2009年4月22日 (水)

4/20 基本問題小委員会#1

傍聴時の記録と記憶を頼りに委員の発言を書き起こしています。
正確さは保証できませんが。


文化審議会著作権分科会
基本問題小委員会(第1回)

日時 平成21年4月20日(月)
   14:00~16:00
場所 三田共用会議所 3F大会議室


(出席)
いではく・河村真紀子・佐々木正峰・瀬尾太一・玉川寿夫・中村伊知哉・野原佐和子・野村豊弘・三田誠広・宮川美津子

(欠席)
石坂敬一・大林丈史・後藤雅実・迫本淳一・里中満智子・苗村憲司・松田政行

主査の選任:野村委員





(関文化庁審議官)
 前期の著作権分科会では1月に報告書をとりまとめたが、私的録音録画補償金・保護期間など結論が得られなかった大きな課題も残されている。なぜ結論が得られなかったのか、著作権制度のあり方をめぐる意見の相違も背景では。本小委員会は、こうした状況や経緯をふまえ、著作権施策の基本的問題に関し文化政策の見地から大所高所のご議論をいただく。

(いで委員)
 議論が活発にされながら結論が出ない問題というのは、基本的なところで議論がされていない。「ひとのものを取ってはいけない」「黙って使ってはいけない」という人間の基本が尊重されるべきなら、無から有を生む能力・労力も当然尊重されるべき。その基本から議論しなければ、使う側の利便性などで議論しても、100年たっても結論は出ない。
 たとえば隣りの河村委員の意見。自家用車で使うのに消費者はもう1枚CDを買わなきゃいけないのかとの問いかけ。答えが無いから制度の考え方に納得できないという。私は、消費者はもう1枚CDを買うのが当然だと思う。なぜなら家庭で飲むコーラやコーヒーは、車で飲むのに外へ持ち出すか買う。CDも持っていけばいい。車に積み込みたくないなら同じCDを買えばいい。
 コピーして持っていくこと――家庭内録音は認められているが、基本的には全部OKというわけでない。自分の家庭内で使うなら仕方ないから良いんじゃないか、程度の認めかた。基本が理解されず、既得権のようなものになり、それが当たり前になってしまうのは危険。
 保護期間延長もそう。何年にするのか誰が決めるのか。使う側の利便性とかで決めるのではない。作った側の人が「私は30年でいい」とか「10年でいい」あるいは「50年」「70年」と言うのはわかる。しかし利用する側が決める権利なんてどこにあるんだ、と普通は考える。
 そうした議論をせず、権利者側・利用者側の意見対立で、自分側の意見ばかり言っても100年たっても解決しない。まず「一番尊重されなければならないのが何か」からスタートしてほしい。


(河村委員)
 ここで誤解を解いておかないと、100年経っても結論は出ないと私も思う。
 「車の中で聞くためにもう1枚買わなければいけないのか」の論旨。私的録音録画補償金は、家の中でのプライベートな録音の話。違法なものは含まれない。どうして補償金を払わなければならないのかと聞けば、「権利者に損害を与えているから補償金なのだ」というから、「どう損害を与えているのか説明してほしい」と言った。
 私的録音・録画がまったくできない世界があれば、損害は無い。私的録音・録画の損害の「補償」がいるのなら、私的録音・録画できないと今よりも権利者には利益があるはず。つまり私的録音できないCDを買ったとき、同じCDを自家用車で聞くため私たちがもう1枚買うと「お考えなのですね?」と聞いた。買うという前提なら利益は上がる。
 私が言いたかったのは、「同じCDをもう1枚は買わない」ということ。いで委員の言うとおり、持っていって聴く。もう1枚買わないからこそ、私的録音・録画を禁止しても利益は上がらない、だから私的録音・録画で損失は生じていないという意見。
 タダが当然とは言わない。「損害」の補償なら、その「損害」とは何か。私が認めたのは、持っているCDをお友達のためにコピーしてあげるのは「損害」だということ。
 「タダで使えるのが当たり前」、「権利者は霞を食って生きていけということか」と言われると悲しくなる。私たちはお金を払いCDやDVDを買っている。それなのに、プライベートで聴くものに「お金を払わないから、リスペクトしていない」と言われる。消費者の理解を得るには、そこをロジカルに説明しないとならない。
 (この問題には)少し精神的なところというのがあるのでは。お金の問題もあるが、「リスペクト」のない態度が許せないと言う権利者がいる。しかしそれは少しおかしい。消費者のほとんどは、補償金を払っているのを知らない。気持ちが大事なら、それを皆に知らせるのが正しい。その一方で、皆知らない方が黙ってお金が入ってくる。
 本当に「リスペクト」が補償金にこめられているなら、もっと広報して「これが文化を支えているんだよ」となるはず。文化庁もそういう考えなのかなと。
 消費者が税金のように薄く広く払わされる根拠、それが「リスペクト」なのはおかしい。補償金が文化を支えるとの言い方にも疑問。自分が買った、愛する権利者へ確実にいく方法で支払いたいのが消費者の気持ち。
 私的録音録画補償金の配分が、録画・コピーをする回数にリンクするか。インディーズの人とか、補償金制度の枠の外にいる人たちの作品をコピーする人にとってはとてもアンフェア。クリエイターを育てることも言われるが、「補償金があるからクリエイターになりたい」とのインセンティブがあるとは思えない。文化はそういうものではない。
 文化を大切にする気持ちは、消費者もサイレントマジョリティーが思っていること。文化をないがしろにする気持ちなどない。消費者にとっては「フェア」であることが大切。文化を大切にする一方、商取引や売買契約では「フェア」であるのが正しい。「文化」の名で、消費者の知らないところで広く薄くお金を取れる制度を続けていくことこそ、「文化のために補償金」から離れもっと大きな見地から議論したい。


(佐々木委員)
 今までの法律改正や制度運用では、「社会的に必要性が高いから権利を制限するのが妥当」と権利制限が広げられた。課題が生じるたび、具体のケースについて「公正な利用」との観点から議論をする。しかし著作物の利用が多様化・国際化そして広範になった中、個別ケースの積み重ねが権利の保護と公正な利用とのバランスを失することにならないか。検証する必要がある。
 具体的には、権利制限の拡大に対する権利保護が必要だ。権利の内容、権利行使のあり方、あるいは保護期間でも、権利保護と権利制限との関係が具体的にどうなのか。
 今の著作権法は、「公正な利用」に留意しながら権利を保護することを十分考えてスタートした。長い年月が経ち、その関係がどうなったのかを見直す必要がある。権利者・利用者の立場からの議論を離れ、次元を変えた議論をするのが必要。


(瀬尾委員)
 この小委員会の設置を喜ばしく思う。いままで審議会で話をしたが、著作権分科会自体は単に法律改正のための検討の場だった。そういうものだと何度も言われたが、私はそういう理解をしておらず、もう一歩進んだものが必要。著作権は日本の文化に直結する。流通も大事だが、著作物を財として語るだけでなく、日本の文化として考えるのが重要。そのために著作権分科会がある。
 今までうまくいかない問題や意見対立がたくさんあった。これらは解決すべき。しかし現場の得失のみで語っていてはダメ。ここ3年ほどの議論を見て思う。
 いわゆる「コンテンツ流通促進」や「育成」では、作る側のことを言われる。しかし量だけ増やせば良いのなら、アマチュアのを流せばコンテンツは飛躍的に増える。日本の文化には、それだけで本当にいいのか。専門に文化を作る人がどう暮らし、どう関わっていったらいいのか大きく考えることで全体のバランスが取れていくのでは。
 今まで「コンテンツ流通」を「文化」の側面からの議論することは少なかった。そういう議論をこの場でできればいい。量と質で日本の文化力を高め、文化のブランドをつくり、流通させる。文化の質と量の両方をいかに振興させるか。そして日本の国民がいかに豊かな精神生活を送れるか。
 この小委員会ですべきは結論を出すことでなく、著作権行政に対する提言。文化審議会は「こういう風にあるべきじゃないか」という提言をしても良いのではないかと思う。その骨子をこの場で話せたらと。

 私的録音録画の話で思うのは、家庭内利用が変わっていること。(今の)著作権法ができた時代は、末端の利用が家庭だとの前提で「ここまでは手を入れられない」と許した。今はインターネットや複製機器が進歩して、家庭と公共の場がものすごく近い。境界線が曖昧でもある。「私的領域」がどこまで広がっているのか、意味と範囲を議論すべきでは。
 たとえば画像。昔はカメラで絵を撮った。カメラでは光学的に甘くなったりしたが、今はスキャナーで高精細なものができあがる。これは想定していたか。
 レコードも、あんな小さなiPodに何万曲。私も音楽好きだから聴くが、CDのラックがほとんど入る。それが持ち歩ける。そんなことは(現行法の制定当時)考えてなかったろう。技術の進歩と社会の中で、どうあるべきかの議論をここでして、「私的な利用」について何か見えてくるのではないか。

 それともうひとつ。最近言われる権利制限の一般条項。あえて「フェアユース」と言わない、何が「フェア」かは分からないから。「権利制限の一般条項」を流通のために考えているのなら、それは危険ではないか。日本は裁判が一般的ではない。隣の人がうるさかったら「ちょっと静かにして」と言うより前に弁護士へ電話する社会、普通の人が普通に弁護士に頼んで訴訟を起こせる社会、しかも懲罰的に賠償金をとれる社会なら成り立つだろう。しかし日本人で、たとえば権利者が侵害されたからといって大手を相手に訴訟を起こしたら、(その権利者は)胃に穴をあける。心労で。
 懲罰的な賠償・罰金を含め、日本をそういう裁判社会へ持っていく強い覚悟があった上で、その条項を入れるのか。日本の権利者には個人が多い。一方で利用者は会社で法務部を持ち、顧問弁護士もいるかもしれない。勝ったとしても小額、裁判費用すら出ない。そういうことに取り組むなら、非親告罪と同じように根本的問題として問われるべき。


(玉川委員)
 最近著作権の問題に関する基本的な認識を。
 ひとつは、コンテンツ流通促進。最近まで「放送番組のネット流通が進まない」と各所で議論され、原因は「放送事業者がコンテンツを抱え込んでいるから」と誤解されていた。しかし放送事業者は番組の二次利用に消極的ではなく、単にビジネスとして成立する利益が見込めなかったのが理由。最近では「NHKオンデマンド」や、民放のネットでの番組配信事業が積極的に拡大している。「囲い込み」との言葉はあまり聞かれなくなってきたのでは。
 権利処理の煩雑さもクローズアップされる。ネット利用で著作権者・実演家などの許諾権を制限しようとの特別法「ネット法」制定の議論がある。放送事業者はこれまで、番組販売やパッケージ化など、番組の二次利用のため関係権利者と時間をかけ協議し、ルール作りをしてきた自負がある。権利処理のルールは、権利者と利用者が話し合って作るのが原則。法律が介入するとしても、著作権法で調整されるべきでは。
 コンテンツ流通はネット以外にもある。ネット利用だけを特別扱いしては公平性を欠く。著作権法で認められた権利を剥奪するのは財産権の不当な侵害にもつながる。ネット法のような取組には極めて慎重な姿勢で臨むべき。
 著作権法に関する最近の議論は、著作物を利用することに片寄っている。著作権法は権利の保護を作品の利用とバランスさせて文化の発展に寄与するのが目的。保護と利用のバランスが崩れれば文化の発展を阻害し、先細りにさせる。
 そのバランスの崩れを象徴するのが私的録音録画補償金。この制度の見直しは、HDD内蔵録画機器や、パソコンなどの汎用機器をどう扱うかという議論から始まった。そもそも利用者は録音・録画の手段の多様化と利便性向上でメリットが増大。これをどう権利者に還元するかを考える、つまりデジタル技術発展のメリットを還元するのが課題。昨年「ダビング10」が実施され利用者のメリットは格段に増えたが、その一方でブルーレイの政令指定がいまだに実施されていない。これは明らかにバランスを失している。
 私的複製が認められている以上、利用者・権利者双方の利益のバランスをとる唯一の方法が補償金。ここ数年の議論は進展せず、権利者側の利益が損なわれる方向の議論のみが提示されている。今回ここで議論するにあたり、補償金の廃止ありきでなく、その本質から議論すべき。
 議論の具体的な進め方はまだ明らかにされていない。ここと別に懇談会で検討されるとも聞く。それなら中立的な立場で議論が行なわれるよう、利害関係者中心ではなく有識者を主体とした構成を考えてはどうか。

 もうひとつ。文化庁の主体的な取組への期待。デジタル放送の制度的エンフォースメントや、番組の違法流通対策など、技術革新で新たな課題が生じている。本来文化庁が取り扱うべき事項だが、実際は他省庁が検討している。真に文化立国を標榜するなら、著作権制度に直結する問題は、文化庁がイニシアチブを取るべき。省庁間の関係に問題が落とし込められると、必然的に動きが鈍くなる。
 コンテンツの利用にともない適正な利益が権利者に還元されることこそ「真のコンテンツ産業の振興策」。これを実現するのは著作権法だけ。
 本小委員会では、著作権・著作隣接権の意味を再確認し、新たな作品の創造・拡大再生産につなげ、国民が広く豊かな文化を享受できる社会環境の実現に向けた建設的議論がおこなわれることを期待する。そして著作権に関する文化庁の主体をもった取組も。


(中村委員)
 優先順位、政策の中心、そしてアプローチ。視野を広げるのが大切。
 まず優先順位。アナログからデジタル、パッケージからネット流通、国内市場からグローバル、100年に1度くらいの構造変化が起こっている。デジタル技術はコピーで、流通が広がるのが前提。今の優先課題は私的録音録画補償金とIPマルチキャスト。優先度をひとつひとつ明確にすることが大事。
 二点目、政策の重心や方向性。知財本部や総務省などの議論の中心は業界の利害調整。つまり産業政策。文化審議会でも同じテーマなのはどうか。アナログからデジタルへの構造変化で、文化政策に立ち戻る重要性が問われる。デジタル化の恩恵を還元するメカニズムをどうするのかがテーマ。
 三点目。これが一番大事だが、多くの問題に対し法制度論で対応する話が出る。しかし法制度での対応は数多いプランのひとつでしかない。法律を変えるのは時間がかかり、コンセンサスを前提にして何も動かない。仮にコンセンサスを得られても、著作権法は細密に書くことになる。法制度のアプローチだけでなく、マーケットや文化を具体的にどう作るか。税制・財政面のサポートを考える手もある。
 先日、映像コンテンツの許諾窓口を一本化するとの報道を見た。総務省でも「市場取引」のトライアルを実施。これらがうまくいけば、法制度を変える必要がなくなるかも。民民による努力の支援を考えた方が生産的。
 著作権の制度論議は、データに基づくものが少ない。制度の必要性、導入したあとの効果――他の省庁なら当然にする調査・シミュレーションがなく、定性的・情緒的な議論。少なくともここでは、定量的に踏まえるべき。


(野原委員)
 現代のデジタル化・ネット化・グローバル化、環境の激変をどう踏まえているか、その把握は個々の立場で違うのでは。
 今回の委員会は「基本問題」を掲げる。これはチャンスだ。個々の利害を超えて客観的な視点で議論しようとの話に賛成。
 いろんな立場でそれぞれ絵を描き、それぞれの立場で語っても議論が噛み合わないのは当然。著作権とは何かという基本に戻ってほしい。具体的な現場から知ることからやって、共通認識のもと全体を俯瞰してはどうか。
 具体的には、「過去の著作物~小委員会」でやっていたヒアリング。印象的だったのは、著作権者の方々もネットビジネスをやっている方の意見に共鳴していたこと。
 ネットで音楽や映像を販売・提供している事業者の方に来てもらえたら。そして著作権者の方々、スタンスの違う人たちからも聞きたい。課題が起こっている現場の方の話も。全体を俯瞰して議論する方にも来ていただく。それをもとに基本的概念を共通の認識とすることに力を割いてはどうか。
 個々の利害を超え客観的な視点で議論、あるていど皆で共有できる提言を出せたらいい。

 もう1点。補償金や保護期間の問題は大事かもしれないが、社会変化の中で本当にナンバー1・2なのか疑問。列挙した問題だけを潰していくスタンスでなく、もうすこし幅広い視点で全体を見ることに力を入れたい。


(三田委員)
 新聞報道もあるが、米Googleが提携図書館の書籍をデジタルコピーしてデータベース化した。いま出版業界は大混乱。図書館間で送信する分には、さほど大きな問題ではない。しかしGoogleの行為は、一般ユーザーへの書籍のネット配信を前提とする。ヤクザが海賊版DVDを作り、マンションに置いていて売る前に摘発されたようなもの。利益を求めて複製物を大量に作った事例。
 ところが米国の法律では「フェアユース」。営利目的でも、その利用が公共性のある特別な場合で、その著作物の流通をさまたげず、著作者に損害を与えないなら無許諾・無償で複製を作れる。
 しかし作家たちが裁判を起こし、「補償金」を含む和解になった。実質的には損害をGoogleは認めたはずだが、いまだに一ぺんの謝罪もない。Googleは今でもフェアユースだと言う。判決で出たわけでなく、シロクロ決着してはいない。ただ和解に応じて一定の処理をするという理解。
 ハーバード大学には日本の書籍も大量にある。全部コピーされ、文藝家協会の会員・登録者4800人のうち、4300人が関わる。90%近い著作者が、勝手にコピーが作られてしまった。ヨーロッパでも大問題になっており、米著作権法の「フェアユース」がアンフェアだとの認識が世界的に広がっている。
 この時期に「日本版フェアユース」導入を議論しようということ自体危険。世界的に見てもトンチンカンなこと。日本で言えば、ヤクザが海賊版を作ったような事例なのに、アメリカでは複製した時点ではすぐには違法にならない。「フェアユース」のおそろしさ。
 実は日本の国会図書館でも全く同じものを作ろうとしている。全ての本があり、それを全部デジタル化する。私も協議会に参加しているが、デジタル化は有意義だからOKということで法律改正が進んでいる。しかしチラシを見ると、国会図書館のデジタル化で「インターネット等を活用した著作物利用の円滑化を図るための措置」というタイトルが付いている。Googleがやってることと同じ。国会図書館内に海賊版みたいなのが大量に作られ、まだネット配信はしていない状態。将来的にはネット送信もありなのか。
 「フェアユース」という概念は著作権法そのものを骨抜きにする。その認識を皆に持ってほしい。

 一方では、「日本版フェアユース」を求める声が利用者にはあるのも事実。多くの利用者が、著作権が具体的に壁になり円滑な利用の促進が阻害されていると考えている。権利者の方だって、実はできるだけ利用してもらいたい。利害は対立しない。タダで使わせて欲しいという要望には応じられないが、一定の手続を経て使ってもらいたい。
 隣接権の窓口の一本化が実現、著作権者の17団体はポータルサイトを作り、そこから各団体のホームページへ行けるシステムがある。利用者がどこに問い合わせればいいか分かる。

 しかしまだ問題がある。「一億総クリエーター」時代。全員がそれぞれの著作権団体に登録するわけではない。そういう人たちの多くは、作品を作ること・情報を発信することに喜びを感じ、必ずしもプロフェッショナルではない。経済的利益を考えているわけではない。
 過去の著作物にも、経済的利益がなく遺族からそういうものを求めていないものもたくさんある。それらを円滑に利用できるシステムは必要。たとえば地方の文学館が昔の同人誌を復刊したいとき――宮沢賢治が寄稿した同人誌を復刊するが、宮沢賢治の著作権は切れていても、他の同人がいつ無くなったのかわからない。こういうときは、遺族も利益を求めていない。今の裁定制度を簡略化し、円滑利用のシステムを広げるべき。
 裁定制度の簡略化は著作権法の根本に関わるので、こういう場で大いに議論をしていくべき。もし円滑な利用が実現すれば、保護期間延長問題も解決する。2年以上かけて利用者の意見を聞いたが、「お金を払うのはイヤだ」という話ではなく、著作者不明で利用しづらいとの話が大半。

 我々が英知を傾ければ必ず前に進む。しかし今日、「やっぱりうまくいかない」と感じた。いでさんと河村さんの議論、やはり利害が対立すると非常にかたくな。ひとりの有識者として個別の利害を離れた議論が必要。
 フェアユース導入で儲かるのは弁護士。法律が書いてないところは裁判で、裁判が増えると裁判費用は結局消費者に回る。それを考慮して、ひとりの有識者として議論をすべき。


宮川委員
 (三田委員の話にあった)弁護士の宮川です。私が初めて小委員会に参加するにあたり、あまりにも重い場に入ってしまったと心が重かった。
 委員は、これまでは名前・立場でどういう話をするのかわかる。もっと違った視点で話ができるのではないかとの言葉を伺って、私もそのように議論に臨みたい。
 これまで有識者・プロの方が話して解決しなかった議論をするわけで、常套句・決まり文句・決まり切った対立関係、決まったような言葉を使うのはやめて、ステレオタイプから離れた視点で議論したい。


(野村主査)
 従来は、著作権の定義から考え結論を導く発想。たとえば中古ゲームソフトで、ストーリーがあって画面が動くから「映画の著作物」――と議論するのが典型。視点を変えて、具体的な状況である人の利益が保護されるべきか、対価を払うべきか、逆に利益が失われたりしたときに法的に保護されるべきか――といった裸の価値判断も考え、著作権の定義を見直すことも必要ではないか。基本問題という新しい視点から検討して、既存の問題でも新しい展望が見えてくるといい。
 私的録音録画・保護期間・フェアユースが、皆の念頭にあるようだ。他の課題でも具体的な政策につながる、委員会としての議論ができればいい。ただ、審議会の限界もいずれは考えなければ。一つの議論に集約されない場合、それをどう文化庁として意思決定に組み込むのか。審議会を置く意味をもう一度考え直す必要があるのかなと。

 本日は欠席の方が多く、欠席委員からの意見がある。事務局から紹介。


(事務局)
 石坂委員。いままで長年議論されてきたが結論の得られなかった補償金問題・保護期間について、ここで文化政策的な見地から検討、本年度中に結論を出せるよう進めてほしい。
 また「日本版フェアユース」は、著作権法の根幹にかかわり極めて重要。本委員会の検討課題とし、多面的かつ十分な議論――具体的には米国等の事例を精査、権利を制限しなければ不都合を生じる具体的・個別的な事例について、権利保護と利用のバランスを十分に吟味するなど。拙速にならないよう。

 大林委員。
 ひとつは私的録音録画補償金。デジタル録音・録画機器の文明論的位置づけ、文化論的に見た創造への影響、そもそもなぜ補償金が創設されたのか、大元に立ち返ってもう一度議論したほうがいい。そうすれば、制度の必要性や、制度がどう変わっていくべきか明白になっていく。
 次は保護期間。著作物がネットで流通する時代、保護期間を延長し多数国の保護期間の調和をはからず、この時代を乗り越えることは不可能。実演か固定から起算される実演家の権利について、長寿社会では実演家の存命中に権利が無くなってしまうとの課題がある。戦時加算も、撤廃に向け積極的取組が必要。
 三点目は日本版フェアユース。当小委員会で取り組むべき課題。文化論的視点からの議論が必要。モデルのアメリカとは、社会の仕組みや国民意識の違いが大きい。拙速にことを運ぶべきではない。ましてクリエイターの成果を安易に利用することが経済発展につながる、コンテンツ大国になる早道――などというのは本末転倒。保護期間とは違い、世界標準でない規定の導入には慎重であるべき。その前に、ネット時代にコンテンツ流通促進が文化的影響をもたらすのか、プラス面マイナス面を、文化発展とよりよいコンテンツ創造のサイクルという視点から議論されるべき。
 本小委員会に、事前に通知することを条件に、代理人の出席を認めてほしい。

 苗村委員。
 技術の発展、国境を越えた情報流通、日本作品の国際的評価――などの背景を考え、これまで結論の得られていない課題を含む基本問題について文化政策的な高い立場から検討すべき。
 加えて三点ほど。著作者・利用者の利害対立でなく、双方にとって望ましい解決の方法をさぐるべき。例えば私的録音録画補償金・保護期間。著作者と利用者の対立前提ではなく、どの選択肢を選んでも双方にプラス・マイナスがあるものを確認、選択肢を比較する。
 二点目は、技術振興と国際環境の変化。著作権制度の国際的変化を直視し、制度改革の必要性を確認。たとえば、米国企業のビジネス戦略の影響を受けるごとに著作権法改正をするのでなく、著作物の創作・流通・利用の態様が変化する本質を見極め、将来の改革の方向を明確にし、今後の対処を検討する。対処法も、法制度改定だけでなく、契約を含むビジネス慣行の改善、国際会議等での意見調整の可能性も検討すべき。
 三点目として、法学に加えて、文化情報学・社会学・経済学・政策学など横断する学際的学術研究の成果を活用。著作権制度の研究者から聴取し、小委員会での検討に役立てる。

 松田委員。
 コンテンツのネットワーク流通促進。民間からいくつかの提言が公表。「ネットワーク流通と著作権制度協議会」でも、4月24日に提言を出す予定。この委員会でネット流通促進法制の議論があれば、協議会提言も説明機会を得たい。
 Googleブック検索のクラスアクション和解の日本への影響。この和解は米国での民事訴訟、基本的には著作者・出版社の判断に委ねられるべき。委員会が審議する必要はない。ただし和解の内容は全世界の著作権者が関わる。Google1社のデータベースに世界中の書籍コンテンツが集中し、日本におけるコンテンツ利用に影響が出る。著作物を国民の自由に利用できる環境を確保することは国の責任。日本は日本の著作権法によってその秩序を確立すべき。Googleの和解の影響について調査・審議を。


(主査)
 あと20分ほど。検討課題について自由討議を。


(いで委員)
 この委員会がいったい何を求めているのか、明確にした方がいい。私と河村委員のやりとり、それとは違うことを考えた方がいいとの意見も。この委員会では欠席の委員の意見を見ても、みな私的録音録画補償金・保護期間延長・フェアユースを問題視しているが。
 文化庁もこの委員会で求めているのは何か。問題があったからこの委員会が必要ということか、日本の著作権社会がどうあるべきかの総論だけをやるのか。それなら我々を呼ぶより評論家でも呼んだ方がいい。


(野村主査)
 事務局が、今後のスケジュールや具体的議論の課題など、次回・次々回どう示すのか説明すれば質問に対する答えになるかと。


(事務局・著作権課長)
 小委員会の進め方は、委員から意見をいただきながら考えたい。今年中に特定の課題で結論を出すものとお願いしたつもりは現時点ではない。第26回・第27回の分科会の意見を踏まえて設置の提案をし、設置された。
 我々としては、補償金・保護期間延長・フェアユースのいずれも重要な課題。できるだけ早期に結論を得たい。特に日本版フェアユースは分科会でも大きな検討課題。まずは法制問題小委員会で議論。ただ日本版フェアユースについて意見があれば、分科会に(この小委員会の)意思をどう反映するか別途考えなければならない。
 今後の進め方は、今日の提案を整理した上で示したい。


(瀬尾委員)
 「テクノロジーの急激な変化」「ネットワーク社会の急激な進展」とよく言われるが、それらが本当に著作権に関係あるのか? 音楽の聴き方、たとえばiPod。ウォークマンがあった、CDを持ち歩いて聞くこともできた。利用の便利さは上がったが、基本的な利用の方法は変わってない。
 「インターネットで社会が変わった」、テクノロジーがすべて著作権に影響を及ぼすとのイメージがある。本質的に影響を与えないものと、本質的に与える物とをごちゃまぜにして「社会が急激に変化しているから、それに対応しなければいけない」との論でまとめられるのは違うのでは。

 「放送で流通しないのは放送事業者が番組を囲い込むから」との論理、でも儲かったらやるんじゃないのか。それだけなのに、頭の中でネットワーク社会・テクノロジー社会が夢と希望に満ちている宝の山のような、すべてが新しいところへ変わっていかないといけないような「バラ色の夢」を見ちゃってるのかなと。
 ネットオークション、ニコニコ動画、YouTube。話題になるが、実際にそれを使って生活に馴染んでいる方が発言しているとは思えない。そういう議論でいいのか。前にドワンゴの社長がいらして、話をした。現場の声が出てきたから良かった。妄想のネットワーク社会とかバーチャル社会ではなくて、現時点が分かった。
 現時点のネット社会、著作権との関わりで何が必要なのか。どこかで整理しなければならない。テクノロジーと社会、利用の関係。専門家を呼んだ上で、話を聞いて、関係のあるもの無いものについて議論すれば、多くの方に有効な小委員会になるのではないか。


(三田委員)
 法制問題小委員会には弁護士が多いのではと警戒。
 それと、経団連・経産省・ネット関係の利用促進を図ろうという圧力は文化庁にひしひしと波及しているのではないかと危機感。この小委委員会では、著作権が守るべきものは何かをしっかり議論して、フェアユース問題についても考えていくべき。
 利用者の声もきかなければならない。守るべきものを守りつつ利用を促進することを議論していくべき。

 それから、根本的な問題。いままであまり議論されることがなかった様々な課題もどんどん提案して皆で考えていくべき。一例をあげると、美術のネットオークションで写真を出すことが法律改正でOKになる。美術家は(作品の)現物を売ってしまっても、画像は著作権によって書いた人のものだったが、ネットに著作物の画像を出して良いとなると美術家の著作権が根本から無くなってしまう。ネットに画像を置いて利益を得た人から対価を得るような、「著作権」に該当するような部分を考える時代ではないか。
 ある美術家の名前をYahoo!などで画像検索すると、その人の作品がずらっと出てくる。クリックするとかなり拡大した画像が出てくる。これがさらにネットオークションの画像が増えると、美術の画集を買う必要が全く無くなる。何らかの形で保護することも必要。

 もうひとつは、隣接権者が50年で切れてしまうこと。たとえば美空ひばりがもし生きていたら、もう子どもの頃に歌った権利が切れてしまっている。生きていたら今70歳くらい。10代の作品はすべて切れてしまっている。隣接権の50年はいかにも短い。
 これをアメリカのように95年に延ばしたところで、利用者に大きな負担を強いるものではない。著作隣接権が切れても、CDの値段が安くなるわけではない。隣接権の保護期間にも一定の考慮を払う必要があるのではないか。

 あるいは写真家の権利。旧著作権法で切れているものもある。私のような門外漢が言うのも変だが、「この作品は切れていて、この作品は切れてない」を検証するのが面倒で、えらい写真家のすべての写真にお金を払うケースがある。すでに失われた権利だが、その写真家が生きているなら著作権の復活が考慮されてもいいのではないか。それで消費者に損害はない。著作権を守ることを、この場で考えていけばいい。

Posted by 谷分 章優 著作権保護期間延長問題, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月30日 (月)

著作権分科会 #28 ――フェアユース戦線はいつもの風景

 3月25日に、文化審議会著作権分科会の第28回会合が開かれた。この分科会では1月に前期・2008年度までの報告書が出され、それを受けて3月10日に今国会へ著作権法の改定案が提出されたところだ。法案の方は衆議院で先に審議される予定らしいが、30日現在でまだ審議は始まっていない。ともあれ、法案提出を前期の区切りとして、25日は今期・2009年度の分科会運営について話し合われる最初の会合となる。

文化審議会著作権分科会(第28回)
  日時:平成21年3月25日(水)
     10:00~12:00 ※実際には30分ほど早く終了
  場所:三田共用会議所 3F大会議室

【議事】
1 開会
2 委員及び文化庁関係者紹介
3 議事
(1)文化審議会著作権分科会長の選出について
(2)小委員会の設置について
(3)その他
4 閉会

【配付資料】
資料1 文化審議会著作権分科会委員名簿
資料2 「著作権法に関する今後の検討課題」
    (平成17年1月24日・著作権分科会決定)
    の概要とそれ以降のこれまでの審議状況
資料3 小委員会の設置について(案)

参考資料1 文化審議会関係法令等
参考資料2 文化審議会著作権分科会(第27回)議事録
参考資料3 著作権法の一部を改正する法律案の概要
      ※配付資料には法律案そのものも含まれていた。
参考資料4 デジタル・ネット時代における知財制度の在り方について(報告)
      (平成20年11月27日 知的財産戦略本部デジタル・ネット
      時代における知財制度専門調査会)
参考資料5 広崎委員意見書
      (第9期文化審議会著作権分科会の運営に対する意見)

 分科会の運営の話——と言っても、実際に議論をする場は、分科会の下に設けられる「小委員会」の方である。だからこの小委員会をどう設置するのかが話の中心になる。
 昨年まで設けられていた、iPod全盛の今の時代に適合した私的録音録画補償金制度を話し合う「私的録音録画小委員会」と、保護期間の延長の是非を議論する「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」は、前期最終回にあった予定のとおり解散となった。今期設置されるのは3つ、「基本問題小委員会」「法制問題小委員会」「国際小委員会」だ。

 基本問題小委員会は、「著作権関連施策に係る基本的問題に関すること」を議論するとされる。この表現自体は配付資料にあった文言を引いているだけだが、あまりにも漠然としすぎてはいる。事務局が説明する中で例示した議題は、私的録音録画補償金と保護期間延長の問題だ。つまり解散された2つの小委員会を吸収したような形のようだ。それぞれの小委員会でも持て余してしまった議題なだけに、他の「基本的問題」を扱いつつこれら二つの議論も進められるのかは疑問。議題設定に文化庁の恣意が反映しやすいだけに、注視したい。
 「基本問題」と銘打っているだけに、事務局は方針として「文化政策的な見地から大所高所の議論をしていただける場として設置してはどうか」と提示している。この文化庁の言う「文化政策的な見地」が果たして好ましいものになるのか、私見だが微妙に思えてならない。「保護」だけが文化政策ではなく、しかもコンテンツ産業だけが「文化」ではない——そこからこぼれるものを無視したり、あるいは一緒くたにしすぎた結果が、〈時代の流れに対応できていない著作権法〉という今の状況なのではないか。
 長いこと著作権分科会の動きを見てきたためか、かなりうがった見方をする私ではあるが、心配の種が尽きないというのが正直なところである。

 法制問題小委員会は「著作権法制度のあり方に関すること」を話し合うということで、著作権法学者中心の構成で例年通りの設置。ここでは、前期まで議論しながら課題として残されているものに加え、「放送・通信の一元化への対応」「権利制限の一般規定」などが新たに挙げられている(事務局説明より)。議題てんこ盛りになるいつもの展開なのは間違いないが、その中でも最も注目が集まるのは「日本版フェアユース」だろう。

 国際小委員会も前期に引き続いて設置される。国際条約などで国内法制に対応すべき点が出てきた場合、その議論をここで行うのが主な役割なのだが、近年はこの種の動きが少なく会合が開かれるのも年に数回程度だった。もっとも前期最後の会合で「国際的な議論に先行して検討課題を設定しよう」との方針が出ており、また「模倣品・海賊版拡散防止条約」ACTAの展開も注目されるところなだけに、今期に大きな議題が持ち上がることが予想されないわけでもない(ただしACTAの中身が明らかにならないことには、今後の影響をはかることができないが‥‥)。

 今年度の小委員会はおそらく4月に入ってから本格始動する。まだ委員構成などは明らかにされていないが(たぶん事務局から本人への打診は始まってるだろう)、大ネタの未消化が目立つ著作権分科会である。バタバタと“審議したつもり”“結論が出たつもり”で片付けられることがないよう、注視していきたい。

委員発言から――

 以上が、分科会で本来話し合われるべき議題だった。しかし結果としては、いくつかの論点で委員発言が相次いだ会合となった。その論点とは、「日本版フェアユース」「美術品等のオークションでの商品画像」「不明権利者に関する裁定」の3つだ。このうちフェアユースは今後の議論に対する委員からの牽制という位置づけになるが、オークションと不明権利者については既に出された法案への質問という形。
 それぞれ、私の傍聴メモから書き起こした発言内容を引いておく。なるべく発言趣旨は変えないようにしているが、なにしろ私のやることなので必ずしも正確ではないかと思われる。正確なところは後日 公式の議事録に当たっていただくことを推奨する。各論点ごとにまとめてもいるので、発言順も前後していることにご注意を。

石坂委員(日本レコード協会会長)
 「日本版フェアユース規定」導入の今後の検討について。
 権利を制限しなければ不都合が生じるという具体的事例について、権利保護と利用のバランスを十分に吟味ないまま拙速に検討が進められるのを懸念している。公正な利用といっても、そこで想定される要件は様々だ。「日本版フェアユース規定」の検討は著作権法の根幹にかかわる内容なので、法制問題小委員会だけでなく基本問題小委員会でも検討し、多面的な議論をお願いしたい。

三田委員(作家・日本文藝家協会副理事長)
 新聞などで報道されているが、アメリカのGoogleが、いくつかの図書館の蔵書をすべてデジタル画像でデータベースを作った。これは日本の著作権法で言えば明らかに複製権の侵害。これについてアメリカの作家たちが裁判を起こし、一定の和解案が出て、補償金を払うという結論が出た。それが日本の作家や出版社にも関係してくるということで、日本でも大変な混乱が起きている。何がどうなっているのかを調べるのに、出版社や文藝家協会などで人を雇って調査をしなければならない実害が出ている。
 Googleは告知広告で、こういった和解があったとは知らせているが、謝罪の言葉が無い。明らかに法律に抵触することをしながら‥‥。アメリカの法律に「フェアユース」という概念があって、和解が成立して補償金を払う結果になっても、これは和解であって自分たちは「フェア」だと考えている。
 同じようなデータベースの作成が日本では国会図書館で行われている(註:現在国会で提出された法案に、より簡便にデジタル化できる条項が盛り込まれている)。これについては関係者を集めて、慎重な協議がなされている。複製を作ることはOKだが、それを国会図書館以外に提供するのは今後も慎重に検討するということ。日本ではそういう制度。
 ところがアメリカでは勝手に複製を作り、図書館間でも流通させてしまっている。こういったことが可能なのは「フェアユース」という概念があるから。
 「フェアユース」という概念を導入してしまうと、こうした明らかな実害がさまざまな分野で起こる可能性がある。慎重な議論をしてほしい。

(発言者不明)
 フェアユース導入の議論を拙速にバタバタとやるのは何故なのか。納得できないままに議論を進んで行くようだ。砂の上に高層ビルを建てようとするのではなくて、「砂」の基礎工事をどうやるのか、まずその土台作りの議論をちゃんとやって、先へ進む展開を考えて皆で知恵を出してやっていければいいのでは。



松田委員(弁護士・中央大学法科大学院客員教授)
 資料に「インターネットを利用した事業が諸外国に比較して遅れている」とある。一般的権利制限規定を導入すべきとの考えを持っている人々は、こういう考え方を表明している。著作権法がその障害になっているという前提。個別的制限規定であるから、著作権が障害になるかもしれないビジネスに投資をできない、新規事業への萎縮効果があるのだと。
 しかし三田委員の指摘は、一般制限規定が導入されれば極めて危険な状態が想定されるという一例。Googleは、日本の作家に対しても、オプトアウトしないと全部和解の中に含まれるから、との前提でGoogleのアナウンスに従って対処しなさいと言っているわけ。向こうの法制だからやむを得ない、圧倒的な力の差がある。そこも前提としては「フェアユース」だと言っている。そのような事業を拡大していくのが良いのか――多分ここにおられるごく普通の、著作権法の知識を持たれた方々は、いくらなんでもそれが「フェアユース」とは行き過ぎだと思われるだろう。
 日本がアメリカから遅れているとの前提で「著作権法を改正しなければならない」という発想が間違いだと私は思うが、少なくとも関係文書を作るときにはその点に注意してほしい。審議した後の記載ならやむを得ない。総意がそうであるなら仕方ないと思うが、私は今のところ総意がそうだとは考えていない。まず「遅れている」とやって、フェアユースを導入してもいいかのような、環境整備が必要だという印象を与える表現には慎重になるべき。
 事務局が作ったものでも、文化庁が作った資料、文化庁も同じことを考えている――と必ず引用される。ぜひよろしくお願いしたい。

 権利者側主催のシンポジウムなどに限らず、著作権分科会でも何かと風当たりの強い「日本版フェアユース」だが、実は分科会でこの種の発言をする委員はいつも同じである。確かに、これまで“自由に著作物を使える範囲”を個別具体的な規定で定めてきたのを、抽象的な規定を導入して後は裁判で決めようという制度へ転換させようという話だから、それに対する権利者側の反発が大きいことは当然予想される。とは言え、旧来の著作権のあり方が社会の支持を受けているのかが大きな問題。
 いつもと変わらぬ風景の中で、今回初めて出てきたネタはGoogleブック検索の件だ。もともとはGoogleが図書館と組んで、蔵書のデジタル化を始めたのに対し米国の著作者団体と出版社団体が訴えたのが最初。これが代表訴訟という形を取られて和解に至ったため、米国内での和解内容に(米国でも著作権が認められる)米国外の著作権者が拘束されるという興味深い事態になった。日本文藝家協会でも、和解に応じる協会員に対して代理手続をする方針だと報道されているところで、それについて三田委員がどうコメントするのかが見ものだったわけだが‥‥かなりグチってますな。
 しかしこれを「フェアユース」のせいにするのはどうかと。日本の権利者が巻き込まれたのは、米国の代表訴訟(クラスアクション)の問題なのではないか。海外で訴訟が起きて、その影響を受ける。そして何が起こってるのかを調査する必要に迫られる——ということを「実害」と呼ぶのも如何なものか。海外で権利行使しようとしたら、むしろ積極的に情報を収集すべきかと思われる。

 次の、法案に盛り込まれた「ネットオークション等」での商品画像掲示の件。美術品や写真などを売るのに、これまでは商品写真の撮影が著作権に触れかねなかったのが、権利制限して一定の範囲内で撮影OKということにしようとの話。

福王子委員(日本画家・日本美術家連盟常任理事)
 インターネット販売業者の美術品等の画像掲載について、権利制限を受けることになるとのこと。報告書では「ネットオークション等における画像利用」とあるのだが、この中にオークション会社が作るオークションカタログも入るというのを後で聞かされた。(持参したオークションカタログを示す)こんな立派な本が出来ていて、オークション会社が販売するもの。こういうのも権利制限の対象となるのは如何なものかと、(連盟の)美術作家らからも要件等を慎重に審議して欲しいと言われている。
 よく分からないまま審議が進行して、あるいは決定されているという感じを受ける。美術作家・絵描きは言葉や文章で語るのがよくないという風潮もあるが、そうするとどうしても事業者側に(結果が)片寄ってしまう。
 オークション会社から実際に立派な図録を発行しているわけで、そこをよく見ていただいて、あるいは調査するのも大事。慎重に審議していただきたい。

事務局
 今年1月の報告書では「ネットオークション等における画像利用の円滑化」ということで審議。報告書ではまとめとして、売り主が取引を行なう際の情報提供の必要性を根拠にしている。画像を見せなければ売買が出来ない、との点についてはインターネットに限らず、オークションカタログを除外する議論ではなかったと理解している。
 なおオークションカタログを販売する場合、それが美術品売買のためか、単に図録として販売するか、それによって違いが出る。図録が目的なら、今回の権利制限の要件の対象外。どのような基準で判断するか、運用上の工夫はしていきたい。

福王子委員
 オークションカタログの中にも、許諾を取っている作家と、全く取っていない作家がある。実際うるさいところには許諾を取るということだと思うが、こういう状況が続いてきて、係争に至る案件もある。実態の調査をよくやってほしい。オークション会社や作家の代表が集まって話し合う場も考えてやっていこうと思う。その辺でできることがあると思うので。



河村委員(主婦連合会常任委員)
 審議の過程でも「ネットオークション等」となっていて、オークションで画像がなければ円滑にいかないという説明だった。私もそうなのかと。法案では、ネットだけでなく、審議したつもりじゃなかった印刷物にまでかかる書き方。ちょっとこれは、私が聞いてても福王子委員の憤りが理解できる。審議の過程と、報告書から法案にいたる透明性が気になる。

福王子委員
 前回の審議会のあとで、文化庁からオークション会社のカタログも入ると聞いた。
 美術家連盟には5300人の会員がいて、毎月理事会があってそこで著作権の問題について――70年延長問題や、いろいろなところで勝手に使われる問題、そしてオークションカタログについても毎回出ている。それと「インターネットオークション等」とは別物だと僕は思っていたもので、後から気がついて驚いたのが本音。
 ついでに言うと、報告書の53ページに参考で「諸外国における立法例」があるが、ドイツでは許されると書いてあるのは「追求権」あるからではないか。公開オークションで作品が売買されると約2.5%から4%の間で作家に還元する。そうしたものがあって、(オークションでの商品写真に)著作権者の許諾をとらなくていいということになっていると思う。追求権はこの審議会で話題になっていても審議の対象になっていない。これは美術家連盟や関係団体で、立法化に向けて勉強しているところ。

事務局
 法制問題小委員会で議論したときは、議論のきっかけはインターネット上の公売だったが、権利制限する必要性の根拠は対面で美術品を見せられないことが言われていた。譲渡することには権利が及ばないのに、画像が見せられないとそもそも売買ができないという矛盾を解消しようというのが議論の主眼。ネットに限ったものではなかったかと思う。

福王子委員
 私はこの委員会だけに出席していたので、そうした内容がわからなかったということはあると思う。しかし美術の世界はたいへん狭いから、そんなに多数の人から許諾を取らなければならないわけではない。オークションカタログに載るのも少数の人、そう大変なことではないと思うので、印刷物については作家の許諾をとっていただきたいのが大前提。



福王子委員
 作品を(オークションカタログなどに)載せる以上、色や作品が切れてないとか、どういう状態で載るのかが心配。そういうことを気にしない作家もいるかとは思う。ただ、気にする作家がいる以上、(美術家連盟の)会議で必ず問題になる。突然自分の作品が載っててびっくりすることがよくある。海外の作家については以前、係争になってカタログとしても著作権に触れるという判例があったかと。
 (オークション側で選んで)許諾を取る作家と、全く取らない作家がある。作家や遺族に許諾を取るのが大前提だと思う。それぞれの立場で意見は違うと思うが、作家にとってはそういうことも大事。

松田委員
 今度の新法の規定は、複製物をさらに複製できないよう措置を講じた「政令が定める」ものが権利制限の対象になる。印刷物が入るとの話だが、これが政令で定められないと私は思うが。従来からの47条(で権利制限される)、展覧会のカタログには有料で販売するものは入らないはず。それとパラレルに考えれば、有料販売されて独自鑑賞性のある冊子が売られて、この47条の2にある措置が講じられる「政令で定める」ものに入るはずがない。

事務局
 有料化どうかは特に要件にしていない。有料ならば全てダメということではない。オークション参加費を取るようなものもあるだろう。カタログそのものを販売する目的なら、美術品を販売する目的というのとは変わってくるかと。有料でカタログを販売する行為自体はここで(権利制限から)外れる。
 「政令で定めるもの」は、「独立して鑑賞に堪えるようなものとはならないように」という付帯条件をするつもり。何を定めるかは、意見をいただきながら検討したい。

 福王子委員からの指摘は、なかなか興味深い。一方で事務局の返答にどう感じるか人によるかと思うが、私などはどうしても事務局へ批判的な目を向けてしまう。ネットオークションにとどまらず、現実に開催されているオークションでも権利制限の対象になるというのが事務局の説明である。しかし対外的に説明をする時は「ネットオークション等」とされていた。この「等」にリアルオークションも含まれるというわけか。
 既に提出された法案の話だけに、委員が違和感を表明するにとどまらざるを得ない。この指摘自体は、法案をチェックしていた私でも「あっ」と思ったのだが。
 
 こうした行き違いが起こってしまう背景には、分科会での議論の仕方がある。実際の審議は小委員会で行なわれ、その結果だけが報告として分科会に上げられる手法だ。オークション関連の権利制限規定は法制問題小委員会で議論されたものだが、分科会で報告された際には他の議論とひとまとめで「概要」資料によって分科会委員へ伝えられた。もちろん報告本文や議事録を分科会委員が参照するのは可能だろうが、分科会そのもので使われた資料や事務局からの説明は強い印象を委員に残す筈である。「ネットオークション等」と言われて、現実のオークションカタログが含まれるとはなかなか思い至らないのではないか。
 起こるべくして起こった事態。というか、事務局(文化庁)のふるまい自体、決定プロセスが不透明ということは確かに多いと私も思う。私が著作権界隈へ首を突っ込む契機となった「商業用レコードの還流防止措置」(いわゆる「レコード輸入権」)の時も、著作権分科会での漠然とした「何らかの措置が必要」との報告を受けて、文化庁が法案を作成した経緯があった。どういう方向で措置をとるかの実際の議論をせず、文化庁で勝手にまとめた例。また私的録音録画小委員会の迷走も、事務局側で作った資料が原因となっている。
 3月提出の法案にしても、私が気付いてないだけで、何か問題が含まれているのではないかとの見方は今でも捨て切れていない。

 さて、ピックアップしておきたい委員発言の3つ目。論点は、不明権利者に関する裁定制度だ。著作物を二次利用したいが権利者の居所が不明(あるいは権利者が誰か自体が不明)の場合、権利者の許諾の代わりに文化庁が「裁定」を出すことで、供託金を支払って利用できる制度である。裁定の申請をした時点から供託金を払えば利用可能になるなど、この制度をより使いやすくしようというのが法案の趣旨。

(発言者不明)
 権利者不明の利用の円滑化のところ、連絡できない場合で「政令で定める場合」とある。政令の内容については書かれていない。資料(パワーポイント)では実演家の権利、過去のテレビ放送に重点が置かれた説明だが。そういったあたりを伺いたい。

事務局
 権利者が不明の場合、「相当な努力があっても」連絡が取れない「政令で定める場合」ということ。どうすればいいのかが政令で定められるが、考えているのは、通常の著作権者の許諾を得る場合の努力は最低限必要だろうと。また現行制度でも文化庁の運用として、「手引き」などでどういう努力が必要かある程度明らかになっている。
 政令を定めるにあたっては、運用と関係者の意見を踏まえていこうと考えている。現時点では明確に「こういう案」というのがあるわけではない。
 実演家を中心にという質問だったが、権利者と連絡をとるために必要な努力は、分野によってさまざまあるかも知れないので、そうした実態を踏まえながら考えたい。

三田委員
 権利者不明のものを利用できるようにするとの法律改正、これは裁定制度で利用できるようにするだけでは利用は難しいだろう。裁定手続にかかる費用がかなり高いと、円滑には利用できないと思う。だから裁定の費用をできるだけ軽減し、手続も簡素化する具体的なものが必要になる。
 地方の図書館や文学館がさまざまな文書の復刻版を出したり、ネット上にアーカーブするという場合、権利者不明のものを使いたいという要望がある。こうした利用は営利目的ではないので、利用して幾らお金を得られるというものではない。だからそういう場合の裁定で、事前に納める供託金の算出も大変難しい。得られる金額がゼロだと供託金もゼロか、ということにもなる。
 どういうシステムを作っていくのか、利用状況を詳細に検討した上で、できるだけ利用を促進できるシステムを作っていただきたい。

 正直な話、著作隣接権と裁定制度の関係が私にはまだ理解できていない。法案を読んでも今ひとつピンとこないのだ(誰か解説してくれると嬉しい)。

 さて、上記のやりとり気になるのが「政令」(著作権法施行令)についてである。これは3月に出された法案全般に言えるのだが、政令で定めるべきとされる要件がかなり盛り込まれている。著作権法上「違法」とされる範囲を決める重要なラインを「政令」に委ねるような使われ方をしているので、国会での審議でもその「政令」内容がどうなのかを含めて法案の妥当性を判断することになる筈だ。しかし事務局の受け答えによると、政令の内容はまだ決まっていないようなのである(公表しないだけで、さすがに案は用意してあるのだろうが)。
 国会ではきっちり詰めて、それこそ法案の修正も辞さないような態度で審議してもらいたいものではあるが‥‥。

 この話題での三田委員の発言は良かった。特に、保護期間延長と絡めたいと思っていたに違いないのに、あえて触れなかったところを評価する。もっとも後からメモを読み返してみたら、決定的な発言ってのはしてないようだなぁ。

 ――以上が、この日の委員発言の主なところである。
 年度初めの分科会というのはいつもこんな感じだ。実質的な議論というのは小委員会で行われるから、権利者側委員としても従来からの主張を繰り返す場にしかならないことが多い。ただ今回は法案というネタがあったので、少し面白い話が聞けたという感じか。

 本番は以後の小委員会である。繰り返しになるが、大ネタが目白押しだ。議論の行方をしっかり見届ける必要がある。

Posted by 谷分 章優 映画・映像, 知財戦略, 著作権, 著作権保護期間延長問題, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月26日 (月)

著作権分科会の前夜(メモ)

 著作権制度に関する2008年度の議論の締めくくりとして、26日の10時から著作権分科会が開かれる。「法制問題小委員会」「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」「私的録音録画小委員会」「国際小委員会」それぞれで検討されてきた結果の報告が出される予定だ。

http://www.bunka.go.jp/oshirase_kaigi/2009/chosaku_bunkakai_090126.html
「文化審議会著作権分科会(第27回)の開催について」
(文化庁)

 各小委員会の報告書案は、既に文化庁のサイトに掲載されている。実際の報告書で大筋に変更があることは考えられないが、いくつか細かな修正は入っているだろう。
 ともあれ、現時点で判っていることを軽くまとめておく。



http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h20_11/gijiroku.html

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h20_11/pdf/shiryo_1.pdf

 法制問題小委員会では、「平成19年・20年度」ということで、2年分の検討結果が1冊の報告書にまとめられた。平成19年の「中間まとめ」と平成20年の「中間まとめ」がベースになっている。
 2年間で検討された課題は次のとおり。

・デジタルコンテンツ流通促進法制
・海賊版の拡大防止のための措置
・権利制限の見直し
・その他の課題

 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について、「コンテンツの二次利用に関する課題として、権利者不明の場合の利用の円滑化」「インターネット等を活用した創作・利用に関する課題として、関連の権利制限規定の見直し」「権利者が安心してインターネットにコンテンツを提供するための環境整備としての海賊版の拡大防止策」を盛り込むよう提言しているが、流通促進法制を実施するということにまでは踏み込んでいない。

 海賊版については、ネットオークションなどで海賊版を売るとの告知を行う行為(譲渡告知行為)を禁止する方針と、海賊版被害について権利者の告発なく公訴できる「非親告罪化」を見送る方針が書かれている(平成19年度時点の結論から変更なし)。

 権利制限は、この2年間のメインの議題でもあった。しかし項目によって、ただちに権利制限に加えるべきとされるものと、慎重な検討を要す(つまり今後も議論を継続する)べきもので分かれた。
 障碍者に向けた、手話・字幕付きの映像や録音図書について、権利制限が認められる対象を緩める。たとえば視覚障碍者や聴覚障碍者に限っていた項目で「障害等により著作物の利用が困難な者」も含めたり、複製する人物や方式も従来より広げるなど。また、ネットオークションでの商品画像の掲載や、検索エンジンのサーバでの著作物の蓄積についても法改正することが妥当との結論を出している。なおこれらは2007年度に既に結論が出され、これまでの間、文化庁に放置されてきたとも言える。
 また、機器利用時の(機器内での著作物の)蓄積について「著作物等の視聴等に係る技術的過程において生じる」「付随的又は不可避的で」「視聴等に合目的的な蓄積物であって、‥‥合理的な範囲内の視聴等行為に供されるもの」といった条件を付けての立法措置を提案。通信過程での蓄積も「権利が及ばないこととする立法措置を講ずることが望ましい」とする。
 これらの法改正妥当とした項目の他、リバースエンジニアリング、研究開発上の著作物利用については議論を継続する旨でまとめられた。なお、薬事関係や図書館・学校教育などでも継続して議論する予定とされていた項目があったが、これらは実質的に議題に取り上げられず、今後の議論ということにされている。
 権利制限の課題については、報告書案が法制問題小委員会で了承されるさい、法改正すべきと結論された項目をより判りやすくすべきではないかとの委員意見が出されている。著作権分科会で提出される報告書では、そのあたりが修正されているものと考えられる(項目の入れ替えなどがあるか?)。

 違法複製物や違法配信物からの私的複製の30条除外(いわゆる「ダウンロード違法化」)については「その他の課題」の中で触れられるのみ。法制問題小委員会では、私的録音録画小委員会で(映像と音楽については)法改定妥当と結論付けたのをそのまま受け、プログラムの著作物についても30条除外するかが検討された。結果は法改定をただちに提言するものではないが、映像・音楽以外の著作物について検討を続ける旨でまとめられる。
 加えて、「ライセンシーの保護」「間接侵害」「法定損害賠償制度」も今後も検討を続けるとのこと。

 なお、知的財産戦略本部「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」での報告で注目される「日本版フェア・ユース規定の導入」については、法制問題小委員会の報告書において「その他の課題」として「順次検討を行うことが必要」と軽く触れられるのみ。

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/hogo/07/haihu.html
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/hogo/07/pdf/shiryo_02.pdf

 保護利用小委は、「過去の著作物等の利用の円滑化方策」と「保護期間の在り方」の二本柱でまとめられる。保護期間の方については、各報道のとおり、延長要望派と慎重派との両論併記で「検討を続けることが適当である」とまとめざるを得なかった。
 利用円滑化については、権利者が不明の場合の著作物利用と、国立国会図書館が行うアーカイヴについては法的措置が妥当と結論。その一方で、多数権利者が関わる場合(少数の反対者による許諾拒否)、権利者の意思表示システム(自由利用マーク・クリエイティブコモンズなど)の法的バックアップ、二次利用・パロディ、非営利無償のアーカイブなどについては今後の検討とされた。
 


http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/rokuon/h20_5/gijiroku.html

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/rokuon/h20_5/pdf/shiryo_01.pdf

 私的録音録画小委は、いわゆる「ダウンロード違法化」を実施するよう結論するのみで、私的録音録画補償金に関する合意は一切無かった。文化庁は、補償金にまつわる課題の整理が終わったかのように演出しているが、補償金廃止と補償金存続を同居させた「文化庁案」を掲げているかぎり、補償金問題が解決することはないだろう(私見)。

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/kokusai/h20_02/gijishidai.html
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/kokusai/h20_02/pdf/shiryo_03.pdf

 国際小委員会では、世界知的所有権機関(WIPO)などの国際会議の動向をみつつ、日本が先行して何を検討・提案していけるかという「検討課題」がまとめられた。小委員会では「エンフォースメントの実効性確保に向けた取組」に強い関心のある委員が多い。模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)の交渉が進んでいることもあり、検討結果よりも、むしろ今後の状況が大きく動きそうで要注目の小委員会ではある。

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2008年12月14日 (日)

1本の映画の修復のために、大多数の著作権切れ映画をあきらめろと?

 黒澤明監督が1998年に亡くなって10年になる。黒澤作品で有名なのは『七人の侍』『用心棒』『影武者』など東宝で製作されたものが多いが、大映で1950年に製作された『羅生門』も、公開翌年のベネチア映画祭でグランプリ(金獅子賞)を獲得し国際的評価を得るきっかけとなった作品として代表作に数えられている。
 その『羅生門』が、角川文化振興財団と米・映画芸術アカデミーとの大プロジェクトのすえ、「デジタル復元」を施されたという。『羅生門』のオリジナルのネガは可燃性フィルムだったため破棄されたとのことで、現存していない。そこで残された映写用ポジフィルムをもとに、長い年月のため付いてしまった傷やゴミの除去から、ポジフィルムに歪んで定着した像の修正まで、オリジナルのネガをイメージして復元する作業が行なわれた。
 こうした作業は、文化遺産を後世へ伝えるという点では意義深いものだ。映画フィルムは年月を経ることで劣化し、写っている像が薄くなったりフィルムそのものが収縮・変質したりする。そうなる前にデジタル化などの保存措置をとらないと、フィルムの劣化と一緒にそこに記録された映画そのものも失われてしまうことになる。しかしその一方で、映画というのは観客に見せて興行的収入を得る側面もある。それを見込んで投資されるものだ。今回の『羅生門』の「デジタル修復」も、すでに劇場にかけられたりブルーレイディスクでの発売が決定していたりする。

 『羅生門』の「デジタル復元」にまつわる報道は以前からあったようだが、復元の完了を伝える最近の報道で気になるものがあったので、ここで取り上げてみることにした。というのも、著作権との絡みが示唆されていたからだ。
 毎日新聞の記事(2008年12月13日付・夕刊)によれば、この復元プロジェクトの旗振り役は角川グループの角川歴彦会長だという。このこと自体は、プロジェクトに「角川文化振興財団」が関わっていること、大映映画の著作権は現在角川映画が所有していることから、意外な話でもない。この記事で目を引いたのは、米国での上映会を訪れた角川氏が発言したという内容の方だ。
 いわく、「3次利用のネットで、海賊版をなくし、わずかなお金でも回収する仕組みを作りたい。国のサポートや著作権延長などの例外的な措置も必要だ」。同記事によれば、復元には約6000万円の費用がかかっているという。確かにそれを回収する仕組は必要だろうし、いくら劇場上映やブルーレイ発売といっても、回収は簡単でないだろう。角川氏がかつてから必要性を説いてきたような、ネットでの「3次利用」に望みを託すのもわかる。しかし、そのサポートで求めるのが「著作権延長」なのか?

 この文脈で「著作権延長」を求めることの妥当性を考える前に、まずは映画をめぐる「著作権」ありようを振り返ろう。これが少々ややこしいのだ。
 著作権法での基本的な設定では、著作物を作ったときに著作権を得るのは制作した本人(著作者)だ。制作のための資金を出した者が著作権を得られる仕組みではない(ただし契約で、資金を出した者へ著作権を譲渡することはできる)。しかし映画の場合は、制作した者ではなく、資金を出した映画製作者へいきなり権利が発生することになっている。この特例のような仕組みは、映画製作者が「自らの発意と責任において」映画の製作を行なっており、巨額の投資を著作権収入によって回収する必要があるからという趣旨で説明されることが多い。
 また、その著作権の保護期間についても、一般には著作者の「死後50年」までとされているところを、映画の場合は「公開後70年」と定められている。映画製作者の多くは企業で、「死後」の計算ができないからだ。ちなみに、映画製作者に著作権が発生するとした現行の著作権法が作られた(1970年)直後は「公開後50年」とされていた。そうだったのが2004年に、映画業界の強い要望を受けて20年延長された。
 『羅生門』は1950年の製作ということで、この延長の対象とは考えられていなかった。著作権が延長されたのは1954年以降の製作映画だった。ここだけで考えられれば、『羅生門」は公開後50年を経過した2001年には著作権が切れてしまっているかに思われる。しかし、著作権法には他の規定があって、『羅生門』の著作権が切れていないということになってしまったのだ。

 『羅生門』の著作権が切れたのか切れていないのか。そこを直接争った裁判がある。黒澤監督の安価なDVDをめぐっての裁判(この裁判のことをまとめた、信頼するブログにリンクしておく)がそれだ。報道で見て覚えていらっしゃる方も多いのではないだろうか。著作権切れした映画を収録した廉価DVDが書店やスーパーなどで売られるようになってかなり経つが、その中に黒澤作品(ただし1953年以前のもの)もいくつか含まれており、その黒澤作品を売った業者を相手取って東宝・松竹・角川映画がそれぞれ訴えたものだ。
 この裁判で注目されたのが、旧著作権法の規定では、映画の著作者の死後38年まで著作権が存続するという点だった。加えて、現行法にも、旧法の規定どおりに保護期間を計算した方が長い場合には、その旧法の計算に従うよう書かれている。問題になった黒澤映画は旧著作権法のもとで作られたから、1998年に亡くなった黒澤監督が「著作者」なら、「公開50年後」よりも後の2036年(死後38年)まで著作権が存続するということになるのだ。

 このように、裁判で黒澤映画の“延命”が確定してしまい、我々ユーザーにとっては安価に黒澤作品を楽しむ機会が奪われた格好になってしまった。『羅生門』を例に価格を考えると、デジタル復元される前のDVDは3990円で販売されていた。いわゆる廉価DVDは1000円程度だ。収録された映像の質に違いがあるとは言え、約60年も前の映画に今の人が払うべき対価がいくらか考えたときに、ユーザーが選択する幅をこうして失ったことは大きいように思う。ちなみに復元版はブルーレイディスクで鑑賞できるようになるが、実際の販売店でそこから値引きされるとしても、4935円というのは1本の映画としては結構な値段だ。
 もっとも『羅生門』については、高い高いとは必ずしも言えない特殊な場面もあり、『KADOKAWA 世界名作シネマ全集』という映画DVD付きの書籍シリーズが発売されていて、そのうちの1冊で当の『羅生門』(もちろん復元前の映像だが)と東宝の『生きる』をセットにした、黒澤作品特集の号があった。それぞれのDVDを購入するよりもかなり安価で黒澤作品が入手できるという、評価できる企画ではあった。
 とは言え、そうした角川グループの努力を評価した上でも、著作権の保護期間延長の要望を妥当と考えることはできない。『羅生門』のようなわずかな作品の修復や販売のために、他の作品をも巻き込んで保護期間を延長することが、ユーザーの利便を失うこととのバランスが取れたものとは考えられないからだ。

 そもそもの話、『羅生門』の修復は、著作権が存続していなければ施されなかったのだろうか。もしそうだったとしたら、そうした修復を今後も他の作品に施すために、それらの著作権も延長していくべきなのか。
 シンプルに考えたい。過去の作品に付加価値を付けるため、少なくない投資をしてリマスターや修復を施す。その結果、多少は高い商品として市場に再投入される。そこまではまだ理解できるのだ。その結果に価値をユーザーがいれば買うだろうし、価値を感じなければ買わないだろう。
 しかし問題は、そうしたリマスターや修復というのは強要されなければならないものか、だ。リマスターや修復は、単なる保存とは違う位置づけで考えられている。だからリマスター・修復を口実にして保護期間の延長が求められたりするわけだ。それらが引き替えにされてしまうことで、廉価でその作品が提供される機会を失ってしまったり、著作権切れすることで多く生まれるだろう次なる作品への利用を奪うことをどう考えるべきか。『羅生門』だったり、『ローマの休日』『東京物語』『二十四の瞳』といった修復を受けられた超有名作ならばまだしも、他の大多数の作品は映画会社の倉庫に眠り続けている。DVD化されていなかったり、もう廃盤になってしまっているものだってある。
 個人的には、『羅生門』の修復は歓迎するし、それなりの対価も払いたいとは思う。しかし、こうした試みのために私自身が必要以上の負担を強いられるのはどうかと思うし、まして著作権制度のように社会全体を巻き込んで負担を強いるのは如何かと思う。『羅生門』だって、残念ながらこの社会の全員が修復に意義を見出せるものとは言えないだろうし‥‥。

 短い新聞記事の僅かな記述に私が食いついただけだから、実際の角川氏の発言が違うものだったらそれに超したことはないのだが‥‥。ともあれ、この種の修復作業というのは、ビジネスで採算が取れる範囲内か、あるいは文化事業と割り切ってやってもらいたいと切に願う。

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2008年11月24日 (月)

私的複製が文化を残す例

 NHKが、1978年から1987年まで放送したFM番組『サウンドストリート』のアーカイブをインターネットで配信し始めた。配信サービスの名前が『NHK青春ラジカセ』。ちょっと恥ずかしい‥‥。
 残念ながら、放送時にかけられた曲は途中を抜かれている。DJの語りを中心にした編集だ。おそらくは著作権の都合で、曲を丸ごとかけたときの使用料まではさすがのNHKも負担できなかったのだろう。仕方ない話ではある。
 ここで聴ける音源は、実はNHK自身の手で保存されたものではない。ウェブサイトで用意された説明書きに「放送当時、NHKにはFMの放送テープを保存する制度がなく、残念ながらほとんどのテープが残っていません」とある。この企画にあたっては、当時のリスナーが録音していたテープを提供してもらって音源にしたという。

 こんな話をどこかで読んだ覚えがあるな、と思った。テレビ番組の保存の問題とまったく同じだ。日本でのテレビ放送は1953年に開始されているが、この頃は生放送しかないので番組が保存されなかった。5年ほどすると制作現場にVTRが導入されるが、当時はまだテープが高価で、放送が終わると消去して新たな番組を録るのに使い回されていたという。放送番組が保存されるようになるのは1980年代からだ(出典:PDF注意。しかも、80年代においても二次利用目的の保存に限られ、保存できるものは保存するという方針に変わったとのは90年代後半に入ってからだという)。
 VTR導入から番組保存が本格化するまで、テレビ局で公式に残してある番組は特別な記念番組などに限られているとのことで、僅かしか無い。それでも今 我々が見ることのできる番組の記録で無視できないのが、一般の人がVTRを回して保存してくれたおかげで残されたものだ。日本で家庭用VTRが発売されたのは1965年、まだオープンリールだった。
 NHKに残された膨大なアーカイブの中に、個人による録画テープが寄贈されたものがある。NHKの『紅白歌合戦』の司会も務めていた故・宮田輝氏が残したVTRには、1965年から1971年の『紅白~』の映像が残されている。また「白壁コレクション」と呼ばれる、個人によるビデオアーカイブには、NHKに残っていなかった連続テレビ小説『鳩子の海』『水色の時』『おはようさん』などが含まれる(出典)。個人の記録がなければ永遠に失われていたかもしれない貴重なものである。

 音楽の場合でも、コンサートの模様などは商品化のためにわざわざ録音しないかぎりは、その場だけで消えてしまう。しかし、これを観客が個人的に録音することがしばしばある。著作権的には「私的複製」なので違法ではないものの、実演するアーティストや興業の側からすれば好ましくないと思うようで、たいていのコンサートでは録音禁止とされている。目を盗んで録音したものが、後になって思わぬ価値を持つ場合もある。
 ビートルズの日本公演が1966年の6月30日から7月2日に行なわれ、全5公演のうち際ションお2回分が公式には残されている。いずれもテレビ局が放送用に収録したものだ。ところが、3回目の公演を観客だった個人が録音していたと判った(2006年10月15日付 スポーツ報知記事「ビートルズ 幻のテープ発見」:当時のブックマーク)。
 コンサートの古い音源を商品化する際に、放送用に収録されたものを使うことも多い。しかし、録音時の事故や長い年月を経るなどしたための欠落を補うため、個人の録音テープの提供を呼びかけることがある。場合によっては、個人の録音からのリマスターでまるごと商品化することもある。これでもファンにとっては重要な記録だ。私自身の嗜好だと、先のビートルズや四人囃子・KING CRIMSONなどを例に挙げていきたいところだが省略する。
 歴史的記録としての価値を持つようになった映像や音声は、その存在自体に意味がある。それがどう記録されたかはあまり問題にされなくなる。

 文化庁の審議会で、世の中に発表された著作物をどう保存するかが検討された。著作権の保護期間が延ばされた場合に、どういう影響が考えられるか、その影響を最小限にするにはどうすれば良いかという観点での議論である(「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」の中間整理を参照)。コンテンツを制作する事業者本人や公共図書館がアーカイブを構築することを前提に検討が加えられた。
 しかしこの議論の中では、民間の第三者が著作物を保存する可能性を考慮されていなかった。著作権があるために複製が認められないという想定だ。今後はインターネットで発表された著作物を保存する必要性もあるとしながら、それを公共図書館に担わせるという。海外ではInternet Archiveに代表されるように、ウェブサイトを記録していく民間団体の存在感が大きい。ネット上の情報をある程度保存しておくには、民間団体や個人の協力も得なければ手が回らないのではないか。

 いま世の中に発表される著作物の多くはインターネットの上にある。これらを保存するには、どこかのサーバーに複製しておく必要があるが、複製を禁じることで著作権を保護してきた今の法律とは真っ向からぶつかってしまう。
 そこを変えて、社会全体で補い合いながらアーカイブとしての機能を果す世界を私は夢見ている。何か突発的な事情でオリジナルが失われたとしても、社会のどこかに保存されたコピーがその作品を残していくという世界だ。
 ネット上のコンテンツは比較的早く消える。書籍も酸性紙のため劣化するという問題がある。映画フィルムも録音テープも、保存状態にはよるが、長い年月の中で劣化していくことが知られている。記録されなかったものは勿論残らないし、記録されたものでもあえて保存や複製をしなければ、いつかは消えてしまうかも知れない。
 世の中に向けた発表された作品が、すべて、いつも、そしてどこかで提供されている世界になってほしい。アーカイブの維持に携わる人を文化庁の議論のように制限してしまって、作品がこの世の中から失われてしまうデメリットを甘受しなければならないとしたら、あまりにも悲しい。

 ――『NHK青春ラジカセ』を聴きながら、そんなことを考えた。当時番組を聴いていた人だけではなく、いま始めて聴く若い世代にとっても、追体験の機会は貴重だ。瞬間瞬間を捉えた記録の価値というものは、後世の人間ほど重く感じられるものではないか。
 私から見ても「ありがとう、残していてくれて!」という思いになる記録は多いのだ。

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2008年11月 7日 (金)

著作権分科会の法制小委「中間まとめ」・保護利用小委「中間整理」パブコメは11月10日までなんだけど、締切り直前になって文化庁が意識調査の内容を公表した件について

 ——いや、べつに文化庁をdisろうという話ではありませんけどね。

 この週末が明けますと、法制小委「中間まとめ」および保護利用小委「中間整理」パブコメの締切りとなります。11月10日です。

http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakuken_hosei_ikenboshu.html
「文化審議会著作権分科会『法制問題小委員会平成20年度・中間まとめ』に関する
 意見募集の実施について」
(文化庁) 2008.10.9

http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakubutsu_hogo_ikenboshu.html
「文化審議会著作権分科会『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会中間整理』
 に関する意見募集の実施について」
(文化庁) 2008.10.9

 あと面白いことに、パブコメ募集期間の最後の週末を前に、文化庁が意識調査の内容を公表しました。調査を委託されているという社団法人 中央調査社のサイトにも同文面のページが上がっているようです。

http://www.bunka.go.jp/oshirase_other/2008/chosaku_ankeito.html
「文化庁『著作物の利用についてのアンケート調査』の実施について」
(文化庁) 2008.11.7

http://www.crs.or.jp/about_9099.htm
「著作物の利用についてのアンケート調査」
(社団法人 中央調査社)

 保護利用小委(文化庁は「過去小委」と略称)のパブコメへ意見を送った個人が調査の対象になるというのは、以前から案内のあった通りです。そして今回明らかになったことで面白いなぁと思ったのは、どうも意見を送った人が書いた住所に訪問して調査票を渡すらしいのですね。ということは、「訪問でも何でも来いや! 答えてやるぜ」という人は、パブコメを送るときに住所は地番・部屋番号まで書いた方が良いということですか。
 これから意見を送ろうという人はその辺りも考えていただけるとよろしいかと。住所を省略して既に送ってる方でも、まぁ適当に書いて再度 住所をフルに入れた意見を出すという手もありそうですね。

 さて、保護利用小委に送った私の意見は既に公表しておりますが、今度は法制小委の方を公表します。例によってCCLでの公表ですので、好きに使って貰って構いません。ああ、改変しても良いですよ。パブコメの場合は「継承」を外しているということで解釈してもらって構いません(ライセンス的には、私がここで改変許諾を宣言したということでよろしく)。




■「法制問題小委員会平成20年度・中間まとめに関する意見」

5.該当ページおよび項目名:
   第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について(全体として)
6.意見: 以下の通り

 「デジタルコンテンツ流通促進法制」の必要性はテレビ番組に限ったものではない。「過去のコンテンツ」でありネットでの二次利用を望まれる(そして現在なかなか流通が進まない)ものの代表としては確かにテレビ番組が想定されるところだが、実際問題として音楽・映像分野でも海外に遅れを取っているのが現状である。
 単純に、海外での配信サービスが日本に上陸しても、本国と同様のカタログを維持できないのは(国による権利関係の違いが原因とは言え)ユーザーから理不尽に映る。

 著作権分科会下の各小委員会では、この「流通促進法制」に関する議論を他の省庁の審議会での議論の経緯を見ながら行なっているところだが、その多くはテレビ番組に限定して議論されたものである。著作権分科会がこの範囲に縛られる必要はなく、むしろもっと広い視野でこの問題を検討していくべきではないのか。
 著作権が関与する範囲も無論放送番組だけでないし、放送番組で指摘される流通阻害要因が他の著作物でも起こっていないのか精査することを望む。
5.該当ページおよび項目名:
   第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について
    2 コンテンツの二次利用の円滑化に関する課題
6.意見: 以下の通り

 「デジタルコンテンツ流通促進法制」を放送番組に限って議論すること自体、妥当性を欠き議論を不当に矮小化するものと考えられる。その上「権利者不明等により契約交渉が用意でない場合の問題が中心課題」とするのは問題をさらに矮小化していると言わざるを得ない。多数の権利者が存在する際に一人でも許諾を拒否する者がいる場合こそが問題の本質であり、全員一致で権利行使するのでなく誰かが許諾をすれば流通できるような制度が望まれている。また、これは放送番組に限らず、音楽配信や映画配信ですらも同様の問題を抱えている。

 「権利者不明の場合に十分な調査をした上でも権利者が不明である場合に、一定の条件で利用を認める制度的措置について、早期に実施に移すべき」というまとめ自体には賛成である。しかもこれは保護期間の延長や「デジタルコンテンツ流通促進法制」に関係なく、単独の課題としても解決すべきものである。
 また、これだけでもまだ「流通促進」には不足である。海外で既に新しいビジネスモデルとして進み出しているサービスの内容を、日本で試せない(あるいはその権利を持っている者が試そうともしない)のが実情であり、だからこそ“権利制限すべき”との論が説得力を持ってしまうのである。

 権利を持つ者が自ら集中管理を実効性あるものにする努力を怠らないとするならば、現状のままでもデジタルコンテンツの流通促進は見込めるだろう。しかしそれがまだ不足していることは関係者の一致した見方だ。
 権利制限をも視野に入れた議論は権利者(特に著作隣接権者)に選択を迫る働きがあるのではないか。その意味でも、放送番組に限った議論をすべきではない。
5.該当ページおよび項目名:
   第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について
    3 インターネット等を活用した創作・利用に関する課題
6.意見: 以下の通り

 「インターネット等を活用した新たな創作・利用形態に関する課題について、委託調査により、関連事業者等が問題を感じている点を調査」した結果、多くは著作権分科会の検討課題に含まれているが「ストレージサービス等についての法的評価の問題」が指摘されたとある。これはまさに司法で「カラオケ法理」が拡大しすぎていることによる。これに歯止めをかけ、インターネット上で提供されユーザーの利便を高めるサービスを「著作権侵害」から救う制度的方策を早く取るべきである。

 「現在の権利制限の切り口(私的領域かどうか、非営利無料かどうか等)と、実際に権利者の利益を不当に害するか否かの実態とが、乖離してきているのではないか」とあるが、むしろこうした問題設定は複製をそのまま権利者の不利益とみなす考え方から来ているのであって、ここから脱却して素直に私的領域内あるいは非営利無料の複製をありのまま認めるべきである。その上で、本当に権利者のビジネスに不当な影響を及ぼす態様の複製について対処していく考え方で充分だ。
 社会通念からすれば、私的領域内・外あるいは営利・非営利のラインこそが、許される・許されないラインと合致しており、むしろ先の「乖離してきているのではないか」とする著作権法上の伝統的な考えの方が乖離しているとすら思える。

 「不特定多数の者のマッシュアップによって制作が行われる場合について、今後生じてくる可能性のある問題点について、精査と研究を行うことが必要」とある部分については、賛成である。すぐにでも精査・研究を行なうべきであるし、そうした表現の妨げになるような障害はなるべく取り除く(あるいは適切なルールが出来るよう促す)ことが必要である。

(以上、文言は中間まとめ概要より引用した。)
5.該当ページおよび項目名:
   第2節 私的使用目的の複製の見直しについて(全体として)
6.意見: 以下の通り

 私的使用目的の複製の見直しについては、私的録音録画小委員会の議論を受けて法制問題小委員会でも検討されたことになっているが、極めて不足した内容と言わざるを得ない。著作権法30条によって私的複製される範囲の縮小(あるいはこれまで曖昧だった部分の明確化)にどれだけの実効性があるのか、また私的録音録画小委員会での議論の前提が妥当だったのかとの精査は手つかずのままである。
 特に私的録音録画小委員会では、30条縮小を示唆した中間整理に対して多数のパブリックコメントが反対意見として集まったにもかかわらず、その多数意見を無視して30条縮小を押し通したという経緯がある。パブリックコメントの中で指摘された問題点についても私的録音録画小委員会では対処されておらず、法制問題小委員会での検討の前提とするには、あまりにも不適当な形で出されたものである。

 私的録音録画小委員会が打ち出したのは、違法複製物や違法配信物からの私的複製と、適法配信からの私的複製とについて著作権法30条の対象から外すとの方向性である。
 しかし前者は、ユーザーから見て私的複製元の録音・録画物が適法に提供されたものかは知ることができず、またいざ裁判になった場合でも自らが所有する複製物の適法性を証明することは困難である(その複製ソースが手元に無い場合はレンタルCDの例を持ち出すまでもなく少なからず存在する)。さらには日本レコード協会から提案されている「適法マーク」(いわゆるエルマーク)は音楽配信のみに使われ(しかもiTunes Storeには採用されていない)、かつ海外での配信には当然のことながら付されていない。このことは著作権分科会でも指摘されている。しかし私的録音録画小委員会では精査されておらず、更に同小委員会では映画製作者代表の委員から「適法マーク」の使用がまだ準備段階でしかないことが明らかにされた。また、ダウンロードを対象としストリーミングは含まないとの事務局見解についても、その区別をどうするのかについては答えが出ないままである。仮に「情を知って」との要件が加えられるとしても、その証明が(権利者側にもユーザー側にも)困難である以上、違法であるかそうでないか判らない不安定な状態が今後より一層強まるだけである。
 後者については、配信時の契約によってその後のユーザーの複製の許諾範囲を定めるという考え方であるが、現状でも配信時の契約では明らかにされていない私的複製態様は想定される。特に変換・バックアップに伴うような所謂「孫コピー」については契約で定めることは考えられず、また敢えてそれを契約で禁止することでユーザーの利便性を大きく損ねるおそれも生じるところである。私的領域内で行われる複製であるにもかかわらず、社会通念上は認められ得るのに「違法」とされる行為が多く発生し放置されることになりかねない。
 30条へ安易に手を加えることで、著作権法が規範としての役割を果たせなくなることを危惧する。

 私的録音録画小委員会では「録音」「録画」についてのみ30条縮小の対象とされていたが、著作権分科会での委員の指摘を受けて、法制問題小委員会でもプログラム著作物を対象とするか検討が加えられた。結論としてはプログラム著作物について30条縮小を行なうことは見送られた感がある。
 このこと自体は歓迎するが、その理由が「現時点で必ずしも明確といえる状況ではない」というのは問題である。つまりプログラム著作物での被害状況が「明確」になれば30条縮小があり得たということだ。しかし前述の通り、30条縮小自体のもたらす法的効果について(本来は専門的な検討が加えられるべき)法制問題小委員会で議論されなかったことは遺憾である。
 また、他の著作物についても要望が無かったという理由だけで片付けているのは不足と言わざるを得ない。テキスト・絵画・写真等の著作物を30条除外の対象に加えると、社会的にどのような混乱をもたらすのか明確に示すべきだったのではないか。そして、その混乱は録音・録画の場合には起こらないとも必ずしも言えないということも意識すべきである。

 法制問題小委員会は数年前から有識者中心の委員構成とし、専門的な議論が行なえる小委員会として組織されている筈だが、こと私的複製に関する議論では全くその専門性が活かされていないというのが残念でならない。
5.該当ページおよび項目名:
   第3節 リバース・エンジニアリングに係る法的課題について(全体として)
6.意見: 以下の通り

 リバース・エンジニアリングについて、相互運用性の確保を目的としたものは「一定の要件の下で」権利制限を早期に措置するとした方向性に賛成である。ただし「一定の要件」というのがくせものであり、これによって権利制限の対象となるリバース・エンジニアリングが過度に狭められないよう要望する。
 著作権法においては複製を行なった時点を捉えて権利が及ぶか否かを考えるところであるが、リバース・エンジニアリングについては複製段階ではなくその結果の公表段階を捉えて権利行使を考えるべきではないだろうか。複製元のソフトウェアとの「競合性」を判断材料にする案も出されているが、相互運用性の持ったソフトウェアは運命的に元のソフトウェアと「競合性」を持っているものである。「競合性」そのものよりも、不正競争的な観点でもって適法性を考えるべきではないか。

 障害の発見等の目的で行なうリバース・エンジニアリングについても「権利制限を早期に措置することが適当」との方向性を出したことを歓迎する。こうした場面では、分析を必要としながら一刻を争うようなことも想像される。コンピュータが社会の大部分を占める世の中になっている以上、これを安全に運用するための分析行為がはっきりと適法であるとされる意味は大きい。
 逆に「ウィルス作成等の悪意ある目的の場合との区別」も指摘されているところであるが、こうした区別が可能なのかは微妙な問題と言えよう。ここでの「区別」を厳密にしようとするあまり、先の障害発見目的のリバース・エンジニアリングを妨げることになってしまっては元も子もない。権利制限を先行しつつ、「悪意ある目的の場合との区別」を慎重に見極めていただきたい。

 その他プログラム開発の目的で行なわれるリバース・エンジニアリングについては、「範囲が無制限に広がり、不適当」とある。
 しかしながら今回の法制問題小委員会での検討にリバース・エンジニアリングが盛り込まれたのは、表現を模倣するのでなくアイディアを抽出する作業が著作権法で禁じられてしまっていることへの対処である。その原則を貫徹させるならば、「その他プログラム開発の目的」でもリバース・エンジニアリングを権利制限の対象とすべきではないか。
 むしろリバース・エンジニアリングを複製と解釈するのではなく、そのリバース・エンジニアリングからソフトウェアが作られ公表された時点をもって侵害を判断する形にすべきではないだろうか。

(以上、文言は中間まとめ概要より引用している。)
5.該当ページおよび項目名:
   第4節 研究開発における情報利用の円滑化について(全体として)
6.意見: 以下の通り

 研究開発における著作物複製に関する権利制限も法制問題小委員会で検討されたが、「早急に結論を得るべき範囲と、それ以外に分けて検討」するとした結論が出てしまうところに「日本版フェアユース規定」の必要性を感じざるを得ない。時間をかけて個別の制限規定を定めていくのでは世の中の動きに対応できないというのがフェアユース導入論の根拠の一つであるが、法制問題小委員会において(日本版フェアユース規定の導入を見据えながら議論されているのも興味深いが)こうした消極的な議論になってしまうのは図らずもそれを証明してしまったように思えてならない。

 「情報解析分野の研究開発」において権利制限を行なうとの方向性には賛成する。「権利者の利益を不当に害しないこと等の条件の下で」としていることも妥当であろう。

 「その他の研究開発分野」について「大学の研究者の行う複製」に限定してしまっているのは問題がある。この「研究」の範囲に個人研究者まで含められれば、権利制限がもたらした研究の社会への貢献が期待できるのではないか。

 研究開発目的の権利制限においても、複製の時点で権利が及んでいるとは考えずに、その結果を公表する場面に応じて権利を及ぶようにしてはどうだろうか(私的複製物が公衆の前に出された時点で権利制限から外れるのと同じようなイメージ)。この際に営利目的か否かの枠をはめ、補償金を用意するなりして対処すると良いのではないか。

(以上、文言は中間まとめ概要より引用した。)
5.該当ページおよび項目名:
   第5節 機器利用時・通信過程における蓄積等の取扱いについて
6.意見: 以下の通り

 「機器利用時における蓄積」および「通信を巡る蓄積」に関し複製とみなさないことを法律上明確にすることには賛成である。

 ただし、その要件を設けることにより、新しい通信技術が登場した場合や、今あるP2P通信技術を用いた場合(今回のワーキングでの検討では対象とされなかった)などにやはり「複製」と解される蓄積が出てくるのではないかと危惧される。挑戦的・意欲的な通信事業者にとっての足かせを充分に外すところまでは行ってないのかも知れない。
 こうしたところでも、また「日本版フェアユース」の必要性を意識させられるところである。

 ともあれ、今やれる対処はしておくべきであろう。
5.該当ページおよび項目名:
   第6節 その他の検討事項
6.意見: 以下の通り

 「通信・放送の在り方の変化への対応」に関し、著作権法において放送/通信の区分について実態を見た上で放送関連法と定義を一致させるべきである。要するに、公衆が視聴する映像であって同時性を重視した番組構成のある一方的放映を「放送」とすべきである。

 知的財産戦略本部の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」において「日本版フェアユース」導入への方向性で報告がまとめられるところであるが、その後 法制問題小委員会において詳細な検討が加えられるものと目されている。この規定の導入は是非とも必要であり、今期法制問題小委員会の報告書でも導入の必要性を書き込んでも良いほどである。
 本「中間整理」が著作権分科会において了承される際、三田委員からフェアユース規定導入への慎重意見が出たものと記憶しているが、「日本という国は裁判で決着するということでなく、話し合いで決めるというのが国民性」とする委員の見解はフェアユース導入を否定する根拠にはなり得ない。なぜなら、既に裁判によって多くのネットサービスが差止められてきたからである。日本版フェアユースの導入が叫ばれるようになってきたのも、こうした実態があってのことである。
 三田委員は同じ会合で、知財本部の「議論の動向を見守りつつ」と言わずぜひ法制問題小委員会としても積極的に議論すべきと発言していたが、私もこの意見に(委員とは反対の意味で)賛成である。繰り返しになるが、法制小委でもフェアユース規定の導入の必要性を、早いうちから積極的に打ち出すべきなのである。

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2008年11月 6日 (木)

「過去小委員会中間整理に関する意見(個人)」

 ――とりあえず提出しましたよ!

 まぁ、基本的には、前に公開したやつをベースに書いたのですが。
 概要の方を見ながらメモを取った後で本文と付き合わせたような書き方ですんで、文言の引用は概要の方が中心になっております。

 保護利用小委(文化庁としては「過去小委員会」)のパブコメは文化庁の「意識調査」へ連動される予定なんですけど、個人名義で送った人にしか「意識調査」の回答権が与えられないようです。なので物申したい方には是非パブコメの提出をお勧めします。出した人全員に意識調査の声がかかるとは限らないかも知れないですが。
 たとえばこんな感じで一言でも良いのではないかと。

タイトル「過去小委員会中間整理に関する意見(個人)」

1.個人/団体の別: 個人
2.氏名: ****
3.住所: ****
4.連絡先: **@**
5.該当ページおよび項目名:
  第3章 保護期間の在り方について(全体として)
6.意見:

 保護期間の延長には断固反対!

 これを kako-syo@bunka.go.jp へ送る、みたいな。




 さて、私が送ったパブコメを以下に転載します。



5.該当ページおよび項目名:

  第2章 過去の著作物等の利用の円滑化(全体として)

6.意見: 以下のとおり



 保護期間を原則死後70年に延ばす際に生じる多くのデメリットが延長慎重論の論拠である(ただしそれらが論拠の全てではない)。これを受けて、そのデメリットを減じる施策を考案し、延長への議論を進めるという手法は論理的にはあり得るところである。

 しかし保護期間延長のデメリットを減じるという触れ込みで“利用促進策”が本「中間整理」で提言されている割には、その範囲は不当なまでに狭い。



 「過去の著作物等の利用の円滑化方策」(中間整理4ページから)については、もっぱら放送番組の二次利用を前提とした著作隣接権の集中管理や、権利者不明の場合の裁定制度の活用など、範囲が限定されすぎていると言わざるを得ない。

 その一方で、延長の際に必ず問題となることが予想され、かつ現に(保護期間内であっても)流通を阻害する要因として考えられるものはこの検討範囲の外にもある。たとえば多数権利者が関わり、そのうちの僅かな反対によって利用が妨げられるケースについて、中間整理はどれだけの方向性が打ち出せているか。

 この種の問題を解決する策として有効だと考えられる権利の集中管理は、確かに著作権分野や放送番組での著作隣接権においては権利者側の努力が始まってはいる。しかし放送番組以外のジャンル――たとえば音楽配信や動画配信(とりわけDVDと競合するようなダウンロード販売によるもの)について、関係権利者間の意向の食い違いが見られ「集中管理」と呼べる状態には無い場合が多い。海外ではさまざまな配信の試みが行なわれ、中にはビジネスモデルとして定着したものも出始めている中、それと同じコンテンツを日本のユーザーが享受できない問題が発生している。iTunes Storeでの米国版と日本版のカタログの差異などはその代表と言えるだろう。

 場合によっては日本から海外のサービスを使うという方法もあるが、それでは国内産業振興の観点から解決策と呼ぶことはできまい。国内での著作権・著作隣接権の集中管理を進め、少なくとも海外で適法配信されている著作物は、日本でも同様の仕様で配信されることが可能なようにすべきであろう(それは原権利者の意思として流通を考えているということでもあるのだか)。



 「アーカイブの円滑化」(中間整理38ページから)については、そのアーカイヴを作成する主体を著しく狭めて検討されているのが問題である。図書館(とりわけ国立国会図書館)・博物館、あるいは自らが番組の権利者でもある放送事業者が作成する場面しか想定されていない。

 しかしながら、インターネットによるアーカイヴサービスが一般化しつつある現在において、むしろアーカイヴの主体として考えるべきはネット上でのサービス事業者や個人ユーザーである。

 特に、ネット上に浮かんでは消えるコンテンツの保存において、そのアーカイヴィングを国立国会図書館だけに委ねるのは、予算の面で言っても手間の面で言っても酷に過ぎると言え、また実際問題として網羅性を確保するのは不可能であろう。そこで重要になってくるのが米国でのInternet Archiveのような民間事業者であったり、個人ユーザーの手によるアーカイヴ(要は転載)である。民間・個人が主体となって非営利で行なわれるアーカイヴについては、一定の要件を付した上で認めるべきである。

 「中間整理」で想定されていた主体以外についても(一定の要件を設けるにせよ)検討を加え、言ってみればインターネット全体がアーカイヴであり続ける施策を打ち出す必要がある。

5.該当ページおよび項目名:
  第2章「過去の著作物等の利用の円滑化」
   第2節「多数権利者が関わる場合の利用の円滑化について」
6.意見: 以下のとおり

 「多数の権利者が関わる場合の利用の円滑化」(中間整理10ページから)において想定されているのは放送番組だけである。実演家の権利が実質的に“買い上げ”られていたり「ワンチャンス主義」で既に消えてしまっていたりするような音楽・映像分野においては、「多数の権利者が関わる」ゆえの流通阻害が起きていないとの前提で検討がなされているようである。
 しかし現実に海外との比較で「流通阻害」が目に見えて起こっているのは寧ろそうした音楽・映像分野である。法律や契約により著作隣接権の行使は出来ないことが多かろうが、原権利者(著作隣接権者)だった実演家が流通を望みながら、現在の権利者によってそれが止められているという「多数の権利者が関わる場合」の流通阻害を解消すべきである。

 また、放送番組に限定して検討された筈の「利用の円滑化」方策においても、結局は「必ずしも不当な理由による許諾拒否とは言い切れず、むしろ、実務上は、インターネットの番組配信がビジネスモデルとして未成熟であることや、引退等の理由で不明者の許諾が得られないことの方が問題」とし、「明確に効果がある制度的な対応策を見出すことは困難だが、引き続き権利の集中管理の促進、適正な利益再分配ができるビジネスモデルの構築等の関係者の取組が必要」との結論に至っている(以上の文章の抜粋は中間整理概要から)。これでは検討する前と変わっていない。何も言っていないのに等しい。
 海外において新たな試みが次々と登場する中、日本ではネット配信ビジネスにおいて閉塞感に包まれている。せめて海外で一定の成果が見られるビジネスモデルについては、同等の条件で許諾を出せるよう方策を考えるべきではないのか。そして如何にして権利者への対価の還元を実現するかを考える方がよほど建設的というものであろう。
 著作物というのは、市場を流れなければ利益を生まない。
5.該当ページおよび項目名:
  第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
   第3節 権利者不明の場合の利用の円滑化について
6.意見: 以下のとおり

 現行著作権法にも、権利者不明の場合には一定の要件を求めた上で裁定制度の利用が認められてはいる。しかしこの裁定制度の手続きは、合理的な範囲で簡便になる必要がある。裁定制度のハードルがそのまま著作物利用の妨げとなってしまうのでは本末転倒である。
 また、「著作隣接権について、現行裁定制度と同様の制度が設けられていない」(中間整理26ページ)との認識を重く受け止めるべきである。たとえば一定数の関係権利者(原権利者も一定条件で含めて考えている)の許諾を得られれば利用可能となるような裁定制度なども考慮すると良いのではないか。音楽配信においてレコード会社が許諾を拒否していても、アーティスト側で配信を望んでいる場合には裁定制度の利用で配信可能とできるような。

 中間整理では制度的対応策として、権利制限規定と事後承諾的な使用料支払いによるA案と、第三者機関への供託を定めるB案とが提案されている(29ページから)。
 これらは必ず相反するというものではなかろう。両方を組み合わせて実現することもおそらく可能だ。そうした柔軟な姿勢で、実効性ある制度の実現を目指すことを望む。
5.該当ページおよび項目名:
  第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
   第4節 次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
6.意見: 以下のとおり

 アーカイヴ活動の円滑化に関する整理の中で、「インターネット技術を活用して情報を共有する習慣が広まってきている中で、インターネット等を通じて多くの者が情報を共有できる環境を整備することが重要ではないか」としておりながら、そのアーカイヴの主体を「コンテンツ事業者自ら」と「図書館等を代表例として」しか考えないのは何故か(以上の文章は中間整理概要より抜粋)。
 中間整理の中では「インターネット等を通じて各種のコンテンツに国民が容易にアクセスできる環境を整備することが重要との問題意識に照らした場合には、コンテンツ提供者が自ら構築するアーカイブであっても、図書館等のコンテンツ提供者以外の主体が行うアーカイブであっても、国民が容易にアクセスできるようになるとの面で同様の効果があり」(39ページ)とされているが、やはり重要な点が抜け落ちているように思える。
 インターネット技術の活用という点においては、コンテンツ事業者も図書館も他のネットサービス事業者も個人ユーザーも変わりなく、ある者が可能なアーカイヴ手段は殆どの場合 他者にも可能である。多くの者が関わるなか僅かなリソースでも持ち寄り、世界規模でそれを集積することで巨大な情報アーカイヴを実現するというのがインターネットである。
 情報をほんの何カ所かに集中するのではなく、もっと分散的に蓄積する手段を想定し、制度を考えるべきであろう。
5.該当ページおよび項目名:
  第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
   第4節 次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
6.意見: 以下のとおり

 中間整理42ページから書かれている、国立国会図書館において「納本された書籍等を将来の保存のために直ちにデジタル化(複製)することが認められる」よう著作権法上明確にするとの方向性は支持する。
 その一方で、国立国会図書館でデジタル化された資料について「館内閲覧やコピーサービスのルールについて関係者間で協議が必要」「図書館間の相互貸借を円滑に行うための方策について関係者間で協議が必要」とあるが、これらの資料活用法に制限を加えてしまってはデジタル化した意味が減じられてしまうのではないか?
 最低限、現に絶版などの理由で入手不可能となっている資料のデジタル化されたものについては、館内閲覧・コピー提供・相互貸借を可能とするよう制度的に担保すべきである。またこの担保の際には、無償原則によって図書館が社会的インフラとしての役割を要求されていることも忘れてはならない。

 「記録技術や再生手段の変化に対応するための複製について、著作権法第31条第2号の解釈により可能であることを明確にする」とのことであるが、これが規定で明確にすることではなく解釈によることとした理由をもう少し明らかにすべきではないか。
 これまで図書館が著作権法の権利制限規定を厳格に解釈しそれを遵守してきた過去を踏まえて、図書館側から改正要望が出されていた項目である。このことは、図書館側としては規定を加えた方がより対処しやすいものとも考えられるが、規定を加えることで何か副作用を生じるのだろうか?

(以上、文言自体は中間整理概要より抜粋した。)
5.該当ページおよび項目名:
  第3章 保護期間の在り方について(全体として)
6.意見: 以下のとおり

 保護期間を現在以上に延長することは、その結果が仮に原則死後70年より短かったとしても、反対である。根本的に、こうした保護期間延長によって“利益”を得たり、「権利が切れて困る」と主張しているのはその著作物を作った原著作者ではなく、その承継者である。それが判りきっているのに保護期間を延長するとすれば、もはや著作者のための制度設計とは呼べない。既に亡くなっている著作者への“利益”ではなく、いま生きていて現に創作活動を行なっている者たちへの支援を考えるべきである(そして、その方策は決して保護期間の延長ではない)。
 権利承継者にとってみても、これまでの保護の水準を前提にビジネスを組み立てていたところである。手持ちの権利の期間を延長するということは、労せずして収益増の機会を得るということだけでなく、新たな創作を進めることで利益を得ようとするインセンティブを減じることにもなりかねない。

 また、保護期間延長によって生じる問題をもっと重く見るべきである。――権利者の所在が不明になり著作物利用許諾が困難になる、多くの権利者が関わることで利用許諾が出されにくくなる、ボランティアベースで進められているアーカイヴのプロジェクトが進められなくなる、すでに文化に溶け込んだ表現を過度に保護し次世代の創作を縛る等。
 これらは無論、保護期間が満了していない時期からすでに問題となっているものであり、保護期間延長の議論とは別に対処されるべきものでもある。しかし保護期間が延長されれば、これらのデメリットが増幅されるのは明らかである。著作権(あるいは著作隣接権)が基本的に「禁止権」として設定されている以上、他人の行動への影響を強く与えるものだという意識が制度設計において必要である。
 仮にこうしたデメリットの解消を約束して保護期間延長の合意を取り付けようとしたとしても、その延長の前に、対処の有効策を実現しなければ説得力は生まれない。延長の議論は、本来その解消の後に為されるべきであった。

 現時点では、保護期間延長の議論を行なうこと自体、時期尚早と言わざるを得ない。
5.該当ページおよび項目名:
  第3章 保護期間の在り方について
   第3節 各論点についての意見の整理
6.意見: 以下のとおり

 著作権分科会において説明資料となった中間整理概要について気になった点がある。この資料の中で「プロのクリエーター育成のためには、保護期間延長ではなく、ネットの違法コピー対策など、別の対応策を考えていくべきではないか」とまとめられているが、これは実際の中間整理では92ページに「次のような意見があった」ものとして書かれているものである。それをあたかも代表的な意見として概要に掲載してしまったのは、印象をミスリードしてしまうおそれがあるのではないか。
 また、保護期間延長がプロのクリエイター育成に役立たないのは言うまでもないが、ここで重要なのはクリエイターへの利益還元や支援をどう行なうかということであって、「ネットの違法コピー対策」は直接には関係ない。
 ここで関係があるとの判断をしているとすれば、「ネットの違法コピー対策」が直接的に権利者に利益をもたらす(それまで「違法コピー」をしていた者が正規品へと流れていく)との前提がなければならない。
 しかし、ネット上での有効な著作物流通が不充分な今これをやっても権利者へ利益をもたらすことはあるまい。「ネットの違法コピー」が“地下”に潜るか、そもそも特定の著作物を鑑賞するという習慣が国民の中の少なくない人々から失われるだけであろう。

 折衷案として「死後50年から70年の間は許諾権ではなく報酬請求権にすること」「延長希望者が更新料を支払って登録する制度」「延長の20年で得られた使用料を文化振興基金に充てること」「翻案権等の一部の支分権については延長しないこと等」と書かれている(以上、抜粋は概要から)が、これらはいずれも多く指摘されるデメリットを解消した後でなければならない。想定される懸念の多くは解決しないからである。
 加えて、94ページにおいて「映画の著作物の保護期間について」との項目が設けられており、その期間延長も今後検討され得ることが書かれている。そもそも今回の死後50年から70年へ延長せよとの議論は、映画著作物の保護期間を(公表後起算とは言え)延長したことも発端となっているものであり、そこでまた映画著作物でも延長をすれば次は他の著作物でもさらなる延長が要望されるのは目に見えている。延長していくことで、それが呼び水となってさらなる延長を招きかねないというのも、延長慎重論の根拠のひとつであるが、直接的ではないにせよ中間整理においてそれが示唆されてしまっていることは注目に値する。

 戦時加算については全くいじる必要はない。戦時加算によって著作権保護期間が存続しているものでも、近年のうちに順次切れてきているからである。10年ほど前であればまだしも多少は意味があっただろうが、もはや2008年においては保護期間延長の根拠とはなり得ない。時間が解決する問題である。
 まして戦時加算の解消を条件に保護期間を延長するという主張は一方にしか利することのない身勝手なものであり、検討の余地も無い。
5.該当ページおよび項目名:
  第3章 保護期間の在り方について
6.意見: 以下のとおり

 保護期間延長の「メリット」については、延長を要望する側が説得的に材料を提示すべきところ、それができなかったということが言える。
 「二者択一の形で議論するだけでなく、両方のメリットを受けられる方法なども含めて検討を進めるべき」とまとめているが、これは「メリットを受けられる、少数であるが価値の高い著作物」に限って延長するという方策でも実現しない限り無理である。しかし延長要望側の意見としては、これから何十年経った後に急に「価値の高い著作物」と認められることも想定しており、こうした選択的な保護期間延長を受け入れられるかは疑問である(以上、文言は中間整理概要から抜粋)。
 このまとめはもはやレトリックに過ぎないものであって、実質的な意味は無いのではないか。

 保護期間が延長されても問題があまり生じない著作権制度という観点での提案は果たしてあったのだろうか? そうした著作権制度を論じ、その実現に目処が立たない限り、この議論が延長容認でまとまることは無いだろう。

Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権保護期間延長問題, 著作権行政 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 3日 (月)

法制小委「中間まとめ」・保護利用小委「中間整理」パブコメ締切りまであと1週間

 御無沙汰してしまいました。“やるやる詐欺”みたいになってしまってますが。

 保護利用小委と法制小委のパブコメは結局10月9日に開始され、これの締切りが11月10日に設定されております。あと1週間ですな。

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000345&OBJCD=&GROUP=
「文化審議会著作権分科会
 『法制問題小委員会平成20年度・中間まとめ』
 に関する意見募集の実施について」
(e-Gov)

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000344&OBJCD=&GROUP=
「文化審議会著作権分科会」
 『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
 中間整理』に関する意見募集の実施について」
(e-Gov)

 法制小委では、「中間まとめ」は次のような内容になっております。

「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会
 平成20年度・中間まとめ」

第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について
第2節 私的使用目的の複製の見直しについて
第3節 リバース・エンジニアリングに係る法的課題について
第4節 研究開発における情報利用の円滑化について
第5節 機器利用時・通信過程における蓄積等の取扱いについて
    (デジタル対応ワーキングチーム関係)
第6節 その他の検討課題

 このうち、注目したいのがやはり第2節。いわゆる「ダウンロード違法化」の問題。正確に言えば〈違法複製物および違法配信物からの私的コピーの30条除外〉ということになりますが、その副作用から適法行為の萎縮を招きかねないとの意味を込めて「ダウンロード違法化」と(私は)呼んでおります。
 録音・録画分野、つまり音楽や映像については私的録音録画小委員会で議論されてきたことになっており、今回の法制問題小委員会ではこの30条(私的複製規定)除外にソフトウェアも含めるかということだけを検討しました。私的録音録画小委での議論の妥当性については全く触れておらず、その法的・社会的な効果について法制小委で精査した様子は全く見られません。
 法制小委の本パブリックコメントが始まった後で、私的録音録画小委(10月20日の第4回)では「ダウンロード違法化」の方向性を維持することが確認され、しかも新たにパブリックコメントを募集することはしないとの決定を下しております。事務局が報告書をしたためて、たった1回の小委員会で了承される予定。
 そんなありさまですので、「ダウンロード違法化」の問題について著作権分科会に何か言おうと思えば、この法制小委のパブコメを使うしか無いのですね。

 法制小委では他にも、権利制限関係で重要な検討課題に一定の結論を出しています。リバース・エンジニアリング関連ではかなり踏み込んで法改正の方向を打ち出しています。その一方で、研究開発関連でやや腰が引け気味‥‥。
 権利制限をしよう、という結論については大部分賛成したいところではあります。賛成したいところに意見を述べたって良いんですよ。ただ、議論の経過を見てみると、思うように検討が進んでいないようにも思えるのです。
 世の中で実際に登場してきている新しい著作物利用、あるいはこれまでにもあったのだけどまだ法的課題が残されてきた“古くて新しい問題”などを権利制限規定(著作権法30条以降)で対処しようとすることは、そうした個別事例にのっとって権利制限をするかどうかを考え、するとすればどうした範囲を定めるか(さすがに無制限というわけにいかないですから)との流れで検討が加えられます。だから鳴り物入りで検討課題に加えられても、出てきた結論が何だかみすぼらしいものになったりするんですね。手間暇がかかった割には、かなり制限的な内容になるという。地上デジタル放送のIPマルチキャストを、本放送と同一地域内での同時再送信に限って「有線放送」と同じ扱いにした法改定の事例みたいな感じで。
 知的財産戦略本部でいま「日本版フェアユース」の導入に向けて報告をまとめております(パブコメに付している最中)。法制小委での議論を見ていますと、確かに「日本版フェアユース」の導入が急務であると思わざるを得ません。確かに法制小委でもフェアユース導入を十分意識していて、だからこそ“フェアユースとの関連がありそうなところは後回し”的な姿勢にもなっているのですけど、かえってそれが現在起きている状況に対してスムーズに対処できない(対処しても限定的にならざるを得ない)傾向を強めている感じがあります。ただでさえ個別権利制限規定での対処は時間がかかりすぎるんですがね(だって検索エンジン関係の権利制限って決まったのいつでしたっけねぇ)。
 ともあれ、我々として出すべき意見の方向性は、やると決めた権利制限は迅速にやることとして、法制小委で素早く結論が出せないことが明らかになった権利制限課題のためにも、「日本版フェアユース」規定の導入を急ぐべきだ――ということになりますか。

 お次。
 法制小委と並行してパブコメが募集されているのは、「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」の中間整理。この小委員会、私は「保護利用小委」との呼び名をいつも使っているのですが、文化庁自身も「過去著作物等小委」とか「過去小委」とか呼び方が一定しておりません。もっとも、今回のパブコメは「過去小委員会中間整理に関する意見」とのタイトルで送信することが求められているので、そのあたりは注意して下さい。まぁ、多少間違えて送っても、文化庁側で柔軟に対応してくれるとは思いますが‥‥。
 保護利用小委(ここではこの呼び名で統一させてもらいます)の中間整理は次のような内容でまとめられています。

文化審議会著作権分科会
『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
 中間整理』

第1章  はじめに
第2章  過去の著作物等の利用の円滑化
 第1節  検討の経緯等
 第2節  多数権利者が関わる場合の利用の円滑化について
 第3節  権利者不明の場合の利用の円滑化について
 第4節  次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
 第5節  その他の課題
第3章  保護期間の在り方について
 第1節  はじめに
 第5節  制度の現状
 第6節  各論点についての意見の整理
 第7節  関連する課題
第4章  議論の整理と今後の方向性

 やはりここでメインになるのは第3章「保護期間の在り方について」です。いや、もう、ここについては「保護期間延長反対!」の一言でも良いから、意見を送って下さい。まだ出されていない方で、わざわざここを読んで下さってる方には是非とも。
 なぜ意見を出す必要があるかと言いますと、募集要項にこの一文があるのですね。

今回意見募集と同時に,過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第5回)で発表されました著作権保護期間に関する意識調査を参考に,著作権に関する国民意識調査を実施いたします。メールにてご意見をいただいた方(個人に限ります。)については,ご記入いただいたメールアドレスに,アンケートへの回答をお願いするメールを送付いたします。(11月上旬になる予定です。)

 文化庁が国民意識調査を計画していて、その対象が今回のパブコメを送った「個人」という設定なのです。この「個人」というのが重要で、パブコメでは以前から団体・個人の別を付記して提出するよう求められていたんですが、団体名義で送った場合には今回の意識調査に参加できないというわけですね。だから、団体名義で出された方は、ぜひ個人としても送るのがよろしいかと。国民意識調査への参加権を得るのがパブコメ提出なのだと心に留めてくださいませ。

 ところで、ここ数回のパブコメでは、文化庁は『e-Gov』サイトにしか募集要項を掲載していませんでした。でも今回は早い段階で文化庁サイトにも掲載されていました(内容は『e-Gov』と同じ)。
 良い傾向ですね。審議会の進め方は好きになれませんが、情報公開をしてくれることで多少見直す機会があるのは幸いです。



http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakuken_hosei_ikenboshu.html

「文化審議会著作権分科会

 『法制問題小委員会平成20年度・中間まとめ』

 に関する意見募集の実施について」

(文化庁)



http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakubutsu_hogo_ikenboshu.html

「文化審議会著作権分科会

 『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会中間整理』

 に関する意見募集の実施について」

(文化庁)




■保護利用小委「中間整理」・法制小委「中間まとめ」に対する私見

 さて。
 偉そうなことを書きつつですね、私もまだ意見をまとめてる最中だったりするのですよ。しかも概要を読んでメモを書いた程度でしかないという。そのメモを以下に掲載します。例によってCCLの対象なので、好きに使ってもらって構いません。
 ただ中間まとめ・中間整理本文との突き合わせをまだやってなくて、対象の項目名やページ数は入れてありません。ひょっとしたら本文を読んだら違うことが書いてある‥‥なんて点もあるかもしれませんが、まぁその時は罠に引っかかったものだと思うことにしまして(笑)。

 ――基本的には私が今までブログで書いてきたことの繰り返しではありますけどね。


-------------


文化審議会著作権分科会
過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
「中間整理」概要より

●保護期間を死後70年に延ばす際に生じる多くのデメリットが延長慎重論の論拠であるが(ただしそれらが論拠の全てではない)、こうしたデメリットを減じる施策を考案し延長への議論を進めるという手法は論理的にはあり得るところである。しかし保護期間延長のデメリットを減じるという触れ込みで“利用促進策”が本「中間整理」で提言されている割には、その範囲は不当なまでに狭い。
●「過去の著作物等の利用の円滑化方策」については、もっぱら放送番組の二次利用を前提とした著作隣接権の集中管理や、権利者不明の場合の裁定制度の活用など、範囲が限定されすぎていると言わざるを得ない。しかし延長の際に必ず問題となることが予想され、かつ現に(保護期間内であっても)流通を阻害する要因として考えられるものはこの検討範囲の外にある。たとえば多数権利者が関わり、そのうちの僅かな反対によって利用が妨げられるケースについてどれだけの方向性が打ち出せているか。
 集中管理は確かに著作権分野や放送番組での著作隣接権においては権利者側の努力が始まっているが、他のジャンル――たとえば音楽配信や動画配信(とりわけDVDと競合するようなダウンロード販売によるもの)についての集中管理は手つかずであり、日本のユーザーが海外と同等の配信サービスを国内で受けられない現状の原因となっている(場合によっては海外のサービスを使うという方法もあるが、それでは国内産業振興の観点から解決策と呼ぶことはできまい)。
●「アーカイブへの著作物等の収拾・保存と利用の円滑化方策」については、そのアーカイヴを作成する主体を著しく狭めて考えているのが問題である。図書館(とりわけ国立国会図書館)・博物館、あるいは自らが番組の権利者でもある放送事業者が作成するとの前提で議論が進められている。しかしながらインターネットによるアーカイヴサービスが一般化しつつある現在において、むしろアーカイヴの主体として考えるべきはネット上でのサービス事業者や個人ユーザーである。
 特に、ネット上に浮かんでは消えるコンテンツの保存において、そのアーカイヴィングを国立国会図書館に委ねるのは、予算の面で言っても手間の面で言っても酷に過ぎると言え、また実際問題として網羅性を確保するのは不可能であろう。そこで重要になってくるのが米国でのInternet Archiveのような民間事業者であったり、個人ユーザーの手によるアーカイヴ(要は転載)である。
 「中間まとめ」で想定されていた主体以外についても(一定の要件を設けるにせよ)検討を加え、言ってみればインターネット全体がアーカイヴであり続ける施策を打ち出す必要がある。

●「多数の権利者が関わる場合の利用の円滑化」において想定されているのは放送番組だけである。実演家の権利が実質的に“買い上げ”られていたり「ワンチャンス主義」で既に消えてしまっていたりするような音楽・映像分野においては、「多数の権利者が関わる」ゆえの流通阻害が起きていないとの前提で検討がなされているようである。
 しかし現実に海外との比較で「流通阻害」が目に見えて起こっているのは寧ろそうした音楽・映像分野である。法律や契約により著作隣接権の行使は出来ないことが多かろうが、原権利者(著作隣接権者)だった実演家が流通を望みながら、現在の権利者によってそれが止められているという「多数の権利者が関わる場合」の流通阻害を解消すべきである。
●また、放送番組に限定して検討された筈の「利用の円滑化」方策においても、結局は「必ずしも不当な理由による許諾拒否とは言い切れず、むしろ、実務上は、インターネットの番組配信がビジネスモデルとして未成熟であることや、引退等の理由で不明者の許諾が得られないことの方が問題」とし、「明確に効果がある制度的な対応策を見出すことは困難だが、引き続き権利の集中管理の促進、適正な利益再分配ができるビジネスモデルの構築等の関係者の取組が必要」との結論に至っている。これでは検討する前と変わっていない。何も言っていないのに等しい。
●海外において新たな試みが次々と登場する中、日本ではネット配信ビジネスにおいて閉塞感に包まれている。せめて海外で一定の成果が見られるビジネスモデルについては、同等の条件で許諾を出せるよう方策を考えるべきではないのか(そして如何にして権利者への対価の還元を実現するかを考える方がよほど建設的というものであろう)。

●裁定制度については、その手続きが(合理的な範囲で)簡便になる必要がある。また、「著作隣接権には裁定制度自体がない」との指摘を重く受け止めるべきである。たとえば一定数の関係権利者(原権利者も一定条件で含めて考える)の許諾を得られれば利用可能となるような裁定制度なども考慮すると良いのではないか。たとえばレコード会社が配信許諾を拒否していても、アーティスト側で配信を望んでいる場合には裁定制度の利用で配信可能とできるような。
●中間整理では、制度的対応策としてA案(権利制限規定+事後承諾的使用料)とB案(第三者機関への供託)が提案されているが、これらは相反するものではなく、両方を組み合わせて実現するということも可能であろう。そうした柔軟な姿勢で制度の実現を目指すことを望む。

●アーカイヴ活動の円滑化に関する整理の中で「インターネット技術を活用して情報を共有する習慣が広まってきている中で、インターネット等を通じて多くの者が情報を共有できる環境を整備することが重要ではないか」としておりながら、そのアーカイヴの主体を「コンテンツ事業者自ら」と「図書館等を代表例として」しか考えないのは何故か。
 インターネット技術の活用という点においては、コンテンツ事業者も図書館も他のネットサービス事業者も個人ユーザーも変わりなく、ある者が可能なアーカイヴ手段は殆どの場合 他者にも可能である。多くの者が関わるなか僅かなリソースでも持ち寄り、世界規模でそれを集積することで巨大な情報アーカイヴを実現するというのがインターネットである。
 情報をほんの何カ所かに集中するのではなく、もっと分散的に蓄積する手段を想定し、制度を考えるべきであろう。

●国立国会図書館において「納本された書籍等を将来の保存のために直ちにデジタル化(複製)することが認められる」よう著作権法上明確にするとの方向性は支持する。
●国立国会図書館でデジタル化された資料について「館内閲覧やコピーサービスのルールについて関係者間で協議が必要」「図書館間の相互貸借を円滑に行うための方策について関係者間で協議が必要」とあるが、これらの資料活用法に制限を加えてしまってはデジタル化した意味が減じられてしまうのではないか?
 最低限、現に絶版などの理由で入手不可能となっている資料のデジタル化されたものについては、館内閲覧・コピー提供・相互貸借を可能とするよう制度的に担保すべきである。
●「記録技術や再生手段の変化に対応するための複製について、著作権法第31条第2号の解釈により可能であることを明確にする」とのことであるが、これが規定で明確にすることではなく解釈によることとした理由をもう少し明らかにすべきではないか。
 これまで図書館が著作権法の権利制限規定を厳格に解釈しそれを遵守してきた過去を踏まえて改正要望が出されていた項目であり、図書館側として規定を加えた方がより対処しやすいものとも考えられるが、規定を加えることで何か副作用を生じるのだろうか?

●保護期間を現在以上に延長することは(死後70年より短かったとしても)反対である。根本的に、こうした保護期間延長によって“利益”を得たり、「権利が切れて困る」と主張しているのはその著作物を作った原著作者ではなく、その承継者である。それはもはや著作者のための保護期間の設定ではない。
 これまでの保護の水準を前提にビジネスが組み立てられていたところ、手持ちの権利の期間を延長してしまっては、新たな創作によって利益を得るインセンティブを減じることになりかねない。
●また、保護期間延長によって生じる問題――権利者の所在が不明になり著作物利用許諾が困難になる、多くの権利者が関わることで利用許諾が出されにくくなる、ボランティアベースで進められているアーカイヴのプロジェクトが進められなくなる、すでに文化に溶け込んだ表現を過度に保護し次世代の創作を縛るなどの指摘をもっと重く見るべきである。
 これらは無論、保護期間が満了していない時期からすでに問題となっているものであり、保護期間延長の議論とは別に対処されるべきものでもある。しかし保護期間が延長されれば、これらのデメリットが増幅されるのは間違いない。
 仮にこうしたデメリットの解消を約束して保護期間延長の合意を取り付けようとしたとしても、その延長の前に対処する有効策を実現しなければ説得力は生まれない。延長の議論は、その解消の後に為されるべきである。

●「プロのクリエーター育成のためには、保護期間延長ではなく、ネットの違法コピー対策など、別の対応策を考えていくべきではないか」とまとめられているが、これはおかしい。保護期間延長がプロのクリエーター育成に役立たないのは言うまでもないが、ここで重要なのはクリエーターへの利益還元や支援をどう行なうかということであって、「ネットの違法コピー対策」は直接には関係ない。
 「ネットの違法コピー対策」が直接的に権利者に利益をもたらすという前提なのかも知れないが、ネット上での有効な著作物流通が不充分な今これをやっても権利者へ利益をもたらすことはあるまい。「ネットの違法コピー」が“地下”に潜るか、そもそも特定の著作物を鑑賞するという習慣が国民の中の少なくない人々から失われるだけであろう。
●また、折衷案として「死後50年から70年の間は許諾権ではなく報酬請求権にすること」「延長希望者が更新料を支払って登録する制度」「延長の20年で得られた使用料を文化振興基金に充てること」「翻案権等の一部の支分権については延長しないこと等」と書かれているが、これらはいずれも先に指摘したデメリットを解消した後でなければならない。想定される懸念の多くは解決しないからである。
●なお、戦時加算については全くいじる必要はない。戦時加算によって著作権保護期間が存続しているものでも、近年のうちに順次切れてきているからである。10年ほど前であればまだしも多少は意味があっただろうが、もはや2008年においては保護期間延長の根拠とはなり得ない。時間が解決する問題である。
 まして戦時加算の解消を条件に保護期間を延長するという主張は一方にしか利することのない身勝手なものであり、検討の余地も無い。

●保護期間延長の「メリット」については、延長を要望する側が説得的に材料を提示すべきところ、それができなかったということが言える。
 「二者択一の形で議論するだけでなく、両方のメリットを受けられる方法なども含めて検討を進めるべき」とまとめているが、これは「メリットを受けられる、少数であるが価値の高い著作物」に限って延長するという方策でも実現しない限り無理である。しかし延長要望側の意見としては、これから何十年経った後に急に「価値の高い著作物」と認められることも想定しており、こうした選択的な保護期間延長を受け入れられるかは疑問である。
 このまとめはもはやレトリックに過ぎないものであって、実質的な意味は無いのではないか。
●保護期間が延長されても問題があまり生じない著作権制度という観点での提案は果たしてあったのだろうか? そうした著作権制度を論じ、その実現に目処が立たない限り、この議論が延長容認でまとまることは無いだろう。


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文化審議会著作権分科会
法制問題小委員会
「中間まとめ」概要より

●「デジタルコンテンツ流通促進法制」の必要性はテレビ番組に限ったものではない。「過去のコンテンツ」でありネットでの二次利用を望まれる(そして現在なかなか流通が進まない)ものの代表としては確かにテレビ番組が想定されるところだが、実際問題として音楽・映像分野でも海外に遅れを取っているのが現状である。
 単純に、海外での配信サービスが日本に上陸しても、本国と同様のカタログを維持できないのは(国による権利関係の違いが原因とは言え)ユーザーから理不尽に映る。

●「デジタルコンテンツ流通促進法制」を放送番組に限って議論すること自体、妥当性を欠き議論を不当に矮小化するものと考えられるが、さらに「権利者不明等により契約交渉が用意でない場合の問題が中心課題」とするのは問題を矮小化してはいないか。多数の権利者が存在する際に一人でも許諾を拒否する者がいる場合こそが問題の本質であり、全員一致で権利行使するのでなく誰かが許諾をすれば流通できるような制度が望まれている。また、これは放送番組に限らず、音楽配信や映画配信ですらも同様の問題を抱えている。
●「権利者不明の場合に十分な調査をした上でも権利者が不明である場合に、一定の条件で利用を認める制度的措置について、早期に実施に移すべき」というまとめ自体には賛成である。しかもこれは保護期間の延長や「デジタルコンテンツ流通促進法制」に関係なく、単独の課題としても解決すべきものである。
 また、これだけでもまだ「流通促進」には不足である。海外で既に新しいビジネスモデルとして進み出しているサービスの内容を、日本で試せない(あるいはその権利を持っている者が試そうともしない)のが実情であり、だからこそ“権利制限すべき”との論が説得力を持ってしまうのである。
●権利を持つ者が自ら集中管理を実効性あるものにする努力を怠らねば、デジタルコンテンツの流通促進は見込めるだろう。しかし現状がまだ不足していることは関係者の一致した見方だ。権利制限をも視野に入れた議論は権利者(特に著作隣接権者)に選択を迫る働きがあるのではないか。その意味でも、放送番組に限った議論をすべきではない。

●「インターネット等を活用した新たな創作・利用形態に関する課題について、委託調査により、関連事業者等が問題を感じている点を調査」した結果、多くは著作権分科会の検討課題に含まれているが「ストレージサービス等についての法的評価の問題」が指摘されたとある。これはまさに司法で「カラオケ法理」が拡大しすぎていることによる。これに歯止めをかけ、インターネット上で提供されユーザーの利便を高めるサービスを「著作権侵害」から救う制度的方策を早く取るべきである。
●「現在の権利制限の切り口(私的領域かどうか、非営利無料かどうか等)と、実際に権利者の利益を不当に害するか否かの実態とが、乖離してきているのではないか」とあるが、むしろこうした問題設定は複製を権利者の不利益とみなす考え方から来ているのであって、ここから脱却して素直に私的領域内あるいは非営利無料の複製をそのまま認めるべきである。
 社会通念上は、私的領域内・外あるいは営利・非営利のラインこそが合致しており、むしろ先の「乖離してきているのではないか」とする考えの方が乖離しているとすら思える。
●「不特定多数の者のマッシュアップによって制作が行われる場合について、今後生じてくる可能性のある問題点について、精査と研究を行うことが必要」とある部分については、賛成である。すぐにでも精査・研究を行なうべきであるし、そうした表現の妨げになるような障害はなるべく取り除く(あるいは適切なルールが出来るよう促す)ことが必要である。

●私的使用目的の複製の見直しについては、私的録音録画小委員会の議論を受けて法制問題小委員会でも検討されたことになっているが、極めて不足した内容と言わざるを得ない。著作権法30条によって私的複製される範囲の縮小(あるいはこれまで曖昧だった部分の明確化)にどれだけの実効性があるのか、また私的録音録画小委員会での議論の前提が妥当だったのかとの精査は手つかずのままである。
 特に私的録音録画小委員会では、30条縮小を示唆した中間整理に対して多数のパブリックコメントが反対意見として集まったにもかかわらず、その多数意見を無視して30条縮小を押し通したという経緯がある。法制問題小委員会での検討の前提とするには、あまりにも不当な形で出されたものである。
●私的録音録画小委員会が打ち出したのは、違法複製物や違法配信物からの私的複製と、適法配信からの私的複製とについて著作権法30条の対象から外すとの方向性である。
 しかし前者は、ユーザーから見て私的複製元の録音・録画物が適法に提供されたものかは知ることができず、またいざ裁判になった場合でも自らが所有する複製物の適法性を証明することは困難である(その複製ソースが手元に無い場合はレンタルCDの例を持ち出すまでもなく少なからず存在する)。さらには日本レコード協会から提案されている「適法マーク」(いわゆるエルマーク)は音楽配信のみに使われ(しかもiTunes Storeには採用されていない)、かつ海外での配信には当然のことながら「適法マーク」は付されていない。このことは著作権分科会でも指摘されていながら私的録音録画小委員会では検討を加えていないし、更に同小委員会では映画製作者代表の委員から「適法マーク」の使用がまだ準備段階でしかないことが明らかにされている。仮に「情を知って」との要件が加えられるとしても、その証明が(権利者側にもユーザー側にも)困難である以上、違法であるかそうでないか判らない不安定な状態が今後より一層強まるだけである。
 後者については、配信時の契約によってその後のユーザーの複製の許諾範囲を定めるという考え方であるが、現状でも配信時の契約では明らかにされていない私的複製態様は想定される。特に変換・バックアップに伴うような所謂「孫コピー」については契約で定めることは考えられず、また敢えてそれを契約で禁止することでユーザーの利便性を大きく損ねるおそれも生じるところである。私的領域内で行われる複製であるにもかかわらず、社会通念上は認められ得るのに「違法」とされる行為が多く発生し放置されることになりかねない。
 30条へ安易に手を加えることで、著作権法が規範としての役割を果たせなくなることを危惧する。
●私的録音録画小委員会では「録音」「録画」についてのみ30条縮小の対象とされていたが、著作権分科会での委員の指摘を受けて法制問題小委員会でもプログラム著作物を対象とするか検討が加えられ、結論としてはプログラム著作物について30条縮小を行なうことは見送られた感がある。
 このこと自体は歓迎するが、その理由が「現時点で必ずしも明確といえる状況ではない」というのは問題である。つまりプログラム著作物での被害状況が「明確」になれば30条縮小があり得たということだ。しかし前述の通り、30条縮小自体のもたらす法的効果について(本来は専門的な検討が加えられるべき)法制問題小委員会で議論されなかったことは遺憾である。
 他の著作物をこの30条縮小に加えるべきかどうかだけを議論してれば済むような小委員会では無かった筈だ。

●リバース・エンジニアリングについて、相互運用性の確保を目的としたものは「一定の要件の下で」権利制限を早期に措置するとした方向性に賛成である。ただし「一定の要件」というのがくせものであり、これによって権利制限の対象となるリバース・エンジニアリングが過度に狭められないよう要望する。
 著作権法においては複製を行なった時点を捉えて権利が及ぶか否かを考えるところであるが、リバース・エンジニアリングについては複製段階ではなくその結果の公表段階を捉えて権利行使を考えるべきではないだろうか。複製元のソフトウェアとの「競合性」を判断材料にする案も出されているが、相互運用性の持ったソフトウェアは運命的に元のソフトウェアと「競合性」を持っているものである。「競合性」そのものよりも、不正競争的な判断でもって適法性を考えるべきではないか。
●障害の発見等の目的で行なうリバース・エンジニアリングについても「権利制限を早期に措置することが適当」との方向性を出したことを歓迎する。こうした場面では、分析を必要としながら一刻を争うようなことも想像される。コンピュータが社会の大部分を占める世の中になっている以上、これを安全に運用するための分析行為がはっきりと適法であるとされる意味は大きい。
 逆に「ウィルス作成等の悪意ある目的の場合との区別」も指摘されているところであるが、こうした区別が可能なのかは微妙な問題と言えよう。ここでの「区別」を厳密にしようとするあまり、先の障害発見目的のリバース・エンジニアリングを妨げることになってしまっては元も子もない。権利制限を先行しつつ、「悪意ある目的の場合との区別」を慎重に見極めていただきたい。
●その他プログラム開発の目的で行なわれるリバース・エンジニアリングについては、「範囲が無制限に広がり、不適当」とある。
 しかしながら今回の法制問題小委員会での検討にリバース・エンジニアリングが盛り込まれたのは、表現を模倣するのでなくアイディアを抽出する作業が著作権法で禁じられてしまっていることへの対処である。その原則を貫徹させるならば、「その他プログラム開発の目的」でもリバース・エンジニアリングを権利制限の対象とすべきではないか。
 むしろリバース・エンジニアリングを複製と解釈するのではなく、そのリバース・エンジニアリングからソフトウェアが作られ公表された時点をもって侵害を判断する形にすべきではないだろうか。

●研究開発における著作物複製に関する権利制限も法制問題小委員会で検討されたが、「早急に結論を得るべき範囲と、それ以外に分けて検討」するとした結論が出てしまうところに「日本版フェアユース規定」の必要性を感じざるを得ない。時間をかけて個別の制限規定を定めていくのでは世の中の動きに対応できないというのがフェアユース導入論の根拠の一つであるが、法制問題小委員会において(日本版フェアユース規定の導入を見据えながら議論されているのも興味深いが)こうした消極的な議論になってしまうのは図らずもそれを証明してしまったように思えてならない。
●「情報解析分野の研究開発」において権利制限を行なうとの方向性には賛成する。「権利者の利益を不当に害しないこと等の条件の下で」としていることも妥当であろう。
●「その他の研究開発分野」について「大学の研究者の行う複製」に限定してしまっているのは問題がある。この「研究」の範囲に個人研究者まで含められれば、権利制限がもたらした研究の社会への貢献が期待できるのではないか。
●研究開発目的の権利制限においても、複製の時点で権利が及んでいるとは考えずに、その結果を公表する場面に応じて権利を及ぶようにしてはどうだろうか(私的複製物が公衆の前に出された時点で権利制限から外れるのと同じようなイメージ)。この際に営利目的か否かの枠をはめ、補償金を用意するなりして対処すると良いのではないか。

●「機器利用時における蓄積」および「通信を巡る蓄積」に関し複製とみなさないことを法律上明確にすることには賛成である。

●「通信・放送の在り方の変化への対応」に関し、著作権法において放送/通信の区分について実態を見た上で放送関連法と定義を一致させるべきである。要するに、公衆が視聴する映像であって同時性を重視した番組構成のある一方的放映を「放送」とすべきである。
●知的財産戦略本部の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」において「日本版フェアユース」導入への方向性で報告がまとめられるところであるが、その後 法制問題小委員会において詳細な検討が加えられるものと目されている。この規定の導入は是非とも必要であり、今期法制問題小委員会の報告書でも導入の必要性を書き込んでも良いほどである。
●本「中間整理」が著作権分科会において了承される際、三田委員からフェアユース規定導入への慎重意見が出たものと記憶しているが、「日本という国は裁判で決着するということでなく、話し合いで決めるというのが国民性」とする委員の見解はフェアユース導入を否定する根拠にはなり得ない。なぜなら、既に裁判によって多くのネットサービスが差止められてきたからである。日本版フェアユースの導入が叫ばれるようになってきたのも、こうした実態があってのことである。三田委員は同じ会合で、知財本部の「議論の動向を見守りつつ」と言わずぜひ法制問題小委員会としても積極的に議論すべきと発言していたが、私もこの意見に(委員とは反対の意味で)賛成である。繰り返しになるが、法制小委でもフェアユース規定の導入の必要性を、早いうちから積極的に打ち出すべきなのである。




■参考になる意見

 最後に、ここを紹介させていただきますです。
 この角度で切り込むというが「目から鱗」で、この種のパラダイムシフトというのは私にしてみれば凄くカッコいい。というか、私には出来ない。つい議論の前提を共有してしまおうとしますから(その意味では私は硬直的な意見しか出てこないきらいがある)。

http://www.alz.jp/221b/archives/000677.html
「文化審議会著作権分科会
 『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
 中間整理』に関する意見」
(The Baker Street Bakery)

 保護と利用の観点で考えるのではなく共有と保障で考えろ、と。座標軸を変えるという、議論の根本を問う意見であります。

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2008年10月 3日 (金)

パブリックコメント募集間近の法制小委「中間まとめ」と保護利用小委「中間整理」

 ――御無沙汰しておりました。

 まぁ、挨拶抜きで要件のみを。
 10月1日の文化審議会著作権分科会で、法制問題小委員会の「中間まとめ」と保護利用小委(正確には「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」)の「中間整理」が了承された。これは数日中にはパブリックコメントにかけられる予定だ。
 ただ、10月3日金曜日午後7時現在、まだ募集開始のアナウンスは無い。

 せっかくの週末、大部になってしまった中間まとめと中間整理を読むにはまとまった時間が欲しいところなのだが、パブリックコメント募集要領が出ないことには その対象となる文書も読みようがない(もっとも「案」の段階の文書については既に法制小委での配付資料としてネットに上がってはいる。その後、若干の文言修正があるように思われるが、俺自身もまだ付き合わせていないので確かなことは判らない)。
 そこで、中間まとめと中間整理をまだかまだかとお待ちの方のために、非公式版とはなってしまうが、ここにPDFとして掲載することにする。

1.法制小委「中間整理」・概要版
2.法制小委「中間整理」
3.保護利用小委「中間まとめ」・概要版
4.保護利用小委「中間まとめ」

 上記データ量はMacOS XのFinder上で見た数字なので正確じゃないと思う。
 しかも何の工夫も無く取り込んでたらベラボーに大きくなってしまった。まずは概要版だけ読んで、意見を準備するのが楽かもしれない。

※(ここだけ追記)あまりにファイルサイズが大きかったのと、プリントアウトする時に不便だったのとで、取り込みしなおした。その代わり文字が読みづらくなってる点もあるようだけど、ご容赦のほどを。こういうのに不慣れだな俺。

※(この段落、さらに追記)公式資料がパブコメ募集ページに掲載されたのでリンクを切りました。

 いずれも著作権分科会で配布された資料で、公になっているものでは最新版の筈である。ただその後 文言修正が無いとも限らないので、あくまでパブリックコメントの対象は、募集要領が上がった際に用意された公式版であることに留意されたい。
 パブリックコメントへの準備に役立てていただけたら幸い。

 パブリックコメント募集が始まったら、上記リンクは公式版の方へ差し替えるつもり。

 俺としては、資料の読み込みと論点整理に入らないと意見が書けないタチなので、できれば“中間生成物”も出していけないかと目論んではいる。しかし何分 仕事の合間にやらにゃならない作業なので、いつものパターンだと“やるやる詐欺”で終わってしまう。
 その辺はあまり期待しないでおいてください。

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2007年10月23日 (火)

「みゃう」っと、公式サイト探検。

http://miau.jp/
「MIAU : 公式サイト」

 話が前後してしまいますけど、 MIAU の公式サイトについて。
 開設以来、次々とコンテンツが増えていっています。中には内容がほぼ同じものが別形式で掲載されていたりするなど、正直 現場の慌ただしさを感じさせるところもあったりして(っていうか、読んでる私が混乱してるだけなんですが)。ともあれ、私自身のメモとしての意味合いもあり ここで現時点での内容をピックアップしておきます (2007年10月22日現在)。

※余談ですが、 MIAU の表記って結構悩み所だったりしません? ロゴを見ると 「MiAU」 ってあるんですよね。しかし公式サイトの文章内では 「MIAU」。 ロゴの方はデザイン上の判断でこうしたと割り切って、プレスリリースや公式サイトで使われている 「MIAU」 の方で私は表記したいと思いますが。

http://miau.jp/1193041200.phtml
「MIAU設立発表会アーカイブ (2007年10月18日)」
(MIAU)

 MIAU についての説明としては、設立発表会に関する上記ページが究極のものと言えるでしょう。講演資料・発表会映像・その他資料へのリンクが用意されています。
 講演資料の方は、「組織概要及び活動方針説明」PDF・ 「インターネット時代の政治参加について」 HTML・ 「ネットユーザーとデジタルコンテンツ、未来への課題」 PDF ──の3つ。最初の「組織概要〜」は記者発表で津田大介さんがスクリーンに映して説明していた資料(なお組織概要自体は公式サイトにもまとめられいますのでそちらも参照のこと)、「インターネット時代の〜」は白田秀彰先生が講演した内容(これは「アーカイブ」掲載の前から公式サイトに上げられていました──リンク先自体がそのページです)、「ネットユーザーと〜」は小寺信良さんが講演した内容かと思われます(最後の小寺さんのだけはまだ読めないんですね‥‥どういうわけかパスワードを要求されてしまいまして)。

※この記事を上げた後に、上記小寺さんの PDF がダウンロード可能になりました。講演の際にスクリーンに映されていた資料でした。(この段落のみ追記 2007.10.23。)

 記者会見の模様が YouTube に掲載されていて、そこへのリンクも張られています。これがオフィシャルの映像、ということになりますね。わざわざ「オフィシャルの」と私が呼称してるのは、実は発表会へ出席された方で映像をアップされた方もいらっしゃるからなんですね(最初の映像がこれ。あとは順番に辿ってください)。私は今のところ公式版だけを見ていて、非公式版は未見。公式版に映っていないものがあるか楽しみに見るつもりではありますけれども。

 次に「その他資料」。
 まず「設立主意書」 PDFHTML 版もあります)。公式サイトでは先に「設立趣旨」が掲載されていましたが、これは「設立主意書」から抜粋したもののようですね。まだお読みになっていない方は「設立主意書」の方だけを読めばOK。
 「発起人一覧」も公表されました。実は後で述べるプレスリリースにも発起人 11名 の名前が書かれているのですが、とりあえず HTML で読む場合にはこちらで。
 「講演者プロフィール」 PDF は、発表会に登壇された方のうち津田さん・白田先生・小寺さんの御三方のプロフィールがまとめられています。
 「プレスリリース」 PDF では、設立発表会の案内として「組織の目的」「組織概要」「設立発表会概要」「発起人」そして問い合わせ先が掲載されています(余談ですが、 MIAU の事務局は津田さんの会社・ネオローグの中に設けられているようですね。なるほど)。なお発表会に先立ち、公式サイトでも発表会の案内が掲載されていました。

 「アーカイブ」とは少し離れるのですが、設立発表会に関連して「設立発表会の報道・報告リンク」も紹介しておきます。各ネットメディアでの報道、また発表会に参加されたブロガーさんの記事がリンクされています。




■その他のページ

 上記「アーカイブ」の他のコンテンツについても紹介しておきます。新しいのから順番に遡る形で──

 「賛同人・賛同組織一覧」。読んで字のごとくです。池田信夫氏・竹熊健太郎氏・田中辰雄氏・山形浩生氏そしてロージナ茶会の名が今のところ列記されています。今後も増えていく形なんでしょうね。

 「メールマガジン登録開始のお知らせ」。明日23日からメールマガジンが発行される予定とのことです。購読登録フォームが用意されています。なお MIAU のプライバシーポリシーについてはこちらを参照のこと。

 「翻訳プロジェクト協力のお願い」。 MIAU の活動を国内だけでなく海外とも連携させていくために、英語での情報発信も予定されているとのことです。そのために協力者を募集しています。さらなる詳細については、発起人・八田真行さんのこちらのブログ記事を参照のこと。

 現時点ではこんな感じですね。

Posted by 谷分 章優 知財戦略, 著作権, 著作権保護期間延長問題, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (0)

「ユーザー団体」設立 ──『CONTENT'S FUTURE』 ×ロージナ茶会=猫!?

 発起人の方々のブログやソーシャルブックマークや各種ネットメディアで採りあげられているので御存知の方も多かろうとは思いますが、 「Movements for the Internet Active Users」 通称 MIAU (ミャウ)というユーザー団体が発足したそうでして。発起人として 11人 が名前を連ねていて、そのうちの津田大介・小寺信良・白田秀彰の三氏が記者会見に臨まれたとのこと。
 このタイミングで、というのは文化審議会著作権分科会が行なっているパブリックコメント募集に合わせたというのが大きいようです。現に、当面の活動内容としてパブリックコメント対策も挙げられています。

 津田大介さんと小寺信良さんは、著書 『CONTENT'S FUTURE』 関連イベントを始めとして随所でユーザー団体の必要性を訴えてきました。それが、同じように「インターネットの法と慣習」を標榜しユーザーの政治参加を提言してきた白田秀彰さんの主催するロージナ茶会と合流することで、電撃的に団体設立へと至ったようです。
 公式サイトも既に稼働しており、設立に関したさまざまな情報が発信されています。まぁ各種報道を読む前に、こうした一時資料に当たることをまずはオススメします。そして、公式サイトでは参照できない部分を報道で補足するつもりでいるのが丁度いいのではないかと思います(まぁ既に設立発表会の模様は動画配信されていますので隙が少ないとも考えられますが)。

http://miau.jp/
「公式サイト」
(MIAU)

http://miau.jp/1192544100.phtml
「組織概要」
(MIAU)

http://miau.jp/1192633202.phtml
「設立趣意書」
(MIAU)

http://miau.jp/1192676340.phtml
「発起人一覧」
(MIAU)

http://miau.jp/1192708800.phtml
「MIAU 設立発表会講演録(1)」
(MIAU)

 なお「講演録(1)」は白田秀彰さん(と言うか、法政大学准教授ですから「白田先生」の方が私にはしっくり来るのでそう表記することにします)が設立発表会で講演したものの原稿です(だと思います)。これを読みながら映像もチェックするとより理解が深まるでしょう。
 「設立主意書」は白田先生の手によるもので、「講演録」と合わせてぜひお読み頂きたい内容。実は余力のある方には、 Think C サイトにある「ほんとうの知的財産戦略について」 (PDF 版もあります──っていうか、これがオリジナル)もお読みいただきたいんです。知的財産法からどうしてこうした団体設立へと至るのかがよく理解できる筈です(この理解を得る究極の助けは白田先生の著書『インターネットの法と慣習 かなり奇妙な法学入門』だとも思うのですが‥‥さすがにそこまでは深追いせず先に進みます)。
 上記の文書で基本事項を押さえれば、報道記事に当たっても誤解する余地なくスムーズに理解できると思います。どうしても記事ってやつは舌足らずになっちまいますからね。

http://ascii.jp/elem/000/000/076/76432/
「『みゃっうみゃうに盛り上げたい』──インターネット先進ユーザーの会が発足」
(ASCII.jp)

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/10/18/17236.html
「ダウンロード違法化に反対」新団体MIAU設立で協力呼びかけ
(INTERNET Watch)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0710/18/news093.html
「ネットユーザー団体 『MIAU』 設立 まず『ダウンロード違法化』反対へ」
(ITmedia News)




■ネットでの一部の反応を見て

 はてなブックマークや個人ブログの反応をチラチラ見た感じでは、若干ネガティブなものも散見されたりします。曰く、この団体が本当にネットユーザーの代表たり得るのか、団体の日本語名が「インターネット先進ユーザーの会」とされているけれども「先進」ってどーよ、「みゃう」って何で猫やねん、とかとか。
 まぁ私的には〈今の MIAU で良いじゃん〉ってのが基本スタンスなんですけど。

 まず団体というものについては、これがネットユーザー団体として唯一のものである必要性など無いわけですし、あくまでも団体の結成は手段でしかないわけですよ(唯一の団体を作ることが目的ではない)。ユーザーが声を挙げていくための触媒になりさえすれば当初の目的を果たしていると言ってもいい。その先も勿論 目指しているとは思いますがね。
 ネットユーザーを代表し得るのか、また意見を集約することが可能なのかについては白田先生が発表会見でズバリ発言されています(下記引用は ITmedia 記事から。リンク既掲)。

「ネット全体を代表するような統一的な組織にするつもりはない。異なる意見を持つ人や、著作権法以外の分野が得意な人がいれば、別の組織を作って主張してほしい。こういった組織がたくさんできるといい」(白田准教授)

 次に「インターネット先進ユーザーの会」の解釈。まぁ正式な名称は 「Movements for the Internet Active Users」 の方ですから、あんまり「先進」にこだわってチクチクやるのもどうかと自分では思うのですが。
 「Active Users」 をどう訳すかというのがまず先に立ちますか。私は英語が苦手なので間違い等あったら指摘いただきたいのですが、 「Active Users」 の語感からすると「実動ユーザー」が比較的近い気がします。また 「Active」 の語に活動的なイメージを託したいのであれば「行動するユーザー」という語の充て方もできます。
 「先進」の語に対する違和感というのは、おそらく「進歩的」とされるもの(言論とか)を連想させることによるものではないかと思われます。変に「選民意識」がどうのとかいう反応もあったりしますしね。しかしそれは考えすぎってもので、先の「進歩的」とされる思想や言論はその時代の流れの中でむしろ保守性が顕在化していたり、あるいは「プログレッシブ」と呼ばれるロック音楽の「先進」性などもはや誰も信じていなかったりしている(その時代その時代で「先進」だとされるものは存在し得ますが、時代を超えて「先進」であるものを想定するのはちと難しいですよね)現在、そこまで過剰に反応すべき言葉なのか疑問だったりします。
 まぁ「前進するユーザー」的な意味合いにも取れないかなぁと思ったり。津田さんは「前衛」って選択肢も後出ししていますね。あ、はてブでは「先進」についてもコメントも
 英語名と日本語名で意味に食い違いがあるのはどうだという指摘もできなくはありませんが、むしろ私などは名称の意味づけに幅を持たせている点で評価しています。

 なお団体名に込めた理想を、発起人の一人である崎山伸夫さんがブログで解説されています。これも合わせてお読みいただければ。



http://blog.sakichan.org/ja/2007/10/18/miau_startup_and_rfc3271

「MIAU設立: インターネットを(未来の)みんなのものにするために」

(崎山伸夫のBlog)

 残る疑問は、〈な、何故に猫!?〉ってことなんですが──




■ミャウ、と月を背に駈ける

 公式サイトにはロゴとともにイラストも掲げられていまして、まぁこれが猫なんですわね。だから私もサイトを見ての第一印象が〈な、何故に猫!?〉だったりするんですけど。いや猫の写真を“肖像”に使ってる私が指摘する筋合いのことでもありませんわ(笑)。
 MIAU (ミャウ)の略称ありきで そこから団体名やイメージを発展させていったっぽいのですが(発起人のひとりである id:inflorescencia さんの話)、最終的には猫のロゴマークを使っているわけですから いずれはその説明なんかもしてもらえると面白いかも知れませんね。もっともな説明ができるのか腕の見せ所。なぁに、ドラえもんの耳がどうして無いのかとか、有名だけど実は後付でできた設定なんていくらでも存在するんですから。

 ちなみに私は、 MIAU が猫のイメージを使っていることを支持しています。自分なりの解釈が見つかっているからなんです。団体の志からすれば猫ってぴったりじゃん、と。
 こんな感じ──

「ネコは自由の象徴。
 ネコは確固たる自我の象徴。
 ネコは柔軟性の象徴。

 物腰は柔らかだが
 相手に一線を越えさせない。
 猫撫で声を出していても
 鋭い爪を隠し持っている。
 共生を志向するが
 従属を選択しない。」

 では、 MIAU の発展を祈り、また自分の最大限の協力を誓って。

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2007年7月 9日 (月)

文化審議会著作権分科会の各小委員会議事公表状況 (2007.7.9 現在)

 私的録音録画小委では「そもそも論」をすっ飛ばしたままで、事務局が補償金制度維持・課金拡大」ありきの「たたき台」を持ち込んだことから更に紛糾しております。この議事進行自体に問題があるので、今こそ声を挙げないでいつ上げるのだ(→ エンドユーザー)と思うのですが、いまいち盛り上がりに欠けているのが正直なところ。


【法制問題小委員会】

主な議題:
(1)デジタルコンテンツの特質に応じた制度の在り方について
 ・著作権や著作者人格権等の放棄や不行使について
 ・コンテンツの登録を求める新たな制度について
  (コンテンツ管理者の一元化、登録内容への信頼の保護など)
 ・より簡易な強制許諾制度や利用許諾の推定等について
 ・フェアユース規定や改変の許容等の新たな権利制限規定について
 ・利用条件調整のための仲裁・裁定機関、不正行為の監視機関について
(2)海賊版の拡大防止のための法的措置の在り方について
   ・海賊版広告行為(広告規制)
   ・著作権法における親告罪(非親告罪化)

第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07032007.htm

第2回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07042304.htm

第3回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07051514.htm

第4回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07061121.htm
参考:http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-81.html

第5回: 6月29日開催(なぜか報道なし)

第6回: 7月19日予定
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07070514.htm


【私的録音録画小委員会】

主な議題:
(1)私的複製の範囲外とすべき複製態様について
 ・海賊版からの私的録音・録画
 ・違法配信からのダウンロード
(2)私的録音・録画にかかる補償の必要性
(3)私的録音録画補償金制度の在り方

事務局による「たたき台」:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07061916/001.htm
http://himagine9.cocolog-nifty.com/kitaguni/2007/06/post_f335.html


第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07042409.htm

第2回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07042414.htm

第3回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07051108.htm

第4回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07060102.htm

第5回: 配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07061916.htm
※参考:http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/06/18/16070.html
※参考:http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-82.html

第6回: 6月27日開催
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07061903.htm
※参考:http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/06/28/16180.html
※参考:http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-85.html

第7回: 7月11日予定
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07062808.htm


【過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会】

主な議題:
(1)過去の著作物等の利用の円滑化方策について
 ・権利者不明の場合等の著作物の利用の円滑化方策について
 ・その他
(2)アーカイブへの著作物等の収集・保存と利用の円滑化方策について
 ・図書館・博物館・放送事業者等において
  アーカイブ事業を円滑に行なうための方策について
(3)保護期間の在り方について
 ・保護期間の延長について
 ・戦時加算の取扱いについて
(4)意思表示システムについて
 ・クリエイティブコモンズ、自由利用マーク等の利用に伴う
  法的課題等について

第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07040204.htm

第2回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07050102.htm

第3回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07051627.htm

第4回: 配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07062637.htm
参考:http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/06/26/16164.html
参考:http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-84.html

第5回: 7月9日予定
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07062517.htm

第6回: 7月27日予定
第7回: 8月22日予定
(審議の経過を著作権分科会に報告:9月)
※第4回会合の資料4より。なお意見募集については記載されず。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07062637/004.htm

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2007年6月12日 (火)

文化審議会著作権分科会の各小委員会議事公表状況 (2007.6.11 現在)

 知的財産推進計画 2007 には、パブリックコメントとして多くの反対意見や慎重意見が寄せられていたにもかかわらず、著作権法上の罰則を非親告罪化するという項目が盛り込まれています。これ、「計画」にとどまるものではなく文化審議会 著作権分科会 法制問題小委員会において既に議論が始められています。
 法制小委では、第1回会合で複数の委員からも懸念が示されているところで、非親告罪化が問題を生じないかのような言説が如何に的外れなものかの証明となります(非親告罪化が著作権等侵害全般に及ぶ場合の予測不可能性は尋常ならざるものがあります。「海賊版」のマジックワードで安心してしまっている人たちに注意したいのは、あれが著作権等侵害物品全般を指す言葉だということ。言ってみれば「二次創作」の同人誌だって「海賊版」の一種です)。
 一方で、非親告罪化の害を告発するブログ記事に“釣られ”て燃え上がった人たちも、今では沈静化してしまったきらいが無きにしもあらず。これがニュースを消費するだけの一時的感情に終わるのか、あるいは問題意識が残され今後の議論に一石を投じることとなるのか、試されていたところだったのですが結果どうだったでしょうか? 知的財産戦略本部(知的創造サイクル専門調査会)の議事録を掘るところまでは行けても、その後の知的財産推進計画 2007や法制小委まで目が行き届かなければ殆ど無意味なのですがね。
 今のところ、非親告罪化の問題点が次々と提示されている状況にはあります。ネットで話題になった日弁連の意見書も、法制小委では「参考資料」として扱われています。しかし だからといってこれで安心だというわけではなく、問題はこうした論点の提示からどう結論が導き出されていくかという点にあります。
 議論の過程とはかけ離れた結論へ繋ごうとするのが文化庁著作権課のやりかたです(「結論ありき」と「アップル」から非難された体質は確かに存在します)。商業用レコードの還流防止措置(いわゆる「レコード輸入権」)や、地上デジタル放送のIPマルチキャスト同時再送信にかかる権利制限、そして「海賊版」や「違法」配信からの私的複製の禁止化(こちらは検討中項目)など、ここ一番での強引な議事進行例はいくらでもあります。
 要は、この問題にケリが付くのは、非親告罪化の必要性なしと結論される時か、実施されたとしても弊害が少ない形で著作権法改定法案が国会で成立した時なのです。それまでの長い間、油断は禁物です。

 法制小委では、非親告罪化の他に「海賊版」広告規制についても議論されています。また私的録音録画小委では「海賊版」コピーや「違法」配信ダウンロードの違法化が議論されています。そして保護利用小委では保護期間延長について議論されています。これらの制度改定が非親告罪化と同時に実現されてしまったとしたら、それぞれが単独で実現してしまうよりも更に大きな害悪となります(その制度改定が目的とする規制よりも遙かに大きい、適法行為を萎縮させてしまうような副作用を生じさせることとなります)。それはエンドユーザーの行動範囲や選択肢を直接狭めていくことであり、そのエンドユーザーが未来のクリエイターとなる機会を縮小していくことであり、回り回って「コンテンツを作る立場の人間をゆっくりと殺していく」規制となります。
 どこまでの規制ならば容認でき、また社会通念上確保されるべき自由を保障するために どこからの規制が許されないのか。それぞれの重要議題について慎重に検討・注視していく必要があるわけです。
 危機は現実に、かつ確実に進行しています。


【法制問題小委員会】

主な議題:
(1)デジタルコンテンツの特質に応じた制度の在り方について
 ・著作権や著作者人格権等の放棄や不行使について
 ・コンテンツの登録を求める新たな制度について
  (コンテンツ管理者の一元化、登録内容への信頼の保護など)
 ・より簡易な強制許諾制度や利用許諾の推定等について
 ・フェアユース規定や改変の許容等の新たな権利制限規定について
 ・利用条件調整のための仲裁・裁定機関、不正行為の監視機関について
(2)海賊版の拡大防止のための法的措置の在り方について
   ・海賊版広告行為(広告規制)
   ・著作権法における親告罪(非親告罪化)

第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07032007.htm

第2回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07042304.htm

第3回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07051514.htm

第4回:6月7日に開催(どういうわけか報道なし)。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07052507.htm


【私的録音録画小委員会】

主な議題:
(1)私的複製の範囲外とすべき複製態様について
 ・海賊版からの私的録音・録画
 ・違法配信からのダウンロード
(2)私的録音・録画にかかる補償の必要性
(3)私的録音録画補償金制度の在り方

第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07042409.htm

第2回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07042414.htm

第3回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07051108.htm

第4回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07060102.htm

第5回: 6月15日予定
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07060406.htm


【過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会】

主な議題:
(1)過去の著作物等の利用の円滑化方策について
 ・権利者不明の場合等の著作物の利用の円滑化方策について
 ・その他
(2)アーカイブへの著作物等の収集・保存と利用の円滑化方策について
 ・図書館・博物館・放送事業者等において
  アーカイブ事業を円滑に行なうための方策について
(3)保護期間の在り方について
 ・保護期間の延長について
 ・戦時加算の取扱いについて
(4)意思表示システムについて
 ・クリエイティブコモンズ、自由利用マーク等の利用に伴う
  法的課題等について

第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07040204.htm

第2回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07050102.htm

第3回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07051627.htm

第4回: 6月13日予定
第5回: 7月4日予定
第6回: 7月27日予定
第7回: 8月22日予定
(審議の経過を著作権分科会に報告:9月)
※第3回会合の参考資料3より。なお意見募集については記載されず。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07051627/017.htm

-----------------------------------

■おまけ

平成18年度 (2006年度)

【私的録音録画小委員会】
第1回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06042808.htm

第2回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06051709.htm

第3回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06062806.htm

第4回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06072718.htm

第5回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06092504.htm

第6回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06101802.htm

第7回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06111523.htm

第8回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06122108.htm

「平成18年度著作権分科会私的録音録画小委員会の検討状況について」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/010/07012909/002.htm

【法制問題小委員会】

第1回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06040306.htm

第2回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06041006.htm

第3回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06042809.htm

第4回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06053005.htm

第5回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06060713.htm

第6回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06073103.htm

第7回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06082111.htm

第8回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06121110.htm

「文化審議会 著作権分科会(IPマルチキャスト放送及び罰則・取締り関係)報告書」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/06083002.htm

「文化審議会 著作権分科会報告書」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/07020702.htm

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2007年6月 8日 (金)

「知的財産推進計画 2007」で私が個人的に注目した項目

http://himagine9.cocolog-nifty.com/kitaguni/2007/06/2007_742e.html
「知的財産推進計画 2007 からピックアップ」
(試される。(ココログ mix))

 別ブログで、「知的財産推進計画 2007」 の要注目項目を挙げてコメントを付けてみました(もっともこれらは策定前のパブコメに提出したものがベースになってますけど)。えらく長くなってしまいましたが、飛ばし読みでもしていただけると幸い。
 ここではそのダイジェスト版として、項目名だけ挙げておくことにします。

(P.5)
●「知的財産推進計画2007」の基本的考え方
(P.14)
●個人輸入等の取締りを強化する
●インターネットオークション上の模倣品・海賊版の取引を防止する
(P.19)
●デジタルコンテンツの流通を促進する法制度等を整備する
(P.20)
●違法複製されたコンテンツの個人による複製の問題を解決する
●権利者不明の場合におけるコンテンツの流通を促進する
(P.21)
●ネット検索サービス等に係る課題を解決する
●アーカイブ化を促進し、その活用を図る
●インターネット上でのコンテンツの新たな創作・発信を促す
(P.60)
●模倣品・海賊版の税関での取締りを強化する
(P.61)
●差止申立てに係る手続を簡素化する
●インターネットオークション上の模倣品・海賊版の取引を防止する
(P.63)
●劇場内で無断撮影された映像の違法流通への対策を強化する
●著作権法における親告罪を見直す
(P.65)
●模倣品・海賊版に関する国民への啓発活動を強化する
(P.90)
●IPマルチキャスト放送へのコンテンツ流通を促進する
●違法複製されたコンテンツの個人による複製の問題を解決する
●権利者不明の場合におけるコンテンツの流通を促進する
(P.91)
●私的録音録画補償金制度の見直しについて結論を得る
●権利者の利益と公共の利益に留意した権利制限規定を整備する
(P.93)
●権利の集中管理を進める
(P.94)
●利用とのバランスに留意しつつ適正な保護を行う国内制度を整備する
※間接侵害・法定賠償制度・保護期間延長・放送新条約
(P.95)
●ネット検索サービス等に係る課題を解決する
●アーカイブ化を促進し、その活用を図る
※絶版 入手困難著作物・ NHK アーカイブス・フィルムセンター・国立国会図書館
●インターネット上でのコンテンツの新たな創作・発信を促す
※意思表示システム・権利放棄
(P.96)
●音楽用CDにおける再販売価格維持制度について検証する
●安心してコンテンツを利用するための取組を奨励・支援する
(P.99)
●音楽レコードの還流防止措置制度を活用するとともに輸出を拡大する
(P.100)
●コンテンツ・ポータルサイトを支援する
(P.127)
●知的財産を含めた消費者教育を推進する
(付属資料 P.37)
●音楽レコードの還流防止措置等

 ──結構ありますね。
 その他にも重要と思われる項目が多々見られますから、まず知財推進計画の目次をざっと眺めることをお勧めします。

 最後に。
 私がこの種の問題に首を突っ込む直接的なきっかけとなった還流防止措置について、知財戦略本部の暢気な総括と私のツッコミを紹介して本エントリーを締めます。
 では。

※第4章 コンテンツをいかした文化創造国家づくり
 (3)海外展開の促進

○2 音楽レコードの還流防止措置等
 2005年1月、改正著作権法が施行され、アジア諸国など物価水準の異なる国において許諾を受けて生産された商業用レコードが我が国に還流してくることを防止する措置(還流防止措置)が導入された。還流防止措置の成果として、2006年の1年間で551タイトルがアジア諸国にライセンスされた。なお、2006年に日本で発売された音楽レコードは約1万タイトルである。

▲ 2006年のデータにしか触れないという誤魔化し。
 「知的財産推進計画2006」によれば、2005年にアジア諸国へライセンスされたのは641タイトル。つまり減っているのである。ちなみに還流防止措置導入前の水準にも全く届かない。
 ちなみに税関に輸入差止申立てがなされたのは(税関での集計によると) 2005年が 85タイトル、 2006年が 169タイトル。
 還流防止措置が運用段階に入って2年半が経過しているが、この制度の趣旨である商業用レコードのアジア進出が促進されているのか否か、もはや明らかであろう。まして制度導入にともない日本レコード協会が約束したCD値下げも実現していない今、還流防止措置を続ける理由などどこにもない。

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2007年5月21日 (月)

保護利用小委のヒアリングとアンケート

 著作権の保護期間延長問題をふくむ数々の課題を審議するために設けられた、文化審議会 著作権分科会 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(以下「保護利用小委」と略します)は今までに第3回会合まで開催されたところです。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07040204.htm
「文化審議会 著作権分科会
 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第1回)
 議事録」
(文部科学省)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07050102.htm
「文化審議会 著作権分科会
 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第2回)
 議事録・配付資料」
(文部科学省)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07051627.htm
「文化審議会 著作権分科会
 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第3回)
 議事録」
(文部科学省)

 これらの会合の内容は、上記文科省サイトにおいて第1回・第2回会合の配付資料が公表されています(議事録については いずれも未掲載)。第3回会合についてはページが作成されたにとどまっています。
 したがって配付資料ないし INTERNET Watch などの報道を参考に内容を探るしかありません。

 第1回での配付資料6「関係者ヒアリングについて(案)」 (PDF) にもあるように、第2回・第3回で各関係者からのヒアリングが行われました。対象となるのは「創作者団体・個人」「利用者」「アーカイブ関係者」「学識経験者」でした。第2回で15人、第3回で17人からの意見を聴取したとのことです。

 何について意見を聞くかというと、保護利用小委としての検討課題とされた (PDF) 「過去の著作物等の利用の円滑化方策について」「アーカイブへの著作物等の収集・保存と利用の円滑化方策について」「保護期間の在り方について」「意思表示システムについて」。発言者がそれぞれ意見の言いたいものを選ぶという形です(全てでも良いし、一部でも良い)。
 このうち現在配付資料を読むことができる(公式議事録ページに掲載された)のは第2回のものです。レジュメとして提出された資料が14あります。これを読んでいくのは結構大変だったりしますが、今後の議論を考えていくには避けては通れないものではないかとも思われます。

 さて。第2回会合の配付資料が公表されたのに伴って、 『Copy & Copyright Diary』 さんが「はてな」でアンケートを実施なさっています。答えるためには、先の配付資料すべてに目を通すことと、「はてな」のユーザーアカウントを持っていることが条件になりますが、両方を満たせる方は是非参加してみてください。
 発言者の言い分について、それぞれ賛同できるか否かを答える形となっています。

http://q.hatena.ne.jp/1179316258 (人力検索はてな)


現在、文化審議会著作権分科会過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会において、関係者のヒアリングを行っています。4月27日に開催された第2回小委員会にて、1回目のヒアリングが行われました。

著作権の保護期間等を検討する小委員会、関係者ヒアリングを実施
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/04/27/15585.html
著作権保護期間の延長問題、関係各団体が文化審で意見表明:ITpro
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070427/269849/

文化審議会のサイトでヒアリングの際の資料が公開されています。

文化審議会 著作権分科会 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第2回)議事録・配付資料‐文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07050102.htm

この資料に全て目を通してから回答してください。

 なお、いきなり配付資料に入るのは辛いという方は、まず INTERNET Watch の記事(上記引用部にリンクがあります)で概要を掴んでから読み始めるのも手です。




■第1回〜第3回にかかる報道から

 今期著作権分科会の各小委員会については、配付資料や会議録の公表が(いつもに増して)遅いという傾向が見られます。だから実際の開催から会議録の公表までの短くない期間、報道記事だけで追いかけねばならないというハンデがあります(どうしても小委員会の出席委員やその関係者、傍聴された方々の認識に追いつくことは難しい)。
 たとえば現時点では、前述しましたが、第1回から第3回のいずれについても会議録が掲載されていません。したがってその内容は報道記事と、第1回・第2回については配付資料から内容を推察するしかありません。

 第2回と第3回については(前述の通り)ヒアリングが実施されています。このヒアリングについては、報道記事で発言の概要を知り、配付資料で主旨を読み、議事録で全容を知るという流れになりましょう。
 現時点でも各発言内容について反応したいところはあるのですが、発言者としても いつもの主張をいつものように展開するのが主のようでして、それに対していちいち反応を繰り返すようなことは私もしません。皆さんがあれを読んで、どの発言に説得力があるのか冷静に判断していただければと思います。過度に情緒に流されず、一定の根拠を示し、論理的で説得力ある発言をしているのは誰なのか、と。

 ヒアリング内容以上に気になるのが、ヒアリング内容に対しての委員の対応です。しかしこれも議事録が公表されるまでの間は報道記事から拾うしかありません。第2回と第3回は開催時間の大部分をヒアリングに割いているそうで、委員意見が目立つのはむしろ第1回会合のようです(それだけに1日も早い議事録公表が望まれます)。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070330/267061/
「著作権の保護期間延長問題で初会合、早くも論戦」
(ITpro)



 今回の討論では、「もともと保護期間は50年で世界共通だった。それを乱してきたのは欧米諸国の方だ。日本として日本国民のために主体的な議論が必要だ」(金正勲委員)、「アイデアは著作権による保護の対象外で、現行法でも自由に利用できる。保護期間延長は文化の発展を阻害しない」(三田誠広委員)、「欧米が保護期間を延長したのは、政治的な背景など一定の理由がある。たとえば米国の保護期間延長時にどのような議論があり、延長の結果どうなったのかを分析すべき。『欧米に追随しないと恥ずかしい』では米国を利するだけ。日本は日本として、日本の経済的利益を考えるべき」(中山信弘委員)、「保護期間の延長問題を考える際に、第27条・第28条(に記載された翻案権など)を切り離すという考え方もある」(上野達弘委員)といった意見が出された。

 三田某委員の発言には触れる必要性を感じないとして、この議題について指摘されるべきところは指摘され尽くしている印象です。ただ報道記事だけでは、小委員会の全体としてのトーンは見えてきませんけれども。やはり議事録が公表されないとどうも。

 そうそう、上記で触れられている著作権法第27条と第28条については一応引用しておきましょうか。

(翻訳権、翻案権等)
第二十七条 著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。

(二次的著作物の利用に関する原著作者の権利)
第二十八条 二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する。

 要は、第27条で翻訳権・翻案権を、第28条では二次的著作物へ及ぶ原著作者の権利(いわゆる重畳的に権利が及ぶ旨)を規定しているわけです。ここを制限しつつ保護期間を延長すれば、国や言語を越えた翻訳や、後発の創作者が先人に学ぶ翻案などの表現、二次的著作物にかかる流通については(今まで以上の)規制とはならずに済むことが期待されます。
 もっとも、私がことあるごとに指摘している絶版・廃盤問題の解消には全く繋がりませんし、またパロディ・コラージュ・サンプリング・マッシュアップ等の表現が「複製権」によって禁止されてしまう事態も引き続き発生します。つまり保護期間延長によって発生する弊害はまだまだ大きいということ。

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/03/30/15266.html
「著作物の保護期間延長などを審議、著作権分科会の小委員会が初会合」
(INTERNET Watch)



 ただし、著作権保護期間の延長問題については、早くも出席した委員から発言が相次いだ。保護期間の延長を求める作家の三田誠広氏は、著作権保護期間の延長とともに権利者データベースや裁定制度の整備を進め、利用の円滑化を図ることが重要と主張。一方、慶應義塾大学の金正勲助教授は、「著作権法は文化の発展に寄与することが目的とされている。著作者の権利保護や利用の円滑化は、あくまでもそのための手段。保護期間延長という手段が目的であるかのような議論は避けるべき」と意見を述べた。

 こうした保護期間延長の是非など、具体的な議論については第2回以降に実施する関係者ヒアリングなどを経た上で進めるとしたが、ヒアリングの対象者については権利者や事業者だけでなく、エンドユーザー側など幅広い意見を聞くべきとの意見が上がった。IT・音楽ジャーナリストの津田大介氏は、「この小委員会の参加者にはクリエイターや権利者側の人が多いが、そうした人も一方では著作物の利用者でもある。こうした議論には利用者側の意見があまり反映されないことが多いのが不満。インターネットの普及により、誰もが利用者であると同時にクリエイターにもなれる時代であることを意識して議論を進めてほしい」とした。

 なおエンドユーザー代表としては津田委員自身が第2回会合で発言なさいました。配付資料を見るかぎり、慎重に言葉を選びながらも かなり踏み込んだところまで触れた印象があります。「悪魔のように細心に、天使のように大胆に」とはこれのことだなと思った次第。




■あえて繰り言はしません

 著作権保護期間延長問題に関する私の意見は以下の記事に書いてあります。とりあえず「日本文化は、なぜブームで終わるのか(趣旨説明)」(下記リンクの下から2番目)を読んで戴くと概要は解ると思います。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2005/10/post_4e44.html
「著作権保護期間の安易な延長は文化の多様性を奪う」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/11/post_0690.html
「読売社説:著作権延長問題を全く理解できずに
 トンチンカンな高説をタれる大企業の痛い論理」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/11/post_b2c3.html
「著作権法についてしっかり考えていますか?」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/12/imagine__7e62.html
「Imagine: 『著作権マニア』さんの感覚的な話を聞いてみたい」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/12/post_329b.html
「国民会議シンポジウム後のチャットにて──」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/03/post_7db2.html
「日本文化は、なぜブームで終わるのか(趣旨説明)」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/04/post_50a9.html
「日本文化は、なぜブームで終わるのか。(ツッコミ編)」
(エンドユーザーの見た著作権)

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2007年4月16日 (月)

think C メールマガジン #06

 御紹介が遅れましたが、 4月10日付けで『著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム』のメールマガジン第6号が発行されました。

http://thinkcopyright.org/mailmagazine_006.html
「メールマガジン」
(著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム)

 今回の内容は次の通りです。

 ●文化審議会での議論がスタートしました
 ●「創造のサイクル」の事例募集
 ●前回公開トークを踏まえたネットアンケートの結果が
  『Copy & Copyright Diary』 上で発表されました。
 ●あらたに4名の方が、フォーラムの発起人に加わりました。
 ●知財戦略本部にパブリックコメントを提出
 ●延長問題をめぐる最近の記事・イベント
 ●新コーナー:著作権のお勧め本(末廣恒夫選)
 ●フォーラムの活動は、特定団体の金銭援助を受けず、
  すべてボランティアに支えられています。
 ●延長問題とは?

 ここから2、3ピックアップ。

 まず、「『創造のサイクル』の事例募集」。
 メールマガジンから当該部を引用します。

■「創造のサイクル」の事例募集

前回、発起人の田中辰雄さん、林紘一郎さん、太下義之さんなどの皆さんが、保護期間延長の経済効果を実証的に分析するための研究会を立ち上げた旨をご紹介しました。

フォーラムのHP掲示板では、「創造のサイクル」(ここでは、古い作品を下敷きに/翻案して、新しい作品が作られること)の事例を集めていましたが、このほど、田中・太下さんから、このHP上の情報を整理して上記研究のために資料としてまとめたいとの申し出がありました。
皆さん再創造の事例の収集へのご協力、よろしくお願いいたします。

書き込みはこちらへ: http://thinkcopyright.org/cycle/bbs.cgi

 ──よろしく御参加ください。

 次に「延長問題をめぐる最近の記事・イベント」から。
 「『創作者団体協議会』による期間延長を求める新聞広告への、ネット上の反応」としてうちの記事も紹介されています。また、フォーラムのサイトでは著作権保護期間延長問題に関したコラム・ブログ記事を「参考記事」としてリスト化しています。メールマガジンで紹介されている以外にもかなり多くの記事がリンクされていますので、ぜひ一度ご覧ください。
 なお私も、この「参考記事」に独断と偏見で重み付けしながら「はてなブックマーク」化したものがありますので、「参考記事」を全部チェックしきれないという方は参考に使ってみてください。

http://thinkcopyright.org/reference.html
「参考記事」
(著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム)

http://b.hatena.ne.jp/himagine_909/
「著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラムが
 参考記事として上げているリンク集に重み付けをする試み (by 暇人#9)」
(はてなブックマーク)

 最後に、今回のメインイベントを。
 『Copy & Copyright Diary』 を運営されている末廣恒夫さん(フォーラムの発起人にも加わっていらっしゃいます)が「著作権のお勧め本」というコーナーを担当されることとなりました。
 今回は文化庁の編著による『著作権法入門』(著作権情報センター)が紹介されています。

http://d.hatena.ne.jp/copyright/20070410/p1
「著作権のお勧め本」
(Copy & Copyright Diary)

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/pdf/chosaku_text_18.pdf
「平成18年度著作権法テキスト」
(文化庁・ PDF)

 内容の大部分が文化庁サイトの『著作権法テキスト』と同じものであること、また解説の方向性はあくまでも文化庁の解釈によるという点は、紹介文に書かれている通りです。
 加えて、この本を持っていると便利なのが、著作権法・著作権法施行規則を始めとした関係法令が掲載されている点です。収録された法令はこちらをご覧ください。確かにこれらは『法令データベース』で検索すれば無料で参照できるものではありますが、実際に法令を読み込んでいこうと思うと印刷されてた方が便利なんですね(私などは書き込みも結構やるので尚更)。無料でも入手できる内容にこの値段という、コストパフォーマンス的にどうかとは思う本だったりするのですが、高い法令集を買うよりも これで済ませるという選択肢もひとつあるわけです。
 なお著作権法は昨年末に改定されました(施行は 2007年7月)。 従って、これから著作権法を印刷物で入手する際には注意が必要です。たとえば今回の『著作権法入門』は平成18年度版 (2006年9月発行)ですから、改訂前の内容ですね。次の平成19年度版(発売まで半年くらいありますかね)にはおそらく改定後の条文が掲載されると思われます。
 他の著作権法収録書籍も含め、書店でお買い求めの際には次の点を目印に判断してください。

●第四十二条2項が追加され、「次に掲げる手続のために必要と認められる場合についても、前項と同様とする」として一号・二号を規定。施行前の著作権法には第四十二条2項は無い。
●第四十七条の三として「保守、修理等のための一次的複製」が追加されている。なお「複製権の制限により作成された複製物の譲渡」の規定が第四十七条の四にある。施行前の著作権法では「複製権の〜」が第四十七条の三である。
●第九十四条の二として「放送される実演の有線放送」という規定が追加。施行前の著作権法には第九十四条の二は無い。
●第百十三条1項二号に「輸出」云々の文言が追加。施行前の著作権法には輸出にかかわる規定はない。
●第百十九条の構成が変更。1項・2項(一号から四号まで)。施行前の著作権法では2項構成でなく、1項の中に一号と二号の規定がある。まぁ数字が「四」まであれば新しい規定ということ。

 こんなところですか。他にも改訂された点は数多いんですが、一目でわかるのは上の例です。

 さて。最後にひとつ裏ワザを御紹介しておきましょう。
 以前にもどこかで書いたことがあるんですが、この『著作権法入門』を無償で手に入れる方法があったりします。それは──

http://www.cric.or.jp/seminar/seminar.html#04
「CRICセミナーのご案内:市民のための著作権講座」
(著作権情報センター)

 『著作権法入門』の発行元・著作権情報センターで主催している『市民のための著作権講座』に参加することです。平日の日中に開催されるというのがアレなんですが、もし開催地と住所とが近くて都合がつきそうな方は、行ってみるとよろしいかと思われます。参加費は無料。著作権情報センターで配布している著作権関連ブックレットや『著作権法入門』が、講座に臨むための資料として配布されます。ちなみに私は昨年と一昨年に参加して、無料で入手しました(今年は北海道では開かれてないんですね)。
 あくまでも著作権法のことを一から学ぶ人を対象にした資料ばかりなんですが、前述のとおり法令集としてもそこそこ使える本ですし、また講座の方も著作権関係で第一線にいる学者や弁護士の話を聞く機会でもありますので、活用されては如何でしょうか。

※ちなみにこの催しは私的録画補償金を使った「共通目的事業」として開かれています。いろいろと批判の多い「事業」ではありますが、その一例としてご自分の目で確かめられるのも一興かと思われます。

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2007年4月 4日 (水)

日本文化は、なぜブームで終わるのか。(ツッコミ編)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/03/post_1942.html
「日本文化は、なぜブームで終わるのか」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/03/post_7db2.html
「日本文化は、なぜブームで終わるのか(趣旨説明)」
(エンドユーザーの見た著作権)

 遅ればせながら、件の全面広告に対する反撃として──

 もはや権利者団体の側には、真剣に、著作権のあり方を論じようという人間が全く表へ出てこないことに私は戦慄します。本当に彼らは表現者の集まりなのか? その言葉には論理の裏付けが全くなく、いつも繰り返すだけ繰り返してきた文字列がまたしても紙に定着されているのみ。そこに意味も重みも、切実な感情すらも表現されていない。そんな内容。
 この種の議論においてよく為されるすり替えは“著作権を強化することは絶対的に正しい”“著作権強化に反対する人間は著作者をないがしろにしている”というものです。実際の論点は〈著作権強化は著作者を含む社会に害とならないのか〉〈著作権の保護は現状で充分なのか、足りないとしたらどこを改善すべきか〉というところであるにもかかわらず。

 彼らとしては、スローガンを並べ立てる以上の意味は見いだしていないのかも知れません。しかしこれらのスローガンの“行間”を読んでいくと、とんでもないことを言っている場合が非常に多い。まったく論理的に繋がっていないのはまだ可愛いほうで、他の著作者への配慮に欠けていたりして(要は独善的だったり差別思想に凝り固まったもの)。最も私が気になったのは、彼らが過去に為したことに関する権利意識が丸出しで、これから創作をしていくであろう人たちの不利益には全く配慮していないということです。
 日本人として最低限の“国語力”をもって読めば、かのスローガンのそうした性質を感じ取ることができる筈なのですが、書き手は何を考えているのでしょうか? 読者を馬鹿にしているのと同じことではないのか。

 思考停止を声高らかに宣言しているザマを見ていると、我々は彼らに「日本文化」を任せていて大丈夫なのかという気にすらなってきます。まともな人も確かにいるのでしょうけど、そういう人たちが こうした場で表に出てこないということ、また件の連中が「代表」面をしていることによる逆効果について、是非危機感を持ってもらいたいものだと思わざるを得ません。
 何度も書きますけど、本当に彼らは表現者なのですか? 日本語の使い手なのですか?




■各氏のコメントに対して──

船村 徹 作曲家 (JASRAC 会長)

命を削る思いで作った作品も、人々に拍手で迎えられるものは稀です。世に知られる事なく消えていった作品は数え切れません。ひとつでも多くの作品が歌い継がれ、人々の生活に息衝くものとして、長く保護されることは私どもの生き甲斐であり、願いです。

船村徹 様
 いちど世に問われていながら消えていくような著作物の存在を良しとする時点で、私は先生のお言葉を肯定できませんね。しかもその消えていく原因がユーザーに受け入れられなかったことにあるのではなく、著作権の“行使”だったとしたら尚更です。また著作権が切れたら歌い継がれなくなるのでしょうか、人々の生活に息づかなくなるのでしょうか。死後50年もの保護が既に得られている今、これ以上の権利強化が「生き甲斐」だとしたら、自由に「歌い継がれ」自由に「生活に息衝く」ことがその「生き甲斐」ではないと明言しているに等しいと思います。

松本零士 漫画家 (社)日本漫画家協会 常務理事

漫画家という創作、創造の道を選んだ私達は、生涯を懸けた夢を果たす為にひたすら歩んでいる。そこには明日への保証も、定年も未来への保証も何も存在しない。年代もキャリアも関係なく、互いに夢を追いながら、命尽きる瞬間まで、ひたすら創作、創造への挑戦を続ける覚悟で皆この道を駆け続ける。いつ路傍に亡骸をさらそうとも、自らの選んだ夢に悔いは無い、刀をペンや絵筆に持ち替えた永遠の浪人として創作の道を歩いている。金の為だけ創作をしている訳ではない、想いを懸けた夢と創作者としてのプライドが総て、70年延長問題に凝縮されているのです。

松本零士 様
 創作・創造への「挑戦」をする人たちに対して、誰がそれを望みましたか。こう言っては何ですが、あなたがたが好き勝手に選択した生き方に対して、社会が不利益を甘受してまで「保護」を与える必要など全く感じません(どこまでの保護がフェアで、どこからの保護が過剰なのかという議論は常に必要だと考えますが)。「金の為だけ創作をしている訳ではない」のなら、著作財産権の延長へと話は繋がりません。著作者人格権は実質永遠に保護されています。

林 真理子 作家 (社)日本文藝家協会 理事

徹夜の連続で生み出した自分の小説は、大切にしてもらいたいし、読まれればもっといい。いま、私の故郷の町に本屋は無い。活字文化を守り立てる妙案を真剣に考えて欲しいと思う。作家の著作権が、日本では死後50年までというのも文化の貧しさなのだろうか。

林真理子 様
 書店の減少や活字文化の「振興」は、著作権保護期間延長の是非とは全く関係ありません。よくよく考えねばならないのは、今まで書店が増えようが減ろうが、ずっと著作権の保護期間は死後50年であったということです。さらに言えば、再販制の保護のもとで書店が減少してきたということです。その原因が著作権保護期間の他にあるのは明らかではありませんか。また著作者の死後50年を経過した出版物のうち、どれだけが現実に流通しているのかお考えください。そこから20年分だけ著作者に利益還元できるようになったとして、書店の営業にどれだけのプラスになりますか。活字文化がどれだけ「振興」されますか。そこまで考えてから御発言ください。

吹田 文明 版画家 (社)日本美術家連盟 理事長

保護期間の延長は作品の読み手である著作者にインセンティブを与え、文化芸術の振興に寄与します。又、コンテンツが瞬時に世界中を飛び回る今日では、一国のみで著作権を守る事はできません。国際的な協調が不可欠です。それが国同士の文化を尊重することにもなります。

吹田文明 様
 保護期間の延長がどう「インセンティブ」となるのか説明を要しますね。なお多くの場合「インセンティブ」にならないと三田某氏が認めていたりするんですけど(「保護延長はインセンティブの問題じゃない」)。延長要望派でまず意見交換されたは如何ですか。また、国際的な「協調」を強調されるのであれば、実際に死後50年の保護で制度運用している国にはどう対処されていくのかも示さないと説得力が無いと思われます。

福王寺 一彦 日本画家 日本美術著作権連合 理事長

生命を懸けて創作した作品とその制作態度は時代を超えて人の心を療し、掛け替えのないものです。昨年に安井曽太郎先生が、今年は高村光太郎先生が、来年は小林古経先生と川合玉堂先生が、09年には横山大観先生が著作権消滅になってしまいます。保護期間延長を祈らずにはいられません。

福王寺一彦 様
 著作権が切れたら、安井曽太郎・高村光太郎・小林古経・川合玉堂・横山大観 諸先生の作品の価値は無くなるのでしょうか。それこそ諸先生方の業績を貶めることにはなりませんか? 現に著作権が切れている作品をみつめ、それがどう扱われているのかを理解してから発言されては如何ですか。

寺島 アキ子 脚本家 (協)日本脚本家連盟 常務理事

著作権の保護期間を、死後70年に延長して欲しい。現在、世界の半分近くの国が、死後70年になっています。先進国と言われる国のうち、未だ死後50年の国は、日本など極めて少数です。わたしは、日本国の名誉のために、死後70年にして欲しいと思います。

寺島アキ子 様
 死後70年の保護を定めている国が「世界の半分」に満たないことはお認めいただいているようで何よりです。「先進国」という括りを敢えて設定されているところなど、自らの非論理を認めることに繋がっていて興味深いものです。恣意的に国を選んでいるだけの話で、まったく議論に値しません。そもそも他国を「先進国」か否かで区別すること自体、国際的な観点から言って不適切と言わざるを得ません(自国を後進国よばわりするのは勝手ですけどね)。著作権制度は「先進国」よりも広い枠組みで運用されていることを知るべきです。

那須 正幹 児童文学作家 (社)日本児童文学者協会 評議員

土地や金銭などの財産は、未来永劫正当な相続者に継承されるが、個人の創造物である著作や音楽など知的財産は、死後一定の期間が過ぎると権利を失う。べつにわがままを言うわけではないが、せめて欧米並みの期間を保証してもらいたいと、切に願っている。

那須正幹 様
 自然状態では自由に流通していくのが当たり前の情報に対し、人工的に独占権を与えたのが著作権です。そのような制度が「一定の期間が過ぎると権利を失う」ように構築されているのは当然のこと。保護期間を延長すれば、もともとあった無理がさらに大きくなります。社会に不利益を押しつけてまで権利を広げろと要求するのは、「わがまま」以外の何物でもないことを指摘しておきます。

川村 たかし 児童文学作家 (社)日本児童文藝協会 会長

欧米で現行70年の著作権保護期間が日本で50年を経過した時点で海外で使用され、混乱を引き起こすことも想定されます。著作権について適正な管理を行う上でも、日本の保護期間を海外の基準に合わせておく必要があります。

川村たかし 様
 欧米と日本とでは現に著作権保護期間の違いがあるわけですが、今までにどのような混乱が起きたんでしょうかね? 『星の王子さま』で混乱しましたか? 逆に保護期間を延長したことで、映画での 1953年 問題が生じてるんですが。百歩譲って これから混乱が起こるとしても、どのような混乱が想定されるのか、まずそれを示すべきでしょう。海外の権利者がどう騒ごうとも日本においては日本法の規定が全てですから、むしろ混乱など起こりえないと思いますがね。

津上 忠 劇作家 (社)日本演劇協会 専務理事

当協会は劇作、演出、舞台美術等に携わるスタッフ関係者を主に約300名の会員によって構成され、結成以来半世紀以上にわたって著作権擁護とその普及のために活動してきました。今回の70年延長問題は無論賛成で世界の先進国並みにぜひ実現を願っています。

津上忠 様
 演劇界の第一線から保護期間延長に異議が出されていることについてはどうお考えですか。少しでも現場の声を聴く謙虚さがあれば「無論賛成」などという恥知らずな言葉は吐けないと思われますが如何。また、あなたの言葉には書き手としての傲慢が見え隠れしており、演劇界というのは演出家・実演家も含めてのものであることをお忘れであるかのように見えます。演劇界を代表するお立場であることを是非思い出してください。

野村 萬 狂言師 (社)日本芸能実演家団体協議会(芸団協) 会長

実演家の保護期間は、実演の「固定後50年」と規定されております。長寿社会の今日、殆どの実演家が、生存中に法的権利が消滅してしまいます。世界に先駆けて、是非、実態に合った実演家の保護期間の延長をお願いいたします。

野村萬 様
 文化審議会著作権分科会法制問題小委員会において、著作権はともかく著作隣接権の保護期間延長は「時期尚早」と結論されている事実をご認識ください(検討課題にすら残らなかったのですよ!)。まして海外の実例を見ても著作隣接権の延長など行なわれていないのであって、「国際協調」を旨とするあなたがたが「世界に先駆けて」要求するというのはおかしいでしょう。しかも著作物流通の阻害要因としてどうして著作隣接権がいつも槍玉に挙がっているのか、それをよく考えるべきですよ。

佐藤 修 (社)日本レコード協会 会長

著作物を創作的に表現し、伝達する役割を担うアーティストやレコード制作者は、日本の音楽文化の発展と産業の振興を支えています。著作権とあわせて実演、レコードの保護期間延長が必要です。

佐藤修 様
 地上デジタル放送のIPマルチキャスト同時再送信の実現に向け、著作隣接権があっさりと制限されることとなったのは記憶に新しいところです。レコード製作者の著作隣接権がレコード利用の阻害要因となっているのは、いまだに広まらない音楽配信のような不当な“権利行使”だと公認されたようなもの。しかもあなたがたが始めたという著作隣接権の集中管理は放送番組だけを対象にしており、音楽配信は相変わらず妨害するという有様です(日本人が iTunes Store の先進的サービスを海外版同様に享受できるのはいつなんでしょうね?)。このような状態で著作隣接権を延長しようという要望が聞き入れられる訳がなく、まずその前に己らの行ないを正していただきたい。というか、レコード製作者からは許諾権を取りあげるべきだとすら思います。あなたがたが権利を持っていたって、「日本の音楽文化の発展と産業の振興」にロクな効果をもたらしはしません。

青木 光一 歌手 (社)日本歌手協会 会長

歌手の権利を守る事を第一に揚げている(社)日本歌手協会としては、至極当然の事として20年延長に賛同いたします。世界の流れを見ても同様に、それだけ権利者に対しての社会的地位が認められてきた当然の帰結で、知的財産立国としては、延長するべきと考えます。

青木光一 様
 保護期間の延長は、そもそも「権利を守る」ことではありません。もともと無かった範囲へと権利を広げるということです。青木様の発言を読ませていただきますと、権利を強化すれば自動的に歌手に利するとしか考えていらっしゃらないようで、社会に対する負の影響についてはお考えが至っていないおうにお見受けします。自己中心的というのはこのようなものを言うのですね。勉強になります。

朝妻 一郎 (社)音楽出版社協会(MPA)会長

世界の音楽を受け入れ、日本の音楽を世界に向けて発信しようとしている私たちは、そこで使われている共通のルールに従ってビジネスを行わなければなりません。世界の先進国の中で日本が特別ルールを使っているという異常事態を解消する必要があります。

朝妻一郎 様
 ここまで無知をさらけだせる豪毅な姿勢には感動すら覚えます。私めには真似できません。国際的な「共通ルール」がベルヌ条約だということを私は無視できませんし、このベルヌ条約に定められた著作権保護の義務が「死後50年」までであるという事実を念頭におかないで発言することなど私には到底できません。「日本だけが特別ルールを使っている」という新説(珍説?)を披露する勇気も私にはありませんし、そんな認識のままで表舞台に立つ勇気も私にはありません。

三枝 成彰 作曲家 (社)日本作曲家協会 会長

今こそ著作権の大切さを皆さんに知っていただく時だと感じています。多くの人に受け入れられる作品を作り出した人にはそれに見合う収入を手にすることができると広く知らしめれば、作り手を目指す若い人たちも増え、日本文化をさらに元気にしていくことにつながるでしょう。

三枝成彰 様
 「今こそ著作権の大切さを皆さんに知っていただく時だ」「多くの人に受け入れられる作品を作り出した人にはそれ見合う収入を手にすることができると広く知らしめれば、作り手を目指す若い人たちも増え」ですって。しかしそれに共感する「皆さん」ってどれくらいいるんでしょうね。著作権の保護期間を延長することで金を得られるのは権利管理団体の連中だけ、若い著作者は業界慣行でもって低収入のまま、しかも著作権強化で「禁止」表現のオンパレード。今こそ著作権の危険性を「皆さん」に知っていただく時だと、私などはむしろそう考えますね。

たか たかし 作詞家 (社)日本作詞家協会 理事長

著作権の保護期間延長に反対する人たちは、創作物への尊敬・礼儀を著しく欠く昨今の状況に片目をつぶって、專ら利便性・経済性の面からのみ主張する。著作権の延長は、著作物を再利用して新しい創作物を生み出す上で何の障害にもならないことを強調したい。

たかたかし 様
 著作権の保護と「創作物への尊敬・礼儀」を直結させること自体、非論理の最たるものと言えます。日本語を駆使し表現する者として実に嘆かわしい。これだから日本語は「非論理的言語」などと蔑まれてしまうのです(しかし私に言わせれば、日本語が非論理的なのではなく その使い手が非論理的であるに過ぎません)。話が脇道にそれましたね。著作権切れした著作物を日本人が「尊敬」していないのか、「礼儀」を本当に失しているのかを考えてみてください。すぐにたか様の主張が間違っているとお気づきになるでしょう。また「創作物への尊敬・礼儀」は著作者本人に向けられるものであって、それは著作者の遺族(あるいは著作権を譲渡された者)には向けられないことくらいご想像いただけますよね? 「尊敬・礼儀」とは一身専属性のものであって、その遺族といえでも相続できるものではありません。著作権と同列で語ること自体おかしいものです。

服部 克久 作曲家 日本音楽作家団体協議会(FCA)会長

知財立国がさけばれるなか、我々著作者は質の高い質の高い作品創りを目指して頑張っています。ネットの普及により作品が瞬時に国境を越えていくこの時代、せめて国際的に同じ土俵で戦わせて下さい。戦時加算の廃止と保護期間の延長とを強く訴えます。

服部克久 様
 「質の高い作品作りを目指して頑張ってい」る結果が「どこまでもいこう」だったというのは皮肉でしたね。インターネットが普及し「作品が瞬時に国境を越えていく」のが期待されていながら、著作権・著作隣接権が邪魔をして充分に実現できていない現状をどうお考えでしょうか。恥ずかしくはありませんか。死後50年までの著作物においてすら海外への進出を殆ど実現できていない。こんな有様で死後70年に延長してご覧なさい。どういう因果関係があって海外進出に繋がるというのですか。尊敬申し上げる服部先生にこのようなことを言うのも心苦しいのですが、寝言も休み休み仰ってくださいませ。

丹野 章 写真家 (協)日本写真家ユニオン 理事長

著作物の作者は永遠に作者であるように、著作権も永久であるべきです。しかし現在の作家に恩恵が及ぶわけではないので、ある時期から先は許諾不要の有償制として若い創作者の支援に充てるべきです。それにしても保護期間は先ず必要な事です。

丹野章 様
 「著作権も永久であるべき」とは、本音では思っていても要望派が誰も口に出せない言葉を代弁していただきありがとうございます。これで反対派の立場も強固なものになることでしょう。暴論以外の何物でもないからです。もっとも「ある時期から先は許諾不要の有償制として若い創作者の支援に充てるべき」という提案は悪くありません。しかしそれは死後50年の保護である現在でも可能なことですよ。やりべきとお思いでしたら、今から実現してくださいまし。ちなみに著作権法は写真だけを保護する法律ではありませんので、この提案を実現するには それなりのシステムを用意しなければなりませんし、それが出来上がってから延長を議論すべきかと思われます。登録システムを整備した写真についてのみ永久保護を唱えていらっしゃるのなら別ですけど。

田沼 武能 写真家 有限責任中間法人 日本写真著作権協会 会長

著作権は人類全てが平等、対等に持つことのできる素晴らしい権利です。それだけに権利が保護される期間も、できるだけ共通であるべきです。世界の主要国が70年で歩調を合わせているいま、わが国が遅れをとることは、知的財産の輸出国をめざす日本として如何なものかと思います。

田沼武能 様
 もしあなたの仰る「権利が保護される期間も、できるだけ共通であるべき」が真実ならば、死後50年でとどめておくべきです。なぜならベルヌ条約締結国の過半数はこの基本原則を採用しているからです。また、現在の日本が知的財産の輸入超過国である現実をも直視しなければなりません。日本はこれから「世界の主要国」に追いつかねばならないのです。日本の発展(国力の増強)を本気で考えるのならば、学びのを阻害しかねない著作権延長など許されるものではありません。それでもなお権利延長を望まれるのでしたら、素直に「知的財産の輸出国をめざす」のをやめよと仰ってくださいませ。




■最後に

 以上、 3月21日 に一部地域の一部新聞に掲載された全面広告への反論を終了します。
 しかしそもそも私が住んでいる北海道では普通に読めるものではなかったこと、それひとつを取っても彼らが国民的議論を望んでいるものではないことが判るというものです。政治的な効果しか考えていないんでしょうね(永田町だけ配ったのに等しい!)。
 著作権保護期間延長要望派から(自発的に)新しい議論を起こすことはもはや期待できないでしょう。となれば こちら側から仕掛けて、新たな展開を作り出していくしかありますまい。彼らから新たな発言を引き出そうとするもよし(実は彼らの考えを理解するに足る言葉自体、まだ足りないと思われますからね)、彼らが何らかの反応を示さざるを得ない動きを作り出すもよし。

 とりあえず、件の全面広告を真に受けている人が周りにいましたら、それが事実とは異なることを教えてあげてください。ネットの世界で発言するよりも、その方が案外 効果あるかも知れませんよ。

●著作権とは他人の行動を禁止する権利です。
●「死後70年」は「世界標準」ではありません。
●今のままでも、米国の延長された保護期間を日本製コンテンツも受けられます。
●死後50年か70年かで問題になるのは、死後50年を越えたコンテンツの輸出だけです。
●日本は輸入超過国です(輸出超過はゲームだけ)。
●映画・アニメ・ゲームの保護期間は既に延長されています。

 実際に行動を起こすのも有効です。
 まずは『著作権保護期間延長問題を議論するフォーラム』のトークイベント#2に参加されては如何でしょう(4月12日)。

http://thinkcopyright.org/resume.html
「フォーラムの公開シンポジウム」
(著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム)

 そうそう、青空文庫で進められている署名活動もあります。締め切りが近づいていますから、まだ署名されていない方はどうぞ送付なさってください(4月30日締切)。

http://www.aozora.gr.jp/shomei/
「著作権保護期間の延長を行わないよう求める請願署名」
(青空文庫)

 著作権保護期間の延長の弊害は、既に延長された映画著作物の例でも見てとれます。廉価 DVD をめぐって、『ローマの休日』『シェーン』『生きる』などが訴訟になっていることについてどう思われますか?

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/04/dvd_d7fb.html
「黒澤作品・廉価 DVD の行方」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/04/1953_ee1e.html
「1953年問題: 『シェーン』著作権切れ、確定間近?」
(エンドユーザーの見た著作権)

 資金力は確かに、権利者団体にかないません。しかし数ではこちらの方が上です。

 注目すること、考えること、声を上げること、行動すること。
 これを御覧になった方々ひとりひとりが、やれることをやれる範囲で実行されていくことを願ってやみません。

 私は?
 これからも発言を続けますよ。様々な場所で。




■このブログの記事は──

 クリエイティブコモンズ・ライセンスで公表しています。
 「表示 - 非営利 - 継承 2.1 日本」ライセンスに従っていただければ、記事を丸まんま転載してしただいて結構です。著作権的なリスクを回避しようと思えば、私が引用した各氏の発言を削除した方がより安全かも知れませんが。

 件の全面広告のパロディとして文面をお使いいただくのでも構いません。だれかやってみません?

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2007年4月 1日 (日)

『think C メールマガジン』

 ちょっと小ネタを。

 『著作権保護期間の延長問題を考える国民会議』改め『著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム』では、最新情報を伝えるメールマガジンも発行してるんです。今のところ最新号は 3月23日付、第5号まで出ています。
 ちなみに第5号ではこんな内容でした──

■いよいよ、文化審議会の顔ぶれが決まりました
■第1回公開トーク、満員御礼
■あらたに6名の方が、フォーラムの発起人に加わりました
■知財戦略本部がパブリックコメントを募集中 (3/29まで)
■「著作権保護期間の経済分析」について研究会が発足
■延長問題をめぐる最近の記事・イベント
■世話人から
■延長問題とは?

 私が知財戦略本部パブコメにかかりっきりだったので(そんなこと言いながら別ネタの記事も上げたりしてましたが)、このメールマガジンをすぐに紹介できなくて残念です‥‥。 3月30日に 開催された「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」第1回会合(メディア報道はこちらこちら)の傍聴申込みの案内や、知財戦略本部パブコメ募集の案内なども書いてあったんですよ。
 今からでも間に合うものとしては、第2回トークイベントの案内があります。 4月12日、 詳しい内容はフォーラムサイトの案内ページを参照してください。

 興味深かったのが、「『著作権保護期間の経済分析』について研究会が発足」という件。これはメールマガジンの内容をそのまま引用させてもらいます。

フォーラムのシンポ・公開トークにも出演された田中辰雄さんや
林紘一郎さんなど、経済学畑の方々が、保護期間延長の経済効果を
実証的に分析するための研究会を立ち上げられたとのことです。
研究会の成果など、フォーラムでも紹介させていただきたいと思い
ます。また、こうした研究に興味のある大学院生の方で、実証分析を
ご自分でやってみたいという方の参加を募集中とのことです。



※引用者注:
 原文では連絡先が書かれていたのですが省略。
 詳細はこちらを御覧ください。

 どういう展開を見せていくのか。楽しみです。

 ちなみに、このメールマガジンの申し込みもフォーラムの案内ページから出来るようになっています。リンク先のメールフォームに入力すれば登録できますよ。

http://thinkcopyright.org/mailmagazine.html
「メールマガジン」
(著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム)

 フォーラムの活動には興味あるけど、そう頻繁にサイトをチェックしていられない方。ぜひメールマガジンを活用してみてください。

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2007年3月26日 (月)

日本文化は、なぜブームで終わるのか(趣旨説明)

著作権とは、いったい何でしょう?
それは本来、著作者が小説や映画・音楽などの
自分の著作物から生じるイメージや利益を守るために、
他人がその著作物を無断でコピーすることを禁じる権利のこと。
ただ多くの場合、著作者が不利な契約を結ばされて
その権利を「譲渡」させられていますし、
自分の意思で著作物を送り出そうとしても
他の誰か(たとえば映画会社や出版社・レコード会社・
JASRAC など)に妨害されたりしています。
それもまた「著作権」です。

著作権が保護される期間には限りがあります。
国際的な条約によって、著作者が生きている間と
没後50年間というように定められています。
この「没後50年」までの間に、
かつて生み出された著作物の殆どは人目に触れなくなります。
また著作者が亡くなった後については
利益を得られるのは当然 著作者本人ではありません。
それにもかかわらず現在では
欧米の主な国が「没後70年間」にまで延長してしまいました。

日本は、他の国と同じように国際条約どおり「没後50年間」のまま。
確かに欧米とは保護期間に20年間の差がありますが、
米国では「没後70年間」の扱いを受けられていますし、
欧州においても互いの著作物をやりとりするとき
「没後50年間」の扱いなら受けられます。
欧米の国々と互いの著作物をやりとりしても、
国際的に充分と認められた公平な保護を互いに受けているわけです。
日本の文化は世界の文化と同等に扱われています。

わたしたちは、存命中の著作者が創作活動に専念し
文化の質を高められるよう、保護期間延長以外の手段で
著作者の生活が保障されることを願っています。
著作権は、本来著作者にとって創作の糧となる大切な権利で、
すでに亡くなり新たに創作できない著作者への保護を延長しても
「創作の糧となる」目的を果たすことなどできはしません。
日本にとっての夢や誇り、そして大きな可能性を秘めた宝物にも
勿論のこと全くなり得ません。

著作権保護期間を延ばすことと、
日本の文化を大切にすることとは無関係。
著作権の、安易な保護強化を阻止するため、
どうかご理解とご協力をお願いいたします。
日本文化を、真に愛するために。

 この文章は、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのもとで公表しています。
 上記引用部をコピー&ペーストして皆さんのブログやウェブサイトに転載していただければ嬉しいです。もちろん改良するなどして皆さん自身の考えを加味されても構いません。何でしたら、ビラにして配るなどされるのも御検討ください(もっともその場合のレイアウトはお任せしますね)。

 「日本文化は、なぜブームで終わるのか」とウェブで検索したときに、彼らの一方的主張だけがヒットするのは癪ですからね。だからカウンターとして我々もアピール文を掲載していきましょうよ。
 青空文庫の署名ページへとリンクしておくのも面白いかも知れません。




■日本文化は、なぜブームで終わるのか

 著作権は、コピーを禁止する権利です。
 著作権は、配布を禁止する権利です。
 著作権は、配信を禁止する権利です。
 著作権は、翻訳を禁止する権利です。
 著作権は、模倣を禁止する権利です。
 著作権は、アレンジを禁止する権利です。
 著作権は、パロディを禁止する権利です。
 著作権は、演奏・歌唱を禁止する権利です。
 著作権は、上演・口述を禁止する権利です。
 著作権は、他人の行動を「禁止」する権利なのです。
 これが現実です。

 著作権というものは本質的に制作・流通を阻害する性質を持っています。著作物という一種の情報を独占させることをし、それを実現するために「禁止権」で保護制度を構築しています。もちろん著作者が自ら生み出した情報から正当な利益を得るために、一定期間これを「独占」するという制度の存在自体には異存ありません。しかし問題は、その「独占」の強さをどの程度に、そして「一定期間」の長さをどれくらいに設定するかという点にあります。
 権利者以外の者にとっては表現規制・流通規制をかけられているのと同じことですから、仮に著作権保護期間を延長するとすれば そうした規制の害は明らかに増幅されます。

 そもそも著作者が亡くなったあとの著作権保護延長(もともと死後50年は保護されているところ、さらに延長してほしいという要望であるところに注意)が当該著作者の創作に好影響を与えるとは考えられないのですね。しかも保護期間延長で現実に“得をする”のは〈すでに作られた著作物〉の権利を握っている者だけであって、これから創作をしていこうという人間にとっては先の規制だけが強まる結果となります。
 逆に、今でも尊敬を集めている、日本の過去の著作者たちは著作権の保護期間が死後何年であろうと(現行法の保護期間よりも短かったとしても)優れた作品を作り遺してきました。死後50年では不足だとして“意欲が削がれる”などと発言している誰かさんとはえらい違いです。
 「著作権問題を考える創作者団体協議会」の人たちが要望する「死後70年」への延長は、彼らが新たな創作に打ち込む契機にはなりえない「利益」と、我々が属する社会全体が本来享受できた筈の「パブリックドメイン」(著作権切れ作品)という「利益」との比較をして初めて判断できる問題です。そこをよく考える必要があります。

※もっとも今この時点で死後50年を経ている著作者らが、存命中に充分な保護を受けることが出来ていたのかについては触れません。なぜなら問われるべきは、現行の「死後50年」で充分か否かですから。論の展開如何によっては「保護が短い方が優れた文化を生み出せる」なんて話にもなりかねませんし、それは私にとっても今の著作者らにとっても望むところではありますまい。

 コンテンツの かつての“送り手”はコンテンツ制作と流通の両方を握っていました(コンテンツ流通の主流は送り手自身の流通網によるもので、これから外れたもの──中古売買やレンタルなどは今でも大きな圧力をかけられ続けていますし、加えて「送り手自身の流通網」は特権的な保護のもとにあります)。制作にしても流通にしてもライバルが少ないため、“送り手”は一種の権力者として振る舞うことができました。放送局しかり、レコード会社しかり、出版社しかり。そして、いわゆるプロの著作者はこうした“送り手”の依頼を受けることで生計を立ててきました。
 かつての“送り手”だけで需要を満たすことができていたのなら、まだしもこの形で充分だったのかも知れません。しかし現実には、再販制によって不当に高い値段で売買されていたり、絶版や廃盤などで入手できないコンテンツが続出したり、新規制作が疎かになったりと、惨憺たる有様です。一方この業界の外で、制作面ではブログ等の個人制作物の勃興、流通面ではインターネットを介した事業者の登場など、改善の兆しは見えてきています。
 ところがこうした状況で かつての“送り手”たちが今まで通りの影響力を維持するために採られた手法は、この時代の流れを遅らせるということでした。その武器として使われているのが「著作権」です。
 正道というものを考えるなら、かつての“送り手”たちは、今までに培った技術力やノウハウでもって個人の制作力を凌駕すること、あるいは優れた個人を発掘して商用コンテンツの作り手として育てること、既存流通の至らない部分をインターネット流通に補完させること等を試みるべきでした。しかし彼らは「著作権」の保護期間を延長することで既存著作物からの「利益」を水増しすることを選択しています。
 これでは新しい創作には力を入れないのだと宣言しているようなものです。たいへん皮肉なことですが、著作権保護期間を延長することは新たな著作物の制作を抑制します。既存著作物をこねくり回すことで、安上がりに「利益」を生み出すのですから。これまで以上に、ね。

 年々作られる著作物によって新たな創作の表現が規制される一方、こうした縛りから解き放たれた著作権切れ作品を公有に帰することで、著作権制度のバランスが保たれてきました。公有財を使いたい人は誰でも使えますし(翻訳も翻案も、誰の許可も必要なく思いのまま)、誰とでも受け渡しができます。制作においても流通においても自由化される余地が確保してきたわけです。
 一部の人間が制作と流通を独占していた場合と比べ、制作の自由化は創作世界の裾野を広げて頂を押し上げますし、流通の自由化は既存流通の至らない点を補完することを可能とします。
 著作権が切れることでその翻訳が一斉に登場した好例としてよく『星の王子さま』が挙げられます。さまざまな解釈によって多くの訳本が発売されました。これはオリジナルの作品世界を理解するための大きな助けとなりますし、また日本人が文化的な豊かさを享受できた例だと考えられます(逆に出版業界の慣行である「翻訳権独占」なんてのは悪弊以外の何物でもないですね)。あと著作権切れから翻案へ繋がった例としてはアニメ『銀河鉄道の夜』などがあるでしょうか。
 流通面では『青空文庫』ですね。日本を代表する文学作品をここで読めるという有益性は、いまもなお過小評価されているのではないかとすら考えます。文学が文字通り誰に対しても開かれた瞬間だと考えます(公共図書館の、物理的・時間的制約をも越えています)。
 保護期間の延長はこうしたバランスを根本から破壊することとなります。

 日本法では、映画著作物(映画はもちろん、ゲーム・音楽ビデオクリップ・放送番組などもこれに含まれます)の保護期間が20年延長されています。しかしこれが日本における映画著作物の振興に資しているのかは微妙です。映画の輸出は減る一方ですし、また唯一輸出超過にあるゲームについても先行き不安が囁かれ始めてますからね。
 保護期間を延長すれば日本製コンテンツが海外進出できるかのような言説は幻に過ぎないことが明らかです。ついでに言えば「輸入権」だって海外進出の助けとはなりませんでした。一応はハリウッドリメイクで(日本で)話題になっている映画はありますけどね、世界の壁を破れる作品がたくさん登場して後に続くという流れには至らない。
 保護期間の他に検討すべき課題があるんじゃないかと思わざるを得ません。

※私個人としては、創作を体系的に研究する必要性があるのと、過去の創作者からの技術継承を復活させる必要性があると考えています。映画にしてもテレビドラマ・アニメ・ゲームにしてもウェルメイドなものすら作れないし、その先の新規性についても期待すべくもなく。

 そうそう、「日本文化は、なぜブームで終わるのか」って? 著作者たちが死後の権利保護強化に汲々としていて、存命中の創作を疎かにするからじゃないでしょうかね。国民が応援してるのは権利ころがしでなく創作そのものだというのに。
 それにしても自らが強く関わっている「日本文化」が「ブームで終わる」と断言してしまうブラックジョークには頭がクラクラします。本人たちがそう言ってるのだから、これまでも「ブームで終わ」ってたんでしょう。これから何をしても「ブームで終わる」んでしょう。
 保護期間を延長しても無駄だということです。合掌。

 ──無駄な延長よりも、私は創作・流通の自由を選びます。何の迷いもなく。

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日本文化は、なぜブームで終わるのか

著作権とは、いったい何でしょう?
それは本来、著作者が小説や映画・音楽などの
自分の著作物から生じるイメージや利益を守るために、
他人がその著作物を無断でコピーすることを禁じる権利のこと。
ただ多くの場合、著作者が不利な契約を結ばされて
その権利を「譲渡」させられていますし、
自分の意思で著作物を送り出そうとしても
他の誰か(たとえば映画会社や出版社・レコード会社・
JASRAC など)に妨害されたりしています。
それもまた「著作権」です。

著作権が保護される期間には限りがあります。
国際的な条約によって、著作者が生きている間と
没後50年間というように定められています。
この「没後50年」までの間に、
かつて生み出された著作物の殆どは人目に触れなくなります。
また著作者が亡くなった後については
利益を得られるのは当然 著作者本人ではありません。
それにもかかわらず現在では
欧米の主な国が「没後70年間」にまで延長してしまいました。

日本は、他の国と同じように国際条約どおり「没後50年間」のまま。
確かに欧米とは保護期間に20年間の差がありますが、
米国では「没後70年間」の扱いを受けられていますし、
欧州においても互いの著作物をやりとりするとき
「没後50年間」の扱いなら受けられます。
欧米の国々と互いの著作物をやりとりしても、
国際的に充分と認められた公平な保護を互いに受けているわけです。
日本の文化は世界の文化と同等に扱われています。

わたしたちは、存命中の著作者が創作活動に専念し
文化の質を高められるよう、保護期間延長以外の手段で
著作者の生活が保障されることを願っています。
著作権は、本来著作者にとって創作の糧となる大切な権利で、
すでに亡くなり新たに創作できない著作者への保護を延長しても
「創作の糧となる」目的を果たすことなどできはしません。
日本にとっての夢や誇り、そして大きな可能性を秘めた宝物にも
勿論のこと全くなり得ません。

著作権保護期間を延ばすことと、
日本の文化を大切にすることとは無関係。
著作権の、安易な保護強化を阻止するため、
どうかご理解とご協力をお願いいたします。
日本文化を、真に愛するために。

※この文章の趣旨についてはこちら

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2007年3月19日 (月)

過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会

http://xtc.bz/index.php?ID=448
「著作権保護期間問題トークイベント動画配信ともろもろ」
(音楽配信メモ)

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/03/13/15056.html
「文化庁、著作権の保護期間延長問題など議論する小委員会設置」
(INTERNET Watch)

 『音楽配信メモ』、そしてそれに前後して INTERNET Watch でも記事になってしました。今期の文化審議会著作権分科会において新しい小委員会が立ち上げられたという話です。『音楽配信メモ』ではその委員構成も掲載されています。
 いや、私的録音録画小委に加えてこちらも参加ですよ、津田大介さん。お疲れ様というか何というか。文化庁の“アリバイ作り”に利用されかねない微妙な立場とは思いますけど、ピリリとしたところを見せていただきたいところです。
 ──というか、我々の側でも文化庁にプレッシャーをかけていく必要があるんですけどね。

 著作権の問題というやつは、「著作権業界」で話し合ってれば済むってものでもありません。もはや我々の利益・不利益にも直結する議論となってしまったのですから。ウェブだの何だのと我々自身が「著作者」となる場面が増えているという理由も勿論ありますが、それ以前に、我々が“専業”ユーザーである場面においてさえ著作権・著作隣接権の脅威に曝され続けているという現実があります。本来享受されてしかるべき利益を奪われているという意味では人権侵害だとあえて主張したい。絶版・廃盤問題しかり、私的録音・録画問題しかり、時として海賊版問題や P2P 問題すらもそうです。そして還流防止措置も。
 私たちが望む“フェアな対価とフェアな利用”は妨害され続けてきました。今後も座視していろという方がおかしいのです。

 ところで件の小委員会。おおかたは著作権保護期間延長に関する議論と、それを“正当化”する(しようと要望派が目論む)権利データベースの話が中心になると思われます。しかし「利用」を委員会名として掲げている以上は、次のようなものも同時に議論していくべきでしょう。
 まず、権利情報データベースであっても集中管理にまで踏み込む必要があります。いま保護期間延長要望派側から出されているような権利者の所在を明らかにするだけの生ぬるいものではなく、一定の対価さえ支払えば利用可能となる集中管理機構(それもすべての利用行為を対象)を目指すべきです。当事者間で許諾に関する協議が不調に終わったとしても、なにがしかの供託金を払うことで利用可能となる仕組みを用意していれば死蔵を防ぐことができます(著作権保護期間の延長で危惧されている著作物死蔵は権利者所在不明の場合だけではなくて、権利者によって利用を拒否するケースも同様なんですね)。保護期間延長の弊害を解消した上で延長に踏み切るのがあるべき姿なら、強制許諾制度に近いものをデータベースと並行して考えろということです(これは延長要望派の言う「簡便な裁定制度」よりもおそらく強力なものです)。
 次にフェアユース規定の整備も考えるべきです。いくら権利データベースや裁定制度が整備されていても、それは既存著作物をそのまま利用する場合にしか資しません。翻訳・翻案であったり、それらを禁止する権利の副作用として発生する表現規制の問題は解消できないのです。また今話題の、検索エンジン開発やウェブアーカイヴィングあるいはロケーションフリーといったデジタル時代・ネット時代では不可欠な利用(コンテンツそのものを利用するにとどまらない、メタ的な著作物“利用”をも含む)を合法とするために必要な措置です。社会通念に照らし、権利者に対価を還流させるには及ばない(当該利用にかかる禁止権を与えるべきとは限らない)利用法について「フェアユース」として無償・自由の利用を認めろということ。

 INTERNET Watch 記事の書き方が悪いのかも知れませんが、「インターネット上の著作物の利用円滑化を図るための協議も行なう」というくだりが非常に気になります。「インターネット上の」が「著作物」にかかるのか「利用」にかかるのかで意味が変わってきますが、いずれにせよ「〜の」で繋ぐべき場面とは思われません。
 ここでは素直に「著作物」にかかるものとして解釈します。「過去の著作物を〜検討する」を受けて「このほか、」と繋いでいますから。「利用」にかかるのであれば「著作物の、インターネット上の利用円滑化を図る〜」と書くべきです。
 いやね、ネット上の著作物を利用しやすくするのは、既存著作物をインターネット上で再利用しやすくすれば同時に実現できるのです。もし既存著作物の保護を現状のままに、ネット上の著作物の利用を容易にするようでは、ネット上の著作物が一方的に搾取・蹂躙されることにもなりかねません。

※私が最も危惧しているのは、既存メディアによるネットコンテンツの盗用です。皮肉な話ですが、ネットにも確実に存在している優れたコンテンツが業界によって盗用されにくいのは著作権による保護のおかげだったりします。

 かりにインターネット内外で著作物を分けて議論しようとしているとすれば、それはもはや「著作権法」の議論とは言えなくなります。著作権法における保護期間の規定をいじることで延長することを考えるのではなく、別の立法を考えるべきでしょう(尤も別の立法であっても有害な内容であれば私は反対しますが)。

 いわゆる権利者に対してどこまでの禁止権を与えるのがフェアなのか。著作者への利益還元をどこまで保証すればフェアなのか。そういった観点からの根本的議論が本来必要なはずです。いかんせん、国際条約上の縛りやら 当の文化庁のやる気のなさ(加えてその恣意性)やらで望むべくもない‥‥のが現実かもしれません。
 しかし風穴が開いてほしいと強く希望しているのも事実なのです。そのためには声を挙げていきたい。そう考えています。

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著作権保護期間延長問題を考えるフォーラム・トークセッション#1

 著作権保護期間延長問題を考える国民会議をめぐる状況も、私がブログ更新を怠ってる間にも色々と進んでいまして、『著作権保護期間延長問題を考えるフォーラム』と名称変更になっているは、 3月12日 にトークセッションが開催されるはで(4月12日 には第2回も予定されています)。

http://thinkcopyright.org/resume_talk01.html
「フォーラムの公開シンポジウム | 公開トークイベント vol.1」
(著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0703/13/news057.html
「『著作権保護期間、作家が選べるシステムを』──延長めぐる議論再び (1/2)」
(ITmedia News)

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2007/03/13/15061.html
「著作権保護期間の延長をめぐり賛成・反対双方が参加の公開トーク」
(INTERNET Watch)

http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20345051,00.htm
「著作権保護期間は延長すべきか--賛成派、慎重派それぞれの意見とは」
(CNET Japan)

 当日、ネットストリーミングで視聴することは叶いませんでした(ちょっと所用がありましてね)。上記リンクの記事をチェックした後、動画配信で発言内容を確認した次第です。
 ただ配信映像を(一言一句聞き逃すまいと)集中して見れたわけでもないので、どうしても記事で受けた印象が残ってしまっている感もなきにしもあらずですが──

 感想。もはや著作権法を単純に改定することで保護期間を延長するという考えに一分の理もありはしません。
 そもそも自称プロの作品だろうが子供の落書きだろうがブログの記事だろうが、すべての創作性を保護するのが著作権法なのですね。ここでいう「創作性」は、別に芸術的だとか商用価値があるとかそういうハードルは設けられておらず、著作者の個性が発揮されていれば充分とされます。従って著作権法上の保護期間延長を議論するにあたって、自称プロの作品だけをことさらに重視したり、著作権法の規定がノンプロの作品にも及ぶことを過小評価したり、あげく作品の「改変」を著作者の死後ずっと禁止しようという(他人──つまり国民全員の自由な文化的活動を妨害するような)ことを声高に叫ぶ正当性はどこにもありません。我々は著作権法の話をしているのですから、規定を変える影響はどうあっても広く発生してしまうのです。

※バース追加やアレンジ変更あるいは脚色すら禁止し得る権利を、著作者の死後 長いこと保証しなければならない必要性などどこにあるというのか──オリジナルはオリジナルとして鑑賞機会を保証できていれば、のちの「改変」(私は「発展」と呼びたいものですね)は文化を豊かにする試みでありこそすれ、オリジナル作品の価値を貶めるものでは決してありません。このような創作ですら妨害しようという著作者(一部?)の発言が大っぴらになされる現状を見ていると、フェアユース規定(あるいは強制許諾制度)の創設が必須かつ急務なのだと強く考えさせられます。

 自称プロだけが恩恵を受けられる著作権保護期間延長を権利者団体側が望んでいるのなら、もはや著作権法によってそれを実現することは諦めることです。全く説得力がありません。現実の法と、改定しようとする方向性の起点が異なるのですから、議論になりようがないわけで。延長を正当化するために持ち出している“交換条件”(端的に言えば、実効性が全く見えてこない権利者データベースと「一括許諾」システム)すら、著作権法による強すぎる保護の弊害をきちんと見すえていませんから全く意味をなしていません。
 ブログが著作物として保護されるべきか、などという寝惚けた話をやってる段階ではないのですよ。現行の著作権法ではまぎれもなく「著作物」として保護されているのです。仮にも著作権法の規定によって保護期間を変更しようと考えているのであれば、まず議論の前提を著作権法の規定に求めなければなりません。著作権法は“権利者代表”の頭の中にあるのではないのですから。
 自称プロの身勝手な論理を前提にしていては、このように噛み合わない言い合いが続くだけです。あんな発言しかできない、著作権法自体を理解しているとは到底考えられない人物が権利者代表のような顔をしているのは如何なものでしょうか(いろいろデタラメ喋って、即座に突っ込まれていたようでもありますが)。かような調子で新設小委員会に臨まれても迷惑なだけです。最悪ですね。

 ──とまぁ、ただ一人を名指し非難しているかのような(笑)感想ですが。

 他にも思ったことを幾つか。
 権利継承者不明等による利用阻害の問題と、保護期間(50年か70年か)の問題とを分けるべきとの主張も見られたところですが、これも暴論ですね。利用阻害の問題を放置したまま延長すればその阻害はさらに拡大するのですよ。利用しやすくする仕組みが必要だ(その裏返しとして現実には利用阻害が発生している)との持論を展開しておきながら、死後50年から70年に延長しても変わらないとする。そのような、自分の論旨においてすら一貫させられないほどの壊れた主張に対し、こちらとしても真面目に反論するのがバカバカしく思えてきます。いや真面目に考えたとしても、まぁ仮にデータベースを整備すれば利用阻害を解消できたとして(私は必ずしもそうは考えませんが)、まずはその完遂が先であって、70年への延長はその後で議論を始めるが筋というものです。
 要はですね、延長による利用阻害と後発著作者の表現規制等の問題を解消させられるような方策が実行されない限り、保護期間延長への道筋はつかない(国民として到底容認できるものではない)ということですよ。最低限、新たな創作への著作物“利用”を認めたフェアユース規定の創設、ユーザーが自ら支払った対価の見返りとして当然に保障されるべきフェアユース規定の創設(これら二種類のフェアユースは包括的に規定されても構わないのですが、性質が違うと思うので敢えて併記しました)、著作物利用に関して利用者と権利者の協議が不調だったときに利用を可能とする裁定制度(絶版・廃盤問題を解消するに足るものである必要があります)、そして権利者情報の大部分を網羅し利用者が協議を申し込む助けとなる実効性あるデータベース(できれば権利管理機構)の整備──が必要です。
 これらの充分なのかは精査を要するところと思われますが(何か忘れてる気もしますし)、これらのうちどれが欠けても保護期間延長の弊害が発生するのは確かです。

※個人的には、あと保護期間にある著作物の正規流通義務も課したいところです。具体的にどうするか、というところで色々と考えられるかも知れませんが。まぁ裁定やフェアユースである程度は解決できるかもと思ったりします。

 ともあれ。まずは現実に発生している利用阻害を解消するのが先です。そしてその後で保護期間延長を論じるべきなのです。
 なお仮に利用阻害が解消できたとしても、保護期間延長の対象とするのは延長を必要とするものに限るのが良いでしょう。現に三田某氏も著作権法で保護される対象著作物の広さはお気に召さないようですから、商業的価値のあるものとされる著作物だけをデータベースに納め、それに登録されたものについてのみ保護期間を延長すればよろしい。三田某氏の言葉の端々に出てくる思想を紡いでいけば、むしろこちらの方が馴染むように思われます。
 答えは“三田”の中にすでに存在していた、ということです。自覚が無いとは何とも「恥ずかしい」限りではありますが。




■本トークイベントを取り上げたブログから──

 今回のフォーラム・トークイベントについて書かれたブログ記事にリンクしておきます。私なんかが長々と文章にするよりも、こちらを読んでいただいた方が理解しやすいのではないかと。

http://00089025.blog8.fc2.com/blog-entry-313.html
「延長問題フォーラム・トークイベント#1」
(The Casuarina Tree)

▲ トークイベントから受けた印象を端的に記述されています。確かに私も同感です。

http://benli.cocolog-nifty.com/benli/2007/03/post_48ae.html
「著作権の保護期間延長問題は人格権とは関係ない」
(benli)

▲ ご存じ小倉弁護士、三田某氏の発言に対してキツイ突っ込みを入れています(完膚無きまで──って、単に三田発言が酷すぎるだけなんですが)。著作者人格権についてはコメント欄での審議会議事録抜粋も併せてお読みください。

http://www.alz.jp/221b/archives/000657.html
「著作権保護期間延長問題を考えるフォーラム 公開トークイベントvol.1
 『なぜ、いま期間延長なのか――作品が広まるしくみを問う』の雑感(1)」
(The Baker Street Bakery)

http://www.alz.jp/221b/archives/000658.html
「著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム 公開トークイベントvol.1
 『なぜ、いま期間延長なのか――作品が広まるしくみを問う』の雑感(2)」
(The Baker Street Bakery)

http://www.alz.jp/221b/archives/000659.html
「著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム 公開トークイベントvol.1
 『なぜ、いま期間延長なのか――作品が広まるしくみを問う』の雑感(3)」
(The Baker Street Bakery)

▲ これは必読の内容です。それぞれのパネリストの発言に対しての感想も的を射ていますし、特に翻訳権の辺りはトークイベントでの青空文庫・富田氏の発言を補完しています。トークセッションの内容を理解する上での格好のサブテキストと言えるでしょう。

http://d.hatena.ne.jp/NOV1975/20070314/p2
「やっぱり著作権なんていらないと思うような議論」
(novtan別館)

▲ 私が上で書いた趣旨に近い意見、かな。

http://katayama.blog1.fc2.com/blog-entry-162.html
「著作権延長問題」
(半端な片山の半端なBlog)

▲ 人格権については、 『benli』 で小倉弁護士が書かれている通りなので、割り引いて考えねばなりませんが、それでも「私案」の基本方針についてはかなり共感できるのではないかと思われます。

 ──最後に、フォーラムの動画配信をご覧になった方あるいは実際にトークイベントに参加された方にはぜひ答えていただきたいアンケートを紹介しておきます。 『Copy & Copyright Diary』 さんが はてな上で用意してくださっています。

http://q.hatena.ne.jp/1173799050
「著作権保護期間延長問題を考えるフォーラムの公開トークイベント『なぜ、いま期間延長なのか ― 作品が広まるしくみを問う』が開催されました。 ‥‥参加された方、ストリーミング中継をご覧になった方、動画配信をご覧になった方、CNET、ITmedeia、Internet Watchの記事をご覧になられた方に質問します。」
(人力検索はてな)




■これから先は──

 繰り言してても芸が無いわけで、新しい著作権のあり方を考える方向も模索すべきなんでしょうね。
 ただ一つ面白いことがありまして、実は死後50年から70年の著作物に対する保護は国際ルールが存在しないんですね。現在ここまで保護を延長している国は、基本的にベルヌ条約で義務づけられた死後50年までの保護と同じものを適用しているようです。しかし死後50年以降については(仮に保護を延長するとしても)別の制度を定めることも可能です。
 デジタル時代の新著作権制度を試験的に導入して保護期間延長に代えるという方法も考えられるところです。もちろんフェアユース規定を設けて、許諾権を制限して、登録制を導入して──くらいのことをやらないと実質的保護期間延長など認められませんが。

Posted by 谷分 章優 著作権保護期間延長問題 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月15日 (木)

ロージナ茶会提案「著作権管理データベース」

http://grigori.sblo.jp/article/3347921.html
「著作権管理DBに関する提案」
(ロージナ茶会の日常を、あなたに)

 著作物利用を促進するための権利管理データベースについての提案は、これまでのロージナ茶会からの意見(著作物の方式主義と無方式主義とを並行することで制度の根本改革を提案)の延長にあるものと思われます。
 もちろん、我々としてはこのニュースと関連して考えることになります(ここのところブログを更新できませんでしたから、ここぞとばかりに持ってきますが)。

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/01/25/14582.html
「著作権保護期間の延長までに権利者データベースを構築、創作者団体協議会」
(INTERNET Watch)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0701/25/news121.html
「『著作物の利用許諾、ネットで簡易に』 著作権保護期間延長派が計画 (1/2)」
(ITmedia News)

http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20341675,00.htm
「検索から使用料の徴収まで一元管理--著作権団体が共同のシステムを構築へ」
(CNET Japan)

 さてロージナ茶会提案に話を戻すと、これはデータベースに限定した議論であることが判ります。上記リンクの著作権保護期間延長要望派が“引き替え条件”として提示したような性質のものとは異なるようです。そういう邪な意図あってのものではなさそう。というのも、このデータベースが完成すれば著作物利用に大きく資すると思われるものの、著作権保護期間延長を正当化するまでには至らないからです。
 私個人の感じとしては、このデータベースに加えて強制許諾制度・フェアユース規程を用意しなければ、とても延長の弊害を解消することなどできないでしょう。

 なおデータベースだけを考えても、信託には、規程の不備や受託者の暴走によって利用者へ不利益を生じさせるおそれがあるし(例: JASRAC)、 また連絡先登録では許諾を得られない場面が多く発生すると思われます。規程下での応諾義務(これは提案にありますね)に加え、権利者本人による値引き許諾などの柔軟対応、許諾可否で揉めたときの裁定を用意する必要がありそうです。

※もちろん茶会ではそこまで議論されている可能性はありますよ。むしろ私自身が覚え書きとして示しているに過ぎません。

 いずれにせよロージナ茶会提案についてはじっくり考えてみたいものです。
 その反面、「創作者団体協議会」がぶちあげてるデータベース案には見るべきものが全くありません。以下のブロガーさんが仰ってることは私にとっても全く同感なのです。

http://00089025.blog8.fc2.com/blog-entry-305.html
「こう言うのを『やるやる詐欺』って言うんだよ。」
(The Casuarina Tree)

http://d.hatena.ne.jp/copyright/20070126/p2
「彼らの口約束は信用できない」
(Copy & Copyright Diary)




■議論の当事者は「創作者」だけではない。我々こそが当事者。

 ちょっと堅めに。
 読者諸氏には、自称「創作者」の言に惑わされないよう希望します。
 著作権の保護が適切か否かを判断するのは彼らではないからです。我々なのです。
 また、著作権保護の強化と生まれてくる創作物(文化)の質とは大して関連がありません。思い出してもみてください。旧著作権法下で生まれた創作物は今のものと比べてどうでしょうか。いや、それ以前に生まれた創作物は? 厚い保護下にあったとは言い難い(それについては我々から見ても同情してしまうほどの)時代の作品は、いま我々が共有する財産となって存在しています。これを誰かの持ち物として独占させることが適切なのか。今の作品は関係ない? いや発表から50年も経っているのに未だに誰かに独占されているもの(映画などに顕著)は数多く存在します。これは新しい作品でしょうか、古い作品でしょうか?

 延長要望派の言い分(反論と呼べないレベルのもの)にも呆れます。
 「輸入超過」の件は明らかに、延長要望派が数字を曲解しています。なぜ彼らはコンテンツ輸出入総額にしか触れないのでしょう。映画とかゲームとかいろいろあるのに。
 ──彼らは総額にしか触れられないのですよ!

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/contents/kikaku2/2siryou4.pdf

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/contents/dai1/1siryou6-1.pdf

http://www.soumu.go.jp/s-news/2006/pdf/060623_5_02_san3.pdf

 コンテンツの輸入超過は、コンテンツ政策を論じる者にとって もはや共通認識なのです。
 ゲームだけが特異な輸出入状況にあるというだけで、映画・音楽・文芸は比較対象にならないほど輸入超過の状態にあります。保護期間については、ゲームならば既に延長済み、映画だって延長してますが全く振興している状況にない、音楽・文芸に至っては延長で輸出が伸びる見込みなど全く見えてきません(還流防止措置を創設する目的とされたアジアへの音楽輸出だって、制度創設前より却って悪化している状況ですしね)。

 「70 年が国際標準」などという嘘八百についても、まぁ彼らが勝手に言い出したことではありますが、最近は「主な輸出入の相手国」と言い換えているようです。事実関係の間違いを指摘されたとたんにこれです。ちなみに米国では相互主義を取っていませんから貿易上の問題はなし、要はEU相手の時だけの問題なのですよ。
 その一方で、これから日本のコンテンツをアジア諸国に売っていこうという時に、保護期間を考えないというのは不公正でしょう。そう、アジア諸国では50年が主流なのですから。ただでさえ苦しい競争を強いられるのが判っていながら、どうして更に不利な状況へと落ち込みますかね?

※アジアでのパブリックドメインが日本に輸出されるようになったら、どうするんでしょうかね。またぞろ輸入権なんぞを持ち出す気ですか?

 端的に言えば、延長要望派の人たちがやってることは、自分に都合のいいデータだけを並べたてて一方的に叫ぶことだけなのですよ。しかも議論の相手に対して「あまり根拠の無い」などと称するとは片腹痛い。その言葉、そっくりお返ししましょう。
 いや それ以上に、彼らの主張には〈論理〉が無い。

 リンクした ITmedia の記事での権利者側の発言(抜粋)に至っては、怒りを通り過ぎて呆れるしかないというか。発言しているのが殆ど音楽関係者(つまり JASRAC がらみ)なのがアレですが、彼らは自分を何様だと思ってるんですかね。
 いや冷静に考えてみれば、これから自分の利権を拡大したいという時に、頼む相手にどのような口のきき方をすれば良いのか──ちょっとばかり人生重ねてみれば判ってる筈なんですがね。

 著作権の保護が適正かどうかを判断するのは誰でしょうか。それは我々です。主権者たる日本国民が、日本における著作権の保護を決めるのです(まぁ国際条約に反しない範囲で──ということになりますが)。
 著作物の利用に対し どのような権利を発生させるのがフェアなのか、その保護は何年程度あればフェアなのか──それを元に判断すればいいのです。
 これだけは強調しておきますよ。著作権を論じ、その方向性を決めるのは我々自身です。

Posted by 谷分 章優 著作権保護期間延長問題 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月28日 (木)

年末年始は国民会議シンポの復習で決まり!

http://thinkcopyright.org/resume.html
「シンポジウム概要」
(著作権保護期間の延長問題を考える国民会議 - thinkcopyright.org)

 著作権保護期間の延長問題を考える国民会議の第1回シンポジウムが開催されたのは 12月11日 のことでした。これを今ごろ採りあげる私も何だろうってな感じですけどね‥‥いや年末年始にホッと一息つける今だからこそ、ちょっと復習してみましょうよ──という提案です。
 シンポジウムの当日にはネット中継とチャットが実施されました(チャットに関してはうちの関連記事を参照してください。その1その2)。
 そして、国民会議サイトで遂にシンポジウムの全容が配信されることとなりました。上記「シンポジウム概要」に埋め込まれているようで(ただうちの環境ではそのまま使えません)、第1部・上野達弘氏の基調講演、第1部・三田誠広氏の延長賛否意見講演、第1部・福井健策氏の延長賛否意見講演、第2部・パネルディスカッション──の4分割。私も時間を作って見たいところです。

 尤も ここでは上記映像配信には触れず、文字資料として読めるものを採りあげます。
 本シンポジウムに関して、ブロガーからの反応が国民会議サイト「参考記事」ページでリスト化されています(中の人、いつもお疲れさまです)。かなりの数ですので、興味のある方は当該リンクから辿ってみてください。なおそこで紹介されている記事に重要度を(独断と偏見で)付加したリンク集も用意してみました。こちらは私が勝手にやってることで、いわばフリーライド、国民会議の意向・価値判断とは関係ありませんので御注意を。はてなブックマークです。

 さて。『エンドユーザーの見た著作権』での この記事では、上記「参考記事」でも紹介されてはいるものの、私が改めて紹介したい記事をピックアップしてみました。重要なものだと思いますので。
 まずは基礎資料として、メディアによるシンポジウムの報道から──

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2006/12/11/14206.html
「ネット時代の著作権保護期間延長問題〜公開シンポジウム開催」
(INTERNET Watch)

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2006/12/12/14210.html
「著作権保護期間、死後50年から70年への延長を巡って賛成・反対両派が議論」
(INTERNET Watch)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0612/12/news063.html
「著作権保護期間は延長すべきか 賛否めぐり議論白熱 (1/3)」
(ITmedia News)

http://www.business-i.jp/news/enter-page/enter/200612190015o.nwc
「エンターテインメント/
 延長、是か非か 著作権の保護期間めぐり国民会議がシンポ(2006/12/19)」
(FujiSankei Business i.)

※もちろん、各出席者の発言の正確なところを知るにはオリジナル映像配信を参照してください。上記のリンクはサブテキストとしてお使いいただければ幸い。

 次に、シンポ参加者によるメモと、あるブログさんによるパネリスト発言の書き起こしを。

http://blog.drecom.jp/ecolin_profile/archive/1058
「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議のシンポジウム。(追記版)」
(ふっかつ!れしのお探しモノげっき)

http://bm.que.ne.jp/log/20061211.html#p03
「著作権保護期間延長を考える国民会議第1回シンポジウム
@東京ウィメンズプラザ円形ホール」
(Mint Julep(2006-12-11))

http://d.hatena.ne.jp/Maybe-na/20061217/1166322088
「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議第1回公開シンポジウム
 松本零士大先生の議事録」
(ラブラブドキュンパックリコ)

 なお、『ラブラブドキュン〜』さんは松本零士氏の発言を中心に書き起こしされています。シンポジウムの内容について感想が書かれたくだりも鋭い内容なので、読んでいただけると幸いです。

 上記の他、ブログ記事での反応を拾ってみると──

http://d.hatena.ne.jp/kosonetu/20061212/1165862354
「著作権保護期間の延長問題 (ry」
(ガブル・ガビッシュ)

 この記事、延長反対の声に対して「著作権に冷笑的」と書いてる辺りで既に事実誤認がありますな。著作権の適正な保護という観点は延長要望派・反対派いずれにも共通した立脚点なのであって、それが「死後50年」で充分(あるいは過重)なのか足りないのかというのが今の議論です。著作権制度の問題点を指摘することが「冷笑的」だとする表現は実に幼稚な二分法によるものと言わざるを得ません。まぁ一部のネットユーザーに「著作権の冷笑的」な向きもあるのでしょうが(もっとも私の知ったことではありません)、少なくとも国民会議発起人で延長「反対」の人たちに「著作権に冷笑的」な人間などいやしません。

※現行法上の「著作権」が強すぎる権利であって、それをある場面において弱めるべきだという議論は当然あるべきものと私は考えます(著作権制度は権利保護と利用との調整の上に成立しているのですから)。かような立場を「著作権に冷笑的」と呼んでいるとしたら、それは単に思考停止の末に事実を歪めて言語化しただけのこと。“レッテル貼り”で反対の声が収まると思っているとしたら、かなりおめでたい考え方ですね。

 人間、生きていく上の「しがらみ」など誰にでもあるのであって、創作者に限った話ではありません。この点においても、上記記事の趣旨には同意しかねますね。創作者やその遺族を(今以上に)特別扱いする必然性などありますまい。これについては私よりも より的確な表現で反論している方がいらっしゃいますので、後で紹介する記事に委ねます。
 それと「利用」についても云々と書かれています。しかし著作権法上、二次創作は「翻案」そして享受は「複製」等となっているものの、それらはいずれも著作者に禁止権を与える構成になっており、「利用」として一括りに扱うことが可能な概念なのです。筆者氏が仰るような「曖昧」どころか、むしろ区別する必要が無いくらいです。

※もっとも──氏がコメント欄に書いてある総括は一読の価値があります。曰く、「今延長反対派がするべきことは延長派の矛盾をあげつらう事ではなく、かれらの納得できるような落としどころをいかにのみこみやすいようオブラートにくるんで提示するかだと思います」。いかんせん、筆者氏自身による件の記事はそういう方向性で書かれたようには見えませんけれども。

 さて。上の記事と若干関連するかも知れませんが、延長要望派に対する痛烈な批判がありましたので、それを紹介します。「延長派の矛盾をあげつらう事」も当然やっておくべきことかと私は考えますので。(「落としどころ」については後日 考えるとしましょう。)

http://peer2peer.blog79.fc2.com/blog-entry-109.html
「著作権保護期間延長議論:著作権者の遺族は自立できないのか?」
(P2Pとかその辺のお話)

 三田誠広氏には特にこれを──

http://seldon.cocolog-nifty.com/petapeta/2006/12/copyright.html
「著作権延長問題」
(ぺたぺたしてってください(^^;)



国から「お前の作品はもうかってないから50年でいいんだ」と言われる以前に、出版社から「お前の作品はもうかってないから4年でいいんだ」と言われて2002年の作品が絶版になったりしてる訳ですよ。
で、それで創作意欲が失われたか?というと、現在でも旺盛に新著を出しているようです。

 以下、必読の記事を。

http://www.aozora.jp/blog/2006/12/14/post_13.html
「『著作権保護期間の延長問題を考える国民会議』
 第一回シンポジウムに関する雑感(1)」
(aozora blog)

http://www.aozora.jp/blog/2006/12/14/2_1.html
「『著作権保護期間の延長問題を考える国民会議』
 第一回シンポジウムに関する雑感(2)」
(aozora blog)

http://www.aozora.jp/blog/2006/12/17/kokumin_03.html
「『著作権保護期間の延長問題を考える国民会議』
 第一回シンポジウムに関する雑感(3)」
(aozora blog)

http://www.aozora.jp/blog/2006/12/17/kokumin_04.html
「『著作権保護期間の延長問題を考える国民会議』
 第一回シンポジウムに関する雑感(4)」
(aozora blog)

http://www.aozora.jp/blog/2006/12/18/kokumin_05.html
「『著作権保護期間の延長問題を考える国民会議』
 第一回シンポジウムに関する雑感(5)」
(aozora blog)

 上のに関連して、富田倫生氏のも。

http://www.aozora.jp/blog/2006/12/18/post_14.html
「あの時、のみ込んだもの(結局、はいたけど。)」
(aozora blog)

 今後の議論や制度提案を見据えた上で意見を書かれているブログ──

http://www.yamdas.org/column/technique/thinkcopyright.html
「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議
 第1回シンポジウムを受けての簡単な備忘録」
(YAMDAS)

http://bewaad.com/20061215.html#p01
「真の対立点は何か - 著作権保護期間延長問題(前編)」
(bewaad institute@kasumigaseki)

http://bewaad.com/20061216.html#p02
「あるべき『そば屋・うどん屋論争』 - 著作権保護期間延長問題(中編)」
(bewaad institute@kasumigaseki)

http://bewaad.com/20061217.html#p01
「逆に考えたオルタナティヴ - 著作権保護期間延長問題(後編)」
(bewaad institute@kasumigaseki)

 なお 『YAMDAS』 さんの「三田誠広や松本零士の発言だけ見ていると、著作権の保護期間が切れたら著作者に対する敬意も賞賛も根こそぎなくなっちゃうような錯覚に陥るが、そんなわけはないのだ。安吾でも太宰でも今現実にいくつも実例があるだろうが」とする一文は、シンポジウムにおける延長要望派の発言を総括したものとして秀逸です。
 『bewaad institute@kasumigaseki』 さんの提案されている新制度、著作物買い上げによるパブリックドメイン化と相続税の組合わせも非常に興味深い内容となっています。

 年末年始に、ちょっとでも著作権のことに思いを馳せていただければ嬉しいです。
 では、よいお年を。

Posted by 谷分 章優 著作権保護期間延長問題 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月23日 (土)

英語化部隊・パワポ部隊、決起せよ! ──国民会議シンポ後のチャットから(その2)

 えらく間があいてしまったのですが──。

 「著作権保護期間延長問題を考える国民会議」のシンポジウムが開催されていた時、ネット中継を聴いている人たちが参加できるようチャットも用意されていました。私は残念ながら中継を聴けなかったのですが、チャットにだけは入り込んでいて、シンポ後に私・Tontonさん・Koshianさんの3人で思いがけず意見交換が出来たのでした。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/12/post_329b.html
「国民会議シンポジウム後のチャットにて──」
(エンドユーザーの見た著作権)

 で、今回はこれの続きです。というよりは、この“鼎談”の前段階としてこんな話があったというネタ。

【小倉秀夫】議事録はどこかに掲載されるのですか? 

【Tonton】津田さんの所・・・なのかな?
【Tonton】後は国民会議の方だと思います
【Tonton】津田さんが落ちちゃたので何とも言えないのですが・・・

【小倉秀夫】そうですか。なかなか平日のイベントは出席しにくいです。

【Tonton】そうですよね、後、地方の方々とか

【小倉秀夫】あと、重要なのは、要旨だけでも仕方がないけど、英語化部隊の確保なんだけど、大丈夫かなあ。
【小倉秀夫】国民会議のメンバーを見ていると、英語のできる人達は多そうなんだけど、まさか彼ら自身が一から訳すわけにも行かないでしょうし。
【小倉秀夫】どうせ、この問題は、米国のAnti-pro-copyrightな人達との連携が必要になりますから。

【暇人#9】小倉さん、そのネタで『benli』に記事を書かれてはどうでしょうか?
【暇人#9】ひょっとすると読者から手が挙がるかもしれませんし。

 上記の転載は、先の記事と同じチャットから行なったものです。小倉弁護士にも一応の確認をとった上で転載させていただきました(この発言に著作物性があるか否かは、実は少しコメントをもらったりしてるんですけどね。笑)。まぁこれに かこつけて小倉さんにメールしてみたかったというのもありますから、返事を貰えて嬉しいなっと。まぁこちらは余談です。
 上の指摘は確かに重要なんです。書き込まれた時点でそう感じました。そして、この会話をうちのブログで引いて紹介するよりも、小倉さん自身が 『benli』 で記事にした方が間違いなく多くの読者に届くだろうと考えました。そうすれば、手を挙げる誰かが(より高い確率で)出てくるかも知れない。そういう趣旨での上記発言です。

※何かイヤミにとられてたら嫌だなぁ。

 その後 『benli』 では、こんな記事が上げられていました。

http://benli.cocolog-nifty.com/benli/2006/12/post_a402.html
「準備するもの」
(benli)



 主戦場は、文化庁の官僚による国会議員の先生方へのプレゼン・レクチャーにどう対抗するかということです。

 A4、3枚の資料と、数分の説明で、文化庁の官僚のプレゼン・レクチャーに対抗できるように、今から準備しておくことが必要なのです。ですから、絵のうまい人は今から絵を考えて下さい。
キャッチーな言葉を生み出せる人は、今からキャッチフレーズを考えて下さい。

 先のチャットで小倉さんが指摘された英語化の話は記事に反映されていなかったようですが、もう一つ重要な指摘がここで為されたことになります。実は 『BENLI 分室』で以前にも指摘されていたことのある、“パワーポイント部隊”のことなんですね。
 私は英語がサッパリなもので、英語化の方は全く参加できません。しかしパワーポイント部隊ならば何かできるかも知れません。 『No Wonder』 さんが作っていらしたものもありまして、とりあえずそれを紹介しておきましょうかね。
 問題のまとめぐらいは私にも出来るかもしれません。出来ることは僅かでしょうが、しかし何もしないでいるよりは遙かに良い。

Posted by 谷分 章優 著作権保護期間延長問題 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月12日 (火)

国民会議シンポジウム後のチャットにて──

 シンポジウムを開催された方々、シンポジウムに参加された方々、本当にお疲れさまでした。私は残念ながら、シンポの様子を(今のところ)各種記事を通してでしか知ることはできません。でもチャットの様子から断片的にうかがいながら、その時間を共有させてもらっていました。
 ところで、シンポが終了するとチャット参加者の皆さんは殆ど抜けられてしまったのですが、うまい具合に3人ほどでしばし歓談することと相成りました。“瞬間湯沸器”の私が入っていながら ここまで和やかに会話が進むというのも珍しいことで、またその内容も「過去ログ」として埋もれさすのが惜しい(著作物への思いが詰まった)ものでした。そこで、参加者の許諾を得て ここに転載します。
 基本的には元データをいじらず(会話部分)、一部 前後を入れ替えた方がスムーズな会話になるところを加工しているのみです。




■シンポを終えて:まずは3人揃うところから

【暇人#9】ここって何時頃まで使えるんですかね?

【Tonton】取り敢えず皆が落ちる迄(笑)

【暇人#9】最後は私とTontonさんだけの会話になってたりして(笑)。

【Tonton】参加者が亡霊の様に残ってるし
【Tonton】いいんじゃない(汗)

【暇人#9】皆さんはシンポの様子を最初から聴かれてたんでしょうかね?

【Tonton】私は19時半位です

【Tonton】最初からは全然聞いてない

【暇人#9】あれ、途中からでも聴けましたか。私はダメだったんですよねぇ‥‥どうしてだろう?

【Koshian】う〜ら〜め〜し〜や〜(亡霊……って季節外れだな
【Koshian】私はたまたま最初から聞いてました。

【Tonton】ををっっ凄いです>Koshianさん

【Koshian】IPアドレスはサイトに書いてある奴から変わってたような。

【暇人#9】ガーン。




■シンポジウムの内容

【Tonton】やっぱ、暴走してるな>賛成派

【暇人#9】かなり痛い発言が多かったようで > 賛成派

【Koshian】俺は賛成派の言い分もわかるんですけどねえ

【暇人#9】どういう発言がありました?(わかる言い分) > Koshian さん

【Tonton】私も聞きたいです

【Koshian】個別に、ということではなく、全体としてね。
【Koshian】お金がインセンティブじゃないにしても、評価としてはもっとも明確ですからね
【Koshian】個別に言い出すと矛盾だらけになる属性のものだから、それやるとおもしろくない。

【暇人#9】対象がえらく広い著作権法で手当てすべき部分ではないのかも知れませんね。

【Koshian】うん、それもあります。

【暇人#9】ピーターパンとかみたいに、特例を作るような形の方が弊害が少ないのかも知れない。

【Koshian】私としては二次創作が活発になってくれりゃ、保護期間は10年でも1万年でもかまわないんですけどねえ

【Tonton】それを全部著作権法でまとめちゃうと破綻するんじゃないかな〜と

【暇人#9】二次創作を許すというのは大事な点ですよね。

【Koshian】まあでも著作権法はそもそも出版社保護ですから
【Koshian】そういう意味では今まで建前でしかなかった著作権法の意義を見直すいいチャンスでもあると思いますよ。




■著作権は誰のもの?

【暇人#9】チャットの中では、出版社と著作者の関係についても意見が連ねられたようですけど。

【Tonton】日販も絡んでるのかな?

【暇人#9】著作権法の建前からすれば、やっぱ著作者寄りに解決されるべきもののように思いますね。
【暇人#9】そこから手を付けてほしい。
【暇人#9】余談ですけど、出版社に著作隣接権が無いあたりは評価してたりするんですけど、私。 > 著作権法

【Koshian】例えばJASRACの許可を得ないと自分の曲も演奏できないだとか、出版社の許可が無いと著者すらウェブに文章をあげられないだとか
【Koshian】こういうのは著作権法で禁止すべきだとは思います。

【暇人#9】誰のための著作権なんだ、という建前は欲しいですよね。

【Koshian】うん、建前でしか無いとはいえ、建前はw
【Koshian】建前は大事にして欲しいですw

【Tonton】著作権中間団体の法律じゃないんだから

【暇人#9】著作権の譲渡というやつを有期限にするとか。(そういう改正なら歓迎です。)

【Koshian】譲渡じゃなくて一部貸与にすりゃいいんですよ
【Koshian】そしたら著作権もともと持ってる人の判断で上書きできるでしょう

【暇人#9】うんうん。そう思います。

【Tonton】ふ〜〜ん、そういう考えもありか

【暇人#9】結局、著作者という、本来 人々から敬意を集める存在に権利が残るように出来てないんですよ。今の法運用が。

【Koshian】そうそう、だから保護期間延長してもらって少しでも利益が欲しくなるというのは理解できるw

【Tonton】日本のね

【Koshian】でもそれを著作権でやることが本当にいいんですか、という。

【暇人#9】本当なら、生きているうちに いっぱい稼げるようになっていれば問題は少ないのに。




■文化発展に二次創作は欠かせない!

【Koshian】ファン活動も制限されますしねえ
【Koshian】去年流行ったVIPSTAR聞いて平井堅のCD買った奴とかいるわけで
【Koshian】でもJASRAC的にはVIPSTARは違法コピーなわけですよね。
【Koshian】こういうのはもったいない、本当にもったいない。

【暇人#9】ファンだけで著作者を支えられれば一番なんですけどね。制作費とかそういうのを皆で負担して。
【暇人#9】出版社やレコード会社が金を出す仕組みになってるから、著作者から金をふんだくることになる。偉そうな顔をして。

【Koshian】今のblogから書籍化という流れが定着してるのはいい傾向だと思うんですよね
【Koshian】制作コストが安くなってるから、無料で作品を発信して後からお金が入るという。

【暇人#9】しかも本の内容をブログにアップするなと出版社も文句を付けられない(笑)。
【暇人#9】著作者としても かなり「自分の選択」として、出版という手段を使えますよね。

【Koshian】音楽だとmuzieでしたっけ、ああいうところからCD発売に繋がるといいですねえ

【Tonton】ですね〜〜

【暇人#9】最近は色々な形で音楽趣味を繋いでいくサイトがありますし、そういうのが切っ掛けで新しい世界に触れる人も増えていくんじゃないかと。
【暇人#9】そういうのを利用すれば、たいしてプロモーション費用もかけずに認知させられるんだけどなぁ。

【Tonton】それをJASRACが邪魔してると

【Koshian】そうそう、youtubeでブレイクしたバンドとかもいるわけで

【暇人#9】YouTube はバカにできませんよねぇ。

【Koshian】ただで配ってあとから回収ってのは実は効果的なんですが、ビジネスとして確立してないがために、著作権法もそれを考慮されてない
【Koshian】だから余計ビジネスとして確立しにくいw

【Tonton】何かね、中間団体ってそこら辺全然分かってない

【暇人#9】結局、作った本人や演奏した本人が自分の判断で権利行使できないようになってしまってるんですよね。

【Koshian】さっきいったVIPSTARもそうですし、もっと前に流行ったバンプオブチキンってバンドの「K」って曲もそうなんですよね

【暇人#9】音楽著作権が事務所やら音楽出版社に(自動的に)譲渡されてるのなんて、理不尽すぎますよ。

【Koshian】2chの人達がFlashムービー作ってすごい流行って、あれでけっこうファン増えたんじゃないかな。

【暇人#9】あと O-Zone なんかもそうですか。

【Tonton】二次的効果はあると思います

【暇人#9】結局ほら、友人同士でテープやりとりして、それで音楽を聴くようになっていくという。あれをネットでもできるようにしようよってことなんですよね。

【Koshian】いや、それもありますけど
【Koshian】むしろこういう動画や替え歌を二次創作として認めてもらいたい

【暇人#9】私個人としては“コンピレーション”も入れて欲しい(笑)。

【Koshian】こういう二次創作が広まって一次創作のメリットになってくという流れができてほしいんですよね。

【暇人#9】二次創作に触れて面白いって人は、必ずネタ元も辿って行きますもんね。

【Koshian】コンピレーションだと難しそうですが、リミックスは認めて欲しいですねえ

【Tonton】そうすれば一次創作に対するリスペクトもありますよね

【Koshian】また二次創作が一次創作のいい訓練になるんですよ、評価ももらえるし。

【Tonton】うんうん

【Koshian】二次創作がきちんと合法化されれば一億総アーティストも夢じゃない。

【暇人#9】それが本来の「文化」に資する著作権制度ってことになりますもんね

【Koshian】うんうん、それが結果的には知財国家として活性化するはずですしね。

【暇人#9】基本に立ち返って、著作権制度を見直すってところまで考えてほしいなぁ > 関係各位

【Tonton】それが機能してないから(笑)
【Tonton】結局、著作者をないがしろにしてますよね

【暇人#9】保護期間延長の議論って「著作者」の求める「敬意」ってのが喧伝されるけど、そうじゃない、周りから実際に示されてる「敬意」も大切に考えてほしいな。

【Tonton】敬意を求めてるのは松本だけじゃない(笑)

【暇人#9】あはは‥‥

【Koshian】リスペクトしてるから二次創作が生まれるというのもあるわけですよね。

【暇人#9】そうそう。

【Tonton】パロディでもリスペクトはある訳ですよね

【Koshian】非常に秀逸な二次創作って山程あるんですよ
【Koshian】それがアングラでしかないのはもったいなさすぎます。

【暇人#9】二次創作だって相当な手間をかけてるわけで、それは ひとえにネタ元への愛。
【暇人#9】好きでなければやっていけません。
【暇人#9】日本のコンテンツパワー(笑)を支えてるのは二次創作だと言っても過言ではない。

【Tonton】そこら辺も国民会議で議論して欲しいな〜〜




■今の著作権制度に足りないもの:延長議論の前に

【Koshian】お金とってなきゃ黙認するよみたいな非明文ルールがあるというなら別にいいんですけどねえ
【Koshian】実際には替え歌サイトを潰しに来てるJASRACとかいるわけで。

【暇人#9】「フェアユース」規定があればなぁ(これは万能薬ではありませんが)。

【Koshian】手元に知人の作った秀逸なリミックス曲があったりするんですが
【Koshian】これも人に聞かせられないw

【Tonton】JASRAC暇だもん
【Tonton】暇だからネットばっか見てんだよな〜〜

【暇人#9】演奏や上映だと無料・無報酬ならOKなんだけどなぁ。
【暇人#9】そういう考え方を翻案とかにも拡張してもよさそうなもの

【Koshian】さすがにyoutubeは全部チェックし切れなかったようですがw

【暇人#9】相変わらず日本の番組が上がってますもんね > YouTube
【暇人#9】JASRAC も音を上げた!

【Tonton】あれは無理でしょ(笑)

【Koshian】TV局の権利意識もひどいんですよねえ
【Koshian】あれ禁止じゃ、TV番組を「引用」できない

【Tonton】コネ入社ばっかりなのにね

【Koshian】つまりは言論封殺ですよこれは

【暇人#9】「引用」させないという意味では JASRAC も負けてませんよね。 
【暇人#9】「引用する権利などない」とか言ってるし。

【Koshian】言及する権利を奪われてるわけですな、我々は
【Koshian】これは取り戻さないといけない

【暇人#9】言論の自由は憲法が保障してるんじゃー!
【暇人#9】「海賊版の広告禁止」も、使い方によっては危ないですぜ。
【暇人#9】流通しなくなった著作物に言及できなくなるかも。

【Tonton】もう言論封殺されかかってますよね、このまま行くと

【Koshian】かかってるどころか事実上されてるわけですよ

【暇人#9】うんうん > 事実上されてる

【Koshian】議論のためのコピーだって許されてなきゃいけないのに

【暇人#9】「引用」なんてのは、まさしく言論の自由を担保する権利制限規定。
 
【Koshian】番組の一部をyoutubeみたいなところに投稿し、blogに張り付ける自由はなきゃいけないですよね、 言論の自由のために。

【暇人#9】本来「引用」の規定は「公正な慣行に合致するもの」としか条件付けられていない。(※転載者注:条文では「公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない」とされている。)
【暇人#9】当然、 YouTube で「引用」するという手段もアリでしょう。
【暇人#9】それを何だ、「日本からアクセスできないようにしろ」だとか。

【Koshian】そう考えてくと著作権保護期間を延長するというのはまだ議題として未熟すぎるんですよね
【Koshian】期間云々よりまずやらなきゃいけないことが山積み

【暇人#9】そうそう。

【Tonton】根本が出来てない

【暇人#9】現行の運用で既に弊害が発生していて、それをさらに延ばしてどうすんだという。

【Koshian】こういうのがクリアになって、自由に扱えるというなら、4000京歩ゆずって保護期間伸ばしたっていいですよ

【暇人#9】ホントホント。




■チャットの後で──

 以上がシンポ後のチャットの内容でした。

 これを転載しようと狐志庵さん(チャットでは「Koshian」さん)とやりとりする中で、シンポジウムのチャット全体もクリエイティブ・コモンズで公開できれば良いのにねぇ、との指摘があったことも付記しておきます。このチャットの場を管理しているのは国民会議の津田大介さんだと思います。次のシンポジウムの時には、それができるよう あらかじめ許諾を得るシステムが用意されれば嬉しいです。検討していただきたいなぁ。
 今回は個別に許諾を得る形としました。

 え〜、順番が前後しますが、本日の登場人物を紹介しておきます。と言っても、ブログへリンクするだけですが。どんな人物が発言しているのかは、ブログを読めば理解できるでしょう。

・Tonton さん 『Where is a limit?』
http://tontonsblog.seesaa.net/

・狐志庵 さん 『狐の王国』
http://www.misao.gr.jp/~koshian/

・暇人#9 『エンドユーザーの見た著作権』
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/

 最後に、有意義な時間を過ごさせてくれた方々に感謝します。
 特に Tonton さんと狐志庵さん、本当にありがとう。これからもよろしく!

Posted by 谷分 章優 著作権保護期間延長問題 | | コメント (0) | トラックバック (0)

著作権保護期間の延長問題を考える国民会議が参考記事として上げているリンク集に重み付けをする試み

 国民会議のシンポジウムが終わりました。ブログでも ぼちぼちと感想が上がり始めています。
 私は仕事だったもので、帰宅した時にはもうシンポジウムが始まって結構経ってたんですね。せめて途中からでも聴こうと思い、試してみたんですが聴けませんでした。シンポジウムの途中から聴いている人もいるようなので、何が原因なのかサッパリ判りません。
 そんなわけで私はチャットだけを黙って眺めていたのでした(シンポジウム中は全く書き込みませんでした。笑)。後でシンポジウムの模様は配信される筈ですから、その後でしっかりチェックさせてもらおうかと思ってます。

 さて。
 著作権保護期間延長問題を考えるにあたり、著作権のことを知っている人でも これから理解していこうという人でも、ネットユーザーの多くは参考記事(インターネットで入手できるもの)を手がかりとすることが多いものです。自らの立ち位置を確認しながら読んだり、時には立場を大きく変わる切っ掛けを得たりなどもします。国民会議サイトに掲載された「参考記事」ページは、これの大きな助けとなるべく編まれたものです。
 とにかく膨大なリンク集です。延長に対する賛成・反対を問わず、紙媒体・ネットニュース・ブログ等々の発表場所も問わず、この問題を考える上で関係しそうな記事を集めています。頻繁に新着記事の追加があって、作業に当たられている事務局の方は大変かと思います。それはもう、ありがたく使わせていただいています。

http://thinkcopyright.org/reference.html
「参考記事:保護期間延長問題に関する各種情報」
(著作権保護期間の延長問題を考える国民会議 - thinkcopyright.org)

 国民会議サイトの「参考記事」リンク集の特徴は、とにかく集めまくることに有ります。賛成・反対の態度を敢えて打ち出さず(反対派が多いのは設立経緯からして致し方ありませんが)「議論」を活動目的に掲げている以上、当然の方針と言えましょう。かなり有用と思われる記事には「おすすめ」マークが入っているものの、基本的には各記事平等に(発見順でしょうね、たぶん)並べられている印象です。
 ただし、それゆえに不便な点もあります。私自身が使ってるときに感じたことですが、どこまで読んだのか判りづらい(いや私の記憶力の問題と言えばそれまでですが)。そして各記事を、読むべきか後回しにすべきか判断する材料には乏しい。「おすすめ」マークを目印に読んだあとは、片っ端から残りを読まなければならないわけですから。
 かと言って、これを何とかしてくれなんて国民会議の中の人に要求することなど出来ないでしょう。手間という意味から言っても、人手という意味から言っても、方針という意味から言っても。それよりむしろ、せっかく(取捨選択の少ない)オープンな形でリンク集が制作されているのだから、全ての記事をチェックできる暇な人間が思い思いに評価していって、各記事の重み付けを行なった同種のリンクが並立していった方が良いのではないかと思います。その方が「国民会議」とこの議論のことを より多くの人に知らしめることが期待できます。

 ところで。いきなり私事に入らせていただきます。
 私は、情報の重み付けに生き甲斐を感じている人間であります。このブログもそうですし、他のブログもそう。昔作ってたビートルズ玉置浩二のサイトもそう。さらに言えば音ログブクログfinetune も、世の中の音楽・映画・本などから重み付けしながら「お気に入り」をピックアップする作業と言えます。嗜好を整理するという私自身のための作業ですが、それと同時に、誰かが見て私の「お気に入り」に興味を持ってくれればいいなぁと二義的な目的も持っていたりします。
 そうした重み付け作業の最たるものが「はてなブックマーク」です。ありがたいことに(少ないながらも)幾人かの はてなユーザーさんたちに参照してもらっています。第一義的には私自身が情報を整理しブログのネタにすることを目的としますが、その副産物として、誰かが情報集めに このブックマークを役立ててくれているとしたらこれもまた嬉しいことです。
 で、これと同じような作業を、先の国民会議サイト「参考記事」にも適用できないかと考えました。ただピックアップするのは国民会議サイトの趣旨に反すると思いますから、扱う記事はそのままにして私の判断で重み付けを行なう、といった形です。こんな風に──

http://b.hatena.ne.jp/himagine_909/
「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議が
 参考記事として上げているリンク集に重み付けをする試み 」
(はてなブックマーク)

 これやるのにサブアカウントまで取ってしまいましたよ。でもまぁ、「参考記事」ページのどこまで読んだかを記録する意味もあるので、新たにブックマークを作る必要があったんですね。

 基本的に、タグを「国民会議」「著作権」で打ってあります。また私が一通り読んでみて、記事の評価を「★★★」から★なし までとして付けています(順に「これは必読!」「これは読むべし!」「ちょっと良い記事」「あとでよむ」という内容のつもりです)。
 あくまで私が独断と偏見で付けた評価であることは言うまでもありません。このあたり、国民会議が標榜する中立性とは著しくかけ離れていますので御注意を。もし私の評価に御不満の向きがありましたら、ぜひ御自身で同じ作業を試みてください。はてなブックマークを使えば そう難しい作業でもないと思います。
 なお はてブをお使いの方にはお馴染みのネガティブタグ「これはひどい」も便宜的に使っています。言ってることは酷いと思うけれども、今後の議論のためには是非おさえておきたい──という記事に付けてあります。私個人の気持ちとしては、やはり「これは読むべし!」と好評価のものと区別しておきたいという心理が働いた結果です。もっとも、これも私の独断と偏見による評価ですが。

 ええ、繰り返しになりますが、私は私のために私の基準で重み付けをしています。これに少しでも抵抗を感じるなら、次はあなたの番です。ひとりひとりの価値判断が著作権保護期間の議論を、ひいては著作権制度のあり方を形作っていくのですから。

※もし自らの価値判断で重み付けした「参考記事」リンク集を作成された方がいらっしゃれば、うちにコメントなりトラックバックなりでお知らせください。もちろん賛成派も反対派も判断保留派も問いません。普段の賛成記事と違って、私からツッコミ入れることはしませんから(笑)。

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2006年12月 7日 (木)

Imagine: 『著作権マニア』さんの感覚的な話を聞いてみたい

 ちと遅レスになってしまいましたが──

http://ohbentoh.blog16.fc2.com/blog-entry-54.html
「暇人#9へのご返答」
(著作権マニア)



※今までの経緯↓

http://ohbentoh.blog16.fc2.com/blog-entry-53.html
「著作権保護期間延長議論について一言」
(著作権マニア)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/11/post_b380.html
「『著作権保護期間延長議論について一言』──を受けて」
(エンドユーザーの見た著作権)

 とりあえず、『著作権マニア』さんとのやりとりでは保護期間延長問題のこと(50年であるべきか70年であるべきか)は置いておきます。“著作権保護期間の必要性”という そもそも論に話を絞りましょう。つまり「著作者が著作物の運命を一存で決められるシステム」が本当に妥当なのかという。

『著作権マニア』さんでは著作権を「不動産」に例え、「自分の著作物の経済性を、孫、曾孫、玄孫の代まであげたい」という「著作者の意思」が「ありえる話」とされています。しかし、果たしてそういうものなのでしょうか。
 不動産の場合、その範囲(占有地)に第三者が入り込もうとしない限りにおいて、その第三者の行動に如何なる制限ももたらしません。これは他人のものなんだから、それとは別に自分のものを持てば間に合う話なのです。また不動産には登記が必要であって、仮にその権利範囲に関わろうとする場合、権利関係をあらかじめ確認することができます。
 しかし著作物の場合は、これとは決定的に違う特性を持っています。

・同じ内容の複製物や翻案物が社会のあちこちで存在しており、また過去にその著作物を視聴した者については記憶の形で残存している。公表から長い期間を経ていれば、その著作物はそれだけ文化の一部となっている(今になって公表を無かったことにできない)。
・物理的には、第三者がその著作物を利用することなど いつでも可能である(場合によっては同時に複数の者が利用することも可能)。これを人工的な制度でもって「禁止」しているのが著作権制度。いちど公表してしまったものは物理的コントロールから離れてしまうのが常である。
・また、複製権や翻案権によっても第三者の行動を広く制限してしまう制度設計が為されている(新たな表現への制限になると指摘されるのはこのため。決して商用の著作物に限った話なのではない)。

 以上のような特徴から、「流通を止められない」「ゆえに、それを法で禁止する」という制度設計が為されることとなります。その結果、著作物利用の萎縮を生むことにもなるのですが。ともあれ双方のバランスの中で著作権制度は運用されます。
「流通を止められない」「法で禁止する」のいずれかに振り切ってしまうと、無視できないほど大きな害が発生します。前者に振れれば著作者らが生活できませんし、後者に振れれば文化的利用ができません(再生産に活かされないし、著作物の大部分が残らなくなってしまう)。
 これと同じように、(著作権の及ぶ範囲を調整するとともに)著作権保護の期間を区切っておく必要があります。

『著作権マニア』さんは、極めて長い期間の保護でも容認されるでしょうか?

 著作者が「この著作物の経済性は孫の孫まで担保しろ!」と主張するものを認めるか否かは、「この著作物はもう絶対に流通させない!」とか「この著作物に似たものを作ったやつは金を払え!」とかいう極端なケースも考慮した上で判断べきでしょう。「一存で決められる」ようにすればそういうケースも想定されるわけですから。さすがに“永遠の著作権”を主張する人がいるかは定かでありませんが、線引きとして現在 決められているのが「死後50年」です。
 視聴する側(エンドユーザー側)からすれば、「一番はじめに作った人」が折々の判断で許諾・非許諾を決めるのなら まだしも納得できます(まぁエンドユーザー全員がそうだとは言えませんし、ケースバイケースでしょうけど)。しかし、それが「一番はじめに作った人」が指名した人物(含:配偶者とか子供とか孫とか曾孫とか‥‥以下略)に判断を委任するようになっていたとしたら、その判断を「一番はじめに作った人」の意思だとみなせるでしょうか?
 ただでさえ人の考えというものは変わります(原著作者も、判断を委任された人も)。また「一番始めに作った人」が存命中だった頃とは社会環境も変化していくでしょう。まして「死後50年」ともなれば、「一番はじめに作った人」の考えを理解しているとは限らない人物が権利を受け継いでいるのですが、如何でしょう。

※また別の著作者にしてみれば、それだけ著作権が存続する著作物が増えてしまっては訴訟リスクも同様に増えてしまうことになります。保護期間が極めて長期に渡ることで発生するのは、自分が生まれる遙か前から存在する著作物に表現を縛られる(同じ表現を使えない)ということです。

 さて。
 ここで『著作権マニア』さんへ質問をしてみようと思います。
 感覚的にお答えいただければ結構です。

【1】「一番はじめに作った人」の「意思」が100年ないし200年程度だったら、それは従うべきだと思われますか? 100年ないし200年前に亡くなった人の著作物を利用したいけれど、遺族を探し出して許諾を得なければならないケースを思い浮かべてください。
【2】「意思」が永遠の保護だったとしたら、それは従うべきでしょうか? 1000年とか そういうスパンで考えてみると判りやすいと思います。遺族を探し出せますか?
【3】上の二つの質問を踏まえた上で、保護のラインとして どの辺りが適切と思われますか? 
【4】著作権は、一世代相続されるたびに複数の人間が権利者となります(いくら少子社会と言っても、相続先がひとりだけというケースは少ないでしょう)。著作者の「死後50年」より先ともなれば権利者はかなりの数に上るものと予想されますが、その権利はどのように管理されているでしょうか?
【5】複数の権利者に共有される著作物の利用許諾を得るためには、当該権利者全員から許諾を取らねばなりません。こうした制度のままで、ずっと当該著作物の利用を続けていくことが可能でしょうか?

 たぶん、著作権の保護期間の必要性は上記の例を考えれば、感覚的にも見えてくると思うのですよ(その適正とされる保護期間がどうあれ)。




■本当に、「一番はじめに作った人」に著作物流通を任せて大丈夫なのだろうか?

 ここからは長い余談です。
 著作物の流通に限定して、「一番はじめに作った人」の「意思」がどのような事態をもたらすのか一例を挙げてみます。

『what's my scene?』 さんで、『著作権マニア』さんの論旨に賛同されていたのが興味深い出来事でした。ただ「一番はじめに作った人」の「意思」をどこまで容認しているのか、「永遠にしろ」という「意思」もあり得るあたりはどうお考えなのか──短い記事でしたから真意を読むことは難しいのですが、著作者を差しおいて著作権者が力を持っているということを指摘してるあたりは、やや限定的な賛同を示しているような印象もあります。
 ここで 『what's my scene?』 さんを引き合いに出したのは、別に『著作権マニア』さんへの賛意を示したからじゃないんですね。実は、「一番はじめに作った人」や、「一番はじめに作った人」から権利を譲り受けた者がどのようなことをするか──を書いた記事が掲載されているからなんです。

http://blog.livedoor.jp/whats_my_scene/archives/50479436.html
「もうビートルズ商売はいいよ」
(what's my scene? ver.7.0)

http://blog.livedoor.jp/whats_my_scene/archives/50485575.html
「どうでもいい話:ビートルズ音源の独占契約はやっぱりiTunes?」
(what's my scene? ver.7.0)

 先だって 『Love』 という、ビートルズの曲を使ったアルバム(ビートルズの作品と呼ぶべきものではない)が発売されたのですけど、これを素直に喜ぶファンはさほど多くないのですね。いや買いましたよ、私もね。買いましたとも。しかしこの作品が褒められた内容なのかどうかは、私がビートルズのファンであるかとは全く無関係。
 ビートルズ関連のリリースは、今でもポール・リンゴ・ジョン・ジョージの合議制によって決定されています。まぁ後半の二人は未亡人が代理するという形ですが(しかしそれが「一番はじめに作った人」の「意思」ということになりますね)。アップルが現存しているという意味においては、ビートルズは今でも機能していると言えます。
 著作者が「この著作物の経済性は孫の孫まで担保しろ!」ということを認めると、 『Love』 みたいな事例が延々と繰り返されるわけですね。たまたまオフィシャルで“リミックスアルバム”を出せる人間が一部にいるかと思えば、他の人は許諾を貰えないでリミックスできない。私などは 『Love』 はまだしも許せる方ですが、 『Let It Be... Naked』 などは最悪の部類だと思いますね。こういうのがこれからも続くと思うと、気が重くなります。

 ビートルズというやつは、かつて発売されていながら今は正規流通していない音源・映像がいっぱいあるんですよね。上記リンクの後者の記事で、 『what's my scene?』 さんは「自分で聴きたいと思うようなビートルズ音源は、一部の初期カタログをのぞけば全てアナログとCDの両方で持っている」と書かれていたりもします。まぁアナログを持ってる人は確かに強いですよ。
 ‥‥私などはアナログをあまり集められなかったものですから(それでも多少は持ってますよ)、 『Help!』 以降のモノラル盤などは全く入手できていません。中古で見かける機会はあっても、高すぎて買えんわい! すみません、愚痴になりました。
 既に充分なだけコンテンツを所有している(この場合は複製物を所有しているという意味ですが)人は別に困らないかも知れません。が、後から──たとえば今から集めていこうと思い立った人間にとっては、「一番はじめに作った人」によって流通が断たれた場合、かつて存在していたものを享受することすら叶わなくなります。
 ビートルズだと、ライヴ音源の殆どは公式発売されていませんね。ラジオやらテレビやらオーディエンス録音やら、現存する音源が多岐に渡るにもかかわらず、です。一部が 『The Betales Anthology』 と 『Live At The BBC』 で蔵出しされたのみです。日本公演ですら全容を入手することができません(こちらは最近、客席で取られたとかいう新音源発掘のニュースがあったりもしましたが。あと、一公演分だけビデオ化されていたなんてこともありました)。かつては公式ライヴアルバムで 『Live At The Hollywood Bowl』 なんてのもあったりしたんですが‥‥未CD化です。
 オリジナルアルバムは20年も前のマスターのまま放置状態で(さすがに廃盤になってませんが)、リマスター盤発売に対する需要を米盤 『The Capitol Albums』 ボックス2組にさらわれる格好。いや、そもそも殆どのオリジナルアルバムにはモノラル・ステレオ両方の音源が用意されていたわけで、現行CDと同じくらいの数だけ音源が埋もれているということなのですよ。まぁここまで聞きたがるのは よほどのマニアですけど。
 シングルやEPで発売されていたモノラル音源なら、まだしもCDボックスになってるから救いはあります。昔はシングルもバラで売ってたんですけどねー。シングルまできちんと復刻されてるアーティストは珍しい類で、確かにアルバムとしてシングル集が発売されている他アーティストも少なくない反面、シングル音源が入手できないアーティストもまた多いわけです。ビートルズは商売になる分だけ、まだマシな方と考えることはできます。
 映画著作物として保護期間が延長されている状態にありますが、ビートルズの出演映画だって DVD の殆どは廃盤状態です(くそー 『Magical Mystery Tour』 買っておけば良かったよ)。 『Let It Be』 に至っては、いまだにビデオソフトとして発売されたことがない(どっかの国でLDになったことはありましたが)。

 音楽業界におけるビジネスの権化・アップル(英国、ビートルズの方ね)ですら満足に流通を維持できない状態にあります。「一番はじめに作った人」だけではなくて、その委任した人間の考えに任せることの弊害は、現行制度「死後50年」の中で既に発生しているのです(しかも流通阻害はその一部でしかないし)。
 我々世代のように、既に ある程度のブツを所有しているのなら、まだしも良いのですよ。しかし これからビートルズを聴いていこうという次の世代が享受できる「ビートルズ」は、本当のビートルズの全容を示したものではないということなのです。こうした状態があと何十年続くのやら。(個人的には、著作隣接権が切れると同時に流通に荷担したいと思ってるくらいですよ! ──多少 JASRAC に金を払っても良いから。)

 また愚痴になっちまうかな、私などは特に、ジョン・レノンの権利を管理してる某未亡人(名を口にすることすら忌々しい)について“恨み骨髄”って感じですよ。錬金術よろしく「未発表音源」切り貼りアルバムを製作するのは まだ良いです。アルバムのリマスターを大胆に敢行するのも まぁ良いでしょう。しかし問題は、オリジナルの音を葬り去って、さらには 『Some Time In New York City』 のように中身を改竄することです。これを許すわけにはいかない。
 東芝と結託して「コピーコントロールCD」で出すのも、某未亡人が目先の利益にとらわれて先が見えていない証拠と言えます。リマスターの時に安易に 「CCCD」 化してしまったために、その後の再発時もずっと 「CCCD」 のままで出し続けてるアルバムがあるのですから! あんたバカですか? (おかげで私はずっと東芝 EMI の日本盤を買ってませんがね。笑。)
 こういうものを、私たちは「一番はじめに作った人に「意思」として甘受しなければならないのか否か。挙げ句の果てには、某未亡人、「著作権延長しろ」とか要望出してるし。 「Imagine」 きちんと聴いたことあるのか、と小一時間問い詰めたい。

 もちろん、こういう流通阻害は「ビートルズ」に限った話ではなくて、ほんの一例に過ぎません。この社会のあちこちで起こってるわけですよ。上に長々と書いてあるのは、正確には著作隣接権の問題だったりするのですが、まぁ流通阻害という面においては著作権も著作隣接権も同じ弊害があります。ここでは敢えて区別しません。
 こと流通に着目したとき、いちど社会に放たれた著作物が、「一番はじめに作った人」の意思だからということで“無かったこと”にされていくことが容認できるのか。私は決してそうは思わない。
 既に流通したものは確かに残るかも知れません。しかし、これからその著作物に振れようとする者にとっては、それが実際に享受できる状態になければ存在しないも同じなのです。そのような実態が、文化振興法たる著作権法の予定するものなのかとの疑問を禁じ得ません。
 現に『青空文庫』などのように“消えゆくもの”のアーカイヴを作る試みが始まっています。こうした試みを危機に陥れるのもまた著作権制度と言えます。「一番はじめに作った人」の「意思」なのです。

※それにしても、我ながら長い「余談」でした。今回は流通についてのみ論じましたが、もし『著作権マニア』さんから反応が再度あれば、他の面について考える機会もあることでしょう。

Posted by 谷分 章優 著作権保護期間延長問題, 音楽と著作権 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2006年11月28日 (火)

「著作権保護期間延長議論について一言」──を受けて

http://ohbentoh.blog16.fc2.com/blog-entry-53.html
「著作権保護期間延長議論について一言」
(著作権マニア)

「まだわからない」とする立ち位置もアリだと思います(「わかりません」としておきながら いきなり「賛成」とぶち上げるどこかの誰かさんより遙かに誠実な態度です)。また、白熱する議論に対し素朴な疑問をぶつける人というのも必要ですから。
 案外 議論の中にいる人間には見えないんですよ、そういうところは。

 さて。
 著作者が存命中の話であれば『著作権マニア』さんの指摘も一理あります。ただ、現状で既に「死後50年」まで著作権は保護されてるんですね(記事の中で指摘されている、著作者と著作権者が異なる状態については制度是正の余地ありと私も考えます)。ここから延長する必要があるのだろうか、というのが今の議論です。

 著作者の「死後50年」とはどんな世界か、想像してみましょうか。
 著作者本人と会ったことのある人は大部分が亡くなっています。少なくとも50歳より下の人は会えないわけですからね。これが代表作が発表された当時のことを知る人となると、社会全体から見て更に低い割合となることでしょう。
 これがどういうことかというと、社会の大部分の人は残された著作物を通してでしか(著作権が切れる)著作者を知り得ないということです。勿論、そうは言っても当該著作者への敬意が無いという意味ではありません。しかし生まれる前から当該著作物が存在していて、社会の大部分の人にとっては空気のようにここにある。そうやって文化の中に溶け込んでいるものを利用することがガチガチに制限されているとしたら、それは社会にとってどのような評価を受けるでしょうか。そうした制度が共感を得ることができるでしょうか?
 まして、この時点で当該著作物の利用許諾を判断するのは「一番偉い」著作者ではありません。亡くなっていますから、権利はいわゆる「著作権者」に移っていますよね。ネチズンの大嫌いな JASRAC もこれに含まれます。
 この時、使う方からすれば幾ばくかの金を払うことは厭わないけれども、新作と同じくらいの金を払わないといけないとしたら納得できるでしょうか? いやそもそも「著作権者」が判らなかったり、無碍に許諾を拒否されたり、全く入手できないような状態で長年放置されたり、そういう状況に「50年」以上も堪えていかねばならない理由が社会にあるでしょうか。 

 今の段階で著作権切れ作品を有効に考えられるのは言語著作物です(海外作品であれば著作権切れ映画著作物も利用が進んできてますが、置いておきます)。ここでは『青空文庫』から引いてみましょうか。著作権切れしている著作者が以下のようにリストアップされています。

http://www.aozora.gr.jp/siryo1.html
「著作権の消滅した作家名一覧」
(青空文庫)

http://www.jca.apc.org/~earthian/aozora/dead.html
「Dead Writers Society 死せる作家の会」

 まだ著作権の切れていない作家については『死せる作家の会』というサイトでリストアップされていますので、そちらもリンクに加えておきました。
 ここで疑問に思うのは、これだけの著作者を今の日本社会ではどれだけ知られているのかということなのですね。既に歴史の中に埋もれてしまってはいないか、と。彼らの作品がどれだけ正規流通しているのかということについては、朝日新聞が 2005 年に調査した結果があります(これは掲載当時、話題になったものです)。

http://www.be.asahi.com/20050716/W13/0040.html
「保護期間延長で、埋もれる作品激増? 著作権は何を守るのか」
(asahi.com :朝日新聞 be-business)

 著作者の生活がありますから実現不可能ですが、仮に著作物が自由利用できるとした場合、ここまで酷いことにはならなかったでしょう(全ての著作物が残るとは断言できませんが)。利用に金がかかるという面はともかくとしても、著作権が禁止権として構成されているために こうならざるを得ないという一側面です。
 まぁ、この自由利用の例え話は忘れて下さい(笑)。

 著作権制度というのは、著作者の権利を守りつつ利用の促進を図るという側面も持っています。本来上記のような著作物を継続して享受できて然るべきなところ、それが出来ないというのでは社会(とりわけ文化)にとって大きな損失なのではないかと私は考えます。また、次世代の著作者もまた こうした文化を享受しそこから創作をしていくわけですから(既存著作物の影響から全く隔絶したものを作れる人など殆どいない)、彼らにとっても大きな損失だと私は主張しているわけです。

 逆に、権利を保護される著作者の立場からではどうでしょうか。「一番偉い」人です。
 この人が自分の死後50年を経過した後でも、自分の作品の流通をコントロールしたいと思っていたとします。しかしそれが実現しているかどうかをどうやって知るのでしょう? 遺言で書き残す? そんなことをしても、相続者が従うとは限りません。
 著作者のコントロールが及びようもないという点においては、相続した「著作権者」も、社会の大部分を占める利用者も同じなのではないかと思われます。あとはその期限として社会がどこに線を引くかということでしょう。

『著作権マニア』さんのトラックバックに対して、思いつくまま書いてみましたが如何でしょう。まぁ私が普段書いてることを繰り返しているに過ぎませんが(どうも的確に返す言葉が見つかりませんで、すまないことです)。
 oh_ben_toh さんの忌憚のない御指摘をまた頂戴したいところです。




■自分用メモ

『青空文庫』のページを引いたついでに、自分用のメモとしてリンクを。
 私は『青空文庫』での主張を諳んじられるほど共鳴しているという訳ではありません。が、こうして改めて読んでみると かなり影響されてるのかも知れないと思ったりしました。まぁ私がもともと持っていた問題意識も(このブログの)文章で織り込んではいると思いますがね。

※そうでなかったら、私の文章が著作物じゃなくなっちまうもの!(創作性が無い文章を書くなんて)そんなのイヤイヤ。

http://www.aozora.gr.jp/soramoyou/soramoyouindex.html#000177
「そらもよう:2006年02月01日-著作権保護期間延長の対象となるりうる作品への取り組み方針」
(青空文庫)

http://www.aozora.gr.jp/soramoyou/soramoyouindex#000174
「そらもよう:2006年01月01日-全書籍電子化計画と著作権保護期間の行方」
(青空文庫)

http://www.aozora.gr.jp/soramoyou/soramoyou2005.html#000144
「そらもよう:2005年01月01日-著作権保護期間の70年延長に反対する」
(青空文庫)

http://www.siesta.co.jp/aozora/archives/001717.html
「青空の行方/なにゆえの著作権保護期間70年延長か」
(aozora blog)

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著作権法についてしっかり考えていますか?

 とあるブログさんとの応酬・第2弾です。

http://blog.goo.ne.jp/copyright1971/e/81ac2516137d057eed29ee7ce40f26d6
「著作権の保護期間の延長」
(著作権法)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/11/post_7513.html
「もう少しは具体的に、そして「しっかり」考えてもらいたいものだ。」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://blog.goo.ne.jp/copyright1971/e/065f6b5c217dcacf7da5c00279cccd1a
「著作権の保護期間の延長(その2)」
(著作権法)

http://blog.goo.ne.jp/copyright1971/e/2d04ce76028b291ba27d1a22cc6f9190
「著作権の保護期間の延長(その3)」
(著作権法)

 上記リンク、上から順番に発端記事・私の批判・私への反応・津田大介さんのコメントへの反応──となっております。国民会議発起人に関する意見もあったので、国民会議世話人である津田さんが「その2」にコメントを寄せられたのですね。それに対しての反応(「反論」とは敢えて呼称しません)が「その3」ということです。まぁこれも噴飯ものなので私は批判対象としますが。

 ところで。せっかく反応を返しているのに、肝心の私の記事へのリンクを載せないというのはどうなのでしょうね? 津田さんのコメントに対する弁解についても同様です。トラックバックやコメントを削除しないで残しているから悪質なものとも限りませんけど。
 反論はしたい。でも指摘そのものまでは読者に読ませたくない、自分の意見の妥当性を判断されるような材料をわざわざ示したくない──という人もたまにいまして、そういう手合いがよく使う手法ではあります。もっとも筆者氏 (copyright1971 氏)がそこまでの意図を持っているのかは定かでありません(単に新たな記事を持って反応を返すのが彼のスタイルと見えなくもない)。
 まぁこのことはあまり深くツッコむのはよしましょう。

 基本的には上記「その2」への批判として本記事は展開させます──


【「国民会議」の構成について】
 コメント欄で津田さんがストレートに指摘されていますね。
 私が見ても筆者氏の主張はおかしいです。端的に言えば「的確」さに極めて欠ける。

 著作権の保護期間延長を議論するということは、著作権法を前提に論ずるということです。著作権法は芸術という狭い範囲を対象とするものではなく、もっと広く文化を振興することが目的のものです。つまり著作権法上 同じ「著作者」である芸術家・文芸評論家・学者・ジャーナリストなどを区別する必然性など全く存在しません(著作権法入門の本などでよく引き合いに出されるのは、幼児が書いた絵でも「著作物」なのだということだったりしますよね)。
 仮に、筆者氏が仰るような「保護期間の延長問題を議論するときには、多くの人たちが念頭に置くのは、『この作家、作曲家、画家の保護期間はいつ切れるんだ?』などと議論されるように、小説家であり、画家、作曲家といった立場の方である」ことが事実だったとしましょうか。それでも保護期間の延長は著作権法の規定を変えて実現しますから、筆者氏の称するところの「有識者」であっても保護期間は変わってしまうし、その弊害も直接喰らうこととなってしまいます(弊害を喰らうという意味では芸術家であっても同様ですが)。
 私には、筆者氏の上記前提を共有する気は毛頭ありません。しかし いずれにしても、著作権法を元とした議論をする以上は、筆者氏の指す「アーティスト」とやらだけを特別扱いするのではなく、著作権法上の「著作者」を等しく捉えることが大前提となりましょう。その意味で、筆者氏は議論の根本を勘違いし かつ歪めて論じていると指摘せざるを得ません。

 なお記事「著作権の保護期間の延長(その3)」において一応の謝罪は書かれているのですが、「その1」「その2」での表現および論旨は全く改められていません。こうした筆者氏の対応が責任ある態度なのかは疑問のあるところですね。


【未来の著作者を再生産できる環境】
 私の意図としては「未来の著作者“が”再生産できる環境」だったりしますが、それはさておき。

「新たな創作には、どれほどの影響があるのでしょうか」と筆者氏は書かれていますが、創作への影響については既に私が指摘しているとおりです(これだけではないと思いますがね)。創作というものは過去の著作物から隔絶されたところで独立して為されるのではなく、先んじた文化の享受があった後に発生していくものです。映画が文学のロジックを消化して発展し、漫画が映画のロジックを消化して発展していったように。そしてそれは「インスパイア」というものから二次的著作物としての利用まで、強弱さまざまな繋がりが生じています。
 筆者氏が「オリジナルの作品」に執着するさまは微笑ましいものですが まぁそれはさておきましょう(なお私は著作物が過去の創作物のモンタージュに過ぎないと考えています。「オリジナル」というものを真剣に突き詰めて考えれば、そこへ行き着かざるを得ないのですよ。多数の人が理解できるように創作する商用著作物であるなら尚更で、一定の創作作法の縛りを受けます)。創作者の成長が過去の文化を享受し模倣するという時期を経ている以上、この(創作者の)出発点となる文化空間をいかに豊かにするかを考えねば、著作権問題の根幹には迫れないでしょう。創作を振興するとか言いながら、既成著作物への実入りを増やすだけで、文化空間を枯渇させて未来の創作を追い込んでしまうことになるかも知れない(なお私は現行の著作物流通が充分なものとは全く考えていません。文化継承が全く考慮されていない世界と言ってもいいです)。

「オリジナルの作品を創作するという点では、私は大きな影響はあるのかどうか、よくわかりません」とも筆者氏は書かれていますね。しかしその後で「その影響は、創作活動全体から見れば『限定的なもの』ではないかと思っています」などと書く無神経さに驚きました。「よくわかりません」と書いてから、ひとつ文章を挟んだだけなのに何という結論!
 筆者氏のお好きな「オリジナル作品」だけを考えるなら、まだしも「限定的」という方便も成立するかも知れません(私は認めませんがね)。しかしこれまた筆者氏の言葉を借りますが「創作活動全体」を母集団としたときに、先行作品を下敷きにした創作が「限定的なもの」となろう筈がありません。日本で商業的に創作されるもののうち、翻訳・翻案ものやリメイクものがどれだけ存在してると思ってるのですか。
 むしろ「創作活動全体」から見れば保護期間延長の影響(すなわち「著作権に触れるような形で創作活動をされる方」の創作を阻害する事態)が増えこそすれ、「限定的なもの」にとどまることは絶対になり得ません。

※既成著作物の権利者が許諾を出さないために行なえない創作、既成著作物の権利者の難癖で“著作権侵害”を喧伝されてしまった創作、既成著作物と似ないよう過剰に“配慮”されたために当初の構想とは異なる表現を回避せざるを得なかった創作など、著作権保護期間延長によって阻害される創作の形は多く想定されます。国民会議記者会見での別役実氏の発言を引き合いに出すまでもなく、これらは現状ですら実際の創作現場で起こっていることです。


【国際協調について】
「米国・EU諸国などが70年としている状況を冷静に考えたとき、どのような行動を取ることが『国際協調』かをよく考える必要がある」と筆者氏は書かれていますが、根拠は全く示されていません。もし「著作者の気持ち」にしか根拠がないとしたら、国民会議発起人の「気持ち」をどう評価するか筆者氏は明らかにする必要があります(「その3」において謝罪したのですから、国民会議の発起人らも著作権法上の著作者であり、彼らの意見もまた「著作者の気持ち」であると筆者氏は認めているということでしょう。となれば もはや「著作者の気持ち」などという根拠は使えませんね)。
 また、保護期間延長に伴って欧米でもアーカイヴ事業や著作物死蔵問題で致命的デメリットが表出している事実、また日本でも保護期間延長のデメリットが多数指摘されている事実を「冷静に」考えたとき、どのような行動を取るべきかよく考える必要があります。
 いずれにせよ、「その2」における当該段落は何も書いていないのに等しい。

 まぁ、私の批判に対して反論したいのならば、まずは指摘した「問題点のすべて」に答えようと努力してください。「とりあえず気がついた点」ですら この程度の反応しか返せないのがアレですけれど‥‥。
 また「延長のデメリットの解消策がセットで取られることがぜひとも必要であると思って」いるのなら、「賛成」などと軽はずみに発言しないでいただきたいですね。せめて「条件付き賛成」とでも書かれては如何? なお現状ではデメリットの解消策が存在しないのであって、このままでは延長することには「反対」という解釈でよろしいですか。




■copyright1971 氏への7つの質問

 私が書いた批判から、その核心を抜き出してみました。 copyright1971 氏の考えをお聞かせ願います。もちろん「しっかり」考えた上で理由も添えて、ね。

【1】保護期間を延長すべき根拠とは何か?
 特に、そのメリットは何でしょうか。欧米並みにして何が変わるでしょうか。

【2】保護期間を延長したメリットはデメリットを上回るか?
 デメリットについては既に指摘した通りです。これを無視されませんよう。

【3】著作者の「気持ち」を満たすのが目的か?
 もしそうなら国民会議側の「気持ち」をどう評価しますか。
 もちろん著作権法上の話であって、 copyright1971 さんの仰る狭い話ではありません。

【4】保護期間が死後50年でなぜ不足か?

【5】創作は、過去の著作物と無関係に発生すると思うか?
 優れた著作物を多く消化することで より良い創作が望めるとは思いませんか。
 流通(パブリックドメインのものも含む)が少なくなることで、創作者が触れる著作物を減らし 創作のインスピレーションを減じることには なりはしませんか。

【6】創作は「オリジナル」のものが全てと考えてはいないか?
 全体を考えれば、過去の著作物に依拠するものが多い(評論や論文・ジャーナリズムも含む)。

【7】copyright1971 氏自身が延長の経済的メリットを否定していますが?
「死後50年を経過しそうな者の作品の利用はいったいどれだけあるかと考えると、著作物全体の利用からすれば極わずかでしょう」との文章がありましたが、これでは延長の経済的メリットが存在しないと言っているのに等しい。これをあなたは撤回しますか? それとも維持しますか。

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2006年11月27日 (月)

国民会議サイトに福井健策氏の論考転載

 国民会議グッジョブ、ということで──

http://thinkcopyright.org/chuko0610.html
「『著作権保護延長』は文化を殺すのか———クリエイターにとっての損と得」
(著作権保護期間の延長問題を考える国民会議 - thinkcopyright.org | 転載記事)

http://thinkcopyright.org/asahi050915.html
「著作権保護期間の延長問題 創作者にはむしろ制約
 /欧米と異なる「日本モデル」必要」
(著作権保護期間の延長問題を考える国民会議 - thinkcopyright.org | 転載記事)

 この問題に馴染みの無い方は、まずこれを基礎知識としてお読み戴ければと。その後は国民会議サイトを一通り(「参考記事」リンク先も含めて)読んでくださいまし。
 この問題に馴染みがある方は、せっかく福井健策氏が転載してくださったのですから、ぜひ積極的に活用していくとしましょう! リンク・リンク・リンク(笑)!

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2006年11月23日 (木)

『たけくまラジオ』で著作権話

簡単に紹介。

『著作権保護期間延長問題を考える国民会議』の発起人のひとり・竹熊健太郎氏のラジオ番組『たけくまラジオ』で著作権保護期間延長問題に関する話がネタにされております。 11月22日放送分です。

http://www.tbsradio.jp/pod/
「TBS RADIO あべこうじのポッドキャスト番長」

 下の番組欄の「番組HP」をクリックするとポップアップが出てきて聴けます (RSS で iTunes に登録するのでもOK)。

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もう少しは具体的に、そして「しっかり」考えてもらいたいものだ。

 まぁ私も素人ながらブログで著作権を採りあげる身ですから、いつこのような指摘を受けるかもわからない──という意味では自戒も含めた感じではありますが。

http://blog.goo.ne.jp/copyright1971/e/81ac2516137d057eed29ee7ce40f26d6
「著作権の保護期間の延長」
(著作権法)

 こんな記事があるブログさんに掲載されていました。
 権利者団体の代表が記者会見で発言しているのではなく、一個人がブログで意見表明しているだけなんですがね、ここまで抽象的かつ観念的な意見で終わってしまってるのが何とも。痛さしか残らないというか。
 もう少しは“反対派”の意見をリサーチして、じっくり考えた上で賛成意見を載せてもらいたいものです。具体的な根拠も添えて、ね。どうも新聞記事を読んだだけ、あとは自分のイメージだけで語ってる感じなんですよ。

権利者団体が保護期間の延長を求めて文化庁に要望書を提出し、また、慎重な検討を求める有識者がその旨文化庁に要望書を提出した

「慎重な検討を求め」た側を「有識者」と称しているのは筆が滑ったのか否か。あるいは印象操作でしょうか? 国民会議の発起人は殆どが著作者ですよ。名簿くらいはチェックしておいてもらいたいものですが。

保護期間の問題は、ある面経済問題ですが、創作に携わる人や創作物をどれほど大切にするかという文化芸術の問題でもあると思います
(延長要望派は)経済的な側面よりも、「しっかり保護してくれている」というその「気持ち」のような部分を重視しているのでしょう

 著作権を保護すれば「創作に携わる人や創作物」を「大切にする」こととなるというのは あまりに短絡的な考え方であって、また著作権制度を一面的に捉えているに過ぎません。
 既存の著作者(しかも商業コンテンツに携わる人)だけではなく、未来の著作者が再生産できる環境を整えていくのが著作権制度の役割であることも忘れてはなりません(「文化の発展に寄与することを目的とする」──著作権法第一条)。だからこそ利用促進の観点から異議が出ているのです。現在の利用者から未来の著作者が生まれてくる、いや個人で発信することが可能となった現在では利用者すべてが著作者となり得ます。
 また「気持ち」などという、著作者が感情に流されて“身勝手”に要求しがちなものを、どこまで社会が許容するか──著作権制度はその線引きでもあります。流通させる・させない、他人の表現の幅を制限する・しないといった判断を著作者に委ねるのを許容するのか、そういう論点をも含んだ議論をしなければなりません。「創作に携わる人や創作物」が大切にされていない!などと著作者がどんなに叫んだところで、それを社会が認めないのであれば要求など実現しません。

 著作権は天賦人権ではありません。社会的な制度なのです。常に多くの人々の間で権利関係が調整されている事実を忘れてはなりません(著作権法上の権利制限や限界等々)。
 また、欧米での著作権政策は露骨に経済問題として扱われていることにも注意を要します。著作権保護期間を延長する“メリット”は経済面にあるのですから当然といえば当然です。“金の問題じゃない”などというナイーブな発言は全く妥当しない問題なのです(敬意なら金を介在させなくても示せますし、むしろ自由利用が進んだ方が敬意を示しやすくなると思いますがね。それとも何ですか、他人に対して利用とか表現を妨害したいという意図なんでしょうか)。

国境を越えて利用されることが多い「著作物」の保護は、一般論としては先進国共通の保護内容とすべきではないでしょうか
損得の議論がありますし、知的財産権法の権威である研究者までもそのようなことを言っておられますが、それはあまりにも「途上国」的な発想ではないかと思います

 この「先進国」レトリックは保護期間延長を求める人たちがよく使うものですが、そもそも「先進国」「途上国」との括りで話し出すところが非常に滑稽です。そもそも「途上国」で何が悪い(笑)。

 輸入・輸出のバランスからすれば日本の創作市場は明らかに「途上国」です(内向きの創作が殆どですしね)。保護期間延長によって利用・創作の自由度は(それによって得られる経済的メリットに比して)圧倒的に制限される。このあたり、欧米のような、輸出で莫大な利益を得られる国とは事情が異なります。
「損得」にしても、金の問題だけではありませんね。著作権切れ作品の自由利用がもたらすメリットは計り知れないものですし(何せ利用方法を考えれば考えるほどメリットが拡大するのですから)、しかも欧米よりも先に著作権が切れることで日本文化への吸収を先行できます。これは文化競争政策上 重要なメリットだと言えます。
 ただでさえコンテンツ市場での新技術の実用化が致命的に遅れる(それどころか実用的な技術の殆どは輸入に頼ってしまっている)日本、これ以上 著作権の副作用を甘受する必要はありますまい。この副作用である利用制限が拡大していけばコンテンツ「途上国」化はさらに進むことでしょう。音楽配信・動画共有・ファイル共有・デジタルアーカイヴ等々、技術とコンテンツ流通が相互作用で発展する以上、パブリックドメインの流通を豊かにすることで こうした新技術の登場と普及を促進する望みを繋ぐことができるのです(現行商用流通に期待できないのは現状を見れば明らかであって、望みはパブリックドメインないし許諾済み自由流通作品にしかありません)。
 そして。流通が広がったところには新たな創作が発生します(いつまでも旧作品の流通では続きませんからね)。過去の文化を浴びて育った者たちが自分の表現を始めるのです。この「過去の文化」をどれだけ多様に享受できるかで後の文化の多様性をも決定してしまいます。著作権の保護期間を延長することは、こうした未来の可能性を閉ざすことになる。

「星の王子様」が、保護期間が切れたことにより多くの翻訳が登場したといいますが、そうした翻訳が出版される経費のうち、権利者に支払われるべき金銭はいったいどれほどなのでしょうか

 やはり金の問題ですか。

 いや、そもそも著作権切れ作品というものは、もはや創作の対価を「権利者」に支払わなくても良いと社会が認めたものです。別の言い方をすれば、現状の“創作後の著作者の余命+ 50 年”の保護で充分であると社会が認めているということです。私に言わせれば(期間も内容も)保護し過ぎでしょう。
 金云々以上の問題があります。『星の王子さま』は岩波書店が翻訳権を独占していたのです。こういうことが可能な点は著作権の本質的問題だと言えます。第三者が交渉費用や使用料の発生を嫌い新訳を諦めてしまうような制度であって、権利独占者が他者との競争を回避できてしまいます。このような状態が“創作後の著作者の余命+ 50 年”も継続するのが適切なのか否か。さらに 20 年も延ばすことが必要なのか否か。
『星の王子さま』はたまたま絶版にならなかったから まだしも、こうした出版の独占契約は多くの場合「絶版」という形で作品自体の存在をも消してしまうことになります。ボランティアベースでなら(いや有償でもインターネットベースでなら)流通させられたかもしれない(いやこれからならば間違いなく流通可能な)作品を、旧来の商用流通に見合わないというだけで死蔵させてしまう場合が圧倒的に多いのです。

 すでに充分な保護を得られている(流通量としては僅かな)著作物から発生する「金銭」を生じさせるために、流通せず文化に帰すことすら不可能となってしまう圧倒的多数の著作物を犠牲にすることが適切なのか否か。ここに触れず保護期間延長問題を論じることは(文化の恩恵を受けている者として)到底許されるものではありません。

日本は「自由貿易」でもって、今日の経済的な繁栄を勝ち取り、その成果を謳歌しています。そういう国は、国際収支面の「損得」の議論というよりも、「国際協調」を大切にすべきではないでしょうか

 著作権が自由貿易に反し得るものであることは件の「レコード輸入権」(正しくは商業用レコードの還流防止措置)が示しているのですが、それはともかく。自由貿易云々はこの問題とはまったく関わりありません。
「国際協調」を言うのであれば、欧米だけを見るのではなく もっと大きな枠組みでの「国際」条約に基づいて考えねば筋は通りません。ベルヌ条約では保護期間について最低保護ラインを定めるのみであって、あとは各国の判断に委ねています。すなわち保護期間をどれだけ延長するかについては「協調」をとる必要があるとはされていない訳で、また別の言い方をするなら(筆者氏が「協調」にこだわるのなら)むしろ欧米の方が協調を乱しているということになります。
 なお欧米が著作権を延長するのは「損得」による判断だということをお忘れなく。

創作をする方々の気持ちを大切にしたい

 将来に創作を行なっていく者について無視しておきながら「創作をする方々の気持ち」がどうのというのはおかしいのでは? 彼らの権利(知る権利や表現の自由)を抑圧しかねない側面についてはどうお考えなのでしょうかね。
 しかも保護期間延長賛成派の意見の多くは権利管理を生業とする団体によるものです。著作者本人としての意見は非常に少ない(現場の声が聞こえてこない)。どれだけの実著作者がそれを望んでいるのか見えてこないだけに、「創作をする方々の気持ちを大切にしたい」という言葉が空々しく聞こえます。
 むしろ国民会議の発起人の殆どが実著作者であることに注目しなければなりません。彼らの意見もまた「創作をする方々の気持ち」なのです。ついでに言えば、我々ブロガーだって著作権法上の著作者です(私の「気持ち」はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスとして表明していますが)。これもお忘れなきよう。

保護期間の問題は、先に触れたように、「経済問題」だけではなく、「文化芸術政策」の問題でもあります

 既存の著作物の保護を強化することが「文化芸術」にどう資するのか。ネタ元記事では「気持ち」のことしか書かれていませんが、これを許容するメリットが弊害に比してあるのか否か。
 何度も書きますが、著作権の強化は他者の文化活動を制限することに繋がります。本来はここまで斟酌して初めて「文化芸術政策」と呼べるようになるのです。したがって保護強化をしないという選択もひとつの政策です。

 保護期間を延長することで未来の著作物に発生する弊害は次のようなものが考えられます。
「翻案権」の拡大によって許される表現がより限定されていき、新たな著作物の創出を妨げて再生産が進まなくなります(今以上にね!)。「複製権」が及ぶことでアーカイヴ作成が禁止されてしまい(アーカイヴ作成が 20 年停滞します)、発表当時は流通していた筈の文化が消えていってしまう。また筆者氏はお好きではないようですが、金の側面(商用利用)について言っても、新規製作へのインセンティブが今以上に低下します。手軽に一定の金を稼げる方法へ流れてしまい、ただでさえヒット作のリマスターやらリメイクやらが跋扈してる現状がさらに進みます。

※パブリックドメインの流通が活発になれば“隠れた名作”のリメイクなどが可能になるでしょうが、保護期間延長ではそれすら断たれてしまいます。

せめて著作権の分野で、創作を大切にする姿勢を示さなければいけないのではないか

 すでに充分な保護を得られている著作物に、さらなる保護を与えたところで「創作を大切にする」こととなるのか否か。私はそうは思いませんね。

 保護を強化すれば「創作を大切」にできるなどと考えるあたり、筆者氏は「創作」をやったことが無いのでしょうか? (あれ、でもブログは書いてますよね?)
 肥沃な文化空間があってこそ、その中で育った者が創作を始めるものなのです。文化利用が文化を生み、継承されていく──その繰り返しです。

 文化の継承は、決して現行の著作物商用流通だけで維持されるものではありません。むしろ商用流通はわずかな期間のみで(金にならないという理由づけで)打ち切られてしまい、後は権利の及ばない態様で細々としか流通しないのが殆どです。例えば私的複製や図書館での資料提供などの、個人の努力によって文化が維持されているのです。著作権の強化はそうした努力をも危機に陥れることとなります。
 著作権保護期間延長によって、目に見える形で最も強い影響を受けるのは『青空文庫』でしょう。しかし目に見えない形でも、文化継承の危機が発生するということを意識すべきです。文芸著作物や漫画等の「絶版」、映画著作物の「絶版」(パブリックドメインの作品ですら日本映画は流通しづらいという事情も状況を更に悪化させています)、音楽著作物の「廃盤」(しかも従来より低コストで流通させられる筈の音楽配信にすら載らない廃盤音源ばかり)などなど。
 著作権保護期間が満了した作品の流通は、こうした現状を僅かでも回復しようとする試みを可能にします。こうした文化継承を 20 年も停滞させて構わないのか。ぜひ考えてください。

保護期間の延長は、経済的には大きな影響はない
死後50年を経過しそうな者の作品の利用はいったいどれだけあるかと考えると、著作物全体の利用からすれば極わずかでしょう

 このあたりは暴言と言わざるを得ないというか、そもそも筆者氏の主張すら覆してしまうのですよね。「死後 50 年を経過しそうな者の作品の利用はいったいどれだけあるかと考えると、著作物全体の利用からすれば極わずか」であるのなら、著作権を死後 50 年から延長するメリットは殆どないということになります(それに比べデメリットは既に述べた通り──文化を殺す行為に等しい)。
 まずは国民会議のサイトを御覧ください。死後 50 年を経過しそうな著名著作者のリストが掲載されています。ここにある著作者の作品を利用する際に、(延長が実現してしまえば)今後新たに対価が発生してしまうということは確かに言えるでしょう。その意味では遺族にとっては“利益”かも知れない。
 しかしながら、あのリストの裏側に膨大な無名著作者(いや著名であってもあそこに現われなかっただけかも知れない、存命中は著名であっても今は知られていないだけかもしれない)がいること、そして彼らによる膨大な著作物が眠っていることを忘れてはなりません。著作権が延長されることで、それらが我々の目に触れなくなるということを示しています。
 延長が実現していない今ですら我々はそれらの著作物と触れていません。あと数年で保護期間が切れれば、そのうちのいくつかと出逢える可能性がまだ残されているのです(『青空文庫』のような活動を通して)。しかし保護期間が延長されれば、その望みは(少なくとも 20 年間)断たれます。

※将来 商用利用で復活する? そんなこと期待できません。今まで(著作者が亡くなってから 50 年もの間)満足に流通させられずに我々の目の前から消えてしまったものばかりなのですから。

 筆者氏の上記の発言(引用部)は、著作権制度の弊害を端的にしめしたものと言えます。それどころか保護期間延長のデメリットを端的に協調しているものとも言えます。もちろん延長賛成の根拠には全くなっていません。
 私がここまで絶版・廃盤著作物のことを(口を酸っぱくして)繰り返すのは、著作権保護期間を延長する際にその対象となるのが商用利用される著作物だけではないからです。商用流通していた著作物の陰に、更に多くの非商用著作物が隠れているのです。忘れてはなりません。
 保護期間延長の問題は、我々が(自身の著作物について)「死後 70 年」の保護を望むのかという問題でもあり、また我々が(他人の著作物について)「死後 70 年」まで著作物利用許諾を得ようと努力できるかという価値判断でもあるのです。

権利者との連絡がうまくいかないから著作物を利用できないとか、そういう面での影響も考えられますが、それは50年となっている現在でも問題とされており、保護期間の延長問題とは別に解決されるべき課題であり、延長問題とリンクして語られるものではない

 害悪の発生が明らかであるのに、それを拡大させる政策を採るのはあまりにも愚かです。上記問題を「延長問題とリンクして語られるものではない」とするのではなく、むしろ延長問題の前提として解決策を議論すべきです。
 現状、これを解決する手だてが著作権法上 用意されていません。したがって延長を議論するのは時期尚早です。(まぁ延長問題が政策議論の俎上に上がりそうな現在、それを言っても始まりませんがね。)

「えいや」と使っていいことにして、後から登場した権利者には、その権利行使に限定を加えるとか、そうした措置を取るべきでしょう

 こうした著作権制度であれば、確かに延長への反対は出づらいだろうと思います。
 ただし現行の著作権制度はその真逆です。何せ許諾がなければ(権利制限が定められた利用態様でない限り)禁止されるというのが今の制度。根本的なパラダイムシフトをしなければ延長の弊害を消せない証拠でもあります。
 筆者氏の意図とは真逆の解釈でしょうが、論理的に読めば延長賛成の論拠にはなり得ないということです。かりに延長が肯定されるとすれば、それは上記の「限定」「措置」が実現してからの話です。今ではありません。

 著作権制度の本質的な問題点は常に意識しておくべきです。
 著作者らに正当な対価を還流させるということ(この一点をもってしても現状の著作権制度の運用がおかしいのではないかと思われますし、またこの対価還流の徹底を目的とする法改正なら理解も得られやすいと思うのです。しかし著作権保護期間延長問題は、著作者本人とは関わらないだけにかなり離れたものとなります)以上に、他人の著作物利用・使用や新たな創作に対し既存著作者のコントロールを認めてしまうという側面があります。著作権制度をどう設計するかは、日本の社会が既存著作者らに対してどこまで独占権を許容するのかということと同義です。いちど社会に“放流”した文化は誰かにコントロールされるべきなのか否かという価値判断も含まれます。
 つまり「創作に携わる人や創作物をどれほど大切にするか」などという“純情”(別の側面では一方的かつ独善的)な理由のみで議論すべき問題ではありません。保護期間延長が社会に与える影響を子細に検討し、かつ社会のコンセンサスとして著作権制度を維持していくという前提のもとに考えていかねばならないのです(コンセンサスが取れなければどうなるか? 著作権侵害がどんどん増えていくのは間違いありません)。

 最後に、筆者氏 (copyright1971 氏)へ。
 この問題は、場当たり的な意見表明で済ませられる問題ではありません。とりあえずは“反対派”の意見(国民会議のサイトを参照ください。記者会見の模様も MP3 で聴けます)をよく吟味し、それに対する反論をブログに掲載してください。
 もちろん私は筆者氏が延長に「賛成」すること自体をとやかく言う気はありません。もう少し有益な「賛成」意見が読みたいだけなのです。

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2006年11月22日 (水)

読売社説:著作権延長問題を全く理解できずにトンチンカンな高説をタれる大企業の痛い論理

 著作権保護期間延長を求める権利者側の意見を読んでいると、あまりの非論理性に頭が痛くなってきます。しかもそれに無批判に乗っかるようなブログ記事があったりして(これについては別稿にて)、眩暈がしてきます。
 しかも今度は新聞社説ときた──

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20061120ig91.htm
「11月21日付・読売社説(2)
 [著作権延長]『作品の流通を損なわない工夫も』」
(社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞))

 吐き気までしてきましたよ。

[著作権延長]「作品の流通を損なわない工夫も」

 はぁ、「工夫」ですか。
 ‥‥。
 ──「工夫」じゃ足りんわいボケ!

 著作権が禁止権として構成されているが故、数々の弊害が引き起こされているのは もはや言うまでもないかと思いますが、このあたりを読売社説は全く考えていません。許諾を求められれば済むという問題ではないのですよ。
 まず許諾を取らねば利用できない、許諾を求めてもOKが貰えるとは限らない、そもそも許諾を得るのに金と手間暇がかかる──そういう理由で使われない著作物がなんと多いことか。

最大の理由は、格差の解消だ。

 はぁ、「格差」ですか。
 で、どんな「格差」かというと──

 現状では、日本の小説や絵画は国内と同様、海外でも、日本の法律に合わせて死後50年までしか保護されない。これを過ぎるとタダで利用されてしまう。

 国際的にも、肩身が狭い。死後70年まで保護された国の著作物が、日本では20年早く、許可を得ずにタダで使えるようになるためだ。

 新訳による出版が相次いだサンテグジュペリの「星の王子さま」は、その好例だ。本国のフランスでは著作権が生きているが、日本では保護が切れたことが、出版を後押しした。

 得をしているように見えるが、海外から、日本は他国の知的財産にタダ乗りしている、と批判されかねない。

 保護延長は、日本が文化と、それを支える著作物、著作者を、どう育てる方針か、という問題でもある。著作権法を所管する文化庁は、延長が可能かどうか早急に検討を始める必要がある。

 この現状評価に読売の貧困なる精神が見え隠れしますね。
 死後50年の保護でなぜ足りないのか。その理由は論理的に説明されていません。著作権満了作品の利用を「許可を得ずにタダで使える」と称するという、きわめて主観的かつ非論理的な理由付けが為されているのみ。
 そもそも保護期間満了作品が文化遺産として共有のものとなるという発想に乏しく、著作権制度を語る資格を読売が持っているのか疑わざるを得ないほどの酷い内容です。「日本は他国の知的財産にタダ乗りしている」などという表現も同様ですね。

 著作権の保護期間を満了した作品は、自由利用できて当たり前なのです。「タダ乗り」などというものとは明らかに異なる利用態様です。ベルヌ条約という国際ルールに則って保護を外れたものであって(例として挙げられた『星の王子さま』などは戦時加算まで受けています)、パブリックドメイン化について他国から非難される筋合いなどありません。
 いや、この基本ルール自体は(保護期間を延長した)欧米においても同じであって、パブリックドメインを利用することをさも恥ずかしいことであるかのように表現するのは おそらく日本の権利者と読売新聞くらいなものでしょう。ここに常識の欠如というものが見えます。
 私はむしろ、こんな日本の現状の方が恥ずかしく思えます。

 仮に欧米から文句があるとしたら、その時は彼らが死後50年の保護に戻せば良いのですよ。そうすれば、パブリックドメイン化の恩恵を日本と同程度に受けることができます。国際条約上は、死後50年の保護さえしておけば後は各国の判断次第なのですから、好きにすればいいのです。

 繰り返しのようになってしまいますが、有期限の権利付与(流通コントロール)の後で自由利用可とするのが著作権制度の根幹と言えます。こうしたあたり、読売新聞はどのように理解しているのか(あるいは理解していないのか)。金儲けの権益か何かと勘違いしているのではないでしょうか。あるいは売国とか(笑)。
 また、文化が模倣・発展・継承というステップを踏んでいることも読売は留意すべきでしょう。著作物がいつまでも自由利用できないとしたら、後の世に残っていく文化はどんなものかということ。たまたま売れ続けた僅かな商品か、読売のような金の余った大企業が選んだ“文化事業”だけでしょうよ。
 それとも何ですか、読売は文化継承への影響力を維持するために死蔵作品を完全に葬りたいということなんですかね? (それとも やっぱ売国ですか。笑。)

 日本は文化の輸入額が輸出額より多いから延長は損という声もある。だが、そう言われては、マンガのように国際的に評価の高い著作物は立つ瀬がない。

 ──So what?
 輸入に比して輸出が低いのは事実でしょう。漫画が売れたところで、著作権保護期間延長によって文化に大きな弊害が発生すれば意味はありません。
 また、死後50年で何が不足なのか。著作者が死後50年経過した漫画で何か海外で売れているものがあったりするんですかね? ほとんどが存命中の作家の作品ばかりだと思うのですけど。

 著作物の円滑な流通が文化の発展に欠かせないことは、誰しも異論がないだろう。延長に際しては、流通を阻害しないよう、管理の仕組みを整備することが欠かせない。著作権管理の体制が整っている音楽業界は、参考になる。

 まぁ、独占的事業として公正取引委員会から目を付けられている JASRAC を暗に示しているかと思われますが、この団体が音楽流通にどれほど暗い影を落としていることか。規定の不備でもって許諾を出さない(出せないのではなく、怠惰で出さないだけ)利用態様を生じさせたり、一方的な請求でもって流通潰しを図ったり。
 禁止権を付与していることで流通にどれだけ害が発生しているのか。あるいは利用の萎縮がどれだけ発生しているのか。こうした点で考えても、 JASRAC は格好の素材と言えます。ポッドキャストでは音楽がなかなか流れません。 iTunes Music Store (現 iTunes Store) が日本上陸に遅れたのも記憶に新しいところ。日本のウェブサイトでは英語楽曲の歌詞が合法的に掲載できませんし(しかも歌詞を引用するだけで JASRAC から請求が来る!──曰く「引用は利用者の権利ではありません」だってさ)。

 死後70年となると、著作物を利用しようにも著作者の遺族と連絡が取れず、結果的に作品が死蔵される、という懸念も出ている。著作権管理の仕組みがあればこうした損失は防げるはずだ。

 誰がデータベースを保守するのでしょうか、死後70年に渡って。権利が移転したり、権利者の住所が変わったり、そういった変更を誰が追跡するんでしょうか。さらに個人情報保護法との絡みもあります。簡単に個人情報を集められない時代になってきてるんですよ!
 禁止権構成が持っている本質的な問題は、 JASRAC のような権利管理だけでは決して解決しません。世の中にどれだけの著作物が存在していると思ってるんですか。たとえばこの文章だって著作権法上は著作物ですよ。

 ともあれ、読売の見解に乗ったとしても、権利管理システムの整備は議論の大前提と言えます。この論理でいくかぎり、著作権保護延長などは時期尚早であると言わざるを得ません。

著作権の保護・活用で世界に遅れないよう、論議を急ぎたい。

 いや、日本は「活用」で既に遅れてるンですけど。フェアユースの不備、権利者自身の既得権へのしがみつきが原因だと個人的には思います。とても保護期間を延長できる現状にはなくて、むしろ権利を弱める方向で法改正していく必要があります。

 ──ここからは愚痴です。
 読売め。どこまで著作権制度の光と影(その意義と副作用)を真剣に考えているのか。せいぜい著作物をパクると侵害罪になるとか その程度にしか理解してないのでは?
 こういっては何ですがね、あの社説自体、文藝著作権通信の主張の引き写しですよ。あれの複製権を侵害してるんじゃないかってほど。

※著作権法上 侵害にあたると指摘しているわけではありませんよ。当該社説の中に創作性なんて無いよねという皮肉です。

 この記事を準備している間に、こんなものまで読売サイトに掲載されていましてね、もう‥‥

http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/dr/20061121md01.htm
「著作権の保護期間 : 大手町博士のゼミナール」
(トレンド : マネー・経済 : YOMIURI ONLINE(読売新聞))

 これ読んで、さらに頭痛が悪化しましたよ。

 一見、賛否両論で書いてあるかのようではあります。しかし、実は構成上 賛否の扱いに差をつけてあるんですよ。「延長すべきとの意見がでているのはなぜですか」の答えの部分には賛成派の意見しか載せていません。逆に「反対の声もあるようですが」の段になると、延長反対意見の後でそれを打ち消すように賛成意見(反対の反対)を掲載しています。これでは賛成意見が印象づきますね。嫌らしいレトリックを駆使しています。
 さらに悪質なのは、これらの段の間に『ローマの休日』の件を挿入して中立性を装っている点。明らかに読者を騙そうとしているということです。全体を通して読めば、延長に賛成する立場が刷り込まれるという仕組み。

 なお読売新聞は社説ではさも“金の問題ではない”的な建前で書かれていたのですが、同じネタを扱ってるこの記事は「マネー・経済」のページに掲載されています。
 ──語るに落ちるとはこのことですね。

Posted by 谷分 章優 図書館・読書, 著作権保護期間延長問題, 著作権行政, 音楽と著作権 | | コメント (0) | トラックバック (2)

「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」追記

「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」周りの動きが、シンポジウムの中身が固まるにつれて活発になってきた印象ですね。

http://xtc.bz/index.php?ID=391
「『著作権保護期間の延長問題を考える国民会議』のシンポジウム詳細が決定しました」
(音楽配信メモ)

 賛成派のパネリストとして三田誠広氏と松本零士氏が出席することに(三田氏は賛成側の意見講演も。反対側は福井健策氏)。松本氏はなんと国民会議の発起人にまで名を連ねることとなりました。まぁ議論を目的とする団体ですから、松本氏の主張と何ら矛盾するところは無いのですけどね。
 12月11日は、 残念ながら私は仕事です。もとより札幌から駆けつけるなんてことも出来ませんが。それでも仕事の調整がつけば、途中から生中継を見られるかも。いずれにせよ後からのダウンロードを楽しみにしております。
 なお国民会議のサイトでは、シンポジウムのこと以外でも様々な情報が更新されています。定期的にチェックされることをお勧めします。

http://thinkcopyright.org/
「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議 - thinkcopyright.org」

 さて。国民会議の発足を高らかに宣言した記者会見について(上記サイトで MP3 ファイルをダウンロードできます)、その書き起こしを掲載し始めているネットメディアが登場しました。耳と目で内容を確認できるようになるのは大変ありがたいことです。

http://ascii24.com/news/s/specials/2006/11/20/665950-000.html
「【短期連載】識者・クリエイターの声を聞いて、
 著作権保護期間の延長を考えてみよう(前編)」
(ASCII 24)

http://ascii24.com/news/s/specials/2006/11/21/665963-000.html
「【短期連載】識者・クリエイターの声を聞いて、
 著作権保護期間の延長を考えてみよう(中編)」
(ASCII 24)

http://ascii24.com/news/s/specials/2006/11/22/665972-000.html
「【短期連載】識者・クリエイターの声を聞いて、
 著作権保護期間の延長を考えてみよう(後編)」
(ASCII 24)
※後編へのリンクは 2006年11月23日追記。

 実際の音声とは(私自身は)比較していませんが、読んだ印象では一部整理されている感もあります。3回に分けて掲載される予定とのことです。

 ところで、延長しろと要求している方の言い分も最近明らかになってきています(下記はその言い分を紹介した 『Copy & Copyright Diary』 さんの記事です)。

http://d.hatena.ne.jp/copyright/20061113/p1
「『著作権問題を考える創作者団体協議会』と
 『著作権保護期間の延長問題を考える国民会議』のQ&A」
(Copy & Copyright Diary)

 文芸著作権通信に記者会見の模様(をQ&Aにまとめたもの)が掲載されているそうです。
 これが、まぁ彼らの相変わらずな主張と言えばそうなのですが、ツッコミたくて仕方ない内容だったりします。後回しにしますがね。

 著作権保護期間問題を議論する際にチラっと出てくるのが「戦時加算」の話ですが、これについては 『The Casuarina Tree』 さんがまとめていらっしゃいます。

http://00089025.blog8.fc2.com/blog-entry-262.html
「戦時加算の基礎知識」
(The Casuarina Tree)



本国では様々な優遇措置が取られている「ピーター・パン」や「星の王子さま」が日本国内では最近10年でPD化したのを見れば明らかなように、このまま戦時加算が存続した場合でも講和条約60周年の2012年前後が山場で、それ以降は現在に比べれば考慮の必要性がほとんど無くなることもまた事実である。

 あと何年かすれば戦時加算も意味が無くなるのかなぁと漠然と考えていたのですが、やはりそういう考え方もアリなんですね。




■『文藝著作権通信』の痛い中身

 Q&Aへのツッコミは別稿に譲るとして、ここでは本文のみを対象に紹介します。

http://www.bungeicenter.jp/NPO007.pdf
「『文藝著作権通信』第7号」
(日本文藝著作権センター・ PDF)



いまや70年というのが世界標準として定着しているといっていいのです。

 これは大嘘です。「世界標準」とは国際的に広く定められたものを指すべき言葉ですが、本来それに当たる国際条約で義務として定められているのは著作者の死後50年ですし、また現に50年で著作権制度を維持している国の方が圧倒的に多いのです。

複製は無限に作ることができますから、その作品が高く評価されれば、長期間売れ続けることになります。そのために、保護期間というものが設定されているのです。

 これは「保護期間というものが設定されている」理由には全くなりません。この話が本当だったら、著作権制度で保護期間が設定されなくても(つまり永遠の保護を受けるとしても)OKということになるではありませんか。
 しかし永遠の保護が不適切であるということは、死蔵の問題や創造サイクルの断絶を考えても明らかです。同じ理由で延長も否定されます(少なくとも延長のデメリットは指摘できる)。

多くの作家は目先の収入を求めるのではなく、芸術として長く評価されることを期待し、そのことを目標として創作活動に励みます。ですから芸術を愛し、創作に命を捧げようとする作家にとって、「インセンティブ」とは、金銭ではなく、将来の評価だということになります。だからこそ、保護期間の延長というものが、作家にとっては重要な「インセンティブ」となるのです。

 著作権の保護期間を延長するということがどういうことなのか。著作権のうちでも「財産権」と呼ばれる権利の行使がより長く出来るということになります。著作者が「金銭」を求めているのではないとするなら、こうした著作財産権の行使が出来なくなっても変わらない筈ですが如何でしょう。自由利用には文句をつける(特に「タダ」であることに執着する)のに、変ですね。
 また、著作財産権は原権利者から第三者に譲渡されている場合が多いわけで、保護期間を延長することで「金銭」的な利益を得るのは今権利を持っているそういった人たちなのです。今以上の保護期間延長が著作者の「インセンティブ」になるのか判らなくなってしまいますね。

 ちなみに「将来の評価」が著作権の付与にあるという考え方も腑に落ちません。既に著作権の切れた宮沢賢治や夏目漱石らの作品は(書かれた当時から見て)「将来の評価」を得ていないのでしょうか? 自由利用に供されており、その名声は落ちることなく、また時には書籍としても買われているのです。おかしいですね。
 もし著作権保護期間が延長されれば、今の宮沢賢治作品や夏目漱石作品とは異なり、自由利用もされず本にもならない作品が多く発生します。このような死蔵作品の評価は誰がするのでしょうか?

いまだに保護期間を50年のままでとどめている日本は、文化的後進国といわねばなりません。

 それが事実ならば、それに甘んじては如何ですか。
 著作物がどう使われているのか、どのように残されていくのか──そういった観点から、著作権保護の適切な在り方を問えない著作者ばかりだったとしたら、そちらの方が私は「文化後進国」だと思いますね。なんと浅ましいことか。

まず日本の作家の作品が50年を経過すると、欧米では著作権フリーになってしまうということが起こります。

 死後「50年」ですからね。あしからず。
 この時点で既に長すぎるのですよ。この『文藝著作権通信』の5ページには「パブリックドメイン(自由利用可能)となる主な作家」が掲載されていますが、逆に言えば ここに挙げられた以外の作家の殆どはその著作物が死蔵されている状態だということです。
 あのリストの背後にある無数の死蔵作品が見えないとしたら、彼らは本当の意味で想像力が足りないし、この問題について発言するのに適格ではないと思われます。

著作権の保護期間が短いということは、多大の損失をもたらすことになります。

 やはり金ですか。

その作家の本国ではまだ著作権が保護され、財産権が機能しているのに、日本では著作権フリーになり、無許諾無償で使用されてしまうということは、外国の作家にとっては許しがたいことでしょう。

 また金ですか。
 というか、死後50年で保護期間が満了し無許諾・無償で使用されるのが嫌ならば、国際条約に文句をつけては如何でしょうか。あれによって50年が標準であって、それ以上の保護にするかは各国の判断に委ねられています。しかも属地主義をとることとなっているのですよ。
 国際条約上の義務を果たしている以上、外国人にとやかく言われる筋合いではありません。

たとえば作家が亡くなった時、夫人が30歳だったとしましょう。保護期間が50年のままでは夫人が80歳になった時に、保護期間が切れてしまいます。お子さんの場合は、生きている間に保護期間が切れるケースがもっと増えるはずです。

 年金じゃあるまいし、遺族が生きてる間 なにもせず金が入ってくることを保障する必要がどこにありますか。たとえば作家が亡くなった時、夫人が30歳だったとしましょう。そこから80歳になるまで生きるのに、働かないで何もしない人なんていないでしょう。子供にしても、作家が亡くなってから50年後、何の収入も得られないような子供のままでいるケースなんて全く考えられないですよ。
 そもそもの死後50年という現行規定自体、非常に長いものなのですよ。売れる・売れないの違いはあるにせよ、その間に充分な利益を得られるよう法で手当てされているのですから、それ以後も期間を延ばす必要はどこにもありません。

 それにしても、金の話ばかりですね。

ご家族に負担を強いて創作活動に専念している作家本人としても、保護期間が長く設定されていれば、未来に夢をもつことができます。

 50年で足りないという理由にはなりませんね。
 むしろ「永遠に保護してくれ」と言ってるのに等しい要求であって、そんな図々しい考え方に同調する義務など日本社会にはありません。

「文化は模倣により発展するものであり、著作権はその発展を妨げている。保護期間の延長はそれをさらに助長する。」という意見も時に聞かれますが、大切なのは作品の創作性であり、著作権はその創作性を保護するものであって、他人の表現の模倣や真似による作品を保護するものではありません。

 創作の試行錯誤というものを忘れていますね。誰しも最初から立派な作品を書いていたわけでもあるまいに。
 ひとりのアーティストの変遷を考えれば、模倣期の存在が確認できます(よほどの天才でない限りは)。また、二次的著作物を創ったことのない人だって殆どいないと思われます。そうした作品だって著作権法上は著作物となる筈ですがね。
 たとえば米国著作権法でよく引き合いに出されるディズニーの作品群にしても、その多くがパブリックドメインからの二次的著作物です。

(Q&Aについては別稿にてツッコミます)

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2006年11月13日 (月)

「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」雑感

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/11/post_6591.html
「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」
(エンドユーザーの見た著作権)

 上記の記事の続きです。

 この「国民会議」に期待したいのは注目を集めることです。現実にメディア各紙にも採りあげられているようで、著作権保護期間延長に反対する人がいるということを知らしめる一定の効果はあったと思われます。
 次に、各所での課題設定を担っていくことが望まれます。そのためには社会への浸透力が必要となります。著作者であったり、法学者であったり、実務家であるという「国民会議」発起人の構成はその力を充分に持ったものと言えるでしょうから、ならば如何に効果的に情報を発信するかという話になります。
 そして本来の目的の「議論」です。論理的かつ実のあるものが期待されます。果たして権利者側と四つに組めるか(権利者側が逃げたりしないか)が問われるところでしょう。

 ただ、ここまで「期待したい」だの「望まれる」だの書いてて何ですが、国民会議の発足を安易に喜ぶとか期待するとかいうのは戒めたい気持ちも私にはあります。この会議はプロの人たちが中心になって結成され発進しようとしているところですが、我々のような素人衆もその先を考えていく必要があるだろうということです。
 我々が国民会議での議論にどう関わっていけるのか。思えば「レコード輸入権」の時もプロの力がブレイクスルーをもたらしました(最近の例だと PSE 問題も記憶に新しいですね)。しかしそれと同時に署名運動やメール送信の呼びかけ、 Watchdog 活動があってこそ あれだけの盛り上がりを得たのも事実ではないかと。我々一人ひとりが運動を広げていったのも確かなのです。
 著作権の保護期間について国民的な議論へと発展させていくためには、国民会議発起人の方々に依存していては不足だろうと思われます。そういう気持ちになりがちだなぁと自分で思えばこそ、の危惧なのですが。 

 課題として考えられるもの。国民会議の、ではなく我々自身の問題として。
 まず議論の場にどう(具体的に)参加していくのか。特に私のような地方在住の人間はどうするのか。私個人の事情からすれば、基本的にはブログやメールといった文章を通しての参加ということになることでしょう。しかしその他にも何か出来ることがあるでしょうか?
 そして私自身の(エンドユーザーとしての)意見をどう表明していくか。著作者があれだけ揃っている国民会議、その議論の中で私の果たせる役割と言えばやはり「いちエンドユーザー」としての思考に尽きますから(もっとも“著作者”すなわちブロガーとしての私のスタンスは既にブログ上で示してあります。クリエイティブコモンズのライセンスによって、です。「財産権」などハナから主張できやしませんがね)。
 一番の問題は、この保護期間延長の議論をどう知らしめていくか。うちのような弱小ブログじゃたかが知れてるとも言えますが、かと言って何もしないという訳にはいきません。こつこつとやれることをやっていくとしましょう。

 著作権の問題は、決して現役(あるいは過去の)クリエイターだけに関わるものではありません。我々エンドユーザー(その中でも未来のクリエイターとなり得る人たち)がどれだけ自分の問題として引きつけられるかが今問われています。
 ──と書くつもりで草稿を用意していたら、 『Copy & Copyright Diary』 さんでこんな記事が掲載されていました。

http://d.hatena.ne.jp/copyright/20061109/p1
「『著作権保護期間の延長問題を考える国民会議』に期待します」
(Copy & Copyright Diary)



これまでにも書いたことがありますが、著作権について議論をする上で、以下の3点を念頭に置いてもらいたいと思います。

1.誰もが著作権者であると同時に、利用者であるということ
2.自分も当時者であるということ
3.自分が他者の著作権を侵害している可能性があるということ

これら3点は根は一緒で、1点目にあげたことに繋がります。

 『Copy & Copyright 〜』さんが以前から(折に触れて)くりかえし述べてこられた内容です。いやこれは確かに重要な視点なんですよ。著作権強化論を唱える人たちは大体忘れてるけど(苦笑)。またブログなどで著作物(ブログ記事だって立派な著作物なのです!)を公表している我々にしても、他人事ではありません。
 忘れずに意識しておきたいものです。

 ところで国民会議には、保護期間延長に対して「条件付き賛成」「今のところ保留」という発起人も参加しています。「議論」を第一義としているためです。
 私がこの団体に言及するときは基本的に「延長反対」の立場から意見することになります。が、ここでちょっと変わった角度で論じてみます。延長を是とする議論をするとしたら、その前提として最低限必要なものは何だろうか、と。
 著作権法をどこまで改善すれば延長する弊害を極小化できるでしょうか。

1.無償・自由利用できるフェアユースを確立(保障)しておかねばならない
 (私的録音・録画問題、試験問題集の件、パロディの件も含む。)
2.実効性のある強制許諾制度を確立しておかねばならない
 (権利者が特定できない場合や許諾を得られない場合には、
  簡便な手続で裁定を受けられるようにしておく。)
3.不遡及
 (すでに存在している著作物については延長の対象としない。)
4.原権利者への延長分財産権の留保
 (死後 50 年の時点で譲渡契約を一度白紙に戻すべき。
  原権利者の遺族がきちんと延長分の利益を得られるよう手当てする。)

 直感的にではありますが、ざっと考えてみました。まだまだ出てくるとは思いますけどねぇ。




■気になる発起人

 まず、世話人ということで自己主張の時間が用意されなかった津田大介氏。おなじみ『音楽配信メモ』で私見を披露されています。

http://xtc.bz/index.php?ID=388
「『著作権保護期間の延長問題を考える国民会議』を発足しました&お願い」
(音楽配信メモ)



・著作権保護期間「死後」で計算されるのは、寿命の長さによって不公平が生じるので、「作品」ごとに一律「公表後○年で切れる」というようにした方がいい。個人的には作品の経済性などを考えると、公表後20年程度でパブリックドメインになるのが妥当ではないかと思っている。

・「死後50年」がベルヌ条約との絡みで動かせないというのなら、これ以上のむやみな延長は避けるべき。アメリカは50年から70年にしたあと、さらなる延長を目指している。70年が切れる時期が近づいたらさらに延びる提案がなされるだけだ。つまり、今回の問題は「50年にするか70年にするか」という期間の問題ではなく、「50年にするか永続的著作権にするか」というところに事の本質があると考える。

・健全な「創造のサイクル」を守るには、仏著作権法の「パロディ条項」にみられるように、保護期間内であっても一定の範囲でパロディやオマージュといった手法を使って合法的な創作活動が行える環境を整備すべきだ。

・この問題を考える際にもっとも重要なことは、創作のもっとも上流に位置する「クリエイター」本人たちが、権利を譲渡する著作権者・団体とは無関係な立場で議論に参加しなければならない。

 ──こういうストレートな物言いを津田氏に期待してるんですよ、私は!

 あと記者会見の模様を MP3 でも公開されています。こういう細やかな配慮がネットを最大限に活かす津田氏の真骨頂かも(「レコード輸入権」シンポの時もそうでしたねぇ)。メディアの記事だとどうしても編集されていますから、オリジナルの発言内容に触れられるのは読み手としても助かります。

http://thinkcopyright.org/kaiken1108.mp3
11月8日: 国民会議記者会見
※上記『音楽配信メモ』記事内にリンクあり。
 また、 http://thinkcopyright.org/ からも当該ファイルへのリンクがある。

 さて、お次。
 別役実氏です。記者会見の中では結構“ものわかりの良い”感じの発言に終始していたのですが、入試過去問にまつわる著作権問題を追い続けてる『入試過去問と著作権を考える blog』 さんでこんな指摘がありました。

http://d.hatena.ne.jp/phenotex/20061110
「別役実氏『著作権保護期間の延長、議論を尽くせ』」
(入試過去問と著作権を考えるblog)



興味深い記事を見つけた。あのセンター評論文第1問を各所から「削除」に至らしめた別役実氏が著作権の保護期間の延長に対して「慎重論」の立場から団体(「著作権保護機関の延長問題を考える国民会議」)を結成したということだ。(中略)

この著作権保護期間の問題については、入試問題での文章使用に対して比較的柔軟な日本文芸家協会が「70年」派、入試問題での文章使用に対して厳しい立場を取っている別役氏の方が「50年」派というわけだ。

 『入試過去問〜』さんでも想像されているように、著作権が存続する間は最大限行使するということで論理矛盾は無いとの立場なのでしょう、おそらくは。「公共の財産になるという時期は早ければ早いほどいい」との別役氏の発言から受けるイメージとは若干食い違うようにも思われますが。
 吊し上げるとかどうとかではなく、純粋に別役氏の見解を聞いてみたい気はします。著作権延長を否定するのと著作権を否定するのは正確には違うのですが、その反面、著作権が本質的に持っている問題点をこの議論があぶり出してしまうのは否めないのですよね。つまり入試問題で使われた著作物が試験勉強に供されないという弊害が保護期間延長でさらに増幅されるという。

 なお別役氏の対過去問騒動については以下のリンクを参照ください(『入試過去問〜』さんへのリンクも含んでいますので、うちの記事で代表させています)。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/05/post_0036.html
「赤本では受験勉強がままならない時代」
(エンドユーザーの見た著作権)

 ところで。
 発起人で気になると言えば、 『Copy & Copyright 〜』 さんが指摘されていた佐野眞一氏についても。リストの中に名前を見たときは“おお”と思ったのですが、実は著作権が満了した本について不穏当な発言があったりしまして‥‥。

http://d.hatena.ne.jp/copyright/20040607/p1
「元気のある出版社」
(Copy & Copyright Diary)



「本コロ」検死編では、ダイソー文学シリーズが「青空文庫」のデータを使っていながら裏表紙に「本書の無断複写、複製、転載を禁じます」と書いてあることを、「盗っ人猛々しい」と一刀両断し、さらに
しかし、ダイソー「本」が零細書店の売り上げを奪っているとするなら、無償のわかちあいというその善意こそが、零細書店をじりじりと廃業に追い込んでいるともいえる。
(新潮文庫版 下巻 p.344-345)
と青空文庫までも批判している。

 青空文庫による著作物の自由利用は著作権保護満了と裏表であって、「零細書店の売上げを奪っている」などという表現はむしろ“保護期間=永遠にすべき!”的な発想に思われるのですが‥‥。
 このあたり、佐野氏の中に変化があったのか否か興味があります。

 もっとも考えの異なる人たちが国民会議の中にいることは、「議論」を目的とする集団である以上、不都合はありません。議論を活性化する役目を果たしてもらえれば却って大きな利益となることでしょう。
 延長反対派の意見がどうしても強調されてしまう中で、それと異なる意見が出づらくなってしまわないことを願っています(でも自己表現のプロの集団なんですから杞憂でしょうね、たぶん)。




■読売新聞の記事から──

「著作権の保護延長/“不平等条約”も課題」
(読売新聞 2006年11月11日付 11面)
※署名記事:解説部・鈴木嘉一氏



 8日に発足した「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」は、「延長によるさまざまな影響を危惧する声もある。国民的議論を尽くさずに延長を決めないように」という要望書を文化庁に出した。(中略)
 国内では「著作者の死後50年」とされている保護期間については、「著作権問題を考える創作者団体協議会」が9月、欧米並みの「死後70年」に延長するよう文化庁に要望した。こちらは、日本文芸家協会や日本音楽著作権協会など16団体で組織される。
 (中略)延長の是非論では、戦時加算も論点の一つだ。
 (中略)連合国側には加算の義務はなく、日本と同じ敗戦国の独や伊も事実上課せられていない。戦前、戦中にかけて日本の著作権保護の水準は、欧米に比べて低かった事情などが理由とされる。同協議会は「一方的な不平等条約を解消するためにも、保護期間を欧米並みにして、交渉の出発点に立つべきだ」と主張する。
 (中略)著作権の世界では、“戦後”はまだ終わっていない。延長の是非は、国内の著作者と一般の利用者だけの問題ではなく、国際的視野からプラスとマイナス両面の具体的な検討も欠かせない。

 国民会議の結成について、 11月11日付 読売新聞の解説面でも採りあげられていました。ただし記事の内容は、前半が国民会議と「著作権問題を考える創作者団体協議会」との主な対立点を示すにとどめ、後半では「戦時加算」を中心に紹介しています。
「延長の是非は、国内の著作者と一般の利用者だけの問題ではなく、国際的視野からプラスとマイナス両面の具体的な検討も欠かせない」だなんて、何だか「戦時加算」が無くなるなら延長にもメリットがあるみたいな含みを持たせているように読めなくもありません。

「戦時加算」に対する協議会側のこういった楽観について、国民会議の記者会見の中でそのものズバリの反論が示されています。 20 年の保護延長を先に提示しておいて 10 年の戦時加算を「諦めて」貰うなどという交渉法は下の下、結局は 70 年+戦時加算になってしまうでしょ、と。
 国内並みの権利行使を想定して付与した貸与権が、海外の権利者によって最大限に行使されてしまった例を思い出したりもしますね。楽観もほどほどにしてもらいたいものです。

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2006年11月 8日 (水)

「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2006/11/08/13870.html
「クリエイターら、著作権保護期間延長の議論を呼びかける国民会議発足」
(INTERNET Watch)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0611/08/news103.html
「『著作権保護期間の延長、議論を尽くせ』——クリエイターや弁護士が団体発足」
(ITmedia News)

http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMITba002008112006
「『議論尽くさない著作権保護期間の延長にNO』・作家や弁護士らが団体発足」
(インターネット-最新ニュース:IT-PLUS)

 私には、何かを語る言葉など持ち得ません。
 名を連ねた錚々たる面々、活動が軌道に乗りさえすれば間違った方向へ転ぶことはありますまい。その意味では大いに期待していますし、また出来る範囲でのサポートをしていきたいところです。

 もっとも部外者の私としては、個人の立場で何をしていけるのかをまず考えるとしましょう。
 私が今のところできるのは考えることと発言することだけですが、何とかこれに注力する環境を整えたいところ。




■サイト運用開始

http://thinkcopyright.org/
「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議 - thinkcopyright.org」

 記者会見で予告されていた通り、ウェブサイトが始まりました。

 発起人のリストも掲載されています。各紙報道には現われてなかった名前には、烏賀陽弘道氏・小野島大氏・境真良氏・常世田良氏・中村伊知哉氏・松浦雅也氏などなど‥‥音楽関係や著作権関係の話題を追いかけてきた人間にとっては馴染みのある名前が並んでいます。
 で、特に強調しておきたいのがこの3人。報道にも名前がちらっと書かれていたローレンス=レッシグ教授、そして横山久芳助教授と田村善之教授の名前まで! 第一線の法学者がこうした団体に名を連ねているのが驚きであると同時に嬉しい(まぁ「議論」のための団体だからこそ可能となったのかも知れませんが)。

 シンポジウムの概要も掲載されています。私も関東圏に住んでれば行ってみたかったのですがねぇ(しかし「輸入権」の時も仕事とぶつかって行けなかったりした)。たくさんの人が集まって盛り上がってくれることを期待しますよ。
 あと注目したいのは「みんなの広場」ですか。まだ助走段階だとは思いますが、「ご意見」と「古い作品を下敷きに(脚色・翻案して)新しい作品が生まれた例」を募集しているところです。知ってる範囲で協力していきたいですね。

(追記: 2006年11月9日)

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2006年10月 7日 (土)

映画著作物 1953 年公開作品の著作権切れ判断を踏襲 ──『シェーン』廉価 DVD もOK!

 映画著作物の保護期間については、 2004年1月1日 からの著作権法改定(施行)にともなって公開後 70 年とされています。反面、 2004年1月1日 までに著作権保護期間を満了したものについては延長の対象とはならず そのまま著作権切れ作品として扱われます。
 ここで問題になっているのが 2004年1月1日 で保護期間満了と(旧法で)されていた 1953 年公開作品です(つまり 1952 年までに公開された作品については一部の例外を除いて保護期間が満了しています)。文化庁の見解としては 1953 年作品も保護期間延長の対象であるとのことでしたが、『ローマの休日』廉価版 DVD をめぐる先日の仮処分申請への判断で東京地裁(高部真規子裁判長)は「保護期間満了」としました。
 『ローマの休日』と並行して提起された裁判が今回の『シェーン』のものです。やはり 1953 年公開作品であって、廉価 DVD が(権利者から)問題とされています。

http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006100601000493.html
「『シェーン』も著作権消滅 格安DVD販売認める」
(CHUNICHI WEB PRESS)



 2004年施行の改正著作権法で著作権保護期間が50年から70年に延長されたことに伴い、米映画会社などが1953年公開の映画「シェーン」の著作権を侵害されたとして、東京都内の会社に同作品の格安DVD販売差し止めなどを求めた訴訟の判決で、東京地裁は6日、格安品の販売を認め、映画会社側の請求を棄却した。

 清水節裁判長は判決理由で「53年作品には旧著作権法が適用され、保護期間は03年末で満了し、著作権は消滅した」との判断を示した。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20061006AT1G0602206102006.html
「『シェーン』も著作権消滅・格安DVD販売、東京地裁認める」
(NIKKEI NET:主要ニュース)



 訴えていたのはパラマウント・ピクチュアズ・コーポレーションと国内で同作品に関する権利を譲り受けた東北新社(東京)。(中略)

 東京地裁は今年7月、「ローマの休日」(米で53年公開)の著作権侵害を巡る仮処分申請でも、同様に著作権が消滅したとの判断を示した(映画会社側が知的財産高裁に即時抗告)。

 『シェーン』の場合は差止め訴訟が提起されていて、これに対する判決という形で東京地裁の判断が示されました(清水節裁判長)。判決の形で示されたのは初めてだそうですが、その判断としては『ローマの休日』仮処分申請へのものを踏襲した形のように見えます。
 ちなみに裁判所サイトで検索したところ、本判決がすでに掲載されていました。 PDF ですが、興味のおありの方は下記のリンクを辿って読んでみてください(私も後で読むつもりです‥‥権利者側の主張がかなり噴飯もののように思えますよ)。

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=33621&hanreiKbn=06
「平成18(ワ)2908 著作権侵害差止等請求事件
 平成18年10月06日 東京地方裁判所」
(判例検索システム>検索結果詳細画面)




■過去のうちの記事から──

 この 「1953 年問題」について採りあげたうちの記事をいくつか紹介します(手前味噌ですがね)。
 まずは今回の『シェーン』の件をとりあげたものから。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/06/53__ab44.html
「53年問題: 『シェーン』の廉価版についても提訴」
(エンドユーザーの見た著作権)

 ここで強調しておきたいのは、『シェーン』は未だに DVD 化されていないという事実です。
 実は訴訟の中で、 DVD 化の予定があったにもかかわらず廉価版の登場で中止せざるを得なかったとの主張を権利者側がおこなっています。しかしこれなどは噴飯ものの主張でしかなくて(そりゃ法廷での争いでは主張すべき手法なのかも知れませんがね)、自分で DVD 化するつもりがあったのなら、 DVD が市場投入されて 10 年以上も経っている今までの間に どうして DVD 化しなかったのだというツッコミが即座に入るところでしょうよ。
 あの名作が DVD 化できないほど売れないとは言わせませんぜ。むしろあれが市場に存在していなかったことの方が、映画好きの人間からすれば芸術・文化への冒涜に等しい行為です。

 こういった保護期間満了作品の廉価流通をめぐる争いは、著作権保護期間とかその延長とは本当はあまり関係のない話かもしれません。純粋に法解釈の問題でしかありませんからね。しかし、保護期間やその延長問題で考えられる問題を間接的に窺える事例ではあると言えます。
 そもそも著作権を持った人間ないし会社が“金にならない”と考えてしまえば、その作品は市場に流れず 存在を抹消された状態になり続けてしまうということなのです。たとえば『シェーン』は、ビデオデッキがなくて DVD しか見られない人にとっては記憶や記録の中にしか存在しなかった作品だったということになります。
 これで保護期間を(映画以外でも)延長するともなれば、もっと多くの著作物の存在が抹消されることになります。我々が継承していくべき芸術・文化のことを真剣に考えるなら、その延長に反対するか賛成するか、いずれが論理的な立場か明らかです。
 なお我々エンドユーザーが著作権保護期間について語るとき、権利者へ妙な遠慮を感じる必要は全くありません。むしろ我々に必要なのは〈文化を継承していく決意〉です。

 さて前の『ローマの休日』に関する件でも、うちで幾つか採りあげています。
 新聞報道では仮処分申請への判断に対して「映画会社側が知的財産高裁に即時抗告」したとされていて、ここでどのような判断が改めて示されるのかは判りません。でもこれまでの報道に寄せられた専門家のコメントからすれば「満了」判断に肯定的なものばかりですので、あまり心配することもないのかも知れませんが。
 要は、知財高裁がどこまで常識的判断を下すというのかという問題ですかね。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/05/post_dd62.html
「著作権保護期間:文化庁の解釈が司法判断で否定されるか?(追記あり)」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/07/53__df93.html
「53年問題: 文化庁の解釈が司法判断で否定された(追記あり)」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/07/53_5a0a.html
「53年問題:各紙報道から──」
(エンドユーザーの見た著作権)

 どう転んでも、文化庁の大チョンボは確定です(国家賠償訴訟になったりするのかな?)。

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2006年5月26日 (金)

著作権保護期間:文化庁の解釈が司法判断で否定されるか?(追記あり)

http://www.sankei.co.jp/news/060525/bun059.htm
「『ローマの休日』著作権 50年?70年? 激安DVD差し止め申請」
(Sankei Web 生活・文化(05/25 12:37))



 名画「ローマの休日」の著作権所有を主張する「パラマウント・ピクチャーズ・コーポレーション」が、同作の激安ソフトを販売する会社に販売差し止めを求める仮処分を東京地裁に申請していたことが二十四日、分かった。同作などが公開された昭和二十八(一九五三)年は、著作権の保護期間内にあるのか、期間が終了しているかが明確でない“空白の一年”で、映画の当たり年でもある。関係者の間では「五三年問題」と呼ばれ、司法判断に注目が集まっている。

『ローマの休日』と言えば、先だってリマスター版 DVD (2003年発売) を大々的に発売したり、角川の『世界名作シネマ全集』に収録させたり(2006年発売)と、著作権切れに伴って いろいろと“有終の美”を飾るように見えていたのですけど、当のパラマウントは切れてないつもりだったんですね。

※そう言えば、『世界名作シネマ全集』の『ローマの休日』収録号は「一部権利契約について予想外に時間を要してしまい」発売が遅れたんですが、このあたりも関係あるのかしらん(権利が切れてる・切れてないで揉めた?)。

 ちなみに、著作権法で映画の保護期間に関する規定は次の通りです。

http://www.cric.or.jp/db/article/a1.html
「著作権法」
(著作権情報センター)



(映画の著作物の保護期間)
第五十四条 映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後七十年(その著作物がその創作後七十年以内に公表されなかつたときは、その創作後七十年)を経過するまでの間、存続する。
2 映画の著作物の著作権がその存続期間の満了により消滅したときは、当該映画の著作物の利用に関するその原著作物の著作権は、当該映画の著作物の著作権とともに消滅したものとする。
3 前二条の規定は、映画の著作物の著作権については、適用しない。

(平十五法八五・1項一部改正)

(中略)

(保護期間の計算方法)
第五十七条 第五十一条第二項、第五十二条第一項、第五十三条第一項又は第五十四条第一項の場合において、著作者の死後五十年、著作物の公表後五十年若しくは創作後五十年又は著作物の公表後七十年若しくは創作後七十年の期間の終期を計算するときは、著作者が死亡した日又は著作物が公表され若しくは創作された日のそれぞれ属する年の翌年から起算する。

(平八法一一七・一部改正、平十五法八五・一部改正)



附 則(平成十五年法律第八十五条)(抄)
(施行期日)
第一条 この法律は、平成十六年一月一日から施行する。
(映画の著作物の保護期間についての経過措置)
第二条 改正後の著作権法(次条において「新法」という。)第五十四条第一項の規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物について適用し、この法律の施行の際現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物については、なお従前の例による。

 この規定を今回の例に当てはめるとこうなります。

 1953年 に公開された映画の著作権は 1954年1月1日 に起算します。
 また現行法で定められている 70年 保護の映画著作物は、 2004年1月1日 時点で権利の残っているものに限られます。これ以前に 50年 (改定前の保護期間です)を満了した著作物については保護が延長されずそのまま切れます。
 で、ここで問題となっているのは、 2003年12月31日 で権利が切れるとされたものの扱いなんですね。つまり 1953年 公開の映画著作物は 70年 保護されるのか、という。

 法律論は私からっきしなのでパス。
 ただ数学的に考えれば、「公表後七十年を経過するまでの間、存続する」と規定されている以上、公表後 70年 を経過した時点で切れますよね。すなわち 2003年12月31日 23時59分59秒 までは権利があるけれども、 2004年1月1日 0時0分0秒には切れていると。つまり『ローマの休日』の保護期間は 70年 に延長されていないという考え方もできます(廉価版販売業者はこう主張しているようです)。
 ところが上記産経記事によると「文化庁は、二十八年映画について『保護期間の終了した十二月三十一日二十四時と、改正法施行の一月一日零時は同時』とし、『改正法の施行時は著作権の保護期間内にあり、改正法が適用される』との見解を示している」とのことです。

 事実、文化庁編著・著作権情報センター刊『著作権法入門』でもその見解に基づいた説明がされています(申し訳ないんですが、私が持ってるのは 平成16年版 でひとつ古いものです。でも現行版も表現は変わらない筈です)。

オ 映画の著作物
・独創性のあるもの(劇場用映画など)
(a) 昭和28年 (1953年) 以降に公表された著作物
(中略)
(注)点線部分は当分の間変更なし。これは 平成16年1月 から映画の保護期間が公表後 50年 から公表後 70年 に変更されたことに伴うものである。

※『著作権法入門』 平成16年版 32ページ

 法律素人の私個人としては、文化庁の説明には全く納得できないわけですが(その割にこの問題に気付かなかったなぁ。苦笑)、司法によってどのような判断が下されるのか。ここは和解することなく しっかり争ってもらいたいところです。
 ──あんな変な解釈よりも、きちんと判例を立ててもらいたいものなぁ!

 ところで、私は手元に持ってないので調べられないのですが、加戸・逐条講義ではどう説明されているのでしょうね?




■だから著作権の保護期間を延長しちゃダメなんだって!

 著作権切れした作品で新たな著作物流通を試みる例としては、文芸著作物における『青空文庫』の活動が有名です。著作権保護期間の延長が議論される際には必ず引き合いに出されるところまで存在感が大きくなりました。
 実は映画著作物でも似たような例があって、著作権切れした映画作品を廉価 DVD で販売するということが近年盛んになってるんですね(まぁ『青空文庫』ほどの志があるかどうかは置いておいて)。著作権切れ作品の廉価ビデオというのは以前からもあったのですが、さすがに 500円 とかそういうレベルまで安いものは無かった筈です。

 文芸著作物は著作者の死後 50年 の保護です。ところが映画では(前述の通り) 70年 に保護期間が延長されてしまいました(もっとも映画の著作権は映画製作者=映画会社のものですので、死後起算ではなく公開後の起算です)。ということは、この延長問題に関係しているのは『ローマの休日』などの 1953年 公開作品だけではなく、仮に保護 50年 だったら既に満了していた筈の 1954年 ・ 1955年 公開作品もパブリックドメイン入りしていません。これらが廉価 DVD になり得ないという状態が今後 18年 続きます。
 さまざまな業者から発売されている廉価 DVD に収録された映画作品は、元々の製作会社からも正規 DVD として発売されているものが殆どです(いわゆるクラシック映画として扱われていますね)。廉価 DVD の方はおおむね 500円 から 1500円 程度ですか。それが、正規 DVD の方は 3500円 から 4500円 の値付けをしてしまう。いくら名画だからと言って、この値段で本当に売れると思ってるのか。現に店頭では若干の値引きをしても売れ残っている様子ではありますが(新作や近年作のメジャー映画だと 1000円 から 3000円 程度のものが多いんですけどね。古い方が高いというのは何だか奇妙な状態ではあります)。
 映画 DVD ではリージョンコードが設定されていますから、輸入盤との価格競争というものは存在しません。製作者の言いなりの値段で買わされかねないのが現状です。価格が高ければその分、人に鑑賞される機会を失います。

 著作権というやつは限られた期間だけの占有権であって、それが社会のコンセンサスなわけです。有限期間だからこそ認められている特権と言ってもいい。たとえ著作者といえども(あるいは製作者でも)、文化的所産として著作物を公にする以上、その利用を無限に阻むことは不可能なのですから。
 充分な保護期間として国際基準になっているのは 50年 です(死後もしくは公表後)。これだけでも長きに渡る期間であり、著作者(あるいは製作者)としての得るべき利益も充分確保されています。
 そんな著作物でも過去の文化の積み重ねから生じたのであり、いずれ文化の中に取り込まれる運命です。それが自然な流れで、文化とはそうして発展してきました。充分な保護を受けた後は自由に利用されることで新たな文化への糧となり、また新たな著作物の発生を導くのです。
 そうした中で、著作物が文化に組み込まれてから長い時間が経過した後、なお占有を主張する人間が出てきたらどうなるでしょうか。しかもその人間は著作物を制作した本人でもなく、また製作の現場にいた人物でもない。

 著作権保護期間は安易に延長しちゃいけませんね。
 文化的な営み(もちろん流通も含みます)を阻害する口実を「権利者」に与えるだけです。

※廉価 DVD がらみの話でしたので流通を中心に述べてきましたが、著作権保護期間の問題は流通よりもむしろ「翻案権」の行使の方が深刻だったりします。要は“盗作疑惑”のような言いがかりをつける口実が増えるということです。これでは新たな創作を阻害するのは間違いありません。




■「53年問題」 で北大・田村教授がコメント

http://www.asahi.com/life/update/0525/006.html
「格安DVDの販売差し止めを申請 米映画会社」
(asahi.com - 暮らし)



 北海道大の田村善之教授(知的財産法)は「文化庁の解釈が一般的だ。しかし、そもそも、利用と保護のバランスを考えたときに、70年間も映画を保護する必要があるのかという本質的な問題はある」と話している。

 朝日新聞の記事の中で、北海道大学・田村善之教授のコメントが掲載されていました(上記引用はコメント部のみ)。文化庁が言うところの「03年12月31日午後12時と改正法が施行された04年1月1日午前0時が接着しているため、改正法が適用される」という解釈が「一般的」なんですって。へぇ。
 では、田村教授の著書ではどう説明してるのか。──と思ったのですが、田村教授の代表的な著作で うちにもある『著作権法概説 第2版』は 2004年 改定の前の発行でした (2001年発行)。トホホ。
 うちにある他の本も 2004年 より前の発行だったりします(最新版に手が出ないで旧版ばかり古本で買ってるのですね)。唯一新しいのは半田正夫・著『著作権法概説 第12版』ですが、今回問題とされる部分についての詳しい説明はありませんでした。

 新聞報道によれば、旧法から現行法に切り替わった 1971年 でも同様の解釈が用いられたということです。そこで旧法との関係が書かれたくだりを調べていくことにしました。

田村善之・著『著作権法概説 第2版』
(2001年・有斐閣)
289ページより



 旧法は著作権の保護期間を原則として著作者の死後 30年 としていた(旧法3条1項、暦年主義につき9条)。ただし、将来の著作権法改正を見越して、 1962年以降、 1970年 の現行法制定に至るまで、漸次、存続期間を延長する暫定措置が採用され、最終的な存続期間は死後 38年 とされていた(旧法 52条 1項)。そして現行法では、 1971年1月1日 施行の際、既に著作権が消滅した著作物に関しては著作権を復活させない旨の経過措置を設けたので(附則2条1項)、結局、 1931年12月31日 までに死亡した著作者については、旧法により既に著作権は消滅していることになる。他方、 1932年1月1日 以降に死亡した著作者については、 1971年1月1日 の0時には未だ著作権は消滅していないので、現行法が適用される結果、死後 50年 の保護期間を享受する(以上につき、加戸・逐条講義 310〜311 頁)。著作権が創作活動へのインセンティブのためだけに付与されるものだとしたならば、既に創作活動が行われた著作物の保護期間など特に延長しなくてもよさそうなのだが、現実にはそう簡単に突き放していないわけである。

 田村・概説で「加戸・逐条講義 310〜311 頁」との参照指示がありますので、次いでこちらも。
 ただ、心当たりの図書館──いや端的に言えば北大の図書館なんですが、そこで最新版が閲覧できなくて(貸し出し中だったり一般人の閲覧不可だったり)旧版からしか引用できません。最新版は所有されている方にフォローしていただきたいところなのですが‥‥これが私の限界です。

加戸守行・著『著作権法逐条講義 三訂新版』
(2000年 ・著作権情報センター)
332ページより



(保護期間の計算方法)
第五十七条 第五十一条第二項、第五十二条第一項、第五十三条第一項又は第五十四条第一項の場合において、著作者の死後五十年又は著作物の公表後五十年若しくは創作後五十年の期間の終期を計算するときは、著作者が死亡した日又は著作物が公表され若しくは創作された日のそれぞれ属する年の翌年から起算する。
 本条は、保護期間の計算を簡明容易にするため、その基準点となる日の属する年の翌年の始めから起算して、死後 50年、 公表後 50年 又は創作後 50年 の期間を計算することとしたものであります。(中略)
 なお、「翌年から起算する」といいますのは、翌年の1月1日の午前0時から計算を始めることを言い、民法 第141条 ただし書の規定によって初日不算入の原則は排除されますので、民法 第141条 の規定によって、期間の末日の終了、即ち、起算点の 49年後の 12月31日の 午後12時 の経過をもって保護期間が満了することとなります。

 田村・概説で指示されたページではなく、その後の方のページから引用してみました。問題の文化庁解釈の一端が解る部分がここだと思いましたので。

 作花文雄・著『詳解 著作権法』からも同様の解釈に触れた部分を引用します。

作花文雄・著『詳解 著作権法 第3版』
(2004年 ・ぎょうせい)
398ページより



昭和6(1931) 年以前に死亡した著作者の著作権は、昭和 44年末 に保護期間が満了となり、現行法の死後 50年 の適用を受けることなく、旧法下で権利は消滅したことになる。昭和7 (1932) 年に死亡した著作者の著作物の保護期間は、旧法により 昭和45年12月31日 午後12時 まで存続し、そして同時刻は現行法施行日である 昭和46年1月1日 の午前0時でもあることから、新法の保護期間の規定が適用され、 死後50年、 つまり 昭和57年末 まで存続したことになる。

 以上のように、「03年12月31日午後12時と改正法が施行された04年1月1日午前0時が接着しているため、改正法が適用される」との解釈が、旧法から現行法 (1971年施行) へ切り替わる際にも用いられていたこと、そしてその解釈が田村教授のコメントのように「一般的」らしいことが(何となくですが)解ります。
 ──となると、裁判でこの解釈が否定されるのは難しいかも知れません。

 しかし。やはり引っかかるものはありますね。
 私としてはついつい厳密に考えたくなるわけですよ。
 映画の場合ですと公開の「翌年の1月1日の午前0時」から起算するわけです。つまりこの「午前0時」の瞬間は保護期間に含まれているわけです。そして 50年。 ちょうど 50年 です(閏年のことは考えないでおきましょう)。 2003年12月31日 に期間が満了する場合に、 2004年1月1日の 0時の瞬間が含まれるのか否か。
 ──数学的な観点からすれば含みません。起算で「午前0時」を含めているのですから、最後の「午前0時」をも期間に含めてしまうと 50年 を僅かに超えることになります。

 また、改正法の施行と重なるような特殊なケースではなく、普通に著作権満了となる年の場合にはどうなるのでしょうか。期限が切れるのはどの瞬間でしょう、 1月1日の 0時0分0秒なのか、0時0分1秒なのか。
 なお時刻の概念として「0時0分0秒」を用いるのなら 「24時0分0秒」 は存在し得ません。 24時 になった時点で日付が変わっているのですから(だからこそ「0時」の概念なのです)。

 そうやって考えると、やはり「一般的」とされる法解釈が論理的ではないように思われます。別の言い方をすれば一般常識から乖離しているのではないか、と。
 もっとも裁判では法解釈が全てなわけですから、被告(廉価版 DVD 販売業者)がどこまで戦えるのか判りませんが。

 理系人間の考え方として、『スラッシュドットジャパン』での議論を紹介しておきます。
 論理的に考えれば、文化庁の解釈には疑義が多く出てくるということです。

http://slashdot.jp/article.pl?sid=06/05/26/0614219
「1月1日施行の著作権期限延長法は12月31日期限切れの作品にも有効か」
(スラッシュドット ジャパン)

 この問題は翌年元日の起算だから発生してるとも言えるわけで、視点を変えてみると、問題になっている 1953年 公開作品はもう著作権切れとしても良いのではないかと思えます。なぜなら本来基準とされるべき発行日から起算していたなら、改定法の適用を受けなくても間違いなく 50年 の保護を受けていたのですから。これは充分な保護期間です。
 単純に、権利者の権利をより保護する意図なのでしょうが、それならそれでもう少し解釈の問題を引き起こさないような条文を用意できなかったのかという疑問もあります。

※翌年起算とする計算方法を批判している訳ではありませんので念のため。

(追記: 2006.5.27)




■この問題を採りあげたブログから──

http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060525/1148601864
「『ローマの休日』騒動」
(企業法務戦士の雑感)

http://d.hatena.ne.jp/dr_y/20060525#1148572680
「格安DVDの販売差し止めを申請 米映画会社」
(Mein Ort,Irgends)

http://d.hatena.ne.jp/attorney-at-law/20060524/1148478046
「著作権の保護期間」
(つれづれなるままに 〜弁護士ぎーちの雑感〜)

 この問題について言及したブログさんの記事を軽く紹介します。
『企業法務戦士の雑感』さんでは、旧法から現行法への移行の際に 1953年 公開作品を(解釈として)含めたのは「著作権が『有名作家の遺族の経済的利益を守る権利』として受け止められていた、という事情もあるのではないか」「このあたり、一種の政治マターにもなっていたようだ」と指摘されています。確かに、今でも政治的な判断で著作権法が改定されるケースが多いですものね、解釈の論理性はそっちのけで(「レコード輸入権」や私的録音録画補償金の例を挙げるまでもなく)。
『Mein Ort,Irgends』 さんでは、映画の著作権が延長されたことで生じる弊害について書かれています(『ローマの休日』についてというよりは一般論で仰ってます)。
『弁護士ぎーちの雑感』さんでは、田村教授が仰ったところの「一般的」な解釈には通じていらっしゃらない様子ですが、いや、素直に考えたら(法律を専門に勉強された方でも)こういう解釈になると納得した次第です。

 裁判所でも素直な解釈が為されることを願ってやみません。

(追記: 2006.5.27)

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2006年3月16日 (木)

今年もレコ協・ JASRAC とガチで やり合うしかありませんなぁ

 ええと、日本レコード協会の機関誌 『The Record』 3月号から──

【P.7 より抜粋】
音楽議員連盟第30回定時総会開催
 1977年 に結成された超党派の音楽議員連盟は、 2月22日、 衆議院第一議員会館において 第30回 総会を開催しました。ここにその模様を報告します。



【P.8 より抜粋】
議案書の採択の後意見交換に移り、芸術団体を代表して、最初に、(社)日本音楽著作権協会の船村徹会長から、「コンテンツの流通促進、利用の効率化を図るために、著作権の保護を弱めたり制限したりすべきだというような意見が大きくなりつつあることに懸念を感じている。また、文化芸術の国際交流が盛んになってきている中で、国際的なルールとの調和を図るために、著作権と著作隣接権の保護期間の延長が必要。(中略)」との発言がありました。引き続き、当協会佐藤修会長から還流防止措置導入後の成果へのお礼と音楽CDの再販制度擁護についての要請を行いました(佐藤会長発言別掲)。



【P.8 より抜粋】
◆佐藤会長 発言内容◆
 (中略)さて、音楽議員連盟の先生方に大変ご支援をいただき、昨年1月から導入されました「音楽レコードの還流防止措置」につきましては、お手許にお配りしました 2月10日付の 朝日新聞記事にあります通り、“中国において、日本の音楽の人気が高まり、海賊版に換えて正規品の流通が盛んになってきた”という形で実際の成果が現われてきています。
 (中略)ところで、既に報道されている通り、知的財産戦略本部のコンテンツ専門調査会は、 20日 に公表した「デジタルコンテンツの振興戦略」の中で、「音楽用CDを再販売価格維持制度の対象から除外することを検討する」と提言しています。
 しかし、音楽議員連盟振興会のメンバーでもある日本音楽著作権協会、日本芸能実演家団体協議会、そして私共日本レコード協会を含む音楽関係 10団体は、 コンテンツ専門調査会に対し、前もって「音楽CDのみを再販制度の対象から除外することを検討する」事に対し強く反対する旨の意見書を提出いたしました。
 その主な理由は、以下の3点です。
1.再販制度は、わが国の文化政策の根幹を成す極めて重要な制度です。当制度により音楽文化の「創造─保護─活用の知的創造サイクル」が守られ、作家やアーティストの活動の場が広がり、国民も多様な音楽文化を享受することができます。
2.同じ著作物の中で、音楽CDのみを再販制度の対象から除外するとした今回の提言は全く不当であり、納得できません。活字文化を保護し、音楽文化を低位に置く判断に基づいているとすれば大問題です。
3.音楽用CDは数多くの関係者による長期間の取り組みの結果、公正取引委員会によって5年前に当面存知の結論が下されました。その後、音楽業界は消費者利益の向上を目指し再販制度の弾力的運用に努めてきましたが、今回の提言はこうした努力や文化的視点での検討が全くなされてない中での提言です。

 ──ぶっとばしたろか。
 凄まじいまでの自己弁護。

 まぁ JASRAC の御大が仰ることからツッコんでおきますか。「コンテンツの流通促進、利用の効率化を図るために、著作権の保護を弱めたり制限したりすべきだというような意見が大きくなりつつある」のは権利者側の自業自得ですから。そちらが きちんとコンテンツ流通の努力をしていれば このような議論にはならんのですよ(まぁこいつは JASRAC 自身よりも、レコ協や芸団協に足を引っぱられている感もありますがね)。
 また、著作権・著作隣接権の保護が強すぎる場合──特にこれが原因で他者の人権が侵害されるとか、著作隣接権濫用のあまりにコンテンツの流通が阻害されるような場合は、これを弱めることで調整することも当然あり得ることです(著作権は天賦人権ではなくて、他の権利との調整が常に必要とされるものなのですから)。
 著作権・著作隣接権の保護期間延長の話に至っては支離滅裂というか、「文化芸術の国際交流が盛んになってきている」ことと保護期間は関係ないんですけど。それとも何ですか、保護期間が短いと「国際交流」をやる気がしない? でもそれって、死後 50年 の保護をやってる国(ベルヌ条約締結国の大部分はこれですよ)とは交流したくないって言ってるのと同じなんですが。「文化芸術の国際交流」と保護期間がどう関係するのか3コーラス程度でまとめて教えていただきたいですね →船村センセ。
 保護期間の延長が「必要」なんてのも理由が無いですね。保護期間を延長しないと困るのは、保護期間が長い国で日本のコンテンツがバカ売れし続ける時だけですよ──著作者の死後 50年以上 経ってるやつがね! しかしながら、今のままの保護期間で続けるメリットってやつもあるわけで、保護期間が長い国のコンテンツでも日本国内では短いままで満了します。本国より早く自由利用できるわけですよ、たとえば多種多様な翻訳・翻案を何十年も早く創作できるという。つまり日本がコンテンツ市場において輸入超過である限り、今の保護期間のままの方が文化的に有利なのです(古典をベースに新たな著作物が作られることは決して珍しいものではないですし、文化的に程度が低いというものではありませんわね)。
 延長を「必要」などと、特にレコード業界が言うのは 100年早い。 まず日本の音楽が海外で受け入れられて、日本のコンテンツ市場全体の輸入超過をひっくり返せるようになってから主張すべきしょう。たかだか中国の市場にすら進出できない(前年割れですよ、前年割れ!)段階で主張すべきことではありませんね。

 次。嫌われ者ヨーダの後を継いだレコ協・佐藤会長のありがた〜い御言葉。
 まず失笑を誘うのが「お手許にお配りしました 2月10日付の 朝日新聞記事」。あれあれ、自分のところで調べたデータはどうしたんですか。中国どころか、アジアへのライセンスタイトル数ですら 2005年 上半期で前年割れしてましたよね、確か。 2月22日なら 2005年 全体のデータが出ててもおかしくない訳ですが、出せない理由でもあるんでしょうか。
 しっかし、あの朝日記事が出た当時から怪しさ全開でしたけど、やっぱりレコ協の実績作りの“やらせ”だったんですかね。しかも 『Where is a limit?』 さんが指摘されているように、中国向けの差止め申立て(そして受理)が急増したり、リストの中で無意味に並べ替えて中国を目立つようにしたり、いろいろ工作してるようですからねぇ‥‥レコ協、朝日記事を利用しまくってますね(ところでコピー配布の際に、朝日の許諾は取ったんですかね?)。
 とまれ、還流防止措置の「実際の成果が現われてきます」なんてのは現段階では言えないわけですよ。それを証明できるのはレコ協の発表データだけ(笑)。出てきたら吟味させてもらいますぜ。

 佐藤会長はCD再販撤廃についても吠えまくりなんですが、これがまたツッコミどころ多すぎ。いやあの制度自体にツッコミどころが多いというのもあるんですが、それにしても必死なだけに論理破綻ばかりなのがイタいし、もう‥‥ただダダこねてるだけにしか見えなかったりもします。
「文化政策の根幹を成」しているのかがまず疑問。再販制度で保護されているレコード業界なのに、廃盤だらけで買えない音楽いっぱいなの何でだろう。流通コストが低いと言われてる音楽配信ですら手に入らないのばかりですね。音楽は売ってない、しかも年々売れなくなる、ミュージシャンへの実入りは不当に削られている(音楽配信の印税がCDと同じって何ですかそりゃ)。こんな三重苦で「創造─保護─活用の知的創造サイクル」ってどこにありますか?
「作家やアーティストの活動の場が広が」る? へぇ。各レコード会社が有名演歌歌手ばかり“首切り”して話題になってましたね、以前。あと丸山茂雄氏が mF247 を立ち上げられたのって、沖縄アーティストを紹介できる機会が今のレコード業界に無いからって話じゃありませんでしたっけ? あと今の新譜ってコンピレーションやカヴァーものばっかりですけど、こんな有様じゃ作家の活動の場なんて一向に広がらないじゃないですか!
「国民も多様な音楽文化を享受することができ」る? 嘘こけ!──なんて叫びたくなる音楽ファン(マニア?)は少なくないですよ。もっとも高い国内盤だけが いっぱい並んでるより、安い輸入盤(還流盤含む)がいっぱい並んでる方がありがたいって思ってるのは私だけじゃないと思いますがね(最近は洋楽輸入盤も入手しづらくなってる気がするんだけど、どーよ?)。
「同じ著作物の中で、音楽用CDのみを再販制度の対象から除外するとした今回の提言は全く不当」って、あなた、頼みますよ。映画やゲームだって著作物ですけど再販制度の対象じゃないですよ。そんな中でCDが再販対象から外されたっておかしくないでしょう、現に音楽配信は外されてるんだし。
「活字文化を保護し、音楽文化を低位に置く判断に基づいているとすれば」って、だって文字・活字文化振興法は音楽を対象としていないんですけど(まぁ歌詞はかろうじて含まれますかね)。その時点で音楽は「低位」だとは言えませんか? いやそれ以前に、佐藤会長、映画やゲームが音楽より「低位」であるかのようにも聞こえるんですけど。確かにそれは「大問題」です、でも前提が間違ってます(ちなみに私は活字についても再販制を撤廃すべきだと思ってますがね)。
「音楽業界は消費者利益の向上を目指し再販制度の弾力的運用に努めてき」たって。そもそも「消費者利益の向上」なんて実行されていないし、その努力が足りないからこういう話になってるのでしょう。時限再販をやっても全然CDは安くならない(一部旧譜の廉価ものは評価してますがね、私)、そして極めつけがアレですよ、還流防止措置。こいつがどう「消費者利益の向上」だったのか教えていただきたいです。あの価格だからこそ邦楽CDを買おうって人が出てきたかもしれないのに、政治力を駆使して(音楽ファンの反対を押し切って)創設を強行しましたねぇ。

 佐藤会長にも、知財戦略本部へ寄せられた意見をお読みいただくことをオススメしますよ。どれだけレコード業界の「努力や文化的視点」を分析した意見が集まったのか判りますから。ヨーダと二人、仲良くお読みくださいませ。
 たぶんお望みのような内容の意見は載ってないと思いますけど。

 同誌の9ページには、 「Topic & Infomation」 としてCD再販撤廃の話がまた載ってます。それによると音楽関係 10団体で 「音楽CDの再販制度を断固擁護する」という方針が決まってるそうですよ。
 ──今年もガチでやりあわないといけないようですねぇ、あの御老人たちと。


※再販制の話題を3連発にしてしまったのですが、私の書いてることがどれも同じってツッコミはなしってことでひとつよろしく。

Posted by 谷分 章優 再販制, 知財戦略, 著作権保護期間延長問題, 音楽と著作権 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年3月 1日 (水)

文化審議会著作権分科会 (第18回) ──私的録音録画小委員会が設置されるも、権利者側が一番ほしいのは著作権保護期間延長?

http://tontonsblog.seesaa.net/article/13968064.html
「TVのネット放映など検討 文化審議会著作権分科会(第18回)」
(Where is a limit?)

http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-55.html
「文化審議会著作権分科会(第18回)」
(zfyl)

 本日、文化審議会著作権分科会が開催されました。通算で 第18回、 期を改めて最初の著作権分科会ということになります。
 今期の小委員会構成を決定し、何を話し合うのか大まかに提示されるという流れだったようです。

 マスコミ報道の動向については 『Where is a limit?』 さんで追いかけていらっしゃるので そちらを御覧ください。私は分科会の中身を読む方に集中したいと思います。
 内容を知るためのテキストとしては、いつもながら傍聴レポートでお世話になっている 『zfyl』 さんの記事を使わせていただきます。今回も、配付資料の一部「分科会委員・専門委員名簿」「小委員会の設置について」「部会・小委員会委員名簿」を上げてくださっていて、また「議事概要(メモ)」も掲載していらっしゃいます。

 設置される小委員会は、法制問題小委員会・私的録音録画小委員会・国際小委員会の3つだそうです。流通・契約小委員会は外されました。前期では「著作権管理事業法の見直し」「著作権契約の在り方」(報告書 PDF) を審議していて、以後やるべきことも示唆しておきながら今期 審議をしなくてもOKというものではない気がするのですがね。
 ともあれ、気になるのは新しい私的録音録画小委員会の中身です。津田大介さんが委員として入っているのが頼もしいところですね。エンドユーザーとしての御自身の考えをビシバシと発言していただきたいな、と。
 ただ他がどうも‥‥ざっと見てみると権利者団体から6人、メーカーから3人、エンドユーザー側から2人、法学者から8人。正直、バランスが悪すぎます。特に、前期の法制問題小委員会では iPod 課金問題で思いのほか反対意見(中身もエンドユーザー寄りな意見)が出ていたのが、その委員らは皆 私的録音録画小委員会から外されてしまいました。この顔ぶれでは、私的録音録画補償金制度自体の見直しがどこまで進むのか心配になります。
 こちらの知りたいことを議論で採り上げてもらうような手段を考える必要が今まで以上にあるかと思われます。前期、図らずも山地委員が代弁してくれたような形で。私的録音録画補償金制度の議論に関して、私が明らかにしてほしい論点を(とりあえず思いつくまま)上げてみたのですが、必ずしもエンドユーザーに都合の良いことだけを話し合えば良いわけではない。どこまで根本的な論理構築をやれるかということを重視しなければなりません。
 その意味で、中山委員(たぶん法制小委で引き続いて主査に就任しますよね? まだ判りませんけど→(追記) 『Library & Copyright』 さんによると、中山委員は副分科会長に就任されたそうです。で、「この段階で中山先生の法制小委主査の芽がなくなった」とのこと。キッツー。委員としてバシッと釘を刺す中山先生というのも見てみたい気はしますが、しかしこの大事な局面で法制小委の主査に就かれないとなると、心配の方が先に立ちます‥‥)が一委員としてズバズバ発言されるのではないかと楽しみにしています。エンドユーザーにとっては厳しい内容になる可能性の方が高いのですが、そのバランス感覚はきっと有益なものとなるかと思います。

 津田大介さんがどこまで切り込んで行けるのか、せめてもう一人頼りになる人がいれば‥‥。

 (この段落だけ追加:2006.3.2)名簿の中で大事な人を見落としてました。小泉直樹委員(慶大教授)です。前期の法制小委で iPod 課金など補償金関連項目のすべてで異議を出された方です。毎日新聞に寄稿するなど、 iPod 課金見送りの多大な貢献をなさいました。よかった。ひとり味方がいたんですね。(追加ここまで。)




■委員発言を読みつつ‥‥

『zfyl』 さんで上げてくださっている「議事概要(メモ)」を読んで、感想でも書き留めておきたいと思います (『Where is a limit?』 さんからもリクエストを戴いてますし。笑)。
 ただ、今日の委員発言は それぞれがいつもと同じことばかり言ってるだけですので、ツッコミにも気合いが入らないというか、私自身のツッコミもマンネリ化しているかと思われます。
 ──たとえ今まで書いたのと同じ文章になるとしても敢えてやるのが私なのですが。

 いつものように、「議事概要(メモ)」では「内容の正確性は一切保証しません」とあります。ご注意下さい。私についても、あくまで この文章を読んで(これが事実であった場合の)感想を述べるという、事実関係の留保を伴ったものです。
 正確な委員発言については、1ヶ月ほどした後の公式議事録によって判明します。読者各位が自ブログでツッコミを入れる際はここに御注意ください。もし私が間違ったツッコミをしてた場合は素直に謝って訂正します。

○佐藤委員(レコ協):IPマルチキャストの著作権法上の取扱いについて。レコ協としても実現に協力したい。現在、レコ協は番組ネット流通に必要な権利許諾の一元化、簡素化のための集中管理の準備をしている。これにより放送番組のネット流通促進を支援し、同時再送信について円滑な導入に協力できると思う。
 民間の取り組みで解決可能であるにもかかわらず、権利縮小のような法改正をするのなら、知財の創造、保護に逆行すると考える。ご理解をよろしくお願いしたい。

 IPマルチキャストの実現に向けて、ぜひレコ協にも一層の努力をお願いしたい。それは確かです。
 しかし、IPマルチキャストの実現に著作権絡みの問題が生じているということは以前から指摘されていたところですし、経団連主導で二次使用の暫定合意が出来ていたにもかかわらず一向にそれが利用される気配がありません(まぁ関連する権利が異なりますからIPマルチキャストにすぐ繋がるものでもないでしょうが、これ突破口にはなりませんか そうですか)。
 地上デジタル放送への完全移行(予定。私個人は不可能と信じて疑いませんが)が 2011年、 それまでの間にIPマルチキャスト開始にメドが立たなければ知財戦略として政府が介入してくることも充分考えられるでしょう。IPマルチキャストは地上デジタル移行に間に合わせなければ難視聴対策になりませんから、アナログ停波まで相当程度の期間を残して権利制限を始める必要があるのではないでしょうか。

 別の言い方をすれば、当事者(権利者)がどこまで私見にこの「取組み」を進めていくかによって政府介入の有無が決まる、と。
 あるいは、ダメ元で〈IPマルチキャストが実現しなくても誰も困らない〉と主張してみますか?

○大林委員(芸団協):著作権等の権利がコンテンツの流通を阻害しているというようなことが外野でどんどん行われていることは、困ったものと思っている。そういうことには慣らされることなく、専門家に十分検討していただきたい。(中略)
 私的録音見直しの中でも取り上げられていたが、現行制度自体が、大岡裁きというか、絶妙のバランスを取った制度と思っている。それを見直すということなので、精神としては先人の知恵の出し方を十分考えて進めていただきたい。文化振興という視野と洞察力を持ってやればいい議論が出るだろうし、いい結論も出るだろう。
 IPマルチキャスト、同時再送信について。実演家、CPRAでもワーキンググループを発足、密度の濃い検討を続けている。いろいろご協力できると思う。
 最後に。毎度言うが、実演家の権利保護期間の問題がある。実演家の存命中に期限が切れるという非常にバランスの悪い状況である。ぜひこれを法制小委でも取り上げて検討いただきたいと思う。我々としては喫緊の課題と認識しているのでよろしくお願いしたい。

 まずですね、「著作権等の権利がコンテンツの流通を阻害している」のは事実ですよ。芸団協が自分の団体の構成員の窮状を把握しないでどうするんですか。
 いや、その「阻害」の原因の一端を芸団協が担っているとすればどうでしょうか。

 なぜCDに廃盤が存在するのか想像してみてください。
 なぜ iTMS で入手できない曲があれほど多く生じるのか。
 なぜ海外の iTMS で配信されてる曲まで日本で入手できないのか。
 日本のアーティストが配信を望んでも、なぜ全く配信される気配がないのか。
 廃盤になっているから せめて配信だけでもしてほしいと求めたアーティストの作品が何故 Mora のラインナップからも削除されてしまったのか。

 実演家の権利を守る団体というのは、こういう実態を改善するためにあるのではないですか。
 はっきり言います、これは著作権・著作隣接権が原因として発生したコンテンツ流通の阻害です。しかも、アーティストは流通を望んでいるのもかかわらず、彼らが本来得るべき利益(の機会)をこうして奪われているのです。加えて彼らが伝えようとしている音楽文化すら囲われてしまう。
 芸団協が他の権利者団体と足並みそろえて、「保護期間を延ばせ」だの 「30条 を廃止しろ」だのズブズブとやってる間にこのような事態がどんどん深刻化しているのです。

「外野」とはどこを指しているのでしょうね。
 いまここで発言している私たちはエンドユーザーであり、実際に著作物を購入する自然人です。アーティストは実際の表現を行なう自然人です。著作物の流通というものは この二人の自然人を繋ぐものであり、ここには「外野」なんてものは存在しません。
 再度問います。コンテンツ流通の問題を意識したときに「外野」とはどこにあるのでしょうか?

 エンドユーザーは、私的録音録画補償金の現行制度が「絶妙のバランスを取った制度」とは考えていません。あの創設の議論の中で全く意見を出す機会を与えられなかった(そしてあの制度創設後に本格的に音楽を買い始めた)エンドユーザーたちは あの制度自体に疑問を抱いています。面白くもないのに著作権法の法文を読み、参考書を買い求める人たちであってもです。
 もし現行制度が「絶妙のバランスを取っ」ているのなら、この制度を拡張しようとするのを おやめになっては如何ですか。レンタルCDから CD-R へ私的録音することを「違法コピー」などと喧伝するのを おやめになっては如何ですか。エンドユーザーがパソコンでCDを聴くことを妨害するのを おやめになっては如何ですか。
 現行制度下でエンドユーザーに重 DRM を強いているのは誰なのか。こうした行為で現行制度のバランスを失わせているのは誰か。エンドユーザーとはこのような矛盾を敏感に察知するものなのです。
 実態の伴わない「絶妙のバランス」とは、それによって利権を得ている者がそれを持続させるために制度を評価した言い回しとしか理解できません。

 さらに厳しい言い方を敢えてすれば、私的録音録画補償金制度に関して「先人の知恵」はさほど残されていません。ただなんとなく「不利益」があるらしいから、権利者とメーカーが課金ありきで談合を行なったに過ぎません。しかも妥協の末 決められた「談合」ですら権利者側から一方的に破棄されようとしている(それとも JEITA と和解しますか? あれだけ“メーカー悪者説”で罵っておきながら)。
 もっと「先人の知恵」が文書として残されていたなら、我々としても私的録音録画補償金制度について もう少しでも深く理解することができたのでしょう。が、残念ながらそこまで論理的な検討を尽くした文書が(少なくとも権利者の側からは)現われることはありませんでした。
 この話、廃盤の嵐で「先人の知恵」を葬り続けてきた業界が当事者なのですから、皮肉と言えば皮肉です。存在さえしていれば自分の権利を守るための「知恵」だったというのに‥‥。

「文化振興」は言うまでもなく著作権法の目的です。しかし忘れてならないのが、権利者の利益と利用者の「公正な使用」とのバランスです。権利者の「利益」を極大化するあまり「文化振興」が阻害されるようでは本法の趣旨に反するということです。
「文化振興」はどこにあるのか。それは未来ですよ。そして未来の文化は誰が創るのか。
 次世代のクリエイターはエンドユーザーの中から輩出されることを忘れてはならない。

 最後に。
「実演家の存命中に期限が切れる」とのことですが、活動を地道に積み重ねてきた実演家であれば、亡くなる時点に期限が切れているのは活動初期の極めて限られた期間だけではないでしょうか。この方が得られるインセンティブは既に充分 生じています。だって 50年以上も 続けてこれたのですから!
 逆に、 50年前に 少しの間だけ実演家として活動されていた方はどうでしょう。これから 20年 権利を延長したとして、この方は実演家として活動するインセンティブを得られるのでしょうか。何十年も実演家として活動していなかったのに?
 他の著作権・著作隣接権と同様、その延長によって更なるインセンティブが生じるかは疑問です。その前に、実演家については解決すべき問題が山積しています。 ただでさえ、実演家は他の権利者に食い物にされている存在です。

 ──効果があるか怪しい保護期間延長の前に、まずやることがあるんじゃないですか?

○岡田委員(JASRAC):佐藤委員、大林委員からの話と重複するかもしれないが、規制緩和の様子を見ていると、ユーザーの利益にウェイトがいっているような気がしてならない。知財立国を標榜するならクリエーターの利益をも重く見ていただかないと文化の再生産がなっていかない。ユーザーの喜ぶ顔だけでなく、クリエーターの喜ぶ顔も見て欲しい。インセンティブを高め、高い文化、世界に比する文化を創るエネルギーになればと思うので、IPマルチキャスト放送にしても、私的録音録画制度にしても、クリエーターの顔もよく見ながら議論していただきたい。

「規制緩和の様子を見ていると、ユーザーの利益にウェイトがいっているような気がしてならない」とのことですが、還流防止措置・雑誌書籍貸与権・映画著作権延長・送信可能化権といった権利強化一辺倒の著作権法改定を見れば その揺り返しが「ユーザーの利益にウェイトがい」くのは当然に思えます。また、著作権とは権利の付与によって情報流通を規制するという制度なのですから、「規制緩和」が「ユーザーの利益」になるのは当然です。
「1たす1は2になると言ってるような気がしてならない」と言われている気がしてなりません。

 我が国が知財立国を標榜する以上、現在のクリエイターを保護するあまりに次世代のクリエイターの出現を抑制することは許されません。 JASRAC の方々は良いですよね、すでに「クリエイター」として身を立てた方ばかりですから(あ、文化庁出身の方もいらっしゃいましったけ?)。
 どのように次世代のクリエイターを育てていくのか、その辺りを小一時間(中略)。
 次世代のクリエイターはエンドユーザーの中から生まれてくる──との真理は知財戦略本部がすでに意識し始めているところです。それにもかかわらず、当の「クリエイター」本人がこれでは‥‥。
 頼みますよ、ホント。

 あ、もしこれをお読みの方で JASRAC の中の人にお知り合いがいらっしゃる方、 JASRAC の中の人にはくれぐれもよろしくお伝えください。私たちも「クリエイター」に対価を支払うのは やぶさかでないのですよ。ただ、ロックンロールやジャズ・プログレを聴いているのに演歌の「クリエイター」にお金が行ってしまうことに納得できないだけですから。
「投げ銭」的に相手を指定して支払うことができれば、エンドユーザーの気分的には解決同然なんですがね(これは芸団協についても言えます)。

○佐藤委員:大林委員から、隣接権の話があったので。
 著作権延長については、平成19年度までに結論を出すテーマと位置づけられている。欧米諸国の多くが70年とされている。我が国でも速やかに実現すべきと考える。一方、隣接権の保護期間延長は、現時点での検討は時期尚早とされているのは理解しているが、アメリカは発行後95年であり、50年以上の国は少なくない。隣接権にかかる延長も速やかに検討を開始していただきたい。お願いします。

 この発言の中でも補足的に仰ってますが、確かに著作隣接権の保護期間延長(レコ協が特に強く主張しています)は「検討課題」の検討において「時期尚早」と一蹴されています。それを一番御存知の筈なのに また主張するなんて‥‥涙ぐましいにも程があります。
 レコード会社が権利を主張するたびにコンテンツ流通が止まっている現実をどのように理解されておいでなのでしょう →レコード協会会長様。まぁ還流防止措置については全くアジア進出に繋がっていなくて、しかも「受理済み」の盤が「申立て予定」を大きく下回り、当初予想されたほどにはコンテンツ流通阻害にはなっていないようですが(笑。もちろん皮肉。このままこの制度に機能不全が起こったらすぐさま廃止運動が始まるので そのつもりで)。
 それよりも、米国の 「95年」 に合わせないと困るような事態というのは、日本の音楽がきちんと米国に進出できてからの話なのですけど。アジアですらまともに進出できない、ましてや米国できちんと商売できてる日本の音楽ってどれくらいあるんですか? 殆ど日本市場に依存(アジア盤のダンピング分ですら日本市場頼み)しているような業界体質なので、何が困るのですか。
 もし今の状態が続けば、日本では欧米のレコードが早く著作権切れして 本国より先に自由利用できるんですよ。レコード会社にしても商売のチャンスなのに、どうして自らそんな機会を潰そうとするのでしょう。

 ──それはそうと、日本の 95年前の 「レコード」、入手可能なんでしょうか。



○角川委員(映像ソフト協会):先ほど、従来の著作権についてはクリエーター、ビジネス、ユーザーとの微妙な整合性がはかられているという話があったが、私もそう思う。通信と放送の融合ということで、デジタル化される中で著作権がどうありうるのかということの問題意識をきちんと持たないと、最終的には問題の解決にならないのではないか。デジタル化される中で、インターネット関連技術開発会社が、コンテンツがあらゆるデジタル機器で流れるようにと希望している。そうは簡単にいかないのだが、どうしたらそういう人の考え方にも沿って、コンテンツを持っているクリエーターの権利を保障できるかという視点を置かないと、小委員会も著作権保護の新しい答えを出し切れないことになるのではないか。私は必ず答えがどこかにあると信じている。委員会が形式に流れないで意見を戦わせて活性化していただきたい。

「クリエーター、ビジネス、ユーザーとの微妙な整合性がはかられているという話があったが、私もそう思う」ですか。権利者の方々は皆さんそう仰います。でも、「本来ならアナログコピーにも補償金をかけるべきだ」とか「CDから CD-R に焼くのは違法コピーだ」とか何とか仰る方も多いんですよね。どちらが本当なんだか、私にはサッパリ判らなくなってきちゃいました。
 現行制度でバランスが取れているのなら、黙ってていただきたいんですけど。

 まぁ「デジタル化される中で著作権がどうありうるのかということの問題意識」が大切なのは確かです。そして「インターネット関連技術開発会社が、コンテンツがあらゆるデジタル機器で流れるようにと希望している」ということも確か。ただ間違わないで戴きたいのは、全てのコンテンツが入手可能になることを望んでいるのはインターネット関連の会社だけではないということです。
 まずコンテンツというのは入手できてナンボです。アーティストの収入も、エンドユーザーも満足も、それが無いと発生しないのですから。どうしてコンテンツをもっと売るということをレコード会社の皆さんが考えないのか不思議でなりません(ゼロはいつまで続けてもゼロですよ)。
 ──てか、現状、アーティストにとっては不利益以外の何物でもないと思うんですけど。

「コンテンツを持っているクリエーターの権利を保障できるかという視点を置かないと、小委員会も著作権保護の新しい答えを出し切れないことになるのではないか」。
 ‥‥う〜ん、残念ながら今のクリエイターって殆どが「コンテンツを持ってい」ないんですけど。コンテンツを持ってるのは角川書店とかポニーキャニオンとか JASRAC (ここは信託譲渡)なんですけど。
 クリエイターの権利が保障される世界が実現したらどれだけ素晴らしいかと思います。でもそれはおそらく現行の著作権制度が大きく様変わりした時でしょうね。

 クリエイターが自分のコンテンツを所有し、自らの手でエンドユーザーに届け、日々の糧を得る。新たな出逢いが新たな作品を生む。実現したいものですね。

○三田委員(文芸家協会):保護期間延長について私見を。
 (中略)星の王子様の本自体が、岩波以外に10種類くらい、著作権フリーで出ている状況である。
 ご承知のように、フランスの場合、著作権期間が70年である。しかし日本は50年で、すると、日本で外国の作家の本を出す場合も、50年で切れてしまう。フランスその他の諸外国で著作権が生きている作家の本が、50年で日本ではフリーになってしまう。この状況というのは、世界的に見ると非常に恥ずかしい事態ではないか。政府や文化庁は日本で作られた各種著作物がアジアではかなりフリーで使われているということを問題視しているが、実際に日本だけ50年とやっていると、世界から取り残されてしまうという気がする。早急に検討していただきたい。
 しかしながら、文芸著作物の場合、死後50年以上たって需要がある、文豪のような人は比較的限られている。インターネットの世界では青空文庫に代表される、切れた作品をネットに載せることがやられていて、読む側からすれば大変便利な状況である。また、出版界から忘れ去られた作品を復刻するということも行われており、存続期間が切れているとフリーでできる。善意でそうしている人にとって、保護期間延長は大変な抵抗があると思うので、この問題を何とか解決していかないと、善意を無にすることになると思う。
 一番問題なのは、著作者の遺族の所在がわからないような場合である。復刻したい、ネットに載せたいが、許諾を得たいという場合に、遺族の著作権継承者の居場所がわからないというケースが非常に多いだろうと思う。いま、法律がどんどん厳しくなり、作家の住所録のようなものを人に勝手に渡すことができなくなっている。ますます著作権者の場所を突き止めることが大変困難になり、許諾を求めることが困難になっている。裁定制度が設けられているが、登録に1件1万円以上のお金が必要。儲かるものについては利用できるが、善意の人が、フリーのものを伝達したいというときに、現在の制度はかなり使いづらいと考えられる。裁定制度をもう少し簡略化し、善意を持って文芸作品等を後世に残したいと考える人がもっと使いやすい制度を構築しない限り、存続期間延長が困難になってくる。ネットでは著作権フリーで使うことが非常に広まっているので、70年にすると権利者が主張すると、ネット全体で大反対ということになると思う。文化庁は、法律を変えるときは、ネットでユーザーの意見を伺うということをしているので、そんなことをすると大反対の嵐ということになる。その為に、ユーザーにこれだけのことはするということをしないと難しいと思う。その点について、この場、文化庁の人から、将来に向けてアイデアを出していただければと思う。

前略
 三田誠広様。
 驚きました。
 いつも三田様の発言をとらえて批判していることを恥ずかしく思いました。
 本日の著作権分科会においての三田様の仰ることが、他の委員の発言と比べても とてもまともに聞こえたのです。

 でも、ひとつだけ言わせてください。
 話そうとすることは あらかじめ整理されるとよろしいかと思いますよ。
 だって、最初に著作権保護期間を延長するように主張されて、その次に青空文庫の話を持ってきては、保護期間延長がもたらす弊害の方が強調されてしまうではありませんか。しかも結びが文化庁へアイディアを求める言葉だなんて。お手上げって感じ?
 いい話を聞かせていただいたと思っていますよ、私は。
 でもそれって三田様の本意だったのでしょうか。
 わかりません。確かに三田様は障碍者の読書機会の確保については実現を強く訴えていらっしゃいます。でもその一方でいつも著作権強化のことばかり仰る。
 どちらが本当の三田様なのでしょうか。

 私は、より多くの人に本を読む機会を与えようとする三田様の方をお慕い申し上げます。

早々

追伸
 ──日本の方がフランスより先に著作権切れして、『星の王子さま』が何種類も出版されることが「非常に恥ずかしい事態」なのかについては敢えて感想を申し上げません。「より多くの人に本を読む機会を与えようとする三田様の方をお慕い申し上げます」とだけ申せば私も気持ちはお解りいただけるかと。

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2006年2月28日 (火)

ようやく正月のパブコメの全貌が判る?

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/contents/dai7/7siryou4_betu.pdf
「『知的財産基本法の施行状況に対する意見募集』に寄せられた意見(コンテンツ分野)」
(首相官邸:知的財産戦略本部
 コンテンツ専門調査会(第7回)資料4別添・ PDF)

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/contents/dai7/7gijisidai.html
「知的財産戦略本部コンテンツ専門調査会(第7回)議事次第」
(首相官邸)

 知的財産戦略本部コンテンツ専門調査会(第7回)の議事次第ページに「知的財産基本法の施行状況に対する意見募集の結果について」との資料が掲載されていたのですが、これの別添資料として「寄せられた意見(全体)」も追加されました。なかなかボリュームのある PDF です。
 この「意見募集」は、知的財産戦略本部が今年の1月6日締切りとして行なっていたものです。私も年末年始はこれで潰したようなものですが(笑)、こうして公表の機会があるのなら まぁそれも良いかと思ったりします。一番嬉しいのは他の方の意見が読めるところですけどね。

 本「意見募集」の結果は、知的財産戦略本部 知的創造サイクル専門調査会(第4回)でも公表されていました。ただしここでは「コンテンツ分野のみに係る意見は除く」としてあるので、すべての意見が読めるわけでは無かったわけです。
 そこで注目だったのはコンテンツ専門調査会での資料だったわけですが、おそらくこちらでは「コンテンツ分野」のみを扱っているのでしょうね。つまり両方を当たらないと知財戦略本部パブコメの全貌は見えてこない、と。まぁ見えて何になるのかという話もありますが(笑)。

 ──また読まなきゃならない資料が増えちゃったなぁ(この資料を読めるのは嬉しいんだけど)。

 ちなみに、コンテンツ専門調査会デジタルコンテンツWGでも独自に意見募集を行なっていまして(時期としてはこちらの方が先)、その結果はWG第2回において報告されています。興味がおありの方はこちらでもどうぞ。

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2006年2月 2日 (木)

著作権保護期間延長への動きは既に影を落としている

http://d.hatena.ne.jp/copyright/20060201/p1
「著作権保護期間延長の青空文庫への影響」
(Copy & Copyright Diary)

http://www.aozora.gr.jp/soramoyou/soramoyouindex.html#000177
「著作権保護期間延長の対象となるりうる作品への取り組み方針」
(そらもよう)

『Copy & Copyright Diary』 さん経由、著作権保護期間延長への動きが青空文庫の活動に影を落とし始めているという話です。青空文庫の「そらもよう」で、2年後に著作権切れする作品を(先行して)テキスト化し始めるか否かという判断の難しさが告白されています。これから1〜2年で保護期間延長が実現してしまうと作業が無駄になりかねないからですね。
 結局、従来どおり先行作業を行ない、同時に保護期間延長(のおそれ)に対してアナウンスしていくという方針を採ったようです。

 何とか保護期間延長を阻止し、青空文庫を守り抜きたいものです。

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2005年11月21日 (月)

いよいよ著作権保護期間延長問題が表に出てくるか?

http://00089025.blog8.fc2.com/blog-entry-150.html
「そして、また、今年も日米年次改革要望書が取り交わされた」
(The Casuarina Tree)

 『The Casuarina Tree』 さんより。外務省のサイトに「日米年次改革要望書」が掲載されたそうで、その中にやはり著作権保護期間延長の「要望」が織り込まれているそうです。これは文化審議会 著作権分科会 法制問題小委員会における「検討課題」にもありますので、来年は間違いなくこいつが議題の中心となります。

 心して行きましょう。

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2005年10月24日 (月)

著作権保護期間の安易な延長は文化の多様性を奪う

http://blog.drecom.jp/ecolin_profile/archive/464
「著作権法70年はやはり問題ありでしょ?」
(ふっかつ!れしのお探しモノげっき)

 『ふっかつ!れしのお探しモノげっき』さんで、著作権保護期間の延長問題が採り上げられています (『Copy & Copyright Diary』 さんの記事に触発されたようです)。ここ数年「新訳の出版が増えている」とか。著作権切れのために各出版者からの新訳が相次ぎ、ちょっと前に話題になった『星の王子さま』が代表例ですね。
 文化というのは多様性が命です。多様性が新たな創作のきっかけを作り、さらなる多様性を生んでいきます。特に翻訳本の場合には幾通りもの訳し方があるわけで、訳本が複数出版されることは原著への理解を深める絶好の機会と言えます。また、日本語表現そのものの多様性を味わう機会にもなります。いずれも、文化の発展に資するのです。
 翻訳に限らず、創作というものは過去に発表された作品を下敷きにして行なわれるものです。今どこかの漫画家がパクったとか何とかで話題になっていたりしますが、これは程度問題であって、本来パクりパクられるのが文化の本質と言えます。そもそも「文化の発展」という概念自体、過去の文化を踏襲し新しいアイディアを加味していくというものなのですから。また、創作をやっていくには、その前段階として鑑賞や模倣が必要です。これらをまとめた「利用」の促進が無ければ、文化の発展はあり得ません。
 もっとも無制限にパクリを認めては、新たに創作していこうという人が出てこなくなるんじゃないか、創作者が生活していけるようには保護していこうじゃないかという考え方もあります。自由利用が進むあまりに「文化の発展」が低下していけば本末転倒ですから。そこで設けられているのが御存知・著作権制度ですね。しかしこれが行きすぎると「文化の発展」が阻害されます。過去の文化を踏襲できなくなりますから。
 著作権保護期間という問題は、上のような創作者保護と利用促進とのバランスを見据えたところで考えねばなりません(まぁ保護期間に限らず、全般的に言えることではありますが)。保護期間を「死後 50年間」 から「死後 70年間」にすることが適切なのか否か。死後の保護が長くなれば創作は活発化するのか。逆に、保護期間が延びることで、青空文庫などの著作物保存・利用の試みが阻害されたり、新訳出版ブームに水を差したりすることになります。これをどう考えるべきか。
 私は、今以上に保護期間を延長するという動きを文化庁らが見せれば、反対の声を挙げます。ただでさえ、現行の著作権制度は文化発展を阻害するところまで強化されすぎていると思いますから。

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2005年10月 5日 (水)

「青空文庫のほん」

http://www.siesta.co.jp/aozora/archives/002346.html
「青空文庫のほん」
(aozora blog)

 著作権切れした文学作品をネットで配布しているボランティア図書館・青空文庫の本が発売されるそうです。目次が掲載されていますけど、青空文庫を利用していながら(私 『Azur』 を持ってたりするんです)その運営についてはあまり意識しないでいました。この機会にこの本でも読んで、多少の利益還元をしてみようかと思ってます。

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