2009年10月18日 (日)
「コルシカ」――歴史に残るかわからないけど、記憶には残りましたね!
日本国内では今ひとつ「決定打」に欠ける電子書籍界隈なのであるが、この10月に入って急に登場したサービスが大きなセンセーションを巻き起こしてるよって話。
http://www.corseka.jp/
「Corseka」
http://www.enigmo.co.jp/press/news/index.php?detail=9
「オンライン雑誌販売/閲覧プラットフォーム『コルシカ(Corseka)』
10 月7 日(水)よりサービスを開始致しました。」
(株式会社エニグモ)
http://japan.cnet.com/venture/news/story/0,3800100086,20401284,00.htm
『雑誌販売サイト『コルシカ』開始--出版社からは『著作権の侵害』の声も」
(CNET Japan) 2009.10.7
その名はエニグモ社の「コルシカ」。サービス内容は後で詳述するけれども、ネット経由で雑誌の注文を受けて、そのスキャン画像を配信するというのが主なところ。
10月7日、「低迷する雑誌市場を盛り上げることに貢献したい」との甘い囁きとともに“電子雑誌”を売り出したのは良いが、その裏で出版業界が大騒ぎになっていたという。事前に話を聞いとらんがなという社が多く、すぐさま日本雑誌協会が動いた。雑誌のスキャン画像を配信するのは著作権の侵害だからきっちり出版社と話つけろやゴルァ、まず配信ヤメロ!ってな抗議である。これがサービス開始の2日後、10月9日。
http://www.shinbunka.co.jp/news2009/10/091008-04.htm
「雑協、エニグモ社に対しコルシカサービスの中止を要請」
(新文化) 2009.10.8
http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20091008AT1D0805E08102009.html
「日本雑誌協会、エニグモにネット雑誌閲覧サービスの中止要請」
(日経ネット) 2009.10.8
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20091009k0000m040092000c.html
「日本雑誌協会:ネットの雑誌有料閲覧、サービス中止を要請」
(毎日jp) 2009.10.8
http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009100801001107.html
「ネット閲覧の中止を要請 新サービスに雑誌協会」
(47 NEWS) 2009.10.9
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0910/09/news050.html
「『コルシカ』に雑誌協会が抗議 雑誌スキャン・ネット販売は『著作権侵害』」
(ITmedia) 2009.10.9
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20401440,00.htm
「日本雑誌協会が雑誌閲覧ネットサービス『コルシカ』にサービス中止を要請」
(CNET Japan) 2009.10.10
で、雑協の抗議を受けたコルシカはあっさり引き下がる。雑協の会員が出している雑誌は売らない、そして今後のことは協議しよう、という話らしい。
http://www.enigmo.co.jp/press/news/index.php?detail=10
「日本雑誌協会からの『コルシカサービスについての要請と見解』への対応について」
(株式会社エニグモ)
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20091009_320745.html
「オンライン雑誌閲覧サイト『コルシカ』、一時サービス縮小へ
日本雑誌協会から中止要請『無許諾スキャンは違法』」
(INTERNET Watch) 2009.10.9
http://www.shinbunka.co.jp/news2009/10/091009-04.htm
「エニグモの雑誌オンラインサービス、一部雑誌を販売中止」
(INTERNET Watch) 2009.10.9
そして体育の日を含めた連休明け。いつのまにかコルシカは“終わって”いた。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0910/13/news126.html
「『コルシカ』全雑誌データの販売を停止」
(ITmedia) 2009.10.13
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20091014_321635.html
「オンライン雑誌閲覧サイト『コルシカ』がサービス休止」
(INTERNET Watch) 2009.10.14
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0910/14/news099.html
「『許諾を得た出版社もある』 『コルシカ』運営会社に聞く」
(ITmedia) 2009.10.14
どないせいっちゅうねん。(俺どこの人間だ)
■コルシカの中身
もう“終わって”しまったサービスの中身を分析する必要があるのか、という気もしないではないのだが‥‥とりあえずやりかけていたまとめなので、あえて続けてみる。
コルシカは、基本的には雑誌のネット通販サイト、とは言える。雑誌の注文を利用者より受け、コルシカは現物を購入し、利用規約により利用者の依頼を受けたものとみなして雑誌のスキャンデータを用意する。それを利用者に送るわけだ。なお、これらの作業の前後関係はおそらく上記の順番通りではない。あえて、コルシカが主張する形で説明を試みた。コルシカの意図に寄せた解釈をしてもなお、おかしい点が存在するのを私は指摘したい。
一連のスキャンデータ入手までに利用者が支払うのは、雑誌現物の定価。この現物は「配送料」を支払うことで、メール便(ヤマトメール便か郵便局のエクスパック)で送ってくれる。「配送料」は国内280~700円と実費程度のようだ。配送はデータの購入から1ヶ月の間に申し込む必要がある。
スキャンデータの方は暗号化されており、ウェブブラウザ上の専用ビューワでないと閲覧できない。雑誌データの保存期間は12ヶ月。雑誌の一部はクリップでき、それは36ヶ月保存できる。いずれにせよ期間に限りがある。
退会した(あるいは規約に反し除名された)場合、それ以後雑誌データは読めなくなる。
http://www.corseka.jp/guide/qa.html
「Q&A」
(Corseka)
http://www.corseka.jp/guide/act_display.html
「特定商取引法に関する表記」
(Corseka)
http://www.corseka.jp/company/tos.html
「利用規約」
(Corseka)
コルシカの概要は以上のような感じだ。
このサービスについて真っ先に思うのは、雑誌をスキャンして販売する以上、無許諾でやってたらアウトだろうということ。案の定、出版社から著作権に関して抗議を受け、サービスを「休止」せざるを得なかった。
それに加えてコルシカには、私は当初から違和感があった。たとえば、エニグモのプレスリリースやコルシカの利用者ガイドにあるような売り文句と、コルシカの仕様とがかけ離れている点。従来読み捨てられてきた雑誌の「保存」に電子雑誌のメリットを謳う割には、スキャンデータ閲覧できる期間が限定されている。雑誌は置き場所という物理的問題で長期間の保存が難しかったというのに、置き場所を取らない筈のデジタルデータ化で期間限定って何よ? しかもPCブラウザ上の専用ビューワでないと読めず、携帯デバイスでの閲覧に対応していない。雑誌現物なら持ち運べるのに、PCに“鎖”でつながれた電子書籍にどれだけの価値が?
その他にも、以下のような疑問点が私にはある。
- ビジネスモデルの組み立てについて
料金を見たところ、雑誌の価格・送料ともに実費のみを利用者から受け取る仕組みのよう。取次からの入荷と、ユーザーへの販売の差額のみを利益とするのか。それともサイト上に広告を載せるなどして収入を得る予定だったのか。いまひとつ分からない。
- 利用者が購入した雑誌について
利用者が雑誌データを購入した雑誌は、コルシカがその分の実物をすべて購入するという話は間違いないか。また、それらの現物のうち、配送が求められなかったものについてはどのように管理するのか。
- 売り切れへの対処について
雑誌データを販売する冊数は、実物が確保できた数だけということになるのか。利用者から注文を受ける時点で、実物が売り切れてしまうことが無いような何らかの措置は取られるのか。
- 雑誌スキャンの要領
雑誌のスキャンは、たとえば背表紙を断裁した上、1ページずつスキャンするのか。あるいは、手作業で広げながらスキャンするのか。
スキャンデータは、閲覧の都度サーバへアクセスさせるものと考えて良いのか。
また、スキャンデータは1つの雑誌につき1つのファイルで用意するのか。あるいは注文毎にスキャニングを行なうのか。
- 雑誌データを配信するタイミング
雑誌データの配信は、その分の実物がコルシカに届いてから実施されるのか。あるいは注文後ただちに配信できるよう準備しているのか(取次にあることを確認するのみで配信するなど)。
- 配送される雑誌
スキャニングされた雑誌の他に、配送用の雑誌を確保して利用者の申込みに対応するのか。スキャニングに要した雑誌は処分するだけか(とすれば、その1冊分の費用はどこから捻出するのか)。
- 利用者が購入したが配送されない雑誌について
利用者がスキャンデータを購入したが、配送の申込みが無かった場合には、その現物の雑誌はどう保管されるのか。一定期間(たとえば配送を受付ける期間)が過ぎたら廃棄されてしまうのか。廃棄のタイミング、廃棄の方法などは決められていたのか。また、廃棄までの当該雑誌の所有権はどう理解されるのか。
- 雑誌をスキャンして利用者に提供することを許諾していた出版社は
雑誌のスキャニングを許諾していた出版社はどれだけあるのか。それらの雑誌も含めてサービス中止にしてしまったのは何故か。また、許諾を得なかった雑誌について、あらかじめ許諾を求めなかった根拠はどういったものか。
――こんなところだ。報道によればコルシカは、利用者が買った雑誌をスキャンするだけの“私的複製代行業”だと主張しているらしい。まぁこの代行業自体、現行の著作権法で許され得るのかという問題はある(おそらく許されないだろう)。それを置くとしても、スキャンするのが「私的複製」だという主張と実態がどれだけ近いのかを知るための疑問点もあり、上記には入れてある。
で、一応コルシカに質問を投げてはみているのだが、投げた場所がよろしくないのか、まだ何の反応も無いです。無名ライターはつらいですね、ハハハ。まぁ、後で改めて問い合わせてみますよ。それでダメなら、もはやコルシカを擁護することは不可能ってことで。
別の観点から、“私的複製代行業”がフェアユース導入によって可能になるのではないかという形でコルシカを評価する考えもあり得る。しかし、そうしようにも利用者のメリットが少ないかなぁと私自身は思う。スキャナーを貸してくれる業者とかの方がよほどメリットあるというか。
法律論をぶつにも(もっとも素人の私に正確な法律論がぶてるはずもないが)、それだけの価値がコルシカにあるのか。すでにサービスを中止された今、疑問ではある。
ともあれ、事実関係はきっちり押さえたい気持ちはあるので、もしお話聞かせてもらえるとしたら、よろしくお願いします。 →コルシカの中の方
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2009年5月14日 (木)
法制問題小委員会#1配付資料
驚いたことに、12日の法制問題小委員会で配布された資料が、もう文化庁のサイトにアップされておりました。
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h21_shiho_01/gijiyoshi.html
「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会(第1回)議事録」
(文化庁)
とりあえずご報告まで。
(後日、追記するかもしれない。)
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2009年5月12日 (火)
衆議院・文部科学委員会で著作権法改定案が可決
「違法配信からの録音・録画を禁止する」との名目で私的複製(著作権法第30条)の範囲を縮小する、いわゆる「ダウンロード違法化」の条項を含んだ著作権法の改訂案が8日、衆議院の文部科学委員会を通過した(審議経過参照のこと)。4月24日に法案の説明が行なわれ、今月8日が初めての審議だったわけだが、その日のうちに採決された。後日、おそらく無風で衆議院本会議を通過し、参議院での審議へと移ることになるだろう。
この日の委員会で質問をした議員は、民主党から高井美穂・松野頼久・川内博史・和田隆志の4委員、共産党が石井郁子委員、社民党が日盛文尋委員。この日の委員会の流れが、事務局作成の「衆議院文部科学委員会ニュース」で速報として公表されている。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_rchome.nsf/html/rchome/News/monka17120090508009_f.htm
「文部科学委員会ニュース(5月9日)」
(衆議院)
1 著作権法の一部を改正する法律案(内閣提出第 54 号)
・塩谷文部科学大臣、宮﨑内閣法制局長官、竹島公正取引委員会委員長、政府参考人及び長尾国立国会図書館長に対し質疑を行い、質疑を終局しました。
・採決を行った結果、全会一致をもって原案のとおり可決すべきものと決しました。
(賛成-自民、民主、公明、共産、社民)
・馳浩君外4名(自民、民主、公明、共産、社民)から提出された附帯決議案について、和田隆志君(民主)から趣旨説明を聴取しました。
・採決を行った結果、全会一致をもってこれを付することに決しました。
(賛成-自民、民主、公明、共産、社民)
このニュース(本体はPDF)では、上記の審議概要のほか、各議員の質問内容の要旨が書かれている。それに対する参考人らの発言は、今のところ『衆議院TV』のビデオライブラリーで参照可能。議事録が公表されるまでしばらくかかりそうだが、『無名の一知財政策ウォッチャーの独言』さんが書き起こしをされているのでご参考まで(書き起こしおつかれさまです)。
http://www.shugiintv.go.jp/jp/video_lib2.php?u_day=20090508
「開会日:2009年5月8日」
(衆議院TV)
※ここから「文部科学委員会」をクリック
http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-11c0.html
「第171回:衆議院文部科学委員会での著作権法改正法案の馴れ合い出来レース審議」
(無名の一知財政策ウォッチャーの独言)
いわゆる「ダウンロード違法化」は、配信されているコンテンツが違法に提供されたものだとの「事実を知りながら」ダウンロードする行為を禁じるものとは言え、ユーザーがダウンロードしたものを事後的に「適法」か「違法」か判断することが困難という問題があった。いざ訴訟になったとして、権利者側が「事実を知りながら」のダウンロードだと証明しづらい一方、疑いをかけられたユーザーの側でも潔白を証明できない(コピー元のCDを持っていたり、支払いなどの記録が残っていないかぎりは)。この規定を根拠にどれだけの訴訟が起こされるか——によってはユーザーの脅威となる(見せしめの訴訟が数件起こるにとどまる可能性もあるが)。
「ダウンロード違法化」条項にはもう一つ問題となる部分がある。海外で配信されているものでも、日本の著作権法で判断して「違法」なものならダウンロードが「違法」とされてしまう点だ。たとえば米国のフェアユースのような権利制限など、日本法とは異なる事情で適法に配信されているものが、日本でダウンロードすると「違法」呼ばわりされるようになる。そうしたダウンロードでもする人はするのだろうが、気持ちのいいものではない。
海外での適法配信と日本法との関係をどう考えるのか、本来は慎重に審議すべきところだった。しかし衆議院の文部科学委員会ではこの観点からの質問は無かった。インターネットの世界でも日本人には日本法だけ当てはめておけばOK——と考える議員ばかりだということか。
委員会での法案可決のあと、付帯決議も提案されて可決されている。これは、可決された法律が運用される際に“国会の意向も汲んでくれ”と要望する程度のものでしかない。過去の例を見ても、政府へ速効性のプレッシャーを与えるようなものではない(法改定の根拠に使われることはままあるが)。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_rchome.nsf/html/rchome/Futai/monka7C67B3E98A3FA93B492575B00030142E.htm
「著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」
(衆議院)
著作権法の一部を改正する法律案に対する附帯決議
政府及び関係者は、本法の施行に当たり、次の事項について特段の配慮をすべきである。
一 違法なインターネット配信等による音楽・映像を違法と知りながら録音又は録画することを私的使用目的でも権利侵害とする第三十条第一項第三号の運用に当たっては、違法なインターネット配信等による音楽・映像と知らずに録音又は録画した著作物の利用者に不利益が生じないよう留意すること。
また、本改正に便乗した不正な料金請求等による被害を防止するため、改正内容の趣旨の周知徹底に努めるとともに、レコード会社等との契約により配信される場合に表示される「識別マーク」の普及を促進すること。
二 インターネット配信等による音楽・映像については、今後見込まれる違法配信からの私的録音録画の減少の状況を踏まえ、適正な価格形成に反映させるよう努めること。
三 障害者のための著作物利用の円滑化に当たっては、教科用拡大図書や授業で使われる副教材の拡大写本等の作成を行うボランティア活動がこれまでに果たしてきた役割にかんがみ、その活動が支障なく一層促進されるよう努めること。
四 著作権者不明等の場合の裁定制度及び著作権等の登録制度については、著作物等の適切な保護と円滑な流通を促進する観点から、手続の簡素化等制度の改善について検討すること。
五 近年のデジタル化・ネットワーク化の進展に伴う著作物等の利用形態の多様化及び著作権制度に係る動向等にかんがみ、著作権の保護を適切に行うため、著作権法の適切な見直しを進めること。
特に、私的録音録画補償金制度及び著作権保護期間の見直しなど、著作権に係る重要課題については、国際的動向や関係団体等の意見も十分に考慮し、早期に適切な結論を得ること。
六 国立国会図書館において電子化された資料については、図書館の果たす役割にかんがみ、その有効な活用を図ること。
七 文化の発展に寄与する著作権保護の重要性にかんがみ、学校等における著作権教育の充実や国民に対する普及啓発活動に努めること。
国会議員が結局はどういった方向を向いているのかを知る参考になるかもしれない。この附帯決議案、民主党だけでなく自民党を含む全会派で出されていることに注意が必要だが。
Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権行政, 音楽と著作権 | Permalink
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2009年3月30日 (月)
著作権分科会 #28 ――フェアユース戦線はいつもの風景
3月25日に、文化審議会著作権分科会の第28回会合が開かれた。この分科会では1月に前期・2008年度までの報告書が出され、それを受けて3月10日に今国会へ著作権法の改定案が提出されたところだ。法案の方は衆議院で先に審議される予定らしいが、30日現在でまだ審議は始まっていない。ともあれ、法案提出を前期の区切りとして、25日は今期・2009年度の分科会運営について話し合われる最初の会合となる。
文化審議会著作権分科会(第28回)
日時:平成21年3月25日(水)
10:00~12:00 ※実際には30分ほど早く終了
場所:三田共用会議所 3F大会議室
【議事】
1 開会
2 委員及び文化庁関係者紹介
3 議事
(1)文化審議会著作権分科会長の選出について
(2)小委員会の設置について
(3)その他
4 閉会
【配付資料】
資料1 文化審議会著作権分科会委員名簿
資料2 「著作権法に関する今後の検討課題」
(平成17年1月24日・著作権分科会決定)
の概要とそれ以降のこれまでの審議状況
資料3 小委員会の設置について(案)
参考資料1 文化審議会関係法令等
参考資料2 文化審議会著作権分科会(第27回)議事録
参考資料3 著作権法の一部を改正する法律案の概要
※配付資料には法律案そのものも含まれていた。
参考資料4 デジタル・ネット時代における知財制度の在り方について(報告)
(平成20年11月27日 知的財産戦略本部デジタル・ネット
時代における知財制度専門調査会)
参考資料5 広崎委員意見書
(第9期文化審議会著作権分科会の運営に対する意見)
分科会の運営の話——と言っても、実際に議論をする場は、分科会の下に設けられる「小委員会」の方である。だからこの小委員会をどう設置するのかが話の中心になる。
昨年まで設けられていた、iPod全盛の今の時代に適合した私的録音録画補償金制度を話し合う「私的録音録画小委員会」と、保護期間の延長の是非を議論する「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」は、前期最終回にあった予定のとおり解散となった。今期設置されるのは3つ、「基本問題小委員会」「法制問題小委員会」「国際小委員会」だ。
基本問題小委員会は、「著作権関連施策に係る基本的問題に関すること」を議論するとされる。この表現自体は配付資料にあった文言を引いているだけだが、あまりにも漠然としすぎてはいる。事務局が説明する中で例示した議題は、私的録音録画補償金と保護期間延長の問題だ。つまり解散された2つの小委員会を吸収したような形のようだ。それぞれの小委員会でも持て余してしまった議題なだけに、他の「基本的問題」を扱いつつこれら二つの議論も進められるのかは疑問。議題設定に文化庁の恣意が反映しやすいだけに、注視したい。
「基本問題」と銘打っているだけに、事務局は方針として「文化政策的な見地から大所高所の議論をしていただける場として設置してはどうか」と提示している。この文化庁の言う「文化政策的な見地」が果たして好ましいものになるのか、私見だが微妙に思えてならない。「保護」だけが文化政策ではなく、しかもコンテンツ産業だけが「文化」ではない——そこからこぼれるものを無視したり、あるいは一緒くたにしすぎた結果が、〈時代の流れに対応できていない著作権法〉という今の状況なのではないか。
長いこと著作権分科会の動きを見てきたためか、かなりうがった見方をする私ではあるが、心配の種が尽きないというのが正直なところである。
法制問題小委員会は「著作権法制度のあり方に関すること」を話し合うということで、著作権法学者中心の構成で例年通りの設置。ここでは、前期まで議論しながら課題として残されているものに加え、「放送・通信の一元化への対応」「権利制限の一般規定」などが新たに挙げられている(事務局説明より)。議題てんこ盛りになるいつもの展開なのは間違いないが、その中でも最も注目が集まるのは「日本版フェアユース」だろう。
国際小委員会も前期に引き続いて設置される。国際条約などで国内法制に対応すべき点が出てきた場合、その議論をここで行うのが主な役割なのだが、近年はこの種の動きが少なく会合が開かれるのも年に数回程度だった。もっとも前期最後の会合で「国際的な議論に先行して検討課題を設定しよう」との方針が出ており、また「模倣品・海賊版拡散防止条約」ACTAの展開も注目されるところなだけに、今期に大きな議題が持ち上がることが予想されないわけでもない(ただしACTAの中身が明らかにならないことには、今後の影響をはかることができないが‥‥)。
今年度の小委員会はおそらく4月に入ってから本格始動する。まだ委員構成などは明らかにされていないが(たぶん事務局から本人への打診は始まってるだろう)、大ネタの未消化が目立つ著作権分科会である。バタバタと“審議したつもり”“結論が出たつもり”で片付けられることがないよう、注視していきたい。
委員発言から――
以上が、分科会で本来話し合われるべき議題だった。しかし結果としては、いくつかの論点で委員発言が相次いだ会合となった。その論点とは、「日本版フェアユース」「美術品等のオークションでの商品画像」「不明権利者に関する裁定」の3つだ。このうちフェアユースは今後の議論に対する委員からの牽制という位置づけになるが、オークションと不明権利者については既に出された法案への質問という形。
それぞれ、私の傍聴メモから書き起こした発言内容を引いておく。なるべく発言趣旨は変えないようにしているが、なにしろ私のやることなので必ずしも正確ではないかと思われる。正確なところは後日 公式の議事録に当たっていただくことを推奨する。各論点ごとにまとめてもいるので、発言順も前後していることにご注意を。
石坂委員(日本レコード協会会長)
「日本版フェアユース規定」導入の今後の検討について。
権利を制限しなければ不都合が生じるという具体的事例について、権利保護と利用のバランスを十分に吟味ないまま拙速に検討が進められるのを懸念している。公正な利用といっても、そこで想定される要件は様々だ。「日本版フェアユース規定」の検討は著作権法の根幹にかかわる内容なので、法制問題小委員会だけでなく基本問題小委員会でも検討し、多面的な議論をお願いしたい。
三田委員(作家・日本文藝家協会副理事長)
新聞などで報道されているが、アメリカのGoogleが、いくつかの図書館の蔵書をすべてデジタル画像でデータベースを作った。これは日本の著作権法で言えば明らかに複製権の侵害。これについてアメリカの作家たちが裁判を起こし、一定の和解案が出て、補償金を払うという結論が出た。それが日本の作家や出版社にも関係してくるということで、日本でも大変な混乱が起きている。何がどうなっているのかを調べるのに、出版社や文藝家協会などで人を雇って調査をしなければならない実害が出ている。
Googleは告知広告で、こういった和解があったとは知らせているが、謝罪の言葉が無い。明らかに法律に抵触することをしながら‥‥。アメリカの法律に「フェアユース」という概念があって、和解が成立して補償金を払う結果になっても、これは和解であって自分たちは「フェア」だと考えている。
同じようなデータベースの作成が日本では国会図書館で行われている(註:現在国会で提出された法案に、より簡便にデジタル化できる条項が盛り込まれている)。これについては関係者を集めて、慎重な協議がなされている。複製を作ることはOKだが、それを国会図書館以外に提供するのは今後も慎重に検討するということ。日本ではそういう制度。
ところがアメリカでは勝手に複製を作り、図書館間でも流通させてしまっている。こういったことが可能なのは「フェアユース」という概念があるから。
「フェアユース」という概念を導入してしまうと、こうした明らかな実害がさまざまな分野で起こる可能性がある。慎重な議論をしてほしい。
(発言者不明)
フェアユース導入の議論を拙速にバタバタとやるのは何故なのか。納得できないままに議論を進んで行くようだ。砂の上に高層ビルを建てようとするのではなくて、「砂」の基礎工事をどうやるのか、まずその土台作りの議論をちゃんとやって、先へ進む展開を考えて皆で知恵を出してやっていければいいのでは。
松田委員(弁護士・中央大学法科大学院客員教授)
資料に「インターネットを利用した事業が諸外国に比較して遅れている」とある。一般的権利制限規定を導入すべきとの考えを持っている人々は、こういう考え方を表明している。著作権法がその障害になっているという前提。個別的制限規定であるから、著作権が障害になるかもしれないビジネスに投資をできない、新規事業への萎縮効果があるのだと。
しかし三田委員の指摘は、一般制限規定が導入されれば極めて危険な状態が想定されるという一例。Googleは、日本の作家に対しても、オプトアウトしないと全部和解の中に含まれるから、との前提でGoogleのアナウンスに従って対処しなさいと言っているわけ。向こうの法制だからやむを得ない、圧倒的な力の差がある。そこも前提としては「フェアユース」だと言っている。そのような事業を拡大していくのが良いのか――多分ここにおられるごく普通の、著作権法の知識を持たれた方々は、いくらなんでもそれが「フェアユース」とは行き過ぎだと思われるだろう。
日本がアメリカから遅れているとの前提で「著作権法を改正しなければならない」という発想が間違いだと私は思うが、少なくとも関係文書を作るときにはその点に注意してほしい。審議した後の記載ならやむを得ない。総意がそうであるなら仕方ないと思うが、私は今のところ総意がそうだとは考えていない。まず「遅れている」とやって、フェアユースを導入してもいいかのような、環境整備が必要だという印象を与える表現には慎重になるべき。
事務局が作ったものでも、文化庁が作った資料、文化庁も同じことを考えている――と必ず引用される。ぜひよろしくお願いしたい。
権利者側主催のシンポジウムなどに限らず、著作権分科会でも何かと風当たりの強い「日本版フェアユース」だが、実は分科会でこの種の発言をする委員はいつも同じである。確かに、これまで“自由に著作物を使える範囲”を個別具体的な規定で定めてきたのを、抽象的な規定を導入して後は裁判で決めようという制度へ転換させようという話だから、それに対する権利者側の反発が大きいことは当然予想される。とは言え、旧来の著作権のあり方が社会の支持を受けているのかが大きな問題。
いつもと変わらぬ風景の中で、今回初めて出てきたネタはGoogleブック検索の件だ。もともとはGoogleが図書館と組んで、蔵書のデジタル化を始めたのに対し米国の著作者団体と出版社団体が訴えたのが最初。これが代表訴訟という形を取られて和解に至ったため、米国内での和解内容に(米国でも著作権が認められる)米国外の著作権者が拘束されるという興味深い事態になった。日本文藝家協会でも、和解に応じる協会員に対して代理手続をする方針だと報道されているところで、それについて三田委員がどうコメントするのかが見ものだったわけだが‥‥かなりグチってますな。
しかしこれを「フェアユース」のせいにするのはどうかと。日本の権利者が巻き込まれたのは、米国の代表訴訟(クラスアクション)の問題なのではないか。海外で訴訟が起きて、その影響を受ける。そして何が起こってるのかを調査する必要に迫られる——ということを「実害」と呼ぶのも如何なものか。海外で権利行使しようとしたら、むしろ積極的に情報を収集すべきかと思われる。
次の、法案に盛り込まれた「ネットオークション等」での商品画像掲示の件。美術品や写真などを売るのに、これまでは商品写真の撮影が著作権に触れかねなかったのが、権利制限して一定の範囲内で撮影OKということにしようとの話。
福王子委員(日本画家・日本美術家連盟常任理事)
インターネット販売業者の美術品等の画像掲載について、権利制限を受けることになるとのこと。報告書では「ネットオークション等における画像利用」とあるのだが、この中にオークション会社が作るオークションカタログも入るというのを後で聞かされた。(持参したオークションカタログを示す)こんな立派な本が出来ていて、オークション会社が販売するもの。こういうのも権利制限の対象となるのは如何なものかと、(連盟の)美術作家らからも要件等を慎重に審議して欲しいと言われている。
よく分からないまま審議が進行して、あるいは決定されているという感じを受ける。美術作家・絵描きは言葉や文章で語るのがよくないという風潮もあるが、そうするとどうしても事業者側に(結果が)片寄ってしまう。
オークション会社から実際に立派な図録を発行しているわけで、そこをよく見ていただいて、あるいは調査するのも大事。慎重に審議していただきたい。
事務局
今年1月の報告書では「ネットオークション等における画像利用の円滑化」ということで審議。報告書ではまとめとして、売り主が取引を行なう際の情報提供の必要性を根拠にしている。画像を見せなければ売買が出来ない、との点についてはインターネットに限らず、オークションカタログを除外する議論ではなかったと理解している。
なおオークションカタログを販売する場合、それが美術品売買のためか、単に図録として販売するか、それによって違いが出る。図録が目的なら、今回の権利制限の要件の対象外。どのような基準で判断するか、運用上の工夫はしていきたい。
福王子委員
オークションカタログの中にも、許諾を取っている作家と、全く取っていない作家がある。実際うるさいところには許諾を取るということだと思うが、こういう状況が続いてきて、係争に至る案件もある。実態の調査をよくやってほしい。オークション会社や作家の代表が集まって話し合う場も考えてやっていこうと思う。その辺でできることがあると思うので。
河村委員(主婦連合会常任委員)
審議の過程でも「ネットオークション等」となっていて、オークションで画像がなければ円滑にいかないという説明だった。私もそうなのかと。法案では、ネットだけでなく、審議したつもりじゃなかった印刷物にまでかかる書き方。ちょっとこれは、私が聞いてても福王子委員の憤りが理解できる。審議の過程と、報告書から法案にいたる透明性が気になる。
福王子委員
前回の審議会のあとで、文化庁からオークション会社のカタログも入ると聞いた。
美術家連盟には5300人の会員がいて、毎月理事会があってそこで著作権の問題について――70年延長問題や、いろいろなところで勝手に使われる問題、そしてオークションカタログについても毎回出ている。それと「インターネットオークション等」とは別物だと僕は思っていたもので、後から気がついて驚いたのが本音。
ついでに言うと、報告書の53ページに参考で「諸外国における立法例」があるが、ドイツでは許されると書いてあるのは「追求権」あるからではないか。公開オークションで作品が売買されると約2.5%から4%の間で作家に還元する。そうしたものがあって、(オークションでの商品写真に)著作権者の許諾をとらなくていいということになっていると思う。追求権はこの審議会で話題になっていても審議の対象になっていない。これは美術家連盟や関係団体で、立法化に向けて勉強しているところ。
事務局
法制問題小委員会で議論したときは、議論のきっかけはインターネット上の公売だったが、権利制限する必要性の根拠は対面で美術品を見せられないことが言われていた。譲渡することには権利が及ばないのに、画像が見せられないとそもそも売買ができないという矛盾を解消しようというのが議論の主眼。ネットに限ったものではなかったかと思う。
福王子委員
私はこの委員会だけに出席していたので、そうした内容がわからなかったということはあると思う。しかし美術の世界はたいへん狭いから、そんなに多数の人から許諾を取らなければならないわけではない。オークションカタログに載るのも少数の人、そう大変なことではないと思うので、印刷物については作家の許諾をとっていただきたいのが大前提。
福王子委員
作品を(オークションカタログなどに)載せる以上、色や作品が切れてないとか、どういう状態で載るのかが心配。そういうことを気にしない作家もいるかとは思う。ただ、気にする作家がいる以上、(美術家連盟の)会議で必ず問題になる。突然自分の作品が載っててびっくりすることがよくある。海外の作家については以前、係争になってカタログとしても著作権に触れるという判例があったかと。
(オークション側で選んで)許諾を取る作家と、全く取らない作家がある。作家や遺族に許諾を取るのが大前提だと思う。それぞれの立場で意見は違うと思うが、作家にとってはそういうことも大事。
松田委員
今度の新法の規定は、複製物をさらに複製できないよう措置を講じた「政令が定める」ものが権利制限の対象になる。印刷物が入るとの話だが、これが政令で定められないと私は思うが。従来からの47条(で権利制限される)、展覧会のカタログには有料で販売するものは入らないはず。それとパラレルに考えれば、有料販売されて独自鑑賞性のある冊子が売られて、この47条の2にある措置が講じられる「政令で定める」ものに入るはずがない。
事務局
有料化どうかは特に要件にしていない。有料ならば全てダメということではない。オークション参加費を取るようなものもあるだろう。カタログそのものを販売する目的なら、美術品を販売する目的というのとは変わってくるかと。有料でカタログを販売する行為自体はここで(権利制限から)外れる。
「政令で定めるもの」は、「独立して鑑賞に堪えるようなものとはならないように」という付帯条件をするつもり。何を定めるかは、意見をいただきながら検討したい。
福王子委員からの指摘は、なかなか興味深い。一方で事務局の返答にどう感じるか人によるかと思うが、私などはどうしても事務局へ批判的な目を向けてしまう。ネットオークションにとどまらず、現実に開催されているオークションでも権利制限の対象になるというのが事務局の説明である。しかし対外的に説明をする時は「ネットオークション等」とされていた。この「等」にリアルオークションも含まれるというわけか。
既に提出された法案の話だけに、委員が違和感を表明するにとどまらざるを得ない。この指摘自体は、法案をチェックしていた私でも「あっ」と思ったのだが。
こうした行き違いが起こってしまう背景には、分科会での議論の仕方がある。実際の審議は小委員会で行なわれ、その結果だけが報告として分科会に上げられる手法だ。オークション関連の権利制限規定は法制問題小委員会で議論されたものだが、分科会で報告された際には他の議論とひとまとめで「概要」資料によって分科会委員へ伝えられた。もちろん報告本文や議事録を分科会委員が参照するのは可能だろうが、分科会そのもので使われた資料や事務局からの説明は強い印象を委員に残す筈である。「ネットオークション等」と言われて、現実のオークションカタログが含まれるとはなかなか思い至らないのではないか。
起こるべくして起こった事態。というか、事務局(文化庁)のふるまい自体、決定プロセスが不透明ということは確かに多いと私も思う。私が著作権界隈へ首を突っ込む契機となった「商業用レコードの還流防止措置」(いわゆる「レコード輸入権」)の時も、著作権分科会での漠然とした「何らかの措置が必要」との報告を受けて、文化庁が法案を作成した経緯があった。どういう方向で措置をとるかの実際の議論をせず、文化庁で勝手にまとめた例。また私的録音録画小委員会の迷走も、事務局側で作った資料が原因となっている。
3月提出の法案にしても、私が気付いてないだけで、何か問題が含まれているのではないかとの見方は今でも捨て切れていない。
さて、ピックアップしておきたい委員発言の3つ目。論点は、不明権利者に関する裁定制度だ。著作物を二次利用したいが権利者の居所が不明(あるいは権利者が誰か自体が不明)の場合、権利者の許諾の代わりに文化庁が「裁定」を出すことで、供託金を支払って利用できる制度である。裁定の申請をした時点から供託金を払えば利用可能になるなど、この制度をより使いやすくしようというのが法案の趣旨。
(発言者不明)
権利者不明の利用の円滑化のところ、連絡できない場合で「政令で定める場合」とある。政令の内容については書かれていない。資料(パワーポイント)では実演家の権利、過去のテレビ放送に重点が置かれた説明だが。そういったあたりを伺いたい。
事務局
権利者が不明の場合、「相当な努力があっても」連絡が取れない「政令で定める場合」ということ。どうすればいいのかが政令で定められるが、考えているのは、通常の著作権者の許諾を得る場合の努力は最低限必要だろうと。また現行制度でも文化庁の運用として、「手引き」などでどういう努力が必要かある程度明らかになっている。
政令を定めるにあたっては、運用と関係者の意見を踏まえていこうと考えている。現時点では明確に「こういう案」というのがあるわけではない。
実演家を中心にという質問だったが、権利者と連絡をとるために必要な努力は、分野によってさまざまあるかも知れないので、そうした実態を踏まえながら考えたい。
三田委員
権利者不明のものを利用できるようにするとの法律改正、これは裁定制度で利用できるようにするだけでは利用は難しいだろう。裁定手続にかかる費用がかなり高いと、円滑には利用できないと思う。だから裁定の費用をできるだけ軽減し、手続も簡素化する具体的なものが必要になる。
地方の図書館や文学館がさまざまな文書の復刻版を出したり、ネット上にアーカーブするという場合、権利者不明のものを使いたいという要望がある。こうした利用は営利目的ではないので、利用して幾らお金を得られるというものではない。だからそういう場合の裁定で、事前に納める供託金の算出も大変難しい。得られる金額がゼロだと供託金もゼロか、ということにもなる。
どういうシステムを作っていくのか、利用状況を詳細に検討した上で、できるだけ利用を促進できるシステムを作っていただきたい。
正直な話、著作隣接権と裁定制度の関係が私にはまだ理解できていない。法案を読んでも今ひとつピンとこないのだ(誰か解説してくれると嬉しい)。
さて、上記のやりとり気になるのが「政令」(著作権法施行令)についてである。これは3月に出された法案全般に言えるのだが、政令で定めるべきとされる要件がかなり盛り込まれている。著作権法上「違法」とされる範囲を決める重要なラインを「政令」に委ねるような使われ方をしているので、国会での審議でもその「政令」内容がどうなのかを含めて法案の妥当性を判断することになる筈だ。しかし事務局の受け答えによると、政令の内容はまだ決まっていないようなのである(公表しないだけで、さすがに案は用意してあるのだろうが)。
国会ではきっちり詰めて、それこそ法案の修正も辞さないような態度で審議してもらいたいものではあるが‥‥。
この話題での三田委員の発言は良かった。特に、保護期間延長と絡めたいと思っていたに違いないのに、あえて触れなかったところを評価する。もっとも後からメモを読み返してみたら、決定的な発言ってのはしてないようだなぁ。
――以上が、この日の委員発言の主なところである。
年度初めの分科会というのはいつもこんな感じだ。実質的な議論というのは小委員会で行われるから、権利者側委員としても従来からの主張を繰り返す場にしかならないことが多い。ただ今回は法案というネタがあったので、少し面白い話が聞けたという感じか。
本番は以後の小委員会である。繰り返しになるが、大ネタが目白押しだ。議論の行方をしっかり見届ける必要がある。
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2009年3月26日 (木)
著作権法改定案2009:待望された条項と抱き合わせで盛り込まれたもの
「著作権法の一部を改正する法律案」が3月10日に閣議決定され、その日のうちに国会へ提出された。文化審議会の著作権分科会が1月に出した報告書(PDF)で法改定すべき課題が挙げられたのを受け、文化庁が法案の原案を作り、内閣での調整を経て、「内閣提出法案」として国会の審議を受ける運びである(内閣から出される法案が法律になる過程はここの説明がわかりやすい)。
衆参両議院のサイトにはそれぞれ議案審議情報が掲載されている。ただし今のところは法案提出の事実のみが書かれる。なお法案本文は衆議院サイトに、また衆議院で先に審議される旨が参議院のサイトに載っていた。
合わせて、法案審議で使われる関連資料も文部科学省のサイトで公表された。国会議員でなくても、「概要」「新旧対照表」などで法案の中身を確認できる。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houan/an/171/1251917.htm
「著作権法の一部を改正する法律案」
(文部科学省)
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g17105054.htm
「閣法 第171回国会 54 著作権法の一部を改正する法律案」
(衆議院)
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/keika/1DA5E0A.htm
「議案審議経過情報 閣法 第171回国会 54 著作権法の一部を改正する法律案」
(衆議院)
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/gian/17103171054.htm
「議案審議情報 著作権法の一部を改正する法律案」
(参議院)
衆議院の解散時期をにらみつつ与野党が対立する「ねじれ国会」の中で、この法案がどう審議されていくのかは不透明だ。もっとも、この18日には民主党・川内博史議員が質問趣意書を提出したという。現時点ではまだ内容が明らかになっていないものの、じきに公表されるだろう。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/171221.htm
「著作権法の一部を改正する法律案に関する質問主意書」
(衆議院)
と、これまでの法案提出の状況に触れてきたところで、気になるのは法案の中身である。
先に書いたとおり、衆議院サイトにも法案が掲載されているが、これは現行の著作権法から改定・追加すべき箇所を指定し、改定後の文を添える形で書いてある。読んだだけでとても理解できる代物ではない(まるで設計図を読めというようなもの)。むしろ、文部科学省サイトの方の「概要」「要綱」「新旧対照表」(リンク先参照)を読んだ方が、比較的理解しやすい。あくまで比較だが‥‥。
法案の中身を1枚ものにまとめた「概要」での説明によれば、本法案の趣旨は「電子化された著作物等(デジタルコンテンツ)の流通促進のため、インターネット等を活用して著作物等を利用する際の著作権法上の課題の解決を図る」ことにあるという。
また、法案の三本柱として「インターネット等を活用した著作物利用の円滑化を図るための措置」「違法な著作物の流通抑止」「障害者の情報利用の機会の確保」が挙げられている。具体的には、以下のような項目が主なものだ。
・検索エンジンサービス(適法化)
・所在不明権利者を対象とした裁定制度の改善(適法化)
・国会図書館での所蔵資料のデジタル化(適法化)
・ネット販売での美術品等の画像掲載(適法化)
・情報解析研究のための複製(適法化)
・通信障害の防止、データ消失の防止、
送信の効率化等のための複製(適法化)
・電子機器利用時に必要な複製(適法化)
・海賊版と承知の上での販売の申出(違法化)
・違法配信から、違法と知りながらの複製(違法化)
・視覚障碍者向け録音図書の作成を公共図書館でも(適法化)
・聴覚障碍者向け映画・放送番組に字幕・手話を付与(適法化)
・発達障碍等で利用困難な者に応じた複製(適法化)
※カッコ内「適法化」は、これまで違法だったが権利制限に加わるもの。
「違法化」は、新法で著作権等が及ぶものとするもの。
著作権法の改定は、「~権」のような新しい権利の付与や罰則強化など「権利者」側に有利な面だけを考えているように見えがちだが、もう一方で権利の限界――つまり利用する側から見て、無断での著作物利用が「違法」になるか「適法」になるかの境界を変更する働きもある(文化庁が「権利者」側に立っているか否か、論者によって様々な見解もあるだろうが)。今回の法案は、まさしくこの「境界」を決める話である。
上記の改定項目をざっと眺めるだけでも、検索エンジンサービスの実施、ネットオークションなどでの商品画像の掲載、通信過程での一時的キャッシュ、障碍者福祉の拡大など、何年も前から待望されてきた法的対応が多く盛り込まれており、“めでたい法改正”という雰囲気を演出したいのだなと見えるところではある。現に著作権法改定(法案の閣議決定)を伝える各種報道はそういう方向で出されている。
しかし「概要」だけでなく実際の法案を読んだときに、本当にその“趣旨”どおりの中身なのかという疑問が出てくる。
「適法化」される項目がどう法案に書かれているか。
たとえば検索エンジン(47条の6)の場合、確かにウェブサイトなどの収集や蓄積・インデックス化などはできるようになる一方で、実は「情報の収集、整理及び提供を政令で定める基準に従って行う者に限る」との限定がつけられている。またオークションなどでの商品画像について(47条の2)も、「複製を防止し、又は抑止するための措置」が必要だとされ、そこで要求される「措置」の内容は政令で決められるという。
この「政令」というのは、国会を通さなくても政府が出せる命令(ここでは「著作権法施行令」を指す)のことだ。つまり、これらの規定で適法となる範囲が行政府の一存で決められるようになるのである。自由利用の範囲を決めるのに何らかの条件が必要だとしたら、国会で審議して決めるのが筋で、それこそ著作権法に書き込めばいい話だ。今回の法案がやろうとしているのは、「適法」の範囲の決定権を国会から政府へ委任させることに等しい。
想定される政令の内容については、国会で質問が出たり言質を取ったりすることも考えられる。しかし今後は「日本版フェアユース」のように国会で作るルールを抽象化して、司法での違法・適法の判断を重ねることで柔軟なルール作りを模索しようとの機運がある時に、いたずらに政令へ委任する項目のを増やすのは如何か。司法へシフトしようとするルール作りの主導権を政府が横取りするようなものだ。ここは慎重に審議すべき。
現行法では権利が及ばなかった範囲だったのを、及ぶように変える項目もある。違法に配信された著作物を「その事実を知りながら」録音・録画する行為を、私的利用目的であっても違法だとする条文がそれだ(30条1項3号)。また、この基準に合わせるためか、先の検索エンジンを実現するための複製(47条の6)や、通信や機器利用時のキャッシュ(47条の5第1項1号)でも、違法に配信されたものは複製できない(新設される権利制限から除外)という限定が設けられている。しかも海外で配信されたものでも、日本で同じことをしたとして「違法」ならばアウトだとわざわざただし書きを付けている。
違法配信にまつわるこのような「違法」複製の判断は、一応は受信側が「違法と知っている」かどうかが基準となっている。しかし「知っている」のかという主観的な要件なのに他人(司法)に判断されるということで、一介のユーザーである我々には不安の残るところである。実際問題として、我々が本当に「知って」いたのかよりも、判断する者がどう考えるかが重要になってしまう。
受信した情報が「違法配信」だと「知って」いた――そう誤解されないようインターネットで振る舞おうとするなら、ユーザーはかなり萎縮的に行動せざるを得ない。国内外のあらゆる場所から情報が発信されている時代である、そのうちのどれだけが「適法」に配信されたものだとユーザー側で確信できるだろうか。“怪しいものには近づかない”としただけでも、とりわけ海外で発信された情報にはアクセスできなくなる。
まして海外(現地)では適法に配信されていながら、日本法で違法とされるような場合も出てくるのなら尚更だ。それとも、ネットワークの利便性を享受したい人は、あえてそうしたルールを踏み越えていくことを立法者は想定するというのだろうか。守りようもない縛りばかりのルールなら、そうなってしまう可能性も(萎縮効果とは裏腹だが)ある。
「適法」と「違法」の線引きを明確にし、ユーザーや事業者が萎縮的にふるまわくても済むようにするのでなければ、「日本版フェアユース」に先行して法律を変える意味がない。法案を今のままで成立させては、混乱かルール軽視につながるだけだ。
違法配信の扱いについてもっと詰めていくべきだし、最悪でも、海外で配信された場合の「国内で行われたとしたならば~」とのただし書きを削除すべきだと思う。
主な改定箇所(メモ)
【30条1項3号】
●いわゆる「ダウンロード違法化」条項の追加。
●「デジタル方式」の録音・録画に限定されてはいるが、ネットワーク内での受信に伴う行為が対象となるため、殆どの場合は「デジタル方式」に当てはまるだろう。わざわざアナログ機器で録音・録画をする人もそうはいまい。意味不明な限定。
●一応は録音・録画の行為だけを今回は30条除外の対象としているが、ソフトウェアの違法ネット流通についても30条除外が求められている経緯からしても(特に著作権分科会では委員から「ソフトウェアも法案に盛り込むべき」との意見が出ている)、今後 音楽や映像以外の著作物も30条除外が叫ばれることになろう。
●「国外で行なわれる自動公衆送信であって、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものを含む」とわざわざ書かれている点に問題。国内外の著作権法の違いによって生まれる「海外では適法に配信されているが、日本法では違法とされてしまう著作物の録音・録画」の扱いが難しくなる(参照:benli)。
●いわゆる「ダウンロード違法化」の問題点は、ユーザーから見て、配信されている著作物の適法性が保証されない点にある。特に日本レコード協会が策定した「エルマーク」は、日本国内での適法配信の一部を知る目印にすぎない。海外での配信は同種のマークが用意されているわけでなく、かつCCLに代表される権利者自らの意思で無償流通させる著作物も多く存在する(それですら必ずマークが付けられているわけではない)。区別が困難な場合、ユーザーの選択肢は「法を犯すリスクを負って利用する」か「萎縮して利用をあきらめる」かに限られるが、後者の場合「エルマーク」を使う一部の事業者へ利益誘導されてしまうといういびつな構造を生んでしまうことすら考えられる(現にレコード協会のキャンペーンは、エルマークのあるサイトから購入するよう勧めている)。
●実効性の観点からすれば、コピーガード回避規制と同程度にも思われる。コピーガード回避で民事訴訟になった例がどれだけあるのか。
●余談だが、違法配信からの複製と並行して著作権分科会で扱われていた「違法複製物からの複製」については今回の法案に盛り込まれていない。これも盛り込まれていたら相当に影響が大きかったところだろうが。かといって、「ダウンロード違法化だけで良かったね」とはならない。
【31条2項】
●国立国会図書館で所蔵資料のデジタル化が行なえるようになる条項の追加。資料の保存に関しては、これまでは資料保存のために「必要な場合」に限定して図書館での複製が許されていた(その他、利用者への複写サービスと、絶版本を他館の求めで複製することは可能だった)。今後は、国会図書館に限るが、納本を受けた時点で資料のデジタル化が可能になる。
●「当該原本に代えて公衆の利用に供するため」複製できる一方、「必要と認められる限度において」との限定は付けられている。どういった範囲で認められるようになるだろうか。
●「公衆の利用に供するため」とはどの範囲を想定しているのか。インターネット等を通じて閲覧させたり、複写サービスとしてデジタル化資料をデータのまま提供できるようになり得るのか、等の期待はある。従来のような、国会図書館内での閲覧や、デジタル化資料の複写を紙で提供することは可能にしてもらいたいが‥‥著作権分科会での説明では、利用のさせかたについて関係者間で協議中だという。まずはデジタル化だけを先行してできるようにしたというニュアンスのようだ。
【37条3項】
●視覚障碍者を対象としていた権利制限で、その対象が「視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者」に拡張された。知的障碍や発達障碍の者も、録音図書などの作成や公衆送信の恩恵に浴することができるようになる。
●この権利制限で作成される録音図書などは「専ら」上記対象者に提供されるものとされ、「必要と認められる限度において」との限定も付けられている。つまり健常者が利用できるような形で提供されることは許されない。なお、録音図書などの作成主体も政令で指定される(この種の政令指定は現行法でも同じ。「法案概要」では公共図書館もこの主体に含むようにするとあるが、おそらく政令指定で対処することになるのではないか)。
●権利者によって既に障碍者向けの内容で提供されている著作物は、ただし書きでこの条項から除外されている。たとえば朗読テープが出ている著作物だと、勝手には録音図書が作れない。
【37条の2】
●聴覚障碍者を対象としていた権利制限で、その対象が「聴覚障害者その他聴覚による表現の認識に障害のある者」へと広げられた。既存の映画や映像に字幕・手話等の挿入が可能になり、また公衆送信もできるようになる。貸し出しのために複製することも可。
●「専ら」上記対象に提供されるもので、「必要と認められる限度において」の限定つき。提供主体も政令で指定される。
●権利者によって既に障碍者向けの内容で提供されている著作物は、この条項により字幕・手話等の挿入はできない。日本語字幕入りのDVDが発売されていたりすると無理ということになるのではないか。
【38条5項】
●映画フィルムや映像ソフトを無償貸与できる主体に、これまで政令で指定されてきた「視聴覚教育施設その他の施設」に加え、「聴覚障害者等の福祉に関する事業を行う」者も追加された。「~事業を行う」者もやはり政令で指定される。補償金の支払いも必要である。
【47条の2】
●美術・写真著作物の原本や複製物を譲渡・貸与しようとする際、ネット上で画像を表示することが可能となる条項の追加。ネットオークションに美術品・写真などの商品を画像で掲載するのは著作権に触れるのではと話題になった件に対処したもの。
●ただし、画像の表示には「複製を防止し、又は抑止するための」措置が必要だとしている。その措置の具体的な内容は政令で書き込まれるのだろう、国会提出の段階では明らかになっているとは言い難い。——著作権分科会の事務局の説明でも「未定」とのことだった。ただし鑑賞に耐えうる品質で画像化しないように、との限定は考えている模様。
●文化庁の見解では、この規定の対象になるのはネットオークションに限らず、リアルのオークションでカタログの作成も含まれるという。ただし、政令での「複製を防止し、又は抑止する」措置をどう想定するのか。印刷物ではこの種の措置は難しい筈だが‥‥さて。
●将来的にフェアユース規定が導入されるとしたら、この商品写真の件は、フェアユースかどうかを争って司法判断を問うべき典型的事例ではないだろうか。しかし「日本版フェアユース」として想定されている、個別規定を判断基準として残してそこから外れる場面で「フェアユース」を判断する方向では、今回追加される個別規定によって問題が生じるのではないか。本来は司法が判断すべきところ、政令が指定する方式でしかネットオークションに商品写真を掲載できないとする条項があることで、実質的にネットオークションの運営のあり方を行政がコントロールし続けることにもなりかねない(政令で指定された方式以外の場合は、改めてフェアユースかどうか司法判断を求めることが保障されるのなら別だが‥‥)。規範を作るべきは立法・司法・行政のいずれか、という話にも映る。
【47条の5】
●書きぶりが複雑で、理解するのが(他の条項にも増して)困難。私自身、いまだに理解できているかがわからない。
●アクセス集中や送信遅滞・機器故障などによる通信障害を防止するためのサーバ内複製(1項1号)や、サーバにある著作物(複製)が消失した場合に備えサーバ外にバックアップを取る行為が可能となる(1項2号)条項を追加。それぞれ「必要と認められる限度において」との限定が付けられ、またサーバ内複製では特に「著作権を侵害するもの‥‥を知ったとき」は従来通り著作権が及ぶとされる(海外で配信されたものでも、日本法の基準で著作権を侵害すると判断されればアウト)。
●プロバイダが通信を中継する際に「送信を効率的に行うために」する著作物の複製(キャッシュ)明示的に適法とする規定を追加(2項)。ただし「必要と認められる限度において」の限定がある。
●47条の5では、送信側と中継側の複製(キャッシュやバックアップ)について規定。受信側の複製(キャッシュ)については別の項目で扱っている。
【47条の6】
●検索エンジンに必要な、著作物の収集と蓄積・インデックス化・検索結果表示などを適法化する条項の追加。
●検索エンジンでの複製と自動公衆送信が可能となる著作物は、送信可能化されている著作物に限定されており、会員制サイトのように受信者の制限が施されていたり、クローラーによる情報の収集を拒否したりするサイトは、従来どおり権利者の許諾が必要。また、検索エンジン側も「情報の収集、整理及び提供を政令で定める基準に従って行う者に限る」とされる。
●「著作権を侵害するものであること‥‥を知ったときは、その後は」当該著作物を検索結果に表示することができなくなる。今回の法案にある同種の条件と同様に、またしても海外で配信されているものでも国内法の基準で「違法」ならば「著作権を侵害するもの」とみなされてしまう。
●検索エンジン関係の規定は、Googleなどのような米国の検索エンジンの発達と、国内での状況を見比べながら「権利制限を設けるべき」と待望されていたものではあった。しかし実際の条文を読んでみると、この条項の恩恵が受けられる事業者は政令の基準に合致する必要があり(その内容は現時点で不明)、しかも将来的な「フェアユース」規定の適用から外されかねない(司法判断ではなく行政の判断で適用範囲が決定されかねない)ものではないかと危惧される。
【47条の7】
●多数の著作物(ネットで配信されているものに限らない)から情報解析をするような研究が目的の複製を可能とする条項の追加。
●ただし「情報解析を行う者の用に供するために作成されたデータベースの著作物」は従来通り権利者からの許諾を必要とする。
【47条の8】
●コンピュータ上で、ネットワーク受信の際に「情報処理を円滑かつ効率的に行うために必要と認められる限度で」著作物の複製がおこなえる条項を追加。いわゆる「キャッシュ」の問題。通信側(配信・中継)は47条の5で扱っているが、こちらは受信側。
●ただし「著作権を侵害しない場合にかぎる」とのこと。ユーザーが家庭内でする場合は私的複製との関係が出てくるので、ここで著作権を侵害するかどうかは30条(本法案で追加される1項3号も含む)を加味して判断されると思われる。
●いわゆる「ダウンロード違法化」との絡みで想定されるのが、YouTubeやニコニコ動画で「著作権を侵害」して掲載されている動画を閲覧した場合。侵害との事実を知りながら閲覧したとしたら、PC内にキャッシュが作られることはどう解釈されるか‥‥。結局はキャッシュを複製と解釈するかの論点に戻り、私的録音録画小委員会で「YouTubeやニコニコ動画での閲覧まで禁止するものではない」とする文化庁の説明とは食い違うのではないか。
●これ、ユーザーが私的領域でする場合以外だとどうなるのか? たとえば企業内で「キャッシュ」が発生する場合とか(企業内では私的複製とされず、キャッシュが複製だとしたら著作権侵害と判断されかねないか?)。「著作権を侵害しない場合にかぎる」との書きぶりはこういう場面にも脅威なのではないか。
【67条】
●不明権利者のために利用許諾が得られない場合、その許諾に代えて文化庁長官が「裁定」し利用可能にする制度があるが、その際の手続が著作権法に記載されることとなった。ただし詳細は政令で定められるとされ、法案の附則によれば改定著作権法の施行後2年のうちに整備されるという。
【67条の2】
●ここも裁定に関する条項の追加。本法案の中で、裁定制度改善のミソはここにある。裁定の申請ができれば、正式な文化庁長官の裁定を待たなくても「担保金」を供託して著作物利用が可能となる。ただし、最終的に裁定されなかった場合は、ただちに利用をやめないとならない。
●なお、裁定を受けようとしている著作物を権利者が「廃絶」したいのが明らかなら、裁定を受けることはできない。
●供託金や、裁定後に補償金が権利者へ支払われる仕組みも著作権法に書き込まれる。
【78条】
●著作権の登録制度で、原簿を電子化できる旨が書き込まれる。
●登録によって「第三者に対抗」できる場面に、「信託による変更」が追加された。
【113条】
●著作権侵害とみなす行為に、海賊版を「情を知って」「頒布する旨の申し出」をすることも追加された。いわゆる海賊版の広告規制で、ネットオークションで海賊版を売る旨が掲載された場合もここに含まれると考えられる。
●書きぶりからすると、特にネット上での広告行為に限るのではなく、実社会でも適用され得るのではないか(チラシとか雑誌誌面とか)。
●個人的には、ブートレグの広告を掲載しているサイトや雑誌とかはどうなるのかと思ったり。規制されるのは「頒布する旨の申し出」ということで、ブートレグの話題を採りあげる多くの個人サイトは問題ないだろうが。
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2009年2月21日 (土)
「デジタル・コンテンツ利用促進協議会」のシンポジウムに存在価値はあるか?
コンテンツのネット配信を促進できる法制度をまとめる「デジタル・コンテンツ利用促進協議会」(会長・中山信弘東京大学名誉教授)が、 3月12日の16時から如水会館でシンポジウムを開催する。同協議会の公式サイトで情報が掲載され、参加申込みの受付も始まっている。
同協議会では、今年1月9日に制度案として「会長・副会長試案」を公表、1か月ほどパブリックコメントを募集していた。この結果を踏まえる形で、おそらくはシンポジウムの中で結果が示されながら、意見交換をおこなう趣旨なのだろう。
「コンテンツ配信の促進を法制度で」という手法が議論される背景には、海外と比べ日本でネット配信が進まなかった原因として、コンテンツに複雑に絡む著作権・著作隣接権が挙げられがちだったことがある。現行の著作権法では、音楽や映像の著作者はもちろん出演者・レコード製作者・放送事業者など多数の権利者から許諾を得ないとネット配信ができない。同協議会の「会長・副会長試案」の主旨は、この多数の権利者と配信事業者との交渉コスト(そこには許諾を拒否されるリスクも含む)を下げる目的で、あるコンテンツにつき1名に権利を集約し許諾処理をさせるというところにある。
しかしこの発想は、関係権利者の許諾権を制限するのと裏腹で、権利者団体から批判されている。実は「会長・副会長案」では、コンテンツの関係権利者の多数(割合はまだ決まっていない)が権利集約に反対すれば従来のままとされているが、かつて強制的な権利集約を主張していた「ネット法」構想(デジタル・コンテンツ法有識者フォーラム——協議会副会長のひとり角川歴彦氏や、事務局長の岩倉正和弁護士もメンバー)に案の出自があるため、権利者側の警戒感が強いままだ。
デジタル・コンテンツ利用促進協議会だけでなく他の団体でも、コンテンツ流通を促進するのに何らかの方策をとる案が考えられている。たとえばコンテンツ学会の「ネット利用調整制度に関する民間審議会」では、今後制作される番組でネット配信が決まっていないものに配信事業者を決めるオークションを義務付ける制度(ただし時限的な制度を想定)が模索されている。また、「ネットワーク流通と著作権制度協議会」では契約モデルと使用料分配モデルを放送番組のジャンルごとに設定することで、ネット配信の際の話し合いの手間を減らす方向性が議論されているらしい(今のところ協議会としてのまとまった案が公表されていないが、会長職務代行の松田政行弁護士によるいわゆる「松田私見」の形で発表された資料は存在する)。
こうさまざまな組織で議論される“デジタル・コンテンツ流通促進策”が出始めた頃には、確かに日本国内のネット配信状況は海外に見劣りしていた。ところが、最近になってNHKやTBS・フジテレビなどで「見逃し視聴サービス」などが少しずつ開始される環境になってきた。ゆっくりした歩みではあるが、こうしてネット配信の試行錯誤が始まったことで、はたして法制度などに頼った「促進策」が必要なのか、との観点からの議論が今後出てくるのは間違いない。
状況の変化を横目に、以前は強く「ネット配信を促進しろ!」と考えていた私にも実は変化が起きてきている。と言っても、コンテンツホルダーに任せておけば十分と考えているのではない。むしろ逆で、動画配信サイトを使って日本製コンテンツを知らしめる試みが始まっていても、日本のユーザーからは見えないようにしていることが多いのに呆れているのだ。米国でDRMフリーの配信が広がっていても、日本のユーザーは相変わらず不便を強いられ続ける実態もある(iTunes Storeが代表例ですな)。そうまでして日本人の視聴機会を制限したいのなら、日本のコンテンツ産業がジリ貧になっていくのを黙って見ててやろうかって気にすらなってしまう。
かなり後ろ向きな態度だと自分でも思うが。
いやいや。たとえば日本で作られているコンテンツが、より利便性の高い形でいつまでも享受できるようになっていてほしい——そこまでの強い愛着がある視聴者なら、おそらく現在の試行の延長だけでは満足できない筈だ。何らかの強制力を働かせるか、あるいはコンテンツの送り手側が目覚めてユーザーへ不便を強いるのを放棄しないかぎり、状況は改善しないだろう。“廃盤”“絶版”だったり、ユーザーが「欲しい」時・場所では入手困難な作品が存在して、海賊版のニーズを高め続ける。
触れたい作品が海賊版でしか入手できないなんてことほど悲しい状況はない。しかしそんな事例はいくらでもあるわけで、そういう思いがある以上はこの「流通促進」の問題で黙っているわけにはいかないだろう。私も。
心の持ち方ひとつではあるが、今の「流通」に不満があるのなら、やはり3月12日のシンポジウムに期待できるものはある。
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2009年1月26日 (月)
著作権分科会の前夜(メモ)
著作権制度に関する2008年度の議論の締めくくりとして、26日の10時から著作権分科会が開かれる。「法制問題小委員会」「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」「私的録音録画小委員会」「国際小委員会」それぞれで検討されてきた結果の報告が出される予定だ。
http://www.bunka.go.jp/oshirase_kaigi/2009/chosaku_bunkakai_090126.html
「文化審議会著作権分科会(第27回)の開催について」
(文化庁)
各小委員会の報告書案は、既に文化庁のサイトに掲載されている。実際の報告書で大筋に変更があることは考えられないが、いくつか細かな修正は入っているだろう。
ともあれ、現時点で判っていることを軽くまとめておく。
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h20_11/gijiroku.html
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h20_11/pdf/shiryo_1.pdf
法制問題小委員会では、「平成19年・20年度」ということで、2年分の検討結果が1冊の報告書にまとめられた。平成19年の「中間まとめ」と平成20年の「中間まとめ」がベースになっている。
2年間で検討された課題は次のとおり。
・デジタルコンテンツ流通促進法制
・海賊版の拡大防止のための措置
・権利制限の見直し
・その他の課題
「デジタルコンテンツ流通促進法制」について、「コンテンツの二次利用に関する課題として、権利者不明の場合の利用の円滑化」「インターネット等を活用した創作・利用に関する課題として、関連の権利制限規定の見直し」「権利者が安心してインターネットにコンテンツを提供するための環境整備としての海賊版の拡大防止策」を盛り込むよう提言しているが、流通促進法制を実施するということにまでは踏み込んでいない。
海賊版については、ネットオークションなどで海賊版を売るとの告知を行う行為(譲渡告知行為)を禁止する方針と、海賊版被害について権利者の告発なく公訴できる「非親告罪化」を見送る方針が書かれている(平成19年度時点の結論から変更なし)。
権利制限は、この2年間のメインの議題でもあった。しかし項目によって、ただちに権利制限に加えるべきとされるものと、慎重な検討を要す(つまり今後も議論を継続する)べきもので分かれた。
障碍者に向けた、手話・字幕付きの映像や録音図書について、権利制限が認められる対象を緩める。たとえば視覚障碍者や聴覚障碍者に限っていた項目で「障害等により著作物の利用が困難な者」も含めたり、複製する人物や方式も従来より広げるなど。また、ネットオークションでの商品画像の掲載や、検索エンジンのサーバでの著作物の蓄積についても法改正することが妥当との結論を出している。なおこれらは2007年度に既に結論が出され、これまでの間、文化庁に放置されてきたとも言える。
また、機器利用時の(機器内での著作物の)蓄積について「著作物等の視聴等に係る技術的過程において生じる」「付随的又は不可避的で」「視聴等に合目的的な蓄積物であって、‥‥合理的な範囲内の視聴等行為に供されるもの」といった条件を付けての立法措置を提案。通信過程での蓄積も「権利が及ばないこととする立法措置を講ずることが望ましい」とする。
これらの法改正妥当とした項目の他、リバースエンジニアリング、研究開発上の著作物利用については議論を継続する旨でまとめられた。なお、薬事関係や図書館・学校教育などでも継続して議論する予定とされていた項目があったが、これらは実質的に議題に取り上げられず、今後の議論ということにされている。
権利制限の課題については、報告書案が法制問題小委員会で了承されるさい、法改正すべきと結論された項目をより判りやすくすべきではないかとの委員意見が出されている。著作権分科会で提出される報告書では、そのあたりが修正されているものと考えられる(項目の入れ替えなどがあるか?)。
違法複製物や違法配信物からの私的複製の30条除外(いわゆる「ダウンロード違法化」)については「その他の課題」の中で触れられるのみ。法制問題小委員会では、私的録音録画小委員会で(映像と音楽については)法改定妥当と結論付けたのをそのまま受け、プログラムの著作物についても30条除外するかが検討された。結果は法改定をただちに提言するものではないが、映像・音楽以外の著作物について検討を続ける旨でまとめられる。
加えて、「ライセンシーの保護」「間接侵害」「法定損害賠償制度」も今後も検討を続けるとのこと。
なお、知的財産戦略本部「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」での報告で注目される「日本版フェア・ユース規定の導入」については、法制問題小委員会の報告書において「その他の課題」として「順次検討を行うことが必要」と軽く触れられるのみ。
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/hogo/07/haihu.html
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/hogo/07/pdf/shiryo_02.pdf
保護利用小委は、「過去の著作物等の利用の円滑化方策」と「保護期間の在り方」の二本柱でまとめられる。保護期間の方については、各報道のとおり、延長要望派と慎重派との両論併記で「検討を続けることが適当である」とまとめざるを得なかった。
利用円滑化については、権利者が不明の場合の著作物利用と、国立国会図書館が行うアーカイヴについては法的措置が妥当と結論。その一方で、多数権利者が関わる場合(少数の反対者による許諾拒否)、権利者の意思表示システム(自由利用マーク・クリエイティブコモンズなど)の法的バックアップ、二次利用・パロディ、非営利無償のアーカイブなどについては今後の検討とされた。
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/rokuon/h20_5/gijiroku.html
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/rokuon/h20_5/pdf/shiryo_01.pdf
私的録音録画小委は、いわゆる「ダウンロード違法化」を実施するよう結論するのみで、私的録音録画補償金に関する合意は一切無かった。文化庁は、補償金にまつわる課題の整理が終わったかのように演出しているが、補償金廃止と補償金存続を同居させた「文化庁案」を掲げているかぎり、補償金問題が解決することはないだろう(私見)。
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/kokusai/h20_02/gijishidai.html
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/kokusai/h20_02/pdf/shiryo_03.pdf
国際小委員会では、世界知的所有権機関(WIPO)などの国際会議の動向をみつつ、日本が先行して何を検討・提案していけるかという「検討課題」がまとめられた。小委員会では「エンフォースメントの実効性確保に向けた取組」に強い関心のある委員が多い。模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)の交渉が進んでいることもあり、検討結果よりも、むしろ今後の状況が大きく動きそうで要注目の小委員会ではある。
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2009年1月23日 (金)
権利者の「努力」をどう評価するかで、「流通促進法制」の評価も変わる
21日に、総務省の情報通信審議会 情報通信政策部会「デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」(通称・デジコン委員会)第48回会合が開かれた。
デジコン委員会では、地上デジタル放送の著作権保護ルールをどう強制するかの検討を「技術検討ワーキング」で行っている。また、インターネットでのコンテンツ流通の効果と課題を実際の番組制作からさぐる試みを「市場取引ワーキング」で行っている。本委員会の下に2つのワーキンググループを設け、専門的で小回りのきいた議論をするという趣旨だ。本委員会では、そのワーキングでの検討経過を受けて議論を深める。ちなみに前の2回は、「技術検討ワーキング」の報告をもとに、B-CAS関連で議題が設定されていた。
今回の議題は、もう一方の「市場取引ワーキング」に関するものだ。デジタル・コンテンツ利用促進協議会が1月9日に公表した、コンテンツの権利関係を整理する特別法を設けて流通促進をはかる「会長・副会長試案」(PDF)について、ヒアリングが行なわれた。また、同協議会とは対照的な立場をとる「ネットワーク流通と著作権制度協議会」で検討中の「流通促進方策」についてもヒアリングがあり、いわゆる「流通促進」の考え方に対する権利者側委員の疑義が相次いだ。
特に、利用促進協議会の「会長・副会長試案」は、デジタル・コンテンツ法有識者フォーラムが提案した「ネット法」構想が叩き台になっているため、反発する声が目立った。
デジタル・コンテンツ利用促進協議会「会長・副会長試案」
デジタル・コンテンツ利用促進協議会の「会長・副会長試案」に関するヒアリングは、同協議会事務局から弁護士の櫻井由章氏が出席して行なわれた。
この協議会は、「コンテンツ大国」のスローガンを掲げる政府方針の一助にと、デジタル・コンテンツの利用促進策を議論する場として昨年9月に設立された。東京大学名誉教授で弁護士の中山信弘氏が会長、株式会社角川グループホールディングス代表取締役会長の角川歴彦氏と、参議院議員の世耕弘成氏、株式会社スクウェア・エニックス代表取締役社長の和田洋一氏ら3氏が副会長に就いている。デジコン委員会でヒアリングされる「会長・副会長案」というのは、この4氏が連名で発表したものだ。
試案は、
●対象コンテンツの利用に関する権利の法定事業者への集中化
●権利情報の明確化(対象コンテンツの登録)
●適正な利用を過重な困難なく行い、原権利者に適正な還元がなされる仕組み
●デジタル・コンテンツの特性に対応したフェア・ユース規定の導入
――の4つが骨子となる。
この試案の目的は、映画・音楽・放送番組をインターネットで配信するときに必要な権利処理を容易にすることにある(ただし音楽を対象から外すこともあり得るそうだ)。従来ならば、この配信にあたって、作詞家・作曲家・映画会社・レコード会社・放送局・出演者などの関係権利者(著作権者と著作隣接権者)すべてから許諾をもらう必要がある。そこで、新しい特別法を作り、1つのコンテンツにつき一人が“代表”して許諾をできるようにする。コンテンツを配信した事業者はその一人と交渉すれば良くなる仕組みだ。
試案の中で、関係権利者を代表する「一人」を「法定事業者」と呼んでいる。「権利情報の収集等を行い原権利者に適切な還元を行う当事者としての協力を有すると認められる者」としている。「原権利者」というのはそのコンテンツに関係する著作権者・著作隣接権者のことで、彼らが「法定事業者」に権限を集めたくない場合には「別段の意思表示」をする。一人への権限の集約が原則で、ある程度の権利者が「意思表示」をしたときに集約をまぬがれる趣旨のようだ。
「法定事業者」が配信の許諾を出せるコンテンツは、「コンテンツID登録事業者」へ権利情報を登録する。情報は公開され、登録から一定期間、原権利者からの異議を受け付けることで権利情報の正確さを保つ。「法定事業者」にはコンテンツ配信で得た利益を原権利者へ分配する義務が課されており、ここでの権利情報にもとづいて実行する。
試案では、「公正」と言える利用行為が著作権・著作隣接権の侵害とならないとする「フェア・ユース」の規定を特別法に盛り込むことも提案している。この特別法がインターネット上でのコンテンツ利用を対象にしていることから、特にインターネット関連のサービスなどで導入が望まれている「フェア・ユース」を改めて定めるということらしい(著作権法にフェア・ユースを入れる場合、映画・音楽・放送番組以外のコンテンツや、インターネット以外の利用行為にも影響されるためだろう)。
なお現在、試案に関してパブリックコメントが募集されている。2月10日締切りだ。
ネットワーク流通と著作権制度協議会 松田氏私見
昨年11月21日に設立された「ネットワーク流通と著作権制度協議会」からは、会長職務代行で弁護士の松田政行氏がヒアリングに臨んだ。この協議会は法学者・弁護士ら118名が参加、新潟大学名誉教授で弁護士の斉藤博氏が会長に就いている。「コンテンツの流通促進方策」と「権利制限の一般規定」を検討するための分科会を設け、議論を続ける。ただし設立に関する報道を見たかぎり、「権利制限の一般規定」つまりフェア・ユースの導入には慎重な姿勢が目立つようだ。
利用促進協議会のような「案」が、まだ制度協議会としてまとまっている段階ではないとのことで、今回のヒアリングにあたっては松田政行氏の「私見」として「コンテンツの流通促進方策」が語られた。
この松田氏の「私見」においても、コンテンツのネット流通を「促進」させる方向性は利用促進協議会の「会長・副会長試案」と共通する。また、「デジタル・コンテンツネット流通を促進する要素」として(1)諸権利者間の配分ルールの合意(2)諸権利の一元化(3)メタデータ化(4)ビジネスモデル――といったキーワードを挙げた。ここも基本的には「会長・副会長試案」に近い方向性を持っている。
しかし決定的に違うのは、「会長・副会長試案」が特別法を作ることを前提にしている点に対し、松田氏「私見」では「ガイドライン」と「契約モデル」を用意して流通促進を図る点だ。つまり現行法の枠内で「契約」をさせるということで、新たな立法を考えていない。対象とするコンテンツについても、音楽は実際にネット配信されていること、映画はすでに権利が映画製作者へ集約されていることから、放送番組に限定して提案されているという。
松田氏「私見」によれば、放送番組をニュース・クイズ・バラエティーなどジャンルを分けて、関係する権利者の典型例を整理した「権利関係モデル」を作る。ジャンル分けはなるべく細かく設定する。そして、この権利関係モデルから必要な配分先を整理することで、各ジャンルごとの「契約モデル」を作成する。配信契約の際には、「権利契約モデル」の中から利用予定の番組に近いジャンルを探し出して、それと関連付けされた契約書の雛形(契約モデル)を使うことになる。この一連の手続きは「ガイドライン」として示されるわけだ。
「権利関係モデル」から配分先、「契約モデル」を作るのは放送局や関係権利者の団体だ。基本的には当事者間の協議によって「契約モデル」まで持っていく。配信のための契約モデルが一度出来上がれば、あとは配信までスムーズに行く(ビジネスモデルは現場で考えられる)という趣旨だ。利用促進協議会の「会長・副会長案」では、契約に委ねていては時間がかかりすぎるとの前提で立法を提案していたが、その手法でもやはり当事者間の協議がなければ分配ルールは決まらない――と松田氏は指摘している。
なお権利情報については、各権利者団体のデータベースと連動する形で、各テレビ局あるいは「権利処理機関」にデータベースが用意される。そしてガイドラインに基づいて利用があると、「権利処理データベース」へ登録される。このデータには権利者や関係者がアクセスできるようにして、透明性を確保する。利用から使用料の配分までに一定期間を設け、配分ルールに異議のある権利者が登場した場合はADR(裁判外紛争解決機関)の裁定に委ねるという(ただしADRで決着しない場合に裁判になることも想定)。
「流通促進」に疑義を出す権利者側委員
櫻井氏・松田氏からのヒアリングを受け、「相変わらず、安価に効率よくコンテンツを配信したいという虫の良い話だ」と椎名和夫委員が批判した。また、利用促進協議会の「会長・副会長試案」の中で、「権利情報の収集等を行い原権利者に適切な還元を行う当事者としての協力を有すると認められる者」を「法定事業者」としていることを指し、「いったい誰がどのような基準で判断するのか」と疑義を出した。
同協議会の「会長・副会長試案」については、コンテンツに関係する権利を映画会社・放送局・レコード会社らに集約するという「ネット法」構想から出発しており、これに対する権利者側の反発が強かった。そういった事情もあって「最大のネックはインターネットの収益性の悪さで、そこを改善することなく、なぜ法律で解決できるのか。前に(デジコン委員会で「ネット法」をプレゼンした)岩倉弁護士にも質問したが、答えが聞けていない」と椎名委員が指摘。他人の財産で商売をする以上は権利者との話し合いで時間と費用が必要なのはあたりまえで、ネット関連のような「特定の事業者や産業を優位に立たせるために立法をすることは許されない」(椎名委員)と反対した。
これまでのコンテンツ流通は交渉と契約で決めてきた――と堀義貴委員も、日本音楽事業者協会と実演家著作隣接権センター(CPRA)が権利情報の集約で合意したこと、NHKオンデマンド開始前に短期間で許諾に至ったこと、5カ国に向けたドラマの配信が始まっていることなど、権利者側で努力を続けていることを強調した。
佐藤信彦委員(フジテレビ)からも「なぜ性急にことを運ぶことを目指すのか。コンテンツ大国、コンテンツ立国という言葉の裏に、本当はコンテンツは何かの肥やしにすぎない。国が目指すべきは『コンテンツはいつでも安価で利用できることを前提とした』産業政策ということなのではないか」との、「流通促進」の前提に対する疑問が出された。
私見
一言だけ。
この「流通促進」策の必要性、そして新たな立法をすべきかという点について、以下の問いをどう考えるかで結論が変わるのではないかと思う。
●現状として、インターネットでのコンテンツの流通は不充分ではないか。
●一度世の中に発表されたコンテンツは、常に流通させるべきか。
●「権利者」と配信事業者との契約を待てるか。
「流通促進」を望む側からすれば、権利者側からの反論に対しては、かなり身も蓋もない再反論をせざるを得ないような気がする。
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2009年1月11日 (日)
著作権で守られるのは「表現」か「廃墟」か
時の流れの中で朽ち果てて人の記憶からも消えた「廃墟」を探し出し、フィルムへおさめる。その先がけとして活動してきた写真家が、同じように廃墟をテーマに撮り続ける写真家を訴えた。1月9日のことだ。
原告は丸田祥三氏。群馬県の旧丸山変電所を写した作品で、1994年に日本写真協会新人賞を受賞した。以来テレビや雑誌、写真集『棄景』シリーズなどで廃墟写真を発表し続けている。訴えられた小林伸一郎氏の方も、『廃墟遊戯』『廃墟漂流』『NO MAN'S LAND 軍艦島』『亡骸劇場』などの写真集を発表、2007年には第38回講談社出版文化賞(写真賞)を受賞した。
同じジャンルで活動する写真家同士が裁判で争うことになった理由は、丸田氏が先がけて発表した写真で知られるようになった廃墟を、小林氏も似たような構図で撮影して発表したからだ。丸田氏の側は、自身の作品のモチーフや「表現」を小林氏が不当に真似たもので、「著作権侵害」だと主張している。小林氏の側は「事実無根」としている。
この裁判よりも前から、小林氏の作品のいくつかが丸田氏の先行作品に似ているとの指摘が、丸田氏のファンの間であったようだ。インターネットでは「検証サイト」が作られ、実際に画像で見比べられるようにして疑惑を伝えていた。また、雑誌『創』の2008年5月号では、フリーライターの七瀬恭一郎氏が「スター写真家をめぐり勃発した著作権騒動」という記事でこの問題を取り上げた。「検証サイト」でも雑誌記事でも、丸田氏だけではなく、他の写真家とも似たものがあるとの指摘がされている。
では今回の裁判の中で、廃墟写真を多数発表している小林氏の作品のうち、どういった写真が「著作権侵害」ではないかと争われるのだろうか。丸田氏側が挙げたのは以下の5点のようだ(下記の5点は報道を合わせて判断した。カッコ内の撮影年・発表年などは、産経新聞の記事とTBSのニュースにあったものを合わせた)。同じく報道によれば、丸田氏は提訴の前に質問状を送ったとのことだが、小林氏からの回答はなかったという。
●群馬県・旧丸山変電所の建物跡
(丸田氏:1987年撮影・1992年発表・1993年『棄景』収録、
小林氏:1995年撮影・1998年『廃墟遊戯』収録)
●栃木県・足尾銅山付近の建物
(丸田氏:1987年撮影・1992年発表、
小林氏:1996年撮影・2003年『廃墟をゆく』収録)
●秋田県・奥羽本線旧線の橋梁跡
(丸田氏:1990年撮影・1992年発表、
小林氏:2001年『廃墟漂流』収録)
●静岡県伊豆市・大仁金山付近の建物
(丸田氏:1990年撮影・1992年発表、
小林氏:1995年撮影・1998年『廃墟遊戯』収録)
●奥多摩ロープウェイ機械室の歯車
(丸田氏:1992年発表・2005『棄景V』収録※、
小林氏:2000年撮影・2001年『廃墟漂流』収録)
※前記検証サイトによれば2000年『棄景IV』にも収録されているとのこと。
いずれも、同じ建物を似た角度で撮影したものだ。「検証サイト」などで指摘された写真の中でも、特に似ているものを選んだように思われる。先行した丸田氏は、自力で探し出した廃墟を撮影したという。5点のうちには、丸田氏が新人賞をもらった作品も含まれる。自身が写真におさめるまでは世の中に知られていたものではなく、それを見た小林氏が真似たというのが丸田氏側の主張だ。ただし、丸田氏が一貫してモノトーンで撮影するのに比べ、小林氏はカラーで撮影するという違いはある。そして撮影した地点が近いものの、全く同じというわけでもない。
これらの問題になっている写真は産経新聞のサイトで4点が、TBSニュースの動画配信でもこの5点に加えて他の「似ている」作品(奥多摩湖ロープウェイ、越川橋梁)が参照できる。なお今回の訴訟で触れられていない写真には、被写体が共通しているものの撮影の角度がまったく異なるものもある。
今回の裁判のように、ふたつの作品の間で「著作権侵害」があったかどうかを判断するためには、次のような判断基準が使われる。まず、真似たとされる方の作品がもう片方の表現を参考にしたのかという「依拠性」だ。そして、先行作品を強く連想させるほど似ているのかという「類似性」だ。この二点を丹念に検討して判断されることになる。
この二点だけを見れば、確かに小林氏の作品は丸田氏の発表よりも遅くに撮影され、しかも写真の表現そのもので似た印象を受ける。しかし私がこのニュースを見てすぐに考えたのは、両者の「違い」の方だった。色づかいや、被写体をどの角度で撮っているか、写真の枠をどこで切るかという「フレーミング」などに違いを見たのである。写真が「著作物」として扱われる理由も、こうした撮影手法の選択に著作者としての個性が反映され、「表現」としての写真が完成するからだ。問題になっている写真でも「類似性」を否定するだけの違いがあるのか‥‥ここに難しさがあるように私には思えてならない。
何をもって「似ている」と判断するのか。線1本にも個性が発揮されるイラストや絵画とは違って、同じ被写体を使えば表現として似てしまう写真で同じ判断はできない。特に、撮影の際には足場などの制約で、どういった構図にするのか選択肢も限られてくる。同じ被写体を撮るのに、角度などの違いが考慮されず「著作権侵害」とされるのでは、一度ある写真家に撮影された建物は他の写真家が撮れなくなってしまう。
たとえば、丸田氏がモノトーンで撮影したのと同じ建物を、カラーで記録しておきたいというニーズは発生しないだろうか。また、写真の世界には、ある地域を長い年月かけて記録していくというジャンルもある。定点観測のように、あの建物が年月を経る様子を撮影することは丸田氏以外にできなくなるのだろうか。
私が今回の裁判で心配しているのは、そういった表現に対する影響だ。確かに問題とされている写真はどれも「似ている」ものが選ばれている。しかし、同じ被写体を撮影した写真家が今後も「著作権侵害」となってしまうような判断が出てしまっては、問題の5枚だけにとどまらない影響が写真の世界に出てしまいかねない。
時事通信の記事で伝えるところでは、「原告側は、被写体と構図の選定には、文献を調査し、現地に何度も足を運ぶなど多大な労力を要し、高い創作性があると主張」しているのだという。ただ、著作権で保護されるのは「表現」の方だったはずが、ここで保護を求めているのは「廃墟」の方のように聞こえなくもない。
指摘された5つの建物を撮影するときに、とり得る選択肢から「表現」を真似たのか、そもそも真似ようとしなくてもああなってしまうものなのか、慎重な判断が要求される。仮にこの裁判で「著作権侵害」と判断されても、複数の写真家が同じ被写体を撮影したときの、著作権侵害を避けられるラインを判決の中で示唆してくれるよう願っている。
最後にひとつだけ私の個人的な感想を書いておこう。忘れられた廃墟を再発見し、誰よりも早く写真におさめて発表した丸田氏には敬意を持っている。そうした実績を持ち、社会からもそのように知られ、しかも優れた写真を残している。本当に私個人の感覚でしかないが、問題になった写真だけで比較するなら、丸田氏の作品の方が心に迫るものがあるように思う。
ここからはオマケみたいなものです。
ネットで参照できる報道は、主として以下のようなものがある。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090109/trl0901091929005-n1.htm
「廃虚写真『模倣された』 プロ写真家が同業者を提訴」
(MSN産経ニュース) 2009.1.9
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090109-OYT1T00663.htm
「廃虚写真家『場所や構図まねされた』とライバル提訴」
(YOMIURI ONLINE) 2009.1.9
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090110k0000m040086000c.html
「提訴:『廃虚写真まねされた』プロ写真家が賠償求め」
(毎日jp) 2009.1.9
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009010900722
「『廃虚写真、まねされた』=プロ写真家が同業者提訴-東京地裁」
(時事ドットコム) 2009.1.9
http://news.tbs.co.jp/20090109/newseye/tbs_newseye4034842.html
「『写真は盗作』、著作権侵害で提訴」
(News i) 2009.1.9
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00147285.html
「『廃虚』写真めぐり著作権を侵害されたとして写真家が別の写真家を提訴」
(FNNニュース) 2009.1.9
今回の訴訟が難しいのは、目の前に存在する物体を、機械によって画像に定着させるという写真表現の特殊性があるためだ。かつて写真は他の「著作物」よりも低い保護しか与えられなかった(たとえば保護期間が短かった)のは、こうした機械的に作られる側面があるからだという。しかし写真表現というものが社会に根付いた現在では、素人の撮った写真とプロの撮った写真が全く同じだという人はいないだろうし、法律の上でも写真は「著作物」のひとつとして扱われている。
写真が「著作物」である理由として、著作権の概説書では次のように示している。中山信弘先生の『著作権法』から引いてきたものだが、被写体の選択、シャッターチャンス、シャッタースピードや絞りの選択、アングル、ライティング、構図やトリミング、レンズとカメラの選択、フィルムの選択、現像や焼付‥‥と、これだけある技法によって思想・感情が表現されるという。
しかし、同じ被写体を撮った場合はどうなるのかという問題は、今回の訴訟にかぎらず出てきてしまうことだ。写真の著作物がどれだけ著作権法で保護されるのかという点について、同じく中山・著作権法(93ページ)から——
写真著作物の保護範囲は、通常は絵画より狭く解釈されている。写真そのものを利用した場合、具体的には当該写真を複写したり、写真を基に絵を描いたりした場合に侵害になると考えられることが多い。写真著作物の保護範囲については、被写体との関連で二つに大別できよう。一つは、被写体が所与の存在でその制作に撮影者が関与していない場合であり、他の一つは撮影者が被写体を自ら制作した場合である。
前者の例としては、富士山のような風景写真がある。富士山を撮影する場合でも、季節、場所、時間、方向等で様相が異なるが、それは既に存在する被写体の諸様相の中から一つを選んだということであり、その選択自体は著作権法上保護されない。その選んだ様相の一つを、カメラワーク等の創意工夫によってフィルム上に創作的に表現して始めて著作物となる。その著作物性は被写体ではなく、撮影者のカメラワークを中心に判断される。そうなると、理論的には他人の写真自体を複写せずに、同じ被写体を同じ場所で自ら撮影しても非侵害となろう。その意味で、そのような写真の著作権の保護範囲は、事実上その写真自体を用いた複製や翻案に限られよう。
写真がその特性上、著作権による保護の範囲を狭く考えざるを得ないという点をもって、今回の裁判で「著作権侵害」と判断されるべきではないと私は主張するわけでもないのだけれど。あくまでも、難しい問題だよなぁと嘆くしかなくて、どちらの判断もあるように思う。
厳密には同じとは言えない写真について裁判で争われ、被写体のアイディアを真似したということで著作権侵害と判断された事件が過去にはある。「スイカ写真事件」あるいは「みずみずしい西瓜事件」と呼ばれるものだ。原告の丸田氏側は、今回の訴訟で著作権侵害だと判断され得る根拠にこの判例を挙げている。
問題になった写真はこちらを見ていただきたい(PDF。上が原告、下が被告)。扇型に切ったスイカ6切れを、スイカの器に斜めに並べた写真で、奥につるのついたスイカが配置されている。被告の側は6切れのスイカが倒れている方向が逆だったり、器になっているのが冬瓜だったりと、若干の違いがある。しかし高裁判決で、この程度の差異では「類似性」を否定するものではないとされた(もちろん、侵害を判断するもう一つの要素「依拠性」も別に立証されている)。
ただし、この事件特有の事情というのもあるのだ。たとえば、被告の側で原告の本を入手していることが判っていたりする(原告も被告も同じ写真カタログを扱う業者にネガの管理を委託していて、原告がその業者にあらかじめ自身の写真集を送っていた)。また、被写体となったスイカを、原告自らがセッティングしたという点がある。そこに写真家としての創作性がより入り込む余地があって、被告が改めて撮影した写真が原告のものとここまで似るのは意図して著作権を侵害したためだと判断された。
つまり、被写体がある場所にもともとあるものだと、スイカ写真事件と同じ結論が出るのかという疑問がある。スイカ事件の判決(最高裁判所サイトに判例が掲載されている)を読んでも、こうした疑問点をの存在を示唆した箇所がある。
写真著作物において,例えば,景色,人物等,現在する物が被写体となっている場合の多くにおけるように,被写体自体に格別の独自性が認められないときは,創作的表現は,撮影や現像等における独自の工夫によってしか生じ得ないことになるから,写真著作物が類似するかどうかを検討するに当たっては,被写体に関する要素が共通するか否かはほとんどあるいは全く問題にならず,事実上,撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分が共通するか否かのみを考慮して判断することになろう。
しかしながら,被写体の決定自体について,すなわち,撮影の対象物の選択,組合せ,配置等において創作的な表現がなされ,それに著作権法上の保護に値する独自性が与えられることは,十分あり得ることであり,その場合には,被写体の決定自体における,創作的な表現部分に共通するところがあるか否かをも考慮しなければならないことは,当然である。写真著作物における創作性は,最終的に当該写真として示されているものが何を有するかによって判断されるべきものであり,これを決めるのは,被写体とこれを撮影するに当たっての撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等における工夫の双方であり,その一方ではないことは,論ずるまでもないことだからである。
ここでの判断は、「撮影の対象物の選択,組合せ,配置等において創作的な表現がなされ,それに著作権法上の保護に値する独自性が与えられる」スイカ事件の特徴に限定されるのではないか。しかも、今回の訴訟で小林氏側が主張しているような点についても、スイカ事件の判決は(被告がこの主張をしていたために)次のように触れている。
しかしながら,当裁判所は,先行著作物と被写体が同一ないし類似のものである写真一般について,そのような写真を撮影するのが著作権法に違反するといっているのではない。特に,先行著作物の被写体を参考として利用しつつ,被写体を決定し,自らの創作力を発揮して新しい写真を撮影することが,著作権法に違反するといっているのではない。当裁判所がいっているのは,先行著作物において,その保護の範囲をどのようにとらえるべきかはともかく,被写体の決定自体に著作権法上の保護に値する独自性が与えられているとき,上記のような形でこれを再製又は改変することは許されないということだけである。したがって,上記のように解したからといって,写真による表現行為が著しく制約されるということに,決してなるものではない。
同じ論理で今回の裁判が判断されるとしたら、それは「廃墟」を丸田氏のものとして保護してしまうことにならないのかなと少し思ってしまう‥‥。
本当に最後。今回の原告・丸田氏の側に代理人としてついているのは小倉弁護士だったんですね。後でニュース映像を見直したら、しっかり顔が写っていました。最初に見た時は丸田氏の顔ばかり見ていたので、気付きませんでしたよ。
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2009年1月 2日 (金)
B-CASをめぐる議論に望んでいたもの
前のデジコン(総務省「デジタル・コンテンツの流通の流通の促進等に関する検討委員会」)で、地上デジタル放送のスクランブル解除の「新方式」が提案された。今後「小型カード」「事前装着カード」「チップ」「ソフトウェア」のいずれかを導入して、ユーザーにストレスを与えず地上デジタル放送へ移行してもらおうという話だ。
しかし注目すべき点が、「新方式」と並存する形で、現行のB-CAS方式も残すとの前提が立てられたところだ。デジコンの議論の中で、B-CASの限界が指摘され、新しい方式を導入するなどの今後のあり方が検討されてきた。そしてB-CAS廃止に世間の注目が集まり、委員の意見でも「B-CASにはこだわらない」旨が繰り返されてきたのである。それが、今回一転して「存続」という話になった。これには私も少なからず失望させられた。
「失望」した以上は、おそらく私の中にも何か望むものがあったのだろう。これまでは漠然とした思いでしかなかったのだが、ここで少し整理して考えてみる。
B-CAS方式は、地上デジタル放送にスクランブル(暗号)をかけ、その解除の「鍵」としてB-CASカードを用いる。受信機に同梱されたB-CASカードを、ユーザー自らが受信機へ差し込まねばならない上、そのカードはあくまでもB-CAS社から貸与される形となる。暗号技術の内容や、B-CASカードの管理を一民間企業であるB-CAS社が行なっているのが大きな特徴だ。ユーザーから見ればかなり煩わしい。
デジコンでは、このB-CAS方式を支持する委員意見は出なかった。逆に、委員からさまざまな課題を突きつけられていた。「基幹放送」として無料で流されている放送にスクランブルをかける正当性への疑問や、受信機メーカーへB-CASカードの使用を強制するため商品の多様性が損なわれている弊害、すでにB-CAS方式の裏をかく海外製の機器が登場している事実などの指摘だ。今後B-CAS方式を続けるとしても、これらをクリアする必要がある。
順番に見ていこう。まず、日本全国にあまねく届けられなければならない「基幹放送」という地上デジタル放送の性格が、B-CAS方式によるスクランブル化になじむのか。B-CASカードを「鍵」としてスクランブルを解除する仕組みなので、そのカードを持っている人に、対応機器でのみ視聴させるということになる。災害時の情報提供など、誰にでも受信できる状態にしておく必要のある「基幹放送」とは正反対の性格である。使用前のB-CASカードのセッティングやその管理、場合によってはカードの入れ替えなどをユーザーに強いることとなるが、そこまでする意味がどうにも見出せない。
また、B-CASカードという物理的な制約と、B-CAS方式の仕様に従わねばならないという強制力のために、メーカーが作る商品の選択肢が限られてしまうとのデメリットがある。小型化が図りにくかったり、コストの問題からか価格面でもアナログテレビの水準までこなれているとは言い難い。先日のデジコンで提案されたのは、受信機の「選択肢」を増やす方策だった筈だが、B-CAS方式が残ることで、その効果も思うように出ないのではないかと私は危惧する(これは後述する)。
こうまでして地上放送のスクランブル化をおこなうのは、著作権保護ルール「ダビング10」をメーカーに厳格に守らせるためである。ルールに従わない機器にはB-CASカードを発行しないという運用でもって、B-CAS方式に準拠した受信機だけが地上デジタル放送を視聴できるという仕組みだ。しかし、この目的すら現行のB-CAS方式は果たせていない。
B-CASカードは、対応機器の間でなら使い回しがきく。だから、フリーオのように海外で作られ、著作権保護ルールを無視した番組コピーし放題の機器にも使えてしまう。別機器用として入手したカードを差し込めば、地上デジタル放送が視聴可能になる。こうしたB-CASカードの使い回しは、B-CAS社とユーザーとの間で結ばれる貸与契約の中で禁じられてはいるが、契約違反のユーザーをB-CAS社が知ることは難しい。それに加えて、今ではB-CASカードを差さなくても視聴できるようフリーオが“改良”されている。
以上のことは、別に私だけが考えているものではない。デジコンでも直接指摘されてきたことだ。意図通りに運用できていないB-CAS方式を残してしまうのでは、デメリットが先に立つのではないかとすら思える。
B-CASの実効性を求めるなら、フリーオへの対処が必要だ。しかし、B-CAS方式は、 Dpa(デジタル放送推進協会)とARIB(電波産業会)が決定した技術資料にメーカーが従うという「民民の決めごと」でしかない。「ダビング10」ルールがこのデジコンで決められたという経緯はあるが、これは単に当事者間の相談の場が総務省の審議会に置かれただけで、法律によるルールの強制があるわけではない。だからこそ現時点で、フリーオに対してルール無視をやめさせる方策が見つかっていないわけだ。
デジコンの検討の大元にあるのは、著作権保護ルールをどう強制させるかという手法だ。「技術・契約」と「制度」の2通りが想定され、現行のB-CASや「新方式」で考えているのは「技術・契約」の強制力だ。一方、「制度」の強制力とは、要するに著作権保護ルールを破る行為を法律で禁止するなどの対応を指す。これまでのデジコンでは「制度」での対応に消極的だった。しかし、「技術・契約」だけで対応するには不充分と言わざるを得ないB-CASをもし存続させるなら、制度的対応を取るとの方向転換を迫られることになる。
「制度」的対応で対処できるのなら、素直に導入すれば良いではないかとお思いの方もいるだろう。ところが、B-CASの場合はそう簡単な話ではない。B-CAS方式やダビング10のような「民民の決めごと」を法律で強制することが問題をもたらさないかを気にしなければいけないのである。この決めごとが受信機メーカーに強い拘束力を持ち、決めごとの枠外にあるメーカーの参入を難しくしたり、枠内のメーカーすら機器の使用を決める上での選択肢を失って、市場競争が損なわれているとの指摘が、今の時点でもある。たとえばB-CAS方式の「鍵」の管理をし、ユーザー情報を握っているのが民間会社のB-CAS社たった1社という歪んだ状況だ。国がこれをさらに固定化することになりかねない。
心配なのは「制度」的な強制の話だけではない。B-CAS方式と並存するとの前提では、いま議論されている「新方式」の選択にも影響するのではないかと考えられる。言うまでもなく、どんな方式を選んでもコストというのはかかるものだ。B-CASが存続すれば、単純に移行させるよりも、B-CASと「新方式」双方のコストで多くかかることになる。となれば、現行方式に近いもの――B-CAS社が関与する、カードの小型化や事前実装などに落ち着く可能性が高くならないだろうか。
B-CAS廃止の選択肢をデジコンが排除したことで、私が危惧しているのはここである。B-CAS存続のために「制度」的な強制力を導入し、あるものを“有効に”使うとしてB-CASに近い「新方式」が選択され、結局B-CAS社の“独占”状態が継続していくという事態だ。
何とも閉塞感に満ちた話ではないか。デジタル移行(アナログ停波)へ向けて、さまざまな対処をしようとするのは判る。しかしB-CASといいダビング10といい、すでに破綻しているものを、現行の仕組みをこねくり回して維持しようとしている。
確かに、デジコンではこれまで長い時間をかけて議論が行なわれてきた。しかしそこで出された結論というのが、地上デジタル放送にスクランブルが必須であることと、著作権保護ルールが「ダビング10」で、ユーザーの録画については権利者への「適切な対価の還元」を考える、といった内容だった。その結果、多大なコストをかけてスクランブルを施し、その技術が及ばないところでコピーされる番組に「制度」的に対応を試み、「適切な対価の還元」の議論が延々と続くことになる。
この議論で幸せになった人はいるのか。いっそのことスクランブルに固執するのをやめた方が、議論がすっきりするようにも思う。B-CAS方式から新方式へ移行した場合、すでにB-CAS方式の受信機を買ったユーザーが視聴できなくなることを心配してB-CASを残すとのことだが、スクランブルを無くせば問題は起こらない。
おそらく早い段階からボタンの掛け違えがあって、ここまでこじれてしまった。地上デジタル放送の著作権保護ルールについて議論するのなら、私的録画補償金の問題も含めてトータルに考えるべきだった。地上デジタル放送は総務省、補償金は文化庁の管轄ではある。しかし、互いの領域を避けたがためにこの現状がある。総務省は「適切な対価の還元」と曖昧な文言を使い、文化庁では補償金問題が暗礁に乗り上げた。ユーザーの私的録画の自由が保障されるとの趣旨が貫徹されるのなら、まだしも私的録画補償金に存在価値があるようにも思えるのだが‥‥。
そういう横断的な議論のできる場が、今までも、これからも、霞が関に用意されない。残念なかぎりである。
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2008年12月30日 (火)
ACTAの中身が気になるが、肝心の条文はいまだ明らかにならず‥‥
タイトルでいきなり「ACTA」と書いてしまっているので、何のことかと思われた方がいるかもしれない。「模倣品・海賊版拡散防止条約」という新しい条約の構想のことで、「Anti-Counterfeiting Trade Agreement」の略である。2005年のG8グレンイーグルズ・サミットで当時の小泉首相が提唱し、今では日本・米国・EU・スイス・カナダ・韓国などが集まって「関係国会合」が開催されている。
日本国内では、内閣府にある知的財産戦略本部が毎年発表する「知的財産推進計画」で、2005年版からこの構想が盛り込まれてきた。それを受けて、文化庁の文化審議会や、経産省の産業構造審議会などで経過が報告されるようにもなっている。
ただ、そうした資料から条約構想の概要をしることはできても、肝心の条文の内容などが明らかになっていない。今年後半に入ってから関係国会合が頻繁に開かれており、経産省の発表によれば、条文案をもとに議論するところまで来ているということだ。
ここでは、私が自分用のメモも兼ねて、これまで明らかになっている資料について書き留めてみる。
まず最近に公開された情報としては、12月18日付で経産省が「12月関係国会合の概要」を発表している。それによれば、12月15日から17日にパリで会合が開かれ、日本・米国・EU(欧州委員会とメンバー国)・スイス・カナダ・韓国・メキシコ・シンガポール・豪州・ニュージーランド・モロッコが参加したという。
この関係国会議では、今年6月に開かれた会合から条文案をもとに交渉を開始し、7月29日~31日(ワシントン)、10月8日~9日(東京)、そして今回のパリで4回目だという。ただしそれ以前にも、2007年10月に日米欧などから条約締結に向けた動きを加速する旨が発表されてから「非公式な協議を継続的に行なってきた」らしい。
次回会合は2009年3月にモロッコで開催される予定。「可能な限り早期の妥結を目指す」としている。
http://www.mofa.go.jp/Mofaj/press/release/h20/8/1182255_914.html
「模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)構想 (7月関係国会合の概要)」
(外務省) 2008.8.1
http://www.meti.go.jp/press/20081009002/20081009002.html
「模倣品・海賊版拡散防止条約
(Anti-Counterfeiting Trade Agreement, ACTA)構想
(10月関係国会合の概要)」
(METI/経済産業省) 2008.10.9
http://www.meti.go.jp/topic/data/e81218j.html
「『模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)構想』
12月関係国会合の概要について-注目情報」
(METI/経済産業省) 2008.12.17
http://www.meti.go.jp/press/20081218001/20081218001.html
「模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)構想(12月関係国会合の概要)」
(METI/経済産業省) 2008.12.18
では、この「模倣品・海賊版拡散防止条約」構想というのはどういう内容なのか。大枠については、外務省・経産省・文化庁などから発表された資料から知ることができる。
「模倣品」とは、特許権・商標権・意匠権などを侵害して作られたものを指す。作り手を偽って買わせるニセモノのことだ。そして、「海賊版」は著作権を侵害して作られたものを指す。最近は「物」に限らない、データとしての著作物のやりとりも問題視されてきている。
こういった模倣品・海賊版が売買されることで発生する害悪の例として政府が挙げているのは、「企業が本来得るべき利益を損失させる」「創作者の開発と創作意欲を減退させる」「消費者の安全や健康を脅かす」「犯罪組織・テロ組織等の資金源にもなる」ということ。これらのうち、金にからむ部分は割とよく聞く理由だが、「消費者の安全や健康」というのは比較的最近聞くようになった謳い文句ではある。これはニセの薬や粗悪品が流通することによる影響を指したものらしい。
模倣品も海賊版も一国の中で完結しているのなら、その国の法律で取り締まれば済むことだ。しかし模倣品・海賊版の場合は、ある国で製造されたものを他国へ輸出したり、数カ国の港を経由し積み替えることで製造国を判りづらくする実態がある。また、模倣品の本体と偽造ラベルとを別々の国で作り、それぞれを持ち込んだ国で最終的に組み合わせるなど、多くの国が複雑に関係する場合もある。そこで、国を超えて模倣品・海賊版対策の一定のルールを決めようというのが「模倣品・海賊版拡散防止条約」構想ということになる。
この構想の中では、「国際協力の推進」「知的財産権の執行の強化」「法的規律の形成」が三本柱になっている。国際協力では、各国間での情報共有や途上国への制度整備協力をすることを想定する。執行強化では、知財関連法令の情報や手続きを公表するとともに、消費者の意識を「向上」させる取組みも行なう。そして法的規律では水際措置・刑事執行・民事執行についてのルールづくりをする。税関での差止・没収・破壊を確実にする方策や、模倣ラベルの刑罰強化、「非営利目的の著作権侵害への刑事罰の適用」、「権利者が十分な損害賠償を受けるための措置」が挙げられている。
こうした大枠について述べた資料を示しておく。ネットに掲載されており、日本語でかかれた資料だ。まず文化庁でまとめたものは、2008年1月11日に開催された、文化審議会著作権分科会の国際小委員会での配付資料で読める(資料6「模倣品・海賊版拡散防止条約について」)。経産省によるまとめは、2008年4月24日付の産業構造審議会 通商政策部会(第7回)での配付資料だ。文化庁の方も経産省の方も、趣旨はほぼ同じ中身だが、文化庁の資料で「知的財産権全体としつつも、特に模倣品・海賊版問題の中心となっている商標権及び著作権侵害に焦点を置く」との一文があるのが興味深い。経産省の側も、開催情報を見るとこの12月9日に開催された第8回通商政策部会で追加報告があった模様だ。私はこの会合を傍聴できなかったので内容はまだ分からないが‥‥。
この他、11月になって外務省がサイトにあげた国民向け広報がある。これなどは読んでいて分かりやすい。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/009/08011520/002.pdf
「模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA:Anti-Counterfeiting Trade Agreement)
(仮称)構想について」
(文化庁:文化審議会著作権分科会
国際小委員会2007年度第1回・配付資料・PDF)2008.1.11
http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g80424d04j.pdf
「模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)について」
(経産省:産業構造審議会第7回通商政策部会・配付資料・PDF) 2008.4.24
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol16/index.html
「わかる!国際情勢 Vol.16 模倣品・海賊版を取り締まれ!
~現状と模造品・海賊版拡散防止条約(ACTA)構想」
(外務省) 2008.11.26
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g81209a04j.pdf
「模倣品・海賊版拡散防止条約 (ACTA)(仮称)構想について」
(経済産業省・産業構造審議会第8回通商政策部会資料・PDF) 2008.12.9
ここまで資料をかき集めてみても、結局わかるのは「大枠」だけだ。最後に挙げた、産業構造審議会の12月9日付の資料が最も新しいが、この時点で開催されていた3回の関係国会合で「水際措置」「民事執行」「刑事執行」が取り上げられた旨が追加されているにとどまる。やはり条文レベルにまで具体化した情報が欲しい。
大枠の時点でも気になるところはある。国内の「海賊版」問題に対処するため、文化庁の審議会で、違法複製や違法配信からの録音・録画を違法とするいわゆる「ダウンロード違法化」の方針が固められているところだが、これは現行法の枠組みでは権利者側の立証の困難さを前提としてゴーサインが出された側面がある。私的録音録画小委の報告書によれば――
仮に現実に民事訴訟を提起する場合においても、利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられるため、利用者が著しく不安定な立場に置かれて保護に欠けることにはならないと考えられる。
とされる。しかし、条約によってこの立証が簡便化されることになれば、一般ユーザーにとっての脅威が強まることになるだろう(適法に入手した複製ですら、その適法性を示すのが難しい場合も少なくない)。
現行法の中だからこそ一応のバランスが望めるところに、条約によって現行以上の保護水準が要求されることで、ユーザーにとって害になる法改定へと結びつくおそれが無いわけではない。特に海賊版の取り締まりに伴う、税関での持ち物検査や、インターネットでの発信情報のチェック、刑事手続きでの非親告罪化、民事手続きの簡便化などが課題として挙がるものと考えられる。無論これが実際に条約に入ってくるかどうかは判らないわけだが、日本政府の方針として現行法の範囲内でとどめるつもりだったらまだしも、実は2006年9月15日の時点で「模倣品・海賊版対策関係省庁連絡会議」が条約交渉に向けた方針を決定している。
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/mohouhin/kettei/060915housin.pdf
「『模倣品・海賊版拡散防止条約(仮称)』構想の実現に向けた基本方針」
効果的な制度を複数国で整備し、各国間の協力の拡充により執行活動の強化を図るという本条約構想の目的を踏まえ、条約内容の検討に際しては、新規の制度整備の可能性を排除せず、条約の実効性の確保、国内制度との調和、制度の合理性など、総合的な観点から行う。
国内での政治情勢や審議会の空転などで、著作権法の次の改定がいつになるか見えない状況ではあるが、詳しい内容が明らかにされないままACTAの内容が固まってしまい、いつのまにか次の著作権法改定の中身も審議会・国民の頭越しに決まっていたなんてこともあり得る話ではある。
それなのに、全然情報が出て来ない気味の悪さ。もう少し情報公開が無いものかと思わずにはいられない。
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2008年12月23日 (火)
いつのまにかB-CAS廃止の話は吹っ飛んでいて、追加する新ルールを考えるという話になっている
22日に、総務省の「デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」第47回会合が開かれた。この会は「デジコン」の通称で知られ、地上デジタル放送のコピー制限「ダビング10」の仕様を長い年月かけて議論し、6月末の「第五次中間答申」のまとめをきっかけにようやく「ダビング10」開始の運びになったことで注目された。その後は、「技術検討ワーキンググループ」と「取引市場ワーキンググループ」での検討を並行しながら、その報告を受け議論を行なうという形で会合が開かれてきた。
今回の検討委員会は、2つのワーキンググループのうち「技術検討ワーキング〜」の報告のみを議題にした。このワーキングでは、地上デジタル放送の著作権保護を適正に運用するための強制力(エンフォースメント)をどう保つかの議論を続けている。技術的な録画制限を用いメーカーやユーザーへ「契約」で強制する手法と、法制度などでルール破りを禁止する手法の2つがある中、前者の技術・契約を使う手法を検討した結果が報告された。
ワーキング報告には「放送コンテンツ保護に係る技術・契約によるエンフォースメントの在り方(案)」というタイトルが付けられた。「利用者にとっての選択肢の拡大」を前提を掲げつつ、現行のB-CASカードを受信機へ差し込む方式からどう改良するかという提案が4通り示された。(1)カードを小型化すること(2)カードを販売時にあらかじめ受信機へ装着しておくこと(3)コンテンツ保護の機能をチップに集約する形をとること(4)コンテンツ保護ルールに基づいたソフトウェアを用いること——といった具合だ。
カードを使うという点では現行と変わらない(1)と(2)については、暗号を解除する「鍵」の管理者としてB-CAS社の存在を前提としている。現行ではB-CAS社がカードの所有者であってユーザーに貸与される形を取っていること、目的外使用の制限のことなど、ユーザー制度を理解してもらうのが必要なのも同様だ。ただし(2)では、ユーザーが受信機へカードを指す行為が不要になるため、カードの貸与などの情報を提供する機会を確保するのに「クリック契約」などの操作を改めて用意しなければならなくなるとの「課題」が指摘されている。
B-CASカードとは全く異なるアプローチである(3)と(4)でも、保護ルールを管理するライセンサーと、チップやソフトウェアを作る事業者とで「それぞれの役割や、役割に応じた責任」や「目的やスキームに応じた技術方式」などを改めて検討していく必要があると指摘している。
これらの(1)から(4)という“新方式”が提案されたことで、B-CASの廃止がいよいよかと思いそうになる。ところが、これらの方式は、実は現行のB-CASシステムと並行して導入されることを前提にして提案されている。「利用者にとっての選択肢の拡大」という前提が掲げられていたのも、B-CASのものと新しい方式のものと両方があることによる「選択肢の拡大」を示したものだという。案を説明した総務省コンテンツ振興課の小笠原課長によれば、すでにB-CASシステムでの受信機を買った人が多くいることでもあるし、新方式へ移行した途端に受信できなくなるというのでは「消費者保護の観点から」問題があると判断した結果のようだ。
B-CAS廃止論が強まっていた中で始まった検討だったのに、ワーキングの提案が4つ出てきたところでいつのまにかB-CAS廃止が吹っ飛んでしまった感じは否めない。もしB-CASと異なる方式が追加されるとなれば、別方式のものを並行して送信しなければならない、そのコストはどうなるのかと聞いている方としては不思議になってくるのだが‥‥。
しかも、(1)から(4)の方式を聞いて、ユーザー側委員が相次いで(4)のソフトウェア方式が良いのではないかと意見を述べたが、今回の報告はまだ「どれが良い」「どれにすべき」とは言える段階に無いと村井主査が釘を刺すものだった。主査によれば、まだそれぞれがどれだけのコストを要するかまで検討しきれてはいないという。確かに、コストに関する記述は資料に無かった。
放送局側の委員からは「B-CAS方式にこだわらない」とする発言が出て、もっとも理解を得るべき視聴者(国民)を重視する意向が示されはした。一方で、費用対効果などの問題もあって、今後議論を深めていく必要性を指摘する意見も相次いだ。まだまだ先は長い。
デジコンで議論の対象となっているのは、「基幹放送」と呼ばれる無料の地上デジタル放送のみである。その「基幹放送」にスクランブルをかける必要性があるのか、という根本的な疑問が一貫して河村委員から示されてはきた。しかし、今回の報告では「技術・契約によるエンフォースメント」としている通り、それは全く前提に汲み入れられていない。先の(1)から(4)のいずれもが暗号化を想定されたものだ。法制度に頼らないという前提では、保護ルールを守らせるためにスクランブルをかけて、受信機を製造するメーカーにチェックを入れていく手法をとるしかないという考え方なのだろう。
となれば、スクランブルに違和感を持っているユーザーの場合は、「選択肢」をシビアに判断するしか無いのかも知れない。また地上デジタル放送に違和感を感じ、移行をためらう原因はスクランブルだけではない。ユーザー側委員から、景気悪化とともにデジタルテレビを用意できない家庭が増えていく懸念が表明されてもいた。せっかくワーキングで提案した「選択肢」でも、その中に適切なものが無ければ、ユーザーは地上デジタル放送を選択しない(見ない)という判断を下す可能性もある(逆に、何となく受け入れられる可能性も無いとは言わないが‥‥)。
小笠原課長が説明するようにB-CASシステムが残され、さらに新方式を加えるとしたら、コストがどうなるのか注目したいところだ。2011年のデジタル完全移行に向けてこの「新方式」が実施できるように、デジコンの議論は検討開始から1年ほどで結論を出すことを目指している。その期限にきっちり合わせて委員会としての結論は出してくるのだろうが、どうも今のうちから「改善が見込めない」という閉塞した感じが漂ってきてしまっているように私には思える(あくまでも私見)。
「技術検討ワーキング」でも(1)から(4)が検討の途中で、そして法制度を活用した手法はまだ未検討な段階での話ではある。しかしB-CASを存続させることを選択したことで、その運用に実効性を持たせるため、たとえば正規のB-CASカードを流用する無反応機器・フリーオにどう対処するかなどの論点で選択肢が限られてくるように思う。現に、椎名委員から「これらの案では、すでに多くの家庭に鍵が行き渡っているB-CASの問題が解決されるわけでなく、制度的エンフォースメントの導入を求める」発言があった。
「技術検討ワーキング」が法制度に頼るのには消極的だった印象が私にはあったが、今後の議論次第では雲行きが変わってくるのではないかと思えてきた。ユーザーにとって、結局制限を受ける方向へ行きがちになりそうで、あまり嬉しい話ではない。
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2008年12月21日 (日)
遅々として議論が進まぬ国際会議、悠然としている国際小委員会、でも油断はできない
12月19日に開かれた、文化審議会著作権分科会の国際小委員会(第2回会合)で「今後の検討課題」がまとめられた。このうち最優先して検討すべきと多くの委員が要望したのが、海賊版対策だった。とくにインターネット上での「個人の海賊行為」に言及する意見が相次いだ——。
国際小委員会は、世界知的所有権機関(WIPO)などの国際会議や、他国との二国間協議、締結を目指している条約などの動向を見ながら、著作権に関して対外的な日本の方針を検討する会だ。私的録音録画補償金の見直しを任せられていた私的録音録画小委員会や、著作権法の法改正そのものを議論する法制問題小委員会と並び、文部科学省の諮問機関である文化審議会著作権分科会の下に設置されている。今年度の第1回が5月12日に開かれたきりで、12月の第2回までしばし間が取られていた。
半年以上の間、国際小委員会で何もしていなかったわけではない。同小委員会に「国際検討ルール形成検討ワーキングチーム」が設けられ、「著作権をめぐる国際動向と今後の検討課題について」の検討が行なわれてきたのだ。今回の国際小委員会は、その検討結果が報告される場でもあった。
ワーキングチームも同小委員会も動向を見ている国際会議というのは、年に1回開かれるWIPOの加盟国総会と、この総会のもとに設置された「著作権等常設委員会(SCCR)」「開発と知的財産に関する委員会」「遺伝資源、伝統的知識及びフォークロアに関する政府間委員会」などのことを指す。その中でも、議論の中心になるのはSCCR(今年は11月3〜7日に開催)の動向についてだ。
SCCRでは、デジタル・ネットワーク化に対応した放送機関の保護水準を定める「放送新条約」が1998年から、映像に録画された実演(視聴覚実演)の保護水準を定める「AV条約」が2000年から議論されてきており、その動向についてはこれまでの国際小委員会の報告書にも記載されてきた。しかしいずれの条約構想も、欧米間で意見対立が起こり進捗していない。また比較的新しい議論として、発展途上国から「権利の制限と例外」について国際水準を決めるよう求めているが、先進国がそれに反対し、まず各国の権利制限について実態調査と研究をすべきだという話になっている。
要するに、国際会議を舞台にした話し合いは全くまとまらない状態だ。そこで日本として今後どう対応していくか、何を働きかけていくかを考えるのに、国際小委員会で先のワーキングチームを作り「今後の検討課題」をまとめたわけだ。
同ワーキングチームでまとめた検討課題は、「1.著作権保護に向けた国際的な取組」「2.エンフォースメント(法律遵守の強制力)の実効性確保に向けた取組」「3.開発と知財問題への対応」といった項目が立てられている。
1では、「放送新条約」「AV条約」の議論の動向をふまえながら今後の対応を検討するとしている。2については、国をまたいだ著作権侵害でどこの国の法律・裁判所を用い法的判断を得るのかという準拠法・国際裁判管轄の研究を進めるという。また、各国が持つ海賊版対策の制度を情報収集し分析するのも必要だと指摘している。3は、発展途上国が主張する「パブリックドメインの確保や国際規範に関する柔軟性の確保」「フォークロア(ある共同体で代々作られてきた文化遺産としての創造物)の保護」について、前者は現在の保護水準(条約で許容される保護の制限)でも十分対応できると途上国に伝えていくこと、後者は(条約の形でなくても)各国で対応可能なガイドライン・モデル規定を作るよう提案している。
このワーキングの報告ですでに「検討課題」がまとめられていたが、国際小委員会名義で決定する「今後の検討課題(案)」という資料も会合当日には用意されていた。ただし内容はワーキングチーム報告とほぼ同内容だ。ワーキングの報告は小委員会に対するもので、小委員会の親会である著作権分科会へは「今後の検討課題」を報告する形になる。
国際小委員会では、検討課題の中身自体は原案どおり了承された。ただ、これらは課題として大きなものばかりなので、どれを優先させるか順位を決めてはどうかとの委員意見が相次いだ。具体的には、2の「エンフォースメントの実効性確保に向けた対応」を優先するよう求める声が多かった。
口火を切ったのは、久保田裕委員(コンピュータソフトウェア著作権協会)だった。海外で権利侵害があった場合に、その権利の所在を政府が認証して権利行使をしやすくする必要性(そして制度の提案)を述べた。加えて、海外でのファイル交換ソフトの使用や中国での海賊版を挙げていた資料を指し、ファイル交換ソフトの使用が日本国内でも多いことや海賊版がヨーロッパでも多いことなど、現状を正しく把握する必要性も強調した。
石井亮平委員(日本放送協会ライツ・アーカイブスセンター)は、放送機関保護(放送新条約)についての政府の働きかけを求め、海外での動画共有サイトで放送番組が違法にアップロードされている実態を強調しながら、「簡便な手続きで違法な動画が削除される」仕組みが望まれるとした。池田朋之委員(日本民間放送連盟)も同様に、「放送事業者の立場で言うと、放送条約の成立がないと海外での権利行使は難しい」として、違法な動画をどう削除させるかの調査を求めた。
こうした権利者側委員からの要望が相次いだことを受けて、先に口火を切った久保田委員が「委員会でお願いするだけではなく、権利者がまず現場に踏み込んで実態調査をする、そして実費程度を国から貰ってというつもりでないと。(お願いするだけでは)変わらないんじゃないか」と、権利者側の受け身の姿勢を正すべきだと釘を刺す場面もあった。
委員意見が重なった「エンフォースメント」の優先順位が高めに設定されることはおそらく間違いないだろう。優先度についての議論は次回にと道垣内主査の発言があったが、「エンフォースメント」だけを検討課題にすることはないにしても、委員の意向はある程度反映されるものと思われる。優先順位にまで触れるかはともかく、「今後の検討課題」を含めた国際小委員会の方針は、1月26日に予定されている著作権分科会で報告される。
こうして今期の法制問題小委員会・私的録音録画小委員会・国際小委員会と、著作権分科会へ向けての報告が出揃った(なお「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」第7回会合は年明けの1月6日に開催予定)。いずれも著作権侵害対策の検討結果が盛り込まれるということになる。違法複製や違法配信からのコピーを違法化するという構想を盛り込んだ法制問題小委員会・私的録音録画小委員会と比較して、国際小委員会については、報告書の上ではまだこれから調査を始めるところという違いはある。たとえば、ファイル交換ソフトを利用した著作物のやりとりは国境を越えるものが多い。調査研究や、準拠法・国際裁判管轄の検討、そして関係国同士の情報共有の仕組みづくりなど、まだまだ取組みが始まったばかりだ。
しかし気になるのは、国際小委員会での検討がこうゆっくりしているように見える裏で、日本・米国・EUなどの一部の国でWIPOより小規模の会議が持たれ、ルールづくりを進めている例もあるところだ。「模倣品・海賊版拡散防止条約」(ACTA)に関する話し合いがそれで、今年6月・7月・10月・12月(概要)と相次いで関係国会合が開かれているとの発表が経産省や外務省からされている。国際小委員会で事務局(文化庁)から報告されたACTAの内容は今ひとつはっきりしないものだったのだが(ただし前期第1回には説明資料PDFが出されている)、日本の現行法より高い保護水準で海賊版対策が盛り込まれる可能性※があるだけに、国際小委員会に話が来る前に規制強化の方向性が決まっているなどということもあり得る。
そう考えると国際小委員会の悠然さはそのまま真に受けられないかも知れない。
※2006年9月15日に模倣品・海賊版対策関係省庁連絡会議がまとめた「基本方針」(PDF)の中に、「条約内容の検討に際しては、新規の制度整備の可能性を排除せず、条約の実効性の確保、国内制度との調和、制度の合理性など、総合的な観点から行う」との一文がある。
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2008年12月18日 (木)
メーカーが文化庁案を拒否できたのは文化庁のおかげです
16日の私的録音録画小委員会(第5回)での、中山信弘主査の締めの言葉が印象に残るものだった。議事を進めて報告をまとめる役割を中山主査が担っていたわけだが、いわゆる「ダウンロード違法化」を実施する方向を維持しつつも、本題の私的録音録画補償金について方向性が打ち出せなかった。これを指しての発言だ。
発言を以下に引用する。私の傍聴メモと記憶から再構成したものなので、正確なところは1か月後くらいに公表される議事録を待っていただきたい。
この私的録音録画補償金の問題は、知財戦略本部から、制度の廃止も含めて根本的な検討をおこなうというミッションを頂戴していたわけですが、合意できずに主査として大きな責任を感じるところです。
私事になりますけれども、去年、著作権法の体系書を出しまして、その本の最初のタイトルが「著作権法の憂鬱」ということでして、まさにその「憂鬱」が現実のものになってしまいました。補償金の問題は、著作権法の全体からすれば僅か(一部分)というものかも知れませんが、現在 著作権法が抱えているデジタル問題を象徴するものだろうと思っています。著作権法がデジタルにどう対応していくかという非常に大きな課題を与えられているのだと。
‥‥というわけで、申し訳ございませんというお詫びの言葉でこの会議を締めくくりたいと思います。
知財法研究の第一人者で、ユーザー側からの信頼も厚い人格者の中山先生が詫びて閉会するという、傍聴していたこちらが申し訳ない気持ちになる場面だった。ただその一方で、私は、中山先生が「責任」を感じる必要はないだろうとも感じていた。私的録音録画補償金をめぐる議論というのは、権利者とメーカーとの思想の対立が大元にあり、その間をとりもつ人はいつもハズレくじを引かされる運命にあるからだ。
今ある補償金制度が1993年に開始するまでの議論の経緯をみても、そうしたハズレの連続だったことがわかる。家庭内でユーザーが録音・録画することの「補償」を権利者(音楽の著作者・レコード会社・放送局・実演家など)が求め、当時の著作権審議会に「第5小委員会」が設置されたのが1977年のことだ。その「第5小委員会」で話がまとまらず、審議会の外に設けられた「著作権問題に関する懇談会」でも結論が出ず、また著作権審議会(第10小委員会)に議論が戻された。ハズレ、ハズレ、またハズレの連続である。最終的に補償金制度を作ることでまとまった第10小委員会ですら、1987年8月の第1回から1991年12月の報告書完成まで4年以上かかっている。
なぜそうした議論の空転ばかりが続くのかを考えると、無理もない事情もあったりする。補償金の問題とは結局、金を払いたくないメーカーと、金を貰いたい権利者との攻防なのだ。ひとことで言えば、ユーザーの録音・録画行為をダシにして権利者がメーカーから“著作権料”を取ろうという話である(その“著作権料”を実質的に負担するのがユーザーだというのが何ともタチが悪い)。
そうしたわけでメーカーと権利者との間で見解が交わらないことは判りきっていた私的録音録画小委員会だったが、実は、議論の中で一瞬だけ共通見解が見出せそうな場面はあった。ユーザーが私的録音・録画する場面を具体的に想像しようという話になった時だ。
たとえば、ユーザーが自身で買ったCDからiPodなどへコピーする場合、補償が不要そうだというのは権利者側も認めざるを得なかった。また、他人が買ったものを借りてきてコピーすることについては、補償不要とまでユーザー側もメーカー側も強弁できなかった。インターネットで配信されているものについては、同小委員会で議論が始まる以前から補償金は「二重取り」に当たるのではないかと指摘されてきたとおり、iPodやPCへのユーザーのコピー行為を前提にして価格を決めているのだろうということになった。
これら3つを素直に拾い上げて補償金制度に組み込めば議論がスムーズにまとまりそうなものだが、事務局として小委員会の議事を仕切っていた文化庁はそうしなかった。その後、いわゆる文化庁案ということで、事務局が次のようなまとめを試みた(以下の文章自体は私自身が要約したものである)。
1.20xx年、私的録音・録画を著作権法30条から外し、補償金を廃止する
2.「権利者の要請による」DRMがコンテンツすべてに
かけられているのが廃止の条件
3.仮にDRMフリーのものがあっても、
それは「権利者の要請」によるものとみなせる
4.当面、音楽CDと無料デジタル放送があるので補償金を残す
5.iPodやHDDレコーダー・ブルーレイディスクは補償金対象に追加指定する
6.適法に配信されたものは著作権法30条から外す
(契約で複製が許諾されている)
※ 違法複製されたり違法配信されたものからの録音・録画は30条から外す
(これは事務局案とは別に実施される予定らしい)
これらひとまとめで「文化庁案」である。パッと見ただけでも、補償金を廃止するのか拡大するのか何が何やらといった具合だ。文化庁案の詳細は、既に公表されている小委員会議事録の中で参照できる(加えて、小委員会の報告書にも丸ごと転載される予定)が、それに目を通しても目眩がひどくなるだけである。論理が一貫していない。
結果、メーカー側が「補償金廃止への道筋が見えない」として受け入れを拒否し、文化庁案は小委員会もろとも吹き飛んだ。30条をいじくりまわし、今ある補償金制度へ多少手を加えるだけで済まそうという文化庁の姿勢がこの結果を生んだのだ。例の案にしても、“将来的な廃止”はちらつかせただけで実現不可能、実際の補償金制度は課金対象を拡大するという二枚舌だったのだから、メーカーが拒否するのは当然だろう。
「著作権法がデジタルにどう対応していくか」という大きな課題を意識していた中山先生の思いと裏腹に、小委員会での議論は窮屈なものに押し込まれていった感がある。あくまでも今ある補償金制度を前提として、30条のもとでの私的録音・録画を権利者の「不利益」と考え続けた。しかしユーザー側から疑義が突きつけられていたのはそうした前提自体だったわけで、小委員会がメーカー・権利者・ユーザーという三者の合意を目指していたのなら、もっと根本のところに戻っての説得は必須だったと私は思う。
職業クリエイターが著作物を作って売り、新しい作品を求めるユーザーがなにがしかの対価を払って鑑賞する。クリエイターが食べていくためこの対価の流れを維持する必要があること自体は、誰もが理解するところではなかったか。その著作物を売る相手が「複製機器を所有するユーザー」なのだと織り込む必要があることも同様だ。
そうしたときに、著作権法で保障されるべきクリエイターの「利益」の範囲はどれほどのものなのか。たとえば一人のユーザーから、同じ著作物で何度も対価を取ることまで保障されなければならないのか。ユーザーが家庭内でするコピーの中で、権利者に対価を払うべき範囲がどれくらいのものなのか。——そうした論点について、議論に参加していた者たちが自身の主張をあらいざらい出した上で、共通項を積み上げていく努力が必要だったのだ。
観念的な議論でウロウロせずに、そこまでシンプルな話に戻れば、少なくとも権利者側とユーザー側とで納得できる落としどころが見えてきたのではないだろうか。議事録の中で、ユーザー側委員が発言したことを読み返してほしい。彼らは金を払うのがイヤだと言っていたわけではない、何故それを払うのかという点にこだわっていたのだ。
最後に、底意地の悪いことを書いておこう。
私があの小委員会で本当に見たかったのは、権利者とユーザーとでは納得できる落としどころがまとまり、メーカーが対応に苦慮する姿だった。ユーザーの代弁者然として「iPod課金」反対を言い続けてきたメーカーが、当のユーザーが補償金支払いを認めた時に何と言うか楽しみにしていたのだ。その落としどころに素直に乗ってきていたのかどうか。
残念ながらそれは、メーカーがまとめ案を拒否する根拠を与え続けてきた文化庁の仕切によって実現はしなかったのだけれども。
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2008年12月17日 (水)
積み上がったものって何かあったんだろうか? 今後の議論で使えるものって何かあったんだろうか?
12月16日、私的録音録画小委員会の第5回会合が開かれた。今回了承された報告書にも書かれていたのだが、「今期で終了」する同小委員会の最終回ということになる。権利者・メーカー・ユーザーの立場から委員が意見をまくしたてていた、小委員会のこれまでの様子とは対照的に、静かに淡々と終わった。わずか30分の会合だった。
私的録音録画補償金の「根本見直し」をするのが目的だった筈が、結局その制度には手をつけられないまま幕を閉じる。また、注目されていた「iPod課金」の行方についても結論が出なかった。事務局は論点整理ができたと強調していたが、今後の議論でそれが役立つかは、今回現に失敗しただけに疑わしい(個人的には、そのまま議論を続けたら話がこじれるだけだと思う)。2006年以降、この小委員会で議論されて生み出されたものと言えば、例外・例外で虫食いだらけになった著作権法30条だけになりそうだ。
私的録音録画小委員会がスタートした直接のきっかけは、iPodなどの新しいデジタル機器に「補償金」をかけるべきかという議論が、2005年の文化庁で起こったことだ。文化庁がiPodへの課金を文化審議会著作権分科会(法制問題小委員会)に諮問したところ、社会的な注目をあつめ、インターネットを中心に反対運動まで起こってしまった。文化庁としてはすぐにお墨付きをもらって課金しようと考えていたようだが、意外なことに法制問題小委員会でも賛否がまっぷたつに割れてしまい、結論が出せなかった。
その上、補償金制度の「根本見直し」もすべきだという意見も出て、その方向で報告書もまとめられた(著作権分科会報告書PDF)。これを受けて設置されたのが私的録音録画小委員会だ。
私的録音録画小委員会では2006年から議論が始められた。
ユーザーがデジタル機器で録音・録画すると、それが家庭内であっても権利者の「経済的不利益」を発生する。だからその不利益の金銭的補償として機器や記録メディアに「補償金」を課金して権利者に還元する——というのが補償金制度の概要だが、この「根本見直し」を目的として設置された割には、こうした制度創設時の前提を踏襲して議論が進められた。実は、ユーザーの間にはこの前提そのものに疑義を持つ人が多いにもかかわらずだ(私もそうした一人である)。
制度の「根本見直し」というよりは、むしろ権利者・メーカー・ユーザーといった関係者が一同に介することで、再度コンセンサスを構築していくことの方が重視されていたようではある。ただ、それにしても議論の前提の設定が性急に行なわれ、その後の議論のきしみを生んでいたように思えてならない。端的に言えば、メーカーやユーザー側の委員から示されていた疑問は置いてけぼりにされた。
小委員会での議題を大きく分けると、「そもそも私的複製の範囲はどうあるべきか」「補償金制度を今後どうすべきか」「新しい機器への課金をどう考えるか」という内容だった。文化庁としては一定の方向でまとめようと、早い段階から議論を仕切っていた。これが先のメーカー・ユーザーの置いてけぼりに繋がってもいたわけだが、2007年10月12日付で出された「中間整理」(PDF)までは、文化庁の提示したまとめへの賛否両論を書き込むことでなんとか漕ぎ着けた。
さて、今回了承された報告書を見ていく。この報告書の内容は、「中間整理」以後の小委員会の展開をまとめたものに過ぎない。しかし報告書を形にするのに苦労する事務局のさまを象徴しているようにも見えるし、文化庁案の提示の仕方や内容を丹念に負っていくと、それが受け入れられなかった理由も透けて見える気がする。興味深い中身ではある。
下に目次を抜き出してみた。
はじめに
第1章 私的録音録画補償金制度の見直し
第1節 私的録音録画補償金制度の見直しに関する事務局提案
第2節 私的録音録画補償金制度の見直しに関する事務局提案に対する意見
第2章 著作権法第30条の範囲の見直し
第1節 違法録音録画物、違法配信からの私的録音録画
第2節 適法配信事業者から入手した著作物等の録音録画物からの私的録音録画
第3章 今後の進め方
冒頭の「はじめに」から、私的録音録画小委員会での議論が総括されている。「著作権保護技術と補償の必要性の関係を巡る議論を中心に、関係者間の意見の隔たりが依然として大きいことが明らかとなり、これまでの議論においては補償金制度の見直しについて一定の方向性を得ることはできなかった」という。単に議論が進まなかったことを確認するだけなら、最初の数ページだけを読んだだけで用事が済むだろう。
総括にあるような「関係者間の意見の隔たり」が大きいのは、議論する前から判りきっていたことだ。補償金を増額したい権利者と、補償金を払いたくないメーカーと、そして補償金の存在を知らないか、知っていても納得できる根拠が示されていないと考えるユーザーが「関係者」である。それらの意見の隔たりをどう埋めるのかが議事進行の見せどころだった筈。そしてその結果は‥‥。
第1章の「私的録音録画補償金制度の見直し」こそが、本当は報告書のメインに据えられなければならない項目だった。しかしこの報告書ではそうならなかった。話の順番からすれば、第2章の「著作権法第30条の範囲の見直し」で前提を示して、その後で補償金の検討という流れの方が自然な筈だ。“成果”の演出とは言っても、第1章と第2章とを倒置させたのは苦しい。
■第1章第1節
第1章をもう少し細かく見てみよう。第1章第1節は、ここをまるまんま使い、事務局がまとめようとしていた方向性(いわゆる文化庁案)が掲載されている。これまでの小委員会で小出しにされてきたものを一気に転載した形だ。報告書自体が公表されるのはまだ先になりそうなので、リンクを示しつつ文化庁案の流れを以下で紹介したい。
ただし文化庁案を読む際に注意したいのは、この案では小委員会がまとまらなかったという事実と、事務局がこの方向でまとめようと議事を進めていた際に委員から出された指摘が、文化庁案からも報告書からもかなり抜け落ちていることだ。
文化庁は、中間整理・パブリックコメント募集をへた前期第15回会合(2007年12月18日)に、「私的録音録画と補償の必要性に関する考え方の変遷」という資料を作成した(PDF。本報告書では第1章第1節2に転載)。「20xx年」の補償金廃止を謳ったものとして当時も話題になったが、これはあくまでも「著作権保護技術の発達・普及を前提に、私的録音に関しては、30条の適用除外とする」上でのものだ。
この文化庁のまとめに対し、著作権保護技術(なおこれは著作権法の「技術的保護手段」よりも広い概念で、いわゆるDRMをイメージしてもらえると良い)の発達・普及を前提にすることに妥当性があるのかという委員の疑義が出されている。また「娯楽目的」という、鑑賞を目的とした私的録音・録画を30条から除外すること自体にも問題がある。ユーザーの批判をかわすためか、資料の中で「購入したパッケージのプレイスシフトについて権利制限(無許諾・無償)を認めることは要検討」との文言も入っているが、こちらは全くの空手形に終わっている。
次に事務局が提示したのは前期第16回(2008年1月17日)会合での資料「著作権保護技術と補償金制度について」だ(本報告書では第1章第1節3に転載)。著作権保護技術が「著作権者の要請」によって施された場合には、そこからコピーしても補償金は必要ないだろうという前提を出した。その一方で、当面補償金で対応する必要のある分野として音楽CDと無料デジタル放送を指定してもいる。
この文化庁案では、そもそも権利者がコピーフリーを選択した場合はどう解釈されるかという問題がある。事務局は「権利者の要請」である場合と、「権利者の要請」とみなせる場合などを(この回以降)たびたび解説するようになる。他にDRMのかかった媒体があるにもかかわらずCDをレコード会社が選択していること、デジタル放送のDRM(ダビング10)の策定の際にも権利者が関わっていることなどを考えると、音楽CDと無料デジタル放送だけ補償金を残す必要があるとの結論にも疑問のあるところだ(事務局が説明していたところの「権利者の要請」とみなす場面との違いを説明しきれていない)。
補償金を廃止するとの方向性と、残すとの例外の作り方にすでに齟齬をきたしていて、メーカーが反対する火種はすでにこの時点から存在していたと考えられる。
前期の審議経過報告をまとめた第17回(1月23日)、「エルマーク」の報告と海外での補償金制度の調査報告があった今期第1回(4月3日)を経て、今期第2回(5月8日)に文化庁がいよいよ制度設計案を出してきた(本報告書では第1章第1節4)。この日には、これまでの文化庁案に解説を加えた資料も合わせて用意されている(こちらは本報告書に掲載されていない)。
制度案を要約すると、先の会合で「補償金で対応する必要性がある」とした音楽CDと無料デジタル放送の存在を根拠とし、当面補償金を現状維持する。PCなどの汎用機などへ課金しないのはそのまま、支払い義務者もそのまま。ただし唯一、iPodなどのハードディスク内蔵型(フラッシュメモリ内蔵型も含む)機器とブルーレイには補償金をかけることにするという方向だった。
ここまでの文化庁案は“将来的な補償金廃止”をちらつかせて話をまとめようとしてきたため、この回でようやくメーカーが文化庁案に疑問を示すこととなった。メーカーの疑問への文化庁の対応は次回に持ち越され、以後の混乱へと続いていく。ともあれ報告書の中での、文化庁案の内容紹介はここまでだ。
■第1章第2節
第1章第2節では、第1節で転載された文化庁案に対する委員の意見がまとめられている。といっても小委員会全体としてのまとめではなく、「権利者」「メーカー」「消費者」「学識経験者」それぞれの立場ごとにまとめたものだ。こうした書き方をせざるを得ないほど、7月30日の今期第3回会合では委員の間に亀裂が走った。
それまでに出されていた文化庁案に対し「補償金廃止への道筋が見えない」としてメーカーが疑問をぶつけ(これは前の回)、事務局が文書で説明するとしたのがこの日の配付資料「回答」だ。ところがその内容は、これまでの事務局案に書かれていたものを繰り返していたにすぎなかった。
それを受けてメーカーはついに文化庁案の拒否をはっきりと宣言した。それまでダビング10をめぐって総務省の審議会でも確執のあった権利者側も反発し、中山主査いわく「パンドラの箱を開けたよう」な事態へと陥った。つまり小委員会自体が回らなくなってしまった。結果、第1章で報告されるべき検討結果も出ずに小委員会の最終回を迎えてしまったのだ。
■第2章第1節
ここまでの第1章の議論の前提として本来は扱われる筈だったのが第2章だ。著作権法第30条のいわゆる「私的複製」の範囲を明らかにする目的で、ここから「除外すべき」とする内容を小委員会では検討してきた。そして、中間整理の時点ですでに「第30条の適用を除外することが適当であるとする意見が大勢であった」とまとめられてしまった「ダウンロード違法化」問題というのがこれだ。
第2章第1節では「違法録音録画物、違法配信からの私的録音録画」について書かれている。しかし内容は中間整理とほぼ同じもので、「違法録音録画物、違法配信からの私的録音録画については、その実態から通常の流通を妨げているものと考えられ、ベルヌ条約等のスリーステップテストの趣旨、先進諸国の法改正や判例の動向等を勘案すれば、中間整理で示された条件を前提として、第30条の適用を除外する方向で対応することが必要であるとの意見が大勢であった」としている。この第30条からの除外をするにあたっては、「利用者保護」をするとのことだったが、その内容についても中間整理から進展は無い。
ア 政府、権利者による法改正内容等の周知徹底
イ 権利者による、許諾された正規コンテンツを扱うサイト等に関する情報の提供、警告・執行方法の手順に関する周知、相談窓口の設置など
ウ 権利者による「識別マーク」の推進
なお、イの措置に関連して、意見募集では利用者が法的に不安定な立場におかれるのではないかとの疑念が多く寄せられたが、仮に現実に民事訴訟を提起する場合においても、利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられるため、利用者が著しく不安定な立場に置かれて保護に欠けることになることはないと考えられる。
この点については、立法化の検討時にはよく留意して消費者保護を図るべきとの意見があった。
これまでの私的録音録画補償金に関するユーザーの認知度を考えると、アやイにどれだけの期待が持てるだろうか。むしろ“違法着うた”に対するコンテンツホルダー側の行動や、「Culture First」のような補償金要求運動の方が広告効果が高かったように思うが、それはとどのつまりダウンロードユーザーを権利者側が訴えるところまで行かないと無意味ということでもある。
ウなどは、国内のレコード会社が国内の音楽配信事業者に音源を提供した時にのみ表示されるもので、それ以外の適法配信には表示が期待できない。これが「ダウンロード違法化」の「利用者保護」に数えられてしまうところに、この法改定(現時点では予定)のおかしさがある。議論の中で、海外の配信についてはとうとうノータッチのまま議論が終了してしまった。
「利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられる」との説明も何の慰めにもならない。このハードルで権利者が提訴できないとすれば法改定は無意味であるし、逆に訴訟の乱発や証拠保全命令などが組み合わされればユーザーにとって脅威となる(ユーザーが適法性を証明できないコピーなどいくらでもある)。私は社会状況としてどちらにも行き得ると考えるし、どちらに行っても適正な状態ではないと考えている。誰も得をしない。
このいわゆる「ダウンロード違法化」の問題については、ダウンロードがダメでストリーミングはOK、という奇妙な論点も存在していた。キャッシュが複製と判断されかねないのではとの指摘もあった。しかしこれに対して報告書は、「平成18年1月の著作権分科会報告書においても対処の方向性が記されており、今期の文化審議会著作権分科会においても、改めてその方向性に沿う制度的対応について検討されているところである」としている。この「制度的対応」がいつになるのかまだ判らないではあるが‥‥。
また、私的録音録画小委員会がこうも安易に30条縮小を決めたことで心配されるのが、録音(音楽)録画(映像)分野以外の私的複製でも同様の法改定が行なわれ得ることだ。しかし、これについて報告書では、法制問題小委員会での議論に委ねる旨の書かれ方をしている。現段階での法制問題小委員会でも、録音・録画以外の分野での30条縮小には慎重ではある。
■第2章第2節
第2章第1節が「違法」なものからのコピーについての検討だった。次の第2節では、「適法」なものからのコピーの話になる。「適法配信事業者から入手した著作物等の録音録画物からの私的録音録画」というタイトルだ。
ここでは「第30条の適用を除外するとする中間整理の考え方を否定する意見はなかった」としながら、「補償金制度のあり方に関わる関係者の合意を前提に、補償金制度の縮小と他の方法による解決への移行、すなわち契約モデルへの移行という流れの中で捉えられるべきものであり、私的録音録画の将来像や補償金制度の見直しに関する合意がないまま本件のみを先行するのは問題があるとの意見があった」とまとめている。
違法ソースからのコピーの話とは対象的に、こちらは慎重な書きぶりになっている。「適法配信」の方はしばらく法改定されることはないと見てよさそうだ。逆に言えば、補償金の課金対象にiPodやPCなどが視野に入ってくる時に、「二重課金」の火種が再び‥‥ということになるわけだが。
■第3章
ここまで見てきた報告書の第1章・第2章は、その内容となる基礎がこれまで既に公表されてきたものにあった。事務局が作成してきた資料や、中間整理や、委員の発言(過去の会合の議事録も公開されている)の引き写しだ。それを受けて、初めてオリジナルの中身で書かれるのが第3章の「今後の進め方」だということになる。しかし第3章は1ページしか無い。もはや私的録音録画小委員会には「今後」が無いということを分かりやすすぎるくらいに示している格好だ。
事務局提案に関しては、「事務局が関係者の互譲の精神を尊重しつつ提案したものであり、検討の過程で事務局提案に賛成する意見があったとしても、それは最終的に関係者が合意するということを前提とした意見であると考えられるので、関係者の合意が得られなかった以上、今後の議論については、中間整理の段階に戻って進めざるを得ないと考える」とまとめた。ただし議論の成果として「新たな解決策を模索するための論点がある程度整理された」という書き方もしている。私的録音録画補償金の議論を追い続けてきた私としては、どうも疑問に感じるところばかりではあるが。
私的録音録画小委員会そのものについては、「小委員会としての議論は今期で終了することが適当であると考える」としている。文化審議会著作権分科会の中での検討課題から私的録音録画補償金が外れることは無いだろうし、(どの小委員会が受け持つのかは別として)今後も著作権分科会としての議論は続けられるようである。それとは並行する形で、「同分科会の枠組みを離れて、例えば権利者、メーカー、消費者などの関係者が忌憚のない意見交換ができる場を文化庁が設けるなど、関係者の合意形成を目指すことも必要と考える」との構想が報告書にある。オープンなものになるのか、非公開になるのかも含めて、事務局の説明によれば「未定」とのこと。
以上が、最後の私的録音録画小委員会で了承された報告書だ。この報告書を小委員会にかけるにあたり、事務局は前もって各委員と文言の調整を済ませていたという(これが審議会の普通の進行なのだろうけれど)。そのためか委員からの発言はほとんどなく会合が終了した。
ただひとり、発言を求めたのがJEITAの長谷川委員だった。その内容は、今後の議論についてだ。「新しい議論の場を設けるということだが、消費者全体にかかわりのある問題でもあるし、オープンな場で議論したいと思っているのでよろしくお願いしたい。契約と技術の組み合わせでできるのではないかという論点を含めて議論できればと思う」。
その「新しい議論の場」が、ユーザーの目や手が届く場所に作られるのかはまだ明らかにされていない。かつて文化庁案に「権利者、製造業者、消費者、学識経験者等で構成され、文化庁の要請に基づき、透明性及び迅速性が確保された決定プロセスにより検討を行う」評価機関とやらが盛り込まれていたことを思うと、皮肉ものだとつくづく思う。今の文化庁に、その評価機関並みの「透明性」を確保した「新しい議論の場」を作るつもりがあるのかどうか‥‥。
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2008年12月14日 (日)
1本の映画の修復のために、大多数の著作権切れ映画をあきらめろと?
黒澤明監督が1998年に亡くなって10年になる。黒澤作品で有名なのは『七人の侍』『用心棒』『影武者』など東宝で製作されたものが多いが、大映で1950年に製作された『羅生門』も、公開翌年のベネチア映画祭でグランプリ(金獅子賞)を獲得し国際的評価を得るきっかけとなった作品として代表作に数えられている。
その『羅生門』が、角川文化振興財団と米・映画芸術アカデミーとの大プロジェクトのすえ、「デジタル復元」を施されたという。『羅生門』のオリジナルのネガは可燃性フィルムだったため破棄されたとのことで、現存していない。そこで残された映写用ポジフィルムをもとに、長い年月のため付いてしまった傷やゴミの除去から、ポジフィルムに歪んで定着した像の修正まで、オリジナルのネガをイメージして復元する作業が行なわれた。
こうした作業は、文化遺産を後世へ伝えるという点では意義深いものだ。映画フィルムは年月を経ることで劣化し、写っている像が薄くなったりフィルムそのものが収縮・変質したりする。そうなる前にデジタル化などの保存措置をとらないと、フィルムの劣化と一緒にそこに記録された映画そのものも失われてしまうことになる。しかしその一方で、映画というのは観客に見せて興行的収入を得る側面もある。それを見込んで投資されるものだ。今回の『羅生門』の「デジタル修復」も、すでに劇場にかけられたりブルーレイディスクでの発売が決定していたりする。
『羅生門』の「デジタル復元」にまつわる報道は以前からあったようだが、復元の完了を伝える最近の報道で気になるものがあったので、ここで取り上げてみることにした。というのも、著作権との絡みが示唆されていたからだ。
毎日新聞の記事(2008年12月13日付・夕刊)によれば、この復元プロジェクトの旗振り役は角川グループの角川歴彦会長だという。このこと自体は、プロジェクトに「角川文化振興財団」が関わっていること、大映映画の著作権は現在角川映画が所有していることから、意外な話でもない。この記事で目を引いたのは、米国での上映会を訪れた角川氏が発言したという内容の方だ。
いわく、「3次利用のネットで、海賊版をなくし、わずかなお金でも回収する仕組みを作りたい。国のサポートや著作権延長などの例外的な措置も必要だ」。同記事によれば、復元には約6000万円の費用がかかっているという。確かにそれを回収する仕組は必要だろうし、いくら劇場上映やブルーレイ発売といっても、回収は簡単でないだろう。角川氏がかつてから必要性を説いてきたような、ネットでの「3次利用」に望みを託すのもわかる。しかし、そのサポートで求めるのが「著作権延長」なのか?
この文脈で「著作権延長」を求めることの妥当性を考える前に、まずは映画をめぐる「著作権」ありようを振り返ろう。これが少々ややこしいのだ。
著作権法での基本的な設定では、著作物を作ったときに著作権を得るのは制作した本人(著作者)だ。制作のための資金を出した者が著作権を得られる仕組みではない(ただし契約で、資金を出した者へ著作権を譲渡することはできる)。しかし映画の場合は、制作した者ではなく、資金を出した映画製作者へいきなり権利が発生することになっている。この特例のような仕組みは、映画製作者が「自らの発意と責任において」映画の製作を行なっており、巨額の投資を著作権収入によって回収する必要があるからという趣旨で説明されることが多い。
また、その著作権の保護期間についても、一般には著作者の「死後50年」までとされているところを、映画の場合は「公開後70年」と定められている。映画製作者の多くは企業で、「死後」の計算ができないからだ。ちなみに、映画製作者に著作権が発生するとした現行の著作権法が作られた(1970年)直後は「公開後50年」とされていた。そうだったのが2004年に、映画業界の強い要望を受けて20年延長された。
『羅生門』は1950年の製作ということで、この延長の対象とは考えられていなかった。著作権が延長されたのは1954年以降の製作映画だった。ここだけで考えられれば、『羅生門」は公開後50年を経過した2001年には著作権が切れてしまっているかに思われる。しかし、著作権法には他の規定があって、『羅生門』の著作権が切れていないということになってしまったのだ。
『羅生門』の著作権が切れたのか切れていないのか。そこを直接争った裁判がある。黒澤監督の安価なDVDをめぐっての裁判(この裁判のことをまとめた、信頼するブログにリンクしておく)がそれだ。報道で見て覚えていらっしゃる方も多いのではないだろうか。著作権切れした映画を収録した廉価DVDが書店やスーパーなどで売られるようになってかなり経つが、その中に黒澤作品(ただし1953年以前のもの)もいくつか含まれており、その黒澤作品を売った業者を相手取って東宝・松竹・角川映画がそれぞれ訴えたものだ。
この裁判で注目されたのが、旧著作権法の規定では、映画の著作者の死後38年まで著作権が存続するという点だった。加えて、現行法にも、旧法の規定どおりに保護期間を計算した方が長い場合には、その旧法の計算に従うよう書かれている。問題になった黒澤映画は旧著作権法のもとで作られたから、1998年に亡くなった黒澤監督が「著作者」なら、「公開50年後」よりも後の2036年(死後38年)まで著作権が存続するということになるのだ。
このように、裁判で黒澤映画の“延命”が確定してしまい、我々ユーザーにとっては安価に黒澤作品を楽しむ機会が奪われた格好になってしまった。『羅生門』を例に価格を考えると、デジタル復元される前のDVDは3990円で販売されていた。いわゆる廉価DVDは1000円程度だ。収録された映像の質に違いがあるとは言え、約60年も前の映画に今の人が払うべき対価がいくらか考えたときに、ユーザーが選択する幅をこうして失ったことは大きいように思う。ちなみに復元版はブルーレイディスクで鑑賞できるようになるが、実際の販売店でそこから値引きされるとしても、4935円というのは1本の映画としては結構な値段だ。
もっとも『羅生門』については、高い高いとは必ずしも言えない特殊な場面もあり、『KADOKAWA 世界名作シネマ全集』という映画DVD付きの書籍シリーズが発売されていて、そのうちの1冊で当の『羅生門』(もちろん復元前の映像だが)と東宝の『生きる』をセットにした、黒澤作品特集の号があった。それぞれのDVDを購入するよりもかなり安価で黒澤作品が入手できるという、評価できる企画ではあった。
とは言え、そうした角川グループの努力を評価した上でも、著作権の保護期間延長の要望を妥当と考えることはできない。『羅生門』のようなわずかな作品の修復や販売のために、他の作品をも巻き込んで保護期間を延長することが、ユーザーの利便を失うこととのバランスが取れたものとは考えられないからだ。
そもそもの話、『羅生門』の修復は、著作権が存続していなければ施されなかったのだろうか。もしそうだったとしたら、そうした修復を今後も他の作品に施すために、それらの著作権も延長していくべきなのか。
シンプルに考えたい。過去の作品に付加価値を付けるため、少なくない投資をしてリマスターや修復を施す。その結果、多少は高い商品として市場に再投入される。そこまではまだ理解できるのだ。その結果に価値をユーザーがいれば買うだろうし、価値を感じなければ買わないだろう。
しかし問題は、そうしたリマスターや修復というのは強要されなければならないものか、だ。リマスターや修復は、単なる保存とは違う位置づけで考えられている。だからリマスター・修復を口実にして保護期間の延長が求められたりするわけだ。それらが引き替えにされてしまうことで、廉価でその作品が提供される機会を失ってしまったり、著作権切れすることで多く生まれるだろう次なる作品への利用を奪うことをどう考えるべきか。『羅生門』だったり、『ローマの休日』『東京物語』『二十四の瞳』といった修復を受けられた超有名作ならばまだしも、他の大多数の作品は映画会社の倉庫に眠り続けている。DVD化されていなかったり、もう廃盤になってしまっているものだってある。
個人的には、『羅生門』の修復は歓迎するし、それなりの対価も払いたいとは思う。しかし、こうした試みのために私自身が必要以上の負担を強いられるのはどうかと思うし、まして著作権制度のように社会全体を巻き込んで負担を強いるのは如何かと思う。『羅生門』だって、残念ながらこの社会の全員が修復に意義を見出せるものとは言えないだろうし‥‥。
短い新聞記事の僅かな記述に私が食いついただけだから、実際の角川氏の発言が違うものだったらそれに超したことはないのだが‥‥。ともあれ、この種の修復作業というのは、ビジネスで採算が取れる範囲内か、あるいは文化事業と割り切ってやってもらいたいと切に願う。
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2008年12月10日 (水)
“お馴染み”JASRACのシンポ、話題は「ネット法」と「日本版フェアユース」
12月9日、JASRAC(日本音楽著作権協会)がシンポジウム『コンテンツの流通促進に本当に必要なものは何か』を開催した。このタイトルは、前のシンポジウム(3月25日)でのパネルディスカッションで動画共有サイトを取り上げた際に、放送番組がネット配信されない現状を制度で変えようという、いわゆる「デジタルコンテンツの流通促進」の議論に話が及んだことを受けたものだ。
シンポジウムは二部構成になっていた。第1部は、12月1日からスタートした番組ネット配信サービス『NHKオンデマンド』について、日本放送協会 放送総局特別主幹の関本好則氏の講演があった。NHKオンデマンドでは、番組の放送直後に期間限定で配信し、放送時に「見逃し」た人のニーズに応える「見逃し番組サービス」と、過去のNHK番組をユーザーの好きな時間に視聴できる「特選ライブラリーサービス」が用意されている。これまでの日本の放送局では珍しい、大がかりなネット配信サービスとして、ビジネスモデルがどう確立されるか注目されているところだ。ここでの結果が、今後の「流通促進」の議論の行方を左右するかもしれない。
第2部は中央大学法科大学院教授・弁護士の安念潤司氏がコーディネーターをつとめ、株式会社ドワンゴ 代表取締役会長の川上量生氏、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の岸博幸氏、株式会社ホリプロ 代表取締役兼社長 CEOの堀義貴氏、立教大学社会学部 メディア社会学科准教授の砂川浩慶氏、日本音楽著作権協会常務理事の菅原瑞夫氏らがパネリストとして登壇した。実は、パネリストの顔ぶれは前回と同じだ。
このシンポジウムは、ニコニコ動画でも配信された。パネルディスカッションでの話では堀氏がニコニコ動画での配信を提案したという。パネルディスカッションの最初の自己紹介の際、川上氏が話している時だけ背景にニコニコ生放送のコメントが映写された。「はやく本題に入れ」「あのー」などとツッコミが入る光景が繰り広げられた。シンポジウムの雰囲気とは馴染まないという判断か、ほんの僅かな間だけの映写だったが。
スタートから1週間ちょっとしか経っていないNHKオンデマンドの報告がされた第1部は非常に興味深い内容だった。関本氏は7日までの速報値として、会員登録8,000人、番組の単品購入が72,000回、PCからのアクセスだけなら20万人にのぼったとの数字を挙げた。NHKはオンデマンドサービスを有料で提供し、そこから運営費・職員の給料まですべてまかなわないとならないという。現在、用意されている過去の番組が1,266本。これを毎月200本ずつ増やしていき、常時3,000本を見られるように権利処理を進める。
ネットで配信するためには出演者や使用楽曲の権利者などに許諾を得なければならないわけで、この権利処理をどう進められてきたのか気になるところだ。しかし関本氏は、NHKオンデマンドではプロの出演者らは「団体交渉でほぼ合意できた」と述べた。団体に入っていない人とは個別に交渉しなければならないが、最近では新たに番組を作る時に「見逃し視聴」の分も込みで交渉するため、プロ相手の場合にはさほど障害になっていないようだ。ただし、映画会社や新聞社・雑誌社などが提供してくれた「調達映像」については一部交渉が難航しているという。自社で配信をするつもりの会社が増えているので、競合を避けて断るところがあるそうだ。ニュース映像ならばその部分だけ画像を外すなどすることができるが、ドラマなどの番組ではそういうわけもいかず、交渉し続けるか諦めるかするしかないという。
むしろ苦労するのは、アマチュア一般の出演者だとのことだ。たとえばドキュメンタリー制作で微妙な内容を扱った場合に、「番組を見てから(配信の許諾について)返事する」と言われる場合があるという。一般の人は交渉の窓口になるような団体が無いから、すべて個々人を相手にして交渉しなければならない。過去の番組については特に、年間に日本で300万人が移動する中で、出演者を捜し出し交渉する。交渉しても、昔のことが掘り返されることを嫌がる人もいるという。
関本氏の話で興味深かったのは、海外ではBBCの立場が強く、ネットの配信について権利処理していない映像素材は、BBCが国際交流も国際共同制作もしたがらない状況にあるという話だ。2006年にBBCとNHKが『プラネットアース』を制作した際、BBCから、ネット配信の許諾を処理していないためにNHKの素材を使うわけにいかないと言われたという。関本氏は、ネット配信に関する権利もつけておかないと「世界で売れない」と述べた。
第2部のパネルディスカッションは、前回のシンポジウムでの「共通了解」をコーディネーター・安念氏がおさらいするところから始まった。「死蔵されているテレビ番組がネットで流せるようになればコンテンツ業界はバラ色というのは幻想である」「ユーザーが求めているのは、ネット環境に適した新たなコンテンツである(既存コンテンツを流しただけでは喜んでもらえない)」「ネットでコンテンツが流れないのをテレビ局や著作権制度のせいにするとか、悪者探しをしても全く生産的ではない」「最大の問題はビジネスモデルがまだ確立されていないことにある」。
そこでビジネスモデルの話をしたい、という仕切でディスカッションが始まった。川上氏は、コンテンツが物に載せられて売られていたパッケージコンテンツが限界に来ていることを指摘した。コンテンツがデータとして売り買いされるようになった以上、違法に入手されたものも適法に入手されたものも変わらなくなっており、むしろDRMがかけられた分、適法に入手したユーザーがバカを見るようになってしまっている。しかしコンテンツを、サーバーでの使用権を売る形にすることで、今後のコンテンツビジネスが見えると持論を展開した。「パッケージが売れないゲームで、唯一ユーザーが払ってるのはMMORPGのようなサーバー型コンテンツだ」という。
ただ、この「サーバー型コンテンツ」構想についてはあまり議論が深められず、パネルディスカッションの流れは「ネット法」と「日本版フェアユース」に向いてしまった。「コンテンツの流通促進というのが民間の一部や政府機関まで騒いでしまっている。冷静に考えると、流通の促進が本当に国益なのか」と岸氏が疑問を呈した。「金融危機の中で、英米はITなどで成長産業を作ろうと、経済をどう変えるか動き出している。日本はどこを伸ばそうとしているのかが判らない」(岸氏)。
砂川氏も、「流通促進」という言葉の違和感を述べた。「本来は制作促進を言うべきではないか。制作がなければ流通もない」(砂川氏)。コーディネーターの安念氏も、この砂川氏の発言に前後して、「なぜコンテンツだけ流通促進と言われなければならないのか。流通促進を言われる産業というのはあまりないし、権利処理が大変なのは他でも同じだ。所有権や賃借権の制度が悪いという人はいない」と発言した。
「日本版フェアユース」についても、菅原氏が「フェアユースは不明瞭。最終的にはとことん訴訟にまで、と考えているのだろうか。社会的な混乱を招くのでは」と指摘。堀氏も「日本版というのがミソ。もとは検索エンジンのサムネールから始まったと思うが、いつのまにかコンテンツでやろうという話になっている」との認識を述べた。
岸氏も「日本版フェアユース」を「最低最悪」と切って捨てた。しかしその一方で、「一般規定は必要かもしれない」と前置きしてもいた。砂川氏も「目的別のフェアユースをお願いしたい。新聞の縮刷の放送版ができないか。番組ごとのアーカイブではなく、コマーシャルも含めて録画する」と発言した。現行法では、個人としてアーカイブするのは適法だが、大学としてアーカイブすれば違法になってしまう。もしこのアーカイブが可能なら、何十年も経ったのちに大きな資料的価値を持ちえるだろうという。
さて。ここまでまとめてきた今回のシンポジウムの中で、いろいろと自分の考えを言いたいところがあるのだが、私が最も強い違和感を覚えたところだけここでは指摘しておく。それは、「ネット法」の構想が国の政策だとの前提で話されていたことだ。しかも「日本版フェアユース」がコンテンツ流通促進の議論の延長で批判されている。
「ネット法」の構想は、元は民間団体から提案されたものだ。今年3月に、デジタル・コンテンツ法有識者フォーラムが打ち出して以来、大きな論議を巻き起こした。コンテンツをネットで流通させるかどうか決める権利を映画会社・レコード会社・放送局にひとまとめにして、出演者や作曲者ら個々の権利者は権利行使をできなくするという内容だ。そのため、権利者サイドから強い反発を受けたものだ。
この構想は確かに自民党でのコンテンツ関連部会で取り上げられたり、内閣の知的財産戦略本部(デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会)でヒアリング対象にされたりしたが、現時点では、国の政策としてやると決まったものではない。専門調査会が先日まとめた報告(報告案PDF)でも、ヒアリングで発言されただけの提案としての扱いである。
実は政府の側でも、コンテンツ流通促進の話は消極的な面すらある。堀氏もパネルディスカッションで発言していたが、議論の前提で部分で放送番組に限っているのだ。これなどは私から見ても不満のあるところだ。その不満の理由は私と堀氏では全く異なるところだろうと思うが‥‥。
「日本版フェアユース」についても、パネルディスカッションでの批判が当たっているようには思われない。「ネット法」の構想は、確かに、上記“権利制限”的な「ネット権」と「フェアユース」の導入が二本柱になっている。しかし「フェアユース」の議論というのは、もともと権利侵害とまでは言えない範囲の利用について、現行法の規定では違法と判断されかねないために著作権を及ばないようにするという趣旨である。多少は流通に関する部分があるとしても、本質的には流通促進云々の話ではない。
パネルディスカッションでは、「フェアユース」の導入を「ベンチャーがビジネスを続けていけるようにするため」との理由で説明されていることがことさらに批判されていたが、その一方で「一般権利制限規定」の必要性への言及もあった。検索エンジンのサムネイル(ただし実際に権利制限が必要なのはサムネイルについてだけではなく、サーバへの著作物のコピーそのものもだ)を適法化するために個別に規定を用意するようなことでは、社会の変化に対応しきれない。そうした点はパネルディスカッションでも言及されていた。となれば、もはや「日本版フェアユース」に対する批判は単に“理由が気にくわない”と言ってるように見えてしまう。
私の目から見て、先の専門調査会報告案でまだ「日本版フェアユース」の姿が、現行の30条以下の規定を残すということ以外には見えてきていないのが気になるところではある。むしろ、権利制限できる範囲を狭められかねないのではと不安になっているくらいだ。そうした自分の感覚は置いておくにせよ、「公正な使用ならば著作権の侵害とはならない」という、範囲がしっかり決められるわけではない(しかもその特徴こそが導入の理由である)規定について「不明確」だと批判してみたり、訴訟によって適法かどうか判断するという趣旨なのに「訴訟でシロクロつけるのでは社会が混乱する」と批判することが当たってるのかは疑問だ。
どうも、「日本版フェアユース」を批判しようにも、攻めあぐねている印象を拭えなかった。
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2008年12月 6日 (土)
放送番組をネットで流すには ——コンテンツ学会がプロジェクトチームを始動
12月5日に、コンテンツ学会が「ネット利用調整制度に関する民間審議会」を発足させて、最初の会合を開いた。コンテンツ学会は、映画やテレビなどの特定のジャンルに限定しない「コンテンツ」全般を扱う、産・官・学を包括する議論の場を目指した学会だ。その中に設けられた「民間審議会」で話し合われるのは、テレビ放送される番組をどうすればインターネットにも流せるようになるのか、そして放送から配信へスムーズに進める業界慣行が出来上がるのを促す制度をどう用意するかということだ。早稲田大学大学院客員准教授の境真良氏が世話役となり、MIAU共同代表の小寺信良氏、KDDI総研コンテンツ・メディアグループリーダーの花岡宏明氏、ヤフーメディア事業部シニアビデオプロデューサの山根陽一氏ら8人が委員として参加している(審議会メンバーリスト)。
テレビ番組がなかなかネットに流れない(ただし全く無いわけでもないが)ことは、これまでにも民間で多く指摘されてきたことで、行政の側でも内閣府の知的財産戦略本部や文化庁・総務省の審議会などで検討の課題に挙がった。そこでの議論の前提は、テレビ番組がたくさん製作されていながら、ネットで配信されているのは一部にすぎないとの認識で一致している。皮肉なことに、番組の製作者から正規に配信している番組コンテンツよりも、YouTubeなどの「異常な利用」がニーズを捉えてしまって、集客力を持ってしまうありさまだ。
何故このようなことになってしまっているのか、という疑問には様々な説明がされている。ユーザーの側からは、テレビ局がコンテンツを出したがらない、あるいは権利者が著作権・著作隣接権を行使することで配信されないという指摘がある。また、権利者の側からは、ネット配信のビジネスモデルが出来上がっていなくて今出しても商売にならない、あるいはユーザーがタダで見られる状態があるのに正規に配信しても金を払って貰えない、といった意見が出ている。こうした様々な見方があるため、考えられる対処策というのも複数あり、たとえば文化庁では現在行方のわからない権利者について権利処理を簡便にする方策を提案したり、総務省ではネット配信を前提とした番組作りの実験を行なっていたりする。12月1日からNHKオンデマンドも始まっているが、ネット配信の動向にどういった影響をもたらすか判るのはまだ先の話だろう。
ここまで見てきた議論の流れの中に、コンテンツ学会での今回の「民間審議会」も位置づけられる。しかし、直接的な発足のきっかけとしては、「ネット法」構想の存在も大きい。「ネット法」とは、デジタル・コンテンツ法有識者フォーラムが2008年3月に発表した立法案のことで、映画・音楽・テレビ番組などをネットで流しやすくするために、関係する権利者(ライター・出演者・作詞作曲家など)の権利を「ネット権」という一つの権利にまとめ、それぞれ映画会社・レコード会社・放送局に管理させるという仕組みだ(他にもフェアユースの導入も大きな柱なのだが、ここでは省略する)。この「ネット権」者が、配信することを求めるネット事業者に対して「許諾」するかどうか決定できる。この「ネット法」構想は注目を集めるとともに大きな議論を呼び、政治の世界では自民党のコンテンツ関連部会や、行政では知的財産戦略本部や総務省の審議会でも取り上げられた。
そうした影響力を持った「ネット法」構想だが、疑問点も数多く指摘されている。権利を映画会社などに集中させるため、個別の権利を「切り下げ」られる実演家から反対があることは予想通りとしても、その権利を得られる映画会社・レコード会社・放送局からも反対されている。これまで、あるいはこれからのビジネス上のしがらみを考慮していない制度案ということは言えるかも知れない。また、ユーザーの側から見ても、「ネット権者」がネット配信を止めてしまえば、結局は今と同じではないかという疑問がある。コンテンツ学会の「民間審議会」は、その危惧にメスを入れるところから始められた。
「民間審議会」第1回の話し合いはどういう内容だったのか。まず、議論の出発点は事務局作成の資料(リンク先参照)で提示された。まず、YouTubeやファイル共有などでコンテンツが流れてしまっている「異常」な状況は(あえて「違法」とは呼ばなかったという)、ネットでの利用機会をユーザーに与えないコンテンツ産業にも原因があるのではないかということ。そして、その問題はテレビ番組で多く発生していて、著作権などの処理が「ワンチャンス」で行なわれていないのが原因ではないかということ。そうした問題点を解消するのに、「テレビ番組コンテンツに関する諸権利を、個別の交渉無しに一本化するルールの創設」を叩き台として提示した。これだけを見ると、「ネット法」との共通点が目立つが、むしろ「ネット法」との違いを意識して案が作られている。
「民間審議会」が提案している新ルール「ネット利用調整法」(ただし現段階では叩き台)と先の「ネット法」との大きな違いは、その制度が想定している運用期間にある。「ネット法」が今後のネット利用にずっと適用されることを考えているのに対し、「調整法」の方は、ネット利用の形が業界にできあがるまでの「暫定法」だということだ(ネット配信の業界慣行が出来上がればすみやかに廃止されるとする)。
また、「ネット法」では権利者が利用させないという選択もできたことに対して、「調整法」では一定期間で区切ったオークションを実施することを考えている。オークションによって配信事業者をどんどん決めていく仕組みだ。配信相手を決める権利はテレビ局に持たせるが、配信相手が決まらないとオークションが繰り返させられる。これにより、半ば強制的にネット配信への流れが作られる。
「ネット法」では明らかでなかった収益分配の仕方についても、「調整法」では経団連ルールを暫定的に使うこととされている(その後定期的に改訂するともされている)。
会合の中で、放送番組をネット配信する許諾契約を促す「調整法」の基本的方向性そのものを変えるべきとの意見は出なかった。むしろ、この案が対象とする範囲の確認や提案など、制度の明確化に関する意見が目立った。
花岡委員の質問にで、「調整法」があくまでもテレビ放送を対象としたもので、「ネット法」とは違い映画やレコードを含めたものではないと確認された。映画はすでに権利が集中されていること、レコードでも配信が進んでいることを理由としている(境世話役)。また、小寺委員から、放送で収益が上がっていないBSや、既存番組の再放送が多いCSについては議論から切り離し、地上波放送のみを対象にしてはどうかとの提案があった。「異常利用」で、地上波放送の番組が多くを占めているのも理由だ。
また、オークションにかけられる番組を1本単位にするのかシリーズ単位にするのかという指摘も小寺委員からあった。事務局案では1本1本をオークションにかけるという想定だったが、「NHKに多い単発ものなら、オークションも可能だろう。しかし多くの民放番組はシリーズもので、セット売買することに意味がある」(小寺委員)という。放送番組をひとまとめに議論するのではなく、そうした細かい違いまで踏み込む必要性があるとした。
オークションで入札できる事業者については、テレビ局自身やその子会社を参加対象とせず、「ベンチャーも想定していて、企業規模・年数・実績などで基準を設けて切ることはできない」(境世話役)としている。その一方で、談合の可能性や、大規模なネット企業だけが落札してしまう危惧も委員から指摘された。
ネット配信でどうビジネスにしていくかという点も課題だ。ネットで配信すれば単価は安いが全体としては儲けになるという形でどう持っていくか。それにはパソコン以外のデバイスでの利用も視野に入れながら、「支払いは電話料金・携帯料金・ケーブル料金に上乗せする形になるだろう」(境世話役)、「映像についてはサブスクリプションの方が目がある」(小寺委員)といったイメージが出された。しかし現状としてネット配信ですぐに利益をあげる難しさが共通の認識としてあり、日清の『Freedom』をネット配信した際のDVD売上げへの効果を例に、「ネットに出して視聴率が上がるということを言うしかない」との見方も山根委員からあった。
今回の会合で出た指摘を反映し、「調整案」の資料を事務局でバージョンアップし次回に提示するという。
「民間審議会」は、次回が1月21日に予定されている。今回を含めて4回の会合が予定されていて、2月中の提言とりまとめを目指して集中的に議論を進める。第2回・第3回では、メディア関係・コンテンツ関係・キャラクター(または実演家)関係・代理店などからゲストを呼び、議論に参加してもらうことを考えているという。次回以降も、傍聴者を入れての公開の場で議論が進められる。
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2008年12月 2日 (火)
ICPFの第5回セミナーの議事要旨が公表されました。
前にうちでもネタにさせてもらいました情報通信政策フォーラム(ICPF)のセミナーですが、第5回での城所岩生 成蹊大学教授の講演の要旨が公開されました。いつもながら詳細に記録されていますので、ぜひご一読を。あとCNETでも記事になっていましたね。
この講演は、内閣府の内閣府の知的財産戦略本部で検討されていた「日本版フェアユース」に関連して、そのモデルとなる米国のフェアユースがどう運用されているのか実例を交えて紹介した内容でした。城所先生の論旨は積極導入論に位置づけられます。
11月17日の当日は知財本部の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」の報告案に関するパブリックコメントが締め切られた日で、その後 11月27日に同専門調査会の第10回会合でその結果をふまえ報告がまとめられています。毎回資料掲載が早かった知財本部には珍しく、その会合の配付資料がまだネットに上がっていませんが、基本的にはフェアユース規定導入の必要性を示した方向性のままでいます。
ところで、改めて講演要旨の公式版を読み返しますと、自分が書いたまとめがかなり端折ったものなのが明らかですね。ちょっと補足的に書いておきたいなとも思ってたので、この機会にメモ代わりに残しておくことにしました。
フェアユースをどう捉えようかというのは、実は私自身が試行錯誤しているところがあります。米国では判例で固まっているという「間接侵害」、さらに「寄与侵害」と「代位侵害」に分類されるそうですが、これについてはまとめで触れませんでした。フェアユースを述べるのに、私には使いづらく感じたんですね。実のところ、サービス事業者が裁判でフェアユースを主張する場合、ユーザーの直接侵害をフェアユースで否定し、その結果 事業者の間接侵害が否定されるという流れを狙います。その意味ではフェアユースと深い関係のある話なのですが‥‥。
日本では「間接侵害」の代わりに「カラオケ法理」が裁判例で強い影響力を持っており、「日本版フェアユース」導入後でもこの影響が残るのではと心配されています。録画ネットやMYUTAなどが葬られた原因が、著作権侵害をしていたのがユーザーではなく事業者の方だと解釈する「カラオケ法理」の適用だということで、営利目的との解釈のもと「フェアユース」に不利に判断され、同様のサービスが救われないことが懸念されるわけです。
知財本部の専門調査会の報告の中で、「日本版フェアユース」の具体的な形までは決まっていません。今の第30条以下の個別規定を残して、そこに当てはまらないものについて「フェアユース」かどうか判断すること、その判断については基準を条文に書くこと――との大まかな方針のみが盛り込まれています。原理原則として権利制限の冒頭に打ち出される米国版の大きなフェアユースと比較して、“小さなフェアユース”というイメージです。
まだ具体的規定がはっきりしないだけに、実際の運用がどうなるのか想像しづらいところではあります。しかしICPFでの城所先生の講演や質疑応答で最も気になったのは、今想定されている“小さなフェアユース”だとその対象が複製権に限られてしまいかねないとの話でした。
「カラオケ法理」によってサービス側が侵害者と判断され、しかも公衆送信権を侵害したということで“小さなフェアユース”からもこぼれてしまう可能性が心配されます。規定の仕方次第で、MYUTAのようなサービスが「フェアユース」で救われないとしたら、そのような規定をわざわざ選択したという無意味な結末にもなりかねません。規定を巧くして救うか、立法趣旨を汲むことで解釈で救うか、そういう選択肢はあるのかも知れませんが‥‥。
もともと裁判で白黒つける趣旨ですから、「フェアユース」でそうしたベンチャーが救われる保証は必ずしもありません。とは言え、知財本部が「日本版フェアユース」の導入を進める理由とその思いを守り続けていって欲しいと思っています。
今後の、文化庁での具体的規定に関する議論が重要になってきます。
どこまで米国のフェアユース規定を真似できるか、その攻防になるのかも知れません。
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先週のニュースピックアップ(11/24-30)
先週1週間のニュースからピックアップしたリンク集です。
【パブリックコメント】
●12月17日締切り、総務省の「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」最終取りまとめ(案)に対する意見募集。
http://www.soumu.go.jp/s-news/2008/081127_7.html
「『インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会』
最終取りまとめ(案)に対する意見募集」
(総務省) 2008.11.27
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=145207418&OBJCD=&GROUP=
「『インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会』
最終取りまとめ(案)に対する意見募集」
(e-Gov.:意見募集中案件詳細) 2008.11.28
【審議会等開催予定】
●12月5日:コンテンツ学会の「ネット利用調整制度に関する民間審議会」#1
http://www.contents-gakkai.org/?p=72
※参考
http://www.sakaimasayoshi.com/net_rule/index.html
【著作権関連】
●11月17日の第5回ICPFセミナーの議事要旨が掲載。城所岩生先生の講演。
http://www.icpf.jp/archives/2008-11-19-1014.html
「第5回セミナーの議事要旨です」
(情報通信政策フォーラム(ICPF)) 2008.11.19
※参考
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20383828,00.htm
「なぜフェアユースが日本に必要か--成蹊大の城所教授が熱弁」
(CNET Japan) 2008.11.18
●11月25日に開かれたYouTubeの事業説明会の模様を報じた記事。
http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMITbe002025112008
「『YouTubeは攻めの段階に』 グーグルのコンテンツ担当副社長、広告事業を強化」
(IT-PLUS) 2008.11.25
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20081125/319888/
「『著作権問題が解決し、YouTubeは守りから攻めにシフト』
――米グーグルのユン副社長」
(ITpro / 日経WinPC)
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2008/11/25/21640.html
「『YouTubeは著作権対策から収益化の段階へ』Google副社長」
(INTERNET Watch) 2008.11.25
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0811/25/news115.html
「『著作権は守りから攻めにシフト』──違法動画も収益化目指すYouTube」
(ITmedia News) 2008.11.25
※その他報道
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20081125/youtube.htm
http://bb.watch.impress.co.jp/cda/news/23987.html
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20384185,00.htm
●ビートルズの曲がiTunes Storeで配信されるようになるのはしばらく先になりそうだという報道。ポール・マッカートニーの発言を受けてのもの。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0811/25/news050.html
「ビートルズのiTunes Store進出は『行き詰まり』」
(ITmedia News / ロイター) 2008.11.25
●読売旅行が著作権者の許諾なしに写真をパンフレットへ掲載していた事件で、警視庁が著作権法違反容疑で家宅捜索。
http://www.asahi.com/national/update/1126/TKY200811260177.html
「読売旅行を家宅捜索 パンフレット写真無断掲載の疑い」
(asahi.com) 2008.11.26
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20081126k0000e040082000c.html
「著作権法違反容疑:写真の無断使用で『読売旅行』を捜索」
(毎日jp) 2008.11.26
※その他報道
http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tokyo/081126/tky0811261330006-n1.htm
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008112602000238.html
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20081126AT1G2601P26112008.html
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008112600469
http://www.47news.jp/CN/200811/CN2008112601000392.html
●劇団四季のミュージカルを録音し、ネットオークションで販売していた東京都の男が逮捕される。
http://www.asahi.com/national/update/1126/TKY200811260143.html
「劇団四季の公演録音、ネット販売 容疑の男逮捕」
(asahi.com) 2008.11.26
※その他報道
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/081126/crm0811261219012-n1.htm
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008112600387
●ファイル交換ソフト・Share使ってテレビドラマを無断配信していた千葉県の男が逮捕される。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/081127/crm0811271206017-n1.htm
「フジやTBSの51ドラマも ネット無断配信事件」
(MSN産経ニュース) 2008.11.27
http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tokyo/081127/tky0811271208011-n1.htm
「フジやTBSドラマ128本もネット配信 2ちゃんで予告」
(MSN産経ニュース) 2008.11.27
http://www.asahi.com/national/update/1127/TKY200811270140.html
「ネットにテレビドラマ違法流出 容疑の男を逮捕」
(asahi.com) 2008.11.27
※その他報道
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/081127/crm0811270114003-n1.htm
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20081127AT1G2700U27112008.html
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200811/2008112700423
●ビジネス・ソフトウェア・アライアンス(BSA)の会員企業の申し立てにより、東京地裁が11月20日に東京都のソフト開発・販売会社へ証拠保全手続き。著作権侵害の疑い。
http://www.bsa.or.jp/press/release/2008/1126.html
「東京地裁、東京都所在のソフトウェア開発・販売会社に証拠保全を実施」
(BSA) 2008.11.26
●小学館の『日本大百科全書』が、Yahoo!百科事典としてネットで無料提供されることに。
http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMITbd000027112008
「ヤフー、無料の百科事典サービスを開始 13万項目を収録」
(IT-PLUS) 2008.11.27
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2008/11/27/21673.html
「Yahoo!百科事典」公開、小学館の百科事典データを無料で閲覧
(INTERNET Watch) 2008.11.27
http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0811/27/news092.html
「小学館『日本大百科全書』を無料で検索――Yahoo!百科事典」
(ITmedia Biz.ID) 2008.11.27
●オンラインピアノのサービスを提供、引いた音を記録・再生も可能な『ePiano』が、JASRACとの包括契約を結ぶ。これで、ユーザーがJASRACの管理楽曲を弾いて記録しても著作権上の問題が生じなくなる。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0811/27/news043.html
「ロケスタ『ePiano』、JASRAC管理曲の演奏・投稿が可能に」
(ITmedia News) 2008.11.27
※参考
http://d.hatena.ne.jp/satoru_net/20080901/1220253796
「eピアノの事でJASRACに連絡した@レポ#1」
(satoru.netの自由帳) 2008.9.1
http://d.hatena.ne.jp/heatwave_p2p/20080903/1220409642
「ePiano.jpがJASRACにいくら支払うことになりそうなのかを考えてみる」
(P2Pとかその辺のお話@はてな) 2008.9.3
●11月22日に、秋葉原で海賊版ソフトを路上販売していた中国人2人が現行犯逮捕。
http://www2.accsjp.or.jp/news/news081128.html
「秋葉原の路上海賊版販売、中国人2人を現行犯逮捕」
(ACCS/著作権侵害事件) 2008.11.28
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/081128/crm0811281328015-n1.htm
「アキバで海賊版DVD所持、中国人の男女逮捕」
(MSN産経ニュース) 2008.11.28
※その他報道
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0811/28/news120.html
http://news.braina.com/2008/1128/enter_20081128_004____.html
http://japan.internet.com/busnews/20081128/2.html
http://www.security-next.com/009449.html
●芸団協CPRAが、有線放送の放送同時再送信に関して報酬請求権を得たことに伴い、日本ケーブルテレビ連盟とレコードの二次使用料で合意。CRPAは有線放送事業者への説明会を11月26日に実施した。
http://www.cpra.jp/web/news/081128/index.html
「ケーブルテレビ事業者に、二次使用料のブリーフィング実施」
(CPRA) 2008.11.28
※参考
http://www.cric.or.jp/qa/hajime/hajime4.html#5
「地上波放送のデジタル化に伴って、放送の同時再送信にかかわる
実演家・レコード製作者の著作隣接権が見直されたと聞きましたが、
どのようになったのでしょうか?」
(著作権情報センター)
●大阪工業大学専任講師の関堂幸輔氏による、クリエイティブ・コモンズに関する論文。CCLでの公開。
http://www.sekidou.com/articles/CClisenceSig.shtml
「クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの意義 ―契約法の観点から―」
(関堂幸輔 (www.sekidou.com)) 2008.11.30
※参考
http://m4.sekidou.com/2008/11/29.shtml
「2008年 11月 29日」
(M4 (メディア批評日記))
【ネット規制関連】
●ファイル交換ソフトLimeWireで児童ポルノ動画を配布していた北海道の男が逮捕される。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/081125/crm0811251814041-n1.htm
ライムワイヤー使い児童ポルノ公開 初の逮捕 - MSN産経ニュース
http://www.47news.jp/CN/200811/CN2008112501000624.html
児童ポルノ公開容疑で男を逮捕 ライムワイヤーでは全国初 - 47NEWS(よんななニュース)
※その他報道
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200811/2008112500903
http://journal.mycom.co.jp/news/2008/11/26/023/
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081125-OYT1T00661.htm
http://mainichi.jp/area/nagano/news/20081126ddlk20040154000c.html
http://sankei.jp.msn.com/region/chubu/nagano/081126/ngn0811260252003-n1.htm
※参考
http://mainichi.jp/area/okayama/news/20081127ddlk33040702000c.html
「児童ポルノ法違反:サイバーパトロールモニター、情報受け初の摘発 /岡山」
(毎日jp) 2008.11.27
●総務省の「インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会」第9回会合が11月26日に開催。
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2008/11/26/21654.html
総務省の検討会、「『安心ネットづくり』促進プログラム」最終案
(INTERNET Watch) 2008.11.26
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/081126/biz0811260124000-n1.htm
「関係者連携で自主憲章を ネット違法・有害情報対策最終案 総務省検討会」
(MSN産経ニュース) 2008.11.26
http://www.47news.jp/CN/200811/CN2008112601000545.html
「ネット有害情報、自主規制強化を 総務省研究会が報告書案」
(47NEWS) 2008.11.26
●『Internet Week 2008』で11月27日に行なわれたセッション「xSPのための青少年ネット規制法対策」の模様を報じた記事。青少年ネット規制法が主題に。
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2008/11/28/21693.html
「青少年ネット規制法では『iPhone想定してなかった』と総務省の人」
(INTERNET Watch) 2008.11.28
【GSV関連】
●日弁連が11月21日に開催した、Googleストリートビューに関する集会の模様。
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2008/11/25/21624.html
「日弁連が『ストリートビュー』のプライバシー問題で緊急集会」
(INTERNET Watch) 2008.11.25
http://www.nichibenren.or.jp/ja/event/081121_3.html
「Google社ストリートビューに関する緊急集会」
(日弁連)
【審議会議事録等公開状況】
●8/20 法制問題小委員会#7 議事録および配付資料
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/h20_07/gijiroku.html
※過去議事録
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/housei/index.html
●9/26 違法・有害情報検討会#8 議事要旨(PDF)
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/internet_illegal/pdf/080926_3.pdf
※過去議事要旨等
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/internet_illegal/
●10/16 電気通信サービス利用者懇談会#6 議事概要(PDF)
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/riyoshacon/pdf/081128_2_sa1.pdf
※過去議事要旨等
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/riyoshacon/index.html
●10/20 私的録音録画小委員会#4 議事録および配付資料
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/rokuon/h20_4/gijishidai.html
※過去議事録
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/rokuon/index.html
●10/29 デジタル・ネット専門調査会#9 議事録
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/digital/dai9/9gijiroku.html
※過去議事録等
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/digital/index.html
●11/25 通信・放送の総合的法体系検討委#10 配付資料
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/joho_tsusin/houtai/081125_1.html
※過去議事録等
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/joho_tsusin/houtai.html
●11/26 違法・有害情報検討会#9 配付資料
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/internet_illegal/081126_2.html
※過去議事要旨等
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/internet_illegal/index.html
●11/28 電気通信サービス利用者懇談会#7 配付資料
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/riyoshacon/081128_2.html
※過去議事要旨等
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/riyoshacon/index.html
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2008年11月27日 (木)
デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会(第10回会合)メモ
各省庁をまとめる形で内閣府に置かれ知財行政の方針を決める知的財産戦略本部の、「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」第10回会合が27日に開かれた。いわゆる日本版フェアユースの導入を提言したことで注目を集めた報告案を前回までまとめており、今回は、10月30日から11月17日まで募集されていたパブリックコメント(国民からの意見募集)の結果を踏まえた上で、最終的な報告をまとめる議論が行われた。
パブリックコメントでは59人の個人からのべ118の意見が、50の企業・団体から169の意見が提出されたという。第10回会合にあたって、あらかじめ報告案にも16箇所(概算)ほどの修正が施され、検討にかけられた。修正の内容は、誤解・誤読を避けるための細かいものが主だ。
日本版フェアユース規定の導入が「適当」であるとしたり、技術的制限手段の回避について規制を見直し「何らかの措置を講ずることが必要」としたりするなどの大まかな方向性については特に変更されていない。記述がわずかに変えられた程度である。
本会合の中でも文面の修正が委員から幾つか求められたが、今回が専門調査会の最終回とされていたため、最終的な報告の形は中山信弘会長に一任されることとなった。次回の知的財産戦略本部会合で報告される。
(メモのメモ)
パブリックコメントにかけられた報告案から修正された部分。
事務局説明をメモしたもの。
※配布資料は今日・明日中に知財戦略本部サイトに掲載されるものと思われる。
また、最終報告は今回の委員意見を踏まえて更に修正が加えられる。
I. コンテンツの流通促進方策
●4ページ
「なお総務省では、放送番組制作者等の~目指している。」を追加。
●7ページ
「検討結果」の第4段落と第5段落に若干修正を加えた。誤解・誤読を避ける趣旨によるもの。
第4段落では冒頭に1文を追加。また、「これらの取組を通じて~望まれる。」を追加。
第5段落では、終わりの方でいくつか修正している。出だしで「今後は」を追加。終わりでも「多角的観点から」を追加。
●8ページ
法的対応案4つについては、ヒアリングで出されたものだと明記した。直ちにここを検討すべきと誤解されるおそれがあるため。趣旨を明確化した。
法的対応案の内容も修正してある。意見を述べた当事者からパブリックコメントで不正確だとの指摘があったため。ヒアリングの際に提出された資料を参考に書き直した。
II. 権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)の導入
●12ページ
上から第3段落。「考えられない」を「考えられないものもある」と断定を避ける書き方に修正した。
下の方、「ただし、一般規定の導入に当たっては、」の iii)に、「これまで裁判例によって違法であるとされてきた行為が当然にすべて適法になるとの誤解に基づいて」を追加した。中山会長の発言の趣旨を反映させたもの。
●13ページ
一般規定の規定振りの中で、「ベルヌ条約等のいわゆるスリー・ステップ・テストも踏まえ、」を追加。ベルヌ条約の枠内というのを再確認する趣旨で入れた。
また、「なお、その際には、これまでの裁判例、学説等も十分に検討することが必要である。」を追加した。
III. ネット上に流通する違法コンテンツへの対策の強化
1.コンテンツの技術的な制限手段の回避に対する規制の在り方について
●15ページ
コンテンツの技術的制限手段の回避についての部分、「問題の所在」下から3行目「回避した利用に関連するコンテンツ産業~」と修正。前の報告案では「回避した利用によるコンテンツ産業~」だったが、因果関係がどこまであるのかとの指摘があったため。
同趣旨の修正は以下の文章にもある。
●15ページ
現行制度等の「著作権法」でカッコ書きに「したがって、例えば一般的なパソコンなど回避以外に実用的な意味を持つ機器については、対象とならない。」を追加。
●16ページ
カッコ書きに「~ものの、実際の権利行使においては、権利者の負担により個人の違法行為を立証しなければならない」を追加。
●16ページ
丸1「ゲームソフト」で、「違法ソフト」を正確に書いた。(前の報告案では「違法コピーされたソフト」と繰り返し書いていた。)
また、「被害が急増している」と書いていたのを「違法ソフトで遊ぶユーザーが急増している」と修文した。
●17ページ
「検討結果」の第3段落「インターネットの普及を背景に~」と書き直している。
「被害が増大してきている」と書かれていたのを「正規ソフトの販売に影響」と修文。
●17ページ
「このため~」の段落。文脈を整理し、端的に読みやすくした。「行うべきであるが」としていたところを「行い」と修文。「国際的な動向にも留意しつつ」を追加。ACTAを考えたもの。
また、「規制の在り方を見直し、違法ソフトの一般ユーザーへの蔓延を防止するための何らかの措置を講ずる」と修文した。
2.インターネット・サービス・プロバイダの責任の在り方について
●20ページ
(3)丸1で1文を付け加えた。
「なお、経済産業省では~」から実証実験について。
●21ページ
(5)検討結果の第2段落「確かに~」から。模倣品・海賊版対策に「違法コンテンツの削除」を追加した。これまではネットオークションしか書かれていなかったため。
また、最後を「別途検討する必要があると考えられる」とした。前の報告案では、自主的取組で限界があると書かれていたのを修文した。
●22ページ
上、2行目に「国際的な動向にも留意しつつ」を追加した。
最後の行で「差止め請求などを受けないようにする明確な免責規定等を~」と「等」を入れた。免責規定だけでなく、対応の仕方は他にもあるという趣旨。
●25ページ
間接侵害の語の前に「いわゆる」を付けた。
4.国際的な制度調和等について
●27ページ
(ii)を明確にして読みやすくした。「確立した国際的ルールも存在しておらず」と、「確立した」を追加している。国際裁判管轄が不明確だろうとの部分。
丸2「今後、インターネット上の海賊版対策を含めた知的財産権侵害への対処」とした。ACTAの柱として、法的規律の形成、法執行の強化、国際協力の推進を挙げているため。
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2008年11月24日 (月)
「フェアユース」導入への賛成・反対というのは、今の制度をどう評価するのかで分かれるのかな
11月21日に「ネットワーク流通と著作権制度協議会」という団体が発足した。報道によれば、会長には法学者としても著名な新潟大学名誉教授・弁護士の斉藤博氏、会長代行に著作権の審議会の委員でもある弁護士の松田政行氏、理事には慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の岸博幸氏ら7人が就任したとのこと。同協議会は、弁護士・クリエイター・権利者団体など約100人の個人会員がいるらしい。
当初、日経から発足前の速報が出たときには、「デジタルコンテンツの種類や利用方法ごとの金額など利用条件を検討する」のが目的だと報じられていた。しかし設立総会を伝える記事を読むと、フェアユースのことも大きく取り上げられていたようだ(日経系の記事だからというのもあるかも知れない)。協議会の中で、「デジタルコンテンツの流通促進」と「日本版フェアユース」とそれぞれに分科会を置いて検討する。
●「フェアユース」とは
(※ここのセクションはどう説明するかの試みなので、フェアユースをご存知の方は飛ばして結構ですよ。)
「フェアユース」というのは、「公正な利用」との大まかな枠を設けて、その範囲内で著作物を使っても著作権を侵害したとはみなさない制度のことだ。これはさすがに著作権でやめさせるのは酷だろうという事例や、当然に著作権の及ばない自由な領域にすべきだという事例など、裁判所に判断させる仕組みだ。
そうした漠然な「公正な利用」の範囲がどうなるかが問題だが、法律の中では判断基準を挙げておくにとどめる。そしてケースバイケースで裁判所が判断したものが今後積み上がり、適法と違法の境目が浮かび上がってくる。権利者が利用者を訴え、利用者の側が「フェアユース」を主張し、それが裁判所に認められれば適法行為のお墨付きを貰える。
これまでの日本の著作権法では「フェアユース」の規定は無かった。著作権は、複製や演奏やネット配信といった行為を権利者以外には「禁止」する形で保護されている。権利者は他人が禁止された行為を「許諾」することで対価を得る仕組みだ。しかしそれだけでは、家庭内や図書館・教育現場・報道などで、メモやコピー・論述ができなくなるから、社会的に困った事態になる。そこで、そうした個別の事例を並べる形で著作権法30条以下に「権利制限規定」が置かれている。限られた範囲で権利者の著作権を制限して、他の人がその中でなら自由に使えるようになるという意味だ。
個別に書かれた事例に当てはまらないと禁止されてしまう。この融通の利かない制度設計のために、社会が変化していくとさまざまな問題が起こる。たとえばネットに掲載された文章をサーバー内にコピーして検索エンジンを作るとか、一般の人が本を朗読して録音図書を作るとか、図書館に頼んで資料のコピーをFAXで送ってもらうとか、そういったことは厳密には「違法」だ。
先の例は、これくらいなら許しても良いのではないかと考える人がおそらく多いのではないか。法律を変えて、個別の事例に加えていくことも可能だ。しかしそれが実現するまでおそろしく時間がかかる。そこで「フェアユース」で大枠を定めておいて、利用者が自分の責任で適法性を考えて著作物の利用を行ない、問題が起これば裁判で白黒つけてもらうのが早いというわけだ。
アメリカのフェアユース規定(1976年の改正で追加)は、数ある裁判での判断が積み上がった結果を法律に反映させたものだ。日本でアメリカ著作権法を参考に「フェアユース」規定を真似するとすれば、先に条文を入れてから裁判例を積み上げていく逆の流れになる。規定が無い現状では日本の裁判所は「フェアユース」の考えを認めていないから、規定を先にしないことには、「フェアユース」の範囲を示せる裁判所の判断そのものが出なかった。
日本の知財行政の方向性を決める知的財産戦略本部(知財本部と略す)では、専門調査会による報告案は既にパブリックコメントにかけられ、11月27日にその意見をふまえて同専門調査会で検討される予定だ。たぶんそこで報告の最終的な形が見えるだろう。
そして今後は著作権行政を担当する文化庁へ、「フェアユース」の規定ぶりを検討するよう引き継がれる。
●日本は訴訟社会ではない?
さて、「ネットワーク流通と著作権制度協議会」の設立総会で、フェアユースの慎重な検討を求める意見が出たらしい。報道の数が少なく、確かな内容を把握しづらいところではある。ただ以下のような意見は、著作権分科会での日本文藝家協会・三田誠広委員の意見や、知財本部の専門調査会で意見聴取を受けた実演家著作隣接権センター・椎名和夫氏の意見(PDF)とも通じるところがあるので、慎重論を一般化したものとして捉えることにする。
まず、報道にあった発言の要旨を箇条書きにする。
・最小限のものでなく、比較的オープンな一般条項を作ろうとしている
・例外という権利制限の位置づけをひっくり返す可能性がある
・フェアユース規定をめぐる裁判を日本でできるのか
・補償金のような中間的解決策を採りにくくなるのではないか
・裁判をしない限り、「フェアユース」と強弁する人を止められない
・一般条項の根本的考え方を議論しておかないと、国民が一致した考えをもっていない現状、後で困ることになる。
事実関係と照らし合わせるにとどめ、特に上の意見に感想は述べない。
「フェアユース」の趣旨からすれば、ある程度の範囲を持たせた「オープン」な規定にするのは当たり前。それが狭すぎれば個別事例を列挙するこれまでのやりかたと変わらない。それでは足りないと考えるからこその議論だ。
知財本部の専門調査会で検討していた際の話では、個別列挙の規定を残した上で、その他の「公正な利用」を法律に書き込むことを想定している。一緒に判断基準も書き込んでおき、それに基づいて個別事例からこぼれたものを判断して「例外」扱いに加える。
日本では、「フェアユース」についての司法判断はまだ積み重ねられていないが、著作権をめぐる裁判はすでに数多く起こされている。根拠となる規定さえ作られれば、「フェアユース」を争点とする訴訟は今後いくらでも登場するだろう。
フェアユースだと認められそうなら権利者も裁判をためらうだろうし、逆に認められなさそうなら「補償金」での解決を利用者が望む結果になるかも知れない。それを受けて法改正されることだってあるだろう。むしろ裁判を受けての補償金の設定の方が、一から話し合いで作り上げていくより早く済む可能性すらある。
「フェアユース」規定のあるなしにかかわらず、法律の解釈が正しいか間違ってるかは裁判を経ないと判らない。まったく同じ前提の裁判例があるのなら別だが、裁判所の判断すらケースバイケースである。
社会の複雑な状況を日本語の文章で示しながらルール付けする法律について、専門家である法学者の間ですら解釈が分かれることが珍しくないのに、国民が「一致した認識」を持つなんて無理だ。そこで考えに食い違いが生じるからこそ訴訟が絶えない。
「フェアユース」導入論へのこうした反応を見ると、彼らがどう現状認識しているのか興味が湧く。訴訟社会でないと考えているのか、訴訟に持ち込まなくていいほど著作権が守られていると考えているのか、「フェアユース」以外に今後の裁判が増える要因が無いのか、など‥‥。
権利を守るために裁判を起こすような状況がいけないと言うのなら、そう主張する同じ口で、録画ネットのような、日本のテレビ番組を海外で見たいから業者に頼んで録画機を実質的に預けていただけのサービスを訴訟で停止させた放送局を批判してほしい。まねきTVも同様に差止めようと訴訟を続ける放送局を批判してほしい。
それに、家庭内での様々なコピーを許している著作権法の30条から、「違法」に複製されたものや「違法に」配信されたもの、そして適法に配信されたものまで除外しようとしている文化庁やレコード業界・映画業界を批判してほしい。これだって、結局は裁判に訴えなければ実効性は無いのだから(本筋ではないので長くは書かないが、ユーザーが訴訟の当事者になった場合、適法に入手したものですら証明できないからこそ私はこの種の法改定に反対している)。
すでに、日本の著作権の世界は、何か新しいことが起これば訴訟に起こされるようになってしまっている。先の録画ネットやまねきTV、あるいは選撮見録、ブレイクTVのような例もある。いずれも「フェアユース」規定があればそれが争点になり得る事例ばかりだろう。適法だと認められるとは限らないにしても、だ。
三田誠広氏は審議会で、「日本という国はこれまで,裁判で決着をつけるのではなく,なるべく話合いで解決するということが,国民性にも合致しておりますし,長い慣習でもあろうかと思います」と発言しているが、訴訟は現に起こっている。
だから「フェアユース」導入の是非を考える際にも、誰もが訴訟の当事者になり得るのだと想定する必要がある。かつて法律の条項が書かれた時には想定されていなかった新しい試みを思いつき、実行したために訴えられた挑戦者が裁判で「フェア」な判断を受けられるようにだ。
これまでは、新しい提案をしても、裁判で「法律に書いてないからアウトね」と判断されるだけだった。試みが無駄になるような不毛な状態を何とかしたい、裁判所の判断基準にも「フェア」かどうかをもっと取り入れて欲しい――という思いが、「フェアユース」導入の動きにはこめられている。
「フェアユース」という主張のよりどころが与えられても、裁判で敗けてしまう人はいるだろう。しかし武器が無いために潰され放題だったこれまでよりは、僅かでもマシになれってくれればいい。あれもダメこれもダメと禁止事項でがんじがらめにされてきた挑戦者が、「フェアユース」規定で後押しされて、もっと世に出てこられるのならば‥‥。
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私的複製が文化を残す例
NHKが、1978年から1987年まで放送したFM番組『サウンドストリート』のアーカイブをインターネットで配信し始めた。配信サービスの名前が『NHK青春ラジカセ』。ちょっと恥ずかしい‥‥。
残念ながら、放送時にかけられた曲は途中を抜かれている。DJの語りを中心にした編集だ。おそらくは著作権の都合で、曲を丸ごとかけたときの使用料まではさすがのNHKも負担できなかったのだろう。仕方ない話ではある。
ここで聴ける音源は、実はNHK自身の手で保存されたものではない。ウェブサイトで用意された説明書きに「放送当時、NHKにはFMの放送テープを保存する制度がなく、残念ながらほとんどのテープが残っていません」とある。この企画にあたっては、当時のリスナーが録音していたテープを提供してもらって音源にしたという。
こんな話をどこかで読んだ覚えがあるな、と思った。テレビ番組の保存の問題とまったく同じだ。日本でのテレビ放送は1953年に開始されているが、この頃は生放送しかないので番組が保存されなかった。5年ほどすると制作現場にVTRが導入されるが、当時はまだテープが高価で、放送が終わると消去して新たな番組を録るのに使い回されていたという。放送番組が保存されるようになるのは1980年代からだ(出典:PDF注意。しかも、80年代においても二次利用目的の保存に限られ、保存できるものは保存するという方針に変わったとのは90年代後半に入ってからだという)。
VTR導入から番組保存が本格化するまで、テレビ局で公式に残してある番組は特別な記念番組などに限られているとのことで、僅かしか無い。それでも今 我々が見ることのできる番組の記録で無視できないのが、一般の人がVTRを回して保存してくれたおかげで残されたものだ。日本で家庭用VTRが発売されたのは1965年、まだオープンリールだった。
NHKに残された膨大なアーカイブの中に、個人による録画テープが寄贈されたものがある。NHKの『紅白歌合戦』の司会も務めていた故・宮田輝氏が残したVTRには、1965年から1971年の『紅白~』の映像が残されている。また「白壁コレクション」と呼ばれる、個人によるビデオアーカイブには、NHKに残っていなかった連続テレビ小説『鳩子の海』『水色の時』『おはようさん』などが含まれる(出典)。個人の記録がなければ永遠に失われていたかもしれない貴重なものである。
音楽の場合でも、コンサートの模様などは商品化のためにわざわざ録音しないかぎりは、その場だけで消えてしまう。しかし、これを観客が個人的に録音することがしばしばある。著作権的には「私的複製」なので違法ではないものの、実演するアーティストや興業の側からすれば好ましくないと思うようで、たいていのコンサートでは録音禁止とされている。目を盗んで録音したものが、後になって思わぬ価値を持つ場合もある。
ビートルズの日本公演が1966年の6月30日から7月2日に行なわれ、全5公演のうち際ションお2回分が公式には残されている。いずれもテレビ局が放送用に収録したものだ。ところが、3回目の公演を観客だった個人が録音していたと判った(2006年10月15日付 スポーツ報知記事「ビートルズ 幻のテープ発見」:当時のブックマーク)。
コンサートの古い音源を商品化する際に、放送用に収録されたものを使うことも多い。しかし、録音時の事故や長い年月を経るなどしたための欠落を補うため、個人の録音テープの提供を呼びかけることがある。場合によっては、個人の録音からのリマスターでまるごと商品化することもある。これでもファンにとっては重要な記録だ。私自身の嗜好だと、先のビートルズや四人囃子・KING CRIMSONなどを例に挙げていきたいところだが省略する。
歴史的記録としての価値を持つようになった映像や音声は、その存在自体に意味がある。それがどう記録されたかはあまり問題にされなくなる。
文化庁の審議会で、世の中に発表された著作物をどう保存するかが検討された。著作権の保護期間が延ばされた場合に、どういう影響が考えられるか、その影響を最小限にするにはどうすれば良いかという観点での議論である(「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」の中間整理を参照)。コンテンツを制作する事業者本人や公共図書館がアーカイブを構築することを前提に検討が加えられた。
しかしこの議論の中では、民間の第三者が著作物を保存する可能性を考慮されていなかった。著作権があるために複製が認められないという想定だ。今後はインターネットで発表された著作物を保存する必要性もあるとしながら、それを公共図書館に担わせるという。海外ではInternet Archiveに代表されるように、ウェブサイトを記録していく民間団体の存在感が大きい。ネット上の情報をある程度保存しておくには、民間団体や個人の協力も得なければ手が回らないのではないか。
いま世の中に発表される著作物の多くはインターネットの上にある。これらを保存するには、どこかのサーバーに複製しておく必要があるが、複製を禁じることで著作権を保護してきた今の法律とは真っ向からぶつかってしまう。
そこを変えて、社会全体で補い合いながらアーカイブとしての機能を果す世界を私は夢見ている。何か突発的な事情でオリジナルが失われたとしても、社会のどこかに保存されたコピーがその作品を残していくという世界だ。
ネット上のコンテンツは比較的早く消える。書籍も酸性紙のため劣化するという問題がある。映画フィルムも録音テープも、保存状態にはよるが、長い年月の中で劣化していくことが知られている。記録されなかったものは勿論残らないし、記録されたものでもあえて保存や複製をしなければ、いつかは消えてしまうかも知れない。
世の中に向けた発表された作品が、すべて、いつも、そしてどこかで提供されている世界になってほしい。アーカイブの維持に携わる人を文化庁の議論のように制限してしまって、作品がこの世の中から失われてしまうデメリットを甘受しなければならないとしたら、あまりにも悲しい。
――『NHK青春ラジカセ』を聴きながら、そんなことを考えた。当時番組を聴いていた人だけではなく、いま始めて聴く若い世代にとっても、追体験の機会は貴重だ。瞬間瞬間を捉えた記録の価値というものは、後世の人間ほど重く感じられるものではないか。
私から見ても「ありがとう、残していてくれて!」という思いになる記録は多いのだ。
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2008年11月18日 (火)
ICPFセミナー「アメリカにおけるフェアユースの実情と日本への導入」に行ってきた
情報通信政策フォーラム(ICPF)のセミナー「アメリカにおけるフェアユースの実情と日本への導入」に行ってきた。講師が城所岩生先生(成蹊大学教授、米国弁護士)で、最初にセミナー開催がアナウンスされた時の仮タイトルは「フェアユース規定の導入を急げ!」だった。こちらの方が話の方向性を伝えているかもしれない。
今年の3月から、内閣に置かれた「知的財産戦略本部」で「日本版フェアユース」を著作権法に入れようと検討が進められてきた。知財戦略本部は、各省庁を統括する形で知財に関する大きな方向性を決める組織で、フェアユースについてこの17日まで意見募集が行なわれていた。
セミナーは、そもそも「フェアユース」とは何かというところから話が始まったのだけど、どうにも説明しにくい概念だ。著作権のある著作物を勝手に使っても、その著作権を侵害したとはみなされない「公正な」利用行為の範囲――と考えればいいのか。アメリカの著作権法では106条で著作権を定めて、それと並ぶ形で107条にフェアユースが決められている。先に定めた権利にかかわらず「フェアユース」なら侵害ではない、という書き方だ。たとえばテレビ番組を録画して、見て、すぐ消す場合が「フェアユース」の一例になる。
これに比べて、日本の著作権法ではフェアユースの規定は無い。それで「入れよう」という話になっているのだが、これまでは、著作権が働かないようにした方がいい利用行為を個別に列挙していく方式が取られていた。私的複製や引用といった事例を個別に並べて著作権を制限していくことから「個別権利制限規定」と言われている。
さて、アメリカ著作権法では「フェアユース」の範囲をどう決めるのかというと、条文の中に判断基準が4つ書かれていて、「使用の目的および性質」「著作物の性質」「使用された部分の量および実質性」「潜在的市場または価値に対する影響」を総合的に裁判所で判断するという。訴訟の中で著作権侵害かどうかを争い、訴えられた方が「フェアユース」だと裁判所に認めさせられれば勝てるというわけだ。
この4つの要件は、ただ読んだだけでは判りにくい。そこで城所先生は実際の裁判例を紹介しながら説明をした。
まず有名なのが、ソニー・ベータマックス判決だ。家庭用ビデオ機器でユーザーがテレビ番組を録画するのは違法だとユニバーサル・スタジオがソニーを訴えて、1984年のアメリカ連邦最高裁でこの判決が出された。実は上で書いた「テレビ番組を録画して、見て、すぐ消す場合」というのがこれで、ビデオ機器のユーザーがこういう使い方をするのは視聴の時間をずらす(タイムシフティング)だけなのでフェアユースだと判断された。ソニーに対しても、ビデオ録画機で違法でない録画ができる以上は責任を問えないとされた。
検索エンジンに関する裁判でもフェアユースが認められている。たとえば画像の検索をかけた時に検索結果として表示されるサムネイル画像について争われた Kelly対Arriba 第9高裁判決で、「使用の目的および性質」については営利目的だが「変容的使用」(もともとの画像をそのまま使っているのではない)にあたるとされた。「著作物の性質」は、複製されたものが著作物にあたるがネットで公開されているということでフェアユースの判断に「若干不利」。「使用された部分の量および実質性」では、確かに著作物の全体が複製されているけれども、一部を複製するだけでは検索エンジンの有用性が損なわれるの合理的とも言え、フェアユースかどうかの判断は「中立」(不利でも有利でもない)。「潜在的市場または価値に対する影響」は少ないとしてフェアユースに有利。これらの判断を総合した上で、画像検索とサムネイル表示がフェアユースと認められた。
こうした4要件の判断は、裁判の中で意外と丁寧に行なわれていると城所先生は言う。会員制で提供されていた写真が第三者にサイトに転載され検索エンジンに集められたという Perfect 10対Googleの第9高裁判決でも、「変容的使用」と「市場に悪影響を与える可能性が少ない」ことを理由にフェアユースが認められた。他の2要件では先のKelly対Arribaと同様の判断を下している。なお、これらの判決はサムネイル画像に限定していて、そこをクリックして表示されるフルサイズの画像については判断していない。
文書検索サービスに関する訴訟では、 Field対Google 裁判でキャッシュページについて争われた。キャッシュページは、Googleがウェブページを取り込んでサーバに溜め込んだものを表示させているから、ウェブページの複製をしているのは間違いない。これがフェアユースかどうかで争われ、複製元の原作にアクセスできない場合でも参照できること、権利者の要求によって後からGoogle内でデータを消せること(オプトアウトの手続きが存在すること)を主な理由として、フェアユースだと判断された。他の2要件は画像検索の時と同様。
フェアユースかどうかの判決が出る前に和解した例もある。Googleのブック検索は、全米作家協会と全米出版社協会からそれぞれ2005年に提訴され、2008年の10月に和解した。Googleが1億2500万ドルを支払うこと、著作権者へ収益を分配するための非営利団体を作ることなどを条件としている。城所先生は和解に至った理由について、「自分の感触」と前置きしながらも、書籍を取り込んで検索することについては権利者からの事後要求と削除(オプトアウト)の方式が業界で確立しておらず、フェアユースだとのGoogleの主張が認められない可能性があったからではないかと話していた。
以上のように、検索エンジンについての裁判所の判断はアメリカで積み上がってきている一方、日本では国内で検索エンジンのサーバを設置すること自体が著作権の侵害に当たると解釈されている。アメリカの著作権法と日本の著作権法、フェアユース規定があるのと無いのとでこんなに変わる。その結果、日本での検索エンジンはオプトイン(あらかじめ権利者の許諾を得てからサーバに蓄積する)が主流、アメリカでの検索エンジンはオプトアウト(まずサーバに蓄積して、権利者の要求があったら消す)が主流という違いをも生んだ。
検索エンジンの誕生は日本もアメリカも1994年だ。それが、今や日本でもアメリカ発の検索エンジンに席巻されることになっている。これは「失われた10年」ではないかと城所先生は話す。実は、著作権に関する行政を担当している文化庁は、検索エンジンのサーバを国内で運用しても違法にならないよう条文を追加しようという結論を審議会で出しているのだが、まだ実現していない。
日本では、放送関連でベンチャーが登場していながら、番組の権利を持っている放送局からの訴訟で潰されてしまっている例がある。例えばテレビパソコンを自社の事務所へ置いて、海外にいる顧客にテレビ番組を転送するサービスをしていた「録画ネット」の事件。マンションの共用部分にHDDレコーダーを置いて、各戸からテレビ番組の録画・再生の操作を可能にした「選撮見録」の事件。前者と同様のサービスとして、「ロクラク2」や「まねきTV」も訴訟に遭っている。
日本では放送局にも著作隣接権という権利が与えられていて、裁判でも「まねきTV」事件以外はその権利が侵害されたとの主張が認められている。ユーザーから見れば、自分でレコーダーを用意して録画すれば「私的複製」という個別の規定で認められているので自由にできる。そのレコーダーを事業者が用意して管理してくれるという違いでしかないのに、裁判になるとこれが「私的複製」とは違うという判断になってしまうわけだ。実際、「まねきTV」だけが生き残れているのは、ユーザーに市販の録画・ネット転送の機器を買ってもらって、事務所で預かるという手続きを徹底したためだった。
日本で著作権に関する訴訟があるとしばしば「カラオケ法理」というのが登場する。もともとはカラオケスナックで客に唄わせることが音楽の著作権を侵害するかとの争いで、最高裁判所が「その場を店側で管理している」「その場を提供することで利益を得ている」という基準を出して、店が著作権侵害をしたとみなした1988年の判断から来ている。実際に唄っているのはお客だったり従業員だったりで、これだけを見れば著作権法では侵害行為ではないとも言える(無償・非営利で唄うことは著作権の侵害ではないと定められている)。しかし、この「カラオケ法理」で実質的に店が唄ってるものと解釈して、JASRACが使用料を徴収できるようにした。
この「カラオケ法理」は「録画ネット」「選撮見録」「ロクラク2」の裁判でも当てはめられている。録画の操作をしているのはユーザーなのに、事業者が録画をしたとみなされているわけだ。そうした判断を回避しようとすれば、「まねきTV」のように厳格で面倒な手続きを経るしかない。
アメリカにもこういうサービスはある。「スリングボックス」というサービスは「録画ネット」のようにテレビ番組の録画とネット転送を可能にしている。また、ケーブルテレビ会社が自社にレコーダーを設置して、ユーザーの家庭から遠隔操作して録画・再生ができるサービス(「リモートストレージDVR」と呼ばれる)を行なっている。後者については映画会社やテレビ局から訴えられてたが、著作権侵害ではないと判断された。日本とは対照的な動きだ。
必ずしもフェアユースだけが日本とアメリカの違いというわけではないのだが、実際に新しいサービスが試みられて、訴訟の末に生き残っていけるかはフェアユース規定の有無に大きく左右されている。日本では、著作権の侵害を否定する根拠が個別列挙にしか無いからだ。しかもその列挙された利用方法に、サービス事業者が主張できる項目が極端に少ない。そうしたハンデに加え、「カラオケ法理」がネット上のサービスにどんどん当てはめられてしまい、ユーザーがしてる行為だからという抗弁が封じられる。これでは、サービスを考える側も萎縮的にならざるを得ない。
日本でこれから作られる予定の「フェアユース」の実際の中身はまだ判っていない。現時点では、アメリカ著作権法のフェアユースを参考にしながら内容と効果を想像することしかできない。知的財産戦略本部でイメージされているのは、フェアユースを著作権法に入れるという方向性と、今の著作権法で個別に決められた自由利用の範囲をそのまま残し、それ以外で認める必要のある自由利用を「フェアユース」で可能にするという効果だ。それによって、自分でリスクをとって挑戦していくベンチャーが日本でも登場してほしいと。
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2008年11月 7日 (金)
著作権分科会の法制小委「中間まとめ」・保護利用小委「中間整理」パブコメは11月10日までなんだけど、締切り直前になって文化庁が意識調査の内容を公表した件について
——いや、べつに文化庁をdisろうという話ではありませんけどね。
この週末が明けますと、法制小委「中間まとめ」および保護利用小委「中間整理」パブコメの締切りとなります。11月10日です。
http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakuken_hosei_ikenboshu.html
「文化審議会著作権分科会『法制問題小委員会平成20年度・中間まとめ』に関する
意見募集の実施について」
(文化庁) 2008.10.9
http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakubutsu_hogo_ikenboshu.html
「文化審議会著作権分科会『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会中間整理』
に関する意見募集の実施について」
(文化庁) 2008.10.9
あと面白いことに、パブコメ募集期間の最後の週末を前に、文化庁が意識調査の内容を公表しました。調査を委託されているという社団法人 中央調査社のサイトにも同文面のページが上がっているようです。
http://www.bunka.go.jp/oshirase_other/2008/chosaku_ankeito.html
「文化庁『著作物の利用についてのアンケート調査』の実施について」
(文化庁) 2008.11.7
http://www.crs.or.jp/about_9099.htm
「著作物の利用についてのアンケート調査」
(社団法人 中央調査社)
保護利用小委(文化庁は「過去小委」と略称)のパブコメへ意見を送った個人が調査の対象になるというのは、以前から案内のあった通りです。そして今回明らかになったことで面白いなぁと思ったのは、どうも意見を送った人が書いた住所に訪問して調査票を渡すらしいのですね。ということは、「訪問でも何でも来いや! 答えてやるぜ」という人は、パブコメを送るときに住所は地番・部屋番号まで書いた方が良いということですか。
これから意見を送ろうという人はその辺りも考えていただけるとよろしいかと。住所を省略して既に送ってる方でも、まぁ適当に書いて再度 住所をフルに入れた意見を出すという手もありそうですね。
さて、保護利用小委に送った私の意見は既に公表しておりますが、今度は法制小委の方を公表します。例によってCCLでの公表ですので、好きに使って貰って構いません。ああ、改変しても良いですよ。パブコメの場合は「継承」を外しているということで解釈してもらって構いません(ライセンス的には、私がここで改変許諾を宣言したということでよろしく)。
■「法制問題小委員会平成20年度・中間まとめに関する意見」
5.該当ページおよび項目名:
第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について(全体として)
6.意見: 以下の通り
「デジタルコンテンツ流通促進法制」の必要性はテレビ番組に限ったものではない。「過去のコンテンツ」でありネットでの二次利用を望まれる(そして現在なかなか流通が進まない)ものの代表としては確かにテレビ番組が想定されるところだが、実際問題として音楽・映像分野でも海外に遅れを取っているのが現状である。
単純に、海外での配信サービスが日本に上陸しても、本国と同様のカタログを維持できないのは(国による権利関係の違いが原因とは言え)ユーザーから理不尽に映る。
著作権分科会下の各小委員会では、この「流通促進法制」に関する議論を他の省庁の審議会での議論の経緯を見ながら行なっているところだが、その多くはテレビ番組に限定して議論されたものである。著作権分科会がこの範囲に縛られる必要はなく、むしろもっと広い視野でこの問題を検討していくべきではないのか。
著作権が関与する範囲も無論放送番組だけでないし、放送番組で指摘される流通阻害要因が他の著作物でも起こっていないのか精査することを望む。
5.該当ページおよび項目名:
第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について
2 コンテンツの二次利用の円滑化に関する課題
6.意見: 以下の通り
「デジタルコンテンツ流通促進法制」を放送番組に限って議論すること自体、妥当性を欠き議論を不当に矮小化するものと考えられる。その上「権利者不明等により契約交渉が用意でない場合の問題が中心課題」とするのは問題をさらに矮小化していると言わざるを得ない。多数の権利者が存在する際に一人でも許諾を拒否する者がいる場合こそが問題の本質であり、全員一致で権利行使するのでなく誰かが許諾をすれば流通できるような制度が望まれている。また、これは放送番組に限らず、音楽配信や映画配信ですらも同様の問題を抱えている。
「権利者不明の場合に十分な調査をした上でも権利者が不明である場合に、一定の条件で利用を認める制度的措置について、早期に実施に移すべき」というまとめ自体には賛成である。しかもこれは保護期間の延長や「デジタルコンテンツ流通促進法制」に関係なく、単独の課題としても解決すべきものである。
また、これだけでもまだ「流通促進」には不足である。海外で既に新しいビジネスモデルとして進み出しているサービスの内容を、日本で試せない(あるいはその権利を持っている者が試そうともしない)のが実情であり、だからこそ“権利制限すべき”との論が説得力を持ってしまうのである。
権利を持つ者が自ら集中管理を実効性あるものにする努力を怠らないとするならば、現状のままでもデジタルコンテンツの流通促進は見込めるだろう。しかしそれがまだ不足していることは関係者の一致した見方だ。
権利制限をも視野に入れた議論は権利者(特に著作隣接権者)に選択を迫る働きがあるのではないか。その意味でも、放送番組に限った議論をすべきではない。
5.該当ページおよび項目名:
第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について
3 インターネット等を活用した創作・利用に関する課題
6.意見: 以下の通り
「インターネット等を活用した新たな創作・利用形態に関する課題について、委託調査により、関連事業者等が問題を感じている点を調査」した結果、多くは著作権分科会の検討課題に含まれているが「ストレージサービス等についての法的評価の問題」が指摘されたとある。これはまさに司法で「カラオケ法理」が拡大しすぎていることによる。これに歯止めをかけ、インターネット上で提供されユーザーの利便を高めるサービスを「著作権侵害」から救う制度的方策を早く取るべきである。
「現在の権利制限の切り口(私的領域かどうか、非営利無料かどうか等)と、実際に権利者の利益を不当に害するか否かの実態とが、乖離してきているのではないか」とあるが、むしろこうした問題設定は複製をそのまま権利者の不利益とみなす考え方から来ているのであって、ここから脱却して素直に私的領域内あるいは非営利無料の複製をありのまま認めるべきである。その上で、本当に権利者のビジネスに不当な影響を及ぼす態様の複製について対処していく考え方で充分だ。
社会通念からすれば、私的領域内・外あるいは営利・非営利のラインこそが、許される・許されないラインと合致しており、むしろ先の「乖離してきているのではないか」とする著作権法上の伝統的な考えの方が乖離しているとすら思える。
「不特定多数の者のマッシュアップによって制作が行われる場合について、今後生じてくる可能性のある問題点について、精査と研究を行うことが必要」とある部分については、賛成である。すぐにでも精査・研究を行なうべきであるし、そうした表現の妨げになるような障害はなるべく取り除く(あるいは適切なルールが出来るよう促す)ことが必要である。
(以上、文言は中間まとめ概要より引用した。)
5.該当ページおよび項目名:
第2節 私的使用目的の複製の見直しについて(全体として)
6.意見: 以下の通り
私的使用目的の複製の見直しについては、私的録音録画小委員会の議論を受けて法制問題小委員会でも検討されたことになっているが、極めて不足した内容と言わざるを得ない。著作権法30条によって私的複製される範囲の縮小(あるいはこれまで曖昧だった部分の明確化)にどれだけの実効性があるのか、また私的録音録画小委員会での議論の前提が妥当だったのかとの精査は手つかずのままである。
特に私的録音録画小委員会では、30条縮小を示唆した中間整理に対して多数のパブリックコメントが反対意見として集まったにもかかわらず、その多数意見を無視して30条縮小を押し通したという経緯がある。パブリックコメントの中で指摘された問題点についても私的録音録画小委員会では対処されておらず、法制問題小委員会での検討の前提とするには、あまりにも不適当な形で出されたものである。
私的録音録画小委員会が打ち出したのは、違法複製物や違法配信物からの私的複製と、適法配信からの私的複製とについて著作権法30条の対象から外すとの方向性である。
しかし前者は、ユーザーから見て私的複製元の録音・録画物が適法に提供されたものかは知ることができず、またいざ裁判になった場合でも自らが所有する複製物の適法性を証明することは困難である(その複製ソースが手元に無い場合はレンタルCDの例を持ち出すまでもなく少なからず存在する)。さらには日本レコード協会から提案されている「適法マーク」(いわゆるエルマーク)は音楽配信のみに使われ(しかもiTunes Storeには採用されていない)、かつ海外での配信には当然のことながら付されていない。このことは著作権分科会でも指摘されている。しかし私的録音録画小委員会では精査されておらず、更に同小委員会では映画製作者代表の委員から「適法マーク」の使用がまだ準備段階でしかないことが明らかにされた。また、ダウンロードを対象としストリーミングは含まないとの事務局見解についても、その区別をどうするのかについては答えが出ないままである。仮に「情を知って」との要件が加えられるとしても、その証明が(権利者側にもユーザー側にも)困難である以上、違法であるかそうでないか判らない不安定な状態が今後より一層強まるだけである。
後者については、配信時の契約によってその後のユーザーの複製の許諾範囲を定めるという考え方であるが、現状でも配信時の契約では明らかにされていない私的複製態様は想定される。特に変換・バックアップに伴うような所謂「孫コピー」については契約で定めることは考えられず、また敢えてそれを契約で禁止することでユーザーの利便性を大きく損ねるおそれも生じるところである。私的領域内で行われる複製であるにもかかわらず、社会通念上は認められ得るのに「違法」とされる行為が多く発生し放置されることになりかねない。
30条へ安易に手を加えることで、著作権法が規範としての役割を果たせなくなることを危惧する。
私的録音録画小委員会では「録音」「録画」についてのみ30条縮小の対象とされていたが、著作権分科会での委員の指摘を受けて、法制問題小委員会でもプログラム著作物を対象とするか検討が加えられた。結論としてはプログラム著作物について30条縮小を行なうことは見送られた感がある。
このこと自体は歓迎するが、その理由が「現時点で必ずしも明確といえる状況ではない」というのは問題である。つまりプログラム著作物での被害状況が「明確」になれば30条縮小があり得たということだ。しかし前述の通り、30条縮小自体のもたらす法的効果について(本来は専門的な検討が加えられるべき)法制問題小委員会で議論されなかったことは遺憾である。
また、他の著作物についても要望が無かったという理由だけで片付けているのは不足と言わざるを得ない。テキスト・絵画・写真等の著作物を30条除外の対象に加えると、社会的にどのような混乱をもたらすのか明確に示すべきだったのではないか。そして、その混乱は録音・録画の場合には起こらないとも必ずしも言えないということも意識すべきである。
法制問題小委員会は数年前から有識者中心の委員構成とし、専門的な議論が行なえる小委員会として組織されている筈だが、こと私的複製に関する議論では全くその専門性が活かされていないというのが残念でならない。
5.該当ページおよび項目名:
第3節 リバース・エンジニアリングに係る法的課題について(全体として)
6.意見: 以下の通り
リバース・エンジニアリングについて、相互運用性の確保を目的としたものは「一定の要件の下で」権利制限を早期に措置するとした方向性に賛成である。ただし「一定の要件」というのがくせものであり、これによって権利制限の対象となるリバース・エンジニアリングが過度に狭められないよう要望する。
著作権法においては複製を行なった時点を捉えて権利が及ぶか否かを考えるところであるが、リバース・エンジニアリングについては複製段階ではなくその結果の公表段階を捉えて権利行使を考えるべきではないだろうか。複製元のソフトウェアとの「競合性」を判断材料にする案も出されているが、相互運用性の持ったソフトウェアは運命的に元のソフトウェアと「競合性」を持っているものである。「競合性」そのものよりも、不正競争的な観点でもって適法性を考えるべきではないか。
障害の発見等の目的で行なうリバース・エンジニアリングについても「権利制限を早期に措置することが適当」との方向性を出したことを歓迎する。こうした場面では、分析を必要としながら一刻を争うようなことも想像される。コンピュータが社会の大部分を占める世の中になっている以上、これを安全に運用するための分析行為がはっきりと適法であるとされる意味は大きい。
逆に「ウィルス作成等の悪意ある目的の場合との区別」も指摘されているところであるが、こうした区別が可能なのかは微妙な問題と言えよう。ここでの「区別」を厳密にしようとするあまり、先の障害発見目的のリバース・エンジニアリングを妨げることになってしまっては元も子もない。権利制限を先行しつつ、「悪意ある目的の場合との区別」を慎重に見極めていただきたい。
その他プログラム開発の目的で行なわれるリバース・エンジニアリングについては、「範囲が無制限に広がり、不適当」とある。
しかしながら今回の法制問題小委員会での検討にリバース・エンジニアリングが盛り込まれたのは、表現を模倣するのでなくアイディアを抽出する作業が著作権法で禁じられてしまっていることへの対処である。その原則を貫徹させるならば、「その他プログラム開発の目的」でもリバース・エンジニアリングを権利制限の対象とすべきではないか。
むしろリバース・エンジニアリングを複製と解釈するのではなく、そのリバース・エンジニアリングからソフトウェアが作られ公表された時点をもって侵害を判断する形にすべきではないだろうか。
(以上、文言は中間まとめ概要より引用している。)
5.該当ページおよび項目名:
第4節 研究開発における情報利用の円滑化について(全体として)
6.意見: 以下の通り
研究開発における著作物複製に関する権利制限も法制問題小委員会で検討されたが、「早急に結論を得るべき範囲と、それ以外に分けて検討」するとした結論が出てしまうところに「日本版フェアユース規定」の必要性を感じざるを得ない。時間をかけて個別の制限規定を定めていくのでは世の中の動きに対応できないというのがフェアユース導入論の根拠の一つであるが、法制問題小委員会において(日本版フェアユース規定の導入を見据えながら議論されているのも興味深いが)こうした消極的な議論になってしまうのは図らずもそれを証明してしまったように思えてならない。
「情報解析分野の研究開発」において権利制限を行なうとの方向性には賛成する。「権利者の利益を不当に害しないこと等の条件の下で」としていることも妥当であろう。
「その他の研究開発分野」について「大学の研究者の行う複製」に限定してしまっているのは問題がある。この「研究」の範囲に個人研究者まで含められれば、権利制限がもたらした研究の社会への貢献が期待できるのではないか。
研究開発目的の権利制限においても、複製の時点で権利が及んでいるとは考えずに、その結果を公表する場面に応じて権利を及ぶようにしてはどうだろうか(私的複製物が公衆の前に出された時点で権利制限から外れるのと同じようなイメージ)。この際に営利目的か否かの枠をはめ、補償金を用意するなりして対処すると良いのではないか。
(以上、文言は中間まとめ概要より引用した。)
5.該当ページおよび項目名:
第5節 機器利用時・通信過程における蓄積等の取扱いについて
6.意見: 以下の通り
「機器利用時における蓄積」および「通信を巡る蓄積」に関し複製とみなさないことを法律上明確にすることには賛成である。
ただし、その要件を設けることにより、新しい通信技術が登場した場合や、今あるP2P通信技術を用いた場合(今回のワーキングでの検討では対象とされなかった)などにやはり「複製」と解される蓄積が出てくるのではないかと危惧される。挑戦的・意欲的な通信事業者にとっての足かせを充分に外すところまでは行ってないのかも知れない。
こうしたところでも、また「日本版フェアユース」の必要性を意識させられるところである。
ともあれ、今やれる対処はしておくべきであろう。
5.該当ページおよび項目名:
第6節 その他の検討事項
6.意見: 以下の通り
「通信・放送の在り方の変化への対応」に関し、著作権法において放送/通信の区分について実態を見た上で放送関連法と定義を一致させるべきである。要するに、公衆が視聴する映像であって同時性を重視した番組構成のある一方的放映を「放送」とすべきである。
知的財産戦略本部の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」において「日本版フェアユース」導入への方向性で報告がまとめられるところであるが、その後 法制問題小委員会において詳細な検討が加えられるものと目されている。この規定の導入は是非とも必要であり、今期法制問題小委員会の報告書でも導入の必要性を書き込んでも良いほどである。
本「中間整理」が著作権分科会において了承される際、三田委員からフェアユース規定導入への慎重意見が出たものと記憶しているが、「日本という国は裁判で決着するということでなく、話し合いで決めるというのが国民性」とする委員の見解はフェアユース導入を否定する根拠にはなり得ない。なぜなら、既に裁判によって多くのネットサービスが差止められてきたからである。日本版フェアユースの導入が叫ばれるようになってきたのも、こうした実態があってのことである。
三田委員は同じ会合で、知財本部の「議論の動向を見守りつつ」と言わずぜひ法制問題小委員会としても積極的に議論すべきと発言していたが、私もこの意見に(委員とは反対の意味で)賛成である。繰り返しになるが、法制小委でもフェアユース規定の導入の必要性を、早いうちから積極的に打ち出すべきなのである。
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2008年11月 6日 (木)
「過去小委員会中間整理に関する意見(個人)」
――とりあえず提出しましたよ!
まぁ、基本的には、前に公開したやつをベースに書いたのですが。
概要の方を見ながらメモを取った後で本文と付き合わせたような書き方ですんで、文言の引用は概要の方が中心になっております。
保護利用小委(文化庁としては「過去小委員会」)のパブコメは文化庁の「意識調査」へ連動される予定なんですけど、個人名義で送った人にしか「意識調査」の回答権が与えられないようです。なので物申したい方には是非パブコメの提出をお勧めします。出した人全員に意識調査の声がかかるとは限らないかも知れないですが。
たとえばこんな感じで一言でも良いのではないかと。
タイトル「過去小委員会中間整理に関する意見(個人)」
1.個人/団体の別: 個人
2.氏名: ****
3.住所: ****
4.連絡先: **@**
5.該当ページおよび項目名:
第3章 保護期間の在り方について(全体として)
6.意見:
保護期間の延長には断固反対!
これを kako-syo@bunka.go.jp へ送る、みたいな。
さて、私が送ったパブコメを以下に転載します。
5.該当ページおよび項目名:
第2章 過去の著作物等の利用の円滑化(全体として)
6.意見: 以下のとおり
保護期間を原則死後70年に延ばす際に生じる多くのデメリットが延長慎重論の論拠である(ただしそれらが論拠の全てではない)。これを受けて、そのデメリットを減じる施策を考案し、延長への議論を進めるという手法は論理的にはあり得るところである。
しかし保護期間延長のデメリットを減じるという触れ込みで“利用促進策”が本「中間整理」で提言されている割には、その範囲は不当なまでに狭い。
「過去の著作物等の利用の円滑化方策」(中間整理4ページから)については、もっぱら放送番組の二次利用を前提とした著作隣接権の集中管理や、権利者不明の場合の裁定制度の活用など、範囲が限定されすぎていると言わざるを得ない。
その一方で、延長の際に必ず問題となることが予想され、かつ現に(保護期間内であっても)流通を阻害する要因として考えられるものはこの検討範囲の外にもある。たとえば多数権利者が関わり、そのうちの僅かな反対によって利用が妨げられるケースについて、中間整理はどれだけの方向性が打ち出せているか。
この種の問題を解決する策として有効だと考えられる権利の集中管理は、確かに著作権分野や放送番組での著作隣接権においては権利者側の努力が始まってはいる。しかし放送番組以外のジャンル――たとえば音楽配信や動画配信(とりわけDVDと競合するようなダウンロード販売によるもの)について、関係権利者間の意向の食い違いが見られ「集中管理」と呼べる状態には無い場合が多い。海外ではさまざまな配信の試みが行なわれ、中にはビジネスモデルとして定着したものも出始めている中、それと同じコンテンツを日本のユーザーが享受できない問題が発生している。iTunes Storeでの米国版と日本版のカタログの差異などはその代表と言えるだろう。
場合によっては日本から海外のサービスを使うという方法もあるが、それでは国内産業振興の観点から解決策と呼ぶことはできまい。国内での著作権・著作隣接権の集中管理を進め、少なくとも海外で適法配信されている著作物は、日本でも同様の仕様で配信されることが可能なようにすべきであろう(それは原権利者の意思として流通を考えているということでもあるのだか)。
「アーカイブの円滑化」(中間整理38ページから)については、そのアーカイヴを作成する主体を著しく狭めて検討されているのが問題である。図書館(とりわけ国立国会図書館)・博物館、あるいは自らが番組の権利者でもある放送事業者が作成する場面しか想定されていない。
しかしながら、インターネットによるアーカイヴサービスが一般化しつつある現在において、むしろアーカイヴの主体として考えるべきはネット上でのサービス事業者や個人ユーザーである。
特に、ネット上に浮かんでは消えるコンテンツの保存において、そのアーカイヴィングを国立国会図書館だけに委ねるのは、予算の面で言っても手間の面で言っても酷に過ぎると言え、また実際問題として網羅性を確保するのは不可能であろう。そこで重要になってくるのが米国でのInternet Archiveのような民間事業者であったり、個人ユーザーの手によるアーカイヴ(要は転載)である。民間・個人が主体となって非営利で行なわれるアーカイヴについては、一定の要件を付した上で認めるべきである。
「中間整理」で想定されていた主体以外についても(一定の要件を設けるにせよ)検討を加え、言ってみればインターネット全体がアーカイヴであり続ける施策を打ち出す必要がある。
5.該当ページおよび項目名:
第2章「過去の著作物等の利用の円滑化」
第2節「多数権利者が関わる場合の利用の円滑化について」
6.意見: 以下のとおり
「多数の権利者が関わる場合の利用の円滑化」(中間整理10ページから)において想定されているのは放送番組だけである。実演家の権利が実質的に“買い上げ”られていたり「ワンチャンス主義」で既に消えてしまっていたりするような音楽・映像分野においては、「多数の権利者が関わる」ゆえの流通阻害が起きていないとの前提で検討がなされているようである。
しかし現実に海外との比較で「流通阻害」が目に見えて起こっているのは寧ろそうした音楽・映像分野である。法律や契約により著作隣接権の行使は出来ないことが多かろうが、原権利者(著作隣接権者)だった実演家が流通を望みながら、現在の権利者によってそれが止められているという「多数の権利者が関わる場合」の流通阻害を解消すべきである。
また、放送番組に限定して検討された筈の「利用の円滑化」方策においても、結局は「必ずしも不当な理由による許諾拒否とは言い切れず、むしろ、実務上は、インターネットの番組配信がビジネスモデルとして未成熟であることや、引退等の理由で不明者の許諾が得られないことの方が問題」とし、「明確に効果がある制度的な対応策を見出すことは困難だが、引き続き権利の集中管理の促進、適正な利益再分配ができるビジネスモデルの構築等の関係者の取組が必要」との結論に至っている(以上の文章の抜粋は中間整理概要から)。これでは検討する前と変わっていない。何も言っていないのに等しい。
海外において新たな試みが次々と登場する中、日本ではネット配信ビジネスにおいて閉塞感に包まれている。せめて海外で一定の成果が見られるビジネスモデルについては、同等の条件で許諾を出せるよう方策を考えるべきではないのか。そして如何にして権利者への対価の還元を実現するかを考える方がよほど建設的というものであろう。
著作物というのは、市場を流れなければ利益を生まない。
5.該当ページおよび項目名:
第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
第3節 権利者不明の場合の利用の円滑化について
6.意見: 以下のとおり
現行著作権法にも、権利者不明の場合には一定の要件を求めた上で裁定制度の利用が認められてはいる。しかしこの裁定制度の手続きは、合理的な範囲で簡便になる必要がある。裁定制度のハードルがそのまま著作物利用の妨げとなってしまうのでは本末転倒である。
また、「著作隣接権について、現行裁定制度と同様の制度が設けられていない」(中間整理26ページ)との認識を重く受け止めるべきである。たとえば一定数の関係権利者(原権利者も一定条件で含めて考えている)の許諾を得られれば利用可能となるような裁定制度なども考慮すると良いのではないか。音楽配信においてレコード会社が許諾を拒否していても、アーティスト側で配信を望んでいる場合には裁定制度の利用で配信可能とできるような。
中間整理では制度的対応策として、権利制限規定と事後承諾的な使用料支払いによるA案と、第三者機関への供託を定めるB案とが提案されている(29ページから)。
これらは必ず相反するというものではなかろう。両方を組み合わせて実現することもおそらく可能だ。そうした柔軟な姿勢で、実効性ある制度の実現を目指すことを望む。
5.該当ページおよび項目名:
第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
第4節 次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
6.意見: 以下のとおり
アーカイヴ活動の円滑化に関する整理の中で、「インターネット技術を活用して情報を共有する習慣が広まってきている中で、インターネット等を通じて多くの者が情報を共有できる環境を整備することが重要ではないか」としておりながら、そのアーカイヴの主体を「コンテンツ事業者自ら」と「図書館等を代表例として」しか考えないのは何故か(以上の文章は中間整理概要より抜粋)。
中間整理の中では「インターネット等を通じて各種のコンテンツに国民が容易にアクセスできる環境を整備することが重要との問題意識に照らした場合には、コンテンツ提供者が自ら構築するアーカイブであっても、図書館等のコンテンツ提供者以外の主体が行うアーカイブであっても、国民が容易にアクセスできるようになるとの面で同様の効果があり」(39ページ)とされているが、やはり重要な点が抜け落ちているように思える。
インターネット技術の活用という点においては、コンテンツ事業者も図書館も他のネットサービス事業者も個人ユーザーも変わりなく、ある者が可能なアーカイヴ手段は殆どの場合 他者にも可能である。多くの者が関わるなか僅かなリソースでも持ち寄り、世界規模でそれを集積することで巨大な情報アーカイヴを実現するというのがインターネットである。
情報をほんの何カ所かに集中するのではなく、もっと分散的に蓄積する手段を想定し、制度を考えるべきであろう。
5.該当ページおよび項目名:
第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
第4節 次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
6.意見: 以下のとおり
中間整理42ページから書かれている、国立国会図書館において「納本された書籍等を将来の保存のために直ちにデジタル化(複製)することが認められる」よう著作権法上明確にするとの方向性は支持する。
その一方で、国立国会図書館でデジタル化された資料について「館内閲覧やコピーサービスのルールについて関係者間で協議が必要」「図書館間の相互貸借を円滑に行うための方策について関係者間で協議が必要」とあるが、これらの資料活用法に制限を加えてしまってはデジタル化した意味が減じられてしまうのではないか?
最低限、現に絶版などの理由で入手不可能となっている資料のデジタル化されたものについては、館内閲覧・コピー提供・相互貸借を可能とするよう制度的に担保すべきである。またこの担保の際には、無償原則によって図書館が社会的インフラとしての役割を要求されていることも忘れてはならない。
「記録技術や再生手段の変化に対応するための複製について、著作権法第31条第2号の解釈により可能であることを明確にする」とのことであるが、これが規定で明確にすることではなく解釈によることとした理由をもう少し明らかにすべきではないか。
これまで図書館が著作権法の権利制限規定を厳格に解釈しそれを遵守してきた過去を踏まえて、図書館側から改正要望が出されていた項目である。このことは、図書館側としては規定を加えた方がより対処しやすいものとも考えられるが、規定を加えることで何か副作用を生じるのだろうか?
(以上、文言自体は中間整理概要より抜粋した。)
5.該当ページおよび項目名:
第3章 保護期間の在り方について(全体として)
6.意見: 以下のとおり
保護期間を現在以上に延長することは、その結果が仮に原則死後70年より短かったとしても、反対である。根本的に、こうした保護期間延長によって“利益”を得たり、「権利が切れて困る」と主張しているのはその著作物を作った原著作者ではなく、その承継者である。それが判りきっているのに保護期間を延長するとすれば、もはや著作者のための制度設計とは呼べない。既に亡くなっている著作者への“利益”ではなく、いま生きていて現に創作活動を行なっている者たちへの支援を考えるべきである(そして、その方策は決して保護期間の延長ではない)。
権利承継者にとってみても、これまでの保護の水準を前提にビジネスを組み立てていたところである。手持ちの権利の期間を延長するということは、労せずして収益増の機会を得るということだけでなく、新たな創作を進めることで利益を得ようとするインセンティブを減じることにもなりかねない。
また、保護期間延長によって生じる問題をもっと重く見るべきである。――権利者の所在が不明になり著作物利用許諾が困難になる、多くの権利者が関わることで利用許諾が出されにくくなる、ボランティアベースで進められているアーカイヴのプロジェクトが進められなくなる、すでに文化に溶け込んだ表現を過度に保護し次世代の創作を縛る等。
これらは無論、保護期間が満了していない時期からすでに問題となっているものであり、保護期間延長の議論とは別に対処されるべきものでもある。しかし保護期間が延長されれば、これらのデメリットが増幅されるのは明らかである。著作権(あるいは著作隣接権)が基本的に「禁止権」として設定されている以上、他人の行動への影響を強く与えるものだという意識が制度設計において必要である。
仮にこうしたデメリットの解消を約束して保護期間延長の合意を取り付けようとしたとしても、その延長の前に、対処の有効策を実現しなければ説得力は生まれない。延長の議論は、本来その解消の後に為されるべきであった。
現時点では、保護期間延長の議論を行なうこと自体、時期尚早と言わざるを得ない。
5.該当ページおよび項目名:
第3章 保護期間の在り方について
第3節 各論点についての意見の整理
6.意見: 以下のとおり
著作権分科会において説明資料となった中間整理概要について気になった点がある。この資料の中で「プロのクリエーター育成のためには、保護期間延長ではなく、ネットの違法コピー対策など、別の対応策を考えていくべきではないか」とまとめられているが、これは実際の中間整理では92ページに「次のような意見があった」ものとして書かれているものである。それをあたかも代表的な意見として概要に掲載してしまったのは、印象をミスリードしてしまうおそれがあるのではないか。
また、保護期間延長がプロのクリエイター育成に役立たないのは言うまでもないが、ここで重要なのはクリエイターへの利益還元や支援をどう行なうかということであって、「ネットの違法コピー対策」は直接には関係ない。
ここで関係があるとの判断をしているとすれば、「ネットの違法コピー対策」が直接的に権利者に利益をもたらす(それまで「違法コピー」をしていた者が正規品へと流れていく)との前提がなければならない。
しかし、ネット上での有効な著作物流通が不充分な今これをやっても権利者へ利益をもたらすことはあるまい。「ネットの違法コピー」が“地下”に潜るか、そもそも特定の著作物を鑑賞するという習慣が国民の中の少なくない人々から失われるだけであろう。
折衷案として「死後50年から70年の間は許諾権ではなく報酬請求権にすること」「延長希望者が更新料を支払って登録する制度」「延長の20年で得られた使用料を文化振興基金に充てること」「翻案権等の一部の支分権については延長しないこと等」と書かれている(以上、抜粋は概要から)が、これらはいずれも多く指摘されるデメリットを解消した後でなければならない。想定される懸念の多くは解決しないからである。
加えて、94ページにおいて「映画の著作物の保護期間について」との項目が設けられており、その期間延長も今後検討され得ることが書かれている。そもそも今回の死後50年から70年へ延長せよとの議論は、映画著作物の保護期間を(公表後起算とは言え)延長したことも発端となっているものであり、そこでまた映画著作物でも延長をすれば次は他の著作物でもさらなる延長が要望されるのは目に見えている。延長していくことで、それが呼び水となってさらなる延長を招きかねないというのも、延長慎重論の根拠のひとつであるが、直接的ではないにせよ中間整理においてそれが示唆されてしまっていることは注目に値する。
戦時加算については全くいじる必要はない。戦時加算によって著作権保護期間が存続しているものでも、近年のうちに順次切れてきているからである。10年ほど前であればまだしも多少は意味があっただろうが、もはや2008年においては保護期間延長の根拠とはなり得ない。時間が解決する問題である。
まして戦時加算の解消を条件に保護期間を延長するという主張は一方にしか利することのない身勝手なものであり、検討の余地も無い。
5.該当ページおよび項目名:
第3章 保護期間の在り方について
6.意見: 以下のとおり
保護期間延長の「メリット」については、延長を要望する側が説得的に材料を提示すべきところ、それができなかったということが言える。
「二者択一の形で議論するだけでなく、両方のメリットを受けられる方法なども含めて検討を進めるべき」とまとめているが、これは「メリットを受けられる、少数であるが価値の高い著作物」に限って延長するという方策でも実現しない限り無理である。しかし延長要望側の意見としては、これから何十年経った後に急に「価値の高い著作物」と認められることも想定しており、こうした選択的な保護期間延長を受け入れられるかは疑問である(以上、文言は中間整理概要から抜粋)。
このまとめはもはやレトリックに過ぎないものであって、実質的な意味は無いのではないか。
保護期間が延長されても問題があまり生じない著作権制度という観点での提案は果たしてあったのだろうか? そうした著作権制度を論じ、その実現に目処が立たない限り、この議論が延長容認でまとまることは無いだろう。
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2008年11月 3日 (月)
パブコメラッシュ
先に著作権分科会(法制小委と保護利用小委)のダブルパブコメについて書いたんですが、他にもパブコメが始まってましてね。
「日本版フェアユースをめぐる」デジ・ネット専門調査会の報告案やら、青少年ネット規制法がらみやら何やらで一杯ですよ。
とりあえず紹介だけしておきます。現時点はこれで勘弁して下さい。
●11月14日締切り ※民間の意見募集です
http://www.iajapan.org/filtering/press/20081017-press.html
「『青少年の安全なインターネット利用環境の整備を目指して
関係者に望まれる取組みについて~書き込み可能なCGMサイト増加への対応~
(中間とりまとめ)』に関する意見の募集について」
(財団法人インターネット協会) 2008.10.17
●11月16日締切り
http://www.soumu.go.jp/s-news/2008/081017_8.html
「青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等
に関する法律施行令(案)に対する意見募集」
(総務省) 2008.10.17
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=095081280&OBJCD=&GROUP=
「『青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する
法律施行令(案)』に対する意見募集」
(e-Gov:意見募集中案件詳細)
●11月17日締切り
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/pc/081030/081030comment.html
「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会報告案に関する意見募集」
(首相官邸・知的財産戦略本部)
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=060081030&OBJCD=&GROUP=
「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会報告案に関する意見募集」
(e-Gov) 2008.10.30
●11月22日締切り
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=120080022&OBJCD=&GROUP=
「インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の
規制等に関する法律の一部を改正する法律に関し
国家公安委員会が定める処分基準案に対する意見の募集について」
(e-Gov) 2008.10.24
●11月21日締切り
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=145207391&OBJCD=&GROUP=
「『通信プラットフォーム研究会』報告書案の公表及び本案に対する意見の募集」
(e-Gov) 2008.10.25
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法制小委「中間まとめ」・保護利用小委「中間整理」パブコメ締切りまであと1週間
御無沙汰してしまいました。“やるやる詐欺”みたいになってしまってますが。
保護利用小委と法制小委のパブコメは結局10月9日に開始され、これの締切りが11月10日に設定されております。あと1週間ですな。
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000345&OBJCD=&GROUP=
「文化審議会著作権分科会
『法制問題小委員会平成20年度・中間まとめ』
に関する意見募集の実施について」
(e-Gov)
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=185000344&OBJCD=&GROUP=
「文化審議会著作権分科会」
『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
中間整理』に関する意見募集の実施について」
(e-Gov)
法制小委では、「中間まとめ」は次のような内容になっております。
「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会
平成20年度・中間まとめ」
第1節 「デジタルコンテンツ流通促進法制」について
第2節 私的使用目的の複製の見直しについて
第3節 リバース・エンジニアリングに係る法的課題について
第4節 研究開発における情報利用の円滑化について
第5節 機器利用時・通信過程における蓄積等の取扱いについて
(デジタル対応ワーキングチーム関係)
第6節 その他の検討課題
このうち、注目したいのがやはり第2節。いわゆる「ダウンロード違法化」の問題。正確に言えば〈違法複製物および違法配信物からの私的コピーの30条除外〉ということになりますが、その副作用から適法行為の萎縮を招きかねないとの意味を込めて「ダウンロード違法化」と(私は)呼んでおります。
録音・録画分野、つまり音楽や映像については私的録音録画小委員会で議論されてきたことになっており、今回の法制問題小委員会ではこの30条(私的複製規定)除外にソフトウェアも含めるかということだけを検討しました。私的録音録画小委での議論の妥当性については全く触れておらず、その法的・社会的な効果について法制小委で精査した様子は全く見られません。
法制小委の本パブリックコメントが始まった後で、私的録音録画小委(10月20日の第4回)では「ダウンロード違法化」の方向性を維持することが確認され、しかも新たにパブリックコメントを募集することはしないとの決定を下しております。事務局が報告書をしたためて、たった1回の小委員会で了承される予定。
そんなありさまですので、「ダウンロード違法化」の問題について著作権分科会に何か言おうと思えば、この法制小委のパブコメを使うしか無いのですね。
法制小委では他にも、権利制限関係で重要な検討課題に一定の結論を出しています。リバース・エンジニアリング関連ではかなり踏み込んで法改正の方向を打ち出しています。その一方で、研究開発関連でやや腰が引け気味‥‥。
権利制限をしよう、という結論については大部分賛成したいところではあります。賛成したいところに意見を述べたって良いんですよ。ただ、議論の経過を見てみると、思うように検討が進んでいないようにも思えるのです。
世の中で実際に登場してきている新しい著作物利用、あるいはこれまでにもあったのだけどまだ法的課題が残されてきた“古くて新しい問題”などを権利制限規定(著作権法30条以降)で対処しようとすることは、そうした個別事例にのっとって権利制限をするかどうかを考え、するとすればどうした範囲を定めるか(さすがに無制限というわけにいかないですから)との流れで検討が加えられます。だから鳴り物入りで検討課題に加えられても、出てきた結論が何だかみすぼらしいものになったりするんですね。手間暇がかかった割には、かなり制限的な内容になるという。地上デジタル放送のIPマルチキャストを、本放送と同一地域内での同時再送信に限って「有線放送」と同じ扱いにした法改定の事例みたいな感じで。
知的財産戦略本部でいま「日本版フェアユース」の導入に向けて報告をまとめております(パブコメに付している最中)。法制小委での議論を見ていますと、確かに「日本版フェアユース」の導入が急務であると思わざるを得ません。確かに法制小委でもフェアユース導入を十分意識していて、だからこそ“フェアユースとの関連がありそうなところは後回し”的な姿勢にもなっているのですけど、かえってそれが現在起きている状況に対してスムーズに対処できない(対処しても限定的にならざるを得ない)傾向を強めている感じがあります。ただでさえ個別権利制限規定での対処は時間がかかりすぎるんですがね(だって検索エンジン関係の権利制限って決まったのいつでしたっけねぇ)。
ともあれ、我々として出すべき意見の方向性は、やると決めた権利制限は迅速にやることとして、法制小委で素早く結論が出せないことが明らかになった権利制限課題のためにも、「日本版フェアユース」規定の導入を急ぐべきだ――ということになりますか。
お次。
法制小委と並行してパブコメが募集されているのは、「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」の中間整理。この小委員会、私は「保護利用小委」との呼び名をいつも使っているのですが、文化庁自身も「過去著作物等小委」とか「過去小委」とか呼び方が一定しておりません。もっとも、今回のパブコメは「過去小委員会中間整理に関する意見」とのタイトルで送信することが求められているので、そのあたりは注意して下さい。まぁ、多少間違えて送っても、文化庁側で柔軟に対応してくれるとは思いますが‥‥。
保護利用小委(ここではこの呼び名で統一させてもらいます)の中間整理は次のような内容でまとめられています。
文化審議会著作権分科会
『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
中間整理』
第1章 はじめに
第2章 過去の著作物等の利用の円滑化
第1節 検討の経緯等
第2節 多数権利者が関わる場合の利用の円滑化について
第3節 権利者不明の場合の利用の円滑化について
第4節 次代の文化の土台となるアーカイブの円滑化について
第5節 その他の課題
第3章 保護期間の在り方について
第1節 はじめに
第5節 制度の現状
第6節 各論点についての意見の整理
第7節 関連する課題
第4章 議論の整理と今後の方向性
やはりここでメインになるのは第3章「保護期間の在り方について」です。いや、もう、ここについては「保護期間延長反対!」の一言でも良いから、意見を送って下さい。まだ出されていない方で、わざわざここを読んで下さってる方には是非とも。
なぜ意見を出す必要があるかと言いますと、募集要項にこの一文があるのですね。
今回意見募集と同時に,過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第5回)で発表されました著作権保護期間に関する意識調査を参考に,著作権に関する国民意識調査を実施いたします。メールにてご意見をいただいた方(個人に限ります。)については,ご記入いただいたメールアドレスに,アンケートへの回答をお願いするメールを送付いたします。(11月上旬になる予定です。)
文化庁が国民意識調査を計画していて、その対象が今回のパブコメを送った「個人」という設定なのです。この「個人」というのが重要で、パブコメでは以前から団体・個人の別を付記して提出するよう求められていたんですが、団体名義で送った場合には今回の意識調査に参加できないというわけですね。だから、団体名義で出された方は、ぜひ個人としても送るのがよろしいかと。国民意識調査への参加権を得るのがパブコメ提出なのだと心に留めてくださいませ。
ところで、ここ数回のパブコメでは、文化庁は『e-Gov』サイトにしか募集要項を掲載していませんでした。でも今回は早い段階で文化庁サイトにも掲載されていました(内容は『e-Gov』と同じ)。
良い傾向ですね。審議会の進め方は好きになれませんが、情報公開をしてくれることで多少見直す機会があるのは幸いです。
http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakuken_hosei_ikenboshu.html
「文化審議会著作権分科会
『法制問題小委員会平成20年度・中間まとめ』
に関する意見募集の実施について」
(文化庁)
http://www.bunka.go.jp/oshirase_koubo_saiyou/2008/chosakubutsu_hogo_ikenboshu.html
「文化審議会著作権分科会
『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会中間整理』
に関する意見募集の実施について」
(文化庁)
■保護利用小委「中間整理」・法制小委「中間まとめ」に対する私見
さて。
偉そうなことを書きつつですね、私もまだ意見をまとめてる最中だったりするのですよ。しかも概要を読んでメモを書いた程度でしかないという。そのメモを以下に掲載します。例によってCCLの対象なので、好きに使ってもらって構いません。
ただ中間まとめ・中間整理本文との突き合わせをまだやってなくて、対象の項目名やページ数は入れてありません。ひょっとしたら本文を読んだら違うことが書いてある‥‥なんて点もあるかもしれませんが、まぁその時は罠に引っかかったものだと思うことにしまして(笑)。
――基本的には私が今までブログで書いてきたことの繰り返しではありますけどね。
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文化審議会著作権分科会
過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
「中間整理」概要より
●保護期間を死後70年に延ばす際に生じる多くのデメリットが延長慎重論の論拠であるが(ただしそれらが論拠の全てではない)、こうしたデメリットを減じる施策を考案し延長への議論を進めるという手法は論理的にはあり得るところである。しかし保護期間延長のデメリットを減じるという触れ込みで“利用促進策”が本「中間整理」で提言されている割には、その範囲は不当なまでに狭い。
●「過去の著作物等の利用の円滑化方策」については、もっぱら放送番組の二次利用を前提とした著作隣接権の集中管理や、権利者不明の場合の裁定制度の活用など、範囲が限定されすぎていると言わざるを得ない。しかし延長の際に必ず問題となることが予想され、かつ現に(保護期間内であっても)流通を阻害する要因として考えられるものはこの検討範囲の外にある。たとえば多数権利者が関わり、そのうちの僅かな反対によって利用が妨げられるケースについてどれだけの方向性が打ち出せているか。
集中管理は確かに著作権分野や放送番組での著作隣接権においては権利者側の努力が始まっているが、他のジャンル――たとえば音楽配信や動画配信(とりわけDVDと競合するようなダウンロード販売によるもの)についての集中管理は手つかずであり、日本のユーザーが海外と同等の配信サービスを国内で受けられない現状の原因となっている(場合によっては海外のサービスを使うという方法もあるが、それでは国内産業振興の観点から解決策と呼ぶことはできまい)。
●「アーカイブへの著作物等の収拾・保存と利用の円滑化方策」については、そのアーカイヴを作成する主体を著しく狭めて考えているのが問題である。図書館(とりわけ国立国会図書館)・博物館、あるいは自らが番組の権利者でもある放送事業者が作成するとの前提で議論が進められている。しかしながらインターネットによるアーカイヴサービスが一般化しつつある現在において、むしろアーカイヴの主体として考えるべきはネット上でのサービス事業者や個人ユーザーである。
特に、ネット上に浮かんでは消えるコンテンツの保存において、そのアーカイヴィングを国立国会図書館に委ねるのは、予算の面で言っても手間の面で言っても酷に過ぎると言え、また実際問題として網羅性を確保するのは不可能であろう。そこで重要になってくるのが米国でのInternet Archiveのような民間事業者であったり、個人ユーザーの手によるアーカイヴ(要は転載)である。
「中間まとめ」で想定されていた主体以外についても(一定の要件を設けるにせよ)検討を加え、言ってみればインターネット全体がアーカイヴであり続ける施策を打ち出す必要がある。
●「多数の権利者が関わる場合の利用の円滑化」において想定されているのは放送番組だけである。実演家の権利が実質的に“買い上げ”られていたり「ワンチャンス主義」で既に消えてしまっていたりするような音楽・映像分野においては、「多数の権利者が関わる」ゆえの流通阻害が起きていないとの前提で検討がなされているようである。
しかし現実に海外との比較で「流通阻害」が目に見えて起こっているのは寧ろそうした音楽・映像分野である。法律や契約により著作隣接権の行使は出来ないことが多かろうが、原権利者(著作隣接権者)だった実演家が流通を望みながら、現在の権利者によってそれが止められているという「多数の権利者が関わる場合」の流通阻害を解消すべきである。
●また、放送番組に限定して検討された筈の「利用の円滑化」方策においても、結局は「必ずしも不当な理由による許諾拒否とは言い切れず、むしろ、実務上は、インターネットの番組配信がビジネスモデルとして未成熟であることや、引退等の理由で不明者の許諾が得られないことの方が問題」とし、「明確に効果がある制度的な対応策を見出すことは困難だが、引き続き権利の集中管理の促進、適正な利益再分配ができるビジネスモデルの構築等の関係者の取組が必要」との結論に至っている。これでは検討する前と変わっていない。何も言っていないのに等しい。
●海外において新たな試みが次々と登場する中、日本ではネット配信ビジネスにおいて閉塞感に包まれている。せめて海外で一定の成果が見られるビジネスモデルについては、同等の条件で許諾を出せるよう方策を考えるべきではないのか(そして如何にして権利者への対価の還元を実現するかを考える方がよほど建設的というものであろう)。
●裁定制度については、その手続きが(合理的な範囲で)簡便になる必要がある。また、「著作隣接権には裁定制度自体がない」との指摘を重く受け止めるべきである。たとえば一定数の関係権利者(原権利者も一定条件で含めて考える)の許諾を得られれば利用可能となるような裁定制度なども考慮すると良いのではないか。たとえばレコード会社が配信許諾を拒否していても、アーティスト側で配信を望んでいる場合には裁定制度の利用で配信可能とできるような。
●中間整理では、制度的対応策としてA案(権利制限規定+事後承諾的使用料)とB案(第三者機関への供託)が提案されているが、これらは相反するものではなく、両方を組み合わせて実現するということも可能であろう。そうした柔軟な姿勢で制度の実現を目指すことを望む。
●アーカイヴ活動の円滑化に関する整理の中で「インターネット技術を活用して情報を共有する習慣が広まってきている中で、インターネット等を通じて多くの者が情報を共有できる環境を整備することが重要ではないか」としておりながら、そのアーカイヴの主体を「コンテンツ事業者自ら」と「図書館等を代表例として」しか考えないのは何故か。
インターネット技術の活用という点においては、コンテンツ事業者も図書館も他のネットサービス事業者も個人ユーザーも変わりなく、ある者が可能なアーカイヴ手段は殆どの場合 他者にも可能である。多くの者が関わるなか僅かなリソースでも持ち寄り、世界規模でそれを集積することで巨大な情報アーカイヴを実現するというのがインターネットである。
情報をほんの何カ所かに集中するのではなく、もっと分散的に蓄積する手段を想定し、制度を考えるべきであろう。
●国立国会図書館において「納本された書籍等を将来の保存のために直ちにデジタル化(複製)することが認められる」よう著作権法上明確にするとの方向性は支持する。
●国立国会図書館でデジタル化された資料について「館内閲覧やコピーサービスのルールについて関係者間で協議が必要」「図書館間の相互貸借を円滑に行うための方策について関係者間で協議が必要」とあるが、これらの資料活用法に制限を加えてしまってはデジタル化した意味が減じられてしまうのではないか?
最低限、現に絶版などの理由で入手不可能となっている資料のデジタル化されたものについては、館内閲覧・コピー提供・相互貸借を可能とするよう制度的に担保すべきである。
●「記録技術や再生手段の変化に対応するための複製について、著作権法第31条第2号の解釈により可能であることを明確にする」とのことであるが、これが規定で明確にすることではなく解釈によることとした理由をもう少し明らかにすべきではないか。
これまで図書館が著作権法の権利制限規定を厳格に解釈しそれを遵守してきた過去を踏まえて改正要望が出されていた項目であり、図書館側として規定を加えた方がより対処しやすいものとも考えられるが、規定を加えることで何か副作用を生じるのだろうか?
●保護期間を現在以上に延長することは(死後70年より短かったとしても)反対である。根本的に、こうした保護期間延長によって“利益”を得たり、「権利が切れて困る」と主張しているのはその著作物を作った原著作者ではなく、その承継者である。それはもはや著作者のための保護期間の設定ではない。
これまでの保護の水準を前提にビジネスが組み立てられていたところ、手持ちの権利の期間を延長してしまっては、新たな創作によって利益を得るインセンティブを減じることになりかねない。
●また、保護期間延長によって生じる問題――権利者の所在が不明になり著作物利用許諾が困難になる、多くの権利者が関わることで利用許諾が出されにくくなる、ボランティアベースで進められているアーカイヴのプロジェクトが進められなくなる、すでに文化に溶け込んだ表現を過度に保護し次世代の創作を縛るなどの指摘をもっと重く見るべきである。
これらは無論、保護期間が満了していない時期からすでに問題となっているものであり、保護期間延長の議論とは別に対処されるべきものでもある。しかし保護期間が延長されれば、これらのデメリットが増幅されるのは間違いない。
仮にこうしたデメリットの解消を約束して保護期間延長の合意を取り付けようとしたとしても、その延長の前に対処する有効策を実現しなければ説得力は生まれない。延長の議論は、その解消の後に為されるべきである。
●「プロのクリエーター育成のためには、保護期間延長ではなく、ネットの違法コピー対策など、別の対応策を考えていくべきではないか」とまとめられているが、これはおかしい。保護期間延長がプロのクリエーター育成に役立たないのは言うまでもないが、ここで重要なのはクリエーターへの利益還元や支援をどう行なうかということであって、「ネットの違法コピー対策」は直接には関係ない。
「ネットの違法コピー対策」が直接的に権利者に利益をもたらすという前提なのかも知れないが、ネット上での有効な著作物流通が不充分な今これをやっても権利者へ利益をもたらすことはあるまい。「ネットの違法コピー」が“地下”に潜るか、そもそも特定の著作物を鑑賞するという習慣が国民の中の少なくない人々から失われるだけであろう。
●また、折衷案として「死後50年から70年の間は許諾権ではなく報酬請求権にすること」「延長希望者が更新料を支払って登録する制度」「延長の20年で得られた使用料を文化振興基金に充てること」「翻案権等の一部の支分権については延長しないこと等」と書かれているが、これらはいずれも先に指摘したデメリットを解消した後でなければならない。想定される懸念の多くは解決しないからである。
●なお、戦時加算については全くいじる必要はない。戦時加算によって著作権保護期間が存続しているものでも、近年のうちに順次切れてきているからである。10年ほど前であればまだしも多少は意味があっただろうが、もはや2008年においては保護期間延長の根拠とはなり得ない。時間が解決する問題である。
まして戦時加算の解消を条件に保護期間を延長するという主張は一方にしか利することのない身勝手なものであり、検討の余地も無い。
●保護期間延長の「メリット」については、延長を要望する側が説得的に材料を提示すべきところ、それができなかったということが言える。
「二者択一の形で議論するだけでなく、両方のメリットを受けられる方法なども含めて検討を進めるべき」とまとめているが、これは「メリットを受けられる、少数であるが価値の高い著作物」に限って延長するという方策でも実現しない限り無理である。しかし延長要望側の意見としては、これから何十年経った後に急に「価値の高い著作物」と認められることも想定しており、こうした選択的な保護期間延長を受け入れられるかは疑問である。
このまとめはもはやレトリックに過ぎないものであって、実質的な意味は無いのではないか。
●保護期間が延長されても問題があまり生じない著作権制度という観点での提案は果たしてあったのだろうか? そうした著作権制度を論じ、その実現に目処が立たない限り、この議論が延長容認でまとまることは無いだろう。
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文化審議会著作権分科会
法制問題小委員会
「中間まとめ」概要より
●「デジタルコンテンツ流通促進法制」の必要性はテレビ番組に限ったものではない。「過去のコンテンツ」でありネットでの二次利用を望まれる(そして現在なかなか流通が進まない)ものの代表としては確かにテレビ番組が想定されるところだが、実際問題として音楽・映像分野でも海外に遅れを取っているのが現状である。
単純に、海外での配信サービスが日本に上陸しても、本国と同様のカタログを維持できないのは(国による権利関係の違いが原因とは言え)ユーザーから理不尽に映る。
●「デジタルコンテンツ流通促進法制」を放送番組に限って議論すること自体、妥当性を欠き議論を不当に矮小化するものと考えられるが、さらに「権利者不明等により契約交渉が用意でない場合の問題が中心課題」とするのは問題を矮小化してはいないか。多数の権利者が存在する際に一人でも許諾を拒否する者がいる場合こそが問題の本質であり、全員一致で権利行使するのでなく誰かが許諾をすれば流通できるような制度が望まれている。また、これは放送番組に限らず、音楽配信や映画配信ですらも同様の問題を抱えている。
●「権利者不明の場合に十分な調査をした上でも権利者が不明である場合に、一定の条件で利用を認める制度的措置について、早期に実施に移すべき」というまとめ自体には賛成である。しかもこれは保護期間の延長や「デジタルコンテンツ流通促進法制」に関係なく、単独の課題としても解決すべきものである。
また、これだけでもまだ「流通促進」には不足である。海外で既に新しいビジネスモデルとして進み出しているサービスの内容を、日本で試せない(あるいはその権利を持っている者が試そうともしない)のが実情であり、だからこそ“権利制限すべき”との論が説得力を持ってしまうのである。
●権利を持つ者が自ら集中管理を実効性あるものにする努力を怠らねば、デジタルコンテンツの流通促進は見込めるだろう。しかし現状がまだ不足していることは関係者の一致した見方だ。権利制限をも視野に入れた議論は権利者(特に著作隣接権者)に選択を迫る働きがあるのではないか。その意味でも、放送番組に限った議論をすべきではない。
●「インターネット等を活用した新たな創作・利用形態に関する課題について、委託調査により、関連事業者等が問題を感じている点を調査」した結果、多くは著作権分科会の検討課題に含まれているが「ストレージサービス等についての法的評価の問題」が指摘されたとある。これはまさに司法で「カラオケ法理」が拡大しすぎていることによる。これに歯止めをかけ、インターネット上で提供されユーザーの利便を高めるサービスを「著作権侵害」から救う制度的方策を早く取るべきである。
●「現在の権利制限の切り口(私的領域かどうか、非営利無料かどうか等)と、実際に権利者の利益を不当に害するか否かの実態とが、乖離してきているのではないか」とあるが、むしろこうした問題設定は複製を権利者の不利益とみなす考え方から来ているのであって、ここから脱却して素直に私的領域内あるいは非営利無料の複製をそのまま認めるべきである。
社会通念上は、私的領域内・外あるいは営利・非営利のラインこそが合致しており、むしろ先の「乖離してきているのではないか」とする考えの方が乖離しているとすら思える。
●「不特定多数の者のマッシュアップによって制作が行われる場合について、今後生じてくる可能性のある問題点について、精査と研究を行うことが必要」とある部分については、賛成である。すぐにでも精査・研究を行なうべきであるし、そうした表現の妨げになるような障害はなるべく取り除く(あるいは適切なルールが出来るよう促す)ことが必要である。
●私的使用目的の複製の見直しについては、私的録音録画小委員会の議論を受けて法制問題小委員会でも検討されたことになっているが、極めて不足した内容と言わざるを得ない。著作権法30条によって私的複製される範囲の縮小(あるいはこれまで曖昧だった部分の明確化)にどれだけの実効性があるのか、また私的録音録画小委員会での議論の前提が妥当だったのかとの精査は手つかずのままである。
特に私的録音録画小委員会では、30条縮小を示唆した中間整理に対して多数のパブリックコメントが反対意見として集まったにもかかわらず、その多数意見を無視して30条縮小を押し通したという経緯がある。法制問題小委員会での検討の前提とするには、あまりにも不当な形で出されたものである。
●私的録音録画小委員会が打ち出したのは、違法複製物や違法配信物からの私的複製と、適法配信からの私的複製とについて著作権法30条の対象から外すとの方向性である。
しかし前者は、ユーザーから見て私的複製元の録音・録画物が適法に提供されたものかは知ることができず、またいざ裁判になった場合でも自らが所有する複製物の適法性を証明することは困難である(その複製ソースが手元に無い場合はレンタルCDの例を持ち出すまでもなく少なからず存在する)。さらには日本レコード協会から提案されている「適法マーク」(いわゆるエルマーク)は音楽配信のみに使われ(しかもiTunes Storeには採用されていない)、かつ海外での配信には当然のことながら「適法マーク」は付されていない。このことは著作権分科会でも指摘されていながら私的録音録画小委員会では検討を加えていないし、更に同小委員会では映画製作者代表の委員から「適法マーク」の使用がまだ準備段階でしかないことが明らかにされている。仮に「情を知って」との要件が加えられるとしても、その証明が(権利者側にもユーザー側にも)困難である以上、違法であるかそうでないか判らない不安定な状態が今後より一層強まるだけである。
後者については、配信時の契約によってその後のユーザーの複製の許諾範囲を定めるという考え方であるが、現状でも配信時の契約では明らかにされていない私的複製態様は想定される。特に変換・バックアップに伴うような所謂「孫コピー」については契約で定めることは考えられず、また敢えてそれを契約で禁止することでユーザーの利便性を大きく損ねるおそれも生じるところである。私的領域内で行われる複製であるにもかかわらず、社会通念上は認められ得るのに「違法」とされる行為が多く発生し放置されることになりかねない。
30条へ安易に手を加えることで、著作権法が規範としての役割を果たせなくなることを危惧する。
●私的録音録画小委員会では「録音」「録画」についてのみ30条縮小の対象とされていたが、著作権分科会での委員の指摘を受けて法制問題小委員会でもプログラム著作物を対象とするか検討が加えられ、結論としてはプログラム著作物について30条縮小を行なうことは見送られた感がある。
このこと自体は歓迎するが、その理由が「現時点で必ずしも明確といえる状況ではない」というのは問題である。つまりプログラム著作物での被害状況が「明確」になれば30条縮小があり得たということだ。しかし前述の通り、30条縮小自体のもたらす法的効果について(本来は専門的な検討が加えられるべき)法制問題小委員会で議論されなかったことは遺憾である。
他の著作物をこの30条縮小に加えるべきかどうかだけを議論してれば済むような小委員会では無かった筈だ。
●リバース・エンジニアリングについて、相互運用性の確保を目的としたものは「一定の要件の下で」権利制限を早期に措置するとした方向性に賛成である。ただし「一定の要件」というのがくせものであり、これによって権利制限の対象となるリバース・エンジニアリングが過度に狭められないよう要望する。
著作権法においては複製を行なった時点を捉えて権利が及ぶか否かを考えるところであるが、リバース・エンジニアリングについては複製段階ではなくその結果の公表段階を捉えて権利行使を考えるべきではないだろうか。複製元のソフトウェアとの「競合性」を判断材料にする案も出されているが、相互運用性の持ったソフトウェアは運命的に元のソフトウェアと「競合性」を持っているものである。「競合性」そのものよりも、不正競争的な判断でもって適法性を考えるべきではないか。
●障害の発見等の目的で行なうリバース・エンジニアリングについても「権利制限を早期に措置することが適当」との方向性を出したことを歓迎する。こうした場面では、分析を必要としながら一刻を争うようなことも想像される。コンピュータが社会の大部分を占める世の中になっている以上、これを安全に運用するための分析行為がはっきりと適法であるとされる意味は大きい。
逆に「ウィルス作成等の悪意ある目的の場合との区別」も指摘されているところであるが、こうした区別が可能なのかは微妙な問題と言えよう。ここでの「区別」を厳密にしようとするあまり、先の障害発見目的のリバース・エンジニアリングを妨げることになってしまっては元も子もない。権利制限を先行しつつ、「悪意ある目的の場合との区別」を慎重に見極めていただきたい。
●その他プログラム開発の目的で行なわれるリバース・エンジニアリングについては、「範囲が無制限に広がり、不適当」とある。
しかしながら今回の法制問題小委員会での検討にリバース・エンジニアリングが盛り込まれたのは、表現を模倣するのでなくアイディアを抽出する作業が著作権法で禁じられてしまっていることへの対処である。その原則を貫徹させるならば、「その他プログラム開発の目的」でもリバース・エンジニアリングを権利制限の対象とすべきではないか。
むしろリバース・エンジニアリングを複製と解釈するのではなく、そのリバース・エンジニアリングからソフトウェアが作られ公表された時点をもって侵害を判断する形にすべきではないだろうか。
●研究開発における著作物複製に関する権利制限も法制問題小委員会で検討されたが、「早急に結論を得るべき範囲と、それ以外に分けて検討」するとした結論が出てしまうところに「日本版フェアユース規定」の必要性を感じざるを得ない。時間をかけて個別の制限規定を定めていくのでは世の中の動きに対応できないというのがフェアユース導入論の根拠の一つであるが、法制問題小委員会において(日本版フェアユース規定の導入を見据えながら議論されているのも興味深いが)こうした消極的な議論になってしまうのは図らずもそれを証明してしまったように思えてならない。
●「情報解析分野の研究開発」において権利制限を行なうとの方向性には賛成する。「権利者の利益を不当に害しないこと等の条件の下で」としていることも妥当であろう。
●「その他の研究開発分野」について「大学の研究者の行う複製」に限定してしまっているのは問題がある。この「研究」の範囲に個人研究者まで含められれば、権利制限がもたらした研究の社会への貢献が期待できるのではないか。
●研究開発目的の権利制限においても、複製の時点で権利が及んでいるとは考えずに、その結果を公表する場面に応じて権利を及ぶようにしてはどうだろうか(私的複製物が公衆の前に出された時点で権利制限から外れるのと同じようなイメージ)。この際に営利目的か否かの枠をはめ、補償金を用意するなりして対処すると良いのではないか。
●「機器利用時における蓄積」および「通信を巡る蓄積」に関し複製とみなさないことを法律上明確にすることには賛成である。
●「通信・放送の在り方の変化への対応」に関し、著作権法において放送/通信の区分について実態を見た上で放送関連法と定義を一致させるべきである。要するに、公衆が視聴する映像であって同時性を重視した番組構成のある一方的放映を「放送」とすべきである。
●知的財産戦略本部の「デジタル・ネット時代における知財制度専門調査会」において「日本版フェアユース」導入への方向性で報告がまとめられるところであるが、その後 法制問題小委員会において詳細な検討が加えられるものと目されている。この規定の導入は是非とも必要であり、今期法制問題小委員会の報告書でも導入の必要性を書き込んでも良いほどである。
●本「中間整理」が著作権分科会において了承される際、三田委員からフェアユース規定導入への慎重意見が出たものと記憶しているが、「日本という国は裁判で決着するということでなく、話し合いで決めるというのが国民性」とする委員の見解はフェアユース導入を否定する根拠にはなり得ない。なぜなら、既に裁判によって多くのネットサービスが差止められてきたからである。日本版フェアユースの導入が叫ばれるようになってきたのも、こうした実態があってのことである。三田委員は同じ会合で、知財本部の「議論の動向を見守りつつ」と言わずぜひ法制問題小委員会としても積極的に議論すべきと発言していたが、私もこの意見に(委員とは反対の意味で)賛成である。繰り返しになるが、法制小委でもフェアユース規定の導入の必要性を、早いうちから積極的に打ち出すべきなのである。
■参考になる意見
最後に、ここを紹介させていただきますです。
この角度で切り込むというが「目から鱗」で、この種のパラダイムシフトというのは私にしてみれば凄くカッコいい。というか、私には出来ない。つい議論の前提を共有してしまおうとしますから(その意味では私は硬直的な意見しか出てこないきらいがある)。
http://www.alz.jp/221b/archives/000677.html
「文化審議会著作権分科会
『過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会
中間整理』に関する意見」
(The Baker Street Bakery)
保護と利用の観点で考えるのではなく共有と保障で考えろ、と。座標軸を変えるという、議論の根本を問う意見であります。
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2008年10月 3日 (金)
パブリックコメント募集間近の法制小委「中間まとめ」と保護利用小委「中間整理」
――御無沙汰しておりました。
まぁ、挨拶抜きで要件のみを。
10月1日の文化審議会著作権分科会で、法制問題小委員会の「中間まとめ」と保護利用小委(正確には「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」)の「中間整理」が了承された。これは数日中にはパブリックコメントにかけられる予定だ。
ただ、10月3日金曜日午後7時現在、まだ募集開始のアナウンスは無い。
せっかくの週末、大部になってしまった中間まとめと中間整理を読むにはまとまった時間が欲しいところなのだが、パブリックコメント募集要領が出ないことには その対象となる文書も読みようがない(もっとも「案」の段階の文書については既に法制小委での配付資料としてネットに上がってはいる。その後、若干の文言修正があるように思われるが、俺自身もまだ付き合わせていないので確かなことは判らない)。
そこで、中間まとめと中間整理をまだかまだかとお待ちの方のために、非公式版とはなってしまうが、ここにPDFとして掲載することにする。
1.法制小委「中間整理」・概要版
2.法制小委「中間整理」
3.保護利用小委「中間まとめ」・概要版
4.保護利用小委「中間まとめ」
上記データ量はMacOS XのFinder上で見た数字なので正確じゃないと思う。
しかも何の工夫も無く取り込んでたらベラボーに大きくなってしまった。まずは概要版だけ読んで、意見を準備するのが楽かもしれない。
※(ここだけ追記)あまりにファイルサイズが大きかったのと、プリントアウトする時に不便だったのとで、取り込みしなおした。その代わり文字が読みづらくなってる点もあるようだけど、ご容赦のほどを。こういうのに不慣れだな俺。
※(この段落、さらに追記)公式資料がパブコメ募集ページに掲載されたのでリンクを切りました。
いずれも著作権分科会で配布された資料で、公になっているものでは最新版の筈である。ただその後 文言修正が無いとも限らないので、あくまでパブリックコメントの対象は、募集要領が上がった際に用意された公式版であることに留意されたい。
パブリックコメントへの準備に役立てていただけたら幸い。
パブリックコメント募集が始まったら、上記リンクは公式版の方へ差し替えるつもり。
俺としては、資料の読み込みと論点整理に入らないと意見が書けないタチなので、できれば“中間生成物”も出していけないかと目論んではいる。しかし何分 仕事の合間にやらにゃならない作業なので、いつものパターンだと“やるやる詐欺”で終わってしまう。
その辺はあまり期待しないでおいてください。
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2008年6月19日 (木)
省庁間合意の興奮さめやらぬ‥‥
俺が遅筆なのと、次々と新しい情報がウェブに上がるのとでちょっとした悲劇(というか行き違い)があったりする。すみませんね、俺も記事を上げたあとであの大臣会見録を読んだのですよ。で、これからブログに書こうとしている次第。
最新情報──というか俺自身が見ているものについては、はてなブックマークを見てもらった方が早く情報を掴めます。俺が何か知ったときには必ずここに登録するようにしてるから。あとは『Copy & Copyright Diary』さんがまめにエントリーを上げてらして参考になるのと、同じ方のブックマークも捕捉が早いのでオススメ。とりあえず情報収集についてはそんな感じで。
※俺自身は上記に加え、はてなアンテナとGoogleアラートと『パテントサロン』とTwitter(主としてフォロー先の人たちってことになるが)を駆使して情報収集している。更には まめにググるってこともやるけどね。いつ仕事してんだ俺。
この記事は以下のエントリーの続きであります──
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2008/06/post_139e.html
「朝日記事には驚かされた。」
(エンドユーザーの見た著作権)
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2008/06/post_b2af.html
「俺たちの“糠喜び”になるか、文化庁の“足枷”になるか」
(エンドユーザーの見た著作権)
まずは冒頭で話題にした甘利経済産業大臣の会見から。
http://www.meti.go.jp/speeches/data_ed/ed080617j.html
「経済産業省 会見・スピーチ 大臣記者会見」
ブルーレイディスクへの課金が「私的録音補償金」だとの言い間違い(だろう多分)があるのだがそれはさておく(実際は「録画」の方ね)。この会見での大臣発言ってのが、私的録音・録画問題に関してかなり突っ込んだ内容になっている。アンタそこまで聞いてないよ──ってほど。
『Copy & Copyright Diary』さん(ここ経由で当該会見録が上がったのを知った)の記事でも発言がピックアップされていたのだが、こことダブるのを承知で引用しておきたい。
Q: ダビング10の問題ですが、これは著作権団体がHDDに対しても課金すべしという主張をしていたわけですけれども、著作権料の課金の範囲については、どういった形になるのでしょうか。
A: 暫定措置としてブルーレイに課金するということにしました。これは、既に確立されているはずですが、デジタル化しますとコンテンツの持ち主、つまり送るほうで、これは何回まで、それが幾らと全部設定ができるのです。アナログだとできないのですけれども、デジタルだとできるのですから、送り手の自由自在なのです。自由自在になる環境が整うまで、実際に行為としてダビングが行われ、それを利用する対象について、当面、いわば従来のDVD以外の部分を埋めたということでありまして、これはこれで適切な措置だと思います。
Q: おっしゃった暫定的な期間というのは、今回は明示されてないのですか。
A: 特にされていませんが、私が考えるに、デジタル化でコンテンツ送信をするほうの体制が技術的にはとれるのですから、それが整ったということで新たな体制をどうするかということに入れるのではないでしょうか。
「送り手の自由自在なのです」前後のくだりは、私的録音録画小委員会での文化庁案における「権利者側の要請に基づき著作権保護技術が採用されているもの」(DRM)を先取りするかのような発言だ(文化庁案ではこれを前提に補償金を廃止するとしている)。また、JEITAが出した補償金問題への見解の中の「補償金制度とは、本来、私的複製が際限なく行われることで権利者に重大な経済的損失が生じる場合に、それを補償しようとするものである」「デジタル技術の進展に伴い、技術的にコンテンツの利用をコントロールすることが容易になっていく中で、補償金制度の必要性は反比例的に減少する」と通底するものを感じる。
一見はトンデモ発言をしてるようなのだが、思想としては結構 打ち合わせ済みっぽい。大臣本人の考えなのか、官僚あるいはJEITAの“入れ知恵”なのか、そのあたりは判らないが。
Q: 先ほどの幹事さんの質問の中にも、著作権団体はHDDのほうをしっかり課金すべきではないかという意見が強いのですけれども、今回の経済産業省、文部科学省の合意によって、ダビング10の早期実施にめどがついたというふうにお考えでしょうか。
A: 環境整備には資するものと思います。よく考えていただければ、ハードそのものに、例えばハードディスクに何回入れようと取り出せないわけですから、取り出した対象に対して課金されれば、それは権利者の権利が移転するという理屈になりますけれども、中に入っているものに何回できたから何回分寄こせとか、あるいはこれによって複数の人たちが恩恵に浴するからといって、取り出せないものは一人でそこでしか見ることができないわけですから、取り出して物理的に分散できるものに対して課金されるという理屈はわかりますけれども、そうでないというのは理屈の上から理解が難しいでしょう。
注目すべき発言。「ハードディスクに何回入れようと取り出せないわけですから」云々の理屈というのはかなり踏み込んだものと言えるだろう。基本、補償金制度というのは私的複製=不利益として組立てられている。そこに“補償の必要がない態様の複製”という概念が導入されてきたのが ここ数年来の議論ということになるのだが、ハードディスク内蔵型機器からは複製が流出しない(建前上は)ことを前提にした“補償の必要性”という観点は問題提起として鋭いものがある。感覚的にはメーカーというよりもユーザーのものに近い。
実は、テレビ放送からの録画についての補償を議論されていた時分に(当時想定されていたのはハードディスクではなく、ビデオテープのような外部物理メディアを必要とした録画)、補償必要とされていた根拠は「ライブラリー」化目的の録画であった。タイムシフトについては精査されていたとは言えないが一応視野には入れられており、“録画して取っておく人がたくさんいるもんね”ということでタイムシフト用途のものは実質無視された(もっとも外部メディアに記録する以上はアーカイヴ目的を推定されるのは致し方ないのではないかと俺個人としては思う)。
ところがハードディスク内蔵型機器というのが出てきたために、このタイムシフト用途の録画が再びクローズアップされるようになってきた。その録画の本質というのが、まさしく大臣が上記発言で指摘された部分と言えるだろう(加えて、ハードディスクという比較的壊れやすく容量も限りあるものに記録するため、保存目的に記録するには心許ないという特徴もある)。
大臣発言については、トラックバックをいただいた『下級役人のつぶやき』さんもツッコミを入れていらっしゃる。これはこれで一理あるな、とは思った。
ただ上記の「取り出せない」場合の話については、たった1度しかコピーできない場合(ハードディスク)と家族の分をそれぞれコピーし得る場合(外部メディア)とで補償すべき度合いを調整して判断することはあり得るのではないか(もっとも家族の分のコピーをすることが補償するべきものなのかは別論)。少なくとも何枚もコピーを作る場合よりは“損失”は少ないと考えることはできる。
ついでに軽くレスめいたものも書いておくと、まずタイムシフトによる「損失」について考える際に〈そもそもDVD化される放送番組が多いとは言えない(しかも放送時にあらかじめ判るものではない)〉〈仮にDVD化されても放送時と同じものとは限らない〉〈再放送がいつされるのか判るわけではない〉〈無料放送のビジネスモデルは視聴者がCMを見ることを期待して既に(スポンサーから)対価が支払われている〉等の観点も加味していただきたいところ。
DRMを導入(DRMフリーも含む)したときの権利者の意思の推定や「契約法」上の話については私的録音録画小委の中間整理にあったはずなのでそちらも当たられたい(もう既にお読みでしたらすんません)。
経産大臣がJEITA寄りとも見えるスタンスで発言しているのは、おそらく補償金問題への介入の経緯が影響しているのだろうと思われる。補償金問題では文化庁はとても中立的とは見えなかった。
■さて省庁間合意後の動きとしては──
JEITAの声明が正式に上がった。
http://www.jeita.or.jp/japanese/detail.asp?pr_id=1367
「経済産業省と文部科学省による『ダビング10の早期実施に向けた環境整備』に係る
JEITAの見解について」
(JEITA / Hot Issues)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/18/news085.html
「JEITA、権利者からの質問状に直接回答拒否 『小委員会で議論』」
(ITmedia News)
次にいつ私的録音録画小委員会が開かれるか不透明な時に、公開質問状を送られて回答しないというJEITAの姿勢には疑問を禁じ得ない。
特に、例の文化庁案が「補償金廃止の道筋が見えない」とするJEITAの考えに俺も同感なだけに、こういう逃げ回るような対応には憤りを感じるところだ(もっともガチでやりあう気がなくて、手のひら返しの伏線ということも考えられる)。
権利者団体側の動きとしては、さきの声明文がJASRACサイトにも上がった。内容はCPRAでのものと同じ。
面白いのは日本映像ソフト協会が独自に声明を上げたところ。「私的録画問題に関する当協会の基本的考え方について」とのタイトル。
http://www.jva-net.or.jp/news/news_080617.pdf
「私的録画問題に関する当協会の基本的考え方について」
(日本映像ソフト協会・PDF)
あと椎名和夫氏がTech-On!(日経エレクトロニクス)のインタビューに答えている。6月11日のものということで、経産省・文科省の暫定合意が明らかになる前だ。個人的には、椎名氏の口調を再現しようと苦心されてる様子がなかなか興味深い(氏については小寺信良・津田大介共著『CONTENT'S FUTURE』やITmediaでの椎名氏vs小寺氏の対談を参照されたし)。
映像ソフト協会と椎名氏の言い分には突っ込みたいところが幾つかある。この文章を書いてるだけで時間切れになりそうなのでそれは改めてということで。
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080618/153434/
「『権利者から見ると文化庁案が最大限の妥協』
——CPRA 椎名和夫氏に聞くダビング10問題の真因」
(産業動向オブザーバ - Tech-On!)
6月24日には権利者団体側の記者会見があるという話なのだが、何とかして潜り込みたいと思っているところ。ITmediaの記事だと「権利者側は何の説明も受けておらず、先週末に『合意しました』と報告を受けただけ」というコメントが出ていて、これがその通りなら省庁合意→JEITAへの公開書簡→合意発表→権利者の声明発表→JEITAの声明発表→デジコン→権利者記者会見という不自然なほどスムーズすぎる流れについての説明があるのか(はたまた記者からのツッコミが入るのか)楽しみなところではある。
すみません。力尽きました。
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2008年6月18日 (水)
俺たちの“糠喜び”になるか、文化庁の“足枷”になるか
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2008/06/post_139e.html
「朝日記事には驚かされた。」
(エンドユーザーの見た著作権)
情報が出揃ったてきたということで、エントリーを改めて行きますです。
上のやつの続き、ね。
俺がこの話を知ったのは朝日の記事を(確か はてブ経由で)読んだのが最初だった筈。そのあと産経の記事を知って、日経の記事を知って‥‥という順番で書いていったのが上の記事。
そのあとこの話がバンバン出てくるようになってきて(ちょうど経産大臣と文科大臣が会見で発表したあたりから‥‥の筈)、俺も追うのがウンザリしてくるほど。だから続きの今回は主要なやつしかピックアップしない。
あと権利者団体がJEITAに出した公開質問書の件は後回しにします。すんませんです。
■報道
どこからやるかね。
まず経産大臣と文科大臣が会見したのを受けて報じた読売の記事。
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20080617-OYT1T00440.htm
「著作補償金のブルーレイ課金、経産・文科省が合意」
(YOMIURI ONLINE(読売新聞))
権利者側のコメントは日経の記事でも取っていたのだが、読売は「日本芸能実演家団体協議会の椎名和夫常任理事」ということで実名で掲載している。「権利者の意見は反映されておらず、勝手に決められたという印象を受ける。これではコピー制限緩和は受け入れられない」、とまぁ予想通りの内容。
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080617/153362/
「Blu-ray Discレコーダーを録画補償金の対象に,
ダビング10問題の打開に向け経産省と文化庁が合意」
(産業動向オブザーバ - Tech-On!)
日経エレクトロニクス(サイトは『Tech-On!』)の記事でも椎名氏のコメントが取られている。「今回の措置がデジタル放送に着目したものか明らかでなく,今後,補償金制度の枠組みがどうなるか明確でない。本来,Blu-ray Discレコーダーはとうの昔に録画補償金の対象になってしかるべき機器」──あと記事の地の文として「今回の決定がダビング10実施に直接つながる可能性を否定する見解」とされている。
この記事ではさらにJEITA(広報)からもコメントを取っている。「関係省庁間の調整に感謝する。引き続きダビング10の早期実施に向け努力したい」。えらく憎らしく思えるのは俺だけか。
あと、これが重要なのだが、文化庁の著作権課からもコメントが取ってある。「ダビング10実施のための環境作りの一環として現行法の枠内で行った。私的録音録画補償金制度の抜本的な改正については,(文化審議会傘下の)『私的録音録画小委員会(録録小委)』で引き続き議論する」とのこと。
報道が最初に出た時にはハードディスク内蔵型への課金が見送られたとの方向性で報じられた。そのためネット界隈が色めき立ったのであるが、いくらなんでも文化庁がiPodへの補償金を諦めるところまで譲歩するとは考えにくかった。
「ダビング10」と補償金の議論を切り離すために、まずブルーレイへの課金を決定して情報通信審議会がゴーサインを出す。HDD内蔵型については私的録音録画小委で検討を続ける──なんてシナリオもありそうだな。「現時点では見送る」との書きぶりではそう読むことも可能なようだ(「当面見送る」じゃないもんな‥‥)。
──なんてことを朝日の記事の段階で書いた俺なんだけど、この慎重姿勢で間違ってなかったみたい。結局、私的録音録画小委員会での話し合いは続き、あのクソみたいな文化庁案を叩き続けないとならないわけだ(まぁお下品な私)。
■権利者団体のカウンター
「デジタル私的録画問題に関する権利者会議」──要するに補償金問題に首を突っ込んでいる著作権者・著作隣接権者の団体だが、今回の省庁間合意に対して声明を発表した。
http://www.cpra.jp/web/news/news_080617_3.html
「『ブルーレイディスクを現行補償金制度の対象と
することについて』への声明文発表」
(CPRA 実演家著作隣接権センター)
http://www.cpra.jp/web/news/080617_3/bluelay.pdf
「ブルーレイディスクを現行補償金制度の対象とすることについて」
(デジタル私的録画問題に関する権利者会議28団体
社団法人日本芸能実演家団体協議会加盟61団体(賛同団体))
まったくの余談になるが、前のJEITAへの公開質問状がJASRACのサイトで、今回の声明文がCPRAサイトというのは何とかならんのだろうか。確かこの権利者会議は『Culture First』サイトも持ってた筈だが、この種のアピールは一箇所にまとめないと正直 見逃すおそれがある。まぁ俺が文句を付ける筋合いのものではないけれど‥‥せめて相互にリンクするとかそういうのはしてほしいよなぁ。
さて。肝心の声明文の方なのであるが、恨み辛みが書かれていてなかなか面白い。主張の方向性としては、当然あの暫定合意を拒否することになるのは予想済みだ。いや俺から見てもあの暫定合意は無い。決定の場から権利者を外して一方的に決めたようなものだ。あの暫定合意で妥協したのは誰か。少なくとも、総務省でも経産省でもない。
その一方で、首をひねりたくなる部分もある。
・ ブルーレイレイディスクの指定がデジタル放送に
着目したものであるか明確でないこと。
・ 既に文化庁が提案している補償金制度の枠組みに関する
今後の取り扱いが明確でないこと。
との2点から、どれだけの意味を持つものかについて現時点では判断ができません。
かつ、両大臣は、情報通信審議会で議論されているダビング10の問題にも触れておられますが、以上を考えた場合、現行法でのブルーレイディスクの指定が「権利者への適正な対価の還元」に当たるかどうかについては、はなはだ疑問であり、今回の両大臣のコメントには、戸惑いと失望を感じざるを得ないというのが正直なところです。
たとえば、ダビング10の開始を前提にブルーレイへ課金するという話をしているのだから、「ブルーレイレイディスクの指定がデジタル放送に着目したものであるか明確でない」というのはおかしい。しかも地上アナログの放送をわざわざブルーレイへ記録する人がどれだけいるのかを考えれば、「ためにする議論」ではないかと思わざるを得ない。
「既に文化庁が提案している補償金制度の枠組みに関する今後の取り扱いが明確でない」というのは確かにそう。しかしそれは権利者側にむしろ有利なことなのではないか? ここでもし私的録音録画小委員会での議論とリンクされてハードディスク内蔵型には課金しないよ!──などという合意をされてしまっては却って困るではないか。これもまた、拒否をアピールするための論立てのように見えてしまう。
また、これが致命的なんじゃないかと思ったりする部分が、「現行法でのブルーレイディスクの指定が『権利者への適正な対価の還元』に当たるかどうかについては、はなはだ疑問であり」とするところ。いやいや、現状において「権利者への適正な対価の還元」を行ない得るのは私的録音録画補償金の他には無いって言ってなかったけ、権利者の面々は!? ブルーレイディスクへの課金が「権利者への適正な対価の還元」に当たらない(「はなはだ疑問」)だとするのなら、ブルーレイには課金しなくても良いということなのか。
いや。あの暫定合意に対して権利者側が言いたいことは解る(解ってるつもりになってるだけ。笑)。
要するに、ハードディスク内蔵型が合意から外されているのが許せないのだ。ブルーレイへの課金だけでは足りないと言っているのだ。その程度では「権利者への適正な対価の還元」には当たらないのだと。
ならば、何故そう言わない。どうもこの声明文では主張が遠回しに過ぎる。
確かに政治決着という形で経産大臣・文科大臣をも巻き込んだものとなってしまった以上、そう簡単に腐すわけにもいくまい。声明冒頭の「省庁間の垣根を越えてこのような努力が行われたことについて、まず権利者として関係各位に心よりの謝意を表したいと考えています」という一文のなんと痛々しいことか。こう言うしかなかったのだ。
声明の終盤ではきっちり締めてはいる。「権利者としてはこの合意を以って、ダビング10の実施期日の確定ができるものとは考えておりません」「この合意がダビング10の議論を前進させるものでもないと考えております」。これが本音だろう。
俺自身は、今回の流れについてはかなり権利者に同情的である。いやハードディスク内蔵型に課金するってのは今でも反対だけどね! しかしこのような不透明なプロセスで“トップダウン”(実態は知るべくもないが)に結論が出されたこと、それにおいて極めて政治的な線の引き方をされていることなどを見ると、決して歓迎すべき事態ではない。
たまたま今回は、ユーザーにとって“最悪の決着”はまぬがれている(権利者にとっては最悪だろうけどね)。しかしそれはたまたまであって、どこがどう転んでいたら「ハードディスク内蔵型も課金!」なんてことになっていたか判らない。それは決して論理的な議論の末の結果ではない、妥協的に線が引かれた上での話でしかないのだ。
そうやって考えると、俺自身もこんな暫定合意を歓迎する気にはならない。
■今後はどうなるのか?
──俺にはまだ見えない。
とにかく、ITmediaの記事によれば6月24日に権利者団体側で記者会見を開くそうだ(もし中の人がこれを読んでたら案内頂戴。絶対に行くから)。ちなみに6月23日には情報通信審議会の情報通信政策部会#30が、6月27日には情報通信審議会総会#19が予定されている。ということは、おそらく今週中にはデジコン検討委が開かれるだろう。ダビング10関連ではそうした流れのなかで権利者団体の記者会見がセッティングされていることになる。
情報通信政策部会でほぼ先が見える状態になるのだろうし、これを受けた形で権利者の主張がアピールされるのだろうと思う。その内容がどうなるのか‥‥それはデジコンと部会の流れによるだろうから何も言えない。
また、今月の下旬に文化審議会著作権分科会の私的録音録画小委員会が予定されている筈だが、いまだに開催案内が一般に出ておらず傍聴受付も始まっていない。前回もギリギリまで開催案内・傍聴案内が出ず、結局そのまま流れてしまったという経緯がある。それを考えると、傍聴受付にも一定期間必要なだけに案内が遅れているのは不吉に思えなくもない。
俺自身は文化庁案には全力で反対する考えである。「補償金縮小の道筋が見えない」とするJEITAの主張を、この部分についてのみ支持する。俺もそう考えている。
その一方で、今回 経産省という存在が露骨に入り込んできた(今までもその介入は示唆されてきたところではあるが──たとえば権利者団体の記者会見等々)ことで、権利者とメーカーとの間の対立がより激化するおそれを抱いている。
“俺史観”からすれば、状況をここまで悪化させたのは文化庁以外の何者でもないと考えているのであるが(そのきっかけ──文化庁の「叩き台」については俺がまだブログを更新していた時期のことだけあって相当書き込んである筈だ)、いま出ている「20xx年」の補償金廃止やらDRM前提やらCD・無料デジタル放送への補償金存置やら、議論のネタとして出されている案すら悪い方向にしか作用していないと考えている。
そのうえ議論になりようもない要素がさらに増えたとしたら?
今後 私的録音録画小委でも継続して議論は続けられるらしいが、はたしてそれは経産省の影響から離れたところで行なえるだろうか? あるいはJEITAが暫定合意を前面に押し出して膠着状態を引き起こしたりしないのか。
よっぽど「ちゃぶ台」をひっくり返した方がすんなり議論できるんじゃないの?と思わなくもない。
■ここで決定版
俺が文章書いてる間にこんな記事が出てたよ。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/17/news117.html
「Blu-rayに補償金の『なぜ』 『ダビング10』『iPod課金』はどうなる」
(ITmedia News)
一体型だから著作権法を改正しないとならないってのは文化庁が勝手に持ってきた解釈で、最初の法制小委での議論で委員の側から指摘されたものではないんだよねぇ。どちらかと言うと、iPodへの課金を見送るための方便という風にも見えた。その気になれば政令指定だけで課金は可能だと思うよ(むしろ著作権法施行令の中でどう文章を書いて規定するかの方が問題)。
たとえば音楽を録音するのに使われているからといって政令指定しなければならないわけではない(iPodがこれまで指定されてこなかったように)。つまり理論上は、一体型でも機器だけに課金して記録媒体に課金しないことも可能ではないのかという(あるいは逆)。
この話は文化庁の自縄自縛といった感じがしてならない。
記事の中で権利者側にコメントを取ってあるのと、今後のスケジュールをまとめてある丁寧さに拍手。読む価値あります。
でも一番いいのは、権利者のうちの誰かがブログか何かやって頻繁に生の声をネットに載せることだと思うけどね!(以前は「著作権課長がブログやれ!」って言ってたけど、そっちはもうどうでもいいや。)
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2008年6月17日 (火)
朝日記事には驚かされた。
裏事情に通じてるわけではない俺にとっては判断に困るんだが。
http://www.asahi.com/digital/av/TKY200806160327.html
「ブルーレイにも著作権料を課金へ 文科省と経産省が合意
- デジタル機器 - デジタル」
(asahi.com(朝日新聞社))
正直言って、この種の“新聞辞令”には辟易してしまうところもある。しかしよく情報を掴んだもんだなぁ(さすがプロの記者だ)と感心すると同時に、この内容が本当なのかと疑いの目で見てしまうのも事実。
実は驚愕の内容よ、これ。さらりと書かれているけれども。
「文部科学省と経済産業省は16日、テレビ番組を録画するブルーレイ録画機とブルーレイディスクに、著作権料の一種である補償金を課すことで大筋合意した。ハードディスク駆動装置(HDD)への課金は現時点では見送る。17日にも発表される」とあるけれども、ここだけでも目を剥きたくなる。ブルーレイの機器とメディアに課金されるのは解る。文化庁案でもその線だった。
問題はここ。「ハードディスク駆動装置(HDD)への課金は現時点では見送る」? 本当なのかこれ。権利者にとってはここが本丸だろう。そこを妥協する形で文化庁が合意に至るなんてことはあり得るのか。ましてどういう理屈で?
そして「17日にも発表される」と。今日はずっとPCの前にいないとダメか。
「最近の録画機やiPodなどの携帯音楽プレーヤーの多くはHDD内蔵型。‥‥事態打開のため、著作権団体を所管する文科省と、メーカー側のまとめ役の経産省は水面下で協議を重ね、ブルーレイ課金で折り合った。‥‥デジタル放送を所管する総務省の情報通信審議会は、こうした情勢をにらみつつ、ダビング10の解禁を検討する」。
「ダビング10」と補償金の議論を切り離すために、まずブルーレイへの課金を決定して情報通信審議会がゴーサインを出す。HDD内蔵型については私的録音録画小委で検討を続ける──なんてシナリオもありそうだな。「現時点では見送る」との書きぶりではそう読むことも可能なようだ(「当面見送る」じゃないもんな‥‥)。
いずれにせよ、続報ないし正式発表が無いことには判断できん。
権利者団体の質問状に対するツッコミを用意してる間にこんなことになって、俺も戸惑ってるよ。とりあえずは速報的に記事を上げた。続報があれば追記する形をとりたい。
■産経でも記事が載った
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/080617/biz0806171054003-n1.htm
「ブルーレイに著作権者への補償金 文科省と経産省が合意」
(MSN産経ニュース)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/17/news050.html
「Blu-rayに録画補償金 文科省と経産省が「暫定的」合意 iPod課金は見送り」
(ITmedia News)
※産経の記事と同内容
閣議決定のあとで、文科大臣が会見で明らかにしたらしい。
産経でも「iPodなどハードディスク内蔵型の機器への課金は見送った」としているな。ただ気になるのは、「渡海文科相によると、今回の合意は8月に行われる北京オリンピックに向けた暫定的なものだとしている」という点。
言ってみれば「ダビング10」を人質に取られた権利者側(このニュアンスを楽しんでください)が「暫定的」にとはいえ妥協を強いられた図。ここで益々意固地になったりしないのかと心配になる。JEITAの“籠城戦”が奏功したのか否か。
大臣会見の内容をもう少し知りたいね。
これがどうなっていくのか今後も見守りたい。
──私的録音録画小委までは日数が結構あった筈なんだよなぁ。
ところで省令を改定するのにパブコメに付さないのかな?
■荒れる予感
日経でも記事が出ていたらしい。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20080617AT1G1700M17062008.html
「ブルーレイも著作権の課金対象に 文科・経産が折衷案」
(NIKKEI NET(日経ネット))
これも大臣の会見を受けてのもの。
権利者側のコメントを取ってあるところに注目。「権利者団体の一部は『問題解決にはならない』(実演家著作隣接権センター)と今回の案も拒否する姿勢を示しており、先行きは不透明だ」。おそらく椎名和夫氏のコメントだろうな‥‥。
いや、俺、この省庁間合意については まんまでは受け取ってない。権利者がかなりコケにされてるように感じるからね。裏で“密約”でも無いかぎり、権利者側は呑めないだろう‥‥こんな不透明なやりかたで決められるのでは。
Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権行政, 音楽と著作権 | Permalink
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ユーザー不在の応酬、どっちもどっち、手前に都合の良いところばかりの主張
正直な話、JEITAと権利者側の双方に思ったりはする。ましてここにユーザーが入ってきたりすると益々入り乱れるというか。いや俺が掻き乱してるのか(笑)。
久々(半年以上の御無沙汰!)の更新で、完全に文体を変えて書く羽目に陥っておりますが、このまま行きますよ。
──今回のネタ。
http://www.jasrac.or.jp/release/08/06_3.html
「JEITA(電子情報技術産業協会)に公開質問状を再度送付」
(JASRAC)
http://www.jasrac.or.jp/release/08/pdf/06_01.pdf
「2008年6月16日付公開質問状」(PDF)
6月16日付で権利者側からJEITAヘ送られたという公開質問状について、俺が感じたことを正直に書いていこう。つまりツッコミを入れていく。
まずは軽くジャブから。
冒頭で「2007年11月9日付で貴協会宛に公開質問状をお送りしましたが、いまだにご回答を頂戴しておりません」とある。これに疑問を感じた。仮にJEITAからの回答が無かったとしてだ、この半年間、権利者側としては何も督促してこなかったのか、と。何をやってたんだろう‥‥記者会見とか記者会見とか記者会見とか?
その一方で、直近の記者会見(5月29日にあった──たまたま俺がそれに行ってただけなんだけど)で配布された資料にはこんな箇所があったんだな。
2007年
11月9日 権利者87団体からJEITA会長宛に公開質問状を送付(記者会見第2弾)
11月28日 文化庁 平成19年第14回私的録音録画小委員会 開催。
JEITA委員より関連する発言なし。
12月7日 JEITA担当者がニュース・サイトのインタビューに
答えて、公開質問状には回答する気がないことを言明。
12月12日 権利者87団体は、JEITA会長より公開質問状に関する書簡を受領。
一応、当該資料の画像も上げておく(画像1/画像2)。
確かに資料の中で「回答書を受け取った」とは書いていない。しかし「公開質問状に関する書簡を受領」したとはある。記者会見の中でも、そうしたJEITA会長の対応について謝意を表明する場面があった‥‥権利者側がね。
となると、今ここに至って「いまだにご回答を頂戴しておりません」というのはフェアなやりかたなのだろうか。この半年間 回答を求めてきていたのか(ダビング10をめぐるJEITAの見解を問うことは続けてきていたけれど)、それは「書簡」で一応の対応が済んだものとみなされて仕方なかったりはしないのだろうか。
あるいは、JEITAの会長が替わったから改めて見解を問うとか? それなら「いまだにご回答を頂戴しておりません」だなんて嫌味を書く必要は無いよね。
──久々のエントリーはこんな感じで以下、続きます。
■また「誤解」か
公開質問状の1ページ目から。
そうした中で貴協会は、これまでの長年に亘る文化審議会私的録音録画小委員会における議論の経緯を無視するような見解を2008年5月30日付で公表されました。このことについ て、私どもは大きな驚きとともに非常に強い憤りを感じております。貴協会の見解は、著作権法の趣旨を曲解した独善的な意見であり、国民に誤解を与えるものと言わざるを得ません。
まず5月30日のJEITA見解にいたる流れを見ると、昨年12月18日の私的録音録画小委#15で「20xx年」の補償金廃止(ただしDRM前提)が打ち出され、それに沿った文化庁案が今年1月17日の私的録音録画小委#16に提示された。補償金廃止を目の前にチラつかされた手前、ここまではJEITA側もおとなしくしていた印象がある。しかし5月8日の私的録音録画小委#2で文化庁案の解説と「具体的制度設計」案が出てきたことから様子が一変、JEITAが「補償金廃止への道筋が見えない」として態度を硬化させた(この背景には私的録音録画小委のJEITA委員が交代したことも関係するとの話もある‥‥確かに強い反対意見を述べたのは新しく加わった委員のよう)。
JEITA内部でもいろいろ事情があるらしいけど、いずれにせよ5月に入ってからJEITAが態度を硬化させる理由になるものは存在する。5月8日の文化庁案ってのが酷い内容で、「これまでの長年に亘る‥‥議論の経緯を無視する」なんてことを権利者側は書いているが、この長年の議論で無視され続けてきたユーザー(委員発言ですら!)の声やメーカー側の提示した疑問点に正面から取り組まず、さも議論を積み重ねてきたかのように述べるのは一方的に過ぎる。そりゃ権利者にとっては有利な文化庁案なんだから、呑みやすいだろうさ(権利者の意図しだいで補償金制度を延命させられる内容)。
結果的に、汎用機器・記録媒体への課金や支払義務者の変更など、権利者の要望が通らなかった部分もあるのだが これらは“相手にされなかっただけ”と見ることもできる。もともと要望が通る可能性の少なかった部分だ(文化庁の側で前例を重んじるような態度があるのなら尚更)。
公開質問状の中で「貴協会の見解は、著作権法の趣旨を曲解した独善的な意見であり、国民に誤解を与えるもの」と権利者はJEITAを非難しているが、はたしてそれは正しい認識か。
たとえば権利者側の見解は「著作権法の趣旨を曲解」してはいないか、「独善的な意見」を主張してはいないか。いやそもそも国民はJEITAの見解に「誤解」させられているのか? 権利者の公開質問状の中を見ていくと、どうも怪しくなってくる。
そもそも。俺は「誤解」との言葉が軽々しく使われている時点で眉にツバ付けて聞く体勢をとる。これは官僚とか権利者団体とかがよく使う言葉だからだ。それも、ある事柄に疑問が呈された時に必ずと言ってもいいほど出てくる。
■ユーザーのことを考えちゃいない
公開質問状の前置きとして、質問文(これ自体は昨年11月9日にJEITAへ送られたもの)の前に権利者側の見解が書かれている。この内容をひとことで言えば、権利者は〈いかにして私的複製のすべてから補償金を取ろう〉としているかの“論理付け”に腐心している。その後のページにも、そうした姿勢がありありと出てきている。
著作権法30条の立法趣旨として加戸・逐条講義を引きながら「閉鎖的な範囲内の零細な利用を認めること」を説明するのは良いけれど、「個人の零細な利用も、国民の総体としてみれば、相当の量及び質となる実態があったことから、1991年12月、著作権審議会第10小委員会は補償金制度を導入することを決定しました」と簡単に繋いでしまっている。いや立法時の考え方を示す事実としては確かにそれで正しいのだけど、この「国民の総体としてみれば」云々がその後の補償金をめぐる議論をこじらせる結果になってしまってるのだから、JEITAを批判する根拠にはなるまい? そもそもJEITAはそれがおかしい、って言ってるのだ。
「総体としてみれば」などというロジックが許されるのなら、何だって言える。下手をすると補償が必要とされる私的録音・録画に使わない機器・記録媒体にまで課金することを正当化できかねない(さすがに現行制度はそこまで露骨な真似をしてはいないけれど、一応は)。
また、こうした禍根を残すロジックを捻り出した第10小委員会での議論ってのは、タイムシフトやプレイスシフトについての補償との関係性を議論するのを避けてしまった上でのものだった。時間のある方は第10小委員会の報告書を読んでみることをオススメする。どれだけ脆弱なロジックの上で現行の補償金制度が成立してしまっているのか判る。
タイムシフト・プレイスシフトについて言えば、「国民の総体」を考えたってゼロに延々と数字を掛けるようなものでゼロだろう。ようやくタイムシフト・プレイスシフトを考えようとしていた私的録音録画小委員会ですら、これを「ゼロ」と言わないように苦労してたのだけれども(リンク先は中間整理の当該部分)。
しかしこうした態度こそ、今の補償金制度が国民に理解されない一因ではないのかと俺は考えている。ユーザーの感覚との乖離が激しすぎるだろと。
しかも公開質問状では──
さらに、昨今の私的録音録画の実態は、コピー技術の高度化、記録媒体の大容量化により、補償金制度導入時の状況から比べれば、はるかに拡大していることに疑問の余地はありません。
とまで言い切ってしまっている。権利者側の主張(ポジショントーク)だからこれもアリだろうけれども。
タイムシフト・プレイスシフトのことが少しでも頭に残っているなら、こうした主張には抵抗感が生じるところだろう。普通は。コピー技術が高度化しようが、記録媒体が大容量化しようが、タイムシフト・プレイスシフトの権利者への影響としては全く関係ない(余談だけど、記録媒体が大容量化しても、コピーが無圧縮で行なわれるようになるだけでコピーされる著作物の数が激増するわけじゃないのではないかと思ったりする。たとえば音楽では現状MP3とかAACが多く使われてるだろうけど、既に無圧縮とかロスレスで聞いてる人もいるんじゃないのかという‥‥まして一人の人間が楽しめる著作物の数なんてのはたかが知れていて、大容量の記録媒体を持っていても全部が埋まるという話にはなかなかならなくなると考えられる)。
ここで権利者とJEITA(あるいはユーザー)との議論が噛み合わない最大の理由って、互いが自分に都合の良いところしか言わないところにあると思う。前者はたとえば他人から借りたものとかレンタルとか、そういうものからのコピーを前提にして「経済的損失」を説明する。一方JEITAやユーザーってのはタイムシフト・プレイスシフトを前面に出して経済的損失が無いことを説明する(俺も、ここまでの文章を見てもらうと判るとおり こちら側の人間)。しかし私的録音・録画の実態というのはそれらのどちらかではなくて、両方存在するものだったりする。
俺としては、双方の言い分というのが(互いの前提においては)ある程度の妥当性をもっていると考えていて、そこを切り分けることで議論を決着させる余地があるんじゃないのとずっと考えてきていた。だれも相手にしないがね(笑)。
要は、権利者が「タイムシフト・プレイスシフトに使われる蓋然性が高いのなら補償金を返しますよ」と言えば済むことじゃないの、と。もちろんそれだけで納得性が得られるとは思わないけど(たとえば分配についての情報公開とかも必要)、かなりマシになるんじゃないか。
■補償金が私的複製の自由を保障し、著作権保護技術が私的複製を制限してこなかったかのような大嘘
たぶん今回の公開質問状でユーザーからの反発が強いのは2ページの「著作権保護技術」のくだりなんじゃないかと思う。明らかにユーザーの経験に反した内容だからだ。このあたりでは何度も酷い目に遭ってきたからね、俺たち。
ちなみに「著作権保護技術」というのは、私的録音録画小委員会(つまり補償金問題を議論している場)においては「何らかの方法により複製が実質的に制限される技術」と定義されている。いわゆる「DRM」と同義だと考えて良いのかな、電子透かしを「著作権保護技術」に入れる(「複製が実質的に制限される」)と考えるのが妥当なのかとか考えてしまうけれど。
一方で、著作権法では「技術的保護手段」というのが定められていて、これを(意図的に)回避して行なう複製は私的複製とはならないということになっている。しかし「技術的保護手段」というのは著作権法第二条二十号に規定された(比較的狭い)範囲についてしか言えない。
技術的保護手段 電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法(次号において「電磁的方法」という。)により、第十七条第一項に規定する著作者人格権若しくは著作権又は第八十九条第一項に規定する実演家人格権若しくは同条第六項に規定する著作隣接権(以下この号において「著作権等」という。)を侵害する行為の防止又は抑止(著作権等を侵害する行為の結果に著しい障害を生じさせることによる当該行為の抑止をいう。第三十条第一項第二号において同じ。)をする手段(著作権等を有する者の意思に基づくことなく用いられているものを除く。)であつて、著作物、実演、レコード、放送又は有線放送(次号において「著作物等」という。)の利用(著作者又は実演家の同意を得ないで行つたとしたならば著作者人格権又は実演家人格権の侵害となるべき行為を含む。)に際しこれに用いられる機器が特定の反応をする信号を著作物、実演、レコード又は放送若しくは有線放送に係る音若しくは影像とともに記録媒体に記録し、又は送信する方式によるものをいう。
──解りにくいっすね!
これは当時のコピーコントロール技術、たとえばビデオテープにおけるマクロビジョンなどが念頭に置かれて規定されたものらしい。上記の規定のポイントは「電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法」であること、著作者人格権・著作権・著作隣接権を「侵害する行為の防止又は抑止‥‥をする手段」であること、「機器が特定の反応をする信号を‥‥音若しくは映像とともに記録媒体に記録し、又は送信する方式によるもの」であること。これらを満たさなければ「技術的保護手段」とは著作権法上 認識されないため、意外とこれに相当しない著作権保護技術は存在する(有名なところではDVDビデオのCSSとか)。
具体的には、2005年での法制問題小委員会での議論を見るといい(文化審議会著作権分科会法制問題小委員会審議の経過)。たとえば「現行著作権法では,著作物の複製を技術的に防ぐ手段(コピーコントロール)は,『技術的保護手段』として保護の対象としているが,暗号化等により著作物の視聴等を制限する手段(アクセスコントロール)は,視聴行為そのものが著作権法における権利の対象ではないため,『技術的保護手段』の対象外であると解されている」。私的録音録画小委員会での議論も同様の前提に基づいて行なわれている。
補償金問題での「著作権保護技術」の話は、著作権法上の「技術的保護手段」よりは広い概念と捉えられていることに注意が必要だ。つまるところ、「技術的保護手段」を回避した家庭内複製は30条の外なのだけど、「著作権保護技術」の場合は私的複製になる場面もあるわけだ。
さて、長い前置きだったが本題に戻る。
公開質問状では「著作権保護技術」を「ユーザーの複製行為が私的録音録画の範囲を超えないよう、ふたをかぶせるだけ」としている。しかし これは明らかに事実と違う。「コピーコントロールCD」やコピーワンスなどの例を出すまでもなく、私的複製を妨害する形でしばしば「著作権保護技術」が導入されてきたからだ。
しかも忘れてはいけないのが、この「著作権保護技術」の導入が私的録音録画補償金制度のもとで行なわれてきたという事実。つまるところ私的録音録画補償金は「ユーザーの私的録音録画の自由を維持」することには全く役立っていなかったのだ(権利者側はそうした信義にもとることをやり続けてきた)。
CDと無料放送については、権利者の側からも反論が出せそうではある。たとえばCDの場合は実質コピーフリーだし、パソコンには補償金が掛かってないじゃないか。無料放送にしても、「コピーワンス」は放送局とメーカーが勝手に決めただけで権利者が頼んだわけではない。
──しかし、CDのコピーについては権利者自身が「違法コピー」と喧伝したこと(これ自体30条をないがしろにしてはいないか)、そして実際に「コピーコントロールCD」を導入してそれを妨害しようとしたことが反論の説得力を弱めることになるだろう。おとなしく、「せめてCDをコピーする時は音楽用CD-Rを使ってね(にこにこ)」とか言ってれば多少は理解してもらえたかも知れないってのに(しかも多少の補償金は入ってくる)。 無料放送についても、ユーザーの側に立った意見を言ってくれていたわけでもなく、堂々と補償金を受け取っていたわけだから今さら「自分たちの意思じゃない」と言ってもねぇというところがある。
ともあれ、権利者側が公開質問状の1ページから2ページで主張してる内容が「客観的事実」なのか否かについては甚だ疑問があるとしか言いようがない。
(つづきます)
Posted by 谷分 章優 著作権, 著作権行政, 音楽と著作権 | Permalink
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2007年11月26日 (月)
ダウンロード違法化・ iPod 税パブコメ:提出意見
11月15日 〆切だった私的録音録画小委員会中間整理に関するパブリックコメント募集ですが、私も時間ギリギリまで かかりながら意見を提出しました。今回は募集期間が比較的長かったのと、 MIAU がパブコメ提出の呼びかけを行なったことから、〆切前から様々なブログさんで提出報告が相次ぎました。
周辺状況については正直 追い切れていません。幾つか目に付いたブログさんについてはピックアップしてみたいとの欲はありますが、ここでは後回しにしておきます。何せ、私自身の意見も相当の分量だったりするわけでして。
そんなわけで、ここでは私の提出意見をそのまま載せます。誤字・脱字もそのままです(苦笑)。そのうち別稿で解説というかフォローをしておきたいと思いますが、とにかくここでは“生”のまま並べておきます。
【P.97〜98】
第7章第1節「私的録音録画問題の検討にあたっての基本的視点について」
私的録音録画補償金制度を検討するにあたり、過去の議論をどう踏まえていくかという中間整理でのまとめかたには問題があると言わざるを得ない。ここでは補償金制度創設時の議論を無批判に踏襲する様が見受けられるが、現在 補償金制度にまつわる混乱が見られるのは まさしく創設時の議論が不足していたが故であり、この議論をも積極的に見直し是々非々で評価しなおしていく必要がある。
すなわち、この項目については再度 検討を要するものと考える。
現行補償金制度が創設される前の著作権審議会における議論をどう評価するかという問題は非常に大きなものとして挙げられる。
まず、時間だけは掛かっていたものの、その論理的成果は極めて乏しく充分な議論を尽くしていたとは言い難いところがある。今も踏襲すべき内容かは慎重にかつ冷静に判断すべきところであり、たとえば創設前からMDへのプレイシフト(CDに収録された音楽をMDウォークマンで聴くために私的録音する)が大部分存在していたにもかかわらず、議論に反映された形跡が全くない。加えて、補償金問題で特にレンタルCDからの私的録音がその根拠とされていたところであるが、貸与権使用料との関係について国会審議にまで遡った議論はなされていなかった(これは未だに為されていない)。
私的録画ではタイムシフトの扱いが重要となる(米国においては私的録画がタイムシフティング用途であるとして補償金課金の対象外とされている)にもかかわらず、報告書で軽く触れられたのみである。私的録画補償金を課すべきとの根拠に乏しい。
この議論においてメーカー側から、なぜ補償金制度が必要なのかという「そもそも論」を検討するよう幾度となく提示されていたいもかかわらず、結局そこを手つかずのままで妥協の産物として補償金制度が創設されている(そして「そもそも論」は現在の私的録音録画小委員会ですら検討されていなかった)。このような有様で無批判に踏襲すべき内容の議論であったかは甚だ疑問と言わざるを得ない。
私的録音録画補償金が妥協の産物以外の何物でもない最大の特徴として、アナログコピーには課金せずにデジタルコピーのみを対象としている点がある。音質云々が一応の理由として挙げられているが、複製の前後で質の劣化が伴うのはデジタルコピーにおいても同様である(とくに圧縮技術の採用等)。これがアナログコピーを不問とする理由として認められるのなら、大きく劣化したデジタルコピーについても私的録音録画補償金の対象外とするような制度改正も認められるべきであろう。
補償金制度創設時の議論に加え、 2005年度の 著作権分科会(法制問題小委員会)での検討結果をどう踏まえるのかという視点も必要である。補償金創設時の議論を踏襲するのなら、こちらも同様に踏襲されるべきであるからだ。
たとえば、 2005年度 当時から状況に変化が無いとするのなら、この時の結論を踏襲すべきと考える。また、 2005年度とは 異なる結論を今回の私的録音録画小委員会が出すというのなら、その根拠として充分なものが示されることが必要である。しかしながら本中間整理の内容では充分だとは全く言えない。
「二重取り」の解消を目的として適法配信からの私的複製を30条対象から除外する旨の提案が為されているが、これは「二重取り」の解消とは全く繋がらない。むしろ適法配信で入手したものからの私的複製の法的位置づけを著しく不安定にするものである(配信事業者の契約によって定められる私的複製はPC・ CD-R ・携帯音楽プレーヤー等への一次的な複製のみであり、 CD-R を介した複製──いわゆる孫コピーにまで明示的に許諾を与えるものではない)。音源のファイル形式等の問題があって(著作物のデータ形式の)変換を余儀なくされる一般的ユーザー環境を考えれば、こうした複製の法的位置付けが配信契約の内容に左右されることはユーザーの立場を不安定にすることと同じである。容認できるものではない。
違法複製物や違法配信からの私的複製を30条の外に設定することについても、その実効性や「違法」かどうかの判断が結局 司法に委ねられるという性質から、安易な法改定を肯定する根拠には欠けるものと考える。 2005年 の審議で出された結論は私的録音録画補償金自体の「根本的」見直しであって私的複製条項の縮小ではない(敢えて言うのなら私的複製の範囲の確定であって変更ではない)。複製が著作物使用そのものと同義であるデジタル時代(の複製機器やインターネット)の特性を把握しないまま30条縮小を行なうことは、その実効性や副作用の面から行っても危険極まりないものと言わざるを得ない。
さらには、ここで指摘された補償金制度の周知不足の件をきちんと検討されていたようには窺えない。単に補償金管理団体へ周知義務を課すだけとしており、具体的提案が示されていないばかりか、権利者団体側の委員からは経費の問題をもって周知に消極的な発言すら飛び出す有様である。実際問題として、公式サイトでの説明文掲載や共通目的事業以外には継続した周知広報が実施されておらず、時折思い出したかのように広告を打つだけ(それも首都圏のみを対象とするような)なのが現状である。もっと具体的に何をしていくべきか議論する必要があろう。
ハードディスク内蔵型録音機器等や汎用機器等への課金についても、それを決めるにたる根拠が示されないまま課金相当との結論を出すことには反対である。結論を出すためには、上記著作権分科会(法制問題小委員会)での指摘をきちんとクリアする必要があり、かつ私的録音録画補償金を課すことが相当であると認めるに足る私的録音・録画態様に限定して課金する方策を提案していくべきである。
すなわち、私的録音録画小委員会の中間整理は、まだ結論を出すべき時期には至っていないことが示されているものと考えられる。このような状態で結論を出すことは今まで以上の禍根を残すこととなり、ひいては著作権制度自体の崩壊をも招くことになりかねない。
【P.99】
第7章第1節3「私的録音録画問題を巡る時代の変化等にあわせて、次のような基本的視点を踏まえる」
「利用者のニーズを尊重し、円滑な利用が妨げられることのないよう配慮」することを示していること自体(この文自体)には意義があるものと考えられるが、しかし中間整理全体のトーンを考えると、不当な30条縮小と私的録音録画補償金の存続(そして改悪)を提案する中での“エクスキューズ”としてこの甘言が用いられているに過ぎないとの疑念を抱かざるを得ない。
もしこの理想を本当に私的録音録画小委員会が打ち出すのであれば、「利用者のニーズ」そして「円滑な利用」を現実のものとするために具体的な提案をしていくべきである。その際には、ユーザーの意見を実際に取り入れることも考えねばならない。
論点として考えられるのは、まず「利用者のニーズ」「円滑な利用」と「著作権保護技術」が両立するかということである。音楽配信における DRM、 地上デジタル放送における「コピーワンス」あるいは「ダビング10」、CDにおける 「コピーコントロールCD」、 DVD における「CSS」 等、ユーザーが本当に受け入れているのか定かでない仕様の「著作権保護技術」が市場に多く存在しているところである。
この問題意識を裏打ちするのが、充分な対価を支払って入手した著作物がユーザーが「公正」に扱うことについて(つまりプレイスシフト・メディアシフト・タイムシフト等)「補償金」なるものを支払わせる正当性がきちんと説明されているのかという観点である。現行の補償金制度がこうした利用をも一緒くたに扱っているため、ユーザーの理解を一向に得られないでいる(補償金を廃止すべしとのユーザー意見は少なくない)とも考えられる。
本来、私的録音録画小委員会に期待された役割というのは こうした疑問に対して説明していくことであったが、結局「そもそも論」の回避と30条縮小のゴリ押しに終始したことは誠に遺憾である。
「私的録音録画に関する具体的な制度設計を考える場合には、著作権保護技術や配信事業等の音楽・映像ビジネスの新たな展開などとの関係を十分考慮すべきこと」とする一文についても、現状を考えれば非常に虚しく響くと言わざるを得ない。実際に、音楽配信や映像配信が充分なレベルで実現しているかという観点で疑問がある。
海外で圧倒的な支持を受けている iTunes Store ひとつ取っても、海外版と日本版とで比較すればそのカタログの貧弱さは明らかである。日本では映画の配信は始まっておらず、しかも海外では配信していながら日本で入手できない楽曲が非常に多い。とりわけソニーミュージックのように、日本国内で音源を不当に提供していない例も見られる(ソニーは海外では積極的に配信している)。
配信事業がまったく発達していない世界では私的録音・録画が果たす役割が決して小さくない(つまり著作物を入手する有力な手段である)のだが、これを縮小したり「補償金」なる不当な負担を上乗せすることは、ただいたずらに配信拒否を助長させ、旧来のパッケージコンテンツ流通に止まろうとするような流通阻害をやりやすくするだけの結果を生むことに繋がってしまうのである。
こうしたことから、中間整理の内容はそもそも「利用者のニーズを尊重し、円滑な利用が妨げられることのないよう配慮」しているものとは認められない。むしろこの方針を強く打ち出し、再度 中間整理を刷新すべきものと考える。
補償金の課金は権利者に明白な経済的不利益を与えている私的複製態様に限定して行なうものとし、ユーザーが「公正」な範囲で行なう私的複製には DRM (コピーコントロール)の導入を認めず(仮にコントロールされているものはその回避を認める)、いちど公表された著作物については権利者に流通の義務を課す(この義務を怠った者については許諾権の一部を制限する)等の具体的提案を行なうべきである。
【P.100】
第7章第2節1「利用態様ごとの私的録音録画や契約の実態」
DVD からの私的録画が不可能であるかのように書かれているが、これが実態を反映しているのか疑問である。 DVD に用いられている「著作権保護技術」は著作権法の「技術的保護手段」には当たらないため、中間整理でも「技術的保護手段」の語は注意深く回避されているところである。
映画業界側の見解としては DVD のコピーを私的複製外(「技術的保護手段」の回避にあたる)としているが、実際問題として著作権法によって規制されているものでも技術的に不可能なものでもなく、むしろユーザーは私的複製(具体的には DVD からのハードディスクへの記録、および iPod 等用の変換)することも想定して上で DVD を購入しているというのが実態である。
このような現状がある以上、たとえばこうした私的録画を改めて違法化するとかするのではなく、素直に DVD の私的複製を認め、私的録画補償金の対象として含めることが必要である。
現在、 DVD に替わる新世代のディスクが提案されているところであり、これには複製を不可能とする技術が使われているところである。ユーザーが従来の DVD (複製可能)を採るか、新世代のディスク(複製不可能)を採るかは微妙な情勢であるが、著作権法によって保護されていない「著作権保護技術」にまで その保護が及んでいるかのような認識でいつまでもいるのは おかしいのではないか。
むしろユーザーには、自らが対価を支払って入手したコンテンツの私的複製(とりわけプレイスシフト・メディアシフト・タイムシフト)の権利を保障すべきなのであって、こうした私的複製態様については「技術的保護手段」の回避であっても違法ではないとするような法規定を設けることが強く望まれる。その立場を採って、 DVD の複製についても従来の著作物複製と同じ扱いを適用し、私的録画補償金を課金する対象として含めるべきと考える。
「技術的保護手段」については、現状の規定を維持することとし、次世代ディスク等がこの規定に沿った複製防止技術を採用して初めて私的複製から除外するものと考えるべきであろう。著作権法ではあくまでも複製利用に権利を認め、視聴については権利を及ぼさないとの原理原則を維持すべきである。
第7章第2節2「第30条の適用範囲から除外することが適当と考えられる利用形態」
【P.104】
中間整理でのこのページでは、違法複製物からの私的複製や 違法配信物のダウンロードを30条対象から除外することを肯定する根拠がかかれている。しかしこれらは著作権法を改定するだけの根拠として認めるに足る内容とは言えず、当該改定を提案する中間整理の方向性には私は反対である。
根拠アとして、中間整理は当該私的複製が「通常の流通を妨げる利用形態」であると位置付けている。しかしながら この種の私的複製について各著作物に着目するなら、海外の劇場公開から日本公開までの理不尽な時間差が生じている映画著作物であったり、 DVD 発売が全く予定されていないテレビ番組(映画著作物の日本語吹替版放送も含む)であったり、廃盤や未配信等の事情で正規には入手不可能な音楽であったりと、実際に「通常の流通を妨げる」どころか流通そのものが用意されていない事例が大半である。本来であればそうした流通を確保する努力を著作権者が為すべきところであり、そうした努力が為されていない現状では当該複製の違法化を法律の上で行なったとしても当該複製行為自体を根絶することは絶対に不可能であると断言できる。
「通常の流通を妨げる」行為に対する法規制は複製権・公衆送信権(送信可能化権も含む)の付与で充分為されており、権利者は流通の確保と権利の行使をもって、権利を保持する著作物を自分以外の者が流通させるという好ましくない状態から脱することが既に可能である。この上 ユーザーの私的領域に踏み込み、私的複製行為まで違法化することは、権利者自らの怠慢から市場流通が叶わない著作物を入手しようと希望することまで〈悪〉と断じかねない在り方へと法を変質させてしまうものと危惧する。
※ 国際条約を始めとした伝統的な考え方では未来における「通常の流通を妨げる」こともスリーステップテストの条件に含めて考えているようであるが、このような考え方は著作物を独占し経済財としての価値のみを追求して(例えば保護期間の延長を強く主張するなど)国民の「知る権利」「言論・表現の自由」に脅威を与えるインセンティブになり得ても、創作や流通を促進し文化発展に資するというインセンティブになり得ない。これは歴史が証明している。こうした反文化的・反競争的思想からの脱却を、日本発の著作権制度として世界へ示すべきである。
また、仮に違法性のある複製物からの私的複製が存在するとすれば、その行為の時点において同一内容・同一フォーマットで現に流通している著作物を違法性のある提供手段から入手し「情を知」りながら私的複製する場面に限定すべきであろう。私的複製への権利行使の要件として現実の流通を設定して初めて、著作権者に正規流通を促進するインセンティブを生じさせることとなる(ただしこの提案は、「その行為の時点において」「同一内容・同一フォーマットで現に流通している著作物」「違法性のある提供手段から入手し」「情を知りながら」という要件のどれが欠けてもいけない。ここまで限定しなければ、実効性も納得性も得られないし副作用が大きい)。
根拠イにおいては「違法サイトからの録音録画が違法であるという秩序は利用者にも受け入れられやすい」としているが、実はその根本的な根拠が書かれていない。そしてこの命題は、「違法サイト」なるものがユーザーにとって判断不可能であるということ(仮に「適法マーク」なるものを設定したとしても海外の配信事業者にまで普及し得ない)、適法性が曖昧なサイトから入手しなければ得られない著作物が殆どである(つまり かつては公表されたものでありながら現在 正規流通が確保されていない)こと、そもそも適法に提供された著作物の私的複製ですらその適法性が証明できない(すなわちまかり間違って訴訟になった際にユーザー自身が身の潔白を証明できない)ことなどから、ユーザーとして到底受け入れられるものではない。
根拠ウにおいて「個々の利用者に対する権利行使は困難な場合が多い」と書かれていること自体が この問題の難しさを的確に表している。すなわち当該複製を30条から除外したところで、その実効性はとても確保できないということを私的録音録画小委員会(および著作権分科会)が認めているのである。
ウの後段で「録音録画を違法とすることにより、違法サイトの利用が抑制されるなど、違法サイト等の対策により効果があると思われる」としているが、これは前段とは全く繋がっていない。この部分を意味の通る文章にするためには、前段で示された実効性の無さ(そのおそれ)をカバーできるほど後段の効果が期待できるかどうかを示す必要があるが、それは書かれていない。そしてこの後段の効果が果たして期待できるのかといえば否である。むしろ“見つかりさえしなければ構わない”といったモラルハザードが引き起こされる温床になりかねず、こうした安易な(法による)行為規制は著作権制度の崩壊の引き金となりかねない。
希望的観測に基づいた安易な結論を出すのではなく、実効性についての検討をさらに具体的に行なった上で議論を進めるべきである。すなわち今年度中に結論を出すという方針を凍結し、さらに数年の期間を設けた上で文化庁のみならず経済産業省・総務省をも交えた「私的録音録画小委員会」を継続して開催すべきである(この際には、権利者側委員・メーカー側委員・ユーザー側委員・有識者委員の数をそれぞれ同数に設定しなければならない)。
根拠エについても単なる希望的観測に過ぎない。
「効果的な違法対策が行われ違法サイトが減少すれば、録音録画実態も減少することから、違法状態が放置されることにはならない」といった命題において、「効果的な違法対策が行われ違法サイトが減少すれば」との前提が本当に成立するのかというのが大きな問題である。現実問題として「違法サイト」なるものを減少させる方策が今までに採られてきたのか否か。これまでに効果的な違法対策が行なわれてきたのであれば現行法を変える必要が無いということであるし、効果的な違法対策が望めないから30条を変えるというのであれば今後も対策など出来ないということになる。すなわち前提条件が真であっても偽であっても、この30条縮小の理由とはなり得ないのである。
「効果的な違法対策」の内容が不明確なのも気になる。これまでの「違法対策」が30条縮小を要求するほどに成功していないのだとすれば、今後の新たな「効果的な違法対策」として想定されるのは私的複製を行なったユーザー個人を提訴するということである。これはダウンロード違法化に反対するユーザーの危惧そのものであるが、中間整理はそうした危惧をストレートに抱かせる内容となっている(なお私的録音録画小委においては日本レコード協会から提訴の可能性を示唆する見解が披露されてもいる)。
家庭内の「録音録画実態」について「減少」するとの把握はどのように行なうつもりなのか。家庭内の行為をどう捉えるか、その中から「違法」性のあるものを切り分けて対処するかというところに大きな課題があるところ、その上「録音録画実態」の「減少」を想定するというのは如何なものか。各家庭というのは社会の中に存在するのであって、文化庁担当者や審議会委員の脳内に存在するのではない(それとも私的領域のプライバシーを侵してまで私的録音・録画の実態を把握しようと今後していくのであろうか?)。
このウの項目については特に、仮定に仮定を重ねる文章であるがゆえ結論の妥当性が極めて低いと言わざるを得ない。しかも誤った前提に基づいて書かれているため、結局は「違法状態が放置される」との結論しか導かれない。このような文章を検討結果として公表してしまった私的録音録画小委員会(とりわけ事務局)と著作権分科会は恥を知るべきである。
なお当該私的録音・録画を規制する海外の立法例が脚注に書かれているところであるが、よく考えてみると、これらの国はかような法規制が存在していながらファイル交換ソフトの開発・利用の本場である。むしろ法規制によって この種の行為が抑制できないことを示す証左と言える。
以上のように、中間整理で示された“根拠”では正当性が薄く、当該複製を30条から外すことが適切であるとの結論は導き出せないことが判る。この問題は30条の範囲縮小という形で解決しようとするのではなく、むしろ補償金によって解決した方が(正統的な手段ではないにせよ)理想的な社会秩序を保つことができる。まず「違法」行為を蔓延させる恐れが回避でき、かつ かような私的録音録画から実質的な使用料を得る手段が用意されるからである。流通促進のインセンティブを生じさせるほどの効果は無いにせよ、それまでゼロであったところから僅かばかりでも支払いが発生するのであるから、何も無いよりは遙かにマシである。30条から外してしまえば補償金はおろか、放置された「違法」行為からの使用料が一切得られない。
加えて、補償金と同様の考え方を用いて(ここでは「包括許諾」あるいは「強制許諾」という意味合いが強いように思われるが)合法のファイル交換を実現することこそ、当該「違法」行為の抑制を期待できる方策と言える。つまるところ、必要なのは当該行為の違法化ではなく、こうした需要を満たす手段を適法なものとして如何に整備するかということなのである。そうした正規の流通が確保された後から当該行為の違法化を検討しても遅くはない(私個人は、こうした違法化を検討する必要の無いほど「違法」行為が抑制されるものと考えるが)。
【P.105】
「仮に補償金制度で対応するとすれば、莫大な補償金が必要となることも理由の一つではないか、とする意見があった」とあるが、仮にかような私的録音・録画も含めて補償金で処理するとなれば、多少高い補償金額でも支払う理由が出来るというもの結構な話である(もちろん当該録音・録画行為を行なわない者については減額するなどの措置も用意しておく必要があるが)。
それよりも、機器へ一律に課金するという考え方を改める必要があろう。ユーザーそれぞれによって利用の態様は変わるのである。「違法」性の疑われる私的録音・録画行為も含め、それぞれの態様について補償金を課していく(それを擬制する形で機器や記録媒体に課金、余剰分は返還制度を利用させる)方針へ転換すべきだと考える。
私自身は補償金制度を改善した上で維持、その代わり30条も現状維持すべきと考えている。その意味では「違法対策としては、海賊版の作成や著作物等の送信可能化又は自動公衆送信の違法性を追求すれば充分であり、適法・違法の区別も難しい多様な情報が流通しているインターネットの状況を考えれば、ダウンロードまで違法とするのは行き過ぎであり、インターネット利用を萎縮させる懸念もあるなど、利用者保護の観点から反対だという意見」にそのまま同意するものである。
また、現状使われているファイル交換ソフトにおいては、その多くがダウンロードと並行してアップロードも行なう仕様のものばかりであり、これもまた現行法で既に規制対象として扱えることも考慮すべきである。
第7章第2節2「第30条の適用範囲から除外することが適当と考えられる利用形態」
【P. 105】
違法複製物からの私的複製や 違法配信物のダウンロードを30条対象から除外する場合の「条件」とやらが中間整理に示されているところである。しかし「違法」行為が放置され実効性が期待できないこと、ユーザーが目の前の著作物が「違法」に提供されたものかを知る手がかりが実質ないこと、「違法」行為と無関係のユーザーが訴訟に巻き込まれるおそれがある上に潔白証明が難しいことから、 105ページの 「条件」を示しながら30条縮小を前提に論じていくことには問題がある。
当該「条件」はいずれも根拠に欠けていると言わざるを得ず、予想される弊害を解消できる方策とはなり得ない。このまま30条に手を加えることともなれば社会秩序に混乱を来たすものと考えられる。
加えて、「他人から借りた音楽CDからの私的録音」について現状維持とされているところ、これの根拠とされるものと違法化すべきという私的複製態様との論理整合性が全く図られていないのも問題である。
このような、まともな根拠も示されない状態での30条改定には明確に反対である。
※なお「他人から借りた音楽CDからの私的録音」を現状維持としたことについては賛成である。そしてここで示された根拠をもって30条縮小全般について反対するという趣旨であることに注意されたい。
条件アについて。違法複製物・違法配信物であるかどうかを知らずに私的録音・録画した者を30条除外から外すことは当然の措置である。しかしながらこれを「情を知って」などという曖昧な法学的言葉遊びで実現しようとすることには反対である(こうした限定は何の意味もない)。
そもそも「情を知って」などという主観的要素をどう判断するのかという問題がある。デジタルコンテンツの取り扱い(私的複製や再生など)やインターネット配信においては、目の前に提供されたコンテンツが適法なものかユーザーが知る手がかりなど殆ど存在しない。そのような中で訴訟に至れば判断は司法に委ねられることになり、つまるところユーザー側が「情を知って」行なったのではないと示せなければならないということになる。
現実問題として、自らが所有しているパッケージコンテンツからの複製や、購入ログが保存されている(あるいは購入者情報が埋め込まれている)配信物からの複製であればある程度の証明は可能であろう。しかし実際に家庭内で行なわれている私的録音・録画の大部分はレンタルCD、友人や図書館から借りたCD、放送・配信から入手した音声・映像である。オリジナルが手元に無いものが圧倒的であり、こうした曖昧な事実関係を裁判所の心証ひとつで判断されてしまうおそれが常に発生する。
また、「情を知って」の条件が必ずしも厳格に捉えられるのではなく、実務的には“相当程度 違法らしいと考えるに足る根拠が示されている”とのラインが違法とされることも想定され、ユーザーに対し実質的な適法性確認義務という過重な負担を課すことになりかねない。たとえばいったんは適法であるかのように市場へ提供されながら、その後 裁判等で権利侵害の上で提供されたものとして認定されたような著作物(服部克久作曲「記念樹」のような)について、これを入手したときには確かに「情を知って」はいなかっただろうが、その後 裁判が有名になった後で私的録音する場合にはユーザーの行為がどのように判断されるのか。これが「違法」であるかどうかを確認すること(ただ有名裁判例を知らないというだけで違法性が問われ得るのか)をユーザーに押しつける結果になることは間違いない。
別角度からも問題点が指摘できる。インターネットに期待されているカジュアルな情報発信においては、その発信者がプロの創作者であったとしても受け渡しのログや適法入手確認の保証を行なえるものではない。インターネットの普及が著作物流通のコストダウンをもたらし、既存のメディア企業の支配から脱して自由な活動をしようとしてる著作者らの活動を、ユーザーが曖昧なダウンロード違法化により萎縮してしまう事態によって妨げてしまうおそれが非常に強い。既存メディア企業による著作者支配の構造へ逆戻りしかねないのである。
ユーザーから見て、その著作物提供が適法であるのか違法であるのか判断しにくい状況は、今以上に進んでいく。個人による著作物発表・著作物流通が望ましい方向で進んでいけばいくほど、そうなっていくのである。著作権制度はこうした(確実に見えている)先のことまで考慮して設計していくべきであり、ただ既存のメディア企業の一次的な利益を保護するために権利制限規定を変更していくことは厳に慎むべきである。
※「趣旨の周知」程度で何とかなると思っているのも安易に過ぎる。そもそもこれまで私的録音録画補償金の管理協会や権利者団体や文化庁はきちんと「趣旨の周知」が出来てきた試しなどない。私的録音録画補償金をめぐる混乱はまさしく周知不足によって引き起こされたものであり、かつ商業用レコードの還流防止措置にかかる文化庁の対応、意見募集手続きにおける文化庁の周知の程度などを考えても、今後の30条縮小に関して適切な周知が行なわれるとは到底期待できず、具体的な周知内容をしっかり定めた上で提案するのが筋であろうと考える。
※「利用者が明確に違法サイトと適法サイトを識別できるよう、適法サイトに関する情報の提供方法について運用上の工夫が必要」としているが、これについての詳しい内容は示されていない。それもその筈で、日本レコード協会で策定中の“適法マーク”はまだ全く内容が定められていない状態。このような未確定のものを前提にして法改定を考えるのは尚早である。
私的録音録画小委員会において日本レコード協会から示された構想によれば、レコード協会会員社が国内の携帯電話向け音楽配信に対して表示を付すことについては方針が決まっているようである。しかしながらまだPC向け配信が未確定なのと、海外の権利者が国内配信事業者から音楽配信を行なう場合、あるいは国内の権利者が海外の配信事業者から音楽配信を行なう場合については全く触れられていない。また海外において海外の権利者が配信する場合については、“適法マーク”の提示など到底考えられない。つまりインターネット上で流通するコンテンツの大部分に“適法マーク”を付すことなど期待できないということである。
インディーズの配信についてはどうなのかと津田委員から指摘があったように、インターネット上での著作物発信がローコストで可能になった現在、レコード協会のような業界メジャー団体では捕捉しきれないほどの権利者が世の中に存在している。これらをカバーした“適法マーク”の設定など到底不可能であり、逆にこうしたマークの設定を強行しダウンロード違法化によって裏付けするともなれば、業界メジャー団体に属さない権利者(特に個人)が独立して活動していく機会を不当に奪うことになりかねない(“適法マーク”の付いていないサイトがあたかも違法サイトであるかのように誤解される副作用が強く心配されるところである)。
さらに言えば映画関連においては全くマークの話は決まっていない。このような有様で30条縮小を云々するのは時期尚早に過ぎる。
条件イでは、30条対象から除外する複製態様を「録音録画」に「限定」するとしている。しかし、こうした「限定」にどれだけの合理性が存在するのかは示されていない。私的複製全般について当該複製を30条対象から外すこと(たとえば文芸著作物の「違法」複製・「違法」配信からの私的複製を違法化する)は社会的混乱を生じさせる結果が目に見えているが、こうした法改定を「録音録画」に「限定」すれば法改定が正当化されるとの合理性はこのページの説明からは見出せない。
たとえば「権利者の不利益が顕在化している」のは本当に「録音録画」のみなのか。録音・録画される音楽・映像等の分野においてどれだけ「不利益が顕在化している」のかが明らかでないのに加え、他の著作物においては「不利益が顕在化」していないと結論できるのか否かについても全く検討された形跡がない。このことは私的録音録画小委員会での結論がそのまま維持されるのかが不安定になる要因となり得、たとえば私的録音・録画以外の私的複製について検討するとされる法制問題小委員会において他の著作物へも広げた形で30条改定が提案される可能性を残していることをも示している。
条件イが維持されるか不安定である要因としてはもう一つ、著作権分科会において ACCS からの代表として出席している委員会から全著作物を対象にすべきとの意見が出されたことが挙げられる。この委員意見はゲーム業界からのものであると考えられるが、これを受けて法制問題小委員会で再検討されるとすれば、私的録音録画小委員会で提案された条件イが破棄される可能性が高い。
このような状況下でもって条件イを前提として30条縮小を肯定するのは適切ではなく、またそもそも論として私的録音録画小委員会で30条縮小という大きな問題を決めることは極めて僭越であると言える。これは私的複製の問題を大きくとらえて検討することをせずに、私的録音録画小委に“丸投げ”してしまった法制問題小委員会の方針にも明確な誤りがあったと言わざるを得ないし、そうした初手からの歪みがここへ来て更に大きな禍根を残す結果となっているものである。
なおインターネットからの著作物の私的録音・録画について、ダウンロードとストリーミングの区別を明確に付けるべきであると考える。視聴行為には権利を及ぼさない従来の著作権制度との整合性を保つために、ストリーミングについては不問としダウンロードを30条除外の対象とするものとされてはいるが、現時点ではダウンロードとストリーミングとでは同じ技術を使っているため いずれも「複製」ととらえることが可能であり、区別が法解釈に委ねられる曖昧さを残したままである。
複製権が私的領域の視聴へ浸食していくことを防ぐためには、ダウンロードの定義を明確にする必要がある。たとえば「明確に保存するとの目的をもって、ファイルの形として内蔵ハードディスク又は外部記録媒体に相当期間 保存する行為」のような規定を設ける必要がある。
【P.106】
条件ウにおいては「罰則の適用を除外」するとあるが、これは確かに必須の条件と言えるだろう。私的領域で行なわれている複製行為について刑事罰を与えることは、他の規定との整合性を考えても社会通念から考えても不適切であると言わざるを得ない。その一方で、民事訴訟に巻き込まれる可能性が(罰則なしで違法化されたとしても)生じてくるということはユーザーにとって過重な負担となるものと考えられる。
ユーザーが自身の私的複製行為の適法性を証明することは極めて難しい。テレビ・ラジオからの録音・録画や、借りたCD・ビデオ等からの録音・録画については、複製元のオリジナルが手元に残らず何の情報も付加されていないコピーのみが存在し続けるからである。さらには、30条縮小が施行される前に作られた私的複製物が大量に存在しており、それと施行後の複製物とで判別できないこと、たとえ判別できたとしても若干の操作でもって当該情報を書き換えられること、加えて30条外の複製によって得た複製物を再度 私的領域内複製することで(その気になれば)適法な私的複製物へ見せかけることが可能である。こうした状況は、ますます違法複製と適法複製の区別を困難にするのみならず、確信犯的に「違法」複製を行なっている者には更なる「違法」複製を重ねさせるインセンティブを生じさせるところから、30条縮小による対処が適切なものであるとは到底考えられないところである。
要するに、「違法」複製への対処が30条縮小によって為されることは、その実効性が殆ど期待できないことに加え、あまりにも甚大な副作用(ユーザーへの負担)をもたらすという下策であると言わざるを得ない。
「権利者が利用者に対し本当に権利行使できるかという疑念が残るが、今の状況を放置しておくわけにはいかないので、例えば『著作物の通常の利用を妨げるものであってはならず、かつ著作者の正当な利益を不当に害するものであってはならない』との但書を加え、個別の事案に即して違法性を判断するのも一案ではないかという意見があった」とされているが、これが採用し得る対処の本筋と言えるのではないか。
また、「他人から借りた音楽CDからの私的録音」について30条除外に慎重であるとする根拠 (106ページ) を「私的領域で行なわれる録音行為について利用者との契約により管理をすることは事実上不可能であり、仮に第30条の適用範囲から除外しても違法状態が放置されるだけであること」としているところであり、これはまさしく先の私的録音・録画やダウンロードにも言えることである。
これまで中間整理において当該複製行為の30条除外の根拠・条件について何ら合理的な説明が為されていない以上、「他人から借りた音楽CDからの私的録音」同様に著作権法改定を見送るべきものと考える。
よって、30条対象となる私的複製の範囲を狭めるような私的録音録画小委員会の提案には反対である。
【P.107】
第7章第2節2「第30条の適用範囲から除外することが適当と考えられる利用形態」
私的録音録画小委員会の中間整理では、適法に配信された著作物の私的複製についても30条対象から除外する旨のまとめが為されているところである。「音楽・映像等のビジネスモデルの現状から契約により私的録音録画の対価が既に徴収されている又はその可能性がある利用形態」について「著作物等の提供者が利用者の録音録画行為も想定し、著作権保護技術と契約の組み合わせ等により一定の管理下においてこれを許容しているような実態であれば、著作物等の提供者との契約により録音録画の対価を確保することは可能であり、このような利用形態について仮に30条の適用範囲から除外したとしても、利用秩序に混乱は生じない」としており、まずこの認識で問題が無いのかが疑問として出てくる。
たとえば配信契約に不備がある場合についてはどうなるのか。現在の配信契約が想定される状況を満遍なくカバーする形で用意されているのかという検討が不足している。あるいは配信事業者がユーザーに対し一方的な禁止を宣言しいた場合(技術的には複製可能であるにもかかわらず、契約でそれ以下の複製のみを許諾する場合)にどのような扱いになるのか示されていない。契約外であれば「違法」行為であると考えるのが自然であろう。
現状の配信契約について考えても、“許諾”が明示されているのは配信されたものからの子コピーのみであって、孫コピーについては法的位置付けが曖昧であると言わざるを得ない。適法配信からの私的複製で想定される孫コピーはいくらでもある──ある配信事業者から購入した音楽等について、これに対応していない携帯メディアプレーヤーで視聴するため、いったん外部ディスクへ複製したのちに、当該携帯メディアプレーヤーで使えるファイル形式へ変換しなおす場合。あるいは、配信で購入したファイルのバックアップも孫コピーの一種である。そしてこれらの孫コピーは現状の配信契約では触れられていない上、触れられていたとしても(ソフトウェアにおける使用許諾契約のように)技術的に可能な私的複製よりも狭い範囲で契約を結ばされる可能性が高い(その一方で、かような厳しい使用許諾契約が果たして正確に守られているのかという点については甚だ疑問が残る)。
こうしたことから、適法配信された著作物についても30条対象から除外してしまうことには反対である。むしろ私的複製として築かれたこれまでの法的秩序を混乱せしめる結果となるのは間違いない。
【P.108】
このページでは、適法配信された著作物の私的複製を30条対象から除外する際の「条件」について示されているが、先のように30条除外が不適切である上に ここで示された「条件」が適切なものとは到底考えられないところであり、この「条件」をもって法改定が妥当と結論づけることはできない。
まず「現状では権利者は配信事業者との契約により、録音録画に対する対価を確保する必要があることになるが、配信事業者が利用者の録音録画行為について配信事業者に一定の管理責任を負っているような事業形態に限定して第30条の適用を除外すべきである」としているが、ここでの「配信事業者に一定の管理責任を負っている」とはどういう意味なのか不明である。
それに加え、ここで「一定の管理責任を負って」いないような配信を利用する場合には、私的録音録画補償金との「二重取り」の負担をユーザーが甘んじて受けろという意味にも捉えられる。ということは配信契約の内容を吟味し、ここからの私的複製が30条の対象となるのか否かをユーザー自ら判断する必要があるということでもあり、外形的には同じような配信サービスを受けていながら その契約内容によってユーザー自身も対応を変えなければならないという過重な負担を強いられる結果となってしまう。
しかも、このような条件を付したところで、やはり孫コピーの法的位置付けが問題となってしまう。対価を支払って購入したものを利用しやすい形式へ変換するだけのことなのに、配信契約次第で違法になったり適法になったりするような利用秩序がユーザーに受け入れられるとは全く考えられない。
配信契約による30条対象の切り分けを提案する根拠として「利用者の録音録画について配信事業者に一定の管理責任がないような形態まで第30条の適用を除外した場合、利用者が直接権利者と契約できない現状では、違法状態が放置されるだけになり問題がある」との説明が書かれているが、上に示したように配信契約でカバーしきれず「違法」化されてしまう私的複製態様が想定される以上、どうあっても「違法状態が放置されるだけになり問題がある」のである。よって30条除外をそもそも行なうべきでない。
適法配信された著作物について30条適用除外が提案された理由は、これの私的複製について私的録音録画補償金が課せられることが「二重取り」であるとの指摘があったためである。それを解消するために30条除外を考えるのは下の下の策であると言え、上に指摘したように弊害を招くだけのものである。むしろ私的録音録画補償金の課金対象から外すこととし、適法配信された著作物を私的録音・録画するための機器・記録媒体については補償金返還制度の理由として認めるという形にすれば足りることである。
なおこの際、補償金の返還を受けるにあたって要する諸費用については補償金管理協会が負担するものとするのが望ましい。そうすれば適法配信の複製に使われる(返還請求が為される可能性がある)機器・記録媒体への課金もそれなりに慎重に行なわれるものと考えられ、課金対象の指定を行なう上での調整も期待できる。
第7章第3節1「権利者が被る経済的不利益」
【P.110】
権利者が私的録音・録画から受けるとされる「経済的不利益」について、「総体として」というレトリックを用いることを いい加減にやめるべきである。こうした考え方は“塵も積もれば山となる”との結論を導き出したいがために導入されたものに過ぎず、現行著作権法30条が設けられた当時から「零細」であると判断された私的使用目的の複製について、これを有償・自由とすべき理由とは直接結びつかないものである。
むしろ私的録音・録画の個々の態様に着目し、その複製が著作物(複製物)購入の代替となっているか否か(同一著作物の初めての入手に対価が支払われているか)によって補償の必要性を判断していくべきである。
私的録音録画小委員会の中間整理においては複数の考え方が併記されているものの、実際の小委員会での審議では私的録音・録画イコール経済的不利益として強引に進められているのが実態であった。これも結局は「総体として」云々のレトリックによるものであり、ユーザーの理解を得るに充分なものとは到底言えないものである。
もっと根本的なことを言えば、著作権制度によって著作権者(著作隣接権者)のどのような利益を保護すべきなのかというところまで考えるべきなのであって、すなわち同一の著作物について何度もユーザーから対価を得ることを法によって保護する必要があるのか否かをしっかり見定める必要があるのである。
同一の著作物で何度も対価を得ることを肯定するとするなら、具体的な例で判りやすいのは複製物の中古流通の度に権利者へ対価を還流させるべきか否かであるが、そうした制度が社会通念からかけ離れたものであることは明らかである。同じ著作物を何度も買うかと言えばそれは普通考えられず、仮に買うことがあったとしても、メディアが新しくなっているか何らかの付加価値(リマスターやボーナストラック等)がある場合に限られるのである。文化的に豊かな状態を目指すのであれば、こうした付加価値を模索するインセンティブを確保することが合理的であり、補償金制度のような同一著作物が金を生む制度(改良や二次的著作を抑制した方が儲かる仕組み)は抑制的に考えるのが妥当と言える。
※なお著作物の商業利用についてまで「同一著作物が金を生む」ことを否定するのではない。ここはやはり、どこまでの著作物利用から対価を得られるようにするのが公正なのかという判断によるべきものであるが、商用利用については利用者に少なくない経済的利益が発生しているのであって、そうした利益の一部を権利者に渡すのは当然のことと考えられる(非商用利用の場合には慎重な議論を要する)。しかし私的領域においては、その私的領域に初めて入ってきた瞬間のみに対価を支払うものと考えるのが経済的に合理性があるのであり、同一の私的領域内で同一著作物を複数購入することを前提に制度設計することは社会通念からかけ離れた結論を導いてしまうおそれを強くする。
現実問題として、私的録音録画補償金制度を含めた私的録音・録画問題の議論の多くはこうした「社会通念からかけ離れた結論」を量産しているものと言わざるを得ない。
【P.112】
私的録音録画小委員会の中間整理では、私的録音・録画にかかる権利者の経済的不利益についての考え方をアとイとで2つ挙げているのだが、このうち伝統的な考え方であるアについてはユーザーとして納得できないというのが正直なところである。
私はイの「権利制限することによって、権利者の許諾を得て行なわれる事業(販売、配信、放送等)に与えた経済的損失が経済的不利益であるとする考え方」の立場を取る。「私的録音録画は本来無償で自由にできるものであり、補償金制度は権利者に新たな権利を付与するのと同じであるから、権利付与の前提となる経済的損失が具体的に発生していることを立証することが必要である」と考える。
ここで明確にしておきたいのは、著作権の伝統的な考え方における「複製権」とは、まだ社会全般に複製機器が普及していなかった時代に商業利用のみを前提として打ち立てられたものだということである。すなわち、この理論では誰もが複製機器を持ち複製することが可能だという世界は想定されていない。
演奏権や上映権については、非商用・無償の利用行為には権利が及ばないよう制度設計されているが、これは例えば曲を口ずさんだり鼻歌を歌ったり何人もでテレビを見たりすることが広く行なわれるために、こうした著作物利用に いちいち権利行使できるようにすることは社会生活を混乱させかねないという意味で妥当な設計と言える。
こうした場合と同様に、複製についても、誰もが複製利用が出来るのだという前提の下で私的使用目的ないし非商用・無償の複製について権利を及ぼすべきか考え直すべきである(逆の言い方をすれば、権利者の権利をどこまで及ぼすべきかを考えるということ)。
※もちろん私的領域内での無償複製を無制限に認めよという話ではない。中には「通常の使用」を脅かしかねない複製態様も現実に存在するのであり、これの中で権利を及ぼすべき態様と、補償金で処理すべき態様と、無償・自由で認めるべき態様を切り分ける必要がある。
具体的には、同一家庭内において同一の著作物に何度も対価を支払うことは通常考えられないことを基本として、正当な対価を支払って入手した著作物については私的複製を「公正」な利用として認め、無償・自由とする(補償金の課金対象から外す)べきものと考える。すなわち購入したり有償レンタル・有料放送を受けたりした場合に、その複製を無償で認めるということであり、かつそれ以後の(私的複製の範囲内の)孫コピーも無償で認めるとすべきである。
誰もが複製を可能とする世界においては、ユーザーは私的複製できる利便性を込みで著作物(複製物)を購入するのであって、この時に支払われている対価には私的複製分も加味した上で購入の可否を判断しているというのが妥当な認識である。著作権制度が現実に即したものとなるためには、この改善は避けて通れない。
第7章第3節2「著作権保護技術と権利者が被る経済的不利益の関係」
【P.114】
中間整理では、「技術的保護手段」の付されたコンテンツがユーザーの私的複製を前提として市場に提供されているのかという観点について、「一般にある録音録画制限手段を施したシステムに権利者が著作物等を提供するということは、当該要件(引用者註:権利者の意思に基づき技術的保護手段が施されること)を満たす限りにおいて、著作権法上の技術的保護手段に該当し、権利者は、当該技術的保護手段の下でどのような録音録画が可能化について一定の予見は可能である」としている。
しかしながら、この論点は「技術的保護手段」を「権利者の意思」に基づいて施した場面のみに限定するのは妥当でない。著作権法上の技術的保護手段には当たらないが権利者自身がそうした制限技術を標榜するもの(中間整理における「著作権保護技術」)や、すでにコピーフリーであることが充分知られていながら なおも市場で利用し続けているもの(CDのようなパッケージメディア)についても、ある程度の私的複製が行なわれている実態を権利者が把握しながら市場で活用しているという現実がある。いわば“ザル”の状態であるメディアを自らの意思で選択しておきながら、私的複製されるとは知らなかったなどと主張するのは現実を反映していない。
とりわけCD・ SACD ・ DVD-Audio ・ DVD-Video ・ HD-DVD ・ Blueray Disc ・各種音楽配信等々、さまざまな選択肢がある上で権利者自らが選んだコンテンツ仕様である。一部サービスについて選択的にコンテンツ提供を拒否するようなことをしている実態を考えれば、CDのような比較的 制限の緩い仕様での市場提供についても権利者の意思というものを認めることは可能だ。つまり購入ユーザーの私的複製を明確に意識した上で流通しているのである。
なお同ページにおいて、音楽CDと映画 DVD との扱いをわざわざ変えるような記述「現状でも、著作物の性質上繰り返し視聴する必要性が少ない、ごく少数の複製であっても権利者に大きな被害が生じる可能性があるなどの特別な理由があるもの(例えば劇映画のDVD)」が掲載されているところであるが、実際問題として音楽だから繰り返し聴かれ、映画だから繰り返し鑑賞されないとの考え方は実態を反映しているとは言えない。なぜなら、映画もまた繰り返し鑑賞され得る著作物のひとつであり、またユーザーは同じ映画に何度も金を払うとは考えられない(すなわち一度買えば充分であって私的録画する必然性が高い)からである。これは私的録画が「権利者に大きな被害が生じる」というのではなく、もともと期待できない利益まで著作権によって保護しようとしているのに過ぎない。
今では iPod を始めとした携帯プレーヤーで映画等の動画も視聴できるようになってきている。“先進的”なユーザーとなると、自己で所有する DVD から映画を私的録画(変換)することで持ち歩きを可能にするという視聴方法を選択する者も少なくない。こうしたことを考えると、もはや DVD を複製禁止されたものとして扱うのは実態と乖離しており、ここで採用されている著作権保護技術が技術的保護手段に当たらないことも踏まえ プレイスシフト目的の私的録画という観点から検討し直す必要がある。
よって自らが正当な対価を支払って入手した映画著作物 (DVD 等)についてもプレイスシフト用途の私的複製を認めるべきであり、これを無償・自由とすべきである。
第7章第3節3「補償の必要性の有無」
【P.117】
他人から借りた音楽CDからの私的録音について、権利者への不利益が認められるとの趣旨でまとめられている。しかしこれを受けて「レンタル料金には私的録音の対価は含まれていないという認識に立てば、レンタル業者から借りた音楽CDの場合も同様である。また図書館等から借りた場合も同様である」としており、この論理飛躍は看過できないものである。
「レンタル料金には私的録音の対価は含まれていないという認識」については確かにレンタル業界からヒヤリングにおいて当事者が認めている旨が確認されているが、実際問題として著作権法で貸与権が創設された際にはレンタルレコード(レンタルCD)からの私的録音が大前提となって国会審議が行なわれている事実がある(著作権法改定による貸与権付与の前段階として、貸レコード暫定法の存在も忘れてはならない)。こうした経緯を考えれば、レンタル料金に私的複製分の対価が含まれているとの解釈も充分に可能であり、当該複製による権利者への不利益を単純に認めることは出来ない。
また、図書館から貸し出されたCDについても、国民の知る権利を保障する最低限のサービスとしての性質を考えるのなら、既に入手不可能となった著作物を入手できる機会である場合も含め、貸与(および利用者の私的複製)によって権利者へ不利益を与えているとは考えるべきではない。限られた予算内で購入された僅かなCDが貸し出されているに過ぎず、比較的長い貸出し期間が設定されているなど著作物利用として極めて軽微である点をむしろ考慮すべきである。
※図書館からの貸出しについて安易に結論を出すことは慎まなければならない。なぜなら、こうした図書館サービスによる「不利益」(あればの話だが)は公貸権の議論とも密接に関わってくるからである。現実問題として公貸権は私的複製とも密接に結びついており、私的複製だけ独立で議論することは妥当でない(状況変化如何によっては公貸権にかかる報酬と補償金とが二重で課金される可能性すらある)。
著作権法において貸与権は無償貸与に及ばないこと、レンタル事業者への使用料請求に正当性があるのは この事業が商行為であって僅か数日単位で頻繁に貸し出されるためだということ、そうした違いを無視してあっさりと「同様である」などとしてしまう杜撰さには呆れる他ない。
タイムシフティング用途の私的録画についても、杜撰極まる まとめである。
「放送時点で投資回収は完了していること、放送番組の二次利用は進んでおらず、録画によって正規品の購入や再放送の視聴が妨げられるとはいえないこと等から、権利者が経済的不利益を被っていることに疑義を示す意見もあった」と妥当な意見を紹介しておきながら、後段で「タイムシフト録画以外の録画実態も多いと思われ、両者は区別し難いこと、映像作品はごく少数の録音録画でも権利者に与える不利益が大きいといわれていること、映画や放送番組の録画は前述の意見にかかわらず二次利用に影響があると考えられること」などという根拠にならない根拠を持ち出して否定している。
しかしながら、映像の方が(音楽よりも)不利益が大きいとする主張などは業界関係者の勝手な論理であって、同一家庭内で同一著作物を購入することは一度だけ考え得ること、そして同一著作物を何度も購入させるためには常に付加価値を付ける努力が求められていること(そしてそれは著作物流通を豊かにするために資すること)を考えると、映像についても音楽同様の保護にとどめておくのが妥当なのである。
また、放送番組においては、それが DVD 化される保証が一切なく、かつ吹替版洋画のように制作のたびに差異が生じてきて録画保存が望まれる(パッケージとして流通する見込みが全く立たない)ものが多く存在することも考慮すべきである。端的に言えば、放送で流れている番組がそのまま DVD 化されることなど(追加映像が用意されることも含めて)ごく稀なのである。
【P.118】
対価を支払って入手した(CM視聴と引き替えに受信する放送番組も含む)コンテンツをプレイスシフト・メディアシフト・タイムシフトすることについては権利者の経済的不利益を認めることができない。また、私的録音録画小委員会の中間整理ではこれを否定するだけの有力な根拠を示すには至っていない。
しかしながら中間整理では「仮にプレイスシフトやタイムシフトの録音録画が与えている経済的不利益が充分立証されていないとしても、利用者が行う私的録音録画は、一般的に特定の利用形態に限定されるわけではなく、例えば他人から借りた音楽CDからの録音などの形態や録画物の保存、更には他人(特定者)への録音物・録画物の譲渡が存在することは否定できないことから、一人の利用者の行う私的録音録画の全体に着目すれば、経済的不利益を生じさせていることについてはおおむね共通理解があると考えられている」としている。これは噴飯ものであり、認めることはできない。
なぜなら、たとえば多くCDを所有する者はわざわざCDを借りてきて私的録音する必要は無いからである。年に何十枚から数百枚のCDを購入していくようなユーザーは、自分で所有するCDをプレイスシフトして聴くだけで可処分時間を費やしてしまう。レンタルCDや他人から借りたCDを聴くようなユーザーであれば、購入するCDもそれなりの数であって、おのずと借りたCDの視聴割合が(多く購入するユーザーに比して)大きくなるのである。
中間整理でのまとめは、多くCDを購入するユーザーにも補償金を課したいがための言い訳を捻り出したものに過ぎない。
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2007年10月23日 (火)
「みゃう」っと、公式サイト探検。
http://miau.jp/
「MIAU : 公式サイト」
話が前後してしまいますけど、 MIAU の公式サイトについて。
開設以来、次々とコンテンツが増えていっています。中には内容がほぼ同じものが別形式で掲載されていたりするなど、正直 現場の慌ただしさを感じさせるところもあったりして(っていうか、読んでる私が混乱してるだけなんですが)。ともあれ、私自身のメモとしての意味合いもあり ここで現時点での内容をピックアップしておきます (2007年10月22日現在)。
※余談ですが、 MIAU の表記って結構悩み所だったりしません? ロゴを見ると 「MiAU」 ってあるんですよね。しかし公式サイトの文章内では 「MIAU」。 ロゴの方はデザイン上の判断でこうしたと割り切って、プレスリリースや公式サイトで使われている 「MIAU」 の方で私は表記したいと思いますが。
http://miau.jp/1193041200.phtml
「MIAU設立発表会アーカイブ (2007年10月18日)」
(MIAU)
MIAU についての説明としては、設立発表会に関する上記ページが究極のものと言えるでしょう。講演資料・発表会映像・その他資料へのリンクが用意されています。
講演資料の方は、「組織概要及び活動方針説明」PDF・ 「インターネット時代の政治参加について」 HTML・ 「ネットユーザーとデジタルコンテンツ、未来への課題」 PDF ──の3つ。最初の「組織概要〜」は記者発表で津田大介さんがスクリーンに映して説明していた資料(なお組織概要自体は公式サイトにもまとめられいますのでそちらも参照のこと)、「インターネット時代の〜」は白田秀彰先生が講演した内容(これは「アーカイブ」掲載の前から公式サイトに上げられていました──リンク先自体がそのページです)、「ネットユーザーと〜」は小寺信良さんが講演した内容かと思われます(最後の小寺さんのだけはまだ読めないんですね‥‥どういうわけかパスワードを要求されてしまいまして)。
※この記事を上げた後に、上記小寺さんの PDF がダウンロード可能になりました。講演の際にスクリーンに映されていた資料でした。(この段落のみ追記 2007.10.23。)
記者会見の模様が YouTube に掲載されていて、そこへのリンクも張られています。これがオフィシャルの映像、ということになりますね。わざわざ「オフィシャルの」と私が呼称してるのは、実は発表会へ出席された方で映像をアップされた方もいらっしゃるからなんですね(最初の映像がこれ。あとは順番に辿ってください)。私は今のところ公式版だけを見ていて、非公式版は未見。公式版に映っていないものがあるか楽しみに見るつもりではありますけれども。
次に「その他資料」。
まず「設立主意書」 PDF (HTML 版もあります)。公式サイトでは先に「設立趣旨」が掲載されていましたが、これは「設立主意書」から抜粋したもののようですね。まだお読みになっていない方は「設立主意書」の方だけを読めばOK。
「発起人一覧」も公表されました。実は後で述べるプレスリリースにも発起人 11名 の名前が書かれているのですが、とりあえず HTML で読む場合にはこちらで。
「講演者プロフィール」 PDF は、発表会に登壇された方のうち津田さん・白田先生・小寺さんの御三方のプロフィールがまとめられています。
「プレスリリース」 PDF では、設立発表会の案内として「組織の目的」「組織概要」「設立発表会概要」「発起人」そして問い合わせ先が掲載されています(余談ですが、 MIAU の事務局は津田さんの会社・ネオローグの中に設けられているようですね。なるほど)。なお発表会に先立ち、公式サイトでも発表会の案内が掲載されていました。
「アーカイブ」とは少し離れるのですが、設立発表会に関連して「設立発表会の報道・報告リンク」も紹介しておきます。各ネットメディアでの報道、また発表会に参加されたブロガーさんの記事がリンクされています。
■その他のページ
上記「アーカイブ」の他のコンテンツについても紹介しておきます。新しいのから順番に遡る形で──
「賛同人・賛同組織一覧」。読んで字のごとくです。池田信夫氏・竹熊健太郎氏・田中辰雄氏・山形浩生氏そしてロージナ茶会の名が今のところ列記されています。今後も増えていく形なんでしょうね。
「メールマガジン登録開始のお知らせ」。明日23日からメールマガジンが発行される予定とのことです。購読登録フォームが用意されています。なお MIAU のプライバシーポリシーについてはこちらを参照のこと。
「翻訳プロジェクト協力のお願い」。 MIAU の活動を国内だけでなく海外とも連携させていくために、英語での情報発信も予定されているとのことです。そのために協力者を募集しています。さらなる詳細については、発起人・八田真行さんのこちらのブログ記事を参照のこと。
現時点ではこんな感じですね。
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「ユーザー団体」設立 ──『CONTENT'S FUTURE』 ×ロージナ茶会=猫!?
発起人の方々のブログやソーシャルブックマークや各種ネットメディアで採りあげられているので御存知の方も多かろうとは思いますが、 「Movements for the Internet Active Users」 通称 MIAU (ミャウ)というユーザー団体が発足したそうでして。発起人として 11人 が名前を連ねていて、そのうちの津田大介・小寺信良・白田秀彰の三氏が記者会見に臨まれたとのこと。
このタイミングで、というのは文化審議会著作権分科会が行なっているパブリックコメント募集に合わせたというのが大きいようです。現に、当面の活動内容としてパブリックコメント対策も挙げられています。
津田大介さんと小寺信良さんは、著書 『CONTENT'S FUTURE』 関連イベントを始めとして随所でユーザー団体の必要性を訴えてきました。それが、同じように「インターネットの法と慣習」を標榜しユーザーの政治参加を提言してきた白田秀彰さんの主催するロージナ茶会と合流することで、電撃的に団体設立へと至ったようです。
公式サイトも既に稼働しており、設立に関したさまざまな情報が発信されています。まぁ各種報道を読む前に、こうした一時資料に当たることをまずはオススメします。そして、公式サイトでは参照できない部分を報道で補足するつもりでいるのが丁度いいのではないかと思います(まぁ既に設立発表会の模様は動画配信されていますので隙が少ないとも考えられますが)。
http://miau.jp/
「公式サイト」
(MIAU)
http://miau.jp/1192544100.phtml
「組織概要」
(MIAU)
http://miau.jp/1192633202.phtml
「設立趣意書」
(MIAU)
http://miau.jp/1192676340.phtml
「発起人一覧」
(MIAU)
http://miau.jp/1192708800.phtml
「MIAU 設立発表会講演録(1)」
(MIAU)
なお「講演録(1)」は白田秀彰さん(と言うか、法政大学准教授ですから「白田先生」の方が私にはしっくり来るのでそう表記することにします)が設立発表会で講演したものの原稿です(だと思います)。これを読みながら映像もチェックするとより理解が深まるでしょう。
「設立主意書」は白田先生の手によるもので、「講演録」と合わせてぜひお読み頂きたい内容。実は余力のある方には、 Think C サイトにある「ほんとうの知的財産戦略について」 (PDF 版もあります──っていうか、これがオリジナル)もお読みいただきたいんです。知的財産法からどうしてこうした団体設立へと至るのかがよく理解できる筈です(この理解を得る究極の助けは白田先生の著書『インターネットの法と慣習 かなり奇妙な法学入門』だとも思うのですが‥‥さすがにそこまでは深追いせず先に進みます)。
上記の文書で基本事項を押さえれば、報道記事に当たっても誤解する余地なくスムーズに理解できると思います。どうしても記事ってやつは舌足らずになっちまいますからね。
http://ascii.jp/elem/000/000/076/76432/
「『みゃっうみゃうに盛り上げたい』──インターネット先進ユーザーの会が発足」
(ASCII.jp)
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/10/18/17236.html
「ダウンロード違法化に反対」新団体MIAU設立で協力呼びかけ
(INTERNET Watch)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0710/18/news093.html
「ネットユーザー団体 『MIAU』 設立 まず『ダウンロード違法化』反対へ」
(ITmedia News)
■ネットでの一部の反応を見て
はてなブックマークや個人ブログの反応をチラチラ見た感じでは、若干ネガティブなものも散見されたりします。曰く、この団体が本当にネットユーザーの代表たり得るのか、団体の日本語名が「インターネット先進ユーザーの会」とされているけれども「先進」ってどーよ、「みゃう」って何で猫やねん、とかとか。
まぁ私的には〈今の MIAU で良いじゃん〉ってのが基本スタンスなんですけど。
まず団体というものについては、これがネットユーザー団体として唯一のものである必要性など無いわけですし、あくまでも団体の結成は手段でしかないわけですよ(唯一の団体を作ることが目的ではない)。ユーザーが声を挙げていくための触媒になりさえすれば当初の目的を果たしていると言ってもいい。その先も勿論 目指しているとは思いますがね。
ネットユーザーを代表し得るのか、また意見を集約することが可能なのかについては白田先生が発表会見でズバリ発言されています(下記引用は ITmedia 記事から。リンク既掲)。
「ネット全体を代表するような統一的な組織にするつもりはない。異なる意見を持つ人や、著作権法以外の分野が得意な人がいれば、別の組織を作って主張してほしい。こういった組織がたくさんできるといい」(白田准教授)
次に「インターネット先進ユーザーの会」の解釈。まぁ正式な名称は 「Movements for the Internet Active Users」 の方ですから、あんまり「先進」にこだわってチクチクやるのもどうかと自分では思うのですが。
「Active Users」 をどう訳すかというのがまず先に立ちますか。私は英語が苦手なので間違い等あったら指摘いただきたいのですが、 「Active Users」 の語感からすると「実動ユーザー」が比較的近い気がします。また 「Active」 の語に活動的なイメージを託したいのであれば「行動するユーザー」という語の充て方もできます。
「先進」の語に対する違和感というのは、おそらく「進歩的」とされるもの(言論とか)を連想させることによるものではないかと思われます。変に「選民意識」がどうのとかいう反応もあったりしますしね。しかしそれは考えすぎってもので、先の「進歩的」とされる思想や言論はその時代の流れの中でむしろ保守性が顕在化していたり、あるいは「プログレッシブ」と呼ばれるロック音楽の「先進」性などもはや誰も信じていなかったりしている(その時代その時代で「先進」だとされるものは存在し得ますが、時代を超えて「先進」であるものを想定するのはちと難しいですよね)現在、そこまで過剰に反応すべき言葉なのか疑問だったりします。
まぁ「前進するユーザー」的な意味合いにも取れないかなぁと思ったり。津田さんは「前衛」って選択肢も後出ししていますね。あ、はてブでは「先進」についてもコメントも。
英語名と日本語名で意味に食い違いがあるのはどうだという指摘もできなくはありませんが、むしろ私などは名称の意味づけに幅を持たせている点で評価しています。
なお団体名に込めた理想を、発起人の一人である崎山伸夫さんがブログで解説されています。これも合わせてお読みいただければ。
http://blog.sakichan.org/ja/2007/10/18/miau_startup_and_rfc3271
「MIAU設立: インターネットを(未来の)みんなのものにするために」
(崎山伸夫のBlog)
残る疑問は、〈な、何故に猫!?〉ってことなんですが──
■ミャウ、と月を背に駈ける
公式サイトにはロゴとともにイラストも掲げられていまして、まぁこれが猫なんですわね。だから私もサイトを見ての第一印象が〈な、何故に猫!?〉だったりするんですけど。いや猫の写真を“肖像”に使ってる私が指摘する筋合いのことでもありませんわ(笑)。
MIAU (ミャウ)の略称ありきで そこから団体名やイメージを発展させていったっぽいのですが(発起人のひとりである id:inflorescencia さんの話)、最終的には猫のロゴマークを使っているわけですから いずれはその説明なんかもしてもらえると面白いかも知れませんね。もっともな説明ができるのか腕の見せ所。なぁに、ドラえもんの耳がどうして無いのかとか、有名だけど実は後付でできた設定なんていくらでも存在するんですから。
ちなみに私は、 MIAU が猫のイメージを使っていることを支持しています。自分なりの解釈が見つかっているからなんです。団体の志からすれば猫ってぴったりじゃん、と。
こんな感じ──
「ネコは自由の象徴。
ネコは確固たる自我の象徴。
ネコは柔軟性の象徴。
物腰は柔らかだが
相手に一線を越えさせない。
猫撫で声を出していても
鋭い爪を隠し持っている。
共生を志向するが
従属を選択しない。」
では、 MIAU の発展を祈り、また自分の最大限の協力を誓って。
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2007年6月12日 (火)
文化審議会著作権分科会の各小委員会議事公表状況 (2007.6.11 現在)
知的財産推進計画 2007 には、パブリックコメントとして多くの反対意見や慎重意見が寄せられていたにもかかわらず、著作権法上の罰則を非親告罪化するという項目が盛り込まれています。これ、「計画」にとどまるものではなく文化審議会 著作権分科会 法制問題小委員会において既に議論が始められています。
法制小委では、第1回会合で複数の委員からも懸念が示されているところで、非親告罪化が問題を生じないかのような言説が如何に的外れなものかの証明となります(非親告罪化が著作権等侵害全般に及ぶ場合の予測不可能性は尋常ならざるものがあります。「海賊版」のマジックワードで安心してしまっている人たちに注意したいのは、あれが著作権等侵害物品全般を指す言葉だということ。言ってみれば「二次創作」の同人誌だって「海賊版」の一種です)。
一方で、非親告罪化の害を告発するブログ記事に“釣られ”て燃え上がった人たちも、今では沈静化してしまったきらいが無きにしもあらず。これがニュースを消費するだけの一時的感情に終わるのか、あるいは問題意識が残され今後の議論に一石を投じることとなるのか、試されていたところだったのですが結果どうだったでしょうか? 知的財産戦略本部(知的創造サイクル専門調査会)の議事録を掘るところまでは行けても、その後の知的財産推進計画 2007や法制小委まで目が行き届かなければ殆ど無意味なのですがね。
今のところ、非親告罪化の問題点が次々と提示されている状況にはあります。ネットで話題になった日弁連の意見書も、法制小委では「参考資料」として扱われています。しかし だからといってこれで安心だというわけではなく、問題はこうした論点の提示からどう結論が導き出されていくかという点にあります。
議論の過程とはかけ離れた結論へ繋ごうとするのが文化庁著作権課のやりかたです(「結論ありき」と「アップル」から非難された体質は確かに存在します)。商業用レコードの還流防止措置(いわゆる「レコード輸入権」)や、地上デジタル放送のIPマルチキャスト同時再送信にかかる権利制限、そして「海賊版」や「違法」配信からの私的複製の禁止化(こちらは検討中項目)など、ここ一番での強引な議事進行例はいくらでもあります。
要は、この問題にケリが付くのは、非親告罪化の必要性なしと結論される時か、実施されたとしても弊害が少ない形で著作権法改定法案が国会で成立した時なのです。それまでの長い間、油断は禁物です。
法制小委では、非親告罪化の他に「海賊版」広告規制についても議論されています。また私的録音録画小委では「海賊版」コピーや「違法」配信ダウンロードの違法化が議論されています。そして保護利用小委では保護期間延長について議論されています。これらの制度改定が非親告罪化と同時に実現されてしまったとしたら、それぞれが単独で実現してしまうよりも更に大きな害悪となります(その制度改定が目的とする規制よりも遙かに大きい、適法行為を萎縮させてしまうような副作用を生じさせることとなります)。それはエンドユーザーの行動範囲や選択肢を直接狭めていくことであり、そのエンドユーザーが未来のクリエイターとなる機会を縮小していくことであり、回り回って「コンテンツを作る立場の人間をゆっくりと殺していく」規制となります。
どこまでの規制ならば容認でき、また社会通念上確保されるべき自由を保障するために どこからの規制が許されないのか。それぞれの重要議題について慎重に検討・注視していく必要があるわけです。
危機は現実に、かつ確実に進行しています。
【法制問題小委員会】
主な議題:
(1)デジタルコンテンツの特質に応じた制度の在り方について
・著作権や著作者人格権等の放棄や不行使について
・コンテンツの登録を求める新たな制度について
(コンテンツ管理者の一元化、登録内容への信頼の保護など)
・より簡易な強制許諾制度や利用許諾の推定等について
・フェアユース規定や改変の許容等の新たな権利制限規定について
・利用条件調整のための仲裁・裁定機関、不正行為の監視機関について
(2)海賊版の拡大防止のための法的措置の在り方について
・海賊版広告行為(広告規制)
・著作権法における親告罪(非親告罪化)
第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07032007.htm
第2回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07042304.htm
第3回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/07051514.htm
第4回:6月7日に開催(どういうわけか報道なし)。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07052507.htm
【私的録音録画小委員会】
主な議題:
(1)私的複製の範囲外とすべき複製態様について
・海賊版からの私的録音・録画
・違法配信からのダウンロード
(2)私的録音・録画にかかる補償の必要性
(3)私的録音録画補償金制度の在り方
第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07042409.htm
第2回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07042414.htm
第3回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07051108.htm
第4回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/07060102.htm
第5回: 6月15日予定
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/kaisai/07060406.htm
【過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会】
主な議題:
(1)過去の著作物等の利用の円滑化方策について
・権利者不明の場合等の著作物の利用の円滑化方策について
・その他
(2)アーカイブへの著作物等の収集・保存と利用の円滑化方策について
・図書館・博物館・放送事業者等において
アーカイブ事業を円滑に行なうための方策について
(3)保護期間の在り方について
・保護期間の延長について
・戦時加算の取扱いについて
(4)意思表示システムについて
・クリエイティブコモンズ、自由利用マーク等の利用に伴う
法的課題等について
第1回:配付資料および議事録が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07040204.htm
第2回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07050102.htm
第3回:配付資料が公表済み
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07051627.htm
第4回: 6月13日予定
第5回: 7月4日予定
第6回: 7月27日予定
第7回: 8月22日予定
(審議の経過を著作権分科会に報告:9月)
※第3回会合の参考資料3より。なお意見募集については記載されず。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07051627/017.htm
-----------------------------------
■おまけ
平成18年度 (2006年度)
【私的録音録画小委員会】
第1回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06042808.htm
第2回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06051709.htm
第3回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06062806.htm
第4回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06072718.htm
第5回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06092504.htm
第6回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06101802.htm
第7回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06111523.htm
第8回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06122108.htm
「平成18年度著作権分科会私的録音録画小委員会の検討状況について」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/010/07012909/002.htm
【法制問題小委員会】
第1回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06040306.htm
第2回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06041006.htm
第3回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06042809.htm
第4回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06053005.htm
第5回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06060713.htm
第6回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06073103.htm
第7回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06082111.htm
第8回:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/013/06121110.htm
「文化審議会 著作権分科会(IPマルチキャスト放送及び罰則・取締り関係)報告書」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/06083002.htm
「文化審議会 著作権分科会報告書」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/07020702.htm
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2007年6月 8日 (金)
「知的財産推進計画 2007」で私が個人的に注目した項目
http://himagine9.cocolog-nifty.com/kitaguni/2007/06/2007_742e.html
「知的財産推進計画 2007 からピックアップ」
(試される。(ココログ mix))
別ブログで、「知的財産推進計画 2007」 の要注目項目を挙げてコメントを付けてみました(もっともこれらは策定前のパブコメに提出したものがベースになってますけど)。えらく長くなってしまいましたが、飛ばし読みでもしていただけると幸い。
ここではそのダイジェスト版として、項目名だけ挙げておくことにします。
(P.5)
●「知的財産推進計画2007」の基本的考え方
(P.14)
●個人輸入等の取締りを強化する
●インターネットオークション上の模倣品・海賊版の取引を防止する
(P.19)
●デジタルコンテンツの流通を促進する法制度等を整備する
(P.20)
●違法複製されたコンテンツの個人による複製の問題を解決する
●権利者不明の場合におけるコンテンツの流通を促進する
(P.21)
●ネット検索サービス等に係る課題を解決する
●アーカイブ化を促進し、その活用を図る
●インターネット上でのコンテンツの新たな創作・発信を促す
(P.60)
●模倣品・海賊版の税関での取締りを強化する
(P.61)
●差止申立てに係る手続を簡素化する
●インターネットオークション上の模倣品・海賊版の取引を防止する
(P.63)
●劇場内で無断撮影された映像の違法流通への対策を強化する
●著作権法における親告罪を見直す
(P.65)
●模倣品・海賊版に関する国民への啓発活動を強化する
(P.90)
●IPマルチキャスト放送へのコンテンツ流通を促進する
●違法複製されたコンテンツの個人による複製の問題を解決する
●権利者不明の場合におけるコンテンツの流通を促進する
(P.91)
●私的録音録画補償金制度の見直しについて結論を得る
●権利者の利益と公共の利益に留意した権利制限規定を整備する
(P.93)
●権利の集中管理を進める
(P.94)
●利用とのバランスに留意しつつ適正な保護を行う国内制度を整備する
※間接侵害・法定賠償制度・保護期間延長・放送新条約
(P.95)
●ネット検索サービス等に係る課題を解決する
●アーカイブ化を促進し、その活用を図る
※絶版 入手困難著作物・ NHK アーカイブス・フィルムセンター・国立国会図書館
●インターネット上でのコンテンツの新たな創作・発信を促す
※意思表示システム・権利放棄
(P.96)
●音楽用CDにおける再販売価格維持制度について検証する
●安心してコンテンツを利用するための取組を奨励・支援する
(P.99)
●音楽レコードの還流防止措置制度を活用するとともに輸出を拡大する
(P.100)
●コンテンツ・ポータルサイトを支援する
(P.127)
●知的財産を含めた消費者教育を推進する
(付属資料 P.37)
●音楽レコードの還流防止措置等
──結構ありますね。
その他にも重要と思われる項目が多々見られますから、まず知財推進計画の目次をざっと眺めることをお勧めします。
最後に。
私がこの種の問題に首を突っ込む直接的なきっかけとなった還流防止措置について、知財戦略本部の暢気な総括と私のツッコミを紹介して本エントリーを締めます。
では。
※第4章 コンテンツをいかした文化創造国家づくり
(3)海外展開の促進
○2 音楽レコードの還流防止措置等
2005年1月、改正著作権法が施行され、アジア諸国など物価水準の異なる国において許諾を受けて生産された商業用レコードが我が国に還流してくることを防止する措置(還流防止措置)が導入された。還流防止措置の成果として、2006年の1年間で551タイトルがアジア諸国にライセンスされた。なお、2006年に日本で発売された音楽レコードは約1万タイトルである。
▲ 2006年のデータにしか触れないという誤魔化し。
「知的財産推進計画2006」によれば、2005年にアジア諸国へライセンスされたのは641タイトル。つまり減っているのである。ちなみに還流防止措置導入前の水準にも全く届かない。
ちなみに税関に輸入差止申立てがなされたのは(税関での集計によると) 2005年が 85タイトル、 2006年が 169タイトル。
還流防止措置が運用段階に入って2年半が経過しているが、この制度の趣旨である商業用レコードのアジア進出が促進されているのか否か、もはや明らかであろう。まして制度導入にともない日本レコード協会が約束したCD値下げも実現していない今、還流防止措置を続ける理由などどこにもない。
Posted by 谷分 章優 再販制, 知財戦略, 著作権, 著作権保護期間延長問題, 著作権行政, 音楽と著作権 | Permalink
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2007年4月21日 (土)
私は、国民が文化に触れ、文化を語り、文化を受け継いでいくことを妨げる法改定には反対します。
海賊版拡散防止を口実に私的複製を規制したところで、
無実の国民を「違法」行為“容疑者”に仕立て上げるだけです。
肝心の海賊版は取り締まれず「違法」行為が放置され、
その一方で私たちの文化的活動が妨害されることにしかなり得ません。
私は、「違法」複製物からの私的複製、
そして「違法」配信からのダウンロードを
安易に規制するような法改定に反対します。
●現時点で、著作物について、海賊版を頒布する行為とインターネットで無断送信する行為とは法律で禁止されています。この法規制のもとで「海賊版」問題に対処するのが本道というものです。
●海賊版からの私的複製や「違法」配信からのダウンロードを規制したとしても、家庭内の複製行為を取り締まることは実質出来ません。法改定(取締り)の目的とする行為の殆どは放置されたままとなります。
●ユーザーの側では、自分が接する著作物が利用許諾のもとに提供されたものなのか判断する手がかりはありません。特にインターネット配信においては、「違法」のものも適法のものも全く区別できません。配信事業者を信じるか否か、信じるに足るか否かという不安定さが常に付きまといます。
●海賊版の私的複製や「違法」配信からのダウンロードによって作られたものは、適法な私的複製で作られたものと外形的に区別できません。同じ複製手段を用いて作られるため当然の結果です。
●何かのきっかけで権利者から訴えられることがあり得る反面、法廷に引きずり出された人には問題とされる複製物が適法の私的複製によるものと証明する手だてがありません。自己で現に所有しているものの複製でない限りは、つねに「違法」と判断される危険性を負わされることとなります。
●仮に「情を知って」行なった複製に限り「違法」とするような規定が用意されても、「利用者保護」には何の役にも立ちません。「情を知」ろうが「情を知」るまいが、出来上がる私的複製物は同じものだからです。司法判断次第でどうにでも認定されてしまいます。
●上記規制に加え、いま法改定が議論されている海賊版「広告」規制や「非親告罪化」が実現されてしまえば、私たちが著作物について論じること・研究すること・楽しむことが絶望的なまでに困難になるおそれが強くなります。
■趣旨説明
知的財産立国を標榜する我が国においては、模倣品・海賊版の取締りが重要な課題として位置づけられています。知的財産戦略本部による施策方針(知的財産推進計画)や、著作権法制のあり方を検討する文化審議会著作権分科会での議論においても、この模倣品・海賊版問題は大きく採り上げられています。
そこで いま打ち出されてきているのが、海賊版からの私的複製を規制することと、「違法」配信からのダウンロードを規制するという方針です。これによって「海賊版」への需要を抑え、その流通を減らすという趣旨が説明されています。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/dai16/16gijisidai.html
「知的財産戦略本部会合(第16回)議事次第」
(首相官邸・知的財産戦略本部)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/dai16/siryou4.pdf
資料4「世界最先端のコンテンツ大国の実現を目指して」
ノンブル10ページより
iii)違法複製されたコンテンツの個人による複製
インターネット上の違法送信からの複製や、海賊版CD・DVDからの複製につ いて、私的複製の許容範囲から除外することについて、合法的で、ユーザーが利 用しやすく、クリエーターへの利益還元も適切になされる新しいビジネスの動き を支援するため、情報の流通を過度に萎縮させることのないよう留意しながら、 著作権法の規定の見直しを進める。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/010/07030910.htm
「文化審議会 著作権分科会(第22回)議事録」
(文部科学省)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/010/07030910/002.htm
資料2「著作権制度上の検討課題例」より
2 著作物等の保護と消費者等による公正な利用の調和を図る
・家庭内における録音録画に関する課題の解決
http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-76.html
「著作権分科会 私的録音録画小委員会(第2回)」
(zfyl)
http://zfyl.shacknet.nu/070416_m02.pdf
配付資料2「30条の範囲の見直しと補償措置の必 要性の関係について」より
見直しについて課題が少ないとされた類型
○違法複製物・違法サイトからの複製(情を知っていた場合に限る。)
例:ファイル交換ソフトによるダウンロード
○適法配信からの複製
例:ダウンロード型音楽配信サービス
http://zfyl.shacknet.nu/070416_a04.pdf
参考資料4「私的録音録画問題に関する検討の進め 方」より
1.第30条(私的使用のための複製)の範囲の見直しについて
○ 昨年の小委員会で事務局が提出した「著作権法第30条について(私的録音録画関係)」(参考資料6)及び「著作権法第30条の範囲外とすべき利用形態等について(案)」に関する議論を踏まえ検討する。
(検討例)
・第30条の対象外にすることが可能な利用形態とは何か。
→昨年の小委員会の議論では、違法複製物、違法サイト(ファイル交換によるものを含む)からの私的録音録画及び適法配信からの私的録音録画については、制度改正に課題が少ないと整理されている。
・第30条の対象外とする利用形態について権利者と著作物提供者や利用者との円滑な契約が可能かどうか
→たとえば iTunes のような著作物提供者と利用者との間の契約関係がある有料サービスについては利用者の私的複製の部分も含め円滑な許諾が可能と考えられるが、利用者との間の契約関係のない一般のホームページからのダウンロードや、広告収入により運営している配信サービスについてはどうか。
・違法状態を放置することにならないか
→例えば違法サイトからの私的録音録画を第30条の対象外とした場合、現在の違法サイトの利用状況が変わらなければ違法複製が蔓延するおそれがあるが、これについてどう考えるか。
模倣品・海賊版問題で著作権法の範疇にあるのは海賊版の方です。
現行著作権法では、既に海賊版の頒布行為(ならびに頒布目的所持)が著作権侵害として位置づけられています。また、権利者に無断で著作物をインターネット配信することも著作権侵害とされています。海賊版の拡散を防ぐための法整備中、核となるのがこの提供者規制です。
実際問題としては、海賊版を使用(購入・視聴・私的複製)する行為、そして無断配信された著作物をダウンロードする行為(これも私的複製の一種)自体は規制されていません。全国民のうち誰がかような行為をしているのか権利者が捕捉することは不可能ですから、海賊版頒布行為者や著作物無断配信者を捕捉して対処した方が(相手にする人数から行っても)実効性を期待できます。そこで上記のような規制方法が採用されているわけです。
ぶっちゃけた話、現行の、海賊版頒布や無断配信を規制するという手法ですら実効性があるのか定かではありません。それはさて置いても、海賊版の使用や無断配信からのダウンロードを規制しなければ足りないとする言説に従うならば、むしろ海賊版や無断配信を撲滅することは不可能だとの宣言に等しいと判断せざるを得ません。今の規制に加え、海賊版ならびに無断配信からの私的複製を規制したところでどれだけの実効性が高まるというのか? 海賊版頒布者や無断配信者よりもより多くの、そして捕捉しきれないだけの人間と行為を相手にしなければならないというのに。
その一方で、こうした規制が実現してしまったら発生するであろう副作用も想定されます。「違法」な私的複製の結果 作成されたものと、適法な私的複製で作成されたものとでは外形的な違いが何一つないことに注目しなければなりません。同じ手段で複製されるのですから。
ある人が「違法」複製をしたと(何かの拍子で)疑われた際に、権利者はその複製物がどのように作られたのか証明できません。また疑われた側も自分の潔白を証明できません。双方とも曖昧な事実関係をめぐって裁判に臨むこととなります。適法な私的複製をしている人からすれば、些細なことで疑われるなど法改定の「副作用」以外の何物でもありませんね。
またさらに話をややこしくするのは、仮に「違法」複製が外形的に区別できたとしても、それを再度“私的複製”することで区別できなくすることも可能だということです。これは新たな法規制の枠組みでは「違法」複製とされる筈ですが、適法な私的複製とは到底区別できますまい。つまり“証拠隠滅”目的でこうした行為が多く行なわれるものと考えられます。悪意で複製する人間にとっては、「違法」複製が繰り返される引き金になりこそすれ、何の規制にもならないということです。
海賊版の複製(あるいはダウンロード)を規制したとしても、本来減らしたい行為を減らせないばかりか、「違法」複製を重ねるインセンティブを生じさせ、一方で国民すべてを“容疑者”に仕立て上げるおそれの強いものです。こうした規制に利点などひとつもありません。
「海賊版の私的複製」などと一言で言ってはいますが、この私的複製という概念には非常に多様な複製手段が想定されています。いわゆるダウンロードもその一種ですし、バックアップもそうですね。録音・録画を行なうのもそう。またインターネットを利用する際にキャッシュを取ったり(その実現のしかた次第では──ある著作物の大部分を、比較的長い時間保持して、その結果 表示を可能とするようなものは私的複製の範疇と言えるでしょう)、表示されたウェブページをプリントアウトするのも私的複製に当たります。実は手で書き写すのも私的複製です。
もし海賊版の私的複製が規制されるとしたら、「違法」複製物から上記の複製行為を行なうことは「違法」複製ということになります。何らかの著作物が目の前にあって、これが「違法」に作られたものなのか適法のものなのか知る手がかりなどありません。そこからの複製が「違法」だとされかねない行為はあまりに広いのです(再度強調しますよ。手書きも私的複製なのです!)。
こんな広すぎる法規制のもとで、私たちはこれまで通り著作物を論じたり研究したり鑑賞したりできるでしょうか? 必ずしも私たちは今流通している著作物だけを扱っているわけではありません。絶版・廃盤となった著作物や、過去に放送された著作物の録画・録音、歴史的に貴重な内容の私的記録、当事者の行き違いによって発行後に「違法」ということとなってしまった著作物などもまた、私たちの文化的活動を支える存在です。厳密には、私的複製物の公衆への「提示」は法に触れるのですが、これもまた私たちが様々な著作物に触れる重要な機会であることを経験的に知っています。それらから複製することがすべて「違法」とされてしまったら、私たちには何ができるでしょうか?
海賊版の複製とダウンロードを規制することは、今までの取締り以上に実効性が期待できないばかりか、悪意で「違法」行為をする者にとっては抜け道だらけ、そのくせ適法に私的複製を行なっている国民を「違法」行為者に仕立て上げ、文化活動を阻害するような逆効果しかもたらしません。
だから私は、安易な私的複製の制限に反対します。
■皆さんに5つの提案
1.それぞれ自分が行なっている私的複製を振り返ってみて下さい。それが今回「違法」とされそうな複製ではないと、誓って言うことができるでしょうか。
2.自分の目の前の著作物が「海賊版」ではない証拠が見つかるか、考えてみてください。
3.適法とされる今の流通著作物であなたの文化活動の間に合っているか、考えてみてください。
4.法規制という手段を選ぶよりも、私たち自身が「フェア」だと考えられるものを買うことで現状を打開しましょうよ。そうすれば自ずと海賊版を買う人が少なくなる筈です。
5.そして「フェア」な著作物流通が実現するよう要求し続けましょう。既存流通が本当に「フェア」なのかということも含めて議論することが必要です。
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2007年4月18日 (水)
私的録音・録画問題における文化庁のやる気の無さ(と横暴)
4月16日に、文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会の第2回会合が開催されたのですが、残念ながらその内容についての情報はあまり伝わってきていません。今のところ、報道記事は1本だけですね。
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/04/17/15443.html
「私的録音録画小委員会、『私的複製』の範囲見直しを議論」
(INTERNET Watch)
文部科学省サイトでの議事録ページを確認しても、第2回会合での配付資料はおろか、第1回会合の議事録すら掲載されていません。というか、今期の私的録音録画小委員会の議事録ページすら確保されていない!
今期の著作権分科会各小委員会のスケジュールが立て込んでいるのはよく解ります。しかしそれは文化庁(著作権課)の自業自得でしょう。仮にそれを理由として議事録公開が遅れたのが事実としても、言い訳にはなりますまい。他に何かしら理由があったとしても、それはそれで問題ですし。
今期私的録音録画小委員会では、私的複製規定の縮小が進められようとしているところ、このような国民すべてを巻き込みかねない制度改定を議論をしている会合の公開性を担保しないでどうするんだと私は指摘したいのです。傍聴者しか入れないような会合でコソコソ制度改悪するのか、と。
ともあれ、こんなメタ議論的なところで怒ってても始まりませんから、記事の中を見てみます。もちろん限られた描写から読もうとするわけで、事実関係や細かいニュアンスを理解するのには不足です。そのあたりを踏まえていただけると幸いです。
今回の会合では、IT・音楽ジャーナリストの津田大介委員が、「仕事で昔のコンテンツを資料として必要な時、こうしたコンテンツがネット上にカタログ化されていればいいが、入手困難なことが多い。海賊版を放置していいということではないが、違法複製物や違法サイトからの複製が制限されると、例外措置がなければ困るケースも出てくる」と指摘。違法配信行為については、「著作権法の送信可能化権でアップロードした人を罰せば十分」と述べたのをきっかけに、違法サイトからの私的複製について再び議論が交わされた。
基本線として、私は津田委員の意見に近い考えを持っています(もっとも細かいところは別の情報を確認してみないと判断できませんが)。
一方、この規制に賛成し、適法配信を見分けるための「マーク」を提案しているレコード協会・生野委員の発言は無意味であると私は断言します。海賊版配信すら捕捉できない現状で、そのダウンロードを規制したところでどのような実効性があるというのか。また日本レコード協会がマークを作っても、海外の権利者、海外の配信事業者(個人も含む)、そして何よりレコード以外の著作物については適法・違法配信の識別法とはなり得ません。
また、これが当該法規制の最大のデメリットだと考えますが、適法に私的複製行為をした者が(何らかの言いがかりをつけられて)法廷の場に引きずり出されるリスクが生まれるということをもっと重視すべきです。このような、法的安定性を損なわせることが果たして著作権法の目的とするものなのか否か。
このような流れが強引に作られている私的録音録画小委員会の実態には、いちエンドユーザーたる私としても危惧を抱かざるを得ません。
また、議論をきちんと重ねていこうと考えない文化庁のやる気のなさ。議事録ページの不作為もそうですが、 『zfyl』 さんで掲載されている第1回会合(議事概要メモ)の事務局側発言を見ると、さらに怒りがこみ上げてきます。
http://nirvana.blog1.fc2.com/blog-entry-74.html
「著作権分科会 私的録音録画小委員会(第1回)」
(zfyl)
事務局(文化庁長官官房著作権課 著作物流通推進室長):補償金制度は平成4年に関係者のコンセンサスでできた制度。確かに個々の行為には濃淡はあるかもしれない が、小さな行為が積み重なって大きな行為となっていることに補償が必要だろうという考え方に基づくもの。必要なら行為類型に基づいて補償の必要性の軽重を 整理することはかまわないと思うが、我々が資料を作成した際には、それについては現行制度を作った際に関係者間の話し合いで整理されているのではないかと いう思いであった。平成4年以降のいろいろな状況変化、たとえば保護技術については当時はSCMS方式を導入するかしかい かという時期だった。後に、録画のCGMSができ、携帯電話やネットワーク配信などでの多様な保護技術導入されている。そういう問 題が補償金制度の在り方に影響を与えているかどうかについては新たな問題だから検討してはどうかと思って提案している。河野委員から提案されたところにつ いて議論を拒否するものではないので、委員会として必要ということであれば、行為類型に従って整理した資料等を提出するので、議論いただければと思う。
事務局(室長):津田委員のおっ しゃるとおりだが、もともとこの小委は学識経験者だけで冷静に制度設計をするというのではなく、立場の違う方を委員にして、コンセンサス作りをすることも 含めて法律問題も併せて検討するということで進めているところ。河野委員の発言、野原委員の発言にあるように、そもそも論でまだ前回の小委の議論において も完全に一致しているわけではない。したがって、ある程度制度設計等について議論する中で、さらに、主査がおっしゃったように、そもそも論の議論もあると 思うし、委員会のコンセンサスがあれば我々の方で資料も出す。議論を拒むものではないので、やっていただき、ある程度全体的に議論を進めて、文化庁で集約 して、またそもそも論にかえって議論するかたちでできるだけコンセンサス作りを進めていければと思う。そもそも論のところでコンセンサスを作ってそれを踏 まえてということだととても2,3年では議論を集約できない。議論を進める中でそういった意見も頂戴しつつ、最終的に30条の範囲、補償措置の必要 性、仮に導入する場合の具体的にどういう設計が合理的なのかを合わせて議論いただければありがたい。
根本的議論を回避しようとしているようにしか見えません。
上記「議事概要(メモ)」で読める第1回会合の委員発言でも、津田委員のものが要注目です。また、根本的議論の必要性については JEITA 河野委員らの指摘もあります。しかしそれらが充分に検討されていないのが実情なのです。
ああ、こうして私的録音録画補償金が定められたのだな、と既視感めいたものもあったりしますが。
この私的複製縮小問題については、さらに正式な情報が伝わってから再度採り上げるつもりです。
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2007年4月 4日 (水)
黒澤作品・廉価 DVD の行方
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20070402i516.htm
「黒沢作品DVD、著作権侵害と東宝が販売差し止め提訴」
(YOMIURI ONLINE(読売新聞))
http://www.asahi.com/national/update/0402/TKY200704020249.html
「黒澤8作品の格安DVD販売 東宝が差し止め求め提訴」
(asahi.com)
映画著作物のパブリックドメイン(著作権切れ作品)については、 「1953年問題」 にまつわる裁判でにわかに注目を集めるようになりました。その前段階として、パブリックドメインを収録した廉価 DVD の登場があったからなんですが──この廉価 DVD はもう一つの“火種”をも生み出すこととなっています。
現行の著作権法においては、映画著作物の保護期間が「公表後70年」までとなっております。また、 1953年 以前に公表されたものについては「公表後50年」までとされています (1953年 作品の扱いについてはまだ係争中ですが、まぁ確定間近と考えて差し支えないでしょう)。ところが「公表後50年」までと定める前の旧著作権法の規定によって例外的に保護期限が決まる場合もあります。
それが、個人名義で発表した映画著作物です。これは(数々の延長措置を経て)最終的に、著作者の「死後38年」までとされていました。ところが現行著作権法では公表後起算ですから、旧法で定められた死後起算の期限の方が後になることも多く考えられます。そこで旧法から現行法への経過措置として、旧法での保護期間の方が長い場合にはそちらを採用するとされたのでした。
で、件の新聞記事に戻ります。公表後50年までの保護期間だとすると 1953年 以前に公表された黒澤作品はパブリックドメインとなっているように思われますが、仮にこの作品が黒澤明監督個人名義での公表だとすると「死後38年」までの保護となって今もなお著作権が存続していることとなります。
この種の問題は、黒澤作品の他にもチャップリンの作品をめぐって裁判になっています。やはりパブリックドメインだとの判断で発売された廉価 DVD が槍玉に挙がりました(また、今回検索していて知ったのですが、映画上映でもクレームが付いた例があったそうです)。
http://www.asahi.com/national/update/0721/TKY200607210557.html
「チャプリンの娘、格安DVDに『待った』 業者を提訴」
(asahi.com)
http://ecolin.blog.drecom.jp/archive/881
「パラマウント社に続いて、今度はチャップリンが訴えて来たよ。」
(ふっかつ!れしのお探しモノげっき)
http://www.osaki-midori.gr.jp/2003/puragu.htm
「プログラム変更」
(尾崎翠フォーラム実行委員会)
おそらくは、これらの事件の争点は同じものになろうかと思います。いずれも製作会社・監督両方の名を付して公開されたもの。そのうち法律上「著作者」として認定されるのは誰なのか、という。
なおチャップリンと黒澤明とでは若干違いがありまして、前者の場合は自ら起こした会社で製作しており、後者の場合は映画会社の社員として監督に就いていました。この差が司法判断を分ける可能性があるかもしれません(あくまでも私のような法律素人の考えですけどね)。
ところで廉価 DVD を巡る訴訟は、いわゆる 1953年問題、 実名著作物(旧法)問題と第2ステージまで進んできました。しかし、最終ステージには至ってません。これこそが“廉価 DVD 最後の戦い”だと思われますが、まだ表沙汰にはなっていません。
それは何かと言えば‥‥ JASRAC です。映画に使用されている音楽は作曲家の死後50年まで保護されるものですから、だいたいの映画で、パブリックドメイン入りしても音楽については許諾を要するのです(仮に最も新しいパブリックドメインである 1953年 作品について考えても、この作品が公開された直後に作曲家が亡くなっていないかぎり──1956年 までに亡くなっていないかぎり音楽の著作権が存続しています)。
さて、廉価 DVD はきちんと JASRAC に使用料を支払っていますでしょうか?
うちにあるやつをざっと調べて見ましたが、使用許諾を得た旨の表示はありませんね。コスミック出版のやつとキープ株式会社のやつです。もう少し権利関係を精査しないと判りませんけど(音楽の著作権も切れている可能性はありますから)。
仮に JASRAC へ使用料を支払っていないとすると、廉価 DVD 製造者には今度こそ勝ち目がありません(それとも映画と一緒に権利が切れたと争うかな?)。
このあたり、当事者(双方)はどう考えているんでしょうね。
■今の段階で判ること
こういった「個人」による著作物の問題は、なにせ旧法の規定も絡む複雑なものですから、昨日今日勉強を始めたばかりのような私には裁判の行方を推測することなどできません。だから、事実関係として、私でも判ることをまず列挙していきたいと思います。
何か他に判断材料をお持ちの方がいらっしゃいましたら、コメントやトラックバックで御教授いただけれると嬉しいです。
まず、 1953年 以前に作られた黒澤作品は次の通りです。
●『姿三四郎』 1943年・東宝
●『一番美しく』 1944年・東宝
●『続・姿三四郎』 1945年・東宝
●『虎の尾を踏む男たち』 1952年・東宝
●『わが青春に悔なし』 1946年・東宝
●『素晴らしき日曜日』 1947年・東宝
●『酔いどれ天使』 1948年・東宝
●『静かなる決闘』 1949年・大映
●『野良犬』 1949年・東宝
●『醜聞(スキャンダル)』 1950年・松竹
●『羅生門』 1950年・大映
●『白痴』 1951年・松竹
●『生きる』 1951年・東宝
上記のうち、今回訴訟を起こした東宝が製作したものは9作品。記事で書かれている、廉価版として売られたものは「8作品」とのことですから、どれが割愛されてるのか はっきりとは判りません。内容・知名度からすれば『一番美しく』あたりが割愛されそうですし、時間からすれば短編『虎の尾を踏む男たち』あたりかも。なお各紙報道で挙げられていたのは『姿三四郎』『わが青春に悔なし』『酔いどれ天使』『生きる』くらいでした。
個人的には、この時期の作品にも好きなものがあったりしますので(かと言って正規盤をバカ正直に買うほどでもなかったり‥‥)、入手機会があれば欲しかったりするんですが。『羅生門』『生きる』は正規盤を持ってるんで ともかくとして、『酔いどれ天使』『野良犬』『白痴』あたりがあれば魅力ですね。
ついでですから、ちょっと検索もしてみました。
Google ではこんな検索結果が出ました。
http://www.666-666.co.jp/Template/Goods/go_GoodsTemp.cfm?GM_ID=EQ2559
黒澤明監督作品DVD10枚セット
日本映画の巨匠、黒澤明のルーツをたどるDVD集がついに登場!初監督作品の『姿 三四郎』から、“世界のクロサワ”への第一歩と ... ●DVD10枚組●モノクロ●モノラル●ドルビーデジタル●発売元/コスモコンテンツ株式会社 ※原盤からの収録作品ですので、 ...
ただしリンク先は既に削除されており、キャッシュも閲覧できません。だから、これだけで全容はつかめないのですが‥‥。
テクノラティではこんなブログ記事が見つかりました。
http://blogs.yahoo.co.jp/sasuraino777/45928095.html
「黒澤明監督作品 DVDの販売差し止め提訴」
(逢えるじゃないか また明日)
ここの人はタッチの差で買えたらしいです(笑)。
いや「セット」だったのなら、私は手を出しませんでしたがね。
ともあれ、この方が掲載されている画像から判断するに、 10作品 の内訳が次のようです。
●『姿三四郎』
●『虎の尾を踏む男たち』
●『続姿三四郎』
●『酔いどれ天使』
●『静かなる決闘』
●『野良犬』
●『醜聞』
●『羅生門』
●『白痴』
●『生きる』
──最強です。初期作品からこのラインナップ、なかなかの“選球眼”。
なおこれらのうち東宝以外の製作が4作。数が合いませんね。
報道ではあった『わが青春に悔なし』が入ってませんから、このセット以外でも売ってたということなんでしょうか。
次に、参考資料として著作権法での規定を引いてみます。
まずは現行著作権法(旧法からの経過措置)から。
附則
(適用範囲についての経過措置)
第二条 改正後の著作権法(以下「新法」という。)中著作権に関する規定は、この法律の施行の際限に改正前の著作権法(以下「旧法」という。)による著作権の全部が消滅している著作物については、適用しない。
2 この法律の施行の際限に旧法による著作権の一部が消滅している著作物については、新法中これに相当する著作権に関する規定は、適用しない。
3 この法律の施行前に行われた実演(新法第七条各号のいずれかに該当するものを除く。)又はこの法律の施行前にその音が最初に固定されたレコード(新法第八条各号のいずれかに該当するものを除く。)でこの法律の施行の際限に旧法による著作権が存するものについては、新法第七条及び第八条の規定にかかわらず、新法中著作隣接権に関する規定(第九十五条、第九十五条の三第三項から第四項、第九十七条並びに第九十七条の三第三項から第五項までの規定を含む。附則第十五条第一項において同じ。)を適用する。
(法人名義の著作物等の著作者についての経過措置)
第四条 新法第十五条及び第十六条の規定は、この法律の施行前に創作された著作物については、適用しない。
(映画の著作物等の著作権の帰属についての経過措置)
第五条 この法律の施行前に創作された新法第二十九条に規定する映画の著作物の著作権の帰属については、なお従前の例による。
2 新法の規定は、この法律の施行前に著作物中に挿入された写真の著作物又はこの法律の施行前に嘱託によって創作された肖像写真の著作物の著作権の帰属について旧法第二十四条又は第二十五条の規定により生じた効力を妨げない。
(著作物の保護期間についての経過措置)
第七条 この法律の施行前に公表された著作物の著作権の存続期間については、当該著作物の旧法による著作権の存続期間が新法第二章第四節の規定による期間より長いときは、なお従前の例による。
そして旧著作権法からも。関連しそうな規定を抜き出してみます。
第三条 〔保護期間−生前公表著作物〕 発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ生存間及其ノ死後三十年間継続ス
数人ノ合著作ニ係ル著作物ノ著作権ハ最終ニ死亡シタル者ノ死後三十年間継続ス
第六条 〔同前−団体著作物〕 官公衙学校社寺協会会社其ノ他団体ニ於テ著作ノ名義ヲ以テ発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス
第二十二条ノ三 〔映画の著作権〕 活動写真術又ハ之ト類似ノ方法ニ依リ製作シタル著作物ノ著作者ハ文芸、学術又ハ美術ノ範囲ニ属スル著作物ノ著作者トシテ本法ノ保護ヲ享有ス
其ノ保護ノ期間ニ付テハ独創性ヲ有スルモノニ在リテハ第三条乃至第六条及第九条ノ規定ヲ適用シ之ヲ欠クモノニ在リテハ第二十三条ノ規定ヲ適用ス
第三十五条 〔著作者・発行者の推定〕 偽作ニ対シ民事ノ訴訟ヲ提起スル場合ニ於テハ既ニ発行シタル著作物ニ於テ其ノ著作者トシテ氏名ヲ掲ケタル者ヲ以テ其ノ著作者ト推定ス(以下略)
第五二条 〔著作権の保護期間の特例〕 第三条乃至第五条中三十年トアルハ演奏歌唱ノ著作権及第二十二条ノ七ニ規定スル著作権ヲ除ク外当分ノ間三十八年トス
以上のような規定を見ると、現段階の私には訴訟の行方を云々できないと言わざるを得ません。
旧法には映画著作物の「著作者」が誰かを具体的に定めた条項が無いようです。素人目には製作者とも監督とも読めます(なお日本映画監督協会では、旧法において監督こそが「著作者」であるとの主張をしています。しかし製作者を「著作者」とする説もあるようで、私にはなんとも判断できません)。条文ではかような有様ですから、判例なり法学としての“流儀”なりを踏まえていないと解釈できないような感があります。
あくまでも現行法から勉強を始めた人間の感覚からすれば、黒澤明といえどもその作品を自由にできる立場にあったわけではなく、特にここで話題になっている初期作品は東宝社員として監督についたものばかりです(現行法でいう「職務著作」)。本訴訟とは直接関係ありませんが、松竹で製作された『白痴』の場合は、黒澤監督の意向に反して大規模なカットが実行されたりしています。要は黒澤監督ではなく映画会社の方に映画著作物の最終的な内容を決定する権限があったということ。海外映画の製作ではたびたび話題になる「編集権」の実際を考えると、本当に監督が「著作者」の立場にあると言える慣行だったのか疑問に思います。
もっともこれは法律素人の考えていることであって、法律として解釈されるものはまた別なんでしょうけど。
※仮に黒澤明が「著作者」だとしたら、映画会社がやってきた数々のカットは著作者人格権の侵害ってことになりますよね。それとも著作者人格権を行使しない旨の契約でもあったんでしょうか?
■で、これから──
ともあれ、これから色々と調査してみないと何とも言えませんね。
何を足がかりに調査していけばいいのか、私も見当が付きませんが‥‥。
(1)著作権表記との関係
黒澤作品(東宝製作)は基本的に東宝という会社名でクレジットされています。たとえば私の持ってる『生きる』 DVD ですと「(C) 1952 TOHO CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED.」とあります。『七人の侍』 DVD では「(C) 1954 TOHO CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED.」。
もっとも著作権の帰属が変わるたびにクレジットも変わるため、黒澤明が「著作者」でないとの証明には必ずしもなりません。『羅生門』の現行クレジットのように 「(C) 1950 角川映画」という例もあったりしますから(前記のとおり、製作は当時の大映)。
(2)1953年 問題の時には監督の死後起算が使われていたか?
『ローマの休日』仮処分申請判断や『シェーン』裁判(地裁・高裁)判決を読み直してみましょう。
(3)現行法が定められるにあたり、映画著作物の著作権者にかかわる議論
これは比較的調べやすいかも知れませんね。必ず旧法での解釈論も踏まえられているだろうから、さらなる調査の足がかりになると思います。
(4)判例や解説本ではどうなってる?
現行法についてはともかく、旧法についての解説本を探すのは大変かしら?
──調査の足がかりの少なさよりも、私自身 これに時間が割けるかという方が問題だったりしますがね。
(続くかもしれません。)
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2007年4月 1日 (日)
詳細の見えない「映画盗撮防止法案(仮称)」
http://news.braina.com/2007/0329/rule_20070329_001____.html
「上映中の映画、撮影禁止…海賊版防止へ自公が法案了承」
(知財情報局・読売新聞記事)
http://www.nishinippon.co.jp/entertainment/cinema/news/20070315/20070315_003.shtml
「映画盗撮防止へ 自民、今国会に法案提出 海賊版流通を阻止」
(映画の話題 / 映画情報 / 西日本新聞)
以前から話題になっていた法案についてなんですが(尤も、うちでは採り上げていなかった筈)、自民党と公明党が法案を「了承」したとのことです。映画館での「盗撮」──つまりスクリーンのビデオ撮影を禁止する法律を作るとのこと。
西日本新聞によれば「法案は議員立法で、自民党の『コンテンツ産業振興議員連盟』(会長・甘利明経済産業相)がまとめた」そうです。要するに映画業界が政治力を発揮して、コンテンツ族議員を動かしたというわけ。
あとは法案が国会に提出されて→採決という流れなんでしょうけど、この法案の詳細がいまだに明らかになってないというのは如何なものでしょうかね。
法案を作る中心になった自民党のサイトには掲載されていません。片棒担ぎの公明党サイトにもありません。まだ法案として提出されていないのか、衆議院・参議院のサイトにもありません。まさか成立してから法案がサイトに掲載されたりしないでしょうね(両議院のサイトって、法案や質問趣意書・答弁を掲載するのが結構遅れるものですから)。 まさか条文を初めて確認できるのが官報だったりして。
「民主主義」って何なんじゃって気がしますが。
新聞報道から垣間見える中身は、読売新聞によれば(上記リンクでは『知財情報局』に転載された読売記事を示してあります)「許可なく映画を撮影することに対し、罰則として、10年以下の懲役か1000万円以下の罰金を設けている」とのこと。
なるほど、映画撮影を禁じるわけですか。もう好き勝手に映画を撮影できない、つまり映画人に対する表現規制ですか。
──って、そんなワケないですね。たぶん〈権利者(映画製作者)の許諾を得ない映画館上映映画の撮影を規制する〉と書きたかったんでしょう。映画業界が求めていたのはその一点にあったわけで。
これまた読売記事によれば「国内で最初の上映から8か月経過すると適用されない」といいます。これで一応のバランスを取っているわけですかね。理論上は、古い映画だったら(研究や記録のために)撮影することが出来る、著作権法で許された私的複製である、ということ。いや映画館がそれを許すかは別問題ですけどね、施設の管理権限者として。
ともあれ DVD 発売前の映画という、最も譲れない知財の「盗撮」を規制するのであれば、公開後8ヶ月くらいが妥当な線のようにも思えます。
※余談ですけど、還流防止措置(いわゆる「レコード輸入権」)も8ヶ月程度だったら、あんなに大騒ぎにならなかったかも知れませんね。もちろん私がそれを容認するかは別問題ですけど。もっともあの時には、レコ協会長が口すべらして「永久に保護してほしいくらいだ」なんて抜かして‥‥。
■ちょっと真面目な話
件の映画「盗撮」禁止法ですが、これの実効性がどれだけあるのか疑問です。
現状として、映画館側は「盗撮」をやめさせる権限があるわけですよ。施設の管理権限があって、観客を入館させる代わりに撮影を禁止することも出来るわけですから(もっと念を入れるなら、観客との利用契約みたいな形であらかじめ撮影禁止を明示するとか)。それにもかかわらず、業界側の言い分によれば、「私的複製」を楯に止めさせられないという。私に言わせれば、映画館側の怠慢以外の何物でもないですよ。
仮に禁止法が成立したとして(するんでしょうけど)、実際の運用はどうするんでしょう。警備員とか立てて(今でも立ててるところはあるらしいです)、撮影してる人に「法律で禁止されています」と言って回るんでしょうか。しかし堂々と三脚立てて撮影してる人間だけじゃないでしょう? 本当に隠し撮りされてる場合はどうするんでしょうか。今日び、そんな方法はいくらでもあるでしょう。
実際の条文を見るまで気になる点がひとつ。
今回の「盗撮」は親告罪なのか非親告罪なのかということです。たとえば映画館側が「盗撮」現場を押さえたとして、その後 警察が動くまでにどのような手続きを経るのか。仮に非親告罪だったら著作権侵害とのバランスはどう考えるのか。
また、映画館側が確実に「盗撮」を押さえようと思ったら、スクリーン側から観客を「盗撮」する必要が出てくるんじゃないの? ──とも思えたりするんですよ。これ、わざわざ金を払って映画を見に行く観客からすれば不愉快この上ない。
法案の中身が見えてこないが故の、想像上のことでしかありません。でもあながち見当はずれの想像ではないように思えますが如何でしょう。
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1953年問題: 『シェーン』著作権切れ、確定間近?
http://www.47news.jp/CN/200703/CN2007032901000707.html
「知財高裁も文化庁見解否定」
(47NEWS)
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20070329AT1G2903N29032007.html
「『シェーン』著作権は消滅・知財高裁も格安DVD販売認める」
(日本経済新聞)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?
action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=34454&hanreiKbn=06
「平成18(ネ)10078 著作権侵害差止等請求控訴事件
平成19年03月29日・知的財産高等裁判所」
(裁判所サイト・判例情報)
廉価版 DVD をめぐって『シェーン』 (1953年 公開)の著作権が存続しているか否かが争われた裁判で、東京地裁に続き 控訴審(知財高裁)でも「著作権切れ」との判断が示されました。
今の映画著作物が公表後70年保護されることは御存知の方が多いかと思います。もともとは50年だったのが延長されたわけで、50年保護される映画と70年保護される映画とが分かれる境目が改定法施行日の 2004年1月1日 とされたのでした(この「施行の際限に」権利が存続しているものについて保護が延長されました)。そこで問題になったのが 2003年12月31日 に権利が切れる 1953年 公表の映画だったんですね。
著作権行政を所管する文化庁の見解としては、 2003年12月31日24時と 2004年1月1日0時が 「接着」しているから、 1953年 公開作品の著作権も「施行の際限に」存続しているという解釈でした。「著作権切れ作品」の廉価 DVD を販売していた会社に対して訴訟を起こしたパラマウント側としても、この文化庁見解を根拠に著作権存続を主張していたのでした。
しかし知財高裁はこれをあっさりと否定しました。施行の前日に著作権が切れているのだから、 1953年 公開作品は保護延長の対象とならない──との判断です。東京地裁で出された第一審判決と同じものでした。
『ローマの休日』などで仮処分申請が出されたものの却下された(東京地裁)という事案もありまして、以前から注目されていた裁判ではありました。地裁判決の段階ならともかく、知財高裁も改めて同じ判断を示したことで、この法解釈が確定するのはほぼ間違いないでしょう(まさか最高裁で争えたりはしませんよね?)。
そこで私が考えてしまうのは、文化庁の責任についてです。改定法案をもう少しきちんと書いておけば、こんなことにはならなかっただろうにと。施行の日を1日前倒しするとか、施行の前日に権利のあるものを延長対象とすれば、誰が読んでも 1953年 作品の権利存続が理解できたでしょうから。いや、文化庁見解がアテにならないのは今でも同じで、文理解釈次第でひっくり返りそうなのは還流防止措置やらIPマルチキャスト同時再送信やら、次々と実際の法律として打ち出されているわけですね。
加えて、私は法学者の責任というものも指摘しておきたいところです。以前に軽く調査した際にも思ったところですが、文化庁の珍妙な「接着」理論に異を唱える論文・解説本は見つかりませんでした(少なくとも私が調べた中では‥‥)。裁判ではパラマウント側が著名な学者の解説を引用し自論を補強していましたが、あっさり裁判所に否定されるという事態に。これってどうなんだろうと思います。
ブロガー(法実務家も含む)の人たちからは割と疑問は呈されてたんですけどね。
最後に、私が書いた 1953 年問題関連の記事を紹介しておきます。
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/10/_1953_dvd__5843.html
「映画著作物 1953 年公開作品の著作権切れ判断を踏襲
──『シェーン』廉価 DVD もOK!」
(エンドユーザーの見た著作権)
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/07/53_5a0a.html
「53年問題:各紙報道から──」
(エンドユーザーの見た著作権)
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/07/53__df93.html
「53年問題: 文化庁の解釈が司法判断で否定された(追記あり)」
(エンドユーザーの見た著作権)
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/06/53__ab44.html
「53年問題: 『シェーン』の廉価版についても提訴」
(エンドユーザーの見た著作権)
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/05/post_dd62.html
「著作権保護期間:文化庁の解釈が司法判断で否定されるか?(追記あり)」
(エンドユーザーの見た著作権)
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2006年10月 7日 (土)
映画著作物 1953 年公開作品の著作権切れ判断を踏襲 ──『シェーン』廉価 DVD もOK!
映画著作物の保護期間については、 2004年1月1日 からの著作権法改定(施行)にともなって公開後 70 年とされています。反面、 2004年1月1日 までに著作権保護期間を満了したものについては延長の対象とはならず そのまま著作権切れ作品として扱われます。
ここで問題になっているのが 2004年1月1日 で保護期間満了と(旧法で)されていた 1953 年公開作品です(つまり 1952 年までに公開された作品については一部の例外を除いて保護期間が満了しています)。文化庁の見解としては 1953 年作品も保護期間延長の対象であるとのことでしたが、『ローマの休日』廉価版 DVD をめぐる先日の仮処分申請への判断で東京地裁(高部真規子裁判長)は「保護期間満了」としました。
『ローマの休日』と並行して提起された裁判が今回の『シェーン』のものです。やはり 1953 年公開作品であって、廉価 DVD が(権利者から)問題とされています。
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006100601000493.html
「『シェーン』も著作権消滅 格安DVD販売認める」
(CHUNICHI WEB PRESS)
2004年施行の改正著作権法で著作権保護期間が50年から70年に延長されたことに伴い、米映画会社などが1953年公開の映画「シェーン」の著作権を侵害されたとして、東京都内の会社に同作品の格安DVD販売差し止めなどを求めた訴訟の判決で、東京地裁は6日、格安品の販売を認め、映画会社側の請求を棄却した。
清水節裁判長は判決理由で「53年作品には旧著作権法が適用され、保護期間は03年末で満了し、著作権は消滅した」との判断を示した。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20061006AT1G0602206102006.html
「『シェーン』も著作権消滅・格安DVD販売、東京地裁認める」
(NIKKEI NET:主要ニュース)
訴えていたのはパラマウント・ピクチュアズ・コーポレーションと国内で同作品に関する権利を譲り受けた東北新社(東京)。(中略)
東京地裁は今年7月、「ローマの休日」(米で53年公開)の著作権侵害を巡る仮処分申請でも、同様に著作権が消滅したとの判断を示した(映画会社側が知的財産高裁に即時抗告)。
『シェーン』の場合は差止め訴訟が提起されていて、これに対する判決という形で東京地裁の判断が示されました(清水節裁判長)。判決の形で示されたのは初めてだそうですが、その判断としては『ローマの休日』仮処分申請へのものを踏襲した形のように見えます。
ちなみに裁判所サイトで検索したところ、本判決がすでに掲載されていました。 PDF ですが、興味のおありの方は下記のリンクを辿って読んでみてください(私も後で読むつもりです‥‥権利者側の主張がかなり噴飯もののように思えますよ)。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=33621&hanreiKbn=06
「平成18(ワ)2908 著作権侵害差止等請求事件
平成18年10月06日 東京地方裁判所」
(判例検索システム>検索結果詳細画面)
■過去のうちの記事から──
この 「1953 年問題」について採りあげたうちの記事をいくつか紹介します(手前味噌ですがね)。
まずは今回の『シェーン』の件をとりあげたものから。
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/06/53__ab44.html
「53年問題: 『シェーン』の廉価版についても提訴」
(エンドユーザーの見た著作権)
ここで強調しておきたいのは、『シェーン』は未だに DVD 化されていないという事実です。
実は訴訟の中で、 DVD 化の予定があったにもかかわらず廉価版の登場で中止せざるを得なかったとの主張を権利者側がおこなっています。しかしこれなどは噴飯ものの主張でしかなくて(そりゃ法廷での争いでは主張すべき手法なのかも知れませんがね)、自分で DVD 化するつもりがあったのなら、 DVD が市場投入されて 10 年以上も経っている今までの間に どうして DVD 化しなかったのだというツッコミが即座に入るところでしょうよ。
あの名作が DVD 化できないほど売れないとは言わせませんぜ。むしろあれが市場に存在していなかったことの方が、映画好きの人間からすれば芸術・文化への冒涜に等しい行為です。
こういった保護期間満了作品の廉価流通をめぐる争いは、著作権保護期間とかその延長とは本当はあまり関係のない話かもしれません。純粋に法解釈の問題でしかありませんからね。しかし、保護期間やその延長問題で考えられる問題を間接的に窺える事例ではあると言えます。
そもそも著作権を持った人間ないし会社が“金にならない”と考えてしまえば、その作品は市場に流れず 存在を抹消された状態になり続けてしまうということなのです。たとえば『シェーン』は、ビデオデッキがなくて DVD しか見られない人にとっては記憶や記録の中にしか存在しなかった作品だったということになります。
これで保護期間を(映画以外でも)延長するともなれば、もっと多くの著作物の存在が抹消されることになります。我々が継承していくべき芸術・文化のことを真剣に考えるなら、その延長に反対するか賛成するか、いずれが論理的な立場か明らかです。
なお我々エンドユーザーが著作権保護期間について語るとき、権利者へ妙な遠慮を感じる必要は全くありません。むしろ我々に必要なのは〈文化を継承していく決意〉です。
さて前の『ローマの休日』に関する件でも、うちで幾つか採りあげています。
新聞報道では仮処分申請への判断に対して「映画会社側が知的財産高裁に即時抗告」したとされていて、ここでどのような判断が改めて示されるのかは判りません。でもこれまでの報道に寄せられた専門家のコメントからすれば「満了」判断に肯定的なものばかりですので、あまり心配することもないのかも知れませんが。
要は、知財高裁がどこまで常識的判断を下すというのかという問題ですかね。
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/05/post_dd62.html
「著作権保護期間:文化庁の解釈が司法判断で否定されるか?(追記あり)」
(エンドユーザーの見た著作権)
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/07/53__df93.html
「53年問題: 文化庁の解釈が司法判断で否定された(追記あり)」
(エンドユーザーの見た著作権)
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/07/53_5a0a.html
「53年問題:各紙報道から──」
(エンドユーザーの見た著作権)
どう転んでも、文化庁の大チョンボは確定です(国家賠償訴訟になったりするのかな?)。
Posted by 谷分 章優 映画・映像, 著作権, 著作権保護期間延長問題, 著作権行政 | Permalink
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2006年10月 4日 (水)
「情報流通」で「著作権法違反」? (リンク)
そもそも顧客情報データベースが著作物にあたるのか疑問です。
http://it.nikkei.co.jp/security/news/index.aspx?n=AS1G1303D%2013092006
「KDDI協力会社元社員ら2人を書類送検
——情報流出容疑 セキュリティー」
(IT-PLUS)
http://it.nikkei.co.jp/security/news/index.aspx?n=MMITzt000027092006
「情報流出に初の著作権法適用【コラム】 セキュリティー」
(IT-PLUS)
偽ニュースサイトの事件の時にも思ったことですが、犯罪を取り締まるため安易に著作権法を使うのはどうかと。
※私が注目した記事を「はてなブックマーク」にクリップしています。
一部コメントつき。
http://b.hatena.ne.jp/himagine_no9
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「花」のカリグラフィの件、訴訟にまで発展(リンク)
前に仮処分申請でニュースになったのですが、仮処分申請の方は取下げていて、謝罪が無かったため今回あらためて訴訟を提起したという話のようです。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006092901000717.html
「著作権侵害で賠償求める 観光パンフ、自作に酷似と [CHUNICHI WEB PRESS]」
(はてなブックマーク)
http://news.goo.ne.jp/article/kyodo/nation/trial/20060929a4150.html
「著作権侵害で賠償求める 観光パンフ、自作に酷似と(共同通信)」
(goo ニュース)
▲東京新聞のサイトの方は既に削除済み。
http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50614044.html
「進藤洋子さん本訴請求へ(カリグラフィー著作権侵害事件)」
(駒沢公園行政書士事務所日記)
http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50516828.html
「進藤洋子さんカリグラフィ著作権侵害事件」
(駒沢公園行政書士事務所日記)
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/06/post_3802.html
「『花』の書『ソックリ』で著作権侵害が問えるか否か?(追記あり)」
(エンドユーザーの見た著作権)
▲参考用に。
※私が注目した記事を「はてなブックマーク」にクリップしています。
一部コメントつき。
http://b.hatena.ne.jp/himagine_no9
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貸与権管理センターの使用料規程が運用へ(リンク)
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20061002-OHT1T00208.htm
「コミック貸本にも著作権料…12月から支払い開始」
(社会:スポーツ報知)
文化庁は2日、コミック本などの貸本業者が作家側に一定の著作権料を支払う仕組みが12月からスタートすると発表した。貸本業者側と作家など著作権者側が昨年1月に施行された改正著作権法に基づき協議、支払額について合意した。
▲マスコミの一報。
http://www.gamenews.ne.jp/archives/2006/10/1265121.html
「貸本1冊あたりの著作権料は265円から、
レンタルコミックの著作権料支払い制度12月1日スタート」
(Garbagenews.com)
▲まとまってる。
http://www.taiyoken.jp/siryo.html
「貸与権管理センター」
▲使用料規程などの資料を掲載。参照用リンク。
http://blog.goo.ne.jp/subarushoten/e/97eaf70f32d221c5a3cee3f3f6372ec4
「【NO.79】レンタル料金があがるコミ!」
(コミック『買う派?』『レンタル派?』)
▲レンタル料金値上げの例。言い方がどうも気に食わないのだけれど(私がひねくれてるだけ?)。
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20061003/p1
「文化庁が発表?」
(Copy & Copyright Diary)
http://d.hatena.ne.jp/banraidou/20061003/1159854459
「レンタルコミックの使用料に関してちょっとした不明点
/わからないことは聞いてみるに限る」
(万来堂日記2nd)
http://d.hatena.ne.jp/banraidou/20061003/1159871530
「レンタルコミックの使用料に関しての回答と、もうひとつ不明点
/まだわからないときはさらに聞いてみるに限る」
(万来堂日記2nd)
▲以上、ネタ元でした。
※私が注目した記事を「はてなブックマーク」にクリップしています。
一部コメントつき。
http://b.hatena.ne.jp/himagine_no9
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2006年7月13日 (木)
53年問題:各紙報道から──
今回の地裁決定についての報道が各紙出揃ったようです。それぞれが別々の相手にコメントを取っているようで、それを読み比べるだけでもかなり面白かったりします。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060711i216.htm
「廉価DVD訴訟、53年映画は著作権消滅…東京地裁」
(社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞))
▲文化庁・パラマウント・ファーストトレーディングのコメントあり。
http://www.asahi.com/business/update/0711/146.html
「格安DVD販売認める 『著作権消滅』と東京地裁」
(asahi.com - ビジネス)
▲文化庁・パラマウント・ファーストトレーディングのコメントあり。
※本紙では 2006年7月12日付 3面に掲載。
半田正夫氏のコメントあり。
http://www.mainichi-msn.co.jp/photo/news/20060712k0000m040067000c.html
「廉価DVD:著作権の保護期間満了と販売認める 東京地裁」
(photoジャーナル:MSN毎日インタラクティブ)
▲文化庁・パラマウントに加え、
掛尾良夫氏・壇俊光氏のコメントあり。
日本経済新聞 2006年7月12日付 38面
「『ローマの休日』など1953年作品 格安DVD販売認める」
▲パラマウント・ファーストトレーディングに加え、
甲野正道氏・岩倉正和氏のコメントあり。
北海道新聞 2006年7月12日付 1面および8面
「『ローマの休日』など53年公開の名画 格安DVD販売セーフ」
「『映画著作権』東京地裁判決 DVD安売り 拡大の可能性」
▲文化庁・ファーストトレーディングに加え、
「映画業界」の声とコスミック出版のコメントあり。
まずは当事者のパラマウントピクチャーのコメントから見ていきましょう。
「驚いた。到底受け入れられない」とする朝日記事の内容が代表といったところ。他の記事でも基調は同じです。が、日経記事での「文化庁の解釈に基づき著作権が守られてると思っていたが、驚いている」や、読売記事での「ホームページにも公表されている文化庁の見解の方が正しく、決定には驚いている」といった痛い発言も散見されます。
今回の仮処分申請で争われたのは「著作権が守られる」か否かではなく、そもそもその「著作権」が存在するか否かです。裁判所が判断したのは、 2003 年時点で「著作権」が切れていたというものであって、「著作権が守られ」ないという状態とは全く異質なものです。
また、「文化庁の見解の方が正し」いという保証は全くありません。文化庁自身もいつも発言するではありませんか、「最終的には司法判断」だと。
パラマウントには謙虚な姿勢が足りないのと違いますか? 司法判断を受けたというのに。まぁこの判断自体も確定してみないと何とも言えませんがね。
文化庁(著作権課)は流石というか、無難なコメントに終始しています。
朝日の記事では「文化庁著作権課は『上級審の判断を見守りたい』と話し、ホームページの記述を変更する予定はない、としている」とありますが、北海道新聞では「訴訟についてはコメントできないが、裁判所の判断を踏まえて今後、解釈を検討する可能性はある」と述べたと報じられています(朝日では地の文、道新では文化庁コメント)。これらは言ってることが違うと読むのではなく、司法判断が確定するまでは現状維持、確定の内容によっては「解釈を検討する」と読むべきでしょうね。
この他、文化庁のコメントをしっかり取っているのは日経です。甲野課長の名で掲載しています。
「53年」守る目的
甲野正道・文化庁著作権課長の話 文化庁としては、一九五三年公表の作品の著作権を守る目的で法律を作った。内閣法制局にも確認のうえ、立法趣旨にかなう制度設計をした。七一年にも一月一日施行の著作権法改正で保護期間を延長したが、こうした問題は起きなかった。
業界関係者をはじめ、問い合わせにはすべて五三年の公表作品の著作権は守られると回答してきた。今後の司法判断を見守りたい。
※上記日経記事より引用。
まぁ「こうした問題」が初めて法廷に持ち込まれ「立法趣旨にかなう制度設計」の不備が指摘されるに至ったわけですから、甲野課長が正当性を主張したところであまり意味はありませんわね。
最後は「今後の司法判断を見守りたい」といつもの無難な調子で締めくくっています。これは行政担当者として当然のこと。
さて、ここまでは“前菜”です。
各紙報道の見どころは法学者・実務家のコメントにあります。
◇冷静な判断だ
▽著作権法に詳しい壇俊光弁護士の話 裁判所も著作権を保護しすぎる風潮の中で、法律の条文に従って冷静な判断をした決定だ。刑事罰もある法律の解釈は厳密にすべきで、文化庁の見解には無理があるのでは。
※上記毎日記事より引用。
立法技術に問題
著作権法に詳しい岩倉正和弁護士の話 東京地裁の決定内容は自然で説得力がある。パラマウント側や文化庁には異論もあるかもしれないが、結論自体は認めざるを得ないだろう。問題の根源は単純に立法技術にある。改正著作権法の施行日をなぜ、二〇〇四年一月一日よりも早く設定しなかったのか、理解に苦しむ。
いったん切れてしまった著作権の復活は、新法で対応すれば法技術的には必ずしも不可能ではないが、国際条約との関係で事実上難しいだろう。
※上記日経記事より引用。
文化庁の理屈は無理
半田正夫・青山学院大元学長(著作権法)の話 文化庁の「時間が接着している」という理屈は無理がある。著作権法の中に具体的な規定がない以上、東京地裁の解釈は成り立ちうるもので、妥当な判断だ。53年作品は人気があって今でもお金を稼ぐのだろうが、改正著作権法の対象にしたいなら、文化庁は立法当局として改正法に明確な規定を設けるべきだった。
※上記朝日(本紙)記事より引用。
壇俊光弁護士・岩倉正和弁護士・半田正夫“大先生”(笑)のお三方です。
皆ことごとく東京地裁の判断を支持してるんですね。半田氏まで「文化庁の〜理屈は無理がある」と発言してしまうとは、私にとっては意外に感じられるものでした。と言うか、そう考えているのならどうして今まで放置していたのだ、と小一時間問い詰めたくなります →半田氏。
壇弁護士と岩倉弁護士のコメントには頷かされます。特に岩倉弁護士のコメントは、同じ日経記事に掲載された甲野課長のコメント(先に引用したやつです)に対するストレートな反論になっています。しかもこれ、日経本紙で ふたつ並んで掲載されてるんですよね!
ここまで専門家の意見が揃うとなると、知財高裁での抗告審でも期待が持てるんでしょうか? 東京地裁の判断が認められるんでしょうか? 祈るような気持ちです →私。
※ところで、どこか北大の田村善之教授にコメントを取るところはありませんかね?
法律家というわけではありませんが、かなりユニークな人選もありました。
北海道新聞の8面(関連記事)にコスミック出版の岡田武生会長の名があったんです。ここも、かなり早くから書店売りの廉価 DVD を出してた会社なんですね。私も実は数枚持ってたりします。で、そのコメントが「(五三年作品の販売について)司法の最終結論までは控えているが、いつでも販売できる準備はしている」というもの。逞しい限りです。
そうそう、肝心のファーストトレーディング側のコメントも。日経記事の「主張が認められて安心した。五三年作品の販売再開を検討したい」とする内容が代表的です。朝日記事では「販売を中止していた」旨も触れられています。
■廉価 DVD と「著作権」
廉価 DVD について、私は販売業者の試みを支持します。
販売価格が下がるということは、それだけ作品が社会に浸透していく力となります。すなわち、誰でも作品に触れる機会を持てるようになります。さすがに高い商品だと買う人も限られますからね。
1953 年と言えば映画ではクラシックもクラシック、歴史の彼方に埋もれるような古い作品なわけですよ(決して質が低いとか言ってるわけではありませんので注意)。だってこの頃の映画のうち、いま劇場にかかってるのはどれくらいあります? テレビで放送されるのは? いや下手すると、映画単体をきちんと DVD で買えるものすら少ないかもしれない。『ローマの休日』は特典映像との抱き合わせで高値、『シェーン』は DVD にすらなっていない。
製作から充分な期間を経て 製作費の回収も済んでいるはずの作品を、寝惚けているような高い値段で売っている。そのような状態で映画文化を継承するものと言えるのかどうか。文化は人々の心にまで届かないと意味がありません。今まで DVD を買ってなかった人たちに古い映画を伝えていく(人によっては“懐かしい映画”かも知れない、人によっては初めて見る映画かも知れない)、それだけでも廉価 DVD の貢献は大きいものと言えます。
著作権というものも考えましょう。この保護がなぜ有期限なのか。
著作物とは人々が共有すべき文化遺産です。だから充分な保護を受けてきた著作物について自由利用を認めるのです。このことは「著作権」制度の大前提であり、決して「著作権」を蔑ろにする思想ではありません。
だから当然、著作権切れ作品を利用していくことは元権利者に不利益を与えるものではないし、まして著作物という文化的所産を貶めるものでもない。
我々は過去から学びます。自分の経験で知り得ないことを、他人の著作物によって学んでいきます。何者かによって不当に吊り上げられた料金を支払わされることなく、また“真似”て学ぶことを禁止される心配もなく、我々が本当の意味で先人の文化遺産を血肉とできる機会なのです。
その機会を拡大させるものの一つが廉価 DVD なのですから、「映画文化」とやらを楯に貶めるのは非論理的というものでしょう。
■新聞報道から見える、映画業界の狂気
内容としては先の文章から続くのですが──。
先に引用した各紙報道を見ていて、もうひとつ興味深い論点が浮かびあがってきました。
◇違和感を感じる
▽キネマ旬報映画総合研究所・掛尾良夫所長の話 安価なDVDが出回ることは、映画界にとって歓迎すべき決定ではない。個人的にも、映画が文化というより消費財になっていくようで違和感を感じる。正規版の側には、映像のクオリティーを高めたり、メーキングや関係者のインタビューなど付加価値を高め、より魅力的商品を作る努力をしてほしい。
※上記毎日記事より引用。
東京地裁が十一日、DVDの格安販売を認めた一九五三年公開映画。格安化に拍車が掛かる可能性があり、映画業界からは「映画文化が守られなくなるのでは」と警戒の声も上がっている。〔中略〕
格安版の人気は、洋画大手格安によるDVDソフトの安売り競争が先導してきた。〔中略〕
ただ入場料に比べ、DVDの割安感が広がることによる映画館離れを懸念する声は根強い。ある邦画大手の版権担当者は「安ければいいというものではない。映画という文化を守る必要がある」と困惑の表情だ。
※上記北海道新聞記事(8面)より引用。
これらのコメント、いずれも読んだ時に頭痛がしてくる内容なんですね。「気でも違ってるのか?」と思わず呟いたり。
映画の、文化としての価値と、売られている値段にいかなる関連性があるというのか。安く売られた映画が悪いものであるかのように語られる根拠はどこにあるのでしょうか。
キネ旬映画総合研究所長の弁は、後半は確かに正論なのですが、それにしても前半が支離滅裂。
そもそも複製物によって流通させる著作物は、「文化」と「消費財」という二面性を持っているものです。そしてビデオやLD・ DVD という形で映画作品が流通するようになって、映画が従来から「消費財」と化していたのは明らかではありませんか。いや それより以前は、劇場に掛かっていた期間だけ見られる、ほんの僅かな「消費」で後は“廃棄”される存在だったのではないですか、映画は。(残ったネガも死蔵の憂き目。)
そして重要な事実がひとつ。 DVD の低廉化は著作権切れ作品の DVD によって起こされたのではないということです。メジャー系映画会社が自社の作品でこぞってやってることなのですよ。低廉化は映画作品の浸透力を強めこそすれ、無根拠な「個人的」所感でもって腐すべきものではありません(主張は自由ですがね、もっと論理的にならないと)。
せっかく所長は「映像のクオリティーを高めたり、メーキングや関係者のインタビューなど付加価値を高め、より魅力的商品を作る努力」という素晴らしい提言をしているのに、これを著作権切れ廉価 DVD との競争に結びつけないのは勿体なさすぎます。
道新記事では発言者が示されていません。が、この発言もまた酷い。映画業界関係者の驕りというか、狂気というか、全然周りが見えてない、何を考えてんだという感じの内容です。
価格が安くなることで「映画文化が守られなくなる」ですって。妄想の極み。いいですか、レンタルビデオが登場するまでは、古い映画はテレビの無料放送でしか見れなかったんですよ!(一部都市部の恵まれた名画座愛好家を除く。)ということは、この発言者の理屈で言えば、有料放送や廉価 DVD で金払って見てる今の映画好きの方こそ「映画文化」を「守」ってるってことじゃないですか。しかも最近は観客動員数が増加傾向にあるんですけど、それは無視ですか。
安く入手できることと、作品へのリスペクトは別。そもそも繰り返して見ようと思わないのなら、 DVD なんて買いませんって! エンドユーザーは自らの意思と選択でもって、映画文化を継承していくのですよ。映画業界の思い通りに行くわけがない。
逆の視点で言うと、映画業界は“高ければいい”と考えているのではないか?──とすら思えてなりません。ロードショー館がどこも大人 1800 円、そんなカルテルまがいの料金設定を恥知らずにも続けている連中が、これを正当化しようとして廉価 DVD を陥れようとしているのではないか、と。
まず問うべきは劇場の料金ですよ。高すぎやしないか、と。本来だったら館によって料金が違ったって良いんですよ。それなのに何故かどこも大人 1800 円。映画の日やレディースデーだと 1000 円。どうしてこんな状態が続いている?
DVD の価格競争は、エンドユーザーが関わって映画業界にもたらされた唯一の自由競争なのと違いますか? しかもそれは映画業界自らが進めてきたことであって、決して「映画文化が守られ」てるかどうかとは関わりない。まして著作権切れの問題は別論だし。
──映画業界の価格設定については、もっとエンドユーザーが批判していくべきだと思いますよ!
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2006年7月11日 (火)
53年問題: 文化庁の解釈が司法判断で否定された(追記あり)
http://www.sankei.co.jp/news/060711/sha069.htm
「『ローマの休日』は権利消滅 東京地裁、格安DVD認める」
(Sankei Web 社会(07/11 16:36))
映画「ローマの休日」など昭和28(1953)年公開映画の著作権をめぐる「53年問題」が初めて司法の場で争われた同作の激安DVD販売差し止め仮処分申し立てで、東京地裁の高部真規子裁判長は11日、同作の著作権は切れていると判断し、米国映画会社の申し立てを却下する決定をした。米映画会社側は抗告する方針。決定が確定すれば28年公開の映画はすべて著作権切れになる。同年は名作が多く、決定は映画業界に大きな影響を与えそうだ。
今年5月の仮処分申請で にわかに話題となった “53 年問題”ですが、 7月11日 に東京地裁の決定が出たそうです。仮処分の申立ては却下、 1953 年製作の映画は著作権が切れているとの判断でした。
権利者の方は(当然というか)抗告する方針とのことですけども。
願わくば、今回の司法判断で確定してほしいものです。
“53 年問題”については、以下の記事で採りあげました。
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/05/post_dd62.html
「著作権保護期間:文化庁の解釈が司法判断で否定されるか?(追記あり)」
(エンドユーザーの見た著作権)
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/06/53__ab44.html
「53年問題: 『シェーン』の廉価版についても提訴」
(エンドユーザーの見た著作権)
もし今回の司法判断が確定すれば映画業界は多くの権利を“失う”わけで、必死になって抗告するのでしょうね。ああ見苦しい、嫌だイヤだ。
なお仮処分申請に先だって提起していた『シェーン』の裁判も、今回の司法判断が踏襲されれば敗訴は間違いありません。その点で言っても、パラマウントは簡単に退けないでしょうね。
■東京地裁の決定から──
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=07&hanreiNo=33305&hanreiKbn=06
「平成18年(ヨ)第22044号 著作権仮処分命令申立事件」
(裁判所:知的財産裁判例集)
決定が下された当日に裁判所サイトで全文掲載されました。この早業には驚くばかりですが、リニューアルの効果が出たというところでしょうか。裁判所、えらい。
なお決定全文は、上記リンクを辿ると PDF で入手できます。
申請された仮処分の相手方が今まで(報道では)判らなかったのですが、上記文書によると「株式会社ファーストトレーディング」だそうです(今回の東京地裁決定を報じるニュースでは会社名が明らかにされていますね)。この会社名でググってみると、何となく見覚えのある廉価 DVD のシリーズが出てきました。
どうして ここが“スケープゴート”にされたのか判りませんけれども。
さて。
ここでは、東京地裁決定から判断の核心部分だけ引いておきます。
以上のとおり,本件映画については,本件改正法が適用されずに,平成1
5年の経過,すなわち,同年12月31日の終了をもって保護期間が満了し
たものである。
したがって,本件映画については,我が国においては,既に著作物の保護
期間が満了したパブリックドメインに帰属する著作物というべきであるから,
債権者の被保全権利が認められないことになる。
※ PDF 18 ページより
で、その「保護期間が満了した」理由として、
本件映画の保護期間の終期の計算については,本件映画が公表された日の
属する年の翌年である昭和29年から起算する(著作権法57条)。そして,
改正前の著作権法54条1項によれば,映画の著作物の著作権は,公表後5
0年を経過するまでの間存続するから,年による暦法的計算をして(民法1
43条1項),50年目に当たる平成15年が経過するまでの間存続するこ
とになる。期間は,その末日の終了をもって満了する(同法141条)から,
改正前の著作権法の下では,本件映画の著作権は,平成15年の末日である
同年12月31日の終了をもって,存続期間の満了により消滅する。
本件改正法は,平成16年1月1日から施行され(附則1条),本件改正
法附則2条は,「この法律の施行の際」と規定しているところ,「施行の
際」とは,附則1条の施行期日を受けた平成16年1月1日を指すものであ
る。そして,附則2条の規定は,この法律の施行期日である平成16年1月
1日において,現に改正前の著作権法による著作権が存する映画の著作物か,
又は,現に改正前の著作権法による著作権が消滅している映画の著作物かに
よって適用を分ける趣旨のものと解される。
本件映画の著作権は,改正前の著作権法によれば,上記のとおり,平成1
5年12月31日の終了をもって存続期間が満了するから,本件改正法が施
行された平成16年1月1日においては,改正前の著作権法による著作権は
既に消滅している。よって,本件改正法附則2条により,本件改正法の適用
はなく,なお従前の例によることになり,本件映画の著作権は,既に存続期
間の満了により消滅したものといわざるを得ない。
※PDF 10〜11 ページより
──と判示しています。極めてシンプルです。
あとは、パラマウント側の主張に対して逐一反論を加えています。
詳しくは本文を参照していただきたいのですが、まるで主張を虱潰しにしているかのように見えます。文化庁が示していた解釈(保護期間が満了する 2003年12月31日24時が、 新法の施行された 2004年1月1日0時 と「接触」するため著作権が存続するとされる)に対しても否定しています。
その上「法的安定性」を楯に従来の解釈を取るべきとしたパラマウントの主張については、
〔前略〕本件改正法附則2条の適用関係に関する文化庁の上記見
解は,従前司法判断を受けたものではなく,これが法的に誤ったものである
以上,誤った解釈を前提とする運用を将来においても維持することが,法的
安定性に資することにはならない。
※PDF 17 ページより
──とぶった斬りにしました。豪快すぎるというか、勢い余ってるというか。
案外、既成事実をひっくり返す判断のため、裁判所はナーバスになってるのかも知れません。付け入る隙を与えまいとしてる感じです。
今回示された判断自体は、極めて常識的かつ論理的であると思われます(私が「数学的」な解釈のもと、期間満了との判断を期待していたことは既掲の記事に書きました)。
ただ、この判断がどこまで尊重されるのか。抗告によって、知財高裁でひっくり返されることも起こり得るわけですから。
「接着」理論で再度挑戦するのか、はたまた「立法趣旨」を突き詰めて争うのか‥‥。パラマウント側の出方が非常に気になります。
いや、知財高裁にしても、今回の判断をひっくり返すには それなりの理論を用意しなければならないと思いますけどね(だって東京地裁の理論構成に付け入る隙が無いのですから)。
■この決定を採りあげたブログさんから──
http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50540662.html
「『ローマの休日』保護期間事件
〜著作権 仮処分命令申立事件決定(知的財産裁判例集)」
(駒沢公園行政書士事務所日記)
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060712/1152641137
「東京地裁第47部の『英断』」
(企業法務戦士の雑感)
今回の仮処分申請→東京地裁決定については様々なブログさんが採りあげらていらっしゃるのですが、その中でも当該決定を理解する助けになるのが上記ふたつかと思われます。債権者(パラマウント)・債務者(ファーストトレーディング)双方の主張が解りやすく纏められています。‥‥まぁ、決定本文自体もそれほど読みづらい内容ではありませんけれども。
(追記: 2006.7.13)
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2006年7月 9日 (日)
あからさまな著作権侵害と、絶対に終わらない「いたちごっこ」
http://www2.accsjp.or.jp/news/news060704.html
「映像の「ストリーミング配信」による著作権侵害、日本初の摘発」
(ACCS/著作権侵害事件)
http://biz.ascii24.com/biz/news/article/2006/07/04/663251-000.html
「ACCSとAJA、ストリーミング配信による著作権侵害で日本初の摘発」
(ASCII 24 Business Center)
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20060704/242505/
「映像ストリーミング配信による著作権侵害、国内初の逮捕者」
(ITpro)
http://journal.mycom.co.jp/news/2006/07/04/381.html
「無断で映像コンテンツをストリーミング配信していた男が逮捕」
(MYCOMジャーナル)
この事件については前の記事でもクリップしていたのですが、当事者の ACCS (コンピュータソフト著作権協会)と AJA (日本動画協会)でプレスリリースが上がったこともあって、改めて採りあげたいと思います。
事件概要については、 ACCS サイトでの文章が解りやすいかと思われます(なお ASCII24 の記事に AJA のプレスリリースへのリンクが掲載されていますが、 ACCS のものと同一内容です)。
まぁ簡単に言えば、権利者に無断で会員制動画配信をやった人間が捕まったと。ただそれだけの話です。しかも自身の所有するサーバで“サービス”を行なっていたということですから、そのやり口はむしろ古典的とも言えます。無断漫画配信の 『464.jp』 級の“捕まって当たり前”の事例ですね。
ACCS らやメディアは「ストリーミング配信」にかかる逮捕者が「国内初」であることをやたら強調してはいますが、このこと自体には全く意味がありません。権利者が権利行使すべき場面で粛々と告訴しただけの話。ただそれだけの事例をここまで大々的にアピールするのは、“実際よりも大きな成果だと見せたい”(抑止力をもたらしたい)と彼らが考えているからではないかと思われます。
※ストリーミング型(一般的なのはコンテンツをサーバに「蓄積」するタイプ)であっても、ダウンロード型であっても、無断で配信サービスを行なった者が侵しうるのは「複製権」と「公衆送信権」(仮にアクセスが無かったとしても「送信可能化権」が及びます)です。このあたりは全く変わりません。行為として変化が生じ得るのはユーザー側であって、ストリーミング型では著作物が複製されませんが、ダウンロード型では複製されます。もっともユーザーの複製は私的複製の範囲内で、もとより権利が及ばないのですが。従って著作権法上はストリーミング型であってもダウンロード型であっても同じなんですね(なお、もし「蓄積」しないでストリーミングするのであれば「複製権」は考える必要がありません。このときはダウンロード型と異なることになりますかね)。
※あ、権利者の“論理”としては、ダウンロード型の方が著作権料を多くせしめる口実になるようですけどね (JASRAC の規定などがその例ですか)。その“論理”で言ったら、今回のストリーミング型の著作権侵害は損害額が低い(笑)。
※将来的なことを言えば、ストリーミング型でタイムテーブルに沿って放映するような形の公衆送信は著作隣接権(許諾権)を制限する余地があると、個人的には思っています(件のIPマルチキャストの議論を見た印象では‥‥)。ここに手当てするだけでも、音楽配信を促進するインセンティブになるのではないかと。
わざわざ「ストリーミング」を強調するあたり、その視野にあるのは YouTube のようです。メディアが伝えるところを見ると、記者会見では YouTube にも触れていたとのこと。 YouTube で著作権侵害する人間は告訴するぞ、とのメッセージを送りたくて仕方ないのでしょうかね。
しかしそのメッセージの実効性には疑問があります。まず ACCS らのプレスリリースには YouTube について書かれていません。おそらく YouTube とは別物だということを判っているのでしょう。
YouTube の問題は今回のような違法配信よりも P2P の事例に近いわけで、粛々と対処できるものではありません。侵害者の特定が難しい上に、サービス提供者に対しては中立的行為の“間接侵害”を問わねばならない。日本だと訴訟さえ起こせば「カラオケ法理」でサービス提供者を追い込めそうですが(これ自体は理不尽な判断だと個人的には思ってます)、いかんせん今回の YouTube は日本に無いですしね。権利者側からすれば扱いにくい相手でしょう。
YouTube への言及では、権利者側の言い分は極めて情けないものに終始した感があります。
映像コンテンツに関しては、このところ急増している画像共有サイトに見られる著作権侵害も悩みの種だ。ユーザーが権利者に無断でコンテンツをインターネット上に公開する例が後を絶たず、「発見した場合は削除要請を出しているが、またすぐに公開されるのでいたちごっこになってしまう。“公開させない”ことが重要だ」(AJAの青野史郎著作権委員長)。国内でもこうしたサイトの開設が相次いでいるが「サイトの開設者と協力し、著作権について詳しくない人が違法にコンテンツをアップロードしないよう、投稿時の注意などの情報提供をしていきたい」(ACCSの久保田氏)。
※ ITpro 記事より
今回の事件は、男が自身で設置したサーバから無断でストリーミング配信したことで摘発を受けたものだったが、ユーザが動画投稿サービスを利用してテレビ番組などを公開していることについて、久保田氏は「著作権的には違法」と語る。しかし、すぐに「次から次へとユーザが(動画コンテンツを)アップロードしている中で、削除要請をしても意味がない」と付け加える。「著作権侵害という観点よりも、ユーザーモラルの観点から」(同)著作物の無断配信抑制をしていきたい考えだ。これには「AJAも同様の考え」(青野氏)だ。「基本的には削除要請だけでは対策にならない」との見解を示している。
※ MYCOM ジャーナル記事より
まぁ、「いたちごっこ」は(私も今まで何度も書いてきてますが)権利者が意図してやってることでしょう。海賊行為を実質的に無意味にする方法があるというのに (“Beat the boot” ってやつですよ!)それをやらず、ただ“モグラ叩き”を繰り返すことしかしてこなかったという。自分たちが持ってる「権利」を、法の範囲内でどう使おうが彼らの勝手ではありますけどね。これが好きなのなら永遠に繰り返していただくとしましょう。
ユーザー視点で言わせてもらえば、海賊行為ってのは絶対に無くなりません。コンテンツの需要があるところ、かならず海賊版は存在します。正規流通しなくなるコンテンツなんてものが出てきてしまったら、それこそ海賊版の思うつぼです。逆に言えば、正規流通で全ての需要をカバーできれば海賊行為は無意味になります(まぁ価格の問題は常について回りますが)。そこの努力を放棄し差止めだの告訴だのと繰り返しても、何も解決しません。
「発見した場合は削除要請を出しているが、またすぐに公開されるのでいたちごっこになってしまう」のは当たり前です。代替コンテンツが無いところに海賊行為を誘発する余地があるのですから。わかってて続けてるんでしょうが。
安易に「“公開させない”ことが重要だ」と発言してしまうあたり、“権利者”としての驕りと危険な思想を感じてしまいます。ユーザーから発信能力を奪えと言ってるのに等しいのですから。行きすぎた発言と言わざるを得ません。
※YouTube 自体は中立的なサービスですからね(言うまでもないですが無断アップロードでの侵害者はその行為を行なったユーザーであって、 YouTube ではありません)、アップロードの際に権利関係を厳しくチェックするなんてことは不可能です。自作映像をアップしようとする個人ユーザーはその権利関係をどう証明するのでしょうか? アップロードの度に権利関係を調べるとなれば個人ユーザーの発信を妨げることとなります。
商用コンテンツの海賊版を防ぐために個人ユーザーの表現の自由を制限しかねないような措置を取るというのは、伝統的価値観に照らして本末転倒と言わざるを得ません。侵害行為を権利者が発見し、そのクレームを受けてサービス事業者が削除していくという方法しか採れないのです。そして、 YouTube はそれを実行しています。ならば権利者側はやれることを粛々とやるのみでしょう。
「サイトの開設者と協力し、著作権について詳しくない人が違法にコンテンツをアップロードしないよう、投稿時の注意などの情報提供をしていきたい」とのことで、まぁこちらにしてみれば、これはやるべきこととして実行してくださいまし、てな感じですか。思い通りにユーザーが行動するかは保証の限りではありませんがね。「ユーザーモラルの観点から」対処を試みて、悪戦苦闘するのもまた一興でしょう。
需要を読むことができず「モラル」に訴えるしか手段が無くなっている権利者たち。体力の続く限り足掻いてもらいたいものです。疲れてくれば、新たな視点も生じてくるでしょう。ひょっとするとユーザーの声も聞こえるようになるかも知れない(アテにはしてませんが)。
それにしても、「基本的には削除要請だけでは対策にならない」だなんて、あなた方がそれを言っちゃおしまいでしょ! “私たちには権利行使する能力はありません”と宣言しているようなもの。
※YouTube でも著作物の無断アップロードが違法なのは論を俟たないわけですが、現行制度を前提にしたときはともかく あるべき法制度を考えるなら、流通していないコンテンツのアップロードまで違法とするのは無意味ではないかと思われます。なぜなら、そのコンテンツによって権利者が経済的利益を得るとは期待できないのですから(流通させない“権利”は無視しています。一度 適法流通させたものを後で完全に引っ込めることなど不可能なため)。まして権利者側が「削除要請だけでは対策にならない」などと権利の実効性のなさを認めている以上、送信可能化権というものを存続させる意味があるのか非常に疑問です(まぁ JASRAC はこんな弱音を吐かないでしょうけど。笑)。逆の言い方をすれば、送信可能化権という強すぎる権利が存在するためにコンテンツ流通へのインセンティブが生じていないのではないかという疑問は常にあります。
※念押ししておきますが、他人の著作物を無断で配信することは現行法では間違いなく違法ですからね(後述するやり方については除外されますが)。“確信犯”的にやるのなら自己責任で(笑)。
■今回の事件で法に触れる部分──
今回の事件が (ACCS らのプレスリリースが事実だとの前提に立つ限り)違法だというのは間違いないとは思いますが、ならば どうすれば適法だったたのか少し考えてみます。
まず、法に触れていそうな部分を挙げていきますと、
○権利者に無断で著作物を配信した
○公衆(今回は特定多数)に向けて有償で送信した
○著作権フリー作品ではなかった
権利者から許諾を得て配信していたのなら勿論適法でした。ただし今回の場合、そうだったらそもそも告訴などという事態には至らなかったわけです。事件の事実関係を語る場合に この可能性を念頭に置くのは時間の無駄というものでしょう(仮に契約の解釈で対立していたのなら、まず民事訴訟から提起するのが筋でしょうし)。もし適法にやりたいならという過程の話に戻れば、 Gyao! のような許諾を受けた事業者が現に存在します。だから消して不可能な話ではない(ビジネスモデルの問題はありますがね)。
次に送信の相手について。会員制(有料)で「多い時で約 70 人、逮捕された時点では約 40 人」とのことですから、件の配信行為が「自動公衆送信」と解釈されるのも間違いないでしょう。これが特定少数相手(かつメンバー入れ替えなし)で無償だったのなら「公衆」相手ではないとして抗弁も可能だったのかも知れませんが‥‥。ちなみにロケーションフリーを設置してインターネットから個人的にアクセスする場合には、この「公衆」の要件から外れるため適法だという解釈になる筈です。これと同じ解釈が何人までなら採り得るかという話になります。
配信されていた著作物について、 ACCS らのプレスリリースで挙げられていた作品については問答無用で著作権が及びますが、世に存在する著作物には著作権の及ばないものも存在します。いわゆる著作権フリーの著作物で、別の言い方をすれば無断で配信できる作品ということですね。保護期間を満了したものとか、著作者らがあらかじめ複製・配信許諾の旨を明示しているものなどが考えられます。特に動画であれば著作権切れした映画作品が多いわけで、これを専門に配信する業者などが出てきても良いだろうになぁと個人的には思ったりします(余談ですが『ローマの休日』のような、権利が切れてるのか切れてないのか議論が分かれる作品なんかもあったりします)。特に日本映画でやってくれるところ無いかしらん。
まぁ 『464.jp』 の時もそうでしたけど、他人様から金を貰って何か配信しようって時に権利関係を全く処理しないでいるってのは、逮捕という結末に同情する気にはとてもなれませんね。手違いで僅かに問題が発生してしまったというのならともかく。
■著作権法から──
一応、関連規定を挙げておきます(私にとっても復習がてら)。
まずは著作者の権利としての公衆送信権を規定した第二十三条から。
(公衆送信権等)
第二十三条 著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。
2 著作者は、公衆送信されるその著作物を受信装置を用いて公に伝達する権利を専有する。
(昭六一法六四・見出し1項2項一部改正、平九法八六・見出し全改1項2項一部改正)
ちょこちょこ出てくる小難しい用語については第二条に定義が置かれています。
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。(中略)
七の二 公衆送信 公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信(有線電気通信設備で、その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には、同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信(プログラムの著作物の送信を除く。)を除く。)を行うことをいう。
八 放送 公衆送信のうち、公衆によつて同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行う無線通信の送信をいう。
九 放送事業者 放送を業として行なう者をいう。
九の二 有線放送 公衆送信のうち、公衆によつて同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行う有線電気通信の送信をいう。
九の三 有線放送事業者 有線放送を業として行う者をいう。
九の四 自動公衆送信 公衆送信のうち、公衆からの求めに応じ自動的に行うもの(放送又は有線放送に該当するものを除く。)をいう。
九の五 送信可能化 次のいずれかに掲げる行為により自動公衆送信し得るようにすることをいう。
イ 公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置(公衆の用に供する電気通信回線に接続することにより、その記録媒体のうち自動公衆送信の用に供する部分(以下この号において「公衆送信用記録媒体」という。)に記録され、又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する機能を有する装置をいう。以下同じ。)の公衆送信用記録媒体に情報を記録し、情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体として加え、若しくは情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に変換し、又は当該自動公衆送信装置に情報を入力すること。
ロ その公衆送信用記録媒体に情報が記録され、又は当該自動公衆送信装置に情報が入力されている自動公衆送信装置について、公衆の用に供されている電気通信回線への接続(配線、自動公衆送信装置の始動、送受信用プログラムの起動その他の一連の行為により行われる場合には、当該一連の行為のうち最後のものをいう。)を行うこと。
今回の事件では、映画著作物の著作者たる映画製作者の団体だけが告訴しているようです。実演家の権利は「ワンチャンス主義」のために及んでいないんでしょうね。
ただ一般論として(たとえばレコードに収録された著作物や放送番組など)公衆送信には著作隣接権者(放送事業者・有線放送事業者・実演家・レコード製作者)の権利も関わってきますので、それぞれの規定についても抜粋して載せておきます。
(放送権及び有線放送権)
第九十二条 実演家は、その実演を放送し、又は有線放送する権利を専有する。
2 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
一 放送される実演を有線放送する場合
二 次に掲げる実演を放送し、又は有線放送する場合
イ 前条第一項に規定する権利を有する者の許諾を得て録音され、又は録画されている実演
ロ 前条第二項の実演で同項の録音物以外の物に録音され、又は録画されているもの
(昭六一法六四・1項2項二号一部改正、平九法八六・見出し1項2項二号柱書一部改正)
(送信可能化権)
第九十二条の二 実演家は、その実演を送信可能化する権利を専有する。
2 前項の規定は、次に掲げる実演については、適用しない。
一 第九十一条第一項に規定する権利を有する者の許諾を得て録画されている実演
二 第九十一条第二項の実演で同項の録音物以外の物に録音され、又は録画されているもの
(平九法八六・追加)
(送信可能化権)
第九十六条の二 レコード製作者は、そのレコードを送信可能化する権利を専有する。
(平九法八六・追加)
(商業用レコードの二次使用)
第九十七条 放送事業者等は、商業用レコードを用いた放送又は有線放送を行つた場合(当該放送又は有線放送を受信して放送又は有線放送を行つた場合を除く。)には、そのレコード(第八条第一号から第四号までに掲げるレコードで著作隣接権の存続期間内のものに限る。)に係るレコード製作者に二次使用料を支払わなければならない。
2 第九十五条第二項及び第四項の規定は、前項に規定するレコード製作者について準用し、同条第三項の規定は、前項の規定により保護を受ける期間について準用する。この場合において、同条第二項から第四項までの規定中「国民をレコード製作者とするレコードに固定されている実演に係る実演家」とあるのは「国民であるレコード製作者」と、同条第三項中「実演家が保護を受ける期間」とあるのは「レコード製作者が保護を受ける期間」と読み替えるものとする。
3 第一項の二次使用料を受ける権利は、国内において商業用レコードの製作を業とする者の相当数を構成員とする団体(その連合体を含む。)でその同意を得て文化庁長官が指定するものがあるときは、当該団体によつてのみ行使することができる。
4 第九十五条第六項から第十四項までの規定は、第一項の二次使用料及び前項の団体について準用する。
(昭五三法四九・1項一部改正、昭六一法六四・1項一部改正、平元法四三・1項3項4項一部改正2項追加、平十四法七二・1項2項4項一部改正)
(再放送権及び有線放送権)
第九十九条 放送事業者は、その放送を受信してこれを再放送し、又は有線放送する権利を専有する。
2 前項の規定は、放送を受信して有線放送を行なう者が法令の規定により行なわなければならない有線放送については、適用しない。
(送信可能化権)
第九十九条の二 放送事業者は、その放送又はこれを受信して行なう有線放送を受信して、 その放送を送信可能化する権利を専有する。
(平成十四法七二・追加)
(テレビジョン放送の伝達権)
第百条 放送事業者は、そのテレビジョン放送又はこれを受信して行なう有線放送を受信して、影像を拡大する特別の装置を用いてその放送を公に伝達する権利を専有する。
公衆送信権には自動公衆送信(送信可能化含む)の他、放送・有線放送にかかる権利も含まれます。そんな訳で、放送・有線放送についての権利を規定した条文も含めて抜粋してみました。
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2006年7月 4日 (火)
アニメ・映画を自身の所有サーバでストリーミング配信していて逮捕
クリップをして、軽く述べるにとどめておきます。
記事を読んで疲労感が‥‥あたしゃ情けないよ。
http://www.kobe-np.co.jp/kyodonews/news/0000064838.shtml
「人気アニメを無断配信」
(神戸新聞Web News)
http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20060704-55463.html
「『ドラえもん』無断ネット配信で逮捕」
(社会ニュース : nikkansports.com)
http://japan.internet.com/busnews/20060704/5.html
「日本初の摘発、動画コンテンツのストリーミング配信による著作権侵害」
(Japan.internet.com Webビジネス)
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2006/07/04/12562.html
「映画をストリーミング配信していた男性を著作権侵害で摘発、ACCSなどが公表」
(INTERNET Watch)
ストリーミングだろうがダウンロード型だろうが、送信可能化権・複製権の侵害であることには変わりないわけですが。まぁそんなツッコミも野暮ってものでしょう。
何というか、典型的な著作権侵害事例ですよ。 『464.jp』 級の。
記者会見では ACCS 側が YouTube を引き合いに出して発言していたようなのですが(「ストリーミング」をダシに吹き込んでいるのはこの意図ですかね)、今回のはむしろ古典的なやりかたであって、自分で稼働させたサーバに著作物をアップロードし配信するというものでした。要するに、 YouTube の侵害事例よりは遙かに取り締まりやすい(その割に発見から警告・逮捕まで時間が掛かってるようですけど)。
YouTube で普段から他人の著作物をアップしているような人間には何の警告にもなりません。
じきに ACCS サイトで報告が上がるでしょうから、まぁそれを読みたいなとは思ってますけど。それでも大騒ぎするような事件ではなく、権利者も粛々と告訴していけば良いだけではないですかね。
ひとつ確かなのは、侵害しなくても良いほど便利な配信サービスが登場しない限り、こういう著作権侵害事例は無くならないってことです(サービスが登場しても全ての侵害を無くすことは出来ないでしょうけどね、まぁ抑止力はあります)。
好きこのんでやってることのようですから、どうぞ“モグラ叩き”を続けてくださいまし →権利者の方々。
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2006年6月18日 (日)
「花」の書「ソックリ」で著作権侵害が問えるか否か?(追記あり)
http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50516828.html
「進藤洋子さんカリグラフィ著作権侵害事件」
(駒沢公園行政書士事務所日記)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060617-00000022-maip-soci
「毎日新聞 - パンフ盗用 デザイナー、新潟県観光協会に仮処分申請」
(Yahoo!ニュース)
自分の作品と酷似したイラストを使用した観光パンフレットなどで著作権を侵害されたとして、ワープロソフト「一太郎」のロゴで知られるグラフィックデザイナー、進藤洋子さんが、新潟県観光協会にイラストの使用差し止めなどを求め、東京地裁に仮処分申請していたことが分かった。カリグラフィー(西洋習字)の第一人者とされる進藤さんは4月以降、再三盗用を指摘してきた。進藤さん側の弁護士によると、公的機関が指摘を無視し、使用を継続するのは異例という。【棚部秀行】
問題になっているのは、協会が6月末までの予定で展開している春の観光キャンペーン「にいがた花物語」のイラスト。漢字の「花」を題材にしたデザインで、3月以降、イラスト入りの観光パンフレット計30万部を作成し、JR東日本の駅構内で配布したほか、ポスターや協会のホームページなどでも使用している。16日午後、同地裁で開かれた第1回審尋で、協会側は全面的に争う姿勢を示した。
※Yahoo! ニュースでの毎日記事より引用
『駒沢公園行政書士事務所日記』さん経由の話題です。
問題の「花」のカリグラフィーについては、『駒沢公園〜』さんでのリンクを辿るか、上記 Yahoo! ニュース掲載の毎日記事を御覧ください。これはなかなか考えさせられますよ。
使用差止めの仮処分申請ということですが、裁判所ではどのような判断が下されるのでしょうか。カリグラフィー作品の著作物性については疑う余地はありませんが、それに「ソックリ」な後発作品が登場してしまった場合に著作権侵害を問えるのか否か。また見た目には若干の違いがあるけれども、あれを「酷似」と判断するのか否か。非常に興味があります。
※私個人としては微妙だなぁとは思うんですよね。違う作品だということは判るわけですから‥‥。
ところで、この「花」の写真を見て、どこかで見たことあるなぁと考えてたんですが。
どこだったか──実は、これも『駒沢公園〜』さんで以前紹介されていた『ソックリ広告博物館』というサイトに掲載されていたものだったんですね。
http://www.artparadise.com/museum/1/haku_hanamono.html
「Room 1」
(ソックリ広告博物館)
このサイト、「各種ヴィジュアル素材の企画・商品開発とその供給」(会社概要から引用)を行なっている会社が運営し、「ソックリ広告」を集めたものとして銘打たれています。全体のトーンとして“これだけ似てれば著作権的にまずいだろ”という方向性なのですが、あからさまな盗用に見えるものから、これは微妙だなぁというものまで、いろいろあります。
その中に「花」も採りあげられていたんですね。あれのビジュアル的なインパクトはかなりのものですから、頭の片隅に引っかかってたという。
なお、この件については、「筆文字なびに参加されているデザイン書道家の皆様の中で、進藤洋子氏を除く、 メールアドレスをお持ちの方々に宛てて(中略)アンケート調査を行いました」とのことで、クリエイターの目でみた「酷似性」がずらりと論じられています。
大体の傾向としては、「花」の形だけならともかく色づかいまで似てる以上「盗作」ではないかという論調が多いように思います。一部には「どちらとも言えない」「別の作品」との意見も(控えめにながら)あるということも興味深いところではありますが。
クリエイター視点で見れば、あそこまで似てしまう必然性がどこにあるのかという感じはします。が、結果として違う作品が生まれた場合、その多様性を尊重するのもまた著作権制度なわけで‥‥。「花」を題材にする以上、あの色づかいに別の選択の余地があるのかとか、いろいろ考えてしまいます。
結局、司法判断がどうなるのか、とそこに尽きるんですが。
※私が注目した記事を「はてなブックマーク」にクリップしています。
一部コメントつき。
http://b.hatena.ne.jp/himagine_no9
■カリグラフィの著作物性を考えるのに参考となる判例
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/4506799EEB41F89A49256A7600272B87/?OpenDocument
H 1.11.10 東京地裁 昭和62(ワ)1136 著作権 民事訴訟事件
(最高裁判所:知的財産権判決全文表示)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/2136A3559CF801D849256A7700082DB0.pdf
「平成一〇年(ワ)第一一〇一二号 著作権法に基づく差止め請求事件(第一事件)
平成一一年(ワ)第四一二八号 損害賠償請求事件(第二事件)」
(最高裁判所・ PDF)
再び『駒沢公園〜』さんの記事(追記部分)から──。
書の著作物性を判断した著名な判例として「動書書体事件」(東京地裁平成元年11.10判決 昭62(ワ)1136号)があるのですが、これに加えて 『OgacciのBoyacky』 さんで紹介されていた判例(大阪地方裁判所 平成11年09月21日平成10(ワ)11012 著作権 民事訴訟事件)についても言及されていました。
※「動書書体事件」については、『著作権判例百選』に載ってるかと思ったら、私の持ってる第三版にはありませんでした。第二版には載ってたらしいですね。残念。もっとも田村・概説(第二版)でページが割かれていますし、さっき調べたら最高裁のサイトで掲載されていました。面倒くさがらずに調べれば、知る手掛かりは結構あるものですね。(自戒として‥‥。)
ここまで紹介が重なれば“機が熟した”というか、もう読むしかないでしょ、てな具合で上記二判決に目を通しました。いや、この種の判決はだいたいそうなのですけど、かなり面白いですよ。その判断の加減ということも含めて。
──今回の「花」のカリグラフィについて考えてみても、書自体の著作物性は間違いないとしても、「ソックリ」とされる他人の書に対して著作権侵害と主張することは かなり厳しく判断される感じがあります。『駒沢公園〜』さんでも指摘されているように、色づかいという新たな要素が判断にどのような影響を与えるのかが見どころですが、「花」である以上 色づかいの選択は限られるとの主張も可能かと思われます。色づかいにおける判断がどちらにも転びかねないのではないかと。
ますます面白くなってきました(当事者にしてみれば不謹慎な話でしょうけど)。
以下、判決文からポイントを転載。
※「動書書体事件」判決より
本件書は、文字をもつて表現されているものであるから、そのうちでも字体が最も大きな要素をなすものと解される。そして、原告が本件書の複製物であると主張するものが看板に記載された文字であること及び被告らの主張に対する原告の反論2の主張内容に照らし、原告は、本件看板A及びBに表示されている文字の字体が本件書の字体に類似していることをもつて、被告らの行為が本件書の複製に当たる旨主張しているものと解される。
しかしながら、文字自体の字体は、本来、著作物性を有するものではなく、したがつてまた、これに特定人の独占的排他的権利が認められるものではなく、更に、書の字体は、同一人が書したものであつても、多くの異なつたものとなりうるのであるから、単にこれと類似するからといつて、その範囲にまで独占的な権利を認めるとすれば、その範囲は広範に及び、文字自体の字体に著作物性を認め、これにかかる権利を認めるに等しいことになるおそれがあるものといわざるをえない。したがつて、書については、単にその字体に類似するからといつて、そのことから直ちに書を複製したものということはできない、と解すべきである。
これを本件についてみるに、本件書(一)ないし(六)とこれに対応する本件看板A及びBに表示されている文字とを対比すると、各字体の間には、一見して明らかな相違があるか、せいぜい字体が単に類似するにすぎないものと認められるから、被告らの行為をもつて、本件書を複製したものとすることは困難であるというほかはない。なお、両者が、字体以外の要素、例えば、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等の点について類似していることを認めるに足りる証拠も存しない。
※大阪地裁判決(PDF 4ページ)より
文字を素材とした造形表現物が、美術の著作物として認められるためには、当該表現物が、知的、文化的精神活動の所産として、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性(後述の純粋美術としての性質)を持ったものであり、かつ、その表現物に著作権による保護を与えても、人間社会の情報伝達手段として自由な利用に供されるべき文字の本質を害しないものに限ると解するのが相当である。
文字は、視覚的には当該文字固有の字体によって識別され、その多様な組合わせ等により様々な意味を付与されることによって、人間社会における情報伝達手段を果たしているという特質を有する。したがって、文字自体は、情報伝達手段として、また、言語の著作物を創作する手段として、万人の共有財産とされるべきものである。そして、文字は当該文字固有の字体によって識別されるのであるから、多少の創作的な装飾が加えられた字体であっても、社会的に情報伝達手段として用いられる需要のある字体について、特定人に対し独占排他的な著作権を認めることは、その反面でその範囲について他人の使用を排除してしまう結果になる。そのような事態は、「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与する」という著作権法の目的(一条)に反するものであるから、これを認めることはできない。
他方、文字を素材とした造形表現物の中でも、元来美術鑑賞の対象となるような書家にによる書は、事態、筆遣い、筆勢、墨の濃淡やにじみ等の様々な要素により多様な表現が可能な中で、筆者の知的、文化的精神活動の所産としての創作的な表現をしたものとして著作物性が認められるのは当然であり、書家による書に限らず、「書」と評価できるような創作的な表現のものは、美術の著作物(著作権法一〇条一項四号)に当たると解される。そのように解しても、書は、そのまま情報伝達手段として利用すべき社会的な需要が少なく、これに独占排他的な著作権を認めても前記のような弊害を生じることはない。
※大阪地裁判決(PDF 6ページより)
「原告の趣及び華」は、文字を素材として造形表現される美術に関する著作物である。また、文字自体は、情報伝達手段として、万人の共有財産とされるべきところ、文字は当該文字固有の字体によって識別されるものであるから、同じ文字であれば、その字形が似ていてもある意味では当然である。したがって、書又はこれと同視できる創作的表現として、著作物性が認められるといっても、独占排他的な保護が認められる範囲は狭いのであって、著作物を複写しあるいは極めて類似している場合のみに、著作権の複製権を侵害するというべきであり、単に字体や書風が類似しているというだけで右権利を侵害することにはならないし、ましてや、著作権の翻案権の侵害を認めることはできない。
これを本件についてみると、別紙二上段左右側記載の「本件各趣」及び同下段記載の「本件各華」をそれぞれ対比検討すれば、「本件各趣」及び「本件各華」は、原告主張のような字体上の類似点があることは肯定できるが、いずれも単に字体や書風が類似しているにすぎず、字体の細部のほか、筆の勢い、運筆、墨の濃淡、かすれ具合等で一見明らかな相違点を随所に認めることができる。右事実によれば、「被告の趣及び華」が「原告の趣及び華」を複製したものと認めることは困難であるといわざるを得ない。
したがって、被告【E】による「被告の趣及び華」の作成行為が、「原告の趣及び華」に関する原告の著作権(複製権、翻案権)、著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害するとは認められない。
各事件の概要についてはあえて転載しませんでした。
もし興味が出てきたという方は原文に当たってみてください。そんなに難しい文章でもありませんので。
著作権の付与ないし強化が文化の発展に与えてしまう負の影響というものを論じることが多くなった昨今ではあります。でもこの「書」の世界では、それが極端な形でギリギリの攻防を以前から見せていたんですね。
これらの2つの判決文は文化論として読んでも面白いものではないかと思います。
(追記: 2006.6.19)
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2006年6月17日 (土)
いや著作権侵害されたら止めさせるのが当然の行動ですから!
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0606/15/news073.html
「YouTubeからアニメが消えた?」
(ITmedia News)
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20141507,00.htm
「EMI、著作権侵害の防止に積極攻勢--YouTubeなどに協力求める」
(CNET Japan)
http://www.asahi.com/national/update/0616/TKY200606150516.html
「映画海賊版を無料公開 在日中国人向けサイト」
(asahi.com - 社会)
──時間の問題ではありました。
YouTube には、明らかに著作権者の許諾を得ていないだろうという映像ばかりアップされていましたから(このことから即 YouTube を停止すべしとの論には与しませんのであしからず)。
時々こういう行為を「私的複製」だと勘違いする人がいるのですが、もちろんそうではありません。日本の著作権法では送信可能化権の侵害ということになります。アニメーションであれば製作会社や脚本家など、ミュージッククリップであれば作詞作曲者・映像制作者・レコード製作者・実演家などが権利者にあたりますか。
権利者が著作権侵害を発見したら、それを止めさせるというのが当然の行動と言えます。そうしないと彼らが権利を持っている意味が無いですし、下手すると得られる財産をも損ねてしまうかも知れない(“必ず損ねる”とは限らないことを敢えて指摘しておきます)。
YouTube 側とて、権利者からの指摘があれば当該映像を削除しなければならなくなるのは当然のことです。権利者を敵に回しても何の得もありませんから(今までの P2P などの流れで言えば、放置していて訴えられるのは YouTube 自身ですしねぇ)。
「宣伝になるから」なんてのは侵害者の方便に過ぎません。ネットで勝手に配信してしまうことについては、それを正当化する論理など存在しないのです。まぁ経済的な効果として実際に“宣伝になってしまう”ことは否定できないと思いますが、本当に「宣伝」を目的とするのなら、権利者から許諾を得るのが筋というものでしょう。
私個人で言えば、私的複製の範囲で友人とテープ(ないしCD・ DVD) 交換する程度ならまだしも「宣伝になるから」大目に見てもらいたいと考えるクチではあります(ここは私的複製の範囲かどうかでグレーゾーンとも言えます)。ただ法によって許されている私的複製と、法で明らかに禁じている送信可能化では話が違います。
さすがに今回の YouTube の件では著作権者を不当に非難するような声というのは無いようですが、もし明らかに違法な P2P での交換や YouTube での配信についてどうにか現状を変えたいと思うのなら、違法行為を助長させることで なし崩しに著作権制度を崩壊させるのではなく、これを可能とするような簡易許諾への道を模索するなり法改正を目指すなりして動くべきではないかと思われます(こう言っては何ですが、現行法の送信可能化権を弱める方策が必要かと思われます)。
※おっと、これはマズった。上の段、 YouTube に向けて書いたようにも読めてしまいますな。「簡易許諾への道を模索するなり法改正を目指すなりして動くべき」というのは、著作権侵害の主体であるユーザーに向けて書いたものです。(※の段のみ追記: 2006.6.17。)
ところで、海外でも YouTube に対する動きが出てきているようですね。 EMI が YouTube にアップされたミュージックビデオの監視体制を準備しているとのこと。
また、日本では YouTube に限らず、「在日中国人向けサイト」で「映画海賊版」が配信されてるという話もあるようで、まぁ後手後手にはなりますが権利者側も動き始めるといったところなのでしょう。
この件については、権利者に対してエールを送っておきましょうか(生暖かく。笑)。侵害されたら権利者が差止める。それが著作権制度のあるべき姿なのですから。
※もっとも、この権利者の負担を軽くするとかいう口実でもって、現在許されている行為を制限していくような(例えば違法配信へのアクセス禁止とか)法改定が提案されたとしたら、それには反対します。権利者は常に“もぐら叩き”をやる宿命なのですよ。それが嫌なら簡便な許諾システムを用意するなり、配信ビジネスをきちんとやるなり、あらかじめ無償配信を明示的に許諾してしまえば良いのです。努力すべきは権利者であると私は断言します。
※私が注目した記事を「はてなブックマーク」にクリップしています。
一部コメントつき。
http://b.hatena.ne.jp/himagine_no9
■はてなブックマークから──
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/06/post_d093.html
「エンドユーザーの見た著作権:
いや著作権侵害されたら止めさせるのが当然の行動ですから!」
(はてなブックマーク)
この記事をブックマークしてくださった方がいらっしゃいまして、お礼申し上げるとともに、コメントに対して反応を少々返しておきたいと思います。
※J2kawa さん
Blogタイトルが”エンドユーザーの見た著作権”なのに。なんでそう権利者視点で語るのでしょうか。
私としてはさほど「権利者視点」で語っているつもりが無いのですが。むしろ“法で決まってることだから権利者も勝手にやってろや”てな具合ですよ(文章の端々にそういうニュアンスを入れてるつもりですが‥‥まぁ私の表現力不足ということもあるでしょう)。私の普段のスタンスは、トップページで記事を幾つか読んでいただければ明らかになるのではないかと思われます。
端的に言えば、現行の著作権制度は権利を弱めていくべきだと考えていますし、それまで“ゲリラ的”な戦い方もまた有効であろうかと思います。しかし「違法」ラインに踏み入れてしまうのは別の話であって、違法行為に対し権利者側が反撃してくるのは当然の成り行きかと。
※citron_908 さん
や、それが出来そうもないからそういう手段に出るしかないわけで。そこまで話が分かるとは思えない>簡易許諾への道を模索するなり法改正を目指すなりして
それは「そういう手段に出る」ことを正当化しないと思いますよ。結局、法に触れることは変わらないわけで、捕まりゃ終わりです。もっとも「話が分かるとは思えない」とのお考えには同感です。一度痛い目に合わないと解らない業界でしょう、あれは。
「権利」を楯に好き放題やってるような連中に対して、「権利」を持たないものが戦っていくというのが現状でして、これには“ゲリラ戦”と“兵糧攻め”に限るのではないかと思っています。
法改正についてはこれからの議論だと考えています。これは何年もかかるような話でしょうけどね(CD再販ですら撤廃できずにいるもんなぁ)。
※I11 さん
圧縮によって劣化したYouTubeの映像と販売されている映像が同一であるという自称エンドユーザー氏の前提にはまったく同意できない。「権利者の財産をも損ねてしまう」という前提も専断的すぎる。
まず、著作権法上では圧縮で劣化していようが(判別できないほどの劣化だったら別物扱いかも知れませんが)「複製」「送信可能化」として扱われます。少なくとも、 YouTube で見られる程度の劣化では複製権・送信可能化権が及ぶものとして間違いないでしょう。だからこそ YouTube も削除依頼に応じているわけで。
確かに議論としては圧縮・劣化の問題は興味深いものだと思うのです。例えば私的録音録画補償金がデジタルにしか課金されていない理由として複製時の「劣化」が挙げられていたりします(アナログでは劣化するとの前提)。しかしその一方で、デジタルでの圧縮技術による劣化は全く考慮されていません。もしこれが考慮されているのなら、真っ先にMDへの課金を止めるべきですものね。
残念ながら著作権制度をめぐる議論の現状としては、圧縮技術による劣化について全く省みられていません。私個人としては“劣化する複製については権利を制限すべきではないか”との考えもない訳ではありませんが、現行法を前提に YouTube の問題を論じる以上は その論法を使うことはできません。
※現行法を改正すべきだとの議論を提起する際には、この劣化の問題を含めて論じていかねばならないと考えます。
そして「権利者の財産をも損ねてしまう」という表現について。この部分について私は注意して記述しています。すなわち「下手すると得られる財産をも損ねてしまうかも知れない(“必ず損ねる”とは限らないことを敢えて指摘しておきます)」と。また個人的所感として「経済的な効果として実際に“宣伝になってしまう”ことは否定できない」とも示唆しておきました。
この種の問題は答えが出ていないのですよ。権利者の財産を損ねることについても、宣伝効果となることについても。私個人としては後者に与する立場ですがね(だからと言って法を破っても良いかは別)。それでも権利者の財産を損ねることを否定することはできません。
※私がよくやる論法だと、「自分で買った著作物を私的複製する分には権利者に損害を与えない、それは同じ著作物を何度も買うことは一般に考えられないからだ」というやつを使ったりしますが、これは YouTube にはあまり当てはまりません。 YouTube で敢えて論じるとすれば、“YouTube で流通する映像は市販されていないものばかりであり、市場に対する損害は与え得ない”くらいのものですか。これとて「著作権侵害」という事実の前には脆いもの。
現行の著作権法には議論の余地が存在します。それは間違いありません。
しかし、だからといって法を破っても良いことにはならない。 YouTube での著作権侵害について権利者が行動を起こすこと自体については我々は何も言えない立場なのです。
もっとも YouTube というサービス自体を潰すことを権利者にさせるべきなのか、という点については私も否定しますけれどね。ここは譲れない一線です。
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著作物なら「引用」──小ネタ
http://d.hatena.ne.jp/ekken/20060615/p1
「おー、盗作疑惑だ。」
(越後屋)
http://icanthelphatingsex.g.hatena.ne.jp/noon75/20060614/p1
「出所を明記しない引用について」
(正午日記(「セックスなんてくそくらえ」管理人日誌))
はてなブックマークというサービスがありまして(私もいつも使ってます)、自分がブックマークしておきたいウェブページを記録・公開できるようになっています。で、この各ウェブページに対してそれぞれコメントを付けられるようになっています。リンクと一口コメントだけのブログみたいなものを想像していただくとよろしいかと。
そのコメントを別ブログで「引用」したときは出所の明示をするべきじゃないのかという問題提起をなさっている方がいらっしゃいます。
当該コメント欄は全角文字で 100 文字程度しか書けません。自分の感想を書き込むには充分なスペースと言い難いところがあります(それでも初期の 50 文字よりはかなり楽になりました)。賛同するか反論するか、多くの場合はその片方に絞らなければならないし、またその表現の選択肢もかなり限られてくると言わざるを得ません。
ところで「引用」する際に出所の明示が法で定められているのは、その「引用」元が著作物である場合です(著作権法の規定ですからね)。その著作権法の大前提は、まず表現を保護するものであってアイディアを保護するものではないということ(だから同じ趣旨を語っているというだけでは著作権侵害には当たりません)、そして保護される著作物には「創作性」が必要だということです。
ここではてなブックマークについて考えると、コメントとして書かれた文章が「著作物」と呼ぶに相応しい内容なのかと疑問に思えてきませんか? 100 文字をフルに使った文章をそのままコピペしたというのでなく、その一部が共通しているだけというのであれば尚更‥‥。
『越後屋』さんにしても『正午日記』さんにしても、はてブコメントが「著作物」であるという前提で発言なさっているようなのが不思議です。
※もっとも、 100 文字程度で著作物たる可能性は(個々については)残っています。あくまでも「創作性」で判断されてるところですから。俳句は 17 文字、短歌は 31 文字なわけで、文字数だけで「創作性」が否定されるものでもない。ただ「創作性」を主張した読売新聞の見出しはことごとく「創作性」を否定された(「ありふれた表現」との司法判断があった)ことがより参考になろうかと思います。
ただし営利目的の“フリーライド”が看過できないことを理由に、著作権法ではなく民法の「不法行為」に当たるとされましたね、読売見出し訴訟の場合。
※それともうひとつ。「引用」とされた表現が本当に「引用」なのか、それとも偶然似ただけなのかという論点も当然発生します。今回の件でそれを深く追求するのはどうかと思うので軽く触れるにとどめておきます(なお『越後屋』さんがそれを指摘なさっていますね)。
※私が注目した記事を「はてなブックマーク」にクリップしています。
一部コメントつき。
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2006年6月12日 (月)
「香りの著作物性」
http://blog.drecom.jp/ecolin_profile/archive/828
「香りにも著作権だって?これはおフランスのお話(笑)」
(ふっかつ!れしのお探しモノげっき)
http://www.itlaw.jp/thierry.pdf
「香りの著作物性」
(インフォテック法律事務所・ PDF)
『ふっかつ!れしのお探しモノげっき』さんの記事から──。
フランスで、香水の香りに著作物性を認めた裁判判決が出たのだそうです。
ネタ元の共同通信記事によると、「ロレアルなど6社」が「ベルギーの企業」を相手取って訴えていたもので、似た香りの香水をめぐって著作権侵害かどうかを争ったということなのでしょう。記事では「著作権」という直接の表現はなく、「知的所有権」「独創性」「盗作」という言葉で間接的に示されています(たぶん認められたのは著作権で間違いないでしょう)。
この部分を最初読んでた時は“へぇさよけ”てな感じでさほど興味も湧かなかったのですけど、れしさんが同じ記事で紹介なさってた論文を読んでみると これが面白くて!
その論文、井奈波朋子さんという弁護士のものなのですが、ここでは 1999 年の裁判について論じられています。つまり冒頭で触れた裁判とは別物で、原告が「ティエリー・ミュグレー・パルファン社」で相手が「GBLモリナール社」とのことです。香水の香りが著作物たりえるという判断が為された前例ということになりますね。
もっともこちらの判決は、問題になった香水の香りの著作物性が「真に否定されえず」という微妙な言い回しで判示されていたり、客観的には類似性の判断が付きかねる内容だったり(裁判所としては「類似」としたようですが)、しかも原告が実は“著作権”を持っていなかった(別の会社の開発した香水だった)ので請求が認められなかったという“腰砕け”だったんですね。
それでも後の裁判への影響力があったのか否か、今度はきっちり「独創性」を認めて損害賠償を命じる判決(こちらは冒頭のやつ)が出てしまったという。香水、おそるべしです。
論文の方に話を戻します(行ったり来たりしてますが)。
この裁判の経過で面白いなぁと思ったのが類似性の判断方法です。「2つの香水のクロマトグラフィー分析」「調香師による判定」「電気機器を用いた調香による分析」「消費者テスト」──とまぁ、思いつく限りの方法で比較しています。ここまでやるか、と感心しました。
で、結果なのですが──クロマトグラフィーでは、構成要素の 87.5 %が共通するとする微妙な結果。調香師は「同じ系統のものであることは認定したが、香りが似通っている関係にある香水が他にも存在することを指摘」。電気機器では「100回のテストで95回にわたって2つの香水を同じものと混同した」らしいのですが、所詮機械(仕組みが気になりますよねぇ)。そして大傑作だったのが消費者テストで、「2つの香水は似ていないとの解答が過半数を上回った」!
最終的には原告側の香水が「グルメの香りという新傾向を打ち出してから類似の香水を置いたことなどの被告の態度に着目して、ただ乗り行為でありかつ不正競争行為と認定した」のだそうです、裁判所は。あんなに頑張って比較分析したのが活かされているのでしょうか? (しかも原告の請求を否定してるし。笑。)
私などは香水とは全く縁のない生活を送ってまして(こうやって書くと、まるで私が寂しい奴みたいだなぁ)、花でも ちょっと匂いのキツイやつだと頭がクラクラし、洗濯洗剤の香料でも吐き気を催す(ちと大げさに書いてますが)ほどですので、まぁ香水というものがどう作られてるかについては全く知らない訳です。
この論文の中では、香水を開発することがどれだけ大変な作業か、どれだけ創作性が要求されるものか──が熱く描かれています。これを読んでて、“へぇさよけ”‥‥じゃない、成程と思わされた次第ではあります。
ただ、著作物性ありとの共通認識があまり無さそうな香りのことですから、創作の認定は裁判の都度なされるのでしょう。たぶん著作物性が認められるハードルも高そうな気がしますし(自然に存在する香りや今まで発売された香水との比較、つまり「独創性」が真に必要なわけですから)、著作権を認めたら認めたで、類似する香水を如何に判断していくのかという点でまた難しくなるかと思われます。頭痛くなってきました(笑)。
ともあれ興味深い論文を読ませていただきました、と。
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なぞなぞ:アメリカの著作権法からフェアユースを抜いたら何が残る?
http://blog.livedoor.jp/whats_my_scene/archives/50407715.html
「アメリカでフェアユースという概念が無くなるかもしれないという話」
(what's my scene? ver.7.0)
http://news.com.com/2100-1028_3-6081874.html
「House panel OKs digital licensing bill」
(CNET News.com)
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20136707,00.htm
「米下院小委員会、新たなデジタル著作権法案を承認」
(CNET Japan)
『what's my scene?』 さんの記事から──。
いま米国で著作権法改定案が審議されているそうです。著作物の複製行為に対する著作権使用料を権利者が受け取れるようにする内容なのだとか。オリジナル記事は CNET (英語)のもので、日本語訳もあるにはあります。ただ 『CNET Japan』 での訳では段落の重要度を判断できてないというか、単に国主体の著作権集中管理機構が実現する(かも知れない)程度の内容にしか読めません。本当に重要視し訳すべきなのは、日本版では割愛された後半部なのですが。
この法案が成立すると、個人が私的利用目的の非商用複製をするのに権利者の許諾を得なければならなくなる(ようにする機会となる)そうです。簡便な許諾システムを用意してやるから逐一許諾を求めろということなんでしょうか。記事では 「VCR や TiVo でのタイムシフト録画を始め、ラジオからアナログカセットやCDに録音することにまで及ぶ」と指摘しています。
つまるところ、権利強化ばかり進んでいる米国において、著作物流通促進の“最後の砦”であるフェアユース規定が浸食されてしまいかねないという話。複製については実質無効化ということになりますか。
米国ではエンドユーザーの側に立って こうした動きに対抗していく団体もあるので、このままで終わるとは思いませんが──日本の著作権法は欧米の後追いをしたがる傾向があるので、下手を打つと明日は我が身なんてことにもなりかねません(既に私的録音録画補償金などという理不尽な制度がある訳ですし)。
日本ではフェアユース規定の追加(権利制限と入れ替えるのではなく)が先だと思いますがね!
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53年問題: 『シェーン』の廉価版についても提訴
http://www.asahi.com/culture/update/0610/008.html
「『シェーン』も廉価版提訴 米映画会社など」
(asahi.com - 文化芸能)
廉価版DVDをめぐり、53年に公開された映画の著作権保護期間の解釈が映画業界で分かれている問題で、同年公開の米国映画「シェーン」の廉価版DVDの製造・販売の差し止めと損害賠償を求めて、米国の映画会社などが今年2月、DVD販売会社と原盤供給会社を東京地裁に訴えていたことがわかった。
訴えたのはパラマウント・ピクチャーズ・コーポレーション(本社・米国)と東北新社(本社・東京)。「シェーン」の著作権はパ社にあり、日本でのDVD製造・販売などの権利は東北新社が所有していると主張している。
著作権が切れてるか存続してるかで議論のある 1953 年公開作品について、廉価版 DVD の製造・販売を差止めるよう仮処分申請があったとの報道は先日話題になりました。その話題の続きということになるのでしょうが、仮処分申請に加えて損害賠償を求める訴訟もあったことが「わかった」そうです。
前の報道は5月 25 日付でしたか、『ローマの休日』と『第十七捕虜収容所』の2作品を対象にパラマウントが仮処分申請したという話でしたね。この申請日は5月 12 日とのことでした。
そして今回「わかった」のが『シェーン』を対象にしたもの。原告はパラマウントに加えて東北新社の名も。映画好きには馴染みのある配給会社ですが、『シェーン』の日本での販売権を持っているのがここだそうです。仮処分申請・損害賠償の相手は明らかにされていません(この点は『ローマの休日』他でも同じでした)。
さて、ハッとさせられたのは『シェーン』にかかる提訴の時期です。朝日記事によれば「今年2月」なんですね。つまり『ローマの休日』よりも先だったという。しょっぱなにガツンとやっておいて、あとは仮処分申請でゆるゆると締めていく感じだったんでしょうか。
この調子で 1953 年の有名作を全部差止めていく気だったりして‥‥って、そんなことは無いかな?
1953 年に公開された映画作品が問題となるのは、これが本来 2003 年末で保護期間満了となる予定だった(公開翌年起算で 50 年間)ところ、 2004 年から保護期間が 70 年へと延長されてしまったからなんですね。改定法施行の時点で保護期間が満了しているものについては延長が認められませんので、保護期間満了の時点が 2003 年と 2004 年の境界にあるものについて生じてしまった解釈上の問題と言えます。
ちなみに文化庁の解釈は、保護満了の 2003 年末が新法施行の 2004 年に隣接するから保護期間延長の対象となる、つまり 1953 年公開作品も著作権が存続しているというものです。法学者の間でも一般的な解釈もどうやらこれらしいです。
まぁ私からしてみれば納得しがたい“論理”ではあるのですが、とりあえずパラマウントらによる提訴の根拠はここにあります。最終的には司法が判断するものであり、その司法も主流の解釈に沿うことが予想されるとなると‥‥あまり嬉しい結末にはならない感じがしますね。
この著作権保護期間の件は、『ローマの休日』が話題になったときにうちでも採りあげています(今回よりは若干詳しく書いてますよ)。併せて お読みいただければ幸いです。
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/05/post_dd62.html
「著作権保護期間:文化庁の解釈が司法判断で否定されるか?(追記あり)」
(エンドユーザーの見た著作権)
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一部コメントつき。
http://b.hatena.ne.jp/himagine_no9
■『シェーン』こそコンテンツ死蔵の典型例だった!?
http://d.hatena.ne.jp/mktkun/20060610
「遙かなる山の呼び声」
(Dig That Crazy Grave! 2)
この『シェーン』提訴の話を はてな経由で色々読んでました。で、 『Dig That Crazy Grave! 2』 さんの指摘にハッとさせられたのです。
──そうなんですよ、『シェーン』は正規 DVD 化されてないんですよ!
以前(と言ってもだいぶ昔)にはビデオ化されてた筈です。私が最初に『シェーン』を見たのがレンタルビデオででしたから間違いありません。しかし今となっては DVD として流通していなければ話にならないでしょうし、これだけ廉価 DVD が発売され、その販売を差止めようとするのなら正規 DVD を出しておかないと筋が通りません(注:著作権行使に流通実態は関係ありませんが、私は道義的責任としてそれを求めたい)。
「著作権者」とやらに限りない権利を与えていたところで それが流通の促進を生まないという典型例だったのかも知れませんね、『シェーン』は。
これだから著作権の延長なんかしても(以下略)。
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2006年5月31日 (水)
「ソフトウェア開発・販売と著作権の間接侵害規定に関する調査研究」 ──を入手したい人はメール・ファクスでも申し込めます。
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/05/post_aef2.html
「『間接侵害とカラオケ法理』」
(エンドユーザーの見た著作権)
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20060530/1148921294
「ソフトウェア開発・販売と著作権の間接侵害規定に関する調査研究」
(言いたい放題)
http://www.softic.or.jp/publication/reports.html
「調査研究報告書」
(SOFTEC)
小倉弁護士が寄稿した(とブログに書かれてた)ことで私が存在を知り、『言いたい放題』さんも入手の意思を表明して、『駒沢公園行政書士事務所日記』さんが既に入手された SOFTEC の報告書の話(続き)です。
『言いたい放題』さんによると、 SOFTEC のサイトにも当該報告書についての案内が出たそうなんですね。リンク先で示されているメールアドレスに問い合わせると入手できるようになります(ファクスでも問い合わせ可だそうです)。送料のみの負担で戴けるそうで ありがたい限りです。
──私も申し込んでいて、到着待ちです(先方からのメールでは発送の手配をしていただいたとのこと)。
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2006年5月29日 (月)
頭の体操には良いけど、試験問題として接するのは御免こうむりたい
http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50496963.html
「[新司法試験]知的財産法の問題(著作権法)」
(駒沢公園行政書士事務所日記)
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060529/1148856941
「読むだけなら、面白い。」
(企業法務戦士の雑感)
出版社Aは,その発行する美術雑誌に新作美術作品の紹介記事を連載しているところ,職業写真家である甲に対し,同美術雑誌の次号の記事で紹介する作品の写真を撮影することを依頼した。その際,甲はAから,撮影する作品は日本の伝統芸能の一つである浄瑠璃芝居に用いられる文楽人形αであり,文楽人形細工師乙が創作した新作品であること,乙は文楽人形αが写真撮影されることを承諾して撮影への協力を引き受けたこと,写真の掲載に当たっては写真撮影者の表示はしないこと,写真原版は雑誌発行後に甲に返還することについて説明を受け,甲は写真撮影を承諾した。そして,甲は,写真βを撮影し,その写真原版をAに引き渡した。
写真βは,文楽舞台において,衣装等を着けて鼓を持たせた文楽人形αを斜めから撮影したカラー写真であり,乙は,衣装等をつけた文楽人形αと鼓を撮影現場に持参し,自ら人形を操作してそのポーズを決め,甲は,写真構図,採光,露光,シャッタースピード等を決めてシャッターを切ったものである。
出版社Aは,写真βを文楽人形α及び乙の紹介記事とともに掲載( 写真撮影者の表示はない 。)した美術雑誌を発行した。その後,Aは,経営不振のため美術雑誌の発行を継続することができなくなり,写真βの写真原版は甲に返還されないままとなっていた。
商業用カレンダーの製作を業とする会社丙は,出版社Aからその保有するすべての写真原版を買い受けたところ,その中に写真βの写真原版があったことから,これを顧客に配布する自社のカレンダー用の写真として利用することとした。その際,丙は,自社のカレンダー仕様に合わせるために写真βの左右の2辺を一部削除したので,その背景の一部がカットされた。丙はこの写真を自社の来年度のカレンダーに掲載した。
甲及び乙は,それぞれ丙に対して,著作権法上いかなる法的主張が可能か。
※論文式私見問題集[知的財産法] 第2問
『駒沢公園行政書士事務所日記』さん経由。
今年の司法試験、知的財産法の論文問題で著作権に関するものが出題されたのだそうです。
パッと見では、写真家・甲は権利を主張できそうですけど、文楽人形の作者・乙には権利が無さそう(注:私は素人ですので、あくまで素人考え──しかも「パッと見」のものです)。
この問題を考える際の方向性については、『企業法務戦士の雑感』さんの記事が参考になります。「読むだけなら、面白い」というのは同感ですね、ここから論文を組立てる(しかも判例を示しながら‥‥)なんて想像しただけで頭クラクラです。
学生時代、一応 法学部にも知合いがいたりしましたが、どう考えても私に縁のある世界だとは思えませんでしたよ。もう小難しいことやりまくりで。まさか今の自分が著作権法やら判決文やら(趣味で)読むようになるとは思いもしませんでした。
そうそう、例の問題ですけど、文楽人形の著作物性を問いだすと複雑になりそうです。確か博多人形の著作物性を認めた判例がありましたし、逆にフィギュアで著作物性が認められかった判例もありましたから。文楽人形の著作物性をどう考えるのか‥‥ってその前に、文楽人形そのものについても知っておかないとならない?
──俺、素人でよかったわ。読んで面白がればそれで終わりなんだもの。
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一部コメントつき。
http://b.hatena.ne.jp/himagine_no9
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だいたい“盗作疑惑”なんてのは言いがかりが多いんだけど── (追記+追記あり)
http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200605/sha2006052905.html
「洋画家・和田義彦氏、作品酷似で文化庁に調査うける」
(SANSPO.COM > 社会)
今春の芸術選奨で文科大臣賞を受けた洋画家の和田義彦氏(66)が、主な受賞理由だった昨年の展覧会に、知人のイタリア人画家の絵と酷似した作品を多数出展したとして文化庁が調査していることが28日わかった。
「盗作された」とする伊画家に対し、和田氏は「似た作品」と認めながら「同じモチーフで制作したもので、盗作ではない」と主張している。
他にも記事を出しているところはあるのですが、写真つきで報じているのはサンスポだけでした。
‥‥しかし、よく「似」てますね。
“盗作疑惑”などと大々的に報じられるものの多くは著作権侵害と言えないようなもので、「言いがかり」じゃないかというケースが多いものなのですが、これはいくら何でも「似た作品」というレベルではないでしょうよ。モチーフは勿論のこと、構図も何もかも同じなんですから(逆に言えば、同じモチーフでも、角度が変わってるとか配置が換わってるとかしてるのなら まだしも議論の余地があったでしょうよ)。
しかも日刊スポーツの記事では、パクられたアルベルト・スギ氏のコメントが載ってまして、曰く「彼は毎年遊びに来て、私の作品を写真に撮っていた」。もう何だかって感じです。
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一部コメントつき。
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■盗作騒動:写真掲載記事
http://www.asahi.com/national/update/0529/TKY200605290154.html
「芸術選奨の画家が盗作? 文化庁が調査に着手」
(asahi.com - 社会)
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20060530i217.htm?from=main2
「“盗作被害”訴えの伊の画家、『東京で私の展覧会を』」
(文化 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞))
http://www.sankei.co.jp/news/060530/kok056.htm
「『2人の絵、並べて展示を』 アルベルト・スギ氏側(05/30 10:41)」
(Sankei Web 国際)
私がこの記事を書いたときには、ウェブ上で写真を掲載した報道はサンスポのものしか見つかりませんでした。が、他にも幾つかあったようです(なお本紙では写真を載せたところが多かったのではないでしょうか)。
サンスポでは「ナイトクラブ」が掲載されていたところ、朝日では「母子像」が、読売でも(作品名は判りませんが)別の作品が掲載されていました。何だか、ダブらないように気を遣ったかのようですね。それにしても、いずれも元ネタとされる絵とよく似てること似てること(てか同じ)。
産経の記事(オリジナルは共同通信の記事の模様)で、盗作された方のスギ氏側のコメントが振るってます。
29日のイタリアのANSA通信によると、洋画家の和田義彦氏に作品を盗作されたと訴えているイタリア人画家、アルベルト・スギ氏の弁護士は、盗作であることを証明するために「東京で両氏の絵を並べて展示する展覧会を開くよう日本の文化庁に要望していく」と語った。(中略)
ANSAによると、スギ氏の友人の弁護士は「(和田氏の行為は)イタリアでも、日本でも犯罪だ。スギ氏の展覧会を開き、できれば、和田氏の絵の出来の悪さを示すために2人の絵を並べてほしい」と話した。
──芸術家としてのプライドと自信を感じさせる発言、カッコイイ!
※弁護士が独断で出した発言だったりしたら笑えますけど(いや名言だよ! もしそうだとしてもグッジョブだ。)
ところで、上記の報道に関して 『Copy & Copyright Diary』 さんが角度を変えて言及されています。著作権のことですけれども。
報道の中で当該著作物の写真(これは、利用態様として「複製」に当たります)を載せていますが、これは著作権法に権利制限規定があるため適法の著作物利用ということになります。そして、その権利制限は社会に対する利益というものを考慮されて設けられたものです(報道目的利用の権利制限については、言論の自由を確保するというのが理由とされます)。著作権はその限界をあらかじめ考慮されて設定された人工的な権利と言えます。
──その辺りのことを端的に表現されている文章なので、読者の皆さんにも是非お読みいただけたらと思います。私もこの見解に同感です。
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20060530/p1
「報道と権利の制限」
(Copy & Copyright Diary)
※しっかし、この種の話をしたりすると、また「蹂躙される権利」とか言い出す人がいたりしないかい? どうだい?
(追記:2006.5.31)
■和田「画伯」のいけない指先、その後
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-100.html
「洋画家和田義彦氏の盗作疑惑問題」
(Because It's There)
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-101.html
「洋画家和田義彦氏の盗作疑惑問題〜東郷青児美術館大賞も取り消し」
(Because It's There)
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-102.html
「洋画家和田義彦氏の盗作疑惑問題〜盗作問題の責任は誰にあるのか?」
(Because It's There)
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/blog-category-4.html
「美術展評 和田盗作事件」
(ART TOUCH)
話題の盗作絵画、本人は否定し続けてるのですが次々と周りが“盗作認定”してしまい、賞が次々と取りあげられるという珍妙な状態になっております(いや当たり前の話か)。この辺りの経緯は 『Because It's There』 さんが追いかけていらっしゃいますのでそちらをお読みいただくとして。
『Because It's There』 さんは今回の事件の責任の所在を「美術業界」の体質にも求めていらっしゃって、 『ART TOUCH』 というブログさんを紹介なさっています。この視点で業界を追求されている方のようで、非常に興味深い内容でした。
ちなみに私がこの記事を書いた時には著作権だけを考えました。しかも「考え」たというほどのこともなく、単に“あれクロじゃん”と呟いただけなんですが。絵画のことって、門外漢にはよく解らないところではありますね。
(追記: 2006.6.12)
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2006年5月27日 (土)
「間接侵害とカラオケ法理」
http://benli.cocolog-nifty.com/benli/2006/05/post_eb17.html
「間接侵害とカラオケ法理」
(benli)
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20060525/1148488268
「ソフトウェア開発・販売と著作権の間接侵害規定に関する調査研究」
(言いたい放題)
http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50494260.html
「書籍案内『ソフトウェア開発・販売と著作権の間接侵害規定に関する調査研究』
((財)ソフトウェア情報センター刊)」
(駒沢公園行政書士事務所日記)
『benli』 の小倉弁護士が寄稿したという『ソフトウェア開発・販売と著作権の間接侵害規定に関する調査研究』(ソフトウェア情報センター)。間接侵害や「カラオケ法理」は著作権関連の訴訟でよく焦点とされます。私も興味が無いわけではないので入手方法を探っていたのですが、『言いたい放題』さんで紹介されていたサイト(ソフトウェア情報センターの公式のもの)へ行ってもそれらしい案内が見られず、まごまごしていました。
そんな中で『駒沢公園行政書士事務所日記』さんが当該書籍を入手されたようです。直接問い合わせをされたそうで。
「担当の方のお話では、本調査研究は経済産業省委託調査事業であることから時期は不明だが、経産省のサイトに本書の内容がアップされるであろうとのことでした」──とのことですので、先に書籍で入手するもよし、後で経産省サイトから入手するもよし、ですかね。
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一部コメントつき。
http://b.hatena.ne.jp/himagine_no9
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2006年5月17日 (水)
著作権侵害の境界を考えさせられる事例集 ──イラストレーターの言いなりには判断できないなぁ
http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50483445.html
「ソックリ広告博物館」
(駒沢公園行政書士事務所日記)
http://www.artparadise.com/museum/index.shtml
「ソックリ広告博物館」
(株式会社アートバンク)
『駒沢公園行政書士事務所日記』さんで紹介されていたこのサイト。イラストレーターの作品をパクッたっぽい広告の実例を集めていらっしゃいます(運営しているのはイラストの権利処理をやってるところみたいですね)。
こりゃ露骨にコピーだろという事例から、著作権的に本当に侵害と判断できるのか微妙な例などいろいろあります。余談ですけど、“パクリ”事例で不動産関係が多いのはどういう訳なんでしょうかね?
当該サイトはイラストレーター視点で作られているようです。だから、イラストレーター側が「これは俺の作品のパクリだ!」と主張しているのが伝わってきます(考えすぎじゃないですよね?)。しかし‥‥私が部外者であるせいか、その主張をそのまま受け入れる気にはなれませんね。
著作権がアイディアを保護するものではないのはよく言われることです。また、画風も保護の対象とはなりません。そこに留意して見ていくと、元絵をそのままコピーするような論外の事例はともかくとして、著作権侵害とは言えないのではないかと思われる事例も含まれているような気がします。
他方、パクリだと言われている方の後発イラストについて考えても、どうも創造性が見られないようなものが多々あります(もちろんコピーものは論外)。明らかに“元絵”の方が構図・フィニッシュワークともに高い完成度であったり、そもそも後発イラストが“元絵”からのパクリを疑われるほど酷似した構図を使う必然性があるようには見えなかったりで。
まぁどちらの作品に対しても厳しく見過ぎることは可能なわけで、仮に争うとしたら「著作物性」と「依拠性」「酷似性」をシビアに判断するしかないんでしょうね(まんまコピーの複製権侵害事例ならばあっさり判断されるでしょうけど、翻案権絡みだと、あまり広く認定すれば後発の作品の表現を制限しかねないですから かなり厳しく判断される筈です)。
──いざ裁判になったら、イラストレーター側の思い通りには著作権侵害が認められないと思いますよ。一部の事例については。
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2006年5月13日 (土)
著作権行使と、国民の理解
http://d.hatena.ne.jp/bn2islander/20060512/1147442788
「権利者と利用者のバランス」
(memorandum)
http://d.hatena.ne.jp/bn2islander/20060511/1147353543
「『権利者団体』が嫌われないための3つの提言」
(memorandum)
http://cef.sblo.jp/article/674202.html
「『権利者団体』が『悪』な訳」
(著作権教育フォーラムブログ)
http://cef.sblo.jp/article/570254.html
「権利者団体は悪の団体か?(その1)」
(著作権教育フォーラムブログ)
http://cef.sblo.jp/article/616143.html
「権利者団体は悪の団体か(その2)
〜普通の人からみた『権利者団体』」
(著作権教育フォーラムブログ)
http://cef.sblo.jp/article/622969.html
「権利者団体は悪の団体か(その3)
〜利用者からみた『権利団体』」
(著作権教育フォーラムブログ)
http://ohbentoh.blog16.fc2.com/blog-entry-49.html
「著作権行使は悪なのか?(2)」
(著作権マニア)
http://ohbentoh.blog16.fc2.com/blog-entry-48.html
「著作権行使は悪なのか?」
(著作権マニア)
シンクロニシティというか(いろいろ切っ掛けはあるんでしょうけど)、最近 著作権管理団体のことで同じような角度から論じるブロガーさんが立て続けに出てきたのでクリップしておきます。
『memorandum』 さんでは「権利者と利用者の力関係のバランスが取れていないことが、権利者団体が叩かれている最大の理由だと思う」とされており、利用者の側で団体を組織することを提案されています(その前の記事では権利者団体の力を弱めるなどの大胆な「与太話」を披露されていたりしますが)。まぁ一理あるとは思いますが、その実現は難しいでしょうねぇ。実際に誰かが行動しないかぎり構想に留まるというか。
『著作権教育フォーラムブログ』さんでは「権利者団体はアピールが下手」と痛烈な指摘がなされています(同感ですね。これに先行して掲載された記事「権利者団体は悪の団体か?」では、利用者側の理解不足という点についても指摘されています)。
『著作権マニア』さんでは村上隆氏の例を引いて、むしろ「著作権者が著作権を行使すること自体に嫌悪感を示す最近の風潮はいかがなものか」と苦言を呈されています。
あ、私もこのネタでちょこっと書いた記事があります。恥ずかしながら大したことは書いてないですけど。
さて。私も再度考えてみましょうか。
「権利者団体は悪の団体」なのか? いや冒頭で紹介した記事でも書かれている通り、権利者団体の存在意義を考えれば「悪の団体」なのか否かスパッと答えが出ることはありません。さまざまな側面を持っているのですから(私見ですが「悪の団体」であるという命題を否定することも出来ないと思います)。
またエンドユーザー(権利者団体と直接やりとりする利用者も含む)から見て、仮にその団体に対して充分な理解がなかったとしても、「悪の団体」と断じることをしているのか。いや、そうじゃないだろうと私は考えます。
権利者が「著作権」を主張する場面でも色々あるわけで、次のような分類が可能です。
1.社会的コンセンサスの取れた場面での権利行使
2.社会通念から乖離した権利行使
3.そもそも権利として確立していない部分での“権利行使”の主張
1では、コンテンツ流通にかかる権利処理の殆どは勿論のこと、海賊盤の取締りや 『464.jp』 の事件などが当たります。こうした権利行使に対しては利用者から「嫌悪感」や「怨嗟」の表明があったでしょうか? むしろ当然のこととして受け止められているのではないでしょうか(エンドユーザー側から見ても、ここを忘れるとつい「悪の団体」とか単純に言いがちですな)。
2では、確かに法規定では権利ありとなっているけれども、そこで行使してしまうと やりすぎだろと思われる事例。赤本に対する著作物利用差止めとか、ジャズ喫茶への過重な取り立てなどが ここに入るでしょうね。 JASRAC の使用料規程がどうも合理的じゃないとかいうのもここ。こうした部分は法規定がある以上、エンドユーザー側でも反応は分かれるところ。私は「悪の団体!」的な言論に流れがちではありますが、当然の権利行使と受け止める人がいることは否定しません。
3が最も話題となり、エンドユーザーの反発を食う場面と言えるでしょう。村上隆氏の対ナルミヤ裁判であったり(私はこれを「権利行使」と呼ぶべき事例ではないと考えています──まぁ判決も出てないですしね)、読売新聞の見出し訴訟がここに当たります。裁判でも真っ先に「著作物性」が争われる領域。シロクロ付けようと思うと裁判以外に方法が無いところが悩ましいのですが、権利者がここまで踏み込んでしまうとネガティブな文脈で語られてしまうのは致し方ないでしょう(判例が出ることで法解釈が確定していくため、一概に悪いものとは言えないんですけどね)。
なお ある事例が上のどこに分類されるかは判断する人によって異なります。“学説の違い”ってものもあるでしょうし。私は上のように振り分けていますが、他の方なら上記の事例すら他の区分に入れるかも知れません。議論のネタは尽きませんね。
「悪の〜」とか「善の〜」とかいう二元論で行けば、「権利行使」の形はいろいろあるのに無視されてしまう領域というものが必ず出てきます。だからなるべく範囲を限定しつつ論じたいところなのですが‥‥ついつい話を判りやすくするのに端折ってしまうのも確か。
──気を付けないとならないなぁ。
※私流に言わせて貰えば、エンドユーザーから反発があるのは上記の2・3の事例においてです。この領域は法解釈としても社会通念としても議論の余地があるのであり、むしろ権利者団体に対する異議が出てくるのは当然であろうかと思います。問題はそこから議論が深まらないところにあります。
※私が注目した記事を「はてなブックマーク」にクリップしています。
一部コメントつき。
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通信・放送懇の「あーそうですか」的 論点整理(案)
http://plusdblog.itmedia.co.jp/nishitadashi/2006/05/nhk_adba.html
「『あーそうですか』の竹中NHK改革」
(西正が贈るメディア情報)
http://www.soumu.go.jp/menu_01/kaiken/back_01/d-news/2006/0509_r_1.html
「竹中総務大臣記者会見の概要
通信・放送の在り方に関する懇談会(第11回)終了後」
(総務省)
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/tsushin_hosou/pdf/060509_3_1.pdf
「論点整理(案)」
(総務省・ PDF)
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/tsushin_hosou/index.html
「通信・放送の在り方に関する懇談会」
(総務省)
うちでは しばらく採りあげてなかったんですが、総務省「通信・放送の在り方に関する懇談会」の話。もう 11回 もやってるんですね。
この会合で「論点整理」なる文書が出てきたそうなんですが(4ページほどの PDF で、簡単なものです)、この懇談会に対してかねてより辛辣なコメントを出している『西正が贈るメディア情報』さんに刺激されて私も少し触れておきます。もっとも私は西氏とは異なる考えの持ち主ですし(さらに言えば通信・放送懇の面々とも一致しない)、普段はむしろ氏の主張に反発を覚えるクチだったりするのですけど。
──「あーそうですか」ってのは同感ですね。何いってんだか、ってな内容なんですよ。
「論点整理」が意味不明に見えるのは、件の懇談会が非公開のものであって議論の詳細を参照できないのが一因でしょう(いや議論の前提からして納得しかねるものだったりもしますが、それを言っちゃおしまいなので小声にしておきますが。笑)。総務省サイトに掲載された配付資料か、会合の後で開かれる「記者会見の概要」でしか会合の中身を窺う術はありません。
『朝まで生テレビ』に松原座長が出てた時には“記者会見もやってるから懇談会は非公開ではない”とか宣ってましたが、これこそ「何いってんだか」って感じです。一般の傍聴を認めるとか、議事録をきちんと作るとかしないと「公開」とは言えませんがな。まぁ関連業界からのヒアリングの時みたいに、公開してた会合も例外としてあるにはあったんですが。
「論点整理」の妥当性を云々できるのはそれからに思えます。仮に公開したらしたで論理的欠陥を指摘され袋だたきになる可能性もありますがね。
第11回 で配布された「論点整理(案)」に話を戻しましょう。私の感想を述べるということしかできませんけど。
「通信・放送の制度的な枠組みが、融合の進展、デジタル化・IP化のメリットの社会への浸透を阻害している面があるのではないか」とか言っておきながら、「著作権法上の対応」という項目では「役務利用放送事業者によるIPマルチキャスト放送」に限定した提言しか出していません。確かにこここそが急を要する部分ではありますが、「融合」だなんて大風呂敷を広げた割には狭い話だとは思いませんか。そのくせ「現行の通信・放送で二分された法体系を全面的に見直し」なんて地に足のついてない夢物語を出してきたりするし。
そもそもね、法体系の「全面的」見直しって論理的に可能なんですか? 個人間の通信と放送は別物ですし、不特定多数を相手にした“放送的”通信についてでも全てが全て「放送」(数々の責務や参入条件を負わされています)とは同じ扱いを必ずしも出来ないわけですよ。逆に放送法における「放送」に限る法体系を成立させたところで、それにどんな意味があるのか。それ以外の部分はやはり著作権法に頼るしかないのですから(むしろ放送を他の法律に任せてしまったら、著作権保護のバランスを取りづらくはなりませんかね?)。
著作権法に対しても「有線放送区分の撤廃等の根本改正を早期に行なうべきではないか」などと書いてますが、じゃあ有線放送特有の再送信の扱いをどうする気なんでしょう。
※どこまで会合の中で話し合われているのか‥‥すみません、私はまだ詳細を把握していないので判断は保留します。ちょっと時間が出来たら調べてみます。
NHK に関する話も「何なんだか」。
経営委員会を強化して、チャンネルを減らして、受信料を値下げすれば支払いを「義務化」しても理解されるとかいう考え方。──違うでしょそりゃ。一般に問題とされているのは NHK が「公共放送(=国民のための放送)」に相応しい体質へと改善していけるのかであって、現行のような(国会に首根っこ掴まれた)組織を温存したのでは何の解決にもなりません。
それどころか、 「NHK の経営資源を日本の国益のために有効活用すべき」とか言って、まるで NHK が「国営放送」であるかのような口ぶり。私は懇談会が「国際放送」とやらを強く訴えてるあたりにも違和感を覚えるのですが、これらのことが「公共放送」に受信料を支払っている国民の理解を得ているのか。そこを気にするデリカシーはありませんかね。万一 受信料支払い「義務化」なんてことになれば、ますます全国民の総意というものが反映されないと拙くなりますよ。
要はね、言ってることとやってることが乖離してるんですよ。「公共放送」でなく「国営放送」がやりたいのなら、受信料じゃなく税金でやれよ。
NHK を公共放送として存続させたいのであれば、とにかく国家権力から可能な限り切り離して“民営化”すべきです(一定の規制は必要かと思いますけどね)。すなわち受信料を払っている人たちの声を運営に反映させるよう努力する、と。体勢を根本的に変えねばならないでしょうが、受信料を取っている以上は本来これが最優先されるべきです。たえず国の機嫌を窺うなど愚の骨頂、それを招く組織構成(法規定)にも問題があります。
「声を運営に反映させるよう努力」しても、 NHK の在り方に納得できず金を払いたくないという人たちは絶対に出てくるでしょう。だからそもそも論として受信料の「義務化」などあってはなりません。 NHK を見るのか見ないのか(すなわち受信料を払うのか払わないのか)というのは、 NHK のやっていることを承認するのか承認しないのかという決定的な意思表示法なのですから。
NHK がきちんと「公共放送」の務めを全うしているのかは国民ひとりひとりが判断すべきことです。その判断の結果、受信料を払うのか払わないのかを決める。この判断がそれぞれに尊重されるべきです(この点では、私は「公共放送」の“重要性”を説く方々といは考えが一致しません)。私などは今の NHK は最早「公共放送」への改善すら見込めないと思っていますので。報道姿勢しかり、受信料支払者の声を反映できない組織しかり。政治に擦り寄ったまま放送を続けるのなら さっさとスクランブル化でも何でもやって、見てる人だけが金を払うようにした方が国民からの支持も目に見えるってものです。あるいは税金で運営する「国営放送」にしちまうとかね。
懇談会に出てる人ですら“スクランブル化なんてしたら受信料を払う人が激減する”てなことを口走ってしまうような有様ですよ。そんな中で「義務化」したところで、意にそぐわず金をむしり取られる人が多く出るのは明らかであり、不満が大きくなっていくだけです。テレビを棄てて契約を拒否する人が増えるのが関の山でしょう。
NHK の体質を根本的に改善できず、スクランブル化は嫌、でも受信料支払いは「義務化」なんてのは論理矛盾以外の何物でもありません。この3つは同じ前提において並立する事象ではありません。こんなところにも件の懇談会の「何なんだか」という一面があります。
※「公共放送」であろうとすれば、「国営放送」然とした今の NHK はそれに反します。受信料徴収に合理性を求めればスクランブル化は必須です。今のままで受信料支払いを「義務化」すれば、受信料は一種の「税金」と化します(まさに国営化!)。
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2006年5月11日 (木)
著作権侵害が親告罪でなくなる(かもしれない)黒魔術
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20060510/p1
「共謀罪と著作権」
(Copy & Copyright Diary)
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20060511/1147280070
「共謀罪と親告罪」
(言いたい放題)
いま国会で緊迫状態を引き起こしている「共謀罪」創設法案ですが、著作権に関して 『Copy & Copyright Diary』 さんが疑問を提示されています。著作権侵害は既遂だと親告罪なのですが、未遂で「共謀罪」となったときに親告罪のままなのかどうかという話。その答えについては『言いたい放題』さんを御覧ください。
ちなみに私はこのブログでは共謀罪について採りあげてないのですが、これからでも共謀罪に注目していきたい方は以下のブックマークを参照してください(継続的に採りあげていらっしゃるブロガーさんもかなりいます)。
http://b.hatena.ne.jp/himagine_no9/共謀罪/
「試される。ネタ候補 / 共謀罪」
(はてなブックマーク)
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2006年5月10日 (水)
BitTorrent、 今度は映画の合法配信だって
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20106588,00.htm
「PtoPソフトのビットトレント、映画会社と販売契約を締結」
(CNET Japan)
合法 P2P への道を着実に歩んでいる BitTorrent。 ファイル交換ソフト潰しと情報流出に汲々とするどこかの国をよそに、今度は映画やテレビ番組の有償配信を始めることで合意したのだとか(合意相手はワーナーですって)。
実は音楽の世界では KING CRIMSON が既に配信を始めてまして、コアなファンに嬉しい悲鳴を上げさせています。
こういう試みがどんどん広がっていけば面白いんですけど(今のところ徐々に徐々にって感じですよね)。
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2006年4月27日 (木)
YouTube、 かなり人気らしい
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2006/04/27/11821.html
「YouTube」日本から212万人が訪問、平均利用時間は米ユーザーを上回る
(INTERNET Watch)
うちではあまり採りあげてこなかったんですけど、 YouTube の話題を。
その利用状況(調査結果)が発表されたようで、日本からの利用者がわんさといるのが判ったんだそうです。そうだろうと薄々とは思っていても、いざ数字で示されると凄いインパクトですね。
動画共有というこの手のサイトには付きものの著作権問題ですが、いやどう考えても無断アップロードだろってのがオンパレードなんですよね。その中でも注目を集めたのが『新世紀エヴァンゲリオン』の全話アップだったんですが。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.youtube.com/view_play_list?p=595A40209CB17411
「YouTube - 新世紀エヴァンゲリオン」
(はてなブックマーク)
http://www.dlareme.org/archives/000191.html
「懐かしいアニメの違法コピー放流は、
権利者にとって利益にかなうのかもしれない」
(DLAREME)
エヴァと言えば、テレビ版・LD/ビデオ版(あと最初の DVD もそうかな)・劇場版 (25・26話 作り直し)・リニューアル DVD と、ことあるごとにアップデートを繰り返してきています。その意味では、売る側にしてみれば「懐かしいアニメ」という意識ではなく今もなお資本を投入し回収しなければならない作品であると言えるのではないでしょうか。「違法コピー」によって露出が増えるのが権利者の「利益」になるとは一概に言えない例ではないかと思われます。
記事の書かれかたが微妙で、あたかも「違法コピー放流」を容認しているかのようにも読めてしまいますが、筆者の方にはそういう意図は無さそうです(追記部分を見た限り)。なお、売り手が自ら戦略的に「コピー放流」をやるのであれば、一種のプロモーションとして理想的展開ではあると私も思います。
まぁテレビ本放送から追っかけていて、初期版が手元にある私としては、新版の様子を探るのに YouTube が使えるとすれば視聴への強い誘惑になるのは確かだったりします。いや、このアップロードは著作権侵害だと思ってますけどね(仮にアップロードしたのが米国人だったとしてもフェアユースじゃないよねぇ? 日本人だったら多分アウト)。
──あ、今は削除されてますよ。
私に全話見るだけの時間があるわけないし(その気力も無い)。
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著作物かも疑わしい「アート」が、著作権侵害と認められない場面で金を生んだという話
http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50459256.html
「村上隆さんのキャラクター著作権侵害事案和解」
(駒沢公園行政書士事務所日記)
http://www.kaikaikiki.co.jp/news/list/murakamis_lawsuit/
「村上隆が訴訟提起した著作権侵害事件の和解による終了について
| 活動レポート | カイカイキキ : アート作品制作・マネジメント」
(Kaikai Kiki Co.,Ltd.)
結構話題になっているので、今さら私が付け加えることも無かったりしますが──
そもそも原告のキャラクター自体に著作権が発生するのか疑わしい上に、ナルミヤ側のキャラクターが「著作権侵害」したものなのかも怪しいという。ナルミヤの旧デザインと新デザインとで「酷似」性の司法判断(いちおう示されたようですね)が分かれているのも興味深いところですが。
結局 和解し、金を貰うことで騒ぐのをやめたという感じですかね。
アートがどうとかいう以前の問題として、村上キャラに「著作権」を認めるべきかということを真剣に考えるべきでしょう。「著作権」というやつは“類似”した表現を他人がすることすら禁止できていしまう強力な権利なのですから。
あれがそうした強い保護を受けるにふさわしい創作性を有した「著作物」なのか否か。さらには、あれに権利を認めることで他人の創作を阻害することとならないのか否か。
ナルミヤのキャラクターが「ただ乗り」目的であったのか、村上キャラに実際に依拠したものだったのか──も含めて、争おうと思えば指摘できる点はいくらでもあったように思います。
あくまでも外野の(無責任な)気分でしかありませんが、判決でシロクロつけて貰いたかったですね。
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20060426/p1
「村上隆氏と横尾忠則氏」
(Copy & Copyright Diary)
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20060425
「村上隆のDOBのモデルってミッキーマウスじゃないの?」
(ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記)
http://gitanez.seesaa.net/article/17077215.html
「村上隆時代の終わり、日本アート空白の時代の再来」
(DESIGN IT! w/LOVE)
この件に関して、インパクトのある言及記事を拾ってみました。リンクを辿るとさらに多くの記事が読めます。
私としては、特に 『Copy & Copyright Diary』 さんが指摘されていることに共感します。今回のような事例は、著作権(しかも当該事例が著作権侵害なのか微妙)を振りかざした「ビッグネーム」が要求をごり押ししているように見えるのです。片や本来著作権を持っているとは言い難い人間が声の大きさをもって要求を通し、片や「無名アーチストの権利が大企業によって本当に侵害された場合」にその保護が受けられないとしたら‥‥。もちろん仮定での話ではありますが、これほど皮肉な状況もありますまい。
著作権制度の現状として、著作物を生み出している その人よりも、投資をし「権利」によって金を生み出していく企業の方が優遇されているという一面もあるわけでして。あながちその「仮定」が仮定とは言えないぞと思ったりします。
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2006年2月22日 (水)
『言いたい放題』さんによる「日本国憲法と著作権」
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20060221/CC010
「日本国憲法と著作権」
(言いたい放題)
『言いたい放題』さんで、「日本国憲法と著作権」と題された連載が始まっています。1年ほど前に書かれながら未公表だったものを「実質的な変更はせずに」掲載されていくようです。詳しい構成は目次ページを御覧ください。
『言いたい放題』さんの記事は解りやすくて、いつも利用させて戴いております(個人的で勝手な話ですが)。今回の連載も楽しみです。
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「フランスP2P合法化動議騒動の後日談」
http://benli.cocolog-nifty.com/benli/2006/02/post_32f0.html
「フランスP2P合法化動議騒動の後日談」
(benli)
http://d.hatena.ne.jp/fenestrae/20060115#p1
「F-POP祭出演者たちのP2P交換合法化反対宣言−−後味の悪い土曜日の夜」
(fenestrae)
小倉弁護士の 『benli』 経由、フランスでの 「P2P 合法化動議」(そしてその法案に対して F-POP 祭出演者が反対宣言を出したのだとか)に関する記事が 『fenestrae』 さんに掲載されたそうです。
なかなか興味深い経緯ではあります。
──自分用メモでした。
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2006年2月15日 (水)
意外と遅い決着 ──マンガ無断配信サイト、経営者逮捕
http://www.asahi.com/national/update/0214/SEB200602140002.html
「人気漫画を無断でHPに、ネット喫茶経営の男ら逮捕」
(asahi.com - 社会)
http://www.sankei.co.jp/news/060214/sha047.htm
「ネットで漫画を無断配信、マンガ喫茶経営者ら逮捕
全国初摘発(02/14 12:49)」
(Sankei Web 社会)
『464.jp』 とかいう“コミック立ち読みサイト”──あからさまに著作権侵害くさいサイトが 1月25日に サービス停止して以来、3週間弱でサイト運営者(マンガ喫茶経営者)の逮捕と相成りました。上には代表的な報道として朝日新聞と産経新聞を挙げておきます。
時系列としては、去年の9月のうちに権利者側からクレームがつき、今年 1月5日に 福岡県警に告訴(問題のマンガ喫茶は東京にあるんですが、最初にサイトを見つけて捜査を始めていたのが福岡県警なんですって)。 『464.jp』 で有料化の予定を前倒しして会費を集め始めたのが 1月23日。 そして「サービス停止」が 1月25日── この日には、実は警察の捜索が入っていたんですね。 『464.jp』 の説明では、さも権利者側からのクレームでやめたかのように書かれていました。事態はそれ以上に深刻だったという。
それにしても‥‥ 1月25日に 捜索が入っていて、逮捕が 2月14日 というのも意外に時間を食ってるというか。ファイルが多いものだからサーバーの分析に手こずってたんでしょうかね?
私としては気になるのが「全日本漫画著作権管理機構」とやらの存在。 『464.jp』 のトップページに ここが「監修」しているかのように表示をし、さも著作権処理をしているかのように見せかけていたのでした。いや、どう考えてもおかしいんですけど(しかも「全日本漫画著作権管理機構」とやらのサイトの運営者も件のマンガ喫茶経営者でした)。このことに触れているのは読売新聞の記事でした。
曰く「ホームページには『全日本漫画著作権管理機構監修』と活動実態のない団体名を表記し、適正な著作権処理を行っているように見せかけていた」。結構 踏み込んで書いているんですが、我々素人が確認できない部分での裏取りは行なわれているのでしょうか。まぁ件の団体が著作権等管理事業者ではないのは明らか(文化庁のサイトを調べれば判ります)ですし、権利者側の団体が無許諾と言ってるのですから間違いないのでしょうけど。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060214i405.htm
「人気漫画をネットに無断掲載、漫画喫茶経営者ら初摘発」
(社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞))
もうひとつ気になるのが集金された会費ですね。各紙とりあげていまして、 約1000人が (騙されて) 計200万円 支払ってるらしいです。サイトの運営状態自体が怪しさ全開だったわけですけど、当初「4月から有料」とか言ってたのを前倒しして(しかも「4月から」の「予約」と称して)集金したのですから、怪しい以外の何物でもないのですが‥‥そうですか、払ってしまいましたか‥‥。
中国新聞の記事によれば「顧問弁護士は『著作権法に違反する』と指摘したというが、村元容疑者は同課の調べに『どうせ違反するなら全部でも一緒だと思い、本の全量を配信した』と供述した」とのことです。後半の「どうせ違反するなら全部でも一緒」の迷言は他の新聞でも載ってましたが、顧問弁護士が著作権侵害との指摘をしたと伝えているのはここだけです。
http://www.chugoku-np.co.jp/NewsPack/CN2006021401001772_National.html
「著作権法違反承知で継続 人気漫画のネット配信」
(中国新聞・社会)
http://slashdot.jp/article.pl?sid=06/02/14/0419214
「コミック全ページを無断配信していた 464.jp 遂に逮捕」
(スラッシュドット ジャパン)
ついでに。『スラッシュドット ジャパン』での書き込みによれば(これも伝聞ですが)、今回逮捕されたマンガ喫茶経営者の過去(らしき情報)が暴露されています。これが事実だとすれば、 『464.jp』 の集金も“確信犯”っぽく見えてくるわけで‥‥。
うちのブログでは、“宣伝”になるのが嫌で 『464.jp』 のことは「サービス停止」の時だけ記事にしたのですが、この時すでに捜索が入っていたとは想像もしてませんでした。ここ数日アクセス数が上がっていたので何か動きがあるのかと気になってて、結局この逮捕劇と相成ったわけです。各種報道が記事にする前に何か情報でも流れてたんでしょうかねぇ?(それとも報道関係者のアクセス?)
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/01/_464jp__1d81.html
「著作権侵害“コミック立ち読みサイト” 464.jp サービス停止」
(エンドユーザーの見た著作権)
■勝利宣言と驕り
http://www2.accsjp.or.jp/news/news060214.html
「ネットでコミックを無断送信、古本売買サイト運営者ら3人逮捕」
(ACCS/著作権侵害事件)
勝利宣言というか、 ACCS (コンピュータソフトウェア著作権協会)でもプレスリリースが出ています(当日に記者会見もやったようですね)。
ここでは「摘発までの経緯」など(当事者だけあって)詳細なレポートとなっています(少なくとも新聞記事よりは細かいですね)。 「『464.jp』 について」との項目も用意されており、「A(引用者注:逮捕されたマンガ喫茶経営者のこと)らは、『464.jp』のページ上に『全日本漫画著作権管理機構監修』と表記するなど、適切な著作権処理を行っているかのような印象を与えていました。しかし、『全日本漫画著作権管理機構』については団体の実態がなく、同機構名のドメイン取得者はA本人であることが判明しています」とか、「自らの違法行為に基づいて強制捜査を受けた事実には一切触れず、あたかも、コミック作家側との著作権契約等の不調が理由で、自主的に配信を停止したかのように説明していました」とか、描写が細かいだけに興味を惹く部分もあります(新聞報道のソースにはこちらも含まれているんですかね?)。
さて。気になる部分もあります。「21世紀のコミック作家の著作権を考える会について」と題された段落で次のように書かれていました。
新古書店やコミック喫茶の店舗数が急増し、作家に対して著作権使用料が支払われないままにコミックが消費されていますが、このまま作家の著作権を軽視する状況が続けば、日本が世界に誇るコミック文化が衰退するという危機感を抱いたコミック作家、出版社が、平成12年4月に設立した団体。(中略)平成16年には、書籍・雑誌に対する貸与権の適用を求めて、著作権法改正にも寄与しました。
どさくさ紛れに好き勝手なことを書いてますね。
新古書店を含む中古売買については、いわゆる権利者に対して何の断りもなく行なうことができます(譲渡権の消尽というやつです)。また、「コミック喫茶」のように客にただ本を読ませることは「著作権」の及ぶところではありません。つまり、この「21世紀のコミック作家の著作権を考える会」は著作権でも何でもないものを「著作権」と呼び 金銭を要求している訳です。こうした主張を平気でできるあたり、「作家」であることで驕っているとしか言いようがありません(既に再販制で保護を受けているわけで、まぁこれのせいでコミックが売れないのだとしたらザマァなかったりしますが)。
しかも、「平成16年には、書籍・雑誌に対する貸与権の適用を求めて、著作権法改正にも寄与しました」とか抜かすに至っては、何か忘れてやいませんか──と声を大にして言いたい。未だに出版物貸与権管理センターは運用できないでいるのですよ。 2004年6月に 法案成立するまで散々「すぐに管理事業者が立ち上がる」みたいなことを繰り返した(弘兼某氏)にもかかわらず、 2005年1月の 当該改定著作権法施行に向けて立ち上げられる筈の管理センターは文化庁へ登録されたのが 2004年12月2日。 管理委託契約約款の文化庁への届出が 2005年3月28日って、 貸与権はすでに付与されてるんですけど。貸与権管理センターは使用料規程を文化庁へ提出して 30日 してからでないと実運用ができない決まり(著作権等管理事業法 第14条) なのですが、その使用料規程は 2006年2月時点で 未提出。この落とし前は誰が付けるんですかね? →弘兼某殿。
確かに今回の村元某氏は逮捕されて当然のことをやった訳ですよ(グレーゾーンでも何でもなく、明らかな著作権侵害)。しかし、それは「21世紀のコミック作家の著作権を考える会」がいい気になってシュプレヒコールを挙げる機会にしてはならないのです。あの無茶苦茶な“論理”を正当化させるわけにはいきません。
もっとも、今回 共同歩調を取っている ACCS も「中古ゲーム撲滅」の主張を相変わらず掲げているわけですが。
“権利”ボケしてる人たちは失敗から学ばないということなのかも知れません。
■全日本漫画著作権管理機構関連
『464.jp』 運営者逮捕以来、「全日本漫画著作権管理機構」で検索して うちにいらっしゃる方が多いようで。
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/ne_06021503.htm
「漫画ネット掲載事件、逮捕の男が架空の著作権料システム宣伝」
(週間ニュース : 九州発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞))
「全日本漫画著作権管理機構」のインチキは既知のものでありますが、読売新聞が警察発表らしきものを嬉々として報道しております(しかも一部 日本語が通じてないんですけど?)。これ自体は別に面白味が無いのですが、福岡県警で取り調べてるから「九州発」なんですかね。
さて、「全日本漫画著作権管理機構」とは如何なる組織だったのか。今では公式サイトが消えていますから、それが姿を現した当時の各種記事を振り返って“偲ぶ”ことにしましょう。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://414510.jp/
「全日本漫画著作権管理機構」
(はてなブックマーク)
▲ ブックマーカーによる反応。概ね冷たい(笑)。
http://d.hatena.ne.jp/foo_fighter/20050921/p1
「謎の立ち読みサイト464.jpについて」
(第三幕第一場)
▲ 『464.jp』 の胡散臭さを検証。
ドメイン取得者に関するレポートも。
http://d.hatena.ne.jp/Maybe-na/20051210
「芋けんぴ」
(ラブラブドキュンパックリコ)
▲ 「全日本漫画著作権管理機構」が掲げていた文章を転載。
著作権的にどーよとも思うのだが、こういう転載のおかげで
いま件の文章が読めるのも事実。
あと 『464.jp』 への取材を申し込んでいた方もいらっしゃったんですね。
http://kankan2.blog26.fc2.com/blog-category-2.html
「KANKAN IT関連ニュース」
『464.jp』 側の対応の胡散臭さがまた何とも。
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2006年2月10日 (金)
著作権に「鈍感」「敏感」って何?
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20060208/p1
「著作権に鈍感な人、敏感な人」
(Copy & Copyright Diary)
『Copy & Copyright Diary』 さんの記事。先日、梅田望夫・著『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』が発売されたのですけど、これの一文に違和感を表明されています。「著作権についての論争がヒートアップしやすいのは、議論の当事者が、著作権に鈍感な人と著作権に極めて敏感な人とに別れていて、その間に深い溝があるからだ。そしてその溝は、『その人たちが何によって生計を立てているか』『これから何によって生計を立てたいと考えているか』の違いによって生まれている場合が多い」 (182ページ) ──この文章には確かに私も違和感を覚えます。
件の本自体は、インターネット社会の現状をまとめたものとして結構納得できる内容だったりします。書き手側としては これで“まとめ終了”ではなくて、これからもネット社会は変化し ここでのまとめは叩き台に過ぎないとのスタンスのようです。
それだけに、「著作権に鈍感な人と著作権に極めて敏感な人」云々の一文が目立ってしまうというか。実際の「著作権についての論争」が「鈍感な人」と「敏感な人」との間のものなのかを考えれば、この例えのおかしさが判るかと思われます。著作権保護期間延長問題しかり、書籍・雑誌貸与権問題しかり、中古規制問題しかり、「輸入権」問題しかり、私的録音録画補償金問題しかり‥‥実は双方の側に「鈍感な人」も「敏感な人」もいるわけで、これは対立項でも何でもないのですよ(余談ですけど、この「鈍感」「敏感」的な分け方って JASRAC 等のレッテル貼りに近いものを感じますよね。さも現行制度に異を唱えれば“理解がない”かのような)。「敏感」だからこそ著作権強化に異を唱える声も上がり、「鈍感」だからこそ現行著作権制度の矛盾を放置することだって想定できます。
勿体ないなぁと思うのは、その直後に「その人たちが何によって生計を立てているか」「これから何によって生計を立てたいと考えているか」という対立項も立てているところです。それだってどう見ても「敏感」「鈍感」とは関わりのない論の立て方でしょう。前者はすでに現行著作権制度で生計を立てているということ、後者は必ずしも現行著作権制度で生計を立てることを想定しない(できない?)ということです。
私はあえて次の対立項を強調したいところです。「従来の著作権制度を志向する人」と「未来にあるべき著作権制度を志向する人」──梅田望夫さんの表現をもじったような感じではありますが、前から感じていた問題意識です(ただし私のオリジナルだと主張する気はありませんけどね)。今の著作権関連トピックで衝突しているのは、著作権が強化されることで未来の創作が阻害されていくという事実をどれだけ重く受け止めるのか、あるいは今 受け取っている利益さえ確保できれば未来のこと(特に創作者)など構わないと考えるのか、そういった点ではないでしょうか。
今までに形作られてきた著作権制度はコンテンツホルダー(それは必ずしも著作者ではない)の政治力の賜でした。そして現行著作権制度(既得権)にこだわる向きというのは、既に作られた著作物に対する執着であって未来に生まれてくるべき著作物は向いていません。──向いているのなら、著作物の死蔵や禁止権の保持・濫用に疑義が出て然るべきですものね。
そうした問題意識で最初の「著作権についての論争がヒートアップしやすい」理由を考えると、やはり「鈍感」「敏感」という論の立て方には首を傾げざるを得ないところであります。
■「梅田望夫がブロガーと語る『ウェブ進化論』」
──余談ですけど、この本の出版に併せてイベントが開催されたのだそうです。ついでにリンクを張っておきます。
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20060207/p1
「梅田望夫がブロガーと語る『ウェブ進化論』ポッドキャスティング」
(My Life Between Silicon Valley and Japan)
http://d.hatena.ne.jp/pekeq/20060208/p1
「梅田望夫がブロガーと語る『ウェブ進化論』ログ」
(近況)
http://bb.watch.impress.co.jp/cda/event/12759.html
「【梅田望夫がブロガーと語る「ウェブ進化論」】
ネット社会で既存メディアはどう変化するのか」
(BroadBandWatch)
http://bb.watch.impress.co.jp/cda/event/12760.html
「【梅田望夫がブロガーと語る「ウェブ進化論」】
グリー山岸氏やはてな川崎氏と語る『これからのSNSとブログ』」
(BroadBandWatch)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0602/08/news070.html
(ITmediaニュース)
「ブロガーと梅田望夫が語る
『どうなる? マスとネットの力関係』 (1/3)」
なお実際の本に興味のある方は、 『Copy 〜』さんの記事を経由して買ってみてください。あえてうちではアフェリエイトリンクを張りませんので。
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2006年2月 2日 (木)
「著作権」病理の根の深さと、憲法学に見る一筋の光明
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20060201/p2
「著作権パーティ」
(Copy & Copyright Diary)
http://www.cric.or.jp/news/news.html#03
「平成17年度『著作権パーティー』を盛大に開催」
(CRICニュース)
『Copy & Copyright Diary』 さん経由、 去年の 12月2日に 開催された「著作権パーティ」の模様が著作権情報センター (CRIC) サイトで報告されています。読みどころは、 『Copy 〜』さんも引用されている来賓・辰野裕一氏(文化庁 長官官房審議官)の挨拶と阿部浩二氏 (CRIC 附属著作権研究所所長)の乾杯の発声です。
辰野裕一氏──
一部に著作権がデジタル化・ネットワーク化の中で著作物流通の阻害要因であるかのような声がございますが、著作権問題は権利処理の問題であるとわかっていらっしゃるしっかりとした事業活動を行っている方はそのようなことはおっしゃいません。著作権を取り巻く状況が大きく変わってきておりますが、著作権という人権を守り、他方で円滑な流通を推進していくために、皆様方のお知恵を拝借しながらさまざまな検討を進めていきたいと考えております。
まず、「著作権がデジタル化・ネットワーク化の中で著作物流通の阻害要因である」ことが“誤解”であるかのような口ぶり。電子出版が身勝手な仕様・高価格のために全く軌道に乗らないこと、音楽配信への音源提供が一向に進まない(それどころか一部アーティストについては その希望に反して提供音源を引っ込めたりする)こと、音楽流通における廃盤や出版流通における絶版のようにそもそも著作物が入手不可能となるなど、「権利処理の問題」ではなく権利者の意識の問題で発生する流通阻害が現に存在する訳ですよ。これについての言及なくして「わかっていらっしゃる」かどうか判断できやしません。特に、文化庁側はお忘れかも知れませんがね、還流防止措置なぞは自由貿易主義に反し「著作物流通の阻害」以外の何物でもないですぜ。
しかも著作権=人権思想にかぶれてるともあれば‥‥文化庁における病理の根の深さを見る思いですな(法制小委での「審議の経過」や分科会報告書を読んでないんですかね)。
で、極めつけが阿部浩二氏──
ご理解のない方から著作権を悪者にするような声がありますが、著作権のような人間の人格の発露を保護することについては、大いに皆様方と力を合わせて頑張ってまいりたいと考えております。
はぁ?
「ご理解のない方」ですか。ちなみに阿部浩二氏と言えば私的録音録画補償金を実現させた“戦犯”の一人なのですが、要するにその時にきちんとした議論(理論構築)をやっておかなかったために今 iPod がらみで紛糾するような事態に陥ってしまったのですよ。権利者側・メーカー側でナシをつけるということしかしなかったために、未だに広く理解されようがないメチャクチャな制度を創設してしまった(その“論理”のおかしさは還流防止措置と同レベルだと言えるでしょう)。はたして「理解」を得ようとしてたんですかねぇ?
見解の異なる意見に対して何でもかんでも「誤解」だとか「理解のない」だとかレッテル貼りして議論を深めようとしないのは、どういうわけか権利者側・著作権制度推進側に多く見られるのですよね。 JASRAC しかり文化庁しかり。これもまた根の深い「病理」のひとつであると言えます。
また著作権が「人間の人格の発露を保護」するかのような口ぶりですが、逆に今後の「人間の人格の発露」を禁じる可能性もあることをどこまで意識しているのでしょうか。現行著作権制度において禁止権である必要が本当にあるのかと疑わしい場面は幾つもあるのですがね。
『企業法務戦士の雑感』さんで紹介されている『法学教室』 2006年2月号 掲載の連載記事 『Interactive 憲法-B助教授の生活と意見』がそのあたりの問題を指摘しているという話です(私はまだ読んでません。これから探してみて読んでみようと思っています)。孫引きで恐縮ですが、「『著作権者の表現活動の促進』という制度目的は、『著作権侵害を問われる側』の表現の自由に配慮したものとはいえないこと」など、憲法学者としての見解が大変示唆に富む内容のようです。
『企業法務〜』さんの「とりあえず、審議会メンバーに憲法学者を入れることから始めたらどうだろう」との提案は私も同意するところです。少なくとも今回 CRIC のパーティで挨拶したお二人のような考えの持ち主よりは、「ご理解」を得ることが可能になるかと思いますね。
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060202/1138811472
「憲法学者はなぜ著作権を勉強する必要がないか?」
(企業法務戦士の雑感)
■『法学教室』の当該記事を読んでみました
◆論点講座: Interactive 憲法 ──B助教授の生活と意見
「第19回 憲法学者はなぜ著作権を勉強する必要がないか?」
長谷部恭男(東京大学教授)
法学教室 2006 Feb. NO. 305
P.33 - 35
(有斐閣)
──が、本文の方は『企業法務〜』さんのまとめ そのままでしたね。もう少し突っ込んだ話を展開してるのかと期待していたのですが‥‥。
もっとも その中での指摘の価値は揺らぎますまい。それと、私のような法学素人からすれば脚注を読むのも勉強になります。
「憲法学の視角からこの問題(引用者注:表現の自由と著作権の関係)を扱う数少ない文献の一つ」として、「山口いつ子『表現の自由と著作権』相澤英孝ほか編『知的財産法の理論と現代的課題──中山信弘先生還暦記念』(弘文堂、 2005)」 が紹介されていました。この論文集の存在は他でも聞いていましたが、これを切っ掛けに当たってみたいなと思っています(でもどこにあるべかねぇ‥‥北大法学部か?)。
(追記: 2006.2.3)
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2006年1月30日 (月)
入試問題・受験勉強と著作権
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20060129/p1
「期待を込めて紹介」
(Copy & Copyright Diary)
http://d.hatena.ne.jp/phenotex/
「入試過去問と著作権を考える blog」
『Copy & Copyright Diary』 さんで あるブログを紹介していました。『入試過去問と著作権を考える blog』 さんです。最近 話題になっている、入試問題(国語)にかかる著作権の問題を中心に扱っていらっしゃいます。出版社が過去問題集を出したり 予備校が入試問題を使おうとすると、著作者から待ったが掛かるアレですね。
『入試過去問〜』さんがユニークなところは、大学入試の問題に「書き下ろし」や「没後五十年を経た」(つまり著作権が切れた)ものを使ってはどうかと提案されている部分です(私などだと すぐ権利制限の方に頭が行ってしまいますけど‥‥)。発想の転換と言えるものかも知れませんが、正論です(ちょっと細かいことを言うと、「書き下ろし」でやる時でも著作権回りの配慮は必要です)。
他の話題の記事でも、かなり共感できるものがあります。
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著作権侵害“コミック立ち読みサイト” 464.jp サービス停止
http://gomame.cocolog-nifty.com/library_copyright/2006/01/464jp_9cbd.html
「464.jp、ついに配信停止・・・」
(Library & Copyright)
http://464.jp/
「まんが・コミックの464.jp」
『Library & Copyright』 さん経由、ネット上にコミック画像(全ページ!)をアップロードして“立ち読み”させるという趣旨のサイト 「464.jp」 が「サービス」を停止したそうです。案の定、著作者側からストップが掛かったようで。
──あたりまえです。
どう考えても著作者に許諾を得たようには見えず(だって著作者側は貸与権を処理する機関ですら未だに稼働させられていない)、しかも「全日本漫画著作権管理機構監修」などとイイカゲンなことを書き、さも許諾を得ているかのように見せかけているサイトだったのですから。
いや、「全日本漫画著作権管理機構」なんてものがインチキだというのは少し調べれば判ることです。今は抹消されているのですが、公式サイトのドメインが 「464.jp」 と同じ持ち主だったのですから。それに、文化庁に登録が必要である著作権等管理事業者にもこの「機構」の名はありません。
仮に著作者個別で許諾を得ていったとしても、人気作(それも最新刊)を揃えることはまず不可能でしょう。レンタルコミックや新古書店ですら著作者は目くじらを立てているのに。また個別の許諾を得られているのなら「全日本漫画著作権管理機構監修」などという表示も必要ありませんし。
このサイト、今年の4月から「有料化」するという話だったのを、急に前倒しして集金し始めていたようなのですね。“料金”を支払った人たちは この時点でおかしいと思わなかったのでしょうか? サイトでの「お詫び」を読むと返金するとの記述はあります。しかし本当に戻ってくるのやら‥‥。
明らかな著作権侵害にインチキ「管理機構」とくれば、サイトの運営者は判っててやってるのかと思ったのですが‥‥意外とあっさりと引き下がった印象ではあります。まぁ抗弁のしようがないですからね。もっとも 「464.jp」 のことをまとめた Wiki があるそうで、ここで当初発表された「お詫び」の文面が記録されています。
これを読むと、「何だかな〜」と脱力してしまったりするんですが。
http://www7.atwiki.jp/464/pages/143.html
「464.jp@Wiki - 重要なお知らせ」
■逮捕されました、とさ
http://himagine9.cocolog-nifty.com/watchdogs/2006/02/__c371.html
「意外と遅い決着 ──マンガ無断配信サイト、経営者逮捕」
(エンドユーザーの見た著作権)
まぁ当然と言えば当然ですが。
(追記: 2006.2.15)
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2006年1月28日 (土)
著作権情報を集約する一つの方法
http://blog.drecom.jp/ecolin_profile/archive/644
「経団連が著作権検索サイトを開設させるんだって。」
(ふっかつ!れしのお探しモノげっき)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20060127it08.htm
「映像や音楽の著作権検索サイト、経団連が開設へ」
(経済ニュース : 経済・マネー : YOMIURI ONLINE(読売新聞))
『ふっかつ!れしのお探しモノげっき』さん経由、読売新聞の記事によると「日本経団連は27日、映画やテレビ番組、音楽、写真といったコンテンツ(情報内容)の著作権などの権利関係者をインターネットで検索できる『コンテンツ・ポータル(玄関)サイト』を開設する方針を明らかにした」とのことです。
放送番組の二次使用を進めるために著作権処理の暫定合意をとりつけたりしていたのと同じ流れなんでしょうね。著作権情報を集約するためのデータベースを経団連が用意する──これも一つの方法ではあります。
著作権・著作隣接権の管理をする「著作権等管理事業者」が業法の規制緩和で“乱立”するようになり、事業者間の競争が見込まれる(法の趣旨としては、ですが。実際に競争原理が働いているかは甚だ疑問です。かと言って一事業者の独占が弊害を生むのは某音楽著作権管理団体を見れば明らか)反面、管理情報の参照しづらさが指摘されているところです。また、そもそも映像関連ですと著作権・著作隣接権が入り組んでいて権利処理を困難にしているという事情もあります。
知的財産推進を掲げているのですから、国がやるべきことのようにも私は思います。が、経団連がやるというのも(その公的な位置づけから見ても)一つの方法ではあるかと思います。読売記事によれば「経済産業省、総務省、文化庁などにも支援を求める」とのことですから、国の関与も大きくせざるを得ないでしょう。国が先導してやるのと同じ効果が期待できるのではないでしょうか。もっとも新たな利権が発生するなんて話に終わらないでしょうね?
ただ‥‥音楽関連だとこの種のデータベースは既に充実しています。だから JASRAC やレコ協・芸団協は(音楽方面に限り)即応できるのではないでしょうか。他の音楽関連の管理事業者もそれに乗っかれば相当な規模のデータベースが期待できます(さすがに権利管理情報は管理事業の根幹をなすものですから、レコ協の輸入差止めリストほど酷いものにはならないでしょう‥‥)。
問題は、他の分野ですよねぇ。著作権分科会契約・流通小委員会のパブリックコメントにおいて、管理情報の開示を義務化してほしい(現行は努力義務)という要望がありましたが、これに対し難色を示す団体代表がいたりしましたから。人単位で権利を管理していると、今回のような作品単位の権利情報を出すのに多大な労力を必要とします。そうしたところをどうクリアするのか見ものではあります。
──放送関連も、主な関係者のリストデータは既にあったりしますよね? ある程度は大丈夫かしら?
今、著作権等の所在を押さえることは困難と言われています。データベース構築のために これから調べるとすれば、これもまた困難な作業となるでしょう。
しかし、ここで調べておけば、後でまた使いたい時に大きな助けとなります(そこでデータベースがなければ再調査しなければなりませんものね)。未来に向けた一大事業なのだと割り切って、きちんとした仕事を残してほしいですね。
個人的には、エンドユーザーが自ら著作権処理をしたい時に助けになることを願っています。ほら、ポッドキャストとかでCD音源を使う際、原盤権者・実演家に問い合わせる参考にするとか。
■追記
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20060128/1138385354
「著作権検索サイト」
(言いたい放題)
本件に関して、『言いたい放題』さんも記事を上げられています。
簡潔明瞭で 押さえるべきポイントも示されています。さすがだなぁ。
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2005年12月18日 (日)
著作権バトン:いったい誰が何のために始めたんだろう?
http://ameblo.jp/chosaku/entry-10007183244.html
(音楽リスナーとPCユーザのための著作権パブコメ準備号)
「著作権バトン」
『音楽リスナーとPCユーザのための著作権パブコメ準備号』さんで奇妙な話題が採り上げられていました。「著作権バトン」とかいうのが回り始めているようなのですね。それを、別段 回ってきている訳でもない『音楽リスナー〜』さんが皮肉混じりに模範解答(?)を書かれています。こういうセンス、私は好きです。
「著作権バトン」でググってみたんですが、今ひとつ掛かり具合が良くない様子。しかもバトンをやり慣れてない人たちがやってるためか、回した人たちを遡っていくことすら(私には)できませんでした。だから誰がどういう意図でこれを始めたのかが全く判りません。
──こんなことをやって、何の意味があるのかも理解できませんがね。
ちなみに、件の「著作権バトン」は次のような質問で回されるそうです。
Q.1
あなたは『著作権』と言うものを知っていますか?
Q.2
ブログやホームページなんかにアーティスト様の画像を貼るのは違法だと知ってました?
Q.3
そして、アーティストの画像をブログやホームページに貼っていますか?
Q.4
(貼ってた人だけ)今から貼らなくてもまだ間に合います。貼らないと心から誓いますか?
Q.5
お疲れ様。かなりシリアスな内容でしたが一言感想をどうぞ。
Q.6
このバトンを回す3人または5人をどうぞ。
『音楽リスナー〜』さんの回答とも重なりますが、いつものようにツッコんでみますか。でも軽めにね。
「著作権」を「知っていますか」というのは非常に曖昧な質問です。「著作権という言葉を聞いたことがありますか」という意味にも取れるし、「著作権という権利を理解していますか」という意味にも取れるし、シリアスに考えれば「著作権という制度に所感をお持ちですか」という意味にも取れます。この質問自体に意義が感じられません。
「アーティスト様」などと表記してる辺りに苦笑してしまいますが‥‥最も指摘すべきは、この設問は著作権と関わりが無いということでしょう。アーティストの画像については(書き手の想定を推察するなら)おそらく肖像権ないしパブリシティ権が生じることになりますが、これは著作権とは別個の権利です(確か民法の範疇だったと思う)。著作権であれば、大元の画像制作者(カメラマンとかイラストレーターなど)に帰属します。
また、アーティストの画像を著作物として「引用」の範疇で掲載すれば違法ではありません。一般にウェブサイトで掲載されているような態様では「引用」に含まれない例が多々あるとは思われますけれども。
「今から貼らなくてもまだ間に合います。貼らないと心から誓いますか」の一文に至っては、何を根拠に書いているのか判りませんね。「間に合います」って何に? 見つからないうちに画像を消しとけってことでしょうか。「貼らないと心から誓いますか」などというのも無意味ですし(貼ってもOKな場面があることは前述の通り)。
「かなりシリアスな内容」というのは、自分のことを買いかぶりすぎでしょう →質問作成者殿。『音楽リスナー〜』さんも「著作権についての知識が中途半端」と書かれていますが、私も同感です。法律を読み込めとは言いませんが(私もできてないから)、自分が扱おうとしている問題に対して もっと突っ込んで考えるくらいのシリアスさが欲しいところです。
端的に言えば、芸能に関したサイト・ブログを運営している人に対して無用な脅しをかけるに過ぎない、とても“啓蒙”とは呼ぶことのできない「バトン」かと思われます。それよりも、アーティストの画像をどのように掲載すれば「違法」になりかねないのかを明らかにした方が有意義というものでしょう。
■「著作権バトン」:今さら注目されているのも何だか‥‥
上の話題を採り上げた後で、その発信源が はてなブックマークに捕捉されていたのに気づきました。『日常的雑文。』というブログさんから始まったようです。私も早速トラックバックを送ってみたのですが、消されてしまいました(笑。いや消すのは管理人さんの自由ですから、それ自体についてとやかく言う気はありません)。
この「著作権バトン」が開始されたのが 2005年9月24日。 そんなに前のものなのに、私はその存在に全く気づいていませんでした。私だけでなく、著作権を追いかけるブログ界隈でも最近になって発見されたという感じです(それともブックマークされたのが最近だったというだけなのかしら)。
これ、どこまで回っているのでしょう? 検索にかからないところを見ると、たいして広まらなかったのでしょうか。論理的な批判が為されることなく、歪んだ「著作権意識」を広め続けていたとしたら、私は薄ら寒いものを覚えるのですが。このバトンについて『穏やかな日々』さんも採り上げられていまして、ここの管理人さんが はてブでコメントしたところの「著作権 FUD」 という呼称がその本質を言い当てています。
まぁ、本人には悪気は無いのでしょうけど、その行為の妥当性には疑問を抱かざるを得ません。
http://blogs.yahoo.co.jp/guitarnium33/12143980.html
「お願い!このバトンを回して!!」
(日常的雑文。)
http://d.hatena.ne.jp/tomozo3/20051219/1134964263
「著作権バトンとやら」
(穏やかな日々)
(追記: 2005.12.19)
■この話題は、これにて──
急展開というか、件の記事「お願い!〜」が削除されたのですね。この「バトン」が及ぼしかねない負の影響を考えると、考えのひとつでも表明しておいて欲しいところではありますが、まぁ私も言いたいことは既に表明しているので これ以上 繰り返しますまい。
ちなみに、上記の「私も早速トラックバックを送ってみたのですが、消されてしまいました」というのは私のトラックバックを消されたという意味ですので あしからず。まさか記事の方まで消すとは思いませんでしたよ(これを書いた時点ではまだ残ってましたから)。
(追記: 2005.12.20)
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「虚偽ニュース」自体は問われず、著作権侵害で略式起訴
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20051217/1134804200
「『虚偽ニュースで容疑者を略式起訴』(毎日新聞)は間違い!」
(言いたい放題)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051217-00000005-mai-soci
「<ヤフー>虚偽ニュースで容疑者を略式起訴 東京地検」
(Yahoo!ニュース - 毎日新聞)
『言いたい放題』さん経由、 Yahoo! を模したサイトに虚偽のニュース(中国が侵略してくるとかいうやつでしたっけ?)を掲載したとしてサイト製作者が逮捕されたという事件。争うことなく略式起訴で決着したそうです。
ただ、結局は問われたのが著作権侵害らしいです。 Yahoo! を模したというところが問題になったという。「虚偽ニュース」自体が罪に問われた訳ではないようですね。
著作権という観点からしても、そもそもサイトのデザインを真似ただけで著作権侵害となるのか、例えば HTML ソースは著作物として保護されるのか──など争おうと思えばいくらでも争える「起訴」ではありました。こうした論点に裁判所がどのような判断を示すのか気になっていましたが、判断を仰ぐまでには至らなかったなぁ。
いつかは この点で争う訴訟が発生するとは思いますけれども。
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ネットオークションでの出品写真と著作権
http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50249342.html
「公売ネットオークションの出品画像著作権侵害訴訟訴え取り下げ」
(駒沢公園行政書士事務所日記)
http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50131189.html
「公売ネットオークションの出品画像著作権侵害訴訟提訴」
(駒沢公園行政書士事務所日記)
『駒沢公園行政書士事務所日記』さんによると、横浜市が公売ネットオークションの出品画像をサイトに掲載したところ訴えられた件で、その後 訴えが取下げられたそうです。美術作品のオークションという特別な場面の中で、その複製権や公衆送信権をどう司法が判断するかという気になる訴訟だったのですが‥‥判断が示されるところまで行きませんでした。
ヤフオクなどでも出品物の写真を掲載することは一般的ですし(これがないと取引に支障がありますものね)、その辺りを権利制限などで手当てすることが必要なのではないかと思うのですけど。
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2005年11月29日 (火)
放送局の「ネット映像配信会社」って、どこまで本気なのかしらん?
http://blog.drecom.jp/ecolin_profile/archive/527
「電通と民放5社、ネット映像配信会社の設立を検討--無料放送も予定。」
(ふっかつ!れしのお探しモノげっき)
ネットでの著作物配信に関して、私はかなり過激な考えの持ち主になるかと思います。現行の著作権制度のためにネット配信が阻害されるのなら、いっそのこと当該利用での許諾権を制限してしまえとか思ってますから。
もし権利者の側で、利用が進められるシステムを用意できるのなら、現行制度でも問題はない筈です(現行制度はそれを期待してるとも言えます)。しかしながら放送番組のネット配信はなかなか始まらないし、 iTMS での曲提供も進まない(笑)。こんなことが続くようでは、著作権の「正当な」行使とやらに疑義を持たれかねない訳ですが‥‥ここへきて電通と民放5社がようやく動き出したようです。
放送番組制作の当事者が自ら動いてくれれば、第三者のサービス提供会社が動くよりも障害が少なくなるだろうと思います。と同時に、これが本当に実現可能なのかという気もしたりして。
「ネット映像配信会社」のサービスを実現しようとするのなら、著作権の面で大きな障害が出てくる筈です。扱う著作物ひとつひとつについて、権利者と粘り強く交渉しなければならないところでしょう。それが難航するなら、権利処理の法整備を行政に要望することも選択肢の一つかと思われますが、そこまでやる気はあるのでしょうか(もっとも、これって放送局にとって得なんでしょうか損なんでしょうか)。あるいは、現行制度の中で出来る範囲だけやって お茶を濁すのかしらん。
まだ話し合いを始めたところだとのことですので、どこまで本気なのか今後を注目したいところです。
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2005年11月18日 (金)
ドラクエ攻略本裁判で和解に至ったそうです
http://kito.cocolog-nifty.com/topnews/2005/11/post_c696.html
「鉄人社」
(弁護士紀藤正樹のLINC TOP NEWS‐BLOG版)
http://www.tetsujinsya.co.jp/pr/20051111.html
「スクウェア・エニックスによる
当社出版物への著作権侵害差止等請求の訴えについて」
(鉄人社)
紀藤弁護士のブログで知ったのですが、ドラクエ攻略本裁判が和解したそうです(これに紀藤弁護士が関わってたんですね)。スクウェア・エニックスに訴えられていた鉄人社について、「今後も今まで同様、スクウェア・エニックスの著作権及び著作者人格権を侵害する行為を行わないこと、その限りにおいて、当社はスクウェア・エニックスの製造販売するゲームソフトウェアを扱った書籍等の発行ができる」との内容だということです。
常識的な結論に落ち着いたということで、何よりでした。
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2005年11月13日 (日)
「検証サイト」問題
http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2005/11/post_e786_1.html
「【平成の表現狩り】検証サイト問題」
(弁護士山口貴士大いに語る)
http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/2005/11/post_1b37.html
「【続】【平成の表現狩り】検証サイト問題」
(弁護士山口貴士大いに語る)
最近、何かと「パクリ検証サイト」が話題になって、その「検証」対象の作品が絶版の憂き目に遭うということが増えていますが、『弁護士山口貴士大いに語る』さんで問題提起をされています。私も「検証サイト」は行きすぎだと感じていますので、この記事には強く共感しています。このシリーズはまだまだ続くとのことです。
※私も割と「パクリ」を断じる性向があるのですけど、さすがにそれを葬り去ろうという気にはなりませんね。「私は買わないよ」ってだけで。
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2005年11月 9日 (水)
著作権とは異なる論理で発生する“使用料”
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カバヤが「韓流スター」 DVD 付菓子で訴えられちゃった
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20051109/1131468183
「韓国知財事情」
(言いたい放題)
確かに、「韓流スター」のミュージックビデオ (DVD) をオマケに付けたお菓子が発売されていました(けっこう前からですね)。これは制作プロダクションとの契約をした上で使われていたらしいのですが、出演してる「韓流スター」に訴えられてしまったそうです。「『4年以上前に歌の宣伝用に撮影されたもので、後に商品広告に使用されるとは考えていなかった』とし、『著作権と肖像権は別だ』と主張している」ですって。
これ、どうなるんでしょうか?
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2005年11月 5日 (土)
著作権法改正私案の夢
http://benli.cocolog-nifty.com/benli/2005/11/_in_2005_b322.html
「ゼミ合宿 in 2005」
(benli)
小倉弁護士の 『benli』 で「ゼミ合宿」の話題が採り上げられています。そこで小倉先生は学生さんに次のような「課題」を出したそうです。
「著作権法の任意の条項について、具体的に改正の提案をしてみて下さい」。
以前、小倉弁護士は著作権法の「改正案コンクール」を呼びかけていらっしゃたりしたのですが、恥ずかしながら私などは反応できずじまいでした。素人にはなかなか手を伸ばせないところではありますね。いずれは改正私案でも出せるほどになれれば本望ですが、そのためにはまだまだ見識を深めていかねばなりません。もっともそれ以前に、自分の望む著作権法の形が見えてないというのもありますが(これがまず必要でしょう)。
さて、法律を正式に勉強されている学生さんだと、この「改正の提案」をどのようにしていくのでしょうか。どの規程に着目して、どのような見通しを立てるのでしょうか。興味のあるところです。
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「選撮見録」裁判、控訴の運びだそうです
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20051104/1131113903
「選撮見録その19〜大阪高裁に控訴」
(言いたい放題)
『言いたい放題』さん経由、「選撮見録」裁判でクロムサイズ社側が控訴したそうです。ただ‥‥勝ち目ってあるんでしょうか? このサービスは非常に魅力的に映るので、なんとか続けられるよう道筋がついてほしい──と祈るような気持ちでいたりします。
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企業の取締役会議事録を勝手に公開すると著作権侵害か?
http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50172646.html
「ダスキン取締役会議事録等著作権侵害事件(知財判決速報)」
(駒沢公園行政書士事務所日記)
『駒沢公園行政書士事務所日記』さんで「ダスキン取締役会議事録著作権侵害事件」の大阪高裁判決が採り上げられています。
著作権法違反と不正競争防止法違反は認められなかったとのことです。それでいて「無形的侵害に対する賠償請求を認め」たそうで、その根拠については「知財判決速報」の判決文を読んで理解を試みたいと思います(ちょっと後回しにするけれど‥‥)。
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