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「日本文化は、なぜブームで終わるのか」
(エンドユーザーの見た著作権)
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「日本文化は、なぜブームで終わるのか(趣旨説明)」
(エンドユーザーの見た著作権)
遅ればせながら、件の全面広告に対する反撃として──
もはや権利者団体の側には、真剣に、著作権のあり方を論じようという人間が全く表へ出てこないことに私は戦慄します。本当に彼らは表現者の集まりなのか? その言葉には論理の裏付けが全くなく、いつも繰り返すだけ繰り返してきた文字列がまたしても紙に定着されているのみ。そこに意味も重みも、切実な感情すらも表現されていない。そんな内容。
この種の議論においてよく為されるすり替えは“著作権を強化することは絶対的に正しい”“著作権強化に反対する人間は著作者をないがしろにしている”というものです。実際の論点は〈著作権強化は著作者を含む社会に害とならないのか〉〈著作権の保護は現状で充分なのか、足りないとしたらどこを改善すべきか〉というところであるにもかかわらず。
彼らとしては、スローガンを並べ立てる以上の意味は見いだしていないのかも知れません。しかしこれらのスローガンの“行間”を読んでいくと、とんでもないことを言っている場合が非常に多い。まったく論理的に繋がっていないのはまだ可愛いほうで、他の著作者への配慮に欠けていたりして(要は独善的だったり差別思想に凝り固まったもの)。最も私が気になったのは、彼らが過去に為したことに関する権利意識が丸出しで、これから創作をしていくであろう人たちの不利益には全く配慮していないということです。
日本人として最低限の“国語力”をもって読めば、かのスローガンのそうした性質を感じ取ることができる筈なのですが、書き手は何を考えているのでしょうか? 読者を馬鹿にしているのと同じことではないのか。
思考停止を声高らかに宣言しているザマを見ていると、我々は彼らに「日本文化」を任せていて大丈夫なのかという気にすらなってきます。まともな人も確かにいるのでしょうけど、そういう人たちが こうした場で表に出てこないということ、また件の連中が「代表」面をしていることによる逆効果について、是非危機感を持ってもらいたいものだと思わざるを得ません。
何度も書きますけど、本当に彼らは表現者なのですか? 日本語の使い手なのですか?
■各氏のコメントに対して──
船村 徹 作曲家 (JASRAC 会長)
命を削る思いで作った作品も、人々に拍手で迎えられるものは稀です。世に知られる事なく消えていった作品は数え切れません。ひとつでも多くの作品が歌い継がれ、人々の生活に息衝くものとして、長く保護されることは私どもの生き甲斐であり、願いです。
船村徹 様
いちど世に問われていながら消えていくような著作物の存在を良しとする時点で、私は先生のお言葉を肯定できませんね。しかもその消えていく原因がユーザーに受け入れられなかったことにあるのではなく、著作権の“行使”だったとしたら尚更です。また著作権が切れたら歌い継がれなくなるのでしょうか、人々の生活に息づかなくなるのでしょうか。死後50年もの保護が既に得られている今、これ以上の権利強化が「生き甲斐」だとしたら、自由に「歌い継がれ」自由に「生活に息衝く」ことがその「生き甲斐」ではないと明言しているに等しいと思います。
松本零士 漫画家 (社)日本漫画家協会 常務理事
漫画家という創作、創造の道を選んだ私達は、生涯を懸けた夢を果たす為にひたすら歩んでいる。そこには明日への保証も、定年も未来への保証も何も存在しない。年代もキャリアも関係なく、互いに夢を追いながら、命尽きる瞬間まで、ひたすら創作、創造への挑戦を続ける覚悟で皆この道を駆け続ける。いつ路傍に亡骸をさらそうとも、自らの選んだ夢に悔いは無い、刀をペンや絵筆に持ち替えた永遠の浪人として創作の道を歩いている。金の為だけ創作をしている訳ではない、想いを懸けた夢と創作者としてのプライドが総て、70年延長問題に凝縮されているのです。
松本零士 様
創作・創造への「挑戦」をする人たちに対して、誰がそれを望みましたか。こう言っては何ですが、あなたがたが好き勝手に選択した生き方に対して、社会が不利益を甘受してまで「保護」を与える必要など全く感じません(どこまでの保護がフェアで、どこからの保護が過剰なのかという議論は常に必要だと考えますが)。「金の為だけ創作をしている訳ではない」のなら、著作財産権の延長へと話は繋がりません。著作者人格権は実質永遠に保護されています。
林 真理子 作家 (社)日本文藝家協会 理事
徹夜の連続で生み出した自分の小説は、大切にしてもらいたいし、読まれればもっといい。いま、私の故郷の町に本屋は無い。活字文化を守り立てる妙案を真剣に考えて欲しいと思う。作家の著作権が、日本では死後50年までというのも文化の貧しさなのだろうか。
林真理子 様
書店の減少や活字文化の「振興」は、著作権保護期間延長の是非とは全く関係ありません。よくよく考えねばならないのは、今まで書店が増えようが減ろうが、ずっと著作権の保護期間は死後50年であったということです。さらに言えば、再販制の保護のもとで書店が減少してきたということです。その原因が著作権保護期間の他にあるのは明らかではありませんか。また著作者の死後50年を経過した出版物のうち、どれだけが現実に流通しているのかお考えください。そこから20年分だけ著作者に利益還元できるようになったとして、書店の営業にどれだけのプラスになりますか。活字文化がどれだけ「振興」されますか。そこまで考えてから御発言ください。
吹田 文明 版画家 (社)日本美術家連盟 理事長
保護期間の延長は作品の読み手である著作者にインセンティブを与え、文化芸術の振興に寄与します。又、コンテンツが瞬時に世界中を飛び回る今日では、一国のみで著作権を守る事はできません。国際的な協調が不可欠です。それが国同士の文化を尊重することにもなります。
吹田文明 様
保護期間の延長がどう「インセンティブ」となるのか説明を要しますね。なお多くの場合「インセンティブ」にならないと三田某氏が認めていたりするんですけど(「保護延長はインセンティブの問題じゃない」)。延長要望派でまず意見交換されたは如何ですか。また、国際的な「協調」を強調されるのであれば、実際に死後50年の保護で制度運用している国にはどう対処されていくのかも示さないと説得力が無いと思われます。
福王寺 一彦 日本画家 日本美術著作権連合 理事長
生命を懸けて創作した作品とその制作態度は時代を超えて人の心を療し、掛け替えのないものです。昨年に安井曽太郎先生が、今年は高村光太郎先生が、来年は小林古経先生と川合玉堂先生が、09年には横山大観先生が著作権消滅になってしまいます。保護期間延長を祈らずにはいられません。
福王寺一彦 様
著作権が切れたら、安井曽太郎・高村光太郎・小林古経・川合玉堂・横山大観 諸先生の作品の価値は無くなるのでしょうか。それこそ諸先生方の業績を貶めることにはなりませんか? 現に著作権が切れている作品をみつめ、それがどう扱われているのかを理解してから発言されては如何ですか。
寺島 アキ子 脚本家 (協)日本脚本家連盟 常務理事
著作権の保護期間を、死後70年に延長して欲しい。現在、世界の半分近くの国が、死後70年になっています。先進国と言われる国のうち、未だ死後50年の国は、日本など極めて少数です。わたしは、日本国の名誉のために、死後70年にして欲しいと思います。
寺島アキ子 様
死後70年の保護を定めている国が「世界の半分」に満たないことはお認めいただいているようで何よりです。「先進国」という括りを敢えて設定されているところなど、自らの非論理を認めることに繋がっていて興味深いものです。恣意的に国を選んでいるだけの話で、まったく議論に値しません。そもそも他国を「先進国」か否かで区別すること自体、国際的な観点から言って不適切と言わざるを得ません(自国を後進国よばわりするのは勝手ですけどね)。著作権制度は「先進国」よりも広い枠組みで運用されていることを知るべきです。
那須 正幹 児童文学作家 (社)日本児童文学者協会 評議員
土地や金銭などの財産は、未来永劫正当な相続者に継承されるが、個人の創造物である著作や音楽など知的財産は、死後一定の期間が過ぎると権利を失う。べつにわがままを言うわけではないが、せめて欧米並みの期間を保証してもらいたいと、切に願っている。
那須正幹 様
自然状態では自由に流通していくのが当たり前の情報に対し、人工的に独占権を与えたのが著作権です。そのような制度が「一定の期間が過ぎると権利を失う」ように構築されているのは当然のこと。保護期間を延長すれば、もともとあった無理がさらに大きくなります。社会に不利益を押しつけてまで権利を広げろと要求するのは、「わがまま」以外の何物でもないことを指摘しておきます。
川村 たかし 児童文学作家 (社)日本児童文藝協会 会長
欧米で現行70年の著作権保護期間が日本で50年を経過した時点で海外で使用され、混乱を引き起こすことも想定されます。著作権について適正な管理を行う上でも、日本の保護期間を海外の基準に合わせておく必要があります。
川村たかし 様
欧米と日本とでは現に著作権保護期間の違いがあるわけですが、今までにどのような混乱が起きたんでしょうかね? 『星の王子さま』で混乱しましたか? 逆に保護期間を延長したことで、映画での 1953年 問題が生じてるんですが。百歩譲って これから混乱が起こるとしても、どのような混乱が想定されるのか、まずそれを示すべきでしょう。海外の権利者がどう騒ごうとも日本においては日本法の規定が全てですから、むしろ混乱など起こりえないと思いますがね。
津上 忠 劇作家 (社)日本演劇協会 専務理事
当協会は劇作、演出、舞台美術等に携わるスタッフ関係者を主に約300名の会員によって構成され、結成以来半世紀以上にわたって著作権擁護とその普及のために活動してきました。今回の70年延長問題は無論賛成で世界の先進国並みにぜひ実現を願っています。
津上忠 様
演劇界の第一線から保護期間延長に異議が出されていることについてはどうお考えですか。少しでも現場の声を聴く謙虚さがあれば「無論賛成」などという恥知らずな言葉は吐けないと思われますが如何。また、あなたの言葉には書き手としての傲慢が見え隠れしており、演劇界というのは演出家・実演家も含めてのものであることをお忘れであるかのように見えます。演劇界を代表するお立場であることを是非思い出してください。
野村 萬 狂言師 (社)日本芸能実演家団体協議会(芸団協) 会長
実演家の保護期間は、実演の「固定後50年」と規定されております。長寿社会の今日、殆どの実演家が、生存中に法的権利が消滅してしまいます。世界に先駆けて、是非、実態に合った実演家の保護期間の延長をお願いいたします。
野村萬 様
文化審議会著作権分科会法制問題小委員会において、著作権はともかく著作隣接権の保護期間延長は「時期尚早」と結論されている事実をご認識ください(検討課題にすら残らなかったのですよ!)。まして海外の実例を見ても著作隣接権の延長など行なわれていないのであって、「国際協調」を旨とするあなたがたが「世界に先駆けて」要求するというのはおかしいでしょう。しかも著作物流通の阻害要因としてどうして著作隣接権がいつも槍玉に挙がっているのか、それをよく考えるべきですよ。
佐藤 修 (社)日本レコード協会 会長
著作物を創作的に表現し、伝達する役割を担うアーティストやレコード制作者は、日本の音楽文化の発展と産業の振興を支えています。著作権とあわせて実演、レコードの保護期間延長が必要です。
佐藤修 様
地上デジタル放送のIPマルチキャスト同時再送信の実現に向け、著作隣接権があっさりと制限されることとなったのは記憶に新しいところです。レコード製作者の著作隣接権がレコード利用の阻害要因となっているのは、いまだに広まらない音楽配信のような不当な“権利行使”だと公認されたようなもの。しかもあなたがたが始めたという著作隣接権の集中管理は放送番組だけを対象にしており、音楽配信は相変わらず妨害するという有様です(日本人が iTunes Store の先進的サービスを海外版同様に享受できるのはいつなんでしょうね?)。このような状態で著作隣接権を延長しようという要望が聞き入れられる訳がなく、まずその前に己らの行ないを正していただきたい。というか、レコード製作者からは許諾権を取りあげるべきだとすら思います。あなたがたが権利を持っていたって、「日本の音楽文化の発展と産業の振興」にロクな効果をもたらしはしません。
青木 光一 歌手 (社)日本歌手協会 会長
歌手の権利を守る事を第一に揚げている(社)日本歌手協会としては、至極当然の事として20年延長に賛同いたします。世界の流れを見ても同様に、それだけ権利者に対しての社会的地位が認められてきた当然の帰結で、知的財産立国としては、延長するべきと考えます。
青木光一 様
保護期間の延長は、そもそも「権利を守る」ことではありません。もともと無かった範囲へと権利を広げるということです。青木様の発言を読ませていただきますと、権利を強化すれば自動的に歌手に利するとしか考えていらっしゃらないようで、社会に対する負の影響についてはお考えが至っていないおうにお見受けします。自己中心的というのはこのようなものを言うのですね。勉強になります。
朝妻 一郎 (社)音楽出版社協会(MPA)会長
世界の音楽を受け入れ、日本の音楽を世界に向けて発信しようとしている私たちは、そこで使われている共通のルールに従ってビジネスを行わなければなりません。世界の先進国の中で日本が特別ルールを使っているという異常事態を解消する必要があります。
朝妻一郎 様
ここまで無知をさらけだせる豪毅な姿勢には感動すら覚えます。私めには真似できません。国際的な「共通ルール」がベルヌ条約だということを私は無視できませんし、このベルヌ条約に定められた著作権保護の義務が「死後50年」までであるという事実を念頭におかないで発言することなど私には到底できません。「日本だけが特別ルールを使っている」という新説(珍説?)を披露する勇気も私にはありませんし、そんな認識のままで表舞台に立つ勇気も私にはありません。
三枝 成彰 作曲家 (社)日本作曲家協会 会長
今こそ著作権の大切さを皆さんに知っていただく時だと感じています。多くの人に受け入れられる作品を作り出した人にはそれに見合う収入を手にすることができると広く知らしめれば、作り手を目指す若い人たちも増え、日本文化をさらに元気にしていくことにつながるでしょう。
三枝成彰 様
「今こそ著作権の大切さを皆さんに知っていただく時だ」「多くの人に受け入れられる作品を作り出した人にはそれ見合う収入を手にすることができると広く知らしめれば、作り手を目指す若い人たちも増え」ですって。しかしそれに共感する「皆さん」ってどれくらいいるんでしょうね。著作権の保護期間を延長することで金を得られるのは権利管理団体の連中だけ、若い著作者は業界慣行でもって低収入のまま、しかも著作権強化で「禁止」表現のオンパレード。今こそ著作権の危険性を「皆さん」に知っていただく時だと、私などはむしろそう考えますね。
たか たかし 作詞家 (社)日本作詞家協会 理事長
著作権の保護期間延長に反対する人たちは、創作物への尊敬・礼儀を著しく欠く昨今の状況に片目をつぶって、專ら利便性・経済性の面からのみ主張する。著作権の延長は、著作物を再利用して新しい創作物を生み出す上で何の障害にもならないことを強調したい。
たかたかし 様
著作権の保護と「創作物への尊敬・礼儀」を直結させること自体、非論理の最たるものと言えます。日本語を駆使し表現する者として実に嘆かわしい。これだから日本語は「非論理的言語」などと蔑まれてしまうのです(しかし私に言わせれば、日本語が非論理的なのではなく その使い手が非論理的であるに過ぎません)。話が脇道にそれましたね。著作権切れした著作物を日本人が「尊敬」していないのか、「礼儀」を本当に失しているのかを考えてみてください。すぐにたか様の主張が間違っているとお気づきになるでしょう。また「創作物への尊敬・礼儀」は著作者本人に向けられるものであって、それは著作者の遺族(あるいは著作権を譲渡された者)には向けられないことくらいご想像いただけますよね? 「尊敬・礼儀」とは一身専属性のものであって、その遺族といえでも相続できるものではありません。著作権と同列で語ること自体おかしいものです。
服部 克久 作曲家 日本音楽作家団体協議会(FCA)会長
知財立国がさけばれるなか、我々著作者は質の高い質の高い作品創りを目指して頑張っています。ネットの普及により作品が瞬時に国境を越えていくこの時代、せめて国際的に同じ土俵で戦わせて下さい。戦時加算の廃止と保護期間の延長とを強く訴えます。
服部克久 様
「質の高い作品作りを目指して頑張ってい」る結果が「どこまでもいこう」だったというのは皮肉でしたね。インターネットが普及し「作品が瞬時に国境を越えていく」のが期待されていながら、著作権・著作隣接権が邪魔をして充分に実現できていない現状をどうお考えでしょうか。恥ずかしくはありませんか。死後50年までの著作物においてすら海外への進出を殆ど実現できていない。こんな有様で死後70年に延長してご覧なさい。どういう因果関係があって海外進出に繋がるというのですか。尊敬申し上げる服部先生にこのようなことを言うのも心苦しいのですが、寝言も休み休み仰ってくださいませ。
丹野 章 写真家 (協)日本写真家ユニオン 理事長
著作物の作者は永遠に作者であるように、著作権も永久であるべきです。しかし現在の作家に恩恵が及ぶわけではないので、ある時期から先は許諾不要の有償制として若い創作者の支援に充てるべきです。それにしても保護期間は先ず必要な事です。
丹野章 様
「著作権も永久であるべき」とは、本音では思っていても要望派が誰も口に出せない言葉を代弁していただきありがとうございます。これで反対派の立場も強固なものになることでしょう。暴論以外の何物でもないからです。もっとも「ある時期から先は許諾不要の有償制として若い創作者の支援に充てるべき」という提案は悪くありません。しかしそれは死後50年の保護である現在でも可能なことですよ。やりべきとお思いでしたら、今から実現してくださいまし。ちなみに著作権法は写真だけを保護する法律ではありませんので、この提案を実現するには それなりのシステムを用意しなければなりませんし、それが出来上がってから延長を議論すべきかと思われます。登録システムを整備した写真についてのみ永久保護を唱えていらっしゃるのなら別ですけど。
田沼 武能 写真家 有限責任中間法人 日本写真著作権協会 会長
著作権は人類全てが平等、対等に持つことのできる素晴らしい権利です。それだけに権利が保護される期間も、できるだけ共通であるべきです。世界の主要国が70年で歩調を合わせているいま、わが国が遅れをとることは、知的財産の輸出国をめざす日本として如何なものかと思います。
田沼武能 様
もしあなたの仰る「権利が保護される期間も、できるだけ共通であるべき」が真実ならば、死後50年でとどめておくべきです。なぜならベルヌ条約締結国の過半数はこの基本原則を採用しているからです。また、現在の日本が知的財産の輸入超過国である現実をも直視しなければなりません。日本はこれから「世界の主要国」に追いつかねばならないのです。日本の発展(国力の増強)を本気で考えるのならば、学びのを阻害しかねない著作権延長など許されるものではありません。それでもなお権利延長を望まれるのでしたら、素直に「知的財産の輸出国をめざす」のをやめよと仰ってくださいませ。
■最後に
以上、 3月21日 に一部地域の一部新聞に掲載された全面広告への反論を終了します。
しかしそもそも私が住んでいる北海道では普通に読めるものではなかったこと、それひとつを取っても彼らが国民的議論を望んでいるものではないことが判るというものです。政治的な効果しか考えていないんでしょうね(永田町だけ配ったのに等しい!)。
著作権保護期間延長要望派から(自発的に)新しい議論を起こすことはもはや期待できないでしょう。となれば こちら側から仕掛けて、新たな展開を作り出していくしかありますまい。彼らから新たな発言を引き出そうとするもよし(実は彼らの考えを理解するに足る言葉自体、まだ足りないと思われますからね)、彼らが何らかの反応を示さざるを得ない動きを作り出すもよし。
とりあえず、件の全面広告を真に受けている人が周りにいましたら、それが事実とは異なることを教えてあげてください。ネットの世界で発言するよりも、その方が案外 効果あるかも知れませんよ。
●著作権とは他人の行動を禁止する権利です。
●「死後70年」は「世界標準」ではありません。
●今のままでも、米国の延長された保護期間を日本製コンテンツも受けられます。
●死後50年か70年かで問題になるのは、死後50年を越えたコンテンツの輸出だけです。
●日本は輸入超過国です(輸出超過はゲームだけ)。
●映画・アニメ・ゲームの保護期間は既に延長されています。
実際に行動を起こすのも有効です。
まずは『著作権保護期間延長問題を議論するフォーラム』のトークイベント#2に参加されては如何でしょう(4月12日)。
http://thinkcopyright.org/resume.html
「フォーラムの公開シンポジウム」
(著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム)
そうそう、青空文庫で進められている署名活動もあります。締め切りが近づいていますから、まだ署名されていない方はどうぞ送付なさってください(4月30日締切)。
http://www.aozora.gr.jp/shomei/
「著作権保護期間の延長を行わないよう求める請願署名」
(青空文庫)
著作権保護期間の延長の弊害は、既に延長された映画著作物の例でも見てとれます。廉価 DVD をめぐって、『ローマの休日』『シェーン』『生きる』などが訴訟になっていることについてどう思われますか?
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/04/dvd_d7fb.html
「黒澤作品・廉価 DVD の行方」
(エンドユーザーの見た著作権)
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/04/1953_ee1e.html
「1953年問題: 『シェーン』著作権切れ、確定間近?」
(エンドユーザーの見た著作権)
資金力は確かに、権利者団体にかないません。しかし数ではこちらの方が上です。
注目すること、考えること、声を上げること、行動すること。
これを御覧になった方々ひとりひとりが、やれることをやれる範囲で実行されていくことを願ってやみません。
私は?
これからも発言を続けますよ。様々な場所で。
■このブログの記事は──
クリエイティブコモンズ・ライセンスで公表しています。
「表示 - 非営利 - 継承 2.1 日本」ライセンスに従っていただければ、記事を丸まんま転載してしただいて結構です。著作権的なリスクを回避しようと思えば、私が引用した各氏の発言を削除した方がより安全かも知れませんが。
件の全面広告のパロディとして文面をお使いいただくのでも構いません。だれかやってみません?