2009年7月 7日 (火)

委員らと事務局との思惑がずれていく一方 ――基本問題小委員会#2

 6月30日に、文化審議会著作権分科会の「基本問題小委員会」(以下、基本小委)の第2回会合が開かれた。文化庁のサイトには、当日配布された資料がアップされている(議事録の方が上がるのはもうしばらく後ですな)。

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/kihon/h21_06/gijiroku.html
「文化審議会著作権分科会基本問題小委員会
 (平成21年第2回)議事録」
(文化庁)

 基本小委の第1回会合が4月20日。第2回まで2ヶ月強の間が開いていたことになる。今後もこのペースで2ヶ月置きにやるのか、他の小委員会のように月1回のペースへ持っていくのかよく判らない。もし次回も2ヶ月後だとしたら、基本小委が今年度中議論に費やせる時間はかなり少なくなる。
 時間が限られるとなると、実のある議論をするには事務局側で課題設定と議事進行をテキパキやらないといけない。しかし第2回の議題として事務局が用意したのは、第1回の委員のフリートークを要約したもの(資料1)と、それを抽出する形でヒアリングを行なう提案にまとめたもの(資料2)だった。特に会合で使われたのは実質的に後者、A4ペラでたった1枚だけだ。そこから一歩進めて何かを始めるのではない、A4ペラ1枚を了承するかしないかで1回の会合が費やされたのである。

文化審議会著作権分科会
基本問題小委員会(第2回)議事次第

日時 平成21年6月30日(火)
   10:00~12:00
場所 虎ノ門パストラル 新館5階 「ローレル」

議事次第
1 開会
2 議事
(1)主な論点に関する議論の状況
(2)今後の議論の進め方について
(3)その他
3 閉会

配付資料一覧
資料1 前回の小委員会における主な意見の概要(PDF
資料2 想定される論点と今後の議論の進め方(PDF

(参考資料)
参考資料1 文化審議会著作権分科会基本問題小委員会 委員名簿
参考資料2-1 第3期知的財産戦略の基本方針
(2009年4月6日 知的財産戦略本部)(著作権関係部分抜粋)
参考資料2-2 知的財産推進計画2009(著作権関係部分抜粋)
参考資料2-3 「第3期知的財産戦略の基本方針」「知的財産推進計画2009」対照表
(著作権関係部分)
参考資料3 著作権法施行令等の一部改正について
参考資料4 法制問題小委員会における主な意見の概要

 資料2「想定される論点と今後の議論の進め方」で事務局が示した今後の方向性として、ヒアリングを中心に進めながら「文化振興に関する施策の体系の中で、著作権制度が担っている意義、役割はどのようなものか」という広めの議題が設定された。この提案そのものを詰める意見は委員から出ず、結果的には原案通り了承された。
 この提案で想定されているヒアリングの趣旨と対象者は必ずしも明らかではない。同資料の中で「まずは、関係分野の有識者や、著作物等に関連する事業を行っている事業者等からヒアリングを実施し、上記の点(引用者註:後述のヒアリング項目)について、事情を聴取してはどうか。(デジタル化、ネットワーク化の進展前後での変化があれば、それも含めて)」とある。対象も、「関係学問分野の有識者(著作権法学・文化政策学等)」「コンテンツ関係事業者、情報技術関連事業者」「文化関係団体、経済団体」とのこと。なお人選は主査・事務局に一任される。
 これらの記述だけで何か判るだろうか? ヒアリング項目も以下のような内容だが、これとてかなり漠然としている。

1 文化振興施策で、著作権制度が担っている意義・役割
2 表現手段・流通手段の変化のもと、著作権制度の果たす役割に変容が生じているのか
(たとえばデジタル化・ネットワーク化の進展)
3 解決の得られていない課題を含め、今後の著作権関連施策でとるべき方向性
(他の文化関連施策・ビジネススキーム・技術的手段との関係も)

 話し合うネタの大枠だけ決めておいて、あとはヒアリングをしながら流れを考えよう——といった仕切りに見える。

 こういう一見悠長にも思える議題設定は、事務局(文化庁)の趣旨が「著作権の基本的問題を大所高所から議論する」という点にあることの反映なのだろうが、こうした議事進行に対して個別具体的な事案を議論させろという委員意見が相次いだ。個別具体的な事案、つまりフェアユースや私的録音録画補償金・保護期間延長などについてだ。
 事務局と委員とで基本小委に臨む姿勢が大きく食い違っている様子は、報道で伝えられている部分からもよく窺える。

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20090630_298560.html
「不満噴出の『基本問題小委員会』、著作権見直しの行く末は」
(INTERNET Watch) 2009.6.30

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20090630/332951/
「複数委員から議論の迅速化を求める声,
 著作権法の基本問題小委員会から」
(ITpro) 2009.6.30

 基本小委の性格を考えるのに、法制問題小委員会や国際小委員会といった同列の委員会と比較するよりも、むしろ親会である著作権分科会に目を向けた方が理解しやすい。基本小委の委員はほとんどが著作権分科会の委員も兼務しているからだ。
 もともと著作権分科会は、その下の小委員会で具体的議論をした結果報告を受けた後で、それに分科会委員がコメントしつつも報告書の内容自体は原案通り認める“承認機関”のようなものとして運営されてきた。したがって分科会委員の意見はなかなか小委員会での議論に反映されない不満などもおそらくあって、〈自分らに議論させろ、決定権をよこせ〉とばかりに意見が出たのを受け文化庁が基本小委を設置した次第である。
 この、基本小委を設置したきっかけになった分科会委員の発言は、基本小委第1回の配付資料からも窺える。実際の委員発言は同会合の議事録(PDF)で参照できるのだが、ここではあえて基本小委で配布された事務局側の要約の方(第1回会合配布の参考資料4・PDF)を引く。この方が事務局の意図も垣間見えるだろうと思えるからだ。

(今後の文化審議会著作権分科会について)
○ 結論の出なかった問題について、そもそも論に帰る、別の枠組でやるとしたら、文化論のようなものを議論するべき。小委員会でいろいろ議論するのはいいが、その小委員会の議論の中に、場外で行われている議論を持ち込んで、それを分科会の方に上げてくるというのは、何か普通とは違う形式に感じた。親会としての分科会は、きちんとした見識を持って議論をしたいので、重要視していただきたい。

○ 全てに関して法改正を基に話が始まって、全体像を考えて、最後法改正に戻るというふうな、法律をどう変えていくかということを中心に、審議会や各小委員会での検討がなされているような感じがした。審議会でそもそも論、全体像を見るところから、その一部分として法改正がある。制度も考えられる。そのあたりの検討をこの審議会で行い、さらに専門的な部分を小委員会に委ねる。そういう議論の在り方自体を、もう少し考える時期に来ているのではないかという気がした。

 この発言をした委員の意図からすれば、「そもそも論」や「文化論」というのは単に自身の主張を補強するものでしかなく、結局のところは自分たちが議論の当事者に加わりたいという要望だったように思える。しかし文化庁はむしろ「そもそも論」「文化論」といった部分に重点を置いている印象を受ける(私に言わせれば、権利者側かそうでないかでも「そもそも論」など異なるものだと考えるが。だからこそ権利者委員が多い分科会の中で「そもそも論」を論じることにさほど価値を感じない)。
 委員、特に権利者側委員は目の前の「問題」を片付けたい。「そもそも論」を拒否した事務局が強引に妥協させようとしたあげくメーカーの強硬な反対を招き議論の場そのものが吹っ飛んだ私的録音録画補償金、弊害を懸念する識者の意見に何ら回答を出せなかった保護期間延長、そして“著作権の縛り”と法改正への腰の重さが原因で導入論が持ち上がったフェアユース——これらの議題を基本小委に引っぱってきて検討したいとの要望は、著作権分科会でも基本小委でも見られたものだ。その意味では、権利者側の発言は一貫している。
 奇妙なのは事務局の仕切りの方で、もともと彼らの思惑が委員らと衝突するのは当たり前なのだ。個別の議論をさせろという意見は第1回会合にもあって、その時には「ここは基本的な問題を大所高所から議論するところだから」と事務局がなだめる展開だった。その後で、何をやるのか明確にしろとも委員からツッコミを受けていた。
 そして第2回の会合でも同じ展開。いや、混迷の度はますます深まってるのかもしれない。

 ある委員(後に掲載する「概要」では発言者も書いてあるが)からは、知的財産推進計画2009が策定されたことを受け、この計画で今年度中に結論を得るとされる項目を基本小委でも「結論を出すべく議論すべき」との意見も出た。
 しかし基本小委のような、権利者委員が大多数を占めるような場で何か決めようにも問題が多いのは明らかだ。他の利害関係者への配慮など期待できるわけがなく、そこでの結論をいざ実行しようとしたときに数々の抵抗が発生するのは避けられない。たとえば私的録音録画補償金ならばメーカーを交えた話し合いと合意がなければ制度自体が成り立たない。保護期間についても、保護利用小委で示された懸念を払拭できるようなロジックを用意しなければならない。そしてフェアユースは法制問題小委員会で議論される。これらの課題を基本小委で扱おうにも、「権利者」側のお手盛り報告書になることは目に見えている。
 となると、基本小委で何が議論できるかは最初から限られている。大枠の話を「文化的見地から」「大所高所から」、しかも漠然と語るしかない(それですらあのメンツは偏ってるだろうと私は思う)。そんな小委員会を、文化庁はなぜわざわざ作ったのか。
 ——権利者側の“ガス抜き”の場として機能してきた著作権分科会と同じような内容の小委員会で報告書をまとめることによって、自分らの基本線(権利強化)を補強するのに使おうとしているのではないか。開かれる会合がどんなに少なくても、報告書は事務局が用意できる。むしろ会合が少ない方が、文化庁には都合がいい。

 基本小委については、その設置目的にしても、議事の進行の具合についても良い印象は持てない。どう転んでも、誰も幸せになれない。
 もっとも第1回会合からあまり代り映えしなかった委員意見の中で、第2回で目立ったのは三田委員と松田委員の発言だった。三田委員は議事進行を批判しながらテンポアップを求め、「日本版フェアユース」が求められる原因は議論の遅さにあると指摘した。また、Googleブック検索に関する米国での和解で生まれることとなった「版権レジストリ」を示し、これの「日本版」を作ってはどうかとアイディアを披露、小委員会の進行についても「各委員がビジョンを出して議論してはどうか」とも提案した。松田委員はフェアユースの議論の中で、導入が必要とされる具体的事例を挙げて検討すべきと発言した。
 ただし、これらの意見が今後の小委員会の進行に反映されるかは疑問だ。

 事務局の言うように「基本的問題を」「大所高所から」やるとしても委員の不満は解消されない。委員の言うように具体的議論をやっても、政策としての実現性に乏しい。となれば、結局はヒアリングでもやってお茶を濁すしかないのか。
 もっとも同じヒアリングをやるのでも、これまで声を聴いてこれなかった人たちを呼べば少しは意義も発生するのかも知れない。そういう形でしか意義が見出せないとしたら、なんと虚しい委員会なんだろうと思わざるを得ないが。




議事概要(メモ)

※例によって記録と記憶から書き起こしているため、正確性は保証できません。
※報道された発言よりも簡略化されている箇所もあります。
※後藤雅実氏(NHK理事)から黒木隆男氏(NHK理事)へ委員が交代


事務局(関審議官)
国会に提出していた著作権法一部改正法案が、衆議院・参議院ともに全会一致で原案通り可決した。11日付の官報で公布されたところ。2年半ぶりの改正で、内容は現行法が全面改正されて以来の大改正となる。
国会審議の状況としては、主に議論になったのが3点、内容的には広範なもの。1つ目は30条のいわゆる「違法ダウンロード」を私的複製の対象から外す。違法な著作物の流出の抑止が目的。インターネット利用を妨げるのではとの質問が多かった。2つ目は31条の2項、国立国会図書館の資料デジタル化について。Googleに関する質疑と、デジタル化資料の利用の可能性について質問があったところ。3つ目が37条の3項と37条の2、障碍者向けの権利制限。但し書きの解釈について、ボランティア団体の活動が阻害されないようとの要望があった。衆議院・参議院でそれぞれ附帯決議もされた。
著作権問題にはまださまざまな課題がある。各方面からの要望もある。この委員会で大所高所からの議論をたまわればと思う。


※知財推進計画2009と著作権法施行令改正(ブルーレイ課金)について事務局から説明。推進計画での著作権関連項目の読み上げに時間を割く。

※「想定される論点と今後の議論の進め方」について議論に入る前に、前回の基本問題小委員会での委員発言をまとめた資料を事務局が読み上げ。これもかなり時間をかける。


野村主査
自由に意見を。


宮川委員(弁護士)
(小委員会の)タイムテーブルを確認したい。


事務局
文化審議会では、委員の任期が1年。それを視野にスケジュールを組んでいくつもり。しかし1年で結論を出すということで必ずしも設定してはいない。


三田委員(作家、日本文藝家協会副理事長)
ざまざまな意見をいってじっくり議論するのも有意義だと考えるが、著作権に関する問題は様々な分野にわたる上、時間の流れが速い。著作権の議論のテンポが遅いことが問題になっているのではないか。「日本版フェアユース規定」という暴力的提案がなされるのも、著作権制度の改革が即時的に対応できないためでは。
議論のテンポを早め、必要なら改革を行っていく――ヒアリングを行なうにしても、ターゲットを絞ってなるべく具体的に議論を展開することが必要だ。議論のテンポを上げるよう努力しては如何か。今日の会合もすでにかなり時間が経っているが、やったことと言えば配付資料を読み上げただけ。1週間前に送付して委員が読んでくるようにすれば、始まってすぐに議論に入れる。関係者を呼ぶにしても、事前に資料を貰っておいて読んでくれば、いきなり質問から入ってテンポを速くできる。
利用者の意見をよく聴き、何を変えて欲しいのか察知した上で、問題点を検討し必要なら法改正を進める。目標を持った議論をすべきではないか。今のままでは1、2年がすぐ経ってしまう。結局、すべてフェアユースにしてしまって裁判所に委ねるようでは、著作権分科会の意義がなくなる。


松田委員(弁護士、中央大学法科大学院客員教授)
フェアユースの議論は具体的ビジネススキームに即座に対応するとの視点で提案されているが、フェアユースについて議論されているものを読んだり会議を傍聴したりしても、具体的にフェアユースを入れるべき問題がどれだけあるか、具体的事象をほとんど示せないできている。将来起こるかもしれないものをフェアユースに求めているというだけでは、委員会でも議論がしにくい。今あるいは近い将来、こういう問題が起こるからフェアユースが必要だという議論をしなければ。導入したい立場の人たちの意見を聴きたい。

※例示ができるならしてみろ、という趣旨に受け取れた。


事務局
今回は資料の送付が遅くなってしまい恐縮する。どういう進め方にするかまとめるのに時間がかかってしまった。


大林委員(日本芸能実演家団体協議会専務理事)
いろいろな問題があるが、どのまとめ方で議論するか。毎回テーマをしぼるのか。また知財推進計画で2009年度中に結論を得るとする項目と、ここの議論とをどう関わらせるのか。それぞれの立場で緊急課題は違うかもしれないが、その都度こちらで申入れて議論したいと言えば、取り上げてもらえるのか。そうしたところを整理してほしい。


事務局
知財計画との関係としては、スケジュールが政府で決定されており、我々もそれに向けて精一杯の努力をしたい。議論の進め方は、論点・課題によって委員会の雰囲気も変わってくるだろう。ここでの意見を見ながら適宜調整したい。


関審議官
捕捉を。資料2「想定される論点と今後の議論の進め方」は前回の議論を踏まえたつもり。基本小委で議論してほしいのは、著作権制度の意義をもういちど確認されたいということ。三田委員から、社会の流れが非常に速くて著作権法をめぐる議論がついていけてるのかとの指摘があった。しかし著作権制度の意義・役割の再確認をした上で、昨今の変化の中で果たすべき役割を考え、ステップを踏んで議論していただきたい。
推進計画2009との関係については、基本的な考えとして政府で決定された事項であること、文化庁もそれを目標に検討しなければいけないということがある。文化庁は著作権法の担当省庁なので、どういった結論を出すにしてもしっかり議論した上でというのが必要。


河村委員(主婦連合会常任委員)
ヒアリングを行なうと書かれている。委員会の名簿を見ると、さまざまな立場・考えの違いがあるが、かなり多数の方の結論が一致しているテーマがあると感じている。フェアユースについて私はここで意見を言わないが、「暴力的な制度」という人、あるいは最先端なところで論じられる立場の人、きちんと意見の言える人を呼んでいただきたい。(法律家のような)中立な立場だけでやるのでは良くない。

※前半のは、権利者委員が多いことへの皮肉に受け取った。


主査
ヒアリング対象も(資料では)かなり抽象的だが、それについて意見があれば。(河村委員の意見は)それぞれ違った立場で明確に話をしてもらえる人を呼ぶようにとのことだが。
(なかなか意見が出ない)ではその意見を踏まえて、今後は資料2に方向で了解いただけたということでよろしいか。

※なかなか委員からの意見が出ず、実はここで終わりそうになった。


三田委員
具体的なことを申し上げたい。現行の著作権法やシステムについてたくさん不満が出ていると感じる。保護期間延長について2年間議論してきたが、利用者から延長されると困るとの意見が多数寄せられている。この問題の大部分は、行方不明になった人が多くて許諾の求めようがないといった意見だ。デジタルコンテンツ流通促進法制なるものも一時言われていたが、これも昔ドラマに出ていて今行方不明の人が多数にのぼるので解決してほしいということ。いずれも具体的に裁定制度を確立して、いなくなった人の分は供託金を積んで利用できるシステムを作れば解決する問題だ。
また、教材をネット配信するという問題があり、教育現場では35条で作られた教材を学校のサーバに蓄積することが行なわれている。これは35条に違反するのではないかと考える。コンピュータができると、35条の限定のままで運用するのが難しくなる。ならば補償金制度を確立して、生徒ひとり10円くらい払って35条(権利制限)を広げれば解決する。
解決のための現実的な方法はいくらでもある。それをのんびりしたペースで議論し続けた結果、日本版フェアユースを導入しろという議論が起こるのではないか。
具体的提案をして解決できるのでは、と考える必要がある。そして最後まで残る問題があるとしたら、それは著作権法の根幹に関わる問題なのでじっくり考え、著作権法を根本的に改革することも必要だろう。当面、利用者の要望に対して具体的検討をすることも並行してやれるのではないか。


宮川委員
著作権の世界は動きが速い。基本問題小委員会が「大所高所から」の議論を期待されているのは重々承知しているが、じっくり検討して結論がでないなんてことにならないよう、スピード感を持って議論したい。
私が仕事で知っているかぎりは、著作権法施行令のブルーレイ課金の件で、関係団体の通知の最後にあるような「関係者の意見の相違」はすでに顕在化していると思ってる。三田委員の言うフェアユースだけでなく、私的録音録画補償金の問題もスピード感を持ってできたらと思う。


いで委員(作詞家、日本音楽著作権協会理事)
前回にも言ったが、小委員会だからここで解決しなければならない、答えを出さなければならないことは早急にやるべきだ。推進計画で年度内に何らかの結論を出したいというのが9項目ある。年度内だとあと10ヶ月もない。資料を事前配布するなり関係者を呼んで意見を聴くなりするとしても、ペースを上げなければならないだろう。総論を言い合うだけでなくてもいいのでは。


野村主査
この小委員会の設置のときから他の小委員会との関係が問題になるわけで。法制小委は具体的問題を扱い、ここでは基本的な問題をという位置づけ。基本問題の議論が具体的問題に繋がるのを期待している。


事務局(関審議官)
事務局としてもそう考えている。ここでは基本的な事項について議論いただきたい。個々具体的な課題で制度的対応が必要なら法制小委で検討する。民間の取組で解決するなら民間でということ。配付資料4として法制小委の委員意見を配布しているように、状況がどうなっているかはこの場でも紹介していく。


佐々木委員(国立科学博物館長)
具体的なケースについて解決を求めるのか、個々のケースを念頭におきつつ文化振興のために著作権制度の役割をさぐるのか。議論のやりかたが変わってくると思う。基本問題小委員会が設置された狙いは、ここのケースを念頭に置きながらも、ひろく文化の視点から議論してくのだと私は思っていた。


三田委員
法制問題小委員会との兼ね合いを考えすぎて、基本問題小委員会での問題提起が抽象すぎるのではないか。法制小委は差し迫った課題を検討するところ。基本小委は、具体的に法律をどう変えなければならないのか分からないが、検討しなければならないものを扱う。たとえば来年法制小委で話し合わないとならない課題とか。権利者からヒアリングすれば、どういうシステムにすべきか見えてくるだろう。法制小委で(将来)とりあげてもらえるテーマも見えてくる。
近未来に問題となるものを具体的に検討する姿勢がないと、あまりに抽象的になって「100年先の議論」になってしまう可能性がある。なるべく具体的な問題の設定が必要。


いで委員
基本小委では、問題提起はしてさしたる結論が出ないとしても、あとの議論を法制小委に任せるということか?


関審議官
そういうつもりではない。


野村主査
こちらはこちらで全体的なところからフェアユースを議論していただいて、法制問題小委員会の議論と融合して、分科会として具体的な方向の結論が出せれば良いのではないか。


里中委員(マンガ家)
「日本版フェアユース」の言葉になじめない。アメリカのフェアユースの概念を元にして、ちょっと変えるものを目指すから「日本版」だとしか感じられない。「フェアユース」の語から日本人が実際に受け止める感覚まで考えて使っているのか。英語のニュアンスを自国語のように受け止める人だけではない。
何もはっきりしないまま進んで行くおそれも感じている。なんとなく警戒心が生じるのはわざわざ米国の言葉に「日本版」をくっつけるため。何か他に日本語として捉えられる概念を付けて話し合ってはどうか。


松田委員
「フェアユース」という言葉はそういった問題も含んでいる。審議会の中でも「フェアユース」ではなく、「権利制限の一般的規定」という言葉を議論で使ってはどうかと言われる権利者の方もいる。アメリカの制度と日本との違いを「日本版」にしようという議論になってしまう。アメリカのフェアユースは、日本人が考えているほど酷いものではない。範囲も狭い。
日本ではもう少しゼロベースで考えて、何か規定がなきゃおかしいだろうという事例を洗い出していくべき。法制小委で出されている、委託研究の資料がある。フェアユースの資料としては一番まとまっているのではないかと思うが、日本で具体的に何か不都合が生じているという、議論の対象として上がった事案はそれほど出ていない。ビジネススキームを作るためのフェアユースでなくて、いまだかつて訴訟が起きていなくて誰が考えても適法、しかし形式的には違法というものだ。アメリカ的な「フェアユース」の言葉を先行させて議論しては結論を誤るのではないか。


大林委員
補償金制度は、一応ブルーレイが指定されてとりあえずのチョンチョン(幕)となった。しかし補償金制度は、なぜそれが作られたかを考えるところに来ている。そして支払っているのが消費者なのは何故か。根本のところを話すのが基本小委だろう。根本のところか具体のところか、話し合うべき内容はたぶんテーマによって変わるのではないか。


三田委員
(いつもの調子でGoogleブックス問題の説明。)米国著作権法のフェアユース規定を読むと、著作者に迷惑がかかるかどうか検討しろと書いてある程度。迷惑をかけるな、とすら書いていない。検索エンジンが合法になるという過程も、タダでホームページを見せてるから迷惑かけないでしょうと、ずるずると来てしまった。日本ではそういう規定がないため、制限規定を広げるために時間をかけることになって、産業の成長を「阻害」するという。しかしこれは目的を決めた一般規定を作ればいいのであって、あらゆるものを包含するものである必要はない。
米国作家協会の事務局長が来日して説明を受けた。これまで我々(日本文藝家協会)は違法複製を糾弾するすることしか考えていなかった。向こうでは作家たちが中心となって版権レジストリを作り、作家たちが管理するんだとして和解に至った。このレジストリはGoogleからの補償金を基金にして作るもの。
我々には、ハーバード大学所蔵の日本語書籍がコピーされた損害がある。そうしたことに対応するには、日本版版権レジストリを作る以外にないだろう。国会図書館でも(デジタル化資料の)データベースが作られているが、今後どう利用していくかが問題となっている。管理組織を作る必要がある。
日本版レジストリを作るとなると、誰が基金を作るんだということになるが、それも検討しなければいけない。ネット関係でも許諾を得るのが難しいと言われる。あらゆる著作権を網羅する管理組織を作ることで多くの問題が解決するのではないか。保護期間を延長するのでも、包括的な管理組織で大部分は解決する。そういったビジョンをここで検討するのも良いのではないかと思う。ビジョンなしに漠然と考えるのでは時間がかかるだけだ。
委員がそれぞれビジョンを提出して検討しては如何か。


中村委員(慶應大学教授)
我々がやらなければいけないことに優先順位をつけないと。フェアユースは、デジタル化やネットの広がりで不具合が起こっているもの。補償金は、権利者の利益の再分配をどうするかということ。メルクマールを実例・実態ベースで考えるべき。制度を変更する実需の強さを定量データで見る。制度変更を加えることで実態がどう動くのか、保護期間延長にしろフェアユースにしろ、制度を変えろという側が立証してやるべきなのではないか。


松田委員
三田委員の、各委員がスキームを提案するという話に賛成だ。そのまま委員が言いっぱなしになってしまうのは勿体ない。たとえば流通促進と正当な対価の分配をどう考えるかといったときに、こういう制度だったらいいという意見を出してもらう。NHKアーカイブはそれを解決した一例だと私は思う。そういったスキームを出していくことが、実は基本的な問題を見ることにもなるのではないか。


野村主査
それは想定される論点の「著作権制度の果たす役割に変容が生じているのか」「どのような方向性をとるべきか」に含まれるのでは? 具体的な論点の検討を排除してはいない。ただ法制小委と同じ議論をしては、基本小委の存在理由がなくなってしまう。


事務局(山下課長)
どういう段階で、またどういう手順で各委員からビジョンを提出してもらうかは、主査と相談する。そのときに具体例を織り込んでもらうのでもいい。


野村主査
今後の進め方としては、資料2のとおりで。関係者からの意見を聴くことも、事務局との間で準備を進める。
大林委員から前回要望のあった、委員欠席時のオブザーバー参加について


事務局
著作権分科会では、委員以外の出席を認めていない。ただ本小委員会では分科会委員を中心に引き受けていただいており、多忙等の事情で出席できないことも多い。やむを得ない事情があり主査の判断で適当と認めた場合、欠席委員の指名するオブザーバの出席を認めて発言できることとしては如何か。ただし定足数としてカウントはせず、議決権も持たない。

※オブザーバ出席については異議なく了承された。
※次回日程は調整中とのこと。

Posted by 谷分 章優 著作権行政 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月18日 (木)

法制小委#2(議事概要メモ)

すでに津田さん末廣さんが傍聴時に主な内容をまとめてくれてるのだが、いちおう私の記録も出しておく。
例によって記録と記憶を頼りにしてるので正確性は保障できません。議事内容への最終判断は公式議事録の公表まで待っていてください。

文化審議会著作権分科会
法制問題小委員会(第2回)議事次第

日時 平成20年6月17日(水)
   17:00~19:00
場所 虎ノ門パストラルホテル
   新館5階 「ミモザ」


議事次第

1 開会
2 議事
 (1)権利制限の一般規定について
   (「著作権制度における権利制限規定に関する調査研究会」委員等よりヒアリング)
 (2)その他
3 閉会

議事概要(メモ)

【高塩次長】
 著作権法改正案は原案通り可決。ご尽力に御礼申し上げる。
 著作権法としては2年半ぶりの改正、分量的にも多い。著作権課長は「平成の大改正」と呼んでいるが、新法(昭和45年)ができてから最大規模。
 改正の柱が3つ。1つ目、インターネットを活用した著作物利用の円滑化。検索エンジン、放送番組二次利用など。残念ながら、国会ではこれらの議論は展開されなかったが。国会図書館の所蔵資料の電子化が中心、長尾館長も招かれ(デジタル化資料の)ネット利用の可能性の議論があったところ。またGoogle(ブックサーチ)問題が話題になっていたこともあり、これに関する質問もあった。
 2つ目はコンテンツ違法流通の抑止。「違法ダウンロード」では当然のように議論があり、ユーザーの利用をさまたげる(萎縮させる)のではないかとの質問。そうした懸念が無くなるよう、(各方面と)相談して運用に務めると答弁したところ。
 3つ目が、障碍者の利用機会の確保。これについては、今まで障碍者向けに行なってきたボランティア団体の活動が阻害されないようにとの質問があった。
 国会質問は基本的に与党からは無く、野党だけ。そして衆参、全会一致で可決された。残された課題として、権利制限の一般規定についても質問をもらった。今年度から分科会で審議を始めるとの答弁をしたところ。大臣からも「さまざまな意見があるので議論をしたい」との答弁。
 著作権については、(必要な法改正は)これで終わりではない。さまざまな課題があるので、引き続きご尽力をお願いしたい。


【土肥主査】
 権利制限の一般規定について、前回会合で「比較法的な議論」と「現状についての把握」の要望があった。そこで今回は、(上野委員が座長を務め、前回の会合で報告書を提出した)調査研究会の委員からヒアリングする。米英仏独の4カ国に加え、(前回の報告書には含まれなかった)韓国・台湾・イスラエルについて。説明があった後で質疑応答も。
 まずは配付資料の確認と(ヒアリング)出席者の紹介を。


【事務局】
(配付資料一覧に沿って説明)
 資料1は今日のヒアリングで使用。調査研究会報告書の冊子。前回配布したものと同じだが、その後のチェックで誤植が見つかり訂正してある。ただし内容面での修正は全くない。
 資料2。村井先生が作成した補足資料。
 資料3。資料1で報告された以外の諸外国の権利制限について。全回は簡単に紹介しただけだったが、報告書では触れていないものを別冊という位置づけで作成した。
 資料4は、今後のヒアリングについての質問事項。
(この後、配布されたヒアリング出席者一覧に沿って紹介。)

配付資料一覧

資料1 「著作権制度における権利制限規定に関する調査研究 報告書」
(平成21年3月 著作権制度における権利制限規定に関する調査研究会、
 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)【訂正版】
 ※参照PDF
資料2 村井氏提出資料
資料3 「その他の諸外国地域における権利制限規定に関する調査研究 ―レポート―」
(平成21年3月 著作権制度における権利制限規定に関する調査研究会、
 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)
資料4 利害関係者からのヒアリング事項(案)

参考資料 ヒアリング出席者一覧


【土肥主査】
 今日の議事の進め方だが、英国法についての説明と質疑応答、次が英連邦諸国法、大陸法、その他の国。質疑応答はそれぞれに行なう。



【参考資料】



ヒアリング出席者一覧(敬称略)



1.米国法(17:05~17:35(質疑応答を含む))

(学説)

 村井 麻衣子(むらい まいこ)

 筑波大学大学院図書館情報メディア研究科 講師



(判例)

 奥邨 弘司(おくむら こうじ)

 神奈川大学経営学部国際経営学科 准教授



(訴訟制度・法文化)

 山本 隆司(やまもと たかし)

 弁護士



2.英連邦諸国法(17:35~17:55(質疑応答を含む))

 山本 隆司(やまもと たかし)

 弁護士



3.大陸法(17:55~18:15(質疑応答を含む))

 駒田 泰土(こまだ やすと)

 上智大学法学部 准教授



4.その他の国(韓国、台湾、イスラエル等)(18:15~18:35(質疑応答を含む))

 渡辺 真砂世(わたなべ まさよ)

 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 公共経営・地域政策部 研究員


【村井麻衣子(筑波大学大学院講師)】
 米国法の学説について。資料2に報告書の内容を簡単にまとめてある。補足しながら説明する。
 フェアユースに関する学説として、アメリカの判例に影響を与えてきたものを紹介。4つの考慮要素の分析、市場の失敗理論に関する議論、理論的構造に関する議論、実証的研究など。なおフェアユースについて否定的見解が無いのかとの点で、問題点として曖昧さや予測可能性が低いこと、実効性に疑問を呈する意見もある。しかし著作権のバランスとの調整機能を果たすとしてフェアユースが不可欠だと認識されている。廃止論などは一般的に見受けられない。
 Levalの「フェアユースの判断基準」についての論文。「文化の促進と学問の発展のため‥‥インセンティヴを付与」する著作権法の目的から、「tranformative use (変形的利用/報告書では変容的利用)」を重視。第1の要素(使用の目的と性質)と第4の要素(市場への影響)の重要性を強調する。追加的要素(誠実さ、芸術的完全性、プライバシー)は(フェアユースの成立の是非においては)考慮すべきでないとする。のちにパロディで問題になったキャンベル事件(プリティ・ウーマン事件)に影響している。
 Gordon。経済的分析により、フェアユースの基本的原則の解明を試みる。「市場の失敗を治癒するための理論」として捉えて、フェアユース適用のための三段階テストを提唱した。(1)市場の失敗が存在すること(2)被告の利用を許すことが社会的に望ましい(3)フェアユースを認めても著作権者のインセンティヴが実質的に害されない——との内容。ソニー事件(ベータマックス事件)で、取引費用の高さからフェアユースを肯定すべきとの意見に影響した。しかしGordonは、実質的損害のテスト(3)については後に訂正している。(3)では、フェアユースを過度に制限しかねないと意見を変えた。
 市場の失敗理論に関連して、Lorenによる再定義もある。教育・研究目的での著作物利用は「市場に委ねられると、望ましいより少なくしか利用が行なわれない」。著作権の範囲や存続期間などが拡大する傾向の中で、知識・学問の発展を抑圧しないようフェアユースが役割を果たす。
 Gordonによる「市場の失敗理論」の修正。先の理論と三段階テストがフェアユース否定の理論と取られてしまったことに対する。市場の失敗を分類し、市場の基準が妥当しない言論の自由の問題などが関わる「本来的な市場の制限」ではフェアユースを認めるもの。
 Barton Beebeの実証的研究。1978年から2005年までの判例を統計的に考察。フェアユースに関する判決は以外に少なく、年間平均が約10.9件。そのうちフェアユースが認められたのが約4.5件。裁判所がフェアユースかどうかを結論してから四要素の結論を導く「誘導」は行なわれておらず、第1要素(使用の目的と性質)と第4要素(市場への影響)が結果に大きく影響している。また原告作品が事実に基づくもの(第2考慮要素:利用された著作物の性質)や、非商業目的(第1考慮要素)のときはフェアユースが認められやすい。
 制度論・政策学的視点からの学説もある。法判断を、ロビイングの攻撃に耐性のある司法にゆだねることで、立法過程において反映されにくい層の利益を汲み取るとの考え。


【奥邨弘司(神奈川大学准教授)】
 フェアユースの判例については、ソニー事件などのリーディングケースを紹介するのが普通なのだが、これらはすでに多くの先行研究もある。一方で、網羅的研究を背景にすると、個々の事件に興味深いものもある。
 ここではキャンベル事件(プリティ・ウーマン事件)以降、フェアユースに関係する判例を対象とした。資料1の46ページから。時間的限界から、判決例の多い第12巡回区と第9巡回区が中心。個々の裁判例が、先例としてどこの判決のどこを引用しているか、特に頻繁に引用される最高裁判決を分析して、フェアユース判例の傾向を知ることを目的とする。
 48ページ、裁判例で頻繁に引用される最高裁判決の部分を「ベースライン」と仮に読んでいる。個々の裁判例の方は報告書の「参考資料編」に掲載している。キャンベル事件最高裁判決の影響の強さがある一方、個々に見ると、ややぶれも少なからず見受けられるところ。フェアユースは積極的抗弁で、著作権侵害が疑われる行為がされているのが前提。一瞬かつ不鮮明な写り込みのような場面は「de minimis」法理(法は些事に関せず)で、フェアユースの判断に入ってこない。
 考慮要素はすべてが検討される。どれかだけを重要視してフェアユースを判断することはできない。また、創作性をまもるためのものという(著作権法の)存在意義に言及するものが多い。商業性とフェアユースの関係で、ソニー事件は「商業的な利用はフェアユースでないと推定される」としたが、その後キャンベル事件の判断をなぞって、被告の利用に変容力(transformative)があるかが考慮されるようになった。しかし商業的で変容力のない場合は、ソニー最高裁判決の推定が生き残っていて、不公正と判断される傾向もある。
 第1要素(使用の目的と性質)の中心は、この変容力があるかどうか(50ページ)。transformativeは、transformする力があるという意味。サイズや解像度のみでなく、何かしらの形で表現に変更が加えられているものがフェアユースと認められている。
 第2要素(使用された著作物の性質)。使用された作品が事実的か創作的か。キャンベル事件判決は、パロディではここの重要度は低いとしている。ハーパー&ロー事件(フォード大統領自伝事件)では未発行だったことを重視した(フェアユースを否定)が、のちに著作権法を改正して、未発行かどうかが決定的な影響を持たないとされている。ただこの第2要素が「発行済みのものなら」と反対解釈され、むしろフェアユースに有利に判断されることもある。
 第3要素は使用された量と実質。第4要素は潜在的市場への影響。キャンベル事件ではすべての要素を考慮するとしている。ただハーパー&ロー事件判決を引用するものもあり、注意がいる。ソニー事件は、商業的だと市場への害が推定されるとし、これはキャンベル事件で部分的に否定された。しかし変容力が無い場合には、かえって強固にフェアユースが否定されてしまっているようにも見える。
 利用形態ごとに注目すべき点もある。ケースバイケース判断ではあるが。パロディの場合は認められやすい。引用は米国著作権法に規定がなく、フェアユースが認められるには変容力が鍵になる。写り込みはde minimisで(フェアユース判断まで行かない)、もし裁判にまで行けば変容力でということになる。


【山本隆司(弁護士)】
 法文化。イギリスについて見ていくと、英米の法文化が違うということが言われている。米法の法文化を思いつくままに採りあげたのが67ページ以下。
 第一点として、アメリカの裁判所の性質。日本では法解釈の役割。アメリカでは法解釈だけでなく法を作るところとの位置づけである。一般規定をどう利用して法を作っていくのか、裁判所への期待が大きい。フェアユースの前提が、アメリカの場合は特殊だと思われる。
 二番目は、訴訟にかかる費用。アメリカはディスカバリー制度をとっており、両当事者が自分たちの証拠を全部出さないといけない。要求があればさらに出さないと行けない。証拠が膨大になる上、すべて弁護士がチェックしなければならず、費用も膨大なものになる。損害賠償額が1000万円でも弁護士費用が1億円を超えるということはよくある。日本では弁護士費用は基本的に訴額に対して何パーセントといった形で、請求額を上回ることはまずあり得ない。アメリカでは弁護士費用が上回る場合もあるし、巨額になる裁判費用でも裁判をよしとする文化がある。
 三番目は、法曹人口。先のような考え方の違いは法曹人口の差にも出ている。人口10万人あたりの法曹の数が、米国356人、日本19人。ちなみに英216人、独178人、仏73人。
 第四点。フェアユース導入に注意すべきこと。米国のフェアユース法理は1841年の判決以来なのだが、重要な機能を果たすようになるのはソニー事件(1986年)、キャンベル事件(1994年)から。フェアユースの法理が成立してから140年は、問題に対処する機能は果たしていなかった。それまでは英国のフェアディーリングの範囲とほぼ同じ。
 非営利目的使用、変容力のある使用などに注目されてフェアユースの重要性が高まった。日本でフェアユース規定を入れるとしても、フェアユースを規定する米著作権法の4要素を単純に並べるアプローチだけでなく、ソニー事件・キャンベル事件の判例法理を組み込まなければ無駄になるのではないか。


【土肥主査】
 質問等があったら。


【村上委員】
 村井先生・山本先生に。フェアユースを争った裁判例が件数としては年平均10.9件、フェアユースが認められたのは4.5件。法律実務を考えると、訴訟が起こり(争っても)フェアユースが認められないかも知れないリスクがあって、和解に終わるケースもあるはず。それがどのくらいの件数ないし比重であるのか? フェアユース規定(の予測不可能性)は両者に和解を促進する機能もあるように思う。
 奥邨先生に。参考資料では、面白い事件がフェアユースの名前で争われている印象がある。アメリカでフェアユースが認められたのと同じ事件が日本の著作権法で争われたとして、日本では使用が認められないケースがあるのか?


【村井講師】
 フェアユースの訴訟件数に関連して、和解の割合との質問。実際どのくらい件数があるのか、私はわかりかねる。ただ確かに、和解でかなり解決されるのではと思う。
 フェアユースに関しても、権利者側が積極的に警告書を活用するケース、訴訟費用が高額で(利用者側)抗弁の主張を断念するケースがある。(判決だけでなく)何らかの形で解決されるケースが多いのではないかと推測できる。


【山本弁護士】
 具体的なデータは持っていない。一般的に、訴訟ではディスカバリーの結果、持っている証拠がすべて出る。その段階で和解に終わるケースが多い。しかしフェアユースは法律論が中心。ディスカバリーで和解になるケースはかえって少ないのではないだろうか。


【奥邨准教授】
 控訴審で多かったのはパロディ・引用関係。アメリカではフェアユースが比較的認められる。日本では負けるのではないか。
 また、冒頭(著作権法改正の話として)紹介のあった検索エンジン関係も。(これまでの)日本法では難しかったのではないか。
 逆に、日本では引用のものは権利制限規定がある。米国では規定がないので、フェアユースかどうかを判断することになり若干複雑になる。


【村上委員】
 山本先生に。Google Book Searchの事件も、フェアユースで争い、あれも一応和解でケリをつけた。しかしあれがフェアユースだったのかどうかは決めなかった。結果的には対価を払い有償でということにして、そのかわり利用を認めるもの。こういう和解は多くあるのか?


【山本弁護士】
 そういう形での和解も多いと思う。自分で関与した事件も、裁判所が強引に和解のテーブルにつけさせようとするので。比率についてはデータはない。


【道垣内委員】
 条約との関係について。著作権法に107条を導入したときには、アメリカは万国著作権条約のみに加盟していた。その後WTO、ベルヌ条約ヘ入るわけだが。万国著作権条約は曖昧な規定で、107条の運用上 条約を考えなくてもよかった。しかし(ベルヌ条約に加盟した)今ではスリーステップテストでしか例外(権利制限規定)が認められない。フェアユースが条約で拘束されるという、それを意識した議論はあるのだろうか? 


【山本弁護士】
 アメリカがベルヌ条約に加盟する段階では、107条が議論になったというより、著作者人格権の方に焦点が当たった。逆に、今になって議論になっているという状況ではないか。


【奥邨准教授】
 アメリカにも(議論は)あるし、ヨーロッパにも「107条はスリーステップにてらしてどうなのか」と一応議論の対象にはなっている。107条容認はやや多数では。
 前回上野先生が紹介されたマックス・プランク研究所の解釈宣言でも、フェアユースのようなオープンエンデッドな権利制限規定でもスリーステップテストに整合するとしている。ヨーロッパでも一応は(フェアユースが)整合的だと考える人がやや多いように思う。


【多賀谷委員】
 フェアユースを認めるのは、「公共の利益」が背景にある。
 変容力のある利用について、フェアユースで利用した側が何らかの権利を認められることになるのか。もともとの著作権者と、フェアユース利用者の(権利の)関係がどうなるのか。アメリカで何らかの見解があるのか?


【山本弁護士】
 「利用権」として認められることはないと思う。ただ変容力がある場合、二次的著作物ということになるので、保護が別途与えられることはある。


【駒田泰土(上智大学准教授)】
 むしろ、ヨーロッパの方で(この種の議論は)やられているのかも。著作物の利用者も基本的人権を持っている。「著作物を利用させてもらう権利だ」ということで。たとえば著作物がコピーガードされているときに、基本的人権に基づいてガードを外し利用する「権利」を求める。フランスやドイツではそういう議論がある。


【小泉委員】
 60ページ、「フェア・ユースというと、我が国の著作権法の権利制限規定には定められていないような利用形態に適用されるものというイメージを持つ部分もあるが、実際には、引用という極めて伝統的な利用形態——しかも我が国であれば個別制限規定で対応されるような利用形態——に関して頻繁に適用されていることは注目に値しよう」とある。
 ただフェアユース規定の方も、限定列挙でないにしろ「批評、論評、ニュース報道、教育、学術、研究」といった目的が列挙されている。この点、日本の引用の規定「公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない」とよく似ている。


【奥邨准教授】
 107条の例示に関しては、争っている利用が例示に当てはまりそうな場合は、判決はそこに触れる。当てはまらないと、例示はスルーして4要素に入る傾向。


【小泉委員】
 例示をスルーしたときに条約との整合性が問題になるのではないか。


【大渕委員】
 フェアユースと個別規定の関係で問題となるものは。その辺が我が国の検討では重要なポイントではないか。示唆になりうる点があれば伺いたい。


【奥邨准教授】
 控訴裁のレベルで、(報告書にある調査では)フェアユースだけを議論に絞っている。他の事例はほとんど無かったかと。地裁レベルだとまだ未整理なので、あるのかもしれない。


【土肥主査】
 この後も報告の時間があるので、そちらを先にうかがってから。残った時間があれば質疑応答を。


【山本弁護士】
 イギリスについて。あらかじめお断りするが、私、英国法については存じ上げない。米国法のみ。米国法で3名いたので、私が英国を担当した次第。
 フェアディーリング規定について、資料1の74ページ以下。イギリスは日本と同じようにこと細かな権利制限規定を置いている。その中で「フェア」を要件にした規定もいくつかある。日本と同じ制限規定に「フェア」という概念を入れた規定と考えれば理解しやすい。
 現在7項目。研究・私的学習、批判・評論、時事報道、授業の4タイプについて。伝統的にフェアディーリングとされてきたもの。この他には一般的な権利制限規定はない。
 米国のような一般規定を採用してはどうかとの議論もイギリスにはある。しかし今のところ、入れようという結論には至っていない。
 1977年にWitford Committee Reportがフェアユースの導入を勧告したが、議会はこれを採用していない。著作権者の権利の保護から言って、保護の範囲が曖昧になること、著作権に対するさらなる浸食を生じるおそれがあるというのが理由。
 フェアユースの採用については賛否両論。 Burrell & Colemanの著書に否定論として3点を挙げる論文がある。まず1点目、アメリカのフェアユース規定の元になったのは1841年のイギリスでのフォルサム判決。イギリスではこれがフェアディーリングへ発展し、1911年に法文化された。それ以降、判例法として広がっていくことが止まってしまっている。イギリスでは裁判官の対応に問題があるのであって、フェアユースを入れても裁判官が替わらないと何も変わらないだろう。2点目、イギリスとアメリカでは法文化が違う。3点目、一般的権利制限規定を入れても将来的にどこへ向かうのか見通しが立たない。導入するかの議論で、ガワーズレポートが「デジタル化・ネットワーク化に対応した著作権制度をどうすればいいのか」を包括的に調査、権利制限規定についても報告をしている。そこではフェアユース規定に積極的な評価をしていたが、だからと言って入れろという提案はしていない。メディアシフティング・パロディの個別規定を提言し、フェアユースに対する評価はしながらも、フェアユースを入れることはためらいがちとの印象を受けた。
 資料78ページからカナダ。現在の規定は、イギリス法を継承したフェアディーリング規定。研究・私的学習、批判・評論、時事報道について。教授については入っていない。カナダでは、商業的研究を否定し非商業のみとするイギリスのような硬直的な運用でなしに、商業的研究でもフェアと解釈する。パロディも、現行法の解釈を柔軟にやって権利制限を認められるとの議論。法改正の提案がされた際にも、フェアユース規定の導入の提案はなかった。メディアシフト・タイムシフトなどの権利制限の提案。その理由は79ページ、アメリカのようなフェアユース規定を入れるとグレーゾーンが広がり裁判で決着つけないといけない。利用者にかえって萎縮効果を与えてしまうのでは?とのこと。
 オーストラリアについて80ページ。個別的フェアディーリングの規定。法改正も、タイムシフト・メディアシフト・パロディに権利制限を設ける形。その他、ベルヌ条約9条2項をベースにした一般的権利制限規定も。ただしこれも、図書館等での利用、教育機関、障碍者に限定する。オーストラリアではフェアユース規定が議論されていたが、最終的には支持を全く得られず、個別権利制限がいいとの結論になった。フェアユース規定の導入について意見をまとめて公表(81ページ)、賛成意見が公衆から出なかった。


【村上委員】
 一点だけ確認。アメリカ法・イギリス法は英米法としてくくられることが多いが、イギリス法に関して、アメリカ特有のディスカバリー・陪審制度・懲罰的損倍・クラスアクションといったものが無いこと、裁判所による法創造を肯定する文化、裁判のコストを厭わない文化——アメリカにはあるけどイギリスには無いとの感覚で受け取っても差し支えはないか。


【山本弁護士】
 きわめて難しい質問。イギリスの裁判制度、民事訴訟法など、一般の理解がないと答えられない。私にはむり。
 ディスカバリーの点では、アメリカで独自に発展してきた制度と言える。アメリカとイギリスでは違うのでは。
 法創造の点では、英米法ではもともと法は自然界に存在するものとしてきた。それを単純に発見するものとの観念は英米法で共通してるのだろう。アメリカでは法創造する機関だと割り切っている、これは特有なのではと想像する。


【大渕委員】
 今のに関連して。フェアユースは、アメリカで判例法が強いからある。イギリスだと若干、受容のハードルは低いのではないか。しかしイギリスでさえも法創造の点で違うから、アメリカ型フェアユース導入にはためらいがある。そこを念のために確認したい。
 ペーパーで、学説の「第3に」がさらっと書いてある——「フェア・ユースの抗弁の提唱者は、一般的権利制限が将来において働いていく方向を形成していきそうな各種の力を考慮に入れていない」。一般的にこういう印象が強いという理解でよろしいのか?


【山本弁護士】
 最初の点について。フェアユース規定に関しては、1841年の判決で生まれ1911年法制定まで、判例法で形成していくという意欲があったようだ。それが1911年の法律が制定されて、1916年以降だと言われているが、裁判官が硬直化し厳格解釈するようになったと言われる。法創造の文化というより、法制定によって縛られる傾向が裁判所に出てしまった。
 第2点。この「第三点の指摘」は著者の意見だと思う。一般的にはわからない。


【土肥主査】
 次は、大陸法について駒田准教授から説明を。


【駒田准教授】
 大陸法における権利制限。EC情報社会指令は、5条1項で一時的蓄積の権利制限を求める。すべての加盟国が実施を義務付けられる規定。2項は複製権の制限だが加盟国の任意。3項では複製権と公衆伝達権、4項では頒布権をそれぞれ制限するものだが、これらも任意の規定。情報社会指令はさまざまな場合に著作権を制限することをオーサライズするもので、加盟国が過剰な権利制限をしないようスリーステップテストを5条5項に規定している。一定のとくべつな場合、通常の利用をさまたげず、不当に利益を害しない。(このテストは)ベルヌ条約9条2項では複製権の制限について定めたが、現在ではどの条約にも複製権に限らず用いられている。
 加盟国は権利制限規定を作るのにスリーステップテストへ抵触しないようにしなければならない他、既に規定されているものでも整合を求められる。フランス法では著作権が122-5条、隣接権が211-3条で制限される。ドイツ法では第1章第6節に権利制限、隣接権にも準用される。フランス・ドイツにおける制限規定のリストは個別具体的で、一般条項を含んではいない。一見、限定列挙と見える。フランス法はスリーステップテストを明示的に規定している。ただし第1ステップ(特別な場合)を省略して2ステップ。
 フランス法・ドイツ法は厳格解釈がオーソドックスで、現在も一応そうであると言える。解釈態度はヨーロッパの著作権中心の著作権法観に由来し、著作者の人格を重視するアプローチ。権利制限規定に種々の拘束を与える。
 以上が主流派の解釈だが、もう少し柔軟な解釈論を展開しようとの流れもある。こちらが主流になったかも知れない。制限規定を例外と見ることは間違っているとの立場、利用者にも基本的人権・憲法的価値で保護されていることを正面から認めるもの。
 ドイツの判例の影響が大きいのではないか。裁判実務をがんじがらめにしていない。両国の裁判所は厳格解釈を尊重しているが、墨守していない。フランスには写り込みに対応した権利制限がないが、明言規定の根拠なく非侵害の解釈をとる。ドイツでも、立法の間隙を埋めて大胆な類推解釈を行なった例がある。
 情報社会指令5条5項は、スリーステップテストを遵守しつつ、権利制限しろとの規定。共同体指令は立法府のみを拘束する。しかしこの規定だけは裁判所も拘束するとの見解が通説だ。国内法にスリーステップテストが書かれていなくても、この趣旨を汲んだ解釈をしないといけないという。しかし我が国では誤解されているが、このテストは権利制限の原則ではなく保護の原則で、保護の限界を示すもの。
 フランスのマルホランド・ドライブ事件では、DVDの家庭内複製が「通常の利用をさまたげる」のかどうか争われた。フランスの学説は、私が見るかぎり、権利制限の縮小解釈に好意的ではない。第2ステップ(通常の利用を妨げない)が曖昧なので、これで権利制限が縮小され、恣意的に侵害が成立しかねないとの考え。結局、フランスは国内法にスリーステップテストを導入した。
 以上が、権利を広げていく方向へのスリーステップテストの議論。しかしスリーステップテストは、権利制限をするための、英国法のようなフェアディーリングの機能を果たしているのではないか。私的複製や引用といった目的が定まった範囲でフェアディーリングとして。
 目的を定めない一般的な規定を入れてはどうかとの議論がドイツでもある。ヘルスターのドイツ版フェアユース提案。ただし報酬の支払いが原則だと言っている。ドイツ基本法の「比例原則」から導かれるとのこと。情報社会指令との整合性に議論がある。


【末吉委員】
 99ページ、フェアユース規定が欧州法上許されないだろうというのが一般的か?


【駒田准教授】
 議論の量は大きくはないが、無理だろうとの見解が多数かと思う。


【道垣内委員】
 84ページ、フランスではスリーステップテストを規定しているとの紹介。資料の122-5条の中には書いてないみたいだが‥‥。


【駒田准教授】
 報告書の中では見出しだけを抽出している。


【道垣内委員】
 個別に書いた上で、一般条項を入れているのだろうか。


【駒田准教授】
 指令を実施して中間に入るように。


【村上委員】
 スリーステップテストというのは、いわゆる著作物を無償で使える権利制限だけのルール? 最後に説明されたように、公正な対価というか、合理的なロイヤリティを支払う場合にどうかという観点とからめて議論がされることはあるのか。それは別の議論なのか。


【駒田准教授】
 スリーステップテストの構造上、第1・第2をクリアしても第3をクリアできないことがあるだろうと一般には言われる。たとえばデジタル私的複製など。そこへ補償金の支払いで3をクリアするとの議論はある。


【村上委員】
 それがどれくらいの重みをもって議論されるのか。


【駒田准教授】
 権利制限を設ける場合はスリーステップテストに抵触しないようにする必要がある。アメリカ法のフェアユースが、そもそも第1ステップに抵触するのかとの議論も、ヨーロッパでは新聞に挙げられていた。国際条約は加盟国の解釈に左右されるので、アメリカでは特に議論されてこなかったが。TRIPSではアメリカがリードしたが、そこでも特に問題視されなかった。国際法の議論としては、今さら問題にするのは厳しいのではないか
 権利制限といった場合には、無償の利用を前提にする先生と、(補償金と引き替えでも)排他権が無くなる時点で制限だという先生がいる。ヨーロッパでは後者の場合が多い。
 補償金で条約との整合性を保つとの議論はある。


【大渕委員】
 個別規定で拾えないものとして何が念頭におかれているか。技術発展で新技術が念頭に置かれているのか。フェアユース的な導入の主たる狙いがどう展開されているのか。
 それと、今まで個別規定がカバーしているところも、フェアユースで拾うとなると(両規定の)関係が問題になるのだが。
 何を念頭に置いているのか、その観点から追加があれば。


【駒田准教授】
 ヘルスターの提案は、アメリカ法をモデルにしたフェアユース。論拠では、特にこれが重要だとはっきりは指摘していなかった。挙げられていたのは、ドイツでは追加的権利制限の立法に時間がかかること。しかし新しい利用形態が表れても、利用の関心事は実は旧来の利用方法と同じである。既存の制限規定を弾力的に解釈して拾い上げていける。こういうものを拾わないといけない、と。立法できないのならあらかじめ一般規定との主張。
 商標権では非侵害とされていながら著作権で侵害となるケースがままある。実務上問題になっているようで、そうした指摘はあるようだ。私は別制度なので問題ないと思うが。


【土肥主査】
 100ページ最後の3行。「わが国においても、著作権は憲法上の財産権(29条)であるということができようから、権利制限の一般規定を導入しようとするさいには、憲法上の比例原則等に照らした一応の検討がなされてしかるべきではないだろうか」。著作権が憲法上の財産権ということで、比例性・均衡性の原則で制限をうけるという風に、細かな規定をしていくと一般規定は不可能だと読めそうなのだが。


【駒田准教授】
 結論はどう書こうか悩んでいたところ。深い意図があってこう書いたわけではないのだが。我が国の憲法の比例原則から不可能かという点については、そうではないのではないか。
 アメリカでは侵害責任を負うか・追わないかでは均衡性を欠くという議論はひょっとしたらあるのかも知れない。補償金請求権の規定が日本にあるが、そうしたところがないところでフェアユースとなる場合。そこでお金を払わないとなると均衡性を欠く場合もあるかも。


【渡辺真砂世(三菱UFJリサーチ&コンサルティング研究員)】
 (資料3の報告書に沿って説明。)
 一般規定を分類した。米国型フェアユース(一般規定+考慮要素)のイスラエル・台湾・フィリピン、これをA類型。米国型とスリーステップテストを組み合わせた、韓国で審議中のものをB類型。英国型フェアディーリングの利用と、その他の利用を米国型フェアユースで規定したシンガポールをC類型。英国型に、米国型の考慮要素を加えた香港・ニュージーランドをD類型。その他、英国型にスリーステップテストを組み合わせたE類型、英国型のF類型(カナダ)。報告書では文言・規定の構造に加えて、立法過程の議論、立法後の議論などをまとめた。
 イスラエル。米国型フェアユース導入の前は、英国型フェアディーリングの規定だった。この時期から、すでに裁判例では米国型の4つ考慮要素が参照されていた。利用目的は厳格解釈、いったん利用目的に合致すると解釈すると4つの考慮要素で広く解釈する傾向。改正した意義は、利用目的について裁判所が柔軟に解釈できるとされる。
 台湾。第65条の規定で、アメリカの第107条と似ている。この特徴はイスラエルと共通する。ただ、イスラエルと違うのは、第44条から第63条の権利制限規定の解釈の考慮要素を明確化する目的だということ。3項・4項には著作権者団体・利用者団体との協議を規定する文言があるが、(報告書の作成にも協力した)章先生によると「3項・4項の試みは失敗に終わっている」と評価されているそう。権利者は刑事訴訟を盾に警告すればいいので協議を進めるメリットが薄いし、利用者も公正な利用が協議を経て狭められるおそれがある。それで協議がまとまらない。
 フィリピンについては省略。
 韓国。P2Pダウンロードが私的複製に当たらないとの判例がある。22ページ、韓米FTAを契機に、権利制限にスリーステップテストを設けた。ただしFTAの要請で米国型フェアユースを設ける話になったわけではない。FTAが呼び水となって権利保護強化の改正がなされたこととバランスを取ったもの。
 シンガポール(25ページ)。英国型と、受け皿の米国型で規定。また考慮要素が1つ多い。「合理的な入手可能性」が加えられている。シンガポールの他、ニュージーランド・オーストラリアでも対米FTAの締結を受けて、権利者・利用者のバランスをとるためにフェアユースを導入した。公聴会資料でそう説明されている。
 香港。英国型に加え、考慮要素として米国のような規定を。4つの考慮要素(32ページ)。シンガポールではいったんこれを規定したあとで、教育目的と行政事務について権利制限規定が追加される法改正があった。


【土肥主査】
 実はもう1件相談することがある。今後利害関係者のヒアリングに関して、前回あらかじめヒアリングをどうすべきか、あらかじめ整理した方がいいのではと意見をもらった。ヒアリング事項の案を事務局が作成したのでその説明を。


【事務局】
 有識者団体・利害関係者からヒアリングを行なう。特に利害関係者からのヒアリングに、質問事項を整理した上で実施した方が良いのではとのことでまとめたペーパー。
 一般規定の導入の基本的スタンスを聞き、その是非に応じた質問項目を用意した。

【資料4】

利害関係者からのヒアリング事項(案)

1.「権利制限の一般規定」導入の是非

[1.で是の場合]
2.具体的にどのような内容の「権利制限の一般規定」の導入を想定しているのか(「権利制限の一般規定」により、具体的にどのような著作物の利用行為が権利制限の対象となることを想定しているのか)
3.2.で想定している「権利制限の一般規定」が現行著作権法に存在しないことにより、これまで生じた不都合があれば、その具体的な内容
4.3.に関し、権利者からの権利行使の有無その他権利者との紛争等の有無・内容
5.「権利制限の一般規定」の検討に関して特に留意を希望する事項

[1.で非の場合]
2’.導入を非とする具体的根拠(どのような内容の「権利制限の一般規定」を想定した上で、どのような懸念から、導入を非と考えるのか)
3’.2’.で想定している「権利制限の一般規定」が存在しない現行著作権法の下で生じた具体的な問題の有無・内容(個別規定に該当しない利用態様に関連した紛争の有無等)
4’.「権利制限の一般規定」の検討に関して特に留意を希望する事項


【土肥主査】
 まだ検討の出だし。通常のヒアリング項目からすれば広めの質問だろう。これでよろしいか。(異議なし。)
 当面ヒアリングし、また考えがまとまったところでピンポイントで(ヒアリング)ということもありえる。


【事務局】
 次回日程調整中。導入の提言を公表している関係団体を呼んで意見を聴く。

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2009年6月10日 (水)

著作権法改定案の国会審議状況

 国会で審議中の著作権法改定案。3月10日に提出され、5月12日に衆議院を通過、同日に参議院へ法案が送られた。それからおよそ1か月が経過したところだが、6月8日になって参議院で動きがあった。この日に参議院・文教科学委員会へ法案審議が付託され、翌9日には法案趣旨説明が行なわれたのだ。
 法案提出から国会審議のこれまでの期間だけを見ると、かなり時間をかけて審議しているように見える。しかし実際のところ審議に使っているのはたった1日だけ(5月8日の衆議院・文部科学委員会)。しかもその日のうちに衆院可決の方向が決定された。著作権法改定案の優先順位をうかがわせるものではあるが、それにしても審議にかける時間の短いこと。
 今国会は会期が7月28日まで延長されている。参議院に限って慎重な審議が期待できるわけでもなく、よほどのことが無い限りは、会期切れで廃案という結末は無さそうである‥‥。

http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/171/meisai/m17103171054.htm
「議案審議情報:著作権法の一部を改正する法律案」
(参議院)

http://www.webtv.sangiin.go.jp/
「参議院インターネット審議中継」
※トップページから「会議検索」→6月9日をクリック→「文教科学委員会」

 なお、衆議院での審議の模様は会議録が公表されている(なお本会議では、委員会での結果報告と採決だけだったので会議録を参照する必要はなし)。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009617120090508009.htm
「第171回国会 文部科学委員会 第9号(平成21年5月8日(金曜日))」
(衆議院)

 とりあえず、現況としてはこんなところ。




著作権法改定案の主な内容

 久しぶりのこの話題なので、箇条書きで示しておく。かなり簡素化しており、一部限定のあるところに触れず正確性には欠けるが、思い出すためのキーワードとして見ていただきたい。

●違法配信されたコンテンツの録音・録画の禁止(罰則なし)
●国会図書館での所蔵資料のデジタル化を可能に
●視覚障碍者・聴覚障碍者らの著作物アクセスのための利用可能範囲を拡大
●美術・写真著作物の譲渡における商品画像の提示が可能に
●通信における効率化・障害対策目的の複製を可能に
●自動収集型の検索エンジンで、著作物を複製・インデックス化するのを可能に
●情報解析目的の著作物複製を可能に
●通信での受信側の「キャッシュ」の適法性を明示
●不明権利者のある著作物利用に関し、裁定制度の手続きを明記
●裁定制度の申請した時点から「担保金」の供託で利用可能に
●著作権登録制度の原簿の電子化を可能に
●海賊版の頒布の申し出行為を禁止(罰則あり)

 うちのブログでも、もう少し詳しく内容をメモしたものがあります。

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2009年5月14日 (木)

法制問題小委員会#1配付資料

 驚いたことに、12日の法制問題小委員会で配布された資料が、もう文化庁のサイトにアップされておりました。

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h21_shiho_01/gijiyoshi.html
「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会(第1回)議事録」
(文化庁)

 とりあえずご報告まで。

(後日、追記するかもしれない。)

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2009年5月12日 (火)

衆議院・文部科学委員会で著作権法改定案が可決

 「違法配信からの録音・録画を禁止する」との名目で私的複製(著作権法第30条)の範囲を縮小する、いわゆる「ダウンロード違法化」の条項を含んだ著作権法の改訂案が8日、衆議院の文部科学委員会を通過した(審議経過参照のこと)。4月24日に法案の説明が行なわれ、今月8日が初めての審議だったわけだが、その日のうちに採決された。後日、おそらく無風で衆議院本会議を通過し、参議院での審議へと移ることになるだろう。
 この日の委員会で質問をした議員は、民主党から高井美穂・松野頼久・川内博史・和田隆志の4委員、共産党が石井郁子委員、社民党が日盛文尋委員。この日の委員会の流れが、事務局作成の「衆議院文部科学委員会ニュース」で速報として公表されている。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_rchome.nsf/html/rchome/News/monka17120090508009_f.htm
「文部科学委員会ニュース(5月9日)」
(衆議院)



1 著作権法の一部を改正する法律案(内閣提出第 54 号)
・塩谷文部科学大臣、宮﨑内閣法制局長官、竹島公正取引委員会委員長、政府参考人及び長尾国立国会図書館長に対し質疑を行い、質疑を終局しました。
・採決を行った結果、全会一致をもって原案のとおり可決すべきものと決しました。
(賛成-自民、民主、公明、共産、社民)
・馳浩君外4名(自民、民主、公明、共産、社民)から提出された附帯決議案について、和田隆志君(民主)から趣旨説明を聴取しました。
・採決を行った結果、全会一致をもってこれを付することに決しました。
(賛成-自民、民主、公明、共産、社民)

 このニュース(本体はPDF)では、上記の審議概要のほか、各議員の質問内容の要旨が書かれている。それに対する参考人らの発言は、今のところ『衆議院TV』のビデオライブラリーで参照可能。議事録が公表されるまでしばらくかかりそうだが、『無名の一知財政策ウォッチャーの独言』さんが書き起こしをされているのでご参考まで(書き起こしおつかれさまです)。

http://www.shugiintv.go.jp/jp/video_lib2.php?u_day=20090508
「開会日:2009年5月8日」
(衆議院TV)
※ここから「文部科学委員会」をクリック

http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-11c0.html
「第171回:衆議院文部科学委員会での著作権法改正法案の馴れ合い出来レース審議」
(無名の一知財政策ウォッチャーの独言)

 いわゆる「ダウンロード違法化」は、配信されているコンテンツが違法に提供されたものだとの「事実を知りながら」ダウンロードする行為を禁じるものとは言え、ユーザーがダウンロードしたものを事後的に「適法」か「違法」か判断することが困難という問題があった。いざ訴訟になったとして、権利者側が「事実を知りながら」のダウンロードだと証明しづらい一方、疑いをかけられたユーザーの側でも潔白を証明できない(コピー元のCDを持っていたり、支払いなどの記録が残っていないかぎりは)。この規定を根拠にどれだけの訴訟が起こされるか——によってはユーザーの脅威となる(見せしめの訴訟が数件起こるにとどまる可能性もあるが)。
 「ダウンロード違法化」条項にはもう一つ問題となる部分がある。海外で配信されているものでも、日本の著作権法で判断して「違法」なものならダウンロードが「違法」とされてしまう点だ。たとえば米国のフェアユースのような権利制限など、日本法とは異なる事情で適法に配信されているものが、日本でダウンロードすると「違法」呼ばわりされるようになる。そうしたダウンロードでもする人はするのだろうが、気持ちのいいものではない。
 海外での適法配信と日本法との関係をどう考えるのか、本来は慎重に審議すべきところだった。しかし衆議院の文部科学委員会ではこの観点からの質問は無かった。インターネットの世界でも日本人には日本法だけ当てはめておけばOK——と考える議員ばかりだということか。

 委員会での法案可決のあと、付帯決議も提案されて可決されている。これは、可決された法律が運用される際に“国会の意向も汲んでくれ”と要望する程度のものでしかない。過去の例を見ても、政府へ速効性のプレッシャーを与えるようなものではない(法改定の根拠に使われることはままあるが)。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Futai/monka7C67B3E98A3FA93B492575B00030142E.htm
「著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」
(衆議院)



著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議

政府及び関係者は、本法の施行に当たり、次の事項について特段の配慮をすべきである。

一 違法なインターネット配信等による音楽・映像を違法と知りながら録音又は録画することを私的使用目的でも権利侵害とする第三十条第一項第三号の運用に当たっては、違法なインターネット配信等による音楽・映像と知らずに録音又は録画した著作物の利用者に不利益が生じないよう留意すること。
  また、本改正に便乗した不正な料金請求等による被害を防止するため、改正内容の趣旨の周知徹底に努めるとともに、レコード会社等との契約により配信される場合に表示される「識別マーク」の普及を促進すること。

二 インターネット配信等による音楽・映像については、今後見込まれる違法配信からの私的録音録画の減少の状況を踏まえ、適正な価格形成に反映させるよう努めること。

三 障害者のための著作物利用の円滑化に当たっては、教科用拡大図書や授業で使われる副教材の拡大写本等の作成を行うボランティア活動がこれまでに果たしてきた役割にかんがみ、その活動が支障なく一層促進されるよう努めること。

四 著作権者不明等の場合の裁定制度及び著作権等の登録制度については、著作物等の適切な保護と円滑な流通を促進する観点から、手続の簡素化等制度の改善について検討すること。

五 近年のデジタル化・ネットワーク化の進展に伴う著作物等の利用形態の多様化及び著作権制度に係る動向等にかんがみ、著作権の保護を適切に行うため、著作権法の適切な見直しを進めること。
特に、私的録音録画補償金制度及び著作権保護期間の見直しなど、著作権に係る重要課題については、国際的動向や関係団体等の意見も十分に考慮し、早期に適切な結論を得ること。

六 国立国会図書館において電子化された資料については、図書館の果たす役割にかんがみ、その有効な活用を図ること。

七 文化の発展に寄与する著作権保護の重要性にかんがみ、学校等における著作権教育の充実や国民に対する普及啓発活動に努めること。

 国会議員が結局はどういった方向を向いているのかを知る参考になるかもしれない。この附帯決議案、民主党だけでなく自民党を含む全会派で出されていることに注意が必要だが。

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2009年4月22日 (水)

4/20 基本問題小委員会#1

傍聴時の記録と記憶を頼りに委員の発言を書き起こしています。
正確さは保証できませんが。


文化審議会著作権分科会
基本問題小委員会(第1回)

日時 平成21年4月20日(月)
   14:00~16:00
場所 三田共用会議所 3F大会議室


(出席)
いではく・河村真紀子・佐々木正峰・瀬尾太一・玉川寿夫・中村伊知哉・野原佐和子・野村豊弘・三田誠広・宮川美津子

(欠席)
石坂敬一・大林丈史・後藤雅実・迫本淳一・里中満智子・苗村憲司・松田政行

主査の選任:野村委員





(関文化庁審議官)
 前期の著作権分科会では1月に報告書をとりまとめたが、私的録音録画補償金・保護期間など結論が得られなかった大きな課題も残されている。なぜ結論が得られなかったのか、著作権制度のあり方をめぐる意見の相違も背景では。本小委員会は、こうした状況や経緯をふまえ、著作権施策の基本的問題に関し文化政策の見地から大所高所のご議論をいただく。

(いで委員)
 議論が活発にされながら結論が出ない問題というのは、基本的なところで議論がされていない。「ひとのものを取ってはいけない」「黙って使ってはいけない」という人間の基本が尊重されるべきなら、無から有を生む能力・労力も当然尊重されるべき。その基本から議論しなければ、使う側の利便性などで議論しても、100年たっても結論は出ない。
 たとえば隣りの河村委員の意見。自家用車で使うのに消費者はもう1枚CDを買わなきゃいけないのかとの問いかけ。答えが無いから制度の考え方に納得できないという。私は、消費者はもう1枚CDを買うのが当然だと思う。なぜなら家庭で飲むコーラやコーヒーは、車で飲むのに外へ持ち出すか買う。CDも持っていけばいい。車に積み込みたくないなら同じCDを買えばいい。
 コピーして持っていくこと――家庭内録音は認められているが、基本的には全部OKというわけでない。自分の家庭内で使うなら仕方ないから良いんじゃないか、程度の認めかた。基本が理解されず、既得権のようなものになり、それが当たり前になってしまうのは危険。
 保護期間延長もそう。何年にするのか誰が決めるのか。使う側の利便性とかで決めるのではない。作った側の人が「私は30年でいい」とか「10年でいい」あるいは「50年」「70年」と言うのはわかる。しかし利用する側が決める権利なんてどこにあるんだ、と普通は考える。
 そうした議論をせず、権利者側・利用者側の意見対立で、自分側の意見ばかり言っても100年たっても解決しない。まず「一番尊重されなければならないのが何か」からスタートしてほしい。


(河村委員)
 ここで誤解を解いておかないと、100年経っても結論は出ないと私も思う。
 「車の中で聞くためにもう1枚買わなければいけないのか」の論旨。私的録音録画補償金は、家の中でのプライベートな録音の話。違法なものは含まれない。どうして補償金を払わなければならないのかと聞けば、「権利者に損害を与えているから補償金なのだ」というから、「どう損害を与えているのか説明してほしい」と言った。
 私的録音・録画がまったくできない世界があれば、損害は無い。私的録音・録画の損害の「補償」がいるのなら、私的録音・録画できないと今よりも権利者には利益があるはず。つまり私的録音できないCDを買ったとき、同じCDを自家用車で聞くため私たちがもう1枚買うと「お考えなのですね?」と聞いた。買うという前提なら利益は上がる。
 私が言いたかったのは、「同じCDをもう1枚は買わない」ということ。いで委員の言うとおり、持っていって聴く。もう1枚買わないからこそ、私的録音・録画を禁止しても利益は上がらない、だから私的録音・録画で損失は生じていないという意見。
 タダが当然とは言わない。「損害」の補償なら、その「損害」とは何か。私が認めたのは、持っているCDをお友達のためにコピーしてあげるのは「損害」だということ。
 「タダで使えるのが当たり前」、「権利者は霞を食って生きていけということか」と言われると悲しくなる。私たちはお金を払いCDやDVDを買っている。それなのに、プライベートで聴くものに「お金を払わないから、リスペクトしていない」と言われる。消費者の理解を得るには、そこをロジカルに説明しないとならない。
 (この問題には)少し精神的なところというのがあるのでは。お金の問題もあるが、「リスペクト」のない態度が許せないと言う権利者がいる。しかしそれは少しおかしい。消費者のほとんどは、補償金を払っているのを知らない。気持ちが大事なら、それを皆に知らせるのが正しい。その一方で、皆知らない方が黙ってお金が入ってくる。
 本当に「リスペクト」が補償金にこめられているなら、もっと広報して「これが文化を支えているんだよ」となるはず。文化庁もそういう考えなのかなと。
 消費者が税金のように薄く広く払わされる根拠、それが「リスペクト」なのはおかしい。補償金が文化を支えるとの言い方にも疑問。自分が買った、愛する権利者へ確実にいく方法で支払いたいのが消費者の気持ち。
 私的録音録画補償金の配分が、録画・コピーをする回数にリンクするか。インディーズの人とか、補償金制度の枠の外にいる人たちの作品をコピーする人にとってはとてもアンフェア。クリエイターを育てることも言われるが、「補償金があるからクリエイターになりたい」とのインセンティブがあるとは思えない。文化はそういうものではない。
 文化を大切にする気持ちは、消費者もサイレントマジョリティーが思っていること。文化をないがしろにする気持ちなどない。消費者にとっては「フェア」であることが大切。文化を大切にする一方、商取引や売買契約では「フェア」であるのが正しい。「文化」の名で、消費者の知らないところで広く薄くお金を取れる制度を続けていくことこそ、「文化のために補償金」から離れもっと大きな見地から議論したい。


(佐々木委員)
 今までの法律改正や制度運用では、「社会的に必要性が高いから権利を制限するのが妥当」と権利制限が広げられた。課題が生じるたび、具体のケースについて「公正な利用」との観点から議論をする。しかし著作物の利用が多様化・国際化そして広範になった中、個別ケースの積み重ねが権利の保護と公正な利用とのバランスを失することにならないか。検証する必要がある。
 具体的には、権利制限の拡大に対する権利保護が必要だ。権利の内容、権利行使のあり方、あるいは保護期間でも、権利保護と権利制限との関係が具体的にどうなのか。
 今の著作権法は、「公正な利用」に留意しながら権利を保護することを十分考えてスタートした。長い年月が経ち、その関係がどうなったのかを見直す必要がある。権利者・利用者の立場からの議論を離れ、次元を変えた議論をするのが必要。


(瀬尾委員)
 この小委員会の設置を喜ばしく思う。いままで審議会で話をしたが、著作権分科会自体は単に法律改正のための検討の場だった。そういうものだと何度も言われたが、私はそういう理解をしておらず、もう一歩進んだものが必要。著作権は日本の文化に直結する。流通も大事だが、著作物を財として語るだけでなく、日本の文化として考えるのが重要。そのために著作権分科会がある。
 今までうまくいかない問題や意見対立がたくさんあった。これらは解決すべき。しかし現場の得失のみで語っていてはダメ。ここ3年ほどの議論を見て思う。
 いわゆる「コンテンツ流通促進」や「育成」では、作る側のことを言われる。しかし量だけ増やせば良いのなら、アマチュアのを流せばコンテンツは飛躍的に増える。日本の文化には、それだけで本当にいいのか。専門に文化を作る人がどう暮らし、どう関わっていったらいいのか大きく考えることで全体のバランスが取れていくのでは。
 今まで「コンテンツ流通」を「文化」の側面からの議論することは少なかった。そういう議論をこの場でできればいい。量と質で日本の文化力を高め、文化のブランドをつくり、流通させる。文化の質と量の両方をいかに振興させるか。そして日本の国民がいかに豊かな精神生活を送れるか。
 この小委員会ですべきは結論を出すことでなく、著作権行政に対する提言。文化審議会は「こういう風にあるべきじゃないか」という提言をしても良いのではないかと思う。その骨子をこの場で話せたらと。

 私的録音録画の話で思うのは、家庭内利用が変わっていること。(今の)著作権法ができた時代は、末端の利用が家庭だとの前提で「ここまでは手を入れられない」と許した。今はインターネットや複製機器が進歩して、家庭と公共の場がものすごく近い。境界線が曖昧でもある。「私的領域」がどこまで広がっているのか、意味と範囲を議論すべきでは。
 たとえば画像。昔はカメラで絵を撮った。カメラでは光学的に甘くなったりしたが、今はスキャナーで高精細なものができあがる。これは想定していたか。
 レコードも、あんな小さなiPodに何万曲。私も音楽好きだから聴くが、CDのラックがほとんど入る。それが持ち歩ける。そんなことは(現行法の制定当時)考えてなかったろう。技術の進歩と社会の中で、どうあるべきかの議論をここでして、「私的な利用」について何か見えてくるのではないか。

 それともうひとつ。最近言われる権利制限の一般条項。あえて「フェアユース」と言わない、何が「フェア」かは分からないから。「権利制限の一般条項」を流通のために考えているのなら、それは危険ではないか。日本は裁判が一般的ではない。隣の人がうるさかったら「ちょっと静かにして」と言うより前に弁護士へ電話する社会、普通の人が普通に弁護士に頼んで訴訟を起こせる社会、しかも懲罰的に賠償金をとれる社会なら成り立つだろう。しかし日本人で、たとえば権利者が侵害されたからといって大手を相手に訴訟を起こしたら、(その権利者は)胃に穴をあける。心労で。
 懲罰的な賠償・罰金を含め、日本をそういう裁判社会へ持っていく強い覚悟があった上で、その条項を入れるのか。日本の権利者には個人が多い。一方で利用者は会社で法務部を持ち、顧問弁護士もいるかもしれない。勝ったとしても小額、裁判費用すら出ない。そういうことに取り組むなら、非親告罪と同じように根本的問題として問われるべき。


(玉川委員)
 最近著作権の問題に関する基本的な認識を。
 ひとつは、コンテンツ流通促進。最近まで「放送番組のネット流通が進まない」と各所で議論され、原因は「放送事業者がコンテンツを抱え込んでいるから」と誤解されていた。しかし放送事業者は番組の二次利用に消極的ではなく、単にビジネスとして成立する利益が見込めなかったのが理由。最近では「NHKオンデマンド」や、民放のネットでの番組配信事業が積極的に拡大している。「囲い込み」との言葉はあまり聞かれなくなってきたのでは。
 権利処理の煩雑さもクローズアップされる。ネット利用で著作権者・実演家などの許諾権を制限しようとの特別法「ネット法」制定の議論がある。放送事業者はこれまで、番組販売やパッケージ化など、番組の二次利用のため関係権利者と時間をかけ協議し、ルール作りをしてきた自負がある。権利処理のルールは、権利者と利用者が話し合って作るのが原則。法律が介入するとしても、著作権法で調整されるべきでは。
 コンテンツ流通はネット以外にもある。ネット利用だけを特別扱いしては公平性を欠く。著作権法で認められた権利を剥奪するのは財産権の不当な侵害にもつながる。ネット法のような取組には極めて慎重な姿勢で臨むべき。
 著作権法に関する最近の議論は、著作物を利用することに片寄っている。著作権法は権利の保護を作品の利用とバランスさせて文化の発展に寄与するのが目的。保護と利用のバランスが崩れれば文化の発展を阻害し、先細りにさせる。
 そのバランスの崩れを象徴するのが私的録音録画補償金。この制度の見直しは、HDD内蔵録画機器や、パソコンなどの汎用機器をどう扱うかという議論から始まった。そもそも利用者は録音・録画の手段の多様化と利便性向上でメリットが増大。これをどう権利者に還元するかを考える、つまりデジタル技術発展のメリットを還元するのが課題。昨年「ダビング10」が実施され利用者のメリットは格段に増えたが、その一方でブルーレイの政令指定がいまだに実施されていない。これは明らかにバランスを失している。
 私的複製が認められている以上、利用者・権利者双方の利益のバランスをとる唯一の方法が補償金。ここ数年の議論は進展せず、権利者側の利益が損なわれる方向の議論のみが提示されている。今回ここで議論するにあたり、補償金の廃止ありきでなく、その本質から議論すべき。
 議論の具体的な進め方はまだ明らかにされていない。ここと別に懇談会で検討されるとも聞く。それなら中立的な立場で議論が行なわれるよう、利害関係者中心ではなく有識者を主体とした構成を考えてはどうか。

 もうひとつ。文化庁の主体的な取組への期待。デジタル放送の制度的エンフォースメントや、番組の違法流通対策など、技術革新で新たな課題が生じている。本来文化庁が取り扱うべき事項だが、実際は他省庁が検討している。真に文化立国を標榜するなら、著作権制度に直結する問題は、文化庁がイニシアチブを取るべき。省庁間の関係に問題が落とし込められると、必然的に動きが鈍くなる。
 コンテンツの利用にともない適正な利益が権利者に還元されることこそ「真のコンテンツ産業の振興策」。これを実現するのは著作権法だけ。
 本小委員会では、著作権・著作隣接権の意味を再確認し、新たな作品の創造・拡大再生産につなげ、国民が広く豊かな文化を享受できる社会環境の実現に向けた建設的議論がおこなわれることを期待する。そして著作権に関する文化庁の主体をもった取組も。


(中村委員)
 優先順位、政策の中心、そしてアプローチ。視野を広げるのが大切。
 まず優先順位。アナログからデジタル、パッケージからネット流通、国内市場からグローバル、100年に1度くらいの構造変化が起こっている。デジタル技術はコピーで、流通が広がるのが前提。今の優先課題は私的録音録画補償金とIPマルチキャスト。優先度をひとつひとつ明確にすることが大事。
 二点目、政策の重心や方向性。知財本部や総務省などの議論の中心は業界の利害調整。つまり産業政策。文化審議会でも同じテーマなのはどうか。アナログからデジタルへの構造変化で、文化政策に立ち戻る重要性が問われる。デジタル化の恩恵を還元するメカニズムをどうするのかがテーマ。
 三点目。これが一番大事だが、多くの問題に対し法制度論で対応する話が出る。しかし法制度での対応は数多いプランのひとつでしかない。法律を変えるのは時間がかかり、コンセンサスを前提にして何も動かない。仮にコンセンサスを得られても、著作権法は細密に書くことになる。法制度のアプローチだけでなく、マーケットや文化を具体的にどう作るか。税制・財政面のサポートを考える手もある。
 先日、映像コンテンツの許諾窓口を一本化するとの報道を見た。総務省でも「市場取引」のトライアルを実施。これらがうまくいけば、法制度を変える必要がなくなるかも。民民による努力の支援を考えた方が生産的。
 著作権の制度論議は、データに基づくものが少ない。制度の必要性、導入したあとの効果――他の省庁なら当然にする調査・シミュレーションがなく、定性的・情緒的な議論。少なくともここでは、定量的に踏まえるべき。


(野原委員)
 現代のデジタル化・ネット化・グローバル化、環境の激変をどう踏まえているか、その把握は個々の立場で違うのでは。
 今回の委員会は「基本問題」を掲げる。これはチャンスだ。個々の利害を超えて客観的な視点で議論しようとの話に賛成。
 いろんな立場でそれぞれ絵を描き、それぞれの立場で語っても議論が噛み合わないのは当然。著作権とは何かという基本に戻ってほしい。具体的な現場から知ることからやって、共通認識のもと全体を俯瞰してはどうか。
 具体的には、「過去の著作物~小委員会」でやっていたヒアリング。印象的だったのは、著作権者の方々もネットビジネスをやっている方の意見に共鳴していたこと。
 ネットで音楽や映像を販売・提供している事業者の方に来てもらえたら。そして著作権者の方々、スタンスの違う人たちからも聞きたい。課題が起こっている現場の方の話も。全体を俯瞰して議論する方にも来ていただく。それをもとに基本的概念を共通の認識とすることに力を割いてはどうか。
 個々の利害を超え客観的な視点で議論、あるていど皆で共有できる提言を出せたらいい。

 もう1点。補償金や保護期間の問題は大事かもしれないが、社会変化の中で本当にナンバー1・2なのか疑問。列挙した問題だけを潰していくスタンスでなく、もうすこし幅広い視点で全体を見ることに力を入れたい。


(三田委員)
 新聞報道もあるが、米Googleが提携図書館の書籍をデジタルコピーしてデータベース化した。いま出版業界は大混乱。図書館間で送信する分には、さほど大きな問題ではない。しかしGoogleの行為は、一般ユーザーへの書籍のネット配信を前提とする。ヤクザが海賊版DVDを作り、マンションに置いていて売る前に摘発されたようなもの。利益を求めて複製物を大量に作った事例。
 ところが米国の法律では「フェアユース」。営利目的でも、その利用が公共性のある特別な場合で、その著作物の流通をさまたげず、著作者に損害を与えないなら無許諾・無償で複製を作れる。
 しかし作家たちが裁判を起こし、「補償金」を含む和解になった。実質的には損害をGoogleは認めたはずだが、いまだに一ぺんの謝罪もない。Googleは今でもフェアユースだと言う。判決で出たわけでなく、シロクロ決着してはいない。ただ和解に応じて一定の処理をするという理解。
 ハーバード大学には日本の書籍も大量にある。全部コピーされ、文藝家協会の会員・登録者4800人のうち、4300人が関わる。90%近い著作者が、勝手にコピーが作られてしまった。ヨーロッパでも大問題になっており、米著作権法の「フェアユース」がアンフェアだとの認識が世界的に広がっている。
 この時期に「日本版フェアユース」導入を議論しようということ自体危険。世界的に見てもトンチンカンなこと。日本で言えば、ヤクザが海賊版を作ったような事例なのに、アメリカでは複製した時点ではすぐには違法にならない。「フェアユース」のおそろしさ。
 実は日本の国会図書館でも全く同じものを作ろうとしている。全ての本があり、それを全部デジタル化する。私も協議会に参加しているが、デジタル化は有意義だからOKということで法律改正が進んでいる。しかしチラシを見ると、国会図書館のデジタル化で「インターネット等を活用した著作物利用の円滑化を図るための措置」というタイトルが付いている。Googleがやってることと同じ。国会図書館内に海賊版みたいなのが大量に作られ、まだネット配信はしていない状態。将来的にはネット送信もありなのか。
 「フェアユース」という概念は著作権法そのものを骨抜きにする。その認識を皆に持ってほしい。

 一方では、「日本版フェアユース」を求める声が利用者にはあるのも事実。多くの利用者が、著作権が具体的に壁になり円滑な利用の促進が阻害されていると考えている。権利者の方だって、実はできるだけ利用してもらいたい。利害は対立しない。タダで使わせて欲しいという要望には応じられないが、一定の手続を経て使ってもらいたい。
 隣接権の窓口の一本化が実現、著作権者の17団体はポータルサイトを作り、そこから各団体のホームページへ行けるシステムがある。利用者がどこに問い合わせればいいか分かる。

 しかしまだ問題がある。「一億総クリエーター」時代。全員がそれぞれの著作権団体に登録するわけではない。そういう人たちの多くは、作品を作ること・情報を発信することに喜びを感じ、必ずしもプロフェッショナルではない。経済的利益を考えているわけではない。
 過去の著作物にも、経済的利益がなく遺族からそういうものを求めていないものもたくさんある。それらを円滑に利用できるシステムは必要。たとえば地方の文学館が昔の同人誌を復刊したいとき――宮沢賢治が寄稿した同人誌を復刊するが、宮沢賢治の著作権は切れていても、他の同人がいつ無くなったのかわからない。こういうときは、遺族も利益を求めていない。今の裁定制度を簡略化し、円滑利用のシステムを広げるべき。
 裁定制度の簡略化は著作権法の根本に関わるので、こういう場で大いに議論をしていくべき。もし円滑な利用が実現すれば、保護期間延長問題も解決する。2年以上かけて利用者の意見を聞いたが、「お金を払うのはイヤだ」という話ではなく、著作者不明で利用しづらいとの話が大半。

 我々が英知を傾ければ必ず前に進む。しかし今日、「やっぱりうまくいかない」と感じた。いでさんと河村さんの議論、やはり利害が対立すると非常にかたくな。ひとりの有識者として個別の利害を離れた議論が必要。
 フェアユース導入で儲かるのは弁護士。法律が書いてないところは裁判で、裁判が増えると裁判費用は結局消費者に回る。それを考慮して、ひとりの有識者として議論をすべき。


宮川委員
 (三田委員の話にあった)弁護士の宮川です。私が初めて小委員会に参加するにあたり、あまりにも重い場に入ってしまったと心が重かった。
 委員は、これまでは名前・立場でどういう話をするのかわかる。もっと違った視点で話ができるのではないかとの言葉を伺って、私もそのように議論に臨みたい。
 これまで有識者・プロの方が話して解決しなかった議論をするわけで、常套句・決まり文句・決まり切った対立関係、決まったような言葉を使うのはやめて、ステレオタイプから離れた視点で議論したい。


(野村主査)
 従来は、著作権の定義から考え結論を導く発想。たとえば中古ゲームソフトで、ストーリーがあって画面が動くから「映画の著作物」――と議論するのが典型。視点を変えて、具体的な状況である人の利益が保護されるべきか、対価を払うべきか、逆に利益が失われたりしたときに法的に保護されるべきか――といった裸の価値判断も考え、著作権の定義を見直すことも必要ではないか。基本問題という新しい視点から検討して、既存の問題でも新しい展望が見えてくるといい。
 私的録音録画・保護期間・フェアユースが、皆の念頭にあるようだ。他の課題でも具体的な政策につながる、委員会としての議論ができればいい。ただ、審議会の限界もいずれは考えなければ。一つの議論に集約されない場合、それをどう文化庁として意思決定に組み込むのか。審議会を置く意味をもう一度考え直す必要があるのかなと。

 本日は欠席の方が多く、欠席委員からの意見がある。事務局から紹介。


(事務局)
 石坂委員。いままで長年議論されてきたが結論の得られなかった補償金問題・保護期間について、ここで文化政策的な見地から検討、本年度中に結論を出せるよう進めてほしい。
 また「日本版フェアユース」は、著作権法の根幹にかかわり極めて重要。本委員会の検討課題とし、多面的かつ十分な議論――具体的には米国等の事例を精査、権利を制限しなければ不都合を生じる具体的・個別的な事例について、権利保護と利用のバランスを十分に吟味するなど。拙速にならないよう。

 大林委員。
 ひとつは私的録音録画補償金。デジタル録音・録画機器の文明論的位置づけ、文化論的に見た創造への影響、そもそもなぜ補償金が創設されたのか、大元に立ち返ってもう一度議論したほうがいい。そうすれば、制度の必要性や、制度がどう変わっていくべきか明白になっていく。
 次は保護期間。著作物がネットで流通する時代、保護期間を延長し多数国の保護期間の調和をはからず、この時代を乗り越えることは不可能。実演か固定から起算される実演家の権利について、長寿社会では実演家の存命中に権利が無くなってしまうとの課題がある。戦時加算も、撤廃に向け積極的取組が必要。
 三点目は日本版フェアユース。当小委員会で取り組むべき課題。文化論的視点からの議論が必要。モデルのアメリカとは、社会の仕組みや国民意識の違いが大きい。拙速にことを運ぶべきではない。ましてクリエイターの成果を安易に利用することが経済発展につながる、コンテンツ大国になる早道――などというのは本末転倒。保護期間とは違い、世界標準でない規定の導入には慎重であるべき。その前に、ネット時代にコンテンツ流通促進が文化的影響をもたらすのか、プラス面マイナス面を、文化発展とよりよいコンテンツ創造のサイクルという視点から議論されるべき。
 本小委員会に、事前に通知することを条件に、代理人の出席を認めてほしい。

 苗村委員。
 技術の発展、国境を越えた情報流通、日本作品の国際的評価――などの背景を考え、これまで結論の得られていない課題を含む基本問題について文化政策的な高い立場から検討すべき。
 加えて三点ほど。著作者・利用者の利害対立でなく、双方にとって望ましい解決の方法をさぐるべき。例えば私的録音録画補償金・保護期間。著作者と利用者の対立前提ではなく、どの選択肢を選んでも双方にプラス・マイナスがあるものを確認、選択肢を比較する。
 二点目は、技術振興と国際環境の変化。著作権制度の国際的変化を直視し、制度改革の必要性を確認。たとえば、米国企業のビジネス戦略の影響を受けるごとに著作権法改正をするのでなく、著作物の創作・流通・利用の態様が変化する本質を見極め、将来の改革の方向を明確にし、今後の対処を検討する。対処法も、法制度改定だけでなく、契約を含むビジネス慣行の改善、国際会議等での意見調整の可能性も検討すべき。
 三点目として、法学に加えて、文化情報学・社会学・経済学・政策学など横断する学際的学術研究の成果を活用。著作権制度の研究者から聴取し、小委員会での検討に役立てる。

 松田委員。
 コンテンツのネットワーク流通促進。民間からいくつかの提言が公表。「ネットワーク流通と著作権制度協議会」でも、4月24日に提言を出す予定。この委員会でネット流通促進法制の議論があれば、協議会提言も説明機会を得たい。
 Googleブック検索のクラスアクション和解の日本への影響。この和解は米国での民事訴訟、基本的には著作者・出版社の判断に委ねられるべき。委員会が審議する必要はない。ただし和解の内容は全世界の著作権者が関わる。Google1社のデータベースに世界中の書籍コンテンツが集中し、日本におけるコンテンツ利用に影響が出る。著作物を国民の自由に利用できる環境を確保することは国の責任。日本は日本の著作権法によってその秩序を確立すべき。Googleの和解の影響について調査・審議を。


(主査)
 あと20分ほど。検討課題について自由討議を。


(いで委員)
 この委員会がいったい何を求めているのか、明確にした方がいい。私と河村委員のやりとり、それとは違うことを考えた方がいいとの意見も。この委員会では欠席の委員の意見を見ても、みな私的録音録画補償金・保護期間延長・フェアユースを問題視しているが。
 文化庁もこの委員会で求めているのは何か。問題があったからこの委員会が必要ということか、日本の著作権社会がどうあるべきかの総論だけをやるのか。それなら我々を呼ぶより評論家でも呼んだ方がいい。


(野村主査)
 事務局が、今後のスケジュールや具体的議論の課題など、次回・次々回どう示すのか説明すれば質問に対する答えになるかと。


(事務局・著作権課長)
 小委員会の進め方は、委員から意見をいただきながら考えたい。今年中に特定の課題で結論を出すものとお願いしたつもりは現時点ではない。第26回・第27回の分科会の意見を踏まえて設置の提案をし、設置された。
 我々としては、補償金・保護期間延長・フェアユースのいずれも重要な課題。できるだけ早期に結論を得たい。特に日本版フェアユースは分科会でも大きな検討課題。まずは法制問題小委員会で議論。ただ日本版フェアユースについて意見があれば、分科会に(この小委員会の)意思をどう反映するか別途考えなければならない。
 今後の進め方は、今日の提案を整理した上で示したい。


(瀬尾委員)
 「テクノロジーの急激な変化」「ネットワーク社会の急激な進展」とよく言われるが、それらが本当に著作権に関係あるのか? 音楽の聴き方、たとえばiPod。ウォークマンがあった、CDを持ち歩いて聞くこともできた。利用の便利さは上がったが、基本的な利用の方法は変わってない。
 「インターネットで社会が変わった」、テクノロジーがすべて著作権に影響を及ぼすとのイメージがある。本質的に影響を与えないものと、本質的に与える物とをごちゃまぜにして「社会が急激に変化しているから、それに対応しなければいけない」との論でまとめられるのは違うのでは。

 「放送で流通しないのは放送事業者が番組を囲い込むから」との論理、でも儲かったらやるんじゃないのか。それだけなのに、頭の中でネットワーク社会・テクノロジー社会が夢と希望に満ちている宝の山のような、すべてが新しいところへ変わっていかないといけないような「バラ色の夢」を見ちゃってるのかなと。
 ネットオークション、ニコニコ動画、YouTube。話題になるが、実際にそれを使って生活に馴染んでいる方が発言しているとは思えない。そういう議論でいいのか。前にドワンゴの社長がいらして、話をした。現場の声が出てきたから良かった。妄想のネットワーク社会とかバーチャル社会ではなくて、現時点が分かった。
 現時点のネット社会、著作権との関わりで何が必要なのか。どこかで整理しなければならない。テクノロジーと社会、利用の関係。専門家を呼んだ上で、話を聞いて、関係のあるもの無いものについて議論すれば、多くの方に有効な小委員会になるのではないか。


(三田委員)
 法制問題小委員会には弁護士が多いのではと警戒。
 それと、経団連・経産省・ネット関係の利用促進を図ろうという圧力は文化庁にひしひしと波及しているのではないかと危機感。この小委委員会では、著作権が守るべきものは何かをしっかり議論して、フェアユース問題についても考えていくべき。
 利用者の声もきかなければならない。守るべきものを守りつつ利用を促進することを議論していくべき。

 それから、根本的な問題。いままであまり議論されることがなかった様々な課題もどんどん提案して皆で考えていくべき。一例をあげると、美術のネットオークションで写真を出すことが法律改正でOKになる。美術家は(作品の)現物を売ってしまっても、画像は著作権によって書いた人のものだったが、ネットに著作物の画像を出して良いとなると美術家の著作権が根本から無くなってしまう。ネットに画像を置いて利益を得た人から対価を得るような、「著作権」に該当するような部分を考える時代ではないか。
 ある美術家の名前をYahoo!などで画像検索すると、その人の作品がずらっと出てくる。クリックするとかなり拡大した画像が出てくる。これがさらにネットオークションの画像が増えると、美術の画集を買う必要が全く無くなる。何らかの形で保護することも必要。

 もうひとつは、隣接権者が50年で切れてしまうこと。たとえば美空ひばりがもし生きていたら、もう子どもの頃に歌った権利が切れてしまっている。生きていたら今70歳くらい。10代の作品はすべて切れてしまっている。隣接権の50年はいかにも短い。
 これをアメリカのように95年に延ばしたところで、利用者に大きな負担を強いるものではない。著作隣接権が切れても、CDの値段が安くなるわけではない。隣接権の保護期間にも一定の考慮を払う必要があるのではないか。

 あるいは写真家の権利。旧著作権法で切れているものもある。私のような門外漢が言うのも変だが、「この作品は切れていて、この作品は切れてない」を検証するのが面倒で、えらい写真家のすべての写真にお金を払うケースがある。すでに失われた権利だが、その写真家が生きているなら著作権の復活が考慮されてもいいのではないか。それで消費者に損害はない。著作権を守ることを、この場で考えていけばいい。

Posted by 谷分 章優 著作権保護期間延長問題, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月30日 (月)

著作権分科会 #28 ――フェアユース戦線はいつもの風景

 3月25日に、文化審議会著作権分科会の第28回会合が開かれた。この分科会では1月に前期・2008年度までの報告書が出され、それを受けて3月10日に今国会へ著作権法の改定案が提出されたところだ。法案の方は衆議院で先に審議される予定らしいが、30日現在でまだ審議は始まっていない。ともあれ、法案提出を前期の区切りとして、25日は今期・2009年度の分科会運営について話し合われる最初の会合となる。

文化審議会著作権分科会(第28回)
  日時:平成21年3月25日(水)
     10:00~12:00 ※実際には30分ほど早く終了
  場所:三田共用会議所 3F大会議室

【議事】
1 開会
2 委員及び文化庁関係者紹介
3 議事
(1)文化審議会著作権分科会長の選出について
(2)小委員会の設置について
(3)その他
4 閉会

【配付資料】
資料1 文化審議会著作権分科会委員名簿
資料2 「著作権法に関する今後の検討課題」
    (平成17年1月24日・著作権分科会決定)
    の概要とそれ以降のこれまでの審議状況
資料3 小委員会の設置について(案)

参考資料1 文化審議会関係法令等
参考資料2 文化審議会著作権分科会(第27回)議事録
参考資料3 著作権法の一部を改正する法律案の概要
      ※配付資料には法律案そのものも含まれていた。
参考資料4 デジタル・ネット時代における知財制度の在り方について(報告)
      (平成20年11月27日 知的財産戦略本部デジタル・ネット
      時代における知財制度専門調査会)
参考資料5 広崎委員意見書
      (第9期文化審議会著作権分科会の運営に対する意見)

 分科会の運営の話——と言っても、実際に議論をする場は、分科会の下に設けられる「小委員会」の方である。だからこの小委員会をどう設置するのかが話の中心になる。
 昨年まで設けられていた、iPod全盛の今の時代に適合した私的録音録画補償金制度を話し合う「私的録音録画小委員会」と、保護期間の延長の是非を議論する「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」は、前期最終回にあった予定のとおり解散となった。今期設置されるのは3つ、「基本問題小委員会」「法制問題小委員会」「国際小委員会」だ。

 基本問題小委員会は、「著作権関連施策に係る基本的問題に関すること」を議論するとされる。この表現自体は配付資料にあった文言を引いているだけだが、あまりにも漠然としすぎてはいる。事務局が説明する中で例示した議題は、私的録音録画補償金と保護期間延長の問題だ。つまり解散された2つの小委員会を吸収したような形のようだ。それぞれの小委員会でも持て余してしまった議題なだけに、他の「基本的問題」を扱いつつこれら二つの議論も進められるのかは疑問。議題設定に文化庁の恣意が反映しやすいだけに、注視したい。
 「基本問題」と銘打っているだけに、事務局は方針として「文化政策的な見地から大所高所の議論をしていただける場として設置してはどうか」と提示している。この文化庁の言う「文化政策的な見地」が果たして好ましいものになるのか、私見だが微妙に思えてならない。「保護」だけが文化政策ではなく、しかもコンテンツ産業だけが「文化」ではない——そこからこぼれるものを無視したり、あるいは一緒くたにしすぎた結果が、〈時代の流れに対応できていない著作権法〉という今の状況なのではないか。
 長いこと著作権分科会の動きを見てきたためか、かなりうがった見方をする私ではあるが、心配の種が尽きないというのが正直なところである。

 法制問題小委員会は「著作権法制度のあり方に関すること」を話し合うということで、著作権法学者中心の構成で例年通りの設置。ここでは、前期まで議論しながら課題として残されているものに加え、「放送・通信の一元化への対応」「権利制限の一般規定」などが新たに挙げられている(事務局説明より)。議題てんこ盛りになるいつもの展開なのは間違いないが、その中でも最も注目が集まるのは「日本版フェアユース」だろう。

 国際小委員会も前期に引き続いて設置される。国際条約などで国内法制に対応すべき点が出てきた場合、その議論をここで行うのが主な役割なのだが、近年はこの種の動きが少なく会合が開かれるのも年に数回程度だった。もっとも前期最後の会合で「国際的な議論に先行して検討課題を設定しよう」との方針が出ており、また「模倣品・海賊版拡散防止条約」ACTAの展開も注目されるところなだけに、今期に大きな議題が持ち上がることが予想されないわけでもない(ただしACTAの中身が明らかにならないことには、今後の影響をはかることができないが‥‥)。

 今年度の小委員会はおそらく4月に入ってから本格始動する。まだ委員構成などは明らかにされていないが(たぶん事務局から本人への打診は始まってるだろう)、大ネタの未消化が目立つ著作権分科会である。バタバタと“審議したつもり”“結論が出たつもり”で片付けられることがないよう、注視していきたい。

委員発言から――

 以上が、分科会で本来話し合われるべき議題だった。しかし結果としては、いくつかの論点で委員発言が相次いだ会合となった。その論点とは、「日本版フェアユース」「美術品等のオークションでの商品画像」「不明権利者に関する裁定」の3つだ。このうちフェアユースは今後の議論に対する委員からの牽制という位置づけになるが、オークションと不明権利者については既に出された法案への質問という形。
 それぞれ、私の傍聴メモから書き起こした発言内容を引いておく。なるべく発言趣旨は変えないようにしているが、なにしろ私のやることなので必ずしも正確ではないかと思われる。正確なところは後日 公式の議事録に当たっていただくことを推奨する。各論点ごとにまとめてもいるので、発言順も前後していることにご注意を。

石坂委員(日本レコード協会会長)
 「日本版フェアユース規定」導入の今後の検討について。
 権利を制限しなければ不都合が生じるという具体的事例について、権利保護と利用のバランスを十分に吟味ないまま拙速に検討が進められるのを懸念している。公正な利用といっても、そこで想定される要件は様々だ。「日本版フェアユース規定」の検討は著作権法の根幹にかかわる内容なので、法制問題小委員会だけでなく基本問題小委員会でも検討し、多面的な議論をお願いしたい。

三田委員(作家・日本文藝家協会副理事長)
 新聞などで報道されているが、アメリカのGoogleが、いくつかの図書館の蔵書をすべてデジタル画像でデータベースを作った。これは日本の著作権法で言えば明らかに複製権の侵害。これについてアメリカの作家たちが裁判を起こし、一定の和解案が出て、補償金を払うという結論が出た。それが日本の作家や出版社にも関係してくるということで、日本でも大変な混乱が起きている。何がどうなっているのかを調べるのに、出版社や文藝家協会などで人を雇って調査をしなければならない実害が出ている。
 Googleは告知広告で、こういった和解があったとは知らせているが、謝罪の言葉が無い。明らかに法律に抵触することをしながら‥‥。アメリカの法律に「フェアユース」という概念があって、和解が成立して補償金を払う結果になっても、これは和解であって自分たちは「フェア」だと考えている。
 同じようなデータベースの作成が日本では国会図書館で行われている(註:現在国会で提出された法案に、より簡便にデジタル化できる条項が盛り込まれている)。これについては関係者を集めて、慎重な協議がなされている。複製を作ることはOKだが、それを国会図書館以外に提供するのは今後も慎重に検討するということ。日本ではそういう制度。
 ところがアメリカでは勝手に複製を作り、図書館間でも流通させてしまっている。こういったことが可能なのは「フェアユース」という概念があるから。
 「フェアユース」という概念を導入してしまうと、こうした明らかな実害がさまざまな分野で起こる可能性がある。慎重な議論をしてほしい。

(発言者不明)
 フェアユース導入の議論を拙速にバタバタとやるのは何故なのか。納得できないままに議論を進んで行くようだ。砂の上に高層ビルを建てようとするのではなくて、「砂」の基礎工事をどうやるのか、まずその土台作りの議論をちゃんとやって、先へ進む展開を考えて皆で知恵を出してやっていければいいのでは。



松田委員(弁護士・中央大学法科大学院客員教授)
 資料に「インターネットを利用した事業が諸外国に比較して遅れている」とある。一般的権利制限規定を導入すべきとの考えを持っている人々は、こういう考え方を表明している。著作権法がその障害になっているという前提。個別的制限規定であるから、著作権が障害になるかもしれないビジネスに投資をできない、新規事業への萎縮効果があるのだと。
 しかし三田委員の指摘は、一般制限規定が導入されれば極めて危険な状態が想定されるという一例。Googleは、日本の作家に対しても、オプトアウトしないと全部和解の中に含まれるから、との前提でGoogleのアナウンスに従って対処しなさいと言っているわけ。向こうの法制だからやむを得ない、圧倒的な力の差がある。そこも前提としては「フェアユース」だと言っている。そのような事業を拡大していくのが良いのか――多分ここにおられるごく普通の、著作権法の知識を持たれた方々は、いくらなんでもそれが「フェアユース」とは行き過ぎだと思われるだろう。
 日本がアメリカから遅れているとの前提で「著作権法を改正しなければならない」という発想が間違いだと私は思うが、少なくとも関係文書を作るときにはその点に注意してほしい。審議した後の記載ならやむを得ない。総意がそうであるなら仕方ないと思うが、私は今のところ総意がそうだとは考えていない。まず「遅れている」とやって、フェアユースを導入してもいいかのような、環境整備が必要だという印象を与える表現には慎重になるべき。
 事務局が作ったものでも、文化庁が作った資料、文化庁も同じことを考えている――と必ず引用される。ぜひよろしくお願いしたい。

 権利者側主催のシンポジウムなどに限らず、著作権分科会でも何かと風当たりの強い「日本版フェアユース」だが、実は分科会でこの種の発言をする委員はいつも同じである。確かに、これまで“自由に著作物を使える範囲”を個別具体的な規定で定めてきたのを、抽象的な規定を導入して後は裁判で決めようという制度へ転換させようという話だから、それに対する権利者側の反発が大きいことは当然予想される。とは言え、旧来の著作権のあり方が社会の支持を受けているのかが大きな問題。
 いつもと変わらぬ風景の中で、今回初めて出てきたネタはGoogleブック検索の件だ。もともとはGoogleが図書館と組んで、蔵書のデジタル化を始めたのに対し米国の著作者団体と出版社団体が訴えたのが最初。これが代表訴訟という形を取られて和解に至ったため、米国内での和解内容に(米国でも著作権が認められる)米国外の著作権者が拘束されるという興味深い事態になった。日本文藝家協会でも、和解に応じる協会員に対して代理手続をする方針だと報道されているところで、それについて三田委員がどうコメントするのかが見ものだったわけだが‥‥かなりグチってますな。
 しかしこれを「フェアユース」のせいにするのはどうかと。日本の権利者が巻き込まれたのは、米国の代表訴訟(クラスアクション)の問題なのではないか。海外で訴訟が起きて、その影響を受ける。そして何が起こってるのかを調査する必要に迫られる——ということを「実害」と呼ぶのも如何なものか。海外で権利行使しようとしたら、むしろ積極的に情報を収集すべきかと思われる。

 次の、法案に盛り込まれた「ネットオークション等」での商品画像掲示の件。美術品や写真などを売るのに、これまでは商品写真の撮影が著作権に触れかねなかったのが、権利制限して一定の範囲内で撮影OKということにしようとの話。

福王子委員(日本画家・日本美術家連盟常任理事)
 インターネット販売業者の美術品等の画像掲載について、権利制限を受けることになるとのこと。報告書では「ネットオークション等における画像利用」とあるのだが、この中にオークション会社が作るオークションカタログも入るというのを後で聞かされた。(持参したオークションカタログを示す)こんな立派な本が出来ていて、オークション会社が販売するもの。こういうのも権利制限の対象となるのは如何なものかと、(連盟の)美術作家らからも要件等を慎重に審議して欲しいと言われている。
 よく分からないまま審議が進行して、あるいは決定されているという感じを受ける。美術作家・絵描きは言葉や文章で語るのがよくないという風潮もあるが、そうするとどうしても事業者側に(結果が)片寄ってしまう。
 オークション会社から実際に立派な図録を発行しているわけで、そこをよく見ていただいて、あるいは調査するのも大事。慎重に審議していただきたい。

事務局
 今年1月の報告書では「ネットオークション等における画像利用の円滑化」ということで審議。報告書ではまとめとして、売り主が取引を行なう際の情報提供の必要性を根拠にしている。画像を見せなければ売買が出来ない、との点についてはインターネットに限らず、オークションカタログを除外する議論ではなかったと理解している。
 なおオークションカタログを販売する場合、それが美術品売買のためか、単に図録として販売するか、それによって違いが出る。図録が目的なら、今回の権利制限の要件の対象外。どのような基準で判断するか、運用上の工夫はしていきたい。

福王子委員
 オークションカタログの中にも、許諾を取っている作家と、全く取っていない作家がある。実際うるさいところには許諾を取るということだと思うが、こういう状況が続いてきて、係争に至る案件もある。実態の調査をよくやってほしい。オークション会社や作家の代表が集まって話し合う場も考えてやっていこうと思う。その辺でできることがあると思うので。



河村委員(主婦連合会常任委員)
 審議の過程でも「ネットオークション等」となっていて、オークションで画像がなければ円滑にいかないという説明だった。私もそうなのかと。法案では、ネットだけでなく、審議したつもりじゃなかった印刷物にまでかかる書き方。ちょっとこれは、私が聞いてても福王子委員の憤りが理解できる。審議の過程と、報告書から法案にいたる透明性が気になる。

福王子委員
 前回の審議会のあとで、文化庁からオークション会社のカタログも入ると聞いた。
 美術家連盟には5300人の会員がいて、毎月理事会があってそこで著作権の問題について――70年延長問題や、いろいろなところで勝手に使われる問題、そしてオークションカタログについても毎回出ている。それと「インターネットオークション等」とは別物だと僕は思っていたもので、後から気がついて驚いたのが本音。
 ついでに言うと、報告書の53ページに参考で「諸外国における立法例」があるが、ドイツでは許されると書いてあるのは「追求権」あるからではないか。公開オークションで作品が売買されると約2.5%から4%の間で作家に還元する。そうしたものがあって、(オークションでの商品写真に)著作権者の許諾をとらなくていいということになっていると思う。追求権はこの審議会で話題になっていても審議の対象になっていない。これは美術家連盟や関係団体で、立法化に向けて勉強しているところ。

事務局
 法制問題小委員会で議論したときは、議論のきっかけはインターネット上の公売だったが、権利制限する必要性の根拠は対面で美術品を見せられないことが言われていた。譲渡することには権利が及ばないのに、画像が見せられないとそもそも売買ができないという矛盾を解消しようというのが議論の主眼。ネットに限ったものではなかったかと思う。

福王子委員
 私はこの委員会だけに出席していたので、そうした内容がわからなかったということはあると思う。しかし美術の世界はたいへん狭いから、そんなに多数の人から許諾を取らなければならないわけではない。オークションカタログに載るのも少数の人、そう大変なことではないと思うので、印刷物については作家の許諾をとっていただきたいのが大前提。



福王子委員
 作品を(オークションカタログなどに)載せる以上、色や作品が切れてないとか、どういう状態で載るのかが心配。そういうことを気にしない作家もいるかとは思う。ただ、気にする作家がいる以上、(美術家連盟の)会議で必ず問題になる。突然自分の作品が載っててびっくりすることがよくある。海外の作家については以前、係争になってカタログとしても著作権に触れるという判例があったかと。
 (オークション側で選んで)許諾を取る作家と、全く取らない作家がある。作家や遺族に許諾を取るのが大前提だと思う。それぞれの立場で意見は違うと思うが、作家にとってはそういうことも大事。

松田委員
 今度の新法の規定は、複製物をさらに複製できないよう措置を講じた「政令が定める」ものが権利制限の対象になる。印刷物が入るとの話だが、これが政令で定められないと私は思うが。従来からの47条(で権利制限される)、展覧会のカタログには有料で販売するものは入らないはず。それとパラレルに考えれば、有料販売されて独自鑑賞性のある冊子が売られて、この47条の2にある措置が講じられる「政令で定める」ものに入るはずがない。

事務局
 有料化どうかは特に要件にしていない。有料ならば全てダメということではない。オークション参加費を取るようなものもあるだろう。カタログそのものを販売する目的なら、美術品を販売する目的というのとは変わってくるかと。有料でカタログを販売する行為自体はここで(権利制限から)外れる。
 「政令で定めるもの」は、「独立して鑑賞に堪えるようなものとはならないように」という付帯条件をするつもり。何を定めるかは、意見をいただきながら検討したい。

 福王子委員からの指摘は、なかなか興味深い。一方で事務局の返答にどう感じるか人によるかと思うが、私などはどうしても事務局へ批判的な目を向けてしまう。ネットオークションにとどまらず、現実に開催されているオークションでも権利制限の対象になるというのが事務局の説明である。しかし対外的に説明をする時は「ネットオークション等」とされていた。この「等」にリアルオークションも含まれるというわけか。
 既に提出された法案の話だけに、委員が違和感を表明するにとどまらざるを得ない。この指摘自体は、法案をチェックしていた私でも「あっ」と思ったのだが。
 
 こうした行き違いが起こってしまう背景には、分科会での議論の仕方がある。実際の審議は小委員会で行なわれ、その結果だけが報告として分科会に上げられる手法だ。オークション関連の権利制限規定は法制問題小委員会で議論されたものだが、分科会で報告された際には他の議論とひとまとめで「概要」資料によって分科会委員へ伝えられた。もちろん報告本文や議事録を分科会委員が参照するのは可能だろうが、分科会そのもので使われた資料や事務局からの説明は強い印象を委員に残す筈である。「ネットオークション等」と言われて、現実のオークションカタログが含まれるとはなかなか思い至らないのではないか。
 起こるべくして起こった事態。というか、事務局(文化庁)のふるまい自体、決定プロセスが不透明ということは確かに多いと私も思う。私が著作権界隈へ首を突っ込む契機となった「商業用レコードの還流防止措置」(いわゆる「レコード輸入権」)の時も、著作権分科会での漠然とした「何らかの措置が必要」との報告を受けて、文化庁が法案を作成した経緯があった。どういう方向で措置をとるかの実際の議論をせず、文化庁で勝手にまとめた例。また私的録音録画小委員会の迷走も、事務局側で作った資料が原因となっている。
 3月提出の法案にしても、私が気付いてないだけで、何か問題が含まれているのではないかとの見方は今でも捨て切れていない。

 さて、ピックアップしておきたい委員発言の3つ目。論点は、不明権利者に関する裁定制度だ。著作物を二次利用したいが権利者の居所が不明(あるいは権利者が誰か自体が不明)の場合、権利者の許諾の代わりに文化庁が「裁定」を出すことで、供託金を支払って利用できる制度である。裁定の申請をした時点から供託金を払えば利用可能になるなど、この制度をより使いやすくしようというのが法案の趣旨。

(発言者不明)
 権利者不明の利用の円滑化のところ、連絡できない場合で「政令で定める場合」とある。政令の内容については書かれていない。資料(パワーポイント)では実演家の権利、過去のテレビ放送に重点が置かれた説明だが。そういったあたりを伺いたい。

事務局
 権利者が不明の場合、「相当な努力があっても」連絡が取れない「政令で定める場合」ということ。どうすればいいのかが政令で定められるが、考えているのは、通常の著作権者の許諾を得る場合の努力は最低限必要だろうと。また現行制度でも文化庁の運用として、「手引き」などでどういう努力が必要かある程度明らかになっている。
 政令を定めるにあたっては、運用と関係者の意見を踏まえていこうと考えている。現時点では明確に「こういう案」というのがあるわけではない。
 実演家を中心にという質問だったが、権利者と連絡をとるために必要な努力は、分野によってさまざまあるかも知れないので、そうした実態を踏まえながら考えたい。

三田委員
 権利者不明のものを利用できるようにするとの法律改正、これは裁定制度で利用できるようにするだけでは利用は難しいだろう。裁定手続にかかる費用がかなり高いと、円滑には利用できないと思う。だから裁定の費用をできるだけ軽減し、手続も簡素化する具体的なものが必要になる。
 地方の図書館や文学館がさまざまな文書の復刻版を出したり、ネット上にアーカーブするという場合、権利者不明のものを使いたいという要望がある。こうした利用は営利目的ではないので、利用して幾らお金を得られるというものではない。だからそういう場合の裁定で、事前に納める供託金の算出も大変難しい。得られる金額がゼロだと供託金もゼロか、ということにもなる。
 どういうシステムを作っていくのか、利用状況を詳細に検討した上で、できるだけ利用を促進できるシステムを作っていただきたい。

 正直な話、著作隣接権と裁定制度の関係が私にはまだ理解できていない。法案を読んでも今ひとつピンとこないのだ(誰か解説してくれると嬉しい)。

 さて、上記のやりとり気になるのが「政令」(著作権法施行令)についてである。これは3月に出された法案全般に言えるのだが、政令で定めるべきとされる要件がかなり盛り込まれている。著作権法上「違法」とされる範囲を決める重要なラインを「政令」に委ねるような使われ方をしているので、国会での審議でもその「政令」内容がどうなのかを含めて法案の妥当性を判断することになる筈だ。しかし事務局の受け答えによると、政令の内容はまだ決まっていないようなのである(公表しないだけで、さすがに案は用意してあるのだろうが)。
 国会ではきっちり詰めて、それこそ法案の修正も辞さないような態度で審議してもらいたいものではあるが‥‥。

 この話題での三田委員の発言は良かった。特に、保護期間延長と絡めたいと思っていたに違いないのに、あえて触れなかったところを評価する。もっとも後からメモを読み返してみたら、決定的な発言ってのはしてないようだなぁ。

 ――以上が、この日の委員発言の主なところである。
 年度初めの分科会というのはいつもこんな感じだ。実質的な議論というのは小委員会で行われるから、権利者側委員としても従来からの主張を繰り返す場にしかならないことが多い。ただ今回は法案というネタがあったので、少し面白い話が聞けたという感じか。

 本番は以後の小委員会である。繰り返しになるが、大ネタが目白押しだ。議論の行方をしっかり見届ける必要がある。

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2009年3月26日 (木)

著作権法改定案2009:待望された条項と抱き合わせで盛り込まれたもの

 「著作権法の一部を改正する法律案」が3月10日に閣議決定され、その日のうちに国会へ提出された。文化審議会の著作権分科会が1月に出した報告書(PDF)で法改定すべき課題が挙げられたのを受け、文化庁が法案の原案を作り、内閣での調整を経て、「内閣提出法案」として国会の審議を受ける運びである(内閣から出される法案が法律になる過程はここの説明がわかりやすい)。
 衆参両議院のサイトにはそれぞれ議案審議情報が掲載されている。ただし今のところは法案提出の事実のみが書かれる。なお法案本文は衆議院サイトに、また衆議院で先に審議される旨が参議院のサイトに載っていた。
 合わせて、法案審議で使われる関連資料も文部科学省のサイトで公表された。国会議員でなくても、「概要」「新旧対照表」などで法案の中身を確認できる。

http://www.mext.go.jp/b_menu/houan/an/171/1251917.htm
「著作権法の一部を改正する法律案」
(文部科学省)

http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g17105054.htm
「閣法 第171回国会 54 著作権法の一部を改正する法律案」
(衆議院)

http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/keika/1DA5E0A.htm
「議案審議経過情報 閣法 第171回国会 54 著作権法の一部を改正する法律案」
(衆議院)

http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/gian/17103171054.htm
「議案審議情報 著作権法の一部を改正する法律案」
(参議院)

 衆議院の解散時期をにらみつつ与野党が対立する「ねじれ国会」の中で、この法案がどう審議されていくのかは不透明だ。もっとも、この18日には民主党・川内博史議員が質問趣意書を提出したという。現時点ではまだ内容が明らかになっていないものの、じきに公表されるだろう。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/171221.htm
「著作権法の一部を改正する法律案に関する質問主意書」
(衆議院)

 と、これまでの法案提出の状況に触れてきたところで、気になるのは法案の中身である。
 先に書いたとおり、衆議院サイトにも法案が掲載されているが、これは現行の著作権法から改定・追加すべき箇所を指定し、改定後の文を添える形で書いてある。読んだだけでとても理解できる代物ではない(まるで設計図を読めというようなもの)。むしろ、文部科学省サイトの方の「概要」「要綱」「新旧対照表」(リンク先参照)を読んだ方が、比較的理解しやすい。あくまで比較だが‥‥。

 法案の中身を1枚ものにまとめた「概要」での説明によれば、本法案の趣旨は「電子化された著作物等(デジタルコンテンツ)の流通促進のため、インターネット等を活用して著作物等を利用する際の著作権法上の課題の解決を図る」ことにあるという。
 また、法案の三本柱として「インターネット等を活用した著作物利用の円滑化を図るための措置」「違法な著作物の流通抑止」「障害者の情報利用の機会の確保」が挙げられている。具体的には、以下のような項目が主なものだ。

・検索エンジンサービス(適法化)
・所在不明権利者を対象とした裁定制度の改善(適法化)
・国会図書館での所蔵資料のデジタル化(適法化)
・ネット販売での美術品等の画像掲載(適法化)
・情報解析研究のための複製(適法化)
・通信障害の防止、データ消失の防止、
 送信の効率化等のための複製(適法化)
・電子機器利用時に必要な複製(適法化)
・海賊版と承知の上での販売の申出(違法化)
・違法配信から、違法と知りながらの複製(違法化)
・視覚障碍者向け録音図書の作成を公共図書館でも(適法化)
・聴覚障碍者向け映画・放送番組に字幕・手話を付与(適法化)
・発達障碍等で利用困難な者に応じた複製(適法化)

 ※カッコ内「適法化」は、これまで違法だったが権利制限に加わるもの。
  「違法化」は、新法で著作権等が及ぶものとするもの。

 著作権法の改定は、「~権」のような新しい権利の付与や罰則強化など「権利者」側に有利な面だけを考えているように見えがちだが、もう一方で権利の限界――つまり利用する側から見て、無断での著作物利用が「違法」になるか「適法」になるかの境界を変更する働きもある(文化庁が「権利者」側に立っているか否か、論者によって様々な見解もあるだろうが)。今回の法案は、まさしくこの「境界」を決める話である。
 上記の改定項目をざっと眺めるだけでも、検索エンジンサービスの実施、ネットオークションなどでの商品画像の掲載、通信過程での一時的キャッシュ、障碍者福祉の拡大など、何年も前から待望されてきた法的対応が多く盛り込まれており、“めでたい法改正”という雰囲気を演出したいのだなと見えるところではある。現に著作権法改定(法案の閣議決定)を伝える各種報道はそういう方向で出されている。
 しかし「概要」だけでなく実際の法案を読んだときに、本当にその“趣旨”どおりの中身なのかという疑問が出てくる。

 「適法化」される項目がどう法案に書かれているか。
 たとえば検索エンジン(47条の6)の場合、確かにウェブサイトなどの収集や蓄積・インデックス化などはできるようになる一方で、実は「情報の収集、整理及び提供を政令で定める基準に従って行う者に限る」との限定がつけられている。またオークションなどでの商品画像について(47条の2)も、「複製を防止し、又は抑止するための措置」が必要だとされ、そこで要求される「措置」の内容は政令で決められるという。
 この「政令」というのは、国会を通さなくても政府が出せる命令(ここでは「著作権法施行令」を指す)のことだ。つまり、これらの規定で適法となる範囲が行政府の一存で決められるようになるのである。自由利用の範囲を決めるのに何らかの条件が必要だとしたら、国会で審議して決めるのが筋で、それこそ著作権法に書き込めばいい話だ。今回の法案がやろうとしているのは、「適法」の範囲の決定権を国会から政府へ委任させることに等しい。
 想定される政令の内容については、国会で質問が出たり言質を取ったりすることも考えられる。しかし今後は「日本版フェアユース」のように国会で作るルールを抽象化して、司法での違法・適法の判断を重ねることで柔軟なルール作りを模索しようとの機運がある時に、いたずらに政令へ委任する項目のを増やすのは如何か。司法へシフトしようとするルール作りの主導権を政府が横取りするようなものだ。ここは慎重に審議すべき。

 現行法では権利が及ばなかった範囲だったのを、及ぶように変える項目もある。違法に配信された著作物を「その事実を知りながら」録音・録画する行為を、私的利用目的であっても違法だとする条文がそれだ(30条1項3号)。また、この基準に合わせるためか、先の検索エンジンを実現するための複製(47条の6)や、通信や機器利用時のキャッシュ(47条の5第1項1号)でも、違法に配信されたものは複製できない(新設される権利制限から除外)という限定が設けられている。しかも海外で配信されたものでも、日本で同じことをしたとして「違法」ならばアウトだとわざわざただし書きを付けている。
 違法配信にまつわるこのような「違法」複製の判断は、一応は受信側が「違法と知っている」かどうかが基準となっている。しかし「知っている」のかという主観的な要件なのに他人(司法)に判断されるということで、一介のユーザーである我々には不安の残るところである。実際問題として、我々が本当に「知って」いたのかよりも、判断する者がどう考えるかが重要になってしまう。

 受信した情報が「違法配信」だと「知って」いた――そう誤解されないようインターネットで振る舞おうとするなら、ユーザーはかなり萎縮的に行動せざるを得ない。国内外のあらゆる場所から情報が発信されている時代である、そのうちのどれだけが「適法」に配信されたものだとユーザー側で確信できるだろうか。“怪しいものには近づかない”としただけでも、とりわけ海外で発信された情報にはアクセスできなくなる。
 まして海外(現地)では適法に配信されていながら、日本法で違法とされるような場合も出てくるのなら尚更だ。それとも、ネットワークの利便性を享受したい人は、あえてそうしたルールを踏み越えていくことを立法者は想定するというのだろうか。守りようもない縛りばかりのルールなら、そうなってしまう可能性も(萎縮効果とは裏腹だが)ある。
 「適法」と「違法」の線引きを明確にし、ユーザーや事業者が萎縮的にふるまわくても済むようにするのでなければ、「日本版フェアユース」に先行して法律を変える意味がない。法案を今のままで成立させては、混乱かルール軽視につながるだけだ。

 違法配信の扱いについてもっと詰めていくべきだし、最悪でも、海外で配信された場合の「国内で行われたとしたならば~」とのただし書きを削除すべきだと思う。

主な改定箇所(メモ)

【30条1項3号】
●いわゆる「ダウンロード違法化」条項の追加。
●「デジタル方式」の録音・録画に限定されてはいるが、ネットワーク内での受信に伴う行為が対象となるため、殆どの場合は「デジタル方式」に当てはまるだろう。わざわざアナログ機器で録音・録画をする人もそうはいまい。意味不明な限定。
●一応は録音・録画の行為だけを今回は30条除外の対象としているが、ソフトウェアの違法ネット流通についても30条除外が求められている経緯からしても(特に著作権分科会では委員から「ソフトウェアも法案に盛り込むべき」との意見が出ている)、今後 音楽や映像以外の著作物も30条除外が叫ばれることになろう。
●「国外で行なわれる自動公衆送信であって、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものを含む」とわざわざ書かれている点に問題。国内外の著作権法の違いによって生まれる「海外では適法に配信されているが、日本法では違法とされてしまう著作物の録音・録画」の扱いが難しくなる(参照:benli)。
●いわゆる「ダウンロード違法化」の問題点は、ユーザーから見て、配信されている著作物の適法性が保証されない点にある。特に日本レコード協会が策定した「エルマーク」は、日本国内での適法配信の一部を知る目印にすぎない。海外での配信は同種のマークが用意されているわけでなく、かつCCLに代表される権利者自らの意思で無償流通させる著作物も多く存在する(それですら必ずマークが付けられているわけではない)。区別が困難な場合、ユーザーの選択肢は「法を犯すリスクを負って利用する」か「萎縮して利用をあきらめる」かに限られるが、後者の場合「エルマーク」を使う一部の事業者へ利益誘導されてしまうといういびつな構造を生んでしまうことすら考えられる(現にレコード協会のキャンペーンは、エルマークのあるサイトから購入するよう勧めている)。
●実効性の観点からすれば、コピーガード回避規制と同程度にも思われる。コピーガード回避で民事訴訟になった例がどれだけあるのか。
●余談だが、違法配信からの複製と並行して著作権分科会で扱われていた「違法複製物からの複製」については今回の法案に盛り込まれていない。これも盛り込まれていたら相当に影響が大きかったところだろうが。かといって、「ダウンロード違法化だけで良かったね」とはならない。

【31条2項】
●国立国会図書館で所蔵資料のデジタル化が行なえるようになる条項の追加。資料の保存に関しては、これまでは資料保存のために「必要な場合」に限定して図書館での複製が許されていた(その他、利用者への複写サービスと、絶版本を他館の求めで複製することは可能だった)。今後は、国会図書館に限るが、納本を受けた時点で資料のデジタル化が可能になる。
●「当該原本に代えて公衆の利用に供するため」複製できる一方、「必要と認められる限度において」との限定は付けられている。どういった範囲で認められるようになるだろうか。
●「公衆の利用に供するため」とはどの範囲を想定しているのか。インターネット等を通じて閲覧させたり、複写サービスとしてデジタル化資料をデータのまま提供できるようになり得るのか、等の期待はある。従来のような、国会図書館内での閲覧や、デジタル化資料の複写を紙で提供することは可能にしてもらいたいが‥‥著作権分科会での説明では、利用のさせかたについて関係者間で協議中だという。まずはデジタル化だけを先行してできるようにしたというニュアンスのようだ。

【37条3項】
●視覚障碍者を対象としていた権利制限で、その対象が「視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者」に拡張された。知的障碍や発達障碍の者も、録音図書などの作成や公衆送信の恩恵に浴することができるようになる。
●この権利制限で作成される録音図書などは「専ら」上記対象者に提供されるものとされ、「必要と認められる限度において」との限定も付けられている。つまり健常者が利用できるような形で提供されることは許されない。なお、録音図書などの作成主体も政令で指定される(この種の政令指定は現行法でも同じ。「法案概要」では公共図書館もこの主体に含むようにするとあるが、おそらく政令指定で対処することになるのではないか)。
●権利者によって既に障碍者向けの内容で提供されている著作物は、ただし書きでこの条項から除外されている。たとえば朗読テープが出ている著作物だと、勝手には録音図書が作れない。

【37条の2】
●聴覚障碍者を対象としていた権利制限で、その対象が「聴覚障害者その他聴覚による表現の認識に障害のある者」へと広げられた。既存の映画や映像に字幕・手話等の挿入が可能になり、また公衆送信もできるようになる。貸し出しのために複製することも可。
●「専ら」上記対象に提供されるもので、「必要と認められる限度において」の限定つき。提供主体も政令で指定される。
●権利者によって既に障碍者向けの内容で提供されている著作物は、この条項により字幕・手話等の挿入はできない。日本語字幕入りのDVDが発売されていたりすると無理ということになるのではないか。

【38条5項】
●映画フィルムや映像ソフトを無償貸与できる主体に、これまで政令で指定されてきた「視聴覚教育施設その他の施設」に加え、「聴覚障害者等の福祉に関する事業を行う」者も追加された。「~事業を行う」者もやはり政令で指定される。補償金の支払いも必要である。

【47条の2】
●美術・写真著作物の原本や複製物を譲渡・貸与しようとする際、ネット上で画像を表示することが可能となる条項の追加。ネットオークションに美術品・写真などの商品を画像で掲載するのは著作権に触れるのではと話題になった件に対処したもの。
●ただし、画像の表示には「複製を防止し、又は抑止するための」措置が必要だとしている。その措置の具体的な内容は政令で書き込まれるのだろう、国会提出の段階では明らかになっているとは言い難い。——著作権分科会の事務局の説明でも「未定」とのことだった。ただし鑑賞に耐えうる品質で画像化しないように、との限定は考えている模様。
●文化庁の見解では、この規定の対象になるのはネットオークションに限らず、リアルのオークションでカタログの作成も含まれるという。ただし、政令での「複製を防止し、又は抑止する」措置をどう想定するのか。印刷物ではこの種の措置は難しい筈だが‥‥さて。
●将来的にフェアユース規定が導入されるとしたら、この商品写真の件は、フェアユースかどうかを争って司法判断を問うべき典型的事例ではないだろうか。しかし「日本版フェアユース」として想定されている、個別規定を判断基準として残してそこから外れる場面で「フェアユース」を判断する方向では、今回追加される個別規定によって問題が生じるのではないか。本来は司法が判断すべきところ、政令が指定する方式でしかネットオークションに商品写真を掲載できないとする条項があることで、実質的にネットオークションの運営のあり方を行政がコントロールし続けることにもなりかねない(政令で指定された方式以外の場合は、改めてフェアユースかどうか司法判断を求めることが保障されるのなら別だが‥‥)。規範を作るべきは立法・司法・行政のいずれか、という話にも映る。

【47条の5】
●書きぶりが複雑で、理解するのが(他の条項にも増して)困難。私自身、いまだに理解できているかがわからない。
●アクセス集中や送信遅滞・機器故障などによる通信障害を防止するためのサーバ内複製(1項1号)や、サーバにある著作物(複製)が消失した場合に備えサーバ外にバックアップを取る行為が可能となる(1項2号)条項を追加。それぞれ「必要と認められる限度において」との限定が付けられ、またサーバ内複製では特に「著作権を侵害するもの‥‥を知ったとき」は従来通り著作権が及ぶとされる(海外で配信されたものでも、日本法の基準で著作権を侵害すると判断されればアウト)。
●プロバイダが通信を中継する際に「送信を効率的に行うために」する著作物の複製(キャッシュ)明示的に適法とする規定を追加(2項)。ただし「必要と認められる限度において」の限定がある。
●47条の5では、送信側と中継側の複製(キャッシュやバックアップ)について規定。受信側の複製(キャッシュ)については別の項目で扱っている。

【47条の6】
●検索エンジンに必要な、著作物の収集と蓄積・インデックス化・検索結果表示などを適法化する条項の追加。
●検索エンジンでの複製と自動公衆送信が可能となる著作物は、送信可能化されている著作物に限定されており、会員制サイトのように受信者の制限が施されていたり、クローラーによる情報の収集を拒否したりするサイトは、従来どおり権利者の許諾が必要。また、検索エンジン側も「情報の収集、整理及び提供を政令で定める基準に従って行う者に限る」とされる。
●「著作権を侵害するものであること‥‥を知ったときは、その後は」当該著作物を検索結果に表示することができなくなる。今回の法案にある同種の条件と同様に、またしても海外で配信されているものでも国内法の基準で「違法」ならば「著作権を侵害するもの」とみなされてしまう。
●検索エンジン関係の規定は、Googleなどのような米国の検索エンジンの発達と、国内での状況を見比べながら「権利制限を設けるべき」と待望されていたものではあった。しかし実際の条文を読んでみると、この条項の恩恵が受けられる事業者は政令の基準に合致する必要があり(その内容は現時点で不明)、しかも将来的な「フェアユース」規定の適用から外されかねない(司法判断ではなく行政の判断で適用範囲が決定されかねない)ものではないかと危惧される。

【47条の7】
●多数の著作物(ネットで配信されているものに限らない)から情報解析をするような研究が目的の複製を可能とする条項の追加。
●ただし「情報解析を行う者の用に供するために作成されたデータベースの著作物」は従来通り権利者からの許諾を必要とする。

【47条の8】
●コンピュータ上で、ネットワーク受信の際に「情報処理を円滑かつ効率的に行うために必要と認められる限度で」著作物の複製がおこなえる条項を追加。いわゆる「キャッシュ」の問題。通信側(配信・中継)は47条の5で扱っているが、こちらは受信側。
●ただし「著作権を侵害しない場合にかぎる」とのこと。ユーザーが家庭内でする場合は私的複製との関係が出てくるので、ここで著作権を侵害するかどうかは30条(本法案で追加される1項3号も含む)を加味して判断されると思われる。
●いわゆる「ダウンロード違法化」との絡みで想定されるのが、YouTubeやニコニコ動画で「著作権を侵害」して掲載されている動画を閲覧した場合。侵害との事実を知りながら閲覧したとしたら、PC内にキャッシュが作られることはどう解釈されるか‥‥。結局はキャッシュを複製と解釈するかの論点に戻り、私的録音録画小委員会で「YouTubeやニコニコ動画での閲覧まで禁止するものではない」とする文化庁の説明とは食い違うのではないか。
●これ、ユーザーが私的領域でする場合以外だとどうなるのか? たとえば企業内で「キャッシュ」が発生する場合とか(企業内では私的複製とされず、キャッシュが複製だとしたら著作権侵害と判断されかねないか?)。「著作権を侵害しない場合にかぎる」との書きぶりはこういう場面にも脅威なのではないか。

【67条】
●不明権利者のために利用許諾が得られない場合、その許諾に代えて文化庁長官が「裁定」し利用可能にする制度があるが、その際の手続が著作権法に記載されることとなった。ただし詳細は政令で定められるとされ、法案の附則によれば改定著作権法の施行後2年のうちに整備されるという。

【67条の2】
●ここも裁定に関する条項の追加。本法案の中で、裁定制度改善のミソはここにある。裁定の申請ができれば、正式な文化庁長官の裁定を待たなくても「担保金」を供託して著作物利用が可能となる。ただし、最終的に裁定されなかった場合は、ただちに利用をやめないとならない。
●なお、裁定を受けようとしている著作物を権利者が「廃絶」したいのが明らかなら、裁定を受けることはできない。
●供託金や、裁定後に補償金が権利者へ支払われる仕組みも著作権法に書き込まれる。

【78条】
●著作権の登録制度で、原簿を電子化できる旨が書き込まれる。
●登録によって「第三者に対抗」できる場面に、「信託による変更」が追加された。

【113条】
●著作権侵害とみなす行為に、海賊版を「情を知って」「頒布する旨の申し出」をすることも追加された。いわゆる海賊版の広告規制で、ネットオークションで海賊版を売る旨が掲載された場合もここに含まれると考えられる。
●書きぶりからすると、特にネット上での広告行為に限るのではなく、実社会でも適用され得るのではないか(チラシとか雑誌誌面とか)。
●個人的には、ブートレグの広告を掲載しているサイトや雑誌とかはどうなるのかと思ったり。規制されるのは「頒布する旨の申し出」ということで、ブートレグの話題を採りあげる多くの個人サイトは問題ないだろうが。

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2009年2月25日 (水)

「Culture First」連合の主張が相変わらずなのは、JEITAの議論に乗せられたくないってことなのか

 権利者団体91団体からなる「Culture First」連合が、文化庁の募集するパブリックコメントへの意見を2月24日付で公表した。ブルーレイディスクへ私的録画補償金を課金する政令(著作権法施行令)の改定に対し、文化庁が示した条文案に賛成する内容だ。ただし「意見を発表しました」とアナウンスされているため、すでに文化庁へ提出されたのかは判らない。

 このパブコメには、メーカー団体のJEITA(電子情報技術産業協会)も既に意見を提出、2月13日付でその全文が公表されてもいるJEITAの意見は、ブルーレイへの課金が決まったのは文部科学省と経済産業省の「二省間合意」が根拠で、両省で合意した範囲にかぎって課金を定めるべきとの内容。具体的には、二省間合意の文面を引用しながら、地上デジタル放送の録画には補償金を課金すべきでないことと、ブルーレイへの課金がアナログ停波(2011年)までの期限付きの措置だと明記すべきことを主張している(加えて、ブルーレイを指定する条文に要件の追加を求めているが、ここでは特に触れない)。なお、文化庁の政令案にはそうした限定はなく、単純にブルーレイを課金対象へ加える趣旨のようだ。

 おそらくJEITAの意見が公表されたことを意識して、Culture First連合もパブコメの締切り前に意見を公表したのだろう。権利者側としては文化庁案がそのまま通れば望み通りなのを、そこに加えてJEITAを名指しし批判する意見をまとめているのだから。反論の内容は、ブルーレイへの補償金課金は当然、地上波放送がアナログでもデジタルでも同様に課金すべき、JEITAの主張は間違っている——というもの。

 このCulture First連合の主張で、「現行の補償金制度においては、ブルーレイディスクが、補償金の対象となることは明らかです」の一文が目立つ。彼らのこれまでの主張(公式サイトにも記者会見の模様として掲載されている)を踏まえれば当然出てくるものだ。彼らの考えは、「家庭内でテレビ番組を録画する行為自体が、権利者の得るべき利益を損ねている」とするところから始まっている。現行の補償金制度もそうした考えに基づく。
 ところがこの補償金制度の考え方に、「タイムシフト」目的の録画や、DRMのかかっている痴以上デジタル放送からの録画に「補償」が必要なのかという疑問がユーザーからぶつけられるようになった。今後の補償金制度ではそこまで含めて設計すべきだとの論は、補償金をめぐる2005年以後のメーカーの主張を後押しすることとなり、権利者側との対立の末に文化審議会著作権分科会での制度「見直し」をストップさせてしまっている。
 こうした論の対立がある中では、論者の立場によってはブルーレイが補償金の対象となるのが「明らか」とは言えないだろう。加えて、JEITAが公表した二省間合意によれば、「文部科学省は、著作権法30条2項が著作権保護技術の有無が支払い義務の発生要件になるかどうかについて明示的に規定していないと認識している」という。これまでの制度の考え方に立つ権利者側と、二省間合意を持ち出すJEITAとでは、前提が違う以上「この点で既にJEITAの意見は正しくありません」との権利者側の指摘は正しくない。

 JEITAが「二省間合意」にこだわる理由は、著作権分科会(私的録音録画小委員会)では補償金の議論が進まず、ブルーレイ課金が決まったのが二省間合意でそうまとまったためとの点にある。確かに、著作権分科会では課金対象にブルーレイを追加する旨を報告書にまとめておらず、わずかに二省間合意を紹介する箇所で追加が決まったものとしているのみだ。
 JEITAに対するCulture First連合の意見は、二省間合意そのものの解釈を示さずに、6月17日の経済産業大臣の会見内容を引いて「一旦延期した地上波デジタル放送の新たなコピールールである『ダビング10の早期実施に向けた関係整備の一助となることを期待』してなされたもの」と解説する。こう自らの解釈を示すだけで、「JEITAの意見はこの点でも、読む者に誤った認識を与え、混乱を招くものです」と結論することに説得力はあるだろうか。
 大臣の会見とJEITAの主張とで矛盾する点があれば面白いが、実のところJEITAが示した二省間合意は大臣会見と矛盾していない。それどころか、Culture First意見書が引用している会見録の別の箇所で、経産大臣は

暫定措置としてブルーレイに課金するということにしました。これは、既に確立されているはずですが、デジタル化しますとコンテンツの持ち主、つまり送るほうで、これは何回まで、それが幾らと全部設定ができるのです。アナログだとできないのですけれども、デジタルだとできるのですから、送り手の自由自在なのです。自由自在になる環境が整うまで、実際に行為としてダビングが行われ、それを利用する対象について、当面、いわば従来のDVD以外の部分を埋めたということでありまして、これはこれで適切な措置だと思います。

——とまで発言している。むしろJEITAの解釈を裏付けるようにも読める。権利者側からすれば、持ち出すには諸刃の剣とも言える会見内容ではないだろうか。

 権利者側が「私的録画=不利益だから補償金」との原則論で押すしかないのは理解できるし、私はやや同情もしている。二省間合意のような形で、文部科学省による半ば裏切りのような解釈が残されているのだから。文化庁のもとで制度「見直し」が全く動かなくなってしまった今、二省間合意をもとにしたブルーレイ課金との前提で議論せざるを得ず、 JEITAの“ゴネ得”が正当化される状況だ。
 とは言え、今回のCulture First連合の意見はJEITAへの反論として十分なものだったか。もしJEITAの主張を正面から覆すのなら、二省間合意を自分で取り寄せるなどして、自分に有利な解釈を作り上げるべきだったのではないか。
 たとえば、JEITAが公表した二省間合意には、「両省は、この政令の施行後3年を目途として、この政令の施行状況等について検討を加え、その結果に基づいて適切な対応を行う」の文がある。その一方で、この「見直し」はブルーレイ課金の廃止を決めたものではない。また、ブルーレイへ課金している間に“デジタルチューナーだけを搭載した録画機には課金しない”との扱いは合意に明記されていない。「3年後の見直し」を盛り込みさえすれば、デジタルチューナーのみの録画機へ課金しても合意内容に反しない——との解釈も可能だ。

 権利者が自分たちの主張を「明らか」だとして、それを“根拠”にJEITAの意見を「間違い」と強弁するより、真正面から反論をすることも可能だろうにとは思うのだが‥‥二省間合意が前提という“相手の土俵”に乗りたくないって話なのかしら。
 JEITAの主張にもほころびがあるだけに勿体ない。


※参考
 これまで『Culture First』サイトに掲載された記者会見の模様。

http://www.culturefirst.jp/news/2009/02/9.html
http://www.culturefirst.jp/news/2008/08/_8.html
http://www.culturefirst.jp/news/2008/07/culture_first_2.html
http://www.culturefirst.jp/news/2008/06/post.html
http://www.culturefirst.jp/news/2008/04/jeita_1.html

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2009年2月17日 (火)

文化庁の政令案パブコメ: おそらくはJEITAの立ち回り方が巧いのと、状況が彼らに有利だというのがあるのだろう

 文化庁が、私的録画補償金をブルーレイディスクへかけるための意見公募手続(パブリックコメント)を始めている。

 私的録音録画補償金というと、2005年からiPodへ課金する・しないで騒ぎになったアレである。ユーザーが家庭内で音楽・映像を録音したり録画したりするとその著作物の送り手に「不利益」を与えるとの(ユーザーからすれば一方的な)考えで、録音・録画機器や記録メディアへ課金して権利者への「補償」に充てられる。機器やメディアの価格に含まれるため実質の負担はユーザーがするのだが、補償金をまとめて権利者団体へ支払うのはメーカーという制度だ(そのため、この制度についてメーカーの発言力が大きくなる)。
 この補償金は主としてMD・CD-R/RW・DVDなどに課金されているが、2000年に指定されたDVD(-RW・+RW・-RAM)以降は、新しい機器への対応がされてこなかった。にわかにハードディスク内蔵の録音・録画機器への課金を権利者が叫びだした理由はそんなところにもある。

 そして、その課金対象にブルーレイディスクを追加しようというのが今回の文化庁の動きだ。なぜブルーレイに課金することになったのか、なぜ今回ブルーレイだけなのか――は後で説明するとして、課金対象を加えるときの手続について少し触れておきたい。
 著作権法の中では、補償金の課金対象は「政令」つまり内閣が出す命令(ここでは「著作権法施行令」)で指定するよう定められている。政令へは、指定機器の仕様を条文の形で書き込む。
 加えて、政令を改めるときには前もって30日間以上の意見公募手続が義務付けられている(行政手続法第39条)。ということで、今回の文化庁の政令案パブコメは2月3日から3月4日までに設定されている(これまで話題になってきた審議会報告に対する「任意の意見募集」よりも厳格な手続が決められている)。

 今回のパブコメの焦点は、政令案の文言の妥当性だ。規定ぶりに過不足が無いか、副作用が存在しないか、といった具合。政令案は『e-Gav』サイトに掲載され、「概要」と「新旧対照条文」が参照できる。


私的録音録画補償金の議論ってどうなってたっけ?

 ブルーレイ課金や政令案の話に入る前に、補償金見直しの話がどうなったのかをおさらいしておく。
 iPod課金の議論をきっかけに、2008年度まで文化審議会著作権分科会で制度の「根本見直し」が話し合われてきた。直近2年分の報告書が(PDF)この1月にまとめられたところだ。しかし周知のとおり、HDD内蔵型のiPodのようなオーディオプレーヤーや、ハードディスクレコーダーへの課金の是非には結論が出なかった。補償金を求める権利者側と、補償金廃止を主張するメーカー側とで対立が激化したのが直接の原因。この対立で、議論の場だった私的録音録画小委員会が運営できなくなるほどだった(もっとも個人的には、文化庁の議事運営がヘタを踏みまくっていたと考えている)。
 結果、補償金制度で変更される唯一の点が、いまパブコメにかけられているブルーレイへの課金となる。では、なぜブルーレイだけが例外となったのか。

 議論を複雑にしたのは、2011年に地上アナログ放送から地上デジタル放送へと完全移行する予定だったこと。アナログ放送ではコピー制限がかかっていない一方、デジタル放送では「コピーワンス」「ダビング10」といったコピー枚数制限がかけられているため、その録画に補償金をかけるのは如何かという議論になったのだ。文化庁でなく総務省の審議会で。
 従来から、機器メーカーの業界団体・JEITA(電子情報技術産業協会)はアナログ停波を機に私的録画補償金を廃止すべきと主張してきた。コピー制限がある以上、権利者のコントロールのもとで録画がされており、ユーザーの録画で「不利益」にはならないとの趣旨だ。一方、JASRAC(日本音楽著作権協会)を始めとする権利者側は録画される事実がある以上「補償」すべきだとする。
 2007年8月(総務省・情報通信審議会第4次中間答申)でダビング10の仕様が決められたが、「コンテンツを適切に保護し、その創造に関与したクリエーターが適正な対価を得られる環境を実現すること」とするダビング10開始の前提条件の解釈をめぐって権利者側とメーカー側とで対立、いったんは開始の見込みが立てられた2008年6月2日までに合意できず開始期日を延期するにまで至った。
 事態の打開のため、権利者団体を所管する文化庁と、メーカー団体を所管する経済産業省との間で「ダビング10の早期実現に向けた環境整備」を目的とした二省間合意がなされた。そして6月17日、経産大臣文科大臣のそれぞれの記者会見でブルーレイディスクへの「暫定的」な補償金課金が発表された。これを受けて、「適正な対価」イコール補償金だとする権利者側が、補償金の対象が追加される前に「ダビング10」を開始するという妥協を強いられた。

 こうして、本来は文化庁の審議会で決定される筈のブルーレイの課金が、二省間合意というイレギュラーな形で決定されてしまった。しかも、この合意の後も地上デジタル放送と「補償金」の関係は曖昧なまま。しかも当の総務省の審議会でも「適正な対価」の中身に結論が出されていない。


文化庁の政令案と、JEITAのパブコメ

 今回の政令改定で追加指定されるのがブルーレイだけなのは以上のような理由による。
 では、実際に文化庁がパブコメにかけた政令案はどんな内容か。これまでの政令で補償金の課金対象を第1条2項で指定してきたところ、その第4号としてブルーレイを特定する技術仕様を追加している。従来のCDやDVDを規定したのと同様、記録するディスクの大きさや、ピックアップから記録面までの距離が数値で書き込まれる(ただしJEITAはここの書きぶりに注文をつけている)。以下のとおりだ。

光学的方法により、特定の標本化周波数でアナログデジタル変換が行われた影像又はいずれの標本化周波数によるものであるかを問わずアナログデジタル変換が行われた影像を、直径が百二十ミリメートルの光ディスク(レーザー光が照射される面から記録層までの距離が〇・一ミリメートルのものに限る。)であつて前号ロに該当するものに連続して固定する機能を有する機器

※引用者註:「前号ロ」とは、著作権法施行令第1条2項3号の「記録層の渦巻状の溝がうねつており、かつ、連続しているもの」を指す。

 今回の政令案で変更されるのはこの部分だけ。単純に新しい規格が書き加えられただけということ。いったん指定された機器は、たとえ生産されなくなっても指定解除されないのがこれまでの運用だっただけに、政令案が妥当なものかは慎重に見る必要がある。条文がきちんとブルーレイを特定できているのか、今回の追加指定の根拠となる二省間合意の内容を正確に反映されているのか——の2点に注目。
 ところがブルーレイの技術仕様や、二省間合意の詳しい内容など、判断するための情報をエンドユーザーが一人ひとり持つのは難しいところではある(技術仕様については、こんなページがあったりもするが)。そこを考えたのか、JEITAがその両方の情報を含んだパブコメを公開した。提出期限を大幅に先行する2月13日のことだ。
 おそらく、私も含めてだが、JEITAのパブコメを参照したユーザーの意見が文化庁へ提出されることになるだろう。JEITAの立ち回り方の巧さを感じてしまう。

 政令案を見る上で問題となる二省間合意の内容だが、JEITAのパブコメによれば、経済産業省と文部科学省の両方から情報公開を受けた結果は次のようなものらしい(下は私が要約している。全文はJEITAのパブコメを参照されたい)。

(1)両省は無料デジタル放送に関する補償金問題について短期間で関係者が合意できる状況でないと認識
(2)文科省はDRMの有無が支払い義務の発生要件になるか明らかでないと認識
(3)経産省はメーカーが地上デジタル放送の録画について補償金の対象とすべきでないと考えていると認識
(4)両省はブルーレイがアナログ放送も録画できることを踏まえて「暫定的な措置として」補償金を課金、政令施行後3年を目途に施行状況等を検討して適切に対応
(5)無料デジタル放送の録画については早期に合意が形成されるよう引き続き努力

 昨年6月の二省間合意以降、上記の状況に変化はない。となれば、この二省間合意の範囲内で課金対象を決めないと、文化庁の筋は通るまい。すなわち、アナログ放送のブルーレイ録画には課金をするものの、無料デジタル放送については合意待ちということ。特に「政令施行後3年」(当時の合意の前提からすれば2011年6月、政令指定に要するパブコメ期間を見ても2011年7月と見るべきではないか?)の見直しが必要となる。
 もっともJEITAのパブコメには、政令指定されたブルーレイでも無料デジタル放送の録画には課金すべきでない(それが合意事項だ)としているが、さすがにそこまでは支持できない。二省間合意の中では、経産省もブルーレイに課金した結果デジタル放送も対象になってしまうことは「政令施行後3年」の間は容認しているように読めるからだ。まぁいわゆる官僚的な曖昧な作文なのだろうが。
 文化庁の著作権分科会では話がまとまらず、今回のブルーレイへの課金の根拠が二省間合意にしか無い以上、課金の範囲に合意内容を反映させろとのJEITAのパブコメの趣旨には肯けるところだ。

 JEITAは、上のような限定的な課金の明言を求めるとともに、ブルーレイの指定の仕方にも注文をつけている――「BDを特定する要素として、光ディスクの保護層の厚さ0.1ミリメートルに加え、レーザー波長405ナノメートル及びレンズ開口数0.85の要素を追加して規定することは必須要件である」。今の政令案に該当しながら、レーザー波長やレンズ開口数が異なる新規格が登場する可能性があるため、とJEITAはパブコメに書いている。
 課金対象となる規格をひとつひとつ文章で指定していくという制度運用を考えれば、ブルーレイの指定の文言をJEITAの言うとおりに規定しても不都合はないだろう。


そしてエンドユーザーはどうする?

 今も募集中のパブコメだが、我々エンドユーザーとしてはどう向き合うべきだろうか。

 まず、ブルーレイへの補償金課金の最終ステップに来ていることを意識すべきだろう。「ブルーレイへの課金反対」と断固たる意見を送るのもひとつの姿勢ではあると思うけれども、文科大臣と経産大臣まで担ぎ上げて「合意」した内容にもとづく課金だ、官僚の立場で今さら覆せるかという問題がある。だから意見する現実的な方向は、二省間合意を正確に反映した内容かどうかで押すことだろう。
 その意味では、JEITAが公表したパブコメの方向も妥当なものと感じる。主張自体はどうかなと思う部分もあるが、まぁ大臣の合意というのはそんなに軽い話なのか?」‥‥、いや、そんな筈はないのである。


一応、権利者の側の主張も

 リンクだけ示しておく。
 これまでの展開で同情すべき点があるにしても、やはりこの主張には乗れないのである。

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2009年1月26日 (月)

著作権分科会の前夜(メモ)

 著作権制度に関する2008年度の議論の締めくくりとして、26日の10時から著作権分科会が開かれる。「法制問題小委員会」「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」「私的録音録画小委員会」「国際小委員会」それぞれで検討されてきた結果の報告が出される予定だ。

http://www.bunka.go.jp/oshirase_kaigi/2009/chosaku_bunkakai_090126.html
「文化審議会著作権分科会(第27回)の開催について」
(文化庁)

 各小委員会の報告書案は、既に文化庁のサイトに掲載されている。実際の報告書で大筋に変更があることは考えられないが、いくつか細かな修正は入っているだろう。
 ともあれ、現時点で判っていることを軽くまとめておく。



http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h20_11/gijiroku.html

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h20_11/pdf/shiryo_1.pdf

 法制問題小委員会では、「平成19年・20年度」ということで、2年分の検討結果が1冊の報告書にまとめられた。平成19年の「中間まとめ」と平成20年の「中間まとめ」がベースになっている。
 2年間で検討された課題は次のとおり。

・デジタルコンテンツ流通促進法制
・海賊版の拡大防止のための措置
・権利制限の見直し
・その他の課題

 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について、「コンテンツの二次利用に関する課題として、権利者不明の場合の利用の円滑化」「インターネット等を活用した創作・利用に関する課題として、関連の権利制限規定の見直し」「権利者が安心してインターネットにコンテンツを提供するための環境整備としての海賊版の拡大防止策」を盛り込むよう提言しているが、流通促進法制を実施するということにまでは踏み込んでいない。

 海賊版については、ネットオークションなどで海賊版を売るとの告知を行う行為(譲渡告知行為)を禁止する方針と、海賊版被害について権利者の告発なく公訴できる「非親告罪化」を見送る方針が書かれている(平成19年度時点の結論から変更なし)。

 権利制限は、この2年間のメインの議題でもあった。しかし項目によって、ただちに権利制限に加えるべきとされるものと、慎重な検討を要す(つまり今後も議論を継続する)べきもので分かれた。
 障碍者に向けた、手話・字幕付きの映像や録音図書について、権利制限が認められる対象を緩める。たとえば視覚障碍者や聴覚障碍者に限っていた項目で「障害等により著作物の利用が困難な者」も含めたり、複製する人物や方式も従来より広げるなど。また、ネットオークションでの商品画像の掲載や、検索エンジンのサーバでの著作物の蓄積についても法改正することが妥当との結論を出している。なおこれらは2007年度に既に結論が出され、これまでの間、文化庁に放置されてきたとも言える。
 また、機器利用時の(機器内での著作物の)蓄積について「著作物等の視聴等に係る技術的過程において生じる」「付随的又は不可避的で」「視聴等に合目的的な蓄積物であって、‥‥合理的な範囲内の視聴等行為に供されるもの」といった条件を付けての立法措置を提案。通信過程での蓄積も「権利が及ばないこととする立法措置を講ずることが望ましい」とする。
 これらの法改正妥当とした項目の他、リバースエンジニアリング、研究開発上の著作物利用については議論を継続する旨でまとめられた。なお、薬事関係や図書館・学校教育などでも継続して議論する予定とされていた項目があったが、これらは実質的に議題に取り上げられず、今後の議論ということにされている。
 権利制限の課題については、報告書案が法制問題小委員会で了承されるさい、法改正すべきと結論された項目をより判りやすくすべきではないかとの委員意見が出されている。著作権分科会で提出される報告書では、そのあたりが修正されているものと考えられる(項目の入れ替えなどがあるか?)。

 違法複製物や違法配信物からの私的複製の30条除外(いわゆる「ダウンロード違法化」)については「その他の課題」の中で触れられるのみ。法制問題小委員会では、私的録音録画小委員会で(映像と音楽については)法改定妥当と結論付けたのをそのまま受け、プログラムの著作物についても30条除外するかが検討された。結果は法改定をただちに提言するものではないが、映像・音楽以外の著作物について検討を続ける旨でまとめられる。
 加えて、「ライセンシーの保護」「間接侵害」「法定損害賠償制度」も今後も検討を続けるとのこと。

 なお、知的財産戦略本部「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」での報告で注目される「日本版フェア・ユース規定の導入」については、法制問題小委員会の報告書において「その他の課題」として「順次検討を行うことが必要」と軽く触れられるのみ。

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/hogo/07/haihu.html
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/hogo/07/pdf/shiryo_02.pdf

 保護利用小委は、「過去の著作物等の利用の円滑化方策」と「保護期間の在り方」の二本柱でまとめられる。保護期間の方については、各報道のとおり、延長要望派と慎重派との両論併記で「検討を続けることが適当である」とまとめざるを得なかった。
 利用円滑化については、権利者が不明の場合の著作物利用と、国立国会図書館が行うアーカイヴについては法的措置が妥当と結論。その一方で、多数権利者が関わる場合(少数の反対者による許諾拒否)、権利者の意思表示システム(自由利用マーク・クリエイティブコモンズなど)の法的バックアップ、二次利用・パロディ、非営利無償のアーカイブなどについては今後の検討とされた。
 


http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/rokuon/h20_5/gijiroku.html

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/rokuon/h20_5/pdf/shiryo_01.pdf

 私的録音録画小委は、いわゆる「ダウンロード違法化」を実施するよう結論するのみで、私的録音録画補償金に関する合意は一切無かった。文化庁は、補償金にまつわる課題の整理が終わったかのように演出しているが、補償金廃止と補償金存続を同居させた「文化庁案」を掲げているかぎり、補償金問題が解決することはないだろう(私見)。

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/kokusai/h20_02/gijishidai.html
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/kokusai/h20_02/pdf/shiryo_03.pdf

 国際小委員会では、世界知的所有権機関(WIPO)などの国際会議の動向をみつつ、日本が先行して何を検討・提案していけるかという「検討課題」がまとめられた。小委員会では「エンフォースメントの実効性確保に向けた取組」に強い関心のある委員が多い。模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)の交渉が進んでいることもあり、検討結果よりも、むしろ今後の状況が大きく動きそうで要注目の小委員会ではある。

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2009年1月 2日 (金)

B-CASをめぐる議論に望んでいたもの

前のデジコン(総務省「デジタル・コンテンツの流通の流通の促進等に関する検討委員会」)で、地上デジタル放送のスクランブル解除の「新方式」が提案された。今後「小型カード」「事前装着カード」「チップ」「ソフトウェア」のいずれかを導入して、ユーザーにストレスを与えず地上デジタル放送へ移行してもらおうという話だ。

しかし注目すべき点が、「新方式」と並存する形で、現行のB-CAS方式も残すとの前提が立てられたところだ。デジコンの議論の中で、B-CASの限界が指摘され、新しい方式を導入するなどの今後のあり方が検討されてきた。そしてB-CAS廃止に世間の注目が集まり、委員の意見でも「B-CASにはこだわらない」旨が繰り返されてきたのである。それが、今回一転して「存続」という話になった。これには私も少なからず失望させられた。

「失望」した以上は、おそらく私の中にも何か望むものがあったのだろう。これまでは漠然とした思いでしかなかったのだが、ここで少し整理して考えてみる。

B-CAS方式は、地上デジタル放送にスクランブル(暗号)をかけ、その解除の「鍵」としてB-CASカードを用いる。受信機に同梱されたB-CASカードを、ユーザー自らが受信機へ差し込まねばならない上、そのカードはあくまでもB-CAS社から貸与される形となる。暗号技術の内容や、B-CASカードの管理を一民間企業であるB-CAS社が行なっているのが大きな特徴だ。ユーザーから見ればかなり煩わしい。

デジコンでは、このB-CAS方式を支持する委員意見は出なかった。逆に、委員からさまざまな課題を突きつけられていた。「基幹放送」として無料で流されている放送にスクランブルをかける正当性への疑問や、受信機メーカーへB-CASカードの使用を強制するため商品の多様性が損なわれている弊害、すでにB-CAS方式の裏をかく海外製の機器が登場している事実などの指摘だ。今後B-CAS方式を続けるとしても、これらをクリアする必要がある。

順番に見ていこう。まず、日本全国にあまねく届けられなければならない「基幹放送」という地上デジタル放送の性格が、B-CAS方式によるスクランブル化になじむのか。B-CASカードを「鍵」としてスクランブルを解除する仕組みなので、そのカードを持っている人に、対応機器でのみ視聴させるということになる。災害時の情報提供など、誰にでも受信できる状態にしておく必要のある「基幹放送」とは正反対の性格である。使用前のB-CASカードのセッティングやその管理、場合によってはカードの入れ替えなどをユーザーに強いることとなるが、そこまでする意味がどうにも見出せない。

また、B-CASカードという物理的な制約と、B-CAS方式の仕様に従わねばならないという強制力のために、メーカーが作る商品の選択肢が限られてしまうとのデメリットがある。小型化が図りにくかったり、コストの問題からか価格面でもアナログテレビの水準までこなれているとは言い難い。先日のデジコンで提案されたのは、受信機の「選択肢」を増やす方策だった筈だが、B-CAS方式が残ることで、その効果も思うように出ないのではないかと私は危惧する(これは後述する)。

こうまでして地上放送のスクランブル化をおこなうのは、著作権保護ルール「ダビング10」をメーカーに厳格に守らせるためである。ルールに従わない機器にはB-CASカードを発行しないという運用でもって、B-CAS方式に準拠した受信機だけが地上デジタル放送を視聴できるという仕組みだ。しかし、この目的すら現行のB-CAS方式は果たせていない。

B-CASカードは、対応機器の間でなら使い回しがきく。だから、フリーオのように海外で作られ、著作権保護ルールを無視した番組コピーし放題の機器にも使えてしまう。別機器用として入手したカードを差し込めば、地上デジタル放送が視聴可能になる。こうしたB-CASカードの使い回しは、B-CAS社とユーザーとの間で結ばれる貸与契約の中で禁じられてはいるが、契約違反のユーザーをB-CAS社が知ることは難しい。それに加えて、今ではB-CASカードを差さなくても視聴できるようフリーオが“改良”されている。

以上のことは、別に私だけが考えているものではない。デジコンでも直接指摘されてきたことだ。意図通りに運用できていないB-CAS方式を残してしまうのでは、デメリットが先に立つのではないかとすら思える。

B-CASの実効性を求めるなら、フリーオへの対処が必要だ。しかし、B-CAS方式は、 Dpa(デジタル放送推進協会)とARIB(電波産業会)が決定した技術資料にメーカーが従うという「民民の決めごと」でしかない。「ダビング10」ルールがこのデジコンで決められたという経緯はあるが、これは単に当事者間の相談の場が総務省の審議会に置かれただけで、法律によるルールの強制があるわけではない。だからこそ現時点で、フリーオに対してルール無視をやめさせる方策が見つかっていないわけだ。

デジコンの検討の大元にあるのは、著作権保護ルールをどう強制させるかという手法だ。「技術・契約」と「制度」の2通りが想定され、現行のB-CASや「新方式」で考えているのは「技術・契約」の強制力だ。一方、「制度」の強制力とは、要するに著作権保護ルールを破る行為を法律で禁止するなどの対応を指す。これまでのデジコンでは「制度」での対応に消極的だった。しかし、「技術・契約」だけで対応するには不充分と言わざるを得ないB-CASをもし存続させるなら、制度的対応を取るとの方向転換を迫られることになる。

「制度」的対応で対処できるのなら、素直に導入すれば良いではないかとお思いの方もいるだろう。ところが、B-CASの場合はそう簡単な話ではない。B-CAS方式やダビング10のような「民民の決めごと」を法律で強制することが問題をもたらさないかを気にしなければいけないのである。この決めごとが受信機メーカーに強い拘束力を持ち、決めごとの枠外にあるメーカーの参入を難しくしたり、枠内のメーカーすら機器の使用を決める上での選択肢を失って、市場競争が損なわれているとの指摘が、今の時点でもある。たとえばB-CAS方式の「鍵」の管理をし、ユーザー情報を握っているのが民間会社のB-CAS社たった1社という歪んだ状況だ。国がこれをさらに固定化することになりかねない。

心配なのは「制度」的な強制の話だけではない。B-CAS方式と並存するとの前提では、いま議論されている「新方式」の選択にも影響するのではないかと考えられる。言うまでもなく、どんな方式を選んでもコストというのはかかるものだ。B-CASが存続すれば、単純に移行させるよりも、B-CASと「新方式」双方のコストで多くかかることになる。となれば、現行方式に近いもの――B-CAS社が関与する、カードの小型化や事前実装などに落ち着く可能性が高くならないだろうか。

B-CAS廃止の選択肢をデジコンが排除したことで、私が危惧しているのはここである。B-CAS存続のために「制度」的な強制力を導入し、あるものを“有効に”使うとしてB-CASに近い「新方式」が選択され、結局B-CAS社の“独占”状態が継続していくという事態だ。

何とも閉塞感に満ちた話ではないか。デジタル移行(アナログ停波)へ向けて、さまざまな対処をしようとするのは判る。しかしB-CASといいダビング10といい、すでに破綻しているものを、現行の仕組みをこねくり回して維持しようとしている。

確かに、デジコンではこれまで長い時間をかけて議論が行なわれてきた。しかしそこで出された結論というのが、地上デジタル放送にスクランブルが必須であることと、著作権保護ルールが「ダビング10」で、ユーザーの録画については権利者への「適切な対価の還元」を考える、といった内容だった。その結果、多大なコストをかけてスクランブルを施し、その技術が及ばないところでコピーされる番組に「制度」的に対応を試み、「適切な対価の還元」の議論が延々と続くことになる。

この議論で幸せになった人はいるのか。いっそのことスクランブルに固執するのをやめた方が、議論がすっきりするようにも思う。B-CAS方式から新方式へ移行した場合、すでにB-CAS方式の受信機を買ったユーザーが視聴できなくなることを心配してB-CASを残すとのことだが、スクランブルを無くせば問題は起こらない。

おそらく早い段階からボタンの掛け違えがあって、ここまでこじれてしまった。地上デジタル放送の著作権保護ルールについて議論するのなら、私的録画補償金の問題も含めてトータルに考えるべきだった。地上デジタル放送は総務省、補償金は文化庁の管轄ではある。しかし、互いの領域を避けたがためにこの現状がある。総務省は「適切な対価の還元」と曖昧な文言を使い、文化庁では補償金問題が暗礁に乗り上げた。ユーザーの私的録画の自由が保障されるとの趣旨が貫徹されるのなら、まだしも私的録画補償金に存在価値があるようにも思えるのだが‥‥。

そういう横断的な議論のできる場が、今までも、これからも、霞が関に用意されない。残念なかぎりである。

Posted by 谷分 章優 映画・映像, 著作権, 著作権行政 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 1日 (木)

「対象期限経過」がずらりと並んだ様子をお楽しみください

 昨年末に、「商業用レコードの還流防止措置」(いわゆる「レコード輸入権」)の話を書いた。アジアで売られた邦楽CDを日本に持ち込んで安く売る「還流盤」が増え、価格がずっと高止まりしている国内盤が買われなくなると慌てたレコード業界の要望を受けて、「還流盤」の輸入を禁じてしまえとなった乱暴な制度である。この「還流防止措置」は4年前に始まったのだが、2009年1月1日になると、これまで輸入が禁じられ得たCDの多くが「輸入解禁」となる——というのが前回の話だ。

 年が明けてから日本レコード協会のサイトをチェックしてみると、変化があったのでお知らせしておく(たぶん自動更新だったんだろう)。「還流防止措置」にもとづきレコード会社が輸入を差止めるつもりでいるCDのリストが「輸入差止申立てに係る対象レコードリスト」なのだが、ここで対象期限が2008年12月31日だったものが片っ端から「対象期限経過」との表示に変更されていた。リンク先で「還流防止対象期限」のボタンをクリックしてリストを並び替えるとより判りやすい。

 ちなみに、今回「対象期限経過」となったCDすべてが税関で「輸入差止申立て」が受理されていたわけではない。レコード会社が「申立て予定」としていたまま期限を迎えてしまったものも多いのだ。これは対象レコードリストの「更新履歴」で12月31日付を調べてみると判る。

 「還流防止措置」は、アジアで邦楽CDを売るために「必要」という触れ込みで、レコード協会が音楽ユーザーの反対の声を無視した形で実現した制度だったわけだが、いざ4年もの運用の実態を見ると、正しく活用されていたのかとの疑問は残る。実際に税関に申立てられていた以外のCDでも、その巻き添えを食う形で実質的に輸入禁止となってしまっていたのではないか。「申立て予定」のまま対象期限を迎えたCDは、そういう“不正”な形で還流防止措置の恩恵にあずかっていたように思えてならない。

 この1月1日を迎えたところで、還流防止措置は一区切りついたと言える。しかし今後も引き続いて動向を見ていきたい。「解禁」された還流盤が実際に輸入されるようになるのかが判るのも、もう少し先のことだろうし(4年前のCDを逆輸入して商売になるかという問題もある‥‥)。

 ともあれ、これを念頭のご挨拶に代えていただくとして、皆さま今年もよろしくお願いいたします。

Posted by 谷分 章優 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月30日 (火)

ACTAの中身が気になるが、肝心の条文はいまだ明らかにならず‥‥

 タイトルでいきなり「ACTA」と書いてしまっているので、何のことかと思われた方がいるかもしれない。「模倣品・海賊版拡散防止条約」という新しい条約の構想のことで、「Anti-Counterfeiting Trade Agreement」の略である。2005年のG8グレンイーグルズ・サミットで当時の小泉首相が提唱し、今では日本・米国・EU・スイス・カナダ・韓国などが集まって「関係国会合」が開催されている。
 日本国内では、内閣府にある知的財産戦略本部が毎年発表する「知的財産推進計画」で、2005年版からこの構想が盛り込まれてきた。それを受けて、文化庁の文化審議会や、経産省の産業構造審議会などで経過が報告されるようにもなっている。
 ただ、そうした資料から条約構想の概要をしることはできても、肝心の条文の内容などが明らかになっていない。今年後半に入ってから関係国会合が頻繁に開かれており、経産省の発表によれば、条文案をもとに議論するところまで来ているということだ。
 ここでは、私が自分用のメモも兼ねて、これまで明らかになっている資料について書き留めてみる。

 まず最近に公開された情報としては、12月18日付で経産省が「12月関係国会合の概要」を発表している。それによれば、12月15日から17日にパリで会合が開かれ、日本・米国・EU(欧州委員会とメンバー国)・スイス・カナダ・韓国・メキシコ・シンガポール・豪州・ニュージーランド・モロッコが参加したという。
 この関係国会議では、今年6月に開かれた会合から条文案をもとに交渉を開始し、7月29日~31日(ワシントン)、10月8日~9日(東京)、そして今回のパリで4回目だという。ただしそれ以前にも、2007年10月に日米欧などから条約締結に向けた動きを加速する旨が発表されてから「非公式な協議を継続的に行なってきた」らしい。
 次回会合は2009年3月にモロッコで開催される予定。「可能な限り早期の妥結を目指す」としている。

http://www.mofa.go.jp/Mofaj/press/release/h20/8/1182255_914.html
「模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)構想 (7月関係国会合の概要)」
(外務省) 2008.8.1

http://www.meti.go.jp/press/20081009002/20081009002.html
「模倣品・海賊版拡散防止条約
 (Anti-Counterfeiting Trade Agreement, ACTA)構想
 (10月関係国会合の概要)」
(METI/経済産業省) 2008.10.9

http://www.meti.go.jp/topic/data/e81218j.html
「『模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)構想』
 12月関係国会合の概要について-注目情報」
(METI/経済産業省) 2008.12.17

http://www.meti.go.jp/press/20081218001/20081218001.html
「模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)構想(12月関係国会合の概要)」
(METI/経済産業省) 2008.12.18

 では、この「模倣品・海賊版拡散防止条約」構想というのはどういう内容なのか。大枠については、外務省・経産省・文化庁などから発表された資料から知ることができる。
 「模倣品」とは、特許権・商標権・意匠権などを侵害して作られたものを指す。作り手を偽って買わせるニセモノのことだ。そして、「海賊版」は著作権を侵害して作られたものを指す。最近は「物」に限らない、データとしての著作物のやりとりも問題視されてきている。
 こういった模倣品・海賊版が売買されることで発生する害悪の例として政府が挙げているのは、「企業が本来得るべき利益を損失させる」「創作者の開発と創作意欲を減退させる」「消費者の安全や健康を脅かす」「犯罪組織・テロ組織等の資金源にもなる」ということ。これらのうち、金にからむ部分は割とよく聞く理由だが、「消費者の安全や健康」というのは比較的最近聞くようになった謳い文句ではある。これはニセの薬や粗悪品が流通することによる影響を指したものらしい。
 模倣品も海賊版も一国の中で完結しているのなら、その国の法律で取り締まれば済むことだ。しかし模倣品・海賊版の場合は、ある国で製造されたものを他国へ輸出したり、数カ国の港を経由し積み替えることで製造国を判りづらくする実態がある。また、模倣品の本体と偽造ラベルとを別々の国で作り、それぞれを持ち込んだ国で最終的に組み合わせるなど、多くの国が複雑に関係する場合もある。そこで、国を超えて模倣品・海賊版対策の一定のルールを決めようというのが「模倣品・海賊版拡散防止条約」構想ということになる。
 この構想の中では、「国際協力の推進」「知的財産権の執行の強化」「法的規律の形成」が三本柱になっている。国際協力では、各国間での情報共有や途上国への制度整備協力をすることを想定する。執行強化では、知財関連法令の情報や手続きを公表するとともに、消費者の意識を「向上」させる取組みも行なう。そして法的規律では水際措置・刑事執行・民事執行についてのルールづくりをする。税関での差止・没収・破壊を確実にする方策や、模倣ラベルの刑罰強化、「非営利目的の著作権侵害への刑事罰の適用」、「権利者が十分な損害賠償を受けるための措置」が挙げられている。
 こうした大枠について述べた資料を示しておく。ネットに掲載されており、日本語でかかれた資料だ。まず文化庁でまとめたものは、2008年1月11日に開催された、文化審議会著作権分科会の国際小委員会での配付資料で読める(資料6「模倣品・海賊版拡散防止条約について」)。経産省によるまとめは、2008年4月24日付の産業構造審議会 通商政策部会(第7回)での配付資料だ。文化庁の方も経産省の方も、趣旨はほぼ同じ中身だが、文化庁の資料で「知的財産権全体としつつも、特に模倣品・海賊版問題の中心となっている商標権及び著作権侵害に焦点を置く」との一文があるのが興味深い。経産省の側も、開催情報を見るとこの12月9日に開催された第8回通商政策部会で追加報告があった模様だ。私はこの会合を傍聴できなかったので内容はまだ分からないが‥‥。
 この他、11月になって外務省がサイトにあげた国民向け広報がある。これなどは読んでいて分かりやすい。



http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/009/08011520/002.pdf

「模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA:Anti-Counterfeiting Trade Agreement)

 (仮称)構想について」

(文化庁:文化審議会著作権分科会

 国際小委員会2007年度第1回・配付資料・PDF)2008.1.11



http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g80424d04j.pdf

「模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)について」

(経産省:産業構造審議会第7回通商政策部会・配付資料・PDF) 2008.4.24



http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol16/index.html

「わかる!国際情勢 Vol.16 模倣品・海賊版を取り締まれ!

 ~現状と模造品・海賊版拡散防止条約(ACTA)構想」

(外務省) 2008.11.26



http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g81209a04j.pdf

「模倣品・海賊版拡散防止条約 (ACTA)(仮称)構想について」

(経済産業省・産業構造審議会第8回通商政策部会資料・PDF) 2008.12.9

 ここまで資料をかき集めてみても、結局わかるのは「大枠」だけだ。最後に挙げた、産業構造審議会の12月9日付の資料が最も新しいが、この時点で開催されていた3回の関係国会合で「水際措置」「民事執行」「刑事執行」が取り上げられた旨が追加されているにとどまる。やはり条文レベルにまで具体化した情報が欲しい。

 大枠の時点でも気になるところはある。国内の「海賊版」問題に対処するため、文化庁の審議会で、違法複製や違法配信からの録音・録画を違法とするいわゆる「ダウンロード違法化」の方針が固められているところだが、これは現行法の枠組みでは権利者側の立証の困難さを前提としてゴーサインが出された側面がある。私的録音録画小委の報告書によれば――

仮に現実に民事訴訟を提起する場合においても、利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられるため、利用者が著しく不安定な立場に置かれて保護に欠けることにはならないと考えられる。

とされる。しかし、条約によってこの立証が簡便化されることになれば、一般ユーザーにとっての脅威が強まることになるだろう(適法に入手した複製ですら、その適法性を示すのが難しい場合も少なくない)。
 現行法の中だからこそ一応のバランスが望めるところに、条約によって現行以上の保護水準が要求されることで、ユーザーにとって害になる法改定へと結びつくおそれが無いわけではない。特に海賊版の取り締まりに伴う、税関での持ち物検査や、インターネットでの発信情報のチェック、刑事手続きでの非親告罪化、民事手続きの簡便化などが課題として挙がるものと考えられる。無論これが実際に条約に入ってくるかどうかは判らないわけだが、日本政府の方針として現行法の範囲内でとどめるつもりだったらまだしも、実は2006年9月15日の時点で「模倣品・海賊版対策関係省庁連絡会議」が条約交渉に向けた方針を決定している。

http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/mohouhin/kettei/060915housin.pdf
「『模倣品・海賊版拡散防止条約(仮称)』構想の実現に向けた基本方針」



 効果的な制度を複数国で整備し、各国間の協力の拡充により執行活動の強化を図るという本条約構想の目的を踏まえ、条約内容の検討に際しては、新規の制度整備の可能性を排除せず、条約の実効性の確保、国内制度との調和、制度の合理性など、総合的な観点から行う。

 国内での政治情勢や審議会の空転などで、著作権法の次の改定がいつになるか見えない状況ではあるが、詳しい内容が明らかにされないままACTAの内容が固まってしまい、いつのまにか次の著作権法改定の中身も審議会・国民の頭越しに決まっていたなんてこともあり得る話ではある。
 それなのに、全然情報が出て来ない気味の悪さ。もう少し情報公開が無いものかと思わずにはいられない。

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2008年12月23日 (火)

いつのまにかB-CAS廃止の話は吹っ飛んでいて、追加する新ルールを考えるという話になっている

 22日に、総務省の「デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」第47回会合が開かれた。この会は「デジコン」の通称で知られ、地上デジタル放送のコピー制限「ダビング10」の仕様を長い年月かけて議論し、6月末の「第五次中間答申」のまとめをきっかけにようやく「ダビング10」開始の運びになったことで注目された。その後は、「技術検討ワーキンググループ」と「取引市場ワーキンググループ」での検討を並行しながら、その報告を受け議論を行なうという形で会合が開かれてきた。
 今回の検討委員会は、2つのワーキンググループのうち「技術検討ワーキング〜」の報告のみを議題にした。このワーキングでは、地上デジタル放送の著作権保護を適正に運用するための強制力(エンフォースメント)をどう保つかの議論を続けている。技術的な録画制限を用いメーカーやユーザーへ「契約」で強制する手法と、法制度などでルール破りを禁止する手法の2つがある中、前者の技術・契約を使う手法を検討した結果が報告された。

 ワーキング報告には「放送コンテンツ保護に係る技術・契約によるエンフォースメントの在り方(案)」というタイトルが付けられた。「利用者にとっての選択肢の拡大」を前提を掲げつつ、現行のB-CASカードを受信機へ差し込む方式からどう改良するかという提案が4通り示された。(1)カードを小型化すること(2)カードを販売時にあらかじめ受信機へ装着しておくこと(3)コンテンツ保護の機能をチップに集約する形をとること(4)コンテンツ保護ルールに基づいたソフトウェアを用いること——といった具合だ。
 カードを使うという点では現行と変わらない(1)と(2)については、暗号を解除する「鍵」の管理者としてB-CAS社の存在を前提としている。現行ではB-CAS社がカードの所有者であってユーザーに貸与される形を取っていること、目的外使用の制限のことなど、ユーザー制度を理解してもらうのが必要なのも同様だ。ただし(2)では、ユーザーが受信機へカードを指す行為が不要になるため、カードの貸与などの情報を提供する機会を確保するのに「クリック契約」などの操作を改めて用意しなければならなくなるとの「課題」が指摘されている。
 B-CASカードとは全く異なるアプローチである(3)と(4)でも、保護ルールを管理するライセンサーと、チップやソフトウェアを作る事業者とで「それぞれの役割や、役割に応じた責任」や「目的やスキームに応じた技術方式」などを改めて検討していく必要があると指摘している。

 これらの(1)から(4)という“新方式”が提案されたことで、B-CASの廃止がいよいよかと思いそうになる。ところが、これらの方式は、実は現行のB-CASシステムと並行して導入されることを前提にして提案されている。「利用者にとっての選択肢の拡大」という前提が掲げられていたのも、B-CASのものと新しい方式のものと両方があることによる「選択肢の拡大」を示したものだという。案を説明した総務省コンテンツ振興課の小笠原課長によれば、すでにB-CASシステムでの受信機を買った人が多くいることでもあるし、新方式へ移行した途端に受信できなくなるというのでは「消費者保護の観点から」問題があると判断した結果のようだ。
 B-CAS廃止論が強まっていた中で始まった検討だったのに、ワーキングの提案が4つ出てきたところでいつのまにかB-CAS廃止が吹っ飛んでしまった感じは否めない。もしB-CASと異なる方式が追加されるとなれば、別方式のものを並行して送信しなければならない、そのコストはどうなるのかと聞いている方としては不思議になってくるのだが‥‥。
 しかも、(1)から(4)の方式を聞いて、ユーザー側委員が相次いで(4)のソフトウェア方式が良いのではないかと意見を述べたが、今回の報告はまだ「どれが良い」「どれにすべき」とは言える段階に無いと村井主査が釘を刺すものだった。主査によれば、まだそれぞれがどれだけのコストを要するかまで検討しきれてはいないという。確かに、コストに関する記述は資料に無かった。
 放送局側の委員からは「B-CAS方式にこだわらない」とする発言が出て、もっとも理解を得るべき視聴者(国民)を重視する意向が示されはした。一方で、費用対効果などの問題もあって、今後議論を深めていく必要性を指摘する意見も相次いだ。まだまだ先は長い。

 デジコンで議論の対象となっているのは、「基幹放送」と呼ばれる無料の地上デジタル放送のみである。その「基幹放送」にスクランブルをかける必要性があるのか、という根本的な疑問が一貫して河村委員から示されてはきた。しかし、今回の報告では「技術・契約によるエンフォースメント」としている通り、それは全く前提に汲み入れられていない。先の(1)から(4)のいずれもが暗号化を想定されたものだ。法制度に頼らないという前提では、保護ルールを守らせるためにスクランブルをかけて、受信機を製造するメーカーにチェックを入れていく手法をとるしかないという考え方なのだろう。
 となれば、スクランブルに違和感を持っているユーザーの場合は、「選択肢」をシビアに判断するしか無いのかも知れない。また地上デジタル放送に違和感を感じ、移行をためらう原因はスクランブルだけではない。ユーザー側委員から、景気悪化とともにデジタルテレビを用意できない家庭が増えていく懸念が表明されてもいた。せっかくワーキングで提案した「選択肢」でも、その中に適切なものが無ければ、ユーザーは地上デジタル放送を選択しない(見ない)という判断を下す可能性もある(逆に、何となく受け入れられる可能性も無いとは言わないが‥‥)。
 小笠原課長が説明するようにB-CASシステムが残され、さらに新方式を加えるとしたら、コストがどうなるのか注目したいところだ。2011年のデジタル完全移行に向けてこの「新方式」が実施できるように、デジコンの議論は検討開始から1年ほどで結論を出すことを目指している。その期限にきっちり合わせて委員会としての結論は出してくるのだろうが、どうも今のうちから「改善が見込めない」という閉塞した感じが漂ってきてしまっているように私には思える(あくまでも私見)。

 「技術検討ワーキング」でも(1)から(4)が検討の途中で、そして法制度を活用した手法はまだ未検討な段階での話ではある。しかしB-CASを存続させることを選択したことで、その運用に実効性を持たせるため、たとえば正規のB-CASカードを流用する無反応機器・フリーオにどう対処するかなどの論点で選択肢が限られてくるように思う。現に、椎名委員から「これらの案では、すでに多くの家庭に鍵が行き渡っているB-CASの問題が解決されるわけでなく、制度的エンフォースメントの導入を求める」発言があった。
 「技術検討ワーキング」が法制度に頼るのには消極的だった印象が私にはあったが、今後の議論次第では雲行きが変わってくるのではないかと思えてきた。ユーザーにとって、結局制限を受ける方向へ行きがちになりそうで、あまり嬉しい話ではない。

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2008年12月21日 (日)

遅々として議論が進まぬ国際会議、悠然としている国際小委員会、でも油断はできない

 12月19日に開かれた、文化審議会著作権分科会の国際小委員会(第2回会合)で「今後の検討課題」がまとめられた。このうち最優先して検討すべきと多くの委員が要望したのが、海賊版対策だった。とくにインターネット上での「個人の海賊行為」に言及する意見が相次いだ——。

 国際小委員会は、世界知的所有権機関(WIPO)などの国際会議や、他国との二国間協議、締結を目指している条約などの動向を見ながら、著作権に関して対外的な日本の方針を検討する会だ。私的録音録画補償金の見直しを任せられていた私的録音録画小委員会や、著作権法の法改正そのものを議論する法制問題小委員会と並び、文部科学省の諮問機関である文化審議会著作権分科会の下に設置されている。今年度の第1回が5月12日に開かれたきりで、12月の第2回までしばし間が取られていた。
 半年以上の間、国際小委員会で何もしていなかったわけではない。同小委員会に「国際検討ルール形成検討ワーキングチーム」が設けられ、「著作権をめぐる国際動向と今後の検討課題について」の検討が行なわれてきたのだ。今回の国際小委員会は、その検討結果が報告される場でもあった。

 ワーキングチームも同小委員会も動向を見ている国際会議というのは、年に1回開かれるWIPOの加盟国総会と、この総会のもとに設置された「著作権等常設委員会(SCCR)」「開発と知的財産に関する委員会」「遺伝資源、伝統的知識及びフォークロアに関する政府間委員会」などのことを指す。その中でも、議論の中心になるのはSCCR(今年は11月3〜7日に開催)の動向についてだ。
 SCCRでは、デジタル・ネットワーク化に対応した放送機関の保護水準を定める「放送新条約」が1998年から、映像に録画された実演(視聴覚実演)の保護水準を定める「AV条約」が2000年から議論されてきており、その動向についてはこれまでの国際小委員会の報告書にも記載されてきた。しかしいずれの条約構想も、欧米間で意見対立が起こり進捗していない。また比較的新しい議論として、発展途上国から「権利の制限と例外」について国際水準を決めるよう求めているが、先進国がそれに反対し、まず各国の権利制限について実態調査と研究をすべきだという話になっている。
 要するに、国際会議を舞台にした話し合いは全くまとまらない状態だ。そこで日本として今後どう対応していくか、何を働きかけていくかを考えるのに、国際小委員会で先のワーキングチームを作り「今後の検討課題」をまとめたわけだ。

 同ワーキングチームでまとめた検討課題は、「1.著作権保護に向けた国際的な取組」「2.エンフォースメント(法律遵守の強制力)の実効性確保に向けた取組」「3.開発と知財問題への対応」といった項目が立てられている。
 1では、「放送新条約」「AV条約」の議論の動向をふまえながら今後の対応を検討するとしている。2については、国をまたいだ著作権侵害でどこの国の法律・裁判所を用い法的判断を得るのかという準拠法・国際裁判管轄の研究を進めるという。また、各国が持つ海賊版対策の制度を情報収集し分析するのも必要だと指摘している。3は、発展途上国が主張する「パブリックドメインの確保や国際規範に関する柔軟性の確保」「フォークロア(ある共同体で代々作られてきた文化遺産としての創造物)の保護」について、前者は現在の保護水準(条約で許容される保護の制限)でも十分対応できると途上国に伝えていくこと、後者は(条約の形でなくても)各国で対応可能なガイドライン・モデル規定を作るよう提案している。
 このワーキングの報告ですでに「検討課題」がまとめられていたが、国際小委員会名義で決定する「今後の検討課題(案)」という資料も会合当日には用意されていた。ただし内容はワーキングチーム報告とほぼ同内容だ。ワーキングの報告は小委員会に対するもので、小委員会の親会である著作権分科会へは「今後の検討課題」を報告する形になる。

 国際小委員会では、検討課題の中身自体は原案どおり了承された。ただ、これらは課題として大きなものばかりなので、どれを優先させるか順位を決めてはどうかとの委員意見が相次いだ。具体的には、2の「エンフォースメントの実効性確保に向けた対応」を優先するよう求める声が多かった。
 口火を切ったのは、久保田裕委員(コンピュータソフトウェア著作権協会)だった。海外で権利侵害があった場合に、その権利の所在を政府が認証して権利行使をしやすくする必要性(そして制度の提案)を述べた。加えて、海外でのファイル交換ソフトの使用や中国での海賊版を挙げていた資料を指し、ファイル交換ソフトの使用が日本国内でも多いことや海賊版がヨーロッパでも多いことなど、現状を正しく把握する必要性も強調した。
 石井亮平委員(日本放送協会ライツ・アーカイブスセンター)は、放送機関保護(放送新条約)についての政府の働きかけを求め、海外での動画共有サイトで放送番組が違法にアップロードされている実態を強調しながら、「簡便な手続きで違法な動画が削除される」仕組みが望まれるとした。池田朋之委員(日本民間放送連盟)も同様に、「放送事業者の立場で言うと、放送条約の成立がないと海外での権利行使は難しい」として、違法な動画をどう削除させるかの調査を求めた。
 こうした権利者側委員からの要望が相次いだことを受けて、先に口火を切った久保田委員が「委員会でお願いするだけではなく、権利者がまず現場に踏み込んで実態調査をする、そして実費程度を国から貰ってというつもりでないと。(お願いするだけでは)変わらないんじゃないか」と、権利者側の受け身の姿勢を正すべきだと釘を刺す場面もあった。

 委員意見が重なった「エンフォースメント」の優先順位が高めに設定されることはおそらく間違いないだろう。優先度についての議論は次回にと道垣内主査の発言があったが、「エンフォースメント」だけを検討課題にすることはないにしても、委員の意向はある程度反映されるものと思われる。優先順位にまで触れるかはともかく、「今後の検討課題」を含めた国際小委員会の方針は、1月26日に予定されている著作権分科会で報告される。
 こうして今期の法制問題小委員会・私的録音録画小委員会・国際小委員会と、著作権分科会へ向けての報告が出揃った(なお「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」第7回会合は年明けの1月6日に開催予定)。いずれも著作権侵害対策の検討結果が盛り込まれるということになる。違法複製や違法配信からのコピーを違法化するという構想を盛り込んだ法制問題小委員会・私的録音録画小委員会と比較して、国際小委員会については、報告書の上ではまだこれから調査を始めるところという違いはある。たとえば、ファイル交換ソフトを利用した著作物のやりとりは国境を越えるものが多い。調査研究や、準拠法・国際裁判管轄の検討、そして関係国同士の情報共有の仕組みづくりなど、まだまだ取組みが始まったばかりだ。
 しかし気になるのは、国際小委員会での検討がこうゆっくりしているように見える裏で、日本・米国・EUなどの一部の国でWIPOより小規模の会議が持たれ、ルールづくりを進めている例もあるところだ。「模倣品・海賊版拡散防止条約」(ACTA)に関する話し合いがそれで、今年6月・7月10月12月概要)と相次いで関係国会合が開かれているとの発表が経産省や外務省からされている。国際小委員会で事務局(文化庁)から報告されたACTAの内容は今ひとつはっきりしないものだったのだが(ただし前期第1回には説明資料PDFが出されている)、日本の現行法より高い保護水準で海賊版対策が盛り込まれる可能性※があるだけに、国際小委員会に話が来る前に規制強化の方向性が決まっているなどということもあり得る。
 そう考えると国際小委員会の悠然さはそのまま真に受けられないかも知れない。


※2006年9月15日に模倣品・海賊版対策関係省庁連絡会議がまとめた「基本方針」(PDF)の中に、「条約内容の検討に際しては、新規の制度整備の可能性を排除せず、条約の実効性の確保、国内制度との調和、制度の合理性など、総合的な観点から行う」との一文がある。

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2008年12月18日 (木)

メーカーが文化庁案を拒否できたのは文化庁のおかげです

 16日の私的録音録画小委員会(第5回)での、中山信弘主査の締めの言葉が印象に残るものだった。議事を進めて報告をまとめる役割を中山主査が担っていたわけだが、いわゆる「ダウンロード違法化」を実施する方向を維持しつつも、本題の私的録音録画補償金について方向性が打ち出せなかった。これを指しての発言だ。
 発言を以下に引用する。私の傍聴メモと記憶から再構成したものなので、正確なところは1か月後くらいに公表される議事録を待っていただきたい。

 この私的録音録画補償金の問題は、知財戦略本部から、制度の廃止も含めて根本的な検討をおこなうというミッションを頂戴していたわけですが、合意できずに主査として大きな責任を感じるところです。

 私事になりますけれども、去年、著作権法の体系書を出しまして、その本の最初のタイトルが「著作権法の憂鬱」ということでして、まさにその「憂鬱」が現実のものになってしまいました。補償金の問題は、著作権法の全体からすれば僅か(一部分)というものかも知れませんが、現在 著作権法が抱えているデジタル問題を象徴するものだろうと思っています。著作権法がデジタルにどう対応していくかという非常に大きな課題を与えられているのだと。

 ‥‥というわけで、申し訳ございませんというお詫びの言葉でこの会議を締めくくりたいと思います。

 知財法研究の第一人者で、ユーザー側からの信頼も厚い人格者の中山先生が詫びて閉会するという、傍聴していたこちらが申し訳ない気持ちになる場面だった。ただその一方で、私は、中山先生が「責任」を感じる必要はないだろうとも感じていた。私的録音録画補償金をめぐる議論というのは、権利者とメーカーとの思想の対立が大元にあり、その間をとりもつ人はいつもハズレくじを引かされる運命にあるからだ。
 今ある補償金制度が1993年に開始するまでの議論の経緯をみても、そうしたハズレの連続だったことがわかる。家庭内でユーザーが録音・録画することの「補償」を権利者(音楽の著作者・レコード会社・放送局・実演家など)が求め、当時の著作権審議会に「第5小委員会」が設置されたのが1977年のことだ。その「第5小委員会」で話がまとまらず、審議会の外に設けられた「著作権問題に関する懇談会」でも結論が出ず、また著作権審議会(第10小委員会)に議論が戻された。ハズレ、ハズレ、またハズレの連続である。最終的に補償金制度を作ることでまとまった第10小委員会ですら、1987年8月の第1回から1991年12月の報告書完成まで4年以上かかっている。
 なぜそうした議論の空転ばかりが続くのかを考えると、無理もない事情もあったりする。補償金の問題とは結局、金を払いたくないメーカーと、金を貰いたい権利者との攻防なのだ。ひとことで言えば、ユーザーの録音・録画行為をダシにして権利者がメーカーから“著作権料”を取ろうという話である(その“著作権料”を実質的に負担するのがユーザーだというのが何ともタチが悪い)。

 そうしたわけでメーカーと権利者との間で見解が交わらないことは判りきっていた私的録音録画小委員会だったが、実は、議論の中で一瞬だけ共通見解が見出せそうな場面はあった。ユーザーが私的録音・録画する場面を具体的に想像しようという話になった時だ。
 たとえば、ユーザーが自身で買ったCDからiPodなどへコピーする場合、補償が不要そうだというのは権利者側も認めざるを得なかった。また、他人が買ったものを借りてきてコピーすることについては、補償不要とまでユーザー側もメーカー側も強弁できなかった。インターネットで配信されているものについては、同小委員会で議論が始まる以前から補償金は「二重取り」に当たるのではないかと指摘されてきたとおり、iPodやPCへのユーザーのコピー行為を前提にして価格を決めているのだろうということになった。
 これら3つを素直に拾い上げて補償金制度に組み込めば議論がスムーズにまとまりそうなものだが、事務局として小委員会の議事を仕切っていた文化庁はそうしなかった。その後、いわゆる文化庁案ということで、事務局が次のようなまとめを試みた(以下の文章自体は私自身が要約したものである)。

 1.20xx年、私的録音・録画を著作権法30条から外し、補償金を廃止する

 2.「権利者の要請による」DRMがコンテンツすべてに
   かけられているのが廃止の条件

 3.仮にDRMフリーのものがあっても、
   それは「権利者の要請」によるものとみなせる

 4.当面、音楽CDと無料デジタル放送があるので補償金を残す

 5.iPodやHDDレコーダー・ブルーレイディスクは補償金対象に追加指定する

 6.適法に配信されたものは著作権法30条から外す
   (契約で複製が許諾されている)

 ※ 違法複製されたり違法配信されたものからの録音・録画は30条から外す
  (これは事務局案とは別に実施される予定らしい)

 これらひとまとめで「文化庁案」である。パッと見ただけでも、補償金を廃止するのか拡大するのか何が何やらといった具合だ。文化庁案の詳細は、既に公表されている小委員会議事録の中で参照できる(加えて、小委員会の報告書にも丸ごと転載される予定)が、それに目を通しても目眩がひどくなるだけである。論理が一貫していない。
 結果、メーカー側が「補償金廃止への道筋が見えない」として受け入れを拒否し、文化庁案は小委員会もろとも吹き飛んだ。30条をいじくりまわし、今ある補償金制度へ多少手を加えるだけで済まそうという文化庁の姿勢がこの結果を生んだのだ。例の案にしても、“将来的な廃止”はちらつかせただけで実現不可能、実際の補償金制度は課金対象を拡大するという二枚舌だったのだから、メーカーが拒否するのは当然だろう。

 「著作権法がデジタルにどう対応していくか」という大きな課題を意識していた中山先生の思いと裏腹に、小委員会での議論は窮屈なものに押し込まれていった感がある。あくまでも今ある補償金制度を前提として、30条のもとでの私的録音・録画を権利者の「不利益」と考え続けた。しかしユーザー側から疑義が突きつけられていたのはそうした前提自体だったわけで、小委員会がメーカー・権利者・ユーザーという三者の合意を目指していたのなら、もっと根本のところに戻っての説得は必須だったと私は思う。
 職業クリエイターが著作物を作って売り、新しい作品を求めるユーザーがなにがしかの対価を払って鑑賞する。クリエイターが食べていくためこの対価の流れを維持する必要があること自体は、誰もが理解するところではなかったか。その著作物を売る相手が「複製機器を所有するユーザー」なのだと織り込む必要があることも同様だ。
 そうしたときに、著作権法で保障されるべきクリエイターの「利益」の範囲はどれほどのものなのか。たとえば一人のユーザーから、同じ著作物で何度も対価を取ることまで保障されなければならないのか。ユーザーが家庭内でするコピーの中で、権利者に対価を払うべき範囲がどれくらいのものなのか。——そうした論点について、議論に参加していた者たちが自身の主張をあらいざらい出した上で、共通項を積み上げていく努力が必要だったのだ。
 観念的な議論でウロウロせずに、そこまでシンプルな話に戻れば、少なくとも権利者側とユーザー側とで納得できる落としどころが見えてきたのではないだろうか。議事録の中で、ユーザー側委員が発言したことを読み返してほしい。彼らは金を払うのがイヤだと言っていたわけではない、何故それを払うのかという点にこだわっていたのだ。

 最後に、底意地の悪いことを書いておこう。
 私があの小委員会で本当に見たかったのは、権利者とユーザーとでは納得できる落としどころがまとまり、メーカーが対応に苦慮する姿だった。ユーザーの代弁者然として「iPod課金」反対を言い続けてきたメーカーが、当のユーザーが補償金支払いを認めた時に何と言うか楽しみにしていたのだ。その落としどころに素直に乗ってきていたのかどうか。
 残念ながらそれは、メーカーがまとめ案を拒否する根拠を与え続けてきた文化庁の仕切によって実現はしなかったのだけれども。

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2008年12月17日 (水)

積み上がったものって何かあったんだろうか? 今後の議論で使えるものって何かあったんだろうか?

 12月16日、私的録音録画小委員会の第5回会合が開かれた。今回了承された報告書にも書かれていたのだが、「今期で終了」する同小委員会の最終回ということになる。権利者・メーカー・ユーザーの立場から委員が意見をまくしたてていた、小委員会のこれまでの様子とは対照的に、静かに淡々と終わった。わずか30分の会合だった。
 私的録音録画補償金の「根本見直し」をするのが目的だった筈が、結局その制度には手をつけられないまま幕を閉じる。また、注目されていた「iPod課金」の行方についても結論が出なかった。事務局は論点整理ができたと強調していたが、今後の議論でそれが役立つかは、今回現に失敗しただけに疑わしい(個人的には、そのまま議論を続けたら話がこじれるだけだと思う)。2006年以降、この小委員会で議論されて生み出されたものと言えば、例外・例外で虫食いだらけになった著作権法30条だけになりそうだ。

 私的録音録画小委員会がスタートした直接のきっかけは、iPodなどの新しいデジタル機器に「補償金」をかけるべきかという議論が、2005年の文化庁で起こったことだ。文化庁がiPodへの課金を文化審議会著作権分科会(法制問題小委員会)に諮問したところ、社会的な注目をあつめ、インターネットを中心に反対運動まで起こってしまった。文化庁としてはすぐにお墨付きをもらって課金しようと考えていたようだが、意外なことに法制問題小委員会でも賛否がまっぷたつに割れてしまい、結論が出せなかった。
 その上、補償金制度の「根本見直し」もすべきだという意見も出て、その方向で報告書もまとめられた(著作権分科会報告書PDF)。これを受けて設置されたのが私的録音録画小委員会だ。

 私的録音録画小委員会では2006年から議論が始められた。
 ユーザーがデジタル機器で録音・録画すると、それが家庭内であっても権利者の「経済的不利益」を発生する。だからその不利益の金銭的補償として機器や記録メディアに「補償金」を課金して権利者に還元する——というのが補償金制度の概要だが、この「根本見直し」を目的として設置された割には、こうした制度創設時の前提を踏襲して議論が進められた。実は、ユーザーの間にはこの前提そのものに疑義を持つ人が多いにもかかわらずだ(私もそうした一人である)。
 制度の「根本見直し」というよりは、むしろ権利者・メーカー・ユーザーといった関係者が一同に介することで、再度コンセンサスを構築していくことの方が重視されていたようではある。ただ、それにしても議論の前提の設定が性急に行なわれ、その後の議論のきしみを生んでいたように思えてならない。端的に言えば、メーカーやユーザー側の委員から示されていた疑問は置いてけぼりにされた。
 小委員会での議題を大きく分けると、「そもそも私的複製の範囲はどうあるべきか」「補償金制度を今後どうすべきか」「新しい機器への課金をどう考えるか」という内容だった。文化庁としては一定の方向でまとめようと、早い段階から議論を仕切っていた。これが先のメーカー・ユーザーの置いてけぼりに繋がってもいたわけだが、2007年10月12日付で出された「中間整理」(PDF)までは、文化庁の提示したまとめへの賛否両論を書き込むことでなんとか漕ぎ着けた。

 さて、今回了承された報告書を見ていく。この報告書の内容は、「中間整理」以後の小委員会の展開をまとめたものに過ぎない。しかし報告書を形にするのに苦労する事務局のさまを象徴しているようにも見えるし、文化庁案の提示の仕方や内容を丹念に負っていくと、それが受け入れられなかった理由も透けて見える気がする。興味深い中身ではある。
 下に目次を抜き出してみた。

はじめに
第1章 私的録音録画補償金制度の見直し
 第1節 私的録音録画補償金制度の見直しに関する事務局提案
 第2節 私的録音録画補償金制度の見直しに関する事務局提案に対する意見
第2章 著作権法第30条の範囲の見直し
 第1節 違法録音録画物、違法配信からの私的録音録画
 第2節 適法配信事業者から入手した著作物等の録音録画物からの私的録音録画
第3章 今後の進め方

 冒頭の「はじめに」から、私的録音録画小委員会での議論が総括されている。「著作権保護技術と補償の必要性の関係を巡る議論を中心に、関係者間の意見の隔たりが依然として大きいことが明らかとなり、これまでの議論においては補償金制度の見直しについて一定の方向性を得ることはできなかった」という。単に議論が進まなかったことを確認するだけなら、最初の数ページだけを読んだだけで用事が済むだろう。
 総括にあるような「関係者間の意見の隔たり」が大きいのは、議論する前から判りきっていたことだ。補償金を増額したい権利者と、補償金を払いたくないメーカーと、そして補償金の存在を知らないか、知っていても納得できる根拠が示されていないと考えるユーザーが「関係者」である。それらの意見の隔たりをどう埋めるのかが議事進行の見せどころだった筈。そしてその結果は‥‥。
 第1章の「私的録音録画補償金制度の見直し」こそが、本当は報告書のメインに据えられなければならない項目だった。しかしこの報告書ではそうならなかった。話の順番からすれば、第2章の「著作権法第30条の範囲の見直し」で前提を示して、その後で補償金の検討という流れの方が自然な筈だ。“成果”の演出とは言っても、第1章と第2章とを倒置させたのは苦しい。


■第1章第1節

 第1章をもう少し細かく見てみよう。第1章第1節は、ここをまるまんま使い、事務局がまとめようとしていた方向性(いわゆる文化庁案)が掲載されている。これまでの小委員会で小出しにされてきたものを一気に転載した形だ。報告書自体が公表されるのはまだ先になりそうなので、リンクを示しつつ文化庁案の流れを以下で紹介したい。
 ただし文化庁案を読む際に注意したいのは、この案では小委員会がまとまらなかったという事実と、事務局がこの方向でまとめようと議事を進めていた際に委員から出された指摘が、文化庁案からも報告書からもかなり抜け落ちていることだ。

 文化庁は、中間整理・パブリックコメント募集をへた前期第15回会合(2007年12月18日)に、「私的録音録画と補償の必要性に関する考え方の変遷」という資料を作成した(PDF。本報告書では第1章第1節2に転載)。「20xx年」の補償金廃止を謳ったものとして当時も話題になったが、これはあくまでも「著作権保護技術の発達・普及を前提に、私的録音に関しては、30条の適用除外とする」上でのものだ。
 この文化庁のまとめに対し、著作権保護技術(なおこれは著作権法の「技術的保護手段」よりも広い概念で、いわゆるDRMをイメージしてもらえると良い)の発達・普及を前提にすることに妥当性があるのかという委員の疑義が出されている。また「娯楽目的」という、鑑賞を目的とした私的録音・録画を30条から除外すること自体にも問題がある。ユーザーの批判をかわすためか、資料の中で「購入したパッケージのプレイスシフトについて権利制限(無許諾・無償)を認めることは要検討」との文言も入っているが、こちらは全くの空手形に終わっている。

 次に事務局が提示したのは前期第16回(2008年1月17日)会合での資料「著作権保護技術と補償金制度について」だ(本報告書では第1章第1節3に転載)。著作権保護技術が「著作権者の要請」によって施された場合には、そこからコピーしても補償金は必要ないだろうという前提を出した。その一方で、当面補償金で対応する必要のある分野として音楽CDと無料デジタル放送を指定してもいる。
 この文化庁案では、そもそも権利者がコピーフリーを選択した場合はどう解釈されるかという問題がある。事務局は「権利者の要請」である場合と、「権利者の要請」とみなせる場合などを(この回以降)たびたび解説するようになる。他にDRMのかかった媒体があるにもかかわらずCDをレコード会社が選択していること、デジタル放送のDRM(ダビング10)の策定の際にも権利者が関わっていることなどを考えると、音楽CDと無料デジタル放送だけ補償金を残す必要があるとの結論にも疑問のあるところだ(事務局が説明していたところの「権利者の要請」とみなす場面との違いを説明しきれていない)。
 補償金を廃止するとの方向性と、残すとの例外の作り方にすでに齟齬をきたしていて、メーカーが反対する火種はすでにこの時点から存在していたと考えられる。

 前期の審議経過報告をまとめた第17回(1月23日)、「エルマーク」の報告と海外での補償金制度の調査報告があった今期第1回(4月3日)を経て、今期第2回(5月8日)に文化庁がいよいよ制度設計案を出してきた(本報告書では第1章第1節4)。この日には、これまでの文化庁案に解説を加えた資料も合わせて用意されている(こちらは本報告書に掲載されていない)。
 制度案を要約すると、先の会合で「補償金で対応する必要性がある」とした音楽CDと無料デジタル放送の存在を根拠とし、当面補償金を現状維持する。PCなどの汎用機などへ課金しないのはそのまま、支払い義務者もそのまま。ただし唯一、iPodなどのハードディスク内蔵型(フラッシュメモリ内蔵型も含む)機器とブルーレイには補償金をかけることにするという方向だった。
 ここまでの文化庁案は“将来的な補償金廃止”をちらつかせて話をまとめようとしてきたため、この回でようやくメーカーが文化庁案に疑問を示すこととなった。メーカーの疑問への文化庁の対応は次回に持ち越され、以後の混乱へと続いていく。ともあれ報告書の中での、文化庁案の内容紹介はここまでだ。


■第1章第2節

 第1章第2節では、第1節で転載された文化庁案に対する委員の意見がまとめられている。といっても小委員会全体としてのまとめではなく、「権利者」「メーカー」「消費者」「学識経験者」それぞれの立場ごとにまとめたものだ。こうした書き方をせざるを得ないほど、7月30日の今期第3回会合では委員の間に亀裂が走った。
 それまでに出されていた文化庁案に対し「補償金廃止への道筋が見えない」としてメーカーが疑問をぶつけ(これは前の回)、事務局が文書で説明するとしたのがこの日の配付資料「回答」だ。ところがその内容は、これまでの事務局案に書かれていたものを繰り返していたにすぎなかった。
 それを受けてメーカーはついに文化庁案の拒否をはっきりと宣言した。それまでダビング10をめぐって総務省の審議会でも確執のあった権利者側も反発し、中山主査いわく「パンドラの箱を開けたよう」な事態へと陥った。つまり小委員会自体が回らなくなってしまった。結果、第1章で報告されるべき検討結果も出ずに小委員会の最終回を迎えてしまったのだ。


■第2章第1節

 ここまでの第1章の議論の前提として本来は扱われる筈だったのが第2章だ。著作権法第30条のいわゆる「私的複製」の範囲を明らかにする目的で、ここから「除外すべき」とする内容を小委員会では検討してきた。そして、中間整理の時点ですでに「第30条の適用を除外することが適当であるとする意見が大勢であった」とまとめられてしまった「ダウンロード違法化」問題というのがこれだ。
 第2章第1節では「違法録音録画物、違法配信からの私的録音録画」について書かれている。しかし内容は中間整理とほぼ同じもので、「違法録音録画物、違法配信からの私的録音録画については、その実態から通常の流通を妨げているものと考えられ、ベルヌ条約等のスリーステップテストの趣旨、先進諸国の法改正や判例の動向等を勘案すれば、中間整理で示された条件を前提として、第30条の適用を除外する方向で対応することが必要であるとの意見が大勢であった」としている。この第30条からの除外をするにあたっては、「利用者保護」をするとのことだったが、その内容についても中間整理から進展は無い。

ア 政府、権利者による法改正内容等の周知徹底
イ 権利者による、許諾された正規コンテンツを扱うサイト等に関する情報の提供、警告・執行方法の手順に関する周知、相談窓口の設置など
ウ 権利者による「識別マーク」の推進

なお、イの措置に関連して、意見募集では利用者が法的に不安定な立場におかれるのではないかとの疑念が多く寄せられたが、仮に現実に民事訴訟を提起する場合においても、利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられるため、利用者が著しく不安定な立場に置かれて保護に欠けることになることはないと考えられる。

 この点については、立法化の検討時にはよく留意して消費者保護を図るべきとの意見があった。

 これまでの私的録音録画補償金に関するユーザーの認知度を考えると、アやイにどれだけの期待が持てるだろうか。むしろ“違法着うた”に対するコンテンツホルダー側の行動や、「Culture First」のような補償金要求運動の方が広告効果が高かったように思うが、それはとどのつまりダウンロードユーザーを権利者側が訴えるところまで行かないと無意味ということでもある。
 ウなどは、国内のレコード会社が国内の音楽配信事業者に音源を提供した時にのみ表示されるもので、それ以外の適法配信には表示が期待できない。これが「ダウンロード違法化」の「利用者保護」に数えられてしまうところに、この法改定(現時点では予定)のおかしさがある。議論の中で、海外の配信についてはとうとうノータッチのまま議論が終了してしまった。
 「利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられる」との説明も何の慰めにもならない。このハードルで権利者が提訴できないとすれば法改定は無意味であるし、逆に訴訟の乱発や証拠保全命令などが組み合わされればユーザーにとって脅威となる(ユーザーが適法性を証明できないコピーなどいくらでもある)。私は社会状況としてどちらにも行き得ると考えるし、どちらに行っても適正な状態ではないと考えている。誰も得をしない。

 このいわゆる「ダウンロード違法化」の問題については、ダウンロードがダメでストリーミングはOK、という奇妙な論点も存在していた。キャッシュが複製と判断されかねないのではとの指摘もあった。しかしこれに対して報告書は、「平成18年1月の著作権分科会報告書においても対処の方向性が記されており、今期の文化審議会著作権分科会においても、改めてその方向性に沿う制度的対応について検討されているところである」としている。この「制度的対応」がいつになるのかまだ判らないではあるが‥‥。
 また、私的録音録画小委員会がこうも安易に30条縮小を決めたことで心配されるのが、録音(音楽)録画(映像)分野以外の私的複製でも同様の法改定が行なわれ得ることだ。しかし、これについて報告書では、法制問題小委員会での議論に委ねる旨の書かれ方をしている。現段階での法制問題小委員会でも、録音・録画以外の分野での30条縮小には慎重ではある。


■第2章第2節

 第2章第1節が「違法」なものからのコピーについての検討だった。次の第2節では、「適法」なものからのコピーの話になる。「適法配信事業者から入手した著作物等の録音録画物からの私的録音録画」というタイトルだ。
 ここでは「第30条の適用を除外するとする中間整理の考え方を否定する意見はなかった」としながら、「補償金制度のあり方に関わる関係者の合意を前提に、補償金制度の縮小と他の方法による解決への移行、すなわち契約モデルへの移行という流れの中で捉えられるべきものであり、私的録音録画の将来像や補償金制度の見直しに関する合意がないまま本件のみを先行するのは問題があるとの意見があった」とまとめている。
 違法ソースからのコピーの話とは対象的に、こちらは慎重な書きぶりになっている。「適法配信」の方はしばらく法改定されることはないと見てよさそうだ。逆に言えば、補償金の課金対象にiPodやPCなどが視野に入ってくる時に、「二重課金」の火種が再び‥‥ということになるわけだが。


■第3章

 ここまで見てきた報告書の第1章・第2章は、その内容となる基礎がこれまで既に公表されてきたものにあった。事務局が作成してきた資料や、中間整理や、委員の発言(過去の会合の議事録も公開されている)の引き写しだ。それを受けて、初めてオリジナルの中身で書かれるのが第3章の「今後の進め方」だということになる。しかし第3章は1ページしか無い。もはや私的録音録画小委員会には「今後」が無いということを分かりやすすぎるくらいに示している格好だ。
 事務局提案に関しては、「事務局が関係者の互譲の精神を尊重しつつ提案したものであり、検討の過程で事務局提案に賛成する意見があったとしても、それは最終的に関係者が合意するということを前提とした意見であると考えられるので、関係者の合意が得られなかった以上、今後の議論については、中間整理の段階に戻って進めざるを得ないと考える」とまとめた。ただし議論の成果として「新たな解決策を模索するための論点がある程度整理された」という書き方もしている。私的録音録画補償金の議論を追い続けてきた私としては、どうも疑問に感じるところばかりではあるが。
 私的録音録画小委員会そのものについては、「小委員会としての議論は今期で終了することが適当であると考える」としている。文化審議会著作権分科会の中での検討課題から私的録音録画補償金が外れることは無いだろうし、(どの小委員会が受け持つのかは別として)今後も著作権分科会としての議論は続けられるようである。それとは並行する形で、「同分科会の枠組みを離れて、例えば権利者、メーカー、消費者などの関係者が忌憚のない意見交換ができる場を文化庁が設けるなど、関係者の合意形成を目指すことも必要と考える」との構想が報告書にある。オープンなものになるのか、非公開になるのかも含めて、事務局の説明によれば「未定」とのこと。

 以上が、最後の私的録音録画小委員会で了承された報告書だ。この報告書を小委員会にかけるにあたり、事務局は前もって各委員と文言の調整を済ませていたという(これが審議会の普通の進行なのだろうけれど)。そのためか委員からの発言はほとんどなく会合が終了した。
 ただひとり、発言を求めたのがJEITAの長谷川委員だった。その内容は、今後の議論についてだ。「新しい議論の場を設けるということだが、消費者全体にかかわりのある問題でもあるし、オープンな場で議論したいと思っているのでよろしくお願いしたい。契約と技術の組み合わせでできるのではないかという論点を含めて議論できればと思う」。
 その「新しい議論の場」が、ユーザーの目や手が届く場所に作られるのかはまだ明らかにされていない。かつて文化庁案に「権利者、製造業者、消費者、学識経験者等で構成され、文化庁の要請に基づき、透明性及び迅速性が確保された決定プロセスにより検討を行う」評価機関とやらが盛り込まれていたことを思うと、皮肉ものだとつくづく思う。今の文化庁に、その評価機関並みの「透明性」を確保した「新しい議論の場」を作るつもりがあるのかどうか‥‥。

Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月10日 (水)

“お馴染み”JASRACのシンポ、話題は「ネット法」と「日本版フェアユース」

 12月9日、JASRAC(日本音楽著作権協会)がシンポジウム『コンテンツの流通促進に本当に必要なものは何か』を開催した。このタイトルは、前のシンポジウム(3月25日)でのパネルディスカッションで動画共有サイトを取り上げた際に、放送番組がネット配信されない現状を制度で変えようという、いわゆる「デジタルコンテンツの流通促進」の議論に話が及んだことを受けたものだ。
 シンポジウムは二部構成になっていた。第1部は、12月1日からスタートした番組ネット配信サービス『NHKオンデマンド』について、日本放送協会 放送総局特別主幹の関本好則氏の講演があった。NHKオンデマンドでは、番組の放送直後に期間限定で配信し、放送時に「見逃し」た人のニーズに応える「見逃し番組サービス」と、過去のNHK番組をユーザーの好きな時間に視聴できる「特選ライブラリーサービス」が用意されている。これまでの日本の放送局では珍しい、大がかりなネット配信サービスとして、ビジネスモデルがどう確立されるか注目されているところだ。ここでの結果が、今後の「流通促進」の議論の行方を左右するかもしれない。
 第2部は中央大学法科大学院教授・弁護士の安念潤司氏がコーディネーターをつとめ、株式会社ドワンゴ 代表取締役会長の川上量生氏、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の岸博幸氏、株式会社ホリプロ 代表取締役兼社長 CEOの堀義貴氏、立教大学社会学部 メディア社会学科准教授の砂川浩慶氏、日本音楽著作権協会常務理事の菅原瑞夫氏らがパネリストとして登壇した。実は、パネリストの顔ぶれは前回と同じだ。
 このシンポジウムは、ニコニコ動画でも配信された。パネルディスカッションでの話では堀氏がニコニコ動画での配信を提案したという。パネルディスカッションの最初の自己紹介の際、川上氏が話している時だけ背景にニコニコ生放送のコメントが映写された。「はやく本題に入れ」「あのー」などとツッコミが入る光景が繰り広げられた。シンポジウムの雰囲気とは馴染まないという判断か、ほんの僅かな間だけの映写だったが。

 スタートから1週間ちょっとしか経っていないNHKオンデマンドの報告がされた第1部は非常に興味深い内容だった。関本氏は7日までの速報値として、会員登録8,000人、番組の単品購入が72,000回、PCからのアクセスだけなら20万人にのぼったとの数字を挙げた。NHKはオンデマンドサービスを有料で提供し、そこから運営費・職員の給料まですべてまかなわないとならないという。現在、用意されている過去の番組が1,266本。これを毎月200本ずつ増やしていき、常時3,000本を見られるように権利処理を進める。
 ネットで配信するためには出演者や使用楽曲の権利者などに許諾を得なければならないわけで、この権利処理をどう進められてきたのか気になるところだ。しかし関本氏は、NHKオンデマンドではプロの出演者らは「団体交渉でほぼ合意できた」と述べた。団体に入っていない人とは個別に交渉しなければならないが、最近では新たに番組を作る時に「見逃し視聴」の分も込みで交渉するため、プロ相手の場合にはさほど障害になっていないようだ。ただし、映画会社や新聞社・雑誌社などが提供してくれた「調達映像」については一部交渉が難航しているという。自社で配信をするつもりの会社が増えているので、競合を避けて断るところがあるそうだ。ニュース映像ならばその部分だけ画像を外すなどすることができるが、ドラマなどの番組ではそういうわけもいかず、交渉し続けるか諦めるかするしかないという。
 むしろ苦労するのは、アマチュア一般の出演者だとのことだ。たとえばドキュメンタリー制作で微妙な内容を扱った場合に、「番組を見てから(配信の許諾について)返事する」と言われる場合があるという。一般の人は交渉の窓口になるような団体が無いから、すべて個々人を相手にして交渉しなければならない。過去の番組については特に、年間に日本で300万人が移動する中で、出演者を捜し出し交渉する。交渉しても、昔のことが掘り返されることを嫌がる人もいるという。
 関本氏の話で興味深かったのは、海外ではBBCの立場が強く、ネットの配信について権利処理していない映像素材は、BBCが国際交流も国際共同制作もしたがらない状況にあるという話だ。2006年にBBCとNHKが『プラネットアース』を制作した際、BBCから、ネット配信の許諾を処理していないためにNHKの素材を使うわけにいかないと言われたという。関本氏は、ネット配信に関する権利もつけておかないと「世界で売れない」と述べた。

 第2部のパネルディスカッションは、前回のシンポジウムでの「共通了解」をコーディネーター・安念氏がおさらいするところから始まった。「死蔵されているテレビ番組がネットで流せるようになればコンテンツ業界はバラ色というのは幻想である」「ユーザーが求めているのは、ネット環境に適した新たなコンテンツである(既存コンテンツを流しただけでは喜んでもらえない)」「ネットでコンテンツが流れないのをテレビ局や著作権制度のせいにするとか、悪者探しをしても全く生産的ではない」「最大の問題はビジネスモデルがまだ確立されていないことにある」。
 そこでビジネスモデルの話をしたい、という仕切でディスカッションが始まった。川上氏は、コンテンツが物に載せられて売られていたパッケージコンテンツが限界に来ていることを指摘した。コンテンツがデータとして売り買いされるようになった以上、違法に入手されたものも適法に入手されたものも変わらなくなっており、むしろDRMがかけられた分、適法に入手したユーザーがバカを見るようになってしまっている。しかしコンテンツを、サーバーでの使用権を売る形にすることで、今後のコンテンツビジネスが見えると持論を展開した。「パッケージが売れないゲームで、唯一ユーザーが払ってるのはMMORPGのようなサーバー型コンテンツだ」という。
 ただ、この「サーバー型コンテンツ」構想についてはあまり議論が深められず、パネルディスカッションの流れは「ネット法」と「日本版フェアユース」に向いてしまった。「コンテンツの流通促進というのが民間の一部や政府機関まで騒いでしまっている。冷静に考えると、流通の促進が本当に国益なのか」と岸氏が疑問を呈した。「金融危機の中で、英米はITなどで成長産業を作ろうと、経済をどう変えるか動き出している。日本はどこを伸ばそうとしているのかが判らない」(岸氏)。
 砂川氏も、「流通促進」という言葉の違和感を述べた。「本来は制作促進を言うべきではないか。制作がなければ流通もない」(砂川氏)。コーディネーターの安念氏も、この砂川氏の発言に前後して、「なぜコンテンツだけ流通促進と言われなければならないのか。流通促進を言われる産業というのはあまりないし、権利処理が大変なのは他でも同じだ。所有権や賃借権の制度が悪いという人はいない」と発言した。
 「日本版フェアユース」についても、菅原氏が「フェアユースは不明瞭。最終的にはとことん訴訟にまで、と考えているのだろうか。社会的な混乱を招くのでは」と指摘。堀氏も「日本版というのがミソ。もとは検索エンジンのサムネールから始まったと思うが、いつのまにかコンテンツでやろうという話になっている」との認識を述べた。
 岸氏も「日本版フェアユース」を「最低最悪」と切って捨てた。しかしその一方で、「一般規定は必要かもしれない」と前置きしてもいた。砂川氏も「目的別のフェアユースをお願いしたい。新聞の縮刷の放送版ができないか。番組ごとのアーカイブではなく、コマーシャルも含めて録画する」と発言した。現行法では、個人としてアーカイブするのは適法だが、大学としてアーカイブすれば違法になってしまう。もしこのアーカイブが可能なら、何十年も経ったのちに大きな資料的価値を持ちえるだろうという。

 さて。ここまでまとめてきた今回のシンポジウムの中で、いろいろと自分の考えを言いたいところがあるのだが、私が最も強い違和感を覚えたところだけここでは指摘しておく。それは、「ネット法」の構想が国の政策だとの前提で話されていたことだ。しかも「日本版フェアユース」がコンテンツ流通促進の議論の延長で批判されている。
 「ネット法」の構想は、元は民間団体から提案されたものだ。今年3月に、デジタル・コンテンツ法有識者フォーラムが打ち出して以来、大きな論議を巻き起こした。コンテンツをネットで流通させるかどうか決める権利を映画会社・レコード会社・放送局にひとまとめにして、出演者や作曲者ら個々の権利者は権利行使をできなくするという内容だ。そのため、権利者サイドから強い反発を受けたものだ。
 この構想は確かに自民党でのコンテンツ関連部会で取り上げられたり、内閣の知的財産戦略本部(デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会)でヒアリング対象にされたりしたが、現時点では、国の政策としてやると決まったものではない。専門調査会が先日まとめた報告(報告案PDF)でも、ヒアリングで発言されただけの提案としての扱いである。
 実は政府の側でも、コンテンツ流通促進の話は消極的な面すらある。堀氏もパネルディスカッションで発言していたが、議論の前提で部分で放送番組に限っているのだ。これなどは私から見ても不満のあるところだ。その不満の理由は私と堀氏では全く異なるところだろうと思うが‥‥。

 「日本版フェアユース」についても、パネルディスカッションでの批判が当たっているようには思われない。「ネット法」の構想は、確かに、上記“権利制限”的な「ネット権」と「フェアユース」の導入が二本柱になっている。しかし「フェアユース」の議論というのは、もともと権利侵害とまでは言えない範囲の利用について、現行法の規定では違法と判断されかねないために著作権を及ばないようにするという趣旨である。多少は流通に関する部分があるとしても、本質的には流通促進云々の話ではない。
 パネルディスカッションでは、「フェアユース」の導入を「ベンチャーがビジネスを続けていけるようにするため」との理由で説明されていることがことさらに批判されていたが、その一方で「一般権利制限規定」の必要性への言及もあった。検索エンジンのサムネイル(ただし実際に権利制限が必要なのはサムネイルについてだけではなく、サーバへの著作物のコピーそのものもだ)を適法化するために個別に規定を用意するようなことでは、社会の変化に対応しきれない。そうした点はパネルディスカッションでも言及されていた。となれば、もはや「日本版フェアユース」に対する批判は単に“理由が気にくわない”と言ってるように見えてしまう。
 私の目から見て、先の専門調査会報告案でまだ「日本版フェアユース」の姿が、現行の30条以下の規定を残すということ以外には見えてきていないのが気になるところではある。むしろ、権利制限できる範囲を狭められかねないのではと不安になっているくらいだ。そうした自分の感覚は置いておくにせよ、「公正な使用ならば著作権の侵害とはならない」という、範囲がしっかり決められるわけではない(しかもその特徴こそが導入の理由である)規定について「不明確」だと批判してみたり、訴訟によって適法かどうか判断するという趣旨なのに「訴訟でシロクロつけるのでは社会が混乱する」と批判することが当たってるのかは疑問だ。
 どうも、「日本版フェアユース」を批判しようにも、攻めあぐねている印象を拭えなかった。

Posted by 谷分 章優 映画・映像, 知財戦略, 著作権, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月 2日 (火)

ICPFの第5回セミナーの議事要旨が公表されました。

 前にうちでもネタにさせてもらいました情報通信政策フォーラム(ICPF)のセミナーですが、第5回での城所岩生 成蹊大学教授の講演の要旨が公開されました。いつもながら詳細に記録されていますので、ぜひご一読を。あとCNETでも記事になっていましたね

 この講演は、内閣府の内閣府の知的財産戦略本部で検討されていた「日本版フェアユース」に関連して、そのモデルとなる米国のフェアユースがどう運用されているのか実例を交えて紹介した内容でした。城所先生の論旨は積極導入論に位置づけられます。
 11月17日の当日は知財本部の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」の報告案に関するパブリックコメントが締め切られた日で、その後 11月27日に同専門調査会の第10回会合でその結果をふまえ報告がまとめられています。毎回資料掲載が早かった知財本部には珍しく、その会合の配付資料がまだネットに上がっていませんが、基本的にはフェアユース規定導入の必要性を示した方向性のままでいます。

 ところで、改めて講演要旨の公式版を読み返しますと、自分が書いたまとめがかなり端折ったものなのが明らかですね。ちょっと補足的に書いておきたいなとも思ってたので、この機会にメモ代わりに残しておくことにしました。

 フェアユースをどう捉えようかというのは、実は私自身が試行錯誤しているところがあります。米国では判例で固まっているという「間接侵害」、さらに「寄与侵害」と「代位侵害」に分類されるそうですが、これについてはまとめで触れませんでした。フェアユースを述べるのに、私には使いづらく感じたんですね。実のところ、サービス事業者が裁判でフェアユースを主張する場合、ユーザーの直接侵害をフェアユースで否定し、その結果 事業者の間接侵害が否定されるという流れを狙います。その意味ではフェアユースと深い関係のある話なのですが‥‥。
 日本では「間接侵害」の代わりに「カラオケ法理」が裁判例で強い影響力を持っており、「日本版フェアユース」導入後でもこの影響が残るのではと心配されています。録画ネットやMYUTAなどが葬られた原因が、著作権侵害をしていたのがユーザーではなく事業者の方だと解釈する「カラオケ法理」の適用だということで、営利目的との解釈のもと「フェアユース」に不利に判断され、同様のサービスが救われないことが懸念されるわけです。

 知財本部の専門調査会の報告の中で、「日本版フェアユース」の具体的な形までは決まっていません。今の第30条以下の個別規定を残して、そこに当てはまらないものについて「フェアユース」かどうか判断すること、その判断については基準を条文に書くこと――との大まかな方針のみが盛り込まれています。原理原則として権利制限の冒頭に打ち出される米国版の大きなフェアユースと比較して、“小さなフェアユース”というイメージです。
 まだ具体的規定がはっきりしないだけに、実際の運用がどうなるのか想像しづらいところではあります。しかしICPFでの城所先生の講演や質疑応答で最も気になったのは、今想定されている“小さなフェアユース”だとその対象が複製権に限られてしまいかねないとの話でした。
 「カラオケ法理」によってサービス側が侵害者と判断され、しかも公衆送信権を侵害したということで“小さなフェアユース”からもこぼれてしまう可能性が心配されます。規定の仕方次第で、MYUTAのようなサービスが「フェアユース」で救われないとしたら、そのような規定をわざわざ選択したという無意味な結末にもなりかねません。規定を巧くして救うか、立法趣旨を汲むことで解釈で救うか、そういう選択肢はあるのかも知れませんが‥‥。
 もともと裁判で白黒つける趣旨ですから、「フェアユース」でそうしたベンチャーが救われる保証は必ずしもありません。とは言え、知財本部が「日本版フェアユース」の導入を進める理由とその思いを守り続けていって欲しいと思っています。

 今後の、文化庁での具体的規定に関する議論が重要になってきます。
 どこまで米国のフェアユース規定を真似できるか、その攻防になるのかも知れません。

Posted by 谷分 章優 知財戦略, 著作権, 著作権行政 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月27日 (木)

デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会(第10回会合)メモ

 各省庁をまとめる形で内閣府に置かれ知財行政の方針を決める知的財産戦略本部の、「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」第10回会合が27日に開かれた。いわゆる日本版フェアユースの導入を提言したことで注目を集めた報告案を前回までまとめており、今回は、10月30日から11月17日まで募集されていたパブリックコメント(国民からの意見募集)の結果を踏まえた上で、最終的な報告をまとめる議論が行われた。
 パブリックコメントでは59人の個人からのべ118の意見が、50の企業・団体から169の意見が提出されたという。第10回会合にあたって、あらかじめ報告案にも16箇所(概算)ほどの修正が施され、検討にかけられた。修正の内容は、誤解・誤読を避けるための細かいものが主だ。
 日本版フェアユース規定の導入が「適当」であるとしたり、技術的制限手段の回避について規制を見直し「何らかの措置を講ずることが必要」としたりするなどの大まかな方向性については特に変更されていない。記述がわずかに変えられた程度である。

 本会合の中でも文面の修正が委員から幾つか求められたが、今回が専門調査会の最終回とされていたため、最終的な報告の形は中山信弘会長に一任されることとなった。次回の知的財産戦略本部会合で報告される。




(メモのメモ)
パブリックコメントにかけられた報告案から修正された部分。
事務局説明をメモしたもの。
※配布資料は今日・明日中に知財戦略本部サイトに掲載されるものと思われる。
 また、最終報告は今回の委員意見を踏まえて更に修正が加えられる。


I. コンテンツの流通促進方策
●4ページ
 「なお総務省では、放送番組制作者等の~目指している。」を追加。
●7ページ
 「検討結果」の第4段落と第5段落に若干修正を加えた。誤解・誤読を避ける趣旨によるもの。
 第4段落では冒頭に1文を追加。また、「これらの取組を通じて~望まれる。」を追加。
 第5段落では、終わりの方でいくつか修正している。出だしで「今後は」を追加。終わりでも「多角的観点から」を追加。
●8ページ
 法的対応案4つについては、ヒアリングで出されたものだと明記した。直ちにここを検討すべきと誤解されるおそれがあるため。趣旨を明確化した。
 法的対応案の内容も修正してある。意見を述べた当事者からパブリックコメントで不正確だとの指摘があったため。ヒアリングの際に提出された資料を参考に書き直した。

II. 権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)の導入
●12ページ
 上から第3段落。「考えられない」を「考えられないものもある」と断定を避ける書き方に修正した。
 下の方、「ただし、一般規定の導入に当たっては、」の iii)に、「これまで裁判例によって違法であるとされてきた行為が当然にすべて適法になるとの誤解に基づいて」を追加した。中山会長の発言の趣旨を反映させたもの。
●13ページ
 一般規定の規定振りの中で、「ベルヌ条約等のいわゆるスリー・ステップ・テストも踏まえ、」を追加。ベルヌ条約の枠内というのを再確認する趣旨で入れた。
 また、「なお、その際には、これまでの裁判例、学説等も十分に検討することが必要である。」を追加した。

III. ネット上に流通する違法コンテンツへの対策の強化
1.コンテンツの技術的な制限手段の回避に対する規制の在り方について
●15ページ
 コンテンツの技術的制限手段の回避についての部分、「問題の所在」下から3行目「回避した利用に関連するコンテンツ産業~」と修正。前の報告案では「回避した利用によるコンテンツ産業~」だったが、因果関係がどこまであるのかとの指摘があったため。
 同趣旨の修正は以下の文章にもある。
●15ページ
 現行制度等の「著作権法」でカッコ書きに「したがって、例えば一般的なパソコンなど回避以外に実用的な意味を持つ機器については、対象とならない。」を追加。
●16ページ
 カッコ書きに「~ものの、実際の権利行使においては、権利者の負担により個人の違法行為を立証しなければならない」を追加。
●16ページ
 丸1「ゲームソフト」で、「違法ソフト」を正確に書いた。(前の報告案では「違法コピーされたソフト」と繰り返し書いていた。)
 また、「被害が急増している」と書いていたのを「違法ソフトで遊ぶユーザーが急増している」と修文した。
●17ページ
 「検討結果」の第3段落「インターネットの普及を背景に~」と書き直している。
 「被害が増大してきている」と書かれていたのを「正規ソフトの販売に影響」と修文。
●17ページ
 「このため~」の段落。文脈を整理し、端的に読みやすくした。「行うべきであるが」としていたところを「行い」と修文。「国際的な動向にも留意しつつ」を追加。ACTAを考えたもの。
 また、「規制の在り方を見直し、違法ソフトの一般ユーザーへの蔓延を防止するための何らかの措置を講ずる」と修文した。

2.インターネット・サービス・プロバイダの責任の在り方について
●20ページ
 (3)丸1で1文を付け加えた。
 「なお、経済産業省では~」から実証実験について。
●21ページ
 (5)検討結果の第2段落「確かに~」から。模倣品・海賊版対策に「違法コンテンツの削除」を追加した。これまではネットオークションしか書かれていなかったため。
 また、最後を「別途検討する必要があると考えられる」とした。前の報告案では、自主的取組で限界があると書かれていたのを修文した。
●22ページ
 上、2行目に「国際的な動向にも留意しつつ」を追加した。
 最後の行で「差止め請求などを受けないようにする明確な免責規定等を~」と「等」を入れた。免責規定だけでなく、対応の仕方は他にもあるという趣旨。
●25ページ
 間接侵害の語の前に「いわゆる」を付けた。

4.国際的な制度調和等について
●27ページ
 (ii)を明確にして読みやすくした。「確立した国際的ルールも存在しておらず」と、「確立した」を追加している。国際裁判管轄が不明確だろうとの部分。
 丸2「今後、インターネット上の海賊版対策を含めた知的財産権侵害への対処」とした。ACTAの柱として、法的規律の形成、法執行の強化、国際協力の推進を挙げているため。

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2008年11月24日 (月)

「フェアユース」導入への賛成・反対というのは、今の制度をどう評価するのかで分かれるのかな

 11月21日に「ネットワーク流通と著作権制度協議会」という団体が発足した。報道によれば、会長には法学者としても著名な新潟大学名誉教授・弁護士の斉藤博氏、会長代行に著作権の審議会の委員でもある弁護士の松田政行氏、理事には慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の岸博幸氏ら7人が就任したとのこと。同協議会は、弁護士・クリエイター・権利者団体など約100人の個人会員がいるらしい。
 当初、日経から発足前の速報が出たときには、「デジタルコンテンツの種類や利用方法ごとの金額など利用条件を検討する」のが目的だと報じられていた。しかし設立総会を伝える記事を読むと、フェアユースのことも大きく取り上げられていたようだ(日経系の記事だからというのもあるかも知れない)。協議会の中で、「デジタルコンテンツの流通促進」と「日本版フェアユース」とそれぞれに分科会を置いて検討する。


●「フェアユース」とは

(※ここのセクションはどう説明するかの試みなので、フェアユースをご存知の方は飛ばして結構ですよ。)

 「フェアユース」というのは、「公正な利用」との大まかな枠を設けて、その範囲内で著作物を使っても著作権を侵害したとはみなさない制度のことだ。これはさすがに著作権でやめさせるのは酷だろうという事例や、当然に著作権の及ばない自由な領域にすべきだという事例など、裁判所に判断させる仕組みだ。
 そうした漠然な「公正な利用」の範囲がどうなるかが問題だが、法律の中では判断基準を挙げておくにとどめる。そしてケースバイケースで裁判所が判断したものが今後積み上がり、適法と違法の境目が浮かび上がってくる。権利者が利用者を訴え、利用者の側が「フェアユース」を主張し、それが裁判所に認められれば適法行為のお墨付きを貰える。
 これまでの日本の著作権法では「フェアユース」の規定は無かった。著作権は、複製や演奏やネット配信といった行為を権利者以外には「禁止」する形で保護されている。権利者は他人が禁止された行為を「許諾」することで対価を得る仕組みだ。しかしそれだけでは、家庭内や図書館・教育現場・報道などで、メモやコピー・論述ができなくなるから、社会的に困った事態になる。そこで、そうした個別の事例を並べる形で著作権法30条以下に「権利制限規定」が置かれている。限られた範囲で権利者の著作権を制限して、他の人がその中でなら自由に使えるようになるという意味だ。
 個別に書かれた事例に当てはまらないと禁止されてしまう。この融通の利かない制度設計のために、社会が変化していくとさまざまな問題が起こる。たとえばネットに掲載された文章をサーバー内にコピーして検索エンジンを作るとか、一般の人が本を朗読して録音図書を作るとか、図書館に頼んで資料のコピーをFAXで送ってもらうとか、そういったことは厳密には「違法」だ。
 先の例は、これくらいなら許しても良いのではないかと考える人がおそらく多いのではないか。法律を変えて、個別の事例に加えていくことも可能だ。しかしそれが実現するまでおそろしく時間がかかる。そこで「フェアユース」で大枠を定めておいて、利用者が自分の責任で適法性を考えて著作物の利用を行ない、問題が起これば裁判で白黒つけてもらうのが早いというわけだ。

 アメリカのフェアユース規定(1976年の改正で追加)は、数ある裁判での判断が積み上がった結果を法律に反映させたものだ。日本でアメリカ著作権法を参考に「フェアユース」規定を真似するとすれば、先に条文を入れてから裁判例を積み上げていく逆の流れになる。規定が無い現状では日本の裁判所は「フェアユース」の考えを認めていないから、規定を先にしないことには、「フェアユース」の範囲を示せる裁判所の判断そのものが出なかった。
 日本の知財行政の方向性を決める知的財産戦略本部(知財本部と略す)では、専門調査会による報告案は既にパブリックコメントにかけられ、11月27日にその意見をふまえて同専門調査会で検討される予定だ。たぶんそこで報告の最終的な形が見えるだろう。
 そして今後は著作権行政を担当する文化庁へ、「フェアユース」の規定ぶりを検討するよう引き継がれる。


●日本は訴訟社会ではない?

 さて、「ネットワーク流通と著作権制度協議会」の設立総会で、フェアユースの慎重な検討を求める意見が出たらしい。報道の数が少なく、確かな内容を把握しづらいところではある。ただ以下のような意見は、著作権分科会での日本文藝家協会・三田誠広委員の意見や、知財本部の専門調査会で意見聴取を受けた実演家著作隣接権センター・椎名和夫氏の意見(PDF)とも通じるところがあるので、慎重論を一般化したものとして捉えることにする。
 まず、報道にあった発言の要旨を箇条書きにする。

・最小限のものでなく、比較的オープンな一般条項を作ろうとしている
・例外という権利制限の位置づけをひっくり返す可能性がある
・フェアユース規定をめぐる裁判を日本でできるのか
・補償金のような中間的解決策を採りにくくなるのではないか
・裁判をしない限り、「フェアユース」と強弁する人を止められない
・一般条項の根本的考え方を議論しておかないと、国民が一致した考えをもっていない現状、後で困ることになる。

 事実関係と照らし合わせるにとどめ、特に上の意見に感想は述べない。
 「フェアユース」の趣旨からすれば、ある程度の範囲を持たせた「オープン」な規定にするのは当たり前。それが狭すぎれば個別事例を列挙するこれまでのやりかたと変わらない。それでは足りないと考えるからこその議論だ。
 知財本部の専門調査会で検討していた際の話では、個別列挙の規定を残した上で、その他の「公正な利用」を法律に書き込むことを想定している。一緒に判断基準も書き込んでおき、それに基づいて個別事例からこぼれたものを判断して「例外」扱いに加える。
 日本では、「フェアユース」についての司法判断はまだ積み重ねられていないが、著作権をめぐる裁判はすでに数多く起こされている。根拠となる規定さえ作られれば、「フェアユース」を争点とする訴訟は今後いくらでも登場するだろう。
 フェアユースだと認められそうなら権利者も裁判をためらうだろうし、逆に認められなさそうなら「補償金」での解決を利用者が望む結果になるかも知れない。それを受けて法改正されることだってあるだろう。むしろ裁判を受けての補償金の設定の方が、一から話し合いで作り上げていくより早く済む可能性すらある。
 「フェアユース」規定のあるなしにかかわらず、法律の解釈が正しいか間違ってるかは裁判を経ないと判らない。まったく同じ前提の裁判例があるのなら別だが、裁判所の判断すらケースバイケースである。
 社会の複雑な状況を日本語の文章で示しながらルール付けする法律について、専門家である法学者の間ですら解釈が分かれることが珍しくないのに、国民が「一致した認識」を持つなんて無理だ。そこで考えに食い違いが生じるからこそ訴訟が絶えない。

 「フェアユース」導入論へのこうした反応を見ると、彼らがどう現状認識しているのか興味が湧く。訴訟社会でないと考えているのか、訴訟に持ち込まなくていいほど著作権が守られていると考えているのか、「フェアユース」以外に今後の裁判が増える要因が無いのか、など‥‥。
 権利を守るために裁判を起こすような状況がいけないと言うのなら、そう主張する同じ口で、録画ネットのような、日本のテレビ番組を海外で見たいから業者に頼んで録画機を実質的に預けていただけのサービスを訴訟で停止させた放送局を批判してほしい。まねきTVも同様に差止めようと訴訟を続ける放送局を批判してほしい。
 それに、家庭内での様々なコピーを許している著作権法の30条から、「違法」に複製されたものや「違法に」配信されたもの、そして適法に配信されたものまで除外しようとしている文化庁やレコード業界・映画業界を批判してほしい。これだって、結局は裁判に訴えなければ実効性は無いのだから(本筋ではないので長くは書かないが、ユーザーが訴訟の当事者になった場合、適法に入手したものですら証明できないからこそ私はこの種の法改定に反対している)。

 すでに、日本の著作権の世界は、何か新しいことが起これば訴訟に起こされるようになってしまっている。先の録画ネットやまねきTV、あるいは選撮見録、ブレイクTVのような例もある。いずれも「フェアユース」規定があればそれが争点になり得る事例ばかりだろう。適法だと認められるとは限らないにしても、だ。
 三田誠広氏は審議会で、「日本という国はこれまで,裁判で決着をつけるのではなく,なるべく話合いで解決するということが,国民性にも合致しておりますし,長い慣習でもあろうかと思います」と発言しているが、訴訟は現に起こっている。
 だから「フェアユース」導入の是非を考える際にも、誰もが訴訟の当事者になり得るのだと想定する必要がある。かつて法律の条項が書かれた時には想定されていなかった新しい試みを思いつき、実行したために訴えられた挑戦者が裁判で「フェア」な判断を受けられるようにだ。
 これまでは、新しい提案をしても、裁判で「法律に書いてないからアウトね」と判断されるだけだった。試みが無駄になるような不毛な状態を何とかしたい、裁判所の判断基準にも「フェア」かどうかをもっと取り入れて欲しい――という思いが、「フェアユース」導入の動きにはこめられている。
 「フェアユース」という主張のよりどころが与えられても、裁判で敗けてしまう人はいるだろう。しかし武器が無いために潰され放題だったこれまでよりは、僅かでもマシになれってくれればいい。あれもダメこれもダメと禁止事項でがんじがらめにされてきた挑戦者が、「フェアユース」規定で後押しされて、もっと世に出てこられるのならば‥‥。

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2008年11月 7日 (金)

著作権分科会の法制小委「中間まとめ」・保護利用小委「中間整理」パブコメは11月10日までなんだけど、締切り直前になって文化庁が意識調査の内容を公表した件について

 ——いや、べつに文化庁をdisろうという話ではありませんけどね。

 この週末が明けますと、法制小委「中間まとめ」および保護利用小委「中間整理」パブコメの締切りとなります。11月10日です。

http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakuken_hosei_ikenboshu.html
「文化審議会著作権分科会『法制問題小委員会平成20年度・中間まとめ』に関する
 意見募集の実施について」
(文化庁) 2008.10.9

http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakubutsu_hogo_ikenboshu.html
「文化審議会著作権分科会『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会中間整理』
 に関する意見募集の実施について」
(文化庁) 2008.10.9

 あと面白いことに、パブコメ募集期間の最後の週末を前に、文化庁が意識調査の内容を公表しました。調査を委託されているという社団法人 中央調査社のサイトにも同文面のページが上がっているようです。

http://www.bunka.go.jp/oshirase_other/2008/chosaku_ankeito.html
「文化庁『著作物の利用についてのアンケート調査』の実施について」
(文化庁) 2008.11.7

http://www.crs.or.jp/about_9099.htm
「著作物の利用についてのアンケート調査」
(社団法人 中央調査社)

 保護利用小委(文化庁は「過去小委」と略称)のパブコメへ意見を送った個人が調査の対象になるというのは、以前から案内のあった通りです。そして今回明らかになったことで面白いなぁと思ったのは、どうも意見を送った人が書いた住所に訪問して調査票を渡すらしいのですね。ということは、「訪問でも何でも来いや! 答えてやるぜ」という人は、パブコメを送るときに住所は地番・部屋番号まで書いた方が良いということですか。
 これから意見を送ろうという人はその辺りも考えていただけるとよろしいかと。住所を省略して既に送ってる方でも、まぁ適当に書いて再度 住所をフルに入れた意見を出すという手もありそうですね。

 さて、保護利用小委に送った私の意見は既に公表しておりますが、今度は法制小委の方を公表します。例によってCCLでの公表ですので、好きに使って貰って構いません。ああ、改変しても良いですよ。パブコメの場合は「継承」を外しているということで解釈してもらって構いません(ライセンス的には、私がここで改変許諾を宣言したということでよろしく)。




■「法制問題小委員会平成20年度・中間まとめに関する意見」

5.該当ページおよび項目名:
   第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について(全体として)
6.意見: 以下の通り

 「デジタルコンテンツ流通促進法制」の必要性はテレビ番組に限ったものではない。「過去のコンテンツ」でありネットでの二次利用を望まれる(そして現在なかなか流通が進まない)ものの代表としては確かにテレビ番組が想定されるところだが、実際問題として音楽・映像分野でも海外に遅れを取っているのが現状である。
 単純に、海外での配信サービスが日本に上陸しても、本国と同様のカタログを維持できないのは(国による権利関係の違いが原因とは言え)ユーザーから理不尽に映る。

 著作権分科会下の各小委員会では、この「流通促進法制」に関する議論を他の省庁の審議会での議論の経緯を見ながら行なっているところだが、その多くはテレビ番組に限定して議論されたものである。著作権分科会がこの範囲に縛られる必要はなく、むしろもっと広い視野でこの問題を検討していくべきではないのか。
 著作権が関与する範囲も無論放送番組だけでないし、放送番組で指摘される流通阻害要因が他の著作物でも起こっていないのか精査することを望む。
5.該当ページおよび項目名:
   第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について
    2 コンテンツの二次利用の円滑化に関する課題
6.意見: 以下の通り

 「デジタルコンテンツ流通促進法制」を放送番組に限って議論すること自体、妥当性を欠き議論を不当に矮小化するものと考えられる。その上「権利者不明等により契約交渉が用意でない場合の問題が中心課題」とするのは問題をさらに矮小化していると言わざるを得ない。多数の権利者が存在する際に一人でも許諾を拒否する者がいる場合こそが問題の本質であり、全員一致で権利行使するのでなく誰かが許諾をすれば流通できるような制度が望まれている。また、これは放送番組に限らず、音楽配信や映画配信ですらも同様の問題を抱えている。

 「権利者不明の場合に十分な調査をした上でも権利者が不明である場合に、一定の条件で利用を認める制度的措置について、早期に実施に移すべき」というまとめ自体には賛成である。しかもこれは保護期間の延長や「デジタルコンテンツ流通促進法制」に関係なく、単独の課題としても解決すべきものである。
 また、これだけでもまだ「流通促進」には不足である。海外で既に新しいビジネスモデルとして進み出しているサービスの内容を、日本で試せない(あるいはその権利を持っている者が試そうともしない)のが実情であり、だからこそ“権利制限すべき”との論が説得力を持ってしまうのである。

 権利を持つ者が自ら集中管理を実効性あるものにする努力を怠らないとするならば、現状のままでもデジタルコンテンツの流通促進は見込めるだろう。しかしそれがまだ不足していることは関係者の一致した見方だ。
 権利制限をも視野に入れた議論は権利者(特に著作隣接権者)に選択を迫る働きがあるのではないか。その意味でも、放送番組に限った議論をすべきではない。
5.該当ページおよび項目名:
   第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について
    3 インターネット等を活用した創作・利用に関する課題
6.意見: 以下の通り

 「インターネット等を活用した新たな創作・利用形態に関する課題について、委託調査により、関連事業者等が問題を感じている点を調査」した結果、多くは著作権分科会の検討課題に含まれているが「ストレージサービス等についての法的評価の問題」が指摘されたとある。これはまさに司法で「カラオケ法理」が拡大しすぎていることによる。これに歯止めをかけ、インターネット上で提供されユーザーの利便を高めるサービスを「著作権侵害」から救う制度的方策を早く取るべきである。

 「現在の権利制限の切り口(私的領域かどうか、非営利無料かどうか等)と、実際に権利者の利益を不当に害するか否かの実態とが、乖離してきているのではないか」とあるが、むしろこうした問題設定は複製をそのまま権利者の不利益とみなす考え方から来ているのであって、ここから脱却して素直に私的領域内あるいは非営利無料の複製をありのまま認めるべきである。その上で、本当に権利者のビジネスに不当な影響を及ぼす態様の複製について対処していく考え方で充分だ。
 社会通念からすれば、私的領域内・外あるいは営利・非営利のラインこそが、許される・許されないラインと合致しており、むしろ先の「乖離してきているのではないか」とする著作権法上の伝統的な考えの方が乖離しているとすら思える。

 「不特定多数の者のマッシュアップによって制作が行われる場合について、今後生じてくる可能性のある問題点について、精査と研究を行うことが必要」とある部分については、賛成である。すぐにでも精査・研究を行なうべきであるし、そうした表現の妨げになるような障害はなるべく取り除く(あるいは適切なルールが出来るよう促す)ことが必要である。

(以上、文言は中間まとめ概要より引用した。)
5.該当ページおよび項目名:
   第2節 私的使用目的の複製の見直しについて(全体として)
6.意見: 以下の通り

 私的使用目的の複製の見直しについては、私的録音録画小委員会の議論を受けて法制問題小委員会でも検討されたことになっているが、極めて不足した内容と言わざるを得ない。著作権法30条によって私的複製される範囲の縮小(あるいはこれまで曖昧だった部分の明確化)にどれだけの実効性があるのか、また私的録音録画小委員会での議論の前提が妥当だったのかとの精査は手つかずのままである。
 特に私的録音録画小委員会では、30条縮小を示唆した中間整理に対して多数のパブリックコメントが反対意見として集まったにもかかわらず、その多数意見を無視して30条縮小を押し通したという経緯がある。パブリックコメントの中で指摘された問題点についても私的録音録画小委員会では対処されておらず、法制問題小委員会での検討の前提とするには、あまりにも不適当な形で出されたものである。

 私的録音録画小委員会が打ち出したのは、違法複製物や違法配信物からの私的複製と、適法配信からの私的複製とについて著作権法30条の対象から外すとの方向性である。
 しかし前者は、ユーザーから見て私的複製元の録音・録画物が適法に提供されたものかは知ることができず、またいざ裁判になった場合でも自らが所有する複製物の適法性を証明することは困難である(その複製ソースが手元に無い場合はレンタルCDの例を持ち出すまでもなく少なからず存在する)。さらには日本レコード協会から提案されている「適法マーク」(いわゆるエルマーク)は音楽配信のみに使われ(しかもiTunes Storeには採用されていない)、かつ海外での配信には当然のことながら付されていない。このことは著作権分科会でも指摘されている。しかし私的録音録画小委員会では精査されておらず、更に同小委員会では映画製作者代表の委員から「適法マーク」の使用がまだ準備段階でしかないことが明らかにされた。また、ダウンロードを対象としストリーミングは含まないとの事務局見解についても、その区別をどうするのかについては答えが出ないままである。仮に「情を知って」との要件が加えられるとしても、その証明が(権利者側にもユーザー側にも)困難である以上、違法であるかそうでないか判らない不安定な状態が今後より一層強まるだけである。
 後者については、配信時の契約によってその後のユーザーの複製の許諾範囲を定めるという考え方であるが、現状でも配信時の契約では明らかにされていない私的複製態様は想定される。特に変換・バックアップに伴うような所謂「孫コピー」については契約で定めることは考えられず、また敢えてそれを契約で禁止することでユーザーの利便性を大きく損ねるおそれも生じるところである。私的領域内で行われる複製であるにもかかわらず、社会通念上は認められ得るのに「違法」とされる行為が多く発生し放置されることになりかねない。
 30条へ安易に手を加えることで、著作権法が規範としての役割を果たせなくなることを危惧する。

 私的録音録画小委員会では「録音」「録画」についてのみ30条縮小の対象とされていたが、著作権分科会での委員の指摘を受けて、法制問題小委員会でもプログラム著作物を対象とするか検討が加えられた。結論としてはプログラム著作物について30条縮小を行なうことは見送られた感がある。
 このこと自体は歓迎するが、その理由が「現時点で必ずしも明確といえる状況ではない」というのは問題である。つまりプログラム著作物での被害状況が「明確」になれば30条縮小があり得たということだ。しかし前述の通り、30条縮小自体のもたらす法的効果について(本来は専門的な検討が加えられるべき)法制問題小委員会で議論されなかったことは遺憾である。
 また、他の著作物についても要望が無かったという理由だけで片付けているのは不足と言わざるを得ない。テキスト・絵画・写真等の著作物を30条除外の対象に加えると、社会的にどのような混乱をもたらすのか明確に示すべきだったのではないか。そして、その混乱は録音・録画の場合には起こらないとも必ずしも言えないということも意識すべきである。

 法制問題小委員会は数年前から有識者中心の委員構成とし、専門的な議論が行なえる小委員会として組織されている筈だが、こと私的複製に関する議論では全くその専門性が活かされていないというのが残念でならない。
5.該当ページおよび項目名:
   第3節 リバース・エンジニアリングに係る法的課題について(全体として)
6.意見: 以下の通り

 リバース・エンジニアリングについて、相互運用性の確保を目的としたものは「一定の要件の下で」権利制限を早期に措置するとした方向性に賛成である。ただし「一定の要件」というのがくせものであり、これによって権利制限の対象となるリバース・エンジニアリングが過度に狭められないよう要望する。
 著作権法においては複製を行なった時点を捉えて権利が及ぶか否かを考えるところであるが、リバース・エンジニアリングについては複製段階ではなくその結果の公表段階を捉えて権利行使を考えるべきではないだろうか。複製元のソフトウェアとの「競合性」を判断材料にする案も出されているが、相互運用性の持ったソフトウェアは運命的に元のソフトウェアと「競合性」を持っているものである。「競合性」そのものよりも、不正競争的な観点でもって適法性を考えるべきではないか。

 障害の発見等の目的で行なうリバース・エンジニアリングについても「権利制限を早期に措置することが適当」との方向性を出したことを歓迎する。こうした場面では、分析を必要としながら一刻を争うようなことも想像される。コンピュータが社会の大部分を占める世の中になっている以上、これを安全に運用するための分析行為がはっきりと適法であるとされる意味は大きい。
 逆に「ウィルス作成等の悪意ある目的の場合との区別」も指摘されているところであるが、こうした区別が可能なのかは微妙な問題と言えよう。ここでの「区別」を厳密にしようとするあまり、先の障害発見目的のリバース・エンジニアリングを妨げることになってしまっては元も子もない。権利制限を先行しつつ、「悪意ある目的の場合との区別」を慎重に見極めていただきたい。

 その他プログラム開発の目的で行なわれるリバース・エンジニアリングについては、「範囲が無制限に広がり、不適当」とある。
 しかしながら今回の法制問題小委員会での検討にリバース・エンジニアリングが盛り込まれたのは、表現を模倣するのでなくアイディアを抽出する作業が著作権法で禁じられてしまっていることへの対処である。その原則を貫徹させるならば、「その他プログラム開発の目的」でもリバース・エンジニアリングを権利制限の対象とすべきではないか。
 むしろリバース・エンジニアリングを複製と解釈するのではなく、そのリバース・エンジニアリングからソフトウェアが作られ公表された時点をもって侵害を判断する形にすべきではないだろうか。

(以上、文言は中間まとめ概要より引用している。)
5.該当ページおよび項目名:
   第4節 研究開発における情報利用の円滑化について(全体として)
6.意見: 以下の通り

 研究開発における著作物複製に関する権利制限も法制問題小委員会で検討されたが、「早急に結論を得るべき範囲と、それ以外に分けて検討」するとした結論が出てしまうところに「日本版フェアユース規定」の必要性を感じざるを得ない。時間をかけて個別の制限規定を定めていくのでは世の中の動きに対応できないというのがフェアユース導入論の根拠の一つであるが、法制問題小委員会において(日本版フェアユース規定の導入を見据えながら議論されているのも興味深いが)こうした消極的な議論になってしまうのは図らずもそれを証明してしまったように思えてならない。

 「情報解析分野の研究開発」において権利制限を行なうとの方向性には賛成する。「権利者の利益を不当に害しないこと等の条件の下で」としていることも妥当であろう。

 「その他の研究開発分野」について「大学の研究者の行う複製」に限定してしまっているのは問題がある。この「研究」の範囲に個人研究者まで含められれば、権利制限がもたらした研究の社会への貢献が期待できるのではないか。

 研究開発目的の権利制限においても、複製の時点で権利が及んでいるとは考えずに、その結果を公表する場面に応じて権利を及ぶようにしてはどうだろうか(私的複製物が公衆の前に出された時点で権利制限から外れるのと同じようなイメージ)。この際に営利目的か否かの枠をはめ、補償金を用意するなりして対処すると良いのではないか。

(以上、文言は中間まとめ概要より引用した。)
5.該当ページおよび項目名:
   第5節 機器利用時・通信過程における蓄積等の取扱いについて
6.意見: 以下の通り

 「機器利用時における蓄積」および「通信を巡る蓄積」に関し複製とみなさないことを法律上明確にすることには賛成である。

 ただし、その要件を設けることにより、新しい通信技術が登場した場合や、今あるP2P通信技術を用いた場合(今回のワーキングでの検討では対象とされなかった)などにやはり「複製」と解される蓄積が出てくるのではないかと危惧される。挑戦的・意欲的な通信事業者にとっての足かせを充分に外すところまでは行ってないのかも知れない。
 こうしたところでも、また「日本版フェアユース」の必要性を意識させられるところである。

 ともあれ、今やれる対処はしておくべきであろう。
5.該当ページおよび項目名:
   第6節 その他の検討事項
6.意見: 以下の通り

 「通信・放送の在り方の変化への対応」に関し、著作権法において放送/通信の区分について実態を見た上で放送関連法と定義を一致させるべきである。要するに、公衆が視聴する映像であって同時性を重視した番組構成のある一方的放映を「放送」とすべきである。

 知的財産戦略本部の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」において「日本版フェアユース」導入への方向性で報告がまとめられるところであるが、その後 法制問題小委員会において詳細な検討が加えられるものと目されている。この規定の導入は是非とも必要であり、今期法制問題小委員会の報告書でも導入の必要性を書き込んでも良いほどである。
 本「中間整理」が著作権分科会において了承される際、三田委員からフェアユース規定導入への慎重意見が出たものと記憶しているが、「日本という国は裁判で決着するということでなく、話し合いで決めるというのが国民性」とする委員の見解はフェアユース導入を否定する根拠にはなり得ない。なぜなら、既に裁判によって多くのネットサービスが差止められてきたからである。日本版フェアユースの導入が叫ばれるようになってきたのも、こうした実態があってのことである。
 三田委員は同じ会合で、知財本部の「議論の動向を見守りつつ」と言わずぜひ法制問題小委員会としても積極的に議論すべきと発言していたが、私もこの意見に(委員とは反対の意味で)賛成である。繰り返しになるが、法制小委でもフェアユース規定の導入の必要性を、早いうちから積極的に打ち出すべきなのである。

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2008年11月 6日 (木)

「過去小委員会中間整理に関する意見(個人)」

 ――とりあえず提出しましたよ!

 まぁ、基本的には、前に公開したやつをベースに書いたのですが。
 概要の方を見ながらメモを取った後で本文と付き合わせたような書き方ですんで、文言の引用は概要の方が中心になっております。

 保護利用小委(文化庁としては「過去小委員会」)のパブコメは文化庁の「意識調査」へ連動される予定なんですけど、個人名義で送った人にしか「意識調査」の回答権が与えられないようです。なので物申したい方には是非パブコメの提出をお勧めします。出した人全員に意識調査の声がかかるとは限らないかも知れないですが。
 たとえばこんな感じで一言でも良いのではないかと。

タイトル「過去小委員会中間整理に関する意見(個人)」

1.個人/団体の別: 個人
2.氏名: ****
3.住所: ****
4.連絡先: **@**
5.該当ページおよび項目名:
  第3章 保護期間の在り方について(全体として)
6.意見:

 保護期間の延長には断固反対!

 これを kako-syo@bunka.go.jp へ送る、みたいな。




 さて、私が送ったパブコメを以下に転載します。



5.該当ページおよび項目名:

  第2章 過去の著作物等の利用の円滑化(全体として)

6.意見: 以下のとおり



 保護期間を原則死後70年に延ばす際に生じる多くのデメリットが延長慎重論の論拠である(ただしそれらが論拠の全てではない)。これを受けて、そのデメリットを減じる施策を考案し、延長への議論を進めるという手法は論理的にはあり得るところである。

 しかし保護期間延長のデメリットを減じるという触れ込みで“利用促進策”が本「中間整理」で提言されている割には、その範囲は不当なまでに狭い。



 「過去の著作物等の利用の円滑化方策」(中間整理4ページから)については、もっぱら放送番組の二次利用を前提とした著作隣接権の集中管理や、権利者不明の場合の裁定制度の活用など、範囲が限定されすぎていると言わざるを得ない。

 その一方で、延長の際に必ず問題となることが予想され、かつ現に(保護期間内であっても)流通を阻害する要因として考えられるものはこの検討範囲の外にもある。たとえば多数権利者が関わり、そのうちの僅かな反対によって利用が妨げられるケースについて、中間整理はどれだけの方向性が打ち出せているか。

 この種の問題を解決する策として有効だと考えられる権利の集中管理は、確かに著作権分野や放送番組での著作隣接権においては権利者側の努力が始まってはいる。しかし放送番組以外のジャンル――たとえば音楽配信や動画配信(とりわけDVDと競合するようなダウンロード販売によるもの)について、関係権利者間の意向の食い違いが見られ「集中管理」と呼べる状態には無い場合が多い。海外ではさまざまな配信の試みが行なわれ、中にはビジネスモデルとして定着したものも出始めている中、それと同じコンテンツを日本のユーザーが享受できない問題が発生している。iTunes Storeでの米国版と日本版のカタログの差異などはその代表と言えるだろう。

 場合によっては日本から海外のサービスを使うという方法もあるが、それでは国内産業振興の観点から解決策と呼ぶことはできまい。国内での著作権・著作隣接権の集中管理を進め、少なくとも海外で適法配信されている著作物は、日本でも同様の仕様で配信されることが可能なようにすべきであろう(それは原権利者の意思として流通を考えているということでもあるのだか)。



 「アーカイブの円滑化」(中間整理38ページから)については、そのアーカイヴを作成する主体を著しく狭めて検討されているのが問題である。図書館(とりわけ国立国会図書館)・博物館、あるいは自らが番組の権利者でもある放送事業者が作成する場面しか想定されていない。

 しかしながら、インターネットによるアーカイヴサービスが一般化しつつある現在において、むしろアーカイヴの主体として考えるべきはネット上でのサービス事業者や個人ユーザーである。

 特に、ネット上に浮かんでは消えるコンテンツの保存において、そのアーカイヴィングを国立国会図書館だけに委ねるのは、予算の面で言っても手間の面で言っても酷に過ぎると言え、また実際問題として網羅性を確保するのは不可能であろう。そこで重要になってくるのが米国でのInternet Archiveのような民間事業者であったり、個人ユーザーの手によるアーカイヴ(要は転載)である。民間・個人が主体となって非営利で行なわれるアーカイヴについては、一定の要件を付した上で認めるべきである。

 「中間整理」で想定されていた主体以外についても(一定の要件を設けるにせよ)検討を加え、言ってみればインターネット全体がアーカイヴであり続ける施策を打ち出す必要がある。

5.該当ページおよび項目名:
  第2章「過去の著作物等の利用の円滑化」
   第2節「多数権利者が関わる場合の利用の円滑化について」
6.意見: 以下のとおり

 「多数の権利者が関わる場合の利用の円滑化」(中間整理10ページから)において想定されているのは放送番組だけである。実演家の権利が実質的に“買い上げ”られていたり「ワンチャンス主義」で既に消えてしまっていたりするような音楽・映像分野においては、「多数の権利者が関わる」ゆえの流通阻害が起きていないとの前提で検討がなされているようである。
 しかし現実に海外との比較で「流通阻害」が目に見えて起こっているのは寧ろそうした音楽・映像分野である。法律や契約により著作隣接権の行使は出来ないことが多かろうが、原権利者(著作隣接権者)だった実演家が流通を望みながら、現在の権利者によってそれが止められているという「多数の権利者が関わる場合」の流通阻害を解消すべきである。

 また、放送番組に限定して検討された筈の「利用の円滑化」方策においても、結局は「必ずしも不当な理由による許諾拒否とは言い切れず、むしろ、実務上は、インターネットの番組配信がビジネスモデルとして未成熟であることや、引退等の理由で不明者の許諾が得られないことの方が問題」とし、「明確に効果がある制度的な対応策を見出すことは困難だが、引き続き権利の集中管理の促進、適正な利益再分配ができるビジネスモデルの構築等の関係者の取組が必要」との結論に至っている(以上の文章の抜粋は中間整理概要から)。これでは検討する前と変わっていない。何も言っていないのに等しい。
 海外において新たな試みが次々と登場する中、日本ではネット配信ビジネスにおいて閉塞感に包まれている。せめて海外で一定の成果が見られるビジネスモデルについては、同等の条件で許諾を出せるよう方策を考えるべきではないのか。そして如何にして権利者への対価の還元を実現するかを考える方がよほど建設的というものであろう。
 著作物というのは、市場を流れなければ利益を生まない。
5.該当ページおよび項目名:
  第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
   第3節 権利者不明の場合の利用の円滑化について
6.意見: 以下のとおり

 現行著作権法にも、権利者不明の場合には一定の要件を求めた上で裁定制度の利用が認められてはいる。しかしこの裁定制度の手続きは、合理的な範囲で簡便になる必要がある。裁定制度のハードルがそのまま著作物利用の妨げとなってしまうのでは本末転倒である。
 また、「著作隣接権について、現行裁定制度と同様の制度が設けられていない」(中間整理26ページ)との認識を重く受け止めるべきである。たとえば一定数の関係権利者(原権利者も一定条件で含めて考えている)の許諾を得られれば利用可能となるような裁定制度なども考慮すると良いのではないか。音楽配信においてレコード会社が許諾を拒否していても、アーティスト側で配信を望んでいる場合には裁定制度の利用で配信可能とできるような。

 中間整理では制度的対応策として、権利制限規定と事後承諾的な使用料支払いによるA案と、第三者機関への供託を定めるB案とが提案されている(29ページから)。
 これらは必ず相反するというものではなかろう。両方を組み合わせて実現することもおそらく可能だ。そうした柔軟な姿勢で、実効性ある制度の実現を目指すことを望む。
5.該当ページおよび項目名:
  第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
   第4節 次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
6.意見: 以下のとおり

 アーカイヴ活動の円滑化に関する整理の中で、「インターネット技術を活用して情報を共有する習慣が広まってきている中で、インターネット等を通じて多くの者が情報を共有できる環境を整備することが重要ではないか」としておりながら、そのアーカイヴの主体を「コンテンツ事業者自ら」と「図書館等を代表例として」しか考えないのは何故か(以上の文章は中間整理概要より抜粋)。
 中間整理の中では「インターネット等を通じて各種のコンテンツに国民が容易にアクセスできる環境を整備することが重要との問題意識に照らした場合には、コンテンツ提供者が自ら構築するアーカイブであっても、図書館等のコンテンツ提供者以外の主体が行うアーカイブであっても、国民が容易にアクセスできるようになるとの面で同様の効果があり」(39ページ)とされているが、やはり重要な点が抜け落ちているように思える。
 インターネット技術の活用という点においては、コンテンツ事業者も図書館も他のネットサービス事業者も個人ユーザーも変わりなく、ある者が可能なアーカイヴ手段は殆どの場合 他者にも可能である。多くの者が関わるなか僅かなリソースでも持ち寄り、世界規模でそれを集積することで巨大な情報アーカイヴを実現するというのがインターネットである。
 情報をほんの何カ所かに集中するのではなく、もっと分散的に蓄積する手段を想定し、制度を考えるべきであろう。
5.該当ページおよび項目名:
  第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
   第4節 次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
6.意見: 以下のとおり

 中間整理42ページから書かれている、国立国会図書館において「納本された書籍等を将来の保存のために直ちにデジタル化(複製)することが認められる」よう著作権法上明確にするとの方向性は支持する。
 その一方で、国立国会図書館でデジタル化された資料について「館内閲覧やコピーサービスのルールについて関係者間で協議が必要」「図書館間の相互貸借を円滑に行うための方策について関係者間で協議が必要」とあるが、これらの資料活用法に制限を加えてしまってはデジタル化した意味が減じられてしまうのではないか?
 最低限、現に絶版などの理由で入手不可能となっている資料のデジタル化されたものについては、館内閲覧・コピー提供・相互貸借を可能とするよう制度的に担保すべきである。またこの担保の際には、無償原則によって図書館が社会的インフラとしての役割を要求されていることも忘れてはならない。

 「記録技術や再生手段の変化に対応するための複製について、著作権法第31条第2号の解釈により可能であることを明確にする」とのことであるが、これが規定で明確にすることではなく解釈によることとした理由をもう少し明らかにすべきではないか。
 これまで図書館が著作権法の権利制限規定を厳格に解釈しそれを遵守してきた過去を踏まえて、図書館側から改正要望が出されていた項目である。このことは、図書館側としては規定を加えた方がより対処しやすいものとも考えられるが、規定を加えることで何か副作用を生じるのだろうか?

(以上、文言自体は中間整理概要より抜粋した。)
5.該当ページおよび項目名:
  第3章 保護期間の在り方について(全体として)
6.意見: 以下のとおり

 保護期間を現在以上に延長することは、その結果が仮に原則死後70年より短かったとしても、反対である。根本的に、こうした保護期間延長によって“利益”を得たり、「権利が切れて困る」と主張しているのはその著作物を作った原著作者ではなく、その承継者である。それが判りきっているのに保護期間を延長するとすれば、もはや著作者のための制度設計とは呼べない。既に亡くなっている著作者への“利益”ではなく、いま生きていて現に創作活動を行なっている者たちへの支援を考えるべきである(そして、その方策は決して保護期間の延長ではない)。
 権利承継者にとってみても、これまでの保護の水準を前提にビジネスを組み立てていたところである。手持ちの権利の期間を延長するということは、労せずして収益増の機会を得るということだけでなく、新たな創作を進めることで利益を得ようとするインセンティブを減じることにもなりかねない。

 また、保護期間延長によって生じる問題をもっと重く見るべきである。――権利者の所在が不明になり著作物利用許諾が困難になる、多くの権利者が関わることで利用許諾が出されにくくなる、ボランティアベースで進められているアーカイヴのプロジェクトが進められなくなる、すでに文化に溶け込んだ表現を過度に保護し次世代の創作を縛る等。
 これらは無論、保護期間が満了していない時期からすでに問題となっているものであり、保護期間延長の議論とは別に対処されるべきものでもある。しかし保護期間が延長されれば、これらのデメリットが増幅されるのは明らかである。著作権(あるいは著作隣接権)が基本的に「禁止権」として設定されている以上、他人の行動への影響を強く与えるものだという意識が制度設計において必要である。
 仮にこうしたデメリットの解消を約束して保護期間延長の合意を取り付けようとしたとしても、その延長の前に、対処の有効策を実現しなければ説得力は生まれない。延長の議論は、本来その解消の後に為されるべきであった。

 現時点では、保護期間延長の議論を行なうこと自体、時期尚早と言わざるを得ない。
5.該当ページおよび項目名:
  第3章 保護期間の在り方について
   第3節 各論点についての意見の整理
6.意見: 以下のとおり

 著作権分科会において説明資料となった中間整理概要について気になった点がある。この資料の中で「プロのクリエーター育成のためには、保護期間延長ではなく、ネットの違法コピー対策など、別の対応策を考えていくべきではないか」とまとめられているが、これは実際の中間整理では92ページに「次のような意見があった」ものとして書かれているものである。それをあたかも代表的な意見として概要に掲載してしまったのは、印象をミスリードしてしまうおそれがあるのではないか。
 また、保護期間延長がプロのクリエイター育成に役立たないのは言うまでもないが、ここで重要なのはクリエイターへの利益還元や支援をどう行なうかということであって、「ネットの違法コピー対策」は直接には関係ない。
 ここで関係があるとの判断をしているとすれば、「ネットの違法コピー対策」が直接的に権利者に利益をもたらす(それまで「違法コピー」をしていた者が正規品へと流れていく)との前提がなければならない。
 しかし、ネット上での有効な著作物流通が不充分な今これをやっても権利者へ利益をもたらすことはあるまい。「ネットの違法コピー」が“地下”に潜るか、そもそも特定の著作物を鑑賞するという習慣が国民の中の少なくない人々から失われるだけであろう。

 折衷案として「死後50年から70年の間は許諾権ではなく報酬請求権にすること」「延長希望者が更新料を支払って登録する制度」「延長の20年で得られた使用料を文化振興基金に充てること」「翻案権等の一部の支分権については延長しないこと等」と書かれている(以上、抜粋は概要から)が、これらはいずれも多く指摘されるデメリットを解消した後でなければならない。想定される懸念の多くは解決しないからである。
 加えて、94ページにおいて「映画の著作物の保護期間について」との項目が設けられており、その期間延長も今後検討され得ることが書かれている。そもそも今回の死後50年から70年へ延長せよとの議論は、映画著作物の保護期間を(公表後起算とは言え)延長したことも発端となっているものであり、そこでまた映画著作物でも延長をすれば次は他の著作物でもさらなる延長が要望されるのは目に見えている。延長していくことで、それが呼び水となってさらなる延長を招きかねないというのも、延長慎重論の根拠のひとつであるが、直接的ではないにせよ中間整理においてそれが示唆されてしまっていることは注目に値する。

 戦時加算については全くいじる必要はない。戦時加算によって著作権保護期間が存続しているものでも、近年のうちに順次切れてきているからである。10年ほど前であればまだしも多少は意味があっただろうが、もはや2008年においては保護期間延長の根拠とはなり得ない。時間が解決する問題である。
 まして戦時加算の解消を条件に保護期間を延長するという主張は一方にしか利することのない身勝手なものであり、検討の余地も無い。
5.該当ページおよび項目名:
  第3章 保護期間の在り方について
6.意見: 以下のとおり

 保護期間延長の「メリット」については、延長を要望する側が説得的に材料を提示すべきところ、それができなかったということが言える。
 「二者択一の形で議論するだけでなく、両方のメリットを受けられる方法なども含めて検討を進めるべき」とまとめているが、これは「メリットを受けられる、少数であるが価値の高い著作物」に限って延長するという方策でも実現しない限り無理である。しかし延長要望側の意見としては、これから何十年経った後に急に「価値の高い著作物」と認められることも想定しており、こうした選択的な保護期間延長を受け入れられるかは疑問である(以上、文言は中間整理概要から抜粋)。
 このまとめはもはやレトリックに過ぎないものであって、実質的な意味は無いのではないか。

 保護期間が延長されても問題があまり生じない著作権制度という観点での提案は果たしてあったのだろうか? そうした著作権制度を論じ、その実現に目処が立たない限り、この議論が延長容認でまとまることは無いだろう。

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2008年11月 3日 (月)

法制小委「中間まとめ」・保護利用小委「中間整理」パブコメ締切りまであと1週間

 御無沙汰してしまいました。“やるやる詐欺”みたいになってしまってますが。

 保護利用小委と法制小委のパブコメは結局10月9日に開始され、これの締切りが11月10日に設定されております。あと1週間ですな。

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000345&OBJCD=&GROUP=
「文化審議会著作権分科会
 『法制問題小委員会平成20年度・中間まとめ』
 に関する意見募集の実施について」
(e-Gov)

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000344&OBJCD=&GROUP=
「文化審議会著作権分科会」
 『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
 中間整理』に関する意見募集の実施について」
(e-Gov)

 法制小委では、「中間まとめ」は次のような内容になっております。

「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会
 平成20年度・中間まとめ」

第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について
第2節 私的使用目的の複製の見直しについて
第3節 リバース・エンジニアリングに係る法的課題について
第4節 研究開発における情報利用の円滑化について
第5節 機器利用時・通信過程における蓄積等の取扱いについて
    (デジタル対応ワーキングチーム関係)
第6節 その他の検討課題

 このうち、注目したいのがやはり第2節。いわゆる「ダウンロード違法化」の問題。正確に言えば〈違法複製物および違法配信物からの私的コピーの30条除外〉ということになりますが、その副作用から適法行為の萎縮を招きかねないとの意味を込めて「ダウンロード違法化」と(私は)呼んでおります。
 録音・録画分野、つまり音楽や映像については私的録音録画小委員会で議論されてきたことになっており、今回の法制問題小委員会ではこの30条(私的複製規定)除外にソフトウェアも含めるかということだけを検討しました。私的録音録画小委での議論の妥当性については全く触れておらず、その法的・社会的な効果について法制小委で精査した様子は全く見られません。
 法制小委の本パブリックコメントが始まった後で、私的録音録画小委(10月20日の第4回)では「ダウンロード違法化」の方向性を維持することが確認され、しかも新たにパブリックコメントを募集することはしないとの決定を下しております。事務局が報告書をしたためて、たった1回の小委員会で了承される予定。
 そんなありさまですので、「ダウンロード違法化」の問題について著作権分科会に何か言おうと思えば、この法制小委のパブコメを使うしか無いのですね。

 法制小委では他にも、権利制限関係で重要な検討課題に一定の結論を出しています。リバース・エンジニアリング関連ではかなり踏み込んで法改正の方向を打ち出しています。その一方で、研究開発関連でやや腰が引け気味‥‥。
 権利制限をしよう、という結論については大部分賛成したいところではあります。賛成したいところに意見を述べたって良いんですよ。ただ、議論の経過を見てみると、思うように検討が進んでいないようにも思えるのです。
 世の中で実際に登場してきている新しい著作物利用、あるいはこれまでにもあったのだけどまだ法的課題が残されてきた“古くて新しい問題”などを権利制限規定(著作権法30条以降)で対処しようとすることは、そうした個別事例にのっとって権利制限をするかどうかを考え、するとすればどうした範囲を定めるか(さすがに無制限というわけにいかないですから)との流れで検討が加えられます。だから鳴り物入りで検討課題に加えられても、出てきた結論が何だかみすぼらしいものになったりするんですね。手間暇がかかった割には、かなり制限的な内容になるという。地上デジタル放送のIPマルチキャストを、本放送と同一地域内での同時再送信に限って「有線放送」と同じ扱いにした法改定の事例みたいな感じで。
 知的財産戦略本部でいま「日本版フェアユース」の導入に向けて報告をまとめております(パブコメに付している最中)。法制小委での議論を見ていますと、確かに「日本版フェアユース」の導入が急務であると思わざるを得ません。確かに法制小委でもフェアユース導入を十分意識していて、だからこそ“フェアユースとの関連がありそうなところは後回し”的な姿勢にもなっているのですけど、かえってそれが現在起きている状況に対してスムーズに対処できない(対処しても限定的にならざるを得ない)傾向を強めている感じがあります。ただでさえ個別権利制限規定での対処は時間がかかりすぎるんですがね(だって検索エンジン関係の権利制限って決まったのいつでしたっけねぇ)。
 ともあれ、我々として出すべき意見の方向性は、やると決めた権利制限は迅速にやることとして、法制小委で素早く結論が出せないことが明らかになった権利制限課題のためにも、「日本版フェアユース」規定の導入を急ぐべきだ――ということになりますか。

 お次。
 法制小委と並行してパブコメが募集されているのは、「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」の中間整理。この小委員会、私は「保護利用小委」との呼び名をいつも使っているのですが、文化庁自身も「過去著作物等小委」とか「過去小委」とか呼び方が一定しておりません。もっとも、今回のパブコメは「過去小委員会中間整理に関する意見」とのタイトルで送信することが求められているので、そのあたりは注意して下さい。まぁ、多少間違えて送っても、文化庁側で柔軟に対応してくれるとは思いますが‥‥。
 保護利用小委(ここではこの呼び名で統一させてもらいます)の中間整理は次のような内容でまとめられています。

文化審議会著作権分科会
『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
 中間整理』

第1章  はじめに
第2章  過去の著作物等の利用の円滑化
 第1節  検討の経緯等
 第2節  多数権利者が関わる場合の利用の円滑化について
 第3節  権利者不明の場合の利用の円滑化について
 第4節  次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
 第5節  その他の課題
第3章  保護期間の在り方について
 第1節  はじめに
 第5節  制度の現状
 第6節  各論点についての意見の整理
 第7節  関連する課題
第4章  議論の整理と今後の方向性

 やはりここでメインになるのは第3章「保護期間の在り方について」です。いや、もう、ここについては「保護期間延長反対!」の一言でも良いから、意見を送って下さい。まだ出されていない方で、わざわざここを読んで下さってる方には是非とも。
 なぜ意見を出す必要があるかと言いますと、募集要項にこの一文があるのですね。

今回意見募集と同時に,過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第5回)で発表されました著作権保護期間に関する意識調査を参考に,著作権に関する国民意識調査を実施いたします。メールにてご意見をいただいた方(個人に限ります。)については,ご記入いただいたメールアドレスに,アンケートへの回答をお願いするメールを送付いたします。(11月上旬になる予定です。)

 文化庁が国民意識調査を計画していて、その対象が今回のパブコメを送った「個人」という設定なのです。この「個人」というのが重要で、パブコメでは以前から団体・個人の別を付記して提出するよう求められていたんですが、団体名義で送った場合には今回の意識調査に参加できないというわけですね。だから、団体名義で出された方は、ぜひ個人としても送るのがよろしいかと。国民意識調査への参加権を得るのがパブコメ提出なのだと心に留めてくださいませ。

 ところで、ここ数回のパブコメでは、文化庁は『e-Gov』サイトにしか募集要項を掲載していませんでした。でも今回は早い段階で文化庁サイトにも掲載されていました(内容は『e-Gov』と同じ)。
 良い傾向ですね。審議会の進め方は好きになれませんが、情報公開をしてくれることで多少見直す機会があるのは幸いです。



http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakuken_hosei_ikenboshu.html

「文化審議会著作権分科会

 『法制問題小委員会平成20年度・中間まとめ』

 に関する意見募集の実施について」

(文化庁)



http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakubutsu_hogo_ikenboshu.html

「文化審議会著作権分科会

 『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会中間整理』

 に関する意見募集の実施について」

(文化庁)




■保護利用小委「中間整理」・法制小委「中間まとめ」に対する私見

 さて。
 偉そうなことを書きつつですね、私もまだ意見をまとめてる最中だったりするのですよ。しかも概要を読んでメモを書いた程度でしかないという。そのメモを以下に掲載します。例によってCCLの対象なので、好きに使ってもらって構いません。
 ただ中間まとめ・中間整理本文との突き合わせをまだやってなくて、対象の項目名やページ数は入れてありません。ひょっとしたら本文を読んだら違うことが書いてある‥‥なんて点もあるかもしれませんが、まぁその時は罠に引っかかったものだと思うことにしまして(笑)。

 ――基本的には私が今までブログで書いてきたことの繰り返しではありますけどね。


-------------


文化審議会著作権分科会
過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
「中間整理」概要より

●保護期間を死後70年に延ばす際に生じる多くのデメリットが延長慎重論の論拠であるが(ただしそれらが論拠の全てではない)、こうしたデメリットを減じる施策を考案し延長への議論を進めるという手法は論理的にはあり得るところである。しかし保護期間延長のデメリットを減じるという触れ込みで“利用促進策”が本「中間整理」で提言されている割には、その範囲は不当なまでに狭い。
●「過去の著作物等の利用の円滑化方策」については、もっぱら放送番組の二次利用を前提とした著作隣接権の集中管理や、権利者不明の場合の裁定制度の活用など、範囲が限定されすぎていると言わざるを得ない。しかし延長の際に必ず問題となることが予想され、かつ現に(保護期間内であっても)流通を阻害する要因として考えられるものはこの検討範囲の外にある。たとえば多数権利者が関わり、そのうちの僅かな反対によって利用が妨げられるケースについてどれだけの方向性が打ち出せているか。
 集中管理は確かに著作権分野や放送番組での著作隣接権においては権利者側の努力が始まっているが、他のジャンル――たとえば音楽配信や動画配信(とりわけDVDと競合するようなダウンロード販売によるもの)についての集中管理は手つかずであり、日本のユーザーが海外と同等の配信サービスを国内で受けられない現状の原因となっている(場合によっては海外のサービスを使うという方法もあるが、それでは国内産業振興の観点から解決策と呼ぶことはできまい)。
●「アーカイブへの著作物等の収拾・保存と利用の円滑化方策」については、そのアーカイヴを作成する主体を著しく狭めて考えているのが問題である。図書館(とりわけ国立国会図書館)・博物館、あるいは自らが番組の権利者でもある放送事業者が作成するとの前提で議論が進められている。しかしながらインターネットによるアーカイヴサービスが一般化しつつある現在において、むしろアーカイヴの主体として考えるべきはネット上でのサービス事業者や個人ユーザーである。
 特に、ネット上に浮かんでは消えるコンテンツの保存において、そのアーカイヴィングを国立国会図書館に委ねるのは、予算の面で言っても手間の面で言っても酷に過ぎると言え、また実際問題として網羅性を確保するのは不可能であろう。そこで重要になってくるのが米国でのInternet Archiveのような民間事業者であったり、個人ユーザーの手によるアーカイヴ(要は転載)である。
 「中間まとめ」で想定されていた主体以外についても(一定の要件を設けるにせよ)検討を加え、言ってみればインターネット全体がアーカイヴであり続ける施策を打ち出す必要がある。

●「多数の権利者が関わる場合の利用の円滑化」において想定されているのは放送番組だけである。実演家の権利が実質的に“買い上げ”られていたり「ワンチャンス主義」で既に消えてしまっていたりするような音楽・映像分野においては、「多数の権利者が関わる」ゆえの流通阻害が起きていないとの前提で検討がなされているようである。
 しかし現実に海外との比較で「流通阻害」が目に見えて起こっているのは寧ろそうした音楽・映像分野である。法律や契約により著作隣接権の行使は出来ないことが多かろうが、原権利者(著作隣接権者)だった実演家が流通を望みながら、現在の権利者によってそれが止められているという「多数の権利者が関わる場合」の流通阻害を解消すべきである。
●また、放送番組に限定して検討された筈の「利用の円滑化」方策においても、結局は「必ずしも不当な理由による許諾拒否とは言い切れず、むしろ、実務上は、インターネットの番組配信がビジネスモデルとして未成熟であることや、引退等の理由で不明者の許諾が得られないことの方が問題」とし、「明確に効果がある制度的な対応策を見出すことは困難だが、引き続き権利の集中管理の促進、適正な利益再分配ができるビジネスモデルの構築等の関係者の取組が必要」との結論に至っている。これでは検討する前と変わっていない。何も言っていないのに等しい。
●海外において新たな試みが次々と登場する中、日本ではネット配信ビジネスにおいて閉塞感に包まれている。せめて海外で一定の成果が見られるビジネスモデルについては、同等の条件で許諾を出せるよう方策を考えるべきではないのか(そして如何にして権利者への対価の還元を実現するかを考える方がよほど建設的というものであろう)。

●裁定制度については、その手続きが(合理的な範囲で)簡便になる必要がある。また、「著作隣接権には裁定制度自体がない」との指摘を重く受け止めるべきである。たとえば一定数の関係権利者(原権利者も一定条件で含めて考える)の許諾を得られれば利用可能となるような裁定制度なども考慮すると良いのではないか。たとえばレコード会社が配信許諾を拒否していても、アーティスト側で配信を望んでいる場合には裁定制度の利用で配信可能とできるような。
●中間整理では、制度的対応策としてA案(権利制限規定+事後承諾的使用料)とB案(第三者機関への供託)が提案されているが、これらは相反するものではなく、両方を組み合わせて実現するということも可能であろう。そうした柔軟な姿勢で制度の実現を目指すことを望む。

●アーカイヴ活動の円滑化に関する整理の中で「インターネット技術を活用して情報を共有する習慣が広まってきている中で、インターネット等を通じて多くの者が情報を共有できる環境を整備することが重要ではないか」としておりながら、そのアーカイヴの主体を「コンテンツ事業者自ら」と「図書館等を代表例として」しか考えないのは何故か。
 インターネット技術の活用という点においては、コンテンツ事業者も図書館も他のネットサービス事業者も個人ユーザーも変わりなく、ある者が可能なアーカイヴ手段は殆どの場合 他者にも可能である。多くの者が関わるなか僅かなリソースでも持ち寄り、世界規模でそれを集積することで巨大な情報アーカイヴを実現するというのがインターネットである。
 情報をほんの何カ所かに集中するのではなく、もっと分散的に蓄積する手段を想定し、制度を考えるべきであろう。

●国立国会図書館において「納本された書籍等を将来の保存のために直ちにデジタル化(複製)することが認められる」よう著作権法上明確にするとの方向性は支持する。
●国立国会図書館でデジタル化された資料について「館内閲覧やコピーサービスのルールについて関係者間で協議が必要」「図書館間の相互貸借を円滑に行うための方策について関係者間で協議が必要」とあるが、これらの資料活用法に制限を加えてしまってはデジタル化した意味が減じられてしまうのではないか?
 最低限、現に絶版などの理由で入手不可能となっている資料のデジタル化されたものについては、館内閲覧・コピー提供・相互貸借を可能とするよう制度的に担保すべきである。
●「記録技術や再生手段の変化に対応するための複製について、著作権法第31条第2号の解釈により可能であることを明確にする」とのことであるが、これが規定で明確にすることではなく解釈によることとした理由をもう少し明らかにすべきではないか。
 これまで図書館が著作権法の権利制限規定を厳格に解釈しそれを遵守してきた過去を踏まえて改正要望が出されていた項目であり、図書館側として規定を加えた方がより対処しやすいものとも考えられるが、規定を加えることで何か副作用を生じるのだろうか?

●保護期間を現在以上に延長することは(死後70年より短かったとしても)反対である。根本的に、こうした保護期間延長によって“利益”を得たり、「権利が切れて困る」と主張しているのはその著作物を作った原著作者ではなく、その承継者である。それはもはや著作者のための保護期間の設定ではない。
 これまでの保護の水準を前提にビジネスが組み立てられていたところ、手持ちの権利の期間を延長してしまっては、新たな創作によって利益を得るインセンティブを減じることになりかねない。
●また、保護期間延長によって生じる問題――権利者の所在が不明になり著作物利用許諾が困難になる、多くの権利者が関わることで利用許諾が出されにくくなる、ボランティアベースで進められているアーカイヴのプロジェクトが進められなくなる、すでに文化に溶け込んだ表現を過度に保護し次世代の創作を縛るなどの指摘をもっと重く見るべきである。
 これらは無論、保護期間が満了していない時期からすでに問題となっているものであり、保護期間延長の議論とは別に対処されるべきものでもある。しかし保護期間が延長されれば、これらのデメリットが増幅されるのは間違いない。
 仮にこうしたデメリットの解消を約束して保護期間延長の合意を取り付けようとしたとしても、その延長の前に対処する有効策を実現しなければ説得力は生まれない。延長の議論は、その解消の後に為されるべきである。

●「プロのクリエーター育成のためには、保護期間延長ではなく、ネットの違法コピー対策など、別の対応策を考えていくべきではないか」とまとめられているが、これはおかしい。保護期間延長がプロのクリエーター育成に役立たないのは言うまでもないが、ここで重要なのはクリエーターへの利益還元や支援をどう行なうかということであって、「ネットの違法コピー対策」は直接には関係ない。
 「ネットの違法コピー対策」が直接的に権利者に利益をもたらすという前提なのかも知れないが、ネット上での有効な著作物流通が不充分な今これをやっても権利者へ利益をもたらすことはあるまい。「ネットの違法コピー」が“地下”に潜るか、そもそも特定の著作物を鑑賞するという習慣が国民の中の少なくない人々から失われるだけであろう。
●また、折衷案として「死後50年から70年の間は許諾権ではなく報酬請求権にすること」「延長希望者が更新料を支払って登録する制度」「延長の20年で得られた使用料を文化振興基金に充てること」「翻案権等の一部の支分権については延長しないこと等」と書かれているが、これらはいずれも先に指摘したデメリットを解消した後でなければならない。想定される懸念の多くは解決しないからである。
●なお、戦時加算については全くいじる必要はない。戦時加算によって著作権保護期間が存続しているものでも、近年のうちに順次切れてきているからである。10年ほど前であればまだしも多少は意味があっただろうが、もはや2008年においては保護期間延長の根拠とはなり得ない。時間が解決する問題である。
 まして戦時加算の解消を条件に保護期間を延長するという主張は一方にしか利することのない身勝手なものであり、検討の余地も無い。

●保護期間延長の「メリット」については、延長を要望する側が説得的に材料を提示すべきところ、それができなかったということが言える。
 「二者択一の形で議論するだけでなく、両方のメリットを受けられる方法なども含めて検討を進めるべき」とまとめているが、これは「メリットを受けられる、少数であるが価値の高い著作物」に限って延長するという方策でも実現しない限り無理である。しかし延長要望側の意見としては、これから何十年経った後に急に「価値の高い著作物」と認められることも想定しており、こうした選択的な保護期間延長を受け入れられるかは疑問である。
 このまとめはもはやレトリックに過ぎないものであって、実質的な意味は無いのではないか。
●保護期間が延長されても問題があまり生じない著作権制度という観点での提案は果たしてあったのだろうか? そうした著作権制度を論じ、その実現に目処が立たない限り、この議論が延長容認でまとまることは無いだろう。


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文化審議会著作権分科会
法制問題小委員会
「中間まとめ」概要より

●「デジタルコンテンツ流通促進法制」の必要性はテレビ番組に限ったものではない。「過去のコンテンツ」でありネットでの二次利用を望まれる(そして現在なかなか流通が進まない)ものの代表としては確かにテレビ番組が想定されるところだが、実際問題として音楽・映像分野でも海外に遅れを取っているのが現状である。
 単純に、海外での配信サービスが日本に上陸しても、本国と同様のカタログを維持できないのは(国による権利関係の違いが原因とは言え)ユーザーから理不尽に映る。

●「デジタルコンテンツ流通促進法制」を放送番組に限って議論すること自体、妥当性を欠き議論を不当に矮小化するものと考えられるが、さらに「権利者不明等により契約交渉が用意でない場合の問題が中心課題」とするのは問題を矮小化してはいないか。多数の権利者が存在する際に一人でも許諾を拒否する者がいる場合こそが問題の本質であり、全員一致で権利行使するのでなく誰かが許諾をすれば流通できるような制度が望まれている。また、これは放送番組に限らず、音楽配信や映画配信ですらも同様の問題を抱えている。
●「権利者不明の場合に十分な調査をした上でも権利者が不明である場合に、一定の条件で利用を認める制度的措置について、早期に実施に移すべき」というまとめ自体には賛成である。しかもこれは保護期間の延長や「デジタルコンテンツ流通促進法制」に関係なく、単独の課題としても解決すべきものである。
 また、これだけでもまだ「流通促進」には不足である。海外で既に新しいビジネスモデルとして進み出しているサービスの内容を、日本で試せない(あるいはその権利を持っている者が試そうともしない)のが実情であり、だからこそ“権利制限すべき”との論が説得力を持ってしまうのである。
●権利を持つ者が自ら集中管理を実効性あるものにする努力を怠らねば、デジタルコンテンツの流通促進は見込めるだろう。しかし現状がまだ不足していることは関係者の一致した見方だ。権利制限をも視野に入れた議論は権利者(特に著作隣接権者)に選択を迫る働きがあるのではないか。その意味でも、放送番組に限った議論をすべきではない。

●「インターネット等を活用した新たな創作・利用形態に関する課題について、委託調査により、関連事業者等が問題を感じている点を調査」した結果、多くは著作権分科会の検討課題に含まれているが「ストレージサービス等についての法的評価の問題」が指摘されたとある。これはまさに司法で「カラオケ法理」が拡大しすぎていることによる。これに歯止めをかけ、インターネット上で提供されユーザーの利便を高めるサービスを「著作権侵害」から救う制度的方策を早く取るべきである。
●「現在の権利制限の切り口(私的領域かどうか、非営利無料かどうか等)と、実際に権利者の利益を不当に害するか否かの実態とが、乖離してきているのではないか」とあるが、むしろこうした問題設定は複製を権利者の不利益とみなす考え方から来ているのであって、ここから脱却して素直に私的領域内あるいは非営利無料の複製をそのまま認めるべきである。
 社会通念上は、私的領域内・外あるいは営利・非営利のラインこそが合致しており、むしろ先の「乖離してきているのではないか」とする考えの方が乖離しているとすら思える。
●「不特定多数の者のマッシュアップによって制作が行われる場合について、今後生じてくる可能性のある問題点について、精査と研究を行うことが必要」とある部分については、賛成である。すぐにでも精査・研究を行なうべきであるし、そうした表現の妨げになるような障害はなるべく取り除く(あるいは適切なルールが出来るよう促す)ことが必要である。

●私的使用目的の複製の見直しについては、私的録音録画小委員会の議論を受けて法制問題小委員会でも検討されたことになっているが、極めて不足した内容と言わざるを得ない。著作権法30条によって私的複製される範囲の縮小(あるいはこれまで曖昧だった部分の明確化)にどれだけの実効性があるのか、また私的録音録画小委員会での議論の前提が妥当だったのかとの精査は手つかずのままである。
 特に私的録音録画小委員会では、30条縮小を示唆した中間整理に対して多数のパブリックコメントが反対意見として集まったにもかかわらず、その多数意見を無視して30条縮小を押し通したという経緯がある。法制問題小委員会での検討の前提とするには、あまりにも不当な形で出されたものである。
●私的録音録画小委員会が打ち出したのは、違法複製物や違法配信物からの私的複製と、適法配信からの私的複製とについて著作権法30条の対象から外すとの方向性である。
 しかし前者は、ユーザーから見て私的複製元の録音・録画物が適法に提供されたものかは知ることができず、またいざ裁判になった場合でも自らが所有する複製物の適法性を証明することは困難である(その複製ソースが手元に無い場合はレンタルCDの例を持ち出すまでもなく少なからず存在する)。さらには日本レコード協会から提案されている「適法マーク」(いわゆるエルマーク)は音楽配信のみに使われ(しかもiTunes Storeには採用されていない)、かつ海外での配信には当然のことながら「適法マーク」は付されていない。このことは著作権分科会でも指摘されていながら私的録音録画小委員会では検討を加えていないし、更に同小委員会では映画製作者代表の委員から「適法マーク」の使用がまだ準備段階でしかないことが明らかにされている。仮に「情を知って」との要件が加えられるとしても、その証明が(権利者側にもユーザー側にも)困難である以上、違法であるかそうでないか判らない不安定な状態が今後より一層強まるだけである。
 後者については、配信時の契約によってその後のユーザーの複製の許諾範囲を定めるという考え方であるが、現状でも配信時の契約では明らかにされていない私的複製態様は想定される。特に変換・バックアップに伴うような所謂「孫コピー」については契約で定めることは考えられず、また敢えてそれを契約で禁止することでユーザーの利便性を大きく損ねるおそれも生じるところである。私的領域内で行われる複製であるにもかかわらず、社会通念上は認められ得るのに「違法」とされる行為が多く発生し放置されることになりかねない。
 30条へ安易に手を加えることで、著作権法が規範としての役割を果たせなくなることを危惧する。
●私的録音録画小委員会では「録音」「録画」についてのみ30条縮小の対象とされていたが、著作権分科会での委員の指摘を受けて法制問題小委員会でもプログラム著作物を対象とするか検討が加えられ、結論としてはプログラム著作物について30条縮小を行なうことは見送られた感がある。
 このこと自体は歓迎するが、その理由が「現時点で必ずしも明確といえる状況ではない」というのは問題である。つまりプログラム著作物での被害状況が「明確」になれば30条縮小があり得たということだ。しかし前述の通り、30条縮小自体のもたらす法的効果について(本来は専門的な検討が加えられるべき)法制問題小委員会で議論されなかったことは遺憾である。
 他の著作物をこの30条縮小に加えるべきかどうかだけを議論してれば済むような小委員会では無かった筈だ。

●リバース・エンジニアリングについて、相互運用性の確保を目的としたものは「一定の要件の下で」権利制限を早期に措置するとした方向性に賛成である。ただし「一定の要件」というのがくせものであり、これによって権利制限の対象となるリバース・エンジニアリングが過度に狭められないよう要望する。
 著作権法においては複製を行なった時点を捉えて権利が及ぶか否かを考えるところであるが、リバース・エンジニアリングについては複製段階ではなくその結果の公表段階を捉えて権利行使を考えるべきではないだろうか。複製元のソフトウェアとの「競合性」を判断材料にする案も出されているが、相互運用性の持ったソフトウェアは運命的に元のソフトウェアと「競合性」を持っているものである。「競合性」そのものよりも、不正競争的な判断でもって適法性を考えるべきではないか。
●障害の発見等の目的で行なうリバース・エンジニアリングについても「権利制限を早期に措置することが適当」との方向性を出したことを歓迎する。こうした場面では、分析を必要としながら一刻を争うようなことも想像される。コンピュータが社会の大部分を占める世の中になっている以上、これを安全に運用するための分析行為がはっきりと適法であるとされる意味は大きい。
 逆に「ウィルス作成等の悪意ある目的の場合との区別」も指摘されているところであるが、こうした区別が可能なのかは微妙な問題と言えよう。ここでの「区別」を厳密にしようとするあまり、先の障害発見目的のリバース・エンジニアリングを妨げることになってしまっては元も子もない。権利制限を先行しつつ、「悪意ある目的の場合との区別」を慎重に見極めていただきたい。
●その他プログラム開発の目的で行なわれるリバース・エンジニアリングについては、「範囲が無制限に広がり、不適当」とある。
 しかしながら今回の法制問題小委員会での検討にリバース・エンジニアリングが盛り込まれたのは、表現を模倣するのでなくアイディアを抽出する作業が著作権法で禁じられてしまっていることへの対処である。その原則を貫徹させるならば、「その他プログラム開発の目的」でもリバース・エンジニアリングを権利制限の対象とすべきではないか。
 むしろリバース・エンジニアリングを複製と解釈するのではなく、そのリバース・エンジニアリングからソフトウェアが作られ公表された時点をもって侵害を判断する形にすべきではないだろうか。

●研究開発における著作物複製に関する権利制限も法制問題小委員会で検討されたが、「早急に結論を得るべき範囲と、それ以外に分けて検討」するとした結論が出てしまうところに「日本版フェアユース規定」の必要性を感じざるを得ない。時間をかけて個別の制限規定を定めていくのでは世の中の動きに対応できないというのがフェアユース導入論の根拠の一つであるが、法制問題小委員会において(日本版フェアユース規定の導入を見据えながら議論されているのも興味深いが)こうした消極的な議論になってしまうのは図らずもそれを証明してしまったように思えてならない。
●「情報解析分野の研究開発」において権利制限を行なうとの方向性には賛成する。「権利者の利益を不当に害しないこと等の条件の下で」としていることも妥当であろう。
●「その他の研究開発分野」について「大学の研究者の行う複製」に限定してしまっているのは問題がある。この「研究」の範囲に個人研究者まで含められれば、権利制限がもたらした研究の社会への貢献が期待できるのではないか。
●研究開発目的の権利制限においても、複製の時点で権利が及んでいるとは考えずに、その結果を公表する場面に応じて権利を及ぶようにしてはどうだろうか(私的複製物が公衆の前に出された時点で権利制限から外れるのと同じようなイメージ)。この際に営利目的か否かの枠をはめ、補償金を用意するなりして対処すると良いのではないか。

●「機器利用時における蓄積」および「通信を巡る蓄積」に関し複製とみなさないことを法律上明確にすることには賛成である。

●「通信・放送の在り方の変化への対応」に関し、著作権法において放送/通信の区分について実態を見た上で放送関連法と定義を一致させるべきである。要するに、公衆が視聴する映像であって同時性を重視した番組構成のある一方的放映を「放送」とすべきである。
●知的財産戦略本部の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」において「日本版フェアユース」導入への方向性で報告がまとめられるところであるが、その後 法制問題小委員会において詳細な検討が加えられるものと目されている。この規定の導入は是非とも必要であり、今期法制問題小委員会の報告書でも導入の必要性を書き込んでも良いほどである。
●本「中間整理」が著作権分科会において了承される際、三田委員からフェアユース規定導入への慎重意見が出たものと記憶しているが、「日本という国は裁判で決着するということでなく、話し合いで決めるというのが国民性」とする委員の見解はフェアユース導入を否定する根拠にはなり得ない。なぜなら、既に裁判によって多くのネットサービスが差止められてきたからである。日本版フェアユースの導入が叫ばれるようになってきたのも、こうした実態があってのことである。三田委員は同じ会合で、知財本部の「議論の動向を見守りつつ」と言わずぜひ法制問題小委員会としても積極的に議論すべきと発言していたが、私もこの意見に(委員とは反対の意味で)賛成である。繰り返しになるが、法制小委でもフェアユース規定の導入の必要性を、早いうちから積極的に打ち出すべきなのである。




■参考になる意見

 最後に、ここを紹介させていただきますです。
 この角度で切り込むというが「目から鱗」で、この種のパラダイムシフトというのは私にしてみれば凄くカッコいい。というか、私には出来ない。つい議論の前提を共有してしまおうとしますから(その意味では私は硬直的な意見しか出てこないきらいがある)。

http://www.alz.jp/221b/archives/000677.html
「文化審議会著作権分科会
 『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
 中間整理』に関する意見」
(The Baker Street Bakery)

 保護と利用の観点で考えるのではなく共有と保障で考えろ、と。座標軸を変えるという、議論の根本を問う意見であります。

Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権保護期間延長問題, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 3日 (金)

パブリックコメント募集間近の法制小委「中間まとめ」と保護利用小委「中間整理」

 ――御無沙汰しておりました。

 まぁ、挨拶抜きで要件のみを。
 10月1日の文化審議会著作権分科会で、法制問題小委員会の「中間まとめ」と保護利用小委(正確には「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」)の「中間整理」が了承された。これは数日中にはパブリックコメントにかけられる予定だ。
 ただ、10月3日金曜日午後7時現在、まだ募集開始のアナウンスは無い。

 せっかくの週末、大部になってしまった中間まとめと中間整理を読むにはまとまった時間が欲しいところなのだが、パブリックコメント募集要領が出ないことには その対象となる文書も読みようがない(もっとも「案」の段階の文書については既に法制小委での配付資料としてネットに上がってはいる。その後、若干の文言修正があるように思われるが、俺自身もまだ付き合わせていないので確かなことは判らない)。
 そこで、中間まとめと中間整理をまだかまだかとお待ちの方のために、非公式版とはなってしまうが、ここにPDFとして掲載することにする。

1.法制小委「中間整理」・概要版
2.法制小委「中間整理」
3.保護利用小委「中間まとめ」・概要版
4.保護利用小委「中間まとめ」

 上記データ量はMacOS XのFinder上で見た数字なので正確じゃないと思う。
 しかも何の工夫も無く取り込んでたらベラボーに大きくなってしまった。まずは概要版だけ読んで、意見を準備するのが楽かもしれない。

※(ここだけ追記)あまりにファイルサイズが大きかったのと、プリントアウトする時に不便だったのとで、取り込みしなおした。その代わり文字が読みづらくなってる点もあるようだけど、ご容赦のほどを。こういうのに不慣れだな俺。

※(この段落、さらに追記)公式資料がパブコメ募集ページに掲載されたのでリンクを切りました。

 いずれも著作権分科会で配布された資料で、公になっているものでは最新版の筈である。ただその後 文言修正が無いとも限らないので、あくまでパブリックコメントの対象は、募集要領が上がった際に用意された公式版であることに留意されたい。
 パブリックコメントへの準備に役立てていただけたら幸い。

 パブリックコメント募集が始まったら、上記リンクは公式版の方へ差し替えるつもり。

 俺としては、資料の読み込みと論点整理に入らないと意見が書けないタチなので、できれば“中間生成物”も出していけないかと目論んではいる。しかし何分 仕事の合間にやらにゃならない作業なので、いつものパターンだと“やるやる詐欺”で終わってしまう。
 その辺はあまり期待しないでおいてください。

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2008年6月19日 (木)

省庁間合意の興奮さめやらぬ‥‥

 俺が遅筆なのと、次々と新しい情報がウェブに上がるのとでちょっとした悲劇(というか行き違い)があったりする。すみませんね、俺も記事を上げたあとであの大臣会見録を読んだのですよ。で、これからブログに書こうとしている次第。
 最新情報──というか俺自身が見ているものについては、はてなブックマークを見てもらった方が早く情報を掴めます。俺が何か知ったときには必ずここに登録するようにしてるから。あとは『Copy & Copyright Diary』さんがまめにエントリーを上げてらして参考になるのと、同じ方のブックマークも捕捉が早いのでオススメ。とりあえず情報収集についてはそんな感じで。

※俺自身は上記に加え、はてなアンテナとGoogleアラートと『パテントサロン』とTwitter(主としてフォロー先の人たちってことになるが)を駆使して情報収集している。更には まめにググるってこともやるけどね。いつ仕事してんだ俺。

 この記事は以下のエントリーの続きであります──

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2008/06/post_139e.html
「朝日記事には驚かされた。」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2008/06/post_b2af.html
「俺たちの“糠喜び”になるか、文化庁の“足枷”になるか」
(エンドユーザーの見た著作権)




 まずは冒頭で話題にした甘利経済産業大臣の会見から。

http://www.meti.go.jp/speeches/data_ed/ed080617j.html
「経済産業省 会見・スピーチ 大臣記者会見」

 ブルーレイディスクへの課金が「私的録音補償金」だとの言い間違い(だろう多分)があるのだがそれはさておく(実際は「録画」の方ね)。この会見での大臣発言ってのが、私的録音・録画問題に関してかなり突っ込んだ内容になっている。アンタそこまで聞いてないよ──ってほど。
 『Copy & Copyright Diary』さん(ここ経由で当該会見録が上がったのを知った)の記事でも発言がピックアップされていたのだが、こことダブるのを承知で引用しておきたい。

Q: ダビング10の問題ですが、これは著作権団体がHDDに対しても課金すべしという主張をしていたわけですけれども、著作権料の課金の範囲については、どういった形になるのでしょうか。

A: 暫定措置としてブルーレイに課金するということにしました。これは、既に確立されているはずですが、デジタル化しますとコンテンツの持ち主、つまり送るほうで、これは何回まで、それが幾らと全部設定ができるのです。アナログだとできないのですけれども、デジタルだとできるのですから、送り手の自由自在なのです。自由自在になる環境が整うまで、実際に行為としてダビングが行われ、それを利用する対象について、当面、いわば従来のDVD以外の部分を埋めたということでありまして、これはこれで適切な措置だと思います。

Q: おっしゃった暫定的な期間というのは、今回は明示されてないのですか。

A: 特にされていませんが、私が考えるに、デジタル化でコンテンツ送信をするほうの体制が技術的にはとれるのですから、それが整ったということで新たな体制をどうするかということに入れるのではないでしょうか。

 「送り手の自由自在なのです」前後のくだりは、私的録音録画小委員会での文化庁案における「権利者側の要請に基づき著作権保護技術が採用されているもの」(DRM)を先取りするかのような発言だ(文化庁案ではこれを前提に補償金を廃止するとしている)。また、JEITAが出した補償金問題への見解の中の「補償金制度とは、本来、私的複製が際限なく行われることで権利者に重大な経済的損失が生じる場合に、それを補償しようとするものである」「デジタル技術の進展に伴い、技術的にコンテンツの利用をコントロールすることが容易になっていく中で、補償金制度の必要性は反比例的に減少する」と通底するものを感じる。
 一見はトンデモ発言をしてるようなのだが、思想としては結構 打ち合わせ済みっぽい。大臣本人の考えなのか、官僚あるいはJEITAの“入れ知恵”なのか、そのあたりは判らないが。

Q: 先ほどの幹事さんの質問の中にも、著作権団体はHDDのほうをしっかり課金すべきではないかという意見が強いのですけれども、今回の経済産業省、文部科学省の合意によって、ダビング10の早期実施にめどがついたというふうにお考えでしょうか。

A: 環境整備には資するものと思います。よく考えていただければ、ハードそのものに、例えばハードディスクに何回入れようと取り出せないわけですから、取り出した対象に対して課金されれば、それは権利者の権利が移転するという理屈になりますけれども、中に入っているものに何回できたから何回分寄こせとか、あるいはこれによって複数の人たちが恩恵に浴するからといって、取り出せないものは一人でそこでしか見ることができないわけですから、取り出して物理的に分散できるものに対して課金されるという理屈はわかりますけれども、そうでないというのは理屈の上から理解が難しいでしょう。

 注目すべき発言。「ハードディスクに何回入れようと取り出せないわけですから」云々の理屈というのはかなり踏み込んだものと言えるだろう。基本、補償金制度というのは私的複製=不利益として組立てられている。そこに“補償の必要がない態様の複製”という概念が導入されてきたのが ここ数年来の議論ということになるのだが、ハードディスク内蔵型機器からは複製が流出しない(建前上は)ことを前提にした“補償の必要性”という観点は問題提起として鋭いものがある。感覚的にはメーカーというよりもユーザーのものに近い。
 実は、テレビ放送からの録画についての補償を議論されていた時分に(当時想定されていたのはハードディスクではなく、ビデオテープのような外部物理メディアを必要とした録画)、補償必要とされていた根拠は「ライブラリー」化目的の録画であった。タイムシフトについては精査されていたとは言えないが一応視野には入れられており、“録画して取っておく人がたくさんいるもんね”ということでタイムシフト用途のものは実質無視された(もっとも外部メディアに記録する以上はアーカイヴ目的を推定されるのは致し方ないのではないかと俺個人としては思う)。
 ところがハードディスク内蔵型機器というのが出てきたために、このタイムシフト用途の録画が再びクローズアップされるようになってきた。その録画の本質というのが、まさしく大臣が上記発言で指摘された部分と言えるだろう(加えて、ハードディスクという比較的壊れやすく容量も限りあるものに記録するため、保存目的に記録するには心許ないという特徴もある)。

 大臣発言については、トラックバックをいただいた『下級役人のつぶやき』さんもツッコミを入れていらっしゃる。これはこれで一理あるな、とは思った。
 ただ上記の「取り出せない」場合の話については、たった1度しかコピーできない場合(ハードディスク)と家族の分をそれぞれコピーし得る場合(外部メディア)とで補償すべき度合いを調整して判断することはあり得るのではないか(もっとも家族の分のコピーをすることが補償するべきものなのかは別論)。少なくとも何枚もコピーを作る場合よりは“損失”は少ないと考えることはできる。

 ついでに軽くレスめいたものも書いておくと、まずタイムシフトによる「損失」について考える際に〈そもそもDVD化される放送番組が多いとは言えない(しかも放送時にあらかじめ判るものではない)〉〈仮にDVD化されても放送時と同じものとは限らない〉〈再放送がいつされるのか判るわけではない〉〈無料放送のビジネスモデルは視聴者がCMを見ることを期待して既に(スポンサーから)対価が支払われている〉等の観点も加味していただきたいところ。
 DRMを導入(DRMフリーも含む)したときの権利者の意思の推定や「契約法」上の話については私的録音録画小委の中間整理にあったはずなのでそちらも当たられたい(もう既にお読みでしたらすんません)。

 経産大臣がJEITA寄りとも見えるスタンスで発言しているのは、おそらく補償金問題への介入の経緯が影響しているのだろうと思われる。補償金問題では文化庁はとても中立的とは見えなかった。




■さて省庁間合意後の動きとしては──

 JEITAの声明が正式に上がった。

http://www.jeita.or.jp/japanese/detail.asp?pr_id=1367
「経済産業省と文部科学省による『ダビング10の早期実施に向けた環境整備』に係る
 JEITAの見解について」
(JEITA / Hot Issues)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/18/news085.html
「JEITA、権利者からの質問状に直接回答拒否 『小委員会で議論』」
(ITmedia News)

 次にいつ私的録音録画小委員会が開かれるか不透明な時に、公開質問状を送られて回答しないというJEITAの姿勢には疑問を禁じ得ない。
 特に、例の文化庁案が「補償金廃止の道筋が見えない」とするJEITAの考えに俺も同感なだけに、こういう逃げ回るような対応には憤りを感じるところだ(もっともガチでやりあう気がなくて、手のひら返しの伏線ということも考えられる)。

 権利者団体側の動きとしては、さきの声明文がJASRACサイトにも上がった。内容はCPRAでのものと同じ。
 面白いのは日本映像ソフト協会が独自に声明を上げたところ。「私的録画問題に関する当協会の基本