2007年11月15日 (木)

著作権分科会パブコメ募集中 ──ホットトピックは非親告罪化と「ダウンロード違法化」

 採りあげるのが実に遅れまくっているわけですが。
 当初から予定されていた通り、 10月16日より 文化審議会著作権分科会の中間報告に対するパブリックコメント募集が実施されています。2つの募集が並行して行なわれており、ひとつは法制問題小委員会の「中間まとめ」を対象とするもの、もうひとつが私的録音録画小委員会の「中間整理」を対象とするものです。

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000283&OBJCD=&GROUP=
「『文化審議会著作権分科会法制問題小委員会中間まとめ』に関する
 意見募集の実施について」
(e-Gov. :意見募集中案件詳細)

http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000284&OBJCD=&GROUP=
「『文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会中間整理』に関する
 意見募集の実施について」
(e-Gov. :意見募集中案件詳細)

 それぞれに募集要領が用意されており、送付先も異なっていますので御注意あれ。意見募集の対象となる文書もそれぞれありますので上記リンク先より入手してくださいね。
 〆切はいずれも 11月15日、 「必着」とのことです。木曜日の〆切ですから、ひょっとすると日付が変わるギリギリでの提出も想定しているかも判りませんね(極端な話、翌日に担当者がメールチェックする時点までの余裕ありと見て送る裏技も‥‥すみません、私過去にやったことがあります)。もっともメールってやつは若干の遅れもあり得るので、早め早めに送っておいた方が安全であると思われますけれども。
 意見には「個人/団体の別」「氏名/団体名」「住所」「連絡先」「該当ページおよび項目名」を付すよう指定されています。詳しいことは募集要領を参照のこと。また、メールの件名を対象資料に応じて「法制問題小委員会中間まとめに関する意見」「私的録音録画小委員会中間整理に関する意見」とするようにとの指示もあります(前述の通り、送付先メールアドレスが異なっていますよ)。
 送付した意見は、ここのところの意見募集を見たかぎりでは「氏名、住所、連絡先を除いて公表され」るのが通例です。このあたりを想定して意見を書かれるのがよろしいでしょう。ヘタに過激さに走ったりすると、某パブリックコメントの結果発表で晒されてしまって後で撤回するハメになった某AJのようなオチになりかねません。御用心、御用心。

 この記事は、〆切日付けとして上げておきます。当分は当ブログのトップに表示される筈です。何か追記すべきことがあれば更新していこうかと考えています。
 私自身、意見をまとめる過程をここで公開しながらやれたらと思っています。最近はブログの更新も滞りがちではありますが、パブコメにできるだけ注力し、その成果をブログに反映するつもりです。

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2007年10月14日 (日)

パブリックコメント開始間際の準備として

 明後日 16日から、 文化審議会著作権分科会が出した中間整理(私的録音録画小委員会)および中間まとめ(法制問題小委員会)に対するパブリックコメント募集が行なわれる予定です。これへの準備として、私的録音録画小委での議論の方をまとめてくださった方がいらっしゃいましたので、とりあえず御紹介をば。

http://d.hatena.ne.jp/picas/20071013/1192266949
「私的録音録画小委員会での著作権法第30条の議論の流れを整理してみた」
(picasの日記)

 私自身が思うように動けない有様なので、こうした方が出てきてくださると非常に助かります。
 ぜひこの問題に興味のある方はご一読ください。

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2007年9月10日 (月)

津田大介さんは闘い続けている。

 文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会では「中間整理」に向けて議論が大詰めになっているところなんですが、 ITmedia での報道がきっかけでちょっと物議をかもしてしまった事柄があったりして。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0709/05/news073.html
「補償金はDRM強化よりまし?——私的録音録画小委員会で議論」
(ITmedia News)

http://xtc.bz/index.php?ID=472
「『ダウンロード違法化/iPodの補償金対象化』がほぼ決定した件と、
 ITmediaの記事で抜粋されている発言についての補足」
(音楽配信メモ)

 要は、 ITmedia の宮本記者が、「DRMが強化されるか、補償金を支払うかの2択なら、補償金を支払う方を選ぶ」と津田大介委員が小委員会で発言したと報じたことで起こった混乱なのですね。その前提となる考えをすっとばして報じてしまったがために。
 ちなみに今では当該部分は次のように訂正されています(その前の文章は私の前の記事で引用していますのでそこを参照のこと)。もし未読の方がいらっしゃいましたら御確認ください。

 IT・音楽ジャーナリストの津田大介さんは「録音・録画に使わない機器からも補償金を徴収されるのは、消費者として納得できない」とし、もし徴収するのなら実効性のある返還制度が必要と主張する。さらに「補償金制度の維持・拡大が避けられないなら、機器1台当たり十円など消費者に負担感がないほど安価に設定した上で、家庭内の私的複製が現在と同様、自由に行えることが必須」と主張。「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある。DRMが強化されるか、安価な補償金を支払う代わりに自由に私的複製できる状況を取るかの2択なら、補償金を支払う方を選ぶ」とも語った。

 最初からこれだったら、まだしもマシだったのかも判りませんがね(私が宮本記者に対して書いた批判を撤回するほどのものではありませんが)。

 なお津田さんの真意は『音楽配信メモ』の記事で書かれていますので、それも引用しておきますか。

さて、問題となっている記事中の「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある。DRMが強化されるか、補償金を支払うかの2択なら、補償金を支払う方を選ぶ」という発言だが、これは確かに俺は言った。

(中略)

えーと、細かい発言はあとで文化庁のサイト上で議事録公開されるので、それを追ってもらえばと思うけど、「補償金制度がなくなったら、DRMやコピーガードが強化される可能性がある」という発言の前に俺が言ったのは「この2年間のなかなか進まない膠着した議論を見てきて僕が思うのは、そもそも論的なものが有効に機能してもし補償金がなくなったら、権利者の人たちは確実にDRMを強化してくるだろうなということ。良い悪いではなく、そういう厳しいDRMが普及する状況になって消費者が自由にコンテンツを楽しめなくなるのなら、返還制度がきちんと実効的に機能する枠組みがある上で1台あたり数十円とか上限を非常に安く設定して補償金を払い、その上で家庭内の私的複製を阻むようなことを権利者がしない……つまり補償金がなくてDRMが厳しい世界と、広く薄い(十分に安い)補償金払って家庭内ではコンテンツを自由にコピーできる世界の二択しかないなら、僕は後者を選ぶ」というような趣旨のこと。細かい発言とは多分違うかもしれないけど、少なくともそういう意図があってかなり細かい条件を付けて、この話をした。

あともう1個重要なのは、この話が椎名委員から「賛成だ」と言われたので、それに対して釘を刺す意味で「ただし、補償金払って良いとさっき僕が言ったのは、返還制度が機能して、十分に安い補償金で、さらには家庭内では自由にコンテンツのコピーができるような環境を権利者がきちんとユーザーに対して保証するという前提があれば、という話。少なくとも今議論の俎上にのぼってる「著作権法30条を改正して、ネット上に上がっている違法著作物のダウンロードを私的複製の外に置いて、ダウンロードする行為を犯罪化させるような状況だったら、補償金払うことは飲めませんよ」という趣旨の返答をしている。

つまりこれは、現実的には文化庁の思惑や権利者の主張とこの審議会の審議の動き方を見るに、「補償金なくしてDRMバリバリの世界にいくか、補償金払う代わりに今までの私的複製の自由な範囲はいじらない」という二択しか(この審議会においては)現実解として存在しえないだろう」と俺が判断して、そんな状況に対してある種皮肉混じりで発言した部分もあるわけです。

 では、なぜこのような発言をせざるを得ない状況になってしまったのか。




■私的録音録画小委員会のこれまでの流れ

 詳しい話は議事録を参照していただきたいのですけれども。
 基本的に、私的録音録画補償金をめぐる議論の主要課題としては「著作権法第30条の対象となる私的録音・録画の範囲の確定」と「私的録音・録画が本当に補償の必要な行為なのか」という二点が挙げられます。で、前者の議論から出てきたのが「違法複製物・違法配信からの私的録音・録画を第30条対象から除外する」「適法配信からの私的録音・録画を第30条対象から除外する」という話でした。こうした、著作権第30条(私的使用目的の複製)の対象を狭めるという考えに対しては津田さんを始めとした委員から疑問の声も挙がっているのですが、(そうした声が少ないこともあって)これを無視し進めてしまう流れが出来てしまっています。
 後者についても、(補償の必要性を示せという)そもそも論の要求がメーカー・ユーザー側から挙がっていたにもかかわらず、結局「仮に権利者の不利益があるとした場合の制度設計」という詭弁が持ち出され、補償金制度存続・拡大を前提に議事が強行されてきたということが言えます。

 そして私的録音録画小委員会の現在、なんですが。
 10月の著作権分科会での報告に向け、「中間整理」をまとめる議論に入ってしまっています。それまで残された会合は2回、補償金制度についての議論にあらかた充てられてしまうでしょうから、津田さんが仰るように第30条縮小問題の方向性が「中間整理」までに転換されることは無いでしょう。
 著作権分科会での報告で「中間整理」が了承されたら、これについて意見募集が実施されます。国民が直接意見を述べる唯一の機会と言っても良いです。おそらく10月中旬です。

 第30条関連については、もはや小委員会の外で議論を巻き起こすしか無くなってしまいました。今そうしたフェーズにあるのが正直なところなのです。津田さんもこの法改定の動きに対して警鐘を鳴らし、パブリックコメントの提出を呼びかけ始めていらっしゃいます。

http://ascii.jp/elem/000/000/065/65719/
違法コンテンツのダウンロードが“罪”になる
(ASCII.jp)

 第30条縮小について注意すべき問題点が上の記事で述べられています。これを読んで、法改定に納得できない方はパブリックコメントの提出を御検討ください。もし本気で止めようとするなら、審議会で議論されている段階で食い止めるしかありません。

 ちなみに、第30条縮小に関する私の見解はここに書いてあります。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2007/04/post_2bb1.html
「私は、国民が文化に触れ、文化を語り、
 文化を受け継いでいくことを妨げる法改定には反対します。」
(エンドユーザーの見た著作権)

 ただし私の上の記事は、書いた当時(今年4月)時点の知識で書いていますので、今の知識で考えているのと若干の違いがあります。上記リンクの津田さんの話にもあるのですが──

●今回30条から除外されたとしても、その行為について刑事罰は科せられない。
●今回の除外は「録音・録画」に限定される。

 ということを念頭において読んでいただければ幸いです。
 それでも私が危惧している「国民が文化に触れ、文化を語り、文化を受け継いでいくことを妨げる」事態に陥りかねないという見解に変更はありませんけれども(上記2点の“限定”をもってしても、ユーザーが民事訴訟を提起される可能性が残ること、他の著作物に対象が拡大しかねないこと等の問題がなおも残っているというのは津田さんの発言にあった通りです)。




■「二者択一」と「死に至る病」

 最初の、私的録音録画補償金と DRM との関係の話に戻ります。
 これを考えるにあたり、まず前提とすべきことがあります。
 ──補償金制度と DRM というのは並存してしまっているのですね、現状。

 本来は「ユーザーが私的録音録画補償金を支払うことで私的録音・録画の自由を維持する」との名目で導入された制度ではありました。しかしコピーワンスであったり「コピーコントロールCD」であったり、補償金制度の下で私的録音・録画の自由を脅かすような実態が進んでいったのは皆さんも御存知でしょう。私的録音録画補償金の存在自体がユーザーの理解を得られないでいる主な原因のひとつであろうかと思われます。
 加えて、今の私的録音録画小委員会(とりわけその事務局)の見解としては、補償金制度と DRM の共存を前提に議論を進めているという実態もあります。つまり補償金制度を維持しようが拡大しようが、 DRM の存在とは関係ないと。コピーワンスが撤回されることも(一応「緩和」が予定されているらしいのですがね──ユーザーにとって不充分なのは言うまでもないでしょう)、私的録音・録画を妨害する仕様の DRM の導入を否定することも拒否していました。

 補償金と DRM の組合わせを考えたとき、ユーザーから考えれば有りか無しかということで利便性を判断しますのでそうしますが、「補償金あり DRM あり」「補償金あり DRM なし」「補償金なし DRM あり」「補償金なし DRM なし」の4通りを想定できます。
 「補償金あり DRM あり」が現状なのは先に書いた通りです。しかしこの現状を我々が許容できているのかと言えば、私からすりゃフザケンナってところ。そもそも私的録音・録画を妨害するような仕様のコンテンツは買いませんが、私的録音録画補償金制度の存在理由(上記の「私的録音・録画の自由」云々)を聞くたびに欺瞞だと感じずにはいられません。
 「補償金なし DRM なし」という選択肢はハッキリ言ってあり得ません。補償金が廃止された後で DRM も市場から駆逐されるという段階的変化の結果でない限りは実現不可能でしょう(市場からの駆逐は「着うた」の例を見れば望み薄といったところでしょうし)。論理的に見ても、私的録音・録画すべてが権利者への経済的不利益を発生させているとは証明できていないのと同様、私的録音・録画すべてが権利者への経済的不利益を発生させていないとも証明できていません。私見ですが、録音・録画の態様によって経済的不利益が発生したりしなかったりするのではないかと思われます(絶対に不利益が発生しないとか考える方はぜひ論証に努めてください。自分に有利な場面だけ想定できるわけではありませんから、かなり骨ですよ)。だからこれも選択肢として使えない。──それ以前の問題として、権利者が受け入れるわけないですけどね。
 となると、現実にあり得る未来について選択肢を設定するなら「補償金あり DRM なし」「補償金なし DRM あり」の二者択一ということになります。

 このうち、「補償金なし DRM あり」を選択したらどうなるでしょうか。 DRM で私的録音・録画が制限される場面が発生すると考えられますが、その DRM が社会に受け入れられるかどうかは市場が判断する結果に依ります。そこで考えられる未来はふたつ、〈権利者がガチガチの DRM をかけて市場が抵抗する〉〈権利者が軽 DRM または無 DRM を採用して市場と和解する〉です。
 しかし著作権者らの抵抗によって日本での著作物利用が阻害されている現状を見れば、こうした DRM への傾斜が市場との大きな摩擦を生むことは間違いありません。そして業界(この場合はアーティスト・レコード会社等の両方)もユーザーも疲弊し市場が縮小していくことが予想されます。中には「もう音楽なんて聴かねーよ!」と離れていく人も多く出てくることでしょう。
 私流で言えば〈ゲリラ戦が始まる状態〉で、そこまで消耗しながら音楽のために闘える人間がどれだけいるというのか疑問だったりします。津田さんの話に私が共感するのもこういう認識から。

 現実解ということで言えば、おそらく津田さんが仰るように「補償金あり DRM なし」を求めるのがいささかマシということになります。

 実は『音楽配信メモ』での記事の前に津田さんがこの問題をズバリ論じている文章があったりしますので、それも紹介しておきます。新著 『CONTENT'S FUTURE』 のプロモーションとして配信されたネットラジオの後で、チャットを使って質疑応答をした時の模様です。

http://blog.shoeisha.com/contentsfuture/2007/09/q2_drm2drm.html
「【補償金】Q.2 補償金とDRMの究極の2者選択ですが、……【DRM】」
(CONTENT'S FUTURE)

 あるべき未来を考えたときに、上の二者択一にすることを「詭弁」だとか「ミスリード」だとか呼ぶことが的はずれだということは言うまでもないでしょう。 ITmedia の記事や『音楽配信メモ』での反論を受けて、そういう声が少なからずあったんですが、私の印象はそんな感じでした。
 むしろ、あの二者択一は「補償金あり DRM あり」という可能性を拒否する意志の表われであると私は解釈しています。津田さんは闘い続けている。──著作権法第30条の縮小が規定路線で進み、私的録音録画補償金も維持、それどころか拡大されようとしている今。ユーザーにとってギリギリ容認できるラインがどこなのか、それを見極めなければならないところにまで追いつめられているということです。いつも同じことばかり議論していて進展が無いとかいう認識では見誤りますよ。むしろ状況はもっと悪い。
 他人を冷笑したり皮肉言ったりするのも勝手ではありますが、自分の考えを具体的にぶつけることを模索しないと取り返しのつかないことになるということは指摘しておきます。


 ──最後に。パブリックコメントを提出することに対して“やってもムダ”的なことを考えている方も少なからずいらっしゃるようなのですが。
 まぁ正直な話、文化庁ってのはパブリックコメントを無視して好き勝手にやる傾向はあります。まして意見募集すらまともに周知しようとしません。何せ募集要項を文部科学省や文化庁のサイトに掲載しなかったりするくらいで。
 しかし、だからと言って何をやっても無駄だという訳ではないのですよ。まず反対意見の存在を顕在化して連中に思い知らせなければ始まらないというのもあります。これまでの行政に対するネットユーザーの運動というのはこれの積み重ねでした。 2004年の いわゆる「レコード輸入権」の問題から始まって、 2005年の 私的録音録画補償金問題、 2006年の中古家電 PSE 問題など、パブリックコメントや行政に対する働きかけが事態の展開に影響した例は少なくありません(それから今、総務省でも地デジに関するパブリックコメントを募集していますよ!)。
 私的録音録画小委員会に津田さんが出席しているのもその成果の一つです。確かに現状はかなりキツイところに追い込まれてはいますが、あそこで闘い続ける津田さんをどうバックアップできるか。その視点でパブリックコメントを考えていただきたいのですよ。
 パブリックコメントは、文化庁に対する示威行動であると同時に、津田さんに“弾薬”を渡せる数少ない機会でもあるということです。

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2007年4月21日 (土)

私は、国民が文化に触れ、文化を語り、文化を受け継いでいくことを妨げる法改定には反対します。

海賊版拡散防止を口実に私的複製を規制したところで、
無実の国民を「違法」行為“容疑者”に仕立て上げるだけです。
肝心の海賊版は取り締まれず「違法」行為が放置され、
その一方で私たちの文化的活動が妨害されることにしかなり得ません。

私は、「違法」複製物からの私的複製、
そして「違法」配信からのダウンロードを
安易に規制するような法改定に反対します。


●現時点で、著作物について、海賊版を頒布する行為とインターネットで無断送信する行為とは法律で禁止されています。この法規制のもとで「海賊版」問題に対処するのが本道というものです。
●海賊版からの私的複製や「違法」配信からのダウンロードを規制したとしても、家庭内の複製行為を取り締まることは実質出来ません。法改定(取締り)の目的とする行為の殆どは放置されたままとなります。
●ユーザーの側では、自分が接する著作物が利用許諾のもとに提供されたものなのか判断する手がかりはありません。特にインターネット配信においては、「違法」のものも適法のものも全く区別できません。配信事業者を信じるか否か、信じるに足るか否かという不安定さが常に付きまといます。
●海賊版の私的複製や「違法」配信からのダウンロードによって作られたものは、適法な私的複製で作られたものと外形的に区別できません。同じ複製手段を用いて作られるため当然の結果です。
●何かのきっかけで権利者から訴えられることがあり得る反面、法廷に引きずり出された人には問題とされる複製物が適法の私的複製によるものと証明する手だてがありません。自己で現に所有しているものの複製でない限りは、つねに「違法」と判断される危険性を負わされることとなります。
●仮に「情を知って」行なった複製に限り「違法」とするような規定が用意されても、「利用者保護」には何の役にも立ちません。「情を知」ろうが「情を知」るまいが、出来上がる私的複製物は同じものだからです。司法判断次第でどうにでも認定されてしまいます。
●上記規制に加え、いま法改定が議論されている海賊版「広告」規制や「非親告罪化」が実現されてしまえば、私たちが著作物について論じること・研究すること・楽しむことが絶望的なまでに困難になるおそれが強くなります。




■趣旨説明

 知的財産立国を標榜する我が国においては、模倣品・海賊版の取締りが重要な課題として位置づけられています。知的財産戦略本部による施策方針(知的財産推進計画)や、著作権法制のあり方を検討する文化審議会著作権分科会での議論においても、この模倣品・海賊版問題は大きく採り上げられています。
 そこで いま打ち出されてきているのが、海賊版からの私的複製を規制することと、「違法」配信からのダウンロードを規制するという方針です。これによって「海賊版」への需要を抑え、その流通を減らすという趣旨が説明されています。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/dai16/16gijisidai.html
「知的財産戦略本部会合(第16回)議事次第」
(首相官邸・知的財産戦略本部)



http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/dai16/siryou4.pdf
資料4「世界最先端のコンテンツ大国の実現を目指して」
ノンブル10ページより

iii)違法複製されたコンテンツの個人による複製
 インターネット上の違法送信からの複製や、海賊版CD・DVDからの複製につ いて、私的複製の許容範囲から除外することについて、合法的で、ユーザーが利 用しやすく、クリエーターへの利益還元も適切になされる新しいビジネスの動き を支援するため、情報の流通を過度に萎縮させることのないよう留意しながら、 著作権法の規定の見直しを進める。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/010/07030910.htm 「文化審議会 著作権分科会(第22回)議事録」 (文部科学省)


http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/010/07030910/002.htm
資料2「著作権制度上の検討課題例」より

2 著作物等の保護と消費者等による公正な利用の調和を図る
・家庭内における録音録画に関する課題の解決
http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-76.html
「著作権分科会 私的録音録画小委員会(第2回)」
(zfyl)



http://zfyl.shacknet.nu/070416_m02.pdf
配付資料2「30条の範囲の見直しと補償措置の必 要性の関係について」より

見直しについて課題が少ないとされた類型
○違法複製物・違法サイトからの複製(情を知っていた場合に限る。)
 例:ファイル交換ソフトによるダウンロード
○適法配信からの複製
 例:ダウンロード型音楽配信サービス



http://zfyl.shacknet.nu/070416_a04.pdf
参考資料4「私的録音録画問題に関する検討の進め 方」より

1.第30条(私的使用のための複製)の範囲の見直しについて

○ 昨年の小委員会で事務局が提出した「著作権法第30条について(私的録音録画関係)」(参考資料6)及び「著作権法第30条の範囲外とすべき利用形態等について(案)」に関する議論を踏まえ検討する。

(検討例)
・第30条の対象外にすることが可能な利用形態とは何か。
→昨年の小委員会の議論では、違法複製物、違法サイト(ファイル交換によるものを含む)からの私的録音録画及び適法配信からの私的録音録画については、制度改正に課題が少ないと整理されている。

・第30条の対象外とする利用形態について権利者と著作物提供者や利用者との円滑な契約が可能かどうか
→たとえば iTunes のような著作物提供者と利用者との間の契約関係がある有料サービスについては利用者の私的複製の部分も含め円滑な許諾が可能と考えられるが、利用者との間の契約関係のない一般のホームページからのダウンロードや、広告収入により運営している配信サービスについてはどうか。

・違法状態を放置することにならないか
→例えば違法サイトからの私的録音録画を第30条の対象外とした場合、現在の違法サイトの利用状況が変わらなければ違法複製が蔓延するおそれがあるが、これについてどう考えるか。

 模倣品・海賊版問題で著作権法の範疇にあるのは海賊版の方です。
 現行著作権法では、既に海賊版の頒布行為(ならびに頒布目的所持)が著作権侵害として位置づけられています。また、権利者に無断で著作物をインターネット配信することも著作権侵害とされています。海賊版の拡散を防ぐための法整備中、核となるのがこの提供者規制です。
 実際問題としては、海賊版を使用(購入・視聴・私的複製)する行為、そして無断配信された著作物をダウンロードする行為(これも私的複製の一種)自体は規制されていません。全国民のうち誰がかような行為をしているのか権利者が捕捉することは不可能ですから、海賊版頒布行為者や著作物無断配信者を捕捉して対処した方が(相手にする人数から行っても)実効性を期待できます。そこで上記のような規制方法が採用されているわけです。
 ぶっちゃけた話、現行の、海賊版頒布や無断配信を規制するという手法ですら実効性があるのか定かではありません。それはさて置いても、海賊版の使用や無断配信からのダウンロードを規制しなければ足りないとする言説に従うならば、むしろ海賊版や無断配信を撲滅することは不可能だとの宣言に等しいと判断せざるを得ません。今の規制に加え、海賊版ならびに無断配信からの私的複製を規制したところでどれだけの実効性が高まるというのか? 海賊版頒布者や無断配信者よりもより多くの、そして捕捉しきれないだけの人間と行為を相手にしなければならないというのに。

 その一方で、こうした規制が実現してしまったら発生するであろう副作用も想定されます。「違法」な私的複製の結果 作成されたものと、適法な私的複製で作成されたものとでは外形的な違いが何一つないことに注目しなければなりません。同じ手段で複製されるのですから。
 ある人が「違法」複製をしたと(何かの拍子で)疑われた際に、権利者はその複製物がどのように作られたのか証明できません。また疑われた側も自分の潔白を証明できません。双方とも曖昧な事実関係をめぐって裁判に臨むこととなります。適法な私的複製をしている人からすれば、些細なことで疑われるなど法改定の「副作用」以外の何物でもありませんね。
 またさらに話をややこしくするのは、仮に「違法」複製が外形的に区別できたとしても、それを再度“私的複製”することで区別できなくすることも可能だということです。これは新たな法規制の枠組みでは「違法」複製とされる筈ですが、適法な私的複製とは到底区別できますまい。つまり“証拠隠滅”目的でこうした行為が多く行なわれるものと考えられます。悪意で複製する人間にとっては、「違法」複製が繰り返される引き金になりこそすれ、何の規制にもならないということです。
 海賊版の複製(あるいはダウンロード)を規制したとしても、本来減らしたい行為を減らせないばかりか、「違法」複製を重ねるインセンティブを生じさせ、一方で国民すべてを“容疑者”に仕立て上げるおそれの強いものです。こうした規制に利点などひとつもありません。

 「海賊版の私的複製」などと一言で言ってはいますが、この私的複製という概念には非常に多様な複製手段が想定されています。いわゆるダウンロードもその一種ですし、バックアップもそうですね。録音・録画を行なうのもそう。またインターネットを利用する際にキャッシュを取ったり(その実現のしかた次第では──ある著作物の大部分を、比較的長い時間保持して、その結果 表示を可能とするようなものは私的複製の範疇と言えるでしょう)、表示されたウェブページをプリントアウトするのも私的複製に当たります。実は手で書き写すのも私的複製です。
 もし海賊版の私的複製が規制されるとしたら、「違法」複製物から上記の複製行為を行なうことは「違法」複製ということになります。何らかの著作物が目の前にあって、これが「違法」に作られたものなのか適法のものなのか知る手がかりなどありません。そこからの複製が「違法」だとされかねない行為はあまりに広いのです(再度強調しますよ。手書きも私的複製なのです!)。
 こんな広すぎる法規制のもとで、私たちはこれまで通り著作物を論じたり研究したり鑑賞したりできるでしょうか? 必ずしも私たちは今流通している著作物だけを扱っているわけではありません。絶版・廃盤となった著作物や、過去に放送された著作物の録画・録音、歴史的に貴重な内容の私的記録、当事者の行き違いによって発行後に「違法」ということとなってしまった著作物などもまた、私たちの文化的活動を支える存在です。厳密には、私的複製物の公衆への「提示」は法に触れるのですが、これもまた私たちが様々な著作物に触れる重要な機会であることを経験的に知っています。それらから複製することがすべて「違法」とされてしまったら、私たちには何ができるでしょうか?
 海賊版の複製とダウンロードを規制することは、今までの取締り以上に実効性が期待できないばかりか、悪意で「違法」行為をする者にとっては抜け道だらけ、そのくせ適法に私的複製を行なっている国民を「違法」行為者に仕立て上げ、文化活動を阻害するような逆効果しかもたらしません。

 だから私は、安易な私的複製の制限に反対します。




■皆さんに5つの提案

1.それぞれ自分が行なっている私的複製を振り返ってみて下さい。それが今回「違法」とされそうな複製ではないと、誓って言うことができるでしょうか。

2.自分の目の前の著作物が「海賊版」ではない証拠が見つかるか、考えてみてください。

3.適法とされる今の流通著作物であなたの文化活動の間に合っているか、考えてみてください。

4.法規制という手段を選ぶよりも、私たち自身が「フェア」だと考えられるものを買うことで現状を打開しましょうよ。そうすれば自ずと海賊版を買う人が少なくなる筈です。

5.そして「フェア」な著作物流通が実現するよう要求し続けましょう。既存流通が本当に「フェア」なのかということも含めて議論することが必要です。

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2007年4月18日 (水)

いま映画の試写会って こうなってます

 ちょっと小ネタを。

 とある映画の試写会に当選しまして、数日後に見に行くわけですよ。で、当選しましたってことで案内のハガキが来てたんですが、これに気になる記述を発見したので御紹介します。
 来客者に対する注意書きという趣旨のようで──

※映画全編をご覧いただく主旨で行っておりますので、いかなる理由がございましても開映後のご入場は出来ません。
※消防法により満員の際は御入場をお断りします。
※本状1枚でご記入ご本人のみ入場できます。

【御来場の前に御一読下さい。】
 本試写においては無許諾の録画を監視しています。本試写会に出席されるお客様は、録音・録画の機器を劇場に持ち込まないことに同意し、お客様の持ち物及び身体を検査することに同意するものとみなします。お客様が録音・録画の機器を使用される場合は、直ちに劇場から退場いただき、機器を没収の上、刑事上及び民事上の処罰に問われることになります。

 これ、どう思われますか?
 私も試写会はほぼ1年ぶりぐらいなんで、いつ頃からこんな文章を載せるようになったのか判らないのですが(しかも試写会の案内ハガキって会場で回収されてしまいますからね、後から参照しようがありませんわ)。

 まぁ前半の※印はまだしも問題ないですね。試写会進行の都合上、そういうことになるのも無理ありませんから(ただ一定人数相手に試写会の案内を送っておいて「満員の際は御入場を」云々ってのはどうかと思いますけど)。
 後半の「御来場の前に」云々も、やろうとしていることは入場前の断り書きですから一種の「契約」として一定の理解はできます。個人的には「無許諾の録画を監視し」てるんだ、へぇ〜といった感じですけど。警備員でも置いてるんでしょうか。
 入場時の所持品チェック(と言っても鞄の中をチラリと見るだけですが)は、だいぶ前から実施されていました。試写会で“盗撮”されて流出しちゃかなわんってことかと思われます。涙ぐましい努力。

 しかしですね。何か行き過ぎてはいないだろうかとも思うのですよ。
 試写会主催者側に会場の管理権があるのは確かでしょう。録音・録画していた客にそれを止めさせたり、その客を会場の外へと出すこと自体はその管理権の正当な行使と考えられます。でも、客が持ち込んだ録音・録画機器を「没収」までする権利はどこにあるのか(通常の運用では一時預かりの形をとりますよね)。また「民事上」ならいざ知らず、「刑事上」の「処罰に問われる」とは何なのか。いかなる現行法令に基づいて「処罰」されるのか聞いてみたいものです。
 また、そういった事項について「同意するものとみなします」などと一方的に宣言したところで「契約」として認められるのか否か。
 国会提出が噂される「映画盗撮防止法案」の成立を見込んで やや脅しめいた文言を敢えて用いているのだとしたら、かなり嫌らしく見えるのは私だけでしょうか。

 映画業界と言えば、「海賊版撲滅キャンペーン」なる悪趣味な映像を映画上映の前に挿入していたりしました。それも、正規の料金を払って わざわざ劇場へ足を運んだ人間に対して見せつけるというやり口。
 最近になってその映像が新パターンに切り替わったという話もあるんですけど、ひょっとすると今回それを見せられる羽目になるのかも知れません。 

 別の意味で楽しみです。




■追記

 仮に録音・録画の目的が海賊版頒布だとしたら、それは著作権侵害ということになるでしょう。当然 刑事上の処罰もあり得ます。しかし今問題になっているように、私的使用目的の場合(いわゆる私的複製)には現行法に触れません。
 それ以外に刑事罰が科せられる場面って想定できるんですかね?

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2007年4月 4日 (水)

黒澤作品・廉価 DVD の行方

http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20070402i516.htm
「黒沢作品DVD、著作権侵害と東宝が販売差し止め提訴」
(YOMIURI ONLINE(読売新聞))

http://www.asahi.com/national/update/0402/TKY200704020249.html
「黒澤8作品の格安DVD販売 東宝が差し止め求め提訴」
(asahi.com)

 映画著作物のパブリックドメイン(著作権切れ作品)については、 「1953年問題」 にまつわる裁判でにわかに注目を集めるようになりました。その前段階として、パブリックドメインを収録した廉価 DVD の登場があったからなんですが──この廉価 DVD はもう一つの“火種”をも生み出すこととなっています。
 現行の著作権法においては、映画著作物の保護期間が「公表後70年」までとなっております。また、 1953年 以前に公表されたものについては「公表後50年」までとされています (1953年 作品の扱いについてはまだ係争中ですが、まぁ確定間近と考えて差し支えないでしょう)。ところが「公表後50年」までと定める前の旧著作権法の規定によって例外的に保護期限が決まる場合もあります。
 それが、個人名義で発表した映画著作物です。これは(数々の延長措置を経て)最終的に、著作者の「死後38年」までとされていました。ところが現行著作権法では公表後起算ですから、旧法で定められた死後起算の期限の方が後になることも多く考えられます。そこで旧法から現行法への経過措置として、旧法での保護期間の方が長い場合にはそちらを採用するとされたのでした。

 で、件の新聞記事に戻ります。公表後50年までの保護期間だとすると 1953年 以前に公表された黒澤作品はパブリックドメインとなっているように思われますが、仮にこの作品が黒澤明監督個人名義での公表だとすると「死後38年」までの保護となって今もなお著作権が存続していることとなります。
 この種の問題は、黒澤作品の他にもチャップリンの作品をめぐって裁判になっています。やはりパブリックドメインだとの判断で発売された廉価 DVD が槍玉に挙がりました(また、今回検索していて知ったのですが、映画上映でもクレームが付いた例があったそうです)。

http://www.asahi.com/national/update/0721/TKY200607210557.html
「チャプリンの娘、格安DVDに『待った』 業者を提訴」
(asahi.com)

http://ecolin.blog.drecom.jp/archive/881
「パラマウント社に続いて、今度はチャップリンが訴えて来たよ。」
(ふっかつ!れしのお探しモノげっき)

http://www.osaki-midori.gr.jp/2003/puragu.htm
「プログラム変更」
(尾崎翠フォーラム実行委員会)

 おそらくは、これらの事件の争点は同じものになろうかと思います。いずれも製作会社・監督両方の名を付して公開されたもの。そのうち法律上「著作者」として認定されるのは誰なのか、という。
 なおチャップリンと黒澤明とでは若干違いがありまして、前者の場合は自ら起こした会社で製作しており、後者の場合は映画会社の社員として監督に就いていました。この差が司法判断を分ける可能性があるかもしれません(あくまでも私のような法律素人の考えですけどね)。

 ところで廉価 DVD を巡る訴訟は、いわゆる 1953年問題、 実名著作物(旧法)問題と第2ステージまで進んできました。しかし、最終ステージには至ってません。これこそが“廉価 DVD 最後の戦い”だと思われますが、まだ表沙汰にはなっていません。
 それは何かと言えば‥‥ JASRAC です。映画に使用されている音楽は作曲家の死後50年まで保護されるものですから、だいたいの映画で、パブリックドメイン入りしても音楽については許諾を要するのです(仮に最も新しいパブリックドメインである 1953年 作品について考えても、この作品が公開された直後に作曲家が亡くなっていないかぎり──1956年 までに亡くなっていないかぎり音楽の著作権が存続しています)。
 さて、廉価 DVD はきちんと JASRAC に使用料を支払っていますでしょうか?

 うちにあるやつをざっと調べて見ましたが、使用許諾を得た旨の表示はありませんね。コスミック出版のやつとキープ株式会社のやつです。もう少し権利関係を精査しないと判りませんけど(音楽の著作権も切れている可能性はありますから)。
 仮に JASRAC へ使用料を支払っていないとすると、廉価 DVD 製造者には今度こそ勝ち目がありません(それとも映画と一緒に権利が切れたと争うかな?)。
 このあたり、当事者(双方)はどう考えているんでしょうね。




■今の段階で判ること

 こういった「個人」による著作物の問題は、なにせ旧法の規定も絡む複雑なものですから、昨日今日勉強を始めたばかりのような私には裁判の行方を推測することなどできません。だから、事実関係として、私でも判ることをまず列挙していきたいと思います。
 何か他に判断材料をお持ちの方がいらっしゃいましたら、コメントやトラックバックで御教授いただけれると嬉しいです。

 まず、 1953年 以前に作られた黒澤作品は次の通りです。

 ●『姿三四郎』 1943年・東宝
 ●『一番美しく』 1944年・東宝
 ●『続・姿三四郎』 1945年・東宝
 ●『虎の尾を踏む男たち』 1952年・東宝
 ●『わが青春に悔なし』 1946年・東宝
 ●『素晴らしき日曜日』 1947年・東宝
 ●『酔いどれ天使』 1948年・東宝
 ●『静かなる決闘』 1949年・大映
 ●『野良犬』 1949年・東宝
 ●『醜聞(スキャンダル)』 1950年・松竹
 ●『羅生門』 1950年・大映
 ●『白痴』 1951年・松竹
 ●『生きる』 1951年・東宝

 上記のうち、今回訴訟を起こした東宝が製作したものは9作品。記事で書かれている、廉価版として売られたものは「8作品」とのことですから、どれが割愛されてるのか はっきりとは判りません。内容・知名度からすれば『一番美しく』あたりが割愛されそうですし、時間からすれば短編『虎の尾を踏む男たち』あたりかも。なお各紙報道で挙げられていたのは『姿三四郎』『わが青春に悔なし』『酔いどれ天使』『生きる』くらいでした。
 個人的には、この時期の作品にも好きなものがあったりしますので(かと言って正規盤をバカ正直に買うほどでもなかったり‥‥)、入手機会があれば欲しかったりするんですが。『羅生門』『生きる』は正規盤を持ってるんで ともかくとして、『酔いどれ天使』『野良犬』『白痴』あたりがあれば魅力ですね。

 ついでですから、ちょっと検索もしてみました。
 Google ではこんな検索結果が出ました。

http://www.666-666.co.jp/Template/Goods/go_GoodsTemp.cfm?GM_ID=EQ2559

黒澤明監督作品DVD10枚セット
日本映画の巨匠、黒澤明のルーツをたどるDVD集がついに登場!初監督作品の『姿 三四郎』から、“世界のクロサワ”への第一歩と ... ●DVD10枚組●モノクロ●モノラル●ドルビーデジタル●発売元/コスモコンテンツ株式会社 ※原盤からの収録作品ですので、 ...

 ただしリンク先は既に削除されており、キャッシュも閲覧できません。だから、これだけで全容はつかめないのですが‥‥。
 テクノラティではこんなブログ記事が見つかりました。

http://blogs.yahoo.co.jp/sasuraino777/45928095.html
「黒澤明監督作品 DVDの販売差し止め提訴」
(逢えるじゃないか また明日)

 ここの人はタッチの差で買えたらしいです(笑)。
 いや「セット」だったのなら、私は手を出しませんでしたがね。

 ともあれ、この方が掲載されている画像から判断するに、 10作品 の内訳が次のようです。

 ●『姿三四郎』
 ●『虎の尾を踏む男たち』
 ●『続姿三四郎』
 ●『酔いどれ天使』
 ●『静かなる決闘』
 ●『野良犬』
 ●『醜聞』
 ●『羅生門』
 ●『白痴』
 ●『生きる』

 ──最強です。初期作品からこのラインナップ、なかなかの“選球眼”。
 なおこれらのうち東宝以外の製作が4作。数が合いませんね。
 報道ではあった『わが青春に悔なし』が入ってませんから、このセット以外でも売ってたということなんでしょうか。

 次に、参考資料として著作権法での規定を引いてみます。
 まずは現行著作権法(旧法からの経過措置)から。

附則
(適用範囲についての経過措置)
第二条 改正後の著作権法(以下「新法」という。)中著作権に関する規定は、この法律の施行の際限に改正前の著作権法(以下「旧法」という。)による著作権の全部が消滅している著作物については、適用しない。
2 この法律の施行の際限に旧法による著作権の一部が消滅している著作物については、新法中これに相当する著作権に関する規定は、適用しない。
3 この法律の施行前に行われた実演(新法第七条各号のいずれかに該当するものを除く。)又はこの法律の施行前にその音が最初に固定されたレコード(新法第八条各号のいずれかに該当するものを除く。)でこの法律の施行の際限に旧法による著作権が存するものについては、新法第七条及び第八条の規定にかかわらず、新法中著作隣接権に関する規定(第九十五条、第九十五条の三第三項から第四項、第九十七条並びに第九十七条の三第三項から第五項までの規定を含む。附則第十五条第一項において同じ。)を適用する。

(法人名義の著作物等の著作者についての経過措置)
第四条 新法第十五条及び第十六条の規定は、この法律の施行前に創作された著作物については、適用しない。

(映画の著作物等の著作権の帰属についての経過措置)
第五条 この法律の施行前に創作された新法第二十九条に規定する映画の著作物の著作権の帰属については、なお従前の例による。
2 新法の規定は、この法律の施行前に著作物中に挿入された写真の著作物又はこの法律の施行前に嘱託によって創作された肖像写真の著作物の著作権の帰属について旧法第二十四条又は第二十五条の規定により生じた効力を妨げない。

(著作物の保護期間についての経過措置)
第七条 この法律の施行前に公表された著作物の著作権の存続期間については、当該著作物の旧法による著作権の存続期間が新法第二章第四節の規定による期間より長いときは、なお従前の例による。

 そして旧著作権法からも。関連しそうな規定を抜き出してみます。

第三条 〔保護期間−生前公表著作物〕 発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ生存間及其ノ死後三十年間継続ス
数人ノ合著作ニ係ル著作物ノ著作権ハ最終ニ死亡シタル者ノ死後三十年間継続ス

第六条 〔同前−団体著作物〕 官公衙学校社寺協会会社其ノ他団体ニ於テ著作ノ名義ヲ以テ発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス

第二十二条ノ三 〔映画の著作権〕 活動写真術又ハ之ト類似ノ方法ニ依リ製作シタル著作物ノ著作者ハ文芸、学術又ハ美術ノ範囲ニ属スル著作物ノ著作者トシテ本法ノ保護ヲ享有ス
其ノ保護ノ期間ニ付テハ独創性ヲ有スルモノニ在リテハ第三条乃至第六条及第九条ノ規定ヲ適用シ之ヲ欠クモノニ在リテハ第二十三条ノ規定ヲ適用ス

第三十五条 〔著作者・発行者の推定〕 偽作ニ対シ民事ノ訴訟ヲ提起スル場合ニ於テハ既ニ発行シタル著作物ニ於テ其ノ著作者トシテ氏名ヲ掲ケタル者ヲ以テ其ノ著作者ト推定ス(以下略)

第五二条 〔著作権の保護期間の特例〕 第三条乃至第五条中三十年トアルハ演奏歌唱ノ著作権及第二十二条ノ七ニ規定スル著作権ヲ除ク外当分ノ間三十八年トス

 以上のような規定を見ると、現段階の私には訴訟の行方を云々できないと言わざるを得ません。
 旧法には映画著作物の「著作者」が誰かを具体的に定めた条項が無いようです。素人目には製作者とも監督とも読めます(なお日本映画監督協会では、旧法において監督こそが「著作者」であるとの主張をしています。しかし製作者を「著作者」とする説もあるようで、私にはなんとも判断できません)。条文ではかような有様ですから、判例なり法学としての“流儀”なりを踏まえていないと解釈できないような感があります。

 あくまでも現行法から勉強を始めた人間の感覚からすれば、黒澤明といえどもその作品を自由にできる立場にあったわけではなく、特にここで話題になっている初期作品は東宝社員として監督についたものばかりです(現行法でいう「職務著作」)。本訴訟とは直接関係ありませんが、松竹で製作された『白痴』の場合は、黒澤監督の意向に反して大規模なカットが実行されたりしています。要は黒澤監督ではなく映画会社の方に映画著作物の最終的な内容を決定する権限があったということ。海外映画の製作ではたびたび話題になる「編集権」の実際を考えると、本当に監督が「著作者」の立場にあると言える慣行だったのか疑問に思います。
 もっともこれは法律素人の考えていることであって、法律として解釈されるものはまた別なんでしょうけど。

※仮に黒澤明が「著作者」だとしたら、映画会社がやってきた数々のカットは著作者人格権の侵害ってことになりますよね。それとも著作者人格権を行使しない旨の契約でもあったんでしょうか?




■で、これから──

 ともあれ、これから色々と調査してみないと何とも言えませんね。
 何を足がかりに調査していけばいいのか、私も見当が付きませんが‥‥。

(1)著作権表記との関係
 黒澤作品(東宝製作)は基本的に東宝という会社名でクレジットされています。たとえば私の持ってる『生きる』 DVD ですと「(C) 1952 TOHO CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED.」とあります。『七人の侍』 DVD では「(C) 1954 TOHO CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED.」。
 もっとも著作権の帰属が変わるたびにクレジットも変わるため、黒澤明が「著作者」でないとの証明には必ずしもなりません。『羅生門』の現行クレジットのように 「(C) 1950 角川映画」という例もあったりしますから(前記のとおり、製作は当時の大映)。

(2)1953年 問題の時には監督の死後起算が使われていたか?
 『ローマの休日』仮処分申請判断や『シェーン』裁判(地裁・高裁)判決を読み直してみましょう。

(3)現行法が定められるにあたり、映画著作物の著作権者にかかわる議論
 これは比較的調べやすいかも知れませんね。必ず旧法での解釈論も踏まえられているだろうから、さらなる調査の足がかりになると思います。

(4)判例や解説本ではどうなってる?
 現行法についてはともかく、旧法についての解説本を探すのは大変かしら?

 ──調査の足がかりの少なさよりも、私自身 これに時間が割けるかという方が問題だったりしますがね。

(続くかもしれません。)

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2007年4月 1日 (日)

詳細の見えない「映画盗撮防止法案(仮称)」

http://news.braina.com/2007/0329/rule_20070329_001____.html
「上映中の映画、撮影禁止…海賊版防止へ自公が法案了承」
(知財情報局・読売新聞記事)

http://www.nishinippon.co.jp/entertainment/cinema/news/20070315/20070315_003.shtml
「映画盗撮防止へ 自民、今国会に法案提出 海賊版流通を阻止」
(映画の話題 / 映画情報 / 西日本新聞)

 以前から話題になっていた法案についてなんですが(尤も、うちでは採り上げていなかった筈)、自民党と公明党が法案を「了承」したとのことです。映画館での「盗撮」──つまりスクリーンのビデオ撮影を禁止する法律を作るとのこと。
 西日本新聞によれば「法案は議員立法で、自民党の『コンテンツ産業振興議員連盟』(会長・甘利明経済産業相)がまとめた」そうです。要するに映画業界が政治力を発揮して、コンテンツ族議員を動かしたというわけ。
 あとは法案が国会に提出されて→採決という流れなんでしょうけど、この法案の詳細がいまだに明らかになってないというのは如何なものでしょうかね。

 法案を作る中心になった自民党のサイトには掲載されていません。片棒担ぎの公明党サイトにもありません。まだ法案として提出されていないのか、衆議院・参議院のサイトにもありません。まさか成立してから法案がサイトに掲載されたりしないでしょうね(両議院のサイトって、法案や質問趣意書・答弁を掲載するのが結構遅れるものですから)。 まさか条文を初めて確認できるのが官報だったりして。
 「民主主義」って何なんじゃって気がしますが。

 新聞報道から垣間見える中身は、読売新聞によれば(上記リンクでは『知財情報局』に転載された読売記事を示してあります)「許可なく映画を撮影することに対し、罰則として、10年以下の懲役か1000万円以下の罰金を設けている」とのこと。
 なるほど、映画撮影を禁じるわけですか。もう好き勝手に映画を撮影できない、つまり映画人に対する表現規制ですか。

 ──って、そんなワケないですね。たぶん〈権利者(映画製作者)の許諾を得ない映画館上映映画の撮影を規制する〉と書きたかったんでしょう。映画業界が求めていたのはその一点にあったわけで。
 これまた読売記事によれば「国内で最初の上映から8か月経過すると適用されない」といいます。これで一応のバランスを取っているわけですかね。理論上は、古い映画だったら(研究や記録のために)撮影することが出来る、著作権法で許された私的複製である、ということ。いや映画館がそれを許すかは別問題ですけどね、施設の管理権限者として。
 ともあれ DVD 発売前の映画という、最も譲れない知財の「盗撮」を規制するのであれば、公開後8ヶ月くらいが妥当な線のようにも思えます。

※余談ですけど、還流防止措置(いわゆる「レコード輸入権」)も8ヶ月程度だったら、あんなに大騒ぎにならなかったかも知れませんね。もちろん私がそれを容認するかは別問題ですけど。もっともあの時には、レコ協会長が口すべらして「永久に保護してほしいくらいだ」なんて抜かして‥‥。




■ちょっと真面目な話

 件の映画「盗撮」禁止法ですが、これの実効性がどれだけあるのか疑問です。
 現状として、映画館側は「盗撮」をやめさせる権限があるわけですよ。施設の管理権限があって、観客を入館させる代わりに撮影を禁止することも出来るわけですから(もっと念を入れるなら、観客との利用契約みたいな形であらかじめ撮影禁止を明示するとか)。それにもかかわらず、業界側の言い分によれば、「私的複製」を楯に止めさせられないという。私に言わせれば、映画館側の怠慢以外の何物でもないですよ。
 仮に禁止法が成立したとして(するんでしょうけど)、実際の運用はどうするんでしょう。警備員とか立てて(今でも立ててるところはあるらしいです)、撮影してる人に「法律で禁止されています」と言って回るんでしょうか。しかし堂々と三脚立てて撮影してる人間だけじゃないでしょう? 本当に隠し撮りされてる場合はどうするんでしょうか。今日び、そんな方法はいくらでもあるでしょう。

 実際の条文を見るまで気になる点がひとつ。
 今回の「盗撮」は親告罪なのか非親告罪なのかということです。たとえば映画館側が「盗撮」現場を押さえたとして、その後 警察が動くまでにどのような手続きを経るのか。仮に非親告罪だったら著作権侵害とのバランスはどう考えるのか。

 また、映画館側が確実に「盗撮」を押さえようと思ったら、スクリーン側から観客を「盗撮」する必要が出てくるんじゃないの? ──とも思えたりするんですよ。これ、わざわざ金を払って映画を見に行く観客からすれば不愉快この上ない。
 法案の中身が見えてこないが故の、想像上のことでしかありません。でもあながち見当はずれの想像ではないように思えますが如何でしょう。

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1953年問題: 『シェーン』著作権切れ、確定間近?

http://www.47news.jp/CN/200703/CN2007032901000707.html
「知財高裁も文化庁見解否定」
(47NEWS)

http://www.nikkei.co.jp/news/main/20070329AT1G2903N29032007.html
「『シェーン』著作権は消滅・知財高裁も格安DVD販売認める」
(日本経済新聞)

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?
action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=34454&hanreiKbn=06

「平成18(ネ)10078 著作権侵害差止等請求控訴事件
 平成19年03月29日・知的財産高等裁判所」
(裁判所サイト・判例情報)

 廉価版 DVD をめぐって『シェーン』 (1953年 公開)の著作権が存続しているか否かが争われた裁判で、東京地裁に続き 控訴審(知財高裁)でも「著作権切れ」との判断が示されました。
 今の映画著作物が公表後70年保護されることは御存知の方が多いかと思います。もともとは50年だったのが延長されたわけで、50年保護される映画と70年保護される映画とが分かれる境目が改定法施行日の 2004年1月1日 とされたのでした(この「施行の際限に」権利が存続しているものについて保護が延長されました)。そこで問題になったのが 2003年12月31日 に権利が切れる 1953年 公表の映画だったんですね。
 著作権行政を所管する文化庁の見解としては、 2003年12月31日24時と 2004年1月1日0時が 「接着」しているから、 1953年 公開作品の著作権も「施行の際限に」存続しているという解釈でした。「著作権切れ作品」の廉価 DVD を販売していた会社に対して訴訟を起こしたパラマウント側としても、この文化庁見解を根拠に著作権存続を主張していたのでした。
 しかし知財高裁はこれをあっさりと否定しました。施行の前日に著作権が切れているのだから、 1953年 公開作品は保護延長の対象とならない──との判断です。東京地裁で出された第一審判決と同じものでした。

 『ローマの休日』などで仮処分申請が出されたものの却下された(東京地裁)という事案もありまして、以前から注目されていた裁判ではありました。地裁判決の段階ならともかく、知財高裁も改めて同じ判断を示したことで、この法解釈が確定するのはほぼ間違いないでしょう(まさか最高裁で争えたりはしませんよね?)。
 そこで私が考えてしまうのは、文化庁の責任についてです。改定法案をもう少しきちんと書いておけば、こんなことにはならなかっただろうにと。施行の日を1日前倒しするとか、施行の前日に権利のあるものを延長対象とすれば、誰が読んでも 1953年 作品の権利存続が理解できたでしょうから。いや、文化庁見解がアテにならないのは今でも同じで、文理解釈次第でひっくり返りそうなのは還流防止措置やらIPマルチキャスト同時再送信やら、次々と実際の法律として打ち出されているわけですね。

 加えて、私は法学者の責任というものも指摘しておきたいところです。以前に軽く調査した際にも思ったところですが、文化庁の珍妙な「接着」理論に異を唱える論文・解説本は見つかりませんでした(少なくとも私が調べた中では‥‥)。裁判ではパラマウント側が著名な学者の解説を引用し自論を補強していましたが、あっさり裁判所に否定されるという事態に。これってどうなんだろうと思います。
 ブロガー(法実務家も含む)の人たちからは割と疑問は呈されてたんですけどね。

 最後に、私が書いた 1953 年問題関連の記事を紹介しておきます。



http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/10/_1953_dvd__5843.html

「映画著作物 1953 年公開作品の著作権切れ判断を踏襲

 ──『シェーン』廉価 DVD もOK!」

(エンドユーザーの見た著作権)



http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/07/53_5a0a.html

「53年問題:各紙報道から──」

(エンドユーザーの見た著作権)



http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/07/53__df93.html

「53年問題: 文化庁の解釈が司法判断で否定された(追記あり)」

(エンドユーザーの見た著作権)



http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/06/53__ab44.html

「53年問題: 『シェーン』の廉価版についても提訴」

(エンドユーザーの見た著作権)



http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/05/post_dd62.html

「著作権保護期間:文化庁の解釈が司法判断で否定されるか?(追記あり)」

(エンドユーザーの見た著作権)

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2006年10月 7日 (土)

映画著作物 1953 年公開作品の著作権切れ判断を踏襲 ──『シェーン』廉価 DVD もOK!

 映画著作物の保護期間については、 2004年1月1日 からの著作権法改定(施行)にともなって公開後 70 年とされています。反面、 2004年1月1日 までに著作権保護期間を満了したものについては延長の対象とはならず そのまま著作権切れ作品として扱われます。
 ここで問題になっているのが 2004年1月1日 で保護期間満了と(旧法で)されていた 1953 年公開作品です(つまり 1952 年までに公開された作品については一部の例外を除いて保護期間が満了しています)。文化庁の見解としては 1953 年作品も保護期間延長の対象であるとのことでしたが、『ローマの休日』廉価版 DVD をめぐる先日の仮処分申請への判断で東京地裁(高部真規子裁判長)は「保護期間満了」としました。
 『ローマの休日』と並行して提起された裁判が今回の『シェーン』のものです。やはり 1953 年公開作品であって、廉価 DVD が(権利者から)問題とされています。

http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006100601000493.html
「『シェーン』も著作権消滅 格安DVD販売認める」
(CHUNICHI WEB PRESS)



 2004年施行の改正著作権法で著作権保護期間が50年から70年に延長されたことに伴い、米映画会社などが1953年公開の映画「シェーン」の著作権を侵害されたとして、東京都内の会社に同作品の格安DVD販売差し止めなどを求めた訴訟の判決で、東京地裁は6日、格安品の販売を認め、映画会社側の請求を棄却した。

 清水節裁判長は判決理由で「53年作品には旧著作権法が適用され、保護期間は03年末で満了し、著作権は消滅した」との判断を示した。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20061006AT1G0602206102006.html
「『シェーン』も著作権消滅・格安DVD販売、東京地裁認める」
(NIKKEI NET:主要ニュース)



 訴えていたのはパラマウント・ピクチュアズ・コーポレーションと国内で同作品に関する権利を譲り受けた東北新社(東京)。(中略)

 東京地裁は今年7月、「ローマの休日」(米で53年公開)の著作権侵害を巡る仮処分申請でも、同様に著作権が消滅したとの判断を示した(映画会社側が知的財産高裁に即時抗告)。

 『シェーン』の場合は差止め訴訟が提起されていて、これに対する判決という形で東京地裁の判断が示されました(清水節裁判長)。判決の形で示されたのは初めてだそうですが、その判断としては『ローマの休日』仮処分申請へのものを踏襲した形のように見えます。
 ちなみに裁判所サイトで検索したところ、本判決がすでに掲載されていました。 PDF ですが、興味のおありの方は下記のリンクを辿って読んでみてください(私も後で読むつもりです‥‥権利者側の主張がかなり噴飯もののように思えますよ)。

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=33621&hanreiKbn=06
「平成18(ワ)2908 著作権侵害差止等請求事件
 平成18年10月06日 東京地方裁判所」
(判例検索システム>検索結果詳細画面)




■過去のうちの記事から──

 この 「1953 年問題」について採りあげたうちの記事をいくつか紹介します(手前味噌ですがね)。
 まずは今回の『シェーン』の件をとりあげたものから。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/06/53__ab44.html
「53年問題: 『シェーン』の廉価版についても提訴」
(エンドユーザーの見た著作権)

 ここで強調しておきたいのは、『シェーン』は未だに DVD 化されていないという事実です。
 実は訴訟の中で、 DVD 化の予定があったにもかかわらず廉価版の登場で中止せざるを得なかったとの主張を権利者側がおこなっています。しかしこれなどは噴飯ものの主張でしかなくて(そりゃ法廷での争いでは主張すべき手法なのかも知れませんがね)、自分で DVD 化するつもりがあったのなら、 DVD が市場投入されて 10 年以上も経っている今までの間に どうして DVD 化しなかったのだというツッコミが即座に入るところでしょうよ。
 あの名作が DVD 化できないほど売れないとは言わせませんぜ。むしろあれが市場に存在していなかったことの方が、映画好きの人間からすれば芸術・文化への冒涜に等しい行為です。

 こういった保護期間満了作品の廉価流通をめぐる争いは、著作権保護期間とかその延長とは本当はあまり関係のない話かもしれません。純粋に法解釈の問題でしかありませんからね。しかし、保護期間やその延長問題で考えられる問題を間接的に窺える事例ではあると言えます。
 そもそも著作権を持った人間ないし会社が“金にならない”と考えてしまえば、その作品は市場に流れず 存在を抹消された状態になり続けてしまうということなのです。たとえば『シェーン』は、ビデオデッキがなくて DVD しか見られない人にとっては記憶や記録の中にしか存在しなかった作品だったということになります。
 これで保護期間を(映画以外でも)延長するともなれば、もっと多くの著作物の存在が抹消されることになります。我々が継承していくべき芸術・文化のことを真剣に考えるなら、その延長に反対するか賛成するか、いずれが論理的な立場か明らかです。
 なお我々エンドユーザーが著作権保護期間について語るとき、権利者へ妙な遠慮を感じる必要は全くありません。むしろ我々に必要なのは〈文化を継承していく決意〉です。

 さて前の『ローマの休日』に関する件でも、うちで幾つか採りあげています。
 新聞報道では仮処分申請への判断に対して「映画会社側が知的財産高裁に即時抗告」したとされていて、ここでどのような判断が改めて示されるのかは判りません。でもこれまでの報道に寄せられた専門家のコメントからすれば「満了」判断に肯定的なものばかりですので、あまり心配することもないのかも知れませんが。
 要は、知財高裁がどこまで常識的判断を下すというのかという問題ですかね。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/05/post_dd62.html
「著作権保護期間:文化庁の解釈が司法判断で否定されるか?(追記あり)」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/07/53__df93.html
「53年問題: 文化庁の解釈が司法判断で否定された(追記あり)」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/07/53_5a0a.html
「53年問題:各紙報道から──」
(エンドユーザーの見た著作権)

 どう転んでも、文化庁の大チョンボは確定です(国家賠償訴訟になったりするのかな?)。

Posted by 暇人#9 映像愛好家の危機, 著作権の気になる話, 著作権保護期間延長反対, 踊る文化庁 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年7月13日 (木)

53年問題:各紙報道から──

 今回の地裁決定についての報道が各紙出揃ったようです。それぞれが別々の相手にコメントを取っているようで、それを読み比べるだけでもかなり面白かったりします。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060711i216.htm
「廉価DVD訴訟、53年映画は著作権消滅…東京地裁」
(社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞))
▲文化庁・パラマウント・ファーストトレーディングのコメントあり。
http://www.asahi.com/business/update/0711/146.html
「格安DVD販売認める 『著作権消滅』と東京地裁」
(asahi.com - ビジネス)
▲文化庁・パラマウント・ファーストトレーディングのコメントあり。
※本紙では 2006年7月12日付 3面に掲載。
 半田正夫氏のコメントあり。
http://www.mainichi-msn.co.jp/photo/news/20060712k0000m040067000c.html
「廉価DVD:著作権の保護期間満了と販売認める 東京地裁」
(photoジャーナル:MSN毎日インタラクティブ)
▲文化庁・パラマウントに加え、
 掛尾良夫氏・壇俊光氏のコメントあり。
日本経済新聞 2006年7月12日付 38面
「『ローマの休日』など1953年作品 格安DVD販売認める」
▲パラマウント・ファーストトレーディングに加え、
 甲野正道氏・岩倉正和氏のコメントあり。
北海道新聞 2006年7月12日付 1面および8面
「『ローマの休日』など53年公開の名画 格安DVD販売セーフ」
「『映画著作権』東京地裁判決 DVD安売り 拡大の可能性」
▲文化庁・ファーストトレーディングに加え、
「映画業界」の声とコスミック出版のコメントあり。

 まずは当事者のパラマウントピクチャーのコメントから見ていきましょう。
「驚いた。到底受け入れられない」とする朝日記事の内容が代表といったところ。他の記事でも基調は同じです。が、日経記事での「文化庁の解釈に基づき著作権が守られてると思っていたが、驚いている」や、読売記事での「ホームページにも公表されている文化庁の見解の方が正しく、決定には驚いている」といった痛い発言も散見されます。
 今回の仮処分申請で争われたのは「著作権が守られる」か否かではなく、そもそもその「著作権」が存在するか否かです。裁判所が判断したのは、 2003 年時点で「著作権」が切れていたというものであって、「著作権が守られ」ないという状態とは全く異質なものです。
 また、「文化庁の見解の方が正し」いという保証は全くありません。文化庁自身もいつも発言するではありませんか、「最終的には司法判断」だと。
 パラマウントには謙虚な姿勢が足りないのと違いますか? 司法判断を受けたというのに。まぁこの判断自体も確定してみないと何とも言えませんがね。

 文化庁(著作権課)は流石というか、無難なコメントに終始しています。
 朝日の記事では「文化庁著作権課は『上級審の判断を見守りたい』と話し、ホームページの記述を変更する予定はない、としている」とありますが、北海道新聞では「訴訟についてはコメントできないが、裁判所の判断を踏まえて今後、解釈を検討する可能性はある」と述べたと報じられています(朝日では地の文、道新では文化庁コメント)。これらは言ってることが違うと読むのではなく、司法判断が確定するまでは現状維持、確定の内容によっては「解釈を検討する」と読むべきでしょうね。
 この他、文化庁のコメントをしっかり取っているのは日経です。甲野課長の名で掲載しています。

「53年」守る目的
 甲野正道・文化庁著作権課長の話 文化庁としては、一九五三年公表の作品の著作権を守る目的で法律を作った。内閣法制局にも確認のうえ、立法趣旨にかなう制度設計をした。七一年にも一月一日施行の著作権法改正で保護期間を延長したが、こうした問題は起きなかった。
 業界関係者をはじめ、問い合わせにはすべて五三年の公表作品の著作権は守られると回答してきた。今後の司法判断を見守りたい。

※上記日経記事より引用。

 まぁ「こうした問題」が初めて法廷に持ち込まれ「立法趣旨にかなう制度設計」の不備が指摘されるに至ったわけですから、甲野課長が正当性を主張したところであまり意味はありませんわね。
 最後は「今後の司法判断を見守りたい」といつもの無難な調子で締めくくっています。これは行政担当者として当然のこと。

 さて、ここまでは“前菜”です。
 各紙報道の見どころは法学者・実務家のコメントにあります。

 ◇冷静な判断だ
 ▽著作権法に詳しい壇俊光弁護士の話 裁判所も著作権を保護しすぎる風潮の中で、法律の条文に従って冷静な判断をした決定だ。刑事罰もある法律の解釈は厳密にすべきで、文化庁の見解には無理があるのでは。
※上記毎日記事より引用。
立法技術に問題  著作権法に詳しい岩倉正和弁護士の話 東京地裁の決定内容は自然で説得力がある。パラマウント側や文化庁には異論もあるかもしれないが、結論自体は認めざるを得ないだろう。問題の根源は単純に立法技術にある。改正著作権法の施行日をなぜ、二〇〇四年一月一日よりも早く設定しなかったのか、理解に苦しむ。  いったん切れてしまった著作権の復活は、新法で対応すれば法技術的には必ずしも不可能ではないが、国際条約との関係で事実上難しいだろう。
※上記日経記事より引用。
文化庁の理屈は無理  半田正夫・青山学院大元学長(著作権法)の話 文化庁の「時間が接着している」という理屈は無理がある。著作権法の中に具体的な規定がない以上、東京地裁の解釈は成り立ちうるもので、妥当な判断だ。53年作品は人気があって今でもお金を稼ぐのだろうが、改正著作権法の対象にしたいなら、文化庁は立法当局として改正法に明確な規定を設けるべきだった。
※上記朝日(本紙)記事より引用。

 壇俊光弁護士・岩倉正和弁護士・半田正夫“大先生”(笑)のお三方です。
 皆ことごとく東京地裁の判断を支持してるんですね。半田氏まで「文化庁の〜理屈は無理がある」と発言してしまうとは、私にとっては意外に感じられるものでした。と言うか、そう考えているのならどうして今まで放置していたのだ、と小一時間問い詰めたくなります →半田氏。
 壇弁護士と岩倉弁護士のコメントには頷かされます。特に岩倉弁護士のコメントは、同じ日経記事に掲載された甲野課長のコメント(先に引用したやつです)に対するストレートな反論になっています。しかもこれ、日経本紙で ふたつ並んで掲載されてるんですよね!

 ここまで専門家の意見が揃うとなると、知財高裁での抗告審でも期待が持てるんでしょうか? 東京地裁の判断が認められるんでしょうか? 祈るような気持ちです →私。

※ところで、どこか北大の田村善之教授にコメントを取るところはありませんかね?

 法律家というわけではありませんが、かなりユニークな人選もありました。
 北海道新聞の8面(関連記事)にコスミック出版の岡田武生会長の名があったんです。ここも、かなり早くから書店売りの廉価 DVD を出してた会社なんですね。私も実は数枚持ってたりします。で、そのコメントが「(五三年作品の販売について)司法の最終結論までは控えているが、いつでも販売できる準備はしている」というもの。逞しい限りです。
 そうそう、肝心のファーストトレーディング側のコメントも。日経記事の「主張が認められて安心した。五三年作品の販売再開を検討したい」とする内容が代表的です。朝日記事では「販売を中止していた」旨も触れられています。




■廉価 DVD と「著作権」

 廉価 DVD について、私は販売業者の試みを支持します。
 販売価格が下がるということは、それだけ作品が社会に浸透していく力となります。すなわち、誰でも作品に触れる機会を持てるようになります。さすがに高い商品だと買う人も限られますからね。
 1953 年と言えば映画ではクラシックもクラシック、歴史の彼方に埋もれるような古い作品なわけですよ(決して質が低いとか言ってるわけではありませんので注意)。だってこの頃の映画のうち、いま劇場にかかってるのはどれくらいあります? テレビで放送されるのは? いや下手すると、映画単体をきちんと DVD で買えるものすら少ないかもしれない。『ローマの休日』は特典映像との抱き合わせで高値、『シェーン』は DVD にすらなっていない。
 製作から充分な期間を経て 製作費の回収も済んでいるはずの作品を、寝惚けているような高い値段で売っている。そのような状態で映画文化を継承するものと言えるのかどうか。文化は人々の心にまで届かないと意味がありません。今まで DVD を買ってなかった人たちに古い映画を伝えていく(人によっては“懐かしい映画”かも知れない、人によっては初めて見る映画かも知れない)、それだけでも廉価 DVD の貢献は大きいものと言えます。

 著作権というものも考えましょう。この保護がなぜ有期限なのか。
 著作物とは人々が共有すべき文化遺産です。だから充分な保護を受けてきた著作物について自由利用を認めるのです。このことは「著作権」制度の大前提であり、決して「著作権」を蔑ろにする思想ではありません。
 だから当然、著作権切れ作品を利用していくことは元権利者に不利益を与えるものではないし、まして著作物という文化的所産を貶めるものでもない。

 我々は過去から学びます。自分の経験で知り得ないことを、他人の著作物によって学んでいきます。何者かによって不当に吊り上げられた料金を支払わされることなく、また“真似”て学ぶことを禁止される心配もなく、我々が本当の意味で先人の文化遺産を血肉とできる機会なのです。
 その機会を拡大させるものの一つが廉価 DVD なのですから、「映画文化」とやらを楯に貶めるのは非論理的というものでしょう。




■新聞報道から見える、映画業界の狂気

 内容としては先の文章から続くのですが──。
 先に引用した各紙報道を見ていて、もうひとつ興味深い論点が浮かびあがってきました。

◇違和感を感じる
▽キネマ旬報映画総合研究所・掛尾良夫所長の話 安価なDVDが出回ることは、映画界にとって歓迎すべき決定ではない。個人的にも、映画が文化というより消費財になっていくようで違和感を感じる。正規版の側には、映像のクオリティーを高めたり、メーキングや関係者のインタビューなど付加価値を高め、より魅力的商品を作る努力をしてほしい。

※上記毎日記事より引用。
 東京地裁が十一日、DVDの格安販売を認めた一九五三年公開映画。格安化に拍車が掛かる可能性があり、映画業界からは「映画文化が守られなくなるのでは」と警戒の声も上がっている。〔中略〕
 格安版の人気は、洋画大手格安によるDVDソフトの安売り競争が先導してきた。〔中略〕
 ただ入場料に比べ、DVDの割安感が広がることによる映画館離れを懸念する声は根強い。ある邦画大手の版権担当者は「安ければいいというものではない。映画という文化を守る必要がある」と困惑の表情だ。

※上記北海道新聞記事(8面)より引用。

 これらのコメント、いずれも読んだ時に頭痛がしてくる内容なんですね。「気でも違ってるのか?」と思わず呟いたり。
 映画の、文化としての価値と、売られている値段にいかなる関連性があるというのか。安く売られた映画が悪いものであるかのように語られる根拠はどこにあるのでしょうか。

 キネ旬映画総合研究所長の弁は、後半は確かに正論なのですが、それにしても前半が支離滅裂。
 そもそも複製物によって流通させる著作物は、「文化」と「消費財」という二面性を持っているものです。そしてビデオやLD・ DVD という形で映画作品が流通するようになって、映画が従来から「消費財」と化していたのは明らかではありませんか。いや それより以前は、劇場に掛かっていた期間だけ見られる、ほんの僅かな「消費」で後は“廃棄”される存在だったのではないですか、映画は。(残ったネガも死蔵の憂き目。)
 そして重要な事実がひとつ。 DVD の低廉化は著作権切れ作品の DVD によって起こされたのではないということです。メジャー系映画会社が自社の作品でこぞってやってることなのですよ。低廉化は映画作品の浸透力を強めこそすれ、無根拠な「個人的」所感でもって腐すべきものではありません(主張は自由ですがね、もっと論理的にならないと)。
 せっかく所長は「映像のクオリティーを高めたり、メーキングや関係者のインタビューなど付加価値を高め、より魅力的商品を作る努力」という素晴らしい提言をしているのに、これを著作権切れ廉価 DVD との競争に結びつけないのは勿体なさすぎます。

 道新記事では発言者が示されていません。が、この発言もまた酷い。映画業界関係者の驕りというか、狂気というか、全然周りが見えてない、何を考えてんだという感じの内容です。
 価格が安くなることで「映画文化が守られなくなる」ですって。妄想の極み。いいですか、レンタルビデオが登場するまでは、古い映画はテレビの無料放送でしか見れなかったんですよ!(一部都市部の恵まれた名画座愛好家を除く。)ということは、この発言者の理屈で言えば、有料放送や廉価 DVD で金払って見てる今の映画好きの方こそ「映画文化」を「守」ってるってことじゃないですか。しかも最近は観客動員数が増加傾向にあるんですけど、それは無視ですか。
 安く入手できることと、作品へのリスペクトは別。そもそも繰り返して見ようと思わないのなら、 DVD なんて買いませんって! エンドユーザーは自らの意思と選択でもって、映画文化を継承していくのですよ。映画業界の思い通りに行くわけがない。

 逆の視点で言うと、映画業界は“高ければいい”と考えているのではないか?──とすら思えてなりません。ロードショー館がどこも大人 1800 円、そんなカルテルまがいの料金設定を恥知らずにも続けている連中が、これを正当化しようとして廉価 DVD を陥れようとしているのではないか、と。
 まず問うべきは劇場の料金ですよ。高すぎやしないか、と。本来だったら館によって料金が違ったって良いんですよ。それなのに何故かどこも大人 1800 円。映画の日やレディースデーだと 1000 円。どうしてこんな状態が続いている?
 DVD の価格競争は、エンドユーザーが関わって映画業界にもたらされた唯一の自由競争なのと違いますか? しかもそれは映画業界自らが進めてきたことであって、決して「映画文化が守られ」てるかどうかとは関わりない。まして著作権切れの問題は別論だし。

 ──映画業界の価格設定については、もっとエンドユーザーが批判していくべきだと思いますよ!

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2006年7月11日 (火)

53年問題: 文化庁の解釈が司法判断で否定された(追記あり)

http://www.sankei.co.jp/news/060711/sha069.htm
「『ローマの休日』は権利消滅 東京地裁、格安DVD認める」
(Sankei Web 社会(07/11 16:36))



 映画「ローマの休日」など昭和28(1953)年公開映画の著作権をめぐる「53年問題」が初めて司法の場で争われた同作の激安DVD販売差し止め仮処分申し立てで、東京地裁の高部真規子裁判長は11日、同作の著作権は切れていると判断し、米国映画会社の申し立てを却下する決定をした。米映画会社側は抗告する方針。決定が確定すれば28年公開の映画はすべて著作権切れになる。同年は名作が多く、決定は映画業界に大きな影響を与えそうだ。

 今年5月の仮処分申請で にわかに話題となった “53 年問題”ですが、 7月11日 に東京地裁の決定が出たそうです。仮処分の申立ては却下、 1953 年製作の映画は著作権が切れているとの判断でした。
 権利者の方は(当然というか)抗告する方針とのことですけども。
 願わくば、今回の司法判断で確定してほしいものです。

 “53 年問題”については、以下の記事で採りあげました。

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/05/post_dd62.html
「著作権保護期間:文化庁の解釈が司法判断で否定されるか?(追記あり)」
(エンドユーザーの見た著作権)

http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/06/53__ab44.html
「53年問題: 『シェーン』の廉価版についても提訴」
(エンドユーザーの見た著作権)

 もし今回の司法判断が確定すれば映画業界は多くの権利を“失う”わけで、必死になって抗告するのでしょうね。ああ見苦しい、嫌だイヤだ。
 なお仮処分申請に先だって提起していた『シェーン』の裁判も、今回の司法判断が踏襲されれば敗訴は間違いありません。その点で言っても、パラマウントは簡単に退けないでしょうね。




■東京地裁の決定から──

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=33305&hanreiKbn=06
「平成18年(ヨ)第22044号 著作権仮処分命令申立事件」
(裁判所:知的財産裁判例集)

 決定が下された当日に裁判所サイトで全文掲載されました