合においても、利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられるため、利用者が著しく不安定な立場に置かれて保護に欠けることになることはないと考えられる。

 この点については、立法化の検討時にはよく留意して消費者保護を図るべきとの意見があった。

 これまでの私的録音録画補償金に関するユーザーの認知度を考えると、アやイにどれだけの期待が持てるだろうか。むしろ“違法着うた”に対するコンテンツホルダー側の行動や、「Culture First」のような補償金要求運動の方が広告効果が高かったように思うが、それはとどのつまりダウンロードユーザーを権利者側が訴えるところまで行かないと無意味ということでもある。
 ウなどは、国内のレコード会社が国内の音楽配信事業者に音源を提供した時にのみ表示されるもので、それ以外の適法配信には表示が期待できない。これが「ダウンロード違法化」の「利用者保護」に数えられてしまうところに、この法改定(現時点では予定)のおかしさがある。議論の中で、海外の配信についてはとうとうノータッチのまま議論が終了してしまった。
 「利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられる」との説明も何の慰めにもならない。このハードルで権利者が提訴できないとすれば法改定は無意味であるし、逆に訴訟の乱発や証拠保全命令などが組み合わされればユーザーにとって脅威となる(ユーザーが適法性を証明できないコピーなどいくらでもある)。私は社会状況としてどちらにも行き得ると考えるし、どちらに行っても適正な状態ではないと考えている。誰も得をしない。

 このいわゆる「ダウンロード違法化」の問題については、ダウンロードがダメでストリーミングはOK、という奇妙な論点も存在していた。キャッシュが複製と判断されかねないのではとの指摘もあった。しかしこれに対して報告書は、「平成18年1月の著作権分科会報告書においても対処の方向性が記されており、今期の文化審議会著作権分科会においても、改めてその方向性に沿う制度的対応について検討されているところである」としている。この「制度的対応」がいつになるのかまだ判らないではあるが‥‥。
 また、私的録音録画小委員会がこうも安易に30条縮小を決めたことで心配されるのが、録音(音楽)録画(映像)分野以外の私的複製でも同様の法改定が行なわれ得ることだ。しかし、これについて報告書では、法制問題小委員会での議論に委ねる旨の書かれ方をしている。現段階での法制問題小委員会でも、録音・録画以外の分野での30条縮小には慎重ではある。


■第2章第2節

 第2章第1節が「違法」なものからのコピーについての検討だった。次の第2節では、「適法」なものからのコピーの話になる。「適法配信事業者から入手した著作物等の録音録画物からの私的録音録画」というタイトルだ。
 ここでは「第30条の適用を除外するとする中間整理の考え方を否定する意見はなかった」としながら、「補償金制度のあり方に関わる関係者の合意を前提に、補償金制度の縮小と他の方法による解決への移行、すなわち契約モデルへの移行という流れの中で捉えられるべきものであり、私的録音録画の将来像や補償金制度の見直しに関する合意がないまま本件のみを先行するのは問題があるとの意見があった」とまとめている。
 違法ソースからのコピーの話とは対象的に、こちらは慎重な書きぶりになっている。「適法配信」の方はしばらく法改定されることはないと見てよさそうだ。逆に言えば、補償金の課金対象にiPodやPCなどが視野に入ってくる時に、「二重課金」の火種が再び‥‥ということになるわけだが。


■第3章

 ここまで見てきた報告書の第1章・第2章は、その内容となる基礎がこれまで既に公表されてきたものにあった。事務局が作成してきた資料や、中間整理や、委員の発言(過去の会合の議事録も公開されている)の引き写しだ。それを受けて、初めてオリジナルの中身で書かれるのが第3章の「今後の進め方」だということになる。しかし第3章は1ページしか無い。もはや私的録音録画小委員会には「今後」が無いということを分かりやすすぎるくらいに示している格好だ。
 事務局提案に関しては、「事務局が関係者の互譲の精神を尊重しつつ提案したものであり、検討の過程で事務局提案に賛成する意見があったとしても、それは最終的に関係者が合意するということを前提とした意見であると考えられるので、関係者の合意が得られなかった以上、今後の議論については、中間整理の段階に戻って進めざるを得ないと考える」とまとめた。ただし議論の成果として「新たな解決策を模索するための論点がある程度整理された」という書き方もしている。私的録音録画補償金の議論を追い続けてきた私としては、どうも疑問に感じるところばかりではあるが。
 私的録音録画小委員会そのものについては、「小委員会としての議論は今期で終了することが適当であると考える」としている。文化審議会著作権分科会の中での検討課題から私的録音録画補償金が外れることは無いだろうし、(どの小委員会が受け持つのかは別として)今後も著作権分科会としての議論は続けられるようである。それとは並行する形で、「同分科会の枠組みを離れて、例えば権利者、メーカー、消費者などの関係者が忌憚のない意見交換ができる場を文化庁が設けるなど、関係者の合意形成を目指すことも必要と考える」との構想が報告書にある。オープンなものになるのか、非公開になるのかも含めて、事務局の説明によれば「未定」とのこと。

 以上が、最後の私的録音録画小委員会で了承された報告書だ。この報告書を小委員会にかけるにあたり、事務局は前もって各委員と文言の調整を済ませていたという(これが審議会の普通の進行なのだろうけれど)。そのためか委員からの発言はほとんどなく会合が終了した。
 ただひとり、発言を求めたのがJEITAの長谷川委員だった。その内容は、今後の議論についてだ。「新しい議論の場を設けるということだが、消費者全体にかかわりのある問題でもあるし、オープンな場で議論したいと思っているのでよろしくお願いしたい。契約と技術の組み合わせでできるのではないかという論点を含めて議論できればと思う」。
 その「新しい議論の場」が、ユーザーの目や手が届く場所に作られるのかはまだ明らかにされていない。かつて文化庁案に「権利者、製造業者、消費者、学識経験者等で構成され、文化庁の要請に基づき、透明性及び迅速性が確保された決定プロセスにより検討を行う」評価機関とやらが盛り込まれていたことを思うと、皮肉ものだとつくづく思う。今の文化庁に、その評価機関並みの「透明性」を確保した「新しい議論の場」を作るつもりがあるのかどうか‥‥。

Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月10日 (水)

“お馴染み”JASRACのシンポ、話題は「ネット法」と「日本版フェアユース」

 12月9日、JASRAC(日本音楽著作権協会)がシンポジウム『コンテンツの流通促進に本当に必要なものは何か』を開催した。このタイトルは、前のシンポジウム(3月25日)でのパネルディスカッションで動画共有サイトを取り上げた際に、放送番組がネット配信されない現状を制度で変えようという、いわゆる「デジタルコンテンツの流通促進」の議論に話が及んだことを受けたものだ。
 シンポジウムは二部構成になっていた。第1部は、12月1日からスタートした番組ネット配信サービス『NHKオンデマンド』について、日本放送協会 放送総局特別主幹の関本好則氏の講演があった。NHKオンデマンドでは、番組の放送直後に期間限定で配信し、放送時に「見逃し」た人のニーズに応える「見逃し番組サービス」と、過去のNHK番組をユーザーの好きな時間に視聴できる「特選ライブラリーサービス」が用意されている。これまでの日本の放送局では珍しい、大がかりなネット配信サービスとして、ビジネスモデルがどう確立されるか注目されているところだ。ここでの結果が、今後の「流通促進」の議論の行方を左右するかもしれない。
 第2部は中央大学法科大学院教授・弁護士の安念潤司氏がコーディネーターをつとめ、株式会社ドワンゴ 代表取締役会長の川上量生氏、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の岸博幸氏、株式会社ホリプロ 代表取締役兼社長 CEOの堀義貴氏、立教大学社会学部 メディア社会学科准教授の砂川浩慶氏、日本音楽著作権協会常務理事の菅原瑞夫氏らがパネリストとして登壇した。実は、パネリストの顔ぶれは前回と同じだ。
 このシンポジウムは、ニコニコ動画でも配信された。パネルディスカッションでの話では堀氏がニコニコ動画での配信を提案したという。パネルディスカッションの最初の自己紹介の際、川上氏が話している時だけ背景にニコニコ生放送のコメントが映写された。「はやく本題に入れ」「あのー」などとツッコミが入る光景が繰り広げられた。シンポジウムの雰囲気とは馴染まないという判断か、ほんの僅かな間だけの映写だったが。

 スタートから1週間ちょっとしか経っていないNHKオンデマンドの報告がされた第1部は非常に興味深い内容だった。関本氏は7日までの速報値として、会員登録8,000人、番組の単品購入が72,000回、PCからのアクセスだけなら20万人にのぼったとの数字を挙げた。NHKはオンデマンドサービスを有料で提供し、そこから運営費・職員の給料まですべてまかなわないとならないという。現在、用意されている過去の番組が1,266本。これを毎月200本ずつ増やしていき、常時3,000本を見られるように権利処理を進める。
 ネットで配信するためには出演者や使用楽曲の権利者などに許諾を得なければならないわけで、この権利処理をどう進められてきたのか気になるところだ。しかし関本氏は、NHKオンデマンドではプロの出演者らは「団体交渉でほぼ合意できた」と述べた。団体に入っていない人とは個別に交渉しなければならないが、最近では新たに番組を作る時に「見逃し視聴」の分も込みで交渉するため、プロ相手の場合にはさほど障害になっていないようだ。ただし、映画会社や新聞社・雑誌社などが提供してくれた「調達映像」については一部交渉が難航しているという。自社で配信をするつもりの会社が増えているので、競合を避けて断るところがあるそうだ。ニュース映像ならばその部分だけ画像を外すなどすることができるが、ドラマなどの番組ではそういうわけもいかず、交渉し続けるか諦めるかするしかないという。
 むしろ苦労するのは、アマチュア一般の出演者だとのことだ。たとえばドキュメンタリー制作で微妙な内容を扱った場合に、「番組を見てから(配信の許諾について)返事する」と言われる場合があるという。一般の人は交渉の窓口になるような団体が無いから、すべて個々人を相手にして交渉しなければならない。過去の番組については特に、年間に日本で300万人が移動する中で、出演者を捜し出し交渉する。交渉しても、昔のことが掘り返されることを嫌がる人もいるという。
 関本氏の話で興味深かったのは、海外ではBBCの立場が強く、ネットの配信について権利処理していない映像素材は、BBCが国際交流も国際共同制作もしたがらない状況にあるという話だ。2006年にBBCとNHKが『プラネットアース』を制作した際、BBCから、ネット配信の許諾を処理していないためにNHKの素材を使うわけにいかないと言われたという。関本氏は、ネット配信に関する権利もつけておかないと「世界で売れない」と述べた。

 第2部のパネルディスカッションは、前回のシンポジウムでの「共通了解」をコーディネーター・安念氏がおさらいするところから始まった。「死蔵されているテレビ番組がネットで流せるようになればコンテンツ業界はバラ色というのは幻想である」「ユーザーが求めているのは、ネット環境に適した新たなコンテンツである(既存コンテンツを流しただけでは喜んでもらえない)」「ネットでコンテンツが流れないのをテレビ局や著作権制度のせいにするとか、悪者探しをしても全く生産的ではない」「最大の問題はビジネスモデルがまだ確立されていないことにある」。
 そこでビジネスモデルの話をしたい、という仕切でディスカッションが始まった。川上氏は、コンテンツが物に載せられて売られていたパッケージコンテンツが限界に来ていることを指摘した。コンテンツがデータとして売り買いされるようになった以上、違法に入手されたものも適法に入手されたものも変わらなくなっており、むしろDRMがかけられた分、適法に入手したユーザーがバカを見るようになってしまっている。しかしコンテンツを、サーバーでの使用権を売る形にすることで、今後のコンテンツビジネスが見えると持論を展開した。「パッケージが売れないゲームで、唯一ユーザーが払ってるのはMMORPGのようなサーバー型コンテンツだ」という。
 ただ、この「サーバー型コンテンツ」構想についてはあまり議論が深められず、パネルディスカッションの流れは「ネット法」と「日本版フェアユース」に向いてしまった。「コンテンツの流通促進というのが民間の一部や政府機関まで騒いでしまっている。冷静に考えると、流通の促進が本当に国益なのか」と岸氏が疑問を呈した。「金融危機の中で、英米はITなどで成長産業を作ろうと、経済をどう変えるか動き出している。日本はどこを伸ばそうとしているのかが判らない」(岸氏)。
 砂川氏も、「流通促進」という言葉の違和感を述べた。「本来は制作促進を言うべきではないか。制作がなければ流通もない」(砂川氏)。コーディネーターの安念氏も、この砂川氏の発言に前後して、「なぜコンテンツだけ流通促進と言われなければならないのか。流通促進を言われる産業というのはあまりないし、権利処理が大変なのは他でも同じだ。所有権や賃借権の制度が悪いという人はいない」と発言した。
 「日本版フェアユース」についても、菅原氏が「フェアユースは不明瞭。最終的にはとことん訴訟にまで、と考えているのだろうか。社会的な混乱を招くのでは」と指摘。堀氏も「日本版というのがミソ。もとは検索エンジンのサムネールから始まったと思うが、いつのまにかコンテンツでやろうという話になっている」との認識を述べた。
 岸氏も「日本版フェアユース」を「最低最悪」と切って捨てた。しかしその一方で、「一般規定は必要かもしれない」と前置きしてもいた。砂川氏も「目的別のフェアユースをお願いしたい。新聞の縮刷の放送版ができないか。番組ごとのアーカイブではなく、コマーシャルも含めて録画する」と発言した。現行法では、個人としてアーカイブするのは適法だが、大学としてアーカイブすれば違法になってしまう。もしこのアーカイブが可能なら、何十年も経ったのちに大きな資料的価値を持ちえるだろうという。

 さて。ここまでまとめてきた今回のシンポジウムの中で、いろいろと自分の考えを言いたいところがあるのだが、私が最も強い違和感を覚えたところだけここでは指摘しておく。それは、「ネット法」の構想が国の政策だとの前提で話されていたことだ。しかも「日本版フェアユース」がコンテンツ流通促進の議論の延長で批判されている。
 「ネット法」の構想は、元は民間団体から提案されたものだ。今年3月に、デジタル・コンテンツ法有識者フォーラムが打ち出して以来、大きな論議を巻き起こした。コンテンツをネットで流通させるかどうか決める権利を映画会社・レコード会社・放送局にひとまとめにして、出演者や作曲者ら個々の権利者は権利行使をできなくするという内容だ。そのため、権利者サイドから強い反発を受けたものだ。
 この構想は確かに自民党でのコンテンツ関連部会で取り上げられたり、内閣の知的財産戦略本部(デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会)でヒアリング対象にされたりしたが、現時点では、国の政策としてやると決まったものではない。専門調査会が先日まとめた報告(報告案PDF)でも、ヒアリングで発言されただけの提案としての扱いである。
 実は政府の側でも、コンテンツ流通促進の話は消極的な面すらある。堀氏もパネルディスカッションで発言していたが、議論の前提で部分で放送番組に限っているのだ。これなどは私から見ても不満のあるところだ。その不満の理由は私と堀氏では全く異なるところだろうと思うが‥‥。

 「日本版フェアユース」についても、パネルディスカッションでの批判が当たっているようには思われない。「ネット法」の構想は、確かに、上記“権利制限”的な「ネット権」と「フェアユース」の導入が二本柱になっている。しかし「フェアユース」の議論というのは、もともと権利侵害とまでは言えない範囲の利用について、現行法の規定では違法と判断されかねないために著作権を及ばないようにするという趣旨である。多少は流通に関する部分があるとしても、本質的には流通促進云々の話ではない。
 パネルディスカッションでは、「フェアユース」の導入を「ベンチャーがビジネスを続けていけるようにするため」との理由で説明されていることがことさらに批判されていたが、その一方で「一般権利制限規定」の必要性への言及もあった。検索エンジンのサムネイル(ただし実際に権利制限が必要なのはサムネイルについてだけではなく、サーバへの著作物のコピーそのものもだ)を適法化するために個別に規定を用意するようなことでは、社会の変化に対応しきれない。そうした点はパネルディスカッションでも言及されていた。となれば、もはや「日本版フェアユース」に対する批判は単に“理由が気にくわない”と言ってるように見えてしまう。
 私の目から見て、先の専門調査会報告案でまだ「日本版フェアユース」の姿が、現行の30条以下の規定を残すということ以外には見えてきていないのが気になるところではある。むしろ、権利制限できる範囲を狭められかねないのではと不安になっているくらいだ。そうした自分の感覚は置いておくにせよ、「公正な使用ならば著作権の侵害とはならない」という、範囲がしっかり決められるわけではない(しかもその特徴こそが導入の理由である)規定について「不明確」だと批判してみたり、訴訟によって適法かどうか判断するという趣旨なのに「訴訟でシロクロつけるのでは社会が混乱する」と批判することが当たってるのかは疑問だ。
 どうも、「日本版フェアユース」を批判しようにも、攻めあぐねている印象を拭えなかった。

Posted by 谷分 章優 映画・映像, 知財戦略, 著作権, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月 2日 (火)

ICPFの第5回セミナーの議事要旨が公表されました。

 前にうちでもネタにさせてもらいました情報通信政策フォーラム(ICPF)のセミナーですが、第5回での城所岩生 成蹊大学教授の講演の要旨が公開されました。いつもながら詳細に記録されていますので、ぜひご一読を。あとCNETでも記事になっていましたね

 この講演は、内閣府の内閣府の知的財産戦略本部で検討されていた「日本版フェアユース」に関連して、そのモデルとなる米国のフェアユースがどう運用されているのか実例を交えて紹介した内容でした。城所先生の論旨は積極導入論に位置づけられます。
 11月17日の当日は知財本部の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」の報告案に関するパブリックコメントが締め切られた日で、その後 11月27日に同専門調査会の第10回会合でその結果をふまえ報告がまとめられています。毎回資料掲載が早かった知財本部には珍しく、その会合の配付資料がまだネットに上がっていませんが、基本的にはフェアユース規定導入の必要性を示した方向性のままでいます。

 ところで、改めて講演要旨の公式版を読み返しますと、自分が書いたまとめがかなり端折ったものなのが明らかですね。ちょっと補足的に書いておきたいなとも思ってたので、この機会にメモ代わりに残しておくことにしました。

 フェアユースをどう捉えようかというのは、実は私自身が試行錯誤しているところがあります。米国では判例で固まっているという「間接侵害」、さらに「寄与侵害」と「代位侵害」に分類されるそうですが、これについてはまとめで触れませんでした。フェアユースを述べるのに、私には使いづらく感じたんですね。実のところ、サービス事業者が裁判でフェアユースを主張する場合、ユーザーの直接侵害をフェアユースで否定し、その結果 事業者の間接侵害が否定されるという流れを狙います。その意味ではフェアユースと深い関係のある話なのですが‥‥。
 日本では「間接侵害」の代わりに「カラオケ法理」が裁判例で強い影響力を持っており、「日本版フェアユース」導入後でもこの影響が残るのではと心配されています。録画ネットやMYUTAなどが葬られた原因が、著作権侵害をしていたのがユーザーではなく事業者の方だと解釈する「カラオケ法理」の適用だということで、営利目的との解釈のもと「フェアユース」に不利に判断され、同様のサービスが救われないことが懸念されるわけです。

 知財本部の専門調査会の報告の中で、「日本版フェアユース」の具体的な形までは決まっていません。今の第30条以下の個別規定を残して、そこに当てはまらないものについて「フェアユース」かどうか判断すること、その判断については基準を条文に書くこと――との大まかな方針のみが盛り込まれています。原理原則として権利制限の冒頭に打ち出される米国版の大きなフェアユースと比較して、“小さなフェアユース”というイメージです。
 まだ具体的規定がはっきりしないだけに、実際の運用がどうなるのか想像しづらいところではあります。しかしICPFでの城所先生の講演や質疑応答で最も気になったのは、今想定されている“小さなフェアユース”だとその対象が複製権に限られてしまいかねないとの話でした。
 「カラオケ法理」によってサービス側が侵害者と判断され、しかも公衆送信権を侵害したということで“小さなフェアユース”からもこぼれてしまう可能性が心配されます。規定の仕方次第で、MYUTAのようなサービスが「フェアユース」で救われないとしたら、そのような規定をわざわざ選択したという無意味な結末にもなりかねません。規定を巧くして救うか、立法趣旨を汲むことで解釈で救うか、そういう選択肢はあるのかも知れませんが‥‥。
 もともと裁判で白黒つける趣旨ですから、「フェアユース」でそうしたベンチャーが救われる保証は必ずしもありません。とは言え、知財本部が「日本版フェアユース」の導入を進める理由とその思いを守り続けていって欲しいと思っています。

 今後の、文化庁での具体的規定に関する議論が重要になってきます。
 どこまで米国のフェアユース規定を真似できるか、その攻防になるのかも知れません。

Posted by 谷分 章優 知財戦略, 著作権, 著作権行政 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月27日 (木)

デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会(第10回会合)メモ

 各省庁をまとめる形で内閣府に置かれ知財行政の方針を決める知的財産戦略本部の、「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」第10回会合が27日に開かれた。いわゆる日本版フェアユースの導入を提言したことで注目を集めた報告案を前回までまとめており、今回は、10月30日から11月17日まで募集されていたパブリックコメント(国民からの意見募集)の結果を踏まえた上で、最終的な報告をまとめる議論が行われた。
 パブリックコメントでは59人の個人からのべ118の意見が、50の企業・団体から169の意見が提出されたという。第10回会合にあたって、あらかじめ報告案にも16箇所(概算)ほどの修正が施され、検討にかけられた。修正の内容は、誤解・誤読を避けるための細かいものが主だ。
 日本版フェアユース規定の導入が「適当」であるとしたり、技術的制限手段の回避について規制を見直し「何らかの措置を講ずることが必要」としたりするなどの大まかな方向性については特に変更されていない。記述がわずかに変えられた程度である。

 本会合の中でも文面の修正が委員から幾つか求められたが、今回が専門調査会の最終回とされていたため、最終的な報告の形は中山信弘会長に一任されることとなった。次回の知的財産戦略本部会合で報告される。




(メモのメモ)
パブリックコメントにかけられた報告案から修正された部分。
事務局説明をメモしたもの。
※配布資料は今日・明日中に知財戦略本部サイトに掲載されるものと思われる。
 また、最終報告は今回の委員意見を踏まえて更に修正が加えられる。


I. コンテンツの流通促進方策
●4ページ
 「なお総務省では、放送番組制作者等の~目指している。」を追加。
●7ページ
 「検討結果」の第4段落と第5段落に若干修正を加えた。誤解・誤読を避ける趣旨によるもの。
 第4段落では冒頭に1文を追加。また、「これらの取組を通じて~望まれる。」を追加。
 第5段落では、終わりの方でいくつか修正している。出だしで「今後は」を追加。終わりでも「多角的観点から」を追加。
●8ページ
 法的対応案4つについては、ヒアリングで出されたものだと明記した。直ちにここを検討すべきと誤解されるおそれがあるため。趣旨を明確化した。
 法的対応案の内容も修正してある。意見を述べた当事者からパブリックコメントで不正確だとの指摘があったため。ヒアリングの際に提出された資料を参考に書き直した。

II. 権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)の導入
●12ページ
 上から第3段落。「考えられない」を「考えられないものもある」と断定を避ける書き方に修正した。
 下の方、「ただし、一般規定の導入に当たっては、」の iii)に、「これまで裁判例によって違法であるとされてきた行為が当然にすべて適法になるとの誤解に基づいて」を追加した。中山会長の発言の趣旨を反映させたもの。
●13ページ
 一般規定の規定振りの中で、「ベルヌ条約等のいわゆるスリー・ステップ・テストも踏まえ、」を追加。ベルヌ条約の枠内というのを再確認する趣旨で入れた。
 また、「なお、その際には、これまでの裁判例、学説等も十分に検討することが必要である。」を追加した。

III. ネット上に流通する違法コンテンツへの対策の強化
1.コンテンツの技術的な制限手段の回避に対する規制の在り方について
●15ページ
 コンテンツの技術的制限手段の回避についての部分、「問題の所在」下から3行目「回避した利用に関連するコンテンツ産業~」と修正。前の報告案では「回避した利用によるコンテンツ産業~」だったが、因果関係がどこまであるのかとの指摘があったため。
 同趣旨の修正は以下の文章にもある。
●15ページ
 現行制度等の「著作権法」でカッコ書きに「したがって、例えば一般的なパソコンなど回避以外に実用的な意味を持つ機器については、対象とならない。」を追加。
●16ページ
 カッコ書きに「~ものの、実際の権利行使においては、権利者の負担により個人の違法行為を立証しなければならない」を追加。
●16ページ
 丸1「ゲームソフト」で、「違法ソフト」を正確に書いた。(前の報告案では「違法コピーされたソフト」と繰り返し書いていた。)
 また、「被害が急増している」と書いていたのを「違法ソフトで遊ぶユーザーが急増している」と修文した。
●17ページ
 「検討結果」の第3段落「インターネットの普及を背景に~」と書き直している。
 「被害が増大してきている」と書かれていたのを「正規ソフトの販売に影響」と修文。
●17ページ
 「このため~」の段落。文脈を整理し、端的に読みやすくした。「行うべきであるが」としていたところを「行い」と修文。「国際的な動向にも留意しつつ」を追加。ACTAを考えたもの。
 また、「規制の在り方を見直し、違法ソフトの一般ユーザーへの蔓延を防止するための何らかの措置を講ずる」と修文した。

2.インターネット・サービス・プロバイダの責任の在り方について
●20ページ
 (3)丸1で1文を付け加えた。
 「なお、経済産業省では~」から実証実験について。
●21ページ
 (5)検討結果の第2段落「確かに~」から。模倣品・海賊版対策に「違法コンテンツの削除」を追加した。これまではネットオークションしか書かれていなかったため。
 また、最後を「別途検討する必要があると考えられる」とした。前の報告案では、自主的取組で限界があると書かれていたのを修文した。
●22ページ
 上、2行目に「国際的な動向にも留意しつつ」を追加した。
 最後の行で「差止め請求などを受けないようにする明確な免責規定等を~」と「等」を入れた。免責規定だけでなく、対応の仕方は他にもあるという趣旨。
●25ページ
 間接侵害の語の前に「いわゆる」を付けた。

4.国際的な制度調和等について
●27ページ
 (ii)を明確にして読みやすくした。「確立した国際的ルールも存在しておらず」と、「確立した」を追加している。国際裁判管轄が不明確だろうとの部分。
 丸2「今後、インターネット上の海賊版対策を含めた知的財産権侵害への対処」とした。ACTAの柱として、法的規律の形成、法執行の強化、国際協力の推進を挙げているため。

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2008年11月24日 (月)

「フェアユース」導入への賛成・反対というのは、今の制度をどう評価するのかで分かれるのかな

 11月21日に「ネットワーク流通と著作権制度協議会」という団体が発足した。報道によれば、会長には法学者としても著名な新潟大学名誉教授・弁護士の斉藤博氏、会長代行に著作権の審議会の委員でもある弁護士の松田政行氏、理事には慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の岸博幸氏ら7人が就任したとのこと。同協議会は、弁護士・クリエイター・権利者団体など約100人の個人会員がいるらしい。
 当初、日経から発足前の速報が出たときには、「デジタルコンテンツの種類や利用方法ごとの金額など利用条件を検討する」のが目的だと報じられていた。しかし設立総会を伝える記事を読むと、フェアユースのことも大きく取り上げられていたようだ(日経系の記事だからというのもあるかも知れない)。協議会の中で、「デジタルコンテンツの流通促進」と「日本版フェアユース」とそれぞれに分科会を置いて検討する。


●「フェアユース」とは

(※ここのセクションはどう説明するかの試みなので、フェアユースをご存知の方は飛ばして結構ですよ。)

 「フェアユース」というのは、「公正な利用」との大まかな枠を設けて、その範囲内で著作物を使っても著作権を侵害したとはみなさない制度のことだ。これはさすがに著作権でやめさせるのは酷だろうという事例や、当然に著作権の及ばない自由な領域にすべきだという事例など、裁判所に判断させる仕組みだ。
 そうした漠然な「公正な利用」の範囲がどうなるかが問題だが、法律の中では判断基準を挙げておくにとどめる。そしてケースバイケースで裁判所が判断したものが今後積み上がり、適法と違法の境目が浮かび上がってくる。権利者が利用者を訴え、利用者の側が「フェアユース」を主張し、それが裁判所に認められれば適法行為のお墨付きを貰える。
 これまでの日本の著作権法では「フェアユース」の規定は無かった。著作権は、複製や演奏やネット配信といった行為を権利者以外には「禁止」する形で保護されている。権利者は他人が禁止された行為を「許諾」することで対価を得る仕組みだ。しかしそれだけでは、家庭内や図書館・教育現場・報道などで、メモやコピー・論述ができなくなるから、社会的に困った事態になる。そこで、そうした個別の事例を並べる形で著作権法30条以下に「権利制限規定」が置かれている。限られた範囲で権利者の著作権を制限して、他の人がその中でなら自由に使えるようになるという意味だ。
 個別に書かれた事例に当てはまらないと禁止されてしまう。この融通の利かない制度設計のために、社会が変化していくとさまざまな問題が起こる。たとえばネットに掲載された文章をサーバー内にコピーして検索エンジンを作るとか、一般の人が本を朗読して録音図書を作るとか、図書館に頼んで資料のコピーをFAXで送ってもらうとか、そういったことは厳密には「違法」だ。
 先の例は、これくらいなら許しても良いのではないかと考える人がおそらく多いのではないか。法律を変えて、個別の事例に加えていくことも可能だ。しかしそれが実現するまでおそろしく時間がかかる。そこで「フェアユース」で大枠を定めておいて、利用者が自分の責任で適法性を考えて著作物の利用を行ない、問題が起これば裁判で白黒つけてもらうのが早いというわけだ。

 アメリカのフェアユース規定(1976年の改正で追加)は、数ある裁判での判断が積み上がった結果を法律に反映させたものだ。日本でアメリカ著作権法を参考に「フェアユース」規定を真似するとすれば、先に条文を入れてから裁判例を積み上げていく逆の流れになる。規定が無い現状では日本の裁判所は「フェアユース」の考えを認めていないから、規定を先にしないことには、「フェアユース」の範囲を示せる裁判所の判断そのものが出なかった。
 日本の知財行政の方向性を決める知的財産戦略本部(知財本部と略す)では、専門調査会による報告案は既にパブリックコメントにかけられ、11月27日にその意見をふまえて同専門調査会で検討される予定だ。たぶんそこで報告の最終的な形が見えるだろう。
 そして今後は著作権行政を担当する文化庁へ、「フェアユース」の規定ぶりを検討するよう引き継がれる。


●日本は訴訟社会ではない?

 さて、「ネットワーク流通と著作権制度協議会」の設立総会で、フェアユースの慎重な検討を求める意見が出たらしい。報道の数が少なく、確かな内容を把握しづらいところではある。ただ以下のような意見は、著作権分科会での日本文藝家協会・三田誠広委員の意見や、知財本部の専門調査会で意見聴取を受けた実演家著作隣接権センター・椎名和夫氏の意見(PDF)とも通じるところがあるので、慎重論を一般化したものとして捉えることにする。
 まず、報道にあった発言の要旨を箇条書きにする。

・最小限のものでなく、比較的オープンな一般条項を作ろうとしている
・例外という権利制限の位置づけをひっくり返す可能性がある
・フェアユース規定をめぐる裁判を日本でできるのか
・補償金のような中間的解決策を採りにくくなるのではないか
・裁判をしない限り、「フェアユース」と強弁する人を止められない
・一般条項の根本的考え方を議論しておかないと、国民が一致した考えをもっていない現状、後で困ることになる。

 事実関係と照らし合わせるにとどめ、特に上の意見に感想は述べない。
 「フェアユース」の趣旨からすれば、ある程度の範囲を持たせた「オープン」な規定にするのは当たり前。それが狭すぎれば個別事例を列挙するこれまでのやりかたと変わらない。それでは足りないと考えるからこその議論だ。
 知財本部の専門調査会で検討していた際の話では、個別列挙の規定を残した上で、その他の「公正な利用」を法律に書き込むことを想定している。一緒に判断基準も書き込んでおき、それに基づいて個別事例からこぼれたものを判断して「例外」扱いに加える。
 日本では、「フェアユース」についての司法判断はまだ積み重ねられていないが、著作権をめぐる裁判はすでに数多く起こされている。根拠となる規定さえ作られれば、「フェアユース」を争点とする訴訟は今後いくらでも登場するだろう。
 フェアユースだと認められそうなら権利者も裁判をためらうだろうし、逆に認められなさそうなら「補償金」での解決を利用者が望む結果になるかも知れない。それを受けて法改正されることだってあるだろう。むしろ裁判を受けての補償金の設定の方が、一から話し合いで作り上げていくより早く済む可能性すらある。
 「フェアユース」規定のあるなしにかかわらず、法律の解釈が正しいか間違ってるかは裁判を経ないと判らない。まったく同じ前提の裁判例があるのなら別だが、裁判所の判断すらケースバイケースである。
 社会の複雑な状況を日本語の文章で示しながらルール付けする法律について、専門家である法学者の間ですら解釈が分かれることが珍しくないのに、国民が「一致した認識」を持つなんて無理だ。そこで考えに食い違いが生じるからこそ訴訟が絶えない。

 「フェアユース」導入論へのこうした反応を見ると、彼らがどう現状認識しているのか興味が湧く。訴訟社会でないと考えているのか、訴訟に持ち込まなくていいほど著作権が守られていると考えているのか、「フェアユース」以外に今後の裁判が増える要因が無いのか、など‥‥。
 権利を守るために裁判を起こすような状況がいけないと言うのなら、そう主張する同じ口で、録画ネットのような、日本のテレビ番組を海外で見たいから業者に頼んで録画機を実質的に預けていただけのサービスを訴訟で停止させた放送局を批判してほしい。まねきTVも同様に差止めようと訴訟を続ける放送局を批判してほしい。
 それに、家庭内での様々なコピーを許している著作権法の30条から、「違法」に複製されたものや「違法に」配信されたもの、そして適法に配信されたものまで除外しようとしている文化庁やレコード業界・映画業界を批判してほしい。これだって、結局は裁判に訴えなければ実効性は無いのだから(本筋ではないので長くは書かないが、ユーザーが訴訟の当事者になった場合、適法に入手したものですら証明できないからこそ私はこの種の法改定に反対している)。

 すでに、日本の著作権の世界は、何か新しいことが起これば訴訟に起こされるようになってしまっている。先の録画ネットやまねきTV、あるいは選撮見録、ブレイクTVのような例もある。いずれも「フェアユース」規定があればそれが争点になり得る事例ばかりだろう。適法だと認められるとは限らないにしても、だ。
 三田誠広氏は審議会で、「日本という国はこれまで,裁判で決着をつけるのではなく,なるべく話合いで解決するということが,国民性にも合致しておりますし,長い慣習でもあろうかと思います」と発言しているが、訴訟は現に起こっている。
 だから「フェアユース」導入の是非を考える際にも、誰もが訴訟の当事者になり得るのだと想定する必要がある。かつて法律の条項が書かれた時には想定されていなかった新しい試みを思いつき、実行したために訴えられた挑戦者が裁判で「フェア」な判断を受けられるようにだ。
 これまでは、新しい提案をしても、裁判で「法律に書いてないからアウトね」と判断されるだけだった。試みが無駄になるような不毛な状態を何とかしたい、裁判所の判断基準にも「フェア」かどうかをもっと取り入れて欲しい――という思いが、「フェアユース」導入の動きにはこめられている。
 「フェアユース」という主張のよりどころが与えられても、裁判で敗けてしまう人はいるだろう。しかし武器が無いために潰され放題だったこれまでよりは、僅かでもマシになれってくれればいい。あれもダメこれもダメと禁止事項でがんじがらめにされてきた挑戦者が、「フェアユース」規定で後押しされて、もっと世に出てこられるのならば‥‥。

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2008年11月 7日 (金)

著作権分科会の法制小委「中間まとめ」・保護利用小委「中間整理」パブコメは11月10日までなんだけど、締切り直前になって文化庁が意識調査の内容を公表した件について

 ——いや、べつに文化庁をdisろうという話ではありませんけどね。

 この週末が明けますと、法制小委「中間まとめ」および保護利用小委「中間整理」パブコメの締切りとなります。11月10日です。

http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakuken_hosei_ikenboshu.html
「文化審議会著作権分科会『法制問題小委員会平成20年度・中間まとめ』に関する
 意見募集の実施について」
(文化庁) 2008.10.9

http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakubutsu_hogo_ikenboshu.html
「文化審議会著作権分科会『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会中間整理』
 に関する意見募集の実施について」
(文化庁) 2008.10.9

 あと面白いことに、パブコメ募集期間の最後の週末を前に、文化庁が意識調査の内容を公表しました。調査を委託されているという社団法人 中央調査社のサイトにも同文面のページが上がっているようです。

http://www.bunka.go.jp/oshirase_other/2008/chosaku_ankeito.html
「文化庁『著作物の利用についてのアンケート調査』の実施について」
(文化庁) 2008.11.7

http://www.crs.or.jp/about_9099.htm
「著作物の利用についてのアンケート調査」
(社団法人 中央調査社)

 保護利用小委(文化庁は「過去小委」と略称)のパブコメへ意見を送った個人が調査の対象になるというのは、以前から案内のあった通りです。そして今回明らかになったことで面白いなぁと思ったのは、どうも意見を送った人が書いた住所に訪問して調査票を渡すらしいのですね。ということは、「訪問でも何でも来いや! 答えてやるぜ」という人は、パブコメを送るときに住所は地番・部屋番号まで書いた方が良いということですか。
 これから意見を送ろうという人はその辺りも考えていただけるとよろしいかと。住所を省略して既に送ってる方でも、まぁ適当に書いて再度 住所をフルに入れた意見を出すという手もありそうですね。

 さて、保護利用小委に送った私の意見は既に公表しておりますが、今度は法制小委の方を公表します。例によってCCLでの公表ですので、好きに使って貰って構いません。ああ、改変しても良いですよ。パブコメの場合は「継承」を外しているということで解釈してもらって構いません(ライセンス的には、私がここで改変許諾を宣言したということでよろしく)。




■「法制問題小委員会平成20年度・中間まとめに関する意見」

5.該当ページおよび項目名:
   第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について(全体として)
6.意見: 以下の通り

 「デジタルコンテンツ流通促進法制」の必要性はテレビ番組に限ったものではない。「過去のコンテンツ」でありネットでの二次利用を望まれる(そして現在なかなか流通が進まない)ものの代表としては確かにテレビ番組が想定されるところだが、実際問題として音楽・映像分野でも海外に遅れを取っているのが現状である。
 単純に、海外での配信サービスが日本に上陸しても、本国と同様のカタログを維持できないのは(国による権利関係の違いが原因とは言え)ユーザーから理不尽に映る。

 著作権分科会下の各小委員会では、この「流通促進法制」に関する議論を他の省庁の審議会での議論の経緯を見ながら行なっているところだが、その多くはテレビ番組に限定して議論されたものである。著作権分科会がこの範囲に縛られる必要はなく、むしろもっと広い視野でこの問題を検討していくべきではないのか。
 著作権が関与する範囲も無論放送番組だけでないし、放送番組で指摘される流通阻害要因が他の著作物でも起こっていないのか精査することを望む。
5.該当ページおよび項目名:
   第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について
    2 コンテンツの二次利用の円滑化に関する課題
6.意見: 以下の通り

 「デジタルコンテンツ流通促進法制」を放送番組に限って議論すること自体、妥当性を欠き議論を不当に矮小化するものと考えられる。その上「権利者不明等により契約交渉が用意でない場合の問題が中心課題」とするのは問題をさらに矮小化していると言わざるを得ない。多数の権利者が存在する際に一人でも許諾を拒否する者がいる場合こそが問題の本質であり、全員一致で権利行使するのでなく誰かが許諾をすれば流通できるような制度が望まれている。また、これは放送番組に限らず、音楽配信や映画配信ですらも同様の問題を抱えている。

 「権利者不明の場合に十分な調査をした上でも権利者が不明である場合に、一定の条件で利用を認める制度的措置について、早期に実施に移すべき」というまとめ自体には賛成である。しかもこれは保護期間の延長や「デジタルコンテンツ流通促進法制」に関係なく、単独の課題としても解決すべきものである。
 また、これだけでもまだ「流通促進」には不足である。海外で既に新しいビジネスモデルとして進み出しているサービスの内容を、日本で試せない(あるいはその権利を持っている者が試そうともしない)のが実情であり、だからこそ“権利制限すべき”との論が説得力を持ってしまうのである。

 権利を持つ者が自ら集中管理を実効性あるものにする努力を怠らないとするならば、現状のままでもデジタルコンテンツの流通促進は見込めるだろう。しかしそれがまだ不足していることは関係者の一致した見方だ。
 権利制限をも視野に入れた議論は権利者(特に著作隣接権者)に選択を迫る働きがあるのではないか。その意味でも、放送番組に限った議論をすべきではない。
5.該当ページおよび項目名:
   第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について
    3 インターネット等を活用した創作・利用に関する課題
6.意見: 以下の通り

 「インターネット等を活用した新たな創作・利用形態に関する課題について、委託調査により、関連事業者等が問題を感じている点を調査」した結果、多くは著作権分科会の検討課題に含まれているが「ストレージサービス等についての法的評価の問題」が指摘されたとある。これはまさに司法で「カラオケ法理」が拡大しすぎていることによる。これに歯止めをかけ、インターネット上で提供されユーザーの利便を高めるサービスを「著作権侵害」から救う制度的方策を早く取るべきである。

 「現在の権利制限の切り口(私的領域かどうか、非営利無料かどうか等)と、実際に権利者の利益を不当に害するか否かの実態とが、乖離してきているのではないか」とあるが、むしろこうした問題設定は複製をそのまま権利者の不利益とみなす考え方から来ているのであって、ここから脱却して素直に私的領域内あるいは非営利無料の複製をありのまま認めるべきである。その上で、本当に権利者のビジネスに不当な影響を及ぼす態様の複製について対処していく考え方で充分だ。
 社会通念からすれば、私的領域内・外あるいは営利・非営利のラインこそが、許される・許されないラインと合致しており、むしろ先の「乖離してきているのではないか」とする著作権法上の伝統的な考えの方が乖離しているとすら思える。

 「不特定多数の者のマッシュアップによって制作が行われる場合について、今後生じてくる可能性のある問題点について、精査と研究を行うことが必要」とある部分については、賛成である。すぐにでも精査・研究を行なうべきであるし、そうした表現の妨げになるような障害はなるべく取り除く(あるいは適切なルールが出来るよう促す)ことが必要である。

(以上、文言は中間まとめ概要より引用した。)
5.該当ページおよび項目名:
   第2節 私的使用目的の複製の見直しについて(全体として)
6.意見: 以下の通り

 私的使用目的の複製の見直しについては、私的録音録画小委員会の議論を受けて法制問題小委員会でも検討されたことになっているが、極めて不足した内容と言わざるを得ない。著作権法30条によって私的複製される範囲の縮小(あるいはこれまで曖昧だった部分の明確化)にどれだけの実効性があるのか、また私的録音録画小委員会での議論の前提が妥当だったのかとの精査は手つかずのままである。
 特に私的録音録画小委員会では、30条縮小を示唆した中間整理に対して多数のパブリックコメントが反対意見として集まったにもかかわらず、その多数意見を無視して30条縮小を押し通したという経緯がある。パブリックコメントの中で指摘された問題点についても私的録音録画小委員会では対処されておらず、法制問題小委員会での検討の前提とするには、あまりにも不適当な形で出されたものである。

 私的録音録画小委員会が打ち出したのは、違法複製物や違法配信物からの私的複製と、適法配信からの私的複製とについて著作権法30条の対象から外すとの方向性である。
 しかし前者は、ユーザーから見て私的複製元の録音・録画物が適法に提供されたものかは知ることができず、またいざ裁判になった場合でも自らが所有する複製物の適法性を証明することは困難である(その複製ソースが手元に無い場合はレンタルCDの例を持ち出すまでもなく少なからず存在する)。さらには日本レコード協会から提案されている「適法マーク」(いわゆるエルマーク)は音楽配信のみに使われ(しかもiTunes Storeには採用されていない)、かつ海外での配信には当然のことながら付されていない。このことは著作権分科会でも指摘されている。しかし私的録音録画小委員会では精査されておらず、更に同小委員会では映画製作者代表の委員から「適法マーク」の使用がまだ準備段階でしかないことが明らかにされた。また、ダウンロードを対象としストリーミングは含まないとの事務局見解についても、その区別をどうするのかについては答えが出ないままである。仮に「情を知って」との要件が加えられるとしても、その証明が(権利者側にもユーザー側にも)困難である以上、違法であるかそうでないか判らない不安定な状態が今後より一層強まるだけである。
 後者については、配信時の契約によってその後のユーザーの複製の許諾範囲を定めるという考え方であるが、現状でも配信時の契約では明らかにされていない私的複製態様は想定される。特に変換・バックアップに伴うような所謂「孫コピー」については契約で定めることは考えられず、また敢えてそれを契約で禁止することでユーザーの利便性を大きく損ねるおそれも生じるところである。私的領域内で行われる複製であるにもかかわらず、社会通念上は認められ得るのに「違法」とされる行為が多く発生し放置されることになりかねない。
 30条へ安易に手を加えることで、著作権法が規範としての役割を果たせなくなることを危惧する。

 私的録音録画小委員会では「録音」「録画」についてのみ30条縮小の対象とされていたが、著作権分科会での委員の指摘を受けて、法制問題小委員会でもプログラム著作物を対象とするか検討が加えられた。結論としてはプログラム著作物について30条縮小を行なうことは見送られた感がある。
 このこと自体は歓迎するが、その理由が「現時点で必ずしも明確といえる状況ではない」というのは問題である。つまりプログラム著作物での被害状況が「明確」になれば30条縮小があり得たということだ。しかし前述の通り、30条縮小自体のもたらす法的効果について(本来は専門的な検討が加えられるべき)法制問題小委員会で議論されなかったことは遺憾である。
 また、他の著作物についても要望が無かったという理由だけで片付けているのは不足と言わざるを得ない。テキスト・絵画・写真等の著作物を30条除外の対象に加えると、社会的にどのような混乱をもたらすのか明確に示すべきだったのではないか。そして、その混乱は録音・録画の場合には起こらないとも必ずしも言えないということも意識すべきである。

 法制問題小委員会は数年前から有識者中心の委員構成とし、専門的な議論が行なえる小委員会として組織されている筈だが、こと私的複製に関する議論では全くその専門性が活かされていないというのが残念でならない。
5.該当ページおよび項目名:
   第3節 リバース・エンジニアリングに係る法的課題について(全体として)
6.意見: 以下の通り

 リバース・エンジニアリングについて、相互運用性の確保を目的としたものは「一定の要件の下で」権利制限を早期に措置するとした方向性に賛成である。ただし「一定の要件」というのがくせものであり、これによって権利制限の対象となるリバース・エンジニアリングが過度に狭められないよう要望する。
 著作権法においては複製を行なった時点を捉えて権利が及ぶか否かを考えるところであるが、リバース・エンジニアリングについては複製段階ではなくその結果の公表段階を捉えて権利行使を考えるべきではないだろうか。複製元のソフトウェアとの「競合性」を判断材料にする案も出されているが、相互運用性の持ったソフトウェアは運命的に元のソフトウェアと「競合性」を持っているものである。「競合性」そのものよりも、不正競争的な観点でもって適法性を考えるべきではないか。

 障害の発見等の目的で行なうリバース・エンジニアリングについても「権利制限を早期に措置することが適当」との方向性を出したことを歓迎する。こうした場面では、分析を必要としながら一刻を争うようなことも想像される。コンピュータが社会の大部分を占める世の中になっている以上、これを安全に運用するための分析行為がはっきりと適法であるとされる意味は大きい。
 逆に「ウィルス作成等の悪意ある目的の場合との区別」も指摘されているところであるが、こうした区別が可能なのかは微妙な問題と言えよう。ここでの「区別」を厳密にしようとするあまり、先の障害発見目的のリバース・エンジニアリングを妨げることになってしまっては元も子もない。権利制限を先行しつつ、「悪意ある目的の場合との区別」を慎重に見極めていただきたい。

 その他プログラム開発の目的で行なわれるリバース・エンジニアリングについては、「範囲が無制限に広がり、不適当」とある。
 しかしながら今回の法制問題小委員会での検討にリバース・エンジニアリングが盛り込まれたのは、表現を模倣するのでなくアイディアを抽出する作業が著作権法で禁じられてしまっていることへの対処である。その原則を貫徹させるならば、「その他プログラム開発の目的」でもリバース・エンジニアリングを権利制限の対象とすべきではないか。
 むしろリバース・エンジニアリングを複製と解釈するのではなく、そのリバース・エンジニアリングからソフトウェアが作られ公表された時点をもって侵害を判断する形にすべきではないだろうか。

(以上、文言は中間まとめ概要より引用している。)
5.該当ページおよび項目名:
   第4節 研究開発における情報利用の円滑化について(全体として)
6.意見: 以下の通り

 研究開発における著作物複製に関する権利制限も法制問題小委員会で検討されたが、「早急に結論を得るべき範囲と、それ以外に分けて検討」するとした結論が出てしまうところに「日本版フェアユース規定」の必要性を感じざるを得ない。時間をかけて個別の制限規定を定めていくのでは世の中の動きに対応できないというのがフェアユース導入論の根拠の一つであるが、法制問題小委員会において(日本版フェアユース規定の導入を見据えながら議論されているのも興味深いが)こうした消極的な議論になってしまうのは図らずもそれを証明してしまったように思えてならない。

 「情報解析分野の研究開発」において権利制限を行なうとの方向性には賛成する。「権利者の利益を不当に害しないこと等の条件の下で」としていることも妥当であろう。

 「その他の研究開発分野」について「大学の研究者の行う複製」に限定してしまっているのは問題がある。この「研究」の範囲に個人研究者まで含められれば、権利制限がもたらした研究の社会への貢献が期待できるのではないか。

 研究開発目的の権利制限においても、複製の時点で権利が及んでいるとは考えずに、その結果を公表する場面に応じて権利を及ぶようにしてはどうだろうか(私的複製物が公衆の前に出された時点で権利制限から外れるのと同じようなイメージ)。この際に営利目的か否かの枠をはめ、補償金を用意するなりして対処すると良いのではないか。

(以上、文言は中間まとめ概要より引用した。)
5.該当ページおよび項目名:
   第5節 機器利用時・通信過程における蓄積等の取扱いについて
6.意見: 以下の通り

 「機器利用時における蓄積」および「通信を巡る蓄積」に関し複製とみなさないことを法律上明確にすることには賛成である。

 ただし、その要件を設けることにより、新しい通信技術が登場した場合や、今あるP2P通信技術を用いた場合(今回のワーキングでの検討では対象とされなかった)などにやはり「複製」と解される蓄積が出てくるのではないかと危惧される。挑戦的・意欲的な通信事業者にとっての足かせを充分に外すところまでは行ってないのかも知れない。
 こうしたところでも、また「日本版フェアユース」の必要性を意識させられるところである。

 ともあれ、今やれる対処はしておくべきであろう。
5.該当ページおよび項目名:
   第6節 その他の検討事項
6.意見: 以下の通り

 「通信・放送の在り方の変化への対応」に関し、著作権法において放送/通信の区分について実態を見た上で放送関連法と定義を一致させるべきである。要するに、公衆が視聴する映像であって同時性を重視した番組構成のある一方的放映を「放送」とすべきである。

 知的財産戦略本部の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」において「日本版フェアユース」導入への方向性で報告がまとめられるところであるが、その後 法制問題小委員会において詳細な検討が加えられるものと目されている。この規定の導入は是非とも必要であり、今期法制問題小委員会の報告書でも導入の必要性を書き込んでも良いほどである。
 本「中間整理」が著作権分科会において了承される際、三田委員からフェアユース規定導入への慎重意見が出たものと記憶しているが、「日本という国は裁判で決着するということでなく、話し合いで決めるというのが国民性」とする委員の見解はフェアユース導入を否定する根拠にはなり得ない。なぜなら、既に裁判によって多くのネットサービスが差止められてきたからである。日本版フェアユースの導入が叫ばれるようになってきたのも、こうした実態があってのことである。
 三田委員は同じ会合で、知財本部の「議論の動向を見守りつつ」と言わずぜひ法制問題小委員会としても積極的に議論すべきと発言していたが、私もこの意見に(委員とは反対の意味で)賛成である。繰り返しになるが、法制小委でもフェアユース規定の導入の必要性を、早いうちから積極的に打ち出すべきなのである。

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2008年11月 6日 (木)

「過去小委員会中間整理に関する意見(個人)」

 ――とりあえず提出しましたよ!

 まぁ、基本的には、前に公開したやつをベースに書いたのですが。
 概要の方を見ながらメモを取った後で本文と付き合わせたような書き方ですんで、文言の引用は概要の方が中心になっております。

 保護利用小委(文化庁としては「過去小委員会」)のパブコメは文化庁の「意識調査」へ連動される予定なんですけど、個人名義で送った人にしか「意識調査」の回答権が与えられないようです。なので物申したい方には是非パブコメの提出をお勧めします。出した人全員に意識調査の声がかかるとは限らないかも知れないですが。
 たとえばこんな感じで一言でも良いのではないかと。

タイトル「過去小委員会中間整理に関する意見(個人)」

1.個人/団体の別: 個人
2.氏名: ****
3.住所: ****
4.連絡先: **@**
5.該当ページおよび項目名:
  第3章 保護期間の在り方について(全体として)
6.意見:

 保護期間の延長には断固反対!

 これを kako-syo@bunka.go.jp へ送る、みたいな。




 さて、私が送ったパブコメを以下に転載します。



5.該当ページおよび項目名:

  第2章 過去の著作物等の利用の円滑化(全体として)

6.意見: 以下のとおり



 保護期間を原則死後70年に延ばす際に生じる多くのデメリットが延長慎重論の論拠である(ただしそれらが論拠の全てではない)。これを受けて、そのデメリットを減じる施策を考案し、延長への議論を進めるという手法は論理的にはあり得るところである。

 しかし保護期間延長のデメリットを減じるという触れ込みで“利用促進策”が本「中間整理」で提言されている割には、その範囲は不当なまでに狭い。



 「過去の著作物等の利用の円滑化方策」(中間整理4ページから)については、もっぱら放送番組の二次利用を前提とした著作隣接権の集中管理や、権利者不明の場合の裁定制度の活用など、範囲が限定されすぎていると言わざるを得ない。

 その一方で、延長の際に必ず問題となることが予想され、かつ現に(保護期間内であっても)流通を阻害する要因として考えられるものはこの検討範囲の外にもある。たとえば多数権利者が関わり、そのうちの僅かな反対によって利用が妨げられるケースについて、中間整理はどれだけの方向性が打ち出せているか。

 この種の問題を解決する策として有効だと考えられる権利の集中管理は、確かに著作権分野や放送番組での著作隣接権においては権利者側の努力が始まってはいる。しかし放送番組以外のジャンル――たとえば音楽配信や動画配信(とりわけDVDと競合するようなダウンロード販売によるもの)について、関係権利者間の意向の食い違いが見られ「集中管理」と呼べる状態には無い場合が多い。海外ではさまざまな配信の試みが行なわれ、中にはビジネスモデルとして定着したものも出始めている中、それと同じコンテンツを日本のユーザーが享受できない問題が発生している。iTunes Storeでの米国版と日本版のカタログの差異などはその代表と言えるだろう。

 場合によっては日本から海外のサービスを使うという方法もあるが、それでは国内産業振興の観点から解決策と呼ぶことはできまい。国内での著作権・著作隣接権の集中管理を進め、少なくとも海外で適法配信されている著作物は、日本でも同様の仕様で配信されることが可能なようにすべきであろう(それは原権利者の意思として流通を考えているということでもあるのだか)。



 「アーカイブの円滑化」(中間整理38ページから)については、そのアーカイヴを作成する主体を著しく狭めて検討されているのが問題である。図書館(とりわけ国立国会図書館)・博物館、あるいは自らが番組の権利者でもある放送事業者が作成する場面しか想定されていない。

 しかしながら、インターネットによるアーカイヴサービスが一般化しつつある現在において、むしろアーカイヴの主体として考えるべきはネット上でのサービス事業者や個人ユーザーである。

 特に、ネット上に浮かんでは消えるコンテンツの保存において、そのアーカイヴィングを国立国会図書館だけに委ねるのは、予算の面で言っても手間の面で言っても酷に過ぎると言え、また実際問題として網羅性を確保するのは不可能であろう。そこで重要になってくるのが米国でのInternet Archiveのような民間事業者であったり、個人ユーザーの手によるアーカイヴ(要は転載)である。民間・個人が主体となって非営利で行なわれるアーカイヴについては、一定の要件を付した上で認めるべきである。

 「中間整理」で想定されていた主体以外についても(一定の要件を設けるにせよ)検討を加え、言ってみればインターネット全体がアーカイヴであり続ける施策を打ち出す必要がある。

5.該当ページおよび項目名:
  第2章「過去の著作物等の利用の円滑化」
   第2節「多数権利者が関わる場合の利用の円滑化について」
6.意見: 以下のとおり

 「多数の権利者が関わる場合の利用の円滑化」(中間整理10ページから)において想定されているのは放送番組だけである。実演家の権利が実質的に“買い上げ”られていたり「ワンチャンス主義」で既に消えてしまっていたりするような音楽・映像分野においては、「多数の権利者が関わる」ゆえの流通阻害が起きていないとの前提で検討がなされているようである。
 しかし現実に海外との比較で「流通阻害」が目に見えて起こっているのは寧ろそうした音楽・映像分野である。法律や契約により著作隣接権の行使は出来ないことが多かろうが、原権利者(著作隣接権者)だった実演家が流通を望みながら、現在の権利者によってそれが止められているという「多数の権利者が関わる場合」の流通阻害を解消すべきである。

 また、放送番組に限定して検討された筈の「利用の円滑化」方策においても、結局は「必ずしも不当な理由による許諾拒否とは言い切れず、むしろ、実務上は、インターネットの番組配信がビジネスモデルとして未成熟であることや、引退等の理由で不明者の許諾が得られないことの方が問題」とし、「明確に効果がある制度的な対応策を見出すことは困難だが、引き続き権利の集中管理の促進、適正な利益再分配ができるビジネスモデルの構築等の関係者の取組が必要」との結論に至っている(以上の文章の抜粋は中間整理概要から)。これでは検討する前と変わっていない。何も言っていないのに等しい。
 海外において新たな試みが次々と登場する中、日本ではネット配信ビジネスにおいて閉塞感に包まれている。せめて海外で一定の成果が見られるビジネスモデルについては、同等の条件で許諾を出せるよう方策を考えるべきではないのか。そして如何にして権利者への対価の還元を実現するかを考える方がよほど建設的というものであろう。
 著作物というのは、市場を流れなければ利益を生まない。
5.該当ページおよび項目名:
  第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
   第3節 権利者不明の場合の利用の円滑化について
6.意見: 以下のとおり

 現行著作権法にも、権利者不明の場合には一定の要件を求めた上で裁定制度の利用が認められてはいる。しかしこの裁定制度の手続きは、合理的な範囲で簡便になる必要がある。裁定制度のハードルがそのまま著作物利用の妨げとなってしまうのでは本末転倒である。
 また、「著作隣接権について、現行裁定制度と同様の制度が設けられていない」(中間整理26ページ)との認識を重く受け止めるべきである。たとえば一定数の関係権利者(原権利者も一定条件で含めて考えている)の許諾を得られれば利用可能となるような裁定制度なども考慮すると良いのではないか。音楽配信においてレコード会社が許諾を拒否していても、アーティスト側で配信を望んでいる場合には裁定制度の利用で配信可能とできるような。

 中間整理では制度的対応策として、権利制限規定と事後承諾的な使用料支払いによるA案と、第三者機関への供託を定めるB案とが提案されている(29ページから)。
 これらは必ず相反するというものではなかろう。両方を組み合わせて実現することもおそらく可能だ。そうした柔軟な姿勢で、実効性ある制度の実現を目指すことを望む。
5.該当ページおよび項目名:
  第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
   第4節 次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
6.意見: 以下のとおり

 アーカイヴ活動の円滑化に関する整理の中で、「インターネット技術を活用して情報を共有する習慣が広まってきている中で、インターネット等を通じて多くの者が情報を共有できる環境を整備することが重要ではないか」としておりながら、そのアーカイヴの主体を「コンテンツ事業者自ら」と「図書館等を代表例として」しか考えないのは何故か(以上の文章は中間整理概要より抜粋)。
 中間整理の中では「インターネット等を通じて各種のコンテンツに国民が容易にアクセスできる環境を整備することが重要との問題意識に照らした場合には、コンテンツ提供者が自ら構築するアーカイブであっても、図書館等のコンテンツ提供者以外の主体が行うアーカイブであっても、国民が容易にアクセスできるようになるとの面で同様の効果があり」(39ページ)とされているが、やはり重要な点が抜け落ちているように思える。
 インターネット技術の活用という点においては、コンテンツ事業者も図書館も他のネットサービス事業者も個人ユーザーも変わりなく、ある者が可能なアーカイヴ手段は殆どの場合 他者にも可能である。多くの者が関わるなか僅かなリソースでも持ち寄り、世界規模でそれを集積することで巨大な情報アーカイヴを実現するというのがインターネットである。
 情報をほんの何カ所かに集中するのではなく、もっと分散的に蓄積する手段を想定し、制度を考えるべきであろう。
5.該当ページおよび項目名:
  第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
   第4節 次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
6.意見: 以下のとおり

 中間整理42ページから書かれている、国立国会図書館において「納本された書籍等を将来の保存のために直ちにデジタル化(複製)することが認められる」よう著作権法上明確にするとの方向性は支持する。
 その一方で、国立国会図書館でデジタル化された資料について「館内閲覧やコピーサービスのルールについて関係者間で協議が必要」「図書館間の相互貸借を円滑に行うための方策について関係者間で協議が必要」とあるが、これらの資料活用法に制限を加えてしまってはデジタル化した意味が減じられてしまうのではないか?
 最低限、現に絶版などの理由で入手不可能となっている資料のデジタル化されたものについては、館内閲覧・コピー提供・相互貸借を可能とするよう制度的に担保すべきである。またこの担保の際には、無償原則によって図書館が社会的インフラとしての役割を要求されていることも忘れてはならない。

 「記録技術や再生手段の変化に対応するための複製について、著作権法第31条第2号の解釈により可能であることを明確にする」とのことであるが、これが規定で明確にすることではなく解釈によることとした理由をもう少し明らかにすべきではないか。
 これまで図書館が著作権法の権利制限規定を厳格に解釈しそれを遵守してきた過去を踏まえて、図書館側から改正要望が出されていた項目である。このことは、図書館側としては規定を加えた方がより対処しやすいものとも考えられるが、規定を加えることで何か副作用を生じるのだろうか?

(以上、文言自体は中間整理概要より抜粋した。)
5.該当ページおよび項目名:
  第3章 保護期間の在り方について(全体として)
6.意見: 以下のとおり

 保護期間を現在以上に延長することは、その結果が仮に原則死後70年より短かったとしても、反対である。根本的に、こうした保護期間延長によって“利益”を得たり、「権利が切れて困る」と主張しているのはその著作物を作った原著作者ではなく、その承継者である。それが判りきっているのに保護期間を延長するとすれば、もはや著作者のための制度設計とは呼べない。既に亡くなっている著作者への“利益”ではなく、いま生きていて現に創作活動を行なっている者たちへの支援を考えるべきである(そして、その方策は決して保護期間の延長ではない)。
 権利承継者にとってみても、これまでの保護の水準を前提にビジネスを組み立てていたところである。手持ちの権利の期間を延長するということは、労せずして収益増の機会を得るということだけでなく、新たな創作を進めることで利益を得ようとするインセンティブを減じることにもなりかねない。

 また、保護期間延長によって生じる問題をもっと重く見るべきである。――権利者の所在が不明になり著作物利用許諾が困難になる、多くの権利者が関わることで利用許諾が出されにくくなる、ボランティアベースで進められているアーカイヴのプロジェクトが進められなくなる、すでに文化に溶け込んだ表現を過度に保護し次世代の創作を縛る等。
 これらは無論、保護期間が満了していない時期からすでに問題となっているものであり、保護期間延長の議論とは別に対処されるべきものでもある。しかし保護期間が延長されれば、これらのデメリットが増幅されるのは明らかである。著作権(あるいは著作隣接権)が基本的に「禁止権」として設定されている以上、他人の行動への影響を強く与えるものだという意識が制度設計において必要である。
 仮にこうしたデメリットの解消を約束して保護期間延長の合意を取り付けようとしたとしても、その延長の前に、対処の有効策を実現しなければ説得力は生まれない。延長の議論は、本来その解消の後に為されるべきであった。

 現時点では、保護期間延長の議論を行なうこと自体、時期尚早と言わざるを得ない。
5.該当ページおよび項目名:
  第3章 保護期間の在り方について
   第3節 各論点についての意見の整理
6.意見: 以下のとおり

 著作権分科会において説明資料となった中間整理概要について気になった点がある。この資料の中で「プロのクリエーター育成のためには、保護期間延長ではなく、ネットの違法コピー対策など、別の対応策を考えていくべきではないか」とまとめられているが、これは実際の中間整理では92ページに「次のような意見があった」ものとして書かれているものである。それをあたかも代表的な意見として概要に掲載してしまったのは、印象をミスリードしてしまうおそれがあるのではないか。
 また、保護期間延長がプロのクリエイター育成に役立たないのは言うまでもないが、ここで重要なのはクリエイターへの利益還元や支援をどう行なうかということであって、「ネットの違法コピー対策」は直接には関係ない。
 ここで関係があるとの判断をしているとすれば、「ネットの違法コピー対策」が直接的に権利者に利益をもたらす(それまで「違法コピー」をしていた者が正規品へと流れていく)との前提がなければならない。
 しかし、ネット上での有効な著作物流通が不充分な今これをやっても権利者へ利益をもたらすことはあるまい。「ネットの違法コピー」が“地下”に潜るか、そもそも特定の著作物を鑑賞するという習慣が国民の中の少なくない人々から失われるだけであろう。

 折衷案として「死後50年から70年の間は許諾権ではなく報酬請求権にすること」「延長希望者が更新料を支払って登録する制度」「延長の20年で得られた使用料を文化振興基金に充てること」「翻案権等の一部の支分権については延長しないこと等」と書かれている(以上、抜粋は概要から)が、これらはいずれも多く指摘されるデメリットを解消した後でなければならない。想定される懸念の多くは解決しないからである。
 加えて、94ページにおいて「映画の著作物の保護期間について」との項目が設けられており、その期間延長も今後検討され得ることが書かれている。そもそも今回の死後50年から70年へ延長せよとの議論は、映画著作物の保護期間を(公表後起算とは言え)延長したことも発端となっているものであり、そこでまた映画著作物でも延長をすれば次は他の著作物でもさらなる延長が要望されるのは目に見えている。延長していくことで、それが呼び水となってさらなる延長を招きかねないというのも、延長慎重論の根拠のひとつであるが、直接的ではないにせよ中間整理においてそれが示唆されてしまっていることは注目に値する。

 戦時加算については全くいじる必要はない。戦時加算によって著作権保護期間が存続しているものでも、近年のうちに順次切れてきているからである。10年ほど前であればまだしも多少は意味があっただろうが、もはや2008年においては保護期間延長の根拠とはなり得ない。時間が解決する問題である。
 まして戦時加算の解消を条件に保護期間を延長するという主張は一方にしか利することのない身勝手なものであり、検討の余地も無い。
5.該当ページおよび項目名:
  第3章 保護期間の在り方について
6.意見: 以下のとおり

 保護期間延長の「メリット」については、延長を要望する側が説得的に材料を提示すべきところ、それができなかったということが言える。
 「二者択一の形で議論するだけでなく、両方のメリットを受けられる方法なども含めて検討を進めるべき」とまとめているが、これは「メリットを受けられる、少数であるが価値の高い著作物」に限って延長するという方策でも実現しない限り無理である。しかし延長要望側の意見としては、これから何十年経った後に急に「価値の高い著作物」と認められることも想定しており、こうした選択的な保護期間延長を受け入れられるかは疑問である(以上、文言は中間整理概要から抜粋)。
 このまとめはもはやレトリックに過ぎないものであって、実質的な意味は無いのではないか。

 保護期間が延長されても問題があまり生じない著作権制度という観点での提案は果たしてあったのだろうか? そうした著作権制度を論じ、その実現に目処が立たない限り、この議論が延長容認でまとまることは無いだろう。

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2008年11月 3日 (月)

法制小委「中間まとめ」・保護利用小委「中間整理」パブコメ締切りまであと1週間

 御無沙汰してしまいました。“やるやる詐欺”みたいになってしまってますが。

 保護利用小委と法制小委のパブコメは結局10月9日に開始され、これの締切りが11月10日に設定されております。あと1週間ですな。

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000345&OBJCD=&GROUP=
「文化審議会著作権分科会
 『法制問題小委員会平成20年度・中間まとめ』
 に関する意見募集の実施について」
(e-Gov)

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000344&OBJCD=&GROUP=
「文化審議会著作権分科会」
 『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
 中間整理』に関する意見募集の実施について」
(e-Gov)

 法制小委では、「中間まとめ」は次のような内容になっております。

「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会
 平成20年度・中間まとめ」

第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について
第2節 私的使用目的の複製の見直しについて
第3節 リバース・エンジニアリングに係る法的課題について
第4節 研究開発における情報利用の円滑化について
第5節 機器利用時・通信過程における蓄積等の取扱いについて
    (デジタル対応ワーキングチーム関係)
第6節 その他の検討課題

 このうち、注目したいのがやはり第2節。いわゆる「ダウンロード違法化」の問題。正確に言えば〈違法複製物および違法配信物からの私的コピーの30条除外〉ということになりますが、その副作用から適法行為の萎縮を招きかねないとの意味を込めて「ダウンロード違法化」と(私は)呼んでおります。
 録音・録画分野、つまり音楽や映像については私的録音録画小委員会で議論されてきたことになっており、今回の法制問題小委員会ではこの30条(私的複製規定)除外にソフトウェアも含めるかということだけを検討しました。私的録音録画小委での議論の妥当性については全く触れておらず、その法的・社会的な効果について法制小委で精査した様子は全く見られません。
 法制小委の本パブリックコメントが始まった後で、私的録音録画小委(10月20日の第4回)では「ダウンロード違法化」の方向性を維持することが確認され、しかも新たにパブリックコメントを募集することはしないとの決定を下しております。事務局が報告書をしたためて、たった1回の小委員会で了承される予定。
 そんなありさまですので、「ダウンロード違法化」の問題について著作権分科会に何か言おうと思えば、この法制小委のパブコメを使うしか無いのですね。

 法制小委では他にも、権利制限関係で重要な検討課題に一定の結論を出しています。リバース・エンジニアリング関連ではかなり踏み込んで法改正の方向を打ち出しています。その一方で、研究開発関連でやや腰が引け気味‥‥。
 権利制限をしよう、という結論については大部分賛成したいところではあります。賛成したいところに意見を述べたって良いんですよ。ただ、議論の経過を見てみると、思うように検討が進んでいないようにも思えるのです。
 世の中で実際に登場してきている新しい著作物利用、あるいはこれまでにもあったのだけどまだ法的課題が残されてきた“古くて新しい問題”などを権利制限規定(著作権法30条以降)で対処しようとすることは、そうした個別事例にのっとって権利制限をするかどうかを考え、するとすればどうした範囲を定めるか(さすがに無制限というわけにいかないですから)との流れで検討が加えられます。だから鳴り物入りで検討課題に加えられても、出てきた結論が何だかみすぼらしいものになったりするんですね。手間暇がかかった割には、かなり制限的な内容になるという。地上デジタル放送のIPマルチキャストを、本放送と同一地域内での同時再送信に限って「有線放送」と同じ扱いにした法改定の事例みたいな感じで。
 知的財産戦略本部でいま「日本版フェアユース」の導入に向けて報告をまとめております(パブコメに付している最中)。法制小委での議論を見ていますと、確かに「日本版フェアユース」の導入が急務であると思わざるを得ません。確かに法制小委でもフェアユース導入を十分意識していて、だからこそ“フェアユースとの関連がありそうなところは後回し”的な姿勢にもなっているのですけど、かえってそれが現在起きている状況に対してスムーズに対処できない(対処しても限定的にならざるを得ない)傾向を強めている感じがあります。ただでさえ個別権利制限規定での対処は時間がかかりすぎるんですがね(だって検索エンジン関係の権利制限って決まったのいつでしたっけねぇ)。
 ともあれ、我々として出すべき意見の方向性は、やると決めた権利制限は迅速にやることとして、法制小委で素早く結論が出せないことが明らかになった権利制限課題のためにも、「日本版フェアユース」規定の導入を急ぐべきだ――ということになりますか。

 お次。
 法制小委と並行してパブコメが募集されているのは、「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」の中間整理。この小委員会、私は「保護利用小委」との呼び名をいつも使っているのですが、文化庁自身も「過去著作物等小委」とか「過去小委」とか呼び方が一定しておりません。もっとも、今回のパブコメは「過去小委員会中間整理に関する意見」とのタイトルで送信することが求められているので、そのあたりは注意して下さい。まぁ、多少間違えて送っても、文化庁側で柔軟に対応してくれるとは思いますが‥‥。
 保護利用小委(ここではこの呼び名で統一させてもらいます)の中間整理は次のような内容でまとめられています。

文化審議会著作権分科会
『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
 中間整理』

第1章  はじめに
第2章  過去の著作物等の利用の円滑化
 第1節  検討の経緯等
 第2節  多数権利者が関わる場合の利用の円滑化について
 第3節  権利者不明の場合の利用の円滑化について
 第4節  次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
 第5節  その他の課題
第3章  保護期間の在り方について
 第1節  はじめに
 第5節  制度の現状
 第6節  各論点についての意見の整理
 第7節  関連する課題
第4章  議論の整理と今後の方向性

 やはりここでメインになるのは第3章「保護期間の在り方について」です。いや、もう、ここについては「保護期間延長反対!」の一言でも良いから、意見を送って下さい。まだ出されていない方で、わざわざここを読んで下さってる方には是非とも。
 なぜ意見を出す必要があるかと言いますと、募集要項にこの一文があるのですね。

今回意見募集と同時に,過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第5回)で発表されました著作権保護期間に関する意識調査を参考に,著作権に関する国民意識調査を実施いたします。メールにてご意見をいただいた方(個人に限ります。)については,ご記入いただいたメールアドレスに,アンケートへの回答をお願いするメールを送付いたします。(11月上旬になる予定です。)

 文化庁が国民意識調査を計画していて、その対象が今回のパブコメを送った「個人」という設定なのです。この「個人」というのが重要で、パブコメでは以前から団体・個人の別を付記して提出するよう求められていたんですが、団体名義で送った場合には今回の意識調査に参加できないというわけですね。だから、団体名義で出された方は、ぜひ個人としても送るのがよろしいかと。国民意識調査への参加権を得るのがパブコメ提出なのだと心に留めてくださいませ。

 ところで、ここ数回のパブコメでは、文化庁は『e-Gov』サイトにしか募集要項を掲載していませんでした。でも今回は早い段階で文化庁サイトにも掲載されていました(内容は『e-Gov』と同じ)。
 良い傾向ですね。審議会の進め方は好きになれませんが、情報公開をしてくれることで多少見直す機会があるのは幸いです。



http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakuken_hosei_ikenboshu.html

「文化審議会著作権分科会

 『法制問題小委員会平成20年度・中間まとめ』

 に関する意見募集の実施について」

(文化庁)



http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakubutsu_hogo_ikenboshu.html

「文化審議会著作権分科会

 『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会中間整理』

 に関する意見募集の実施について」

(文化庁)




■保護利用小委「中間整理」・法制小委「中間まとめ」に対する私見

 さて。
 偉そうなことを書きつつですね、私もまだ意見をまとめてる最中だったりするのですよ。しかも概要を読んでメモを書いた程度でしかないという。そのメモを以下に掲載します。例によってCCLの対象なので、好きに使ってもらって構いません。
 ただ中間まとめ・中間整理本文との突き合わせをまだやってなくて、対象の項目名やページ数は入れてありません。ひょっとしたら本文を読んだら違うことが書いてある‥‥なんて点もあるかもしれませんが、まぁその時は罠に引っかかったものだと思うことにしまして(笑)。

 ――基本的には私が今までブログで書いてきたことの繰り返しではありますけどね。


-------------


文化審議会著作権分科会
過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
「中間整理」概要より

●保護期間を死後70年に延ばす際に生じる多くのデメリットが延長慎重論の論拠であるが(ただしそれらが論拠の全てではない)、こうしたデメリットを減じる施策を考案し延長への議論を進めるという手法は論理的にはあり得るところである。しかし保護期間延長のデメリットを減じるという触れ込みで“利用促進策”が本「中間整理」で提言されている割には、その範囲は不当なまでに狭い。
●「過去の著作物等の利用の円滑化方策」については、もっぱら放送番組の二次利用を前提とした著作隣接権の集中管理や、権利者不明の場合の裁定制度の活用など、範囲が限定されすぎていると言わざるを得ない。しかし延長の際に必ず問題となることが予想され、かつ現に(保護期間内であっても)流通を阻害する要因として考えられるものはこの検討範囲の外にある。たとえば多数権利者が関わり、そのうちの僅かな反対によって利用が妨げられるケースについてどれだけの方向性が打ち出せているか。
 集中管理は確かに著作権分野や放送番組での著作隣接権においては権利者側の努力が始まっているが、他のジャンル――たとえば音楽配信や動画配信(とりわけDVDと競合するようなダウンロード販売によるもの)についての集中管理は手つかずであり、日本のユーザーが海外と同等の配信サービスを国内で受けられない現状の原因となっている(場合によっては海外のサービスを使うという方法もあるが、それでは国内産業振興の観点から解決策と呼ぶことはできまい)。
●「アーカイブへの著作物等の収拾・保存と利用の円滑化方策」については、そのアーカイヴを作成する主体を著しく狭めて考えているのが問題である。図書館(とりわけ国立国会図書館)・博物館、あるいは自らが番組の権利者でもある放送事業者が作成するとの前提で議論が進められている。しかしながらインターネットによるアーカイヴサービスが一般化しつつある現在において、むしろアーカイヴの主体として考えるべきはネット上でのサービス事業者や個人ユーザーである。
 特に、ネット上に浮かんでは消えるコンテンツの保存において、そのアーカイヴィングを国立国会図書館に委ねるのは、予算の面で言っても手間の面で言っても酷に過ぎると言え、また実際問題として網羅性を確保するのは不可能であろう。そこで重要になってくるのが米国でのInternet Archiveのような民間事業者であったり、個人ユーザーの手によるアーカイヴ(要は転載)である。
 「中間まとめ」で想定されていた主体以外についても(一定の要件を設けるにせよ)検討を加え、言ってみればインターネット全体がアーカイヴであり続ける施策を打ち出す必要がある。

●「多数の権利者が関わる場合の利用の円滑化」において想定されているのは放送番組だけである。実演家の権利が実質的に“買い上げ”られていたり「ワンチャンス主義」で既に消えてしまっていたりするような音楽・映像分野においては、「多数の権利者が関わる」ゆえの流通阻害が起きていないとの前提で検討がなされているようである。
 しかし現実に海外との比較で「流通阻害」が目に見えて起こっているのは寧ろそうした音楽・映像分野である。法律や契約により著作隣接権の行使は出来ないことが多かろうが、原権利者(著作隣接権者)だった実演家が流通を望みながら、現在の権利者によってそれが止められているという「多数の権利者が関わる場合」の流通阻害を解消すべきである。
●また、放送番組に限定して検討された筈の「利用の円滑化」方策においても、結局は「必ずしも不当な理由による許諾拒否とは言い切れず、むしろ、実務上は、インターネットの番組配信がビジネスモデルとして未成熟であることや、引退等の理由で不明者の許諾が得られないことの方が問題」とし、「明確に効果がある制度的な対応策を見出すことは困難だが、引き続き権利の集中管理の促進、適正な利益再分配ができるビジネスモデルの構築等の関係者の取組が必要」との結論に至っている。これでは検討する前と変わっていない。何も言っていないのに等しい。
●海外において新たな試みが次々と登場する中、日本ではネット配信ビジネスにおいて閉塞感に包まれている。せめて海外で一定の成果が見られるビジネスモデルについては、同等の条件で許諾を出せるよう方策を考えるべきではないのか(そして如何にして権利者への対価の還元を実現するかを考える方がよほど建設的というものであろう)。

●裁定制度については、その手続きが(合理的な範囲で)簡便になる必要がある。また、「著作隣接権には裁定制度自体がない」との指摘を重く受け止めるべきである。たとえば一定数の関係権利者(原権利者も一定条件で含めて考える)の許諾を得られれば利用可能となるような裁定制度なども考慮すると良いのではないか。たとえばレコード会社が配信許諾を拒否していても、アーティスト側で配信を望んでいる場合には裁定制度の利用で配信可能とできるような。
●中間整理では、制度的対応策としてA案(権利制限規定+事後承諾的使用料)とB案(第三者機関への供託)が提案されているが、これらは相反するものではなく、両方を組み合わせて実現するということも可能であろう。そうした柔軟な姿勢で制度の実現を目指すことを望む。

●アーカイヴ活動の円滑化に関する整理の中で「インターネット技術を活用して情報を共有する習慣が広まってきている中で、インターネット等を通じて多くの者が情報を共有できる環境を整備することが重要ではないか」としておりながら、そのアーカイヴの主体を「コンテンツ事業者自ら」と「図書館等を代表例として」しか考えないのは何故か。
 インターネット技術の活用という点においては、コンテンツ事業者も図書館も他のネットサービス事業者も個人ユーザーも変わりなく、ある者が可能なアーカイヴ手段は殆どの場合 他者にも可能である。多くの者が関わるなか僅かなリソースでも持ち寄り、世界規模でそれを集積することで巨大な情報アーカイヴを実現するというのがインターネットである。
 情報をほんの何カ所かに集中するのではなく、もっと分散的に蓄積する手段を想定し、制度を考えるべきであろう。

●国立国会図書館において「納本された書籍等を将来の保存のために直ちにデジタル化(複製)することが認められる」よう著作権法上明確にするとの方向性は支持する。
●国立国会図書館でデジタル化された資料について「館内閲覧やコピーサービスのルールについて関係者間で協議が必要」「図書館間の相互貸借を円滑に行うための方策について関係者間で協議が必要」とあるが、これらの資料活用法に制限を加えてしまってはデジタル化した意味が減じられてしまうのではないか?
 最低限、現に絶版などの理由で入手不可能となっている資料のデジタル化されたものについては、館内閲覧・コピー提供・相互貸借を可能とするよう制度的に担保すべきである。
●「記録技術や再生手段の変化に対応するための複製について、著作権法第31条第2号の解釈により可能であることを明確にする」とのことであるが、これが規定で明確にすることではなく解釈によることとした理由をもう少し明らかにすべきではないか。
 これまで図書館が著作権法の権利制限規定を厳格に解釈しそれを遵守してきた過去を踏まえて改正要望が出されていた項目であり、図書館側として規定を加えた方がより対処しやすいものとも考えられるが、規定を加えることで何か副作用を生じるのだろうか?

●保護期間を現在以上に延長することは(死後70年より短かったとしても)反対である。根本的に、こうした保護期間延長によって“利益”を得たり、「権利が切れて困る」と主張しているのはその著作物を作った原著作者ではなく、その承継者である。それはもはや著作者のための保護期間の設定ではない。
 これまでの保護の水準を前提にビジネスが組み立てられていたところ、手持ちの権利の期間を延長してしまっては、新たな創作によって利益を得るインセンティブを減じることになりかねない。
●また、保護期間延長によって生じる問題――権利者の所在が不明になり著作物利用許諾が困難になる、多くの権利者が関わることで利用許諾が出されにくくなる、ボランティアベースで進められているアーカイヴのプロジェクトが進められなくなる、すでに文化に溶け込んだ表現を過度に保護し次世代の創作を縛るなどの指摘をもっと重く見るべきである。
 これらは無論、保護期間が満了していない時期からすでに問題となっているものであり、保護期間延長の議論とは別に対処されるべきものでもある。しかし保護期間が延長されれば、これらのデメリットが増幅されるのは間違いない。
 仮にこうしたデメリットの解消を約束して保護期間延長の合意を取り付けようとしたとしても、その延長の前に対処する有効策を実現しなければ説得力は生まれない。延長の議論は、その解消の後に為されるべきである。

●「プロのクリエーター育成のためには、保護期間延長ではなく、ネットの違法コピー対策など、別の対応策を考えていくべきではないか」とまとめられているが、これはおかしい。保護期間延長がプロのクリエーター育成に役立たないのは言うまでもないが、ここで重要なのはクリエーターへの利益還元や支援をどう行なうかということであって、「ネットの違法コピー対策」は直接には関係ない。
 「ネットの違法コピー対策」が直接的に権利者に利益をもたらすという前提なのかも知れないが、ネット上での有効な著作物流通が不充分な今これをやっても権利者へ利益をもたらすことはあるまい。「ネットの違法コピー」が“地下”に潜るか、そもそも特定の著作物を鑑賞するという習慣が国民の中の少なくない人々から失われるだけであろう。
●また、折衷案として「死後50年から70年の間は許諾権ではなく報酬請求権にすること」「延長希望者が更新料を支払って登録する制度」「延長の20年で得られた使用料を文化振興基金に充てること」「翻案権等の一部の支分権については延長しないこと等」と書かれているが、これらはいずれも先に指摘したデメリットを解消した後でなければならない。想定される懸念の多くは解決しないからである。
●なお、戦時加算については全くいじる必要はない。戦時加算によって著作権保護期間が存続しているものでも、近年のうちに順次切れてきているからである。10年ほど前であればまだしも多少は意味があっただろうが、もはや2008年においては保護期間延長の根拠とはなり得ない。時間が解決する問題である。
 まして戦時加算の解消を条件に保護期間を延長するという主張は一方にしか利することのない身勝手なものであり、検討の余地も無い。

●保護期間延長の「メリット」については、延長を要望する側が説得的に材料を提示すべきところ、それができなかったということが言える。
 「二者択一の形で議論するだけでなく、両方のメリットを受けられる方法なども含めて検討を進めるべき」とまとめているが、これは「メリットを受けられる、少数であるが価値の高い著作物」に限って延長するという方策でも実現しない限り無理である。しかし延長要望側の意見としては、これから何十年経った後に急に「価値の高い著作物」と認められることも想定しており、こうした選択的な保護期間延長を受け入れられるかは疑問である。
 このまとめはもはやレトリックに過ぎないものであって、実質的な意味は無いのではないか。
●保護期間が延長されても問題があまり生じない著作権制度という観点での提案は果たしてあったのだろうか? そうした著作権制度を論じ、その実現に目処が立たない限り、この議論が延長容認でまとまることは無いだろう。


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文化審議会著作権分科会
法制問題小委員会
「中間まとめ」概要より

●「デジタルコンテンツ流通促進法制」の必要性はテレビ番組に限ったものではない。「過去のコンテンツ」でありネットでの二次利用を望まれる(そして現在なかなか流通が進まない)ものの代表としては確かにテレビ番組が想定されるところだが、実際問題として音楽・映像分野でも海外に遅れを取っているのが現状である。
 単純に、海外での配信サービスが日本に上陸しても、本国と同様のカタログを維持できないのは(国による権利関係の違いが原因とは言え)ユーザーから理不尽に映る。

●「デジタルコンテンツ流通促進法制」を放送番組に限って議論すること自体、妥当性を欠き議論を不当に矮小化するものと考えられるが、さらに「権利者不明等により契約交渉が用意でない場合の問題が中心課題」とするのは問題を矮小化してはいないか。多数の権利者が存在する際に一人でも許諾を拒否する者がいる場合こそが問題の本質であり、全員一致で権利行使するのでなく誰かが許諾をすれば流通できるような制度が望まれている。また、これは放送番組に限らず、音楽配信や映画配信ですらも同様の問題を抱えている。
●「権利者不明の場合に十分な調査をした上でも権利者が不明である場合に、一定の条件で利用を認める制度的措置について、早期に実施に移すべき」というまとめ自体には賛成である。しかもこれは保護期間の延長や「デジタルコンテンツ流通促進法制」に関係なく、単独の課題としても解決すべきものである。
 また、これだけでもまだ「流通促進」には不足である。海外で既に新しいビジネスモデルとして進み出しているサービスの内容を、日本で試せない(あるいはその権利を持っている者が試そうともしない)のが実情であり、だからこそ“権利制限すべき”との論が説得力を持ってしまうのである。
●権利を持つ者が自ら集中管理を実効性あるものにする努力を怠らねば、デジタルコンテンツの流通促進は見込めるだろう。しかし現状がまだ不足していることは関係者の一致した見方だ。権利制限をも視野に入れた議論は権利者(特に著作隣接権者)に選択を迫る働きがあるのではないか。その意味でも、放送番組に限った議論をすべきではない。

●「インターネット等を活用した新たな創作・利用形態に関する課題について、委託調査により、関連事業者等が問題を感じている点を調査」した結果、多くは著作権分科会の検討課題に含まれているが「ストレージサービス等についての法的評価の問題」が指摘されたとある。これはまさに司法で「カラオケ法理」が拡大しすぎていることによる。これに歯止めをかけ、インターネット上で提供されユーザーの利便を高めるサービスを「著作権侵害」から救う制度的方策を早く取るべきである。
●「現在の権利制限の切り口(私的領域かどうか、非営利無料かどうか等)と、実際に権利者の利益を不当に害するか否かの実態とが、乖離してきているのではないか」とあるが、むしろこうした問題設定は複製を権利者の不利益とみなす考え方から来ているのであって、ここから脱却して素直に私的領域内あるいは非営利無料の複製をそのまま認めるべきである。
 社会通念上は、私的領域内・外あるいは営利・非営利のラインこそが合致しており、むしろ先の「乖離してきているのではないか」とする考えの方が乖離しているとすら思える。
●「不特定多数の者のマッシュアップによって制作が行われる場合について、今後生じてくる可能性のある問題点について、精査と研究を行うことが必要」とある部分については、賛成である。すぐにでも精査・研究を行なうべきであるし、そうした表現の妨げになるような障害はなるべく取り除く(あるいは適切なルールが出来るよう促す)ことが必要である。

●私的使用目的の複製の見直しについては、私的録音録画小委員会の議論を受けて法制問題小委員会でも検討されたことになっているが、極めて不足した内容と言わざるを得ない。著作権法30条によって私的複製される範囲の縮小(あるいはこれまで曖昧だった部分の明確化)にどれだけの実効性があるのか、また私的録音録画小委員会での議論の前提が妥当だったのかとの精査は手つかずのままである。
 特に私的録音録画小委員会では、30条縮小を示唆した中間整理に対して多数のパブリックコメントが反対意見として集まったにもかかわらず、その多数意見を無視して30条縮小を押し通したという経緯がある。法制問題小委員会での検討の前提とするには、あまりにも不当な形で出されたものである。
●私的録音録画小委員会が打ち出したのは、違法複製物や違法配信物からの私的複製と、適法配信からの私的複製とについて著作権法30条の対象から外すとの方向性である。
 しかし前者は、ユーザーから見て私的複製元の録音・録画物が適法に提供されたものかは知ることができず、またいざ裁判になった場合でも自らが所有する複製物の適法性を証明することは困難である(その複製ソースが手元に無い場合はレンタルCDの例を持ち出すまでもなく少なからず存在する)。さらには日本レコード協会から提案されている「適法マーク」(いわゆるエルマーク)は音楽配信のみに使われ(しかもiTunes Storeには採用されていない)、かつ海外での配信には当然のことながら「適法マーク」は付されていない。このことは著作権分科会でも指摘されていながら私的録音録画小委員会では検討を加えていないし、更に同小委員会では映画製作者代表の委員から「適法マーク」の使用がまだ準備段階でしかないことが明らかにされている。仮に「情を知って」との要件が加えられるとしても、その証明が(権利者側にもユーザー側にも)困難である以上、違法であるかそうでないか判らない不安定な状態が今後より一層強まるだけである。
 後者については、配信時の契約によってその後のユーザーの複製の許諾範囲を定めるという考え方であるが、現状でも配信時の契約では明らかにされていない私的複製態様は想定される。特に変換・バックアップに伴うような所謂「孫コピー」については契約で定めることは考えられず、また敢えてそれを契約で禁止することでユーザーの利便性を大きく損ねるおそれも生じるところである。私的領域内で行われる複製であるにもかかわらず、社会通念上は認められ得るのに「違法」とされる行為が多く発生し放置されることになりかねない。
 30条へ安易に手を加えることで、著作権法が規範としての役割を果たせなくなることを危惧する。
●私的録音録画小委員会では「録音」「録画」についてのみ30条縮小の対象とされていたが、著作権分科会での委員の指摘を受けて法制問題小委員会でもプログラム著作物を対象とするか検討が加えられ、結論としてはプログラム著作物について30条縮小を行なうことは見送られた感がある。
 このこと自体は歓迎するが、その理由が「現時点で必ずしも明確といえる状況ではない」というのは問題である。つまりプログラム著作物での被害状況が「明確」になれば30条縮小があり得たということだ。しかし前述の通り、30条縮小自体のもたらす法的効果について(本来は専門的な検討が加えられるべき)法制問題小委員会で議論されなかったことは遺憾である。
 他の著作物をこの30条縮小に加えるべきかどうかだけを議論してれば済むような小委員会では無かった筈だ。

●リバース・エンジニアリングについて、相互運用性の確保を目的としたものは「一定の要件の下で」権利制限を早期に措置するとした方向性に賛成である。ただし「一定の要件」というのがくせものであり、これによって権利制限の対象となるリバース・エンジニアリングが過度に狭められないよう要望する。
 著作権法においては複製を行なった時点を捉えて権利が及ぶか否かを考えるところであるが、リバース・エンジニアリングについては複製段階ではなくその結果の公表段階を捉えて権利行使を考えるべきではないだろうか。複製元のソフトウェアとの「競合性」を判断材料にする案も出されているが、相互運用性の持ったソフトウェアは運命的に元のソフトウェアと「競合性」を持っているものである。「競合性」そのものよりも、不正競争的な判断でもって適法性を考えるべきではないか。
●障害の発見等の目的で行なうリバース・エンジニアリングについても「権利制限を早期に措置することが適当」との方向性を出したことを歓迎する。こうした場面では、分析を必要としながら一刻を争うようなことも想像される。コンピュータが社会の大部分を占める世の中になっている以上、これを安全に運用するための分析行為がはっきりと適法であるとされる意味は大きい。
 逆に「ウィルス作成等の悪意ある目的の場合との区別」も指摘されているところであるが、こうした区別が可能なのかは微妙な問題と言えよう。ここでの「区別」を厳密にしようとするあまり、先の障害発見目的のリバース・エンジニアリングを妨げることになってしまっては元も子もない。権利制限を先行しつつ、「悪意ある目的の場合との区別」を慎重に見極めていただきたい。
●その他プログラム開発の目的で行なわれるリバース・エンジニアリングについては、「範囲が無制限に広がり、不適当」とある。
 しかしながら今回の法制問題小委員会での検討にリバース・エンジニアリングが盛り込まれたのは、表現を模倣するのでなくアイディアを抽出する作業が著作権法で禁じられてしまっていることへの対処である。その原則を貫徹させるならば、「その他プログラム開発の目的」でもリバース・エンジニアリングを権利制限の対象とすべきではないか。
 むしろリバース・エンジニアリングを複製と解釈するのではなく、そのリバース・エンジニアリングからソフトウェアが作られ公表された時点をもって侵害を判断する形にすべきではないだろうか。

●研究開発における著作物複製に関する権利制限も法制問題小委員会で検討されたが、「早急に結論を得るべき範囲と、それ以外に分けて検討」するとした結論が出てしまうところに「日本版フェアユース規定」の必要性を感じざるを得ない。時間をかけて個別の制限規定を定めていくのでは世の中の動きに対応できないというのがフェアユース導入論の根拠の一つであるが、法制問題小委員会において(日本版フェアユース規定の導入を見据えながら議論されているのも興味深いが)こうした消極的な議論になってしまうのは図らずもそれを証明してしまったように思えてならない。
●「情報解析分野の研究開発」において権利制限を行なうとの方向性には賛成する。「権利者の利益を不当に害しないこと等の条件の下で」としていることも妥当であろう。
●「その他の研究開発分野」について「大学の研究者の行う複製」に限定してしまっているのは問題がある。この「研究」の範囲に個人研究者まで含められれば、権利制限がもたらした研究の社会への貢献が期待できるのではないか。
●研究開発目的の権利制限においても、複製の時点で権利が及んでいるとは考えずに、その結果を公表する場面に応じて権利を及ぶようにしてはどうだろうか(私的複製物が公衆の前に出された時点で権利制限から外れるのと同じようなイメージ)。この際に営利目的か否かの枠をはめ、補償金を用意するなりして対処すると良いのではないか。

●「機器利用時における蓄積」および「通信を巡る蓄積」に関し複製とみなさないことを法律上明確にすることには賛成である。

●「通信・放送の在り方の変化への対応」に関し、著作権法において放送/通信の区分について実態を見た上で放送関連法と定義を一致させるべきである。要するに、公衆が視聴する映像であって同時性を重視した番組構成のある一方的放映を「放送」とすべきである。
●知的財産戦略本部の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」において「日本版フェアユース」導入への方向性で報告がまとめられるところであるが、その後 法制問題小委員会において詳細な検討が加えられるものと目されている。この規定の導入は是非とも必要であり、今期法制問題小委員会の報告書でも導入の必要性を書き込んでも良いほどである。
●本「中間整理」が著作権分科会において了承される際、三田委員からフェアユース規定導入への慎重意見が出たものと記憶しているが、「日本という国は裁判で決着するということでなく、話し合いで決めるというのが国民性」とする委員の見解はフェアユース導入を否定する根拠にはなり得ない。なぜなら、既に裁判によって多くのネットサービスが差止められてきたからである。日本版フェアユースの導入が叫ばれるようになってきたのも、こうした実態があってのことである。三田委員は同じ会合で、知財本部の「議論の動向を見守りつつ」と言わずぜひ法制問題小委員会としても積極的に議論すべきと発言していたが、私もこの意見に(委員とは反対の意味で)賛成である。繰り返しになるが、法制小委でもフェアユース規定の導入の必要性を、早いうちから積極的に打ち出すべきなのである。




■参考になる意見

 最後に、ここを紹介させていただきますです。
 この角度で切り込むというが「目から鱗」で、この種のパラダイムシフトというのは私にしてみれば凄くカッコいい。というか、私には出来ない。つい議論の前提を共有してしまおうとしますから(その意味では私は硬直的な意見しか出てこないきらいがある)。

http://www.alz.jp/221b/archives/000677.html
「文化審議会著作権分科会
 『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
 中間整理』に関する意見」
(The Baker Street Bakery)

 保護と利用の観点で考えるのではなく共有と保障で考えろ、と。座標軸を変えるという、議論の根本を問う意見であります。

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2008年10月 3日 (金)

パブリックコメント募集間近の法制小委「中間まとめ」と保護利用小委「中間整理」

 ――御無沙汰しておりました。

 まぁ、挨拶抜きで要件のみを。
 10月1日の文化審議会著作権分科会で、法制問題小委員会の「中間まとめ」と保護利用小委(正確には「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」)の「中間整理」が了承された。これは数日中にはパブリックコメントにかけられる予定だ。
 ただ、10月3日金曜日午後7時現在、まだ募集開始のアナウンスは無い。

 せっかくの週末、大部になってしまった中間まとめと中間整理を読むにはまとまった時間が欲しいところなのだが、パブリックコメント募集要領が出ないことには その対象となる文書も読みようがない(もっとも「案」の段階の文書については既に法制小委での配付資料としてネットに上がってはいる。その後、若干の文言修正があるように思われるが、俺自身もまだ付き合わせていないので確かなことは判らない)。
 そこで、中間まとめと中間整理をまだかまだかとお待ちの方のために、非公式版とはなってしまうが、ここにPDFとして掲載することにする。

1.法制小委「中間整理」・概要版
2.法制小委「中間整理」
3.保護利用小委「中間まとめ」・概要版
4.保護利用小委「中間まとめ」

 上記データ量はMacOS XのFinder上で見た数字なので正確じゃないと思う。
 しかも何の工夫も無く取り込んでたらベラボーに大きくなってしまった。まずは概要版だけ読んで、意見を準備するのが楽かもしれない。

※(ここだけ追記)あまりにファイルサイズが大きかったのと、プリントアウトする時に不便だったのとで、取り込みしなおした。その代わり文字が読みづらくなってる点もあるようだけど、ご容赦のほどを。こういうのに不慣れだな俺。

※(この段落、さらに追記)公式資料がパブコメ募集ページに掲載されたのでリンクを切りました。

 いずれも著作権分科会で配布された資料で、公になっているものでは最新版の筈である。ただその後 文言修正が無いとも限らないので、あくまでパブリックコメントの対象は、募集要領が上がった際に用意された公式版であることに留意されたい。
 パブリックコメントへの準備に役立てていただけたら幸い。

 パブリックコメント募集が始まったら、上記リンクは公式版の方へ差し替えるつもり。

 俺としては、資料の読み込みと論点整理に入らないと意見が書けないタチなので、できれば“中間生成物”も出していけないかと目論んではいる。しかし何分 仕事の合間にやらにゃならない作業なので、いつものパターンだと“やるやる詐欺”で終わってしまう。
 その辺はあまり期待しないでおいてください。

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2008年6月19日 (木)

省庁間合意の興奮さめやらぬ‥‥

 俺が遅筆なのと、次々と新しい情報がウェブに上がるのとでちょっとした悲劇(というか行き違い)があったりする。すみませんね、俺も記事を上げたあとであの大臣会見録を読んだのですよ。で、これからブログに書こうとしている次第。
 最新情報──というか俺自身が見ているものについては、はてなブックマークを見てもらった方が早く情報を掴めます。俺が何か知ったときには必ずここに登録するようにしてるから。あとは『Copy & Copyright Diary』さんがまめにエントリーを上げてらして参考になるのと、同じ方のブックマークも捕捉が早いのでオススメ。とりあえず情報収集についてはそんな感じで。

※俺自身は上記に加え、はてなアンテナとGoogleアラートと『パテントサロン』とTwitter(主としてフォロー先の人たちってことになるが)を駆使して情報収集している。更には まめにググるってこともやるけどね。いつ仕事してんだ俺。

 この記事は以下のエントリーの続きであります──

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2008/06/post_139e.html
「朝日記事には驚かされた。」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2008/06/post_b2af.html
「俺たちの“糠喜び”になるか、文化庁の“足枷”になるか」
(エンドユーザーの見た著作権)




 まずは冒頭で話題にした甘利経済産業大臣の会見から。

http://www.meti.go.jp/speeches/data_ed/ed080617j.html
「経済産業省 会見・スピーチ 大臣記者会見」

 ブルーレイディスクへの課金が「私的録音補償金」だとの言い間違い(だろう多分)があるのだがそれはさておく(実際は「録画」の方ね)。この会見での大臣発言ってのが、私的録音・録画問題に関してかなり突っ込んだ内容になっている。アンタそこまで聞いてないよ──ってほど。
 『Copy & Copyright Diary』さん(ここ経由で当該会見録が上がったのを知った)の記事でも発言がピックアップされていたのだが、こことダブるのを承知で引用しておきたい。

Q: ダビング10の問題ですが、これは著作権団体がHDDに対しても課金すべしという主張をしていたわけですけれども、著作権料の課金の範囲については、どういった形になるのでしょうか。

A: 暫定措置としてブルーレイに課金するということにしました。これは、既に確立されているはずですが、デジタル化しますとコンテンツの持ち主、つまり送るほうで、これは何回まで、それが幾らと全部設定ができるのです。アナログだとできないのですけれども、デジタルだとできるのですから、送り手の自由自在なのです。自由自在になる環境が整うまで、実際に行為としてダビングが行われ、それを利用する対象について、当面、いわば従来のDVD以外の部分を埋めたということでありまして、これはこれで適切な措置だと思います。

Q: おっしゃった暫定的な期間というのは、今回は明示されてないのですか。

A: 特にされていませんが、私が考えるに、デジタル化でコンテンツ送信をするほうの体制が技術的にはとれるのですから、それが整ったということで新たな体制をどうするかということに入れるのではないでしょうか。

 「送り手の自由自在なのです」前後のくだりは、私的録音録画小委員会での文化庁案における「権利者側の要請に基づき著作権保護技術が採用されているもの」(DRM)を先取りするかのような発言だ(文化庁案ではこれを前提に補償金を廃止するとしている)。また、JEITAが出した補償金問題への見解の中の「補償金制度とは、本来、私的複製が際限なく行われることで権利者に重大な経済的損失が生じる場合に、それを補償しようとするものである」「デジタル技術の進展に伴い、技術的にコンテンツの利用をコントロールすることが容易になっていく中で、補償金制度の必要性は反比例的に減少する」と通底するものを感じる。
 一見はトンデモ発言をしてるようなのだが、思想としては結構 打ち合わせ済みっぽい。大臣本人の考えなのか、官僚あるいはJEITAの“入れ知恵”なのか、そのあたりは判らないが。

Q: 先ほどの幹事さんの質問の中にも、著作権団体はHDDのほうをしっかり課金すべきではないかという意見が強いのですけれども、今回の経済産業省、文部科学省の合意によって、ダビング10の早期実施にめどがついたというふうにお考えでしょうか。

A: 環境整備には資するものと思います。よく考えていただければ、ハードそのものに、例えばハードディスクに何回入れようと取り出せないわけですから、取り出した対象に対して課金されれば、それは権利者の権利が移転するという理屈になりますけれども、中に入っているものに何回できたから何回分寄こせとか、あるいはこれによって複数の人たちが恩恵に浴するからといって、取り出せないものは一人でそこでしか見ることができないわけですから、取り出して物理的に分散できるものに対して課金されるという理屈はわかりますけれども、そうでないというのは理屈の上から理解が難しいでしょう。

 注目すべき発言。「ハードディスクに何回入れようと取り出せないわけですから」云々の理屈というのはかなり踏み込んだものと言えるだろう。基本、補償金制度というのは私的複製=不利益として組立てられている。そこに“補償の必要がない態様の複製”という概念が導入されてきたのが ここ数年来の議論ということになるのだが、ハードディスク内蔵型機器からは複製が流出しない(建前上は)ことを前提にした“補償の必要性”という観点は問題提起として鋭いものがある。感覚的にはメーカーというよりもユーザーのものに近い。
 実は、テレビ放送からの録画についての補償を議論されていた時分に(当時想定されていたのはハードディスクではなく、ビデオテープのような外部物理メディアを必要とした録画)、補償必要とされていた根拠は「ライブラリー」化目的の録画であった。タイムシフトについては精査されていたとは言えないが一応視野には入れられており、“録画して取っておく人がたくさんいるもんね”ということでタイムシフト用途のものは実質無視された(もっとも外部メディアに記録する以上はアーカイヴ目的を推定されるのは致し方ないのではないかと俺個人としては思う)。
 ところがハードディスク内蔵型機器というのが出てきたために、このタイムシフト用途の録画が再びクローズアップされるようになってきた。その録画の本質というのが、まさしく大臣が上記発言で指摘された部分と言えるだろう(加えて、ハードディスクという比較的壊れやすく容量も限りあるものに記録するため、保存目的に記録するには心許ないという特徴もある)。

 大臣発言については、トラックバックをいただいた『下級役人のつぶやき』さんもツッコミを入れていらっしゃる。これはこれで一理あるな、とは思った。
 ただ上記の「取り出せない」場合の話については、たった1度しかコピーできない場合(ハードディスク)と家族の分をそれぞれコピーし得る場合(外部メディア)とで補償すべき度合いを調整して判断することはあり得るのではないか(もっとも家族の分のコピーをすることが補償するべきものなのかは別論)。少なくとも何枚もコピーを作る場合よりは“損失”は少ないと考えることはできる。

 ついでに軽くレスめいたものも書いておくと、まずタイムシフトによる「損失」について考える際に〈そもそもDVD化される放送番組が多いとは言えない(しかも放送時にあらかじめ判るものではない)〉〈仮にDVD化されても放送時と同じものとは限らない〉〈再放送がいつされるのか判るわけではない〉〈無料放送のビジネスモデルは視聴者がCMを見ることを期待して既に(スポンサーから)対価が支払われている〉等の観点も加味していただきたいところ。
 DRMを導入(DRMフリーも含む)したときの権利者の意思の推定や「契約法」上の話については私的録音録画小委の中間整理にあったはずなのでそちらも当たられたい(もう既にお読みでしたらすんません)。

 経産大臣がJEITA寄りとも見えるスタンスで発言しているのは、おそらく補償金問題への介入の経緯が影響しているのだろうと思われる。補償金問題では文化庁はとても中立的とは見えなかった。




■さて省庁間合意後の動きとしては──

 JEITAの声明が正式に上がった。

http://www.jeita.or.jp/japanese/detail.asp?pr_id=1367
「経済産業省と文部科学省による『ダビング10の早期実施に向けた環境整備』に係る
 JEITAの見解について」
(JEITA / Hot Issues)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/18/news085.html
「JEITA、権利者からの質問状に直接回答拒否 『小委員会で議論』」
(ITmedia News)

 次にいつ私的録音録画小委員会が開かれるか不透明な時に、公開質問状を送られて回答しないというJEITAの姿勢には疑問を禁じ得ない。
 特に、例の文化庁案が「補償金廃止の道筋が見えない」とするJEITAの考えに俺も同感なだけに、こういう逃げ回るような対応には憤りを感じるところだ(もっともガチでやりあう気がなくて、手のひら返しの伏線ということも考えられる)。

 権利者団体側の動きとしては、さきの声明文がJASRACサイトにも上がった。内容はCPRAでのものと同じ。
 面白いのは日本映像ソフト協会が独自に声明を上げたところ。「私的録画問題に関する当協会の基本的考え方について」とのタイトル。

http://www.jva-net.or.jp/news/news_080617.pdf
「私的録画問題に関する当協会の基本的考え方について」
(日本映像ソフト協会・PDF)

 あと椎名和夫氏がTech-On!(日経エレクトロニクス)のインタビューに答えている。6月11日のものということで、経産省・文科省の暫定合意が明らかになる前だ。個人的には、椎名氏の口調を再現しようと苦心されてる様子がなかなか興味深い(氏については小寺信良・津田大介共著『CONTENT'S FUTURE』やITmediaでの椎名氏vs小寺氏の対談を参照されたし)。
 映像ソフト協会と椎名氏の言い分には突っ込みたいところが幾つかある。この文章を書いてるだけで時間切れになりそうなのでそれは改めてということで。

http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080618/153434/
「『権利者から見ると文化庁案が最大限の妥協』
 ——CPRA 椎名和夫氏に聞くダビング10問題の真因」
(産業動向オブザーバ - Tech-On!)

 6月24日には権利者団体側の記者会見があるという話なのだが、何とかして潜り込みたいと思っているところ。ITmediaの記事だと「権利者側は何の説明も受けておらず、先週末に『合意しました』と報告を受けただけ」というコメントが出ていて、これがその通りなら省庁合意→JEITAへの公開書簡→合意発表→権利者の声明発表→JEITAの声明発表→デジコン→権利者記者会見という不自然なほどスムーズすぎる流れについての説明があるのか(はたまた記者からのツッコミが入るのか)楽しみなところではある。

 すみません。力尽きました。

Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (13) | トラックバック (1)

2008年6月18日 (水)

俺たちの“糠喜び”になるか、文化庁の“足枷”になるか

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2008/06/post_139e.html
「朝日記事には驚かされた。」
(エンドユーザーの見た著作権)

 情報が出揃ったてきたということで、エントリーを改めて行きますです。
 上のやつの続き、ね。

 俺がこの話を知ったのは朝日の記事を(確か はてブ経由で)読んだのが最初だった筈。そのあと産経の記事を知って、日経の記事を知って‥‥という順番で書いていったのが上の記事。
 そのあとこの話がバンバン出てくるようになってきて(ちょうど経産大臣と文科大臣が会見で発表したあたりから‥‥の筈)、俺も追うのがウンザリしてくるほど。だから続きの今回は主要なやつしかピックアップしない。

 あと権利者団体がJEITAに出した公開質問書の件は後回しにします。すんませんです。




■報道

 どこからやるかね。
 まず経産大臣と文科大臣が会見したのを受けて報じた読売の記事。

http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20080617-OYT1T00440.htm
「著作補償金のブルーレイ課金、経産・文科省が合意」
(YOMIURI ONLINE(読売新聞))

 権利者側のコメントは日経の記事でも取っていたのだが、読売は「日本芸能実演家団体協議会の椎名和夫常任理事」ということで実名で掲載している。「権利者の意見は反映されておらず、勝手に決められたという印象を受ける。これではコピー制限緩和は受け入れられない」、とまぁ予想通りの内容。

http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080617/153362/
「Blu-ray Discレコーダーを録画補償金の対象に,
 ダビング10問題の打開に向け経産省と文化庁が合意」
(産業動向オブザーバ - Tech-On!)

 日経エレクトロニクス(サイトは『Tech-On!』)の記事でも椎名氏のコメントが取られている。「今回の措置がデジタル放送に着目したものか明らかでなく,今後,補償金制度の枠組みがどうなるか明確でない。本来,Blu-ray Discレコーダーはとうの昔に録画補償金の対象になってしかるべき機器」──あと記事の地の文として「今回の決定がダビング10実施に直接つながる可能性を否定する見解」とされている。
 この記事ではさらにJEITA(広報)からもコメントを取っている。「関係省庁間の調整に感謝する。引き続きダビング10の早期実施に向け努力したい」。えらく憎らしく思えるのは俺だけか。
 あと、これが重要なのだが、文化庁の著作権課からもコメントが取ってある。「ダビング10実施のための環境作りの一環として現行法の枠内で行った。私的録音録画補償金制度の抜本的な改正については,(文化審議会傘下の)『私的録音録画小委員会(録録小委)』で引き続き議論する」とのこと。

 報道が最初に出た時にはハードディスク内蔵型への課金が見送られたとの方向性で報じられた。そのためネット界隈が色めき立ったのであるが、いくらなんでも文化庁がiPodへの補償金を諦めるところまで譲歩するとは考えにくかった。

 「ダビング10」と補償金の議論を切り離すために、まずブルーレイへの課金を決定して情報通信審議会がゴーサインを出す。HDD内蔵型については私的録音録画小委で検討を続ける──なんてシナリオもありそうだな。「現時点では見送る」との書きぶりではそう読むことも可能なようだ(「当面見送る」じゃないもんな‥‥)。

 ──なんてことを朝日の記事の段階で書いた俺なんだけど、この慎重姿勢で間違ってなかったみたい。結局、私的録音録画小委員会での話し合いは続き、あのクソみたいな文化庁案を叩き続けないとならないわけだ(まぁお下品な私)。




■権利者団体のカウンター

 「デジタル私的録画問題に関する権利者会議」──要するに補償金問題に首を突っ込んでいる著作権者・著作隣接権者の団体だが、今回の省庁間合意に対して声明を発表した。

http://www.cpra.jp/web/news/news_080617_3.html
「『ブルーレイディスクを現行補償金制度の対象と
  することについて』への声明文発表」
(CPRA 実演家著作隣接権センター)

http://www.cpra.jp/web/news/080617_3/bluelay.pdf
「ブルーレイディスクを現行補償金制度の対象とすることについて」
(デジタル私的録画問題に関する権利者会議28団体
 社団法人日本芸能実演家団体協議会加盟61団体(賛同団体))

 まったくの余談になるが、前のJEITAへの公開質問状がJASRACのサイトで、今回の声明文がCPRAサイトというのは何とかならんのだろうか。確かこの権利者会議は『Culture First』サイトも持ってた筈だが、この種のアピールは一箇所にまとめないと正直 見逃すおそれがある。まぁ俺が文句を付ける筋合いのものではないけれど‥‥せめて相互にリンクするとかそういうのはしてほしいよなぁ。

 さて。肝心の声明文の方なのであるが、恨み辛みが書かれていてなかなか面白い。主張の方向性としては、当然あの暫定合意を拒否することになるのは予想済みだ。いや俺から見てもあの暫定合意は無い。決定の場から権利者を外して一方的に決めたようなものだ。あの暫定合意で妥協したのは誰か。少なくとも、総務省でも経産省でもない。

 その一方で、首をひねりたくなる部分もある。

・ ブルーレイレイディスクの指定がデジタル放送に
  着目したものであるか明確でないこと。
・ 既に文化庁が提案している補償金制度の枠組みに関する
  今後の取り扱いが明確でないこと。
との2点から、どれだけの意味を持つものかについて現時点では判断ができません。

 かつ、両大臣は、情報通信審議会で議論されているダビング10の問題にも触れておられますが、以上を考えた場合、現行法でのブルーレイディスクの指定が「権利者への適正な対価の還元」に当たるかどうかについては、はなはだ疑問であり、今回の両大臣のコメントには、戸惑いと失望を感じざるを得ないというのが正直なところです。

 たとえば、ダビング10の開始を前提にブルーレイへ課金するという話をしているのだから、「ブルーレイレイディスクの指定がデジタル放送に着目したものであるか明確でない」というのはおかしい。しかも地上アナログの放送をわざわざブルーレイへ記録する人がどれだけいるのかを考えれば、「ためにする議論」ではないかと思わざるを得ない。
 「既に文化庁が提案している補償金制度の枠組みに関する今後の取り扱いが明確でない」というのは確かにそう。しかしそれは権利者側にむしろ有利なことなのではないか? ここでもし私的録音録画小委員会での議論とリンクされてハードディスク内蔵型には課金しないよ!──などという合意をされてしまっては却って困るではないか。これもまた、拒否をアピールするための論立てのように見えてしまう。

 また、これが致命的なんじゃないかと思ったりする部分が、「現行法でのブルーレイディスクの指定が『権利者への適正な対価の還元』に当たるかどうかについては、はなはだ疑問であり」とするところ。いやいや、現状において「権利者への適正な対価の還元」を行ない得るのは私的録音録画補償金の他には無いって言ってなかったけ、権利者の面々は!? ブルーレイディスクへの課金が「権利者への適正な対価の還元」に当たらない(「はなはだ疑問」)だとするのなら、ブルーレイには課金しなくても良いということなのか。

 いや。あの暫定合意に対して権利者側が言いたいことは解る(解ってるつもりになってるだけ。笑)。
 要するに、ハードディスク内蔵型が合意から外されているのが許せないのだ。ブルーレイへの課金だけでは足りないと言っているのだ。その程度では「権利者への適正な対価の還元」には当たらないのだと。
 ならば、何故そう言わない。どうもこの声明文では主張が遠回しに過ぎる。

 確かに政治決着という形で経産大臣・文科大臣をも巻き込んだものとなってしまった以上、そう簡単に腐すわけにもいくまい。声明冒頭の「省庁間の垣根を越えてこのような努力が行われたことについて、まず権利者として関係各位に心よりの謝意を表したいと考えています」という一文のなんと痛々しいことか。こう言うしかなかったのだ。
 声明の終盤ではきっちり締めてはいる。「権利者としてはこの合意を以って、ダビング10の実施期日の確定ができるものとは考えておりません」「この合意がダビング10の議論を前進させるものでもないと考えております」。これが本音だろう。

 俺自身は、今回の流れについてはかなり権利者に同情的である。いやハードディスク内蔵型に課金するってのは今でも反対だけどね! しかしこのような不透明なプロセスで“トップダウン”(実態は知るべくもないが)に結論が出されたこと、それにおいて極めて政治的な線の引き方をされていることなどを見ると、決して歓迎すべき事態ではない。
 たまたま今回は、ユーザーにとって“最悪の決着”はまぬがれている(権利者にとっては最悪だろうけどね)。しかしそれはたまたまであって、どこがどう転んでいたら「ハードディスク内蔵型も課金!」なんてことになっていたか判らない。それは決して論理的な議論の末の結果ではない、妥協的に線が引かれた上での話でしかないのだ。
 そうやって考えると、俺自身もこんな暫定合意を歓迎する気にはならない。




■今後はどうなるのか?

 ──俺にはまだ見えない。
 とにかく、ITmediaの記事によれば6月24日に権利者団体側で記者会見を開くそうだ(もし中の人がこれを読んでたら案内頂戴。絶対に行くから)。ちなみに6月23日には情報通信審議会の情報通信政策部会#30が、6月27日には情報通信審議会総会#19が予定されている。ということは、おそらく今週中にはデジコン検討委が開かれるだろう。ダビング10関連ではそうした流れのなかで権利者団体の記者会見がセッティングされていることになる。
 情報通信政策部会でほぼ先が見える状態になるのだろうし、これを受けた形で権利者の主張がアピールされるのだろうと思う。その内容がどうなるのか‥‥それはデジコンと部会の流れによるだろうから何も言えない。

 また、今月の下旬に文化審議会著作権分科会の私的録音録画小委員会が予定されている筈だが、いまだに開催案内が一般に出ておらず傍聴受付も始まっていない。前回もギリギリまで開催案内・傍聴案内が出ず、結局そのまま流れてしまったという経緯がある。それを考えると、傍聴受付にも一定期間必要なだけに案内が遅れているのは不吉に思えなくもない。

 俺自身は文化庁案には全力で反対する考えである。「補償金縮小の道筋が見えない」とするJEITAの主張を、この部分についてのみ支持する。俺もそう考えている。
 その一方で、今回 経産省という存在が露骨に入り込んできた(今までもその介入は示唆されてきたところではあるが──たとえば権利者団体の記者会見等々)ことで、権利者とメーカーとの間の対立がより激化するおそれを抱いている。
 “俺史観”からすれば、状況をここまで悪化させたのは文化庁以外の何者でもないと考えているのであるが(そのきっかけ──文化庁の「叩き台」については俺がまだブログを更新していた時期のことだけあって相当書き込んである筈だ)、いま出ている「20xx年」の補償金廃止やらDRM前提やらCD・無料デジタル放送への補償金存置やら、議論のネタとして出されている案すら悪い方向にしか作用していないと考えている。
 そのうえ議論になりようもない要素がさらに増えたとしたら?

 今後 私的録音録画小委でも継続して議論は続けられるらしいが、はたしてそれは経産省の影響から離れたところで行なえるだろうか? あるいはJEITAが暫定合意を前面に押し出して膠着状態を引き起こしたりしないのか。
 よっぽど「ちゃぶ台」をひっくり返した方がすんなり議論できるんじゃないの?と思わなくもない。




■ここで決定版

 俺が文章書いてる間にこんな記事が出てたよ。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/17/news117.html
「Blu-rayに補償金の『なぜ』 『ダビング10』『iPod課金』はどうなる」
(ITmedia News)

 一体型だから著作権法を改正しないとならないってのは文化庁が勝手に持ってきた解釈で、最初の法制小委での議論で委員の側から指摘されたものではないんだよねぇ。どちらかと言うと、iPodへの課金を見送るための方便という風にも見えた。その気になれば政令指定だけで課金は可能だと思うよ(むしろ著作権法施行令の中でどう文章を書いて規定するかの方が問題)。
 たとえば音楽を録音するのに使われているからといって政令指定しなければならないわけではない(iPodがこれまで指定されてこなかったように)。つまり理論上は、一体型でも機器だけに課金して記録媒体に課金しないことも可能ではないのかという(あるいは逆)。
 この話は文化庁の自縄自縛といった感じがしてならない。

 記事の中で権利者側にコメントを取ってあるのと、今後のスケジュールをまとめてある丁寧さに拍手。読む価値あります。
 でも一番いいのは、権利者のうちの誰かがブログか何かやって頻繁に生の声をネットに載せることだと思うけどね!(以前は「著作権課長がブログやれ!」って言ってたけど、そっちはもうどうでもいいや。)

Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年6月17日 (火)

朝日記事には驚かされた。

 裏事情に通じてるわけではない俺にとっては判断に困るんだが。

http://www.asahi.com/digital/av/TKY200806160327.html
「ブルーレイにも著作権料を課金へ 文科省と経産省が合意
  - デジタル機器 - デジタル」
(asahi.com(朝日新聞社))

 正直言って、この種の“新聞辞令”には辟易してしまうところもある。しかしよく情報を掴んだもんだなぁ(さすがプロの記者だ)と感心すると同時に、この内容が本当なのかと疑いの目で見てしまうのも事実。
 実は驚愕の内容よ、これ。さらりと書かれているけれども。

 「文部科学省と経済産業省は16日、テレビ番組を録画するブルーレイ録画機とブルーレイディスクに、著作権料の一種である補償金を課すことで大筋合意した。ハードディスク駆動装置(HDD)への課金は現時点では見送る。17日にも発表される」とあるけれども、ここだけでも目を剥きたくなる。ブルーレイの機器とメディアに課金されるのは解る。文化庁案でもその線だった。
 問題はここ。「ハードディスク駆動装置(HDD)への課金は現時点では見送る」? 本当なのかこれ。権利者にとってはここが本丸だろう。そこを妥協する形で文化庁が合意に至るなんてことはあり得るのか。ましてどういう理屈で?
 そして「17日にも発表される」と。今日はずっとPCの前にいないとダメか。

 「最近の録画機やiPodなどの携帯音楽プレーヤーの多くはHDD内蔵型。‥‥事態打開のため、著作権団体を所管する文科省と、メーカー側のまとめ役の経産省は水面下で協議を重ね、ブルーレイ課金で折り合った。‥‥デジタル放送を所管する総務省の情報通信審議会は、こうした情勢をにらみつつ、ダビング10の解禁を検討する」。
 「ダビング10」と補償金の議論を切り離すために、まずブルーレイへの課金を決定して情報通信審議会がゴーサインを出す。HDD内蔵型については私的録音録画小委で検討を続ける──なんてシナリオもありそうだな。「現時点では見送る」との書きぶりではそう読むことも可能なようだ(「当面見送る」じゃないもんな‥‥)。

 いずれにせよ、続報ないし正式発表が無いことには判断できん。
 権利者団体の質問状に対するツッコミを用意してる間にこんなことになって、俺も戸惑ってるよ。とりあえずは速報的に記事を上げた。続報があれば追記する形をとりたい。




■産経でも記事が載った

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/080617/biz0806171054003-n1.htm
「ブルーレイに著作権者への補償金 文科省と経産省が合意」
(MSN産経ニュース)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/17/news050.html
「Blu-rayに録画補償金 文科省と経産省が「暫定的」合意 iPod課金は見送り」
(ITmedia News)
※産経の記事と同内容

 閣議決定のあとで、文科大臣が会見で明らかにしたらしい。
 産経でも「iPodなどハードディスク内蔵型の機器への課金は見送った」としているな。ただ気になるのは、「渡海文科相によると、今回の合意は8月に行われる北京オリンピックに向けた暫定的なものだとしている」という点。
 言ってみれば「ダビング10」を人質に取られた権利者側(このニュアンスを楽しんでください)が「暫定的」にとはいえ妥協を強いられた図。ここで益々意固地になったりしないのかと心配になる。JEITAの“籠城戦”が奏功したのか否か。

 大臣会見の内容をもう少し知りたいね。
 これがどうなっていくのか今後も見守りたい。
 ──私的録音録画小委までは日数が結構あった筈なんだよなぁ。

 ところで省令を改定するのにパブコメに付さないのかな?




■荒れる予感

 日経でも記事が出ていたらしい。

http://www.nikkei.co.jp/news/main/20080617AT1G1700M17062008.html
「ブルーレイも著作権の課金対象に 文科・経産が折衷案」
(NIKKEI NET(日経ネット))

 これも大臣の会見を受けてのもの。
 権利者側のコメントを取ってあるところに注目。「権利者団体の一部は『問題解決にはならない』(実演家著作隣接権センター)と今回の案も拒否する姿勢を示しており、先行きは不透明だ」。おそらく椎名和夫氏のコメントだろうな‥‥。

 いや、俺、この省庁間合意については まんまでは受け取ってない。権利者がかなりコケにされてるように感じるからね。裏で“密約”でも無いかぎり、権利者側は呑めないだろう‥‥こんな不透明なやりかたで決められるのでは。

Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (1)

ユーザー不在の応酬、どっちもどっち、手前に都合の良いところばかりの主張

 正直な話、JEITAと権利者側の双方に思ったりはする。ましてここにユーザーが入ってきたりすると益々入り乱れるというか。いや俺が掻き乱してるのか(笑)。

 久々(半年以上の御無沙汰!)の更新で、完全に文体を変えて書く羽目に陥っておりますが、このまま行きますよ。

 ──今回のネタ。

http://www.jasrac.or.jp/release/08/06_3.html
「JEITA(電子情報技術産業協会)に公開質問状を再度送付」
(JASRAC)

http://www.jasrac.or.jp/release/08/pdf/06_01.pdf
「2008年6月16日付公開質問状」(PDF)

 6月16日付で権利者側からJEITAヘ送られたという公開質問状について、俺が感じたことを正直に書いていこう。つまりツッコミを入れていく。

 まずは軽くジャブから。
 冒頭で「2007年11月9日付で貴協会宛に公開質問状をお送りしましたが、いまだにご回答を頂戴しておりません」とある。これに疑問を感じた。仮にJEITAからの回答が無かったとしてだ、この半年間、権利者側としては何も督促してこなかったのか、と。何をやってたんだろう‥‥記者会見とか記者会見とか記者会見とか?
 その一方で、直近の記者会見(5月29日にあった──たまたま俺がそれに行ってただけなんだけど)で配布された資料にはこんな箇所があったんだな。

2007年
 11月9日 権利者87団体からJEITA会長宛に公開質問状を送付(記者会見第2弾)
 11月28日 文化庁 平成19年第14回私的録音録画小委員会 開催。
       JEITA委員より関連する発言なし。
 12月7日 JEITA担当者がニュース・サイトのインタビューに
      答えて、公開質問状には回答する気がないことを言明。
 12月12日 権利者87団体は、JEITA会長より公開質問状に関する書簡を受領。

 一応、当該資料の画像も上げておく(画像1画像2)。
 確かに資料の中で「回答書を受け取った」とは書いていない。しかし「公開質問状に関する書簡を受領」したとはある。記者会見の中でも、そうしたJEITA会長の対応について謝意を表明する場面があった‥‥権利者側がね。
 となると、今ここに至って「いまだにご回答を頂戴しておりません」というのはフェアなやりかたなのだろうか。この半年間 回答を求めてきていたのか(ダビング10をめぐるJEITAの見解を問うことは続けてきていたけれど)、それは「書簡」で一応の対応が済んだものとみなされて仕方なかったりはしないのだろうか。
 あるいは、JEITAの会長が替わったから改めて見解を問うとか? それなら「いまだにご回答を頂戴しておりません」だなんて嫌味を書く必要は無いよね。

 ──久々のエントリーはこんな感じで以下、続きます。




■また「誤解」か

 公開質問状の1ページ目から。

 そうした中で貴協会は、これまでの長年に亘る文化審議会私的録音録画小委員会における議論の経緯を無視するような見解を2008年5月30日付で公表されました。このことについ て、私どもは大きな驚きとともに非常に強い憤りを感じております。貴協会の見解は、著作権法の趣旨を曲解した独善的な意見であり、国民に誤解を与えるものと言わざるを得ません。

 まず5月30日のJEITA見解にいたる流れを見ると、昨年12月18日の私的録音録画小委#15で「20xx年」の補償金廃止(ただしDRM前提)が打ち出され、それに沿った文化庁案今年1月17日の私的録音録画小委#16に提示された。補償金廃止を目の前にチラつかされた手前、ここまではJEITA側もおとなしくしていた印象がある。しかし5月8日の私的録音録画小委#2文化庁案の解説と「具体的制度設計」案が出てきたことから様子が一変、JEITAが「補償金廃止への道筋が見えない」として態度を硬化させた(この背景には私的録音録画小委のJEITA委員が交代したことも関係するとの話もある‥‥確かに強い反対意見を述べたのは新しく加わった委員のよう)。
 JEITA内部でもいろいろ事情があるらしいけど、いずれにせよ5月に入ってからJEITAが態度を硬化させる理由になるものは存在する。5月8日の文化庁案ってのが酷い内容で、「これまでの長年に亘る‥‥議論の経緯を無視する」なんてことを権利者側は書いているが、この長年の議論で無視され続けてきたユーザー(委員発言ですら!)の声やメーカー側の提示した疑問点に正面から取り組まず、さも議論を積み重ねてきたかのように述べるのは一方的に過ぎる。そりゃ権利者にとっては有利な文化庁案なんだから、呑みやすいだろうさ(権利者の意図しだいで補償金制度を延命させられる内容)。
 結果的に、汎用機器・記録媒体への課金や支払義務者の変更など、権利者の要望が通らなかった部分もあるのだが これらは“相手にされなかっただけ”と見ることもできる。もともと要望が通る可能性の少なかった部分だ(文化庁の側で前例を重んじるような態度があるのなら尚更)。

 公開質問状の中で「貴協会の見解は、著作権法の趣旨を曲解した独善的な意見であり、国民に誤解を与えるもの」と権利者はJEITAを非難しているが、はたしてそれは正しい認識か。
 たとえば権利者側の見解は「著作権法の趣旨を曲解」してはいないか、「独善的な意見」を主張してはいないか。いやそもそも国民はJEITAの見解に「誤解」させられているのか? 権利者の公開質問状の中を見ていくと、どうも怪しくなってくる。
 そもそも。俺は「誤解」との言葉が軽々しく使われている時点で眉にツバ付けて聞く体勢をとる。これは官僚とか権利者団体とかがよく使う言葉だからだ。それも、ある事柄に疑問が呈された時に必ずと言ってもいいほど出てくる。




■ユーザーのことを考えちゃいない

 公開質問状の前置きとして、質問文(これ自体は昨年11月9日にJEITAへ送られたもの)の前に権利者側の見解が書かれている。この内容をひとことで言えば、権利者は〈いかにして私的複製のすべてから補償金を取ろう〉としているかの“論理付け”に腐心している。その後のページにも、そうした姿勢がありありと出てきている。
 著作権法30条の立法趣旨として加戸・逐条講義を引きながら「閉鎖的な範囲内の零細な利用を認めること」を説明するのは良いけれど、「個人の零細な利用も、国民の総体としてみれば、相当の量及び質となる実態があったことから、1991年12月、著作権審議会第10小委員会は補償金制度を導入することを決定しました」と簡単に繋いでしまっている。いや立法時の考え方を示す事実としては確かにそれで正しいのだけど、この「国民の総体としてみれば」云々がその後の補償金をめぐる議論をこじらせる結果になってしまってるのだから、JEITAを批判する根拠にはなるまい? そもそもJEITAはそれがおかしい、って言ってるのだ。

 「総体としてみれば」などというロジックが許されるのなら、何だって言える。下手をすると補償が必要とされる私的録音・録画に使わない機器・記録媒体にまで課金することを正当化できかねない(さすがに現行制度はそこまで露骨な真似をしてはいないけれど、一応は)。
 また、こうした禍根を残すロジックを捻り出した第10小委員会での議論ってのは、タイムシフトやプレイスシフトについての補償との関係性を議論するのを避けてしまった上でのものだった。時間のある方は第10小委員会の報告書を読んでみることをオススメする。どれだけ脆弱なロジックの上で現行の補償金制度が成立してしまっているのか判る。
 タイムシフト・プレイスシフトについて言えば、「国民の総体」を考えたってゼロに延々と数字を掛けるようなものでゼロだろう。ようやくタイムシフト・プレイスシフトを考えようとしていた私的録音録画小委員会ですら、これを「ゼロ」と言わないように苦労してたのだけれども(リンク先は中間整理の当該部分)。
 しかしこうした態度こそ、今の補償金制度が国民に理解されない一因ではないのかと俺は考えている。ユーザーの感覚との乖離が激しすぎるだろと。

 しかも公開質問状では──

 さらに、昨今の私的録音録画の実態は、コピー技術の高度化、記録媒体の大容量化により、補償金制度導入時の状況から比べれば、はるかに拡大していることに疑問の余地はありません。

 とまで言い切ってしまっている。権利者側の主張(ポジショントーク)だからこれもアリだろうけれども。

 タイムシフト・プレイスシフトのことが少しでも頭に残っているなら、こうした主張には抵抗感が生じるところだろう。普通は。コピー技術が高度化しようが、記録媒体が大容量化しようが、タイムシフト・プレイスシフトの権利者への影響としては全く関係ない(余談だけど、記録媒体が大容量化しても、コピーが無圧縮で行なわれるようになるだけでコピーされる著作物の数が激増するわけじゃないのではないかと思ったりする。たとえば音楽では現状MP3とかAACが多く使われてるだろうけど、既に無圧縮とかロスレスで聞いてる人もいるんじゃないのかという‥‥まして一人の人間が楽しめる著作物の数なんてのはたかが知れていて、大容量の記録媒体を持っていても全部が埋まるという話にはなかなかならなくなると考えられる)。
 ここで権利者とJEITA(あるいはユーザー)との議論が噛み合わない最大の理由って、互いが自分に都合の良いところしか言わないところにあると思う。前者はたとえば他人から借りたものとかレンタルとか、そういうものからのコピーを前提にして「経済的損失」を説明する。一方JEITAやユーザーってのはタイムシフト・プレイスシフトを前面に出して経済的損失が無いことを説明する(俺も、ここまでの文章を見てもらうと判るとおり こちら側の人間)。しかし私的録音・録画の実態というのはそれらのどちらかではなくて、両方存在するものだったりする。
 俺としては、双方の言い分というのが(互いの前提においては)ある程度の妥当性をもっていると考えていて、そこを切り分けることで議論を決着させる余地があるんじゃないのとずっと考えてきていた。だれも相手にしないがね(笑)。

 要は、権利者が「タイムシフト・プレイスシフトに使われる蓋然性が高いのなら補償金を返しますよ」と言えば済むことじゃないの、と。もちろんそれだけで納得性が得られるとは思わないけど(たとえば分配についての情報公開とかも必要)、かなりマシになるんじゃないか。




■補償金が私的複製の自由を保障し、著作権保護技術が私的複製を制限してこなかったかのような大嘘

 たぶん今回の公開質問状でユーザーからの反発が強いのは2ページの「著作権保護技術」のくだりなんじゃないかと思う。明らかにユーザーの経験に反した内容だからだ。このあたりでは何度も酷い目に遭ってきたからね、俺たち。

 ちなみに「著作権保護技術」というのは、私的録音録画小委員会(つまり補償金問題を議論している場)においては「何らかの方法により複製が実質的に制限される技術」と定義されている。いわゆる「DRM」と同義だと考えて良いのかな、電子透かしを「著作権保護技術」に入れる(「複製が実質的に制限される」)と考えるのが妥当なのかとか考えてしまうけれど。
 一方で、著作権法では「技術的保護手段」というのが定められていて、これを(意図的に)回避して行なう複製は私的複製とはならないということになっている。しかし「技術的保護手段」というのは著作権法第二条二十号に規定された(比較的狭い)範囲についてしか言えない。



技術的保護手段 電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法(次号において「電磁的方法」という。)により、第十七条第一項に規定する著作者人格権若しくは著作権又は第八十九条第一項に規定する実演家人格権若しくは同条第六項に規定する著作隣接権(以下この号において「著作権等」という。)を侵害する行為の防止又は抑止(著作権等を侵害する行為の結果に著しい障害を生じさせることによる当該行為の抑止をいう。第三十条第一項第二号において同じ。)をする手段(著作権等を有する者の意思に基づくことなく用いられているものを除く。)であつて、著作物、実演、レコード、放送又は有線放送(次号において「著作物等」という。)の利用(著作者又は実演家の同意を得ないで行つたとしたならば著作者人格権又は実演家人格権の侵害となるべき行為を含む。)に際しこれに用いられる機器が特定の反応をする信号を著作物、実演、レコード又は放送若しくは有線放送に係る音若しくは影像とともに記録媒体に記録し、又は送信する方式によるものをいう。

 ──解りにくいっすね!
 これは当時のコピーコントロール技術、たとえばビデオテープにおけるマクロビジョンなどが念頭に置かれて規定されたものらしい。上記の規定のポイントは「電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法」であること、著作者人格権・著作権・著作隣接権を「侵害する行為の防止又は抑止‥‥をする手段」であること、「機器が特定の反応をする信号を‥‥音若しくは映像とともに記録媒体に記録し、又は送信する方式によるもの」であること。これらを満たさなければ「技術的保護手段」とは著作権法上 認識されないため、意外とこれに相当しない著作権保護技術は存在する(有名なところではDVDビデオのCSSとか)。
 具体的には、2005年での法制問題小委員会での議論を見るといい(文化審議会著作権分科会法制問題小委員会審議の経過)。たとえば「現行著作権法では,著作物の複製を技術的に防ぐ手段(コピーコントロール)は,『技術的保護手段』として保護の対象としているが,暗号化等により著作物の視聴等を制限する手段(アクセスコントロール)は,視聴行為そのものが著作権法における権利の対象ではないため,『技術的保護手段』の対象外であると解されている」。私的録音録画小委員会での議論も同様の前提に基づいて行なわれている。
 補償金問題での「著作権保護技術」の話は、著作権法上の「技術的保護手段」よりは広い概念と捉えられていることに注意が必要だ。つまるところ、「技術的保護手段」を回避した家庭内複製は30条の外なのだけど、「著作権保護技術」の場合は私的複製になる場面もあるわけだ。

 さて、長い前置きだったが本題に戻る。
 公開質問状では「著作権保護技術」を「ユーザーの複製行為が私的録音録画の範囲を超えないよう、ふたをかぶせるだけ」としている。しかし これは明らかに事実と違う。「コピーコントロールCD」やコピーワンスなどの例を出すまでもなく、私的複製を妨害する形でしばしば「著作権保護技術」が導入されてきたからだ。
 しかも忘れてはいけないのが、この「著作権保護技術」の導入が私的録音録画補償金制度のもとで行なわれてきたという事実。つまるところ私的録音録画補償金は「ユーザーの私的録音録画の自由を維持」することには全く役立っていなかったのだ(権利者側はそうした信義にもとることをやり続けてきた)。

 CDと無料放送については、権利者の側からも反論が出せそうではある。たとえばCDの場合は実質コピーフリーだし、パソコンには補償金が掛かってないじゃないか。無料放送にしても、「コピーワンス」は放送局とメーカーが勝手に決めただけで権利者が頼んだわけではない。
 ──しかし、CDのコピーについては権利者自身が「違法コピー」と喧伝したこと(これ自体30条をないがしろにしてはいないか)、そして実際に「コピーコントロールCD」を導入してそれを妨害しようとしたことが反論の説得力を弱めることになるだろう。おとなしく、「せめてCDをコピーする時は音楽用CD-Rを使ってね(にこにこ)」とか言ってれば多少は理解してもらえたかも知れないってのに(しかも多少の補償金は入ってくる)。 無料放送についても、ユーザーの側に立った意見を言ってくれていたわけでもなく、堂々と補償金を受け取っていたわけだから今さら「自分たちの意思じゃない」と言ってもねぇというところがある。

 ともあれ、権利者側が公開質問状の1ページから2ページで主張してる内容が「客観的事実」なのか否かについては甚だ疑問があるとしか言いようがない。

(つづきます)

Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月26日 (月)

ダウンロード違法化・ iPod 税パブコメ:提出意見

 11月15日 〆切だった私的録音録画小委員会中間整理に関するパブリックコメント募集ですが、私も時間ギリギリまで かかりながら意見を提出しました。今回は募集期間が比較的長かったのと、 MIAU がパブコメ提出の呼びかけを行なったことから、〆切前から様々なブログさんで提出報告が相次ぎました。
 周辺状況については正直 追い切れていません。幾つか目に付いたブログさんについてはピックアップしてみたいとの欲はありますが、ここでは後回しにしておきます。何せ、私自身の意見も相当の分量だったりするわけでして。

 そんなわけで、ここでは私の提出意見をそのまま載せます。誤字・脱字もそのままです(苦笑)。そのうち別稿で解説というかフォローをしておきたいと思いますが、とにかくここでは“生”のまま並べておきます。




【P.97〜98】

第7章第1節「私的録音録画問題の検討にあたっての基本的視点について」

 私的録音録画補償金制度を検討するにあたり、過去の議論をどう踏まえていくかという中間整理でのまとめかたには問題があると言わざるを得ない。ここでは補償金制度創設時の議論を無批判に踏襲する様が見受けられるが、現在 補償金制度にまつわる混乱が見られるのは まさしく創設時の議論が不足していたが故であり、この議論をも積極的に見直し是々非々で評価しなおしていく必要がある。
 すなわち、この項目については再度 検討を要するものと考える。

 現行補償金制度が創設される前の著作権審議会における議論をどう評価するかという問題は非常に大きなものとして挙げられる。
 まず、時間だけは掛かっていたものの、その論理的成果は極めて乏しく充分な議論を尽くしていたとは言い難いところがある。今も踏襲すべき内容かは慎重にかつ冷静に判断すべきところであり、たとえば創設前からMDへのプレイシフト(CDに収録された音楽をMDウォークマンで聴くために私的録音する)が大部分存在していたにもかかわらず、議論に反映された形跡が全くない。加えて、補償金問題で特にレンタルCDからの私的録音がその根拠とされていたところであるが、貸与権使用料との関係について国会審議にまで遡った議論はなされていなかった(これは未だに為されていない)。
 私的録画ではタイムシフトの扱いが重要となる(米国においては私的録画がタイムシフティング用途であるとして補償金課金の対象外とされている)にもかかわらず、報告書で軽く触れられたのみである。私的録画補償金を課すべきとの根拠に乏しい。
 この議論においてメーカー側から、なぜ補償金制度が必要なのかという「そもそも論」を検討するよう幾度となく提示されていたいもかかわらず、結局そこを手つかずのままで妥協の産物として補償金制度が創設されている(そして「そもそも論」は現在の私的録音録画小委員会ですら検討されていなかった)。このような有様で無批判に踏襲すべき内容の議論であったかは甚だ疑問と言わざるを得ない。
 私的録音録画補償金が妥協の産物以外の何物でもない最大の特徴として、アナログコピーには課金せずにデジタルコピーのみを対象としている点がある。音質云々が一応の理由として挙げられているが、複製の前後で質の劣化が伴うのはデジタルコピーにおいても同様である(とくに圧縮技術の採用等)。これがアナログコピーを不問とする理由として認められるのなら、大きく劣化したデジタルコピーについても私的録音録画補償金の対象外とするような制度改正も認められるべきであろう。

 補償金制度創設時の議論に加え、 2005年度の 著作権分科会(法制問題小委員会)での検討結果をどう踏まえるのかという視点も必要である。補償金創設時の議論を踏襲するのなら、こちらも同様に踏襲されるべきであるからだ。
 たとえば、 2005年度 当時から状況に変化が無いとするのなら、この時の結論を踏襲すべきと考える。また、 2005年度とは 異なる結論を今回の私的録音録画小委員会が出すというのなら、その根拠として充分なものが示されることが必要である。しかしながら本中間整理の内容では充分だとは全く言えない。
 「二重取り」の解消を目的として適法配信からの私的複製を30条対象から除外する旨の提案が為されているが、これは「二重取り」の解消とは全く繋がらない。むしろ適法配信で入手したものからの私的複製の法的位置づけを著しく不安定にするものである(配信事業者の契約によって定められる私的複製はPC・ CD-R ・携帯音楽プレーヤー等への一次的な複製のみであり、 CD-R を介した複製──いわゆる孫コピーにまで明示的に許諾を与えるものではない)。音源のファイル形式等の問題があって(著作物のデータ形式の)変換を余儀なくされる一般的ユーザー環境を考えれば、こうした複製の法的位置付けが配信契約の内容に左右されることはユーザーの立場を不安定にすることと同じである。容認できるものではない。
 違法複製物や違法配信からの私的複製を30条の外に設定することについても、その実効性や「違法」かどうかの判断が結局 司法に委ねられるという性質から、安易な法改定を肯定する根拠には欠けるものと考える。 2005年 の審議で出された結論は私的録音録画補償金自体の「根本的」見直しであって私的複製条項の縮小ではない(敢えて言うのなら私的複製の範囲の確定であって変更ではない)。複製が著作物使用そのものと同義であるデジタル時代(の複製機器やインターネット)の特性を把握しないまま30条縮小を行なうことは、その実効性や副作用の面から行っても危険極まりないものと言わざるを得ない。
 さらには、ここで指摘された補償金制度の周知不足の件をきちんと検討されていたようには窺えない。単に補償金管理団体へ周知義務を課すだけとしており、具体的提案が示されていないばかりか、権利者団体側の委員からは経費の問題をもって周知に消極的な発言すら飛び出す有様である。実際問題として、公式サイトでの説明文掲載や共通目的事業以外には継続した周知広報が実施されておらず、時折思い出したかのように広告を打つだけ(それも首都圏のみを対象とするような)なのが現状である。もっと具体的に何をしていくべきか議論する必要があろう。
 ハードディスク内蔵型録音機器等や汎用機器等への課金についても、それを決めるにたる根拠が示されないまま課金相当との結論を出すことには反対である。結論を出すためには、上記著作権分科会(法制問題小委員会)での指摘をきちんとクリアする必要があり、かつ私的録音録画補償金を課すことが相当であると認めるに足る私的録音・録画態様に限定して課金する方策を提案していくべきである。
 すなわち、私的録音録画小委員会の中間整理は、まだ結論を出すべき時期には至っていないことが示されているものと考えられる。このような状態で結論を出すことは今まで以上の禍根を残すこととなり、ひいては著作権制度自体の崩壊をも招くことになりかねない。
【P.99】

第7章第1節3「私的録音録画問題を巡る時代の変化等にあわせて、次のような基本的視点を踏まえる」


 「利用者のニーズを尊重し、円滑な利用が妨げられることのないよう配慮」することを示していること自体(この文自体)には意義があるものと考えられるが、しかし中間整理全体のトーンを考えると、不当な30条縮小と私的録音録画補償金の存続(そして改悪)を提案する中での“エクスキューズ”としてこの甘言が用いられているに過ぎないとの疑念を抱かざるを得ない。
 もしこの理想を本当に私的録音録画小委員会が打ち出すのであれば、「利用者のニーズ」そして「円滑な利用」を現実のものとするために具体的な提案をしていくべきである。その際には、ユーザーの意見を実際に取り入れることも考えねばならない。

 論点として考えられるのは、まず「利用者のニーズ」「円滑な利用」と「著作権保護技術」が両立するかということである。音楽配信における DRM、 地上デジタル放送における「コピーワンス」あるいは「ダビング10」、CDにおける 「コピーコントロールCD」、 DVD における「CSS」 等、ユーザーが本当に受け入れているのか定かでない仕様の「著作権保護技術」が市場に多く存在しているところである。
 この問題意識を裏打ちするのが、充分な対価を支払って入手した著作物がユーザーが「公正」に扱うことについて(つまりプレイスシフト・メディアシフト・タイムシフト等)「補償金」なるものを支払わせる正当性がきちんと説明されているのかという観点である。現行の補償金制度がこうした利用をも一緒くたに扱っているため、ユーザーの理解を一向に得られないでいる(補償金を廃止すべしとのユーザー意見は少なくない)とも考えられる。
 本来、私的録音録画小委員会に期待された役割というのは こうした疑問に対して説明していくことであったが、結局「そもそも論」の回避と30条縮小のゴリ押しに終始したことは誠に遺憾である。

 「私的録音録画に関する具体的な制度設計を考える場合には、著作権保護技術や配信事業等の音楽・映像ビジネスの新たな展開などとの関係を十分考慮すべきこと」とする一文についても、現状を考えれば非常に虚しく響くと言わざるを得ない。実際に、音楽配信や映像配信が充分なレベルで実現しているかという観点で疑問がある。
 海外で圧倒的な支持を受けている iTunes Store ひとつ取っても、海外版と日本版とで比較すればそのカタログの貧弱さは明らかである。日本では映画の配信は始まっておらず、しかも海外では配信していながら日本で入手できない楽曲が非常に多い。とりわけソニーミュージックのように、日本国内で音源を不当に提供していない例も見られる(ソニーは海外では積極的に配信している)。
 配信事業がまったく発達していない世界では私的録音・録画が果たす役割が決して小さくない(つまり著作物を入手する有力な手段である)のだが、これを縮小したり「補償金」なる不当な負担を上乗せすることは、ただいたずらに配信拒否を助長させ、旧来のパッケージコンテンツ流通に止まろうとするような流通阻害をやりやすくするだけの結果を生むことに繋がってしまうのである。

 こうしたことから、中間整理の内容はそもそも「利用者のニーズを尊重し、円滑な利用が妨げられることのないよう配慮」しているものとは認められない。むしろこの方針を強く打ち出し、再度 中間整理を刷新すべきものと考える。
 補償金の課金は権利者に明白な経済的不利益を与えている私的複製態様に限定して行なうものとし、ユーザーが「公正」な範囲で行なう私的複製には DRM (コピーコントロール)の導入を認めず(仮にコントロールされているものはその回避を認める)、いちど公表された著作物については権利者に流通の義務を課す(この義務を怠った者については許諾権の一部を制限する)等の具体的提案を行なうべきである。
【P.100】

第7章第2節1「利用態様ごとの私的録音録画や契約の実態」

 DVD からの私的録画が不可能であるかのように書かれているが、これが実態を反映しているのか疑問である。 DVD に用いられている「著作権保護技術」は著作権法の「技術的保護手段」には当たらないため、中間整理でも「技術的保護手段」の語は注意深く回避されているところである。
 映画業界側の見解としては DVD のコピーを私的複製外(「技術的保護手段」の回避にあたる)としているが、実際問題として著作権法によって規制されているものでも技術的に不可能なものでもなく、むしろユーザーは私的複製(具体的には DVD からのハードディスクへの記録、および iPod 等用の変換)することも想定して上で DVD を購入しているというのが実態である。
 このような現状がある以上、たとえばこうした私的録画を改めて違法化するとかするのではなく、素直に DVD の私的複製を認め、私的録画補償金の対象として含めることが必要である。

 現在、 DVD に替わる新世代のディスクが提案されているところであり、これには複製を不可能とする技術が使われているところである。ユーザーが従来の DVD (複製可能)を採るか、新世代のディスク(複製不可能)を採るかは微妙な情勢であるが、著作権法によって保護されていない「著作権保護技術」にまで その保護が及んでいるかのような認識でいつまでもいるのは おかしいのではないか。
 むしろユーザーには、自らが対価を支払って入手したコンテンツの私的複製(とりわけプレイスシフト・メディアシフト・タイムシフト)の権利を保障すべきなのであって、こうした私的複製態様については「技術的保護手段」の回避であっても違法ではないとするような法規定を設けることが強く望まれる。その立場を採って、 DVD の複製についても従来の著作物複製と同じ扱いを適用し、私的録画補償金を課金する対象として含めるべきと考える。

 「技術的保護手段」については、現状の規定を維持することとし、次世代ディスク等がこの規定に沿った複製防止技術を採用して初めて私的複製から除外するものと考えるべきであろう。著作権法ではあくまでも複製利用に権利を認め、視聴については権利を及ぼさないとの原理原則を維持すべきである。
第7章第2節2「第30条の適用範囲から除外することが適当と考えられる利用形態」

【P.104】

 中間整理でのこのページでは、違法複製物からの私的複製や 違法配信物のダウンロードを30条対象から除外することを肯定する根拠がかかれている。しかしこれらは著作権法を改定するだけの根拠として認めるに足る内容とは言えず、当該改定を提案する中間整理の方向性には私は反対である。

 根拠アとして、中間整理は当該私的複製が「通常の流通を妨げる利用形態」であると位置付けている。しかしながら この種の私的複製について各著作物に着目するなら、海外の劇場公開から日本公開までの理不尽な時間差が生じている映画著作物であったり、 DVD 発売が全く予定されていないテレビ番組(映画著作物の日本語吹替版放送も含む)であったり、廃盤や未配信等の事情で正規には入手不可能な音楽であったりと、実際に「通常の流通を妨げる」どころか流通そのものが用意されていない事例が大半である。本来であればそうした流通を確保する努力を著作権者が為すべきところであり、そうした努力が為されていない現状では当該複製の違法化を法律の上で行なったとしても当該複製行為自体を根絶することは絶対に不可能であると断言できる。
 「通常の流通を妨げる」行為に対する法規制は複製権・公衆送信権(送信可能化権も含む)の付与で充分為されており、権利者は流通の確保と権利の行使をもって、権利を保持する著作物を自分以外の者が流通させるという好ましくない状態から脱することが既に可能である。この上 ユーザーの私的領域に踏み込み、私的複製行為まで違法化することは、権利者自らの怠慢から市場流通が叶わない著作物を入手しようと希望することまで〈悪〉と断じかねない在り方へと法を変質させてしまうものと危惧する。

※ 国際条約を始めとした伝統的な考え方では未来における「通常の流通を妨げる」こともスリーステップテストの条件に含めて考えているようであるが、このような考え方は著作物を独占し経済財としての価値のみを追求して(例えば保護期間の延長を強く主張するなど)国民の「知る権利」「言論・表現の自由」に脅威を与えるインセンティブになり得ても、創作や流通を促進し文化発展に資するというインセンティブになり得ない。これは歴史が証明している。こうした反文化的・反競争的思想からの脱却を、日本発の著作権制度として世界へ示すべきである。
 また、仮に違法性のある複製物からの私的複製が存在するとすれば、その行為の時点において同一内容・同一フォーマットで現に流通している著作物を違法性のある提供手段から入手し「情を知」りながら私的複製する場面に限定すべきであろう。私的複製への権利行使の要件として現実の流通を設定して初めて、著作権者に正規流通を促進するインセンティブを生じさせることとなる(ただしこの提案は、「その行為の時点において」「同一内容・同一フォーマットで現に流通している著作物」「違法性のある提供手段から入手し」「情を知りながら」という要件のどれが欠けてもいけない。ここまで限定しなければ、実効性も納得性も得られないし副作用が大きい)。

 根拠イにおいては「違法サイトからの録音録画が違法であるという秩序は利用者にも受け入れられやすい」としているが、実はその根本的な根拠が書かれていない。そしてこの命題は、「違法サイト」なるものがユーザーにとって判断不可能であるということ(仮に「適法マーク」なるものを設定したとしても海外の配信事業者にまで普及し得ない)、適法性が曖昧なサイトから入手しなければ得られない著作物が殆どである(つまり かつては公表されたものでありながら現在 正規流通が確保されていない)こと、そもそも適法に提供された著作物の私的複製ですらその適法性が証明できない(すなわちまかり間違って訴訟になった際にユーザー自身が身の潔白を証明できない)ことなどから、ユーザーとして到底受け入れられるものではない。

 根拠ウにおいて「個々の利用者に対する権利行使は困難な場合が多い」と書かれていること自体が この問題の難しさを的確に表している。すなわち当該複製を30条から除外したところで、その実効性はとても確保できないということを私的録音録画小委員会(および著作権分科会)が認めているのである。
 ウの後段で「録音録画を違法とすることにより、違法サイトの利用が抑制されるなど、違法サイト等の対策により効果があると思われる」としているが、これは前段とは全く繋がっていない。この部分を意味の通る文章にするためには、前段で示された実効性の無さ(そのおそれ)をカバーできるほど後段の効果が期待できるかどうかを示す必要があるが、それは書かれていない。そしてこの後段の効果が果たして期待できるのかといえば否である。むしろ“見つかりさえしなければ構わない”といったモラルハザードが引き起こされる温床になりかねず、こうした安易な(法による)行為規制は著作権制度の崩壊の引き金となりかねない。
 希望的観測に基づいた安易な結論を出すのではなく、実効性についての検討をさらに具体的に行なった上で議論を進めるべきである。すなわち今年度中に結論を出すという方針を凍結し、さらに数年の期間を設けた上で文化庁のみならず経済産業省・総務省をも交えた「私的録音録画小委員会」を継続して開催すべきである(この際には、権利者側委員・メーカー側委員・ユーザー側委員・有識者委員の数をそれぞれ同数に設定しなければならない)。

 根拠エについても単なる希望的観測に過ぎない。
 「効果的な違法対策が行われ違法サイトが減少すれば、録音録画実態も減少することから、違法状態が放置されることにはならない」といった命題において、「効果的な違法対策が行われ違法サイトが減少すれば」との前提が本当に成立するのかというのが大きな問題である。現実問題として「違法サイト」なるものを減少させる方策が今までに採られてきたのか否か。これまでに効果的な違法対策が行なわれてきたのであれば現行法を変える必要が無いということであるし、効果的な違法対策が望めないから30条を変えるというのであれば今後も対策など出来ないということになる。すなわち前提条件が真であっても偽であっても、この30条縮小の理由とはなり得ないのである。
 「効果的な違法対策」の内容が不明確なのも気になる。これまでの「違法対策」が30条縮小を要求するほどに成功していないのだとすれば、今後の新たな「効果的な違法対策」として想定されるのは私的複製を行なったユーザー個人を提訴するということである。これはダウンロード違法化に反対するユーザーの危惧そのものであるが、中間整理はそうした危惧をストレートに抱かせる内容となっている(なお私的録音録画小委においては日本レコード協会から提訴の可能性を示唆する見解が披露されてもいる)。
 家庭内の「録音録画実態」について「減少」するとの把握はどのように行なうつもりなのか。家庭内の行為をどう捉えるか、その中から「違法」性のあるものを切り分けて対処するかというところに大きな課題があるところ、その上「録音録画実態」の「減少」を想定するというのは如何なものか。各家庭というのは社会の中に存在するのであって、文化庁担当者や審議会委員の脳内に存在するのではない(それとも私的領域のプライバシーを侵してまで私的録音・録画の実態を把握しようと今後していくのであろうか?)。
 このウの項目については特に、仮定に仮定を重ねる文章であるがゆえ結論の妥当性が極めて低いと言わざるを得ない。しかも誤った前提に基づいて書かれているため、結局は「違法状態が放置される」との結論しか導かれない。このような文章を検討結果として公表してしまった私的録音録画小委員会(とりわけ事務局)と著作権分科会は恥を知るべきである。

 なお当該私的録音・録画を規制する海外の立法例が脚注に書かれているところであるが、よく考えてみると、これらの国はかような法規制が存在していながらファイル交換ソフトの開発・利用の本場である。むしろ法規制によって この種の行為が抑制できないことを示す証左と言える。

 以上のように、中間整理で示された“根拠”では正当性が薄く、当該複製を30条から外すことが適切であるとの結論は導き出せないことが判る。この問題は30条の範囲縮小という形で解決しようとするのではなく、むしろ補償金によって解決した方が(正統的な手段ではないにせよ)理想的な社会秩序を保つことができる。まず「違法」行為を蔓延させる恐れが回避でき、かつ かような私的録音録画から実質的な使用料を得る手段が用意されるからである。流通促進のインセンティブを生じさせるほどの効果は無いにせよ、それまでゼロであったところから僅かばかりでも支払いが発生するのであるから、何も無いよりは遙かにマシである。30条から外してしまえば補償金はおろか、放置された「違法」行為からの使用料が一切得られない。
 加えて、補償金と同様の考え方を用いて(ここでは「包括許諾」あるいは「強制許諾」という意味合いが強いように思われるが)合法のファイル交換を実現することこそ、当該「違法」行為の抑制を期待できる方策と言える。つまるところ、必要なのは当該行為の違法化ではなく、こうした需要を満たす手段を適法なものとして如何に整備するかということなのである。そうした正規の流通が確保された後から当該行為の違法化を検討しても遅くはない(私個人は、こうした違法化を検討する必要の無いほど「違法」行為が抑制されるものと考えるが)。


【P.105】

 「仮に補償金制度で対応するとすれば、莫大な補償金が必要となることも理由の一つではないか、とする意見があった」とあるが、仮にかような私的録音・録画も含めて補償金で処理するとなれば、多少高い補償金額でも支払う理由が出来るというもの結構な話である(もちろん当該録音・録画行為を行なわない者については減額するなどの措置も用意しておく必要があるが)。
 それよりも、機器へ一律に課金するという考え方を改める必要があろう。ユーザーそれぞれによって利用の態様は変わるのである。「違法」性の疑われる私的録音・録画行為も含め、それぞれの態様について補償金を課していく(それを擬制する形で機器や記録媒体に課金、余剰分は返還制度を利用させる)方針へ転換すべきだと考える。

 私自身は補償金制度を改善した上で維持、その代わり30条も現状維持すべきと考えている。その意味では「違法対策としては、海賊版の作成や著作物等の送信可能化又は自動公衆送信の違法性を追求すれば充分であり、適法・違法の区別も難しい多様な情報が流通しているインターネットの状況を考えれば、ダウンロードまで違法とするのは行き過ぎであり、インターネット利用を萎縮させる懸念もあるなど、利用者保護の観点から反対だという意見」にそのまま同意するものである。
 また、現状使われているファイル交換ソフトにおいては、その多くがダウンロードと並行してアップロードも行なう仕様のものばかりであり、これもまた現行法で既に規制対象として扱えることも考慮すべきである。
第7章第2節2「第30条の適用範囲から除外することが適当と考えられる利用形態」

【P. 105】

 違法複製物からの私的複製や 違法配信物のダウンロードを30条対象から除外する場合の「条件」とやらが中間整理に示されているところである。しかし「違法」行為が放置され実効性が期待できないこと、ユーザーが目の前の著作物が「違法」に提供されたものかを知る手がかりが実質ないこと、「違法」行為と無関係のユーザーが訴訟に巻き込まれるおそれがある上に潔白証明が難しいことから、 105ページの 「条件」を示しながら30条縮小を前提に論じていくことには問題がある。
 当該「条件」はいずれも根拠に欠けていると言わざるを得ず、予想される弊害を解消できる方策とはなり得ない。このまま30条に手を加えることともなれば社会秩序に混乱を来たすものと考えられる。
 加えて、「他人から借りた音楽CDからの私的録音」について現状維持とされているところ、これの根拠とされるものと違法化すべきという私的複製態様との論理整合性が全く図られていないのも問題である。
 このような、まともな根拠も示されない状態での30条改定には明確に反対である。

※なお「他人から借りた音楽CDからの私的録音」を現状維持としたことについては賛成である。そしてここで示された根拠をもって30条縮小全般について反対するという趣旨であることに注意されたい。

 条件アについて。違法複製物・違法配信物であるかどうかを知らずに私的録音・録画した者を30条除外から外すことは当然の措置である。しかしながらこれを「情を知って」などという曖昧な法学的言葉遊びで実現しようとすることには反対である(こうした限定は何の意味もない)。
 そもそも「情を知って」などという主観的要素をどう判断するのかという問題がある。デジタルコンテンツの取り扱い(私的複製や再生など)やインターネット配信においては、目の前に提供されたコンテンツが適法なものかユーザーが知る手がかりなど殆ど存在しない。そのような中で訴訟に至れば判断は司法に委ねられることになり、つまるところユーザー側が「情を知って」行なったのではないと示せなければならないということになる。
 現実問題として、自らが所有しているパッケージコンテンツからの複製や、購入ログが保存されている(あるいは購入者情報が埋め込まれている)配信物からの複製であればある程度の証明は可能であろう。しかし実際に家庭内で行なわれている私的録音・録画の大部分はレンタルCD、友人や図書館から借りたCD、放送・配信から入手した音声・映像である。オリジナルが手元に無いものが圧倒的であり、こうした曖昧な事実関係を裁判所の心証ひとつで判断されてしまうおそれが常に発生する。
 また、「情を知って」の条件が必ずしも厳格に捉えられるのではなく、実務的には“相当程度 違法らしいと考えるに足る根拠が示されている”とのラインが違法とされることも想定され、ユーザーに対し実質的な適法性確認義務という過重な負担を課すことになりかねない。たとえばいったんは適法であるかのように市場へ提供されながら、その後 裁判等で権利侵害の上で提供されたものとして認定されたような著作物(服部克久作曲「記念樹」のような)について、これを入手したときには確かに「情を知って」はいなかっただろうが、その後 裁判が有名になった後で私的録音する場合にはユーザーの行為がどのように判断されるのか。これが「違法」であるかどうかを確認すること(ただ有名裁判例を知らないというだけで違法性が問われ得るのか)をユーザーに押しつける結果になることは間違いない。
 別角度からも問題点が指摘できる。インターネットに期待されているカジュアルな情報発信においては、その発信者がプロの創作者であったとしても受け渡しのログや適法入手確認の保証を行なえるものではない。インターネットの普及が著作物流通のコストダウンをもたらし、既存のメディア企業の支配から脱して自由な活動をしようとしてる著作者らの活動を、ユーザーが曖昧なダウンロード違法化により萎縮してしまう事態によって妨げてしまうおそれが非常に強い。既存メディア企業による著作者支配の構造へ逆戻りしかねないのである。
 ユーザーから見て、その著作物提供が適法であるのか違法であるのか判断しにくい状況は、今以上に進んでいく。個人による著作物発表・著作物流通が望ましい方向で進んでいけばいくほど、そうなっていくのである。著作権制度はこうした(確実に見えている)先のことまで考慮して設計していくべきであり、ただ既存のメディア企業の一次的な利益を保護するために権利制限規定を変更していくことは厳に慎むべきである。

※「趣旨の周知」程度で何とかなると思っているのも安易に過ぎる。そもそもこれまで私的録音録画補償金の管理協会や権利者団体や文化庁はきちんと「趣旨の周知」が出来てきた試しなどない。私的録音録画補償金をめぐる混乱はまさしく周知不足によって引き起こされたものであり、かつ商業用レコードの還流防止措置にかかる文化庁の対応、意見募集手続きにおける文化庁の周知の程度などを考えても、今後の30条縮小に関して適切な周知が行なわれるとは到底期待できず、具体的な周知内容をしっかり定めた上で提案するのが筋であろうと考える。

※「利用者が明確に違法サイトと適法サイトを識別できるよう、適法サイトに関する情報の提供方法について運用上の工夫が必要」としているが、これについての詳しい内容は示されていない。それもその筈で、日本レコード協会で策定中の“適法マーク”はまだ全く内容が定められていない状態。このような未確定のものを前提にして法改定を考えるのは尚早である。
 私的録音録画小委員会において日本レコード協会から示された構想によれば、レコード協会会員社が国内の携帯電話向け音楽配信に対して表示を付すことについては方針が決まっているようである。しかしながらまだPC向け配信が未確定なのと、海外の権利者が国内配信事業者から音楽配信を行なう場合、あるいは国内の権利者が海外の配信事業者から音楽配信を行なう場合については全く触れられていない。また海外において海外の権利者が配信する場合については、“適法マーク”の提示など到底考えられない。つまりインターネット上で流通するコンテンツの大部分に“適法マーク”を付すことなど期待できないということである。
 インディーズの配信についてはどうなのかと津田委員から指摘があったように、インターネット上での著作物発信がローコストで可能になった現在、レコード協会のような業界メジャー団体では捕捉しきれないほどの権利者が世の中に存在している。これらをカバーした“適法マーク”の設定など到底不可能であり、逆にこうしたマークの設定を強行しダウンロード違法化によって裏付けするともなれば、業界メジャー団体に属さない権利者(特に個人)が独立して活動していく機会を不当に奪うことになりかねない(“適法マーク”の付いていないサイトがあたかも違法サイトであるかのように誤解される副作用が強く心配されるところである)。
 さらに言えば映画関連においては全くマークの話は決まっていない。このような有様で30条縮小を云々するのは時期尚早に過ぎる。

 条件イでは、30条対象から除外する複製態様を「録音録画」に「限定」するとしている。しかし、こうした「限定」にどれだけの合理性が存在するのかは示されていない。私的複製全般について当該複製を30条対象から外すこと(たとえば文芸著作物の「違法」複製・「違法」配信からの私的複製を違法化する)は社会的混乱を生じさせる結果が目に見えているが、こうした法改定を「録音録画」に「限定」すれば法改定が正当化されるとの合理性はこのページの説明からは見出せない。
 たとえば「権利者の不利益が顕在化している」のは本当に「録音録画」のみなのか。録音・録画される音楽・映像等の分野においてどれだけ「不利益が顕在化している」のかが明らかでないのに加え、他の著作物においては「不利益が顕在化」していないと結論できるのか否かについても全く検討された形跡がない。このことは私的録音録画小委員会での結論がそのまま維持されるのかが不安定になる要因となり得、たとえば私的録音・録画以外の私的複製について検討するとされる法制問題小委員会において他の著作物へも広げた形で30条改定が提案される可能性を残していることをも示している。
 条件イが維持されるか不安定である要因としてはもう一つ、著作権分科会において ACCS からの代表として出席している委員会から全著作物を対象にすべきとの意見が出されたことが挙げられる。この委員意見はゲーム業界からのものであると考えられるが、これを受けて法制問題小委員会で再検討されるとすれば、私的録音録画小委員会で提案された条件イが破棄される可能性が高い。
 このような状況下でもって条件イを前提として30条縮小を肯定するのは適切ではなく、またそもそも論として私的録音録画小委員会で30条縮小という大きな問題を決めることは極めて僭越であると言える。これは私的複製の問題を大きくとらえて検討することをせずに、私的録音録画小委に“丸投げ”してしまった法制問題小委員会の方針にも明確な誤りがあったと言わざるを得ないし、そうした初手からの歪みがここへ来て更に大きな禍根を残す結果となっているものである。

 なおインターネットからの著作物の私的録音・録画について、ダウンロードとストリーミングの区別を明確に付けるべきであると考える。視聴行為には権利を及ぼさない従来の著作権制度との整合性を保つために、ストリーミングについては不問としダウンロードを30条除外の対象とするものとされてはいるが、現時点ではダウンロードとストリーミングとでは同じ技術を使っているため いずれも「複製」ととらえることが可能であり、区別が法解釈に委ねられる曖昧さを残したままである。
 複製権が私的領域の視聴へ浸食していくことを防ぐためには、ダウンロードの定義を明確にする必要がある。たとえば「明確に保存するとの目的をもって、ファイルの形として内蔵ハードディスク又は外部記録媒体に相当期間 保存する行為」のような規定を設ける必要がある。


【P.106】

 条件ウにおいては「罰則の適用を除外」するとあるが、これは確かに必須の条件と言えるだろう。私的領域で行なわれている複製行為について刑事罰を与えることは、他の規定との整合性を考えても社会通念から考えても不適切であると言わざるを得ない。その一方で、民事訴訟に巻き込まれる可能性が(罰則なしで違法化されたとしても)生じてくるということはユーザーにとって過重な負担となるものと考えられる。
 ユーザーが自身の私的複製行為の適法性を証明することは極めて難しい。テレビ・ラジオからの録音・録画や、借りたCD・ビデオ等からの録音・録画については、複製元のオリジナルが手元に残らず何の情報も付加されていないコピーのみが存在し続けるからである。さらには、30条縮小が施行される前に作られた私的複製物が大量に存在しており、それと施行後の複製物とで判別できないこと、たとえ判別できたとしても若干の操作でもって当該情報を書き換えられること、加えて30条外の複製によって得た複製物を再度 私的領域内複製することで(その気になれば)適法な私的複製物へ見せかけることが可能である。こうした状況は、ますます違法複製と適法複製の区別を困難にするのみならず、確信犯的に「違法」複製を行なっている者には更なる「違法」複製を重ねさせるインセンティブを生じさせるところから、30条縮小による対処が適切なものであるとは到底考えられないところである。
 要するに、「違法」複製への対処が30条縮小によって為されることは、その実効性が殆ど期待できないことに加え、あまりにも甚大な副作用(ユーザーへの負担)をもたらすという下策であると言わざるを得ない。

 「権利者が利用者に対し本当に権利行使できるかという疑念が残るが、今の状況を放置しておくわけにはいかないので、例えば『著作物の通常の利用を妨げるものであってはならず、かつ著作者の正当な利益を不当に害するものであってはならない』との但書を加え、個別の事案に即して違法性を判断するのも一案ではないかという意見があった」とされているが、これが採用し得る対処の本筋と言えるのではないか。
 また、「他人から借りた音楽CDからの私的録音」について30条除外に慎重であるとする根拠 (106ページ) を「私的領域で行なわれる録音行為について利用者との契約により管理をすることは事実上不可能であり、仮に第30条の適用範囲から除外しても違法状態が放置されるだけであること」としているところであり、これはまさしく先の私的録音・録画やダウンロードにも言えることである。
 これまで中間整理において当該複製行為の30条除外の根拠・条件について何ら合理的な説明が為されていない以上、「他人から借りた音楽CDからの私的録音」同様に著作権法改定を見送るべきものと考える。

 よって、30条対象となる私的複製の範囲を狭めるような私的録音録画小委員会の提案には反対である。
【P.107】

第7章第2節2「第30条の適用範囲から除外することが適当と考えられる利用形態」

 私的録音録画小委員会の中間整理では、適法に配信された著作物の私的複製についても30条対象から除外する旨のまとめが為されているところである。「音楽・映像等のビジネスモデルの現状から契約により私的録音録画の対価が既に徴収されている又はその可能性がある利用形態」について「著作物等の提供者が利用者の録音録画行為も想定し、著作権保護技術と契約の組み合わせ等により一定の管理下においてこれを許容しているような実態であれば、著作物等の提供者との契約により録音録画の対価を確保することは可能であり、このような利用形態について仮に30条の適用範囲から除外したとしても、利用秩序に混乱は生じない」としており、まずこの認識で問題が無いのかが疑問として出てくる。
 たとえば配信契約に不備がある場合についてはどうなるのか。現在の配信契約が想定される状況を満遍なくカバーする形で用意されているのかという検討が不足している。あるいは配信事業者がユーザーに対し一方的な禁止を宣言しいた場合(技術的には複製可能であるにもかかわらず、契約でそれ以下の複製のみを許諾する場合)にどのような扱いになるのか示されていない。契約外であれば「違法」行為であると考えるのが自然であろう。
 現状の配信契約について考えても、“許諾”が明示されているのは配信されたものからの子コピーのみであって、孫コピーについては法的位置付けが曖昧であると言わざるを得ない。適法配信からの私的複製で想定される孫コピーはいくらでもある──ある配信事業者から購入した音楽等について、これに対応していない携帯メディアプレーヤーで視聴するため、いったん外部ディスクへ複製したのちに、当該携帯メディアプレーヤーで使えるファイル形式へ変換しなおす場合。あるいは、配信で購入したファイルのバックアップも孫コピーの一種である。そしてこれらの孫コピーは現状の配信契約では触れられていない上、触れられていたとしても(ソフトウェアにおける使用許諾契約のように)技術的に可能な私的複製よりも狭い範囲で契約を結ばされる可能性が高い(その一方で、かような厳しい使用許諾契約が果たして正確に守られているのかという点については甚だ疑問が残る)。
 こうしたことから、適法配信された著作物についても30条対象から除外してしまうことには反対である。むしろ私的複製として築かれたこれまでの法的秩序を混乱せしめる結果となるのは間違いない。


【P.108】

 このページでは、適法配信された著作物の私的複製を30条対象から除外する際の「条件」について示されているが、先のように30条除外が不適切である上に ここで示された「条件」が適切なものとは到底考えられないところであり、この「条件」をもって法改定が妥当と結論づけることはできない。

 まず「現状では権利者は配信事業者との契約により、録音録画に対する対価を確保する必要があることになるが、配信事業者が利用者の録音録画行為について配信事業者に一定の管理責任を負っているような事業形態に限定して第30条の適用を除外すべきである」としているが、ここでの「配信事業者に一定の管理責任を負っている」とはどういう意味なのか不明である。
 それに加え、ここで「一定の管理責任を負って」いないような配信を利用する場合には、私的録音録画補償金との「二重取り」の負担をユーザーが甘んじて受けろという意味にも捉えられる。ということは配信契約の内容を吟味し、ここからの私的複製が30条の対象となるのか否かをユーザー自ら判断する必要があるということでもあり、外形的には同じような配信サービスを受けていながら その契約内容によってユーザー自身も対応を変えなければならないという過重な負担を強いられる結果となってしまう。
 しかも、このような条件を付したところで、やはり孫コピーの法的位置付けが問題となってしまう。対価を支払って購入したものを利用しやすい形式へ変換するだけのことなのに、配信契約次第で違法になったり適法になったりするような利用秩序がユーザーに受け入れられるとは全く考えられない。

 配信契約による30条対象の切り分けを提案する根拠として「利用者の録音録画について配信事業者に一定の管理責任がないような形態まで第30条の適用を除外した場合、利用者が直接権利者と契約できない現状では、違法状態が放置されるだけになり問題がある」との説明が書かれているが、上に示したように配信契約でカバーしきれず「違法」化されてしまう私的複製態様が想定される以上、どうあっても「違法状態が放置されるだけになり問題がある」のである。よって30条除外をそもそも行なうべきでない。
 適法配信された著作物について30条適用除外が提案された理由は、これの私的複製について私的録音録画補償金が課せられることが「二重取り」であるとの指摘があったためである。それを解消するために30条除外を考えるのは下の下の策であると言え、上に指摘したように弊害を招くだけのものである。むしろ私的録音録画補償金の課金対象から外すこととし、適法配信された著作物を私的録音・録画するための機器・記録媒体については補償金返還制度の理由として認めるという形にすれば足りることである。
 なおこの際、補償金の返還を受けるにあたって要する諸費用については補償金管理協会が負担するものとするのが望ましい。そうすれば適法配信の複製に使われる(返還請求が為される可能性がある)機器・記録媒体への課金もそれなりに慎重に行なわれるものと考えられ、課金対象の指定を行なう上での調整も期待できる。
第7章第3節1「権利者が被る経済的不利益」

【P.110】

 権利者が私的録音・録画から受けるとされる「経済的不利益」について、「総体として」というレトリックを用いることを いい加減にやめるべきである。こうした考え方は“塵も積もれば山となる”との結論を導き出したいがために導入されたものに過ぎず、現行著作権法30条が設けられた当時から「零細」であると判断された私的使用目的の複製について、これを有償・自由とすべき理由とは直接結びつかないものである。
 むしろ私的録音・録画の個々の態様に着目し、その複製が著作物(複製物)購入の代替となっているか否か(同一著作物の初めての入手に対価が支払われているか)によって補償の必要性を判断していくべきである。
 私的録音録画小委員会の中間整理においては複数の考え方が併記されているものの、実際の小委員会での審議では私的録音・録画イコール経済的不利益として強引に進められているのが実態であった。これも結局は「総体として」云々のレトリックによるものであり、ユーザーの理解を得るに充分なものとは到底言えないものである。

 もっと根本的なことを言えば、著作権制度によって著作権者(著作隣接権者)のどのような利益を保護すべきなのかというところまで考えるべきなのであって、すなわち同一の著作物について何度もユーザーから対価を得ることを法によって保護する必要があるのか否かをしっかり見定める必要があるのである。
 同一の著作物で何度も対価を得ることを肯定するとするなら、具体的な例で判りやすいのは複製物の中古流通の度に権利者へ対価を還流させるべきか否かであるが、そうした制度が社会通念からかけ離れたものであることは明らかである。同じ著作物を何度も買うかと言えばそれは普通考えられず、仮に買うことがあったとしても、メディアが新しくなっているか何らかの付加価値(リマスターやボーナストラック等)がある場合に限られるのである。文化的に豊かな状態を目指すのであれば、こうした付加価値を模索するインセンティブを確保することが合理的であり、補償金制度のような同一著作物が金を生む制度(改良や二次的著作を抑制した方が儲かる仕組み)は抑制的に考えるのが妥当と言える。

※なお著作物の商業利用についてまで「同一著作物が金を生む」ことを否定するのではない。ここはやはり、どこまでの著作物利用から対価を得られるようにするのが公正なのかという判断によるべきものであるが、商用利用については利用者に少なくない経済的利益が発生しているのであって、そうした利益の一部を権利者に渡すのは当然のことと考えられる(非商用利用の場合には慎重な議論を要する)。しかし私的領域においては、その私的領域に初めて入ってきた瞬間のみに対価を支払うものと考えるのが経済的に合理性があるのであり、同一の私的領域内で同一著作物を複数購入することを前提に制度設計することは社会通念からかけ離れた結論を導いてしまうおそれを強くする。
 現実問題として、私的録音録画補償金制度を含めた私的録音・録画問題の議論の多くはこうした「社会通念からかけ離れた結論」を量産しているものと言わざるを得ない。


【P.112】

 私的録音録画小委員会の中間整理では、私的録音・録画にかかる権利者の経済的不利益についての考え方をアとイとで2つ挙げているのだが、このうち伝統的な考え方であるアについてはユーザーとして納得できないというのが正直なところである。
 私はイの「権利制限することによって、権利者の許諾を得て行なわれる事業(販売、配信、放送等)に与えた経済的損失が経済的不利益であるとする考え方」の立場を取る。「私的録音録画は本来無償で自由にできるものであり、補償金制度は権利者に新たな権利を付与するのと同じであるから、権利付与の前提となる経済的損失が具体的に発生していることを立証することが必要である」と考える。

 ここで明確にしておきたいのは、著作権の伝統的な考え方における「複製権」とは、まだ社会全般に複製機器が普及していなかった時代に商業利用のみを前提として打ち立てられたものだということである。すなわち、この理論では誰もが複製機器を持ち複製することが可能だという世界は想定されていない。
 演奏権や上映権については、非商用・無償の利用行為には権利が及ばないよう制度設計されているが、これは例えば曲を口ずさんだり鼻歌を歌ったり何人もでテレビを見たりすることが広く行なわれるために、こうした著作物利用に いちいち権利行使できるようにすることは社会生活を混乱させかねないという意味で妥当な設計と言える。
 こうした場合と同様に、複製についても、誰もが複製利用が出来るのだという前提の下で私的使用目的ないし非商用・無償の複製について権利を及ぼすべきか考え直すべきである(逆の言い方をすれば、権利者の権利をどこまで及ぼすべきかを考えるということ)。

※もちろん私的領域内での無償複製を無制限に認めよという話ではない。中には「通常の使用」を脅かしかねない複製態様も現実に存在するのであり、これの中で権利を及ぼすべき態様と、補償金で処理すべき態様と、無償・自由で認めるべき態様を切り分ける必要がある。
 具体的には、同一家庭内において同一の著作物に何度も対価を支払うことは通常考えられないことを基本として、正当な対価を支払って入手した著作物については私的複製を「公正」な利用として認め、無償・自由とする(補償金の課金対象から外す)べきものと考える。すなわち購入したり有償レンタル・有料放送を受けたりした場合に、その複製を無償で認めるということであり、かつそれ以後の(私的複製の範囲内の)孫コピーも無償で認めるとすべきである。
 誰もが複製を可能とする世界においては、ユーザーは私的複製できる利便性を込みで著作物(複製物)を購入するのであって、この時に支払われている対価には私的複製分も加味した上で購入の可否を判断しているというのが妥当な認識である。著作権制度が現実に即したものとなるためには、この改善は避けて通れない。
第7章第3節2「著作権保護技術と権利者が被る経済的不利益の関係」

【P.114】

 中間整理では、「技術的保護手段」の付されたコンテンツがユーザーの私的複製を前提として市場に提供されているのかという観点について、「一般にある録音録画制限手段を施したシステムに権利者が著作物等を提供するということは、当該要件(引用者註:権利者の意思に基づき技術的保護手段が施されること)を満たす限りにおいて、著作権法上の技術的保護手段に該当し、権利者は、当該技術的保護手段の下でどのような録音録画が可能化について一定の予見は可能である」としている。
 しかしながら、この論点は「技術的保護手段」を「権利者の意思」に基づいて施した場面のみに限定するのは妥当でない。著作権法上の技術的保護手段には当たらないが権利者自身がそうした制限技術を標榜するもの(中間整理における「著作権保護技術」)や、すでにコピーフリーであることが充分知られていながら なおも市場で利用し続けているもの(CDのようなパッケージメディア)についても、ある程度の私的複製が行なわれている実態を権利者が把握しながら市場で活用しているという現実がある。いわば“ザル”の状態であるメディアを自らの意思で選択しておきながら、私的複製されるとは知らなかったなどと主張するのは現実を反映していない。
 とりわけCD・ SACD ・ DVD-Audio ・ DVD-Video ・ HD-DVD ・ Blueray Disc ・各種音楽配信等々、さまざまな選択肢がある上で権利者自らが選んだコンテンツ仕様である。一部サービスについて選択的にコンテンツ提供を拒否するようなことをしている実態を考えれば、CDのような比較的 制限の緩い仕様での市場提供についても権利者の意思というものを認めることは可能だ。つまり購入ユーザーの私的複製を明確に意識した上で流通しているのである。

 なお同ページにおいて、音楽CDと映画 DVD との扱いをわざわざ変えるような記述「現状でも、著作物の性質上繰り返し視聴する必要性が少ない、ごく少数の複製であっても権利者に大きな被害が生じる可能性があるなどの特別な理由があるもの(例えば劇映画のDVD)」が掲載されているところであるが、実際問題として音楽だから繰り返し聴かれ、映画だから繰り返し鑑賞されないとの考え方は実態を反映しているとは言えない。なぜなら、映画もまた繰り返し鑑賞され得る著作物のひとつであり、またユーザーは同じ映画に何度も金を払うとは考えられない(すなわち一度買えば充分であって私的録画する必然性が高い)からである。これは私的録画が「権利者に大きな被害が生じる」というのではなく、もともと期待できない利益まで著作権によって保護しようとしているのに過ぎない。
 今では iPod を始めとした携帯プレーヤーで映画等の動画も視聴できるようになってきている。“先進的”なユーザーとなると、自己で所有する DVD から映画を私的録画(変換)することで持ち歩きを可能にするという視聴方法を選択する者も少なくない。こうしたことを考えると、もはや DVD を複製禁止されたものとして扱うのは実態と乖離しており、ここで採用されている著作権保護技術が技術的保護手段に当たらないことも踏まえ プレイスシフト目的の私的録画という観点から検討し直す必要がある。
 よって自らが正当な対価を支払って入手した映画著作物 (DVD 等)についてもプレイスシフト用途の私的複製を認めるべきであり、これを無償・自由とすべきである。
第7章第3節3「補償の必要性の有無」

【P.117】

 他人から借りた音楽CDからの私的録音について、権利者への不利益が認められるとの趣旨でまとめられている。しかしこれを受けて「レンタル料金には私的録音の対価は含まれていないという認識に立てば、レンタル業者から借りた音楽CDの場合も同様である。また図書館等から借りた場合も同様である」としており、この論理飛躍は看過できないものである。
 「レンタル料金には私的録音の対価は含まれていないという認識」については確かにレンタル業界からヒヤリングにおいて当事者が認めている旨が確認されているが、実際問題として著作権法で貸与権が創設された際にはレンタルレコード(レンタルCD)からの私的録音が大前提となって国会審議が行なわれている事実がある(著作権法改定による貸与権付与の前段階として、貸レコード暫定法の存在も忘れてはならない)。こうした経緯を考えれば、レンタル料金に私的複製分の対価が含まれているとの解釈も充分に可能であり、当該複製による権利者への不利益を単純に認めることは出来ない。
 また、図書館から貸し出されたCDについても、国民の知る権利を保障する最低限のサービスとしての性質を考えるのなら、既に入手不可能となった著作物を入手できる機会である場合も含め、貸与(および利用者の私的複製)によって権利者へ不利益を与えているとは考えるべきではない。限られた予算内で購入された僅かなCDが貸し出されているに過ぎず、比較的長い貸出し期間が設定されているなど著作物利用として極めて軽微である点をむしろ考慮すべきである。

※図書館からの貸出しについて安易に結論を出すことは慎まなければならない。なぜなら、こうした図書館サービスによる「不利益」(あればの話だが)は公貸権の議論とも密接に関わってくるからである。現実問題として公貸権は私的複製とも密接に結びついており、私的複製だけ独立で議論することは妥当でない(状況変化如何によっては公貸権にかかる報酬と補償金とが二重で課金される可能性すらある)。
 著作権法において貸与権は無償貸与に及ばないこと、レンタル事業者への使用料請求に正当性があるのは この事業が商行為であって僅か数日単位で頻繁に貸し出されるためだということ、そうした違いを無視してあっさりと「同様である」などとしてしまう杜撰さには呆れる他ない。

 タイムシフティング用途の私的録画についても、杜撰極まる まとめである。
 「放送時点で投資回収は完了していること、放送番組の二次利用は進んでおらず、録画によって正規品の購入や再放送の視聴が妨げられるとはいえないこと等から、権利者が経済的不利益を被っていることに疑義を示す意見もあった」と妥当な意見を紹介しておきながら、後段で「タイムシフト録画以外の録画実態も多いと思われ、両者は区別し難いこと、映像作品はごく少数の録音録画でも権利者に与える不利益が大きいといわれていること、映画や放送番組の録画は前述の意見にかかわらず二次利用に影響があると考えられること」などという根拠にならない根拠を持ち出して否定している。
 しかしながら、映像の方が(音楽よりも)不利益が大きいとする主張などは業界関係者の勝手な論理であって、同一家庭内で同一著作物を購入することは一度だけ考え得ること、そして同一著作物を何度も購入させるためには常に付加価値を付ける努力が求められていること(そしてそれは著作物流通を豊かにするために資すること)を考えると、映像についても音楽同様の保護にとどめておくのが妥当なのである。
 また、放送番組においては、それが DVD 化される保証が一切なく、かつ吹替版洋画のように制作のたびに差異が生じてきて録画保存が望まれる(パッケージとして流通する見込みが全く立たない)ものが多く存在することも考慮すべきである。端的に言えば、放送で流れている番組がそのまま DVD 化されることなど(追加映像が用意されることも含めて)ごく稀なのである。


【P.118】

 対価を支払って入手した(CM視聴と引き替えに受信する放送番組も含む)コンテンツをプレイスシフト・メディアシフト・タイムシフトすることについては権利者の経済的不利益を認めることができない。また、私的録音録画小委員会の中間整理ではこれを否定するだけの有力な根拠を示すには至っていない。
 しかしながら中間整理では「仮にプレイスシフトやタイムシフトの録音録画が与えている経済的不利益が充分立証されていないとしても、利用者が行う私的録音録画は、一般的に特定の利用形態に限定されるわけではなく、例えば他人から借りた音楽CDからの録音などの形態や録画物の保存、更には他人(特定者)への録音物・録画物の譲渡が存在することは否定できないことから、一人の利用者の行う私的録音録画の全体に着目すれば、経済的不利益を生じさせていることについてはおおむね共通理解があると考えられている」としている。これは噴飯ものであり、認めることはできない。

 なぜなら、たとえば多くCDを所有する者はわざわざCDを借りてきて私的録音する必要は無いからである。年に何十枚から数百枚のCDを購入していくようなユーザーは、自分で所有するCDをプレイスシフトして聴くだけで可処分時間を費やしてしまう。レンタルCDや他人から借りたCDを聴くようなユーザーであれば、購入するCDもそれなりの数であって、おのずと借りたCDの視聴割合が(多く購入するユーザーに比して)大きくなるのである。
 中間整理でのまとめは、多くCDを購入するユーザーにも補償金を課したいがための言い訳を捻り出したものに過ぎない。

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2007年11月15日 (木)

著作権分科会パブコメ募集中 ──ホットトピックは非親告罪化と「ダウンロード違法化」

 採りあげるのが実に遅れまくっているわけですが。
 当初から予定されていた通り、 10月16日より 文化審議会著作権分科会の中間報告に対するパブリックコメント募集が実施されています。2つの募集が並行して行なわれており、ひとつは法制問題小委員会の「中間まとめ」を対象とするもの、もうひとつが私的録音録画小委員会の「中間整理」を対象とするものです。

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000283&OBJCD=&GROUP=
「『文化審議会著作権分科会法制問題小委員会中間まとめ』に関する
 意見募集の実施について」
(e-Gov. :意見募集中案件詳細)

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000284&OBJCD=&GROUP=
「『文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会中間整理』に関する
 意見募集の実施について」
(e-Gov. :意見募集中案件詳細)

 それぞれに募集要領が用意されており、送付先も異なっていますので御注意あれ。意見募集の対象となる文書もそれぞれありますので上記リンク先より入手してくださいね。
 〆切はいずれも 11月15日、 「必着」とのことです。木曜日の〆切ですから、ひょっとすると日付が変わるギリギリでの提出も想定しているかも判りませんね(極端な話、翌日に担当者がメールチェックする時点までの余裕ありと見て送る裏技も‥‥すみません、私過去にやったことがあります)。もっともメールってやつは若干の遅れもあり得るので、早め早めに送っておいた方が安全であると思われますけれども。
 意見には「個人/団体の別」「氏名/団体名」「住所」「連絡先」「該当ページおよび項目名」を付すよう指定されています。詳しいことは募集要領を参照のこと。また、メールの件名を対象資料に応じて「法制問題小委員会中間まとめに関する意見」「私的録音録画小委員会中間整理に関する意見」とするようにとの指示もあります(前述の通り、送付先メールアドレスが異なっていますよ)。
 送付した意見は、ここのところの意見募集を見たかぎりでは「氏名、住所、連絡先を除いて公表され」るのが通例です。このあたりを想定して意見を書かれるのがよろしいでしょう。ヘタに過激さに走ったりすると、某パブリックコメントの結果発表で晒されてしまって後で撤回するハメになった某AJのようなオチになりかねません。御用心、御用心。

 この記事は、〆切日付けとして上げておきます。当分は当ブログのトップに表示される筈です。何か追記すべきことがあれば更新していこうかと考えています。
 私自身、意見をまとめる過程をここで公開しながらやれたらと思っています。最近はブログの更新も滞りがちではありますが、パブコメにできるだけ注力し、その成果をブログに反映するつもりです。

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2007年10月14日 (日)

パブリックコメント開始間際の準備として

 明後日 16日から、 文化審議会著作権分科会が出した中間整理(私的録音録画小委員会)および中間まとめ(法制問題小委員会)に対するパブリックコメント募集が行なわれる予定です。これへの準備として、私的録音録画小委での議論の方をまとめてくださった方がいらっしゃいましたので、とりあえず御紹介をば。

http://d.hatena.ne.jp/picas/20071013/1192266949
「私的録音録画小委員会での著作権法第30条の議論の流れを整理してみた」
(picasの日記)

 私自身が思うように動けない有様なので、こうした方が出てきてくださると非常に助かります。
 ぜひこの問題に興味のある方はご一読ください。

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2007年9月10日 (月)

津田大介さんは闘い続けている。

 文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会では「中間整理」に向けて議論が大詰めになっているところなんですが、 ITmedia での報道がきっかけでちょっと物議をかもしてしまった事柄があったりして。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0709/05/news073.html
「補償金はDRM強化よりまし?——私的録音録画小委員会で議論」
(ITmedia News)

http://xtc.bz/index.php?ID=472
「『ダウンロード違法化/iPodの補償金対象化』がほぼ決定した件と、
 ITmediaの記事で抜粋されている発言についての補足」
(音楽配信メモ)

 要は、 ITmedia の宮本記者が、「DRMが強化されるか、補償金を支払うかの2択なら、補償金を支払う方を選ぶ」と津田大介委員が小委員会で発言したと報じたことで起こった混乱なのですね。その前提となる考えをすっとばして報じてしまったがために。
 ちなみに今では当該部分は次のように訂正されています(その前の文章は私の前の記事で引用していますのでそこを参照のこと)。もし未読の方がいらっしゃいましたら御確認ください。

 IT・音楽ジャーナリストの津田大介さんは「録音・録画に使わない機器からも補償金を徴収されるのは、消費者として納得できない」とし、もし徴収するのなら実効性のある返還制度が必要と主張する。さらに「補償金制度の維持・拡大が避けられないなら、機器1台当たり十円など消費者に負担感がないほど安価に設定した上で、家庭内の私的複製が現在と同様、自由に行えることが必須」と主張。「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある。DRMが強化されるか、安価な補償金を支払う代わりに自由に私的複製できる状況を取るかの2択なら、補償金を支払う方を選ぶ」とも語った。

 最初からこれだったら、まだしもマシだったのかも判りませんがね(私が宮本記者に対して書いた批判を撤回するほどのものではありませんが)。

 なお津田さんの真意は『音楽配信メモ』の記事で書かれていますので、それも引用しておきますか。

さて、問題となっている記事中の「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある。DRMが強化されるか、補償金を支払うかの2択なら、補償金を支払う方を選ぶ」という発言だが、これは確かに俺は言った。

(中略)

えーと、細かい発言はあとで文化庁のサイト上で議事録公開されるので、それを追ってもらえばと思うけど、「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある」という発言の前に俺が言ったのは「この2年間のなかなか進まない膠着した議論を見てきて僕が思うのは、そもそも論的なものが有効に機能してもし補償金がなくなったら、権利者の人たちは確実にDRMを強化してくるだろうなということ。良い悪いではなく、そういう厳しいDRMが普及する状況になって消費者が自由にコンテンツを楽しめなくなるのなら、返還制度がきちんと実効的に機能する枠組みがある上で1台あたり数十円とか上限を非常に安く設定して補償金を払い、その上で家庭内の私的複製を阻むようなことを権利者がしない……つまり補償金がなくてDRMが厳しい世界と、広く薄い(十分に安い)補償金払って家庭内ではコンテンツを自由にコピーできる世界の二択しかないなら、僕は後者を選ぶ」というような趣旨のこと。細かい発言とは多分違うかもしれないけど、少なくともそういう意図があってかなり細かい条件を付けて、この話をした。

あともう1個重要なのは、この話が椎名委員から「賛成だ」と言われたので、それに対して釘を刺す意味で「ただし、補償金払って良いとさっき僕が言ったのは、返還制度が機能して、十分に安い補償金で、さらには家庭内では自由にコンテンツのコピーができるような環境を権利者がきちんとユーザーに対して保証するという前提があれば、という話。少なくとも今議論の俎上にのぼってる「著作権法30条を改正して、ネット上に上がっている違法著作物のダウンロードを私的複製の外に置いて、ダウンロードする行為を犯罪化させるような状況だったら、補償金払うことは飲めませんよ」という趣旨の返答をしている。

つまりこれは、現実的には文化庁の思惑や権利者の主張とこの審議会の審議の動き方を見るに、「補償金なくしてDRMバリバリの世界にいくか、補償金払う代わりに今までの私的複製の自由な範囲はいじらない」という二択しか(この審議会においては)現実解として存在しえないだろう」と俺が判断して、そんな状況に対してある種皮肉混じりで発言した部分もあるわけです。

 では、なぜこのような発言をせざるを得ない状況になってしまったのか。




■私的録音録画小委員会のこれまでの流れ

 詳しい話は議事録を参照していただきたいのですけれども。
 基本的に、私的録音録画補償金をめぐる議論の主要課題としては「著作権法第30条の対象となる私的録音・録画の範囲の確定」と「私的録音・録画が本当に補償の必要な行為なのか」という二点が挙げられます。で、前者の議論から出てきたのが「違法複製物・違法配信からの私的録音・録画を第30条対象から除外する」「適法配信からの私的録音・録画を第30条対象から除外する」という話でした。こうした、著作権第30条(私的使用目的の複製)の対象を狭めるという考えに対しては津田さんを始めとした委員から疑問の声も挙がっているのですが、(そうした声が少ないこともあって)これを無視し進めてしまう流れが出来てしまっています。
 後者についても、(補償の必要性を示せという)そもそも論の要求がメーカー・ユーザー側から挙がっていたにもかかわらず、結局「仮に権利者の不利益があるとした場合の制度設計」という詭弁が持ち出され、補償金制度存続・拡大を前提に議事が強行されてきたということが言えます。

 そして私的録音録画小委員会の現在、なんですが。
 10月の著作権分科会での報告に向け、「中間整理」をまとめる議論に入ってしまっています。それまで残された会合は2回、補償金制度についての議論にあらかた充てられてしまうでしょうから、津田さんが仰るように第30条縮小問題の方向性が「中間整理」までに転換されることは無いでしょう。
 著作権分科会での報告で「中間整理」が了承されたら、これについて意見募集が実施されます。国民が直接意見を述べる唯一の機会と言っても良いです。おそらく10月中旬です。

 第30条関連については、もはや小委員会の外で議論を巻き起こすしか無くなってしまいました。今そうしたフェーズにあるのが正直なところなのです。津田さんもこの法改定の動きに対して警鐘を鳴らし、パブリックコメントの提出を呼びかけ始めていらっしゃいます。

http://ascii.jp/elem/000/000/065/65719/
違法コンテンツのダウンロードが“罪”になる
(ASCII.jp)

 第30条縮小について注意すべき問題点が上の記事で述べられています。これを読んで、法改定に納得できない方はパブリックコメントの提出を御検討ください。もし本気で止めようとするなら、審議会で議論されている段階で食い止めるしかありません。

 ちなみに、第30条縮小に関する私の見解はここに書いてあります。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/04/post_2bb1.html
「私は、国民が文化に触れ、文化を語り、
 文化を受け継いでいくことを妨げる法改定には反対します。」
(エンドユーザーの見た著作権)

 ただし私の上の記事は、書いた当時(今年4月)時点の知識で書いていますので、今の知識で考えているのと若干の違いがあります。上記リンクの津田さんの話にもあるのですが──

●今回30条から除外されたとしても、その行為について刑事罰は科せられない。
●今回の除外は「録音・録画」に限定される。

 ということを念頭において読んでいただければ幸いです。
 それでも私が危惧している「国民が文化に触れ、文化を語り、文化を受け継いでいくことを妨げる」事態に陥りかねないという見解に変更はありませんけれども(上記2点の“限定”をもってしても、ユーザーが民事訴訟を提起される可能性が残ること、他の著作物に対象が拡大しかねないこと等の問題がなおも残っているというのは津田さんの発言にあった通りです)。




■「二者択一」と「死に至る病」

 最初の、私的録音録画補償金と DRM との関係の話に戻ります。
 これを考えるにあたり、まず前提とすべきことがあります。
 ──補償金制度と DRM というのは並存してしまっているのですね、現状。

 本来は「ユーザーが私的録音録画補償金を支払うことで私的録音・録画の自由を維持する」との名目で導入された制度ではありました。しかしコピーワンスであったり「コピーコントロールCD」であったり、補償金制度の下で私的録音・録画の自由を脅かすような実態が進んでいったのは皆さんも御存知でしょう。私的録音録画補償金の存在自体がユーザーの理解を得られないでいる主な原因のひとつであろうかと思われます。
 加えて、今の私的録音録画小委員会(とりわけその事務局)の見解としては、補償金制度と DRM の共存を前提に議論を進めているという実態もあります。つまり補償金制度を維持しようが拡大しようが、 DRM の存在とは関係ないと。コピーワンスが撤回されることも(一応「緩和」が予定されているらしいのですがね──ユーザーにとって不充分なのは言うまでもないでしょう)、私的録音・録画を妨害する仕様の DRM の導入を否定することも拒否していました。

 補償金と DRM の組合わせを考えたとき、ユーザーから考えれば有りか無しかということで利便性を判断しますのでそうしますが、「補償金あり DRM あり」「補償金あり DRM なし」「補償金なし DRM あり」「補償金なし DRM なし」の4通りを想定できます。
 「補償金あり DRM あり」が現状なのは先に書いた通りです。しかしこの現状を我々が許容できているのかと言えば、私からすりゃフザケンナってところ。そもそも私的録音・録画を妨害するような仕様のコンテンツは買いませんが、私的録音録画補償金制度の存在理由(上記の「私的録音・録画の自由」云々)を聞くたびに欺瞞だと感じずにはいられません。
 「補償金なし DRM なし」という選択肢はハッキリ言ってあり得ません。補償金が廃止された後で DRM も市場から駆逐されるという段階的変化の結果でない限りは実現不可能でしょう(市場からの駆逐は「着うた」の例を見れば望み薄といったところでしょうし)。論理的に見ても、私的録音・録画すべてが権利者への経済的不利益を発生させているとは証明できていないのと同様、私的録音・録画すべてが権利者への経済的不利益を発生させていないとも証明できていません。私見ですが、録音・録画の態様によって経済的不利益が発生したりしなかったりするのではないかと思われます(絶対に不利益が発生しないとか考える方はぜひ論証に努めてください。自分に有利な場面だけ想定できるわけではありませんから、かなり骨ですよ)。だからこれも選択肢として使えない。──それ以前の問題として、権利者が受け入れるわけないですけどね。
 となると、現実にあり得る未来について選択肢を設定するなら「補償金あり DRM なし」「補償金なし DRM あり」の二者択一ということになります。

 このうち、「補償金なし DRM あり」を選択したらどうなるでしょうか。 DRM で私的録音・録画が制限される場面が発生すると考えられますが、その DRM が社会に受け入れられるかどうかは市場が判断する結果に依ります。そこで考えられる未来はふたつ、〈権利者がガチガチの DRM をかけて市場が抵抗する〉〈権利者が軽 DRM または無 DRM を採用して市場と和解する〉です。
 しかし著作権者らの抵抗によって日本での著作物利用が阻害されている現状を見れば、こうした DRM への傾斜が市場との大きな摩擦を生むことは間違いありません。そして業界(この場合はアーティスト・レコード会社等の両方)もユーザーも疲弊し市場が縮小していくことが予想されます。中には「もう音楽なんて聴かねーよ!」と離れていく人も多く出てくることでしょう。
 私流で言えば〈ゲリラ戦が始まる状態〉で、そこまで消耗しながら音楽のために闘える人間がどれだけいるというのか疑問だったりします。津田さんの話に私が共感するのもこういう認識から。

 現実解ということで言えば、おそらく津田さんが仰るように「補償金あり DRM なし」を求めるのがいささかマシということになります。

 実は『音楽配信メモ』での記事の前に津田さんがこの問題をズバリ論じている文章があったりしますので、それも紹介しておきます。新著 『CONTENT'S FUTURE』 のプロモーションとして配信されたネットラジオの後で、チャットを使って質疑応答をした時の模様です。

http://blog.shoeisha.com/contentsfuture/2007/09/q2_drm2drm.html
「【補償金】Q.2 補償金とDRMの究極の2者選択ですが、……【DRM】」
(CONTENT'S FUTURE)

 あるべき未来を考えたときに、上の二者択一にすることを「詭弁」だとか「ミスリード」だとか呼ぶことが的はずれだということは言うまでもないでしょう。 ITmedia の記事や『音楽配信メモ』での反論を受けて、そういう声が少なからずあったんですが、私の印象はそんな感じでした。
 むしろ、あの二者択一は「補償金あり DRM あり」という可能性を拒否する意志の表われであると私は解釈しています。津田さんは闘い続けている。──著作権法第30条の縮小が規定路線で進み、私的録音録画補償金も維持、それどころか拡大されようとしている今。ユーザーにとってギリギリ容認できるラインがどこなのか、それを見極めなければならないところにまで追いつめられているということです。いつも同じことばかり議論していて進展が無いとかいう認識では見誤りますよ。むしろ状況はもっと悪い。
 他人を冷笑したり皮肉言ったりするのも勝手ではありますが、自分の考えを具体的にぶつけることを模索しないと取り返しのつかないことになるということは指摘しておきます。


 ──最後に。パブリックコメントを提出することに対して“やってもムダ”的なことを考えている方も少なからずいらっしゃるようなのですが。
 まぁ正直な話、文化庁ってのはパブリックコメントを無視して好き勝手にやる傾向はあります。まして意見募集すらまともに周知しようとしません。何せ募集要項を文部科学省や文化庁のサイトに掲載しなかったりするくらいで。
 しかし、だからと言って何をやっても無駄だという訳ではないのですよ。まず反対意見の存在を顕在化して連中に思い知らせなければ始まらないというのもあります。これまでの行政に対するネットユーザーの運動というのはこれの積み重ねでした。 2004年の いわゆる「レコード輸入権」の問題から始まって、 2005年の 私的録音録画補償金問題、 2006年の中古家電 PSE 問題など、パブリックコメントや行政に対する働きかけが事態の展開に影響した例は少なくありません(それから今、総務省でも地デジに関するパブリックコメントを募集していますよ!)。
 私的録音録画小委員会に津田さんが出席しているのもその成果の一つです。確かに現状はかなりキツイところに追い込まれてはいますが、あそこで闘い続ける津田さんをどうバックアップできるか。その視点でパブリックコメントを考えていただきたいのですよ。
 パブリックコメントは、文化庁に対する示威行動であると同時に、津田さんに“弾薬”を渡せる数少ない機会でもあるということです。

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2007年9月 6日 (木)

文化庁の審議会独裁モード加速 ──私的録音録画小委#11

 9月5日に文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会(第11回会合)が開催されました。ここのところ冗談抜きで2週間置きの開催だったわけですが、次回はなんと 9月13日。 一週間かよ!
 はっきり言って、もはや文化庁には審議会で話し合いをさせるという考えは無いわけですよ。会合の数だけ一応こなし、そのまとめを捏造、形だけの報告書でも上げておけば小委員会で承認されるだろうという腹。各種報道で聞こえてくる「議論の整理」についても、小委員会で結論が出ていないことばかりか話し合われていないことまで「承認が得られた」とかやってるんですから。

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/09/05/16806.html
「私的録音録画小委員会、9月13日に『中間整理(案)』提出へ」
(INTERNET Watch)

 今回議題になってるのは、事務局が提出してきた「議論の整理メモ(2)」。ちなみに(1)は前回・第10回で配布されているそうです(30条縮小の話ですね)。今回はどちらかというと補償金制度そのものの話。「仮に補償金の必要性があるとした場合」などというレトリックのもとに事務局が強引にまとめてきた資料です。眉にツバつけて読んでいきましょう。
 上記リンクの INTERNET Watch 記事でのまとめによりますと、「議論の整理メモ(2)」にある項目は7つ。特にこのうちの頭から4つは今回の報道に欠かせないものとなりましょう(どうして私がこのような指摘をしているのかと言えば、それは後で説明します)。

 「対象機器・記録媒体の範囲」については、両論併記とのこと。私的録音・録画できる機器をがばっとまとめて課金する方法(つまりパソコンへの課金も想定)と、「現行制度の考え方をそのまま踏襲」する方法。
 個人的には、「現行制度の考え方」自体に瑕疵があると思うので、この併記ですら充分とは言えないのですがね。端的に言えば、補償金の必要が無いタイムシフト専用機やプレイスシフト専用機を無視しているわけですからね、例のまとめは。
 「HDD 録画機器」や「携帯用オーディオ・レコーダー」について課金することの「了承を得た」としているあたりもフザケンナですよ。実は私が補償金の要なしと考えているのはこの二つですから(細かいことを言えば多少分類が必要ですが)。「仮に補償金の必要性があるとした場合」ですから、その前提を証明しなければなりませんが未だに私的録音録画小委員会で決着していません。当然、 JEITA の亀井委員からも反論が出ているようです(上記リンク記事参照)。

 いわゆる汎用機器(パソコンが代表)への課金(記事では「どの機能が主要機能であるか不明確なもの」)については「意見の一致に至っていない」とのこと。まぁこれは妥当と言えるところでしょうか。この先どう転ぶか判らないので油断は禁物ですが。
 華頂委員が録音録画を売りにして店に並ぶパソコンの例を出したりしていますが、これは津田委員の「PCの録画機能はほとんど使っていない」という反論が本質を衝いています。補償金は私的録音・録画をするという行為に着目して課金しているもので、私的録音・録画できるけれどもそれに使われていないような機器・記録媒体には課金するものではないのですから(だから一応、他人の著作物を私的録音・録画しない場合には支払い済み補償金を返して貰える制度が用意されてるんですね)。
 要するにですね、汎用機器に関する華頂委員のような意見というのは血迷ってるだけなのですよ。金かねカネ欲しさにね。「宣伝」云々をあげつらって課金を迫るというのは、私的録音・録画専用として売られているものの証明としては作用しても、汎用機器が私的録音・録画に使われている証明にはならんのですよ。現に多くのユーザーがそうした用途に使っていないのだから。

 対象機器・記録媒体の決定方法について。現行の政令指定方式を踏襲するとか言いながら、「公的な評価機関」で審議してから文化庁が政令に定めるという話になっています。結局、事務局のやりたい方向。
 ここで注意しなければならないのは、評価機関にかけられる検討課題が「対象となるかどうか紛らわしいものなど」だということ。つまり「機器・記録媒体が発売されるごとに評価機関で審査すること」を拒否しているのです。本来ならそれをやらねばならないのと違いますか?
 現行制度を考えると、まぁ政令で定められているのは機器・記録媒体の仕様を文章で表記したものになります。だからこの仕様で発売された機器・記録媒体は自動的に課金対象となる訳ですが、そこからはみ出てしまうものを審査するのに「評価機関」を用意しようという話なのですね。では、審査する前提として当該仕様に引っかかるのか否か、「紛らわしい」のか否か、そうした評価をする役目は誰が担うのでしょうね?
 要するに。本気で「評価機関」を作るのであれば、すべての機器・記録媒体について審査する形をとらねば意味が無いのですよ(そうでなければ現行制度以上のものは出来上りません)。審査するかどうかを文化庁が判断するというのであれば、 iPod の時のような法制問題小委員会での「評価」で充分です。 2005年 に課金が決定しなかったのは、現行補償金制度下で iPod を課金するには問題がありすぎたということに他ならないのであって、そうした時間のかかり方をするのは当然のことなのですから。
 また、評価機関を作るとすれば、少なくとも現行の文化審議会の各小委員会以上に公開性を高めなければ意味がありません。むしろ非公開の方向で進んでいくとしたら有害以外の何物でもない。最低限、国民の傍聴・報道機関の取材・配付資料や議事録の公開を行なわないとならないでしょう。加えて、いま文化庁がやってるような情報公開のサボタージュ(配付資料公表に1ヶ月、議事録公表に2ヶ月はかかりすぎです)を禁じるような法規定を用意すべきだと思いますし、場合によっては先行して音声での議事公表も考えるべきでしょう。また公表事項については著作権を明示的に制限し、インターネット等での共有を可能とすべきです(これは今の文化審議会にも言えると思いますがね──文化審議会の配布資料に自由利用マークを付けないで普及を図れるわけがない)。そこまでやれないのなら、わざわざ文化庁主導で「評価機関」を作る必要などありません。
 文化庁がどの面さげて「透明性が確保された決定プロセス」などと言うのか。片腹痛いと言わざるを得ません。ってか、今の体たらくを見れば〈穴があったら入りたい〉というのが正常な神経の持ち主ってところでしょう。「議論の整理メモ(2)」においては、「評価機関」の話についても眉ツバで聞いておいた方が良いです。
 ──このあたりはパブコメにも書いてやるからね!

 支払い義務者については両論併記のようですね。メーカーかエンドユーザーかという。これについては、メーカーにしたときの問題点を既に書いてありますので省略。
 補償金額の決定方法については、何も言わないのに等しい内容のようです。「具体的な仕組みについては未定だが、いずれにしても権利者、製造業者、消費者など関係者の意見を十分反映する仕組みを考える必要があるとした」。こんなのじゃ「著作権保護技術の影響度を補償金額に反映できるようにする」などと言っても説得力ないです。




■ITmedia 宮本記者の体たらくについて

 すっかり毎回恒例になってしまってるというか。
 正直、もう二度と採り上げまいと思っていたのですがね。
 あまりにも [これはひどい] だったので今回も‥‥。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0709/05/news073.html
「補償金はDRM強化よりまし?——私的録音録画小委員会で議論」
(ITmedia News)

 私は本記事の最初の方で「「議論の整理メモ(2)」にある項目は7つ。特にこのうちの頭から4つは今回の報道に欠かせないものとなりましょう」と書きました。それは何故か。
 宮本記者の記事がまともなものであったのか否か、それを判断する基準となるからです。宮本記者がはたして議論の中身を理解し、各項目の重要度を判断できるだけの能力を持っているのか否か。
 しかし現実として、今回の記事で議事の内容を知ることのでる〈情報〉はここだけでした。

 IT・音楽ジャーナリストの津田大介さんは「録音・録画に使わない機器からも補償金を徴収されるのは、消費者として納得できない」とし、もし徴収するのなら実効性のある返還制度が必要と主張する。さらに「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある。DRMが強化されるか、補償金を支払うかの2択なら、補償金を支払う方を選ぶ」と述べた。

 主婦連合会副常任理事委員の河村真紀子さんは「そもそも補償金があるから私的録音録画が自由にできるというのはおかしい。なぜ消費者は補償金を支払わなければならないのかをもっと議論するべき」と話した。

 記事自体が短いのに加え、実際に今回の小委員会で議論されたものなのか過去の議論を記者がまとめたのか判らないような地の文がほとんど。しかも上記引用部についても、先の INTERNET Watch 記事を読めば見当が付きますが、津田委員の発言を全体的に曲げて伝えかねない方向性です。
 どうもね。宮本記者は権利者側に寄りすぎて書く傾向があるのですよ。そこで反論があって対立軸が明らかになったような場合でも、記事の中でそれをスルーしてしまう。まして津田委員の発言で唯一採り上げるべき発言がアレかと。あの発言がウソだとは言いませんよ。彼は他の場所でもそういう発言をしていますから(私も彼と同じ前提に立ったときには同感ですしね)。しかしあの発言だけを採り上げたのでは意味が変わってしまう。
 そうした判断を宮本記者が出来ているのかということです。

 過去に文化審議会を追ってきた ITmedia の記者の変遷を考えると どうも宮本記者は新人さんっぽいのですが、まぁ新人であろうが新人でなかろうが この大事な局面であの程度の記事しか書けない、私的録音録画小委の報道関係傍聴席を占めるだけの価値は見出せない人物なのではないかと思わざるを得ません。
 今回、さすがに堪忍袋の緒も切れてしまったのでトラックバックを送らせてもらいます。ついでに過去の私の宮本記者批判も転載しておきますか。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/08/post_cf8a.html
「砂上の楼閣たる私的録音録画小委の議論に正当性は見えるか ──第9回会合」
(エンドユーザーの見た著作権)



■ITmedia 記者のスリーアウト

 著作権分科会での議論を追いかけているメディアといえば、 INTERNET Watch と ITmedia ぐらいなものですかね。私もだいたいこの二つを引きながら動向を論じる形なのですが(私自身は物理的に傍聴不可能ですから)、今回は前者だけを引いてこれを書いています。
 最後にちょっとだけ ITmedia にも触れておこうかとは思いますが、ひょっとすると二度と引かなくなるかも判りません。

 ──あまりにも使えないのですよ、記事が。

(中略:津田委員の発言を伝えた宮本記者の記事からの引用)

 これらは津田委員の同じ(一連の)発言を伝えているように思われます。ところが あまりにも印象が違いすぎるという。
 正確な発言内容は議事録の公表を待つしかないにしても、津田委員の過去の発言からいって「1つの機器やメディアに課す補償金が低くなる可能性もある」と肯定的に表現して終わりとは考えられません。むしろ文脈からして「1つ1つの補償金額が安くならなければ消費者的は(原文ママ)納得できない」の方が自然です。
 補償金の課金対象を拡大したときに「低くなる可能性」を示したとしても、それだけなら高く決まる可能性も加味した上で肯定しているとも読めます。現行の補償金額を前提に課金拡大される方が自然なのですから。しかしそれが津田委員の趣旨であったのか否か。
 ITmedia での伝え方では、発言の中へ留保されたものを不適切に切り捨てているのではないですか?

 字面は間違っていなくても、その伝える方向性に問題があって論旨を曲げてしまうということはよく起こります。 ITmedia の宮本真希記者は対立点をあぶり出すという書き方を基本的にしませんから、裏読みに耐えられる文章が上がってこない傾向があるようです。伝えている発言に反論がなかったのか、その発言は条件付きのものではなかったのか、という。
 それが意図的なものか実力不足によるものなのかは判りませんがね。三田誠広氏が池田信夫氏にやりこめられた一件を伝える記事にしても(中略)、前回の私的録音録画小委を伝える記事にしても、事実を伝えながら論点を提示するという視点が決定的に欠けていました。
 私に関係ない記事だったらスルーしておけば良いだけなんですが、さすがに、私的録音録画小委の重要な局面でこういう記事を読まされてしまうのでは我慢の限界。私の中では「スリーアウト」ですよ。

 記者修行なら他の場所でやっていただきたい。
 報道関係者の傍聴席がもっと多く用意されてるのなら別ですがね。
 限られたリソースを無駄にするのだけは止めてくださいな。
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/07/post_32bd.html
「私的録音録画小委#8 ──『著作権』の名を借りた あさましい主張」
(エンドユーザーの見た著作権)



 7月26日に、 文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会の第8回会合が開催されました。ここでは最初にウェブに載った ITmedia 報道をネタ元に論じていきます(その後 INTERNET Watch でも記事が出ているのですが、これについては後で)。

 というのも、今回の ITmedia の記事、久しぶりに審議会ネタを採りあげたのは良いのですけど、ちと拙劣に過ぎるのですよ。どうしてもそれに対しての苦言が以下 連なるということになります。あらかじめ御了承ください。
 私的録音録画小委員会の議論が(不当な議事運営によって)のっぴきならないところにまで来ているにもかかわらず、報じ方がノンビリしすぎているのですよ。今どういう状態に陥っているのかが伝わってこないばかりか、第8回会合において実際にどのような議論があったのか(逆にどのような論点には触れなかったのか)すら はっきり書かれていない有様。一部それらしい描写があっても、過去の経緯を伝えるつもりで書いているのか第8回会合での委員発言を伝えているのか判然としません(終盤の引用が第8回会合での委員発言だというのは判りますがね)。
 内容面から言えば、実のところ(野原委員発言以外は)今までの議論で出尽くしている論点ではあります。しかしこれは第8回会合の中身が空っぽだったせいなのか、取材した記者の眼が節穴だったのか、やはり判然としません。

 厳しいことを言い過ぎてるのかも判りません(ましてロハで読ませてもらってる一介のネットユーザーに過ぎませんからね、私は)。しかし過去の私的録音録画小委を追いかけてきた人間からすれば、事務局が一定方向への誘導を目的とした「叩き台」を提出したことで議論を更に紛糾させたという経緯、「そもそも論」を置き去りに課金ありきの議事進行をしたことへの委員の抗議、汎用機器への課金について当然に出るであろう反論、補償金の支払い義務者を変更することで生じる「補償金」から「税」への変質など、きちんと過去の議論を踏まえて記事を書こうと思えば あれほど薄い内容にはならないのですよ。どう考えてもね。
 とりわけ汎用機器への課金がどういった問題を引き起こすのかや、返還制度が機能していないという問題などについては、2年前の法制問題小委員会で既に指摘されているのですよ。そこまでを書き手が(あるいは内容に責任を持つ立場の人間が)踏まえておかないと、過去に論じられたことを(あえて)繰り返さざるを得なかったのか、それとも新しい角度からの視点も交えて指摘があったのか、そういった機微というものを伝えられないのではないですか?
「ユーザーやメーカーは反対の声をあげている」? それは今回の小委員会の中で反対意見が出たということですか? 出たのならなぜ発言自体を引用しないのか? それとも過去の経緯を説明しただけに過ぎないのか? いや 「iPod や PC からも補償金を」などという委員意見が出ているのに反論が出ない筈がないでしょう(現に亀井委員から反論があったようですね、 INTERNET Watch によると──ただここの記事でも反論の全貌を知ることはできませんが)。
 例の記事で判るのは、課金対象として iPod やパソコンを指定すべきとの意見が出たことと、支払い義務者をメーカーへ変更することについて津田委員が反対意見を出したということ(あと野原委員が時事ネタを入れたこと)ぐらい。本当にそれしか伝えるべきことが無かったのやら。

 今期の私的録音録画小委は、ただでさえ議事録等の情報公開が遅れています(私は事務局が意図的に遅らせていると考えていますがね)。 ITmedia のような Web 媒体での報道が我々にとって数少ない情報源と言ってもいいのです。
 報道関係者という恵まれたポジションで取材をしておきながら こういった薄い報道をやられたのでは、物理的理由で傍聴に行けない人間は議事録公開までの時間を無駄に過ごさねばなりません。
 メディアとして果たすべき役割といったものを再度 認識し直していただけたらと切に願います。特に 「iPod 税」の時に他メディアをリードしていった ITmedia には気張ってやっていただきたい。ホントですよ。

 新人研修ならよそでやってください。




■パブリックコメントだ!!

 え〜、今後の予定としては、 9月13日に 私的録音録画小委#12、 9月21日 に法制小委(私的録音関係の報告があります)、 9月26日に 私的録音録画小委#13が開催されます。ここらで「中間整理」がまとめられ、 10月12日の 文化審議会著作権分科会に諮られるわけですね。だいたいは変更なく了承されます。
 そしてパブリックコメント募集へと突入します(だいたいは著作権分科会会合の当日に始まることが多い── 10月12日)。だから皆さん、10月半ばは覚悟してくださいね。今から準備していくことを推奨しますよ。

 募集期間がどれくらいになるのか微妙です。一般的には1ヶ月ほど期間を取るのですが、官僚ってやつは自分らに都合の悪いパブコメはすぐ締め切りますからね。2週間程度の期間を想定しておくのがよろしいでしょう。
 私のブログは「表示 - 非営利 - 継承 2.1 日本」のクリエイティブ・コモンズ・ライセンスで公表していますので、ここで公表した文章を参考に意見書を書かれても一向にかまいません。というか、そうしてくれた方が私も書いた甲斐があったというもの。
 これまでに私的録音・録画関連で書いた記事(の一部)を以下に紹介しておきますね(あと既掲の宮本記者批判記事も私的録音・録画関連の話ですので合わせて使っていただけると幸いです。っていうか、先の記事の方が気合い入ってたりして)。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/04/2007327_c455.html
「2007.3.27 私的録音録画小委員会#1 ──資料概観」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/04/post_fa93.html
「私的録音・録画問題における文化庁のやる気の無さ(と横暴)」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/04/post_2bb1.html
「私は、国民が文化に触れ、文化を語り、文化を受け継いでいくことを
 妨げる法改定には反対します。」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/06/post_e82e.html
「知的財産推進計画2007 ──“既成事実化”する「アップル」のパブコメ(追記あり)」 (エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/06/post_e2eb.html
「私的録音録画小委#4:『利益』にこだわっているのはどちらか、
 そして妥協を考えていないのはどちらか?」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/06/post_6045.html
「もし私が私的録音録画小委員会の委員だったら──」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/06/post_e58e.html
「レンタルCDにかかる『二重徴収』が否定された日」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/07/post_8ca7.html
「私的録音録画小委#6 ──私的録音・録画問題は視野狭窄の産物だと思う」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/07/post_fe72.html
「私的録音録画小委#6 ──私的録音・録画問題は視野狭窄の産物だと思う(その2)」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/07/post_9a2c.html
「『結論ありき』の議論を続けるなら、私的録音録画補償金をめぐる
 『そもそも論』はこれからも頻出する ──私的録音録画小委#5
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/07/ipod_db31.html
「『コピーワンス』問題と補償金 ──iPod 税・パソコン税への道に実は通じている話」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/07/post_5631.html
「 “私的録音・録画する可能性”は『補償金』という名の財産権侵害を正当化しない」
(エンドユーザーの見た著作権)

 我々にとっては私的録音録画小委の様子は伝わってこないという状況だったりするのですが、これを逆手に取ってやって、判らない小委員会の内容に一喜一憂するのでなく意見募集でパブリックコメントを叩き付ける準備期間として有効に使ってやろうではありませんか。
 どうせ事務局に黙殺されるだろ、とかそういう皮肉言ってるバヤイじゃないのですよ! 自分らの権利を今主張しないでいつ主張するんだ、と。

 あたしはやり続けるよ。
 沈黙が分別ある行動だとは思いませんので。

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2007年8月17日 (金)

砂上の楼閣たる私的録音録画小委の議論に正当性は見えるか ──第9回会合

 私的録音録画補償金の拡大が議論されている、文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会の第10回会合が 8月24日 に予定されています。傍聴の募集も始まっています(締め切りが 8月21日 午後6時)ので、都合の付く方はぜひ申し込んでください。はっきり言って、今が正念場です。
 さて第9回会合は8月8日に開催されました。相も変わらず2週間ほどのインターバルで開かれ続けているわけですが、それによって議論が深められている感じでは全くありません。議論の前提が積み上げられることなく、補償金拡大ありきで外観だけ整えようとしている砂上の楼閣といった風情なのですが──

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/08/08/16580.html
「『DRM普及でも補償金制度は必要』権利者側がメーカーに利益還元求める」
(INTERNET Watch)

 記事では、現行の補償金制度を変質させんと“奮闘”する権利者側委員の発言が伝えられております。もっとも、ネット上での反応を見ると これに理解を示す向きは殆ど見られませんわね。そりゃそうですよ、彼らの主張には論理的な根拠が伴っていないのですから。
 現行の補償金制度を正当なものとみなし、加えてメーカーを支払い義務者とすることで汎用機器・記録媒体(ひらたく言えばパソコンやハードディスクです)へと課金対象を広げようとしているのが彼ら(ついでに言えば文化庁も)の目論見。そしてその理由とされているのが「私的複製の問題は、メーカーが高度な複製技術を一般に普及させたことから生じている」との椎名委員の発言だったりします。
 しかし。これが本当に「私的複製の問題」なのか否か。確かに著作権法の研究者などからはこういう解釈が示されがちだったりはする訳ですが、私に言わせればそのような解釈に説得力など無い。メーカーが複製技術を普及させたところで、それは、一部の著作権者・著作隣接権者に対して「補償」せよとの責任を負うべきものではないのです。

 複製技術を一般に普及させるということは、表現手段を一般に普及させていくということと表裏一体です(特に音楽や映像というのは録音・録画と結びついて発展していく表現形態ですからね──音楽のライヴとかはともかくとしても)。社会から感謝されこそすれ、非難される筋合いはありません。
 また、〈業務用として既に存在する機器等が低廉化した結果 一般へ普及していく〉などということは工業化した社会では当然の流れです。複製技術がいつまでも一般に普及しないで済むなどという考え方自体がかなりファンタジーなのであって、こうした幻想を法律によって保障する必要など(まして幻想を維持するだけのコストを社会が負担する必要など)全くありません。
 録音・録画の機器等からメーカーが得ている「利益」を考えても、ユーザーが対価を払っている理由から、権利者団体に“利益還元”すべき性質のものではないことが判ります。我々は何に対して金を払うのか──メーカーの技術や設計思想ですよ。我々は、コンテンツへの対価は別問題として、CDや音楽配信に金を払い、その上で当該機器等を仕様しているでしょうが、いつも!
 メーカーからの“利益還元”を肯定することは、最終的な負担者である我々ユーザーにとって〈他人の著作物を私的録音・録画するかしないかにかかわらず、機器等を所有すれば自動的に課金徴収される〉仕組みを作ることに繋がります。

 私的複製の問題は、メーカーが高度な複製技術を一般に普及させたことが本質ではありません。あくまでもユーザーが他人の著作物を(30条の権利制限内とはいえ)複製しているという行為そのものにあります。だからこそ私的録音・録画に対して「補償金」を求めることに一応の論理性が認められるわけです。
 もっとも〈(デジタルであれば)いかなる私的録音・録画にも課金すべき〉との考えを正当化するだけの理論は未だに積み上げられていませんがね。少なくとも、この前提を疑う主張に対して反論が有効に行なわれている段階にはありません。かような現状で「補償金」拡大を強行しようとしているのですから、小委員会で一定の“結論”が捏造されたとしても どこまでの正当性があるのかは疑問です。
 著作権制度の本質へ立ち返ってみれば、どういった著作物の利用から著作権者等へどう利益を還元していくかということの積み重ねに尽きます(その手段として禁止権を付与するという構成を採っているわけですね)。それを踏まえて私的録音・録画問題を捉え直さないと、今のような歪んだ状況がいつまでも続くのでしょう──複製機器は一部の人間に独占させるべきという、時代遅れのファンタジーに立脚し硬直化した制度を無理に生きながらえさせようとする様が。
 著作権制度が未来へ向けアップグレードへの第一歩を踏み出すのか、旧来の価値観をごり押しして崩壊を早めるのか。時代遅れのファンタジーからくる矛盾点が一気に吹き出す私的録音・録画問題の議論に際し、こうした分かれ道に来ていることを自覚して臨んでいる人がどれだけいるのか、私には疑問に思えてなりません。

 入口の議論から詰めておかないとならなかったのですよ。やはりね。




■INTERNET Watch 記事からピックアップ

椎名氏は、現在の補償金額が「対象機器・記録媒体の価格の定率」となっていることを挙げ、「最近の対象機器・記録媒体はオープン価格が多い。これらの価格が安くなると、それに応じて補償金額も下落する」と指摘。改善策として、定率ではなく定額で補償金を徴収するプロセスを提案した。

 私的録音補償金管理協会(sarah)で権利者側の代表として補償金額を交渉した経験があるという日本レコード協会の生野秀年氏は、金額が決定するまでに時間がかかることを指摘。「(私的録音録画が可能な機器の)技術の発達に(補償金制度が)追いつかない状況はまずい」として、補償金額を迅速に決定できる仕組みが必要であると訴えた。この意見には椎名氏も同意し、「利害関係者や学識経験者で構成された評価機関で迅速に決めるべき」と続けた。

 前半の、椎名委員による定額制への要望は議論としてあり得るものだと思います。確かに、私的録音・録画という行為に対して一定額の補償金を課すという時、それに使われる機器や記録媒体の値下げによって目減りしていくのはどうかという観点はありますから。
 ただ、こうした補償金額を変更したいという要望を実現することに今まで権利者が成功しなかったという事実にも目を向けねばならないのです。そもそも権利者側がメーカー側とどう話し合ってきたのかという。権利者とメーカーとの間の妥協の末 創設された補償金制度だというのに、その金額について新たな合意に至ることができない体たらくの中で制度を存続させる意味があるのか否か。

 しかも後半の、生野委員による「迅速に決定できる仕組み」とやらは、先の定率か定額かという論点を加味して考えると、その要求が違うものに映ってきます。
 つまるところメーカー側との交渉が不調だから(別の言い方をすれば、メーカーを説得させられないから)、文化庁を味方につけ数の不均衡で押し切りたいということです。私的録音録画小委もそうですが、新たな「仕組み」でも権利者の数を多く設定するなどの不公正な運用がなされるのは明らかですからね。
「迅速」などというものは、私的録音録画小委での議事進行を見る限り「拙速」以外の何物でもないのですよ。言葉通りに受け取れるような話ではありません。

 課金対象や金額を決定する新たな組織を設けるよりも、むしろ著作権分科会下の小委員会を正常化し、補償金制度の内容を現実に合致させたものへと改善するのが先でしょう。課金対象や金額については改善議論の延長として扱えば良いだけの話。新組織で適切な検討がなされるなどとは(私的録音録画小委以上に)望めるべくもなく、ただ密室の中で権利者が好き勝手にふるまうようになるのは目に見えています。
 仮に新組織が正当性を得るには、権利者とユーザー(メーカーも含む)との人数を同じにし(有識者はオブザーバー扱い)、文化庁の影響から切り離し(あるいはメーカー側に経産省を付かせる)、現行の私的録音録画小委以上の透明性(会合の傍聴と議事録公開が必須)を保証することが最低条件です。そのうちのどれが欠けてもいけない。

 補償金額の決定方法に関する意見に対して、主婦連合会の河村真紀子氏は「(補償金制度の存続が)既定路線であるかのように話が進むことに抵抗感を抱いている」と反論。補償金制度の本質を議論せずに、対象機器・記録媒体に対する補償金額の決定方法を検討することは「一方的と言わざるを得ない」とし、これまでの小委員会で一貫して主張してきたように「補償金制度の妥当性の見直し」の必要性を訴えた。

 こうした反論が今でも繰り返し出てくることに違和感を持つ方も少なくはないでしょう。気持ちは分かりますが、こういう反論は当然出てくるものなのですよ。河村委員が指摘しているとおり、補償金制度の根本的な議論が未だ済んでいないのですから。
 今の議論は、私的録音・録画を行なうことから当然に補償金を徴収すべしとの前提で進められています。これに対する疑問がユーザー・メーカー側から挙がっているにもかかわらず、です。しかも今後、私的録音・録画できる機器等を所有すること自体に課金するような制度へと変質させることが強引に進められようとしているわけで、その根本を問う上記のような反論が(何度でも)出てくるのは必然なのです。
 例えば私たちが真っ先に考えるような疑問、〈自分で買ってきたCDをMDに録音して聴くことが、どうして「補償」の対象となるのか〉。「MD」は iPod でもパソコンでも何でも構わないのですが、こういう疑問を解消させるような(小委員会で議論の前提として合意できるような)論は出てきていません。むしろ委員の多くは、この場合には「不利益」が生じていないと考えている節も見られていたんですがね。
 そこを無視して、事務局主導で課金ありき・拡大ありきの議論が進められているのが現状です。

補償金管理協会では、徴収された補償金の一部(最大20%)は権利者団体に配分されずに、啓蒙活動などを目的とした「共通目的事業」へ支出される仕組みがある。この事業については、「存続すべき」との意見が続出。ただし、事業内容については「見直すべき」という声が多く、津田氏は「共通目的事業が継続するのであれば、その割合を20%から100%に限りなく近づけるべき」との考えを示した。

 「現在の補償金総額は5億円程度。それ(共通目的事業に割り当てられる金額)でどれくらいのことができるのか。それならば、クリエイターを守るセーフティネットのように共通目的事業を活用してみてはどうか。補償金を個々の権利者に厳密に分配できないのであれば、創作支援に使う方が良い」(津田氏)。

 個人が他人の著作物を私的録音・録画することによる「経済的不利益」の補償を建前とする制度について、その論理的正当性すらまともに議論されていないのが現状です。このまま補償金制度を存続させるばかりか課金対象を拡大するともなれば、その性質が「税」化していってしまうおそれは極めて高いものです。その一方で、そうした補償金の分配を受けられるのが、本当に補償されるべきなのか判然としない「権利者」たち。
 それならばいっそのこと完全に「税」化してしまって、共通目的基金という形で社会全体に還元してしまう方が社会的な納得を得られるのではないかとすら思います(無論、かような正当性なき制度は廃止できるに超したことはありませんが)。そういった文脈において、私は津田委員の上記発言に共感します。
 私的録音・録画問題の解決策は、一部の「権利者」だけに利するような形を採るべきではありません。より広く社会に還元され、社会的な合意のもとで存続できる制度である必要が本来はある筈なのです。私的録音・録画できる機器や記録媒体を所有することに何らかの賦課金を要するというのなら、その賦課金は「税」的な扱いを受けるべきです。私的録音・録画実態を考慮しなくなった時点で、そのような制度は もはや私権云々という概念からは離れてしまうのですから(ユーザが支払い義務者で、返還制度が維持されるのなら別ですがね)。


 記事によると、「次回の会合では、これまで寄せられた意見を踏まえた資料を事務局が提出し、これをもとにさらなる議論が進められる」とのことです。
 しかしどれだけまともな「資料」が上がってくるものなんだか。今年度と昨年度の私的録音録画小委だけを見ても、事務局の打ち出した拡大方針に対する反対意見については無視し続け、あげく強引に「叩き台」を出して、それに沿った議論をやらせたわけですから。
 また忘れてならないのが、事務局の「叩き台」はあくまで「もし補償の必要があるとしたら」との前提で制度変更を議論しているということ。ここから「もし」を外して制度変更を実現しようとするのなら、当然にその補償の必要性自体を再度議論しなければならないですし、「もし」のもとですら議論が対立しているという事実を踏まえて小委員会を運営しなければなりません。

 はっきり言って、拙速に報告書をまとめられる段階ですらないのですよ。




■ITmedia 記者のスリーアウト


 著作権分科会での議論を追いかけているメディアといえば、 INTERNET Watch と ITmedia ぐらいなものですかね。私もだいたいこの二つを引きながら動向を論じる形なのですが(私自身は物理的に傍聴不可能ですから)、今回は前者だけを引いてこれを書いています。
 最後にちょっとだけ ITmedia にも触れておこうかとは思いますが、ひょっとすると二度と引かなくなるかも判りません。

 ──あまりにも使えないのですよ、記事が。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0708/08/news074.html
「補償金額はどう決めるべきか 私的録音録画小委員会」
(ITmedia News)



 IT・音楽ジャーナリストの津田大介さんは、前回の会合で補償金の課金対象をiPodやPCにまで広げるべきとの意見が出たことを挙げ(関連記事参照)、対象範囲を広げた場合、「広く薄く」の通り、1つの機器やメディアに課す補償金額が低くなる可能性もあると指摘。このため「補償金額の決定方法と、対象機器の範囲の議論は一緒にすべき」と提案した。
※ リンク既掲 INTERNET Watch 記事より


 IT・音楽ジャーナリストの津田大介氏も、「議論を聞いていると、(対象機器・記録媒体の)範囲を迅速に拡大しようとするばかり」と河村氏の意見に同意。さらに、PCや携帯電話などが広範囲に補償金対象となるのであれば、「1つ1つの補償金額が安くなければ消費者的は納得できない」と述べた。補償金額の決定方法については、関係者が協議する際、パブリックコメントなどを通じて消費者の意見も反映すべきと主張した。

 これらは津田委員の同じ(一連の)発言を伝えているように思われます。ところが あまりにも印象が違いすぎるという。
 正確な発言内容は議事録の公表を待つしかないにしても、津田委員の過去の発言からいって「1つの機器やメディアに課す補償金が低くなる可能性もある」と肯定的に表現して終わりとは考えられません。むしろ文脈からして「1つ1つの補償金額が安くならなければ消費者的は(原文ママ)納得できない」の方が自然です。
 補償金の課金対象を拡大したときに「低くなる可能性」を示したとしても、それだけなら高く決まる可能性も加味した上で肯定しているとも読めます。現行の補償金額を前提に課金拡大される方が自然なのですから。しかしそれが津田委員の趣旨であったのか否か。
 ITmedia での伝え方では、発言の中へ留保されたものを不適切に切り捨てているのではないですか?

 字面は間違っていなくても、その伝える方向性に問題があって論旨を曲げてしまうということはよく起こります。 ITmedia の宮本真希記者は対立点をあぶり出すという書き方を基本的にしませんから、裏読みに耐えられる文章が上がってこない傾向があるようです。伝えている発言に反論がなかったのか、その発言は条件付きのものではなかったのか、という。
 それが意図的なものか実力不足によるものなのかは判りませんがね。三田誠広氏が池田信夫氏にやりこめられた一件を伝える記事にしても(池田氏による報告はこちら参照)、前回の私的録音録画小委を伝える記事にしても、事実を伝えながら論点を提示するという視点が決定的に欠けていました。
 私に関係ない記事だったらスルーしておけば良いだけなんですが、さすがに、私的録音録画小委の重要な局面でこういう記事を読まされてしまうのでは我慢の限界。私の中では「スリーアウト」ですよ。

 記者修行なら他の場所でやっていただきたい。
 報道関係者の傍聴席がもっと多く用意されてるのなら別ですがね。
 限られたリソースを無駄にするのだけは止めてくださいな。

Posted by 谷分 章優 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月15日 (水)

アップルジャパン名義の意見、撤回さる

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/06/post_e82e.html
「知的財産推進計画2007
 ──“既成事実化”する『アップル』のパブコメ(追記あり)」
(エンドユーザーの見た著作権)

 どれくらいの方が覚えていらっしゃるでしょうか。知的財産推進計画 2007 の策定に先立って実施されたパブリックコメントで、その結果が公表された際「アップルジャパン」名義の意見が注目を集めました。私的録音録画補償金をめぐる議論が進んでいく中で文化庁と審議会を痛烈に批判する内容となっており、本当にアップルが出した意見なのか疑わせすらするようなものでしてね。当時は私を含めて何人かからの問い合わせがアップルや知的財産戦略推進事務局に寄せられましたが、結局 はっきりした事実の公表はありませんでした。
 その後 アップルが何らかの動きを見せるのではないかと期待されてもいましたが、そういう様子もないわけです。私的録音録画小委では課金対象拡大ありきの議論が強引に進められているというのに。このままでは iPod はおろか、 Mac やハードディスクへの課金も決まっちまいますがな。
 そうかと思えば、ここへ来てこんな展開があったりしてまして──

http://kk.rs2.on.tiki.ne.jp/cgi-bin/blosxom.cgi/NoCCCD/20070813b.htm
「アップル社のコメントはなしになったよ」
(abk1's scratched blog)

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/keikaku2007.html
「知的財産推進計画2007の策定」
(首相官邸:知的財産戦略本部)

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/070531/iken1.pdf
「『知的財産推進計画2006』の見直しに関する意見募集の結果について -
 団体からの意見」
(首相官邸:知的財産戦略本部・ PDF)

『abk1's scratched blog』 さんの記事で知ったのですが、「アップルジャパン」名義の意見が撤回されちゃったんですよ。意見募集結果からも「削除」されています。
 あれがアップルのものだったのか、事の真偽は明らかにならないまま。

 穿った見方をすれば、「提出者から意見撤回の申出があったので」と書かれていることと わざわざ撤回したということとで、やはりアップルから提出されたものだったと考えることは出来ます。加えて、これに注目が集まる(そして当該意見が残る)ことで何かマズイことが出てきた、と。
 まぁ昨今のパブリックコメントは公表されるのが当たり前ですからね、意見書として送ったのなら公表され読まれ続けることくらい想定しておけと思ったりするのですが、アップルもどういうつもりなんだか。
 機会を作って、アップルと知財戦略推進本部に問い合わせてみたいなぁと思ったり(誰かやってみません?)。

 ちなみに問題の意見文は幾つかのブログに転載されていて、まぁうち(別ブログですが)でも内容を検討したものがあったりします。私としてはこれを削除する考えはありませんので、記録として参照していただければ幸いです。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/kitaguni/2007/06/post_27a4.html
「Aのパブリックコメントを読む(一部追記あり)」
(試される。(ココログ mix))

http://himagine9.cocolog-nifty.com/kitaguni/2007/06/post_d955.html
「過去の意見募集において『アップル』名で提出されたパブリックコメント」
(試される。(ココログ mix))

 アップルが反撃に出ないと、何もかも権利者側と文化庁の思惑通りに決まってしまうところにまで来ているわけですが、いったい何をやってるんだか。
 こうした意見撤回が次の一手を生むための“戦術的撤退”ならばまだ理解できますが(いくら何でもあの意見書は挑発的に過ぎますからね)、次の一手を打たぬまま沈黙するようでは、アップルは只のヘタレだというイメージが定着しかねないように思いますよ。そこのあたりどうなんでしょう。
 補償金拡大が決まってから「私は反対だった」とやっても仕方ないってのに。

 若干の失望感に苛まれる今日このごろではあります。

Posted by 谷分 章優 知財戦略, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月27日 (金)

“私的録音・録画する可能性”は「補償金」という名の財産権侵害を正当化しない

 7月26日に 開催された、文化審議会著作権分科会の私的録音録画小委員会(第8回会合)については既に採りあげたとおりです。第7回が 7月11日、 第6回が 6月27日、 第5回が 6月15日、 第4回が 5月31日 でしたから、ここのところずっと2週間程度のインターバルで私的録音録画小委が開催されていることになります。
 毎回少なくない資料に目を通し(特に第5回では事務局の越権的「叩き台」が、第6回では各委員の意見書が出されています)、会合での発言(議事録──サイトでの公表は相変わらず遅れてますがね)を踏まえ、会合での議論に望まないといけないのですから、小委員会の委員らにとってこの2週間という期間がどれだけ短いことか。
 議論自体は時が止まったかのような空転ぶり。これを見越した事務局が思い通りに事を運びたいがために、こんな過密スケジュールで組んでいるとしか思えませんね。報告書のとりまとめ時期に合わせて会合の回数だけ稼いでいる印象です。議論はしたんだというアリバイ作り。

 ともあれ、第7回・第8回会合をベースに今回は考えていきましょうか。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0707/26/news114.html
「『iPodやPCからも補償金を』と権利者 私的録音録画小委員会」
(ITmedia News)

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/07/27/16469.html
補償金の支払い義務者はメーカーとすべき、権利者団体が主張
(INTERNET Watch)

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/07/11/16312.html
「『どこまでが補償金の対象?』私的録音録画小委員会で議論」
(INTERNET Watch)

 内容はと言えば、相変わらずの紛糾ぶり。毎回恒例と言ってしまえばそれまでなのですが。
 このままで無理にまとめようとしてもユーザー(加えてメーカーも)の理解など得られよう筈もありませんで、補償金制度自壊へのカウントダウンが始まっているのも確かではあります。拙速な“政治決着”の末「レコード輸入権」のような混乱が再び──なんてことにも。

 それはともかく、一連の報道でスポットが当てられているのがやはり重要トピックであろうかと思われます。 iPod のような「ハードディスク内蔵型録音機器等」だけでなく、パソコンを代表とする「汎用機器・記録媒体」についても課金の是非が議論されているという部分。
 しかしながら汎用機器・記録媒体を補償金の課金対象とするためには、現行補償金制度の根幹を変えないと不可能です。そもそも著作権法の規定ぶりから、専用機器・記録媒体にのみ課金されることとなっていますのでね(政令でパソコンを指定して済むというものではないのです)。
 もっとも小委員会事務局と権利者側委員(特に CPRA 椎名氏)はこの根幹を変えていくことを主張していたりはするのですが。




■補償金制度の根幹を変える“主張”

 まずは小委員会事務局による議事の誘導から。「叩き台」と称した「制度設計について」という配付資料において、本来は議論のありかたを中立的にまとめるべき事務局が議論のまとまる前から一定の方向性を示していることで問題になっている文書です。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07061916/001.htm
「文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会(第5回)
 議事録・配付資料 [資料1]」
(文部科学省)



私的録音録画に関する制度設計について

 (中略)

2 仮に補償の必要性があるとした場合の私的録音録画補償金制度の基本的なあり方

(中略)

(2)録音録画機器・記録媒体の提供という行為に着目した制度設計について

(中略)

ウ 改善すべき課題と対応策

(ア)対象機機について
○ 現行制度は、私的録音録画に専ら使用され、かつ記録媒体を内蔵しない機器(分離方専用機器)を想定して制度設計を行っている。

○ 現在は、
 a 録音録画機能以外の機能(再生機能は除く)を併せ持つ機器(汎用機器)
 b 記録媒体を内蔵した一体型の機器
 が主流となりつつあり、この傾向は、ここ数年のうちにより顕著となっている。

○ このようにIT技術の急速な発達に伴い一体型機器や汎用機器を用いて行う録音録画が増加していることを考えれば、これを対象にしないことは、負担の公平性の観点から問題があるところから、対象機機の範囲を見直す必要があると考えるがどうか。

○ 専用機器については、記録媒体を内蔵した機器(一体型専用機器)であっても、私的録音録画に専ら使用される専用機器であることに違いはないこtから、対象にすることについて課題は少ないと考えられるがどうか。

○ 汎用機器については、
 a ポータブル・オーディオ・レコーダ (iPod、 ウォークマン等)に代表されるように、汎用機能を有するが消費者の主たる用途は私的録音録画であるもの と、
 b 通常のパソコンのように、消費者の主たる用途が私的録音録画であるとはいえないもの
 に分類されると考えられる。

○ aの場合、例えば専用機器であるポータブル・オーディオ・レコーダと汎用機器ではあるが主たる用途は録音録画であるものとの取り扱いを異なるものとすることは、負担の公平性から問題があることから、これを対象にすることが適切であると考えるがどうか。

○ bの場合、機器の購入者が私的録音録画に供する可能性がかなり低いものもあると考えられることから、補償金の対象とするかどうかは、この論点をどのように整理するかを改めて検討・整理する必要があると考えるがどうか。

(中略)

[3] 補償金の支払い義務者

ウ 改善すべき課題と対応策
○ 現行制度は、専用機器・専用記録媒体を前提にした制度であるところから、負担の公平性の点から、仮に汎用機器等を対象にする場合、イの問題点から現行制度のように利用者が支払い義務者では対応できないと考えられるがどうか。

○ 仮に見直すとした場合、選択可能な制度は、我が国以外の国で採用されている製造業者及び輸入業者が支払い義務者になることが適切と考えられるがどうか。

○ なお、製造業者等の支払い義務者とすることの考え方を整理すると次のようになるが、これについて問題はあるか。

 ・録音録画機器等の提供があることから私的録音録画が行なわれるとの因果関係がある。
 ・著作権法の原則では、利用者が補償金を支払うのが基本であるが、個々の利用者から補償金を徴収するのは事実上困難であり、現行制度においても実質的には製造業者が補償金を支払っている。
 ・今回の制度見直しにより、負担の公平性の点から汎用機器も対象にせざるを得ないとすれば、返還制度に関する問題点等が拡大するなど現行制度の考え方では対応できないところから、第30条の存在により利益を得ており、現行制度においても実質的に補償金を支払っている製造業者等に著作者保護のために協力を求めることが適切と考えられる。

 なお上記の汎用機器への課金拡大は権利者団体が従来から(法制問題小委員会で 「iPod 課金」が議論されていた当時から)要望してきたものですし、支払い義務者をメーカーに変更することも実演家団体を中心に(ここ数年)主張されてきたことでした。

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2007/03/16/15119.html
「実演家の視点で私的録音補償金制度を議論、メーカー負担を望む声」
(INTERNET Watch)



● 補償金制度見直しでは「デジタル録音の実態を見据えた議論を」

 日本芸能実演家団体協議会の藤原浩氏は、私的録音補償金制度の問題点として、1)専用機に限るとの運用、2)支払い義務者をユーザーとする点、3)定率制の矛盾——という3点を挙げる。

 1)は、補償金の課金対象が、録音を主目的とした「専用機」に限られるということだ。補償金の課金対象となるものは、政令指定を受けているデジタル方式の機器や記録媒体で、家庭内で一般に利用されるものに限られる。本来の機能に付属する機能として録音機能が搭載しているものは「汎用機」とされ、補償金の課金対象から除外されている。藤原氏は、「専用機以外によるデジタル方式の私的録音が野放しになっていると指摘する。

 「MD以降、政令指定として認められたデジタル録音機器・機材は、CD-RとCD-RWのみ。しかし、CDレコーダーなど私的録音の専用機はほとんど存在せず、CDを録音する場合にはPCなどの汎用機が使われることが大半。にもかかわらず、PCは補償金の対象外となっている」

 2)については、現在の制度では私的録音補償金の支払い義務者が「ユーザー」と定められていることから、「私的録音をしないユーザーには課金できないというドグマがある」という。そのため、実際には多くの人が私的録音に使用している機器・機材についても、課金対象にできない現状があるとしている。

 3)としては、補償金の金額は機器・機材の販売価格の一定割合とされているが、最近では販売価格がオープン化したことから補償金の単価が下落していると指摘。記録媒体1枚あたりの補償金単価は、1995年の23.6円から2005年には3.71円に下落、「記録媒体がたくさん売れても、補償金の額は減るというねじれ問題が生じている」。

 藤原氏は、「補償金制度は、2007年度中に抜本的な見直しが行なわれる予定で、今年が正念場。専用機でなければ課金できないということでいいのか、支払い義務者をユーザー負担というかたちで維持すべきか、補償金を廃止する代わりにDRMが強化され、私的録音が制限されてもいいのかなど、デジタル録音の実態を見据えた議論が必要」と呼びかけた。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07062817/007.htm
「文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会(第6回)
 議事録・配付資料 [資料8]」
(文部科学省)
※ 椎名委員による意見書。


(2)録音録画機器・記録媒体の提供という行為に着目した制度設計について

[1] 対象機器・記録媒体の範囲について
 対象機器・記録媒体の範囲については負担の公平性の観点から、私的録音録画に供されている機器・記録媒体すべてを対象とするべきであると考えます。その場合、私的録音録画に関与する割合に応じて補償金の額を決定する必要が生じますが、その点については、補償金の額の決定方法のところで述べます。
 またパソコンについては改めて論点の整理検討が必要だとする場合も、私的録音への関与度が高く、すでに他の国々でも対象となっているデータ用CD−R/RWについては、最低限制度の対象に加える必要があると考えます。

(中略)

[3] 補償金の支払い義務者
 補償金の支払い義務者については、私的録音録画により利益を得るもの、すなわち利用者および製造業者等とすることが適当であると考えますが、返還制度の問題等、事務局が指摘した点を考慮した場合、製造事業者等とすることがもっとも現実的であると考えます。

 実際問題として、現時点において汎用機器・記録媒体への課金を決定することは(著作権法の改定を要するということ以外にも)問題点を幾つか挙げることができます。
 まず2年前に法制問題小委員会で指摘された問題点(当時の報告書参照)を何ら解決していないということ。すなわち分配の不透明性、返還制度の機能不全、制度の周知不徹底、共通目的基金のあり方等です。法制小委では、これらの問題を検討することなしに課金対象を拡大することは適切でないとされました。これを受けて開催されているのが私的録音録画小委員会(その議題は「私的録音録画補償金制度の根本見直し」)です。しかし先に指摘された問題点の殆どが私的録音録画小委で未だに検討されてはいません(一部の委員が意見書で触れているのみ)。
 次に、補償金制度というものがユーザーの理解とメーカーの協力とを必要とするものでありながら、補償金制度の変更を議論する時にユーザーとメーカーの納得を得られるような努力が一切為されていないということです。特に補償金制度そのものが権利者側とメーカー側とで妥協した末に創設されたという経緯があり、たとえば権利者が「メーカー悪者論」を棄てユーザーを支払い義務者としたこと、メーカーが補償金徴収に協力すること、補償金の対象をデジタルに限定すること──といった合意内容が覆されることは補償金制度の存続を危ぶませる要因になる(また最初から合意を探らないとならなくなる)のです。片方が合意内容を破棄しようとすれば、もう片方がその合意に基づく制度に従うことをやめるのは当然の成り行きでしょう(私に言わせれば、支払い義務者をメーカーにしろという主張は暴論でしかありません)。
 また、先の「納得」「妥協」「合意」と関係してくることですが、メーカー・ユーザー側が求める「そもそも論」に対して未だに一定の見解が出ていないのも問題です。私的複製機器が低廉化・普及化していくのは工業社会として当然の成り行きですが、こうした現在においてすら〈事業者にしか複製機器が存在しなかった〉頃の論理でもって法を説明しようとする奇妙さが省みられていません。どこまでの「そもそも論」に遡っていくのかには注意が必要ですが(30条の無かった世界──機械での私的複製が許されなかった時代を原則とするのか、著作権法が無かった時代を原則とするのかなんて話になりかねません)、当事者間で議論の前提を積み上げられないのなら やはり深いレベルでの「そもそも論」からやっていくべきだと言えるでしょう(きちんと「そもそも論」が積み上げられないのであれば、いっそのこと30条を廃止してしまって、社会の慣習というものを観察しては如何ですか。複製権絶対主義には平衡しないでしょうよ)。
 そして最大の問題点。汎用機器・記録媒体を買って、私的録音・録画を実際に行なっていないようなユーザーからも補償金を徴収してしまうという事態になります。一応は返還制度が用意されていますが、こんなものは現状 役に立ちません。だから かような不当な徴収が放置されたままになってしまう蓋然性が高い。そうなれば補償金制度自体が財産権侵害になってしまうおそれがあり、2年前の法制問題小委員会でも指摘・問題視されていたのでした(だからこの時は課金できないとする意見が大勢を占めていました──今だって状況は全く変わっていない)。
 ちなみに、法制問題小委員会で議論されていた当時の調査では4割強(2004年に 野村総研が調査し 2005年度 第3回会合で資料として公表された)、私的録音録画小委で使われた最新調査結果でも (2006年度 第6回会合で公表 ──PDF)ウェブ調査で2割5分、郵送調査では半分ほどのユーザーが、パソコンを私的録音・録画に使用していないと回答しています。これらの調査はパソコンで私的録音・録画したこと(経験)のある人を問うものですから、今時パソコンを複数台所有する人も少なくないこと、用途でパソコンを使い分けることが考えられ、私的録音・録画しないパソコンの数は先の調査よりも大きな割合で存在するのは間違いありません。

 現行制度の前提として、補償金の発生は〈他人の著作物を私的録音・録画する〉という行為に基づくものであり、負担すべきが私的録音・録画の行為者(すなわちエンドユーザー)であるのは明らかなのですね。上で指摘した問題点(特に「最大の問題点」とした、無関係のユーザーから「補償金」を徴収する事態)も こうした前提から論理的に導き出されるものです。
 ところが事務局や権利者側委員は、こうした前提を覆すことで汎用機器・記録媒体への補償金課金を強行しようとしています(おまけにメーカー側・ユーザー側委員が指摘する「そもそも論」の積み上げには全く応じようとしていません──なお制度創設前の十余年におよぶ議論を理由にこの要求を封じようとする向きも見られますが、当時の議論を丹念に調べていくと「そもそも論」を回避しているということが判ります。特に制度創設へゴーサインを出した著作権審議会第10小委員会では、「仮に」という留保付きの制度論をやるにとどまり報告書に書かれている以上の共通認識は積み上がっていなかったというのが厳然たる事実なのです)。
 上で引用したように、事務局・権利者側委員が以前からこの主張を繰り返してきていますし、加えてリンク既掲の報道記事から判断するに、第7回・第8回会合でもこの種の主張が展開されたのは確かです。

 この種の主張を、現行の補償金制度を前提とした議論で展開させる意義は全く見出せません。
 権利者側が前提を崩すのであれば、メーカーとの過去の合意も白紙に戻ったのと同じ、議論も過去の時点にまで戻して「そもそも論」を積み上げていくべきだと考えます。




■論理的な「補償金」制度が非論理的な「税」に変質する

 再度、私的録音録画補償金制度の趣旨を考えてみましょうか。
〈他人の著作物を私的録音・録画する〉という行為について補償金を要するというのは、当該私的録音・録画行為についてコピーされたコンテンツの権利者に経済的不利益が存在するとの考えに基づくものです。もっともユーザー側からすればこの前提自体に疑義のあるところではありますがね。
 この前提を踏襲するかぎりにおいては、現行の補償金制度は割と論理的に設計されています(運用が設計通りに行ってるのかは置いておきます──それは運用を改善すべき話であって、設計が悪い証拠とは限りませんから)。すなわち補償を必要とする著作物を私的録音・録画しなければ(たとえばパブリックドメインや自作の著作物、風景や行事などを記録する等)には補償金管理協会から支払い済み補償金を返還してもらえることとされています(運用上の問題としては、返還される補償金に比して手続き上のコストが異常にかかることが挙げられます。実質機能してないんですね)。
 で、これを事務局や権利者側委員の言うとおりに変更してしまうと どうなるでしょうか。

 まず前提として、私的録音・録画しないユーザーの買った機器・記録媒体にも課金されることになりますよね。支払い義務者をメーカーにすることで〈録音録画機器・記録媒体を売ること自体に賦課金がかかる〉制度になるということです。
 支払い義務者がメーカーなら、ユーザーには返還制度を利用する権利が与えられません。だから私的録音・録画しないユーザーであっても、賦課金が徴収されたら されっ放しです。用途に関係なく録音録画機器・記録媒体に課金されているのです。つまり価格に転嫁された賦課金を払わされるユーザーにとっては〈録音録画機器・記録媒体を所有すること自体に賦課金がかかる〉のと同じです。
 私的録音・録画に使われない機器・記録媒体にも賦課金が掛っているわけですから、分配先の決定について実態をより反映しないものになります。そりゃそうですよね、私的録音・録画されない場合に誰に分配するんだということですから。もともと現行補償金でも分配の仕方がラフに過ぎるというのに、分配する先を決定する手がかりのない賦課金(一部)ですから、実質的に権利管理団体が恣意的に分配してるのと同じことです(分配の仕方は団体が決めてるわけでね)。

 これは「補償金」制度の変質を意味します。
 今まではユーザーを支払い義務者とし〈他人の著作物を私的録音・録画する〉行為に課金していたものが、メーカーを支払い義務者とし〈他人の著作物を私的録音・録画しようがしまいが〉課金するという制度になってしまうわけです。
 もっとぶっちゃけて言えば、〈私的録音・録画が可能な機器・記録媒体を購入した者は、それを私的録音・録画に使用するか否かにかかわらず、著作権者・著作隣接権者の団体へ金銭を支払うことを強制される〉という制度ですね。私的録音・録画しないということは、権利者への支払いですらないのですから。権利管理団体がまんまと金をせしめて、あと“権利者”の間で“山分け”する構図。
 再度強調しておきます。この分配、私的録音・録画の実態とは全く関係なくなるんですよ。

※もし同時に、たとえば適法配信で入手したコンテンツを私的録音・録画することが30条の対象外とされた場合、こうした録音・録画をした場合でも本来は「補償」の必要が無いのに徴収されてしまいます(なおユーザーは返還制度を利用できない)。はっきり言って、この30条外しが「二重課金」の解消とならないばかりか、それを確実にするという意味でより悪質な制度改悪であると断言します。

 うちのブログでも先日、コピーワンス“緩和”と補償金制度とを関連づけた権利者側アピールを採り上げたところなのですが、上のような制度改悪の主張も同時に行なわれていることに注意が必要なのです。第8回会合を伝える報道を見ても判りますが、彼らはやる気ですよ。
 こうした補償金制度の改悪は、「私的録音録画補償金」の名を借りた 「iPod 税」「パソコン税」の創設に他なりません。しかもこの「税」が我々国民のために使われるというのならともかく、「権利者」を自称する中間搾取団体に配られるだけなのです(そこに私的録音・録画の実態など反映されよう筈もありません)。このような集金構造を著作権法で創設することにどんな正当性があるというのでしょうか。
 ──そして彼らは「そもそも論」に立ち返って説明しようとすらしない。

 誰のための制度を、誰の理解を得て、いかなる正当性で運用していくのか。
 補償すべき私的録音・録画をしない iPod ・パソコンから賦課金を徴収し「不透明な分配」を自称「権利者」団体が行なうことにどんな正当性があるというのか。

 そして思わずにはいられません。
 社会が著作権法で保障すべき“著作権者等の利益”とはそのようなものなのか。
 そもそも著作権制度とはどうあるべきなのか。
 今の制度自体、まともなものなのか。

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私的録音録画小委#8 ──「著作権」の名を借りた あさましい主張

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0707/26/news114.html
「『iPodやPCからも補償金を』と権利者 私的録音録画小委員会」
(ITmedia News)

 7月26日に、 文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会の第8回会合が開催されました。ここでは最初にウェブに載った ITmedia 報道をネタ元に論じていきます(その後 INTERNET Watch でも記事が出ているのですが、これについては後で)。

 というのも、今回の ITmedia の記事、久しぶりに審議会ネタを採りあげたのは良いのですけど、ちと拙劣に過ぎるのですよ。どうしてもそれに対しての苦言が以下 連なるということになります。あらかじめ御了承ください。
 私的録音録画小委員会の議論が(不当な議事運営によって)のっぴきならないところにまで来ているにもかかわらず、報じ方がノンビリしすぎているのですよ。今どういう状態に陥っているのかが伝わってこないばかりか、第8回会合において実際にどのような議論があったのか(逆にどのような論点には触れなかったのか)すら はっきり書かれていない有様。一部それらしい描写があっても、過去の経緯を伝えるつもりで書いているのか第8回会合での委員発言を伝えているのか判然としません(終盤の引用が第8回会合での委員発言だというのは判りますがね)。
 内容面から言えば、実のところ(野原委員発言以外は)今までの議論で出尽くしている論点ではあります。しかしこれは第8回会合の中身が空っぽだったせいなのか、取材した記者の眼が節穴だったのか、やはり判然としません。

 厳しいことを言い過ぎてるのかも判りません(ましてロハで読ませてもらってる一介のネットユーザーに過ぎませんからね、私は)。しかし過去の私的録音録画小委を追いかけてきた人間からすれば、事務局が一定方向への誘導を目的とした「叩き台」を提出したことで議論を更に紛糾させたという経緯、「そもそも論」を置き去りに課金ありきの議事進行をしたことへの委員の抗議、汎用機器への課金について当然に出るであろう反論、補償金の支払い義務者を変更することで生じる「補償金」から「税」への変質など、きちんと過去の議論を踏まえて記事を書こうと思えば あれほど薄い内容にはならないのですよ。どう考えてもね。
 とりわけ汎用機器への課金がどういった問題を引き起こすのかや、返還制度が機能していないという問題などについては、2年前の法制問題小委員会で既に指摘されているのですよ。そこまでを書き手が(あるいは内容に責任を持つ立場の人間が)踏まえておかないと、過去に論じられたことを(あえて)繰り返さざるを得なかったのか、それとも新しい角度からの視点も交えて指摘があったのか、そういった機微というものを伝えられないのではないですか?
「ユーザーやメーカーは反対の声をあげている」? それは今回の小委員会の中で反対意見が出たということですか? 出たのならなぜ発言自体を引用しないのか? それとも過去の経緯を説明しただけに過ぎないのか? いや 「iPod や PC からも補償金を」などという委員意見が出ているのに反論が出ない筈がないでしょう(現に亀井委員から反論があったようですね、 INTERNET Watch によると──ただここの記事でも反論の全貌を知ることはできませんが)。
 例の記事で判るのは、課金対象として iPod やパソコンを指定すべきとの意見が出たことと、支払い義務者をメーカーへ変更することについて津田委員が反対意見を出したということ(あと野原委員が時事ネタを入れたこと)ぐらい。本当にそれしか伝えるべきことが無かったのやら。

 今期の私的録音録画小委は、ただでさえ議事録等の情報公開が遅れています(私は事務局が意図的に遅らせていると考えていますがね)。 ITmedia のような Web 媒体での報道が我々にとって数少ない情報源と言ってもいいのです。
 報道関係者という恵まれたポジションで取材をしておきながら こういった薄い報道をやられたのでは、物理的理由で傍聴に行けない人間は議事録公開までの時間を無駄に過ごさねばなりません。
 メディアとして果たすべき役割といったものを再度 認識し直していただけたらと切に願います。特に 「iPod 税」の時に他メディアをリードしていった ITmedia には気張ってやっていただきたい。ホントですよ。




■第8回会合での議論はどこに?

 ──本題に入らせてもらいます。
 記事の中で最も重要な部分はここです。

 録音・録画が主な用途ではない汎用的な機器まで対象にすれば、その機器を録音や録画以外の用途に使っているユーザーからも補償金を徴収することになってしまう。権利者側は PC や HDD も課金対象とするよう主張を繰り返してきたが、ユーザーやメーカーは反対の声を上げている。

 汎用機器へ課金することが問題ありとする意見の本質はここにあります。そして第8回会合でもこの反論が為されていない筈がありません。
 この問題を“無視”できるようにすべく、事務局が持ち出してきてるのは補償金の支払い義務者をメーカーに変更するという提案(これも権利者側から要望があったものではあるのですがね)でした。無論これにも問題があるわけで、それは津田委員の意見として記事で引用されている通りです。

 現行の私的録音録画補償金は、他人の著作物を私的録音・録画することによる当該権利者の「経済的不利益」を補償するという設計になっています。そのため「不利益」を与えている(とされる)エンドユーザーに補償金支払いの義務を負わせ、代わりに私的録音・録画しない場合の機器・記録媒体については補償金返還を求められることとし、私的録音・録画する蓋然性が高い(とされる)専用機器・記録媒体を課金対象としているのです。
 これに対して権利者側が主張しているのは、補償金支払いの義務をメーカーに負わせること、それによって私的録音・録画しない機器・記録媒体に課金された分についてもユーザーへ返還しないこと、そして iPod やパソコン・携帯電話にも課金しろということでした。
 しかしこれは「補償金制度」の変質を意味します。もはや「補償金」ではない。

 そもそもですね、上記「経済的不利益」の存在自体が曖昧なものでしかなく(私などはその存在に懐疑的ですらあります)、しかも“社会はどこまで権利者の利益を保護すべきか”という観点に欠けた、複製機器がまだ社会に浸透していなかった時代の考え方を無批判に踏襲するだけの考え方でもって導入された制度なのですよ、この「補償金」というやつは(さらにぶっちゃけたことを言うと、権利者側とメーカー側とで“この辺くらいなら御の字だろう”という線で妥協したものでしかありません──だから今でも権利者側とメーカー側とで言ってることが違うのですよ)。
 しかもそうした現行制度の前提に対してメーカー側委員・ユーザー側委員から繰り返し疑問が呈されていたにもかかわらず議事進行上は完全無視、権利者の主張だけを受け入れる形で「叩き台」をまとめるという、おおよそ当事者の合意を目指しているとは言えない形で小委員会は進められてきました。
 このような状況下で「今年中に結論を出す」ことにどんな意味があるというのか。無理に結論を出したところで誰がそれを守りますか。全く容認し得ない状況下で無理にひり出された制度をエンドユーザーに強いる、それも「著作権制度」の名で。
 本来は社会的合意の中で運用されていくべき「著作権制度」が私的録音・録画問題から崩壊していくのを私は危惧しますよ、本気で。




■そしてこれから──

 ITmedia の記事では記者に危機感が無いため、ここから読者が想像力を働かせるのは難しいかも判りません。しかし現状はかなり切迫したところにあると言えます。
 権利者の要求自体は確かに以前からの 「iPod や PC からも補償金を」というものと変わりないのですが、それが小委員会事務局の後押し(「叩き台」と称し一方的に議事進行の方向性を決定したのもその一環)によって実現への方向性が強まっていることを重く見るべきです。さらに言えば、この事態へと至るまでに、メーカー側委員やユーザー側委員の意見は(議事進行上)全く無視されてきたということも。
 権利者側の言い分だけを聞いて実現させれば、 「iPod 税」「パソコン税」の創設という形へと私的録音録画補償金は変質していきます。つまり私的録音・録画できる機器を所有するものから自動的に金銭を徴収し、私的録音・録画の実態とは全く関係なしに JASRAC ・レコード協会・芸団協らの権利者団体で山分けする(そのおこぼれに与る「権利者」もまた私的録音・録画の実態とは全く関係ない)構図が出来上がるという。
 こうした、おおよそ「著作権」の理念とはかけ離れた制度を社会が許容するのか否かという観点からの批判が必要なのです。

 補償金制度はとりあえず現状維持とし、さらに(まともな)議論を続けていくことを求めます。今年中に結論を出すなどという無理なスケジュールでやってるから おかしな審議内容になっているのであって。
 私的録音・録画問題というものは、そうそう簡単に結論の出るものではないのですよ。そもそも現行制度が作られる前にだって十余年かけられていますが、我々の疑問に答えられるような論理など全く積み上げられていない! ましてここ3年ほどの議論についてなど言うまでもありません。
 もちろん「現状維持」とは、補償金制度の要の部分を変えないということです。これはどうあっても(権利者がいくら要求しても)変えてはならない。支払い義務者をユーザーとする制度設計の維持、他人の著作物を私的録音・録画しない場合には補償金を返還してもらえる制度の実効化(廃止など もってのほか)、2年前の法制問題小委員会で指摘された問題点が解消されるまで課金対象を拡大しない──という3点は決して譲れません。

 私的録音録画小委員会の今までの流れから言えば、メーカー側・ユーザー側委員の意見を無視したまま報告書のとりまとめをして「意見募集」へと突入する蓋然性が極めて高いと言えます。そうなれば“補償金”拡大を目論む団体の組織票が集まることでしょう。
 それに対してユーザーは何ができるか。ぜひ考えていただきたいと思います。
 パブリックコメントを送るもよし、ネットで仲間を集めるもよし。社会が、変質する補償金制度を素直に受け入れられるのか否か、行動で示さねばならない時が近づいているのです。

 ──再度強調しておきます。
 このままでは「補償金」制度は「税」制度に変質します。
 私的録音・録画できる機器を所有する者から自動的に金銭を徴収し、私的録音・録画の実態とは全く関係なしに JASRAC ・レコード協会・芸団協らの権利者団体で山分けする制度へと。

「権利者」に名を借りた連中が要求しているのは そういう制度なのです。




■追報

 本文中でも触れましたが、私がこの記事を準備している間に INTERNET Watch でも記事が上がりました。

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/07/27/16469.html
補償金の支払い義務者はメーカーとすべき、権利者団体が主張
(INTERNET Watch)

 ITmedia の宮本真希記者はこの記事を読んで勉強していただきたいと思います。
 第8回会合の委員意見を拾うだけでも、同じような内容の記事は作れるのですよ。この会合を報じるという目的においては、 INTERNET Watch の記事の方が的確であると言えるでしょう。

 私自身がまともな“記事”を書いているとは言いませんがね。

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2007年7月19日 (木)

「コピーワンス」問題と補償金 ──iPod 税・パソコン税への道に実は通じている話

http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0707/17/news065.html
「『コピー10回だからこそ、補償金制度が不可欠』——権利者団体が主張」
(ITmedia +D LifeStyle)

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/07/17/16361.html
「JEITAの主張する『補償金は不要』に遺憾、権利者会議が緊急声明」
(INTERNET Watch)

http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20070717/fca.htm
「権利者86団体がコピーワンス見直し問題でJEITAを批判」
(AV Watch)

※引用は INTERNET Watch 記事から



 映像制作事業者など私的録画補償金関係権利者団体で組織される「デジタル私的録画問題に関する権利者会議」は13日、「コピーワンス問題と補償金制度に関する緊急声明」を発表した。

 今回の声明は、2007年6月の私的録音録画小委員会で、電子情報技術産業協会(JEITA)が「デジタル放送には私的録画補償金は不要」と主張したことを受けて発表されたもの。デジタル私的録画問題に関する権利者会議は、声明文で「デジタル放送のコピーワンスの制度緩和を支えているのは『私的録画補償金制度』」と主張。補償金制度の必要性をユーザーにも訴えていくとした。

「デジタル私的録画問題に関する権利者会議」が 13日 (けっこう前ですね)に会見を開いたんだそうです。これは先日話題になった、情報通信審議会「デジタルコンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」での「コピーワンス」改訂案の合意を受けたもの。

http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20070712/soumu.htm
「『コピーワンス』見直しは、コピー9回+1回へ」
(AV Watch)

 まぁ平たく言ってしまうと、この「コピーワンス」“緩和”をダシに私的録音録画小委員会での議論を牽制したという話ですね。




■「コピーワンス」“緩和”と補償金

 「権利者会議」の言い分にも、いちおう一理はあるんですよ。
 現行の補償金制度が作られた時点で放送番組からの録画というのも想定されていたわけで(当時はまだデジタル録画機器が発売されていなかったのですが)、私的録画から「利益還元」すべきとの現行制度の前提では〈私的録画の自由を保証する代わりに、当該録画行為について補償金を支払わせる〉という運用が求められているわけですから。
 しかし。それはあくまでも、前提の内容と現実とで齟齬がない場合に妥当とされるものでありまして。

 上記会見での「権利者会議」の言い分をちょっと検討すれば、幾らでも反論すべき点が出てきます。
 そもそも彼らは「コピーワンス」が存在していた中で補償金を受け取っていました。しかも今回「緩和」すると言い出したのも彼らではない。総務省の肝いりで「コピーワンス」見直しの論議が出てきたから嫌々応じたに過ぎないわけです(彼らが不満たらたらなのは例の会見からも窺えますよね)。
 加えて、現に合意したという「コピーワンス」の“緩和”策が“ユーザーの私的録画の自由を確保する”のに充分なものなのかという問題があります。

●まず新しい運用指針に対応する機器へ買い換えないとならないばかりか、その新しい仕様がいつまで保つのか判らない(売る方も買う方もかなりリスキー)。
●HDD や DVD という壊れやすいメディアでの保存を(現状では)余儀なくされてしまい、別メディアへバックアップしようにも邪魔されてしまう(対応機種はどれだけ広がるのでしょうか?)。
●最初に録画した HDD でオリジナルをずっと保存しなければならない。
●iPod や Apple TV で動画を楽しみたいと思ったらPCへのコピーや変換が必要になるが、これが例の仕様下で実現できる可能性は極めて低い(何せアップルだから)。
●次世代メディアがこれに対応するのかも不透明、現在所有する録画物を次世代メディアへ変換するのもままならない(同じ番組が何度も放送されるとは限らないし)。

 私個人の感触を言わせてもらえば、この「コピーワンス」“緩和”後の仕様は買うに値する(つまり許容範囲の)内容とは言えません。私自身はコピー自由のものに最大限の価値を見出し、あとは価格・仕様との妥協で判断しますから。もし回数が増えるくらいでユーザー(の大半)が満足するのなら それはそれで社会的に成立するでしょうが、私はたぶん買いませんね。そもそも地上デジタル放送に移行しようという気が全くありませんし(新しい機器を買わにゃならないは、コピー制限はあるは、画質は悪いは、テレビ番組の質がもともと落ちてるはで良いトコなし)。
 もっとも、ユーザーに受け入れられなかった DRM の末路がどうなるかは「レーベルゲートCD2」が教えてくれます(今後は、パソコンへのコピーが出来なくなるってことですよねぇ。買った人は踏んだり蹴ったり)。
 新仕様の DRM が同じ末路を辿り、地上デジタル放送への移行が頓挫し、テレビも いわゆるコンテンツ業界も一緒に縮小していくことを私は大いに期待する次第です。

 コンテンツの価値はユーザーひとりひとりが決めます。
 その価格、その仕様も含めて。
 そして当該コンテンツが「尊敬」に値するのかどうかも、ね。

 そういった現実を冷徹に受け入れられない人は、最初から創作者・実演家などにはなれないのと違いますか。所詮、表現とは送り手と受け手とのエゴのぶつかり合いなのですよ。そうでなきゃ表現というものの存在価値などない。
 私らは、尊敬すべき“華麗なるエゴ”に対価を払ってるんですから。

「コピーワンス」や「私的録音録画補償金」からは少し離れてしまいましたが、これこそ我々が市場を通し文化に接する際の立脚点であろうかと思います。だから権利者団体からの「尊敬」の押しつけに反発するのであって。




■権利者の主張には裏がある

 ──今さら強調することでもないのですけど。
 今回のアピールは決して「コピーワンス」にとどまるものでも、現行補償金制度にとどまるものでもありません。上記までの範囲に限定する限りは、一定の(すべてとは言いません)妥当性を認めても良かったんですがね。

 現行の私的録音録画補償金制度は、「そもそも論」をすっ飛ばして創設したことと その運用に問題が発生している(分配の不透明さ、返還制度の機能不全など)のをとりあえず置いておけば、〈他人の著作物を私的録音・録画することで生じる「経済的不利益」の補償を当該権利者へ渡す〉というその“高邁な思想”の実現にかかる制度設計としては あながち悪いものでもありません。
 たとえば補償金の「支払い義務者」はユーザーであると規定されています(もっともメーカーが協力義務を負わされていることで、実際には発売前に補償金を立て替えている形になっています)。これは私的録音・録画をする者自身が本来負担すべきだと考えていられるからです。受益者負担は著作権処理のみならず一般に合理的とされる考え方ですね。
 また、ユーザーを「支払い義務者」としたことで当然に想定される〈他人の著作物を私的録音・録画しなかった人〉に対しては、補償金を課す理由がありませんから「返還」を補償金管理協会 (sarah や SARVH) に求めることができるとされています。これが無いと、私的録音・録画しない人の財産権を侵害しかねない(つまり憲法に反しかねない)のです。
 実は、現行の補償金が私的録音・録画の「専用機器・記録媒体」に限られ、携帯電話や留守番電話・パソコンなどの「汎用機器・記録媒体」に課金されていないのも上記の理由によります。私的録音・録画をしない人の割合が大きいから財産権侵害の発生が(無視できないほど)想定されてしまうということですね。そもそも課金したところで、返還のためのコストが本来の補償金を食いつぶしてしまうという事情もありますけど(それだけに返還制度が機能不全なままでパソコン等に補償金を課するのは言語道断です)。

 ここまでが現行の補償金制度の話。しかし問題なのは、この補償金の性質がいま変えられようとしていることです。しかも権利者側の人間はそうした変化の尻馬へ乗ろうとしている──「ユーザーの利便性と権利者の権利保護を両立させるためには、私的録音録画補償金制度の維持が不可欠」などという“綺麗事”を言ってる裏で、です。
 現行制度が〈他人の著作物を私的録音・録画することで生じる「経済的不利益」の補償を当該権利者へ渡す〉という建前である(不利益の発生という前提自体が事実なのかや、当該権利者へ補償金が分配されているのかは別論です──私はこういう前提には否定的ですから)のは先にも書きました。これが、今の私的録音録画小委員会を進行する文化庁によって〈国民が私的録音・録画できる機器を所有するという行為自体に課金し権利者団体(これ重要)に渡す〉というものへと変質させられようとしているのです。そこには〈ユーザーが他人の著作物を私的録音・録画するのか否か〉とか〈誰の著作物が私的録音・録画されているのか〉という繊細な視点など始めから棄てられています。
 たとえば文化庁の用意された「叩き台」で想定されているのは、「支払い義務者」をユーザーからメーカーへと変更すること、返還制度を実質廃止すること、そして iPod はおろかパソコンにまで補償金の対象を広げることです。私が上で説明した、現行補償金制度の合理的設計をことごとく破壊する案であると言わざるを得ません。
 これが実現してしまうとどうなるかをもう一度書くと、2年前に 「iPod 税」と言われ反対されていたものが よりその呼び方に近い形で実現することとなります。 iPod を買う人は、その人が他人の著作物を私的録音しようがしまいが「補償金」なるものを自動的に徴収されます。しかもそれは、他人の著作物を私的録音・録画しない(あるいは複製自由の曲やポッドキャストを聴くだけに利用するなど)という理由では返還してもらえない。そうして集められた補償金は、ユーザーの複製実態とは全く関係なく(そりゃ私的録音・録画されないんですから)権利者団体が恣意的に分配する。
 支払い義務者をメーカーに変更する理由を、文化庁は汎用機器・記録媒体への課金を可能にするからと明言しているわけですから、その課金対象拡大の先にパソコンがあるののは間違いありません。上記 「iPod 税」はパソコンにも及び、同様な「パソコン税」として私的録音・録画の実態と関係ない権利者団体へ集められるということになります。

 確かに、放送番組の私的録画にかかる補償金の是非と、今後変質していきかねない補償金制度の行方とは分けて考えるべきかも知れません。
 しかし、「コピーワンス」問題では「ユーザーの利便性と権利者の権利保護を両立させるためには、私的録音録画補償金制度の維持が不可欠」としたのと同じ口で、当の現行補償金制度の前提を崩し 「iPod 税」や「パソコン税」を実現しろなどと声高に叫ぶ人間のことをユーザーはどれだけ信用できるでしょうか(どれだけ「尊敬」できるでしょうか)。要するに、彼らは JEITA を批判できるような立場などでは全くない。
 JEITA と同じく、〈主張できる場面で最大限の主張をする〉という戦術を採っているのに過ぎないのです。それどころか、 JEITA の場合はかなり一貫した方針で主張を展開していますが、権利者側の主張は一貫していません。
 つまり“綺麗事”を額面通りに受け取ることなど全くできない。

 そう、「権利者会議」はメーカー側 (JEITA) の主張が槍玉に挙げていたりするんですが、 JEITA の方は「商売人」というかなり判りやすい立場から主張していることに注意が必要です。つまり〈ユーザーに支持される仕様〉を実現するインセンティブが働いていて、ユーザーの要望が強く反映されやすいということです(その方が金儲けになりますからね)。一度は「コピーワンス」を採ったものの、それが受け入れられないと見るや緩和させようとするのも彼ら自身が痛い目に遭っているからに他なりません。
 今までの「コピーワンス」からコピー回数を増やしたくらいでユーザーから支持されるのか否か。これについてはまぁ市場が審判を下すことですから、今後の成り行きを興味深く眺めていましょうか。しかしメーカーにとっては、今回のやつも支持されない可能性があるわけで(現に不満の声は既に挙がってきていますから)かなりのリスクを負うこととなります。仕様の実現、機器の発売し直し、ユーザーへの告知などなどコストも負担しなければならないですし。
 その意味では、コピー規制の“緩和”を繰り返すようなアホな事態はメーカー側として避けたいでしょうし、 EPN を用いた世代制限による DRM を提案するのも(ユーザー要求との兼ね合いとして)〈次でキメる!〉必要性からすれば実に合理的であると考えられます。

 どちらの主張が一貫しているでしょうかね?




■私的録音録画小委に望む

 じゃ、どうすれば良いのか。
 やはり「そもそも論」に立ち返って議論すべきなのです。
 ユーザーが私的録音・録画することで権利者にどのような「経済的不利益」が発生するのか。
 さらに根元的なことを言えば、権利者へ利益還元すべき著作物利用とは如何なるものなのか、私的複製はそうした利用の中に(本当に)含まれるのか、と。
 未来の著作権制度を見据えた上で新たな議論を積み上げていかねば、補償金制度創設後の“失われた10年”をまた繰り返すことになります。

 あの私的録音録画小委員会の場で、どれだけの委員が未来へ向いた発言をしているのか。資料に目を通し、議事録を読み、その流れを負っている私にとっては──楽観視できる要素は殆どありません。
 中山先生による議事進行ですら‥‥。

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2007年7月 9日 (月)

「結論ありき」の議論を続けるなら、私的録音録画補償金をめぐる「そもそも論」はこれからも頻出する ──私的録音録画小委#5

 文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会の第7回会合が 7月11日に 予定されております。去る 6月27日には 第6回会合が、 6月15日には 第5回会合が開かれていたことを考えれば、ここのところの超過密スケジュールは異常としか言いようがありません。まぁ私的録音録画補償金について今年度中に結論を出すという話ですから、それを実行せんとばかり議事運営をしているということなのでしょう。
 しかしながら第6回会合が終わった今であってもなお「そもそも論」で堂々巡りを繰り返しているというのが正直なところです。それどころか第5回会合で事務局が「叩き台」と称し、「補償の必要がある」ことを前提に議論する方向性を打ち出したため更に紛糾する事態となりました。開催に間を置かない第5回・第6回・第7回へと雪崩れ込む中で、どさくさ紛れに思い通りの方向へ持っていこうという魂胆かも知れません。
 なお、この間に配布された資料(上記「叩き台」も含む)も議事録も今のところ公表されておりません。密室で事が進められているのと同じ状態になっています(余談ですけど、非親告罪化について検討している法制問題小委員会も同様な非公開ぶりです)。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07061916.htm
「文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会(第5回)議事録・配付資料」
(文部科学省)

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/06/18/16070.html
「私的録音録画小委員会、見直し議論は『補償の必要がある』ことが前提?」
(INTERNET Watch)

http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-82.html
「著作権分科会 私的録音録画小委員会(第5回)」
(zfyl)

 ここでは、私的録音録画小委の(悪い意味で)転機とならざるを得ない第5回に焦点を当てます。ただし現時点では、公表された資料と上記報道と 『zfyl』 さんの傍聴レポートとを頼りに論じなければならないことをあらかじめお断りしておきます(例年よりも議事録の公表まで時間をかけている文化庁の姿勢には疑問を禁じ得ません)。
 ここでの事件を端的に言うとしますと、これから検討しなければならない課題 (2005年度の 法制問題小委員会で指摘されていた汎用機器・記録媒体への課金問題、政令指定問題、返還制度問題──に加え、支払い義務者のことなど)を本 私的録音録画小委で検討することなしに、事務局が一定の結論を早々と示した上で委員に“承認”を迫ったようなものです(これに対する一報は、私も別ブログに掲載しています。併せてお読みいただければ幸いです)。
 本来、私的録音録画小委とは何のための場だったのか。それは「私的録音録画補償金」の根本的見直しを、「廃止」や「縮小」をも視野に入れて行なっていくというものでした。また副次的には、権利者・メーカー・エンドユーザーの間で新たな合意を形成し、私的録音・録画にまつわる課題を解決していくことが目的とされていました。
 しかし小委員会事務局が第5回会合で行なったのは、一定方向への誘導を目的とした資料を出すという行為。本来ならば中立的に論点を提示し、小委員会での合意形成に尽力すべきだったにもかかわらずにです。公正さに欠けると言わざるを得ません。

※さらに言えば、この「一定方向への誘導」は今までの私的録音録画小委の議事運営で一貫して行なわれてきたと言えます。前期終盤から今期にかけて、事務局が行なった論点整理に対し複数の委員から反論・指摘が相次いでいたにもかかわらず、その後の資料には全く反映されていない(つまり事務局の目論む方向性と異なる委員意見はことごとく無視していた)からです。これは、以前ネットで話題になった「アップルジャパン」の知財戦略本部への意見書にも書かれていたものです。この点についてのみ言えば、「アップル」の指摘は的確と言えるでしょう。

 確かにこれまでの私的録音録画小委は議論が紛糾していました。しかし、その中で如何に合意形成を図るかという過程にもあったわけです。それにどれだけ時間がかかろうとも、私的録音録画補償金(あるいはそこから改善された新制度)が国民の支持を広く得るものとして評価されるため必要なステップだったのです。そうした重要性を全く無視し、ただスケジュールを守ることのみに囚われて強引な方向付けを始めた事務局(文化庁)は、その「合意形成」の機会を潰してしまいました。
 今回の文化庁の出方によって、私的録音録画補償金制度(あるいは改悪される末の新制度)がエンドユーザーを敵に回すこととなったのは明らかです。加えて これまでの補償金制度とは正反対に、メーカーをも敵に回しました。合意形成のプロセスを踏むことなく今後“新しい制度”として何らかの報告書が(事務局主導のまま)まとめられたとしても、それをエンドユーザーやメーカーが納得して受け入れるということなど到底望めますまい。議事の進行としては下の下です。
 責任は、越権的に「叩き台」を持ってきた事務局にあると言えます。加えて、その尻馬に乗った権利者側の委員も褒められたものではない。私は彼らにも猛省を求めます。

「仮に補償の必要性があるとした場合」などという勝手な前提を立てて議論するという手法は、補償金制度が創設されるに至る議論の前にも使われたものでした(これについては 『zfyl』 さんが記事を上げていらっしゃいます。また、図書館などで調べる余力のある方は、メーカー側の立場で議論に参加された野田康正氏による「私的録音・録画問題とその周辺」──『電子』1993年8月号から 51回にわたり連載──をお読みいただくとそのプロセスが理解できます)。簡単にまとめると、 JEITA (当時は EIAJ でしたが)側が「そもそも論」から積み上げていくことを主張していたのですが、結局それを満足させる理論は形成されずに終わりました。 JEITA は一方的な妥協を強いられることとなり(まぁ権利者もアナログコピーへの課金を諦めざるを得ませんでしたから「妥協」したとも言えなくもないです)現行制度が発足します。
 同じやりかたをここで繰り返すことは、つまりこのような議論を再び許してしまうことは、その結果 決まるであろう新制度が数年後にまた「そもそも論」によって揺らぐことを意味します。今度こそ「そもそも論」に答えるだけの一定の理論を打ち立てなければ、もはや私的録音・録画問題が“解決”することなどあり得ません。守るに値しない著作権制度が屍として漂い、違法化された私的録音・録画が粛々と実行されるだけです。

「補償の必要性がある」との前提で議論が進められそうなのに対し、委員から反論が相次いだのは当然のことです。ましてこれまでの議事進行の中でも、こうした「そもそも論」の決着への要望が全く無視されてきたところです。こうした状態で当事者間の合意形成ができるわけもなく、また今回ふたたびメーカー側が折れるなどという可能性はまったくありません。前回の議論でメーカーが妥協したために今の混乱があるのですから、いま折れたら只のアホです。
 そして今は、あの頃と違ってユーザーが黙っていないのですよ。加えて、この強引な流れに抗うべく津田委員がいます。「現状維持」という現実的な提案をされています。委員の仰るとおり、30条の範囲縮小も補償金制度も「現状維持」とし、議論の中で合意事項を積み上げていくことに専念すべきです。
 現に、いままでの私的録音録画小委の議事録(や報道記事など公表された範囲において)を読んできた中で、私としては一定の方向性を見いだしつつあります。たとえば自分で購入してきたCDから私的録音することについては不利益が無いということ。そして借りてきたCDから私的録音することについては不利益ありとする余地がありそうなこと(これについてはまだ議論を続ける必要があります)。
 となれば、取るべき方向性はひとつです。第5回会合での事務局「叩き台」(資料1)を白紙撤回すること。すなわち、現行制度の現状維持(30条もいじらず課金対象も拡大しない)を確認した上で、「平成19年度中」とするタイムリミットを跨いででも合意形成に心を砕くことです。そうしなければ著作権制度の未来は無いと言ってもいい。

 敢えて繰り返します。
 今、エンドユーザーにとって、著作権制度が守るに値するものなのか否かという瀬戸際にあるのです。

 考えてみてください。どうですか、「補償金」を納得して払えますか?

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文化審議会著作権分科会の各小委員会議事公表状況 (2007.7.9 現在)

 私的録音録画小委では「そもそも論」をすっ飛ばしたままで、事務局が補償金制度維持・課金拡大」ありきの「たたき台」を持ち込んだことから更に紛糾しております。この議事進行自体に問題があるので、今こそ声を挙げないでいつ上げるのだ(→ エンドユーザー)と思うのですが、いまいち盛り上がりに欠けているのが正直なところ。


【法制問題小委員会】

主な議題:
(1)デジタルコンテンツの特質に応じた制度の在り方について
 ・著作権や著作者人格権等の放棄や不行使について
 ・コンテンツの登録を求める新たな制度について
  (コンテンツ管理者の一元化、登録内容への信頼の保護など)
 ・より簡易な強制許諾制度や利用許諾の推定等について
 ・フェアユース規定や改変の許容等の新たな権利制限規定について
 ・利用条件調整のための仲裁・裁定機関、不正行為の監視機関について
(2)海賊版の拡大防止のための法的措置の在り方について
   ・海賊版広告行為(広告規制)
   ・著作権法における親告罪(非親告罪化)

第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07032007.htm

第2回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07042304.htm

第3回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07051514.htm

第4回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07061121.htm
参考:http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-81.html

第5回: 6月29日開催(なぜか報道なし)

第6回: 7月19日予定
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07070514.htm


【私的録音録画小委員会】

主な議題:
(1)私的複製の範囲外とすべき複製態様について
 ・海賊版からの私的録音・録画
 ・違法配信からのダウンロード
(2)私的録音・録画にかかる補償の必要性
(3)私的録音録画補償金制度の在り方

事務局による「たたき台」:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07061916/001.htm
http://himagine9.cocolog-nifty.com/kitaguni/2007/06/post_f335.html


第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07042409.htm

第2回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07042414.htm

第3回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07051108.htm

第4回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07060102.htm

第5回: 配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07061916.htm
※参考:http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/06/18/16070.html
※参考:http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-82.html

第6回: 6月27日開催
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07061903.htm
※参考:http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/06/28/16180.html
※参考:http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-85.html

第7回: 7月11日予定
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07062808.htm


【過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会】

主な議題:
(1)過去の著作物等の利用の円滑化方策について
 ・権利者不明の場合等の著作物の利用の円滑化方策について
 ・その他
(2)アーカイブへの著作物等の収集・保存と利用の円滑化方策について
 ・図書館・博物館・放送事業者等において
  アーカイブ事業を円滑に行なうための方策について
(3)保護期間の在り方について
 ・保護期間の延長について
 ・戦時加算の取扱いについて
(4)意思表示システムについて
 ・クリエイティブコモンズ、自由利用マーク等の利用に伴う
  法的課題等について

第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07040204.htm

第2回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07050102.htm

第3回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07051627.htm

第4回: 配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07062637.htm
参考:http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/06/26/16164.html
参考:http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-84.html

第5回: 7月9日予定
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07062517.htm

第6回: 7月27日予定
第7回: 8月22日予定
(審議の経過を著作権分科会に報告:9月)
※第4回会合の資料4より。なお意見募集については記載されず。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07062637/004.htm

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2007年7月 2日 (月)

私的録音録画小委#6 ──私的録音・録画問題は視野狭窄の産物だと思う(その2)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/07/post_8ca7.html
「私的録音録画小委#6 ──私的録音・録画問題は視野狭窄の産物だと思う」
(エンドユーザーの見た著作権)

 上記記事の続きです。
 どうもね、私的録音録画小委の議論を展開を追っていくと、どうしても「視野狭窄」から逃れられないのですよ。せっかく津田委員が鋭い指摘をしているのに、これを従来の議論で薄めてしまうのは忍びなくて分けた次第です。

 野原委員と津田委員による本質的な話が出たところで、本来はもう少し組み上げていきたいと思うじゃないですか。しかしこの日の私的録音録画小委は直後にこんな展開となってしまったのでした(引用は前の記事でも参照させていただいた 『zfyl』 さんから)。

森田委員:補償の必要性の議論をするとき、補償の前提が違うのでは。
 一つは私的複製は本来無償で自由という前提。それだと不利益があれば具体的に主張してその限度で払おうということで、補償の必要性の具体額を要求すると。それがなければ原則に戻ってという考え方は一つありうるが、すると具体的な立証が十分ではないということになる。
 ただ、補償金制度はそこから出発しているのではなく、30条のない世界では複製はすべて違法となる。ユーザーは複製しようとすると許諾をとって適当な料金を払う。それだと不便だから、適当な補償金を払うことでライセンスが強制される。そういう制度として理解すると、そこでの報酬は、合意ベースで許諾を求 めたときの額が基本となる。ただ個別課金と違い、マスで徴収しようとすると、具体的な楽屋、制度維持のコストもある。そこでどういう額、徴収方法が適当かという問題が生じる。まずいということなら30条をなくしてマーケットの個別交渉とするという世界にすればいい。その先どうなるか。違法複製が蔓延して、訴訟が生じて、また制度を作ろうということになるかもしれない。それを試そうという思考実験もいいかもしれないが、それではまずいので議論しているのだろう。
 後者の前提と立てば、前提問題は大上段の議論をする必要はなく、その先の作り込みの議論で、この程度だったら補償金はいらないだろうというところもあるかもしれないが、後者の前提では、具体的な立証が必要となるから、議論が進まない。いっそ30条をなくしてしまってデフォルトから出発した方がいいのでは ないか。

中山主査:なかなかうまくまとめていただいた。もともと王侯貴族が芸術家を養っていた時代から、芸術、文学等が大衆化して、大衆が受益者となれば何らかのかたちで払わなければならない。問題はその流れ方。現在の制度を作ったとき、さんざん議論して、かつ、ドイツなど、諸国が採用している制度を採用した。おそらく当時としてはこれが最良で、方法がなかったのだろう。問題は技術発展でそれがどう変わったかである。著作権自体の大きな枠組みはほかの小委員会で議論すべき問題で、大きな問題の 中で徹底して議論できなかった補償金問題だけ取り出して議論するために作ったのがこの小委員会。
 あまり根本問題までさかのぼるとこの委員会はいらないという話になって、法制問題小委員会に行くという話になる。法制小委は学識経験者中心だが、ここで は録音録画補償金の権利者、専門家も招いて委員会を作っているのだから、技術変化がどうなっているのか、それによって何が一番適当なのか、そのためには現 行制度をどういじったらいいか、ということを中心に議論いただければと思う。おおもとの30条撤廃とかいう議論はこの場では手に余る。

 ──絶望した!

 要は、その現行制度の前提自体がおかしいんじゃないの、と指摘されていた訳ですよ。それにもかかわらず「30条をなくして」云々(まぁ前提がそこにあることはよく判りましたが)。中山主査まで「なかなかうまくまとめていただいた」って‥‥。
 従来の「30条をなくして」云々の考え方は、事業者のような一部の人間しか複製機器を持っていなかった時代だから成立できたものなんです(それ以外の説明を付けようがない)。だから複製の都度 契約することを法で要求できるし、複製自体が営利を目的とするものばかりで権利者への利益還元にも正当性があった。問題は、複製手段が家庭にまで浸透していったときに、その家庭内の複製による“利益”から権利者へ(二重・三重に)還元していくことが妥当なのかどうなのか。録音・録画機器が家庭に浸透してから何十年経ったと思ってンですか。
 これは言ってみれば、著作権制度で何を守るのかという根本的な問題でもあります(その意味では小六委員の意見の一部に共感します。方向性は真逆ですが)。いわゆる権利者にどこまでの利益還元を保障すべきなのかという。そういう根本にまで降りないかぎり、社会における新たな合意には辿り着けないと私は断言します。現に、私的録音・録画問題でこれだけ社会の理解を得られずにいる。同じ前提に立つことはもはや無理なのですよ!

 ここからは野原委員や津田委員の大切な指摘に添えないことをあらかじめお詫びしておきます。大局的な観点をこの「視野狭窄」の中に反映できないかと考えるのが私のスタンスですので(以下の文章に両委員の指摘が消化されているとしたら私は嬉しいのですが‥‥)。
 著作権制度の根本という大それたことを私的録音録画小委で論じないまでも、そういう利益還元のあり方を「私的録音・録画」という狭い範囲の中だけでも権利者・メーカー・ユーザーの三者で探っていけないのかと、私は私的録音録画小委の議事を追いながら思うのです。だから今の状態は実に歯がゆくて仕方ない。〈どこまで利益還元を保障すべきか〉という観点からすれば実はまとめるのが可能なところまで来ているというのに、権利者も消費者(あえて「エンドユーザー」ではなく「消費者」と呼称しますが──その意図はお判りでしょう)も認めようとしていない。
 三者で共有できる「前提」を見つけ出す。その上で補償金のあり方を探る。もちろん補償金の要なしという結論か、ある態様については補償が必要だという結論か、いずれも共有可能な「前提」に立ってさえすれば良いわけですよ。先に指摘された欠陥を解消させる努力も含めて同意形成が可能だったならば。

 もっとも中山主査ですら、「前提」の共有が全く出来ていない中 現行制度をどういじるのかという話にのみ持っていこうとしている訳ですけれども。このまま進んでいったところで、権利者・メーカー・ユーザーの間での合意の形成をどこまで望めるのか。
 ずっと「前提」の段階で対立したまま、形だけの「補償金」が存続することになる可能性が高いかも知れませんね。メーカーもユーザーも協力しないような制度がこうして立ち腐れしていく。おそらく補償金制度だけでなく著作権制度全体にも立ち腐れは広がっていくことでしょう(私は私的録音・録画問題こそユーザーが最も身近な著作権問題だと考えていますから──すなわち著作権に対する理解の第一歩なのですよ!)。その引き金を引いてしまうのが中山先生だとすると、これほど皮肉な、そして残念な事態もありますまい。
 小委員会の正常化を祈って、再度強調しておきましょう。前提からきちんと「合意」を形成していかないと、補償金制度を支えるものが何もかも無くなってしまいます。メーカーやユーザーの理解や協力を得られずして誰がどう運用していくのですか。特にユーザーひとりひとりの〈納得〉は法で縛ることなどできません。現に私的録音録画補償金はそれに失敗しました。




■最後に

 私的録音録画補償金の本質を衝いた委員発言がもうひとつありますので、それを味わってお開きといたしましょう。
 あえて私の解釈で補足するなら、この補償金は、本来まともには徴収できない“使用料”をある程度の額(そしてある程度の徴収法)に「妥協」して利益還元していくという制度でもありました。それならば決して禁止の実効性も利益の還元も望めない、「違法」配信からのダウンロードについてもそれを使って僅かばかりでも還元をさせれば良いだろうにと私は思うのですね。ゼロよりはその方が得ってものでしょう。

椎名委員:津田委員に質問。アの違法複製物、サイトからの録音録画から30条1項から外すとすると、ここでの議論は、補償の対象となるだろう。どう考えるか。

津田委員:前回いったように、現状維持も結論の一つ。範囲縮小の有無にかかわらず、補償金の有無も変わってくると思う。身もふたもないが、この制度は妥協の産物。どうやってもブランケットで徴収して分配するということで、分配の公平性の問題はどうしても出る。100%の回答は出ないが、緩衝材として運用されてきた制度。いま、インターネットでぐちゃぐちゃになっているとき、過渡期の混沌した状況が数十年続きそうなら、そこまでは補償金制度の意味も多少はあるかなという気がしている。そこに関しては結論が出ないというのが正直なところ。

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私的録音録画小委#6 ──私的録音・録画問題は視野狭窄の産物だと思う

http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-85.html
「著作権分科会 私的録音録画小委員会(第6回)」
(zfyl)

 6月27日に 開催されました、文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会(第6回)について。今回は「そもそも論」というか、本質論として語られていたにもかかわらず、報道ではあまり強調されなかった部分をピックアップしておきます。
 引用は、上記リンク 『zfyl』 さんの「議事概要(メモ)」から。正確な発言は公式議事録が公表されないと判りませんが、おそらく大体のニュアンスは伝えられているのではないかと(今までのクオリティからすれば)期待できますので。
 なお下線は引用者(私)が独断で引いたものです。

※もっとも 『zfyl』 さん自身は「内容の正確性は一切保証いたしません」と書かれていますけどね。

野原委員:前提条件の議論の前ということで発言したい。
 そもそも制度がどうあるべきかを大きな視野で考えることが重要。IT化の進展でコンテンツ提供方法、利用方法も大きく変わっている。著作権法も今の環境 がなかった環境の中でできている。IT化の進展で大きく変化してきている。社会環境の大きな変化の中でどういう法制度を作るかが重要。しかし、今の制度がこういう前提で、これは変えないということでいくら議論しても新しい法体系に向かって改革することは非常に難しい
 大きな変化が起きて、新しい体系に変化するとき、古い制度への保護をどこまでする のかが非常に微妙な問題。あまり保護するべきでないと思う。次の体型に最適化される状況で、恣意的に存置するということになる。一番マクロでみていいのは自然に任せたときどこに収斂して最適解になるか。それにもかかわらず、今回の制度に関わる消費者は制度を知らないまま補償金を払うという、直接に音楽、映像のサービスを公売する人に見えない制度を作って強制するのは、今の体系から新しい体系に移るとき、余分な操作をしているだけではないか。今の環境変化をきちんと踏まえ、どう変わっていくべきか、どういう制度であるべきかを議論すべき。その上で補償金制度がどうあるべきかをちゃんと議論すべき。重箱の隅、というような議論をいくらしてもそれは見えてこない。そういう意味で次の議論の段階に入っていくことについては、そういうことではないのではないか。いったんここで凍結した方がいいのではないか。

 まず口火を切ったのが野原委員でした。現行の私的録音録画補償金を出発点に議論するのではなく(いわゆる「そもそも論」も現行制度の前提を疑うところから出発していますからね)、もっと大局的な観点からの検討も必要なのではないかという意見です。新時代に対応した制度を考えるために、事務局作成の「叩き台」を凍結するのも考えた方がいい(──と私は解釈しました)。
 これに対して「文化」を正面に立てて反論したのが小六委員。

小六委員:(中略)しかし、制度でも、著作権というのはどういうものかという根本的なものがどうしても我々には関わる。ビジネスと音楽著作物の関わりが強い時代。著作権はしかしそれだけ守っているのではない。ビジネスの視点に目を奪われると、絶対保護しなければならない権利も崩れることが起きないとも限らない。それも含めて著作者を考えざるを得ないし、最上の制度は何かを考える必要性があると思う。(中略)著作物の使用形態が 変わってきたことが非常な影響を及ぼしていることは事実。コピー文化が世界に広がり、コピーが文化に大きく影響していると考えざるを得ない。すると著作権で網をかけていたものが今後どうなっていくのか。事実上補償制度がこうなっている。かつ、法制度がちゃんとできても2、3年はこの状況である。そこで放棄される状況が10年近く続くことになる。これが本当にいいことか。文化を守るということに皆さん抵抗を感じるのであれば、文化的なものに対するお金の使い方が少ないとか、おおざっぱな例を挙げても、金銭で比較するほかないのであれば、手をこまねいているとしか見えない。

 で、これを受けて発言した津田委員の意見。

津田委員:文化を守るという視点から。(中略)
 個人的には、個々に出席されている権利者、メーカーに非常に優良な顧客。(中略)ただ、非常に録音録画が非常に好きでそれを享受してきた立場であっても、音楽を聴く時間は減ったし、DVDをみる、テレビを見る時間も減っている。それは環境変化が大きい。コンテンツ、著作物は、インターネット登場で多様化したし、ユーザーからみて、可処分時間が大きい。余暇を何に使うかというと、携帯電話や、若者文化からいえば、インターネットでのコミュニケーション。SNSなど。昔のコンテンツ、映画、テレビなどが一方的だったのが、コミュニケーションがコンテンツ化しているということが大きいと思う。これはコンテンツの多様化もあるし、著作権の主要なプレーヤーが変わったんじゃないかと思う。以前であれば文化の担い手としてのコンテンツ産業が主要なプレーヤーだったのが、インターネットで個人が参加して、ユーザーに主要なプレーヤーが変わったというのが重要な変化ではないか
 最初の小六委員の文化を守るという話だが、今、録音録画が文化の担い手であった時代は終わったと思う。これはある種の限定された分野を扱う場で、そもそも録音録画だけえこひいきしていいかという本質的な問題も含めて議論していただきたい。

 個人的には、これが決定打だな──と思いました。
 私的録音・録画問題というのは前時代的な前提に寄りかかって、旧来の「権利者」の収入を(時代の変化によって当然に減っていくべきところ)無理に維持していこうというものに過ぎないのかも知れない。今の時代に合った著作権制度を模索していくべきときに、私的録音・録画という観点でのみ議論していくのは視野狭窄以外の何物でもないのかも知れない(註:私の解釈です)。
 私自身は割と私的録音・録画問題という土俵に乗って論じるのが好きですので、どうもこういう広い視野からの意見は出しにくい傾向にあります。その意味では私も同様に視野狭窄であると言わざるを得ないわけですが(そりゃ自覚してますがな)。

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2007年6月13日 (水)

レンタルCDにかかる「二重徴収」が否定された日

 いろいろやってるうちに旧聞になってしまいましたが──

 私的録音録画補償金の存続か否かを議論するにあたり、存続を否定する立場が掲げる根拠のひとつ(全部ではないところに注意)が「二重徴収」問題でした。これは、自らが購入したCD・レンタルCD・配信楽曲から行なう私的録音については補償金が必要ないのではないか、いずれも最初の入手段階で正当な対価が支払われているのだから──とする考え方です。
 で、文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会(第3回)でこの「二重徴収」問題を当事者から聞いてみようということで、日本コンパクトディスクビデオレンタル商業組合 (CDVJ) 若松修 専務理事からヒアリングが行なわれたのでした。



http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07051108.htm

「文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会(第3回)議事録」

(文部科学省)



http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/05/10/15655.html

「私的録音録画小委員会、レンタルCDが権利者に与える影響を議論」

(INTERNET Watch)



http://pc.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070511/270709/

「著作物複製料の二重取り論は『ただの交渉道具』?−−文化審で論議」

(ITpro)

 ヒアリングの内容としては、「レンタル産業の実態、権利者・利用者との契約の実態について」「レンタル料金にはユーザーの私的複製の対価も含まれており、補償金と二重取りになっているのではないかという指摘について、どう考えるか」「レンタルCDからの私的録音の問題について、レンタル事業者の立場としては、どのような解決が望ましいと考えるか」との質問事項があらかじめ示され、それに対して若松専務理事が答えるという形をとったようです。
 当日の配布資料2「CDレンタルに関する資料」は、CDレンタルの歴史と実態を知る上で有用なデータが掲載されています。「『貸与権』制定の経緯」「許諾条件の設定経緯」「CDレンタル店の現状とレコード産業の中での位置づけ」といった項目立ての全12ページです。
 そして、相当のインパクトを持って伝えられたのがこの回答──

資料2「CDレンタルに関する資料」
ノンブル4ページ〜5ページ



・使用料の設定にあたっては終始 JASRAC の主導で進められ、貸与使用料を定めるにあたって先例となるものがなかったことから、当時の録音使用料を参考にしつつ、 LP1枚あたり12曲×録音使用料(5.80円/曲)≒ 70円 →「えいやっ! で 50円」(業界紙インタビュー)
→アルバム1回の貸与につき 50円

1年後 (1985年)、 契約を締結した日本レコード協会(レコード製作者)、日本芸能実演家団体協議会(実演家)との間においても、この金額が基礎となった。
しかし、両団体との協議においては、複製を前提とする話は一切なされなかったし、貸与許諾契約書にも明記されていない。
従って、 JASRAC を含む3団体との契約書には複製に係る記述は一切なく、貸与に係る使用料及び報酬の支払いに関する契約であることは事実である。

 これについては報道記事でも引用されています。「二重徴収」の考え方を若松専務理事が「否定」したという文脈ですね。
 この報道記事を読んだあとで、私も(私なりに)色々調べてはみました。で、 CDVJ にも確認してみたんですよ。すると、おおむね報道されている内容で間違いないとのことでした(公表が遅れて申し訳ないです)。




■貸与権と私的録音補償金をめぐる事実関係

 私が調査した結果と、 CDV-J に問い合わせた結果とを織り交ぜながら まとめてみます。とりあえず別ブログで「資料」としてまとめてありますのでそれも参照して戴きながら──



http://himagine9.cocolog-nifty.com/kitaguni/2007/06/post_9de6.html

「【資料】貸与権と私的複製は国会でどう議論されたか」

(試される。(ココログ mix))



http://himagine9.cocolog-nifty.com/kitaguni/2007/06/post_ff91.html

「【資料】貸与権と私的録音補償金」

(試される。(ココログ mix))

 まず、貸与権が創設される際の状況なんですが、 1983年に 「商業用レコードの公衆への貸与に関する著作者等の権利に関する暫定法」が国会で審議されます。この時は、明らかにユーザーの私的複製を理由とした立法の必要性が説明されています。
 続いて 1984年 に著作権法が改定され「貸与権」が創設されます。ここでは公衆への有償「貸与」について著作権・著作隣接権が及ぶとする新たな概念の導入が図られてはいますが、実質的に「〜暫定法」の考えを踏襲しており、ユーザーの私的複製の実態があるがゆえに貸与権を創設することとなったことが確認されています。
 そして極めつけが私的録音録画補償金創設にかかる著作権法改定の国会審議(1991年)。 やはり貸与権との関わりが質問されていて、当時の著作権審議会委員から、レンタルレコード(レンタルCD)については貸与権で私的録音問題が解決されていたという見解が示されているんですね。

 これらの解釈は限定的なものではなく、文化庁や法学者による解説の中でもたびたび登場しています。
 貸与権が創設される際にユーザーの私的複製が念頭に置かれていた(私的複製へと権利を及ぼすのが不可能なために貸与権という形で代替した)というのは、立法の過程では明らかであると言えます。そしてそれは私的録音録画補償金の創設においても確認されていた、と。

 また、間接的な証言なのですが、私的録音録画補償金の創設にも関与された JEITA 側にこのような記録を残されている方がいます。

「私的録音・録画問題とその周辺(2)
 貸レの出現と懇談会の見識」
(社)日本電子機械工業会 著作権委員会
 委員長 野田 康正
(「電子」 1992・9、 31ページより)



 著作権法に貸与権が織り込まれたことで、文化庁はCD1泊2日の著作権使用料を 70円 と決めた。市価 2,500円 ないし 3,000円 もするCDが貸レコード店で1泊2日 250円 前後で借りられることは、ことに若年層 (15-25歳 までぐらいの中高大学生)には大きな魅力となったものの、3割以上が著作権使用料となる料金の設定について高すぎるのでは、との声が貸レ業者のみならず、権利者や文化庁などの関係者にもあがった。結局「‥‥ホームテーピングされていることもあるから‥‥」ということで決着した。
 当時、日本レコード協会の調査によれば、貸レ利用者の 90% 以上が借りてきたCDやレコードからホームテーピングしている実態をあげていたこともあり、高い料金の設定に踏み切った。この著作権使用料は法施行6年後の 1991年 (平成3年)には 100億円 を越える大きな金額が貸レコード業者から著作権者側に支払われている。

 私が「二重徴収」論を採用するに至ったきっかけのひとつがこの証言だったりします。そしてもうひとつが、 CDV-J サイトに掲載されていた(今は削除されています)この文章でした。

CDレンタルに関する著作権使用料は、「レンタルユーザーがコピーをすることへの代償」及び「レコードをレンタルビジネスに使うことに対する使用料」の2つの観点から決定されました。

昭和59年に貸与権が創設された当時は、権利者に「レンタルはコピーを助長する」といった考え方が強くあったため、使用料金額については、ユーザーがコピーを行なうことを踏まえて、当時の録音使用料をベースとして決められました。(中略)

しかし、私的録音補償金制度が導入された現在、各権利者はユーザー及びレンタル店双方からコピーに関する代償を二重に受け取っていることになるため、CDレンタル使用料の早急な見直しが必要です。

CDレンタルに関する使用料がユーザーのコピーの代償という観点から決められた経緯からしますと、平成5年に私的録音補償金制度(※本文後段にて解説)が導入され、デジタル式のハードやソフトを購入するユーザが各権利者に対してコピーに関する補償金を支払うシステムが構築されたことにより、各権利者はユーザー及びレンタル店の双方から、そのコピーに関する補償金を受け取っていることになります。よって CDVJ では早急な使用料の見直しが必要であると考えております。

 私見ですが、この考えを通すだけの根拠もまた有ったように思います。前述のように、国会審議で確認された方の趣旨、それを解説する立場の専門家による見解、使用料決定にかかる証言(間接的ですが)、そして契約当事者による異議申立て──これだけの事実が揃っていたのですから。

 ここで気になるのが、貸与権創設→私的録音録画補償金創設→現在へと至る間の貸与使用料の実態ですね。「二重徴収」を裏付ける(あるいは「二重徴収」を解消すべきとする根拠となる)事実があるのか無いのかという。
 CDVJ に尋ねたところ(注:下記は CDVJ の回答を引き写したものではなく、私の手によるまとめです)、

 ・貸与許諾契約には複製について書かれた項目がない(これはヒアリングの通り)
 ・私的録音補償金の創設の前後で使用料額に変化がない
 ・私的録音補償金の創設に伴って、 CDVJ が使用料減額を求めた事実はない
  (つまり6年ほど前に JASRAC へ減額を求めたのが最初)

 ──とのことでした。




■さて、どう解釈したものか──

 私的録音録画小委での質疑応答でも指摘されたそうなのですが(当然ですね)、やはし先に引用したサイトでの記述との整合性が問われるところです。 CDVJ に敢えて確認したところ(以下も私のまとめです)、

 ・「二重徴収」は無いということが公式見解と考えてもらって差し支えない
 ・「コピーに関する代償を二重に受け取っている」との文章がサイトに掲載された
  (され続けた)ことは大きなミスであった
 ・CDVJ はこの記述を撤回したものと考えてもらって差し支えない

 ──ということでした。
 撤回されたんじゃ、もうあの主張は考慮対象外にするしかないですよねぇ。

 そこで、どう解釈したら良いものかなぁということなんですが。
 まず国会審議での事実関係は、立法趣旨の確認ですね。また文化庁や法学者の解説というのは、法としての意味や立法趣旨を間接的に補強するものです。そして実際にどう運用されるかは、必ずしも国会や文化庁・法学者の手の中にあるわけではない。
 契約の当事者、という意味では JASRAC ・レコ協・ CPRA ・ CDVJ は見解が一致したことになります(「二重徴収」は無い、と)。間接的な事実をいくら重ねても、この当事者の共通認識の前には大して意味が無いのかも知れません。
 レンタルに関しては、使用料に“私的複製への補償”が含まれていない以上、ユーザーが私的複製する際に(デジタルであれば)私的録音補償金を支払うという線で落ち着くことになるでしょう(もっとも補償金制度の必要性とは別に、分配の不透明性や返還制度の実効性など指摘された数々の課題をクリアする必要はあります)。貸与許諾契約の当事者が「二重徴収ではない」と納得してるのですから、これを覆す新たな事実が出てこない限り、第三者たるエンドユーザーが何を言えるでしょうか。

 とは言え、今までのサイトでの記載も含め、 CDVJ の見解には納得できない人もいることでしょう。今後の CDVJ がどのような動きを見せるのかに要注目です。たとえば現状では、例の記述を削除したに止まっています。しかし長い間ユーザーに対して影響力のある言説を発信していたのですから、これについての総括をしなければなりません。
 また、私的録音補償金を前提としたレンタルビジネスでありながら、ユーザーに対する音楽用 CD-R 推奨をきちんと行なっていたのか、レコード協会らによるパソコンでの「違法コピー」喧伝にどう対処するか(本来、音楽用 CD-R を使えば良いだけの話)、あげくにレンタルCDの中でも少なくない「コピーコントロールCD」の投入にどう対処するかなど、これから解決していってほしい課題は数多いように思います(そのすべてが CDVJ の所為だとは勿論言いませんけれど)。
 どこまで筋を通せるかが試されると言ってもいい。

 CDVJ が「二重徴収」を否定したことで、ことレンタルに関して言えば、私的録音問題がかなり単純化されたことも否めません。本来エンドユーザーの私的複製の「自由」を(有償ながら)維持するという私的録音補償金の建て前からすれば、この趣旨が本当に貫徹されるかはむしろこれから問われるところであろうかと思います。補償金制度がありながら、私的録音の「自由」が保障されてこなかったのですから、今までは。
 私的録音問題において、 CDVJ がより大きな役割を果たしていくことを願ってやみません。多くの(若い)ユーザーにとって、著作権を意識させる最も身近な存在のひとつなのですから、レンタル店は。

 ここまで来ちゃったら、その線で行くしかないでしょ。

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もし私が私的録音録画小委員会の委員だったら──

 膠着する議論にたまりかねて、こう発言するでしょうね。



 コンテンツ販売は、一つの私的領域(たとえば家庭)に著作物が届く際に対価を得るのが本道だと思います。例えば新しいレコード(既発曲の寄せ集めは除きます)を製作した時に、これを売って対価を得るというのが本来の創造サイクルでしょう。著作権法の趣旨というのもそういうところにあると思います。

 私的録音・録画の問題というものは、もともとは新譜を買わずに所有されてしまう(借りたものからコピー、あるいは放送からコピー)と“商売あがったりだよ”という問題意識から出発したものではなかったのでしょうか。それならば理解できる話です。

 逆に、一度購入して持っているものについては、私的録音・録画が出来なくなったとしても その所有しているものを聴けば足りることであって、権利者に得られるべき「利益」があるものとは考えられません。そうした有りもしない「利益」まで著作権法が手当てして「補償」させる必要はない筈。



 ここで権利者側の皆さんに問いたいのです。

 所有するものからの私的複製については補償金の対象にしない──具体的には返還の理由として認めるなどのことは考えられませんか。実際に数百枚から数千枚のCDを所有するユーザーは、それだけで iPod を埋め尽くすことができるのですよ。ユーザーが自分の所有する音楽を繰り返し聴くことがあなたがたの「不利益」でしょうか。

 また、補償金制度が本来前提としていた、ユーザーの私的録音・録画の自由を確保するとの趣旨を貫徹してはもらえませんか。つまりユーザーの私的録音・録画を不当に制限する「コピーコントロールCD」や「コピーワンス」、あるいは CD-R への焼き込みを一切許さない音楽配信 DRM など、このような厳しすぎる制限を撤廃するのだと宣言する、と。



 そして利用者側の皆さんに問いたいのです。

 買って所有したものはともかく、借りてきて私的録音・録画してしまったものについてはどう思われますか。本来なら買わないと視聴できなかったものが、いま手元にあって いつでも何度でも視聴できるようになっているんです。しかも作り手への正当な対価が1円も渡っていないとしたら。

 ──買う時と同じだけの対価を払えと言っているのではありません。わずか数円(個人的には数十円程度でもかまわないとすら思います)だけを、「いつでも何度でも視聴できる」ことの対価として支払ってみませんか、と言っているのです。

 私的録音・録画したものの中から改めて正規に買い直すということは確かにあります。間違いなくね。しかし私的録音・録画したものを全て買い直すということではありませんし、また買うものでも それまでの間は私的録音・録画によって「いつでも何度でも視聴できる」状態であることに変わりありません。

 こういった場面でなら、多少の補償金を支払っても良いように思うのですが如何でしょうか。



 私は、議論を進めていくために次のような方向性を提案します。

1.補償金制度自体は存置すること

 ──ただし課題としてあげられている問題点(分配・返還・周知等)は改善のこと

2.私的録音・録画を妨害する行為を権利者は選択しない

 ──そのような行為に及んだ権利者は補償金の受け取りから外すこと

3.所有しているコンテンツを私的録音・録画しなおす分については補償を求めない

4.ただし一定の複製態様については「補償金」を課すとの前提に立つ



 以上です。

 異論・反論の存在は承知の上。
 できれば各自のブログで意見を述べてくれる人が増えることを望みます。

 ──2年前の法制小委では盛り上がりましたが、皆この問題を忘れてるのではありませんか?

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2007年6月12日 (火)

私的録音録画小委#4:「利益」にこだわっているのはどちらか、そして妥協を考えていないのはどちらか?

「アップル」が激しく非難した、文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会の第5回会合が 6月15日 に迫ってきましたよ。一応、開催案内を紹介しておきましょうか。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07060406.htm
「文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会(第5回)の開催について」
(文部科学省)

 傍聴申し込みは 6月12日の 18時まで。 でもたぶん、もう席がいっぱいだったりするんでしょうねぇ。

 さて。今回ネタにするのは前回、 5月31日の 第4回会合です。 INTERNET Watch の報道によれば、これがまた議論紛糾の なかなか愉快(勿論皮肉)な事態だったようでして‥‥。

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/05/31/15904.html
「私的録音録画小委員会、CD売上減と私的複製の関係めぐり議論は平行線」
(INTERNET Watch)

 まず、はっきりと指摘しておきたいのは、ここで議論が紛糾している原因は これまでにも指摘されながら「そもそも論」を置き去りにしてきた点にあります。過去の「議論」がさも論理的検討を積み重ねてきたかのような、そしてその結果 創設・運用されてきた私的録音録画補償金制度がさも効果を上げてきたかのような“既成事実”をもとに議論を封じようとする向きも見られますが、これらはいずれも全くの嘘でしかありません。
 創設前の議論においてもメーカー側は「そもそも論」を問うていたにもかかわらず制度ありきで議事が進行され、制度創設の理由にしても「私的録音・録画は総体として、(中略)著作者等の利益を害している状態に至っている」などという詭弁(権利者の不利益とならない複製態様があるのなら、それは幾ら足してもゼロですからね)以外の説明は導き出せずに終わっています。だからこそ今「そもそも論」が蒸し返され紛糾するのです。
 いや制度創設前だけではなく、制度が動き出してからの10年間においても、論理的積み上げを全くしてこなかったことが権利者側の主張から見て取れます。あいかわらず「複製権ありき」の「不利益」論一点張り、あげくのはてに(コピーガードやコピーコントロールを導入してエンドユーザーの私的録音・録画を妨害してきたことを棚に上げながら)補償金制度は私的録音・録画の自由を確保してきたのだと事実に反する“現状認識”を披露する始末。この制度について論理的な解説を行なうことすら出来ずにいます。
 制度ありきのなあなあな話し合いで妥協に妥協を重ねた結果(私に言わせれば、補償金制度の対象をデジタルに限定するなど妥協以外の何物でもありません)無理やりに作られた制度でしかありませんから、今またこの疑問が噴出してきているのも当然の話。すなわち「私的複製が本当に権利者の経済的利益を損失しているのか」と。

 文部科学省のサイトでは当該会合での配付資料だけは公表されていますので(議事録公表まではまだまだかかるんでしょうな、あのノロマ)、資料1から引用してみますと──

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07060102.htm
「文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会(第4回)配付資料」
(文部科学省)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07060102/001.htm
「文化審議会 著作権分科会
 私的録音録画小委員会(第4回)配付資料 [資料1]」
(文部科学省)



1.私的録音録画が権利者に与える利点との関係について
 複製が増えると経済的損失が増えるということは、逆に考えると、複製がなければ売上げが上がるという関係のはずである。しかし、権利者側は録音録画を禁止するつもりはないと主張するし、録音録画禁止による商品の売上げ増についても明確な説明ができないと言う。実際、権利者は録音録画を禁止していない商品(例えば音楽CD等)を市場に提供しているが、これは、私的録音録画によって利益(試聴効果や音楽・映像等の普及による販売促進、音楽・映画等のファン層の拡大)が得られると考えているからではないか。そうであれば、私的録音録画によって損失があるという理由で補償が必要性(原文ママ)だというのは矛盾ではないか。

2.購入した商品からの私的録音録画について
 商品の購入者が自分で視聴するために、プレイスシフトや好きな曲を編集するために私的録音録画することはよく行なわれているが、そのような目的のために複製する回数が増えることが、権利者側が被る不利益とどう関係があるのか。

 1は主婦連合会の河村委員による発言ですね(第3回会合)。2はたぶん JEITA の亀井委員でしょう。
 1については、たぶん私ならこういう表現にはしないだろうなと思います(その趣旨は合致すると思いますけれども)。私流に言えば──

 まず、パッケージで売られているコンテンツは購入者が私的領域の中で繰り返し視聴することを前提に販売されているものである。これには当然、本人が繰り返し視聴する場合と、家族やごく親しい友人と一緒に視聴する場合が含まれる。またどこかへ持ち歩いて視聴する場合も想定されて然るべきである。
 また、私的録音・録画について特にコントロールしない使用で売られているパッケージについては、私的録音・録画が実際に行なわれるようになって相当の年月を経ている現在において、購入者が私的領域内で適正な回数の私的録音・録画を行なうという前提のもとに販売されているものと考えるのが相当である。
 そう考えるのならば、購入したコンテンツを私的録音・録画することについては権利者の収入に織り込み済みであり、補償金を課すことは二重の課金となる(ユーザーも当然 私的録音・録画することを考えてパッケージを買っているのである)。

 逆に考えても、著作権制度は権利者に還元させるべき利益を特定し、それを確実に得さしめるために設計されるべきである。すなわち私的領域で最初に利用される時点で対価を徴収することは著作権制度の本旨に適うと考えられるが、一度購入されたものを二度三度と“購入”させることを前提に利益還元を図る必要性はない。それが一般的な消費行動なのであり、また先の私的録音・録画を前提としたコンテンツ販売とも合致するものである。
 私的録音・録画が仮に禁止された場合においても、購入されたコンテンツが新たに再度購入されることなどなく、既に持っているものが繰り返し視聴されるだけに過ぎない。すなわち「複製がなければ売上げが上がる」というものではないし、複製による「不利益」はそもそも存在せず「補償」の必要もないということだ。

※もっとも、私は「私的領域で最初に利用される時点で対価を徴収する」ことを著作権制度の本旨と考える以上、レンタルCDや借りたCDからの私的録音については別途検討する必要があるとも考える。

 あえて引用形式で書きました(私が今書いたものですがね)。まぁ言ってることは変わらないかも知れませんが、何か河村委員の発言のままだと“気持ち悪い”んですね。感覚的なものなので自分でも理由がはっきりと判らないのですが。
 ちなみに上記2の意見も含んでしまってますね、私の言い方だと。いずれにせよ、こういう観点からの議論の積み重ねは今まで全くありませんでした(上記観点を肯定するにせよ否定するにせよ──国際条約的に言えば否定されかねないんですけどね)。

 INTERNET Watch 記事を採り上げた はてなブックマークで 『Copy & Copyright Diary』 さんがコメントされていますが、「入り口の議論をきちんとしなければ、まともな結論にはならない」との意見の通りなんですね。そしてまさにこれが私的録音録画小委の病理を示してもいます。
 INTERNET Watch 記事によれば「私的複製による損失が大きいという統計が出ていることから、これを仮に前提として補償金制度の設計について検討しなければ、議論の入り口で委員会が終わってしまう」などという委員意見が出たそうですが、これなどは議論を先延ばしにするだけの(それこそ補償金制度が創設されたときと全く同じ)提案でしかありませんし。まだやるか、と(「私的複製による損失が大きいという統計」って何のことだというツッコミはさておき)。

※もっとも、 『zfyl』 さんによる傍聴レポートを読むと、少しニュアンスが異なっているようで印象が変わってきます。曰く、「制度設計をどうするかということがここの目的だと思う。前回そして本日議論があったが、コピーが市場にどういう影響を与えているかということについて具体的に立証が必要であるのか。(中略)各種の調査を通じて相当数の複製が行われていることははっきりしているので、それを前提にして仮止めで具体的な中身に入っていかないと、(中略)いつまでたっても入り口でこの委員会が終わってしまうような気がする」。いずれにせよ、「立証」まで行かなくても論理的に「影響」を説明できなければ先は無いと思いますけどね。

 なあなあで議事を進めるのではなく、真面目に論理を積み上げていけ──と声を大にして言いたいところです。




■相手へ一方的に「妥協」を強いているのは誰か、「自分の利益だけを主張して」いるのは誰か

 INTERNET Watch の記事をもとに、もう少し第4回会合を見てみます。
 権利者側では実演家著作隣接権センター (CPRA) の椎名委員が気を吐いている印象ですか。氏の発言のひとつひとつに共感できるものではありませんが、ただ論点は非常に重要なものなので引用していきます。

 続いて椎名氏は、私的録音録画補償金制度を改良して維持する必要性を述べた。椎名氏はまず、「補償金制度の中で一定の自由が確保されることが、権利者にも消費者にもメーカーにも利点をもたらすとの前提で話をしている」と説明。仮に私的複製を禁止した場合、補償金制度がなくなるのは自明だが、それによって権利者だけでなく、消費者、メーカー、そして社会や文化全体が、この制度からの恩恵を失う不利益の方が大きいとした。

 当日配布された資料5にも、同じ文面で意見が記載されています。
 ──この字義通りに解釈する限りにおいて正論だと思います。個人的には終盤の「この制度からの恩恵」を「私的複製からの恩恵」としたいところではありますが。
 この論は椎名委員がずっと発言してきたものではあります。そしてその都度 私が加えて来た反論もひとつ。〈この話は「補償金制度の中で一定の自由が確保される」という前提が成立して初めて正しい──しかし現状は私的複製を妨害されることが多く、補償金制度の趣旨をないがしろにされている〉です。
 どうしてここから話が進まないのか、という歯がゆさがあります。仮に私的複製に補償の必要があったとして、それならば補償金制度の趣旨を貫徹させるべきだとは思わないのでしょうか。いたずらに私的複製の自由度を下げるようなことをするのではなく、むしろそれを「確保」するよう権利者側が努めると何故言わないのか(もちろん実演家だけではどうしようもないことではありますけどね)。
 コピーワンス見直し議論について「権利者からは『コピーネバー』という意見もあったが、一定の合意に向かって委員会が動いたのは私的録画補償金制度があったから」との発言も椎名委員はされているようですが、これなどは本来もっとアピールしても良い部類の見解でしょうね。これで一歩進んで、「n回」が4・5回程度に提案されたら言うことなし。さらに〈補償金制度下で「コピーワンス」を導入したのは制度の趣旨をないがしろにするような間違いだった。これからは私的録音・録画の自由を確保することを約束する〉とか言ってくれれば最高なんですが。
 だめかな?

※引用者註:先に引用した「私的録音録画が権利者に与える利点との関係について」を受けて

 これに対して椎名氏は、「権利者としては補償機能が十分に働いていないことを問題にしている。自らの利益だけを主張して、言葉尻や立場の違いの細部をあげつらうようなことではなく、よりよい落としどころを探る努力を重ねなければ、到達点はない。もう重箱の隅をつつくような議論はやめにしましょう」と反論。

 これは半分正しく、半分間違っています。
 現行補償金制度の射程が私的録音・録画の実態よりかなり狭いことによる「補償機能が十分に働いていない」可能性はありますし(もっとも「補償機能」の必要性、それが本当に不充分なのかという疑義はついてまわります)、また「よりよい落としどころを探る努力」は確かに必要ですからね。
 しかし補償金制度に突きつけられている疑義というものは「重箱の隅をつつく」ものでは決してなく、むしろその本質を突いたものです。何らかの結論(ここでは補償金制度ですが)を導くのに使った前提が間違っていれば結論も否定されます。前提がおかしいだろと指摘することは「重箱の隅をつつく」のとは全く違います。
 冒頭でも書きましたが、「そもそも論」を置き去りにして(加えて論理的な積み上げもしてこないで)制度だけを設けて回してきたのが原因です。立脚点のすりあわせを今までしてこなかった以上、当然の成り行き。

※現行補償金制度が権利者側とメーカー側との“画期的談合”で出来上がったことを考えれば、立脚点を保つためにも双方の合意内容(もしくは変更する際の新たな合意)の維持は必須だと思うのですが‥‥。

 なお上記引用部の段落の最後に「著作権法30条1項の廃止」云々という文章がありますが、これは論じる(そして反応する)に値しないと思いますので引用部から除外しました。こういう恫喝まがいのことは言わなきゃいいのに‥‥。
 好きこのんでイメージを落とさなくても、ねぇ。

 椎名氏は、消費者が購入した商品からの私的複製が権利者に与える不利益については、タイムシフトやプレースシフトなど、権利者に不利益をもたらさない複製行為があることは認めながらも、「現実には、そうした部分とそうでない部分の境界はあいまい。むしろ、不利益をもたらす部分が相当混在して行なわれることが実態」と指摘。さらに、 2000年 前後から、PCに CD-R/RW ドライブが搭載されるようになったことで、「PCで作成したCDのコピーを使って、また孫コピーを作るという、MD時代には不可能であったことが可能になり、 1998年 にピークを迎えたオーディオレコードの売上げが減少傾向に変わった」として、PCの HDD についても補償金の対象とすべきとの考えを示した。

 一方、これまでの小委員会では、IT・音楽ジャーナリストの津田大介氏から、「オーディオレコードの売上が減少した背景には、携帯やゲームに消費者の可処分所得が奪われたため」とする意見が寄せられていた。椎名氏は津田氏の考えを認めながらも、「音楽の需要そのものは減っていない。例えば、 iPod に収録されているコンテンツの大半は音楽で、かつ iTunes Store で配信されたものよりはCDからリッピングされたものが多い。オーディオレコードを購入することに代替しえうる様々な手段が提供され続けたことによって、オーディオレコード産業が急激に不利益を被ったのは明らか」とし、私的複製が権利者に与える不利益の一端を確認できると強調した。

 椎名氏の発言(といっても当該記事を通し間接的に知ったものでしかありませんが)を逐一検討していくのも大人げないのかも知れませんね。簡単に触れておくにとどめたいと思います。
 まず記者の地の文ながら「タイムシフトやプレースシフトなど、権利者に不利益をもたらさない複製行為があることは認め」ていたとのこと。これが事実なら特筆に値します。ユーザー側との意見の一致を見た点でしょう。
 PCでCDが複製できるようになり孫コピー云々という話がありますが、これは実態としてはどうなのでしょうね? たとえばレンタルCDから CD-R へのコピーが増えたというのは感覚として理解できますが、 CD-R からの孫コピーが技術的に可能になったからと言って本当にするものかなぁと。実際そんなに必要ないですから、同じメディアのコピーってのは。 CD-R →PC→ iPod ってのはあり得ますよ、ただし「不利益」を与えているのか疑問ですが。
 1998年に ピークを迎えたオーディオレコード売上云々は津田委員の反論があるのでスルーするとしても、 HDD への補償金課金の話はそろそろ取り下げてもらえないでしょうかねぇ。ここに無理やり課金すれば憲法問題になりかねないとの指摘がすでに法制小委でされており、もはや実現可能性は無いと言っていい要求です。それよりも、例えば CPRA シンポジウムで やはり津田大介氏が発言していたような、ソフトウェアに課金することの実現性を検討していった方がよほど有益だと思うのですが(ハードルは高いと思いますけどね、 HDD 全体への課金よりはまだしも妥当性があります)。
 iPod で使われている音楽云々ですが、これも私的録音全般をごっちゃにするから話がおかしくなるのです。たとえば多くの人は自分で所有するCDを「リッピング」して聴いているわけですが、これは権利者に不利益をもたらさない。オリジナルのCDを聴いてるのと同じことなのですから。音楽配信やポッドキャスティング(はっきり少なくないですよ、この量)の場合も不利益をもたらし得ません。その反面、レンタルCDや放送番組などからコピーしたのはどうかというと議論の余地があるでしょう(私の感覚としては補償やむなしといったところ)。こんなごちゃごちゃの論理で「オーディオレコード産業が急激に不利益を被ったのは明らか」という結論は導き出し得ません。だから「そもそも論」に遡ってツッコまれてしまうのですよ。
 再度強調しますが、我々が自分の持っているCDを繰り返し聴く分については、権利者に不利益を生じ得ないわけです。そして殆どの場合、それが改めて音楽配信されたからと言ってわざわざ買い直すことはしない(ひょっとすると椎名委員の発言自体はこれを加味した上での可能性はありますが──買ったもの以外については「不利益」も考え得ますから)。

※ちなみに椎名委員は資料5において「現実には、そうした(引用者註:不利益を与えない私的録音・録画)部分とそうではない部分の境界が常に流動的であって、むしろそうでない部分が相当量混在して行われることが実態であり、(中略)これらを包括して補償する形の制度になる」と主張しています。要するにクソもミソも一緒くたに課金しろと。
 同じく「私的な領域で権利者の権利が制限されていることに由来して生ずる利益については、消費者、メーカーの別を問わず、その利益がある程度権利者に還元されるべきものであり、よって、この部分はただだとか、この部分は有料だとかの話にはならない」とも主張しています。全然ダメじゃん。
 複製権ありきの考え方を全く棄てようとせず(各種権利制限というのは あるべき権利を制限したものではなく、複製権が元々及ぶべきとは考えられない──そのように政策的に判断されたものなんですがね)、何でもかんでも「利益」還元しろと叫び続ける有様を見ていると、「自らの利益だけを主張して」いるのはどっちなんだと言いたいですな。「三方一両損的な考え方で譲り合ってこそ、ポジティブな結論が得られるものであると確信している」のだそうですが、譲ってない人がここにいますわね。

 このほか椎名氏は、(中略)補償金の支払い義務者を機器・媒体の購入者としているのは日本のみで、他国は製造業者と輸入事業者としていることを上げ、「我が国のメーカーは世界の中でも有力なプレーヤー。日本の権利者にも是非利益を還元してほしい」と呼びかけた。

 この部分だけでは何とも判断しがたいところですが、支払い義務者をメーカーにすべきだとの主張を繰り返しているのか否か。それとも補償金額を増やしてほしいと希望しているだけなんでしょうか(後者なら解らないでもない)。




■そろそろ欲しい交差点

 ──で、これからは何をすべきなのか、ですが。

 現状、権利者側もユーザー側も従来の主張を繰り返すのにとどまっている印象ではあります。だから INTERNET Watch にも「平行線」と書かれてしまったりするんです。もっとも“歩み寄り”には程遠い感じではあっても、議論やヒアリングを重ねてくる間に、摺り合わせ可能な部分は出てきているんじゃないかという気もします。
 だから非常に歯がゆいんですよ。そういう部分を何故すくい上げないのかと。双方とも論の立て方が硬直化していて(おそらく発言時間の少なさも影響しているのでしょうが)、相互理解も程遠いような有様。

 権利者側に問いたいのは、〈自分で買ったCDをコピーするのに補償が必要なのか?〉ということ。そこまで「不利益」を主張しているのか否か。
 ユーザー側に問いたいのは、〈レンタル業界からのヒアリングを踏まえ、レンタルCDからのコピーに補償が必要だと考えるか?〉ということ。ここで「不利益」は本当に生じていないのか。
 まずこれらを詰めていけば、少なくとも2態様については共通の見解に立つことができるんじゃないですかね。私的複製にも様々あるのに、どれも一緒くたにして「不利益」がどうのとやるから議論が進まない(もっとも現行補償金制度についても、どれも一緒くたにして補償金課金とやっちまったから今 議論が蒸し返されてるんですけど。笑)。

 素朴な疑問としてあるのは、〈どんな私的複製でも権利者に「経済的不利益」を与えることはない〉と本気で考えている人がいるのかどうかです。こう考える人がいないのなら、一定の条件化で「不利益」を与えかねないということであり、そこをまず特定することで議論を進められます。「ここまでなら補償金課金は妥当だろう」という共通認識を持つことができます。
 レンタルCDからのコピーについて前回ヒアリングが行なわれました。放送番組からのコピーについては「アーカイヴ目的」のものが「不利益」の根拠とされました。音楽配信については法制小委→私的録音録画小委での一連の流れで論じられています。手持ちCDからのコピーについては、権利者側からも一定の理解が得られつつあります(どの程度なのかは判断が難しいですが)。友人から借りたCDなんてのは微妙な線かもしれません。
 私がここ数年言い続けてきた「複製態様ごとの議論が必要」というのはそういう趣旨でした。それぞれについて「不利益」の存在を検討し補償金課金の是非を問え、と。補償金が必要とされた態様については補償金制度を維持し、不要のものについては補償金対象から外せばいい(個人的には、補償金の額で調整するか、返還理由として認めるのが納得できる解決策ですが)。

※たとえば iPod に 3000曲 入るとして、 3000曲分の 所有CDを証拠として見せろと言われたら(写真でも送って)見せてやりますよ。それで iPod への課金が免除されるのならね!

※逆に、「不利益」を与えかねない複製態様について補償金額が適切なのかという議論は当然にあり得ます。たとえば今の音楽用 CD-R への課金が少し増えたとしても、この辺りはユーザー側として「妥協」できる部分なんじゃないですか? もともと記録媒体への課金は数円程度なんだし。

 欲張って全部取ろうとすると、全部失うことになるぞ──と嫌味を言ってみたりして。ホント愚痴りたくもなってきますよ。
 ここらで一発、対立点を解きほぐせる委員が登場しないものでしょうかね。

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文化審議会著作権分科会の各小委員会議事公表状況 (2007.6.11 現在)

 知的財産推進計画 2007 には、パブリックコメントとして多くの反対意見や慎重意見が寄せられていたにもかかわらず、著作権法上の罰則を非親告罪化するという項目が盛り込まれています。これ、「計画」にとどまるものではなく文化審議会 著作権分科会 法制問題小委員会において既に議論が始められています。
 法制小委では、第1回会合で複数の委員からも懸念が示されているところで、非親告罪化が問題を生じないかのような言説が如何に的外れなものかの証明となります(非親告罪化が著作権等侵害全般に及ぶ場合の予測不可能性は尋常ならざるものがあります。「海賊版」のマジックワードで安心してしまっている人たちに注意したいのは、あれが著作権等侵害物品全般を指す言葉だということ。言ってみれば「二次創作」の同人誌だって「海賊版」の一種です)。
 一方で、非親告罪化の害を告発するブログ記事に“釣られ”て燃え上がった人たちも、今では沈静化してしまったきらいが無きにしもあらず。これがニュースを消費するだけの一時的感情に終わるのか、あるいは問題意識が残され今後の議論に一石を投じることとなるのか、試されていたところだったのですが結果どうだったでしょうか? 知的財産戦略本部(知的創造サイクル専門調査会)の議事録を掘るところまでは行けても、その後の知的財産推進計画 2007や法制小委まで目が行き届かなければ殆ど無意味なのですがね。
 今のところ、非親告罪化の問題点が次々と提示されている状況にはあります。ネットで話題になった日弁連の意見書も、法制小委では「参考資料」として扱われています。しかし だからといってこれで安心だというわけではなく、問題はこうした論点の提示からどう結論が導き出されていくかという点にあります。
 議論の過程とはかけ離れた結論へ繋ごうとするのが文化庁著作権課のやりかたです(「結論ありき」と「アップル」から非難された体質は確かに存在します)。商業用レコードの還流防止措置(いわゆる「レコード輸入権」)や、地上デジタル放送のIPマルチキャスト同時再送信にかかる権利制限、そして「海賊版」や「違法」配信からの私的複製の禁止化(こちらは検討中項目)など、ここ一番での強引な議事進行例はいくらでもあります。
 要は、この問題にケリが付くのは、非親告罪化の必要性なしと結論される時か、実施されたとしても弊害が少ない形で著作権法改定法案が国会で成立した時なのです。それまでの長い間、油断は禁物です。

 法制小委では、非親告罪化の他に「海賊版」広告規制についても議論されています。また私的録音録画小委では「海賊版」コピーや「違法」配信ダウンロードの違法化が議論されています。そして保護利用小委では保護期間延長について議論されています。これらの制度改定が非親告罪化と同時に実現されてしまったとしたら、それぞれが単独で実現してしまうよりも更に大きな害悪となります(その制度改定が目的とする規制よりも遙かに大きい、適法行為を萎縮させてしまうような副作用を生じさせることとなります)。それはエンドユーザーの行動範囲や選択肢を直接狭めていくことであり、そのエンドユーザーが未来のクリエイターとなる機会を縮小していくことであり、回り回って「コンテンツを作る立場の人間をゆっくりと殺していく」規制となります。
 どこまでの規制ならば容認でき、また社会通念上確保されるべき自由を保障するために どこからの規制が許されないのか。それぞれの重要議題について慎重に検討・注視していく必要があるわけです。
 危機は現実に、かつ確実に進行しています。


【法制問題小委員会】

主な議題:
(1)デジタルコンテンツの特質に応じた制度の在り方について
 ・著作権や著作者人格権等の放棄や不行使について
 ・コンテンツの登録を求める新たな制度について
  (コンテンツ管理者の一元化、登録内容への信頼の保護など)
 ・より簡易な強制許諾制度や利用許諾の推定等について
 ・フェアユース規定や改変の許容等の新たな権利制限規定について
 ・利用条件調整のための仲裁・裁定機関、不正行為の監視機関について
(2)海賊版の拡大防止のための法的措置の在り方について
   ・海賊版広告行為(広告規制)
   ・著作権法における親告罪(非親告罪化)

第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07032007.htm

第2回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07042304.htm

第3回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07051514.htm

第4回:6月7日に開催(どういうわけか報道なし)。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07052507.htm


【私的録音録画小委員会】

主な議題:
(1)私的複製の範囲外とすべき複製態様について
 ・海賊版からの私的録音・録画
 ・違法配信からのダウンロード
(2)私的録音・録画にかかる補償の必要性
(3)私的録音録画補償金制度の在り方

第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07042409.htm

第2回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07042414.htm

第3回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07051108.htm

第4回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07060102.htm

第5回: 6月15日予定
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07060406.htm


【過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会】

主な議題:
(1)過去の著作物等の利用の円滑化方策について
 ・権利者不明の場合等の著作物の利用の円滑化方策について
 ・その他
(2)アーカイブへの著作物等の収集・保存と利用の円滑化方策について
 ・図書館・博物館・放送事業者等において
  アーカイブ事業を円滑に行なうための方策について
(3)保護期間の在り方について
 ・保護期間の延長について
 ・戦時加算の取扱いについて
(4)意思表示システムについて
 ・クリエイティブコモンズ、自由利用マーク等の利用に伴う
  法的課題等について

第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07040204.htm

第2回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07050102.htm

第3回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07051627.htm

第4回: 6月13日予定
第5回: 7月4日予定
第6回: 7月27日予定
第7回: 8月22日予定
(審議の経過を著作権分科会に報告:9月)
※第3回会合の参考資料3より。なお意見募集については記載されず。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07051627/017.htm

-----------------------------------

■おまけ

平成18年度 (2006年度)

【私的録音録画小委員会】
第1回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06042808.htm

第2回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06051709.htm

第3回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06062806.htm

第4回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06072718.htm

第5回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06092504.htm

第6回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06101802.htm

第7回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06111523.htm

第8回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06122108.htm

「平成18年度著作権分科会私的録音録画小委員会の検討状況について」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/010/07012909/002.htm

【法制問題小委員会】

第1回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06040306.htm

第2回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06041006.htm

第3回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06042809.htm

第4回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06053005.htm

第5回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06060713.htm

第6回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06073103.htm

第7回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06082111.htm

第8回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06121110.htm

「文化審議会 著作権分科会(IPマルチキャスト放送及び罰則・取締り関係)報告書」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/06083002.htm

「文化審議会 著作権分科会報告書」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/07020702.htm

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2007年6月 8日 (金)

「知的財産推進計画 2007」で私が個人的に注目した項目

http://himagine9.cocolog-nifty.com/kitaguni/2007/06/2007_742e.html
「知的財産推進計画 2007 からピックアップ」
(試される。(ココログ mix))

 別ブログで、「知的財産推進計画 2007」 の要注目項目を挙げてコメントを付けてみました(もっともこれらは策定前のパブコメに提出したものがベースになってますけど)。えらく長くなってしまいましたが、飛ばし読みでもしていただけると幸い。
 ここではそのダイジェスト版として、項目名だけ挙げておくことにします。

(P.5)
●「知的財産推進計画2007」の基本的考え方
(P.14)
●個人輸入等の取締りを強化する
●インターネットオークション上の模倣品・海賊版の取引を防止する
(P.19)
●デジタルコンテンツの流通を促進する法制度等を整備する
(P.20)
●違法複製されたコンテンツの個人による複製の問題を解決する
●権利者不明の場合におけるコンテンツの流通を促進する
(P.21)
●ネット検索サービス等に係る課題を解決する
●アーカイブ化を促進し、その活用を図る
●インターネット上でのコンテンツの新たな創作・発信を促す
(P.60)
●模倣品・海賊版の税関での取締りを強化する
(P.61)
●差止申立てに係る手続を簡素化する
●インターネットオークション上の模倣品・海賊版の取引を防止する
(P.63)
●劇場内で無断撮影された映像の違法流通への対策を強化する
●著作権法における親告罪を見直す
(P.65)
●模倣品・海賊版に関する国民への啓発活動を強化する
(P.90)
●IPマルチキャスト放送へのコンテンツ流通を促進する
●違法複製されたコンテンツの個人による複製の問題を解決する
●権利者不明の場合におけるコンテンツの流通を促進する
(P.91)
●私的録音録画補償金制度の見直しについて結論を得る
●権利者の利益と公共の利益に留意した権利制限規定を整備する
(P.93)
●権利の集中管理を進める
(P.94)
●利用とのバランスに留意しつつ適正な保護を行う国内制度を整備する
※間接侵害・法定賠償制度・保護期間延長・放送新条約
(P.95)
●ネット検索サービス等に係る課題を解決する
●アーカイブ化を促進し、その活用を図る
※絶版 入手困難著作物・ NHK アーカイブス・フィルムセンター・国立国会図書館
●インターネット上でのコンテンツの新たな創作・発信を促す
※意思表示システム・権利放棄
(P.96)
●音楽用CDにおける再販売価格維持制度について検証する
●安心してコンテンツを利用するための取組を奨励・支援する
(P.99)
●音楽レコードの還流防止措置制度を活用するとともに輸出を拡大する
(P.100)
●コンテンツ・ポータルサイトを支援する
(P.127)
●知的財産を含めた消費者教育を推進する
(付属資料 P.37)
●音楽レコードの還流防止措置等

 ──結構ありますね。
 その他にも重要と思われる項目が多々見られますから、まず知財推進計画の目次をざっと眺めることをお勧めします。

 最後に。
 私がこの種の問題に首を突っ込む直接的なきっかけとなった還流防止措置について、知財戦略本部の暢気な総括と私のツッコミを紹介して本エントリーを締めます。
 では。

※第4章 コンテンツをいかした文化創造国家づくり
 (3)海外展開の促進

○2 音楽レコードの還流防止措置等
 2005年1月、改正著作権法が施行され、アジア諸国など物価水準の異なる国において許諾を受けて生産された商業用レコードが我が国に還流してくることを防止する措置(還流防止措置)が導入された。還流防止措置の成果として、2006年の1年間で551タイトルがアジア諸国にライセンスされた。なお、2006年に日本で発売された音楽レコードは約1万タイトルである。

▲ 2006年のデータにしか触れないという誤魔化し。
 「知的財産推進計画2006」によれば、2005年にアジア諸国へライセンスされたのは641タイトル。つまり減っているのである。ちなみに還流防止措置導入前の水準にも全く届かない。
 ちなみに税関に輸入差止申立てがなされたのは(税関での集計によると) 2005年が 85タイトル、 2006年が 169タイトル。
 還流防止措置が運用段階に入って2年半が経過しているが、この制度の趣旨である商業用レコードのアジア進出が促進されているのか否か、もはや明らかであろう。まして制度導入にともない日本レコード協会が約束したCD値下げも実現していない今、還流防止措置を続ける理由などどこにもない。

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2007年6月 5日 (火)

知的財産推進計画2007 ──“既成事実化”する「アップル」のパブコメ(追記あり)

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/keikaku2007.html
「知的財産推進計画2007の策定」
(首相官邸:知的財産戦略本部)

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/070531/iken1.pdf
「『知的財産推進計画2006』の見直しに関する意見募集の結果について -
 団体からの意見」
(首相官邸:知的財産戦略本部・ PDF)

 知的財産戦略本部が「知的財産推進計画2007」を決定し公表したのに伴って、これに先立ち実施された意見募集の結果が公表されました。知的財産戦略本部会合やその各専門調査会でこの募集結果が配布・参照された様子は(議事録・議事概要のいずれにも)無く、意見募集が今回の策定にどう反映されているのかは疑問でならなかったりしますが、とりあえず結果公表は為されたわけです。
 募集結果は3つのファイルに分けて掲載されています。ひとつは「結果概要」。はっきり言って、事務局のまとめは誠実とは言い難い中身。たとえば「模倣品・海賊版対策全般」では賛成意見しか掲載されていませんし(個人意見を見れば判るのですが、反対意見や慎重意見もかなり寄せられています)、「違法複製されたコンテンツの個人による複製」についても賛成意見4つに比して反対意見1つ。募集結果を適正に反映したものとは とても言えません。もっとも「アーカイブ化とその利用の促進」や「ゲームソフトの流通」のように、賛否両論が揃わなかったと思しき項目もあります。
 さて、残りふたつが「団体からの意見」と「個人からの意見」。つまり実際の提出意見の個票ですね。実際には提出者で名寄せしているようで、たとえば私の意見なぞも一カ所にまとまって掲載されていました(私の意見の書き方は独特なのですぐ判ると思います──「知的財産戦略本部 御中」から始めて、【意見ここから】【意見ここまで】で意見部分を挟み込んでいます)。

 このうち、今回の募集結果公表にあたり注目を集めた文書があります。「団体からの意見」です。



http://applesong.blog8.fc2.com/blog-entry-548.html

「アップルが『文化庁は著作権行政から手を引け』と主張」

(林檎の歌)



http://b.hatena.ne.jp/entry/http://applesong.blog8.fc2.com/blog-entry-548.html

「林檎の歌 アップルが『文化庁は著作権行政から手を引け』と主張」

(はてなブックマーク)

 冒頭にリンクした PDF の中に、ノンブル11ページから13ページに「アップルジャパン(株)」から提出されたとされる意見が掲載されています。内容はかなり過激なもので(私個人の感覚からすれば釣りに近いほど〈無駄に過激〉)、「私的録音録画補償金制度は即時撤廃すべきである」との結論から始まり、私的複製が権利者の不利益だとする言説を「科学的且つ客観的証拠は存在していない」と断じ、文化庁著作権課ならびに文化審議会著作権分科会(私的録音録画小委員会)を非難し、「アップル社を私的録音録画小委員会から閉め出し、欠席裁判で物事も決める閉鎖的な体質を持つ文化庁の隠蔽体質」を指摘、『林檎の歌』さんがタイトルに使われた「文化庁は著作権行政から手を引け」と同趣旨の文で締めくくっています。
 ただ‥‥私としては、この提出意見が本当にアップルから出されたものなのかというのが気になったりします。知的財産戦略本部が実施したパブリックコメントは郵送・ファクス送信に加え、ウェブページ上のメールフォームで送信されたものも平等に扱われているのです。団体名で送ったとしても、これを利用すれば団体名・提出者名を書けば足りますし、提出者名は実は空欄でも送信できます。

 で、一応の事実確認にと、アップルジャパンへ電話して聞いてみました。その際には首相官邸サイトと当該 URL を示して。
 最終的に回答を貰ったアップルジャパンの広報によると、現時点で、アップルジャパンから確かに送られたものかどうかは判りかねるとのこと。内部で確認をとってみないと誰が送信したのかも明らかでない、また(アップルジャパンでなく)アップル本社から送信されたどうかの可能性についても答えようがない(つまり現時点で判らない)という話でした。
 もっとも個人が問い合わせた結果ですから、どこまで真面目な回答かという疑問は当然に残ります(笑)。アップルに回答する義務がある訳でもありませんし。しかし今現実に、このパブリックコメントがインターネット上で注目されており、アップルの思惑とは関係なく(?)一人歩きしている状態であって、万一事実でなかった場合にはアップルが何らかのアクションを起こす必要があるのではないか──との私個人の見解は伝えておきました。あとはアップルがどう取るかでしょう。

 実際問題、情報が広がることについては、その情報が正確であることは必ずしも要しないのですね。本当にアップルジャパンが出したものなのかということは。当該意見が注目を集めているのは、 iTunes や iPod といったハードウェア・ソフトウェア・ネットサービスを提供するアップルの立場では出てきてもおかしくない意見だったということ、またユーザー側の“気分”を反映することを標榜する内容であったということ(もっともアップルが本当にユーザー側に立っている会社かどうかは別論)にあります。
 つまりアップルが(仮に当該意見を提出した事実が無かったとして)否定しない限りは、こうした意見を出した、ひいては こうした見解を持っているのだ(怒っているのだ)との“既成事実”が社会に定着していくということです。
 現に、その兆しがあります。

http://japan.cnet.com/news/tech/story/0,2000056025,20350151,00.htm
「アップル、文化庁を激しく非難--『私的録音録画補償金制度は即時撤廃すべき』」
(CNET Japan)

 まず CNET の記事に採り上げられました(アップルに直接取材しているのかは記事内容から明らかではありませんが)。他のネットメディアも追随するものと思われます。またアップル関連の話題ですから、 Mac 系ニュースサイトからのリンクも多数張られることでしょう(余談ですけど、この話題を採り上げた例として先にリンクした『林檎の歌』さんって、むしろ Mac 系ブログだったりするんですよね)。これまで一部のネットユーザー(ブロガー)の中だけで注目されていたものが、いよいよ大きなうねりとなって広まっていくことになります。
 “既成事実化”していくパブリックコメントに対し、アップルは動きを見せるのか否か──

 もちろん、当該提出意見が本当にアップルから出されたものだったとしたら、この一人歩きを妨害する必要は無いでしょうね。広まれば広まるほど、多くのユーザーを味方に付けることに成功するでしょう、たった一度の意見提出でもって(それは時として広告よりも効果的)。
 しかし‥‥アップルが私的録音録画補償金をめぐる議論の中に(強引にでも)参戦してこない限り、事態の打開は難しいように思われます。何せ、相手があの文化庁著作権課ですから(パブコメ無視なんてお手のもの)。
 いずれにせよアップルの次の一手に注目されます。

※個人的には、意見提出したと大宣言してほしいんですがね。したらしたで多くの敵が(笑)。




■アップルはノーコメント(追記)

 アップルジャパンが出したとされる意見について、取材情報が少しずつ出てきています。

 まずトラックバックを戴きました『著作権云々編』さん。アップルと知的財産戦略推進事務局に電話で問い合わせされたとのこと(後者については私も聞こうと思ってたんで、手間が省けました。ありがとうございます)。

http://johnny3.blog3.fc2.com/blog-entry-230.html
「アップルと知的財産戦略推進事務局に電話した」
(著作権云々編)

 とりあえず、私が問い合わせた時から少しは進展したようで、事実関係を把握してからのノーコメントですね。この意見書に注目が集まることでアップルに不利益があるんなら否定するでしょうし、これはだいたい本物ということで差し支えないかも知れません。
 知財戦略推進事務局については、なんか頼りない答えだったはしますが、例の提出意見については一般論としてまぁまぁの信憑性はあるということなんでしょう。

 なお、アップルに対してはメディアからの取材も入っています。

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/06/05/15946.html
アップルが文化庁批判「私的録音録画補償金制度は即時撤廃すべき」
(INTERNET Watch)



● アップルジャパンは「現段階ではコメントできない」

 なお、アップルジャパンのiPod課金に対する見解としては、2007年3月に開催された私的録音補償金に関するイベントで、同社法務担当者と名乗る人物が「日本法人だけでなくワールドワイドで補償金制度を支持していない」と発言したが、公式にコメントを発表したことはなかった。

 今回発表された文書では、iPod課金だけでなく、私的録音録画補償金制度を見直すべきという主張が書かれているが、文書が提出された経緯について同社に取材したところ「現段階ではコメントできない」という回答しか得られなかった。

 前の CNET の記事では、直接アップルに当たったのかは定かじゃなかったんですが、上記記事でとりあえずノーコメントだということは判りましたね(笑)。メディア取材に対してもこうだという。
 まぁ現時点ではこんなもんでしょ。

(追記: 2007.6.6)




■件の提出意見への共感と反論

 別ブログで件の意見を検討してみました。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/kitaguni/2007/06/post_27a4.html
「Aのパブリックコメントを読む」
(試される。(ココログ mix))

 正直「惜しい!」という出来です、あの意見書。
 まぁ釣りとしては極上の内容だったんでしょうけどね(私も釣られましたし)。

(追記: 2007.6.6)




■意見が撤回されました

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/08/post_bea8.html
「アップルジャパン名義の意見、撤回さる」
(エンドユーザーの見た著作権)

 アップルからは何のアピールも行なわれないまま、いつの間にか意見が撤回されていました。「提出者から意見撤回の申出があったので」との但し書きが気になるところではありますが、とりあえずアップル的には削除してくれという話なのは確かですね。
 件の意見書を採りあげた私のブログ記事は(記録という意味もあって)残しておきますが、アップル自身が自らのものだと認めることなく「撤回」されてしまったということだけは押さえておいて下さい。
 この件をダシにして述べた私の意見まで撤回する気は毛頭ありませんよ、勿論。

(追記: 2007.8.15)

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2007年5月21日 (月)

保護利用小委のヒアリングとアンケート

 著作権の保護期間延長問題をふくむ数々の課題を審議するために設けられた、文化審議会 著作権分科会 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(以下「保護利用小委」と略します)は今までに第3回会合まで開催されたところです。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07040204.htm
「文化審議会 著作権分科会
 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第1回)
 議事録」
(文部科学省)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07050102.htm
「文化審議会 著作権分科会
 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第2回)
 議事録・配付資料」
(文部科学省)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07051627.htm
「文化審議会 著作権分科会
 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第3回)
 議事録」
(文部科学省)

 これらの会合の内容は、上記文科省サイトにおいて第1回・第2回会合の配付資料が公表されています(議事録については いずれも未掲載)。第3回会合についてはページが作成されたにとどまっています。
 したがって配付資料ないし INTERNET Watch などの報道を参考に内容を探るしかありません。

 第1回での配付資料6「関係者ヒアリングについて(案)」 (PDF) にもあるように、第2回・第3回で各関係者からのヒアリングが行われました。対象となるのは「創作者団体・個人」「利用者」「アーカイブ関係者」「学識経験者」でした。第2回で15人、第3回で17人からの意見を聴取したとのことです。

 何について意見を聞くかというと、保護利用小委としての検討課題とされた (PDF) 「過去の著作物等の利用の円滑化方策について」「アーカイブへの著作物等の収集・保存と利用の円滑化方策について」「保護期間の在り方について」「意思表示システムについて」。発言者がそれぞれ意見の言いたいものを選ぶという形です(全てでも良いし、一部でも良い)。
 このうち現在配付資料を読むことができる(公式議事録ページに掲載された)のは第2回のものです。レジュメとして提出された資料が14あります。これを読んでいくのは結構大変だったりしますが、今後の議論を考えていくには避けては通れないものではないかとも思われます。

 さて。第2回会合の配付資料が公表されたのに伴って、 『Copy & Copyright Diary』 さんが「はてな」でアンケートを実施なさっています。答えるためには、先の配付資料すべてに目を通すことと、「はてな」のユーザーアカウントを持っていることが条件になりますが、両方を満たせる方は是非参加してみてください。
 発言者の言い分について、それぞれ賛同できるか否かを答える形となっています。

http://q.hatena.ne.jp/1179316258 (人力検索はてな)


現在、文化審議会著作権分科会過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会において、関係者のヒアリングを行っています。4月27日に開催された第2回小委員会にて、1回目のヒアリングが行われました。

著作権の保護期間等を検討する小委員会、関係者ヒアリングを実施
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/04/27/15585.html
著作権保護期間の延長問題、関係各団体が文化審で意見表明:ITpro
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070427/269849/

文化審議会のサイトでヒアリングの際の資料が公開されています。

文化審議会 著作権分科会 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第2回)議事録・配付資料‐文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07050102.htm

この資料に全て目を通してから回答してください。

 なお、いきなり配付資料に入るのは辛いという方は、まず INTERNET Watch の記事(上記引用部にリンクがあります)で概要を掴んでから読み始めるのも手です。




■第1回〜第3回にかかる報道から

 今期著作権分科会の各小委員会については、配付資料や会議録の公表が(いつもに増して)遅いという傾向が見られます。だから実際の開催から会議録の公表までの短くない期間、報道記事だけで追いかけねばならないというハンデがあります(どうしても小委員会の出席委員やその関係者、傍聴された方々の認識に追いつくことは難しい)。
 たとえば現時点では、前述しましたが、第1回から第3回のいずれについても会議録が掲載されていません。したがってその内容は報道記事と、第1回・第2回については配付資料から内容を推察するしかありません。

 第2回と第3回については(前述の通り)ヒアリングが実施されています。このヒアリングについては、報道記事で発言の概要を知り、配付資料で主旨を読み、議事録で全容を知るという流れになりましょう。
 現時点でも各発言内容について反応したいところはあるのですが、発言者としても いつもの主張をいつものように展開するのが主のようでして、それに対していちいち反応を繰り返すようなことは私もしません。皆さんがあれを読んで、どの発言に説得力があるのか冷静に判断していただければと思います。過度に情緒に流されず、一定の根拠を示し、論理的で説得力ある発言をしているのは誰なのか、と。

 ヒアリング内容以上に気になるのが、ヒアリング内容に対しての委員の対応です。しかしこれも議事録が公表されるまでの間は報道記事から拾うしかありません。第2回と第3回は開催時間の大部分をヒアリングに割いているそうで、委員意見が目立つのはむしろ第1回会合のようです(それだけに1日も早い議事録公表が望まれます)。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070330/267061/
「著作権の保護期間延長問題で初会合、早くも論戦」
(ITpro)



 今回の討論では、「もともと保護期間は50年で世界共通だった。それを乱してきたのは欧米諸国の方だ。日本として日本国民のために主体的な議論が必要だ」(金正勲委員)、「アイデアは著作権による保護の対象外で、現行法でも自由に利用できる。保護期間延長は文化の発展を阻害しない」(三田誠広委員)、「欧米が保護期間を延長したのは、政治的な背景など一定の理由がある。たとえば米国の保護期間延長時にどのような議論があり、延長の結果どうなったのかを分析すべき。『欧米に追随しないと恥ずかしい』では米国を利するだけ。日本は日本として、日本の経済的利益を考えるべき」(中山信弘委員)、「保護期間の延長問題を考える際に、第27条・第28条(に記載された翻案権など)を切り離すという考え方もある」(上野達弘委員)といった意見が出された。

 三田某委員の発言には触れる必要性を感じないとして、この議題について指摘されるべきところは指摘され尽くしている印象です。ただ報道記事だけでは、小委員会の全体としてのトーンは見えてきませんけれども。やはり議事録が公表されないとどうも。

 そうそう、上記で触れられている著作権法第27条と第28条については一応引用しておきましょうか。

(翻訳権、翻案権等)
第二十七条 著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。

(二次的著作物の利用に関する原著作者の権利)
第二十八条 二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する。

 要は、第27条で翻訳権・翻案権を、第28条では二次的著作物へ及ぶ原著作者の権利(いわゆる重畳的に権利が及ぶ旨)を規定しているわけです。ここを制限しつつ保護期間を延長すれば、国や言語を越えた翻訳や、後発の創作者が先人に学ぶ翻案などの表現、二次的著作物にかかる流通については(今まで以上の)規制とはならずに済むことが期待されます。
 もっとも、私がことあるごとに指摘している絶版・廃盤問題の解消には全く繋がりませんし、またパロディ・コラージュ・サンプリング・マッシュアップ等の表現が「複製権」によって禁止されてしまう事態も引き続き発生します。つまり保護期間延長によって発生する弊害はまだまだ大きいということ。

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/03/30/15266.html
「著作物の保護期間延長などを審議、著作権分科会の小委員会が初会合」
(INTERNET Watch)



 ただし、著作権保護期間の延長問題については、早くも出席した委員から発言が相次いだ。保護期間の延長を求める作家の三田誠広氏は、著作権保護期間の延長とともに権利者データベースや裁定制度の整備を進め、利用の円滑化を図ることが重要と主張。一方、慶應義塾大学の金正勲助教授は、「著作権法は文化の発展に寄与することが目的とされている。著作者の権利保護や利用の円滑化は、あくまでもそのための手段。保護期間延長という手段が目的であるかのような議論は避けるべき」と意見を述べた。

 こうした保護期間延長の是非など、具体的な議論については第2回以降に実施する関係者ヒアリングなどを経た上で進めるとしたが、ヒアリングの対象者については権利者や事業者だけでなく、エンドユーザー側など幅広い意見を聞くべきとの意見が上がった。IT・音楽ジャーナリストの津田大介氏は、「この小委員会の参加者にはクリエイターや権利者側の人が多いが、そうした人も一方では著作物の利用者でもある。こうした議論には利用者側の意見があまり反映されないことが多いのが不満。インターネットの普及により、誰もが利用者であると同時にクリエイターにもなれる時代であることを意識して議論を進めてほしい」とした。

 なおエンドユーザー代表としては津田委員自身が第2回会合で発言なさいました。配付資料を見るかぎり、慎重に言葉を選びながらも かなり踏み込んだところまで触れた印象があります。「悪魔のように細心に、天使のように大胆に」とはこれのことだなと思った次第。




■あえて繰り言はしません

 著作権保護期間延長問題に関する私の意見は以下の記事に書いてあります。とりあえず「日本文化は、なぜブームで終わるのか(趣旨説明)」(下記リンクの下から2番目)を読んで戴くと概要は解ると思います。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2005/10/post_4e44.html
「著作権保護期間の安易な延長は文化の多様性を奪う」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/11/post_0690.html
「読売社説:著作権延長問題を全く理解できずに
 トンチンカンな高説をタれる大企業の痛い論理」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/11/post_b2c3.html
「著作権法についてしっかり考えていますか?」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/12/imagine__7e62.html
「Imagine: 『著作権マニア』さんの感覚的な話を聞いてみたい」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/12/post_329b.html
「国民会議シンポジウム後のチャットにて──」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/03/post_7db2.html
「日本文化は、なぜブームで終わるのか(趣旨説明)」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/04/post_50a9.html
「日本文化は、なぜブームで終わるのか。(ツッコミ編)」
(エンドユーザーの見た著作権)

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2007年4月21日 (土)

私は、国民が文化に触れ、文化を語り、文化を受け継いでいくことを妨げる法改定には反対します。

海賊版拡散防止を口実に私的複製を規制したところで、
無実の国民を「違法」行為“容疑者”に仕立て上げるだけです。
肝心の海賊版は取り締まれず「違法」行為が放置され、
その一方で私たちの文化的活動が妨害されることにしかなり得ません。

私は、「違法」複製物からの私的複製、
そして「違法」配信からのダウンロードを
安易に規制するような法改定に反対します。


●現時点で、著作物について、海賊版を頒布する行為とインターネットで無断送信する行為とは法律で禁止されています。この法規制のもとで「海賊版」問題に対処するのが本道というものです。
●海賊版からの私的複製や「違法」配信からのダウンロードを規制したとしても、家庭内の複製行為を取り締まることは実質出来ません。法改定(取締り)の目的とする行為の殆どは放置されたままとなります。
●ユーザーの側では、自分が接する著作物が利用許諾のもとに提供されたものなのか判断する手がかりはありません。特にインターネット配信においては、「違法」のものも適法のものも全く区別できません。配信事業者を信じるか否か、信じるに足るか否かという不安定さが常に付きまといます。
●海賊版の私的複製や「違法」配信からのダウンロードによって作られたものは、適法な私的複製で作られたものと外形的に区別できません。同じ複製手段を用いて作られるため当然の結果です。
●何かのきっかけで権利者から訴えられることがあり得る反面、法廷に引きずり出された人には問題とされる複製物が適法の私的複製によるものと証明する手だてがありません。自己で現に所有しているものの複製でない限りは、つねに「違法」と判断される危険性を負わされることとなります。
●仮に「情を知って」行なった複製に限り「違法」とするような規定が用意されても、「利用者保護」には何の役にも立ちません。「情を知」ろうが「情を知」るまいが、出来上がる私的複製物は同じものだからです。司法判断次第でどうにでも認定されてしまいます。
●上記規制に加え、いま法改定が議論されている海賊版「広告」規制や「非親告罪化」が実現されてしまえば、私たちが著作物について論じること・研究すること・楽しむことが絶望的なまでに困難になるおそれが強くなります。




■趣旨説明

 知的財産立国を標榜する我が国においては、模倣品・海賊版の取締りが重要な課題として位置づけられています。知的財産戦略本部による施策方針(知的財産推進計画)や、著作権法制のあり方を検討する文化審議会著作権分科会での議論においても、この模倣品・海賊版問題は大きく採り上げられています。
 そこで いま打ち出されてきているのが、海賊版からの私的複製を規制することと、「違法」配信からのダウンロードを規制するという方針です。これによって「海賊版」への需要を抑え、その流通を減らすという趣旨が説明されています。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/dai16/16gijisidai.html
「知的財産戦略本部会合(第16回)議事次第」
(首相官邸・知的財産戦略本部)



http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/dai16/siryou4.pdf
資料4「世界最先端のコンテンツ大国の実現を目指して」
ノンブル10ページより

iii)違法複製されたコンテンツの個人による複製
 インターネット上の違法送信からの複製や、海賊版CD・DVDからの複製につ いて、私的複製の許容範囲から除外することについて、合法的で、ユーザーが利 用しやすく、クリエーターへの利益還元も適切になされる新しいビジネスの動き を支援するため、情報の流通を過度に萎縮させることのないよう留意しながら、 著作権法の規定の見直しを進める。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/010/07030910.htm 「文化審議会 著作権分科会(第22回)議事録」 (文部科学省)


http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/010/07030910/002.htm
資料2「著作権制度上の検討課題例」より

2 著作物等の保護と消費者等による公正な利用の調和を図る
・家庭内における録音録画に関する課題の解決
http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-76.html
「著作権分科会 私的録音録画小委員会(第2回)」
(zfyl)



http://zfyl.shacknet.nu/070416_m02.pdf
配付資料2「30条の範囲の見直しと補償措置の必 要性の関係について」より

見直しについて課題が少ないとされた類型
○違法複製物・違法サイトからの複製(情を知っていた場合に限る。)
 例:ファイル交換ソフトによるダウンロード
○適法配信からの複製
 例:ダウンロード型音楽配信サービス



http://zfyl.shacknet.nu/070416_a04.pdf
参考資料4「私的録音録画問題に関する検討の進め 方」より

1.第30条(私的使用のための複製)の範囲の見直しについて

○ 昨年の小委員会で事務局が提出した「著作権法第30条について(私的録音録画関係)」(参考資料6)及び「著作権法第30条の範囲外とすべき利用形態等について(案)」に関する議論を踏まえ検討する。

(検討例)
・第30条の対象外にすることが可能な利用形態とは何か。
→昨年の小委員会の議論では、違法複製物、違法サイト(ファイル交換によるものを含む)からの私的録音録画及び適法配信からの私的録音録画については、制度改正に課題が少ないと整理されている。

・第30条の対象外とする利用形態について権利者と著作物提供者や利用者との円滑な契約が可能かどうか
→たとえば iTunes のような著作物提供者と利用者との間の契約関係がある有料サービスについては利用者の私的複製の部分も含め円滑な許諾が可能と考えられるが、利用者との間の契約関係のない一般のホームページからのダウンロードや、広告収入により運営している配信サービスについてはどうか。

・違法状態を放置することにならないか
→例えば違法サイトからの私的録音録画を第30条の対象外とした場合、現在の違法サイトの利用状況が変わらなければ違法複製が蔓延するおそれがあるが、これについてどう考えるか。

 模倣品・海賊版問題で著作権法の範疇にあるのは海賊版の方です。
 現行著作権法では、既に海賊版の頒布行為(ならびに頒布目的所持)が著作権侵害として位置づけられています。また、権利者に無断で著作物をインターネット配信することも著作権侵害とされています。海賊版の拡散を防ぐための法整備中、核となるのがこの提供者規制です。
 実際問題としては、海賊版を使用(購入・視聴・私的複製)する行為、そして無断配信された著作物をダウンロードする行為(これも私的複製の一種)自体は規制されていません。全国民のうち誰がかような行為をしているのか権利者が捕捉することは不可能ですから、海賊版頒布行為者や著作物無断配信者を捕捉して対処した方が(相手にする人数から行っても)実効性を期待できます。そこで上記のような規制方法が採用されているわけです。
 ぶっちゃけた話、現行の、海賊版頒布や無断配信を規制するという手法ですら実効性があるのか定かではありません。それはさて置いても、海賊版の使用や無断配信からのダウンロードを規制しなければ足りないとする言説に従うならば、むしろ海賊版や無断配信を撲滅することは不可能だとの宣言に等しいと判断せざるを得ません。今の規制に加え、海賊版ならびに無断配信からの私的複製を規制したところでどれだけの実効性が高まるというのか? 海賊版頒布者や無断配信者よりもより多くの、そして捕捉しきれないだけの人間と行為を相手にしなければならないというのに。

 その一方で、こうした規制が実現してしまったら発生するであろう副作用も想定されます。「違法」な私的複製の結果 作成されたものと、適法な私的複製で作成されたものとでは外形的な違いが何一つないことに注目しなければなりません。同じ手段で複製されるのですから。
 ある人が「違法」複製をしたと(何かの拍子で)疑われた際に、権利者はその複製物がどのように作られたのか証明できません。また疑われた側も自分の潔白を証明できません。双方とも曖昧な事実関係をめぐって裁判に臨むこととなります。適法な私的複製をしている人からすれば、些細なことで疑われるなど法改定の「副作用」以外の何物でもありませんね。
 またさらに話をややこしくするのは、仮に「違法」複製が外形的に区別できたとしても、それを再度“私的複製”することで区別できなくすることも可能だということです。これは新たな法規制の枠組みでは「違法」複製とされる筈ですが、適法な私的複製とは到底区別できますまい。つまり“証拠隠滅”目的でこうした行為が多く行なわれるものと考えられます。悪意で複製する人間にとっては、「違法」複製が繰り返される引き金になりこそすれ、何の規制にもならないということです。
 海賊版の複製(あるいはダウンロード)を規制したとしても、本来減らしたい行為を減らせないばかりか、「違法」複製を重ねるインセンティブを生じさせ、一方で国民すべてを“容疑者”に仕立て上げるおそれの強いものです。こうした規制に利点などひとつもありません。

 「海賊版の私的複製」などと一言で言ってはいますが、この私的複製という概念には非常に多様な複製手段が想定されています。いわゆるダウンロードもその一種ですし、バックアップもそうですね。録音・録画を行なうのもそう。またインターネットを利用する際にキャッシュを取ったり(その実現のしかた次第では──ある著作物の大部分を、比較的長い時間保持して、その結果 表示を可能とするようなものは私的複製の範疇と言えるでしょう)、表示されたウェブページをプリントアウトするのも私的複製に当たります。実は手で書き写すのも私的複製です。
 もし海賊版の私的複製が規制されるとしたら、「違法」複製物から上記の複製行為を行なうことは「違法」複製ということになります。何らかの著作物が目の前にあって、これが「違法」に作られたものなのか適法のものなのか知る手がかりなどありません。そこからの複製が「違法」だとされかねない行為はあまりに広いのです(再度強調しますよ。手書きも私的複製なのです!)。
 こんな広すぎる法規制のもとで、私たちはこれまで通り著作物を論じたり研究したり鑑賞したりできるでしょうか? 必ずしも私たちは今流通している著作物だけを扱っているわけではありません。絶版・廃盤となった著作物や、過去に放送された著作物の録画・録音、歴史的に貴重な内容の私的記録、当事者の行き違いによって発行後に「違法」ということとなってしまった著作物などもまた、私たちの文化的活動を支える存在です。厳密には、私的複製物の公衆への「提示」は法に触れるのですが、これもまた私たちが様々な著作物に触れる重要な機会であることを経験的に知っています。それらから複製することがすべて「違法」とされてしまったら、私たちには何ができるでしょうか?
 海賊版の複製とダウンロードを規制することは、今までの取締り以上に実効性が期待できないばかりか、悪意で「違法」行為をする者にとっては抜け道だらけ、そのくせ適法に私的複製を行なっている国民を「違法」行為者に仕立て上げ、文化活動を阻害するような逆効果しかもたらしません。

 だから私は、安易な私的複製の制限に反対します。




■皆さんに5つの提案

1.それぞれ自分が行なっている私的複製を振り返ってみて下さい。それが今回「違法」とされそうな複製ではないと、誓って言うことができるでしょうか。

2.自分の目の前の著作物が「海賊版」ではない証拠が見つかるか、考えてみてください。

3.適法とされる今の流通著作物であなたの文化活動の間に合っているか、考えてみてください。

4.法規制という手段を選ぶよりも、私たち自身が「フェア」だと考えられるものを買うことで現状を打開しましょうよ。そうすれば自ずと海賊版を買う人が少なくなる筈です。

5.そして「フェア」な著作物流通が実現するよう要求し続けましょう。既存流通が本当に「フェア」なのかということも含めて議論することが必要です。

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2007年4月18日 (水)

私的録音・録画問題における文化庁のやる気の無さ(と横暴)

 4月16日に、文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会の第2回会合が開催されたのですが、残念ながらその内容についての情報はあまり伝わってきていません。今のところ、報道記事は1本だけですね。

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/04/17/15443.html
「私的録音録画小委員会、『私的複製』の範囲見直しを議論」
(INTERNET Watch)

 文部科学省サイトでの議事録ページを確認しても、第2回会合での配付資料はおろか、第1回会合の議事録すら掲載されていません。というか、今期の私的録音録画小委員会の議事録ページすら確保されていない!
 今期の著作権分科会各小委員会のスケジュールが立て込んでいるのはよく解ります。しかしそれは文化庁(著作権課)の自業自得でしょう。仮にそれを理由として議事録公開が遅れたのが事実としても、言い訳にはなりますまい。他に何かしら理由があったとしても、それはそれで問題ですし。
 今期私的録音録画小委員会では、私的複製規定の縮小が進められようとしているところ、このような国民すべてを巻き込みかねない制度改定を議論をしている会合の公開性を担保しないでどうするんだと私は指摘したいのです。傍聴者しか入れないような会合でコソコソ制度改悪するのか、と。

 ともあれ、こんなメタ議論的なところで怒ってても始まりませんから、記事の中を見てみます。もちろん限られた描写から読もうとするわけで、事実関係や細かいニュアンスを理解するのには不足です。そのあたりを踏まえていただけると幸いです。

今回の会合では、IT・音楽ジャーナリストの津田大介委員が、「仕事で昔のコンテンツを資料として必要な時、こうしたコンテンツがネット上にカタログ化されていればいいが、入手困難なことが多い。海賊版を放置していいということではないが、違法複製物や違法サイトからの複製が制限されると、例外措置がなければ困るケースも出てくる」と指摘。違法配信行為については、「著作権法の送信可能化権でアップロードした人を罰せば十分」と述べたのをきっかけに、違法サイトからの私的複製について再び議論が交わされた。

 基本線として、私は津田委員の意見に近い考えを持っています(もっとも細かいところは別の情報を確認してみないと判断できませんが)。
 一方、この規制に賛成し、適法配信を見分けるための「マーク」を提案しているレコード協会・生野委員の発言は無意味であると私は断言します。海賊版配信すら捕捉できない現状で、そのダウンロードを規制したところでどのような実効性があるというのか。また日本レコード協会がマークを作っても、海外の権利者、海外の配信事業者(個人も含む)、そして何よりレコード以外の著作物については適法・違法配信の識別法とはなり得ません。
 また、これが当該法規制の最大のデメリットだと考えますが、適法に私的複製行為をした者が(何らかの言いがかりをつけられて)法廷の場に引きずり出されるリスクが生まれるということをもっと重視すべきです。このような、法的安定性を損なわせることが果たして著作権法の目的とするものなのか否か。

 このような流れが強引に作られている私的録音録画小委員会の実態には、いちエンドユーザーたる私としても危惧を抱かざるを得ません。
 また、議論をきちんと重ねていこうと考えない文化庁のやる気のなさ。議事録ページの不作為もそうですが、 『zfyl』 さんで掲載されている第1回会合(議事概要メモ)の事務局側発言を見ると、さらに怒りがこみ上げてきます。

http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-74.html
「著作権分科会 私的録音録画小委員会(第1回)」
(zfyl)



事務局(文化庁長官官房著作権課 著作物流通推進室長):補償金制度は平成4年に関係者のコンセンサスでできた制度。確かに個々の行為には濃淡はあるかもしれない が、小さな行為が積み重なって大きな行為となっていることに補償が必要だろうという考え方に基づくもの。必要なら行為類型に基づいて補償の必要性の軽重を 整理することはかまわないと思うが、我々が資料を作成した際には、それについては現行制度を作った際に関係者間の話し合いで整理されているのではないかと いう思いであった。平成4年以降のいろいろな状況変化、たとえば保護技術については当時はSCMS方式を導入するかしかい かという時期だった。後に、録画のCGMSができ、携帯電話やネットワーク配信などでの多様な保護技術導入されている。そういう問 題が補償金制度の在り方に影響を与えているかどうかについては新たな問題だから検討してはどうかと思って提案している。河野委員から提案されたところにつ いて議論を拒否するものではないので、委員会として必要ということであれば、行為類型に従って整理した資料等を提出するので、議論いただければと思う。



事務局(室長):津田委員のおっ しゃるとおりだが、もともとこの小委は学識経験者だけで冷静に制度設計をするというのではなく、立場の違う方を委員にして、コンセンサス作りをすることも 含めて法律問題も併せて検討するということで進めているところ。河野委員の発言、野原委員の発言にあるように、そもそも論でまだ前回の小委の議論において も完全に一致しているわけではない。したがって、ある程度制度設計等について議論する中で、さらに、主査がおっしゃったように、そもそも論の議論もあると 思うし、委員会のコンセンサスがあれば我々の方で資料も出す。議論を拒むものではないので、やっていただき、ある程度全体的に議論を進めて、文化庁で集約 して、またそもそも論にかえって議論するかたちでできるだけコンセンサス作りを進めていければと思う。そもそも論のところでコンセンサスを作ってそれを踏 まえてということだととても2,3年では議論を集約できない。議論を進める中でそういった意見も頂戴しつつ、最終的に30条の範囲、補償措置の必要 性、仮に導入する場合の具体的にどういう設計が合理的なのかを合わせて議論いただければありがたい。

 根本的議論を回避しようとしているようにしか見えません。
 上記「議事概要(メモ)」で読める第1回会合の委員発言でも、津田委員のものが要注目です。また、根本的議論の必要性については JEITA 河野委員らの指摘もあります。しかしそれらが充分に検討されていないのが実情なのです。
 ああ、こうして私的録音録画補償金が定められたのだな、と既視感めいたものもあったりしますが。

 この私的複製縮小問題については、さらに正式な情報が伝わってから再度採り上げるつもりです。

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2007年4月 4日 (水)

2007.3.27 私的録音録画小委員会#1 ──資料概観

http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-74.html
「著作権分科会 私的録音録画小委員会(第1回)」
(zfyl)

 3月19日の 法制小委#1に続いて、 『zfyl』 さんで私的録音録画小委#1の配付資料も掲載されました。感謝しつつ内容を概観します。

配付資料 1.文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会委員名簿
2.文化審議会著作権分科会の議事の公開について
3.小委員会の設置について
4.私的録音録画補償金制度にかかる経緯
5.私的録音録画問題に関する検討の進め方
6.私的録音録画小委員会審議予定(案)

参考資料
1.文化審議会関係法令等
2.文化審議会著作権分科会委員・専門委員名簿
3.文化審議会著作権分科会各小委員会委員名簿
4.文化審議会著作権分科会報告書 (平成19年1月)
5.私的使用のための複製に関する制度の概要
6.著作権法第30条について(私的録音録画関係)
7.著作権法第30条の範囲外とすべき利用形態等について(案)
8.私的録音録画に関する補償措置の必要性について(案)

 配付資料1から3、それと参考資料の1から3については著作権分科会(第22回)議事録ページ掲載の配付資料に準じたものです。ここで改めて読む必要はおそらくありますまい。
 また参考資料4は、文部科学省サイトでも掲載されていますので お暇ならそちらを参照ください。
 よって、ここで見ていくのは資料4から6、参考資料5から8です。

 なお先に書いておきますが、私的録音録画小委では10月前後に中間まとめ(案)が出される予定とのことです。このあたりで意見募集もあります。他の小委員会のスケジュールを見ると、みんな重ねて意見募集するなんて悪寒もあったりしますが。

 資料4「私的録音録画補償金制度にかかる経緯」。
 私的録音録画補償金制度に関し、過去の審議会検討の経緯をまとめてあります。この資料を足がかりにすれば、著作権情報センターのサイトに掲載されている当該委員会の報告書へと読み進めることができます(いきなりアレに当たるのは大変ですから)。第5小委員会→著作権問題に関する懇談会→著作権審議会第10小委員会→平成4年著作権法改定→法制問題小委員会における検討→私的録音録画小委員会といった順番です。

 資料5「私的録音録画問題に関する検討の進め方(案)」。
 これによれば私的複製の範囲見直し→補償措置の必要性という順番でやるという話。しかし後で書きますけど、ツッコみたいところがかなり有ります。

 資料6「私的録音録画小委員会審議予定(案)」。
 前期での議論の妥当性はこれから精査したいところですが(私自身忙しかったもので)、ただここでの議論まとめを読んだ限りですら疑問が多い。本来の小委員会の目的であった根本的検討どころか、既存利権を拡大させるような解釈を重ねているに過ぎません。一貫した理論によって検討された節が全く無いのです。
 かような調子で今期も進めていって、最後の最後でアリバイ的に「意見募集」をやったところで、ユーザーの考えが私的録音録画補償金制度に反映されるとは なかなか期待できるものではありません。

 参考資料5「私的使用のための複製に関する制度の概要」。
 前期の私的録音録画小委#1で配布された資料を再配布したものです。 iPod への補償金課金が気になるけれど私的録音録画補償金そのものを知らない──という人は まずこれを読んでください(制度の建前はこれで理解できます)。ずっとこの問題を追いかけてきた人間にとっては確認的意味合いしかありません。

 参考資料6「著作権法第30条について(私的録音録画関係)」。
 前期の私的録音録画小委#8で配布された資料を再配布したものです。注目すべきは「2 委員会の指摘事項について」(3ページ)で、その物言いには是非ツッコミを入れたいものです。

 参考資料7「著作権法第30条の範囲外とすべき利用形態等について(案)」。
 今の私的録音録画小委(端的に言えばその事務局)がこういう方向へ話を進めていることに私は怒りを覚えます。かような私的複製を禁止することで予想される社会的混乱が小さくないから補償金制度が正当化されたんでしょうが。私的複製の範囲を狭められるのなら始めから補償金制度は必要ないのですよ。
 いわゆる「違法」ダウンロードを私的複製から外そうというのが主旨ですが、これを実行してしまえば甚大な副作用を生じることになります。適法な私的複製との区別など付きはしませんし(つまり適法な私的複製が罰せられる可能性がある)、また「違法」ダウンロードを取り締まろうともその多くが放置されることになります。見せしめ逮捕だけが強く罰せられ、しかしその実「違法」ダウンロードは多くが続いていくという。
 また、歴史的映像記録や歴史的音源に興味のおありの方なら、必ずしも適法流通によるものだけで充分とは言えないと御存知のはず。そしてそうした記録がどれだけの価値を持ち得るものなのか理解されている筈です。この問題は、直接あなた方にも関係してくる規制なのですよ。この種の映像や音源を入手できない事態に陥るのです。

※こういう運用が可能かは判りませんが、実際に適法流通しているものに限り「違法」ダウンロードを禁止するというのであれば、まだしも正当性はあります(個人的には反対しますが)。しかし著作権法の性質上、それは難しいでしょうね。

 参考資料8「私的録音録画に関する補償措置の必要性について(案)」。
 補償金制度を残そうという方向性が露骨、そんな印象です。しかも結局のところ論理性を確保したようなものではなく、きわめて妥協的に流れています。あるところの論拠を他の箇所に適用すれば、反対の結論が導けるような代物だったりします。




■資料についてもう少し詳しく──

【資料4】

 前期私的録音録画小委員会で議論された内容を事務局がまとめたらこうなるのだそうです(3ページ)。 「iPod 税」問題で怒ってた人たちは是非これを読んでください。1年もかけて議論して、このザマなのですよ。

第30条第1項の範囲について、
ア.海賊版などの違法複製物やファイル交換ソフトなどにより違法に配信されるものからの私的録音録画
イ.音楽・映像配信事業などの違法配信からの私的録音録画
については、制度改正を行う際の課題が少なく、制度改正は可能ではないかということで、概ねは合意が得られた。

補償措置の必要性については、補償措置の前提となる私的録音録画の現状について、
ア.私的録音補償金管理協会及び私的録画補償金管理協会が行った実態調査の結果等から、平成4年の補償金制度導入時と比べて、「複製の総体」は増加傾向にある、
イ.販売、レンタル、放送等の契約の実態からは、いわゆる「使用料の二重取り」が明示的に行われていることは、原則としてないと考えられる、
ウ.権利者が著作権保護技術の導入を承知した上でコンテンツを提供した場合にも、一般的には、当該保護技術が許容している範囲内の私的録音録画に対する補償の必要性までも否定したとはいえない。
等と整理した上で、補償金の必要性について議論されたが、合意にはいたらず、継続検討事項とされた。

 結論ありきの茶番が延々と続いているようで、頭がクラクラしてきます。
 「違法」ダウンロード規制などそもそも制度として成立するのか? 「『複製の総体』は増加傾向」などと、どこを見たらそう解釈できるのか。調査結果ではむしろ「総体」で減少しているのであって。しかも配信(適法配信やポッドキャスト)からの私的複製については、都合よく無視していたりします。
 まだまだ言い足りませんが、その怒りは次の資料にぶつけるとして。

【資料5】

 違法複製物・違法配信からの複製を私的複製から外すとしたら、個人は自らをどう守れば良いというのか。たとえば私的複製物とそれをどう区別するのですか? 過去にそういう経緯で作られた複製物については? 海賊版CDを iPod で聴くだけでも「違法複製物からの私的複製」になるんですよ! (もっと分かりやすく言いましょうか? 他人がテレビから録ったやつをコピーさせてもらった時点でアウト!)
 そのくせ制度としての実効性は極めて薄いと言わざるを得ません。黙ってコピーしてたらOKなわけですから。そりゃ何人かは見せしめに逮捕されるでしょうが(しかも冤罪の可能性あり)、全員片っ端から取り締まれませんからね。ダウンロードする人間よりもアップロードする人間の方が圧倒的に少ないのに、送信可能化権で対処できていない現状をどう考えるかですよ。
 あと「例」として、レンタルCDや販売CDに私的複製対価を「上乗せ」するというものが掲載されていたりします。何なんだか。正規の対価を払って入手したものを(本質的には)繰り返して聴くだけだというのに、なぜ追加の対価を支払わねばならないのか──という根本的疑問に対する回答は全く出ていません。

※百歩譲って、価格が自由化されていたとしたら私的複製許諾を明記したコンテンツの販売もアリだと思いますよ。ただ再販制なんぞがあるから「上乗せ」的な発想になるわけで(価格競争があれば補償金程度は値下げ分に吸収されるでしょうよ)。ユーザーの立場で言わせてもらえば、もともとの価格に私的複製分も含まれてると考えてるから わざわざパッケージで買ってる。コピーコントロールCDや着うたに手を出さないのも同じ理由。それがビジネスモデルだということ!

【参考資料6】

 本来は前期#8の時点でツッコむべきだったんですが──

 「平成4年‥‥当時においては、録音録画源の問題は顕在化していない」との記述‥‥何を言ってるのか。「顕在化」していなかったのではなく、議論する人間が気にしてなかっただけの話! 当時から放送・購入CD・レンタルCDという風に異なる録画源が存在していたのですから。そもそも購入CDからの私的複製に補償金をかけようということ自体、この当時から考えがおかしかった。
 そして現在、購入CDや音楽配信からの私的複製といった、権利者には不利益を生じさせない態様の私的録音・録画が大部分を占めるようになってるわけですよ。だから補償金を廃止しろという声だって挙がってる(個人的には、一部に補償金を残してもいいと思ってますがね)。
 私的複製の自由を残すために補償金を導入したという建前からすれば、私的複製の範囲を狭めて補償金を残すのはおかしいのですよ。私的複製の範囲を狭めることに妥当性が見られない以上、その部分について補償金を課金するのが一貫した姿勢というもの。

【参考資料7】

 これも本来は前期#8の時点でツッコむべきものでした──

 「違法複製物、違法サイト(ファイル交換によるものを含む)からの私的録音録画」を30条対象から外すことが「課題が少ない」とする根拠はどこにあるでしょうか? 少なくともこの資料の中には書かれていません。過去に複製したものの扱いはどうなるのか。研究活動のためにより多くの映像・音源を入手する必要がある時はどうなのか(ぶっちゃけて言えば、ブートレグや放送番組の私的複製物などは後々重要な研究対象となるわけですよ)。

 「適法配信からの私的録音録画」を私的複製から外すことについては、まぁ実現したら痛し痒しってところですか。当然、著作権保護技術の範囲内で複製されたものは許諾済みとみなすんでしょうが、ならば著作権保護技術をかけていないもの(ただの MP3 とか)についてはどう扱うのでしょうか? コピー自由ってことで良いのかしら。
 「一般に配信から利用者の録音録画複製までがビジネスモデルであり、『二重取り』の疑念がなくなる」とありますが、この「複製」ってパソコンまででしょうか iPod まででしょうか。配信楽曲をコピーした iPod に補償金が課せられないとしたら この一文が当たってますけど、 iPod への課金に進みそうな現在、言ってることとやってことが違いますわな。

※それとも配信音源だけ入れる iPod については補償金を返還しますか?

 それから。「ビジネスモデル」だからということで補償金の要なしとするなら、事実上コピー自由のCDについてそう言えますよ。レコード業界が自分で勝手にCDから離れたがらないだけであって、私的録音の存在を知りながら採用し続けてるわけですよ。
 まして iPod への私的複製を前提に「コピーコントロールCD」撤退を決めた奴らもいる訳で。
 パッケージに対する判断と、配信に対する判断とで一貫した論理が無いということです。だからああいうおかしな結論になる(要は事務局で恣意的にまとめてるということ)。

 こんな内容で納得しろという方がおかしい。

【参考資料8】

 先にも書きましたが、「『複製の総体』が減少しているとは考えられず」との結論は事実に反しています。実態調査では複製の総数が減っていることが判っているのですから。単純にデジタル移行が進んでいるだけの話であって、しかもアナログコピーもデジタルコピーも本質的には変わらない。現行補償金制度が妥協的にデジタルコピーだけ対象にしているからと言って、いつまでもこの歪んだ前提を踏襲する必要はありません。

※アナログコピーも補償金対象にすべきという議論があったって良い筈なのに、それを一切口にしないあたりも不可解でなりません。もともと既に家庭内にある機器・記録媒体には課金しないという形を採用せざるを得ない(特に iPod への課金などは)、今更デジタルに限る必然性もなかろうにとすら思います。
 もちろん対価支払い済みのコピーを無償化しないと補償金制度の矛盾を拡大させるだけですが。

 パッケージ販売楽曲や配信楽曲からの補償金二重取り問題に関して「その契約の実態から、明示的に録音録画の対価が含まれているとはいえない」と結論(したふり)している訳ですが、逆に録音録画の対価が含まれていないとも言えないのです。
 なぜなら、配信されたものからの私的録音・録画について同資料は「配信の対価に中に私的録音録画の対価が含まれないことを明示しているものはなく、利用者の録音録画も含めてビジネスモデルとしている」示しているからです。加えて「当該技術を導入したシステムを承知した上でコンテンツを提供した場合は、権利者は当該保護技術の範囲内の録音録画を許容していると考えられる」「それ以外の権利者についても、私的録音録画について権利行使ができない以上、消極的ではあるが許容しているといわざるを得ない」としています。
 同じ論理をパッケージ販売コンテンツに適用することも可能です。すなわち、配信同様にユーザーの私的複製を加味したビジネスモデルが確立しており、補償金を掛ける必要など無いということです。

 それにもかかわらず、かような非論理的な論旨で出された結論ですから、「当該許容と補償措置が併存できない、又は併存さすべきではないとまではいえない」という部分も信憑性が極めて薄いものと言わざるを得ません。
 そもそもの補償措置が必要なのかという疑問自体、いまだに残っていますし。

 こうまでして補償金を存続させたい(そして私的複製を潰したい)権利者(団体)側の意図を考えると、もはやエンドユーザーには自衛手段をとるしか無いのか──と考えてしまうところです。
 つまり、コンテンツが提供される際の仕様が気に入らなければ買うなと。コピーワンスが嫌だったら、コピーコントロールCDが嫌だったら、 CD-R に焼くことすらできない音楽配信が嫌だったら──妥協せず買うな、と。

 皆さん。
 ユーザーとして考え、立場を決めておかねばならない時期かも知れませんよ。
 重 DRM に金を払う価値はあるか。そして補償金は支払う必要があるのか。
 かような“議論”の末に出される結論に従う必要があるのかも含めて、ね。




■私的録音録画小委#8について

 上記の文章を書いた後で議事録を読んだのですが──

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06122108.htm
「文化審議会 著作権分科会
 私的録音録画小委員会(第8回)議事録」
(文部科学省)

 会合の中でも、議論のまとめとして配布された資料が槍玉に挙げられていますね。
 私が感じたことの多くは、既にここで指摘されています(それを何ヶ月も後に書いてる私って。笑)。ただツッコんでるのがユーザー側の人たちだというのが何とも。
 しかも今期#1での配付資料が前期#8そのままだったことからも解るように、事務局側でそれを真摯に受け止めている感じが全くないという。

 今期#1での委員発言を知るすべは今のところ私に無いわけですが、今後の議論がまともに展開されるのか、それともこの事務局側のまとめのままに進んでいくのか、相当の不安を抱えながら見守ることになりそうです。

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2007.3.19 法制問題小委員会#1 ──資料概観

http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-73.html
「著作権分科会 法制問題小委員会(第1回)」
(zfyl)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07032007.htm
「文化審議会 著作権分科会 法制問題小委員会(第1回)議事録」
(文部科学省)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/03/post_f81a.html
「『デジタルコンテンツ著作権特別法』の行方 ──法制問題小委員会#1」
(エンドユーザーの見た著作権)

 3月下旬に入ってから、文化審議会 著作権分科会の今期会合が次々と始まっていきました。法制問題小委員会・私的録音録画小委員会、そして新設の「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」も。
 法制問題小委員会の今期第1回会合は 3月19日 に開かれました。文部科学省サイトで議事録ページが用意されています。資料の方は掲載されましたが、議事録は(いつものごとく)未掲載。私のブログでは配付資料もまだ入手できない時点でしたので、メディア報道記事と著作権分科会(第22回── 3月12日 に開催されたもの)配付資料をもとに感想を書きました。

 その後、私的録音録画小委#1とともに 『zfyl』 さんが配付資料を掲載してくださいました。前期の審議会(および小委員会)でも たいへんお世話になったブログさんです。ホント感謝、感謝です。

※私が 『zfyl』 さんで一足早く資料を入手させていただいてから この記事を仕上げる間に、文科省サイトでの配付資料掲載が済んでしまいました。ちょっと文章のつながりにおかしなところがあるのは、そういう理由によるものです。

配付資料
1.文化審議会著作権分科会法制問題小委員会委員名簿
2.小委員会の設置について
  (平成19年3月12日 文化審議会著作権分科会決定)
3.今期の法制問題小委員会の検討課題について
4.新たな検討課題の背景等について
5.ワーキングチームについて(案)
6.当面の審議日程(案)

参考資料
1.文化審議会関係法令等
2.文化審議会著作権分科会委員・専門委員名簿(2−1)
  文化審議会著作権分科会各小委員会委員名簿(2−2)

 それでは配付資料を概観します。
 これらの配付資料のうち、資料1・2および参考資料1・2については著作権分科会(第22回)でも配布されたものですので、ここであえて読む必要は無いかと思われます。議事録ページを参照してください。
 ここでは資料3から資料6を扱います。

 資料3「今期の法制問題小委員会の検討課題について」。
 法制小委本体と各ワーキングチームに振り分けた課題をそれぞれ掲載しています。また「別紙」として、著作権分科会で示された「著作権制度上の検討課題例」も掲載。順番としてはこちらの「〜検討課題例」が元になって、「今期の法制問題小委員会の〜」が作成されたことになります。
 ちなみに、私が法制小委#1の記事を以前書いた際に使ったのも こちらの「〜検討課題例」の方でした。入手可能だった資料が当時これだけでしたから。

 資料4「新たな検討課題の背景等について」。
 法制小委本体と各ワーキングチームで検討される課題について、資料3よりも詳細に書かれたものです。項目は、「デジタルコンテンツの特質に応じた制度の在り方」「海賊版広告行為の取締りの方策」「非親告罪化(海外における海賊版の撲滅のための方策」「ネットワークを通じた検索サービスの位置づけの明確化と法制上の課題の解決」「ライセンシーの保護のための方策」という5つ。
 それぞれ問題点・関係規定・最近の動きがまとめられています。

 資料5「ワーキングチームの設置について(案)」。
 今期の法制小委ではデジタル対応WT・契約 利用WT・司法救済WTが設置されます。それぞれの検討課題も書かれています(先の資料3と同様)。

 資料6「当面の審議日程について(案)」。
 法制小委の今後のスケジュールが書かれています‥‥が、これはひどい。月に1回から2回のペースで開催される(これ自体は前期も同じでした)ものの、デジタルコンテンツ流通・海賊版広告・親告罪といった大物の議題をまとめて5月いっぱいで片づけるという内容。キツキツのスケジュールってもんじゃありません。これだけの中身を真剣に議論しようと思えば、1年はゆうに掛かりますよ。
 権利制限・私的複製・通信 放送関連──というのもまた重要な議題ではありますが、第5回以降(たぶん6月以後)で検討されるとのことです。そして「中間まとめ案」が8月から9月に出されるのだそう。予定通りに行くとは到底思えませんけれど。
 このような議論で、審議会で合意に至ったかのようなアリバイ作りをされるかと思うと、今から気分が暗くなってくるんですけど私‥‥。




■資料をもっと詳しく──

【資料3】

 ここで採り上げられている課題のうち注目を集めているのは、法制小委本体で議論されることとなる「デジタルコンテンツの特質に応じた制度の在り方」「海賊版広告行為の取締りの方策」「非親告罪化(海外における海賊版の撲滅のための方策)」の3つということになるでしょう。
 まともな頭脳を持っている人間であれば、これらの課題それぞれに言いたいことが山ほど出てくる──と言ってもいい題材ですね。これを2ヶ月程度で議論し、一定の方向性を出す? そんなことが本当に可能なのか。
 結局は、事務局の向けたい方向へ報告書がまとめられるのが関の山でしょう。特に海賊版の「広告」規制と非親告罪化は、著作権制度を変質させてしまい国民生活を脅かしかねない内容なだけに本来慎重な議論が望まれるところですが‥‥たとえば去年の罰則強化のように、たいした議論もなく通ってしまうようなことになれば最悪です(罰則強化なぞは数年前にもやってることで、そう頻繁にやる必要もなかったんですがね)。

 保護利用小委・私的録音録画小委と並んで重要議題が目白押しですから、それぞれに徹底した監視が必要となるわけで。いろいろと忙しくなりますね。
 マジで Watchdog に専念したくなる今日このごろ。

【資料4】

 「デジタルコンテンツの特質に応じた制度の在り方」という議題が実際にどう採り上げられたのかが この資料で垣間見えるわけですけれど、メディアが伝えていたイメージとの温度差が若干あるように思われます。つまり、これを進めていこうという方針が出されたのではなくて、“こういう意見があるよ”と紹介された段階なんですよね。
 「デジタルコンテンツ」自体について「詳細は不明」としているあたり、まだまだ実現可能性すら判断できない段階だということを示しています。もちろん、こういった話が審議会の議題に上ること自体は歓迎しますけれども(今までのように議論すらされなかったのとは大違いですもんねぇ)。

 「海賊版広告行為の取締りの方策」について、ようやくその趣旨が見える資料が出てきたという印象があって、それ自体は評価できます。これまでのメディア報道は項目名を引き写すだけで、この肝心な部分が抜けてたんですよ。要は、海賊版の広告をプロバイダが削除するにあたり、プロバイダ責任制限法での免責対象とするには海賊版を禁止したいという話らしいです。
 それならばプロバイダ責任法に手当てすれば良いんじゃないの? 別に著作権法上の扱いを変える必要などなくて、海賊版の「広告」だとプロバイダが判断するに足る場合に削除しても責任を問われないとすれば大丈夫では。まぁ「広告」の定義は必要だと思いますけど。いずれにせよ「広告」という曖昧な語で規制をかけ言論・表現を脅かす、そんなことを正当化するような根拠ではありませんね。
 ちなみに広告規制の実例として、商標法・意匠法での条文を引用しているのが参考になります。商標法第2条では標章「使用」行為のひとつとして──

商品若しくは役務に関する広告、価格表若しくは取引書類に標章を付して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為



※引用者注:
 下線は資料制作者たる法制小委事務局による。

 と定められています。対して意匠法第2条では

この法律で意匠について「実施」とは、意匠に係る物品を製造し、使用し、譲渡し、貸渡し、輸出し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡又は貸渡しのための展示を含む。以下同じ。)をする行為をいう。



※引用者注:
 下線は資料制作者たる法制小委事務局による。

 と定められています。
 個人的には、意匠法での規定ならば限定的(つまり正確)と思われます。商標法の規定の方は、〈商標とは〉という認識も加味されて初めて限定運用されるように思われるんですね。仮に商標権(あるいは意匠権)を侵害するような物品のことを論じるとして、そのようなページが各法で「広告」とみなされるおそれがあるか考えてみると違いがよく分かります。
 商標の場合は、上の規定は商標使用行為とされるところに「広告」が含まれているだけで、そもそも「商標」は登録を要する限定されたものですし、かつ商標の付した物品を論じる場合でもこれが商標使用行為に当たらないのは(商標というものの性質上)明らかです(商売に利用したものでも、提供者のブランドを示すものではないから)。商標の「広告」ゆえに範囲が限定されていると考えられます。
 意匠の場合は、商標のように登録を要するというのもありますけど、それ以上に「その譲渡若しくは貸渡しの申出」と限定した書きぶりになっています。これならば、意匠権で保護された物品を論じても触法することはありますまい。
 ところが著作権ならばどうか。単純に“海賊版の広告”を著作権侵害行為と定めてしまうと、たとえば海賊版の存在例を示しながら論じる場合にも触法する可能性が生じます。著作物自体 無方式主義ゆえに無限に存在しますし、また論じる目的だろうが何だろうが「引用」の範囲を超えたものは著作物の利用行為となります。これでは“海賊版の広告”とされかねない態様がどんどん広がってしまいます(複製権が制限される「引用」すらも、「広告」の違法性を無効化するとは考えられません)。あえて言うなら憲法上の価値観である言論・表現の自由との関係性によって限定されるあたりでしょうか。しかしそれとて、著作権法上の規定による萎縮をも防ぐことはできません。
 海賊版を頒布する行為(あるいは頒布目的で所持する行為)は現行法で禁止されています。従って、こうした行為を既に行なっている場合に限り「広告」行為を禁じるのは正当性があるように思われます(その意味で、意匠法における規定を参考にすればかなり正確に定義できると思います)。ただ当該海賊版を頒布目的所持するわけでもない、ましてや海賊版を頒布する目的でもない、「広告」的な行為については規制すべきではないと考えます。たとえば海賊版「広告」にリンクしたり、海賊版「広告」について実例を示しながら論じる場合、あるいは海賊版の存在自体を(実例を交え)論じる場合などは禁止「広告」から外す必要があります。ここまで規制されるとしたら、私たちはもはや海賊版について語ることすらできなくなりかねません。
 それでは行き過ぎでしょう。

 非親告罪化については、その趣旨というのがあまりに愚劣です。要は、日本から提案している「模倣品・海賊版拡散防止条約」で非親告罪化を盛り込みたいから、まず日本法を改定して模範を示そうという。戦時加算を廃止するために著作権保護期間を延長して交渉に入ろうという、どっかの誰かさんの考えに似た愚策です。
 そもそも問題のブツが海賊版か否かを判断するためには、権利者へ問い合わせる必要があります。これを省略して取り締まれるようにしようってのがおかしいのですよ。ただでさえ口約束だの「黙示の許諾」だのが多い業界で(時として「お目こぼし」すらもある)、現に適法流通しているものまで捜査当局に目を付けられる可能性があります。
 親告罪として運用されている著作権侵害の本質は、“権利を行使するか否かを決めるのは権利者自身”というところにあるわけで、本人が事件にしたくないものまで当局が事件にしてしまうのが適切とは思われません。それに「海賊版」を無くしたい権利者は現に告訴してるわけですから、親告罪だったとしても捜査当局は動けてるんですよ。
 仮に非親告罪化が可能となるとすれば、それは非親告罪対象著作物リストが整備されるような場合だけでしょうね(これはいわゆるデジタルコンテンツ特別法などの登録主義を採用するのに近いものがあります)。そうでもしなければ、捜査当局とて動きようがありません。許諾状況やパブリックドメインか否かなんて把握しきっているとは思えませんからね。

 「ネットワークを通じた検索サービスの位置づけの明確化と法制上の課題の解決」については、案の定 検索エンジンの開発・運用のみを考えているようです。これだけ権利制限していくというのはあまりに“泥縄”というか、姑息というか。
 インターネット社会の実情を考えると、検索エンジン以外にウェブアーカイヴィング (Internet Archive やウェブ魚拓、あと国立国会図書館のやつも)についても権利制限していかないと、広い“違法状態”が放置されることになります。また、この種の試みを想定するのに公共施設のことしか考えないのも片手落ちでしょう。むしろ民間のボランティアや事業者がアーカイヴを作ることも視野に入れておかないと。今ここでモタモタしてる間にも、多くのウェブサイトが消えていってるんですよ。公共施設だけがそれをフォローできる筈がない。
 つまり、やるべきはフェアユース規定の創設です。もちろん具体的制限規定を併記していくことも拒否しませんけど。

※なお、アーカイヴについては保護利用小委で採り上げられるようではあります。しかし個別に論じるのではなく、包括的に考えた方が体系的に論じられると思いますよ。

Posted by 谷分 章優 著作権行政<